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4月 12017

社会学感覚19自発的服従論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
19 自発的服従論
19-1 服従の可能性としての支配
権力論の課題
これから三回にわたって説明する権力論というテーマ群をつらぬく観点は「権力は身近な生活の場に宿っている」ということだ。わたしたちは、ふつう「権力」ということばで国家権力およびその周辺を思い浮かべる。強大で絶対的な国家権力、それが常識的な連想だろう。しかし、ここでもまた常識的思考には落とし穴がある。このあたりを浮き彫りにしていきたい。
まず、『資本論』の片隅におかれた注のなかでマルクスがつぶやくように書きつけた一節をみていただきたい。「およそこのような反省規定というものは奇妙なものである。この人が王であるのは、ただ、他の人びとが彼に対して臣下としてふるまうからでしかない。ところが、彼らは、反対に、かれが王だから自分たちは臣下なのだとおもうのである▼1。」つまり、権力者は権力をもつから権力者なのではなく、人びとが自発的に服従するからこそ権力者なのだ。そしてこの権力の〈秘密〉に、服従する人びとは気がつかない。このロジックこそ、ここで権力論として自発的服従をあつかう最大の理由である。
ジンメルの「上位-下位関係」論
ジンメルは、たんなる人の集まりが、ある一定の〈社会〉へとつむぎあげられていくプロセスを「社会化」と呼んだが、その社会化の形式を研究するのが形式社会学だった。それは、社会の共通形式の文法学あるいは幾何学にあたるものだが、そんな形式のひとつとして「支配」をあげている。正確にいうと「上位-下位関係」平たくいうと「上下関係」である▼2。
これについてジンメルが示唆することはふたつある。
ひとつは、人間が社会を形成するとき「支配関係なしの社会」あるいは「権力なしの社会」は、まずありえないということだ。「ある」といいきる考え方はイデオロギーであり、現実から遊離している点でユートピアである。科学的には、権力による支配は避けられないということから出発するのが正しい。
第二に、要するに「支配は相互作用」だということ。つまり、支配者からの一方的な影響だけではなく、服従者からも支配者になんらかの影響をあたえているというのである。そして、支配が成立するには、かならず服従者の自発性と協力がいるという▼3。
ウェーバーの支配社会学
このアイデアを豊富な歴史的事例に適用し、膨大な支配社会学をつくりあげたのがウェーバーである。まず、有名なウェーバーの定義をみておこう。
「支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである▼4。」
この場合も服従者の「服従意欲」が重要視されている。つまり、ある支配形態を人びとが正当なものとして納得して受け入れてはじめてその支配形態は安定する。逆に、人びとがそれを正当なものだと感じなくなるようであれば、それは長続きすることはない。だから支配ということが成り立つのは、原則的には、支配される人たちが、支配されることを承認する場合だけである。
では、人びとはどういう場合に、その支配形態を正当なものとして承認し服従するのだろうか。
それをウェーバーは「支配の正当性[根拠]」と呼び、歴史的にほぼ三つのタイプが存在するとのべている▼5。
(1)非人格的で合理的規則にもとづく「合法的支配」そのもっとも純粋な形としての「官僚制」――人びとはその合法的な地位ゆえに服従し、行政幹部は法的な権限をもつ。
(2)伝統の神聖さにもとづく「伝統的支配」――人びとはその伝統的な権威ゆえに服従し、行政幹部は特権をもつ。
(3)個人の非日常的資質にもとづく「カリスマ的支配」――人びとはその個人的な資質ゆえに服従し、行政幹部は使命をもつ。
こういう類型を「理念型」ということはすでにのべた▼6。一種のモデルのようなものだ。現実の歴史的支配形態は、これらの複合体として考察できる。歴史上多いパターンは「カリスマから伝統」「カリスマから合法」であり、近代西欧では、もっぱら合法的支配に向かっていった。これも合理化である。
いずれにせよ、カリスマ的支配が支配の原型であるとウェーバーは考えた。というのは、そこではなんの強制力もなく人びとはみずからの意志で自発的に服従しているからだ。これが支配の原型である。
この支配という関係は、なにも国家にかぎるわけではない。集団や村落、政党や宗教団体そして学校など、あらゆる社会関係にみられる。現代国家は当然「合法的支配」であり、人びとは手続き上の正しさに対して服従し、納税などの義務を果たすのだ。これは現代の企業や学校にもいえることである。一方、ワンマン的なヴェンチャー企業や宗教団体そして一部の政治団体などには、カリスマ的支配とみられるものもある。カリスマは潜在的に社会変革的機能をもつから、体制側の支配者から脅威とみなされ、しばしば理由もなく排除の対象となることも多い。
自発的服従
いずれにしても、支配についてジンメルとウェーバーがともに強調するのが「服従者の服従意欲」である。支配というのは服従のチャンス[可能性]である。服従には理由がなくてはならない。正当な根拠があって、それを認める人びとが支配という関係に入るわけである。
わたしたちは「支配」とか「上下関係」とかいうと、つい「暴力」とか「強制」といったことばを連想してしまうが、社会学的には別のことがらである。「支配」や「上下関係」が、暴力や強制をともなう一方的な関係であるという「常識的な」考え方に対して、大方の社会学者は否定的である▼7。ともあれ、したがう方にある程度の自由がなければ支配関係は成立しないのだ。服従者の自由度がある程度高くなければ、社会学的な意味での支配は成立しない。その意味で、社会学は「右」でもなければ「左」でもない。「右」も「左」も「上」にこだわっている。社会学は胸を張って「下だ」と答えよう。
さて、納得=合意の仕方として「カリスマ的」「合法的」「伝統的」の三つがあるとしても、しかし、支配が成立するのは、現実には真の合意にもとづいた場合だけとはかぎらないはずである。じっさい、なんらかの操作がなされることによって、あたかも合意が成立したかのような状態になる場合も多い。要するに、相手をだまして服従させるわけだ。「世論操作」などと呼ばれるケースがこれである。現代社会における権力を考える上で、じつはこの点はたいへん重要である。節をあらためて論じることにしよう。
▼1 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論1』(国民文庫一九七二年)一一一ぺージ。
▼2 5-3参照。
▼3 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)。この点については、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)八二ページ。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)一〇ページ以下。
▼6 5-2参照。
▼7 近年の理論のなかで一例をあげると、ニクラス・ルーマン、長岡克行訳『権力』(勁草書房一九八六年)。
19-2 歪められたコミュニケーション
歪められたコミュニケーションの三形態
さて、権力が正当性をもつと人びとからみなされる場合、みなされ方として、ふたつの場合が考えられる。ひとつは、人びとが開かれたコミュニケーションによって、平等かつ自由に自分自身の態度と行動を選択できる状況のもとで、正当と認める場合。ふたつめは、人びとが歪曲されたコミュニケーションによって、正当と認める場合である。前者は理念として現代社会に存在しているものの、めざすべき目標以上のものとはいえないだろう。じっさいには、大なり小なり歪められたコミュニケーションの場のなかで正当性が認められているにすぎない。
クラウス・ミューラーは、歪められたコミュニケーションの三つの主要形態について論じている。それは以下の三つである▼1。
(1)強制指導型コミュニケーション
(2)環境制約型コミュニケーション
(3)管理抑制型コミュニケーション
ミューラーにしたがって、少しくわしくみていこう。
強制指導型コミュニケーション
これは「言語やコミュニケーションの内容を規定しようとする政府の政策から生まれてくる」コミュニケーションのことである▼2。全体主義的社会によくみられる形であり、ナチス・ドイツや戦後の東欧の社会主義諸国などでよく観察された。
たとえば、ナチスは政権をとった直後の一九三三年、高校生にファシズムのイデオロギーやナチスの歴史的任務についてのコースの履修を義務づけるとともに、いっさいのマス・メディアを宣伝省の統制下においた。そのさい、ナチスのねらいは、さまざまのできごとについて政府と同じ評価を人びとにさせることだった。そのために、たんにイデオロギーを学習させるにとどまらず、ひとつひとつのことばの使い方まで統制しようとした。その結果、学術論文や国語事典・百科事典までも政府によって改訂され、ことばの再定義と新たな造語がなされた。たとえば「労働奉仕」について、以前は「強制労働の項を参照せよ」とあったのが「ナチス民族共同体のための偉大な教育制度」と書き改められた。また「創造力」という語義をつけられていた「知性」の項は「本能とは区別された批判的で反逆的・破壊的な特性を指す言葉」に変更された。さらに「憎しみ」の項は「憎しみも正義の側について言われる場合には肯定的な意味を持つ」と説明され、「北方人種の英雄的な憎しみは、ユダヤ人の臆病な憎しみと鋭く対立する」といった露骨な例文が添えられるにいたっている▼3。
このように、ナチスはことばそのものの再定義を徹底してやった。また新造語も多い。ナチス・ドイツの場合、これが一二年間も維持され、それが悲惨な結果を正当化するのに貢献することになる。そして、これとまったく同じことが戦後の社会主義諸国でも再演されつづけた。スターリンもまた、言語を変革闘争の武器と考えていたからである▼4。
しかし、これはヒトゴトではない。戦車を「特車」といいかえる「自衛隊」という軍隊をもつ日本社会にも、これはある程度あてはまることである▼5。
環境制約型コミュニケーション
これは「個人や集団の政治的コミュニケーションに携わる能力が制約されている場合のコミュニケーション」のことである▼6。先進諸国では、こちらが主流であろう。平たくいえば、自分の生まれ育った環境によって言語の運用が制限されるということであり、あからさまな政治的干渉による歪みではない。
家庭での社会化のパターンとそこで用いられる限定的な言語コードのために、ものごとの本質を認知したり、自分たちの利害を表明したりすることができないことがしばしばある。とくに下層階級は、これまでの歴史をみても、自分たちの悲惨な状態を明確に表明できず、むしろ権力の有力な支持層になっていることが多い。労働運動にしてもそれを明確に表現したのはマルクスやエンゲルスのような中産階級出身者であるし、日本の「一揆」も武士や僧侶によって指導されたものだ。
この文脈で問題となるのは、社会化のエージェント(担い手)たる家族・階級・学校・マスメディアである。これらが人びとの言語能力を規定する。言語は、各自のおかれている環境を解読する能力を限定する。その結果、自分たちの利害をうまく表現するだけの言語コードをもたない人びとは、結果的に現状維持的で保守的な権力支持層になりやすいという▼7。
管理抑制型コミュニケーション
第三の類型は「自分たちの利益を優先させようとして、私的集団や政府機関が、公的コミュニケーションに手を加えたり、制限を加えたりすることができた場合のコミュニケーション」である▼8。政府や民間企業による情報操作や情報非公開がこれにあたる。また、権力の正当性に関わる重要な問題を表面にださないために、権力の維持存続にあまり影響のない別の問題をキャンペーンするという方法もしばしば使われる。
このような方法によって人びとの知識が限定される。するとどうなるか。「政治決定や政策形成のなかで考慮されているさまざまな事実や論拠を知らなければ、人びとは政府の行為、特に日常生活とは関連がないと思われるような政府の行為を評価するのをためらうようになる▼9。」その結果、多くの人びとが政治的コミュニケーションに参加することをやめてしまう。
民主主義的な権力形成のために必要なこと
ミューラーが問題にする三つのタイプの歪められたコミュニケーションの場のなかで、支配の正当性があたかも妥当であるかのように成立する。この場合、それが意図的か非意図的かはあまり問題ではないだろう。それを区別することはきわめて困難であり、区別することによってえられるものも少ない。社会のしくみ・メカニズムとして科学的に認識することから、すべては始まるのだ。
さて、歪められたコミュニケーションを少しでも開かれたものにするには、なにが必要だろうか。いろいろな方向が考えられるだろうが、わたしはつぎの三点が決定的に重要だと考える。
(1)教育における社会科学
(2)行政における情報公開
(3)マス・メディアにおけるジャーナリズム
結局、これらがわたしたちにもたらしてくれるのは、〈反省能力〉であり、それによって可能になる〈社会の反省的コミュニケーション〉である。しかし、現代日本において、これらはいずれも不完全なまま放置されているのが現状である▼10。
▼1 クラウス・ミューラー、辻村明・松村健生訳『政治と言語』(東京創元社一九七八年)。
▼2 前掲訳書三〇ページ。
▼3 前掲訳書三六ページ以下参照。
▼4 前掲訳書五〇ページ以下参照。なお、この点については、ジョージ・オーウェルの古典的SF『一九八四年』(ハヤカワ文庫一九七二年)が必読。この本では「ニュースピーク」として登場する。
▼5 この点については、グレン・フック『軍事化から非軍事化へ――平和研究の視座に立って』(御茶の水書房一九八六年)第二章「軍事化と言語」が、「侵略」を「進出」といいかえさせたり、日本を「ハリネズミ」(鈴木首相)「不沈空母」(中曽根首相)にたとえたり「核アレルギー」(佐藤首相)という病気のメタファーを使用することによってえられる政治的効果について綿密に分析している。
▼6 ミューラー、前掲訳書三〇ページ。
▼7 以上、前掲訳書六一ページ以下による。環境制約型もまたヒトゴトではない。現代日本の大学生の多くは、評論系の文章を読んだり作文したりすることを著しく苦手としている。多くの学生の読書作文能力は、ほぼ高一水準にとどまっている。これは、高二から本格的に始まる受験勉強体制の学習環境のなかで、この分野についての意欲も実際的訓練もないまま放置された必然的な結果である。七〇年代以降の保守化傾向も、この文脈でとらえることができる。
▼8 前掲訳書三〇ページ。
▼9 前掲訳書一一六ページ。
▼10 (1)については1-4で、(2)(3)については第一二章ですでに論じておいた。とくにジャーナリズムの問題に関しては、野村一夫「社会学的反省の理論としてのジャーナリズム論」『新聞学評論』三六号(一九八七年)。
19-3 権力作用論
暴力的悪としての権力
長いあいだ権力に関する議論を支配してきたマルクス主義的権力観にはふたつの前提事項があった。第一に「権力イコール悪者/民衆イコール正義」の善悪図式、第二に「権力イコール暴力」図式である。
しかし、ときには権力が正義であり、民衆が悪者である可能性もあるわけで、それは見る人の位置によってさまざまでありうる。いずれにしても権力論に「正義-悪者」というコードをもちだすこと自体、あまり科学的ではない。また、後者の図式にしても、歴史的に多くの権力が暴力をともなっていたことは事実であるが、それらは人びとの自発的服従をえられていないのであるから、それはコストのかかるわりに脆弱な権力といわざるをえない。歪められたコミュニケーションの場においてであれ、人びとの合意と納得がえられないかぎり、それは砂上の楼閣なのである。
社会学ではジンメルやウェーバー以来、このようなステレオタイプから離脱した権力論を構築してきたが、おおかたの議論を変えるまでにはいたっていなかった。ところが、社会学とは出自の異なる領域から、マルクス主義的権力観とはまったく異質な権力論がでてきて、それがまたたくまに権力論の土俵を変えてしまった。それがフランスの思想家ミシェル・フーコーの権力作用論だった。
「見られる権力」から「見る権力」ヘ
一九七五年の『監獄の誕生』の冒頭で、フーコーは刑罰のやり方が十九世紀になってガラリと変わると指摘する。かんたんにいえば「華々しい身体刑から地味な監禁刑へ」の転換である▼1。
フーコーの示す事例によると、一七五七年に国王殺害者であるダミアンは、公衆の目の前で、熱したやっとこで懲らしめられたのち、火で焼かれ、鉛や油などの灼熱の溶解物を浴びせられ、四つざきにされたという。ところが、一八三八年の「パリ少年感化院」でなされる刑は、起床から就寝にいたるまで逐一こまかく管理された〈監禁〉である。
この刑罰の変化は、権力のあり方の変化をはっきりと物語る。
つまり、まさに華々しい祭式である身体刑は、受刑者の身体を傷つけることによって権力の存在をみせびらかすのを目的としていた。この場合の権力は「目に見える権力」「見られる権力」である。それに対して監禁刑の方は、権力は姿をあらわさないで、ただ監視する地味な「見る権力」「まなざす権力」逆にいうと「見えない権力」である。この「見えない権力」は、服従者を監視する施設をつくることによって人びとの精神に働きかける。支配の技法は「調教」であり「規律」「訓練」となる。
この変化は単に刑罰にだけ現れているのではない。この新しい権力とその技術は工場や学校や病院という形式のなかに現れる。
この「見えない権力」が押し進めるのは「規格化」である。規格化は五つの操作からなる▼2。
(1)比較――人びとの個別の行動・成績・品行を比較・区分する。
(2)差異化――全体的な基準を平均もしくは最適条件として尊重し、個々人を差異化する。
(3)階層秩序化――個々人の能力や性質を量として測定しランクをつける。
(4)同質化――規格に適合するよう束縛して同質化する。
(5)排除――規格外のモノは排除する。
このような規格化を押し進める新しいタイプの権力が十九世紀に誕生し、監獄・工場・学校・病院という施設として制度化される。フーコーによると、現在わたしたちがいるのは、このような「規律社会」である。
みえない権力・微視的権力・関係的権力
フーコーが示す権力像は、匿名的で関係的で、社会のいたるところに網の目のように遍在している微細な権力である。いわば社会に内在する権力である。近代以前の権力とのちがいを対比すると――
従来の権力――実体/支配者/マクロ/抑圧的/否定的
新しい権力――関係/匿名/ミクロ/産出的/肯定的
もう少しくわしくみることにしよう。フーコーは、つぎのように新しい権力を説明している▼3。
(1)権力とは、手に入れたり奪ったり分割したりするようなものではない。「権力は、無数の点を出発点として、不平等かつ可動的な勝負(ゲーム)の中で行使される。」
(2)権力関係は、経済や知識や性などに対して外在的な位置にあるものではなくそれらに内在する。
(3)「権力は下からくる。」
(4)「一連の目標と目的なしに行使される権力はない。しかしそれは、権力が個人である主体=主観の選択あるいは決定に由来することを意味しない。権力の合理性を司る司令部のようなものを求めるのはやめよう。」
(5)「権力のある所には抵抗があること、そして、それにもかかわらず、というかむしろまさにその故に、抵抗は権力に対して外側に位するものでは決してないということ。人は必然的に権力の『中に』いて、権力から『逃れる』ことはなく、権力に対する絶対的外部というものはない。」
フーコーの権力概念は、ステレオタイプな権力概念と真っ向から対立するものである。それはむしろ「権力関係」「権力作用」「力」と訳されてよいことがらである。本書では「権力作用」という訳語をあてたいと思う▼4。
権力作用論の意義
ここで、有名なウェーバーの概念定義に立ちかえってみよう。かれは『社会学の基礎概念』のなかでつぎのように定義する。「権力(Macht)は、社会関係のなかで抵抗に逆らっても自己の意志を貫徹するおのおののチャンス――このチャンスが何にもとづこうとも――を意味する。支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである。規律(Disziplin)とは、習熟した定位によって一定の多くの人々が迅速に、自動的に、かつ方式的に命令に服従するチャンスのことをいうべきである▼5。」これをみると、フーコーの権力作用論は、すでにのべたジンメルやウェーバーの支配社会学が主張していた「自発的服従」の連続線上にあると考えていいだろう。とくにウェーバーが「規律」の概念で考えていたこと、そして「プロ倫」で描きだしたプロテスタントたちの生活はまさに権力作用論の原型である▼6。
この系譜の権力論において問題となるのは、だれが権力をもっているかではなくて、むしろその技術的側面である。フーコーは、近年の「女を支配する男の権力への、子を支配する親の権力への、精神病を支配する精神医学への、人口を支配する医学への、人々の生き方を支配する管理体制への抵抗」についてふれ、「これらの闘争における主目標とは、『しかじかの』権力制度なり集団なりエリートなり階級というよりも、権力の技法であり形式なのだ」とする。「この権力形式は、個人を類別する日常生活に直接関わり、個人の個別性を刻印し、アイデンティティを与え、自分にもまた他人からもそれと認められなければならない真理の法を強いる▼7。」重要なのはここである。
ところで、現代の日本社会において、このような権力技法について考える意味はどこにあるだろうか。
まず、いえることは「権力は身近な生活の場に宿っている」ということである。「日常生活の具体的な社会的場面において作用している微細な力=権力作用は『痕跡を残さない権力』すなわち行為者の自発的な行為を巻き込む権力。それは社会構造自体にはらまれた権力であり、特定の個人の意図には還元できない権力作用である▼8。」このような権力作用がなにをわたしたちの社会にもたらすのか。このあたりをこれから探ってみたいと思う。
▼1 ミシェル・フーコー、田村淑訳『監獄の誕生――監視と処罰』(新潮社一九七七年)。
▼2 前掲訳書一八六ページ。
▼3 ミシェル・フーコー、渡辺守章訳『性の歴史I知への意志』(新潮社一九八六年)一二一-一二四ページ。
▼4 フーコーの権力作用論の全容については、桑田禮彰・福井憲彦・山本哲士編『ミシェル・フーコー1926-1984』(新評論一九八四年)が理解しやすい。社会学者による、より包括的なフーコー入門解説としては、内田隆三『ミシェル・フーコー』(講談社現代新書一九九〇年)。
▼5 マックス・ウェーバー『社会学の基礎概念』前掲訳書八二ページ。
▼6 従来、ウェーバーの権力論というと「権力」の概念定義にふくまれた「抵抗に逆らっても」というところばかりがひとり歩きしていたように思うが、ウェーバーの主眼はむしろ「規律」にあるとわたしは考えている。
▼7 ミシェル・フーコー、渥海和久訳「主体と権力」『思想』一九八四年四月号、二三七-二三八ぺージ。
▼8 江原由美子『フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)三二ページ。
増補
日本社会における自発的服従の現実
非常に大ざっぱな言い方をすると、ウェーバー流の伝統的な社会学的権力論も、フーコー流の新しい権力作用論も、注意を喚起しているのはともに「人びとの自発的服従」という事態である。それは「社会秩序」とほぼ同義の事態であり、それを「上から」ではなく「下から」把握しようとするとき「自発的服従」概念が理論的意義をもつのである。この論点については、野村一夫『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)第四章「権力作用論の視圏」で詳しく論じておいた。具体例に即したものでは、熊沢誠『新編 民主主義は工場の門前で立ちすくむ』(現代教養文庫一九九三年)。
読書界で大きな反響をもたらしたカレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)も、同様の見地からの問題提起といえるだろう。社会学では、栗原彬『人生のドラマトゥルギー』(岩波書店一九九五年)が日本人の「心の習慣」を批判的に問いなおしている。
都市と権力
本書では地域研究の系列を扱わないので、その結果、都市社会学がまったく無視されている。「あとがき」にも述べたように、これが本書の欠陥である。ところが、カステルの登場以降、都市社会学に一種の権力論的転回ともいうべき潮流がでてきており、居直ってばかりもいられなくなった。独自の権力論として注目されたのが、藤田弘夫『都市の論理――権力はなぜ都市を必要とするか』(中公新書一九九三年)。権力の「調達」「保障」の機能の重要性を喚起して議論を呼んだ研究書をやさしく説明した新書である。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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4月 12017

社会学感覚9役割現象論

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社会学感覚
9 役割現象論
9-1 役割の担い手としての人間
現代人のアイデンティティの中心をなしているもの
たとえば不意に出会った相手に「おまえはだれだ」「あんた、だれ」ときかれたとする。わたしたちはどう答えるだろうか。電話で「どちらさまでしょうか」ときかれた場合を想起してみよう。「わたしは□□□です」――この□□□に入るのはどのようなカテゴリーかというと、多くは自分の名前であり、学生や会社員ならそれに所属組織をつけくわえる。また「□□の親です」といったように姉妹兄弟親子供の関係であったり、たんに学生とか客とかユーザーであるというだけでいい場合もある。
まず自分の名前はすべての相手に対して使える定義である。しかし、わたしたちはいつも名前で応えるとはかぎらない。たとえば、大学生の場合、教員に対しては学生のひとりとして名前をいうことになるが、所属学科の何年の学生かをのべた方が納得してもらえることも多いはずだ。「わたしは□□□です」にあてはまることばを考えてみると、たとえば看護婦・学生・長男・医師・担任・客などがある。これらは、相手との関係において自分が担うことになる社会的カテゴリーであり、まとめて「役割」(role)と呼ばれる。
流動的で矛盾をかかえこまざるをえない自我。これをなるべく分裂させないで統合してアイデンティティを安定させようとするとき、現代人は、自分に振り分けられた役割あるいは選択した役割をアイデンティティの中心にすえることが多い。そこで社会学では、人間を「役割の担い手」として分析する▼1。
役割概念と役割理論
役割ということばは、もともと演劇の方からきたものだ。「仮面」(mask)または「ペルソナ」(persona)もほぼ同じ意味である。この役割概念を使って個人と社会の関係をさぐろうという理論を「役割理論」(role theory)という。これはおおよそつぎのような考えにもとづいている。すなわち、社会は舞台であって、人びとはあらかじめ社会が用意した台本にもとづいて各々の役割を演じる。一定のあたえられた役割をその内容にしたがって演じることを「役割演技」(role playing)という。「すべてこの世は舞台だ」という有名なシェイクスピアのことばのように、社会は一種の〈人生劇場〉〈世界劇場〉とみなすことができる。この場合、行為者は「役割の担い手」である。
極端な理論によると、人間は「役割の束」とみなされる。そのさい役割概念は、ある社会的場面において、ある地位(status)を占めた行為者に対して集団や社会が準備し期待する行動様式(行動パターン)とされる。図式化すると――
〈行為者〉――〈役割=地位〉←役割期待――〈集団・社会〉
この場合、役割は地位にあらかじめ備わっているもので、個人の人間性や能力・個性に関係なく期待される権利と義務のセットである。組織上の地位にともなう業務命令や工場内の分業化された職務を想起してもらえば、おおよそのイメージがえられると思う。このさい重視されるのは役割期待(role expectation)の規範性である▼2。
ところが、わたしたちはマリオネットのように社会にあやつられるまま行動するわけではない。こうしなければらないと思っていても、そうしないときもあれば、できないこともある。同じ役割でも人が替わるとやはりちがったものになる。ときにはあたえられた役割に反抗することもできるし、表面的に役割を演じながら別の自分を表現するといった芸当も可能である。
だから、ある地位につくことによって自動的に集団や社会から期待される役割を人間がそのまま演じるという従来の役割理論の考え方――そしてこれは一般にも広く流通しているステレオタイプな役割観でもある――は一種の社会決定論であり、役割を運命として受け入れる存在として、また現実を変える力のない無力な存在として人間をとらえることになっている。そこには現状肯定的・保守主義的な価値観すらうかがえる。これはあまり演劇的=ドラマティックではない。むしろ機械論的である▼3。
どうもこれは特殊な場合――限界事例――ではないか、ほんとうはもっと込みいっているのではないか。こういう疑問とともに、五十年代・六十年代の社会学界をにぎわした役割理論はどうも旗色が悪くなってきて、便利な役割概念はオーソドックスな概念として残ったものの、役割理論という名称はあまり人気のあるものではなくなった▼4。
では役割理論は過去のものかというと、あながちそうとはいえない。現代人のありようを理解するのに役割概念はやはり有効である。しかし、あやつり人形の糸のような規範主義的な役割概念では錯綜した現実へは迫れそうにない。
そもそも個人と役割のあいだに断絶があり距離があるからこそ、あえて「役割演技」という表現がえらばれたのだと思う。そこに込められていたのは人間の意識と現実の行為とのギャップであり、義務の観念とアイデンティティの相剋である。そのダイナミズムを鮮明化するところに役割概念の真骨頂がある。わたしはこの問題領域を「役割現象の被媒介過程」と呼んでいるが、ここではもっとかんたんに「役割現象論」と呼ぶことにしよう▼5。本章であつかうのはこちらの方である。
▼1 この前提には、個人と役割とが渾然一体となっていた伝統社会から個人が解放され、個人と役割が明確に分離した段階、すなわち近代社会特有のあり方がある。また自我形成は社会的な役割によってのみなされるのでなく、自然との関わりや病気体験やマスコミ体験そして宗教体験などによっても大きく左右される。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)。ラルフ・ダーレンドルフ、橋本和幸訳『ホモ・ソシオロジクス』(ミネルヴァ書房一九七三年)。ここでいう「役割期待の規範性」とは、たとえば「教師だから□□しなければならない」とか「女だから□□すべきだ」といった事態をさす。
▼3 H・D・ダンカン、中野秀一郎・柏岡富英訳『シンボルと社会』(木鐸社一九八三年)。
▼4 人間と人間のヴィヴィッドな過程が、硬直し運命化した規範的役割概念に転化してしまっているという意味で、あきらかに役割概念の「物象化」が当時の役割理論に生じていたと考えられる。P・バーガー、S・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学批判」『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)。
▼5 野村一夫「ジンメルと役割理論――受容史的接近」『社会学史研究』第九号(いなほ書房一九八七年)。なお「役割現象論」という用語はウータ・ゲルハルトにヒントをえた。Uta Gerhardt,Toward a Critical Analysis of Role,in:Social Problems 27,1980.
9-2 役割現象とはなにか
als(として)規定
近代社会における個人は、社会的場面において、つねに「何者かとして」行為している。わたしたちは「役割」から始めないで「として」から思考を始めよう。
「□□として」――これこそ役割現象のもっとも基本的なエレメントである。これをかつてカール・レーヴィトは「als規定」(Als-Bestimmtheit)と呼んだことがある▼1。〈als〉とはドイツ語で「として」のことだ。わたしたちは他者をありのままに認識することはできない。かならずあるカテゴリーを適用して認識する。大学教授として・ナースとして・店員として相手を認識する。これは他者に対してだけでなく自分にも適用される。わたしたちは自分を学生として・患者として・客として類型化図式に当てはめることによって、自分の行為を方向づけていく。
このように「als規定」は、(1)他者を類型化することによって他者を知り認識する「他者類型化」と、(2)類型化図式を手がかりにして自分の行為の方向づけを定める「自己類型化」の側面からなっている。これはさらに(3)「社会関係についての類型化」に連関している。つまり〈大学教授と学生の社会関係〉〈ナースと患者の社会関係〉〈店員と客の社会関係〉といった社会関係に関する類型化図式に行為者が入り込むことになる。〈他者-自己-関係〉の三項について「□□として」という類型化がおこなわれているのである。
これは、無限の多様性をもつ社会的現実に対して、ごく限られた知的能力しかもたない人間にとっての一種の「次善の策」である。どんなに親密な人であっても、その全体を知ることは不可能だ。わたしたちはもっとも親密な人間であるはずの自分自身についてさえその全体を認識しているとはいえないくらいなのだ。類型化図式はそれを補うために社会が発明した認識装置である▼2。
相互作用の媒体としての役割
役割現象とは〈他者-自己-関係〉に関する類型化をめぐる一連の現象であり、役割は類型化図式にあたる。その構造原理は「als規定」である。このように基本構図を押さえた上で、役割現象の基本特性について考察してみよう。
(1)常識的構成体――役割はまず日常生活において行為者によって使用され、使用されることによって再生産・再構成される知識構成体であること。その点で役割は「社会学の発明ではなく社会の発明」なのである。自然認識と社会認識の根本的なちがいがここにある。自然の場合はそれを認識してえられるカテゴリーは認識する人間の側に存在するが、社会の場合は社会の側にそのようなカテゴリーがすでに存在する▼3。社会学および社会科学はそれをさらに加工し精密化する営為であるから、科学的概念は二次的構成体にすぎない。役割という類型化図式もすでに社会のなかに存在し、ある程度人びとに共有された第一次的な構成体である▼4。たとえば、わたしたちが「いやな役まわりだ」とか「役得だ」と一喜一憂すること自体、すでに役割を日常的カテゴリーとして対象化し操作していることを示している。集団に共有された知識在庫となるとき、類型化は規範性と正当性をおび、役割期待として作用する。ジンメルのことばを借りると、それは「社会を可能にする知識事実」である。
(2)個性認識――類型化図式によって認識するといっても、わたしたちは類型と他者とを同一視するわけではない。類型からのずれや偏差から他者の個性を組み立てるのだ。ジンメルによると「他者の個性の完全な知識がわれわれには拒まれている」ために「われわれは彼をその純粋な個性にしたがってみるのではなく、われわれが彼を数えいれた一般的な類型によって担われ、それによって高められたりまた低められたりした彼をみるのである。▼5」この意味で役割は一種の理念型といってよい。
(3)社会外的不可測性――これも他者類型化の側面についてである。わたしたちは警察官がたんに警察官だけでないことを知っているし、店員がたんに店員でないことも知っている。ちょうどそのときたまたまその人のものとなった役割の担い手としてのみ他者を認識し働きかけるわけではない。人は他者のその場の社会関係からはみだす部分をたえず想定する。予測可能な類型化図式に社会外的不可測性をまぜあわせるのである▼6。だからこそ、たとえば仕事上のつきあいから親密な友情や愛情が生まれうる。このように人間の相互作用は、役割と役割とがギアをかむように進行する機械的な過程ではない。たえず余剰をふくんだスリリングな過程なのである。
(4)共犯性あるいは共謀性――たとえば店員が客に「おまえジャマだよ」といったり、逆に客が店員に「いらっしゃいませ」と呼びかけるのはルール違反である。これでは客の購買行為は成功しない。〈客-店員-購買〉という類型化図式にふたりの行為者と社会的場面がおさまってはじめて「客の購買行為」のシーンが成立する。したがって双方がひと組の役割を準拠図式として採用することによってはじめて相互作用に一定の予測性と安定性がえられる。この予測性と安定性にメリットがあれば、類型的な社会関係が維持される。いやいやであろうが、一種の「茶番」としてであろうが、類型的な社会関係が共犯的=共謀的に演じられることになる。「共犯」が成立するとき相互作用の予測性と安定性が高まるために、役割の類型化図式は規範性をおびてくる。その意味で役割現象は虚構性をもっている。つまり「あたかも□□であるかのように」(als ob)経過する。この虚構的な状態は一定の強固さをもちえるものの、所詮うつろいやすい〈こわれもの〉にすぎない。それは本質的には偶発的(contingent)な現象である。
(5)事実行為性――類型化図式それ自体は抽象的である。しかし、その抽象性に対して役割演技は具体的である。演劇においてシナリオのもつ抽象性に対して俳優による上演があくまで具体的であるのと同じことである。そして注意しなければならないのは、俳優は役割のマリオネット・役割の奴隷・役割の媒体ではないということだ。「文学的にも現実的にもただひとりのハムレットしか存在しないのに演劇的には多くのハムレットが存在する」――いわば「演劇的個性」がじっさいの上演においてそのつど創造される。演劇は台本に書かれた役割の再現ではない▼7。これは日常生活における行為者も同様である。抽象的な類型化図式を手がかりにそのつど役割は具体的な事実としての行為によって創造される。したがって類型化図式の方が行為の媒体なのである。
(6)行為者の理解性――役割は相互作用における解釈図式として行為者を媒介する。行為者はその場その場で有効と考えられる役割を自分の知識在庫から選択し、それを他者認識の手だてに使ったり、自分の行為の方向づけをするのに用いる。役割についての観念とじっさいに演じられつつある役割を媒体にして行為者は自己提示・自己理解・自己反省をおこない、アイデンティティの調整をおこなう。そこでは行為者の一連の解釈が大きな比重をもつことになる。だから行為者の理解作用がなければ役割現象は成立しない。役割現象は解釈的過程である。したがって、役割の担い手といっても、個人が役割のマリオネットであるということではない。役割行為は基本的に意味行為であり、行為者の理解が大前提なのである。まさにこの点において、個人は役割の担い手となりうる。
役割概念の定義
ここまでくれば、役割現象における役割概念の意味について明確に定義できるだろう。役割とは、ルーズにいえば「類型化された期待に対する類型化された反応」である▼8。もう少しくわしくいえば「特定の有意性領域のなかで機能する規範的裏づけをもった類型化図式」である▼9。
ここでは「有意性」(relevance)についてだけ説明しておけば十分だろう。有意性とは、ごくかんたんにいえば、「ふさわしさ」「適切さ」ということだ。
たとえば、教師が自分をたんに教師としてではなく、もっと全体的にとらえてほしい――きさくなスポーツマンとか多趣味な才人として――と思ってアピールしても、教室のなかで生徒はかれを基本的に教師として認識するから「また自慢話だ」と受けとられてしまうのが関の山だろう。また男性患者が自分をひとりの若い男性としてとらえてもらいたいと思っても、病室のなかではナースはかれをもっぱら患者として認識し、そこからはみだす部分――ひとりの魅力的な男として誇示しようとするかれの行為――を患者役割からの逸脱とみなすだろう。いうまでもなくこれらのことは逆も同様である。また、上流階級の社交界ではお互いの社会的地位をもちこまないのがルールである。仕事の話をもちこむのは下品なことになる。社交界における有意性は現実社会の有意性と厳格に区別されているからである▼10。
このように一定の社会的場面においてのみ役割は強力に機能する。ある限定された時間的・空間的・社会的文脈が特定の役割に優先的に妥当性と正当性をあたえるのである。だから、教室においては〈教師-生徒〉関係が優先され、病室においては〈ナース-患者〉関係が優先される。他方、教師の自宅に遊びにいった生徒は、音楽マニアとしてのかれやそのフェミニストぶりを発見しやすいだろうし、路上で再会した元患者とナースの会話は病室でのそれとまったくちがったものになるはずである。社会的場面が変わることによって有意性が変わるからである。つまり場面ごとに優先順位が変わるということだ。教室のなかでは〈教師-生徒〉関係が他の類型化図式よりも優先され、また病室のなかでは〈患者-ナース〉関係が優先される。これが「有意性領域」のおおよその意味である。
さまざまな役割類型
役割にはさまざまな類型がある。役割についてイメージをふくらませてもらうために、形式別に一覧してみよう。もちろん以下に示すのは役割のごく一部にすぎず、分類も暫定的な不完全なものである。
(1)年齢役割――子ども・若者・大人・中年・老人▼11
(2)家族役割――夫・妻・長男・親・母・末っ子・一人娘▼12
(3)性役割――男・女▼13
(4)職業役割――医師・看護婦・教師・ガードマン・役人・軍人・事務員・セールスマン・営業マン・研究員▼14
(5)組織内の地位・職務――平社員・主任・課長・部長・社長・ディレクター・プロデューサー・カメラマン・タイムキーパー・スポーツの各ポジション▼15
(6)状況的役割――受験生・浪人・失業者・討論会の進行役・ゲスト・隣人・観客・遺族・新郎新婦・病人・患者・被害者・加害者・よそ者・恋人・リーダー・子分・いじめっ子・傍観者・送り手・受け手▼16
(7)逸脱的役割――犯罪者・前科者・変わりもの・変質者・精神異常者・不良少女・ツッパリ・同性愛者▼17
(8)性格類型――お人好し・頼りがいのある男・淋しがり屋・うそつき・おせっかい・スポーツマン
それぞれに「らしさ」をもっているこれらのなかには、もともと生まれもってきたものもあれば、医師のようにこつこつと努力した末にようやく獲得できるものもある。観客のようにすぐ離脱できるものもあれば、前科者のように一度押しつけられるとなかなか離脱できないものもある。また厳密な定義をもつものもあれば、相当ルーズなものもあるし、特権をもたらすものもあれば、汚名をもたらすものもある。人間はこれら多様な役割を理解し使い分ける担い手として社会的相互作用過程のなかに登場する「多元的役割演技者」(multiple-role player)なのである▼18。
▼1 カール・レーヴィット、佐々木一義訳『人間存在の倫理』(理想社一九六七年)。レーヴィトは著名な哲学者。なお「als規定」と同様のことをすでに第五章の冒頭で説明しておいたので参照してほしい。そこではシュッツを利用した。
▼2 ハインリヒ・ポーピッツは「行動の規則性は、社会学の発明ではなく、社会による発明である」とのべている。ポーピッツ「社会学理論の構成要素としての社会的役割の概念」J・A・ジャクソン編、浦野和彦・坂田正顕・関三雄訳『役割・人間・社会』(梓出版社一九八五年)三六ページ。
▼3 ジンメルの「社会はいかにして可能か」はこの文脈で役割現象について論じたものである。ジンメル、居安正訳『社会分化論 社会学』(青木書店一九七〇年)。ポーピッツの前掲訳書も参照のこと。
▼4 ここで依拠しているシュッツによると「われわれは、他者を類型化するために、そしてまた自分自身を類型化するために用いられる、諸々の常識的な構成概念は、そのかなりの程度までが、社会的に獲得されたものであり、そして社会的に是認されたものであることを、心に留めおかねばならない」という。M・ナタンソン編、渡部光・那須壽・西原和久訳『アルフレッド・シュッツ著作集第一巻/社会的現実の問題[I]』(マルジュ社一九八三年)六八ページ。
▼5 ジンメル「社会はいかにして可能か」前掲訳書二一二ぺージ。
▼6 ジンメル、前掲訳書二一六ページ。
▼7 この点についての先駆的業績として、未完の草稿ではあるが、ジンメルの「俳優の哲学」が示唆に富む。土肥美夫・堀田輝明訳『断想』[ジンメル著作集11]。引用部分は二七三ぺージ。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)一四〇ページ。
▼9 ハンス・ぺーター・ドライツェルによる定義。深澤健次「演劇論的役割論の構造――E・ゴフマンとH・P・ドライツェル」『東京農業大学一般教育学術集報』第十六巻(一九八六年)五九ページによる。なお、本章で準拠しているアルフレッド・シュッツとハンス・ぺーター・ドライツェルによる役割概念についてはつぎの文献を参照。アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章と第十三章。またはアルフレッド・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)第八章「平等と社会的世界の意味構造」。ドライツェルの役割分析については、水野節夫「H・P・ドライツェルにおける役割論の展開(上・下)」『社会労働研究』二四巻一・二-四号(一九七八年)。深澤健次「役割と行為――H・P・ドライツェルの役割概念を中心に」『東京農業大学一般教育学術集報』第十三巻(一九八三年)。
▼10 社交については、ジンメルによる興味深い分析がある。阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)第三章。
▼11 老人役割については20-2参照。
▼12 家族役割については15-2参照。
▼13 性役割については15-2参照。
▼14 医師の役割については9-4および23-3参照。
▼15 組織内の役割関係は、地位や職務としてフォーマルに規定されたものだけからなるわけではない。14-1以下を参照。
▼16 観客の役割については18-2参照。病人・患者・被害者の役割については22-3および23-2参照。送り手と受け手の役割については10-1や11-3などを参照。
▼17 逸脱的役割については20-2以下参照。
▼18 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一五九ページ。
9-3 社会化と役割取得
子どもの社会化
近代社会において社会の一員になるということは、multiple-role playerとしての一定の能力を身につけることだ。そして役割のいくつかを選択的に受け入れ、受け入れた役割を核にしてアイデンティティを確立してゆくことである。幼年期から青年期にかけてなされるこの一連のプロセスのことを「社会化」(socialization)という▼1。したがって社会化とは第一義的には子どもの社会化のことである▼2。
ミードによると社会化は役割の学習によって進行するものであり、他者の役割と態度を自分のものにすることによって可能になる過程である。これを「役割取得」(role-taking)より正確には「他者の役割を取得する」(taking the role of the other)という。「取得」という訳語は少々とりつきにくいが、「他人の態度をとりいれる」とか「他人の役割を採用する」といった意味である。ミードは晩年これを「他者のパースペクティヴに入る」といいかえているから、これで納得してもらってもかまわない。
子どもは他者との相互作用のなかで、自分と他人の位置づけや役割の属性[□□らしさ]を学んでいく。この場合の他者とは第一に母親であり家族であり遊び友だちである。これらの人たちを「重要な他者」(significant others)と呼ぶ。
社会化の過程のなかでひときわ重要な段階は「ごっこ遊び」(play)と「ゲーム遊び」(game)である。「ごっこ遊び」とは、たとえば「お医者さんごっこ」であり、「お店やさんごっこ」「ままごと」である。この遊びのなかで看護婦さんの役割や店員さんの役割や母親の役割を学習する。つまり、まねたり、ふりをすることによって、男らしさ・女らしさ・子どもらしさ・お兄ちゃんらしさといったもろもろの類型化図式に付随する他者の態度を自分のなかに呼び起こすのである。これは第一に人間が反省能力をもっていること、第二に役割がそれを演じることによってその気にさせるという働きをもっていること、このふたつの人間独自の現象による。
さらに野球などのスポーツのような「ゲーム遊び」になると、自分に当てがわれた役割を演じるだけではだめで、複数の他者の演じるさまざまな役割をすべて関係づけて理解していないとゲームに参加できない。複数の他者の役割と態度を意識のなかで組織化していなければならない。意識のなかで組織化されたこの複数他者の態度のことをミードは「一般化された他者」(generalized others)と呼ぶ。「一般化された他者」とはこの場合ゲームのルールにほかならないわけで、これはもはや具体的な他者ではなく、抽象的な「共同体」であり「集団」であり「社会」である。そしてこれが前章で説明した「客我」(me)にあたるわけだ。
大人の社会化――第二次社会化
社会化のプロセスは、しかし、子どもだけとはかぎらない。大人にしても新しい社会的場面に参入するときには、第二次社会化ともいうべきプロセスを踏むことになる。それはたとえば、就職したとき・転職したとき・昇進したとき・単身赴任したとき・子会社に出向したとき・入院したとき・障害者になったとき・結婚したとき・犯罪者になったとき・囚人になったとき・徴兵されたとき・改宗したとき……従来のアイデンティティの軌道修正をよぎなくされるときに生じる。
第二次社会化は第一次社会化とちがって、まったく新しくアイデンティティを形成するわけではなく、基本的には新しい役割に関する特殊な知識を獲得することである。大学卒業者が企業に入って新人研修をうけたり、看護学生として看護学校や実習病院で訓練をうけたりする過程がそれである。しかし、この過程のなかで、かれらはたんに技術的な知識を習得するにとどまらない。〈営業マンとしてのアイデンティティ〉〈ナースとしてのアイデンティティ〉を形成していくことになる。
というのは、人間は特定の役割を引き受けることによって、自分のアイデンティティを再編成するからだ。役割にはその類型的な行動に付随する感情や態度が内蔵されているのである。はじめは周囲の期待や要望に無理に応えるようにしてなされた役割行為も、しだいにその気になってきて、やる気がでてくる段階に達する。やがて満足感や充実感をおぼえるようになる。こうして、はじめはヨソヨソしい仮面だった役割が、いつのまにか自分自身の顔そのものになっていく。装っている当の者になる。たとえば新人営業マン・新任教師・新人ナースというものは当初「それらしくない」ものだ。それがしだいに「らしさ」を備えていく。
このなりゆきが「同調」であるか、それとも「自己実現」であるか、判断はむずかしい。「同調」(conformity)とは、集団内の他の人びとと同じ意見・態度をとることであり、「自己実現」(self-realization)とは、自分の人格と能力と個性が十分に活かされ社会的にも評価されることである。この問題を考えるためには、もう一度「役割取得」のメカニズムに立ち戻る必要がある。
役割形成としての役割取得
ラルフ・H・ターナーによると、役割取得は他者の態度とパースペクティヴをそのまま自分のなかに取り入れる[内面化する]のではないという▼3。ことによると、強力な官僚制組織や軍隊組織において存在するかもしれないが、それは例外である。現実には、人間は複数の他者の態度とパースペクティヴを「選択」し、自分なりに「解釈」する。その結果、他者の役割期待は修正され、新たに再構成されることになる。この選択的解釈過程に個人の個性と主体性がにじみでる。これこそミードが〈客我に対する反応としての主我〉として名指しした現象である。
だから、子どもが自分のなかに他者の態度を取り込むことによってみんな分別ある大人になっていくわけではないし、大人も第二次社会化において集団や組織に同調するばかりで個性などなくなってしまうことはない。
主我は個体独自の反応であり個性的なものだ。このように自我を客我と主我の対話[Iとmeの対話]ととらえると、社会化が個性化でもあることがわかる。逆にいうと、個性は社会化から生じるのだ。常識的なステレオタイプでは、社会化すなわち大人になることとは社会の要求に同調することだと考えられているし、一時期の社会学理論もそう教えていた。それだけに、社会化がむしろ個性化の基礎であることをあらためて確認する必要がある。
▼1 「社会になること」という意味で用いられるジンメルの社会化概念とはまったく異なるので注意されたい。5-3参照。
▼2 以下の説明ではおもにG・H・ミードとP・L・バーガーとT・ルックマンを参照した。ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会』(青木書店一九七三年)。P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)。バーガー、前掲書。
▼3 Ralph H.Turner,Role-Taking:Process Versus Conformity,in:Arnold M.Rose(ed.),Human Behavior and Social Processes:An Interactionist Approach,1962.
9-4 さまざまな役割現象
役割葛藤と社会学的アンビヴァレンス
これまで役割現象の基底的な構造原理について理論的に考察してきた。今度は、役割現象のもっと表層にあるさまざまな現象について一覧することにしよう。いずれもわたしたちがつね日ごろ遭遇する経験である。したがって、ここでする作業の目的は、ありきたりのことをむずかしく説明するのではなく、それらを概念化することによって日常生活の自明性を反省的にとらえかえすチャンスをつくりだすことにある▼1。
たとえば、医者の役割を考えてみよう。患者に対する医者の役割には、じつはふたつの矛盾する役割期待がふくまれている。第一に、患者に対して感情にとらわれずに冷静に診断することである。でなければ「いい加減だ」とか「やぶ医者」といわれかねない。とくに女性患者の場合には対応をまちがえると「いやらしい」といわれてしまう。その一方で、医者の役割には、患者に対して同情的な関心を示すことも要求される。痛みを訴える患者に対して「それはつらかったでしょう」の一言もつけくわえるぐらいでないと「人情味がない」とか「冷たい」と評価されてしまう。
医者という職業も、それなりにツライものがあるわけだが、このふたつの役割期待を同時に満たすのはむずかしい。この場合、医者というひとつの役割に、ふたつの矛盾する役割期待が寄せられているわけで、まじめな医者ほどディレンマに陥る。もっとも、現実に医者がどれだけ苦しんでいるかはわからないが。
このように、競合・対立・矛盾する役割期待のために、行為者が内的葛藤をともなう調整をしなければならない場合を「役割葛藤」(role confict)という。
教師も役割葛藤をおこしやすい職業役割である。というのは、教師として関わる人びとによって役割期待が大きく異なるからだ。たとえば、話を生徒たちにかぎっても、かれらはさまざまな要求をもっている。受験向けの技術的な授業を望む者もいれば、やさしくわかりやすくやってほしいと望む者も多い。とにかくこの時間が楽しくすぎればいいと思っている生徒もいれば、あてないでほっといてくれさえすればいいという生徒もいる。これらさまざまな期待をもつ生徒たちを一斉授業のなかで同時に納得させることは至難の技である。これにくわえて、親は、うちで子供を甘やかしているつぐないとして、せめて学校では厳しく指導してほしいと期待している。教員どうしでは、なるべく突出しないように規制しあっている。上司や教育委員会では、文部省の指導通りに無難にこなすことを期待する。しかし、自分には自分なりの理想とやり方がある。
学校は、タテマエ上、自由で民主的な人格形成の場として制度上位置づけられている。そのため、校内暴力やいじめや管理のゆきすぎなどの問題をきっかけに、外からさまざまな批判がたえず寄せられる。じっさい「法律や人権の何たるかを少しでも知っている教師は、自分が生徒たちにしている指導や原理が民主的かつ合理主義的であるなどとは思っていない。現在のやりかたがどうしても必要なのだということだけが、彼らにわかっていることである。学校には、生徒が納得しようがしまいが押しつけなければならないことがゴマンとあり、それを放棄してしまったら、学校は学校として成り立たなくなってしまうのだ。もちろん、教師は生徒に押しつけをしたりしないで、生徒の要求に沿っても民主的にやりたいと本心から願っている。[中略]つまり、教師はつねに引き裂かれているのである▼2。」
ということだが、これはつまり、ひとつの役割といっても、じつはひとつではなく、正確には一群の役割・一連の役割というべき現象なのである。これをマートンは「役割群」(role set)と呼んだ▼3。役割がじっさいには役割群であるかぎり、役割葛藤は大なり小なり生じることになる。しかもこれは個人の問題ではなく、あきらかに社会構造の問題である。
このようにひとつの役割であっても、矛盾するいくつかの役割期待と個性的反応をふくんでいるわけで、正確には「役割内葛藤」(intra-role confict)という。ここから考えると、ひとりの人物が複数の社会的場面で遭遇するさまざまな役割期待が矛盾しないわけがない。たとえば社内の人望を集めている有能なエリート部長という役割と、妻にも子供にも相手にされない所在なき父親という役割のように、こちらの方は「役割間葛藤」(inter-role confict)という。いずれも社会の「しわよせ」すなわち構造上の矛盾と対立が個人にやってくる場合といえる。マートンはこのような役割現象を総称して「社会学的アンビヴァレンス」(sociological ambivalence)と呼んでいる▼4。アンビヴァレンスとは「両義性」とも訳されることばで、精神分析学では分裂病の基本症状に使われることばである。「相反するものにひきさかれる」というイメージでとらえてもらえばいい。調和のとれた社会でないかぎり、社会学的アンビヴァレンスから逃れることはできないのであり、近代においてそれはユートピアである。
役割のずれ
役割葛藤が基本的に社会構造に原因のある問題だとすれば、「役割のずれ」はおもに個人の方に原因のある役割現象であるといえる。根本的なことは、人間が本質的に役割のマリオネットではありえないことだ。どうしても「人間的な」部分がでてきてしまう。まず適応能力の不足がある。また役割についての知識のずれ・ゆがみ――といっても社会や集団における中心的規範に対してだが――がある。片寄った教育や特定集団にみられる偏見などによって生じるものもある。第三に役割演技のさいの実行上のずれ・ゆがみがある。自分では役割期待どおりにやっているつもりでも、じっさいにはずれている場合である。
台本と本番の演技がちがうように、また役者によって味わいがちがってくるのと同じように、結局これらは可能性としては「役割形成」にあたる。「失敗」も新しい役割の創造にはちがいないのだ。
役割距離
人は役割を演じるだけでなく、演じるふりをすることがある。つまり「自分はこの役割に愛着はないのだ、本当の自分はこの役割のなかにはないのだ」ということを役割行為のなかで表現することがある。
たとえば、メリーゴーランドに乗った三才か四才ぐらいの子供であれば、規則的にゆれる木馬を一生懸命乗りこなそうとするだろう。この場合、その子は「メリーゴーランドの騎手」の役割を完全にうけいれている。ところが五才ぐらいの男の子となると、こうはいかない。鞍の上に立ったり、ひつくり返ってみたり、とにかく余裕で乗りこなせることを誇示するようになる。七才か八才ほどになると、ふざけたりさまざまな限界に挑戦したりする。十代になると、今度は積極的に競馬のしぐさをしたりして「メリーゴーランドの騎手」の役割を〈冗談〉として引き受けていることを表現しようとする。大人になると、もっと複雑な技巧でもって〈冗談〉であることを表現する。あるいは、息子や娘の安全のために乗っていることを表す表情をしたりする▼5。
これはアメリカの遊園地での観察例だが、このようにメリーゴーランドの騎手という役割それ自体は非常にかんたんなものであるにもかかわらず、それだけにいっそう、その役割と自分のあいだにくさびをうつ表現技巧が要請される。
このように、演じている本人はまったくその気がないことを表現しながら役割行為がおこなわれることを「役割距離」(role distance)という。この概念の提唱者アーヴィング・ゴッフマンによると、役割距離とは「個人とその個人が担っていると想定される役割との間の『効果的に』表現されている鋭い乖離」である▼6。
メリーゴーランドの例はあきらかに極端な場合で、日常生活と直結したイメージをもちにくいかもしれないが、わたしたちは皮肉や冗談・ユーモアによって〈ほんとうの自分〉と役割行為のあいだに距離をとっているはずである。ゴッフマンは外科医の手術中の役割距離行為を中心に分析しているが、それは各人の役割が厳密に定義されているような状況においてこそ役割距離が有効に機能するからである▼7。ちなみにゴッフマンによると、上位にある者の方が下位にある者よりも有効に役割距離を表現できるという。下位者がこれをすると役割拒否とみられるのに対して、上位者の役割距離はリジットな状況を緩和するので下位者にも支持されやすいからである▼8。
行為と表現のディレンマ
役割距離の現象において、役割と自己を分離して表現するのは、オーディエンス[受け手/観客]がいるからである。それは役割の相手としての他者であるかもしれないし、まったく別の傍観者かもしれない。行為者はこのオーディイエンスに対して演技する役割演技者である。わたしたちは、ここでようやく「日常劇場」の現場にたどりつく。
授業を真剣に受けているということを先生に認めてもらいたいと願う子どもは、それだけで疲れてしまって先生の話どころでなくなってしまう。このように、役割の行為と表現はしばしばディレンマにおちいる。たとえば、外科担当のナースはその活動がみえやすく患者や家族から感謝されやすいのに反して、内科担当のナースはその活動がシロウトにはわかりにくいために、患者の呼吸や顔色を観察している彼女が仕事中であることに気づかれない▼9。
こうしたことがあるために、行為者は自己提示のさいに、相手の自分についての知識をコントロールしようとする。早い話が「よそおう」のである。これをゴフマンは「印象操作」(impression management)と呼ぶ。自己に関する情報の隠ぺい・秘密・脚色・漏洩などの情報統制によって、他者の状況の定義づけに影響をあたえようとするのである▼10。
役割能力
これまで「人間論」として、社会のなかで個人はどのような存在であるかということについて論じてきた。個人は自分が交渉する他者の数だけ自我をもっている。人間は本来「多重人格」なのだ。そのなかで比較的安定し一貫性をもつ自我像がアイデンティティである。「わたしはわたし」という実感だ。このようなアイデンティティをつくりあげていくことが青年期のもっとも重要な課題となる。そのさい、アイデンティティの中核となるのは、多くの場合「役割」である。現代人は、自分にあたえられたか、もしくは選びとった一群の役割を中心に多様な自我を再編成し、ある程度の一貫性をもった自己定義をつくりあげる。
このさい一般的な常識では見落としがちなことが二点ある。ひとつは、自我にせよアイデンティティにせよ役割にせよ、自分だけで決められるものではなく、あくまで他者との関係で決まるということ。たとえばアイデンティティも自己定義だけでは安定しない。他者の承認が必要不可欠だ。だから「わたくしといふ現象」は、たしかに主観的現実にはちがいないが、本質的に社会的な現象なのである。
ふたつめは、役割はかならずしも「よそよそしい仮面」とかぎらないこと。ときには自己実現のメディアとなることもある。また、ある役割に対して期待されること[役割期待]は、多くの場合ある程度の幅をもっている。自己裁量の余地もあるし、主体的な役割形成の可能性もある。だから行為の自由は役割の外側にあるのではなく内側に存在する。役割を外在的で拘束的で運命的なものとしてとらえてしまうと、役割はいともかんたんに物象化してしまう。つまり、人間間の相互作用のなかから生じ、相互作用の媒体として機能する役割は、本質的に流動的な形象であるにもかかわらず、それがあたかもモノのように固定的に自明視されてしまう。これは一種の判断停止[エポケー]である。このように役割をとらえてしまうと、役割からの離脱にのみ真のアイデンティティをみいだし安らうことになってしまう。とくに現代人は、「真の自己」(real self)を役割の外に求める傾向がある。このような日常意識の物象化に反省の契機をもちこむ――脱物象化する――ところに役割現象の社会学理論の存在意義がある。
人間と役割の関係は一方的なものではないし、まして人間が役割によってがんじがらめに拘束されているわけでもない。むしろ役割は個人の自律性と自由の媒体でさえある。ただしこれには一連の役割現象をうまくきりもりできる資質が必要である。ハバーマスはこのような資質を「役割能力」(Rollenkompetenz)と呼んだことがある。役割能力とは、目下おかれている状況のなかで、役割葛藤を意識的に解決し、社会学的アンビヴァレンスをあるがままに耐え、原理上多義的な行為状況を解明して役割の矛盾をのぞき、自己を間接的に適切に提示し、内面化した規範に対して自己を反省的に関係づけ操作し、役割を柔軟に応用し、役割距離を用いてアイデンティティを確証していく能力である▼11。これはきわめて高度な能力だ。しかしそれでも、社会化の過程でこのような役割能力が獲得できるような社会のあり方をわたしたちは模索していく必要がある。また、これからの教育や看護の領域で要請されているのも、このような人間像ではないかと思う。
▼1 新睦人「役割理論」富永健一・塩原勉編『社会学原論』(有斐閣一九七五年)にくわしい議論があり、ここでも参照した。
▼2 諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六-七ページ。
▼3 マートン、金沢実訳「準拠集団と社会構造の理論(つづき)」の「問題七」参照。マートン『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼4 マートン、金沢実訳「アンビバランスの社会学理論」前掲訳書所収。
▼5 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一一一-一一八ページ。
▼6 前掲訳書一一五ページ。
▼7 前掲訳書一二六-一四六ページ。
▼8 前掲訳書一四一-一四二ページ。
▼9 E・ゴッフマン、石黒毅訳『行為と演技――日常生活における自己提示』(誠信書房一九七四年)。豊富な事例を使用した驚異的な分析である。若干の人間不信になるかもしれないが一読の価値がある。
▼10 前掲訳書。
▼11 栗原孝「役割能力論の考察――J・ハーバーマスの人格論によせて」『社会学評論』一三五号(一九八三年)による。
増補
役割行為論
一九九〇年代になると役割理論は具体的分析のなかに解消されてしまう。これはある意味では正当なことであろう。しかし、具体的分析のさいに使用される役割概念の社会学的特性に無自覚では分析も深まらない。その点で、薬害事件と冤罪事件に題材をとって、その具体的分析において役割概念を駆使した、栗岡幹英『役割行為の社会学』(世界思想社一九九三年)は、現実に生起する役割概念に対して自覚的かつ理論的に照明を当てた研究として注目できる。
この流れでいえば、この文章の6章で紹介した宮台真司の一連の時代診断学的仕事も役割分析の応用と見れなくもない。社会的カテゴリーとしての役割現象を考える上でのヒントがたくさん語られていると思う。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚5社会現象における共通形式を抽出する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
5 社会現象における共通形式を抽出する
5-1 類型化――日常的認識と科学的認識
日常生活における類型化
多様な現実のなかから一定の共通性をみつけて分類することは学問の常套手段である。社会についての科学も当然これを手段として使用するし、社会学も同様である。本章ではこの「類型化」(typification)について考えてみよう。
まず確認しておきたいのは、類型化という営みは、なにも科学的認識に特有のことがらではないということだ。それはまさに日常生活のなかでわたしたちが日々おこなっていることでもある。
わたしたちは日常世界を最初から〈類型化された世界〉として経験している。さまざまな対象がイヌとして・ネコとして・机として・コップとして・電話として経験される。ひとつひとつの個性的な対象――ウチのイヌととなりのイヌはまったく別の個性をもっているはずだ――を一定のことばで――つまり「イヌ」と――呼ぶことは、すでにわたしたちが類型性にもとづいてとらえていることなのである。人間についても同様だ。わたしたちは、他者が何者であるか、他者のおこなっていることがらがなにを意味するかを把握するために、すでに経験的に会得した類型化図式をあてはめていく。目の前の人物は警察官として・郵便配達人として・上司として・店員として経験される。これはまた自分自身についても同様である。わたしたちは状況によって自分を父として・妻として・教師として・学生として・客として・若者として自己類型化することによって社会関係をとりむすぶ。
これらの類型化とその適切な使用法についての知識は、幼いころからの教育や経験によって集積された処方箋的な知識である。日常生活の世界において行為し思考している人間のこのような手もちの知識は、一般にまとまりを欠き、部分的にのみ明瞭であるにすぎず――たとえばお金の使い方は知っていてもお金が本来どういうものかは知らないとか、電話のかけ方は知っていてもそのしくみは知らないといったように――しかもつねに矛盾をふくんでいる。しかし、このような知識はたいていの実際的問題を解決するには間に合うため基本的に自明化されている。第二章でふれた「常識的知識」がこれにあたる▼1。
社会学的認識における類型化
このような処方箋的知識に対して、科学的知識は論理的に一貫している点で大きく異なる。したがって、社会学的類型化もその場しのぎの非論理的なものであってはならないわけである。つまり、分類基準のようななんらかのロジックが必要とされる。
しかし、杓子定規な分類基準に機械的にしたがうことだけが〈科学〉ではない。
一見して錯綜している社会的現実をみるとき、わたしたちはその複雑さを回避するために、かえってひとまとまりのものとして認識してしまう。それが社会学的に的確であるかどうかは、それでなにがえられたかという実用的な結果で判断せざるをえない。いくつかの事例をみて考えてみよう。
まず、デュルケムの有名な自殺類型をとりあげよう。かれは自殺を個人的な現象ではなく社会現象としてとらえ、自殺についての社会的要因によって三つの基本類型を設定した▼2。
(1)自己本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性が弱く、その内面的な結束力が弛緩している場合に生じる自殺形態。所属集団の凝集性が弱いほど自殺率が高くなる。たとえば信者自身の自由な解釈がゆるされているプロテスタントの方が、教会による強力な統制下にあるカトリックよりも自殺率が高い。家族の場合も集団として緊密な関係ができている方が自殺率が低い。国家についても平時より戦時の方が集団としての凝集性が高まり自殺率が低くなる。
(2)集団本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性や統制力があまりに強く、集団への一体感もあまりに強い場合に生じる自殺形態。自分の所属集団の名誉を守るために進んで犠牲になるケースがそれである。会社や政治家の不正の責任をとるかのように自殺する中間管理職や秘書の自殺などはこれにあたる。
(3)アノミー的自殺――社会が突然の危機に見舞われ、人びとの行動を規制する共通の道徳的規範がうしなわれ混乱状態に陥った無規制状態[アノミー]に生じる自殺形態。好景気がつづいたあとの経済恐慌時など、ひとたび肥大した人びとの欲求が不意に満たされなくなったために激しい焦燥や憤怒に陥ることが原因で自殺にいたる場合がそれである。欲求に対する社会的ブレーキが効かなくなった状態と考えていい。
このように、社会学における類型化は、ただたんに似たものを寄せ集めて命名するといったことではない。それ自体が理論的考察をすでにふくむところに特徴がある。『自殺論』の場合、自殺について語っているようにみえて、じつは社会と個人の関係のありようについて分析していることが、この三類型の定義だけからもうかがえると思う。そこがたんなる自殺統計などとちがうところだ。
今度は日本の例をみることにしよう。見田宗介の初期の傑作「現代における不幸の諸類型――〈日常性〉の底にあるもの」は、戦略的な質的データとして新聞の身上相談を分析したものである。かれは身上相談をたんに訴えの種類によって――つまり恋愛・結婚・夫婦関係の危機・嫁姑・再婚・職場の対人関係・経済問題・非行・病気・ノイローゼなどに――分類するのでなく、それがもたらす「不幸のかたち」に注目し、十二の代表事例、四つの基本類型にまとめた▼3。
(1)欠乏と不満――経済的窮乏によって人間の本来的な生き方への関心をすりへらしてしまうケース。低学歴などのハンディを負いつつ子供のために自分の欲求を抑圧しつづけた結果、アブノーマルな道に走ってしまうケース。不本意な進学や就職の結果、目の前の問題に内発的な意欲をもって主体的に参与できず、いたずらに消耗してしまうケース。
(2)孤独と反目――人まかせの結婚をした結果、夫の浮気・賭事・乱暴・浪費などを導き、自分の責任を省みることなく被害者として悩むケース。失われた愛や生きがいを子供に託すことによる反目の再生産、つまり「母親は夫に求めるべきものを息子に求め、息子は嫁に与えるべきものを母親に与え、かくして充たされなかった嫁は、夫に求めるべきものを、ふたたびその息子に求める」ケース。逃げ場がないという閉塞した労働現場でおこる告げ口による憎悪のケース。
(3)不安と焦燥――受験失敗によるあせり。一方、一流大学をでたものの幹部コースからはずれたことによる不安。「一流大学」「一流会社」「出世コース」「女の幸福」といったステレオタイプを疑うことができないために、自分が「規格品」でないことに強い不安と焦燥を感じるケース。
(4)虚脱と倦怠――苦労の末、ようやく生活が安定してきたころ、生活に対する新鮮な興味が喪失するケース。外発的な生活目標に追われるうちに、内発的に自分の人生を設計する能力を失ってしまうケース。絵に描いたような「女の幸福」のなかでおおうべくもない倦怠感におそわれるケース。
そしてそれらを現象させる諸要因の連関を分析したのち、その連関の構造を合成し、(1)中小企業労働者・下層農民を典型とする状況構造(2)官庁および大企業ホワイトカラーを典型とする状況構造を類型化した。
デュルケムも見田も、一見同じようにみえる素材を読みほどき、理論的な座標の網をかぶせることによって、現象の表層から深層へと問題をほりさげているようにみえる。たくみな類型化の例である。
このような観察者・研究者側による類型化に対して、対象となった集団の内部で使われている類型化図式を尊重し、それを調査し、整理する方法がある。たとえば第三章で紹介したアンダーソンの『ホボ』は、渡り職人の生態を克明に調査したモノグラフだが、一見似たようにみえるホームレスたちの世界を、かれら自身の類型化図式をありのまま示すことによって読者の発見を助けている。宝月誠の紹介するところによると、つぎの通りである▼4。
(1)季節労働者――年間のスケジュールにそって各地で特定の仕事をする人。
(2)ホボ――気の向くままに不定期で臨時雇いの仕事をしている人。各地を自由に渡り歩く気質をもつ。
(3)トランプ――仕事をせず物乞いや盗みでその日暮らしをしている人。新しい体験を求めるロマンティックな気質をもつ。
(4)ホーム・ガード――移動せず規則的にか不規則的に雑用の仕事をする人。一種の定住者。
(5)バン――移動せず仕事もしない人。物乞いや盗みで絶望的生活を送っておりアル中や麻薬中毒者が多い。
おそらく外からながめているだけではわからない人間類型がここにある。一九二〇年代シカゴの「ホボヘミアン」――日本語でいうと「寄せ場」に対応する――の人たちはこの諸類型を明確に区別し、じっさいの交渉のさいの準拠枠としていた。これは社会的序列でもあったから、この類型それ自体がすでにひとつの社会的事実である。
このように、日常的認識におけるステレオタイプな類型化から距離をとって科学的に類型化することによって日常的認識の限界を示すとともに、今度は逆に科学的認識が日常的認識における類型化図式に学ぶことも重要なことなのである。日常的認識と社会学的認識のあいだには、このような相互作用がなければならない。
▼1 アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章による。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『自殺論――社会学研究』(中公文庫一九八五年)。この古典のわかりやすい解説として、宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)。ここでも後者の現代的解説を参照した。
▼3 見田宗介『現代日本の精神構造』(弘文堂一九六五年)。以下のように要約してしまうとなんとも味気ないものになってしまうが、個々の事例のもつ豊かな問題性を引きだす見田の文体の魅力を直接味わってもらいたい。
▼4 宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)一三二-一三四ページ。
5-2 方法としての理念型
理念型
類型化の手法をより洗練化して方法論にまで高めたのが、マックス・ウェーバーの「理念型」(Idealtypus)である。かれによると、そもそも概念は人間が現実をとらえるために、思考によって一面的に構成する認識手段である。それは本章冒頭で説明した日常生活者の場合と基本的に同一である。ただ理念型の場合は、研究者が特定の観点から一面的に強調した要素を論理的に矛盾のないように整序して構成する点で、日常経験における類型化と異なる。つまり、それは非現実的なユートピア的構成体である。
というのは、理念型は現実をそっくり模写したものではなく、混沌として雑然たる現実の多様性をとらえるための道具=装置にほかならないからである。ウェーバーは「発見的意義」ということばでこれを表現していた。だから、ある理念型が適当かどうかは、ひとえにそれでもってなにが発見できたかというプラグマティックな成果によることになる▼1。
個性的(歴史的)理念型
理念型によって個性的な歴史的現実に少しずつ近づくことができるといっても、どういうことかはっきりしない。そこでウェーバーが具体的にどのように理念型を用いたか、二・三例を紹介しておこう。
まず代表例としてあげられるのは、ここでも「プロ倫」をふくむ『宗教社会学論集』である。たとえば「プロ倫」において「禁欲的プロテスタンティズム」の宗教思想を分析するさい、ウェーバーはつぎのようにことわっている。「もちろんそのばあい、考察の方法としては、宗教的思想を、現実の歴史には稀にしか見ることのできないような、『理念型』として整合的に構成された姿で提示するよりほかはない。けだし、現実の歴史の中では明瞭な境界線を引きえないからこそ、むしろ徹底的に整合的な形態を探究することによって、はじめてその独自な影響の解明を期待しうるからだ▼2。」なるほど現実に存在する宗教思想は多様であり、さまざまなヴァリエーションに満ちていて、その周辺は定かでないのがふつうである。それらを網羅的に収集したところで因果連関の解明をますます困難にするだけであろう。それよりもフリンジを鮮明にし、要素の特徴を整理して分析に用いた方が、かえって現実の因果連関に近づける。第三章でくわしく紹介した「禁欲的プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」の密接な関係が鮮明に描けたのも、理念型としてあらかじめ個性をきわだたせてあったためである。そうでなければ両者の関係は、歴史的現実のディテールの大海に沈んでみえなくなってしまったことだろう。
『宗教社会学論集』で比較の対象となった儒教・道教・ヒンズー教・仏教・古代ユダヤ教も、禁欲的プロテスタンティズムと同様、理念型的な概念構成物である。これらはウェーバーの研究関心にそって相互に区別され特徴が強調された。歴史的にはそのような純粋な形態がたとえ存在していないとしてもかまわないのである。このような歴史的に一回だけ存在した個性的な現象についての理念型は「歴史的理念型」または「個性的理念型」と呼ばれる。
類型的(社会学的)理念型
歴史的・個性的理念型に対して、一回性をもたない普遍的な社会現象についての理念型もある。これを「社会学的理念型」または「類型的理念型」という。
ウェーバーのもうひとつの主著『経済と社会』はこのような類型的理念型の宝庫である▼3。そのなかからふたつ紹介しよう。まず社会的行為の諸類型について。すでに説明してきたように、ウェーバーは社会を徹底して個人行為者側から分析する。基本単位は社会的行為である。この場合の「社会的」とは他者の行動と有意味的にむすびついていること、つまり他人の出方とリンクしているということだ▼4。
(1)目的合理的行為――目的・手段・副次的結果を予想し考慮した行為。目的と手段の関係が合理的。
(2)価値合理的行為――倫理・芸術・宗教など固有の絶対的価値を意識的に信じることによって生じる行為。予想される結果にとらわれない。
(3)感情的行為――感情や情緒による行為。
(4)伝統的行為――身についた習慣による行為。
一見思いつきのような分類にみえるが、なかなか奥が深く、さまざまな修正案を生みだす理論的源泉となっている類型図式だ。たとえば商業行為は商品を売って利益をうることにはちがいないにせよ、「これだけの商品をこうして売ればこれだけもうかるはずだ」と計画的に売る場合は「目的合理的行為」だが、「先祖代々むかしから同じようにこうして売ってきた」という場合は「伝統的行為」であろう。また「そんなにもうからなくても地道に人様のお役に立てればいい、それが神様が自分にあたえた仕事なのだから」という場合は「価値合理的行為」である。もちろん、「意地で商売してんだ」という「感情的行為」の場合だって考えられる。また、宗教行為に対して現代人は非合理的と考えがちだが、ウェーバーの行為類型によると「価値合理的行為」である。つまり宗教行為は、ある価値に対して徹底的に合理的な行為とさえいえる。そしてこのことは宗教現象をとらえる上で不可欠な前提事項でさえある。一般に現代社会は「目的合理的行為」の比重が増しているといえるだろうが、他の類型とくに「価値合理的行為」も依然として重要である。
つぎに支配の諸類型についてみてみよう。ウェーバーは「支配の社会学」の出発点である「正当的支配」(legitime Herrschaft)のうちに以下の三つの純粋類型を設定した▼5。
(1)合法的支配――制定された秩序の合法性にもとづく。
(2)伝統的支配――昔から妥当してきた伝統の神聖性にもとづく。
(3)カリスマ的支配――非日常的な資質をもった人物[カリスマ]の神聖性・英雄的力・模範性にもとづく。
このさい、ウェーバーは「この三つの理念型が、どれ一つとして、歴史上本当に『純粋な』姿では現われてこないのが常である」として「歴史的な全現実が以下に展開される概念図式の中に『捕捉』されうると信ずることは、本書の考え方とは最も遠い考え方である」と注記している。つまり、この三つの純粋型は、現実に歴史に出現したさまざまな支配の形態を分析するときの尺度にすぎないのである▼6。
流動的推移の論理
類型化の役割はまず第一に「他と区別する」ことだ。分離・峻別の効果である。ウェーバーの個性的理念型はもっぱらこれをねらったものだ。いわば「差異」をきわだたせるための認識手段である。ところが類型化の役割はこれにとどまらない。第二の役割は、連続したスケールにおいて現実を位置づけることである。このことをジンメルとウェーバーの類型学的研究にみいだした阿閉吉男は「流動的推移の論理」と呼んでいる▼7。
さきほどの支配の諸類型をみてみよう。ウェーバーは三つのうちカリスマ的支配をもっとも基礎的な支配形態とみていたが、これが理念型通りに存在したとしてもカリスマの死とそれにともなう後継者問題から早晩この形態が変質するとし、そのプロセスのことを「カリスマの日常化」と呼んでくわしく分析した。カリスマ的支配は日常化によって伝統的支配もしくは合法的支配に移行するが、当然そのプロセスは単純なものではなく、「支配の諸類型」の章の後半部の多くがこれにあてられる。つまり純粋な理念型を組み立てて網羅的な概念体系を構築するのが目的ではなく、混沌とした歴史的現実を、純粋類型と純粋類型の中間に位置づけることによって構図を鮮明化することが目的なのである。ここは往々誤解されているところである。理念型は社会認識のための道具であることをウェーバーとともに再度強調しておかなければならない。
さて、わたしたちにとって、このような類型の「流動的推移の論理」はどんな意義があるのだろう。〈健康〉と〈病気〉を例にとって説明してみよう。
いうまでもなく健康と病気は対概念であり正反対の意味をもつ。わたしたちは相互に健康か病気かを判断し、あいまいな場合には医師の診断をあおぎ、学校や会社を休むかどうか決める。学校や会社も病気と判断すれば欠席・欠勤もやむをえないとする。短期間であればそれで落第させられたり配置転換されたりしないし給料も保証される。わたしたちの社会では健康と病気の対概念によって個人の活動を明確に線引きできるとする前提了解があるかのようである。
しかし、健康とはなにか、病気とはなにかについての社会的定義は相当あいまいだ。たとえば二日酔いで会社を遅刻すれば上司の非難をかうにちがいない。しかし「二日酔い」が「アルコール性急性肝炎」となると一転して同情されることになる。前者には健康な人という類型が適用されているために「怠惰」や「だらしなさ」とみられるのに対して、後者には病者という類型が適用されているからだ。学校で保健室が一部の生徒たちに一種のアジール[避難所]としてよく利用されているが、かれらはこの定義のあいまいさを戦略的に活用しているわけである。
ここであえて健康と病気の純粋な理念型を考えてみると、現代人の多くはそのどちらでもないことになる。まったくの健康でもなく、さりとて病気というほどでもないというのが一般的ではなかろうか。では、健康と病気の純粋類型の中間にはなにがあるだろう。その中間にあるのは「障害」という類型である。たとえば慢性疾患にかかった人はあきらかに健康ではないが、仕事を免責されるわけではないし、その必要もない。疾患を抱えつつ社会的責任を果たすことになる。老いの場合もわたしたちは病者という類型でとらえがちだが、むしろ「障害」類型でとらえる方が現実的であり、それによって医療福祉サービスのあり方や企業のあり方も考えなおすことができる。そしてこれはたいへん重要なことなのだ▼8。
すなわち、現代日本社会は「健康と病気」の対概念をあいまいなまま適用する社会であるために、またその結果「障害」概念が非常にせまくとられているために、多くの人たちがこの対概念からもれてしまっている。企業経営も労働条件も福祉政策も公共施設も「障害」は残余概念でしかない。ところが、ひとたび健康と病気の概念について熟慮すると、この二分法よりもむしろ「障害」を中心に社会を構成すべきであることに思いいたる。つまり「われらみな障害者」という原理こそ社会構成の中心にすえられるべきものなのだ。ただ「障害」に程度の差があるだけと考える方が理にかなっている▼9。
極端な理念型を構成することは、たんに差異をきわだたせるだけでなく、現実の事象を中間項として流動的にとらえることを可能にする。これによって、偏見や常識がもたらす硬直した二項対立を打破することが可能になる。
すでにのべたように、類型化は日常生活をいとなむ上での認識手段である。社会学の提示する諸類型を通過することで、わたしたちはふだん自分があたりまえのように使っているさまざまな類型化図式を点検し、より洗練されたものにしていくことができる。これもひとつの社会学的実践である。そしてこのような社会学的実践の積み重ねが、社会の反省性を高めることに通じるのである。
▼1 マックス・ウェーバー、徳永恂訳「社会科学および社会政策的認識の『客観性』」ウェーバー『社会学論集』(青木書店一九七一年)。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテンタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)一四一ページ。
▼3 ウェーバーの主著である『宗教社会学論集』も『経済と社会』も、かれが編集改訂の半ばで病死したため、死後マリアンネ夫人によって編集刊行されたものである。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)。旧版は角川文庫に収められ、ながらく定訳として広く使用されたもの。なおこの論文にはほかに清水幾太郎による翻訳が岩波文庫に、浜島朗による翻訳が青木書店[前掲書]にある。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。なお、かれの「支配の社会学」については19-1でくわしくあつかう予定である。
▼6 ウェーバーの『経済と社会』の随所で展開されている類型的理念型として、ほかにも「宗教社会学(宗教的ゲマインシャフト関係の諸類型)」の章があげられる。宗教・宗教的行為・呪術師・祭司・預言者・神・教団などの諸類型がそれである。たとえば、読者にとっておそらくピンとこない呪術師・祭司・預言者の三類型をウェーバーは明確に位置づけている。宗教者についてあいまいな観念しかもっていなかったのが、ピシッと焦点をあわせられたような気になる。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼7 阿閉吉男『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)二〇-二九ページ。
▼8 かつて日本の老人医療の現場では老いを「病気」とみてきたために多くの老人が「ねたきり」にされてきた。近年ようやくこれが見直され、少しでも活動させるようになった。これで元気をとりもどす老人が多いという。この方針も「ノーマライゼーション」とみなしていいが、要するに健康と病気の中間に位置づけることにほかならない。かつての老人医療現場については大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)参照。
▼9 健康・病気・障害については23-2参照。日本社会における「障害者」概念の狭さは先進諸国のなかでは特異なものである。
5-3 形式社会学の発想――同型性
人間相互の関係形式に関する科学としての社会学
類型化の第三の役割は、共通形式に注目することである。つまり似たものどうしをむすびつけることだ。もちろんまったく似たものどうしをまとめてもしかたないわけで、そこになんらかの意外性つまり発見的意義がなければならないのは当然である。
さまざまな社会現象を貫通する共通形式に着目することによって意外な局面を照射する――このような手法を最初に社会理論にまで高めたのはジンメルである。そこでジンメルの理論を検討し、そのなかで社会学的概念の役割についても考察してみたい。かれの理論は――そして文体も――難解だが、挑戦する価値が今日でも十分あると思う▼1。
ジンメル社会学の出発点は「多数の諸個人が相互作用に入りこむとき、そこに社会は実在する」というものだ▼2。これが広い意味での社会概念すなわち「広義の社会」である。相互作用というのは、他人に働きかけて影響をおよぼすと同時に、また他人から働きかけられて影響を受けるプロセスのことだ。正確には「心的相互作用」(seelische Wechselwirkung)という。相互作用はつねに特定の衝動や目的や関心によって成立する。つまり「もうけたい」とか「信仰のため」とか「遊びたい」とか「教育のため」といった目的をもって人は相互作用のプロセスに参加する。ところが、この側面は社会の「素材」もしくは「内容」にすぎず、これだけではわたしたちの知っている社会はできない。じつは諸個人間の相互作用にはさまざまな形がある。徒党を組んだり、組織をつくったり、分業して役割分担したり、競争したり、対立したりする。いわば人と人との関わり方である。これを相互作用の「形式」と呼ぶ。これがあってはじめて社会というものが成立するのである。
ジンメルはここに注目した。たとえばCD・ケーキ皿・硬貨・フリスビー・タイヤ……が、さまざまな目的と素材――つまり「内容」――をもつと同時に、「円」という共通の「形式」をもつように、軍事的目的であれ教育的目的であれ治療的目的であれ、それらの諸目的のために、人間は軍隊・学校・病院といった上下関係をもつ組織を形成するという共通の形式をとる。この「形式」こそ社会を社会たらしめているものであり、それゆえに「社会になること」=「社会化」の諸形式ともいう。そして「円」を研究する幾何学のように、社会学はこの「社会化の諸形式」を研究することにしようというのだ。これが「人間相互の関係形式に関する科学」すなわち「形式社会学」(formale Soziologie)である。
形式社会学は社会についての幾何学であり文法学である。目の前にころがっているさまざまなモノの形だけを抽象するように、そして日々交わされることばの数々から一定の文法規則を抽象するように、さまざまな衝動や目的からなされる人間行動から相互作用の形式を抽象するのである。社会をタテわりではなくヨコわりにみるわけだ▼3。
さまざまな「形式」
ここで、ジンメルが「社会化の諸形式」として抽出したもののいくつかをランダムに概観してみよう▼4。
(1)党派形成(Parteibildung)――統一的な集団がしだいに党派[派閥]に分離し、党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しない党派間に人為的に対立がつくりだされ闘争が生じる。
(2)上位と下位(Uber-und Unterordnung)――いわゆる支配者と服従者の関係。しかしこれは一方的な関係ではなく、下位者の自発性によっても影響される相互的なものである。支配者のありようによって個人支配・多数支配・原理による支配の三類型にわけられる。
(3)闘争(Streit)――一般には否定的かつ破壊的なことと考えられているが、それ自体は対立する者のあいだの緊張の解消である。闘争は人びとを統一化する積極的なはたらきをもつ。競技・訴訟・利害闘争・派閥間闘争などに分類される。
(4)競争(Konkurrenz)――間接的な闘争。闘争の目的が相手の排除にあるのに対して、競争の目的は利益をえることにあり価値の実現にむすびつく。
(5)社会集団の自己保存――集団はいったん成立するとメンバーがやめたり交代しても同一集団として存続する。「名誉」や「外敵による内集団の統合」は自己保存の手段である。
(6)秘密(Geheimnis)――秘密とは意図された隠ぺいである。諸個人の相互作用は他人についての知識を前提にしているが、かといって他人のすべてを知っているわけではなく、また人は自分のことを隠したりウソをついたりする。秘密は社会関係に不可欠の形式である。さらにメンバーが秘密をわかちもつことによって秘密結社が成立する。
このほか「代表」(Vertretung)「模倣」(Nachahmung)「対内結合と対外閉鎖との同時性」などがあげられる。いずれにしても、ジンメルの提案はつぎのようなことだ。つまり、国家であれ軍隊であれ政党であれ企業であれ行政府であれ学界であれ宗教教団であれ美術界であれ文学界であれ……以上のような共通の「形式」が存在し、その社会化作用によって一定の統一化が達成されるのである。
今日では「形式」ということばは「形式主義」を連想させるため、ほとんど社会学史にしか登場しない。しかし、「形式」ということばは消えたが、その発想は拡散して社会学全般のなかに受け継がれているといってよい。
第一章でわたしは社会学を〈脱領域の知性〉と位置づけた。しかし、それはただの寄せ集めの百科全書的知識ではない。たしかに社会学は雑学的性格をもっているが、ただの雑学ではない。それらを貫通する共通形式をたえず見定めているところにこそ脱領域の知性ならではの知的存在意義があるのだ。一見抽象的にみえる社会学的概念の役割もまたそこにある。
▼1 ジンメル社会学の全体像については、阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼2 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)一八〇ページ。以下の説明もこの訳書所収の「社会学の問題」による。
▼3 この横断面的発想が考えられてからそろそろ百年になろうとするが、まったく古びていないところがすごい。現代社会理論の最前線である社会システム論の発想もこの延長線上にあるといっても過言ではない。というのは、システム論の発想の基盤にあるのは、異なるディシプリンのモデル間になんらかの同型性(isomorphism)が存在するということだからだ。もちろんシステム論の方がより徹底しているけれども、関係の共通形式を抽出する点で遠い淵源にはちがいない。新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計』(有斐閣選書一九八一年)ではジンメルを社会システム論の系譜に位置づけている。
▼4 これらについてのコンパクトな解説として、阿閉吉男編、前掲書。くわしくは、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)参照。
増補
■ジンメル再評価
ヨーロッパではすでに八〇年代に活発化していたジンメル研究だが、日本のジンメル研究も九〇年代になってにわかに動き始めた。なかでもジンメルの主著『社会学』の全訳が刊行されたことは画期的だった[ジンメル『社会学――社会化の諸形式についての研究(上・下)』居安正訳(白水社一九九四年)]。
哲学者としてのジンメル像については、北川東子『ジンメル――生の形式』現代思想の冒険者たち01(講談社一九九七年)。さらに社会学系の研究書として、廳茂『ジンメルにおける人間の科学』(木鐸社一九九五年)。ただしこちらはかなり圧巻かつ高度。いずれにしても近年ますます浮き彫りになっていることは、ジンメルを二〇世紀後半の社会学の問題構成から理解することは一面的だということだろう。「形式社会学」をふくめて、一般にはジンメルは今なお誤解されている。
他方、インターネットをはじめとするコミュニケーションの新しい形が日本社会においても日常的に体験されるようになって、ジンメルの「社交」や「社会圏の交錯」に関する理論が現実味を帯びて感じられるようになってきた。展開未完の理論的萌芽がジンメルにはまだたくさん残っていると思う。
なお、この章で解説したウェーバーの理念型論については新たに翻訳がでている。マックス・ヴェーバー『社会科学の方法』祇園寺信彦・祇園寺則夫訳(講談社学術文庫一九九四年)。いわゆる「客観性」論文の翻訳である。
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4月 12017

社会学感覚4社会現象を総合的に認識する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
4 社会現象を総合的に認識する
4-1 社会現象の総合的性格
「プロ倫」の教訓
第三章でくわしく紹介した「プロ倫」はいろいろなことを教えてくれた。思いつくままにあげてみると――
(1)資本主義という巨大なシステムも、それを生みだしたのは人間の行為[禁欲的プロテスタントの禁欲的職業活動]であること。
(2)人間の社会的行為はなんらかの主観的意味にむすびつけられていること。
(3)したがって、社会的な事象を解明するためには、行為者の抱いている主観的意味の理解が必要であること。
(4)行為者の主観的意味はかならずしも客観的結果と一致しないこと。つまり、あくなき利益追求マシーンともいえる資本をつくりあげたのが、もっとも利益追求を卑しいことと考えていた人たちだったこと。
(5)主観的意味といっても、個人的なものではなく、ある程度集合的なものであること。
以上の論点については前章ですでに確認したところである。ここではもう一点だけ論点をくわえておきたい。それは非常に素朴なことだ。
わたしたちは「資本主義の起源」ときいて「ああ、経済の話だな」と思う。資本主義そのものはまぎれもなく経済に関する事象であり、特定の経済体制を指している。しかし「プロ倫」が示すのは、それを推進させたエートス[資本主義の精神]が禁欲的プロテスタンティズム[とくにピューリタニズム]の世俗内禁欲に由来するという意外な結論だった。ここからえられる教訓はつぎのようなものである。すなわち、どんな経済的現象も経済だけから説明することはできないということ。とりあえず「経済だけ」の「だけ」に注意しておいていただきたい。
「プロ倫」の場合は、宗教的側面が経済的現象に対して果たした歴史的役割にしぼって説明したもので、要するに「経済だけ」による従来の説明――このなかには通俗的マルクス主義もふくまれる――が不十分であることを批判する意図をもっていた。ウェーバー自身は別のところではもっと唯物論的な説明もしていて、当然「宗教だけ」からの説明も不十分であることも指摘している▼1。
要するに、ものごとは総合的にとらえる必要があるということだ。
消費行動の総合性
たとえば、バイクを買うのは経済的活動、選挙で投票するのは政治的活動、教会に行くのは宗教的活動、学校で教えるのは教育的活動、病院で看護するのは医療的活動――というように、それぞれの活動分野は、いずれも独自の領域・なかば独立した世界をなしていて、いわば〈小さな社会〉を形成している。これらの〈小さな社会〉を「部分社会」(partial society)と呼ぶ。経済学・政治学・宗教学・教育学などは研究対象をこうした部分社会に限定して専門的に研究する。それはそれで有意義なことなのだが、しかし、現実的に考えて、これらひとつひとつの活動がその狭い領域にとどまっているかどうか。
たとえば、「クルマの購入」という経済的活動を考えてみよう。これは経済的な消費行動にあたる。しかし、その前提には十八歳にならないと運転免許がとれないとか車庫証明がいるといった法的側面がある。また十八歳といっても高校在学中の場合、学校の校則の制限を受ける場合もあるだろう。現に高校生で免許のとれるバイクの場合は、いわゆる「三ない運動」によって、多くの高校生がバイクを買って乗ることを制限されてきた。最近は若干事情が変わってきたものの「三ない運動」のせいでバイクを断念した高校生もかつてはけっこう多かった。これは教育的側面がときとして法律よりも強い強制力をもつことがあるということを示している。また「クルマがほしい」という欲求そのものが、その人の生活している地域や集団の文化にかなりの程度規定されている。これは「どんなクルマがほしいか」と具体的に考えてみればいっそうハッキリするはずだ。たとえば最近、四輪駆動いわゆるヨンクが急速に需要をのばしているが、これは機能上のスペックからみるかぎり都市生活者には不必要かつ過剰である。それにもかかわらずヨンクにこだわる人がいるとすれば、それは経済的行為をこえた文化的行為というほかない。当然この側面はマス・コミュニケーションや流行の影響を考慮しなければならない。そして最後に家族の問題がある。独断で買える人はともあれ、大学生ぐらいであれば家族と相談せざるをえないだろう。では、決定権はだれがもっているか。これは家族内の勢力構造の問題である。
「クルマの購入」それ自体はじつに単純な行為であるけれども、このようにさまざまな側面をもっている。それゆえ「クルマの購入」を、たんにお金をだしてモノをもらってくるという単純な構図で理解するのはあまり現実的でない。むしろ総合的な社会的行為の一環とみなすべきなのである。それは複雑な社会関係のひとつの結び目であり、エピソードにすぎない。
逆にいえば、これを経済的行為とみなすこと自体がすでに科学的抽象であって、ありのままの現実ではなくなっているのだ。科学であるかぎり、こうした抽象は不可欠であり、われわれは日常生活においてもこうした抽象をステレオタイプな形である程度受け入れているわけだが、その分、現実の総合的性格から遠のいていることを知らなくてはいけない。社会学も一種の科学的抽象をふくんでいるが、他の諸科学のように現実の一側面についてだけを禁欲的に研究対象とするのではなく、なるべく多くの側面を掘りおこして多面的かつ立体的にとらえ、それらのからみあいを分析的にときほどこうとするのである。
部分社会の総合性
このようにどんなに特定された活動も基本的に全体社会に開かれている。したがって、経済・政治・教育・法律・宗教などの部分社会そのものが現実には総合的な現象なのだ▼2。
企業であれ工場であれ学校・刑務所・宗教団体・新聞社・病院であれ、それが特定の特殊な活動にむけられている点で特定の部分社会に属するにはちがいないが、同時にそこには社会のありとあらゆる活動も存在する。たとえば病院はもっぱら医療行為のための組織だが、そこには経理部門もあれば人事部門もあるし看護婦養成のための教育機関もある。そこで働く人びとにとってそこは労働現場であり、きびしい上下関係と分業体制の支配する社会でもある。入院患者は家族をともない、しばしば家族の管理もスタッフの重要な仕事となる。また、スタッフと患者の交渉は病気を媒介としながらも複雑多岐にわたり、病院内のコミュニケーションも、カルテの往来・診断・生活指導はもとより、患者間の情報交換やうわさなどもあり、複合的である。
ジンメルは、人間ふたりが相互作用していれば、それはすでに社会だという。そうだとすれば、学校も病院も家族も社会の一部であるだけでなく、それ自体もまたひとつの社会としての資格を備えていることになる。もちろん、日本社会とマレーシア社会が異なる文化をもつように、学校社会と病院社会もそれぞれ独自の文化をもっている。だからこそ個別に研究する必要があるのだ。
連字符社会学の構想と現状
政治社会学や教育社会学のようにある特定の部分社会をとりあつかう社会学を総称して「連字符社会学」(Bindestrich-soziologie)という。連字符とはハイフンのこと。特定のフィールドの名前と社会学とがハイフンで連結されているからである。いまだったら「ハイフン社会学」というところだが、以前に紹介されたまま定着したため、いささか古めかしいことばになってしまった。カール・マンハイムの用語である▼3。「特殊社会学」とか「分科社会学」という呼び方もある。
社会学の現状では、フィールドの明確な連字符社会学は研究活動が活発である。そのなかには、政治社会学のように政治学と一体化するほど大きな影響をおよぼしているところもあれば、法社会学のように法学系と社会学系が分離しているところもあるし、音楽社会学のように最近まで社会学系での議論が細い糸のようにしかなされなかった分野もある。それぞれ事情はかなり異なっている。しかし第一章で論じたように、各領域における専門科学がそれぞれの形で研究対象の広い社会的文脈に注目する傾向にあり、そのことが連字符社会学との交流を促進しているように思われる。
医療社会学の場合
一つの事例として医療社会学をとりあげてみよう。もちろん医療の中核を形成する科学が医学であることにまちがいない。しかし、医学は自然科学の一分野として発達してきたものであり、その焦点はあくまでも疾患=病気にある。したがって、病気をかかえた患者という個人や、患者をめぐる社会環境、また病院というひとつの社会については非常に素朴な観念しか提供できない。その分、実務上の問題についてはこれまで看護学や社会福祉論が実践的な知識とその専門家を供給することによって保健医療の現場をささえてきたわけである。
医療社会学は一九五〇年代のアメリカで確立した分野である。それまでは医学のなかに社会的側面を問題にする公衆衛生学や社会医学として研究がなされていたにすぎなかった。つまり医学研究者が社会学的方法を導入して研究してきたわけである。しかし五〇年代以後、この分野への社会的要請の高まりとともに、社会学のなかに医療社会学という応用分野が確立し、今日の隆盛にいたっている。
では、医療社会学は具体的になにを研究するのか。進藤雄三の整理を参考にまとめてみよう▼4。
(1)医療サービスの利用者の問題――病気と健康に対する社会-文化的反応のちがい・病人[病者]役割・病気行動・社会疫学など。
(2)医療サービスの提供者の問題――医師-患者関係・医療専門職・看護婦などの医療関連職種・健康関連職種など。
(3)医療組織の問題――組織としての病院・病院内における人間関係。
(4)医療システムの問題――国および自治体の保健医療制度・保健医療サービスの提供形態。
(5)加齢と死・生の質(クォリティ・オブ・ライフ)の問題その他――高齢化・倫理問題など。
これで医学と医療社会学のちがいがおおよそつかめてきたと思う。他の連字符社会学も似たようなものと考えてもらっても、それほど問題はないだろう。
どのような種類の活動領域であろうと、結局人間の意識的かつ社会的な協働であるかぎり、諸個人の行為・諸個人間の関係・集団形成・文化規範・全体社会との関連といったファクターは欠かせない。連字符社会学はそこを中心に研究するのである。
連字符社会学の発想基盤に存在するこのような総合的認識への志向は、社会学に一種の「橋渡し機能」を付与することになる。「社会科学の世話役としての社会学」というのみならず、自然科学をふくめた諸科学の調停役の役割を果たしうる位置にあるといっていいだろう▼5。
ミクロとマクロをつなぐこと――社会学的想像力
ここでわたしたち自身のことにふたたび焦点をうつしてみよう。
わたしたちは身近な問題を「プライベートなトラブル」[私的な問題]と定義する。就職や失業、結婚や離婚、職場での人間関係やストレスなど、わたしたちが耐えているさまざまな苦しみやディレンマは基本的にプライベートな問題として処理される。つまり、それを社会の歴史的な変化や制度の矛盾という文脈のなかでとらえることは少なかった。もっとも近年マス・メディアの発達に相即して人びとの認識も変わりつつあるが。すでにのべてきたように多くの場合それらはたんにプライベートな問題ではない。「個人的な体験」は「社会的な問題」につながっており、さらにすぐれて「世界史的な変動」の一環なのである。
ミルズは「個人環境に関する私的問題」(the personal troubles of milieu)と「社会構造に関する公的問題」(the public issues of social structure)とを統一的に把握する能力のことを「社会学的想像力」(sociological imagination)と呼んだ。その根底には「一人の人間の生活と、一つの社会の歴史とは、両者をともに理解することなしには、そのどちらの一つをも理解することができない」との全体的認識への志向がある▼6。「それはわれわれ自身の身近な現実を、全体の社会的現実とのつながりの中で理解することを、もっとも劇的に約束する精神の資質である。」▼7別のことばを使えば、ミクロとマクロのさまざまな抽象のレベルを連接し、自由に意識的に移動する知的能力ということである。
▼1 R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)とくに第五章「ウェーバーの社会変動論」参照。
▼2 マルセル・モスはこのことを「全体的社会的事実」と呼び、ジョルジュ・ギュルヴィッチは「全体的社会現象」という概念でこれをあらわしいている。
▼3 カール・マンハイム、朝倉恵俊訳「社会学の現代的課題」『マンハイム全集3社会学の課題』(潮出版社一九七六年)二八四ページ。
▼4 進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)三一-三五ページ。
▼5 富永健一『社会学原理』(岩波書店一九八六年)。
▼6 C・ライト・ミルズ、鈴木広訳『社会学的想像力』(紀伊國屋書店一九六五年)四ページ。
▼7 前掲訳書、二〇ページ。
4-2 全体社会の理論としての社会学
全体社会と社会理論
総合的認識にはじつはもうひとつ重要な側面がある。それは社会をまるごと認識するという方向だ。これはまちがいなく社会学特有の志向性である▼1。
まるごとの社会のことを「全体社会」(total society)といい、全体社会についての理論研究を一般に「社会理論」(social theory)という。これは「社会とはなにか」「社会はどのような構造になっているのか」「社会はどのように変動するのか」といったマクロな問題を統一的に理論化しようとする試みだ。
じつは「社会学」の歴史は、この「社会をまるごと認識したい」というエートスから始まった。
総合社会学
「社会学」という名前を最初に考案したのはフランスのオーギュスト・コントだった。かれは一八三九年『実証哲学講義』第四巻のなかで、それまで使用してきた「社会物理学」(physique sociale)を「社会学」(sociologie)と改名した。ラテン語のsociusとギリシャ語のlogosを合成したものだ。当時すでに、社会的なものごとを細分化し専門的に研究しようとするいくつかの社会科学と人文科学――法律学・経済学・心理学など――が勃興しつつあったが、コントは、それでは社会全体の構造や変動を十分解明できないと考えた。もともとひとまとまりのものをバラバラに分解して細かく研究してみても、ちっとも全体像は把握できないではないかというわけだ。そこで社会全体を――つまり全体社会を――総合的に認識する理論科学が必要になる。それが「社会学」だった。
コントの社会学構想は、イギリスのジョン・スチュアート・ミルによって支持され、ハーバート・スペンサーという強力な後継者を生み、かれらがさらに初期のアメリカ社会学に大きな影響をあたえることになる。全体社会の総合的認識をめざす十九世紀後半のこの理論潮流のことを「総合社会学」もしくは「百科全書的社会学」という。
マルクス主義
ほぼ同時代、出自は異なるが「全体社会の総合的認識」という点で軌を一にする一連の理論潮流があった。マルクス主義がそれである▼2。
カール・マルクスは若い頃から社会変革への強烈な志向をもっていたが、その変革志向にうながされて後半生をかえって地味な経済学研究――その成果が有名な『資本論』――にささげた人である。そのさいかれの「導きの糸」となったのが唯物史観(史的唯物論)だった。唯物史観は、いわば歴史的全体社会についての総合的認識にあたるものだ▼3。
つぎの一節はそのもっとも有名でかつ広範な影響をあたえた「唯物史観の公式」の一部である。「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである▼4。」
マルクスの思想はこれに尽きるものではとうていないのだが、『資本論』をはじめとするあの膨大な諸研究が、この「公式」のいう「土台」の研究にしかあたらないことを思えば、その構想力の大きさを実感できるだろう▼5。現に、その後のマルクス研究もしくはマルクス主義の一世紀以上にわたる幅広い知的営為がそれを物語っているし、現在でもマルクス主義は多くの分科社会学に総合的認識=全体性をふきこむ役割を果たしている▼6。
もう一点指摘しておきたいのは、この全体的認識が社会の対立葛藤の側面――階級対立――を鮮明に浮き彫りにし、変革の必要と必然性を導出したことである。このことによってマルクスの社会理論は、市民社会における対立葛藤と変革の契機を以後の社会理論に供給する重要な源泉になった。
社会学主義
十九世紀後半の総合社会学とマルクスのつぎの世代――つまり「世紀の転換期の社会学」――において明確に全体社会の総合的認識をめざしたのはデュルケムだった。かれが「社会的事実をモノとしてとらえる」ことを提唱したことについてはすでにふれた。かれはさらに、宗教・道徳・法・経済などあらゆる文化が社会的事実という性格を共有するのであるから、それらをあつかってきた諸科学の研究成果を社会学の傘下に収めていくことができると考えた。そして諸科学の社会学化による「一般社会学」を構想し、デュルケム学派とのちに呼ばれる弟子筋の研究者とともに『社会学年誌』という研究誌を舞台に活発に研究活動を展開した。これを学説史上「社会学主義」(sociologisme)と呼ぶ。これは裏を返すと既存の科学の存在否定もしくは第二義化につながりかねなかった。そのため、この社会学構想は「侵入科学」だとする批判や「社会学帝国主義」だとする批判をまねいた▼7。
じっさいには戦争の影響もあってこれはかならずしも成功したとはいえない。しかし「社会をまるごと認識したい」というエートスを二十世紀後半の社会学にまで伝えたことはたしかであり、それは社会学理論を大きな知的潮流へと合流させることになる。その知的潮流とは「システム論」である。
▼1 たとえばハバーマスは「社会学は社会科学的学問のなかでただ一つだけ、社会全体の問題に関係をもち続けてきた。社会学は、つねに社会の理論でもあるのだ。」とのべている。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八五年)二五ページ。
▼2 カール・マルクスの社会理論は労働運動と社会主義運動の指導的理論としてながらく教条的に――つまり宗教上の経典のように――あっかわれてきたため、すでに十九世紀末期からステレオタイプ化されてきた。かれの畏友フリードリヒ・エンゲルスの仕事からそれは始まっているが、「俗流マルクス主義」といういい方はその事態をさしている。その意味で社会学では「マルクス」とその後継者たちの「マルクス主義」とを区別してとらえることが多い。そして前者は今日の社会理論にとってもいまなお現役の理論である。社会学的視点からマルクスの社会理論をコンパタトにまとめたものとして、栗岡幹英「マルクス理論と社会学」中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)が現代的で秀逸。また少々大部だがマルクスの生涯と著作をていねいに紹介したものとして、D・マクレラン、杉原四郎・重田晃一・松岡保・細見英訳『マルクス伝』(ミネルヴァ書房一九七六年)。マルクスもウェーバーと同様、ライフ・ヒストリーに意義のある重要人物だ。
▼3 唯物史観については、K・マルクス、F・エンゲルス、花崎皋平訳『ドイツ・イデオロギー』(合同出版一九六六年)。マルクス、武田隆夫・遠藤湘吉・大内力・加藤俊彦訳『経済学批判』(岩波文庫一九五六年)「序言」。
▼4 マルクス、前掲訳書、一三ページ。
▼5 誤解しやすいことだが『資本論』は唯物史観の応用編ではない。『資本論』は唯物史観に示されたような歴史認識に立って、前資本主義的要素と上部構造とを理論的に捨象し、その上で市民社会固有の論理を総体的にとらえようとしたものだ。マルクスの本領はむしろここにある。細谷昴『マルクス社会理論の研究』(東京大学出版会一九七九年)参照。
▼6 最近ではマヌエル・カステルをリーダーとするフランスの新都市社会学の運動がその一例である。吉原直樹・岩崎信彦編『都市論のフロンティア』(有斐閣選書一九八六年)。また、ステュアート・ホールを代表とするイギリスの「カルチュラル・スタディ」派も、マスコミ研究にネオ・マルクス主義を導入して、批判性を高めようとしている。佐藤毅「イギリスにおけるマス・コミュニケーション研究」『放送学研究』三四号(一九八四年)。
▼7 エミール・デュルケーム、佐々木交賢・中鳴明勲訳『社会科学と行動』(恒星社厚生閣一九八八年)。とくに第三章「社会学と社会諸科学(一九〇九)」。内藤莞爾『フランス社会学史研究』(恒星社厚生閣一九八八年)。森博『社会学的分析』(恒星社厚生閣一九六九年)。
4-3 社会システム論の発想
すべてはすべてに関係している
社会の全体的認識の現代的形態は今日「システム論」として定式化されている。
「システム」ということばは今日だれでも知っていて、それぞれの文脈で勝手に定義され、乱用されている。現代は、なんでも「システム」といえば納得する時代である。それだけに、あつかいに気をつけなければならないことばでもある。
そもそも「システム」といわなければならないのはなぜか。システム概念を使うメリットはどこにあるのか。
日常のことばとして「システム」は、機械のように一定の目的をもった構成物に対して使われる。あるいは「経営システム」とか「製品管理システム」のように、一定の目的達成のために人為的に組織されたしくみについて使われる。「システム」ということばは、このように「一定の目的を達成するための構成物」の意味で一般に使われているといっていいだろう。また人為的な構成体でなくても、生物のように生存という目的をもともと内在した有機体も、この意味では「システム」ということになる。
このように「システム」ということばを使うと、機械も組織も生物も統一的に理解することが可能になる。そのさい、つぎのようなことが共通了解となる。
(1)要素をきりはなして個別にあつかうのでなく全体のなかで位置づける。複雑な全体を要素に還元しない。
(2)システムはたんなる諸要素の総和ではない。総和以上のものである。
(3)システムは一定の目的をもつ。
(4)部分である要素は、全体であるシステムに対してなんらかの貢献=機能を果たしている。
(5)すべての要素は他のすべての要素と相互依存している。
(6)ひとつひとつの要素もまたそれぞれシステムである。これをサブシステムという。サブシステムの要素もまたサブシステムをなす。こうしてDNAから社会をへて宇宙にいたるシステムのハイアラーキーができる。
(7)システムは概念構成体である。
これがシステム論のライト・モチーフである。システム論はこのように非常に抽象的で、その分なんでもとりこむことのできるメルティング・ポットかスプレッド・シートのようなものになっている。だから、物理学者と生理学者と社会学者が共通の概念構成体によって研究成果を統一するという学際的研究の土俵となる可能性をシステム論はもっている。そこがシステム論の魅力だったわけである。
社会学の分野では、とくに生物有機体システムとのアナロジーで社会をシステムとして総合的にとらえようとしたタルコット・パーソンズがその最初の巨匠となった。一九五〇年前後にかれは社会をシステムとして総合的にとらえる壮大な社会システム論を発表し、世界の社会学界に大きな影響をあたえた▼1。
社会システム論の根本的修正
ところが社会システムの場合、機械論的なシステム概念はもちろん従来の素朴な生物有機体論的なシステム概念では通用しないことがつぎつぎに指摘されるようになった。問題点はつぎの諸点である。
(1)部分の自律性――システムを構成する要素はそれ自体の自律性をもつ。たとえば、社会システムの構成要素として組織を考えてみると、企業にせよ軍隊にせよ政党にせよ、それ独自の自律性をもち、社会システムの維持に貢献しているだけではないし、貢献しているともかぎらない。また組織システムを構成する部分としての個人も、一定の役割を担うことでシステムの活動と維持に貢献していることになってはいても、現実には役割をずらしたり距離をおいたり反抗したりするのであって、いくらシステム概念が分析上の概念構成体だとしても、こうした現実のダイナミズムを説明できない▼2。
(2)非目的性――社会システムにあらかじめ定められた目的はない。社会システムは生物有機体のようにシステムの維持存続を目的としていない。
(3)構造生成性(morphogenesis)――社会システムはサーモスタットのように均衡をたもつメカニズムではない。たとえば生物有機体は維持存続のためのノーマルな構造がくずれたり均衡を失うと崩壊する[死]が、社会システムはその均衡がくずれても崩壊はしないし、こうでなくては崩壊するという固定的構造があらかじめ存在するわけではない。社会はたえず変化しつづける構造生成的なシステムなのである▼3。
(4)自己組織性(self-organity)――社会システムをなりたたせる諸要素は、あらかじめ設計図通りにつくられるのでもなければ、外部の環境に適応してつくられるとはかぎらない。それはシステム自体によって生産・再生産される。つまりシステムはシステム自体を創造するのである▼4。
最後の論点が生物学の免疫理論にヒントをえているように、以上の諸点は、かならずしも社会システムだけの問題ではないのだが、社会システムを構想するときには避けて通れない問題である。
「一般理論」か「グランド・セオリー」か
システム論は全体としてのシステムを分析の対象として強調するわけだが、これを抽象度のもっとも高い「一般理論」(general theory)とみるか、それとも現実から遊離した概念装置のガラクタとしての「誇大理論」(grand theory)とみなすか、立場は大きくふたつに分かれている▼5。
〈脱領域の知性〉とはいっても、社会学も科学として制度化されるにつれてますます専門分化している。その分、包括的な理論的全体構想がうしなわれつつあるのもたしかだ。システム論者はこの認識から、社会学を〈社会システムの学〉として再構成しようとするのである▼6。
しかし、大方の良識的で穏健な社会学者は、全体社会を統一的にとらえる理論科学であることに社会学の存在意義を認める立場をとらないで、ロバート・K・マートンのいう「中範囲の理論」の立場を支持しているように思える。歴史的に多様な諸社会をまるごと認識するというのは、どうみても理論の不遜であり、それをするには社会学はまだまだ未熟だというわけである。
その一方で、学際的な活動と緊密に連動しながら、新しい社会システム論が精力的に展開されつつあるのも事実であり、その成果には目がくらむばかりである。その先鋒をになっているが、ドイツのニクラス・ルーマンである。かれは、前項でのべた新しいシステム論の立場を理論的に強化するとともに、権力・経済・法・宗教・家族などを「機能的に分化したシステム」として、つぎつぎにシステム論の俎上にのせている。現在、もっとも注目すべき存在といえよう。
▼1 タルコット・パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)。
▼2 A・W・グールドナー、矢沢修次郎・矢沢澄子訳『社会学の再生を求めて』(新曜社一九七五年)第六章「世界の全体化」参照。
▼3 W・バックレイ、新睦人・中野秀一郎訳『一般社会システム論』(誠信書房一九八〇年)。
▼4 今田高俊『モダンの脱構築』(中公新書一九八七年)。
▼5 ミルズ『社会学的想像力』前掲訳書第二章「誇大理論」参照。
▼6 新しい社会システム論の意義については、新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計(有斐閣一九八一年)。今田高俊『自己組織性――社会理論の復活』(創文社一九八六年)。本節は基本的に、この二著にもとづいている。
▼7 ルーマンの著作は難解で知られる。目下続々と翻訳が出版されているが、なかでも、ニクラス・ルーマン、長岡克行訳『権力』(勁草書房一九八六年)が、適切な訳文と親切な解説の点で比較的とりつきやすいだろう。同様の理由で、ニクラス・ルーマン、佐藤勉訳『社会システム理論の視座』――その歴史的背景と現代的展開』(木鐸社一九八五年)。
増補
マクロ社会学
本編において解説したような社会学の総合的認識のエッセンスを高度な見識で整理したテキストがでたので、まず紹介しておきたい。金子勇・長谷川公一『マクロ社会学――社会変動と時代診断の科学』(新曜社一九九三年)。産業化・都市化・官僚制化・流動化・情報化・国際化・高齢化・福祉化・計画化をキーワードに現代社会を変動の相においてマクロに整理している。これらはよく知られたキーワードだが、それを自明とするのではなく、その内実に分け入ってていねいに説明しているのが特徴。
システム論
システム論ではルーマンの著作の翻訳や解説書が次々に刊行されている。ルーマン抜きにシステム論は語れない理論状況である。しかし私自身がルーマンについてはフォローできていないので、ここでは、近年とり上げられることの多い二つの概念についての著作の紹介にとどめざるをえない。ひとつは「信頼」もうひとつは「自己言及性」である。N・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減メカニズム』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。ニクラス・ルーマン『自己言及性について』土方透・大澤善信訳(国文社一九九六年)。
他にも現代のシステム論のキーワードとして「自己組織性」と「複雑系」がある。「混沌を通しての秩序」が眼目になる複雑系についてはさておくとして、自己組織性については、シンポジウムをもとにした次の本がでている。吉田民人・鈴木正仁編著『自己組織性とはなにか――21世紀の学問論にむけて』(ミネルヴァ書房一九九五年)。社会学者中心のシンポジウムなので、自己組織性が社会学にどのような意義をもつのかを考えるヒントになるだろう。
世界システム分析
同じシステム論といってもウォーラステインの世界システム分析はかなり独特かつ歴史的である。ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)によると、世界システム分析は、国民国家との関連性をもつ「社会」を分析単位とせず、「世界システム」を分析単位とする。世界システムは「長期持続」する史的システムである。そして私たちの生きている具体的な世界システムは資本主義世界経済である。これを分析するには、経済・政治・社会文化という三領域を分けて考える従来の社会科学の枠組みは不適切であるということ。そして、歴史と社会科学を分断させている現状も不適切であるとウォーラーステインはいう。
かれのめざす「史的社会科学」は、時間軸を考慮した「総合的認識」の新しい試みとして注目すべきものをもっている。主著は大部なので、コンパクトな入門書としては、I・ウォーラーステイン『新版 史的システムとしての資本主義』(岩波書店一九九七年)が手頃である。一九九〇年代についての具体的な分析は、ウォーラーステイン『アフター・リベラリズム――近代世界システムを支えたイデオロギーの終焉』松岡利道訳(藤原書店一九九七年)に詳しく展開されている。この本でかれは、社会主義の崩壊がリベラリズムの勝利ではなく崩壊であるという意外な見方を主張している。
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