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3月 62018

ガーリー総論

野村一夫の社会研究メモ
2016-01-15
ガーリー総論:社会の重力に逆らう文化的覚醒に関する予備的考察(野村一夫)
初出
女子経済学入門

ガーリーカルチャー研究リポート
編者 野村一夫
著者 国学院大学経済学部経済ネットワーキング学科1年2組全員・2015年度・基礎演習B
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ネット1年2組・基礎演習B最終課題
12月16日提示
冊子「女子経済学」プロジェクト
ガーリー・カルチャーの歴史・現在・可能性
未踏の領域を開拓しよう。
クラウド出版システム利用(新書サイズ)けっこう画期的!
課題 選択した文献・資料について、論点をまとめる形で解説し、そこから想像できる近未来のシナリオを提示せよ。A4で本文1枚以上10枚まで。写真は貸与された文献・資料の写真をふくめて3点まで。必ず自分で付けた見出しタイトルと自分の名前から始めて、最後に文献・資料のデータ詳細を正確に書いておくこと。図表などを入れたいときはスマホで写真を撮って画像データ(JPG)にすること。ネットから画像をパクることは厳禁。
2016年1月10日締切
すぐに編集開始
1月13日 クラスでゲラ最終校正のちトッパンによる微調整。即日、印刷工程へ。
1月20日 新書形式で出来。関係者に配布。非売品。
学生27人が参考文献のレビューを担当し、そののちに私によるまとめとして、つまり授業内企画の一環として、書き下ろしたものである。

ガーリー総論

社会の重力に逆らう文化的覚醒に関する予備的考察

野村一夫(国学院大学経済学部教授・社会学者)
 基礎演習Bの最終テーマは「女子経済学入門──ガーリーカルチャー研究リポート」である。なぜ「ガーリー」なのかというと、現代日本の経済・社会・文化において際だった創造的なカテゴリーだと感じるからである。とりわけポピュラーカルチャーとサブカルチャーの領域においては、ある種の美意識が駆動力になっており、それはたんに「女性性」には還元できない何か独特のチカラであると感じる。それが「ガーリー」である。従来は「カワイイ」として括られてきたが、この十年間に「女子」という言葉が急速に浮上するようになり、それとともに「ガーリー」領域の輪郭も見えてきたと感じる。
 その私の直感に沿って歴代の野村ゼミ(メディア文化論)では多くのケース研究をしてきた。今回は、そのために集めてきた文献を中心に一気にクラスで手分けして書いてみようという試みである。
 このような文化領域研究に関して思いいたるのは「まず言い当てる」ことがとても重要だということだ。それは学者ではなく評論家や編集者や広告代理店だったりする。アカデミズム的にはあまり尊重されているとは言えないが、この人たちが「まず言い当てる」ことからすべては始まる。「まず言い当てる」とは「名づける」ということだ。だから、ここから議論は始まるのであり、そのような文献を片っ端から読んでいくことが必要なのである。
●少女マンガからL文学へ
 そもそもガーリーなるものが明確に造形されたのは一九七〇年前後に大きく開花した少女マンガというジャンルである。もちろんこれは一気に花開いたわけではなく前史があって、それは戦前の吉屋信子の少女小説であったり、『赤毛のアン』であったり、手塚治虫の「リボンの騎士」であったり、その手塚に大きな影響を与えた宝塚歌劇団であったりする。これらは「少女」と括られる存在に焦点が当てられていた。「大人として成熟しない女子」それを巨大なジャンルとして確立したのが少女マンガであった。
 一九七〇年代の少女マンガに関しては、すでに古典的価値が認められており、多くの評論も出ている。なかでも初期の肯定的評価として代表的なものは、橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(北宋社、一九七九年)である。この本は今は河出文庫版で読める。この本で論じられている作家は、倉田江美、萩尾望都、大宅ちき、山岸凉子、江口寿史、鴨川つばめ、陸奥A子、土田よしこ、吾妻ひでお、大島弓子である。彼女たちが描いた「純粋少女」の多彩な諸領域は、当時の女子だけでなく、男子たちをも魅了した。私も多くの作品を同時代に読んでいる。高校時代にツェッペリンやプログレに凝っていた男子が大学生になって少女マンガを読んだりアイドルに熱を入れたりしていたのである。そこに何か新しい美意識を感じていたと思う。
 このジャンルが再発見した「純粋少女」の世界は、のちに多産なコバルト文庫を生み出し、広範な文化領域に育つ。たとえば吉本ばななの文学的出発点は大島弓子の少女マンガである。それが九〇年代にはすっかりメインストリームになって、江國香織、角田光代、川上弘美、小池真理子、唯川恵たちのいわゆる「L文学」となる(齋藤美奈子編著『L文学完全読本』マガジンハウス、二〇〇二年)。彼女たちは、たんに女子世界の機微を描くエンターテイメントを提示しただけでなく、高い文学性も獲得していく。おそらく、それらは男性中心(マッチョであれ病み系であれ)の近代日本文学では語り得なかった領域だったのだと思う。
●ファッション
 女子ファッションの世界も一九七〇年代に自律的領域に高次化する。既製服の時代は六〇年代からで、それが主流になるのが七〇年代である。この先頭世代は「アンアン」と「ノンノ」に始まる新タイプの女性ファッション誌の編集者・モデル・読者であり、ショップの店員であった。この世代の代表として私と同い年(還暦!)のモデル・久保京子のケースを見てみよう。久保京子『わたしたちは、こんな服を着てきた』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、二〇一五年)によると、ヘップバーンのサーキュラースカート、ツイッギーのミニスカート、パンタロン、ベルボトムジーンズは六〇年代。ストレートヘア、マキシスカート、メイクとネイル、Tシャツ、トレンチコート、そしてDCブランドが七〇年代。何でもかんでも肩パッドの八〇年代、バブル末期のボディコン、本物志向の上質なリアルクローズの九〇年代、そして二一世紀のファストファッション。
 この流れは、今から見ると、ほぼリアルクローズの領域である。なぜなら、それらはちょっとムリすれば買えるものであり、ファッション誌は半ばカタログとして商品がどこにありいくらであるかを表示していたのであるから。もちろんグレードの差はあるにしても、である。とりわけ「ヴァンサンカン」とその姉妹紙「ヴァンテーヌ」は長く高級路線を貫き、とくに後者は高度なファッション・リテラシーの教科書的存在となった。
 メンズの窮屈な「定番志向」に対するレディースの軽やかな「トレンド志向」の構図は、約半世紀続いてきた。いつも新しい流れは女子が作ってきたのである。デザインやビジネスは男性たちが働いていたことはたしかだが、それを競争的に受容してきた女子層の分厚い消費者が文化的な感受能力を発揮してアパレル経済圏を支えてきたのだ。
 その中でさまざまなスタイルが分岐している。この厚みの中だからこそ、その内部で差異化戦略が作動して、多様なテイストが成長していると考えていいと思う。
 その中で注目したいテイストこそ「ガーリー」テイストなのである。広域渋谷圏において特定すれば、おそらく原宿あたりが発信地。代官山や青山や表参道のような「大人」テイストに対して、カラフルで装飾過剰で軽みのある脱デザイン理論的なファッションがその特徴である。代表的存在が増田セバスチャンの世界であり、それを体現している「きゃりーぱみゅぱみゅ」である(増田セバスチャンのサイトはhttp://m-sebas.asobisystem.com/およびhttps://twitter.com/sebastea)。
 かれらの世界はとても洗練されているが、それでも「ぎりぎりセーフ」感はある。じつは「ぎりぎりアウト」でもちっともかまわないのだ。このガーリーテイストには、それを実践する人たちに創作(あるいは二次創作)の余地があるのだ。大人の女性としてふさわしい「上質な無地のファッションにアクセサリー1点」なんてルールに縛られるのを拒否しているのはあきらかで、「下妻物語」の深キョンのゴスロリとまったく同質なのである。自分の工夫で何を足してもかまわない。大人の引き算をしないのだ。いわゆる「ひらひら、ふわふわ」ひたすら足し算を生きる。私はそこにガーリーファッションの「抵抗の哲学」を読み取る。
●アイドルグループ
 そうした先鋭的表現がリアルクローズ化したのが、二〇〇五年以降のアイドルグループだと私は位置づけたい。リアルクローズ化ということは、つまり身近でガーリーな「ロールモデル」になっているということである。
 女子高生風の制服集団がロールモデルになり得るだろうか。エロを求めるオタク男子に差し出されたカワイイ生け贄たちなのだろうか。そういう疑問はありうる。
 しかし、それはちがうと思う。なるほど地下アイドルやキャバクラ嬢や夜の街をさまようJKたちは、かなりかわいそうな生け贄状況を生きていて「なんとかならんか」と思うが、私たちが知っているメジャーなアイドルたちは、その中の勝者である。それゆえ「ロールモデル」になっていると思う。
 AKBは女子の生き方の典型的なロールモデルである。チアガールか体育会系の「勝利を信じて全力でことにあたる」生き方を体現している。「どんな条件でも、自分たちでなんとかする」というのが重要なポイントであって、ステージ上にはハプニングがいつも用意されていて、いかにそれを乗り越えるかが「隠れたカリキュラム」になっている。前向きな(前のめりな)努力の結果としての女子像がここで提示されている。
 それに対して乃木坂は、後発な分、よく考えられていて、ガーリー特有の線の細さに特化しているように見える。少女マンガのように、いつも繊細な女子像である。それは乃木坂のCDの付録映像に典型的に表現されている。ちなみに、ここは映像作家たちの実験場になっていて、これを見るためには三つのタイプを購入しなければならないのがやっかいだが、古いものはYouTubeにたくさんある。私は「乃木坂浪漫」シリーズですっかり感心してしまった。これは太宰治あたりまでの近代文学の朗読シリーズである。これらの作品群については『乃木坂46 映像の世界』(MdN EXTRA Vol.3、二〇一五年)を参照してほしい。
 ちがいはたくさんあるが、しかし、両者に共通なのは、多彩なロールモデル、チームワーク、ドキュメント性である。それは徹頭徹尾ガーリーな物語で、彼女たちのドキュメンタリー映画や裏トークなどは必然なのである。たとえば公式インタビューを参照してほしい。週刊朝日編集部編『あなたがいてくれたから』(朝日新聞出版、二〇一三年)と篠本634『乃木坂46物語』(集英社、二〇一五年)。ここには、ほとんど男子は出てこない。男子はファンたちと裏方さん(プロデューサーもマネジメントも職人さんも)である。
 あと、両方に共通しているのは、地方の女子校のノスタルジックなイメージが再現され続けているということである。全国展開するためのしたたかな戦略ではあるにしても、それが「ご当地アイドル」に直結していることは「あまちゃん」で、すでにはっきりしている。そして女子校。女子だけの世界であれば、かえって多彩な女子像が描ける。
 また、アイドルではないが、オシャレな女子に人気があるのがE-girlsである。こちらはプロフェッショナルなエンタティナー路線。総じて明るいガーリーテイストだが、E-girlsを構成するFlowerというグループは、もっぱら切ないガーリーテイストであって、女子に人気がある。ガーリーなロールモデルも分岐しているということである。この多彩さにも注目しておきたい。さらに東京ガールズ・コレクションでランウェイを歩くようなガーリーなモデルたちも、もっぱら女子たちに人気のロールモデルである。近年、彼女たちのファッションブックが相次いで出版されていて、それらは「こうなるためのマニュアル公開」のようである。
 視点を変えて労働経済学・労働社会学的に着目しておきたいのが、表現系若年女子労働の問題である。ガーリー領域の担い手たちは、そもそもデビュー自体が難関であり、活動できるようになっても激しい競争構造に放り込まれる。人気が出ても浮き沈みがあり、たとえばAKBでは「組閣」と呼ばれる人事異動が頻繁にある。しかも若いメンバーの大量加入によって、トップランクのメンバーも追い詰められている。表現系ゆえに個性の強い女子が集まるから衝突もあり得る。たとえば「ももクロ」の歴史はそういう葛藤の歴史であったりする。
●こじれた女子
 ガーリーなイマドキ少女マンガはないかと探して読んでみたのが『楽園』という季刊誌だった。白泉社なので王道だと踏んだ。とりわけ表紙を担当しているシノザワカヤの作品を読んでみると、言葉が多層的であるのに驚く。だいたい四層構造である。
(1)発話されたはずの吹き出しの言葉
(2)それに対する自分ツッコミの内声の言葉
(3)絵柄に埋め込まれた状況提示(空気感)の言葉
(4)作者が代理している神様か天の声のような倫理的な言葉
 この四層構造の中で主人公は立ちすくんで身動きできないでいる。これを「こじれた女子」と呼んでいいと思う。
 近年注目されているルミネのポスターが提示するのも、「こじれた女子」を抱えながらも突破口を探す、なんとも健気な女子像である。最近、若干の事故も生じたが、それも「こじれ」を表現するための伏線にすぎない。Pinterestでポスターをコレクションしてみたら、なかなかな味わい深いコンテンツである(https://www.pinterest.com/sociorium/)。
 すでにどこかで指摘されていると思うが、ルミネ的コピーの流れを作ったのは雑誌『オリーブ』だと思う。廃刊されて久しい雑誌だが、近年のガーリーカルチャーのめざましい展開において改めて源流のひとつとして注目を浴びており、二〇一五年に『GINZA』の別冊として一号限りの復刊とそれに関するボックスセットが出ている。セットにある『Messages from OLIVE』は特集や写真に添えられたコピーを集めた本である。これを読むと、ルミネ的「こじれた女子」世界は『オリーブ』の延長線上にあることが明確である。
『オリーブ』の世界観については、酒井順子の『オリーブの罠』(講談社、二〇一四年)が圧倒的な深さで論じている。酒井自身が『オリーブ』の愛読者であり高校時代からの執筆者であった。最初に確認しておきたいことは『オリーブ』自体は、それほどこじれてはいないということだ。ただ、ふたつの世界観をミックスしていたことが、のちのち読者に試練をもたらすことになる。それは「リセエンヌカルチャー」と「付属校カルチャー」である。どちらも都会のあか抜けた少女たちの世界であるが、前者は「おしゃれ至上主義、文化系、非モテ非エロ」であり、後者は「モテ至上主義、スポーツ系、おしゃれはママ譲りで実はコンサバ」という生き方である(一〇七ページ)。ヤンキー的・ギャル的な世界とは相容れない点で共通しているので『オリーブ』はそういう敵に対して上手に二つの世界観を同居させていた。「異性の視線ばかり意識した、モテのためのファッションなんてつまらない。自分のために、自分の着たい服を着ようよ!」(一二八ページ)という強いメッセージこそが重要だったからである。少女というキャンバスにおいてモードなファッションの意味合いは「濃縮される」ことになった。
 問題なのは、モテ系ファッション誌は人生の各段階で卒業できる仕掛けがあるが、自分のためのおしゃれ一筋というオリーブ的生き方には「卒業」がないことだ。つまり、ここからこじれるのだ。その結果、大人になってしまったオリーブ少女たちは晩期『オリーブ』のナチュラル志向に居場所を見いだす。無印良品、ナチュラル志向、生成り、無地、シンプルライフなど、さまざまな意匠に「オシャレのその後」を託したのである。
 酒井順子の解釈はここまでである。これをヒントにここ十年ほどのガーリーカルチャーを眺めてみると、『オリーブ』における「異性を意識しない独自のオシャレ世界観」は、世代を超えて生き延びていると思うのである。ところが、案の定、リアル世界の異性が女子に求めるものとは齟齬が生じる。「ベレー帽にロイド眼鏡で、『ブルーマンデー』をぶっ飛ばせ!」(『Messages from OLIVE』マガジンハウス、二〇一五年、三三ページ)なんである。こうしてオリーブ少女の一部はこじれていく。
 心情的な歌詞が訴求力をもったJポップには、こうした「こじれた女子」が満載である。メンタリティとしては中島みゆきが先頭にいたと思うが、中島美嘉は典型だと思う。オシャレで、病んでいて、こじれている。最近は「病み系女子」という言葉も流通している。彼女たちを救うのは、いったい何者だろうか。
●大人女子
 ガーリーは美意識である。ヤンキーやギャルたちとちがって、若いときにオシャレで洗練されたガーリーカルチャーの洗礼を受けて自分の世界観を構築してきた人が、仕事・結婚・出産・子育て・介護などを機にポンッと「卒業」するのは難しい。美意識というものは、それほど脆弱なものではないような気がする。オリーブ少女の場合、その克服の仕方のひとつがナチュラル系に収まるというライフスタイルだったが、それとは別のソリューションがロールモデルとして相次いで提案されている。
 言うまでもない、そのキーワードは「女子」である。「女性」ではなく「女子」を使用するとき、それは隠微な性的世界観からの離脱を宣言している。その跳躍台は「自分のためのオシャレ」という概念である。
 代表的ロールモデルは蜷川実花である。カラフルでガーリーな世界観を徹底的に追求する彼女の作品は、その実生活とともに高い支持を得ている。『オラオラ女子論』(祥伝社、二〇一二年)はその宣言書だと思う。
 そういうガーリー志向の大人女子の「言い分」をよく表現しているのは、先ほどのエッセイスト酒井順子と、『貴様、いつまで女子でいるつもりだ問題』を書いたジェーン・スーであろう。ちなみに後者の「貴様」とは四〇代になった自分のことである(幻冬舎、二〇一四年)。
 大人女子という言い方は、いろいろ波乱含みである。しかし、ここを押さえないとガーリー領域がたんなる極東の一時的なサブカルチャーとしてしか認識できないだろう。もちろん、そんなことはないのである。
 ここで片づけコンサルタント近藤麻理恵にふれておこう。キーワードは「ときめき」である。片づけと言っても捨てることではない。「ときめき」を感じるモノだけに囲まれて生きていこうという提案である。しばしば「断捨離」と混同されるが、決定的にベクトルが反対を向いている。彼女は、たんなる引き算を拒否するのである。これが世界中の大人女子に支持される理由である。世界で三百万部の本を売り上げ、『タイム』の「世界で最も影響力のある百人」に選ばれたのは偶然ではない。ときめくモノだけに囲まれて生きていくという文化的決意なんだと思う。経済学者はこの広大なガーリー領域に気づくべきであり、社会学者はそこに自己啓発的な愚かさを見るのではなく、ひとつの巨大な文化的覚醒を見いだすべきだと思う。
 カワイイカルチャーは低年齢の女の子を志向している。それは幼稚化とも言える。それに対してガーリーカルチャーは必ずしも幼稚化ではないのだ。手元にある月刊誌『LARME』(〇一八号、徳間書店、二〇一五年)の背表紙にはこう書いてある。「私たちは女の子として戦っていく」と。表紙にはSWEET GIRLY ARTBOOKと表示しているこの雑誌の基調は、徹底した美意識のありようの宣言のようである。これにはきっと続きがあるにちがいない。ガーリーテイストを貫く大人女子たちが一斉に街に出る日がきっと来る。
●ガーリーな男子
 昨今、男子もガーリー化している。
 たとえば手元にある『POPEYE』最新号の特集は「Thank you, Olive! もっとデートをしよう。そして彼女を笑顔にしよう。」である(二〇一六年一月号)。デートの仕方を伝授するのはポパイのお家芸だが、今回ここで教授されるのは「男子が女子の文化領域に積極的に入っていこう」というメッセージである。「俺についてこい」でもなく「君が行きたいところに行こう」でもなく、「自発的にガーリーな文化領域に習熟して、積極的にガーリー領域をいっしょに楽しもう」ということである。これは価値観と美意識を共有するということである。ムリにではない。自然に、である。体育会系やビジネスマン系の文化からは離脱して、ガーリー領域に居場所をみつけた男子たちである。ガーリーの方が俄然おもしろいと感じる男子たちだ。
 これには教員としていろいろ思い当たることがある。ちなみに今一番モテる男子は、こういうガーリーな男子である。その他の男子諸君は気がついているだろうか。
 たとえば、アイドルのところではふれなかったが、アイドルのオタクな男子ファンは、じつはかなりガーリーな人たちなのである。いわゆる肉食系ではない。アイドルとかれらのあいだには異性への恋愛感情もあるけれども、むしろ女子同士の友情的な感情に近いものが存在している。かつてのアイドルファンと言えば、たとえば大場久美子のコンサートなんか、強引にステージに上がって抱きつこうする男子がたくさんいて、ボディガードが次々にそういうファンを突き飛ばしている渦中で歌っていたりするのである。ちがうのは後期の山口百恵ファンだけで、そこは例外的に圧倒的に女子が多かったが、それは今のアイドルファン女子に通じるものがあった。「女子が女子に憧れる」そこらあたりを理解しないとアイドル現象はわからない。
 さて、ガーリー化する男子は、たいていファッションから入る。いわゆるオネエキャラの芸能人もたいていファションから入っているし、今もずっとオシャレであろうとしている。ごく一時期に使われた「メトロセクシュアル」がそれに相当する(マイケル・フロッカー『メトロセクシュアル』ソフトバンククリエイティブ、二〇〇四年)。
 これとはまったく別系統だが、いわゆるハードロックの人たちも同じで、レッド・ツェッペリン時代のジミー・ページなんか女の子みたいだった。ロック系には、今でもそういう美意識が連綿と引き継がれている。ヘヴィメタルがそうである。歴史的には「ピーコック世代」と呼ばれたこともある。スーツにネクタイという大人のスタイルに対する抵抗表現であった。ただし革ジャンのパンク系とは異なる系譜である。
 この文脈を広げて概観してみるとトランスジェンダーの領域が視野に入る。最近では安富歩・東大教授の例が注目を浴びた。かれ(あゆむ)は満州国の研究でデビューした経済学者で、その後、オルタナな経済学の可能性を追求する著作をたくさん出していたが、9.11のあとの原発に関する専門家たちの説明に対して『原発危機と東大話法』(明石書店、二〇一二年)を書き、広く注目された研究者である。その先生が、突然、女子化したのである(あゆみ!)。最新刊の『ありのままに』を読むと、その経緯が詳しく書かれている(ぴあ、二〇一五年)。前半を一言で言うと「女子の文化の方がリッチだ」ということになると思う。ただし、この先生にはそれなりの深い心理的葛藤があって、後半はそっちに主題が移るが、トランスジェンダーを「性同一性障害」という「病気」にしてしまうことには反対している。この本によるとマツコデラックスの番組にも出ているそうなので、もう怖いものなしである。おそらくこういう人がほんとうの「新人類」(死語だが)なのだと思う。
 ここで確認しておきたいのは、ガーリーというのは性的嗜好のレイヤーではないということだ。オッサンのみならずマッチョな若者もオバサンたちも田舎の人たちも、総じて低感度の人たちが取りがちなオッサン目線だと「エロ」で括ってしまうことが多いと思うが、ガーリー領域に居場所を見つけた人たちは、あまり性的嗜好のレイヤーでは物事を捉えていない。そういう「エロ」目線の居場所である大人の俗物的な領域こそが唾棄すべきものなのだ。ここは「聖域」なのだ。「神性の宿る場所」なのである。この点に誰よりも早く気づいて膨大な議論を展開したのが大塚英志だった。かれの『少女民俗学──世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(光文社、一九八九年)はその記念碑的著作である。すでにタイトルに大塚の主張が集約されている。「神話」を「物語」に入れ替えれば、もっと正確になる。かれの言うように「少女」は「聖と俗」構図に当てはめれば「聖」の領域なのである。「聖なるもの」に志向した文化領域なのである。そこでのみ感じることができる物語の舞台を自分の居場所として感じる想像力がなければ成立しないのだ。
●ガーリー領域の六次元
 最後に議論を整理しよう。ガーリー領域とはいかなるものか。
 理屈はカラオケに似ている。カラオケは日本発の世界的発明(ジョウ・シュン、フランチェスカ・タロット『カラオケ化する世界』青土社、二〇〇七年)。日本から世界に拡散したカラオケ文化をヒントにして、ここはひとつポジティブに考えてみよう。ちなみにネガティブな姿勢だと「そもそも論じるに値しない」と決めつけてスルーしまうことになるので、ちっとも展開力のある議論にならない。そういうことは、既成概念を食べて生きている優等生やエリートたち、そして若くしてすでにレガシーな大人たちに任せておけばよい。私たちは先に一歩踏み込んで叩き台になろう。
 これまでのざっくりした議論から、おおよその目安を付けて、これから(少なくとも野村ゼミと基礎演習で続くであろう)議論のスタートラインとしたい。ガーリー領域の基本特性を整理しよう。
(1)加算性、バロック、装置または装備、軍服と制服
(2)親密性、舞台仲間、楽園
(3)自分に萌える、自分物語の構築、外からの視線を拒否する、世間の空気を読まない
(4)非モテ、トランスジェンダー志向、女子目線の美、オッサン目線だとエロになる、ロマンチックラブ・イデオロギーに対する抵抗
(5)二次創作あるいはミメーシスの連鎖
(6)世界性、世界制覇、グローバリズムを変形する、ローカルな創造的変形
 以上をもって「ガーリー領域の六次元」と呼ぶことにする。「次元」ということは座標軸ということである。座標軸においてプラスとして捉えることにする。となるとマイナスのことも考えなければならない。かんたんに解説しておこう。以下の六つの説明を「ガーリー領域の六つのテーゼ」と呼ぶことにする。
(1)ガーリー領域のスタートラインは制服であり、その源流は軍服である。セーラー服はもともと海軍の制服である。あるいは通学中のリセエンヌたちの服装である。あるいは西欧の上流階級における少女たちのドレスである。いずれにしても性的領域ではないことは強調しておきたい。そうした定型的なファッションにひたすら加算するというチカラが働いている。何を足すかは学校や親ではなく本人たちの自由である。したがって、しばしばそれは無秩序で過剰になる。つまりバロック化する。ガーリー領域は「大人の引き算」をしない。その点で「大人のシック領域」とは正反対である。これがしばしば大人目線からの非難を招く。なぜなら「大人のシック領域」は世間からの保守的・道徳的視線に対する自己検閲であるから、一種のやせ我慢であり抑圧だから、それに従順な人たちには「ガーリー領域」は許しがたいのである。
(2)ガーリー領域には、あいまいな「世間」という概念がない。しばしば衝突が生じるが、それに対しては抵抗する。この抵抗は美学的なものである。その美意識を共有する人たちが準拠集団になる。親密性が頼りであり、舞台仲間のような人たちである。そういう人たちで完結できればガーリー領域は相互理解可能で自由な楽園である。
(3)ガーリー領域における焦点は常に自分自身である。「自分に萌える自分」(米澤泉『私に萌える女たち』講談社、二〇一〇年)が最大関心事である。自分の物語は自分で構築するという姿勢があって、その分、外部からの視線を拒否する。既成の保守的な世間の空気は読まない。
(4)ガーリー領域は、異性にモテることやセックスをすること、つまり「性欲領域」は志向しない。お互いが天使のようなトランスジェンダー的存在であろうとする。女子アイドルグループや女子校に典型的に見られるように、女子だけの組織や集団のときほど、そういう傾向が強い。競争的に美意識を先鋭化させるからである。「性欲領域」は忌避されるから「友情」の方に価値がある。そもそも「異性愛」と「友情」は次元がちがう。両方を満たす行為はあるが、ガーリー領域を逸脱することになる。これを「卒業」と呼ぶ。しかし「卒業」は「終わり」ではない。一時的な離脱なので許容できる。近年注目されるのは、「卒業」ののちに「復帰」する人が増加しているということである。
(5)ガーリー領域は加算性の文化なので、何でもありである。しかし、まったくの創造がなされるのではなく、既成のアイテムを引用したコラージュでありブリコラージュである。一種の二次創作だと理解すべきである。オリジナルのアイテムの世界観を借用して、過剰に模倣する「ミメーシスの連鎖」としての文化なのである。流行ではないのだ。
(6)ガーリー領域は現在は狭小な恵まれた平和秩序のある社会においてのみ存立する。他方、その他の広い世界において女性は抑圧され、性に拘束され、しばしば直接的暴力と構造的の犠牲になっている。逃げ場のない女性も多い。それに較べるとガーリー領域を宣揚することは不謹慎であり政治的に正しくないと言われそうである。けれども、それと同時に代替案を提示することも必要な政治的・社会的・経済的・文化的・性的課題なのである。
 男性も「男らしさ」の拘束に身動きできない人が多い。じつはゲームやコミックや地下アイドルにどっぷり浸かっている「オタク領域」も近いところにいるのである。リアルな女性とのコミュニケーションに気遣いして疲れるのでは社会生活を送れないことはたしかであるにしても、男らしさ満載のマッチョや、二四時間戦えるかを問われるようなビジネスエリートとは理想を共有できない人たちも多いはずなのだ。
 その意味でガーリー領域は世界性をもつ。グローバリズムの名の下に多様な生き方を許容しない生活を「変形させる」チカラがあるのではないか。何か社会が分岐点に至ったときに人びとが「あっちに行きたい」と思うような魅力的な物語世界が必要なのである。ガーリー領域にはそういう磁力があると思うのだ。
●女子経済学の誕生?
 一応ハテナをつけておいた。経済学部なので、とりあえず経済学としてみたのだが、この場合の経済学は、包括的な意味での「経済」(たとえばポランニーが議論したような)の研究のことである。本学経済学部経済ネットワーキング学科はそもそもこちらの経済概念に準拠している。そう考えれば「女子経済学」でいいのだ。
 このガーリーテイストな経済は、かなりジャパネスクなところがあると同時に、地球的な広がりも持っている。ただ日本においてのみ先に開花しただけであって、他の地域でそうならないのは女子たちが厳しい抑圧状況に置かれ続けているからにすぎない。真っ黒なブルカやニカブの裏地はガーリーに彩られているはずなのだ。日本発のガーリーカルチャーには、そういう裏地を表にする潜在力があると思う。このさい私たちは、美意識こそ人間の経済生活において大きな力を持ちうることを認識する必要がある。たんに所得の高さだけが消費を生むのではないのだ。そして、そういう文化を人びとが求めること自体が平和を維持する力のひとつになると思ってみたりする。たとえば、そのティッピングポインを東京オリンピックで作れないか。とんでもなくガーリーな東京オリンピック・パラリンピックだ。
 というわけで、われらが共同作品『女子経済学入門』の「ガーリー総論」としよう。
 各論を担当してくれたクラスのメンバーは、ほとんど十代である。メンバーにとっては、とっくに「歴史」になっている現象も多いと思う。それを「遅れてきた人」の視点から見るとどうなるかを読んでほしい。
 今回は日程的にとてもタイトだった。説明は一回だけ。冬休みにその課題をこなして休み明けにメール添付で提出してもらって、年明け最初の授業で校正して、その次の最終回で新書として配布するという荒技である。とっくに大人になってしまった人が見れば、この文章がもつ「いまさら感」は、こういう類いのことを初めて考える大学一年生たちのためのヒントになるように即興的に書いた導入的文章だからである。短いヴァージョンを正月二日に書いてみんなに提示して参考にしてもらった。そのあと加筆したのが、この文章である。正解のない文化的世界への招待状とならんことを願う。(二〇一六年一月二日の書き初め。最終稿は一月九日)

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4月 12017

社会学感覚 あとがき

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

フロントページ


現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
あとがき
あとがき(初版)
社会学教育についての反省
大学院に入ってまもないころ、受験生むけの「学部選びシリーズ」の一冊に「社会学は社会を人間の側に取り戻す科学だ」という長いタイトルの社会学紹介記事を書いたことがある。これには意外に苦労した。というのも、編集者は「社会学者の紹介も名前も入れないでくれ」というのだ。となると、当事手元にあった社会学の入門書はまったく頼りにならなかった。当時の社会学のテキストは、ごく初歩の入門書でさえ、実質的に社会学者と学説の要約紹介によって「社会学とはなにか」を説明していたからである。たしかに、すでに大学に入ってしまった人にはこれでいいかもしれないが、社会学部(科)にしようか法学部にしようかなどと迷っている受験生には、なにがなんだかわからないかもしれない。そこで自分なりに社会学の発想法を類型化してまとめることにした。本書の社会学論のいくつかの章はこのときの内容を出発点にしているが、これがわたしの最初の「社会学教育」体験といえるものだったという気がする。
やがて「住み慣れた」社会学科をでて、看護学校で社会学を教えるようになったとき、「病院での実習に携わりながら受講する彼女たちにとって社会学の有効性はどこにあるのだろう」と考えたものだ。その模索のなかで、看護学のもっているエートスが社会学の実践的なエートスに意外に近いのに気がついた。と同時に、このような専門職教育がどうしても技術中心にならざるをえず、じっさいに専門職として社会のなかで活動するさい遭遇するさまざまな困難や問題に対してどのように考えていけばいいかということについてはどうしても手薄になってしまうという事情も教えられた。制度上、社会学は基礎科目としてそれを補う立場におかれている。
このことは、大学の理工学部で社会学を教えるさいにも考慮したことである。技術者として企業内で働くなかで遭遇する人間係数的出来事に対するカリキュラムは組まれていないのがふつうである。ここでも社会学教育の存在意義は大きいはずだ。
問題は、社会学の側がそうした要請にきちんと応えているかどうかである。
かつての社会学は、みずからの科学としての正当性について弁解することにほとんどすべてのエネルギーを費やしてきた。これはこれで意味のあることだが、しかし、これは基本的に「社会学」そのものではない。「社会学の対象は社会学ではない」(フランコ・フェラロッティ)のである。かろうじてであれ社会学が市民権を得た今日、もうそのようなスタイルは過去のものとなりつつあるのではなかろうか。とりわけ入門段階において初学者がそのような学史的記述を正しく理解することが至難のことであっただけに、教養科目・基礎教科としての社会学教育は大きな転換点にきていると思う。
本書の方針
本書を構成するにあたって、さしあたりわたしの念頭にあった読者は、社会学を専攻していない大学生と短大生とくに理科系の学生、また看護学校の学生だった。目下わたしと関わりのある人たちをおもな読者と想定しているわけだが、これによって、これまでまったく社会学と縁のなかった市民の方々にも近づきやすいものになるのではないかと考えている。
さて、似上の反省をもとに、そのさいつぎの諸点について留意しつつ執筆した。
まず第一に、社会学がどのような科学であるかを学史的に説明するのでなく、その発想法に即して説明すること。「社会学感覚」という新造語は、そのような社会学的発想法のメルティングポットあるいはフロシキあるいは受け皿をさすことばとして導入した。かならずしも一義的な概念ではないが、たんに社会学専門家の独占物ではなく、明晰かつ反省的な市民としての読者と共有できる発想法・思考法として設定したものである。
第二に、本書では、旧来の狭い意味での社会学の領域ではなく、きわめて広い社会領域をあつかった。その結果、本書は「社会学入門」の枠を逸脱して「現代社会論入門」の色彩の強いものになっている。これは理科系・看護系のカリキュラムにおいて社会学は事実上「現代社会論入門」の位置にあると考えたからだ。第一章で説明したように、社会学は市民の社会科学入門に最適の科学的構成をもっている。
またこれに関連して、社会学者でない隣接科学の研究者の著作も多く導入した。じつは、知的興奮のみなぎった研究が社会学にあることはあるのだが、どれも専門的で、一般の人にはたいへんむずかしい。社会学的意味における知的発見のみなぎった「おもしろい」研究やフィールドワークは意外にも非社会学文献に多くみられる。これは隣接科学の〈社会学化〉の結果と考えられるが、わたしは自分の社会学感覚に忠実にこれらの社会学的な非社会学文献を「社会学的世界」のひとつとして紹介したいと思った。もともと社会学はその発展過程において「モザイク科学」であり「侵入科学」であり「残余科学」でありつづけた。そう考えれば、これも社会学の生理にあったことではなかろうか。
第三に、日本人社会学者の研究を紹介すること。こうした概説書では洋モノの原著[の翻訳]を内容紹介するのが通例になっていて、邦語文献の紹介は少ない。たしかに、邦語文献には欧米の研究の紹介が多い点でセカンダリーかもしれない。しかし、社会学入門者[じっさいには社会学専攻の学生も]にとって、これは迷惑な話である。たとえ原著であれ、翻訳というプロセスを経ているかぎり、じつはそうした文献もセカンダリーにはちがいないのだ。いや、むしろ「異文化間コミュニケーション」という問題をよけいにふくんでしまう点で、本質の理解にとってかえって妨げになる場合さえあるかもしれない。むしろ現代日本社会に即した解説や事例研究をたくさん読んだ方が、ヴィヴィッドな社会学感覚を身につけることができるのではないか。
たとえば、ジンメルが最初に着手した「よそ者」や「文化の悲劇」「大都市と精神生活」、ウェーバーの提起した「カリスマ」や「音楽の合理性」などの論点を現代日本の都市社会という社会的文脈のなかで説明できなければ、ジンメルやウェーバーの今日的意義を初学者に理解してもらうことはできないだろう。俗流化とかステレオタイプ化によって、たとえかれらのオリジナルな概念構成が犠牲になったとしても、その方がえるものは大きいのではなかろうか。  たとえば上野千鶴子の問題作『スカートの下の劇場』(河出書房新社一九八九年)にはジンメル的な問題意識と知的エートスがみなぎっている。こういうと、ご本人は否定するかもしれないし、ジンメル研究者にも叱られるかもしれないが、ジンメルが現代に生きていれば、おそらくこのような本を何冊も書き飛ばしたにちがいない。かれの社会学的なマインドすなわち「社会学感覚」をヴィヴィッドなものとして実感するには、教科書にあるような形式社会学の形式主義的説明よりも、おそらくこのような本を数多く読み飛ばす方が数段いいのだ。
第四に、記述をなるべくやさしくすること。人がまったく新しい科学に出会ったとき、最初に困惑するのは概念のむずかしさというより、その説明に使われることばのむずかしさである。社会学の場合も、むずかしさのかなりの部分が説明のことばに起因する。そもそも科学はムダのない簡潔なことばを好む。しかし、その文体はしばしば一般読者を遠ざけてしまう。執筆中もっとクリアに簡潔に記述したいという衝動がたえずつきまとったけれども、学術論文の文体はこれでもなるべく禁欲したつもりである。エッセイ的な記述に徹した部分もあるし、ふつうの概説書で数行で片づけらている部分を大きく膨らませる一方、学術的意義のあることがら――たとえば学説史や概念論議-を思い切って断念した章も多い。また文章としては邪道であるが、構図をつかみやすくするため箇条書きも多く採用した。改行もなるべく多くした。それでも「やっぱりむずかしい」という声が聞こえてきそうだが……。
第五に、統計的な資料の採用を極力やめて、事例中心に説明した。たとえば、こんな感想がある。「都市社会学的な視点の最大の欠陥は、現実を生活の実効的な側面に限定することにあったのでしょうね。ところが都市は、その中に生きる人間の意識のあり方によってさまざまの相貌を示すものです。だから、計量的方法によって捉えられるのは、そのごく一部に過ぎないという自覚が、そういった方法に携っていた人には欠けていたようです。」[山口昌男『祝祭都市-象徴人類学的アプローチ』(岩波書店一九八四年)]統計的・計量的方法の意義は承知しているつもりだが、山口のいう「意識のあり方」を本書では重視したいと考えた。そのために初学者にはおもしろみのない統計的資料の解読を避け、むしろ実感のともなう事例によって社会的世界の構造を語らせた方がいいのではないか。そのさい、ライト・ミルズが「知的職人論」でのべた「少なくとも心に確実な実例をもたぬまま、三頁以上を書きとばしてはならぬ」との警告を心にいだきながら執筆を進めたのだが、抽象と具体の往復は思いのほかむずかしいものだった。
第六に、読書案内あるいはブックガイドのような本をつくりたかった。みんな現代社会のしくみと問題についてはテレビと雑誌によってかなり知っている。テレビと雑誌の限界は、なによりもものごとを相対化する視点に欠けていることと、一定のステレオタイプにはまっていることだ。そこに〈反省〉はない。それを補うのが系統的な読書であるが、いまどきの大学生にたりないのは、このような読書体験による反省的知識である。
そもそも社会学のおもしろみを体験するには、まず多読が必要である。片っ端から読み飛ばすこと。ところが、意欲的な入門者の遭遇する困難は、なにを読んだらいいかわからないということだ。素養がなくても読めばだいたい理解できて興味がつながるもの-これがたいへんに重要!-がいいわけである。そこをなんとかしたかった。そのさい、海外の古典作品だけではなく、とりつきやすい現代日本の作品を多く示すことにしたことはすでにのべたとおりである。
したがって、社会学の世界では常識となっていることがらでも、それについて解説した一般書を脚注で提示するようにした。そのため本書の脚注はいささか〈過剰〉になっている。
ジャーナリズムの社会学化
以上のような方針に加えて、わたしのなかには、もうひとつの思いがあった。それはジャーナリズムヘの思いである。
ジャーナリズムは社会の反省的再構成にとって最重要な活動だが、現実にはさまざまな問題を抱えている。それを具体的に克服する主体は、いうまでもなくジャーナリストである。それゆえジャーナリストの社会認識-これは当然、自己認識をふくんでいなければならない-が重要なファクターとなるのだが、現状ではかならずしも十分とはいえない。権力・教育・宗教・家族・村落・子ども・犯罪・コミュニケーションなどについての認識は、しばしばステレオタイプに陥っている。べつに学術的であれとは思わないが、ステレオタイプな社会認識がジャーナリズムの理念とあいいれないのはたしかである。こうしたステレオタイプから脱するためには〈ジャーナリズムの社会学化〉が有効だというのがわたしの持論である。じっさいに本書がそのような人と出会う可能性は少ないかもしれないが、少なくとも、ジャーナリズムのオーディエンスたる若い読者に、日々メディアから送られてくるメッセージにひそむステレオタイプを批判的に受けとめる視点をもってもらうことはできるだろう。
社会学のジャーナリズム化
〈ジャーナリズムの社会学化〉にともなって〈社会学のジャーナリズム化〉もぜひ推し進めなければならないことである。とりわけ社会学教育は広い意味での――たとえば戸坂潤のいう意味での――〈ジャーナリズム〉の一環であるとわたしは位置づけている。
そもそも社会学は「問題提起の学」であって「問題解決の学」ではないように思う。社会学の実践的性格がかならずしも問題解決の糸口にならず、しばしば疑似宗教的実践倫理にとどまるのもそのせいであるし・ファシズムや官僚的社会主義から敵視されるのも、また逆に、社会運動に関わっている人びとから白眼視されるのも、そして政策担当者からあまり相手にされないのも、社会学の実践性が良くも悪しくも問題解決・政策提言になく、もっぱら問題提起性=議題設定機能にあることによるのではないか。本書の随所で「他者理解と自己反省」についてふれてきたが、社会学のレーゾンデートル[存在理由]は、権力作用によって把握しにくくなっている社会的現実を、自己反省的かつ他者理解的に解明するところにあると思う。とすれば、社会学研究と社会学教育の実践的課題は、問題解決や政策提言ではなく、むしろ潜在的な問題を〈問題〉として科学的に定義すること――それによって他者理解と自己反省の能力を高めること――にあり、この点をもっと明確に自覚的に追求すべきなのではないか。その意味では、〈ジャーナリズムの社会学化〉とともに〈社会学のジャーナリズム化〉が必要なのだと思う。
このような観点から、さしあたりテーマ設定についてなるべく具体的なもの・多様なものをあつかうようこころがけた。くわえて、少なくとも「議題設定機能」[何が問題か]をもつテキストたりえるよう、素材となる事例をなるべく具体的に提示するようにした。
理論的方針
理論的方針について、もう少しダメ押ししておこう。本文のなかで相当しぶとく強調しておいたことだから、ここまでくれば、もう若い読者にも納得していただけるだろう。本書を貫く理論的方針は、つぎのようなものである。
(1)「もうひとつの」(alternative)視点-たとえば被害者・受け手・被支配者・社会的弱者・市民・患者・消費者-に立つこと。
(2)自明視された「常識」と「ステレオタイプ」を〈歴史化〉し、批判すること。
(3)「技術的知識=情報」ではなく「反省的知識=明識」を深めること。統計的数字や「白書」的展望をいっさいやめて、原理的な思考能力を高める基礎的な考え方を提供する。
(4)属性ではなく関係に内在するものととらえるプラグマティックな思考方法を前面に押しだすこと。マルクスの物象化論、ミードのコミュニケーション論、ジンメルの相互作用論、ウェーバーの支配社会学および歴史社会学、グールドナーの反省社会学などに通底する思想を強調すること。
本書の理論的立場はおもに相互作用論といってよいものだが、読者自身の自明性をおびた常識的知識に批判的反省を迫るために、じっさいにはとくに「反作用」(リアクション)を強調する論述方法をとった。識者には、いささかバランスを欠くようにみえるかもしれないが、若い読者のステレオタイプをくずすには、これでちょうどよいというのがわたしの実感だ。
本書への自己反省
最後に、この本を読んだ読者に危険負担の可能性について申し添えておかなければならない。
それを一言で表すと、本書はわたしが自覚的に選択した社会学的知識に限定されているということである。ある問題についての学説がいくつかにわかれている場合、わたしはそれらを公平に両論併記する方法をとらないで、どれかひとつを選択した。さらに具体的にはつぎのようなことである。
第一に、なるべく多面的に社会学像を紹介しようといいながら、本書では「地域」という重要な観点が欠落している。これはもっぱら紙数の関係によるのであるが、もうひとつ、地域社会論の系列が全体社会論の系列としっくりかみあわないことによるものでもある。これはおそらく抽象度の水準の問題であろう。また、社会問題論では医療に関するふたつのテーマだけが論じられているにすぎない。ほかに論じたいテーマがいくつかあったのだが、これらも紙数の関係で限定せざるをえなかった。しかし、このふたつのテーマには、現代の社会問題を考える上で重要な要素が多くふくまれており、その点で例題的意義はあると考えている。ちなみに本書は網羅主義ではなく、あくまでも例題主義である。
第二に、本書では論点をはっきりうちだすために、理論のフリンジを多少強調してある。「あれもある、これもある」では読者がとまどうだろうというよけいな配慮によるのであるが、これが個々の作品世界を侵害することになった可能性は否定できない。ちょうど映画の予告編のようなものだと考えておいてほしい。そしてできれば予告編ですませるのでなく、図書館なり書店で本編に接してほしい。
第三に、学術的な態度によると概念や現象の〈差異〉をこまかく区別するが、本書では逆に〈類似性〉を強調する論法をとっている。さまざまな学説のちがいよりも、むしろそれらに共通する論点を前面にだしてある。入門段階はそうあるべきだと考えたからだが、識者には〈社会学的シンクレティズム〉または〈社会学的ブリコラージュ〉にみえるかもしれない。
それにしても、以上のような社会学教育への反省と理想にわたし自身は十分応えられただろうか。じっさいの講義では省略することの多い社会学説の解説も、また、講義なら二・三回ですませる社会学論も、いざ本にするとなると、理論社会学専攻の血が騒いでしまって、結局あれこれ書き込んでしまった。
社会学研究者としての仕事にはたえず準拠集団としての社会学者集団がつきまとう。そのため、想定される読者には必要のないことでも、ある程度までは-つまり準拠集団の許容範囲に達するまで-書き込まなければならない。これは教育者としてはつらいところであるが、研究者としての職業倫理でもある。結果としてこの本も多くの社会学概説書と同様、アンビヴァレンツな動機にひきさがれている。
きっと先学の方々もそうであったにちがいない。そう思うと、これまでのべてきたことをいっそのこと撤回したい心境になるが、逆に社会学者とはこうした両義性を平然と生きる確信犯のような存在なのかもしれないと思えば、この矛盾をかかえるのも修行のうちである。
謝辞
本書の知識はふたつの源泉をもっている。ひとつは多くの文献、もうひとつはわたしの受けた社会学教育である。最後に、このふたつの知的源泉に感謝したい。
とくに、本書では、敬愛する多くの日本の社会学者による研究や一般書を参照・紹介させていただいた。参照・引用した資料は脚注で逐一明記するよう努めたが、ここであらためて謝意を表したいと思う。本書は、もとよりオリジナリティを競うものではなく、社会学的に現代社会を理解するさまざまな知見を紹介することに所期の目的がある。したがって、本書は、これら諸研究への〈インデックス〉以上のものではないし、読者がこの〈インデックス〉から、自分の身の周りの社会的世界を見直すための小道具をみつけることができれば本望というものである。
最後に、予想以上に分厚いものになってしまった本書を快く引き受けてこのような本として仕立てていただいた文化書房博文社の天野義夫さんに心から感謝したい。
一九九一年九月二七日
社会学的リテラシー構築のために(増補版)
本書執筆後、私は三冊の本を書き下ろした。いずれも広い意味での社会学教育に関する本であり、本書執筆が引き金になった仕事である。すでに本書も七百ページ近くあり、これ以上何を読ませようというのかと思われるかもしれないが、社会学の勉強については、まだまだ言いたいことが山ほどあるのだ。
まず第一に「なぜ社会学を学ぶのか、なぜ社会学を教えるのか」について。
『社会学感覚』の本編では「1―4 社会学を学ぶ意味」(二六―三二ページ)でかんたんに説明しておいた。従来的な社会学入門では案外この点が説明されていないのである。じつは『社会学感覚』ではこの項目の他に「知識論」というテーマ群を設定して詳しく説明する予定だったのだが、紙幅の関係で果たせなかった。そこで、そのとき構想していたものを詳しく一冊の本に展開し直すことにした。それが本書の次に公刊した『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)である。結果的に、『社会学感覚』が各論として社会学の遠心力を説明したのに対して、『リフレクション』は総論として社会学の求心力を説明することになった。このさい私が考えた社会学の理念的求心力は「リフレクション」すなわち「反省」の力である。理論的にはミードやグルドナーやブルデューらをゆるやかにつなぐ反省社会学の系譜に依拠して議論を整理した。
つぎに「どのように社会学を学ぶのか」について。
従来はハウツウものとして専門家からは軽く見られてきた分野だが、じっさい社会学教育を考える上ではとても重要なところだと私は考えている。社会学では長らく適切なテキストがないために初学者にムダな試行錯誤を強いてきたきらいがあるので、本書『社会学感覚』のいくつかのハウツウ的な付論を発展させて詳しく説明することにした。『リフレクション』の翌年に上梓した『社会学の作法・初級編――社会学的リテラシー構築のためのレッスン』(文化書房博文社一九九五年)がそれである。本書『社会学感覚』の付論にものたりない読者は、こちらを参照していただければ幸いである。ただし、初級者にしぼって説明してあるので、卒論程度になるとものたりないかもしれない。現代学生に顕著な、単位取得に役立たないことはいっさいしないという受験生的「心の習慣」を脱構築するためのリハビリ用である。
さて、『社会学の作法・初級編』には「パソコンの利用」という章がある。パソコンが現代の社会学的生活には欠かせないという立場で具体的に説明したのだが、折しも一九九五年春の公刊である。その年末のWindows95の登場やインターネットの急展開によって、あっという間に記述が古びてしまった。とくにネットワークの利用が学習や研究にとって重要なものになってきたことをきちんと説明する必要を感じ、『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)を書いた。これはいわば「社会学の作法・ネットワーク編」にあたる。  最後にインターネット上の私のホームページについて言及しておこう。一九九五年八月から「SOCIUS」(http://www.asahi-net.or.jp/~bv6k―nmr/welcome.html)というホームページを始めた。「SOCIUS」は「ソキウス」と読む。生涯学習のための社会学専門ホームページである。さらに一九九七年一月にはシェアテキストのプロジェクト「honya.co.jp」(http://www.honya.co.jp/)に参加して「SOCIUS pro」(http://members.honya.co.jp/creative/knomura/welcome.html)の公開も始めた。いずれも印刷媒体の制約を乗り越えるために構築したものである。
いずれのホームページでも上記の私の著作を公開しているので、ネットワーク環境の整っている方は、さしあたってこのふたつのソキウスをご利用いただくのが早道だろう。また、ある程度の時間が経過したのちに本書をご覧の方のためにもソキウスで最新情報をチェックできるようにしたいと思っている。
そもそも、このブックガイド自体が、「ソキウス」上で展開している「ハイパーブックガイド」などでこの二年半に少しずつ書きためたものが元になっている。ウェッブは修正や増補が容易なので印刷媒体を補うのにちょうどよいメディアであるし、しかもウェッブ上で公開しているとなると日常的に増補する習慣がつくので、締切を過ぎたあとも目配りすることになる(なぜなら更新が止まってしまったウェッブはみっともないからである)。今回の増補原稿はその賜物である。
というようなしだいで『社会学感覚』はだれよりも著者自身を導いてきた本といえそうである。増補によって今しばらくの延命を願うのも人情というものであろう。いつか機会があれば、今回のラフな増補をもとに本編を全面的に書き直し、『新・社会学感覚』の上梓を期したいと思う。
近年発刊される社会学系のテキストでは十人以上の研究者によって執筆されるものも多い。それだけ専門分化が進んでいるのである。このような時代にひとりの著者が社会学全般について書くというのは、専門家として風上にもおけない逸脱行為であろう。私はそれを十分承知している。しかし、同時に私は、社会学が、専門家支配に抵抗する「見識ある市民」の反省的知識でなければならないとの信念をもっており、それに沿ってテキストを構成するには単独で作業する方が効率的なのである。それが成功しているかどうかに関して必ずしも自信があるわけではないが、しかし少なくともいえることは、この程度のことでも複数の執筆者間でコンセンサスを確保しながらおこなおうとすれば、たいへんな手間と議論とストレスが必要になるにちがいないということだ。それだけ「専門科学としての社会学」のディシプリンは強固であり、しかも社会学が本質的に論争的な学問であることがそれに輪をかけている。
本書の立場は「見識ある市民のための反省的知識としての社会学」というものである。「社会学感覚」ということばは、このような社会学の知的駆動力あるいはエートスをさすことばとして、私が考案した造語である。いささかバブル期の雰囲気をひきづったネーミングであったと反省しているが、ふつうの言い方をすると「社会学的感受性」ということになろう。それは、日常生活を反省的に異化する知的能力であり、社会を反省的にする実践を誘発する高度なコミュニケーション能力である。
このような社会学概念は、専門科学のタコ壷的講座制の枠内では、とんでもなくあいまいで明晰でないように見えるかもしれない。しかし、在野の視点から社会学を眺めるかぎり、これは社会学に対する現代社会の要請なのである。
社会学への入口はどこにでもある。気になったところから入ってみるのが一番である。『社会学感覚』が、それを手にとった読者のみなさんにとって、そんな入口のひとつにでもなれば幸いである。ひきつづき社会学的世界へのインデックスとならんことを!
一九九八年一月二五日
野村一夫
【追記】この原稿を書き上げたあと、社会学ブックガイドの決定版ともいうべき事典がでた。あわせて参照してほしい。見田宗介・上野千鶴子・内田隆三・佐藤健二・吉見俊哉・大澤真幸編『社会学文献事典』(弘文堂一九九八年)。また、本の入手について一言。社会学系の本は巨大書店に行かないかぎり書棚にないのがふつうである。新刊書をのぞくと、最寄りの書店や生協に注文しなければならない。それが困難な人やおっくうな人も多いと思う。その程度のことで社会学書との出会いが遠のくのは何とも残念なことだ。インターネットの使える人には、たとえば「紀伊國屋書店 KINOKUNIYA BookWeb インターネット店」(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/)のような宅配サービスをおすすめしておきたい。これだと地方はもちろん海外からでも注文できる。また、本の購入費のない人は、ぜひ身近な図書館の館員に相談してほしい。たとえば公立図書館でリクエストすれば新たに購入してくれたり他の図書館から取り寄せてもらえることがある。
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4月 12017

社会学感覚25医療問題の構造

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
25 医療問題の構造
増補
医療について考え始める
本編では患者論に限定して医療問題をあつかった。ここでは広く医療問題全般について考えるための基本資料を紹介しよう。
向井承子の『病いの戦後史――体験としての医療から』(筑摩書房一九九〇年)。患者の側から見た医療を体験的に、しかも問題を客観的に知ろうとする姿勢に貫かれた医療戦後史。永井明『医者が尊敬されなくなった理由』(集英社文庫一九九五年)は「理由」シリーズの中の一作。話題になった旧作もおもしろいが、これは医者の側から見た医療のさまざまな側面をバランスよく描いているのがよい。患者の視点と医者の視点とを対照させて読みくらべてほしい。
その他、柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋一九九七年)で紹介されている数多くの手記を手に取ってみてほしい。この本の前半部は医療系のノンフィクションの紹介にあてられている。
文化現象としての医療
医療は医学や薬学だけの特権的領域ではない。それはすぐれて文化現象である。その視点から医療の文化的社会的側面に関するキーワードを徹底的に網羅した用語集として、医療人類学研究会編『文化現象としての医療――医と時代を読み解くキーワード集』(メディカ出版一九九二年)がある。もちろん事典として使えるが、むしろ「どこからでも読める現代医療入門」といったユニークな本。医療問題を議論する上で欠かすことのできない基本知識を学ぶのに最適だ。
医療社会学
医療社会学についての基本書として二点あげておきたい。黒田浩一郎編『現代医療の社会学――日本の現状と課題』(世界思想社一九九五年)と、佐藤純一・黒田浩一郎編『医療神話の社会学』(世界思想社一九九八年)。前者は、医師・病院・患者・看護婦・製薬業界といった、医療にかかわるさまざまな主体ごとに問題を整理したもの。近代西洋医学を相対化する視点から構成されているのも特徴である。後者は、人間ドック・野口英世・赤ひげ・脳死と臓器移植・不妊治療・ホスピス・インフォームドコンセントについてのステレオタイプ化された言説を「医療神話」と押さえ、それぞれを社会学的に批判したもの。福祉国家の起源を軍国主義時代に求める論文もある。概して歴史社会学ないし社会史的なスタンスから神話を解体するという流れになっている。大ざっぱな医療批判でなく、緻密な議論になっている。
この二点に、学説中心の進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)を加えると、ほぼ日本の医療社会学の現状が把握できる。
最近のイギリス系の社会学では、「医療社会学」から「健康と病気の社会学」への転換が生じている。かつてはもっぱら病院・医師・ナース・薬といった要素を対象としていた医療社会学だが、健康食品や民間療法などの「健康関連問題」も射程に入れなければならなくなり、何よりもライフスタイルという複合的な要素がたち現れてきたからだ。もはや公式の医療制度に属するものだけが「健康と病気の社会学」の対象ではなくなっている。日本の研究も近いうちにそういう流れになってくるだろう。
医学の不確実性
すでに紹介した『医療神話の社会学』を読むと、西欧近代医学が意外に「はりぼて」仕様の、脆弱な基盤しかもたない営みであることがわかる。それが確固たるものに見えるのは、私たちが「近代医学」という神話を信じて制度をこしらえてきたという事実に起因するのだ。医師でもあった中川米造の『医学の不確実性』(日本評論社一九九六年)もそれを主題とした概説書。
そもそも医学の不確実性という問題は、一九七〇年代あたりの精神医学批判から連綿と指摘されつづけてきた。イングレビィ編『批判的精神医学』宮崎隆吉他訳(悠久書房一九八五年)におさめられたコンラッドの有名な論文「逸脱とその社会的コントロールの医学化」がその代表的なものである。さまざまな診断的カテゴリーの応用は、技術的に中立な営みというよりむしろ政治的な営みだというのが批判者の見方である。
ネトゥルトンのまとめ[Sarah Nettleton, The Sociology of Health and Illness, Polity Press, Cambridge, 1995. ]を借りれば、「生体臨床医学」(biomedicine)をメインパラダイムとする西洋近代医学は五つの仮説を基礎としている。
(1)心身二元論(精神と身体は分離して取り扱うことができる)
(2)機械メタファー(身体は機械のように修理できる)
(3)技術的命令の採用(過剰な技術的介入)
(4)還元主義(生物学的変化によって病気を説明して社会的・心理学的要因を無視)
(5)特殊病因論の原則(19世紀の微生物病原説のように、すべての病気がウィルスやバクテリアのように同定可能な特殊な作用因によってひきおこされると考える)
このような生体臨床医学は、この二十年ほどのあいだに多くの批判にさらされてきた。
(1)医学の有効性は強調されすぎてきた。
(2)身体を社会環境的文脈に位置づけるのに失敗している。
(3)患者を全体的人格ではなく受動的対象としてあつかう。
(4)出産を病気のようにあつかう。
(5)科学的方法によって病気の真実を確認していると想定しているが、じっさいにはそれは社会的に構築されたものである。
(6)医学的専門家支配の存続を許してきた。
このような論点をカバーするものとして「健康と病気の社会学」が位置づけられる。医学はたしかに身体の経験科学なのだが、こちらも身体の経験科学であることにはちがいないのだ。
医療人類学
近代医学を相対化し、それに対する各自の信仰的な態度を払拭させるには、非西洋医学の実態を知ることが有効である。その点で医療人類学は大いに参考になる。
医療人類学のデファクト・スタンダートとしては、G・M・フォスター、B・G・アンダーソン『医療人類学』中川米造監訳(リブロポート一九八七年)。人類学ではあるが、西洋世界の医療のところはほぼ医療社会学とほぼ重なる。コンパクトなものでは、宗田一監修、池田光穂『医療と神々――医療人類学のすすめ』(平凡社一九八九年)の「第二部 医療人類学入門」が百ページほどで系統的に概観を描いている。それに対して、波平恵美子『医療人類学入門』(朝日選書一九九四年)は、短いエッセイを積み上げたような入門書。波平の本はどれも読みやすいので、初学者は彼女の本から入るといいだろう。
社会史的研究とフーコー
医療人類学が近代医学に対する空間的比較のまなざしをもたらしてくれるのに対して、時間的比較のまなざしをもたらしてくれるのが社会史的な医療研究である。
クロディーヌ・エルズリッシュ、ジャニーズ・ピエレ『〈病人〉の誕生』小倉孝誠訳(藤原書店一九九二年)はその代表的な研究。理論的には社会構築主義の立場に立った研究である。
この分野の隆盛を導いたのは何といってもフーコーである。ミッシェル・フーコー『臨床医学の誕生――医学的まなざしの考古学』神谷美恵子訳(みすず書房一九六九年)がここでの文脈に一番近い著作であるが、もともとフーコーは精神医学の批判的研究からその思索を始めた人であり、終生、医学的知識の歴史的構築をめぐって思想を展開した。主要著作の解説書としては、中山元『フーコー入門』(ちくま新書一九九六年)が比較的やさしい。
女性と医療
B・エーレンライク、D・イングリシュ『魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史』長瀬久子訳(法政大学出版局一九九六年)という本がある。原著は二冊あって、それが翻訳では第一部と第二部に編成されているのだが、注目してほしいのは、第二部の「女のやまい――性の政治学と病気」の方だ。典型的なフェミニストのスタイルで論旨は明快。医療においてもまたジェンダー・バイアスの問題が存在することに気づいてほしい。一連の看護婦不足問題も、こうしたジェンダー構造との関係で見ることもできるのではないか。
ヘルシズム(あるいは健康幻想)
お昼時の「みのもんた」の一言で多くの人たちが右往左往する昨今である。「健康にいい」というフレーズはすべてに優先する。それはもはや現代の民俗宗教である。
こういう言い方に違和感のある人は、田中聡『健康法と癒しの社会史』(青弓社一九九六年)のような著作を読んでみるといいだろう。健康法についての図版満載の社会史であるが、そこで描かれているのと大して変わりない言説が現在もマス・メディア上で日々生産され続けており、しかも人びとの大きな支持をとりつけている事実に気づくにちがいない。ヘルシズムは医療文化の非常に大きな部分を占めているのである。小野芳朗『〈清潔〉の近代――「衛生唱歌」から「抗菌グッズ」へ』(講談社選書メチエ一九九七年)も、近代国家の歩みに即して「国家衛生システム」の展開をたどったもの。よく調べてある。
こうした状況に批判的なスタンスから論じた文献としては、イヴァン・イリイチ『脱病院化社会――医療の限界』(晶文社一九七九年)が基本書であるが、アーヴィング・ケネス・ゾラ「健康主義と人の能力を奪う医療化」という基本論文がおさめられた、イバン・イリイチ他『専門家時代の幻想』(新評論一九八四年)にもあたりたい。
このほかにも基本文献は多数あるが、健康概念を対象としている「保健社会学」サイドからの研究書もでている。園田恭一『健康の理論と保健社会学』(東京大学出版会一九九三年)。園田恭一・川田智恵子編『健康観の転換――新しい健康理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。 いずれも公衆衛生学系のテイストの研究書。もちろん論調はかなりちがう。
脳死
一九九七年に臓器移植法が施行され、日本でも「脳死」の概念が制度的な根拠をもつにいたった。あちらこちらでドナーカードが配布され、臓器移植の準備体制も整いつつある。
「脳死の社会学」はまだ形を整えていないが、脳死を社会関係の文脈の中で考える試みは他の分野ですでに始まっている。森岡正博『脳死の人――生命学の視点から』(福武文庫一九九一年)はその代表的な作品。タイトルに表れているように、脳死を抽象的な議論ではなく、あくまでも人のありようとして考えようとする論考である。
もうひとつ注目すべきノンフィクションとして、柳田邦男『犠牲(サクリファイス)――わが息子・脳死の11日』(文藝春秋一九九五年)。柳田は著名なノンフィクション作家で医療ジャーナリズムの第一人者だが、これは当事者としての生々しい手記であり、グリーフワークでもある。家族としての視線とジャーナリストとしての視線の交錯する印象深い作品だ。
病院死
山崎章郎『病院で死ぬということ』(主婦の友社一九九〇年)がベストセラーになり、映画化されたりテレビドラマにもなった。終末期医療が多くの人びとにとって実感のともなうことがらになった、これはそのひとつの証左であろう。エッセイともフィクションともつかぬ語り口をそのまま社会学的思考に組み入れるわけにはいかないが、とりあえず議論の導入として読んでおく必要があるだろう。続編の山崎章郎『続 病院で死ぬということ―そして今、僕はホスピスに』(主婦の友社一九九三年)とともに現在は文春文庫に入っている。
病院死の問題は社会学でも比較的早い時期に研究されてきた。たとえば最近翻訳のでた、デヴィッド・サドナウ『病院でつくられる死――「死」と「死につつあること」の社会学』岩田啓靖・志村哲郎・山田富秋訳(せりか書房一九九二年)は、一九六七年刊行のエスノグラフィである。Barney G. Glaser, Anselm L. Strauss『死のアウェアネス理論と看護――死の認識と終末期ケア』木下康仁訳(医学書院一九八八年)も原著は一九六五年にでた研究書である。いずれも、このテーマについては広く知られているキュープラー・ロスの『死の瞬間』に先行する。
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4月 12017

社会学感覚18音楽文化論

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社会学感覚
18 音楽文化論
18-1 合理化の産物としての近代西欧音楽――歴史社会学的視点
合理化・聴衆・複製技術・消費文化
文化論の最後のテーマとして音楽をとりあげたい。文化的営みである芸術活動のうちのひとつのサンプルとして――あるいは例題として――とりあげてみようというわけだ。
おそらく社会学という科学のなかに「芸術社会学」や「音楽社会学」という分野があることに、意外な感じを受ける人がいるかもしれない。しかし、たとえばジンメルは『レンブラント』という本まで公にしているし、ウェーバーもまた「音楽の合理的・社会学的基礎」通称「音楽社会学」という大きな論文を残している。また、フランクフルト学派にはベンヤミンやアドルノといった非常に芸術に造詣の深い社会学者がいて、多くの著作によって芸術学・美学・音楽学の研究者に大きな影響をあたえてきた。本章では、これらの古典的な研究を紹介するとともに、本書の文化論のシフトである現代の消費文化についても考察していきたい。
キーワードは四つ。合理化・聴衆・複製技術・消費文化である。これらを軸に、音楽現象・音楽文化について歴史的に話をすすめていきたい。ブレヒトのいう「歴史化」を音楽現象について試みたいと思う▼1。歴史化といっても、タイムスパンをどうとるかによって、ずいぶんみえてくるものがちがってくる。はじめに「歴史的過程のなかの近代」というスケールでとらえ、つぎに「近代内部の変化」、さらに「二十世紀」、最後に「現代」というスケールでみていくことにしたい。四つのキーワードは、この四つのスケールに対応している。
ウェーバーの合理化論
音楽はあらゆる時代・あらゆる民族において発展した普遍的な営為だ。しかし、音楽に関して近代西欧においてのみ生じた特殊なことがある。それは独特の〈合理化〉である。
ウェーバーは『宗教社会学論集』の有名な「序言」のなかで、つぎのように問うている。要約すると「なぜヨーロッパ以外の地では、科学・芸術・国家・経済の発展が、西欧に特有の合理化の道をたどらなかったのか」-この「西欧に特有の合理化」のことをウェーバーが「呪術からの解放」とも呼んでいたことは前章でもふれた。ウェーバーは、この西欧に特有な合理化」の結果生まれたものとして、つぎのようなものをあげている▼2。
経済における資本主義的企業――形式的に自由な労働・合理的経営形態・家政と経営の分離・合理的な簿記
行政における官僚制組織
国家における議会制度・憲法・合理的法体系
学問における近代自然科学――数学的な表現と基礎づけ・実験による検証・組織的研究の場としての大学
芸術における市場向け生産物――文学出版物・雑誌・新聞・劇場・美術館
絵画における遠近法
音楽における和声音楽[対位法・和音和声法]
以上の諸現象は今日わたしたちにとって自明な――それゆえ普遍的にみえる――ものばかりだが、じつはいずれも近代西欧にのみ発生した、歴史的にみてきわめて特殊な現象なのである。そこには独特の〈合理化〉が一様にみられた。
西欧音楽の合理化
晩年のウェーバーの関心は、西欧近代社会がたどった合理化過程に集中しており、かれの未完の草稿「音楽の合理的社会学的基礎」(通称「音楽社会学」)もその視点につらぬかれている▼3。
さしあたりウェーバーの関心は西欧音楽独自の音組織にあった。具体的には、合理的和声と調性である。和声音楽はトニック・ドミナント・サブドミナントの三つの三和音の組み合わせによって構成される。これは近代西欧音楽独特のものである。これを可能にするのはオクターブ空間の均質的な構成である。つまり十二平均律である。これがあってはじめて自在な転調が可能になり、和声音楽の表現力は飛躍的に高まる。ところが、じつは自然に聞こえる和音にもとづいて調律すると、オクターブがあわないのである。音響物理学ではこれを「ピュタゴラス・コンマの問題」と呼ぶ。このさい近代西欧音楽は聴覚上の調和よりも十二音の間隔の均一化を選択する。つまり、よく響くが音楽的ダイナミズムに欠ける純正律ではなく、聴覚上若干の不協和があるが自在な音楽表現を保証する平均律を選ぶのである。J・S・バッハの「平均律クラヴィーア集」(第一集)は、その転換点を刻印する作品だった。
以上の西欧独特の音組織は、他のさまざまな要素と連動していた。第一にあげなければならないのは記譜法の成立である。西欧以外の伝統的音楽はいずれも精密な楽譜を発達させなかった。五線符に音楽をく書く記譜法は、もっぱら〈演奏する〉活動だった音楽を「書く芸術」に変化させた。ここではじめて作曲家と演奏家が分離し、〈音楽を書く人〉としての「作曲家」が誕生することになる。第二に、楽器とくにピアノにいたる鍵盤楽器の発達が関係する。鍵盤楽器が他の諸楽器と異なるのは、調律を固定しなければならないことである。とりわけピアノは純正律から平均律への転換に大きな役割を果たした。
もちろん、宗教をはじめとするあらゆる文化現象がそうであるように、音楽現象も、非合理的で神秘的な性質をもつ。じっさい、いわゆる民族音楽としてわたしたちが知っている多様な音楽のほとんどは、もともと非合理的で神秘的な性質をもっている。しかし、近代西欧音楽は、しだいに非合理性と神秘性を溶解させ、独特の合理化を果たすのである。ウェーバーの歴史社会学は、その合理化が、ひとり音楽のみならずあらゆる社会領域において浸透していった壮大な潮流のひとつの支流であることを教えてくれる。
▼1 ブレヒトの「歴史化」については2-2参照。
▼2 「宗教社会学論集序言」マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)。なお、ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八一年)第二章およびディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)一五九ページ以下参照。
▼3 マックス・ウェーバー、安藤英治・池宮英才・角倉一朗訳『音楽社会学』(創文社一九六七年)。くわしい解説が訳注として付された親切な訳本だが、本文前半に音響物理学を利用した非常に難解な部分があり、直接これを読んで理解できるのは、そうとう音楽理論と数学の得意な人ではなかろうか。そこでこの本に付せられた安藤英治の解説「マックス・ウェーバーと音楽」をはじめとして以下の解説を参照した。ディルク・ケスラー、前掲訳書。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。吉崎道夫「ウェーバーと芸術」徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。吉崎道夫「非合理と合理の接点にあるもの――ウェーバーの『音楽社会学』を廻って」『現代思想』一九七五年二月号。勝又正直「M・ヴェーバーの『音楽社会学』をめぐって」『社会学史研究』第九号(一九八七年)。ウェーバーの音楽社会学はウェーバー研究の文脈では年々その重要性が評価されているようだが、一般には社会学として継承されていない。このあたりの事情については、アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー-影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)参照。
18-2 近代的聴衆の誕生――オーディエンス論的視点
「音楽の正しい聴き方」
つぎに近代西欧音楽の展開過程の内部における変化をみていこう。とくにウェーバーが見落としていた――突然の死によって不可能になった?――問題を中心にみていこう。それは音楽の受け手の態度である▼1。
わたしたちが「クラシック」として知っている近代西欧音楽は、かつて、どのように聴かれたのだろうか。現代なら、静まりかえった客席で古典的な名曲を一心に聴きいることが聴衆の〈あるべき姿〉とされている。こうした禁欲的な聴き方を「集中的聴取」と呼び、このような聴き方をする規範的かつ倫理的な聴衆のあり方を「近代的聴衆」と呼ぶ。きまじめな集中的聴取を理想的に実現するために、禁欲的な「演奏会のモラル」がつくられ、ホールも外の音を完全にシャットアウトして作品理解と関係ない音をできるだけ排除する。そして演奏中に客席の照明をおとすのも、作品にじかに向きあって集中できるようにする配慮である。こうして演奏会場は、隔離された特権的な空間になる。このような場で行われる聴取はきわめて個人的な体験である。これが「音楽の正しい聴き方」とされてきた▼2。
十八世紀音楽の聴かれ方
ところが、このような「集中的聴取」をおこなう「近代的聴衆」というあり方がヨーロッパで定着したのは、それほど古いことではなく、じつに十九世紀なかごろの話だという▼3。
では、それまではどうだったかというと、演奏会はまさに社交の場であって、まじめに音楽に耳を傾けようというのはごく少数派。ほとんどは楽しければそれでよいという人びとだったという。渡辺裕の紹介するエピソードによると、歌詞が聞きとれないので歌詞を印刷したプログラムを配ったとか、パイプの煙で指揮をするのがたいへんだったとか、気晴らしにトランプで遊んでいたとか、会場に犬を連れてきたり、目立とうとする女性たちがわざと遅れて入ってきたりしたという▼4。
これは当時の音楽が基本的に貴族階級の内輪のパーティという性格をもっていたからである。「音楽とは一心に耳を傾けて鑑賞するものだ」という共通了解が成立するのは十九世紀になってからである。これは、音楽文化の担い手が貴族から市民層に移行したというのがその変化の大きな理由である。産業革命と市民革命を通じて富と権力をもった市民層が演奏会を支えるようになったため、演奏会は「社交の場」であることをやめて「純粋に音楽を聴きたい人の集まる場」になった▼5。「芸術」という概念が成立したのも、ちょうどこのころである。それまで、絵画・演劇・音楽・文芸・建築という営みは「わざ」であり、それを司る人は「職人」だった。ところが十八世紀後半から十九世紀にかけて「芸術」となり「芸術家」とみられるようになった。「独創性」とか「作品」とか「天才」といった常套句が使われるのも、このころからだという。こうした流れのなかで、バッハが敬けんな宗教音楽家としてまつりあげられ、スカトロジーの大好きなあのアマデウスが神童モーツァルトに変身し、ベートーベンが「苦悩の人」として神格化され伝説が生まれた▼6。
こうしてみると、十九世紀はその前後とくらべてきわめて異質な世紀だったといえよう。〈近代〉が、音楽にかぎらず経済や家族などあらゆる社会領域にわたって確固たる基盤をつくったのがこの世紀であることは、〈脱近代=ポストモダン〉を迎えつつあるといわれる現代にあって、留意しておいてよいことである。
▼1 この問題については、おもに音楽学者によって散発的に研究がすすめられてきたようだが、最近になってマーラー研究家の渡辺裕が『聴衆の誕生――ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社一九八九年)においてそれらを集大成している。本節以降の議論は、おもにこの本に依拠しつつ、社会学的考察を加えたものである。
▼2 渡辺裕、前掲書五八-六四ページ。
▼3 前掲書一九-二〇ページ。
▼4 前掲書八-一〇ページ。
▼5 前掲書一四-二二ぺージ。
▼6 作曲家の偶像化については、前掲書二二-五七ぺージ。
18-3 複製技術時代
一九二〇年代
十九世紀的な「近代的聴衆」による「集中的聴取」という音楽とのかかわり方がくずれてくるのは二十世紀初頭、正確には一九二〇年代である。
では、この時代になにがおこったのか。
この時代、じつは自動車・飛行機・冷蔵庫・摩天楼など高度な科学技術がいっせいに開花した時代なのである。そして音楽にとって重要なのは、なかでも「複製技術」の出現である。具体的には、ラジオ放送の開始・蓄音器の発達とくに電気録音技術の完成・自動ピアノ[再生ピアノ=演奏家の演奏をそのまま紙のロールに記録して再生するピアノ]の流行などが二〇年代いっせいに花開く。ちなみに写真・映画の隆盛もこのころからである。
ヴァルター・ベンヤミンは、この時代から本格的にはじまった新しい文化の時代を「複製技術時代」と呼んだ▼1。
複製技術時代の芸術作品
ベンヤミンは、それまでの芸術体験がもっていた特性を「アウラ」(Aura)と呼んだ。「アウラ」とは「一回起性」または「一回性」という意味で、「〈いま〉〈ここ〉でしか体験できないこと」「オリジナルならではのなにものか」といった感じだ。かれは「アウラ」を「どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象」と定義する▼2。いいかえると、アウラは独自性と距離と永続性の三つの次元をもつ。たとえば、ミロのヴィーナスのように、それは他にかえがたいものであり(独自性)、それゆえ身近なものとはなりえない(距離)。しかもそれは時間を超越して人びとの心をうつ(永続性)。
複製技術時代以前の音楽作品の場合、「アウラ」はどのようなものか。ザィデルフェルトはそれをつぎのように説明している。かつて音楽の愛好家が好きな作品に接するチャンスは非常に少なかった。「したがって、音楽を聴きに出かけるということは、気分を浮き浮きさせるような体験(独自性)だったに違いない。そしてその体験は、記憶のなかで、以前聴いた素晴らしい演奏と容易に結びつけられたことだろう(永続性)。さらに、その音楽を本当に知るようになる、つまり心に焼き付けておくための唯一の方法は、楽譜(たいていはピアノ用に編曲されていた)を購入して、あれこれピアノで弾いてみることだけであった(距離)▼3。」
ところが、写真・映画・蓄音器などの複製技術は、絵画・演劇・演奏会のもっていた「アウラ」を完全にうしなわせた。だから、ベンヤミンは、複製技術時代における芸術の特徴は「アウラの喪失」であるとし、もはや芸術作品は礼拝のように鑑賞されないと論じた▼4。
音楽作品の場合、一九二三年に売り上げのピークを迎えるロール式の自動ピアノが、ひとつの複製技術時代の幕を開いた▼5。一方、マイクロフォンによる電気録音技術が一九二四年にベル研究所によって開発され、翌年大手のレーベルからレコードが発売された。またラジオも一九二〇年に民間放送がはじまり、爆発的な人気をえたという▼6。
このような複製技術時代のはじまりとともに音楽の受け手も、もはや十九世紀的な「集中的聴取」をする「近代的聴衆」ではなくなった。音楽はもっと日常的なものになった。ベンヤミンのことばを借りると「散漫な受け手」によって、音楽が消費されるようになったのである▼7。
音楽の変容
渡辺裕の指摘によると、こうした新しい聴き方に当時いち早く敏感に対応した作曲家が、最近ブームになったエリック・サティだった。サティの提唱した「家具の音楽」は、たとえば「県知事の執務室の音楽」とか「音のタイル張り舗道」といったタイトルが示すように、要するにコンサート・ホールで芸術作品として演奏される音楽ではなく、BGMとして日常の環境のなかで耳にする音楽である。しかも、今日のミニマル・ミュージックのように短いモチーフを何回もくりかえすというもので、まったく新しい聴取のあり方を先取りしたものだった▼8。
一方、複製メディアに適合した音楽形態として、このころ隆盛したのが、ブルースやデキシーランド・ジャズ、ささやくように歌うビング・クロスビーなどのいわゆる「ポピュラー音楽」だった。ラジオとレコードによってポピュラー音楽は大衆の人気を博した。これ以降、音楽の生産と消費の構図は一変することになり、わたしたちにとってなじみ深い身近な音楽が豊富にあふれる時代になる。
▼1 ヴァルター・ベンヤミン、高木久雄・高原宏平訳「複製技術時代の芸術作品」ヴァルター・ベンヤミン著作集2『複製技術時代の芸術作品』(晶文社一九七〇年)。
▼2 前掲訳書一六ページ。
▼3 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)六八ページ。
▼4 ベンヤミンの論じた「アウラの衰退・喪失」は、ウェーバーの論じた「カリスマの日常化」とよく似ている。前掲訳書六一-六三ぺージ。ザィデルフェルトは、このなかで「アウラの衰退」を売買行為や商品に拡大して論じている。それによると、小規模生産販売をモットーとするブティックや自然食品販売店、またコックのカリスマ的腕前を売りものにする小さなレストランは、アウラの喪失した消費社会のなかでアウラを回復しようとする試みと位置づけることができるという。前掲書六七-六八ぺージ。
▼5 渡辺裕、前掲書七五-八八ページ。
▼6 このあたりのくわしい事情については、細川周平『レコードの美学』(勁草書房一九九〇年)七七ページ以下参照。
▼7 ベンヤミン、前掲訳書四三-四四ページ。
▼8 渡辺裕、前掲書一〇七-一〇九ページ。
18-4 消費社会における音楽文化
戦後の音楽状況――テクノロジーと若者文化
一九二〇年代における複製芸術の誕生を大きな転機に、音楽の聴かれ方・演奏され方が変わった。大枠としては、これが現代の通奏低音だと考えていいだろう。ただ、その後のめざましいテクノロジーの発達と社会意識の変化によって、音楽のあり方は幾度も変遷を重ねている。ここでは第二次世界大戦後にしぼって概観し、そののちにさらに八○年代日本の音楽状況をくわしくみてみよう。
戦後の音楽状況を語る上で欠かせないファクターがふたつある。テクノロジーの発達と若者文化(ユース・カルチャー)がそれである。
一九二〇年代以降の複製技術時代の音楽にとって技術的な側面は音楽の重要な構成要素になった。戦後の大きな変化としては、五〇年代のテープ録音技術とハイファイステレオ、八○年代のヘッドフォンステレオとビデオとCDが画期的な変化をおよぼした。八〇年代のテクノロジーについては後述するとして、ここではテープ録音技術の影響についてみておこう。発達したテープ録音技術によって、長時間録音が可能になっただけでなく、演奏録音後に自由に切ってはりあわせることもできるようになり、重ねどり(サウンド・オン・サウンド)も可能にした。コンサートの音をオリジナルとする考え方はすでにストコフスキーによって破られてはいたが、この段階で、オリジナルとコピーの区別は完全に無意味になったといってもいいだろう。テープ操作による音楽創造は六〇年代なかごろのビーチ・ボーイズのシングル「グッド・ヴァイブレーション」およびビートルズのLP「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」によって決定的な高みにいたり、ポピュラー音楽に定着することになる。ビートルズがコンサートをしないと宣言した前年の一九六五年、クラシック界でもピアニストのグレン・グールドが「コンサート・ドロップアウト」を宣言し、テープ編集を駆使したスタジオ録音を音楽活動の中心にしている▼1。
若者文化の変遷
さて、テクノロジーとならんで音楽状況を変えた大きな要素は若者文化(ユース・カルチャー)である▼2。とりわけ一九六〇年代の「対抗文化(カウンター・カルチャー)の爆発」が今日の音楽文化の基盤をつくったものとして重要である。
戦後日本の若者文化の流れを大ざっぱに確認しておこう▼3。
(1)一九五〇年代――戦後民主主義や社会主義革命といった理念が絶対的なものとして成立していたので、若者のエネルギーは建設的な方向に向かっていた。→まじめ
(2)一九六〇年代――民主主義や社会主義という理想が、ベトナム戦争や中ソ対立そしてチェコ事件などで神話がくずれる。→反抗
(3)一九七〇年代――連合赤軍事件に象徴される政治的挫折によって「反抗」のエネルギーが消滅する。→シラケ
(4)一九八〇年代――価値の相対化・多様化に対応して、従来の常識にとらわれないフレキシブルな感性。→スキゾ
このうち六〇年代後半は世界的なムーブメントとして大学紛争が多くの大学をゆるがした時代として記憶されているが、従来の中心文化に対抗する文化が異議申し立てし自己主張した重要な転換期だったといえよう。アメリカに即していえば、男性中心文化に対する女性解放運動、白人中心文化に対する黒人の公民権運動、アメリカ帝国主義政策に対するベトナム戦争反対運動などがある。日本でもこれらに呼応する運動がさかんになり、また反公害運動も堰を切ったように大きな潮流になった。そして若者文化が大人の中心文化に対して自己主張――反抗――するのもこの時期である。
六〇年代を通じて日本ではジャズやロックそしてフォークが若者に定着しはじめた。とくにロックは、成立当初「反抗」というメッセージをジャンル自体が色濃くもっていたため、若者の圧倒的な支持をえた。ビートルズやローリングストーンズを皮切りに、つぎつぎと新しいコンセプトをもったグループが聴かれた。このあたりから、若者の表現手段は、文学から音楽にシフトを変えるとともに、当初「反抗文化」として自己主張していた若者文化そのものが、しだいに消費社会の中心的位置に移っていく。そして「音楽化社会」とも呼ぶべき状況が日本に成立することになる▼4。
一九七〇年代音楽の転回
六〇年代がシフト転換期だとすると、七〇年代は音楽の「サウンド志向」への転回期といっていいだろう▼5。
もちろん音楽はサウンドそのものである。しかし、ポピュラー音楽の場合、音楽はことばと密着していることが多かった。しかし、七〇年代の若者たちに支持された音楽は、そうした意味を喪失する方向に転回していき、そのかわりサウンド性(たとえばノリ)を強めていく。たとえば歌謡曲についてみれば、六〇年代までの心情告白型歌詞が、七〇年代の阿久悠の映像的歌詞によって心情的意味をうすめていく。また、六〇年代後半のプロテストソングの場合に重視された公共的なメッセージ性は、七〇年代前半にブームになった「四畳半フォーク」できわめて私生活的なものにかわっていく。このころ、ロックといえば洋楽であり、ロックは英語と決まっていたが、そのころ試みられていた「はっぴいえんど」の日本語ロックが、七〇年代後半ユーミンなどの「ニューミュージック」として開花し、一九七八年にデビューする「サザンオールスターズ」のごろあわせ的歌詞によって完成したとみていいだろう。同時にアレンジの技術も進み、ポピュラー音楽全体の「サウンド志向」が進行した▼6。
一九八○年代日本の音楽状況
〈近代〉という歴史的視野から徐々に焦点をしぼって音楽のあり方について考察してきたが、最後に、わたしたちがともに体験してきたこの十年あまりの音楽状況のいくつかの特質について概観することにしたい。とにかくこの十年あまり――ここでは一九八○年代としておく――に音楽をめぐって生じたことは多く、しかも多様である。複線的変化といってもよい。おそらくこのこと自体が、小川博司のいう「音楽化社会」あるいは「音楽する社会」たるゆえんであろうし、基調としての消費社会の成熟を物語っている。複線的変化のいくつかをひろってみよう。
(1)聴取スタイルの選択肢の拡大――一九七九年に発売された「ウォークマン」とカーステレオの普及と高級化によって、移動しながら選択的に音楽を楽しむことが容易になった▼7。他方で、環境音楽やサウンドスケープ[音の風景]のように、聴くのでなく空間を演出するための音楽も一般的なものになった。CDによって、レコードとはくらべものにならないくらい手軽にあつかえて、しかも高音質のメディアが登場し、またビデオやレーザーディスクによってヴィジュアルな楽しみ方ができるようになった。要するに、聴取の選択肢がぐんと広がったわけである。
(2)参加型音楽行動の増加――パッケージされた音楽をただ聴くのではなく、自分自身が歌い演奏することが格段にふえた。日本がピアノの生産世界一だというとおどろくかもしれないが、世界で年間に生産されるピアノの三割がヤマハとカワイによって生産されている▼8。また「カシオトーン」以後の電子キーボードもイージープレイによって、ピアノの弾けない中年男性を中心にブームになった。そして忘れてはならないのがカラオケブームとバンドブーム(イカ天ブーム)、そして年末恒例の「第九」合唱ブームである。これらさまざまな「プレイ志向」の具体化によって、もはや音楽は「聴く」ものから「する」ものになった▼9。
(3)広告音楽の展開――広告音楽の歴史は一九五一年の民間放送開始とともにはじまるが、当初は広告音楽と流行歌はまったく別の世界をつくっていた。それがしだいに融合し、七〇年代半ばに「イメージソング」として結晶した。つまり「CMソングからイメージソングヘ」という流れである。イメージソングは「ある企業や商品のコンセプトを表現しているが、企業名や商品名が歌詞の中に入っていない曲で、広告音楽として使用され、かつレコードとして市販されている曲」のこと▼10。一九七五年以来の資生堂とカネボウの化粧品広告キャンペーンから盛んになった。一時、歌謡曲のヒットのほとんどがイメージソングだったときもあったが、一九八五年あたりから下火になり、その後は多様化の方向にある。
(4)クラシックブーム――ひとつのピークは、なんといっても一九八七年にニッカのCFに映画「ディーバ」のイメージで出演したキャスリーン・バトルの爆発的人気だった。その前後からウィスキーや高級車のCFにクラシックがヨーロピアンな高級感を付加するのに用いられるようになっていた。なかにはブーニンのアイドル化など日本ならではの現象もあったが、むしろサントリーホールなどのクラシック専門ホールの誕生が、クラシックをオシャレなものに転換したとみることができる。おりしも円高による外タレラッシュで、クラシック界の大物やオペラの引越し公演がさかんにおこなわれた。他方、マニアのなかではマーラー・ブームやオペラ・ブーム、そしてオリジナル楽器演奏ブームがあるが、これにはCDやレーザーディスクなどのデジタル技術によって微妙な音色や演奏の再現が可能になったことが背景としてある▼11。
(5)メディアミックスによるアイドル現象――八〇年代はアイドル復権の時代といわれる。いわゆる「八二年組」のアイドルたち、「おニャン子クラブ」、ジャニーズ系アイドル集団など。かれらは歌手としてだけでなくミスコンやテレビドラマあるいはバラエティ番組・映画など複合的なメディアミックスによって成功した。そして重要なことだが、その過程のなかでアイドルはもはや歌手である必要がなくなってしまった。とりわけ「おニャン子クラブ」は、大量のアイドルを送りだしただけでなく、ヒットチャートを形骸化させ、フジテレビ以外の局への出演拒否と賞レース辞退によって各種歌謡番組と音楽祭を完全に権威失墜させた点で特筆すべき存在になった▼12。
(6)企業の文化戦略としての音楽――従来、新聞社の専売特許だった文化事業も近年になって「メセナ」(mecenat)として企業にもその重要性が認識されつつあるが、音楽については、サントリーホールや東急ブンカムラのように本格的なコンサートホールをつくったり、企業の名前を付したいわゆる「冠コンサート」、財団による振興事業などの形態がある。とくに音楽イベントはスポーツ・イベントとならんで、その広告効果が大きく、八○年代「冠」でない外タレコンサートを探すのに苦労するくらいだ。これは音楽イベントがねらった層にねらったタイミングで的確にアピールできる特質をもっているからである▼13。
さて、音楽化する社会の基本条件として吉井篤子は「先端技術とコマーシャリズムと感性」の三つをあげている▼14。三つの要素がいわば三位一体となって今日の音楽化社会を構成しているということだ。今世紀初頭ウェーバーの指摘した合理化の潮流は非合理的な感性を突出させながら、なおも進展しているように思われる。
▼1 テープ録音技術とステレオについては、細川周平、前掲書八六-一〇七ページ。グールドについてはかれ自身がいくつも文章を書いているが、その音楽史的評価については、渡辺裕、前掲書一三七-一四六ページ。グールドのメディア論は、つぎの本にまとめられている。ティム・ペイジ編、野水瑞穂訳『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』(みすず書房一九九〇年)。とくに「レコーディングの将来」を参照されたい。
▼2 「青年文化」とも訳される。
▼3 稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)七一ー七三ページによる。
▼4 小川博司『音楽する社会』(勁草書房一九八八年)三六ページ以下。
▼5 前掲書「2サウンド志向」。
▼6 以上、小川博司、前掲書による。
▼7 このふたつについてのくわしい分析として、細川周平『ウォータマンの修辞学』(朝日出版社一九八一年)。また、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)「2オーディオ・メカのミクロコスモス」。
▼8 桧山陸郎『楽器産業』(音楽之友社一九九〇年)二〇五ページ。
▼9 吉井篤子「現代人の音楽生活」林進・小川博司・吉井篤子『消費社会の広告と音楽――イメージ志向の感性文化』(有斐閣一九八四年)一六八-一七三ぺージ。
▼10 小川博司「イメージソング現象の分析」前掲書六〇ページ。なお、この本の「I広告音楽の展開」のなかで小川博司は広告音楽の歴史と分析について詳細に論じている。
▼11 長木征二「あなたはブーニンを覚えていますか?」『エイティーズ[八○年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)参照。くわしくは、渡辺裕、前掲書一七六ページ以下参照。
▼12 以上、高護・榊ひろと「おめでとう、さようなら」前掲書による。なお、アイドル現象については、稲増龍夫、前掲書と小川博司、前掲書が社会学的にくわしく分析している。
▼13 吉井篤子「企業の文化戦略としての音楽」林進・小川博司・吉井篤子、前掲書一八七-二二四ページ。
▼14 吉井篤子「現代人の音楽生活」前掲書一七七ページ。
増補
音楽社会学入門
文化研究が社会学の研究対象に浮上して久しい。けれども、マスコミ論や若者論の本をのぞくと、八〇年代までの社会学教科書で音楽に一章をさいたものはほとんどないはずである。しかし、現代文化を考える上で音楽を議論に乗せることはむしろふつうのことになっている。日本の社会学(者)がそれを不得意にしてきただけなのだ。
その意味では、長らく音楽社会学についてのやさしい入門書が待たれていた。九〇年代になってようやく、北川純子『音のうち・そと』(勁草書房一九九三年)が登場して、音楽社会学にも「最初に読んでほしい本」ができた。短いものだが、音楽社会学の歴史と理論が整理されている。この中で北川は、ハワード・ベッカー『アウトサイダーズ』村上直之訳(新泉社一九七八年)を音楽家集団の研究例として指摘しているが、なるほどこれも音楽社会学の研究対象である。それなら、D・サドナウ『鍵盤を駆ける手――社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』徳丸吉彦・村田公一・卜田隆嗣訳(新曜社一九九三年)も音楽社会学への重要な貢献といえよう。
本編の音楽文化論で私が構成の枠組みとして準拠した渡辺裕の聴衆論は、その後、増補版がでている[渡辺裕『聴衆の誕生――ポスト・モダン時代の音楽文化【新装増補】』(春秋社一九九六年)]。渡辺は最近、これまで音楽で使われてきた「機械」に着目して、渡辺裕『音楽機械劇場』(新書館一九九七年)を書いている。これは音楽メディアの社会史ともいうべきジャンルの存在を示唆するものであり、メディアをあえて「機械」と呼んでいるように、それらの多くは今日の視点から見るとあまり「あたりまえのメディア」らしくないのである。この分野の社会史的アプローチの可能性を感じさせる。
クラシック系にくらべてポップ系は研究伝統も浅く、オタク的な「好きもの分析」や評論はそこそこできても、社会学的な分析となると相当むずかしいように思う。未開拓のテーマや手法も多い。三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』(音楽之友社一九九〇年)は、高水準の研究に何が必要かを示唆してくれるアンソロジー。音楽学という括りの本だが、内容的には社会学への言及が随所に見られ、音楽社会学へ向かわざるをえない素材であることを感じさせる。
九〇年代日本の音楽状況
日本の音楽状況については、第一人者の小川博司が『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社一九九三年)を書いている。これは『音楽する社会』の続編で、八〇年代末から九〇年代初頭の音楽状況についての論考がおさめられている。
ポップ系では、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)に、カラオケなどの研究がある。宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)の「音楽コミュニケーションの現在」の章にも詳細な調査に基づいた議論がある。ただし文化的蓄積のない若い世代には難解だろう。
八〇年代の音楽は、ヘッドフォンステレオやカラオケがハイファイ・オーディオの延長からではなく自動車文化の流れから出て一世を風靡したのを典型として、概して非音楽的要因が音楽文化を左右した。イメージソングによって非音楽系企業が音楽のメインストリームを構築したり、冠コンサートのように音楽活動をバックアップしたりするのも同様の傾向だったといえよう。
音楽文化の動きが「音楽の論理」なり「音楽の生理」によって動くのでなく、それ以外の外在的な要素によって動くというこの現代的傾向は、九〇年代になっても続いている。いや、むしろ加速しているといった方がいいかもしれない。
たとえば、CDミリオンセラー続出の新傾向がある。一九九一年に二曲の三百万枚突破シングルが出現して、一九九四年にはミリオンセラーが一気に十九曲も出現する。これはそれまでなかったことであり、しかも、かつてミリオンセラーともなれば社会現象になったのと対照的に、九〇年代は中高年がその曲やアーチストをほとんど知らないうちにミリオンセラーになり消えていく。つまり、若い層「だけに」集中してヒットしたのである。注目すべきは、そのほとんどの曲がテレビ局とのタイアップだったことだ。高度なマーケティング技術に基づいて企画され、テレビを主軸にキャンペーンされた音楽。このタイアップ依存は、音楽番組ですらなくテレビドラマという非音楽メディアが引っ張る形になっている。八〇年代はあきらかに音楽嗜好の多様化が見られたのに、九〇年代は逆に収縮しているというほかない。
それにしても、映像主体のキャンペーンがこれだけ功を奏するとなると、ターゲットにされている今の若者が「ほんとうに音楽が好きなのか」と疑問をもたざるをえない。携帯電話やPHSの普及によってカラオケやCDの売れ行きが落ちたというごく最近の傾向も考えあわせると、要するに「仲間」を自分につなぎ止める手段として音楽が利用されたにすぎないのではないかといえそうである。しかし、それを批判的に見る考え方自体もまた、音楽に対する態度のひとつにしかすぎないのであろう。
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4月 12017

社会学感覚16消費社会論

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社会学感覚
16 消費社会論
16-1 文化現象としての消費
なぜ〈消費〉が社会学の問題なのか
これから三回にかけて文化の問題について考えていきたいと思う。「文化とはなにか」といった概念的な議論はひとまずタナ上げにしておいて、ここでは現代文化のいくつかの主要な局面に焦点を集めて「現代文化とはどのようなものか」という問題提起にかえたいと思う。その局面とは、第一に消費社会、第二に宗教、第三に音楽である。おそらく多くの読者がこのいずれかの文化領域に深く関わっているはずである。ここではディテールに深入りするのは禁欲して、むしろ全体的な構図すなわち現代文化の基本構図について理論的に考察していきたいと思う。文化を語る上で欠かせないディテールについては脚注の参考図書を参照してほしい。
さて、最初のテーマは「消費社会論」である。消費の間題が文化論の筆頭にくるというのにとまどう人がいるかもしれない。しかし、消費こそ現代文化の表層を理解する上で欠くことのできないキーワードなのである。
しかし、現代日本においていう「消費」は、伝統的な意味での消費ではない。かつての消費とは基本的に「必要なモノを買う」消費だった。旧ソ連の「行列」に典型的にみられるように、あるモノが欲しいのになかなか手に入らない、こういう状態を「稀少性」というが、こういう稀少性の支配する経済においては、消費は欲求の充足以外のなにものでもない。
ところが現代の日本のように、生産が増大し、基本的な欲求や必要を十分満たしてしまってモノがありあまる段階になると、消費のあり方は一変する。わたしたちは現在、生きていくのにどうしても必要な最低限のモノとかサービスだけを消費しているのではない。たとえば、クルマにしてもただ走ればいいというのではなく最新型でなければダメだという人が圧倒的に多くなった。たとえば、同じパソコンでも軽くて早いパソコン、同じ住むなら少々高くても東横線のようなイメージのいい私鉄沿線のマンション、外で食べるのならコダワリ屋のシェフのいるビストロの料理とか、絶対楽しい遊園地とか、友だちにさすがと思わせる大学とか、ちょっとオシャレなキャラクターグッズとか、仲間うちや雑誌で話題のコンサートとか、目を引くコマーシャルでなんとなく興味をひかれた新製品など、わたしたちは新しいモノ・軽いモノ・かわいいモノ・徹底的に演出されたサービス・自慢できる体験・ファッショナブルな空間などを選択的に消費している。
これらは、自己満足もふくめて、他者との関係における「意味」つまり「社会的意味」において消費されている。消費は、消費対象の表示する意味の消費――たとえば「自分らしさ」「リッチな気分」「ハイセンスな生活」――に転換している。それは経済合理的な行動というより、すぐれて文化的な行動である▼1。ここに社会学の出番がある。
物語消費
このような消費は先端的かつ典型的に子どもにあらわれる▼2。たとえば、一九七〇年代前半に爆発的にはやった「仮面ライダースナック」の場合、オマケのカードだけを目当てに買い集め、中身を捨ててしまう子どもが続出して社会問題化したことがあった。
最近では一九八七年から八八年にかけて爆発的なヒットになったロッテの「ビックリマンチョコレート」がある。大塚英志によると、この場合も子どもたちの目当てはオマケの「ビックリマンシール」にあり、れっきとしたチョコレートという商品にもかかわらず、チョコ本体は不要なモノとして捨てられた。この場合、チョコ本体はたんなる容器つまりメディアにすぎなくなっている。
ただ「仮面ライダースナック」とちがって「ビックリマン」の場合、最初にアニメやコミックがあったわけではなく、チョコ自体がオリジナルだった点で、非常に現代的である。大塚英志によると、「ビックリマン」のしかけはつぎのようになっているという。
「シールには一枚につき一人のキャラクターが描かれ、その裏面には表に描かれたキャラクターについての『悪魔界のうわさ』と題される短い情報が記入されている。この情報は一つでは単なるノイズでしかないが、いくつかを集め組み合わせると、漠然とした〈小さな物語〉――キャラクターAとBの抗争、CのDに対する裏切りといった類の――が見えてくる。予想だにしなかった〈物語〉の出現をきっかけに子供たちのコレクションは加速する。さらに、これらの〈小さな物語〉を積分していくと、神話的叙事詩を連想させる〈大きな物語〉が出現する。消費者である子供たちは、この〈大きな物語〉に魅了され、チョコレートを買い続けることで、これにアクセスしようとする▼3。」これを大塚英志は「物語消費」と名づける。このように消費は、とっくの昔に単純に「必要なモノを買うこと」でなくなっているばかりか、消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう傾向さえ生みだしているのである。
▼1 この点については、清水克雄『ゆらぎ社会の構図』(TBSブリタニカ一九八六年)がていねいに説明している。
▼2 以下の記述は、大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)による。
▼3 前掲書一二-一三ページ。
▼4 前掲書二四ページ。したがって、利益追求のために企業が商品に付加価値をつけて消費者をあおっているといった資本陰謀説的な見方は、現代的消費の一面しかとらえていないことを銘記すべきである。なお、大塚英志は「消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう」事例として、ゲームソフトの攻略法やゲーム世界のマップ作り、「キャプテン翼」同人誌をはじめとするコミケット(いわゆる「おたく」の発祥地)などをあげている。
16-2 記号消費の時代
ボードリヤールの消費社会論
消費をキーワードにして現代社会をみるようになったのは――つまり経済界やマスコミで頻繁に使われるようになったのは――この十年ほどにすぎないが、社会学ではすでに二十年ほど前から「記号消費」と呼んで、消費現象の特殊現代的な局面を分析してきた。しかも、消費現象はそれにとどまらず現代社会の構成原理のひとつとなっていると認識するところから「消費社会論」が提唱されている。その新たなスタートラインとなったのは一九七〇年に発表されたジャン・ボードリヤールの『消費社会――その神話と構造』[邦訳名『消費社会の神話と構造』]だった▼1。ボードリヤールの消費概念の要点はつぎの三点に集約される▼2。用語の説明と現代的事例をくわえて、その骨子を紹介しよう。
(1)消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。
(2)消費はもはや個人や集団の単なる権威づけの機能ではない。
(3)消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される。
消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない
第一点について。モノの仕組みや技術的加工という点では、自然科学や技術の領域の話である。しかし、モノがひとたび商品となると、モノはたんなるモノではなくて、なんらかの価値の備わったモノとなる。さらに消費社会におけるモノは、たんに価値あるモノにとどまらず、なんらかの社会的意味をもつ「記号」になっている。たとえば「洗濯機は道具として用いられるとともに、幸福や威信などの要素としての役割を演じている。後者こそは消費の固有な領域である▼3。」いささか古い例だが、「洗濯機」の個所に「RV」や「インテリア」を代入してみればいい。かんたんに図式化してみよう。
自然的世界におけるモノ=物質
経済的世界におけるモノ=物質+使用価値
消費社会におけるモノ=物質+使用価値+社会的意味→記号
たとえば、自動車そのものは科学技術によって変形加工された物質である。それが市場にでると、一定の貨幣と交換できる商品となる。それはすわったまま何十キロも高速で移動できる機能をもったモノである。高速移動という機能は、自動車の「使用価値」である。たとえば、電卓は計算ができる機能をもっていて、それが電卓の「使用価値」である。冷蔵庫は食品を冷蔵して保存する機能をもっていて、それが冷蔵庫の「使用価値」である。
でも、多くの人はだだ高速移動するだけで車を買うのではない。まだまだ走れる車でも、モデルチェンジがあったり、トレンドが変わったりすると、車検の切り替えを機にきわめて多くの人が車を中古にだして新車に乗り換える。ちょっと古い話で恐縮だが、たとえばオフホワイトのボディが主流になったり、BMWがヤンエグ風ステイタスを表したり、限定生産車が人気を博したり――最近はRVというところか――この場合、新車は明らかに本来の使用価値を超えた〈なにものか〉である。
この超えている要素が、社会的な意味づけにほかならない。勲章や金メダルがなんの使用価値もないのに、人びとが必死に追い求め、また賞賛するのは、その物質にポジティブな社会的意味が付与されているからで、それと同じ構造である。消費社会の大きな特徴は、それが特殊な商品だけでなく、あらゆる商品――このなかにはモノだけでなくサービスも入る――に、こうした社会的意味が備わっているということである。
以上のような意味で、現代の消費は、たんにモノの使用価値を自分のものにすることにとどまらず、「記号消費」という性格の強いものになっている。
消費はもはや個人や集団の権威づけの機能だけではない
高価なモノの消費や、役にたたないモノの消費、つまり浪費が、社会的なステイタスを高めるということはよく知られている。じつはこれは現代社会特有の現象ではない。その代表的なのが、マルセル・モスが紹介した「ポトラッチ」と呼ばれる、北アメリカ・インディアンの儀礼的な贈与の風習だ。食物や貴重な財産をふんだんに消費することによって気前の良さを示す。消費すればするほど威信が高まり、競争的におこなわれる▼4。また、ヴェブレンが「誇示的消費」(conspicuous consumption)と呼んだ、有閑階級(leisure class)特有の消費の仕方も同様である。すなわち豪華な供宴や邸宅・庭園・スポーツ・高級な趣味などは有閑階級の客観的証明の機能を果たす。大学の古典研究と一般教養科目の重視もその一環である▼5。
ところが、現代の消費は、もちろんこうした「誇示的消費」という要素はあるけれども、特定の階級に限定されるのではなく、社会全体のあり方に深く関わっており、むしろ無意識なレベルで、しかも構造的であるところに特徴がある。「もっと自分らしいモノ」「もっと個性的なモノ」「もっとオリジナルなモノ」というように、「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団への帰属を示すために、あるいはより高い地位の集団をめざして自己の集団から抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している▼6。」つまり「個性化/差異化」という構造的論理が存在し、それが生産のシステムと連動しているところに、現代を「消費社会」ととらえる理由がある▼7。
消費は言語活動である
自分を他者と区別する記号としてモノを消費する、記号としてのモノ、ということは、とりもなおなず、消費が一種の言語活動、すなわち一種のコミュニケーションであることを示している。
そのさい重要なのは、モノにまつわる意味である。この意味はそれぞれのコードにもとづいて意味づけされている。たとえば、九〇年代前半において四駆は、営林署の業務用自動車といった古いコードのなかで意味づけられているのではなく、都市型のアウトドア的ライフスタイルのコードにおいて意味づけられている。コミュニケーションとしての記号消費によって自己を効果的に個性化=差異化するためには、このように変動する意味づけのコードをたえず学習しなければならない。ボードリヤールはこれを「日常的ルシクラージュ(再教育・再学習)」(recyclage)と呼ぶ▼8。「消費社会、それはまた消費の仕方を学習する社会、消費についての社会的訓練をする社会でもある」というわけだ▼9。
最新の情報をキャッチし、シーズンごとにファッションをとりかえ、車検のたびに新車に乗り換えることは、消費社会の市民の義務である▼10。そして、このようなコードのレベルでの競争的協同を無意識的に受け入れるよう諸個人を訓練することによって、つまり人びとをゲームの規則に参加させることによって、消費は社会統合をひきうけるイデオロギーの役割を果たすとボードリヤールはいう▼11。
すでに紹介した大塚英志は「ビックリマンチョコ」を買う子どもたちを考古学者や歴史学者にたとえている▼12。今日「買い物は学問に似ている」というべきなのである▼13。このような日常的な再学習すなわちルシクラージュの達人をわたしたちは「高感度人間」とか「感性エリート」などと呼ぶ▼14。かれらは、消費社会における意味づけのコードを察知し変更し創造するナビゲーターである。
このような先端的な人でなくても、消費が組織原理となった社会においては、多くの人びとにとって消費は「商品との対話を通じた一種の自己探求の行動」となっている▼15。人びとは、ファッションはもちろん、インテリアや「こだわりグッズ」など、コミュニケーションとして消費を操作することによって、アイデンティティの微調整をおこなう。上野千鶴子はそれを「〈私〉探しゲーム」と呼んだことがある▼16。消費者は消費によって一種のアイデンティティ操作をおこなうのである。これがアイデンティティ形成の新しい形といえそうである。
▼1 ジャン・ボードリヤール、今村仁司・塚原史訳『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店一九七九年)。
▼2 前掲訳書一二一ページ。
▼3 前掲訳書九三ページ。
▼4 マルセル・モース「贈与論」有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学I』(弘文堂一九七三年)。
▼5 ヴェブレン、小原敬士訳『有閑階級の理論』(岩波文庫一九六一年)。最近は「見せびらかしの消費」と訳されることも多い。
▼6 ボードリヤール、前掲訳書六八ページ。
▼7 この場合、人びとの消費への欲求には限界がない。つまり「欲求とはけっしてある特定のモノヘの欲求ではなくて、差異への欲求(社会的な意味への欲望)であることを認めるなら、完全な満足などというものは存在しない」ということになる。ボードリヤール、前掲訳書九五ページ。
▼8 前掲訳書一一四ページ。社会学を勉強しようと思わない人でも、せっせと雑誌を買っていつも学習をおこたらない分野をもっているものである。それは、たとえばクルマであり、オーディオであり、ファッションであり、スポーツであり、インテリアであり、自然食品、コンサート情報であったりする。それぞれが、好きな領域についてルシクラージュしているわけだ。
▼9 前掲訳書一〇一ページ。
▼10 前掲訳書一三五ページ。
▼11 前掲訳書一二三ページ。
▼12 大塚英志、前掲書五一ページ。
▼13 高田公理『都市を遊ぶ』(講談社現代新書一九八六年)九〇ページ以下。
▼14 このような人たちについてのすぐれた分析として、成田康昭『「高感度人間」を解読する』(講談社現代新書一九八六年)。
▼15 山崎正和『柔らかい個人主義の誕生――消費社会の美学』(中公文庫一九八七年)九七ページ。
▼16 上野千鶴子『〈私〉探しゲーム――欲望私民社会論』(筑摩書房一九八七年)。
16-3 記号論的解読-シニフィエとシニフィアン
記号論とはなにか
消費社会においてモノは一種の記号として消費される。〒というタテ一本ヨコ二本の線分の組み合わせが「郵便局」という社会的意味を表すように、たとえば4WDはハイクラスでアウトドアっぽいライフスタイルを表示しているのだ。
このようにあらゆるモノが記号性において消費されるということが、とりもなおなず消費社会の大きな特質である。ボードリヤールの表現をかりると、現代人の消費は「財とサービスの使用価値の個人的取得の論理」ではなく「社会的シニフィアン(意味をもつもの)の生産および操作の論理」にしたがっておこなわれる▼1。
さて、ここで「シニフィアン」ということばがでてきたが、前節の話を位置づける上で基礎となることばであるから、構図がつかめるよう説明しておこう。
言語学の新しい段階を築いたソシュールという言語学者がいる。ソシュールは二十世紀初頭の講義のなかで「記号論」または「記号学」という学問を提唱し、これが隔世遺伝のように戦後の社会学や人類学や精神分析学や思想に大きな影響をあたえることになる。この影響はとりわけフランスで大きく、ボードリヤールもその影響のもとに、記号論の用語を駆使して消費社会を分析したわけである▼2。
シニフィアンとシニフィエ
さて記号論によると、記号[シーニュ](signe)はふたつの要素に分けられる。「意味するもの」[シニフィアン]と「意味されるもの」[シニフィエ]である。シニフィアン(signifiant)は記号の形態のことである。といっても言語のことばかりではない。しぐさをはじめとして音楽・絵画・映画・テレビ・ファッション・建築・機械・道具などあらゆる文化現象がシニフィアンたりうる。
それに対してシニフィエ(signifie)とは記号の意味であり概念内容のことである。たとえば一枚の白地の布の中央に赤い円が染められていれば、それがシニフィアンであり、これを「日の丸」と呼び「日本国の国旗である」とすれば、それがシニフィエである。しかし、それが「旧日本帝国」を象徴するものと感じる場合、それはもうひとつのシニフィエである。「国旗」という表層の意味を「デノテーション」(denotation)といい、「旧日本帝国」という深層の意味を「コノテーション」(conotation)という。前者を「外示的意義」もしくは「明示的意味」と訳し、後者を「内示的意義」もしくは「伴示的意味」と訳す▼3。
記号としての商品
商品としてのモノも記号としてシニフィアンとシニフィエがある。シニフィアンは、素材を一定の技術とデザインによって構成したモノである。一方、シニフィエのうちデノテーションは使用価値である。家具であれば収納能力であり、自動車であれば走行能力だ。他方、コノテーションはその商品がかもしだす新しさでありオシャレなライフスタイルであり個性やクラスなどの社会的・文化的意味である。それはほとんど気分のようなものである。売る側からいえば、これが「商品コンセプト」ということになる。
広告の機能
コノテーションはたいへんうつろいやすいものだ。濃淡もあれば分布の片寄りもある。それを意図的にはっきりと定義する、あるいはもっと巧妙に、コードそのものを定義するのが広告の役割である。そのようなコードを二項対立図式としてあらわすと、たとえば〈トレンディ・新鮮-古くさい〉〈ヤング-アダルト〉〈モダン-トラディショナル〉〈洗練-下品〉〈本物-まがいもの・コピー〉〈おもしろい-平凡〉〈アウトドア・スポーティ-おたくっぽい〉〈多機能-シンプル〉〈ハイクラス-カジュアル〉〈ナチュラル-わざとらしい〉〈オシャレ-ダサイ〉〈プロフェッショナル-シロウトくさい〉〈プレーン-凝った〉〈エスニック-モダン〉〈環境にやさしい・エコロジカル-化学的汚染〉といったことである。かならずしも反対概念でないものが対概念になっているところがミソであるが、これらのさまざまな差異化コードを広告は操作的に定義しようとするのである▼5。
記号としての広告作品は、コピーと映像などをシニフィアンとし、練り上げられた広告コンセプトをシニフィエとする。デノテーションは商品情報、コノテーションは感性イメージである。この感性イメージを集積していくことによって、差異化のコードをつくりあげていくわけだ▼6。
差異化のコード
こうした記号論的解読によって、ことばだけではなくて、さまざまなモノや文化現象を統一的に分析できるようになった。とくに問題なのは、すでに明らかなようにシニフィエのうちのコノテーションである。
このコノテーションは絶対的なものではない。そのつど拘束力はあるが、うつろいやすく、いつでも変わりうるものだ。コノテーションを決めるのは社会的あるいは文化的なコードである。コードとは規則のことであるが、文法といってもいい。つまり、無意識に了解され慣習化された規則=文法のようなものである。
この差異化の社会的コードを左右するのは、広い意味での教養でありマス・コミュニケーションであり消費社会全体であって、個人では勝手に左右することはできない。その意味で完全に社会によって規定されているといってよい。もし、このコードを変更したいと思えば、かなり潤沢な資金と周到な準備によってキャンペーンを張らなければならない。この消費社会において広告が過剰なほどに生産されるのは、この社会的コードをクライアントにとって都合の良い方向に修正するためであるし、イメージ広告とか文化事業がクライアントにとってプラスになるのは、それがシニフィエとくにコノテーションのコード自体に作用するからである。
最近、このようなコードの変更に成功したのは「競馬」である。競馬に行くという消費行為がオシャレかなと思えるようになったのは最近のことだ。しかし、このコードの転換には、長年にわたる中央競馬会(現在のJRA)側の努力があったわけだし、それが実るためには、「お嬢様ブーム」とか「おやじギャルブーム」とか「若い女性のゴルフブーム」などを経なければならなかった。つまり、これらのブームが促進した「ファッショナブルな領域の拡大化」とか「若い女性にとってタブーな場所への進出」とか「トラディショナルな領域の再評価」というコードの変化があって、ギャンブルのファッション化・ギャンブルの情報ゲーム化がはじめて可能になったと考えられる。ただキャンペーンとか広告すればすむというわけにはいかないのである▼7。
たとえば、主婦向けに販売されたスクーターが意外にも若者にはやったり、パソコン使用者の二台目のパーソナル・ユースをターゲットにした「ダイナブック」にはじまるノートブックパソコンが、ワープロにあきたらなくなったパソコン未経験者に受け入れられたりすることがある。このように、メーカーの想定したユーザー像と異なる人びとに受け入れられることは多い。つまり、消費者側でコードが変更される現象がしばしば生じる。その意味で広告万能論は適切ではない。送り手・受け手の共犯――社会学的にいうと「相互作用」――によって差異化のコードは定義され修正されると考えるべきだろう。
ただ、ボードリヤールのいうように、「広告はモノを出来事(イベント)にしてしまう」作用があり▼8、しかも「メッセージを解読しつつ、メッセージが組みこまれているコードヘの自動的同化を強制されている」点で、強力な機能を果たしていることはたしかであろう▼9。いずれにしても、広告の場合、内容が真実か誇大かどうかはあまり問題ではないといえる▼10。
▼1 ボードリヤール、前掲訳書、六七ページ。
▼2 フランスの記号論研究のメインストリームをつくったのはロラン・バルトであり、かれの業績なしに消費社会論の展開はなかっただろう。代表的な著作としてロラン・バルト、佐藤信夫訳『モードの体系』(みすず書房一九七二年)。
▼3 記号論のスタンダードな解説としては、ギロー、佐藤信夫訳『記号論』(クセジュ文庫一九七二年)。またわかりやすい入門書として、星野克美『消費の記号論――文化の逆転現象を解く』(講談社現代新書一九八五年)。この本は本節を組み立てるにあたり参照したが、そのわかりやすい説明と現代的展開には学ぶことが多かった。
▼4 前掲書。
▼5 以上の二項対立図式のうち、一方だけがプラスとみなされるとはかぎらない。たとえば、多機能志向とシンプル志向は、いずれもそれなりの層にプラスと位置づけられている。なお、これらのうち、時系列的に差異化しようとするトレンディ志向は、一九六〇年代後半の対抗文化[カウンター・カルチャー]の爆発以来ずっと消費社会の底流をなしている「ナウ」志向のひとつの現象形態である。稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)。稲増龍夫『フリッパーズ・テレビ――TV文化の近未来形』(筑摩書房一九九一年)。短く要点をついたものとして、稲増龍夫「『トレンド』という名の『個性化』ゲーム」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。また、消費者のさまざまな志向性を細かく分析したものの一例として、少し古いが、電通マーケティング戦略研究会編『感性消費 理性消費――消費市場のニュートレンドをつかめ』(日本経済新聞社一九八五年)を参照のこと。
▼6 星野克美、前掲書。
▼7 もちろん、このほかに「武豊ブーム」による騎手のアイドル化と、動物による競技である点、それにくわえて「オグリキャップ人気」などがプラスに作用したことはまちがいない。それは競艇とくらべてみれば一目瞭然である。
▼8 ボードリヤール、前掲訳書一八三ぺージ。
▼9 前掲訳書一八○ページ。
▼10 広告の記号論的解読についてくわしく知りたい場合は、ジリアン・ダイヤー、佐藤毅監訳『広告コミュニケーション――広告現象を解読する』(紀伊國屋書店一九八五年)。
16-4 都市の劇場空間化
都市空間の記号性
このようにみてくると、空間でさえ記号性を帯びているということは、容易に想像できる。日本も成熟した消費社会になって、建築物や都市計画なども機能一点張りでは立ちゆかなくなってきた。建築学の分野でポストモダンといわれる運動がさかんなのも、機能的なデノテーションよりも、意味的なコノテーションの方が重要な課題になってきたからである。
消費社会でなくても都市空間がその記号性をあらわに示すときはある。たとえば中世のかけ込み寺は、いったんそこに逃げこめば、すべての関係から自由でいられる。罪人や離婚希望の女性たちはそこに逃げこんでこの世の〈縁〉を切ったのである。これを「無縁」という▼1。西欧でも教会がこの役目を果たしている。たとえばポーランドの「連帯」が非合法化されたとき、運動家たちは警察の手から逃れるためにしばしば教会に逃げこんだ。教会のなかまでは警察は立ち入ることができなかったからだ。このような場所を「アジール」(聖域・避難所)という。
このように、かつて都市空間に記号性をあたえたのは宗教だった。これは今日でもある程度は該当することだろう。東京近郊の老人にとっての巣鴨の「とげぬき地蔵」のにぎわいや、かつてロラン・バルトが「空虚な中心」と名づけたシンボリックな空間としての皇居――超一等地にあるのにだれも開発しようとはいわない――などはこの線で理解できるし、祭によって身近な場所が祝祭空間として出現する場合もやはり宗教性が関係している。
しかし、今日、都心周辺および地方の十代にとって「竹下通り」「代々木公園」「渋谷」の意味、中年女性にとっての「デパート」や「美術館」のもつ意味、多くの若い女性にとっての「東京ディズニーランド」や「六本木」「青山」「代官山」の意味を考えるまでもなく、あきらかに現代都市空間の記号性は、宗教とはまったく無縁な新しい記号性である。その新しさを一言でいうと、演技のメディアとして都市空間が利用されているということだ。つまり、都市空間の〈劇場空間〉化である▼2。
〈舞台=劇場空間〉としての都市空間の演出
たんなる入場者を「ゲスト」としてあつかうディズニーランドとその舞浜周辺のシティホテルは、典型的な劇場空間としてデザインされている。また、ディスコやフリースペースのコンセプトづくりから内装や仕掛けなどをデザインする空間プロデューサーといわれる人たちは、そのスペースを劇場空間としてシニフィエを付加する▼3。デパートが美術館を整備し、そこでちょっとマイナーな知る人ぞ知るといった類のアーティストの展覧会をしたりミニ劇場を設置するのも、ひとえに記号性を高める工夫である。デパートの場合、高級品志向がコンセプトの中心となるので、ヨーロッパ的伝統文化や教養を差異化のコードとして採用することが多かった▼4。また昨今は祭やイベントがさかんに開催され、一方ではシティマラソンが企画されて、都市そのものが広告媒体となる場合もある。
さらに、こうした店舗の内部だけでなく、外部の街そのものを劇場空間化する試みもしばしばなされる。その最初の試みは、いまのセゾングループによる「渋谷パルコ」の試みである▼5。「渋谷パルコ」が開店したのは一九七三年、ちょうど本書の多くの読者が生まれたころである。日本が本格的な消費社会へ離陸するのも、このころである。
渋谷駅から五〇〇メートルも離れた、しかも街はずれの坂道上にある貸しビル業「パルコ」がしたことは、パルコそのものをホテルのような劇場空間にするとともに、パルコヘアブローチできる付近の路地・坂道の活性化、つまり路地や坂道に「絵に描いたような」名前をつけ整備して新たな名所にしてしまうことだった。まず、かつて「区役所通り」と呼ばれていた通りを「公園通り」に変えた。「公園通り」の「公園」とは「パルコ」[イタリア語]のことであり、歩道を広げ街灯を取りつけ、ストリート全体を整備し続け、特殊な都市空間=劇場空間を演出した。パルコのオープニング・キャンペーンのコピーは「すれちがう人が美しい――渋谷=公園通り」だったが、ねらいは明確に「劇場空間化」にあったといえる。
このほかスペイン通りやオルガン坂・サンドイッチロード・アクターズストリートなどがそれぞれ記号性を変えて演出される。さらに有料駐車場や建設工事中の仕切の壁にウォールペイントを採用するといった、たんなる野外広告を越えた芸の細かい演出がとぎれることなくなされた。
記号性を帯びた空間は、必然的にそこを通る人びとを〈演技者〉にする。見るだけでなく見られる場所。そこは「ファッションを売る場所」であるだけでなく、「ファッションを着ていく場所」でもあるのだ。視線の交わしあい=まなざしの交錯が快感である人は何度もそこを訪れるだろうし、それが不快な人(見方を変えれば、場ちがいな人)はそこを避けるだろう▼6。現代の都市生活とは、TPOにあわせて空間選択することだから、そこは本当にパルコの望むファッショナブルな人たちとその予備軍(つまり子どもたち)だけの場所になる。高感度な人間が集まれば、おのずと記号性すなわちコノテーションの自律的運動がはじまる▼7。
こうして現代型都市空間は〈演じる〉場として特権的に存在するようになる▼8。この役割演技=パフォーマンスはどのような性質をもつのか、吉見俊哉はつぎのように分析している。「そこでは〈演じる〉こと自体のなかで演じる者の個性が発見されていくのではなく、すでにその意味を予定された『個性』を〈演じる〉ことによって確認していくという意味で、〈演じる〉ことはアリバイ的である。一方では、演じる主体としての『私』が個別化された私生活のなかに保護され、他方では、演じられる対象としての私の『個性』が都市の提供する舞台装置や台本によって保証される、そうした二重の機制が、人びとの関係性を様々な生活場面で媒介していくために、ひとは、『個性』を選択することが個性的であることを証明し、『私の世界』をもっことが自己のアイデンティティを証明することでもあるかのように感覚していくのだ▼9。」消費社会の自我像は、たしかにこのような特質をもつものかもしれない。
物語マーケティング/シーン消費
劇場空間化はいまやマーケティング戦略の基本となり、都市再開発の定番にすらなった観があるが、劇場空間化の延長上にあるものとして「物語マーケティング」に注目しておきたい▼10。福田敏彦によると、「物語マーケティング」は、たとえば、テレビゲームのRPG(ロールプレイングゲーム)のように直接物語を売るもの、「ビックリマンチョコ」のように背景に物語が潜んでいるもの、サンリオなどのキャラクター商品、ビール「冬物語」のようにネーミングで物語を使用したもの、からくり時計のようにプロダクトデザインが物語性をもつものなどがすでに人気を集めたが、「東京ディズニーランド」や「サンリオピューロランド」のようなテーマパーク、物語性をもった店舗空間、おなじみの物語型広告などがある▼11。これらは結局、現代型消費に見合った売り方のひとつの方向であろうが、じっさいニュースでさえ一種の物語消費的な色彩で受容される今日▼12、しばらくは〈物語〉の線上で展開されると思われる▼13。今後の動向を見守っていきたい。
▼1 網野善彦『増補 無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和』(平凡社選書一九八七年)。
▼2 星野克美、前掲書。
▼3 大塚英志、前掲書五三ページ以下。
▼4 デパートのこの側面については、上野千鶴子、前掲書「VI百貨店――都市空間の記号学」がおもしろい。
▼5 増田通二監修、アクロス編集室編著『パルコの宣伝戦略』(PARCO出版一九八四年)。
▼6 この戦略をマーケティングでは「セグメンテーション」という。
▼7 現在では、本家の西武とくにロフト付近や丸井、そしてもともと渋谷が地元の東急ブンカムラによって、渋谷はかなりまんべんなく人びとの循環するめぐりのよい街になっている。博報堂生活総合研究所『タウン・ウォッチング――時代の「空気」を街から読む』(PHP研究所一九八五年)。ちなみにこの本によると、カメラの新宿西口とかスキーのお茶の水などでは、若い人たちはほとんど循環しないでまっすぐお店に行ってまっすぐ帰ってくるという動脈型の流れになっていて、人びとの滞在時間も短い。ここでは特定の店、特定の商品にポイントがあるにすぎず、街全体にあるわけではない。ということは街全体は潤わないということだ。その点、路地裏や街はずれまで若者が循環する渋谷は、滞在時間が長く、結局商売になる。
▼8 この場合の「現代型都市空間」とは、基本的に「原宿・青山・渋谷のつくる空間的な三極構造」を理念型にしている。中野収「増殖する都市――多元的宇宙・東京」『現代思想』一九八三年七月号。すなわち、極度の人工性を特徴とする「意味ベクトルが零になる空間」である。中野収『東京現象』(リクルート出版一九八九年)一六-三五ページ。
▼9 吉見俊哉『都市のドラマトゥルギ――東京・盛り場の社会史』(弘文堂一九八七年)三四八-三四九ページ。
▼10 福田敏彦『物語マーケティング』(竹内書房新社一九九〇年)。福田は社会学出身の電通ディレクター。なお、これより広い概念として「シーン消費」が数年前に提案されている。「シーン消費」とは、商品が、それを使用するシーンとTPOごと消費者に選択される事態をさす。電通マーケティング戦略研究会編、前掲書参照。
▼11 福田敏彦、前掲書二九-五九ページ。
▼12 山口昌男は、ニュースが物語性を前提とし、しかも物語をはみだす部分が新しいモノとして差異化され消費されるとのべている。山口昌男『流行論』(朝日出版社一九八四年)五一-五五ページ。
▼13 大塚英志は、生産者たる「常民」に対して、消費者たる「少女」を対置して、その独特の文化の生態をこまかく描いているが、そのなかで宗教的なものへの傾斜を指摘しているのが興味深い。大塚英志『少女民俗学――世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(カッパサイエンス一九八九年)。たしかに物語消費のさらなる延長線上にあるのは宗教なのである。大塚英志『物語消費論』二〇五-二一八ぺージ参照。
増補
消費社会の変容
この分野、九〇年代になって研究も冷え込んでいる。しかしマーケティング系の議論が静かになった分、冷静に社会学的研究ができるようになったといえなくもない。
八〇年代までの消費社会をまとめたものとして、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)、宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)。とくに後の本はマニアックなので、ある程度素材に精通していないと読破はむりかもしれない。文化研究は素材に精通することが第一条件である。
九〇年代の消費社会の変容に焦点を絞ったものとしては、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)と、宮台真司『世紀末の作法――終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』(メディアファクトリー一九九七年)をあげておきたい。CM論については、内田隆三『テレビCMを読み解く』(講談社現代新書一九九七年)が高度な議論を展開している。消費社会をマクロに現代社会論のなかに位置づけなおしたものとしては、見田宗介『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書一九九六年)。
サブカルチャーの内在的理解のために
社会学者は消費文化として総括してしまうけれども、文化現象はそれぞれ奥が深いものであり、ディテールに分け入ってみて初めて内実を理解できるものである。したがって、この種の研究には大量のモノグラフ的な資料にあたる必要がある。それができないときは、それぞれの世界を生きてきた人たちの自己分析に謙虚に耳を傾けていくべきだろう。
そのようなものとして、コミック系では夏目房之介の仕事に注目してほしい。たとえば、夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか――その表現と文法』(NHKライブラリー一九九七年)。ペンによっていかに表情が変わるか、コマ構成の文法、「オノマトペ」の効果など、マンガ表現の内在的ロジックにふれることができる。
アニメやゲームなどのいわゆる「オタク文化」については岡田斗司夫の一連の仕事が有名。岡田斗司夫『オタク学入門』(太田出版一九九六年)と岡田斗司夫『東大オタク学講座』(講談社一九九七年)。該博な知識に圧倒される。
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4月 12017

社会学感覚11 マス・コミュニケーション論

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社会学感覚
11 マス・コミュニケーション論
11-1 コミュニケーション・メディア
メディアとはなにか
コミュニケーションにはなんらかのメディアが不可欠である。メディア(media)は「媒介するもの」の意味で「媒体」と訳される。
たとえば、対話においては話しことばが主要なメディアであり、ノンヴァーバルな側面に注目すると、人間の身体がコミュニケーションのメディアである。しかし、現代人は自分の身体をメディアとしてのみコミュニケートするわけではない。さまざまな人工的・技術的な手段を媒介にして複雑なコミュニケーションを展開する。それはたとえば楽器であり新聞であり雑誌でありテレビでありラジオであり電話でありマンガや写真やパソコン通信であったりする。
これらのメディアはそれぞれ独自の特性をもっており、それがコミュニケーションの内容を規定する。たとえば、同じ友人との対話でも、喫茶店でのおしゃべりと深夜の電話でのおしゃべりがおのずとちがったものになるように、また大学教授の講義が同じ教授の書いたテキストとは相当異なる印象をあたえるように、メディア特性という「形式」がしばしばコミュニケーションの「内容」を規定する。その意味で、マーシャル・マクルーハンのいうように「メディアはメッセージ」なのである▼1。
メディア特性
いくつかの代表的なコミュニケーション・メディアの特性をおもに日本のメディア状況のなかで概観してみよう▼2。
(1)書籍――グーテンベルクの発明した印刷技術にもとづく活字メディア。基本的に多品種・少生産であり、それが受容される過程である読書行為[多くは黙読]」はプライベートにおこなわれる。「読書とは、文字から読み取る意味を読者がイメージとして具体化し、そのイメージに自ら反応する行為」である▼3。したがって読者には一定のリテラシー[知識や想像力や能動性]が要求される一方、内容は一般的なものからごく特殊なもの・高度なものまで乗せることができる。
(2)新聞――定期的[毎日]かつ大量に提供され、世論形成と密接な関係をもつ公共性の高い活字メディア。もともと党派性・政治性の強いメディアであったが、商業性との関連で現在は「客観報道主義」を掲げる。一般に信頼性[メディアとしての権威]は高い。一種の情報パッケージとして、いつでも接触できる。経済性にすぐれ、宅配制によって確実に読者に到達する。また、ななめ読みや見出しの効果によって短時間に内容を把握できる一覧性にもすぐれている。広告以外のすべての紙面が原則的にジャーナリズムを目的とする。
(3)映画――コンサートのように観覧の時間と空間が限定され、劇場で集合的かつ集中的に鑑賞される映像メディア。その意味で非日常性をともなう。芸術性・訴求力にすぐれるが、テレビやビデオといったメディアに乗せられた場合は「日常化」をまぬかれない。
(4)ラジオ――かつての高い公共的性格が弱まりプライベートな性格を強めつつある放送メディア。純粋に音声だけなので仕事場や自動車・若者の個室などで〈ながら〉的に聴取されることが多い。目下多局化が進行中のFMは、高い音質によって音楽文化の成熟と密接に連動している。
(5)テレビ――日本では「視聴率一パーセント百万人」といわれるほど多数の受け手が存在する放送メディア。高度な技術と資本が必要で、しかも国家による統制が強い。日本人のメディア接触率のトップ。視聴についての特殊なリテラシーを要求されない。視聴覚を駆使し反復することによって視聴者に強いインパクトをあたえることが可能。速報性と臨場性にすぐれる。
(6)電話――音声による日常的な双方向メディア。もっぱら音声によるために、電話コミュニケーションはどちらかがかならずしゃべっていなければならない。これは掟のようなもので、その点で電話は「一瞬たりとも沈黙を許さないメディア▼4」である。また日常的な実用的双方向メディアという点で、今後のコミュニケーションのあり方を考える上でもっとも重視すべきモデルは、新聞でもテレビでもなく、おそらく電話だと思われる。というのも、一九八五年の電電公社の民営化による電気通信の自由化によって本格的な「ニューメディア」時代が到来し、双方向コミュニケーションが身近になったからである。
(7)情報通信ネットワーク――すでに企業組織などの中間的コミュニケーションにおいて重要な役割を担っている電子通信メディア。本質的に双方向的であり、事実上〈送り手-受け手〉図式は妥当しない。〈ホスト-端末〉というべきか。当然「コンピュータ」と「情報」がこのメディアのキーワードとなる▼5。
メディア特性というものはもともと歴史的なものであり、ハードウェアによって一義的に決まるわけではない。他のメディアとの関係もそのメディア特性を規定することを忘れてはならない。たとえば、ラジオがプライベートなメディアとしての特性をもちはじめたのはテレビの普及のためだった▼6。そして現在では今度はテレビがビデオソフト・テレビゲーム・CATVなどによってブラウン管を占領されつつあり、テレビ局の用意した既成の番組を一家団らんで観るといった構図がくずれつつあるのは周知の事実である。また、かつては緊急の知らせに使われた電報は、現在慶弔専用メディアといってよい使用状況にある。
わたしたちは日常生活においてこのようなメディア特性をあまり意識しないで利用しているが、キャンペーンや広告にたずさわる人びとはメディア特性に対してきわめて慎重に考慮している。たとえば、高感度な若者を対象にするときは民放FMを使い、ある特定の興味をもつ人びとを対象にするときは専門性の高い雑誌を使うとか、企業理念を詳しく伝えたいときは信頼性の高い新聞に全面広告を掲載するとか、一般世帯向け商品であれば複数メディアで集中的に広告する「メディアミックス」という技法を採用するといったぐあいだ。
マス・コミュニケーションの特質
一般に「マスコミ」と呼ばれるマス・コミュニケーション(mass communication)とは、書籍・新聞・雑誌・CD・映画・ラジオ・テレビ・ビデオなどのマス・メディアを媒介したコミュニケーションのことである。
マス・メディアと総称しても、活字メディア・音声メディア・映像メディアと内実はさまざまである。しかし、それらにはおおよそつぎのような質的な特殊性――パーソナル・コミュニケーションならびに中間的コミュニケーションとの質的な差異――がともなうという点で共通点がある。
(1)特殊かつ複雑な技術と法的規制が介在するため、コミュニケーションの始発者[送り手]は、個人ではなく、専門的にこれをおこなう特定の組織であること。
(2)他方、受け手(audience)となるのは、不特定多数で匿名的かつ非組織的な「大衆」(mass)である。一定の代価・契約・装置といった基本条件を備えさすれば、原則的にだれでも受け手となることができる公開性をもつ。
(3)送り手と受け手の役割は固定されており、原則的に役割交換されることはない。このため、そこでおこなわれるコミュニケーションはその本質である相互作用性が後景に退き、一方向的となる。
(4)コミュニケーションの内容は、使用価値・交換価値をもつ「商品」として流通する。そのさい、送り手は商品の「生産者」であり、受け手は商品の「消費者」である。
マスコミ研究の諸分野
マス・コミュニケーションを研究する分野を通例「マスコミ論」と呼ぶ。これは大きく分けると「新聞」「放送」「出版」「広告」のメディア別に研究されることが多い。その一方で、マス・コミュニケーション過程では〈送り手-受け手〉図式が明確なために、送り手に関する研究と受け手に関する研究とにも分けることができる。前者を「伝達過程論」、後者を「受容過程論」という▼7。本章では、オーディエンスとしてのわたしたち自身の姿を認識するために受容過程論を中心に説明しよう。伝達過程論については「ジャーナリズム論」として次章で説明することにする。
▼1 マーシャル・マクルーハン、後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理――メディアの理解』(竹内書房新社一九六七年)。この本は最近別の翻訳でも読めるようになった。栗原裕・河本伸聖訳『メディア論』(みすず書房一九八七年)。マクルーハンは六〇年代後半ブームになったことがあるものの、その後しばらく注目されなかった。ところが最近になってメディアそのもののもつ効果に注目する研究がさかんになり、先駆的な業績として再評価されている。
▼2 マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論(新曜社一九八五年)第一章参照。とくに二四-二五ページの表に注目。マクルーハンの課題意識を受けて現代的なメディア論を展開したものとして、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)。電話・オーディオ・写真・テレビ・ペン・活字をとりあげている。現代のメディア状況をとらえるうえで多くの示唆をあたえてくれる。
▼3 渡辺潤、前掲書一八五ページ。
▼4 渡辺潤、前掲書四一ページ。なお渡辺は電話が疑似的性関係をつくりだすことも指摘していて興味深い。
▼5 この分野については多くのビジネス書が洪水のようにあふれていて戸惑うが、社会学の見地からこの分野をコミュニケーション論として展開した信頼しうる研究として、新睦人『情報社会をみる眼――コンピュータ革命のゆくえ』(有斐閣一九八三年)。
▼6 この点については室井尚『メディアの戦争機械――文化のインターフェース』(新曜社一九八八年)が興味ある考え方を提示している。「VIインターフェースの時代」を参照。
▼7 マスコミ論についての入門書は多いが、もっとも網羅的で信頼性の高いものとして、竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』(有斐閣一九八二年)。また、マクウェール、前掲訳書もスタンダードなもの。
11-2 マス・メディアの影響
マス・メディアの影響は絶大か?
マスコミ論の大問題は「マス・メディアの影響」の問題である。マス・コミュニケーションは〈送り手-受け手〉の役割が固定した一方向的なコミュニケーションである。それだけに送り手と受け手のあいだの非対称的関係の実態が問題となるわけである。
この問題についての社会学的研究はかれこれ七十年以上つづけられているが、じつはその結論はこれまで二転三転してきた。そのおもな原因は、第一にマス・メディアの発達が著しいスピードで進んだことである。二十世紀は「マス・メディアの時代」である。レコードが大量生産されラジオ放送が開始されテレビが生まれたのは他ならぬ二十世紀である。研究はその足跡を後追いするのに精一杯だった。第二に、マス・コミュニケーションにおいて送り手の存在は明確だが、受け手の方はあまりに大量かつ多様であり、これを科学的に観察・調査するのはたいへんにむずかしいからである。なによりも費用がかかる。それにドラスティックな結論がなかなかえられないのである。
というわけで「マス・メディアの影響」は自明なようにみえて、じつはなかなかの難問なのであるが、そのおおよその結論はメディア状況に応じて、つぎのように変化してきた。
(1)強力効果説→(2)限定効果説→(3)複合影響説
強力効果説[弾丸理論・皮下注射効果モデル]
わたしたちはマス・メディアの影響は絶大であると考える。これは「常識」である。なぜならわたしたちはマス・メディアがなければ世界のできごとばかりでなく身近な地域のできごとさえ知ることができないからである。裏を返すと、わたしたちはそれほど無力な存在なのだ。
ラジオ放送が本格的に始まった一九二〇年代以来のマスコミ研究者も、その研究の初期においてそう考えた。マス・メディアの放つメッセージがピストルの弾のように人びとの心を直撃するというイメージでマス・メディアの影響を過大にとらえた。そのような考え方を「弾丸理論」(bullet theory)という。またマス・メディアの発するメッセージが直接に個人の内面に注入されるというイメージから「皮下注射効果モデル」(hypodermic effect model)とも呼ばれる。
このような強力効果説には明確な社会的背景があった。
(1)一九三三年ドイツでヒトラーのナチスが政権をとり、ラジオ・新聞・映画といった当時のマス・メディアを完全に掌握してしまうことによって、大衆の支持を確立させた。ヒトラーは当初からマス・メディアを巧みに利用していた▼1。一方、ルーズヴェルトも一九三〇年代に「炉辺談話」としてラジオを政治的に利用し一定の効果を上げていた。
(2)オーソン・ウェルズが一九三八年一〇月三〇日にCBSラジオのドラマのなかで「火星人がアメリカに侵略し光線であたりを焼き払いながらニューヨークに向かっている」と放送した。これを本当のニュースとまちがえた推定約百万人の人びとが神に祈ったり家族を助けに走ったり救急車や警察を呼んだりしてパニックになったという▼2。
(3)第二次大戦中には戦意高揚のためアメリカでもプロパガンダ[政治宣伝]がマス・メディアを駆使してさかんにおこなわれた。なかでも一九四三年九月二一日朝八時から次の日の午前二時まで、戦時国債キャンペーンのため人気女性歌手ケイト・スミスを使ってラジオのマラソン放送がおこなわれた。その結果、たった一日に三九〇〇万ドルという並外れた額の戦時国債を売り上げた▼3。
これらの歴史的事例はことごとくマス・メディアの巨大な力を証明するかのように立ちあらわれたのだった。
のちにこの考え方を修正することになるエリフ・カッツとポール・F・ラザースフェルドは、このような強力効果説の基本前提をなす論点が二点あると指摘している。第一に、マス・メディアから流れでるメッセージを受け取る人びとは何百万というバラバラな原子としてのマス=大衆であるという仮定。第二に、あらゆるメッセージが直接的かつ強力な刺激となって個々の人間に無媒介な反応をひきおこすという仮定である▼4。これは今日でも一般の人びとの常識的なマスコミ観の根底にある想定であるが、このような素朴な認識から、一方でマス・メディアを原子爆弾にたとえる見方もでてくるし――だから法律できびしく規制しなければならないという意見になる――他方で民主主義の輝ける未来を約束するものと賛美する見方もでてくることになる。
ところが、一九四〇年のアメリカ大統領選挙におけるマス・メディアの影響について実証的に調査をしてみると、強力効果説の基本前提はどうもあやしいということになってきた。つまり、受け手の人びとはバラバラな大衆でもないし、マス・メディアの発するメッセージをそのまま受け入れたりしないという結果がえられたのである。こうして素朴な強力効果説はみごとにくつがえされてしまう▼5。
限定効果説[パーソナル・インフルエンス論]
一九四〇年代なかごろから一九六〇年代あたりまで、マスコミ研究は一般常識から離れ「限定効果モデル」(limited effects model)をとるようになる。強力効果説がもっぱら観察にもとづいていたのに対して、限定効果説は大規模な実証的調査研究にもとづいていた。
限定効果説の重要な論点はつぎの三点である▼6。
(1)マス・コミュニケーションの影響は絶大なものではなく限定的な効果しかない。
(2)というのは、マス・コミュニケーションは受け手に対する効果の必要十分な要因として作用するのではなく、じっさいにはさまざまな「媒介的要因」の連鎖のなかで機能するからである。
(3)マス・コミュニケーションは、受け手の意見や態度を「変改」(conversion)させるよりは、むしろ既存の意見や態度を「補強」(reinforcement)する傾向がある▼7。
ここで重要なのは、さまざまな「媒介的要因」の再発見である。そのおもなものはつぎの三点である。
(1)選択的受容
人はだれでも、自分に都合の悪い話は聞かないようにするものだ。よしんば聞いたとしても、自分に都合のよいように解釈する。また、都合のよいことはいつまでも覚えているものだ。これはマス・コミュニケーションについても当てはまる。
説得以前の受け手の状態――たとえば性・年齢・学歴・職業・意見・態度・知的水準・信念・感情・趣味・関心など――を「先有傾向」(predispositions)というが、マス・コミュニケーションにおいて受け手は自分の先有傾向にとって好意的あるいは同質のコミュニケーション内容にふれようとする傾向がある。これを「選択的接触」(selective exposure)という。よくいわれることだが、商品の広告を一番よく注意してみている人は広告されている商品をすでに買った人である。喫煙者は肺ガンと喫煙の密接な関係について書かれた記事を読もうとしないものだ。この選択的メカニズムは「接触」だけでなく「認知」「記憶」についても働いている。これらをまとめて「選択的受容」という。これがあるためにマス・メディアの思惑はしばしばはずれるのである。
(2)準拠集団
受け手の先有傾向を規定する大きな要素は、個人が自分を関連づけている集団の規範である。個人の意見・態度・信念・関心といったことがらは、じつはそのような集団の規範にもとづいていることが多い。このように個人の態度や判断の基準となる集団を「準拠集団」(reference group)という▼8。
たとえば、ボーイスカウト活動を批判したニュースに接した少年たちのうち、ボーイスカウトを準拠集団とする少年たちはますます積極的に活動するようになったという。つまりメディアの意図とまったく逆の効果――これを「ブーメラン効果」という――になったのである▼9。一方、そうでもない少年たちには効果的に作用したという。「ボーイスカウト」の部分を自分のコミットしている特定の学校や企業や政党や宗教団体に換えてみるとわかるように、準拠集団はマス・コミュニケーションの選択的受容の基準を提供する。
(3)コミュニケーションの二段階の流れ
マス・メディアからのコミュニケーションはいきなり社会の成員を直撃するのではない。じっさいには、まずオピニオン・リーダー(opinion leader)に流れ、そしてかれらから、比較的活動的でない人びと[追随者(followers)]へ流れることが多い。オピニオン・リーダーとは、マス・メディアをより多く利用し、社交性が高く、他人に影響力をもったり、情報源やガイドとしての役割をもっているという自覚をもつ人びとのことで、マス・コミュニケーションの中継機能を果たす。投票・流行・買い物・映画など分野によってそれぞれ異なるオピニオン・リーダーが存在する。オピニオン・リーダーは情報や影響をあたえるだけでなく、みずから積極的に情報を求め、影響を受けようとする。
このさいオピニオン・リーダーから追随者への影響を「パーソナル・インフルエンス」(personal influence)というが、人びとの意見を変える力をもっているのはマス・メディアではなく、じつはオピニオン・リーダーのパーソナル・インフルエーンスなのである▼10。
以上のような媒介的要因の再発見によって「弾丸理論」は崩れ、より複雑なメカニズムが立ちあらわれた。この転換はつぎのように考えることができる。第一に、「受け手」といっても結局「社会」にほかならないということの再発見。第二に、マス・メディアの影響の「結果」とみえた現象は、じつは受け手側ですでに醸成されてきた先有傾向をマス・メディアが「補強」したものにすぎないとみなせること。つまり原因と結果が逆だったと考えることもできるわけだ。
複合影響説
限定効果説が学界で定着し終えた一九六〇年代は、同時にメディアの転換期でもあった。いうまでもなくテレビの普及がそれである。これによってマス・コミュニケーション状況が大きく変わった。それにともなって限定効果説への違和感も高まり、さまざまな異論が生じてきた。その結果、一九七〇年代なかごろあたりから、マス・メディアの影響についての学界の潮流はふたたび一転することになる。それをここでは「複合影響説」と総称することにする▼11。
複合影響説は基本的にマス・メディアの影響力を大きくとらえる。その点で初期の単純な強力効果説と軌を一にするけれども、もとのさやへもどったと考えるべきではない。むしろ、それは強力効果説と限定効果説に共通していた理論的単純志向を実証的かつ理論的に修正し相対化する洗練のプロセスととらえるべきだ。この観点から複合影響説のいくつかの研究をみてみよう▼12。
(1)ニュースの広がりのJ曲線(J-curve)
ニュースで報道された事件には広がり方の異なる三つのタイプがある。a重要性は低いが、少数の人びとには大きな意義をもつ事件。b一般の人びとが重要と認める事件。c緊急かつ重要かつ劇的な事件。類型1のような事件は、利害関心のある特定の人びとが選択的にマス・メディアから知覚し、とりわけ注目しなかったその他の人びとにパーソナル・コミュニケーションによって普及する。コミュニケーションの二段階の流れ理論が該当するわけだ。ところが、通常のニュースである類型2のような事件では、人びとはマス・メディアから情報をえてしまうと、あえて他の人に伝えたりしない。それだけの理由に乏しいからである。しかし、ケネディ暗殺事件(一九六三年)のような類型3の事件になると、メディアから情報をえた人びとも積極的に他の人びとに伝えようとする。その結果、劇的な事件ほどメディアよりもパーソナル・コミュニケーションによって知る人が多くなるという現象が生じるのである。じっさいにニュースであつかわれた事件について、ヨコ軸に事件を知った人びとの割合をとり、タテ軸にメディア以外から知った人びとの割合をとって位置づけてみると直線にはならないでJの字のようなカーブを描く。このように「二段階の流れ」は類型1と類型3には当てはまっても類型2には当てはまらないことになる。類型2は通常のニュースと考えられるから、一般に人びとはマス・メディアから直接事件を知るのである。
(2)予防接種効果(priming effect)
まったく新しい論点についてはマス・メディアは大きな能力をもつ。のちに接触するマス・コミュニケーションの先有傾向となる。また、あるニュースの受け取られ方は、直前に流されたニュースによって左右される。
(3)普及過程研究(diffusion process)
新しいアイデアを採用する過程において、早期採用者はマス・メディアのインパクトを強く受けるが、後期採用者はとくにその意思決定の終盤でパーソナル・コミュニケーションによって強く影響される。
(4)議題設定機能(agenda-setting function)
マス・メディアが政治の過程で独自の機能を果たしていることは周知の事実である。しかし、その機能が受け手を自民党支持者から社会党支持者に突如「転向」させるといったことでないのは、限定効果説の主張するところである。マス・メディアが独自の――しかも強力な――機能をもっているのは、「どう考えるべきか」ではなくて「なにを考えるべきか」に関してなのである。マス・メディアは「今なにが問題なのか」という争点=議題を設定することについては強力な影響力をもつ。そしてマス・メディアの強調の大小が人びとに問題の重要性を認知させる▼13。
(5)沈黙のらせん(spiral of silence)
多くの人びとは孤立をおそれて、意見を表明するさいに、どれが多数意見・優勢意見かを確認する。もし自分の意見が少数派・劣勢であれば、孤立を避けるために意見表明は控えてしまう。逆に多数派・優勢意見であると、意見表明の積極性が増す。そのさい、多数派か少数派か・優勢か劣勢かの判断の基準となるのがマス・メディアである。マス・メディアが特定の意見を多数派・優勢意見として提示することによって、反対意見は表明されにくくなり、そのため反対意見はますます少数派として認知されることになる。多数派はますます多数に、少数派はますます少数になる。「らせん」とはこのような相乗的累積的増幅過程をさす。マス・メディアがこのように「意見の風土」を形成するのに大きな力をもっているのは、遍在性・累積性・共振性をもっているために受け手の選択的メカニズムがうまく作用しないからである▼14。
(6)文化規範説(cultural norms theory)/培養分析(cultivation analysis)
人びとは、なにが正常でなにが認められていないかについて、映画やテレビ・ドラマなどのマス・メディアを参照する。といっても、ある特定の作品が直接影響をあたえるわけではない。マス・メディアは長期的かつ累積的かつ非意図的に人びとに行動の基準を提供するのである。その意味で、基本的に役割の学習過程である社会化に対してマス・メディアは一定の影響をおよぼしていると考えられる。一般にテレビのえがく世界は現実とは異なる相対的に独自の世界であるが、それらが徐々に人びとに共有されている価値観や観念を〈培養〉する。
視点の転換
これまで〈強力効果説→限定効果説→複合影響説〉という学説上の変化をみてきた。この変化のなかには、テレビの普及といったメディア側の要因だけでなく、いくつかの視点の転換が起こっている。
第一に、「意図的効果」から「非意図的影響」への転換がある。一般に「効果」の概念は送り手の意図がいかにうまく達成されるかという観点をふくんでいる。しかし、これはマス・コミュニケーションのさまざまな活動のうちのひとつの形式にすぎない。これまで研究者はプロパガンダやキャンペーンなどの「説得的コミュニケーション」にとらわれすぎていたようだ。強力効果説も限定効果説も、プロパガンダや説得的コミュニケーションが受け手の態度にどのような影響をあたえるかというきわめて限定的な研究――これを「キャンペーン効果」という――を「マスコミ研究」全般ととりちがえていたふしがある▼15。
第二に、「短期的」効果から「長期的・累積的」影響への転換である。強力効果説にせよ限定効果説にせよ、受け手の意見と態度の短期的変容に焦点をしぼりすぎていた。タイムスパンがきわめて短かった▼16。しかし、近年になって累積的効果が顕在化する段階を迎えたこともあり、より長期的・累積的な影響が問題となってきた。文化規範説や培養分析はその一例である。
第三に、受け手の「態度変容」から「認知」への転換である。キャンペーン効果の場合、そのキャンペーンによって人びとの態度や意見がどう変わったかに焦点が当てられていた。そのためメディアの影響力が過小評価される結果になったわけだが、議題設定機能理論にはっきり示されているように、マス・メディアは環境認知に関しては非常に大きな力をもっている。認知的側面に着目することでマス・メディアの影響の実態がより鮮明に浮かび上がってきた。
このように、マス.メディアの影響は研究が進むにつれ、ますます複合的なものとして立ちあらわれる。しかし、注意しなければならないのは、この複合性の主たる源泉は、すでにみてきたように、マス・メディアの側にあるというより、むしろ受け手の側にある。どう受け取ったか――ここでもコミュニケーションを最終的に決定するのは送り手ではなく受け手なのである。
▼1 この点については、ヒトラーの腹心の部下で宣伝大臣のゲッベルスに焦点をあてた平井正『ゲッベルス――メディア時代の政治宣伝』(中公新書一九九一年)がくわしい。
▼2 キャントリル、斉藤耕二・菊池章夫訳『火星からの侵入』(川島書店一九七一年)。
▼3 ロバート・K・マートン、柳井道夫訳『大衆説得――マス・コミュニケーションの社会心理学』(桜楓社一九七三年)。
▼4 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、竹内郁郎訳『パーソナル・インフルエンス――オピニオン・リーダーと人びとの意思決定』(培風館一九六五年)四ページ。
▼5 B・ベレルソン、P・F・ラザースフェルド、H・ゴーデット、有吉広介監訳『ピープルズ・チョイス』(芦書房一九八七年)。
▼6 限定効果説の総まとめとして、J・T・クラッパー、NHK放送学研究室訳『マス・コミュニケーションの効果』(日本放送協会一九六六年)。
▼7 「変改」ということばは、いささか奇異に思われるかもしれない。「転換」「変換」「切り換え」とも訳されることばだが、ここではむしろ「転向」とか「改宗」の意味である。たとえば共和党支持者がマス・メディアとの接触によって突然民主党支持者に転向するということはあまりないということだ。
▼8 準拠集団の特性については14-2参照。
▼9 ブーメラン効果については、ロバート・K・マートン、森東吾・森好夫・金沢実・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)四七四ページ以下参照。
▼10 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、前掲訳書。
▼11 エリーザベト・ノエル-ノイマンの問題提起以来、この新たな諸潮流を「強力効果説への回帰」と呼ぶことが多いが、本書ではあえて「複合影響説」と呼ぶことにする。その理由については後論参照。E.Noell-Neumann,Return to the Concept of Powerful Mass Media,in:Studies of Broadcasting 24.
▼12 効果研究の変遷と個々の理論については次の文献を参照した。D・マクウェール、S・ウィンダール、山中正剛・黒田勇訳『コミュニケーション・モデルズ――マス・コミ研究のために』(松籟社一九八六年)。マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論』第七章。竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』第三・第八章。林進編『コミュニケーション論』(有斐閣一九八八年)第四章。
▼13 たとえば、中曽根首相時代の一九八七年に売上税が世論を二分した。のちに消費税として成立する売上税はこのときは結局成立しなかったが、かわりに防衛費GNP1%突破が実行された。マス・メディアはこのとき――賛成であろうが反対であろうが――売上税が問題だということに集中していた。その間隙をぬってのできごとだった。あのときの中曽根首相はマス・メディアの議題設定機能に助けられた(あるいは利用した?)といえるだろう。なお、近年悪評高いリゾート法もこのとき実質的審議なしに成立したもの。この事例は「総ジャーナリズム状況」とも関係があり、12-2を参照のこと。
▼14 沈黙のらせん理論についても邦訳がでている。ノエル-ノイマン、池田謙一訳『世論形成過程の社会心理学-沈黙の螺旋理論』(ブレーン出版一九八八年)。
▼15 これには「だれが、なにを、だれに、どのチャンネルで、どのような効果をもって」という有名なラスウェル図式が「マスメディアの影響」という広範な問題領域を狭めてしまったことが理由として考えられる。H・D・ラスウェル「社会におけるコミュニケーションの構造と機能」シュラム編、学習院大学社会学研究室訳『マス・コミュニケーション』(東京創元社一九六八年)。
▼16 一九六〇年の段階でクラッパーはつぎのようにのべていた。「長期的な態度変化においてマス・コミュニケーションが演ずる役割についての客観的な研究は皆無である」と。クラッパー、前掲訳書二〇ページ。
11-3 受け手の能動性
コミュニケーションの脱物象化のために
わたしたちは「マス・メディアの影響」というと、ついメディアの側に立って考えてしまう。なぜかオーディエンスとしての視点に立てない。しかも、マス・メディアの影響力を高くみつもる一方で、自分たち受け手を無力な存在と考えてしまいがちだ。これはマス・コミュニケーションを物象化されたレベルでとらえる結果、マス・メディアを物神化してしまうことによるのであろう。それは、わたしたちがお金にならないことは価値がないと考えたり、目の前の生身の人間を役割のマリオネットとしてしかみれなかったりするのと同様である。
その意味で、ここで少し発想を転換して、〈マス・メディアが人びとになにをなすのか〉ではなく、〈人びとがマス・メディアでなにをなすのか〉について考えることにしよう。このように「送り手」の立場よりも「受け手」の立場で考えることは、脱物象化のためにも有効なことである▼1。
マス・メディアの〈利用と満足〉
マスコミ研究の一分野として「〈利用と満足〉研究」(uses and gratifications study)というのがある。これは文字通り、受け手がマス・メディアをどのように利用し、どのような満足をえているかを研究する分野である。つまり、受け手を中心にマス・コミュニケーションを分析しようとするわけだ。前節の議論とは出発点がまるでちがう。この研究系譜によると、受け手はマス・メディア[おもにテレビ]を利用することによってつぎのような充足をえているという▼2。
(1)気晴らし
a日常生活のさまざまな制約からの逃避
b解決しなければならない諸問題の重荷からの逃避
c情緒的な解放(泣いたり笑ったりしてスッキリする)
(2)人間関係
a交友関係(メディア内の登場人物との疑似的な社会関係)
b社会的効用(家族や仲間などといっしょに楽しんだり、メディアの内容について話したりする)
(3)自己確認
a個人についての準拠(自分の状況・性格・生活について番組内容に照らし合わせて自己確認する)
b現実の探究(身近な問題の対処の仕方を学ぶ)
c価値の強化(自分の考え方などが正しいということを番組内容にみつけて確認する)
(4)環境の監視 (自分にとって間接的な公共的世界のできごとを知る)
たとえば、クイズ番組の場合、「家族で」みることに意義を感じたり、知識が増えることに満足したり、出演回答者より自分の方が物知りだということを誇示することに喜びをみいだしたり、純粋に没入して興奮したり、とにかく騒々しい人の声がしていればそれでいいというケースなど、じつにさまざまな理由から人びとは番組をみるのである。キャスターと接していたくてニュース番組をみる受け手もいれば、ドラマから異性との処し方を学習する受け手もいるということだ。
つまり、受けとられ方のヴァリエーションは受け手しだいなのであって、送り手の意図とは無関係ではありえないにせよ原則的には分離している。受け手はメディアからの内容を利用するが、その現実的内容を決定するのは――つまりコミュニケヨーションの意味を決めるのは――受け手側の事情なのである▼3。前章でくわしく論じたコミュニケーションの偶発的な性格は、マス・コミュニケーションについてもいえる。
〈受け手の能動性〉対〈メディアの影響〉
マクウェールにならって〈コミュニケーションの始発者としての受け手〉〈コミュニケーションの始発点としての受容行動〉を強調しておこう▼4。しかし、かといって、マス・メディアの複合的影響が再認識される時代に、むやみに受け手を万能視するのも楽観的にすぎるだろう。では、どのように考えればいいのだろうか。
コミュニケーション論で確認したように、受け手は受動的で二次的な存在ではない。能動的にコミュニケーションの意味を構成する積極的な存在である。受け手の解釈作業なしにコミュニケーションは成立しない。したがって、マス・コミュニケーションにおいてもまた、意味を確定するのは受け手の解釈実践である。マス・メディアの提示する内容は、あくまでも受け手の文脈で理解される。これが議論の出発点である。
このような受け手に対して、マス・メディアが受け手の意見や態度を急に変えさせたり、新しい意見や行動をそっくり注入することはできない。しかし、江原由美子によると、マス・メディアは、あるひとつの〈要請〉をほぼ確実に受け手に実行させることができるという。それはほかでもない、受け手自身の「解釈作業」である▼5。「マス・メディアヘの不断の接触は、その事自体において、マス・メディアのメッセージの『解釈作業』という実践を要請するのである。この『解釈作業』は『受け手』自身の実践でありながら、それがコミュニケーション行為であるというまさにその点において、社会的規範性を帯びる。[中略]マス・メディアの影響力とは、この『受け手』の『解釈作業』という実践を不断に『呼込む』ことにおいてもっとも直接的かつ最大の力を行使する。それは個々のマス・メディアのメッセージが『受け手』に行使している影響力というよりも、マス・メディア総体とその歴史的積重なりが『受け手』の『解釈能力』に与えている影響として考えるべきである。この『受け手』の『解釈能力』の水準の変動は、『受け手』の世界認識の形を変え、その『生活世界』の構造を変化させる▼6。」
江原由美子は、このような観点から、メディアの側が受け手の解釈作業をひきだし、そのひきだされた解釈作業の解釈図式[スキーム]が受け手に強力な影響をあたえるというロジックを、テレビCMの分析から見いだしている。たしかに、この視点からすれば、〈積極的にマス・メディアの意味を構築している受け手像〉と、〈マス・メディアによって影響を受けている受け手像〉は矛盾しなくなる▼7。
そもそも人間の行為は社会的真空状態のなかでおこなわれるわけではない。かならず既存の社会構造のなかでなされる。人間はそれを一種の〈資源〉として利用しながら行為をおこなうと同時に、それらを一種の〈環境〉として反応=リアクションする。すでにかんたんにふれておいた〈構造の二重性〉である▼8。たとえば人間が役割の担い手であると同時に、役割が人間の行為の媒体であるのと同じロジックで、マス・コミュニケーションが受け手にとって解釈作業を強制する〈環境〉として作用すると同時に、受け手はマス・コミュニケーションを〈資源〉として積極的かつ主体的に利用する。
一方でマス・メディアの物神化についての悲観的なメディア観に抗し、他方で受け手の自由を楽観視し現状を肯定する情報行動論に抗するには、このような構図で理解するのが適切であるとわたしは考える。
▼1 物象化と脱物象化については2-4参照。
▼2 デニス・マクウェール、ジョイ・G・ブラムラー、ジョン・R・ブラウン「テレビ視聴者――視点の再検討」デニス・マクウェール編著、時野谷浩訳『マス・メディアの受け手分析』(誠信書房一九七九年)。なお、以下は詳細な受け手調査にもとづいて類型化されたものである。対象となった番組はホームドラマ・クイズ・ニュース・冒険ドラマである。
▼3 だからこそメディア側の人びとは受け手の「利用と満足」の実態を調査する必要に迫られる。視聴率に対する「視聴質」をさぐる試みもそのひとつである。たとえば、日本における比較的初期の研究として『番組特性(充足タイプ)調査実用化研究――充足タイプ調査は視聴率調査をどのように補完するか』(日本民間放送連盟放送研究所一九七七年)。
▼4 デニス・マクウェール、山中正剛監訳、武市英雄・松木修二郎・山田實・山中速人訳『コミュニケーションの社会学――その理論と今日的状況』(川島書店一九七九年)一九ページ。
▼5 江原由美子「『受け手』の解釈作業とマス・メディアの影響力」『新聞学評論』三七号(一九八八年)。
▼6 前掲論文六二-六三ぺージ。
▼7 前掲論文五三ページ。なお、理論的立場は異なるものの、「『主体性の契機』という受け手の選択性の存在そのものがかえって依存を強めるという正フィードバック構造」という池田謙一の指摘もこの文脈で理解することができる。池田謙一「『限定効果論』と『利用と満足研究』の今日的展開をめざして――情報行動論の観点から」『新聞学評論』三七号(一九八八年)四二ページ。
▼8 3-1ならびに9-4参照。
増補
メディア論
本編ではメディア論についてほとんど言及できなかった。本来なら一章を別個にあてるべきであったろう。
この分野はもともと学際的な領域であり、マスコミの現場出身者による研究も多く、必ずしも社会学的でない場合が多い。その中にあって「メディアの社会学」の基本テキストとして社会学的かつ新鮮な構成でつくられているものとして、吉見俊哉・水越伸『メディア論』(放送大学教育振興会一九九七年)。社会学的メディア論の仕切り直し的テキストである。基本的なデータを整理したものとしては、山本明・藤竹暁編『図説 日本のマス・コミュニケーション(第三版)』(NHKブックス一九九四年)がある。
とくに九〇年代のメディア論で注目すべきなのは、電話研究が一気に進んだことだ。この先駆けになった研究が、吉見俊哉・若林幹夫・水越伸『メディアとしての電話』(弘文堂一九九二年)。また、近年インターネット以上に急激な普及を遂げた携帯電話やPHSについては、富田英典・藤本憲一・岡田朋之・松田美佐・高広伯彦『ポケベル・ケータイ主義!』(ジャストシステム一九九七年)が先駆をきっている。
■歴史社会学的なメディア論
社会学によるメディア論のひとつの新潮流は、社会史的にメディアの歴史を記述するという手法である。この歴史社会学的手法は他の研究領域でもさかんにおこなわれているが、その一例として、桜井哲夫『TV 魔法のメディア』(ちくま新書一九九四年)がおもしろい。いつの世も新しいメディアは嫌われるのだ。吉見俊哉『「声」の資本主義――電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(講談社選書メチエ一九九五年)と水越伸『メディアの生成――アメリカ・ラジオの動態史』(同文舘出版一九九三年)も歴史社会学的なメディア論。
これら歴史社会学(社会史)的研究の眼目は、歴史化することで自明性が壊れるということにある。歴史ほど意外性をもつものはない。とくにメディア・コミュニケーションが国民国家を形成してきた側面に光が当てられているところに注目してほしい。この視角は、逆に、衛星放送やインターネットなどの新しいメディアが国民国家の枠組みと摩擦を起こしている現状を考える上で重要である。
この分野の出発点となっている古典的研究はふたつある。ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』桜井直文・林正寛・糟谷啓介訳(藤原書店一九九一年)。ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版一九九七年)。しばしば引き合いに出されるメディア論の新しい古典である。
マス・メディアの複合影響説
近年の複合影響説(一般には「新・強力効果説」と呼ばれている)については、田崎篤郎・児島和人編著『マス・コミュニケーション効果研究の展開』(北樹出版一九九二年)がコンパクトなテキスト。受け手論として最新の研究状況に基づいた論文集として、児島和人『マス・コミュニケーション受容理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。一歩突っ込んで調べるときはこちらを参照されたい。
翻訳もいくつかでている。沈黙の螺旋については、Elisabeth Noelle-Neumann『沈黙の螺旋理論――世論形成過程の社会心理学〈改訂版〉』池田謙一・安野智子訳(ブレーン出版一九九七年)。議題設定機能については、マックスウェル・マコームズ、エドナ・アインセィデル、デービッド・ウィーバー『ニュース・メディアと世論』大石裕訳(関西大学出版部一九九四年)。なお、培養分析やその対抗理論については、佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房一九九六年)がよく整理してくれている。
この文脈の議論は、電磁波の人体への影響の問題と同じく「科学的に」結論を出すのがむずかしい。「沈黙の螺旋」理論や「第三者効果」理論が示唆するように、人びとがマス・メディアの影響力を大きいと思っていること自体が、マス・メディアの影響力を大きくしてしまうという側面もあり、こうした循環的構図に対して「科学的に」つまり行動科学的に結論を出せるものなのかどうか。社会学的な吟味が必要な段階に来ていると思う。
情報操作
マス・メディアの操作性については多くの議論がある。集中豪雨的な報道の過ぎ去ったあとでマスコミ不信が募り、「あれは作為的なキャンペーンではなかったのか」と考える人も多いと思う。オウムの人びとが陰謀説を信じたように、私たちもまた陰謀説にとりつかれている。
しかし、数多くのメディアが競ってニュースを伝えている現在の状況の中で、情報操作が意図通りに成就するとは考えにくい。けれども時間を短く区切って、それが成功することはありうる。湾岸戦争のさいにホワイトハウスがやったように。佐々木伸『ホワイトハウスとメディア』(中公新書一九九二年)はホワイトハウスの歴代政権のメディア・コントロールを調べたもの。
このほかにも、川上和久『情報操作のトリック――その歴史と方法』(講談社現代新書一九九四年)、渡辺武達『テレビ――「やらせ」と「情報操作」』(三省堂選書一九九五年)、渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)がメディアの作為的な側面に焦点を当てて説明している。この論点で議論すると、つい安直な陰謀説に傾いてしまうので、上記の本をよく吟味してから議論するようにしたい。
メディア・リテラシー
九〇年代になってマスコミ研究者のあいだで急速に議論されるようになったのが「メディア・リテラシー」である。最近の大学教育で「情報リテラシー」「リテラシー教育」といえばパソコンを操作すること自体が目標になった自動車教習所的な教育をさすが、ここでいうリテラシーはもっと高度な段階をさしている。鈴木みどり編『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』(世界思想社一九九七年)によれば「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創りだす力」(八ページ)である。つまり、これまで受け手としてマス・メディアに屈してきた人びとが能動的なコミュニケーション主体として成熟することを意味しているのである。
この分野の基本書は、カナダ・オンタリオ州教育省編『メディア・リテラシー――マスメディアを読み解く』FCT(市民のテレビの会)訳(リベルタ出版一九九二年)。音楽メディアをふくめた、たいへん視野の広いメディア論になっている。オンタリオでは国語の授業の三分の一が「メディア・リテラシー」の授業にあてられており、これはそのオフィシャルな教科書である。
渡辺武達『メディア・リテラシー――情報を正しく読み解くための智恵』(ダイヤモンド社一九九七年)は、おもに月刊誌『マスコミ市民』に掲載された論考をまとめたもの。著者は九〇年代ジャーナリズム論でもっとも注目すべき研究者だが、この本もジャーナリズム論的なリテラシーを論じている。コンパクトな入門書としては、メディアリテラシー研究会(市川克美・音好宏・見城武秀・後藤繁榮・藤本浩・水越伸)『メディアリテラシー――メディアと市民をつなぐ回路』NIPPORO文庫(日本放送労働組合一九九七年)もある[ただし現時点では直販]。
「社会学的」ということにこだわるなら、D・K・デビス、S・J・バラン『マス・コミュニケーションの空間――批判的研究のパースペクティブ』山中正剛ほか訳(松籟社一九九四年)が読みやすく、視野も広い。原書のタイトルは『マス・コミュニケーションと日常生活』で、受け手のメディア利用をより自覚的にさせることをねらっている。その意味ではメディア・リテラシーに関するテキストといえるだろう。
じっさいに新聞の読み方をごく初歩的なところから説明したものとして、岸本重陳『新聞の読みかた』(岩波ジュニア新書一九九二年)と熊田亘『新聞の読み方上達法』(ほるぷ出版一九九四年)が格段にやさしく、教材としても使いやすい。いずれも高校生向けで、大学生ならさらっと読めるだろう。
もう一冊。現在のメディア・リテラシーを考える上でポイントとなるのは新聞でもパソコンでもない。それはテレビ・ニュースではないだろうか。その見方をやさしく教えてくれる邦語文献がほしいところだが、なぜか手薄なテーマになっているようだ。「日経の読み方」や「パソコンの使い方」の本が山ほど存在するのに、これは奇妙なことである。とりあえず翻訳書では、ニール・ポストマン『TVニュース 七つの大罪――なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか』石川好監修・田口惠美子訳(クレスト社一九九五年)が、わかりやすくテレビ・ニュースの「からくり」を説明してくれている。これなら高校生でも読めるだろう。
ネットワーク・コミュニケーション
パソコン通信やインターネットによるコミュニケーションを「ネットワーク・コミュニケーション」と呼ぶ。英語圏ではComputer Mediated Communicationと呼び、略してCMCといい慣わされている。英語圏では膨大な「CMCの社会学」が発表されているが、日本でも九〇年代中頃から急速に増えている。
パソコン通信については、森岡正博『意識通信――ドリーム・ナヴィゲイターの誕生』(筑摩書房一九九三年)。川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治『電子ネットワーキングの社会心理――コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』(誠信書房一九九三年)。宮田加久子『電子メディア社会』(誠信書房一九九三年)。『意識通信』は豊富なアイデアに満ちた読み物。後二者は標準的な手法で調査した研究書。
インターネット
同じCMCではあるが、インターネットはパソコン通信とかなり様相が異なる。パソコン通信がコントロールされた「組織」だとすると、インターネットは「社会」に相当するからである。インターネットには目下さまざまな問題が生起しつつあり、解決のむずかしいものも多いが、統制主体の不在(あるいは多数性)が問題の核心に存在する。
インターネットの歴史については、古瀬幸広・廣瀬克哉『インターネットが変える世界』(岩波新書一九九六年)が基本書。イリイチとの思想的関連についてなど興味深い記述が多い。マイケル・ハウベン、ロンダ・ハウベン『ネティズン――インターネット、ユースネットの歴史と社会的インパクト』井上博樹・小林統訳(中央公論社一九九七年)も同様の歴史記述。ネットに関わる人びとが現にどう考えているかに重点をおいたもので、膨大な発言の引用が特徴。このマイケル・ハウベンが「ネティズン」の命名者といわれている[公文俊平編著『ネティズンの時代』(NTT出版一九九六年)]。
インターネットの実態については、クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』倉骨彰訳(草思社一九九七年)が有名だが、ただし、あざとい邦訳タイトルがマスコミ受けして「からっぽの洞窟説」がマスコミ界で一人歩きした感がある。しかし、ストールのインターネットに対する態度は両義的で、もっと含蓄のあるものだ。
インターネットによって具体的に私たちの目の前に現出した状況をつくってきた人たちの思想をひもとく必要もある。ブッシュやエンゲルバートやネルソンといった、パソコン文化の構想者たちの基本論文が、西垣通編著訳『思想としてのパソコン』(NTT出版一九九七年)におさめられている。こうした設計思想のもつ社会学的意味を考えたい。
佐藤俊樹『ノイマンの夢・近代の欲望――情報化社会を解体する』(講談社選書メチエ一九九六年)は、「新しいメディアが社会を変える」といった技術決定論が産業社会に内属する必然的なディスクールであることを徹底的に論じている。従来のマクルーハン的なメディア論と一線を画した社会学書で、インターネットについて考える上でも参考になる。この分野についてあくまでも社会学的に考えたい人は必読。
インターネットと市民性
ネティズンが持ち出される文脈にはふたつある。ひとつはコミュニティ志向。ネットワーク上に事実上のコミュニティが形成されて、しばしば「弱い紐帯の力」が作動する事実に着目するとき、そこに古典的なシティズンシップの発動を見ることができる[野村一夫『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)]。
もうひとつは市民運動志向である。インターネットはこれまで限定されたコミュニケーション能力しかもたなかった運動主体に格段に低コストなビッグ・メディアを提供することになった。直接的な対人関係に限定されていた従来のネットワーキングが、社会圏や生活圏を異にする人びとにまで届く可能性がでてきた[栗原幸夫・小倉利丸編『市民運動のためのインターネット――民衆的ネットワークの理論と活用法』(社会評論社一九九六年)。民衆のメディア連絡会編『市民メディア入門』(創風社出版一九九六年)]。
これらは文化構築の問題というべきで、それ自体は何も内容を指定しないインターネットが、ある種の市民文化形成のメディアとして利用される点は社会構想論的に興味深い。むしろ昨今取りざたされることの多いインターネット上の悪質な行為の方が当たり前すぎて新奇性はないと思う。犯罪は正常な社会現象なのだから。そもそもインターネットは、国家のような統制主体のない無法地帯である。無法地帯に倫理を持ち出してもしかたない。倫理なき人びとを規制するのは文化と経済である。それを意識的に構築する人びとや組織の活動に注目したい。
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4月 12017

社会学感覚1脱領域の知性としての社会学

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社会学感覚
1 脱領域の知性としての社会学
1-1 社会学のマッピング
現代社会学の研究領域
社会学ということばは比較的なじみやすい。だれもが知っている「社会」と「学」を組み合わせただけのこのことば、一般の人は社会科の大学版のことだと思ってすませている。しかし、これは誤解である。社会学は小中高校の社会科とはまったく異なるものをさしていると考えた方がよい▼1。社会科から地理と歴史を除いた「公民」「現代社会」「政治経済」「倫理社会」などの課目とほぼ対応する科学は社会科学(social sciences)と呼ばれる。社会学は経済学・政治学・法律学などとともにその一翼を担っているにすぎない▼2。つまり、社会学と小中高校の社会科とは、ほんのかすかにつながっているだけで、ほとんど連続性はないということだ。似ているのは名前だけである。
さて、社会科学のなかで、経済学は経済を、政治学は政治を、法律学は法律を研究する。では、社会学はなにを研究するというのだろうか。
そこで、現代の社会学者がじっさいに研究しているテーマをざっと一覧してみることにしよう。以下は、社会学者のもっとも大きな研究学会である日本社会学会が便宜的に採用している専攻分野の分類基準である。
1社会哲学・社会思想・社会学史 2一般理論 3社会変動論 4社会集団・組織論 5階級・階層・社会移動 6家族 7農漁山村・地域社会 8都市 9生活構造 10政治・国際関係 11社会運動・集合行動 12経営・産業・労働 13人口 14教育 15文化・宗教・道徳 16社会心理・社会意識 17コミュニケーション・情報・シンボル 18社会病理・社会問題 19社会福祉・社会保障・医療 20計画・開発 21社会学研究法・調査法・測定法 22経済 23社会史・民俗・生活史 24法律 25民族問題・ナショナリズム 26比較社会・地域研究(エリアスタディ) 27差別問題 28性・世代 29知識・科学 30余暇・スポーツ 31その他
これをみていると、なんでもありの科学だなという感じがすると思う。家族や都市のように社会科にでてきたテーマもあるし、新聞やニュースなどで話題になるものもある。また、政治や経済や法律のように他の社会科学の研究対象も入っているし、科学自体を研究する分野もある。これが現時点における現実の社会学の姿である。
では、これが社会学のあるべき姿かというと、それはまた別の問題だ。現状と理念は往々ずれているものだ。「社会学はこうあるべきだ」という科学としての理念がどうなっているかについては第七章であらためて論じることにしよう。ここでは、目の前にある社会学というフィールドの地図づくりに専念したいと思う。
社会学はなにを研究する科学か
これらのさまざまなテーマ領域を一括すると「近代の人間社会」ということになる。これが社会学の一応の国境と考えてもらえばいい。つまり、社会学は社会を研究する科学である。しかし、これにはふたつの限定事項がつく。
第一に、「人間」の社会であること。動物の社会はあつかわない。よく「ミツバチの社会」とか「ニホンザルの社会」という表現がなされるが、これは動物学あるいは動物行動学の領域である。社会学者は隣人をまるでミツバチかニホンザルかのように観察することはあるが、基本的にこのような擬人法はとらない。原則的に動物・昆虫の世界は「本能」の世界であって、人間社会のように「意識」が介在していない。だから、厳密にはそれらを「社会」とは呼ばない▼3。
第二に、「近代」の社会であること。もちろん現代社会もほぼ「近代」のうちに入る。これまでは、近代以前の社会については歴史学、近代化されていない社会については人類学と民俗学がもっぱら研究してきた。しかし、最近は「社会史」とか「歴史社会学」あるいは「比較社会学」という名で、社会学の正式分野としても登録されつつある▼4。本書でもこれらの分野が提供する歴史的視点と比較的視点を随時導入するつもりである。というのも、これらの研究の最終的なねらいは、近代社会以外の社会をいわば時空的反射鏡にして、近代社会の特質を浮き彫りにするところにあるからだ。その意味では、社会学の研究上の焦点はあくまでも近代社会にあるといえるだろう。
このように社会学がじっさいに研究している対象が「近代の人間社会」としか限定しえないものになっているとすると、研究対象においては社会科学と区別がつかなくなる。これでは社会学の独自性・専門性はどこにあるのだろう。
社会科学との関係
社会学は近代の人間社会を中心に研究してきた科学である。これはじつに大ブロシキだ。まず問題となるのが社会科学との関係である。たしかに歴史的には研究対象をめぐって、しばしば批判という形で社会学の専門科学性の問題が指摘されてきた。研究対象に関する批判点は、ほぼ三つのタイプに整理できる。社会学を「残余科学」「侵入科学」「モザイク科学」とする批判がそれである▼5。これを手がかりに〈社会学の研究対象〉と〈社会科学の研究対象〉との関係を考えてみよう。
第一に、社会学は、隣接する科学があつかい残したテーマを研究対象とする「残余科学」だという批判。たしかに社会学は、他の社会科学がとりこぼしたり忘れさったテーマ領域を固有の研究対象として組み込んできた。家族・組織・集団・村落・都市などのテーマがそれである。これらをまとめて「狭義の社会」すなわち「狭い意味での社会」と呼んで、社会科学の対象である「広義の社会」と区別する▼6。これが社会学の研究対象の最大公約数にあたる。だから、日本でも研究者が多いのはこれらを研究する家族社会学や組織社会学・都市社会学である。
第二に、社会学は、他の科学の領域に勝手に侵入する「侵入科学」であるという批判。社会学はなにも「狭義の社会」だけに対象を限定しているわけではない。他方で、経済をあつかう経済社会学、政治をあつかう政治社会学、教育をあつかう教育社会学、宗教をあつかう宗教社会学などがある▼7。これらは研究対象を共有している点で経済学・政治学・教育学・宗教学などと協力しつつも競合する関係にある。既存の社会科学にとっては、なるほど「侵略的」と映った時期があったかもしれない。しかし、今日ではむしろ協力的な関係がほぼ確立しているといっていいだろう。したがって、この点では社会学の研究対象は、社会科学全体の対象である「広義の社会」とほぼ同じ広がりをもつことになる。これが社会学の研究対象の最小公倍数にあたる。
第三に、社会学はテーマを自由気ままにとってきては研究する「モザイク科学」であるという批判。最近の日本の社会学書には変わったテーマのものも多い。たとえば社会学書を多く出版している世界思想社の双書には「笑いの社会学」「盆栽の社会学」「暴力の社会学」「政党派閥の社会学」「遊びの社会学」「スポーツの社会学」「医療の社会学」などのタイトルが並んでいる▼8。これらはそれぞれ評価の高い研究書であるが、一般の人には気まぐれで風変わりな科学に映るかもしれない。しかし、たとえば社会学の巨匠ゲオルク・ジンメルの論考には「秘密と秘密結社」「よそ者」「女性文化」「誠実と感謝」「感覚の社会学」「食事の社会学」といったものがいっぱいある▼9。ことわっておくが、これは一世紀近くも昔の作品である。これからみてもわかるように、社会学の立場からいえば、それらはいずれも重要な社会現象でありながら他の社会科学がきちんと分析してこなかった正当な研究領域なのである。このさい注目すべきことは、社会学はときとして社会科学の射程をも超えることがあるということだ。
このように社会学の研究対象は三層構造になっている。
(1)狭義の社会――社会学固有の領域
(2)広義の社会――社会科学全般の領域
(3)その他の[社会]現象――新たに開拓された領域
こうしてみると、三つの社会学批判は、今日ではかならずしも「批判」とはいえない側面をもっている。つまり、それは旧来の科学を基準にするから批判すべきものと考えられたにすぎない。端正で禁欲的な西欧近代科学のなかにあっていささか異質の性格であることさえ認めてもらえれば、これらはかえって現実的な科学としての長所とさえいえるものだ。つぎつぎに変貌していく社会的現実に即応して科学的に分析する社会学にとって、研究対象についてあらかじめ制限を加えたり自己規制することは、むしろマイナスである。第七章で概観するように、社会学は社会的現実に対応してみずからの科学的構成をそのつど転形させてきた。社会学はみずからの科学的構成を内部から打ち破る可能性をもつ自己変革的な科学である。社会学の研究領域が「狭義の社会」を中核としつつも、ほぼ社会科学の全域にまたがるようにみえるのも、またときとして大きくはみだすのも、そのさまざまな社会学的試みの結果であり足跡なのである▼10。
▼1 現状では小中高校の社会科に社会学はあまり反映されていない。これは他の社会科学とくらべるといささか問題である。「まったく異なる」といえるのはこのためだ。ただし高校「現代社会」は若干の関連があるが、それらはごく一部にとどまる。ちなみに一九八九年文部省は小学校低学年と高校から「社会科」ということばをはずす新しい学習指導要領を告示している。これによって状況が少し変わるかもしれない。
▼2 社会科学とは、経済・政治・法・教育・道徳・宗教など社会生活のさまざまな分野について研究する経済学・政治学・法律学・教育学・道徳科学・宗教学などの総称である。したがって本質的に複数形である。
▼3 もちろん反対の考え方もあるが、動物学者や生態学者によるものがほとんどだ。生態学系の社会概念を代表する古典的著作としては、最近復刊された今西錦司『人間以前の社会』(岩波新書一九五一年)。この考え方を受け継いだ著作としては、日高敏隆『動物にとって社会とは何か』(講談社学術文庫一九七七年)。現代の社会学者ではエドガル・モランが生物学的基礎を考慮した社会概念を再検討している。大部な作品がいくつかあるが、短いスケッチを紹介すると、浜名優美・福井和美訳『出来事と危機の社会学』(法政大出版局一九九〇年)に収められている「自然の諸社会から社会一般の本性へ」が簡潔。なお、この本はほかにも有益な論考がたくさん収められていて参考になる。
▼4 社会史を社会学の研究分野として位置づけようとする本格的な試みとしては、富永健一『日本の近代化と社会変動――テュービンゲン講義』(講談社学術文庫一九九〇年)。とくに「序文」を参照のこと。また、デュルケムやウェーバーといった古典的社会学者の業績についても、社会史・歴史社会学・比較社会学に関する再評価が近年新たに注目を集めている。なおこの点については第二章参照。
▼5 塩原勉「社会学とは何か」富永健一・塩原勉編『社会学原論』(有斐閣一九七五年)二ぺージ。ただし「侵略科学」を「侵入科学」に改めた。
▼6 「狭義の社会」という概念はドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルに由来する。これについては5-3参照。これとは定義が若干異なるが、最近の研究では、富永健一『社会学原理』(岩波書店一九八六年)がこの概念を使って明解に社会学を定義している。ここでは富永の定義によっている。富水によると「狭義の社会」とは「複数の人びとのあいだに持続的な相互行為の集積があることによって社会関係のシステムが形成されており、彼等によって内と外とを区別する共属感情が共有されている状態」である。前掲書三ぺージ。
▼7 これらを「連字符社会学」と呼ぶ。この意義については4-1参照。
▼8 世界思想社「世界思想ゼミナール」シリーズより。このシリーズは本書でも随所で参照した。
▼9 たとえば、ゲオルク・ジンメルの一九〇八年の大著『社会学――社会化の諸形式に関する研究』の目次をみてみよう。
第一章 社会学の問題
補説 社会はいかにして可能か
第二章 集団の量的被規定性
第三章 上位と下位
補説 多数決について
第四章 闘争
第五章 秘密と秘密結社
補説 装身具について
補説 文通について
第六章 社会圏の交差
第七章 貧者
補説 集合的行動の否定について
第八章 社会集団の自己保存
補説 世襲官職について
補説 社会心理学について
補説 誠実と感謝について
第九章 空間と社会の空間的諸秩序
補説 社会的境界づけ
補説 感覚の社会学
補説 よそ者について
第十章 集団の拡大と個性の発達
補説 貴族について
補説 個人心理学的関係と社会学的関係との類似について
▼10 このように考えていくと、社会学こそ社会科学の入門として最適な科学であるといえるのではないだろうか。とりわけ理科系や看護系そしてさまざまな専門職の勉強をしている人にとって社会科学的知識は縁遠いものだ。関心もないし接するチャンスもすくない。しかし、じっさいに実務に入ってみると、技術的な側面よりも社会的・人間的側面の方が重要なファクターになることが多いのではなかろうか。そういうとき社会科学的知識はなんらかの助けになるはずである。しかし、社会科学は所詮複数形である。それぞれ領域設定が決められている諸科学の集合にすぎない。だから、それらを自由に学び分けることは初心者にはとてもむずかしい。その点、社会学は問題領域としては社会科学的規模をもっており、全体をふ観するには好都合であると思う。たとえば一見、社会学とは無縁と思える看護養成課程において社会学が基礎科目となっているのもこのあたりの事情による。
1-2 エートスとしての社会学感覚
脱領域の知性
歴代の社会学者たちは、それぞれの目前にある諸問題を考察しつつ、既存の研究対象の枠を踏み越えては再度枠組をつくりなおしてきた。広げられた枠が狭められたかと思うとすぐまた拡大した。また、みずから狭めた枠を自分で破るといったこともすくなくなかった▼1。
これにはわけがある。つまり、社会学にはもともと研究対象を禁欲的に限定しなければならない理由がないのだ。社会学の社会学たる本質はもともと研究対象にないということだ。
研究対象に関する社会学のこの領域侵犯的な性格について、わたしは「脱領域の知性」というフレーズを使いたいと思う。社会学はすぐれて「脱領域の知性」である▼2。
したがって、社会学を研究領域の設定から定義しようとしてもうまくいかない。社会学の社会学たるゆえんは、むしろ独自の発想法にあるからだ。社会学という名前をもった科学が誕生して以来一五〇年あまり、社会学の発展をつねに支えてきたのは独自の方法論的意識である。これはむしろ発想法と呼んだ方がわかりやすい。脱領域をもたらす社会学特有の発想法こそ、これまで社会学の研究領域の拡大をたえず促進してきた当のものなのである。
そうした発想法のおもなものについては第二章から第六章でじっくり検討することにしよう。その前に「脱領域の知性」の意味するものを考えていかなければならない。
本源的社会性の公準
社会学がなぜ〈脱領域〉なのか。それは社会学の真の研究関心が「社会」ではなく「社会性」の方にあるからだ。もしAという現象になんらかの社会性があれば、社会学はAを研究するだろう。それが社会現象として一般に認知されているかどうかはあまり重要ではない。根底にあるのは「対象のもつ社会性」である。対象のなかに社会性が認められれば、それは社会学の対象となる。こうして「Aの社会学」の誕生となる。
この背後にある仮説をわたしなりに表現すると「あらゆるものがいくぶんかは社会的産物であり社会的過程にある」ということになろう▼3。これがこれまでの多くの社会学的実践のバックグラウンドにある考え方である。この仮説を本書では「本源的社会性の公準」と呼びたいと思う。この公準こそ、社会学の科学的手続き以前のエートス――科学的営みを押し進める動因となる精神構造――をみちびいてきたものである▼4。
この点で社会学は、隠れた問題を摘出する「脱領域の知性」である。たとえば、今日では科学的対象として認知されている家族・都市・組織といった事象も、かつては国家や教会というフォーマルなテーマによって陰に追いやられていたのである。それをつぎつぎに俎上にあげてきたのが草創期の社会学者たちだった。また、個人的な病気としてあつかわれてきた自殺という現象が、じつは社会性をもつれっきとした社会現象であることを最初に証明したのも社会学者であったし、神学的な観点からしかとらえることのできなかった宗教を人間社会の根本的な社会現象のひとつとして問題設定したのも社会学者だった▼5。
また一見して社会とは本来無縁と思えるモノも、なんらかの形で社会と関わっているものだ。たとえばダイオキシンという化学物質がある。これ自体は自然科学的対象だが、それが除草剤として使われ、さらにベトナム戦争で大量に使用され、その結果多くの奇形児を生み、またゴミ焼却場付近を汚染するといった文脈ではまさに社会的産物であり、それぞれの社会的過程の重要なファクターとなる▼6。
また、ジェスチャー=身ぶりも社会的・文化的規定性を深く帯びていることをここで例にあげていいだろう。おそらく最初にそれを指摘したのはデュルケムの後継者マルセル・モスである。かれは軍隊や病院やスポーツなどでの観察にヒントをえて、人間の身のこなし方――これを「身体技法」という――に「型」(habitus)があってそれが教育によって深く支配されていることに注意をうながした。しゃがみ方やこぶしのにぎり方や歩き方は民族文化によって異なるのは当然としても、そのなかでまた性別・年齢別・階層別に多様である。だから、これらを生物学的現象とみなすことはできない。それはすぐれて社会学的現象である▼7。
そして死ですらいくぶんかの社会性をおびている。死の社会性についてはこれまで死の観念と儀礼について民俗学的に多く語られてきたが、昨今の「脳死」をめぐる社会的議論は明確にこれを示している。つまり、医学的には「脳死」は科学的真理と認知されつつあるにもかかわらず、社会的な「死」の判定と受容が宙に浮いた形になっているからである。 このように死は生物学的現象であると同時に社会学的現象でもある▼8。
社会学感覚
「本源的社会性の公準」にもとづく「脱領域の知性」――これがわたしのみる社会学の科学的構成以前の基本性格であり、社会学の知的駆動力すなわち社会学のエートスである。これらを総称してわたしは「社会学感覚」と名づけたいと思う。
「社会学感覚」自体は学問でも科学でもない。さしあたってそれは動機である。これに一定の科学的手続き――たとえば概念定義の精緻化・信頼性の高い資料の収集と操作・数学的統計学的処理など――が加わってはじめて「社会学研究」になるということだ。もちろん一部には、この科学的手続きが先行したため逆転倒錯してしまった研究――すなわち〈社会学感覚なき社会学研究〉――も数多く存在する。これはどの科学にもみられる倒錯現象であるが、それらに目をくらまされてはいけない。精緻な概念定義・膨大な資料操作・厳密な数学的処理といった科学的手続きの後景に退いた「社会学感覚」にこそ注目して学ぶことが大切だ。本書の目的もここにある▼9。
ところで、社会学という営みを総合して「社会学的実践」と呼ぶことにすると、社会学的実践には三つの層がある。
(1)社会学をアカデミックに研究する〈社会学研究の位相〉
(2)社会学を一般学生に教育する〈社会学教育の位相〉
(3)生活者が社会のなかで経験するさまざまな事象を自分自身で社会学的に解釈し・分析し・反省し・主体的に行動するという〈社会学感覚の位相〉
社会学教育は従来「社会学研究に奉仕するもの」として位置づけられてきたように思う。このような教育伝統は現実的でないし、残念ながらいかにも非社会学的である。本書ではこのような教育伝統に抗して、社会学教育を「社会学感覚と社会学研究をリンクするもの」と考え、基本的に社会学感覚のレベルを注視することによって構成されている。
▼1 たとえば、ジンメルは「形式社会学」という斬新な構想をうちだしたことで社会学史に確固たる地位を占めているが、その構想論文を冒頭にすえた一九〇八年の『社会学――社会化の諸形式に関する研究』のあとの諸章ですでにその禁欲的枠組は超えられてしまっている。そしてそれは一九一八年の『社会学の根本問題――個入と社会』において自覚的にとらえ返されることになる。またデュルケムも著名な方法論的宣言『社会学的方法の規準』を発表したが、その後のかれの研究はこの方法論的禁欲をはみだすこともしばしばだった。宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)四五-四六ページ。
▼2 「脱領域の知性」というフレーズはジョージ・スタイナーの邦訳書からヒントをえたものだが、内容的にはジークフリート・クラカウアーの自己規定にもとづいている。マーティン・ジェイ、今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)とくに第十一章「ジークフリート・クラカウアーの脱領域的生涯」。クラカウアーはジンメル晩年の弟子ともいうべき人で、建築から社会学に転じフランクフルト新聞で学芸欄の仕事をしたのち映画研究など大衆文化の社会学で活躍した人。
▼3 「いくぶんか」という表現に注意されたい。人間社会に生じるあらゆる現象が社会性をもつにせよ、社会的側面がその現象のすべてというわけではもちろんない。したがって「完全な」社会現象というものもないということだ。あらゆる現象には社会的側面と社会外的側面とがある。ジンメル『社会学――社会化の諸形式に関する研究』の第一章付論「社会はいかにして可能か」参照。ジンメル、居安正訳『社会分化論 社会学』(青木書店一九七〇年)。
▼4 エートスとは一般に「行為への実践的起動力」のことである。3-3参照。
▼5 自殺については、エミール・デュルケム、宮島喬訳『自殺論』(中公文庫一九八五年)。宗教については、さしあたりつぎの二著。ゲオルク・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)。エミール・デュルケム『宗教生活の原初形態』(上下・岩波文庫一九七五年)。
▼6 一例として、琵琶湖周辺の下水道問題について取り組んでいる鳥越皓之は「正直なところ、社会学をしていて、下水道の問題について考えることになろうとは想像もしていなかった」としながら、つぎのようにのべている。「たいへん荒っぽく言うと、土木工学者たちは、下水をどのように処理すれば処理効率がよいか、下水処理施設はどのように設計すべきか、というような、下水発生後の処理の仕方について研究している。しかし明らかなことだが、そもそもこの下水(排水)を発生させているのは、ほかでもない人間なのである。この、人間がどのように下水を発生させているのか、という下水発生前の問題を究明しなくては、下水道問題は解決されない。そして、人間がどのように下水を発生させているのか、という人間の行為の問題は、言うまでもなく、すぐれて社会学的な問題なのである。」鳥越皓之「環境問題と社会調査――住民に対するインフォメーションのこと」『現代社会学』一九号(アカデミア出版会一九八五年)一二三ぺージ。
▼7 マルセル・モース、有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学II』(弘文堂一九七六年)第六部「身体技法」。
▼8 死の社会学としては、G・ゴーラー、宇都宮輝夫訳『死と悲しみの社会学』(ヨルダン社一九八六年)が有名。なお「脳死」については社会的受容だけが問題なのではない。医学界内部においても多くの異論が存在する。この点については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)を参照されたい。また、脳死を「人と人との関わり方」として理解しようとする森岡正博『脳死の人――生命学の視点から』(福武文庫一九九一年)は、脳死の社会学的側面を正面からとりあげた好著である。
▼9 本書についての自己言及は「あとがき」にゆずる。
1-3 社会のトリック、社会学のトリック
自己言及の問題
なんらかの形で社会的事象を研究・調査・思考していこうとするとき、どうしても避けられない問題がある。つまり、社会を研究するということは、自然を研究するのとちがって、少々やっかいな問題を抱え込むことになるのだ。社会学ではこれを「自己言及(self-reference,Selbstreferenz)のパラドックス」と呼ぶことがある。これは有名な「クレタ人のパラドックス」として知られている難問である。すなわち、クレタ人のある予言者が「クレタ人はウソつきだ」といった。かれはホントのことをいっているのか、それともウソをついているのか。かれがホントのことをいっているとすれば、かれ自身クレタ人だからかれのいうことはウソだということになる。逆にかれがウソをいっているとすれば、かれはホントのことをいったことになってしまう。このパラドックスは自分が自分について語るときにかならず生じるやっかいなトリックである▼1。これをめぐって四つの論点を確認しておきたい。
厳密にいえば、これは社会のなかで生きる人間が社会について考えようとするときに生じる。その意味で、これからのべる四点は、社会学のトリック[仕掛け]であると同時に社会のトリックでもある。だから、これらはなにも社会学だけの問題ではなく社会科学全体におよぶ問題である。しかし、すでにのべた事情から社会学は研究対象の規定の不安定さにともなって方法論の理論的反省をよぎなくされ、その経緯によっていささか過剰なほど科学的構成について反省してきた。そのため社会学においては、かなり早くから社会認識にひそむトリックについて語られてきたのである。
(1)対象である社会が、意識をもった人間から構成されている
意識の有無――これこそ社会科学と自然科学を隔てる絶対的な壁である。従来の自然科学の場合、「自然という書物」(book of nature)を読むようにして研究を進めればよかった。自然はあたかも印刷物のようにすでに定まったものと考えてすますことができた。研究者はそれを顕微鏡なり望遠鏡なり測定器具なりを用いて読みとればいい。基本的に研究対象は研究調査されることによって性質を変えることはない。研究対象の同一性が期待できる。これはさすがに最近になって疑わしいことと考えられるようになったようだが、それでも研究の現場では今なお「自然という書物を読む」という観念は自明なこととして生きつづけている▼2。
ところが社会を研究する場合は、最初からその前提がくずれている。近代の人間社会を対象にするといっても、社会をじっさいに構成するのは自意識をもった近代人である。あたかもモノのように観察したり測定するには限界がある。「これから調査します」とか「これからみなさんを観察します」といったとたん、人びとはそれまでとは別の行動と態度をとりはじめるだろう。つまり、研究対象は調査・観察によって変容する可能性がきわめて高いわけだ。このことはカメラ――写真であろうがビデオであろうがテレビカメラであろうが――を向けられた人の行動と態度がもはや「自然」でなくなることを思えば納得できるだろう。近代の人間社会化とって意識というファクターを避けて通ることはできない。
(2)対象である社会に、観察主体がすでにふくまれてしまっている
第一点が研究対象におけるトリックだとすると、第二点目は研究主体・観察主体におけるトリックである。ふつう自然科学では研究対象と観察主体とが別々の存在である。しかし、社会科学とりわけ社会学の場合、両者はかんたんに一致してしまう。これはたんに研究する側も研究される側もともに人間であるということだけではない。
そもそも社会について客観的にみたり考えたりすることはむずかしい。ふつう、人は自分の経験や立場から社会をみることになれていて、なかなかその制約から自由になれない。自分の立場・位置・キャリアなどによって「社会」はさまざまなヴァリエーションをもって立ちあらわれる。貧しいくらしをしてきた人と金持ちの社会像はあきらかに異なるし、同じ貧しさでも、かつてリッチで今は落ちぶれてしまった人と、ずっと昔から一貫してプアだった人とはちがうイメージをもつだろう。若者と中年と老年でもちがうし、当然男性と女性ではちがうはずだ。このように社会という現象は、なににもまして客観的に測定・観察・調査・思考することがむずかしい。
しかしその一方で、対象と主体の一致は、ある科学的方法の可能性を保証してくれる。それは「理解」である。つまり、われわれは他人を理解することができる。これを「他者理解」と呼ぶが、これによって特定の集団や社会現象がなぜ生じたのか、またその意味を解明することが可能になる*。
(3)研究自体が、対象である社会を変えてしまう可能性がある
歴史を研究する場合は、すでに死んだか現役を引退した人びと、そしてものいわぬ歴史資料が相手である。しかし現在進行形の社会を研究・調査する場合、そうはいかない。多くの場合、研究・調査によって研究対象に介入することになってしまう。
たとえば選挙期間中の世論調査がそうだ。世論調査で不利とわかると陣営が引き締まって勝利に結びつくことがある[アンダードック効果]一方、協力者が少なくなって負けが決定的になってしまうことがある。逆に有利とわかると陣営がゆるんで結果的に負けてしまうことがある一方、勝ち馬にかけようとする人びとがついて圧倒的な勝利になってしまうこともある[バンドワゴン効果]。世論調査の結果がどう影響するかは文化によってずいぶんちがうようだが、日本では不利な結果がでた方が危機感がでて陣営が引き締まり結果的に有利とされている。このように世論調査による選挙予測が選挙そのものにあたえる影響を「アナウンス効果」という。
このように、生きた素材としての社会現象について科学の名において語ることが対象そのもののリアクションをひきだしてしまう。これが歴史研究との大きなちがいだ。
影響のあたえ方は二通りある。「自己成就的予言」(self-fulfilling prophecy)の場合と「自己破壊的予言」(self-destroying prophecy)の場合である。
自己成就的予言とは、たとえば「敵は自分たちより強いぞ」と思ってしまうと戦意がにぶり結果的に負けやすくなるといったように、予言や予測にもとづいて行動することによって予言や予測が現実のものになってしまうことだ。だから戦時体制下の政府は、国民の士気をくじくようなニュースを検閲ではじき、反戦と平和を唱える者や冷静に現実を語る者を取り締まる。他方、自己破壊的予言とは、予言や予測それ自体が人びとの行動を変えてしまうために、予言や予測通りに結果がでなくなる現象をいう。アナウンス効果でいうと、世論調査で有利と発表されたために選挙当日有権者が第二候補へ投票してしまい落選するといった事態がそれである▼3。期せずして影響をあたえてしまうのではなく、それを自覚的に操作しようと考えるのは自然のなりゆきであろう▼4。
社会の研究が社会を変えるということは、このように良くも悪くも社会科学の実践的性格であるにはちがいない。権力に利用されるか、民衆に利用されるか、秩序に貢献するか、運動に貢献するか――社会科学とりわけ社会学に携わる者はたえずこのことに自覚的でなければならない。
(4)人はみな醒めている分だけ社会学者である
もちろん〈職業としての社会学者〉は存在する。かれらは大学や研究所に勤務し、仕事として社会調査や理論研究そして社会学教育をおこなっている。当然かれらはプロである。しかし、かれらだけが社会学的実践の特権的主体とはいえない。社会学はある意味で専門家であるということがあまり意味をなさない科学である。誤解のないようにもっと正確にいいかえると、社会学感覚のレベルではプロもアマチュアもない。
たとえば社会学にとっておとなりの領域にあたる経済学・政治学・経営学・宗教学・哲学・人類学・民俗学など隣接科学の最近の動向をみていると、あきらかに社会学化の傾向が生じている。意識的に社会学的発想がとられることもあるが、それぞれの科学を研究対象に即して構成変更するさいに期せずして社会学化するケースが多いようである▼5。
また、ジャーナリストも社会学的な仕事をすることが多い。これは、あつかう対象がもともと社会学とほぼ同一であることにそもそもの理由があるわけだが、ジャーナリズムそのものが変化してきたことにもよる。つまり、その場その場のたんなる事実の報道ではない、長期的展望に立った分析にもとづく「調査報道」が多くなったこと、そして、従来地域的性格の強かった文化的諸現象がよりいっそう全体社会的動きをするようになって社会学的な分析が必要になってきたことによるのだろう▼6。
また文学者の仕事もみごとな社会学感覚を示すことがある。古くはバルザックの小説がそのようなものの見本としてよくもちだされたものだが、文学作品の場合、その文体のもつ多義性のために、その社会学的見識がしばしば作品に埋もれてしまうことが多い。それをなるべく一義的なことばに翻訳し考察するのが「批評」の役割であり、文芸批評家がしばしば社会評論や現代思想へと踏みだすのはこのためである。このように小説家・劇作家・文芸批評家の社会についての評論や発言のなかにも「社会学的」にすぐれた見識がみられることは留意しておいてよい。また社会学サイドでも文学作品の再解釈を媒介に、すぐれた社会学的見識をとりだす試みもおこなわれている▼7。
以上のべた四つの問題があるために、社会学の科学的構成はかなり複雑なものとなっている。パソコン用語でいえば、他の諸科学がかんたんなプログラムに多量のデータをインプットしたものとすると、社会学はバグの多い複雑なプログラムにそれほど多くはないデータをインプットしたものに似ている。その意味で社会学の営みは総じてあまり効率のよいものではない。
▼1 この点については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)を参照した。とくに第一章「パラドックスの類型学」を参照されたい。
▼2 自然科学における自己言及の問題をわかりやすく簡潔に説明しているものとして、村上陽一郎「新たなる《自然》/新たなる《科学》」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。科学史研究・科学論の第一人者である著者の提唱する「地球家政学」(global house-keeping)構想に注目したい。なお、自然認識と社会認識の本質的なちがいを論じたものとしてゲオルク・ジンメルの「社会はいかにして可能か」を参照されたい。ジンメル、前掲訳書。
▼* 「理解」については第三章参照。
▼3 この二組の概念はロバート・K・マートンに由来する。R・K・マートン、森東吾・金沢実・森好夫・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)所収の論文「予言の自己成就」参照。
▼4 この性質のために社会科学が大衆操作に利用されることについては、スタニスラフ・アンドレスキー、矢沢修次郎・熊谷苑子訳『社会科学の神話』(日本経済新聞社一九八三年)第三章「大衆操作の裏表」。ちなみにこの本はいささかショッキングな社会科学批判で、『文学部唯野教授』の社会学版というところ。ただし事情通でないと読みこなせないかもしれない。こんな本を第一線の学者が書いてしまうところがまた社会学の魅力である。
▼5 4-1参照。
▼6 12-1参照。
▼7 その一例として見田宗介の宮沢賢治論と作田啓一の文学社会学をあげておきたい。両者とも文学的表現に秘められたみずみずしい社会学感覚を鋭くとりだしている。見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』(岩波書店一九八四年)。これについては8-1でくわしく説明したい。後者については、作田啓一『個人主義の運命』(岩波新書一九八一年)。文学社会学については、松島浄・望月重信『ことばの社会学――意味の復権を求めて』(世界思想社一九八二年)。作田啓一・富永茂樹編『自尊と懐疑――文芸社会学をめざして』(筑摩書房一九八四年)。またこれらとはねらいが異なるが、いくつかの現代小説を素材として社会学入門を企図したものとして、加藤秀俊『文芸の社会学』(PHP文庫一九八九年)。たとえば『八つ墓村』を素材にして農村社会学を講じたりしていて読みやすい。
1-4 社会学を学ぶ意味
ふたつの知識
社会学を学ぶとなにかいいことがあるのかといわれると、じつにこころもとない。なにかステイタスのともなう資格があるわけでもないし、商売にすぐ使えるわけでもない。しかし、すくなくともなんらかの形で自分の知識の拡張と深化に意義をみいだしてもらえるならば、胸を張って「ある」と答えることができる。問題はその知識がどのようなものであるかだ。
アメリカの社会学者アルヴィン・W・グールドナーによると、知識(knowledge)にはふたつの意味・あり方があるという。かれはそれを「情報」(information)および「明識」(awareness)と呼びわける▼1。この二分法を使って説明しよう。
情報としての知識
ふつう一般にサイエンスと呼ばれている学問が日々追求しているのは「情報としての知識」である。これは基本的に自然界をコントロールするために生産される知識で、自然への支配力を高めるテクノロジーを発達させるものである。自然科学だけではなくきわめて多くの社会科学も、自然界に対するのと同じ構図で人間社会をあつかうことによって、社会・組織・人間をコントロールできるような技術を研究してきた。
「情報としての知識」は、だから「技術的知識」である。それはすぐに役に立ち、応用がきき、予測を可能にする。社会科学では、このような知識を意図的にめざす営みをとくに「政策科学」と呼ぶ。
明識としての知識
これに対して明識は文字通り「自覚」ということである。グールドナーによると、明識とは「人間自身の関心・願望・価値に関わりのある知識」であり「社会的世界における自分の〈位置〉についての意識を高めるような知識」であり「〈自分は何者であり、どこにいるのか〉をたえず問題にするような知識」である。「情報としての知識」が客観性の名のもとに自分自身の存在を禁欲的に度外視してしまうのに対して、「明識としての知識」は人びととの共生関係としてある社会的世界についてつねに自分自身との関係で反省的に理解するための知識である。だからこれは「反省的知識」である。まとめてみよう。
情報[技術的知識]――対象[自然・社会・人間]の技術的支配
明識[反省的知識]――人間の自己理解・他者理解
さて、素朴な主観-客観図式でみると、情報は客観的で明識は主観的であるように考えてしまいがちだが、それはちがう。情報としての知識が客観的だとすると、主観的なのは日常的意識である。明識は、自分自身を勘定にいれる点で客観的な情報ともちがうし、自分自身をも対象化する点で主観的な日常的意識とも決定的に異なる。強いていえば、明識は〈主体相関的〉――対象を自分自身の関数としてとらえるということ――である。
かつて哲学・文学・宗教・思想などには、このような明識が存在した。本来の意味でのジャーナリズムもそうである▼2。また量子力学以来の自然科学でも、生態学のように主体相関的で反省的な性格をもつ領域もある▼3。
社会学にも情報の側面と明識の側面がある。しかし、歴史的にみても現状からみても社会学はとりわけ明識性の強い科学である。とくに一九六〇年代以降の社会学には、情報=技術的知識が一見して中立的にみえてじつはきわめて権力的な性格をもっていることに対して自覚的であって、理論的立場を問わず明識志向であるといえる。この点で社会学は他の社会科学の比ではない。
社会学を学ぶ意味は、したがって、いわゆる「科学的」知識――情報としての知識=技術的知識――とは異なる知識のスタイルに接するというところにある。これはとりわけ自然科学的な知識を専門に学んでいる人たちにとって意義深いことである。
明識の意義
原発や公害や再開発に関するニュースをみていると、よく住民側との交渉の場面がででくる。しかし、そういうとき住民との話し合いそのものが成立しないことがじつに多い。これはそれぞれの利害が異なるためにはちがいないが、それとは別のレベルでも両者はねじれの位置にあるからだ▼4。
多くの場合、住民たちは問題になっていることがらについて専門知識はもちあわせていないけれども、自分たちの利害やポジションを自覚して問題を考えている。ところがその反対側つまり行政・企業・開発者サイドの人たちは、たいていの場合住民よりエリートで専門家ということになっているのだが、自分たちは専門知識をよく知っていて中立的かつ客観的に問題を考えている、またその能力があると信じている。そのため交渉が利害対立にさえならず、結果的に問題の焦点をあいまいにしたり回避したりすることになる。
この場合重要なのは、情報=技術的知識としては専門家側がまさっているとしても、明識=反省的知識としては住民側の方がはるかに高度だということだ。
現代社会は、高度な技術的知識をもつ専門家エリートが強い影響力を行使する社会である。そのような人たちを「テクノクラート」(technocrat)といい、かれらが管理・運営・操作する社会のあり方を「テクノクラシー」(technocracy)という。テクノクラートはその道のプロ=スペシャリストにはちがいないが、その反面、全体への展望を欠き、しばしば現実から遊離してしまいかねない側面をもつ。官僚・判事・教師・技術者・医師・組合専従幹部・会社人間――かれらはごく限定された領域についてはよく訓練された能力をもっているが、反面それ以外の領域に関してはまったくの無能力を呈する。経済学者であり社会学者でもあったヴェブレンの「訓練された無能力」(trained incapacity)という概念はまさにこのような事態にピッタリのことばである。
たとえば、組織のなかで自分の部署や専門部門の利害だけを重んじる結果、他の部門や組織の外部に不利益を生じさせる場合がある。公害はまさにその典型例だ。また有能な社員であっても、自覚的に男女の問題をとらえていないために女子社員に必要以上に尊大だったり会社の女子差別待遇に寛容な男性会社員は多い。この場合かれは、格差をつけられた女性側の待遇改善の実質的な足かせになってしまうだろう。また、自分では無宗教だと思っていても、じっさいにはジンクスを気にしたり、なにかあると祈願したりするような経営者の場合、特定宗教の信者を不採用にする一方、社員研修に禅をとりいれたり社員旅行で全員に神社祈願させることに無頓着だったりするかもしれない。これでは特定の信仰をもつ人たちの自由を侵すことになる。あるいはまた、人を殺す戦争は反対だと主張すると同時に、凶悪犯の死刑はやむをえぬとする判事もしくはマスコミ人の場合、かれらの判決や記事が、罪を犯してしまった人たちとその家族の生活と生命を脅かすことになる…。いささか恣意的な例で恐縮だが、これらに類したことは多いのではなかろうか。そしてこれらの一部が公害問題や差別問題や教育問題など深刻な社会問題をひきおこす一因となってきたのである▼5。
ともあれ、このさいはっきりいえることは、自分自身の生活と生き方を自覚的に反省することを可能にする基礎知識が決定的に欠けているということだ。
「文部省教育」と呼ばれる日本の小中高教育は、基本的には自分と関わりのない技術的知識が中心になっている。こうした教育制度のなかでは、知識を学ぶことによってかえって自分の社会生活や生き方を問うことなしにブラックボックスにしてしまいがちである。自分の生き方と生活をブラックボックスにすることは聖域化することに通じる。
おそらく高校卒業以後の学生時代の大きな発達課題は、このような未熟な聖域に強い照明をあて、成熟した市民として・明晰な知性として自己を再定立することにあると思う。高度の明識性をもつ社会学はきっとこの作業に役立つとわたしは確信している。
▼1 以下の説明はおもにA・W・グールドナー、岡田直之ほか訳『社会学の再生を求めて』(新曜社一九七五年)第十三章「社会学者として生きること/自己反省の社会学をめざして」(栗原彬訳)にもとづいている。
▼2 ジャーナリズムの本来的意義については12-1参照。
▼3 村上陽一郎、前掲論文参照。
▼4 梶田孝道『テクノクラシーと社会運動』(東京大学出版会一九八八年)では、「テクノクラートの視角」と「生活者の視角」とを対比させつつ、深く問題を掘り下げている。
▼5 以上の問題については以下の諸章で論じられている。組織については第一四章、宗教については第一七章、最後の例については第一二章と二二章を参照されたい。
増補
脱社会学化
社会学を研究対象から説明するのは非常にむずかしい。社会学の研究対象は広く、しかも次々に新しいテーマが追加登録されてゆく。社会学の独自性はむしろこの脱領域性にあるというのが本書の立場である。本編では脱領域性の例として身体技法や死の社会学をあげておいたが(一七ページ)、九〇年代の社会学シーンではいっそうこの傾向が加速している。たとえばそれは環境・女性・国際・身体・感情といった領域で明確に自覚されるようになった。
環境社会学(sociology of environment)は、エコロジー思想の一般化や具体的環境問題の浮上によって、自然環境と人間の社会関係の学問として成立した。従来の社会学にあった人間特例主義(人間を特別な存在だと前提視する考え方)を反省し、社会環境・文化環境中心の環境概念を自然環境に拡大するというラディカルな変更を要請する。人間も多くの生物種のひとつにすぎないとするエコロジカル・パラダイムによる社会学の再構成である[C・R・ハムフェリー、F・H・バトル『環境・エネルギー・社会――環境社会学を求めて』満田久義・寺田良一・三浦耕吉郎・安立清史訳(ミネルヴァ書房一九九一年)]。
フェミニズム論やジェンダー論は、従来の社会学や社会科学が男性中心で女性を「二級市民」に位置づけてはばからない点を強く批判する。たしかに社会科学において「人間」とは事実上「男性」のことだった。社会学と社会科学のこのジェンダー・バイアスは修正されなければならない[江原由美子「フェミニズムとジェンダー」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。
国際社会学(transnational sociology)やウォーラーステインの世界システム分析は、従来の社会学のいう「社会」が事実上「国民国家」(nation state)のことだったことを批判する。二〇世紀が国民国家の時代だったことは、グローバルな視点から地球社会が見えてくるにしたがって自覚されるようになった。同時にエスニシティや地域主義の高まりも国民国家中心の見方の変更を要求する。社会史あるいは歴史社会学の視点から見ても、国民国家の時代はむしろ特殊な現象だったと見なす方が適切であり、したがってそれに捕らわれた社会概念も再定義されなければならない。国家はもはや概念的容器ではなくなったのである[梶田孝道編『国際社会学――国家を超える現象をどうとらえるか[第2版]』(名古屋大学出版会一九九六年)]。
身体の社会学は、生物学的な身体に対して「社会的な身体」に照準を合わせる。フーコーやアナール学派の社会史的視点の影響は大きい。しかし日常的な生活場面に社会学的なまなざしを加えれば必ず見えてくるものでもある。具体的には、たとえば出産という現象。これはもはや単純な自然現象・生理現象ではなくなっている。現代の出産は社会現象としての性格を色濃くもっている[舩橋惠子『赤ちゃんを産むということ――社会学からのこころみ』(NHKブックス一九九四年)]。
感情という現象もこれまで社会学では等閑視されることが多かった。正確にいうと、古典的社会学ではしばしば論じられてきたにもかかわらず、近年の社会学では軽視されてきたのである。しかし感情は社会的な現象であり、その社会性について考察の余地のあることが最近強調されるようになった。たとえば「母性愛は本能だ」という命題を前提に現代家族のありようを語ることはもはや不可能である。母性愛という感情は自明ではないからだ。その感情の社会的源泉をさぐり、その感情についての言説の社会的機能を主題化する必要がある[岡原正幸・山田昌弘・安川一・石川准『感情の社会学――エモーション・コンシャスな時代』(世界思想社一九九七年)]。
従来的な社会学のメインフレームの限界を突き、社会学のパラダイム転換を構想するさまざまな新しい社会学の登場。これらは従来的な社会学観を覆す強力な「社会学批判」であり、その意味で「脱社会学的」である。しかし、それと同時に、そうした動きや発想そのものがきわめて「社会学的」なのである。社会学を自己超越的な一種の学問運動と捉えると、これらはむしろ社会学らしい傾向――つまり脱領域性――のあらわれと見ることができる。社会学ではおなじみの「脱皮」現象が生じているということだ。
社会学的な感受性
本書のタイトル「社会学感覚」は「社会学的なセンス」の意味であるとともに「社会学的なマインド」の意味も込めてつくった造語であるが、基本的には「社会学的な感受性」という意味で使われている。「感受性」とは「感受する能力や資質」のことである。あえて「感覚」や「感受性」といった用語を使用する理由については私の『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)を参照してほしい。この本については後論でふたたびふれることにしたい。
「感受性」のこのような用法は今日では特別のものではなくなっている。たとえばアンソニー・ギデンズは社会学テキストの決定版ともいえる『社会学』の冒頭部分で次のように述べている。「社会学は、一人ひとりの経験の実在性を、否定するものでも軽んずるものでもない。むしろどちらかといえば、われわれ自身があらゆる面で組み込まれているより広い社会活動領域にたいする感受性を養うことで、われわれは、自分自身の個々の特質や、さらに他の人びとの個々の特質をより豊かに認識できるようになるのである。」[アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)一〇ページ]。
同様に次のような使い方もある。「社会学者はまた理論的感受性が十分鋭くなければならない。この理論的感受性のおかげでデータから理論となるべきものが浮上してきたとき、それを概念化し定式化できるのである。」これは、B・G・グレイザー、A・L・ストラウス『データ対話型理論の発見――調査からいかに理論をうみだすか』(新曜社一九九六年)からの一節。もっともこのような使い方はブルーマーやミルズの著作でおなじみのものである。
知識人論
1―4で「社会学を学ぶ意味」について説明した。これは知識論ないし知識人論としてさまざまに議論されてきたことを前提にしている。そこで最近話題になった三冊の知識人論を。
まず、エドワード・W・サイード『知識人とは何か』大橋洋一訳(平凡社一九九五年)。知識人は社会の周辺的存在として知的亡命者たれとの主張を掲げる。カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)は、権力に追従する日本の知識人を批判した論争の書。「人が社会学者として誠実に社会を説明しようとしたがために、見事なまでに政治宣伝目的に役立つ理論を提供する結果になることもありえる」(七〇ページ)といった、気になるフレーズもある。ブルデュー『ホモ・アカデミズム』石崎晴己・東松秀雄訳(藤原書店一九九七年)は、フランスの大学世界を社会学的に分析したもの。こういうことをするから社会学者は他の研究者から嫌われるのであるが、反省・再帰性・自己言及性などと呼ばれる循環的構図は社会学の知的駆動力でもあるから避けることはできないのだ。
このほか、近年とみに再評価されているオルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』神吉敬三訳(ちくま学芸文庫一九九五年)にも注目してほしい。こういう古典を新鮮に感じさせる時代だということである。今読むと、よくわかる。
社会学の自己言及性
1―3と1―4で説明したのは「社会学の自己言及性の問題」といえる。この論点については、ブルデュー『社会学の社会学』田原音和監訳(藤原書店一九九一年)をぜひ参照してほしい。ブルデューの立場は反省社会学と呼んでよいものだが、それがどのような問題と困難を呼び寄せることになるのかがやさしく語られている。インタビューが中心なので初学者にも読める。とくに第一部の「方法・対象――社会学の新しい見方」に注目してほしい。
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SOCIUS.JPドメインへの初出 8/4(Sun), 2002  最終更新日:4/1(Sat), 2017
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