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4月 12017

社会学感覚 あとがき

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
あとがき
あとがき(初版)
社会学教育についての反省
大学院に入ってまもないころ、受験生むけの「学部選びシリーズ」の一冊に「社会学は社会を人間の側に取り戻す科学だ」という長いタイトルの社会学紹介記事を書いたことがある。これには意外に苦労した。というのも、編集者は「社会学者の紹介も名前も入れないでくれ」というのだ。となると、当事手元にあった社会学の入門書はまったく頼りにならなかった。当時の社会学のテキストは、ごく初歩の入門書でさえ、実質的に社会学者と学説の要約紹介によって「社会学とはなにか」を説明していたからである。たしかに、すでに大学に入ってしまった人にはこれでいいかもしれないが、社会学部(科)にしようか法学部にしようかなどと迷っている受験生には、なにがなんだかわからないかもしれない。そこで自分なりに社会学の発想法を類型化してまとめることにした。本書の社会学論のいくつかの章はこのときの内容を出発点にしているが、これがわたしの最初の「社会学教育」体験といえるものだったという気がする。
やがて「住み慣れた」社会学科をでて、看護学校で社会学を教えるようになったとき、「病院での実習に携わりながら受講する彼女たちにとって社会学の有効性はどこにあるのだろう」と考えたものだ。その模索のなかで、看護学のもっているエートスが社会学の実践的なエートスに意外に近いのに気がついた。と同時に、このような専門職教育がどうしても技術中心にならざるをえず、じっさいに専門職として社会のなかで活動するさい遭遇するさまざまな困難や問題に対してどのように考えていけばいいかということについてはどうしても手薄になってしまうという事情も教えられた。制度上、社会学は基礎科目としてそれを補う立場におかれている。
このことは、大学の理工学部で社会学を教えるさいにも考慮したことである。技術者として企業内で働くなかで遭遇する人間係数的出来事に対するカリキュラムは組まれていないのがふつうである。ここでも社会学教育の存在意義は大きいはずだ。
問題は、社会学の側がそうした要請にきちんと応えているかどうかである。
かつての社会学は、みずからの科学としての正当性について弁解することにほとんどすべてのエネルギーを費やしてきた。これはこれで意味のあることだが、しかし、これは基本的に「社会学」そのものではない。「社会学の対象は社会学ではない」(フランコ・フェラロッティ)のである。かろうじてであれ社会学が市民権を得た今日、もうそのようなスタイルは過去のものとなりつつあるのではなかろうか。とりわけ入門段階において初学者がそのような学史的記述を正しく理解することが至難のことであっただけに、教養科目・基礎教科としての社会学教育は大きな転換点にきていると思う。
本書の方針
本書を構成するにあたって、さしあたりわたしの念頭にあった読者は、社会学を専攻していない大学生と短大生とくに理科系の学生、また看護学校の学生だった。目下わたしと関わりのある人たちをおもな読者と想定しているわけだが、これによって、これまでまったく社会学と縁のなかった市民の方々にも近づきやすいものになるのではないかと考えている。
さて、似上の反省をもとに、そのさいつぎの諸点について留意しつつ執筆した。
まず第一に、社会学がどのような科学であるかを学史的に説明するのでなく、その発想法に即して説明すること。「社会学感覚」という新造語は、そのような社会学的発想法のメルティングポットあるいはフロシキあるいは受け皿をさすことばとして導入した。かならずしも一義的な概念ではないが、たんに社会学専門家の独占物ではなく、明晰かつ反省的な市民としての読者と共有できる発想法・思考法として設定したものである。
第二に、本書では、旧来の狭い意味での社会学の領域ではなく、きわめて広い社会領域をあつかった。その結果、本書は「社会学入門」の枠を逸脱して「現代社会論入門」の色彩の強いものになっている。これは理科系・看護系のカリキュラムにおいて社会学は事実上「現代社会論入門」の位置にあると考えたからだ。第一章で説明したように、社会学は市民の社会科学入門に最適の科学的構成をもっている。
またこれに関連して、社会学者でない隣接科学の研究者の著作も多く導入した。じつは、知的興奮のみなぎった研究が社会学にあることはあるのだが、どれも専門的で、一般の人にはたいへんむずかしい。社会学的意味における知的発見のみなぎった「おもしろい」研究やフィールドワークは意外にも非社会学文献に多くみられる。これは隣接科学の〈社会学化〉の結果と考えられるが、わたしは自分の社会学感覚に忠実にこれらの社会学的な非社会学文献を「社会学的世界」のひとつとして紹介したいと思った。もともと社会学はその発展過程において「モザイク科学」であり「侵入科学」であり「残余科学」でありつづけた。そう考えれば、これも社会学の生理にあったことではなかろうか。
第三に、日本人社会学者の研究を紹介すること。こうした概説書では洋モノの原著[の翻訳]を内容紹介するのが通例になっていて、邦語文献の紹介は少ない。たしかに、邦語文献には欧米の研究の紹介が多い点でセカンダリーかもしれない。しかし、社会学入門者[じっさいには社会学専攻の学生も]にとって、これは迷惑な話である。たとえ原著であれ、翻訳というプロセスを経ているかぎり、じつはそうした文献もセカンダリーにはちがいないのだ。いや、むしろ「異文化間コミュニケーション」という問題をよけいにふくんでしまう点で、本質の理解にとってかえって妨げになる場合さえあるかもしれない。むしろ現代日本社会に即した解説や事例研究をたくさん読んだ方が、ヴィヴィッドな社会学感覚を身につけることができるのではないか。
たとえば、ジンメルが最初に着手した「よそ者」や「文化の悲劇」「大都市と精神生活」、ウェーバーの提起した「カリスマ」や「音楽の合理性」などの論点を現代日本の都市社会という社会的文脈のなかで説明できなければ、ジンメルやウェーバーの今日的意義を初学者に理解してもらうことはできないだろう。俗流化とかステレオタイプ化によって、たとえかれらのオリジナルな概念構成が犠牲になったとしても、その方がえるものは大きいのではなかろうか。  たとえば上野千鶴子の問題作『スカートの下の劇場』(河出書房新社一九八九年)にはジンメル的な問題意識と知的エートスがみなぎっている。こういうと、ご本人は否定するかもしれないし、ジンメル研究者にも叱られるかもしれないが、ジンメルが現代に生きていれば、おそらくこのような本を何冊も書き飛ばしたにちがいない。かれの社会学的なマインドすなわち「社会学感覚」をヴィヴィッドなものとして実感するには、教科書にあるような形式社会学の形式主義的説明よりも、おそらくこのような本を数多く読み飛ばす方が数段いいのだ。
第四に、記述をなるべくやさしくすること。人がまったく新しい科学に出会ったとき、最初に困惑するのは概念のむずかしさというより、その説明に使われることばのむずかしさである。社会学の場合も、むずかしさのかなりの部分が説明のことばに起因する。そもそも科学はムダのない簡潔なことばを好む。しかし、その文体はしばしば一般読者を遠ざけてしまう。執筆中もっとクリアに簡潔に記述したいという衝動がたえずつきまとったけれども、学術論文の文体はこれでもなるべく禁欲したつもりである。エッセイ的な記述に徹した部分もあるし、ふつうの概説書で数行で片づけらている部分を大きく膨らませる一方、学術的意義のあることがら――たとえば学説史や概念論議-を思い切って断念した章も多い。また文章としては邪道であるが、構図をつかみやすくするため箇条書きも多く採用した。改行もなるべく多くした。それでも「やっぱりむずかしい」という声が聞こえてきそうだが……。
第五に、統計的な資料の採用を極力やめて、事例中心に説明した。たとえば、こんな感想がある。「都市社会学的な視点の最大の欠陥は、現実を生活の実効的な側面に限定することにあったのでしょうね。ところが都市は、その中に生きる人間の意識のあり方によってさまざまの相貌を示すものです。だから、計量的方法によって捉えられるのは、そのごく一部に過ぎないという自覚が、そういった方法に携っていた人には欠けていたようです。」[山口昌男『祝祭都市-象徴人類学的アプローチ』(岩波書店一九八四年)]統計的・計量的方法の意義は承知しているつもりだが、山口のいう「意識のあり方」を本書では重視したいと考えた。そのために初学者にはおもしろみのない統計的資料の解読を避け、むしろ実感のともなう事例によって社会的世界の構造を語らせた方がいいのではないか。そのさい、ライト・ミルズが「知的職人論」でのべた「少なくとも心に確実な実例をもたぬまま、三頁以上を書きとばしてはならぬ」との警告を心にいだきながら執筆を進めたのだが、抽象と具体の往復は思いのほかむずかしいものだった。
第六に、読書案内あるいはブックガイドのような本をつくりたかった。みんな現代社会のしくみと問題についてはテレビと雑誌によってかなり知っている。テレビと雑誌の限界は、なによりもものごとを相対化する視点に欠けていることと、一定のステレオタイプにはまっていることだ。そこに〈反省〉はない。それを補うのが系統的な読書であるが、いまどきの大学生にたりないのは、このような読書体験による反省的知識である。
そもそも社会学のおもしろみを体験するには、まず多読が必要である。片っ端から読み飛ばすこと。ところが、意欲的な入門者の遭遇する困難は、なにを読んだらいいかわからないということだ。素養がなくても読めばだいたい理解できて興味がつながるもの-これがたいへんに重要!-がいいわけである。そこをなんとかしたかった。そのさい、海外の古典作品だけではなく、とりつきやすい現代日本の作品を多く示すことにしたことはすでにのべたとおりである。
したがって、社会学の世界では常識となっていることがらでも、それについて解説した一般書を脚注で提示するようにした。そのため本書の脚注はいささか〈過剰〉になっている。
ジャーナリズムの社会学化
以上のような方針に加えて、わたしのなかには、もうひとつの思いがあった。それはジャーナリズムヘの思いである。
ジャーナリズムは社会の反省的再構成にとって最重要な活動だが、現実にはさまざまな問題を抱えている。それを具体的に克服する主体は、いうまでもなくジャーナリストである。それゆえジャーナリストの社会認識-これは当然、自己認識をふくんでいなければならない-が重要なファクターとなるのだが、現状ではかならずしも十分とはいえない。権力・教育・宗教・家族・村落・子ども・犯罪・コミュニケーションなどについての認識は、しばしばステレオタイプに陥っている。べつに学術的であれとは思わないが、ステレオタイプな社会認識がジャーナリズムの理念とあいいれないのはたしかである。こうしたステレオタイプから脱するためには〈ジャーナリズムの社会学化〉が有効だというのがわたしの持論である。じっさいに本書がそのような人と出会う可能性は少ないかもしれないが、少なくとも、ジャーナリズムのオーディエンスたる若い読者に、日々メディアから送られてくるメッセージにひそむステレオタイプを批判的に受けとめる視点をもってもらうことはできるだろう。
社会学のジャーナリズム化
〈ジャーナリズムの社会学化〉にともなって〈社会学のジャーナリズム化〉もぜひ推し進めなければならないことである。とりわけ社会学教育は広い意味での――たとえば戸坂潤のいう意味での――〈ジャーナリズム〉の一環であるとわたしは位置づけている。
そもそも社会学は「問題提起の学」であって「問題解決の学」ではないように思う。社会学の実践的性格がかならずしも問題解決の糸口にならず、しばしば疑似宗教的実践倫理にとどまるのもそのせいであるし・ファシズムや官僚的社会主義から敵視されるのも、また逆に、社会運動に関わっている人びとから白眼視されるのも、そして政策担当者からあまり相手にされないのも、社会学の実践性が良くも悪しくも問題解決・政策提言になく、もっぱら問題提起性=議題設定機能にあることによるのではないか。本書の随所で「他者理解と自己反省」についてふれてきたが、社会学のレーゾンデートル[存在理由]は、権力作用によって把握しにくくなっている社会的現実を、自己反省的かつ他者理解的に解明するところにあると思う。とすれば、社会学研究と社会学教育の実践的課題は、問題解決や政策提言ではなく、むしろ潜在的な問題を〈問題〉として科学的に定義すること――それによって他者理解と自己反省の能力を高めること――にあり、この点をもっと明確に自覚的に追求すべきなのではないか。その意味では、〈ジャーナリズムの社会学化〉とともに〈社会学のジャーナリズム化〉が必要なのだと思う。
このような観点から、さしあたりテーマ設定についてなるべく具体的なもの・多様なものをあつかうようこころがけた。くわえて、少なくとも「議題設定機能」[何が問題か]をもつテキストたりえるよう、素材となる事例をなるべく具体的に提示するようにした。
理論的方針
理論的方針について、もう少しダメ押ししておこう。本文のなかで相当しぶとく強調しておいたことだから、ここまでくれば、もう若い読者にも納得していただけるだろう。本書を貫く理論的方針は、つぎのようなものである。
(1)「もうひとつの」(alternative)視点-たとえば被害者・受け手・被支配者・社会的弱者・市民・患者・消費者-に立つこと。
(2)自明視された「常識」と「ステレオタイプ」を〈歴史化〉し、批判すること。
(3)「技術的知識=情報」ではなく「反省的知識=明識」を深めること。統計的数字や「白書」的展望をいっさいやめて、原理的な思考能力を高める基礎的な考え方を提供する。
(4)属性ではなく関係に内在するものととらえるプラグマティックな思考方法を前面に押しだすこと。マルクスの物象化論、ミードのコミュニケーション論、ジンメルの相互作用論、ウェーバーの支配社会学および歴史社会学、グールドナーの反省社会学などに通底する思想を強調すること。
本書の理論的立場はおもに相互作用論といってよいものだが、読者自身の自明性をおびた常識的知識に批判的反省を迫るために、じっさいにはとくに「反作用」(リアクション)を強調する論述方法をとった。識者には、いささかバランスを欠くようにみえるかもしれないが、若い読者のステレオタイプをくずすには、これでちょうどよいというのがわたしの実感だ。
本書への自己反省
最後に、この本を読んだ読者に危険負担の可能性について申し添えておかなければならない。
それを一言で表すと、本書はわたしが自覚的に選択した社会学的知識に限定されているということである。ある問題についての学説がいくつかにわかれている場合、わたしはそれらを公平に両論併記する方法をとらないで、どれかひとつを選択した。さらに具体的にはつぎのようなことである。
第一に、なるべく多面的に社会学像を紹介しようといいながら、本書では「地域」という重要な観点が欠落している。これはもっぱら紙数の関係によるのであるが、もうひとつ、地域社会論の系列が全体社会論の系列としっくりかみあわないことによるものでもある。これはおそらく抽象度の水準の問題であろう。また、社会問題論では医療に関するふたつのテーマだけが論じられているにすぎない。ほかに論じたいテーマがいくつかあったのだが、これらも紙数の関係で限定せざるをえなかった。しかし、このふたつのテーマには、現代の社会問題を考える上で重要な要素が多くふくまれており、その点で例題的意義はあると考えている。ちなみに本書は網羅主義ではなく、あくまでも例題主義である。
第二に、本書では論点をはっきりうちだすために、理論のフリンジを多少強調してある。「あれもある、これもある」では読者がとまどうだろうというよけいな配慮によるのであるが、これが個々の作品世界を侵害することになった可能性は否定できない。ちょうど映画の予告編のようなものだと考えておいてほしい。そしてできれば予告編ですませるのでなく、図書館なり書店で本編に接してほしい。
第三に、学術的な態度によると概念や現象の〈差異〉をこまかく区別するが、本書では逆に〈類似性〉を強調する論法をとっている。さまざまな学説のちがいよりも、むしろそれらに共通する論点を前面にだしてある。入門段階はそうあるべきだと考えたからだが、識者には〈社会学的シンクレティズム〉または〈社会学的ブリコラージュ〉にみえるかもしれない。
それにしても、以上のような社会学教育への反省と理想にわたし自身は十分応えられただろうか。じっさいの講義では省略することの多い社会学説の解説も、また、講義なら二・三回ですませる社会学論も、いざ本にするとなると、理論社会学専攻の血が騒いでしまって、結局あれこれ書き込んでしまった。
社会学研究者としての仕事にはたえず準拠集団としての社会学者集団がつきまとう。そのため、想定される読者には必要のないことでも、ある程度までは-つまり準拠集団の許容範囲に達するまで-書き込まなければならない。これは教育者としてはつらいところであるが、研究者としての職業倫理でもある。結果としてこの本も多くの社会学概説書と同様、アンビヴァレンツな動機にひきさがれている。
きっと先学の方々もそうであったにちがいない。そう思うと、これまでのべてきたことをいっそのこと撤回したい心境になるが、逆に社会学者とはこうした両義性を平然と生きる確信犯のような存在なのかもしれないと思えば、この矛盾をかかえるのも修行のうちである。
謝辞
本書の知識はふたつの源泉をもっている。ひとつは多くの文献、もうひとつはわたしの受けた社会学教育である。最後に、このふたつの知的源泉に感謝したい。
とくに、本書では、敬愛する多くの日本の社会学者による研究や一般書を参照・紹介させていただいた。参照・引用した資料は脚注で逐一明記するよう努めたが、ここであらためて謝意を表したいと思う。本書は、もとよりオリジナリティを競うものではなく、社会学的に現代社会を理解するさまざまな知見を紹介することに所期の目的がある。したがって、本書は、これら諸研究への〈インデックス〉以上のものではないし、読者がこの〈インデックス〉から、自分の身の周りの社会的世界を見直すための小道具をみつけることができれば本望というものである。
最後に、予想以上に分厚いものになってしまった本書を快く引き受けてこのような本として仕立てていただいた文化書房博文社の天野義夫さんに心から感謝したい。
一九九一年九月二七日
社会学的リテラシー構築のために(増補版)
本書執筆後、私は三冊の本を書き下ろした。いずれも広い意味での社会学教育に関する本であり、本書執筆が引き金になった仕事である。すでに本書も七百ページ近くあり、これ以上何を読ませようというのかと思われるかもしれないが、社会学の勉強については、まだまだ言いたいことが山ほどあるのだ。
まず第一に「なぜ社会学を学ぶのか、なぜ社会学を教えるのか」について。
『社会学感覚』の本編では「1―4 社会学を学ぶ意味」(二六―三二ページ)でかんたんに説明しておいた。従来的な社会学入門では案外この点が説明されていないのである。じつは『社会学感覚』ではこの項目の他に「知識論」というテーマ群を設定して詳しく説明する予定だったのだが、紙幅の関係で果たせなかった。そこで、そのとき構想していたものを詳しく一冊の本に展開し直すことにした。それが本書の次に公刊した『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)である。結果的に、『社会学感覚』が各論として社会学の遠心力を説明したのに対して、『リフレクション』は総論として社会学の求心力を説明することになった。このさい私が考えた社会学の理念的求心力は「リフレクション」すなわち「反省」の力である。理論的にはミードやグルドナーやブルデューらをゆるやかにつなぐ反省社会学の系譜に依拠して議論を整理した。
つぎに「どのように社会学を学ぶのか」について。
従来はハウツウものとして専門家からは軽く見られてきた分野だが、じっさい社会学教育を考える上ではとても重要なところだと私は考えている。社会学では長らく適切なテキストがないために初学者にムダな試行錯誤を強いてきたきらいがあるので、本書『社会学感覚』のいくつかのハウツウ的な付論を発展させて詳しく説明することにした。『リフレクション』の翌年に上梓した『社会学の作法・初級編――社会学的リテラシー構築のためのレッスン』(文化書房博文社一九九五年)がそれである。本書『社会学感覚』の付論にものたりない読者は、こちらを参照していただければ幸いである。ただし、初級者にしぼって説明してあるので、卒論程度になるとものたりないかもしれない。現代学生に顕著な、単位取得に役立たないことはいっさいしないという受験生的「心の習慣」を脱構築するためのリハビリ用である。
さて、『社会学の作法・初級編』には「パソコンの利用」という章がある。パソコンが現代の社会学的生活には欠かせないという立場で具体的に説明したのだが、折しも一九九五年春の公刊である。その年末のWindows95の登場やインターネットの急展開によって、あっという間に記述が古びてしまった。とくにネットワークの利用が学習や研究にとって重要なものになってきたことをきちんと説明する必要を感じ、『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)を書いた。これはいわば「社会学の作法・ネットワーク編」にあたる。  最後にインターネット上の私のホームページについて言及しておこう。一九九五年八月から「SOCIUS」(http://www.asahi-net.or.jp/~bv6k―nmr/welcome.html)というホームページを始めた。「SOCIUS」は「ソキウス」と読む。生涯学習のための社会学専門ホームページである。さらに一九九七年一月にはシェアテキストのプロジェクト「honya.co.jp」(http://www.honya.co.jp/)に参加して「SOCIUS pro」(http://members.honya.co.jp/creative/knomura/welcome.html)の公開も始めた。いずれも印刷媒体の制約を乗り越えるために構築したものである。
いずれのホームページでも上記の私の著作を公開しているので、ネットワーク環境の整っている方は、さしあたってこのふたつのソキウスをご利用いただくのが早道だろう。また、ある程度の時間が経過したのちに本書をご覧の方のためにもソキウスで最新情報をチェックできるようにしたいと思っている。
そもそも、このブックガイド自体が、「ソキウス」上で展開している「ハイパーブックガイド」などでこの二年半に少しずつ書きためたものが元になっている。ウェッブは修正や増補が容易なので印刷媒体を補うのにちょうどよいメディアであるし、しかもウェッブ上で公開しているとなると日常的に増補する習慣がつくので、締切を過ぎたあとも目配りすることになる(なぜなら更新が止まってしまったウェッブはみっともないからである)。今回の増補原稿はその賜物である。
というようなしだいで『社会学感覚』はだれよりも著者自身を導いてきた本といえそうである。増補によって今しばらくの延命を願うのも人情というものであろう。いつか機会があれば、今回のラフな増補をもとに本編を全面的に書き直し、『新・社会学感覚』の上梓を期したいと思う。
近年発刊される社会学系のテキストでは十人以上の研究者によって執筆されるものも多い。それだけ専門分化が進んでいるのである。このような時代にひとりの著者が社会学全般について書くというのは、専門家として風上にもおけない逸脱行為であろう。私はそれを十分承知している。しかし、同時に私は、社会学が、専門家支配に抵抗する「見識ある市民」の反省的知識でなければならないとの信念をもっており、それに沿ってテキストを構成するには単独で作業する方が効率的なのである。それが成功しているかどうかに関して必ずしも自信があるわけではないが、しかし少なくともいえることは、この程度のことでも複数の執筆者間でコンセンサスを確保しながらおこなおうとすれば、たいへんな手間と議論とストレスが必要になるにちがいないということだ。それだけ「専門科学としての社会学」のディシプリンは強固であり、しかも社会学が本質的に論争的な学問であることがそれに輪をかけている。
本書の立場は「見識ある市民のための反省的知識としての社会学」というものである。「社会学感覚」ということばは、このような社会学の知的駆動力あるいはエートスをさすことばとして、私が考案した造語である。いささかバブル期の雰囲気をひきづったネーミングであったと反省しているが、ふつうの言い方をすると「社会学的感受性」ということになろう。それは、日常生活を反省的に異化する知的能力であり、社会を反省的にする実践を誘発する高度なコミュニケーション能力である。
このような社会学概念は、専門科学のタコ壷的講座制の枠内では、とんでもなくあいまいで明晰でないように見えるかもしれない。しかし、在野の視点から社会学を眺めるかぎり、これは社会学に対する現代社会の要請なのである。
社会学への入口はどこにでもある。気になったところから入ってみるのが一番である。『社会学感覚』が、それを手にとった読者のみなさんにとって、そんな入口のひとつにでもなれば幸いである。ひきつづき社会学的世界へのインデックスとならんことを!
一九九八年一月二五日
野村一夫
【追記】この原稿を書き上げたあと、社会学ブックガイドの決定版ともいうべき事典がでた。あわせて参照してほしい。見田宗介・上野千鶴子・内田隆三・佐藤健二・吉見俊哉・大澤真幸編『社会学文献事典』(弘文堂一九九八年)。また、本の入手について一言。社会学系の本は巨大書店に行かないかぎり書棚にないのがふつうである。新刊書をのぞくと、最寄りの書店や生協に注文しなければならない。それが困難な人やおっくうな人も多いと思う。その程度のことで社会学書との出会いが遠のくのは何とも残念なことだ。インターネットの使える人には、たとえば「紀伊國屋書店 KINOKUNIYA BookWeb インターネット店」(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/)のような宅配サービスをおすすめしておきたい。これだと地方はもちろん海外からでも注文できる。また、本の購入費のない人は、ぜひ身近な図書館の館員に相談してほしい。たとえば公立図書館でリクエストすれば新たに購入してくれたり他の図書館から取り寄せてもらえることがある。
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4月 12017

社会学感覚24社会学的患者論

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社会学感覚
24 社会学的患者論
24-1 医学パラダイムの成果と限界
医学パラダイムの成果
これからますます重みをましてゆくと思われる社会問題のひとつとして医療問題がある。医療はおそらく今後十年間にもっとも変動の激しい社会領域となることが予想され、すでに市民共通の課題として立ちあらわれつつある。そこで本章では、医療社会学および社会医学の成果のうちから、おもに患者に関するものを紹介しつつ、現代の医療が直面する諸問題について社会学的に考えていきたい▼1。
さて、医療活動の中心的役割を担っているのは医師である。医師は近代医学を学んだ者である。近代医学は自然科学の一分野である。これらのことは自明なことのようにみえる。しかし歴史的にみるかぎり、近代医学が医療の中心になったのは、たかだか十九世紀のことにすぎない。そして現在、医療の中軸はふたたび歴史的転機を迎えようとしている。
近代医学は自然科学のパラダイムの上に成り立っている。パラダイム(paradigm)とは、科学者集団が大前提とする〈ものの見方〉を意味する科学社会学上の用語である。たとえば、天動説と地動説、ニュートン力学と相対性理論が代表的なパラダイムである。いわば公理的枠組、学界の常識のことである▼2。近代医学の場合、症候から病理過程にさかのぼって病因を確定するというぐあいに、因果連鎖をさかのぼっていくというのが主要なパラダイムといっていいだろう。こうして疾患名を確定することを「診断」といい、これにもとづいて病因をのぞき、病理過程を正常に修復することを「治療」という▼3。
多くの急性疾患は、近代医学のこのようなパラダイムによる研究と努力によって征服されてきた。たとえば、先進諸国においておもな急性伝染病は駆逐され、かつては死を意味した肺炎や結核なども格段に治療法がすすんだ。このように、その成果を否定することは当然できないし、その意義はいぜんとして大きい。しかし、現在、この医学パラダイムは内外からいくつかの問題に直面している。パラダイムの内部問題と外部問題として整理してみよう。
医学パラダイム内部の問題点
近年の医療批判に「患者不在の医療」「こまぎれ医療」がある。これらは、よくいわれるような「たまたま現代医療が堕落しているからこうなった」といった性質のものではない。いずれも近代医学パラダイム内部から必然的にでてくる問題である。
第一に、近代医学パラダイムは、まず病気と患者を分離して考える。そして病気[疾患]の方を徹底的に分析していくわけである。したがって、医師が科学的であろうとすればするほど、患者の〈人間〉の側面を捨象して〈疾患〉だけを細かくみていこうとする。検査データはなるべく多い方がいいという発想もここに由来するし、教科書的にあつかいやすい〈疾患〉だけをみることになりがちなのはむしろ当然といえる▼4。
第二に、医学パラダイムは他の多くの自然科学と同様、全体を部分に分解してこまかく分析することによって真理に到達すると考える。そして「部分の欠陥を的確に指摘し、巧みに修理すればたちどころに全体としての人間が元通りになるはずであるという信念」に支えられている▼5。その結果、臓器別に診療科が細分化され、部品修理的医療すなわち「こまぎれ医療」へ傾斜しがちになる。現在、東洋医学が人びとの共感をえているが、それは西洋医学のこうした傾向に対して東洋医学が総合性をもつからである。
医学パラダイム外部の問題点
他方、医学パラダイムの外部においても、すっかり状況が変わってしまった。それは疾病構造の変化である。園田恭一のまとめによると、それはつぎのようなことをあらわしている▼6。
第一に、近代医学の進歩によって多くの急性疾患を克服した結果、あとに慢性疾患が残ってしまった。慢性疾患とは、ガン・脳血管疾患・心疾患などのいわゆる成人病である。つまり〈急性疾患から慢性疾患へ〉と疾病構造が根本的に変化した。第二に、社会的要因による傷病が増大している。つまり、交通事故・労働災害・突然死のような不慮の死が一九六〇年代後半以降、死亡順位の第四位か第五位を占めるようになってしまった。第三に、受診者数をみるかぎり精神障害者が高血圧なみに急増している。第四に、高齢化にともなう老人性疾患の増加がある。
慢性疾患・事故・精神障害・老人性疾患へと疾病構造が変化したことによって、これまでの医学パラダイム中心の医療では対応がむずかしくなっている。
まず、慢性疾患の場合、それらは原則的に治らない病気である。だから、病気とうまくつきあいながら一病息災にもちこむ以外にない。そのさい重要なのは患者自身の自己管理である。このとき医療はアドバイザーにすぎない。慢性疾患の場合、ほとんどの患者は社会生活を続行するから、そのなかで生活指導をしていかなければならない。このように、慢性疾患の管理は急性疾患の治療とまったく異なるプロセスになってくる。となると、病因をみつけ病院で集中的に教科書通りの治療をすればかならずよくなるという急性疾患治療の前提はくずれさる。このように、もはや「病気」の概念が伝統的な医学パラダイムをこえてしまっているのだ▼7。
これは老人性疾患の場合もほぼ同様である。従来の医学では老人性疾患に対してしかるべき対応ができなかった。つまり、老人を隔離し寝たきり状態にして濃厚医療をほどこすしかなかったのである。これは急性疾患中心の医学パラダイムからすると当然の処置だったといえよう。しかし、大熊一夫のルポルタージュが示すように、それがいかに人間の尊厳を傷つけるものだったかは想像に絶する▼8。
また、事故による傷病の増加の背景にあるのは、あきらかに社会生活の問題である。これについては多言を要しないだろう。他方、精神疾患もまた社会生活の問題と密接に関連していることは強調しておいてよい。重要なのは、精神疾患の多くのものは他の病気のように身体の病理的変化を前提に「病気」を定義できないという問題である。社会学ではこれを逸脱的な「ラベル」あるいは「役割」と考える立場もあるほどだ▼9。
いずれにしても、自然科学としての医学パラダイムでは処理しきれない局面をこれらはもっている。それを一言でいえば〈プロセスとしての社会生活〉ということである。
慢性疾患・老人性疾患・精神疾患の場合、〈治療〉は社会生活のなかにある。それは〈治療〉というより、〈コントロール〉または〈生活復帰〉というべきプロセスである。それは一方では、原因となった労働条件や生活条件、食事・タバコ・アルコール・運動不足などの生活習慣、人間関係によるストレスなどを改善し、場合によってはリハビリテーションによって生活能力を高めていくプロセスであり、他方では、身体的ならびに精神的障害が社会的差別につながらないような社会環境をつくりあげていくプロセスでもある。つまり、急性疾患の場合のようにただ個人を治すのではなく、社会がそれにあわせて適応するような側面も要請されるということである。
このような〈プロセスとしての社会生活〉に対して、医学パラダイムが対処できないのは当然のことだ。医療と福祉の有機的連関や、医療への社会科学の導入をふくむ「医療の社会化」が求められるゆえんである▼10。
▼1 医療社会学のおもな概説書としてつぎのものがあり、本章でもこれらを参照した。H・E・フリーマン、S・レヴァイン、L・G・リーダー編、日野原重明・橋本正己・杉政孝監訳『医療社会学』(医歯薬出版一九七五年)。七〇年代初頭のアメリカ医療社会学の集大成的な大著。目下、日本語で読める医療社会学文献のうち、もっともくわしく知識量の多いものである。日本の医療を論じたものとしては、園田恭一・米林喜男編『保健医療の社会学――健康生活の社会的条件』(有斐閣選書一九八三年)。より社会学サイドのものとして、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)。また、医学の側から社会学的視点を導入する「社会医学」系の文献も参照した。一般的なものとして、砂原茂一『医者と患者と病院と』(岩波新書一九八三年)。また中川米造の一連の著作も参照した。
▼2 パラダイム概念の提唱者はクーンである。トーマス・S・クーン、中山茂訳『科学革命の構造』(みすず書房一九七一年)。
▼3 中村隆一『病気と障害、そして健康――新しいモデルを求めて』(海鳴社一九八三年)二〇-三二ページ。
▼4 砂原茂一、前掲書五四ページ以下。
▼5 前掲書七三ページ。
▼6 園田恭一・米林喜男編、前掲書三-五ページ。
▼7 水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』(中公新書一九九〇年)第六章「慢性疾患の生活管理」参照。また、中村隆一、前掲書第五章「慢性疾患の諸問題」を参照のこと。
▼8 大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)。
▼9 トマス・J・シェフ、市川孝一・真田孝昭訳『狂気の烙印――精神病の社会学』(誠信書房一九七九年)。
▼10 本論では省略するが、医学パラダイムがその限界性を示すもうひとつの重要な問題は「死」である。脳死、臓器移植、ターミナル・ケア、尊厳死などの問題はもちろん医療の問題だが、もはや従来的な医学パラダイムの守備範囲をこえてしまっている。この側面については、文化人類学者の波平恵美子の著作が注目される。これは本来、社会学者がやってよい仕事である。波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知――死と医療の人類学』(福武文庫一九九〇年)。波平恵美子『病と死の文化――現代医療の人類学』(朝日選書一九九〇年)。また「死の社会学」の古典的研究として、有名な「死のポルノグラフィー」をふくんだ、ジェフリー・ゴーラーの『現代イギリスにおける死と悲嘆と哀悼』がある。これはつぎのタイトルで邦訳されている。G・ゴーラー、宇都宮輝夫訳『死と悲しみの社会学』(ヨルダン社一九八六年)。
24-2 病者役割と障害者役割
病気と障害の混同
医学パラダイムの限界として提示したことを別の局面からみると、病気と健康の対概念のあいだにもうひとつの大きなカテゴリーが広がっていると考えることができる。それは〈障害〉である。いわゆる病気でもなく健康でもない――あるいは病気でもあり健康でもある――〈障害〉の領域が今日決定的に大きな意義をもつようになっている。
これに対して、伝統的な医学パラダイムでは、病気と障害の区別、そして病者と障害者の位置づけがはっきりしていなかった。従来の慢性疾患や老人医療において処置が不適切な場合が多かったのはこのためである。またこれに呼応して一般の人びとも両者を混同している▼1。
そこで必要なのは、現代の疾病構造に対応して、病気と障害、病者と障害者の概念をはっきりさせていくことである。これまで医学・リハビリテーション医学・社会医学・看護学・社会福祉論・医療社会学などさまざまな分野の論者がこの概念の区分をしているが、おどろくことに、その多くは共通して伝統的な社会学の役割理論から出発している。ここでそれらの議論を整理してみよう。
病者役割
議論の出発点になるのは、パーソンズの「病者役割」(sick role)概念である▼2。かれによると、病者役割は四つの側面から構成される。まず第一に、病者は正規の社会的役割を免除される。その免除の度合いは病気の程度によって異なり、医師はそれらを判断し保証し合法化する役割を果たす。第二に、病者は自己のおかれた立場や条件について責任をもたない。つまり、病者はみずから好んで病気になったのでもないし、自分の意志でなおすわけにもいかない。その意味で病者は無力であるから、他人の援助を受ける権利がある。第三に、病者は早く回復しようと努力しなければならない。というのは、そもそも病気は本人にとっても社会にとっても望ましくないものだからである。そして第四に、病者は専門的援助を求め、医師に協力しなければならない。つまり、病者は自分で直すことはできないのだから医師の援助を求める義務があるというわけである。
以上のように「病者」は、一時的に社会的役割とそれにともなう社会的責任や社会的義務を免除された人間であるとされる。つまり、通常の社会的役割を遂行しえない逸脱者と定義される。
パーソンズのこの理念型はたしかに西欧文化にもとづいているが、ある程度は近代社会全般にいえることだと考えられる。それは、学校や企業などの公的な組織においてひとたび病者役割が認められると欠席に正当性があたえられることからもあきらかである。他方、こうした正当性を利用するさまざまな形態がある。たとえば授業をエスケープしたい生徒は学校の保健室というサンクチュアリー[聖域]を利用することができるし、兵役拒否に診断書が使われたり、政治的な意図で病院へ一時避難したりすることもしばしばおこなわれる。スターリン時代の旧ソ連では、生産目標が過大に設定されていたために農民出身の労働者たちは非常に苦しんだ。そこでかれらは積極的に病者役割を認めてもらって(つまり医者から病気と診断してもらって)過酷な労働の義務から免除してもらおうとした。つまり診断書が一種の免罪符の機能を果たした。そのため、政治指導部は医師のこうした診断数を制限したという▼3。
病者役割概念は一種の理念型であるが、人びとが現実に使用する常識的知識にその対応物が存在するのはある程度まではたしかなことだ。患者となった人びとの多くは、病者役割にふくまれた権利と義務を受け入れているし、医師や看護婦などの医療関係者の多くも、患者となった人びとにこのような役割を期待し、自分たちの役割もそれに対応して定義する。また病院の組織文化も、基本的に上記の病者役割を基準に編成されている。つまり、患者はまったく平等に、その主要な社会的役割から一時的に離脱した者として定義される。治療を求めて病院にやってきた人びとに対して、なによりもまず病院がすることは〈社会学的に羊の毛を刈る〉ことである▼4。
慢性疾患などの場合
パーソンズが定式化した病者役割概念の功績は、〈病人である〉ということが自然現象であるとともに、すぐれて社会現象でもあることを明確に示したことである。しかし、そこにはいくつかの問題があった。
そのひとつが前節でのべた慢性疾患・老人性疾患・精神疾患などの増加である。ここではそれらを慢性疾患に代表させて論じることにしたいが、慢性疾患は急性疾患とちがって苦痛のないことも多いし、症状も断続的なことが多い。また〈治療〉も社会生活のなかでおこなわれる。したがって、慢性疾患患者は病気を抱えながらも通常の社会的役割を果たしていくことが多い。こういう人びとを一律に役割から免除することは、それが一時的なものではないがゆえに、本人にとってかならずしも利益とならないばかりか一種の差別となる場合さえ考えられる。ところが伝統的な医療組織では、かれらに対してむりに病者役割を適用してきたきらいがある。その結果、患者の方はそうした病者役割の受け入れに抵抗して「不良患者」となってしまうケースも少なくない。これは老人性疾患や精神疾患にも大なり小なりいえることである。
では、どう考えればよいのだろうか。
障害者役割
慢性疾患患者の心身機能が障害されている場合は、ジェラルド・ゴードンが提唱した「障害者役割」(impaired role)にあてはめてとらえるべきだろう▼5。
ルース・ウーによると、障害者役割とは、第一に「その人の状態がもつ範囲内で、ある役割義務を引き受ける能力や責務のこと」である▼6。当然、障害のある人の行動のレパートリーは制限され、健康者役割[健常者役割]とはちがったものになる。しかし、病者役割のように行動を一時的に制限・免除されはしない。障害者役割にあるのは基本的に能力に対応した役割の修正である。第二に、障害者役割には、能力低下を補う道具的依存がふくまれる。この場合の依存とは、たとえば盲導犬であり補聴器であり車イスであり、あるいはまた血糖値を下げるための特別メニューであって、病者役割にふくまれるような心理的依存ではない。第三に、障害者役割には、自分の状態の共同管理者であることが期待される。医療専門家の生活指導によって自己管理することである。第四に、目下のところ障害者役割には自分自身のPR担当者であることもまた役割期待されている▼7。
中村隆一はリハビリテーション医学系の別の文献を用いて「障害者役割」を定義している▼8。
(1)自己の社会的不利に対して忍耐強く打ち勝つこと。
(2)能力低下に適応すること。
(3)障害されていない身体機能を用いて、能力低下の代償を行うこと。
(4)ある程度まで仕事を行い、社会的に活動性を高めること。
誤解しないでいただきたいが、これは理論の問題ではなく、社会のなかに常識として流通している知識の問題である。つまり、人びとが、慢性疾患にかかった人や老いによって老人性疾患にかかった人をどのようにみるか、どのような人物と定義するか、そして当人はどのように自己を定義して行動するか、これらの人びとのために社会がどのような配慮をするか――このような判断の基準となる〈常識的知識〉が問われているのである。
現代日本では、障害者という類型は、おもに人生初期に障害者になった人に対して適用され、老いや慢性疾患によって人生後期に障害者になった人に対してはあいまいな適用のされ方をしているのではなかろうか▼9。医療組織においても、多くの慢性疾患患者は病者役割と障害者役割の二重性のなかにある。どちらの役割をとるべきなのか、本人・医師・家族が迷っているのが現状である。伝統的な近代医療では、いまなお病者役割を中心に編成されているが、リハビリテーション医学ではすでに障害者役割が中心におかれているようだ。一方、企業組織はあいも変わらず健常者役割中心で、病者役割は一時的なこととして認知されているにしても、障害者役割は組織編成から徹底的に排除されている▼10。そういう意味で現代日本社会は過渡期であり変動期にあると考えられる。その目下の課題は、障害者役割を社会再構成の基本原理にすえることである。
障害の定義
そもそも〈障害〉とはなんだろう。WHO[世界保健機構]の定義をみることにしよう▼11。
障害は、器官レベル・個人レベル・社会レベルの三つのレベルにわけられる。
(1)機能障害(impairment)[障害の一次的レベル]――疾病から直接生じてくる生物学的なレベル。
(2)能力低下(disability)[二次的レベル]――通常当然おこなうことができると考えられる行為が制限されるか、できない状態。
(3)社会的不利(handicap)[三次的レベル]――疾患の結果、かつてもっていたか、当然保障されるべき基本的人権の行使が、制約または妨げられ、正当な社会的役割を果たせないこと。
このように三つのレベルを分析的に区別することによって、障害の本質がみえてくる。たとえば、片足を切断した人の場合、機能障害のレベルでは、ひざから下がないことである。能力低下のレベルは、そのままでは歩けないということだ。そして社会的不利のレベルは、一部の肉体労働やラッシュ時の通勤の困難を理由として会社勤務ができなくなるということに相当する。たいせつなことは、この三つのレベルが自動的に連鎖するとはかぎらないということだ。片足がなくても、車イスや松葉杖を使用して移動することは可能であるし、サッカーはできないにしても座って作業する労働や事務労働については支障はない。
要は、障害と社会環境の関係なのである。かつてヘレン・ケラーが的確に指摘したように「障害は不自由ではあるが不幸ではない。障害者を不幸にしているのは社会である。」つまり、機能障害が能力低下や社会的不利に連鎖するかどうかは、社会の価値観・文化のあり方しだいである▼12。
これまで障害者は「少数派」「例外」と考えられることが多かった。とりわけ産業界・企業組織ではそうだった。しかし、これまでのべてきたように、障害者役割として定義すべき人びとは、じつはけっして「少数派」でもなければ「例外」でもない。むしろそれは一般的なことといっていいだろう。すなわち、疾病構造からいえば、慢性疾患の増大であり、それをふくめて不慮の事故など社会的条件による疾病や障害の増大であり、高齢化による老年性障害の増大の事実としてあらわれている。とりわけ老いの問題は普遍的なものであり、現代社会がそれらを回避してきたことの方がむしろ特殊なのである▼13。
社会福祉の領域はもちろんのこと、医療の領域においても、障害の概念は今後ますます大きな意義をもってくると、わたしは考えている。
▼1 中村隆一、前掲書八-一二ページ。リハビリテーション医学の専門家である中村隆一によると、病気と障害は本来異なるものだが、しばしば混同されるという。たとえば、「脳卒中によって半身不随になった人は、脳血管をはじめとして脳におこった病気が治まった後にも、自分を半身不随の障害者とは考えずに、脳卒中である――いわば病者であると考えることも多い。また脳性麻痺のような障害児の両親も自分たちの子供は病気であると信じて、障害児であるという見方を受け入れない場合がある」という。前掲書九ページ。わたしのみるかぎり、リハビリテーション医学は従来的な医学パラダイムとは異なるパラダイムに立っているようだ。本章で準拠している砂原茂一と中村隆一はともにリハビリテーション医学者である。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)四三二-四三三ページ。なお訳書では「病人役割」と訳されている。
▼3 フリーマンほか編、前掲訳書一一六ページ。W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)「医療の正当化問題」三六五ページ。なお、これらの事例はいずれも病者役割の二次的利得(secondary gain)をねらったもので、「逸脱した病者役割行動」と位置づけられる。
▼4 ルース・ウー、岡堂哲雄監訳『病気と患者の行動』(医歯薬出版一九七五年)二〇二ぺージ以下。
▼5 ゴードンのオリジナル論文の翻訳はない。しかし、この概念のくわしい解説と展開については、ウーの前掲書第十章「障害者役割行動」が看護学の立場から論じている。ここでもそれを参照した。この本で提示されている考え方は医療社会学(あるいは看護社会学)でももっと採用されてよいものだと思う。
▼6 前掲書二二六ぺージ。
▼7 前掲書二二五-二二八ぺージ。
▼8 中村隆一、前掲書一九ページ。
▼9 ウーは、おそらくアメリカ社会についてであるが、つぎのようにのべている。「障害者役割行動の多様性やかなりの予測不可能性をまねくもっとも重要な因子は、障害のある人に対して一定の制度化された規範がないことである。病者や障害のない人の動作の基準があるのと同様には、障害者のための統一的で明確な規則はない。」ウー、前掲書二二八ぺージ。
▼10 20-1参照。
▼11 砂原茂一、前掲書一三-一四ページ。
▼12 たとえば、色盲の人は運転免許をとれないが、牧口一二によると、これは信号を色だけで区別させている現行の信号システムが悪いという。信号を丸だけではなく、赤信号は四角青信号は丸、黄色は三角にすれば、問題はかんたんに解決する。それだけの配慮と社会的負担を社会がひきうけるかどうか、問題はそっちにある。牧口一二「日常生活における障害者への差別語」生瀬克己編『障害者と差別語――健常者への問いかけ』(明石書房一九八六年)八九ページ。
▼13 大野智也『障害者は、いま』(岩波新書一九八八年)によると、日本の障害者概念はきわめて小さくとられているという。大野によると、日本の障害者の割合はスウェーデンの八分の一である。これは障害者が少ないのではなく、その概念がきわめて小さくとってあるためである。それは福祉予算圧縮の便法であり、社会福祉に対する考えがあらわれているといえる。一〇ページ以下参照。
24-3 新たな〈医者-患者〉関係
〈医者-患者〉関係のモデル
ここで話を医療現場に戻そう。従来、医療は、医療を受けている人を〈患者〉としてひとまとめにあつかってきたが、これまでの話からあきらかなように、〈患者=病者〉という素朴なとらえ方では現実をみあやまる危険性がでてきた。それにともなって、医療の原型である〈医者-患者〉関係もみなおされなければならない段階にきている。つまり、医療における人間関係を社会関係としてとらえかえすことが必要になってきた。
そのような試みのひとつが、T・S・サスとM・H・ホランダーの「医者-患者関係の三つのモデル」である▼1。
(1)能動-受動の関係(activity-passivity)[親-幼児モデル]
重傷・大出血・昏睡など緊急の場合、患者はなにもできない。理解も協力もできない。だから、医師が患者の「最善の利益」を考えて処置する。
(2)指導-協力の関係(guidance-cooperation)[親-年長児モデル]
患者がそれほど重態でない場合、たとえば多くの急性疾患の場合、患者は病気ではあるが、なにがおこっているかを自分でもよく知っており、医師の指示にしたがう能力も、ある程度の判断を下す能力ももっている。病気をなおすために積極的に医者に協力できる段階である。
(3)相互参加の関係(mutual participation)[成人-成人モデル]
糖尿病や高血圧などの慢性疾患に妥当するタイプ。この場合、患者自身が治療プログラムを実行するわけで、医師は相談にのることによって患者の自助活動を支援するだけである。
サスとホランダーは、それぞれの症状に応じて適切な〈医者-患者〉関係があると考えたようだが、砂原茂一のいうように、これからの医療の基本になるのは、両者がパートナー関係を築く「成人-成人モデル」だといっていいだろう。その理由はすでに説明した通りである。
組織医療と葛藤構造
以上の議論は理念型としては意味があるが、しかし、問題がないわけではない。第一の問題点は、〈医者-患者〉というダイアディックなモデル[二者関係モデル]が、組織医療あるいはチーム医療を中心とする医療組織の実状にあわないことだ。現在、医療組織には薬剤師・看護婦・理学療養士など約三十種の医療関係業種に携わる人びとがいる。医師は別格とはいえ、患者の側からみれば、さまざまな医療関係者のひとりにすぎない。その意味で、組織医療における〈医療者-患者〉の複合的な関係を問い直すことが今後必要だろう。とりわけ組織医療は医療責任の分散を招く傾向があり、一種の集合的無責任が生まれる可能性をもっている▼2。もはや一対一の関係として〈医者-患者〉関係を考えることは現実的でなくなりつつある。
第二の問題点は、どのモデルも医者と患者の役割が相互に補完しあい調和している場合を想定していることだ。しかし、社会関係に葛藤はつきものであり、とりわけ医者と患者のあいだに「期待の衝突」(フリードソン)があるのはむしろふつうのことである▼3。たとえ医療者側が治療共同体としてのまとまりをもっていたとしても、患者側はまったくの白紙状態で医療に関わっていくわけでなく、あらかじめ素人どうしで相談しあい、あらかたの予想を立てたうえで受療行動をおこすことが確認されている▼4。そのため、医療の現場は、医師をふくむ医療者のシステムと、患者をふくむ素人のシステムとの衝突の場となる。価値観の対立・関心のすれちがい・異文化間コミュニケーション――このような葛藤構造を考慮することもまた必要なのである▼5。
以上のように、じっさいの〈医療者-患者〉関係は、第一に複合的であり、第二に葛藤的である。このような関係のなかで、患者のあり方を見直してみる必要がありそうだ。最後にそれについて考えておこう。
▼1 サスはハンガリー生まれの精神医学者で、精神病の存在そのものを否定する反精神病学派の代表的人物。なお、これから紹介するオリジナル論文には邦訳がないので、くわしくはつぎの紹介を参照されたい。砂原茂一、前掲書四五-五〇ページ。米林喜男「医師-患者関係」園田恭一・米林喜男編、前掲書一六五-一八二ぺージ。フリーマンほか編、前掲書二七五-二七七ページ。
▼2 組織の「集合的無責任」については14-4参照。
▼3 前掲書二七八ぺージ。
▼4 これを「素人仲間での参照システム」(lay referral system)という。前掲書二七九ページ。
▼5 このような葛藤構造は具体的に「問診」にあらわれる。問診の現場を観察してみると、医師は積極的に患者の発言をうながしたり打ちきったりしてコミュニケーションを統制する。その結果、患者の〈声〉は抑圧されることが多い。この点については、栗岡幹英「問診分析と社会理論」『現代の社会病理V』(垣内出版一九九〇年)が批判的に紹介している。
24-4 患者の権利
基本構図
これまでの議論から基本構図を再確認することから話をはじめよう。
従来の医学パラダイム主導の医療において、患者は病者役割としてとらえられ、患者の「最善の利益」を知るとされる医師の判断によって治療がなされてきた。患者はあたかも親にしたがう子どものように医師にしたがうのが自明のことと考えられてきた。ところが、病気の主流が慢性疾患など社会性の強いものに移ってきたために、医学パラダイム主導の医療はさまざまな限界を示すようになった。それにともなって、医療者と患者の関係も変化しつつあり、今後は〈成人-成人モデル〉にならざるをえないと予想される。この変動のなかで浮上してきたのは、医療者の専門性と裁量権に対する、患者の自己決定権――要するに自分のことは自分で決めるということ――である。〈医師の専門家支配〉に対する〈患者の権利〉といってもよい▼1。
本来、自由な市民として、わたしたちは自分のことは自分で決定する。またその権利がある。医療もその例外ではないということに、わたしたちはながらく気がつかなかった。しかし、慢性疾患や老人性疾患などのように、病者役割よりも障害者役割の方があてはまる病気へと疾病構造のシフトが移動することにともなって、このような意識は過去のものとなる可能性がでてきた。つまり、慢性病患者あるいは障害者は、自分自身のライフスタイルを自分で選択し決定しなければならないのである。その意味で今後、患者の権利の問題はますます重要になるにちがいない。
患者の権利宣言
患者の権利を宣言した文書がでるようになったのは一九七〇年代になってからである。そのおもなものとして、つぎのようなものがある。
一九七一年「精神薄弱者の権利宣言」[国連]
一九七三年「患者の権利章典」[アメリカ病院協会]
一九七四年「病人憲章」[フランス]
一九七五年「障害者の権利宣言」[国連]
一九八一年「患者の権利に対するリスボン宣言」[世界医師会]
このうちアメリカ病院協会の「患者の権利章典」は、この分野の代表的なものであり、ひと通りの内容を備えている。これをみることにしよう▼2。
一、患者は、思いやりのある、[人格を]尊重したケアを受ける権利がある。
二、患者は、自分の診断・治療・予後について完全な新しい情報を自分に十分理解できる言葉で伝えられる権利がある。そのような情報を[直接]患者に与えることが医学的見地から適当でないと思われる場合は、その利益を代行する適当な人に伝えられねばならない。患者は、自分に対するケアを調整(コーディネート)する責任をもつ医者は誰であるか、その名前を知る権利がある。
三、患者は、何かの処置や治療をはじめる前に、知らされた上の同意(informed consent)を与えるのに必要な情報を医者から受け取る権利がある。緊急時を除いて、そのような知らされた上の同意のための情報は特定の処置や治療についてだけでなく、医学上重大なリスクや予想される障害がつづく期間にも及ばなくてはならない。ケアや治療について医学的に見て有力な代替の方策がある場合、あるいは患者が医学的に他にも方法があるなら教えてほしいといった場合は、そのような情報を受け取る権利を患者はもっている。
四、患者は、法律が許す範囲で治療を拒絶する権利があり、またその場合には医学的にどういう結果になるかを教えてもらう権利がある。
五、患者は、自分の医療のプログラムに関連して、プライバシーについてあらゆる配慮を求める権利がある。症例検討や専門医の意見を求めることや検査や治療は秘密を守って慎重に行われなくてはならぬ。ケアに直接かかわる医者以外は、患者の許可なしにその場に居合わせてはならない。
六、患者は、自分のケアに関係するすべての通信や記録が守秘されることを期待する権利がある。
七、患者は、病院がそれをすることが不可能でないかぎり、患者のサービス要求に正しく答えることを期待する権利がある。病院は症例の緊急度に応じて評価やサービスや他医への紹介などをしなくてはならない。転院が医学的に可能な場合でも、転院がなぜ必要かということと転院しない場合どういう代案があるかということについて完全な情報と説明とを受けた後でなければ、他施設への転送が行われてはならない。転院を頼まれた側の施設は、ひとまずそれを受け入れなくてはならない。
八、患者は、かかっている病院が自分のケアに関してどのような保健施設や教育機関と連絡がついているかに関する情報を受け取る権利をもっている。患者は、自分を治療している人たちの間にどのような専門職種としての[相互の]かかわり合いが存在するかについての情報をうる権利がある。
九、病院側がケアや治療に影響を与える人体実験を企てる意図がある場合は、患者はそれを通報される権利があるし、その種の研究プロジェクトヘの参加を拒否する権利をもっている。
一〇、患者は、ケアの合理的な連続性を期待する権利がある。患者は、予約時間は何時で医者は誰で診療がどこで行われるかを予め知る権利がある。患者は、退院後の継続的な健康ケアの必要性について、医者またはその代理者から知らされる仕組みを病院が備えていることを期待する権利をもつ。
一一、患者は、どこが医療費を支払うにしても請求書を点検し説明を受ける権利がある。
一二、患者は、自分の患者としての行動に適用される病院の規定・規則を知る権利がある。
以上が「患者の権利章典」である。つぎに一九八一年の「リスボン宣言」をみることにしよう。訳文は丹羽幸一による▼3。
一、患者は自分の医師を自由に選ぶ権利を有する。
二、患者は何ら外部からの干渉を受けずに自由に臨床的および倫理的判断を下す医師の治療看護を受ける権利を有する。
三、患者は十分な説明を受けた後に治療を受け入れるか、または拒否する権利を有する。
四、患者は自分の医師が患者に関するあらゆる医学的な詳細な事柄の機密的な性質を尊重することを期待する権利を有する。
五、患者は尊厳をもって死を迎える権利を有する。
六、患者は適当な宗教の聖職者の助けを含む精神的および道徳的慰めを受けるか、またはそれを断わる権利を有する。
インフォームド・コンセント
患者の権利をうたった宣言に共通する要素として、プライバシーの尊重の原則があるが、それとともに重要なのは「知る権利」である。とくに「知らされた上の同意」と訳された「インフォームド・コンセント」が重要な意義をもつ▼4。
インフォームド・コンセントはもともと、新薬の試験や人体実験など患者を医学的研究の対象とするときの原則として成立した概念だが、今日では患者中心の新しい医療の原則として注目されている。インフォームド・コンセントとは「ヘルス・ケアの提供者が単に患者の同意を求めるだけではなく、医療を行う側と患者との間で、医療の内容を明らかにした上で、十分な討議をするプロセスを通じて、十分な説明を受け理解した上で患者の同意を得るようにするということ」だ▼5。
「十分な」ということが重要で、あくまでも患者との自由なコミュニケーションを徹底させることに主眼がおかれているのがわかる。ジャーナリズム論で論じたこととまったく同じロジックである。ここでも、機能一点張りのシステム合理性に対して、理解と納得などのコミュニケーション独自の合理性がめざされている。今後の医療のすすむべき方向性はここにある。
▼1 専門家支配については22-2参照。
▼2 砂原茂一、前掲書一五〇-一五一ページによる。また、水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』三〇-三三ぺージにも全文が紹介されている。なお[]は砂原の補足。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略した。
▼3 丹羽幸一『よい病院わるい病院』(晶文社一九八六年)二〇二-二〇四ページ。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略。
▼4 「インフォームド・コンセント」は「説明と同意」とも訳される。一九九〇年に水野肇の前掲書が出版されることによって広く知られるようになり、一般にも「インフォームド・コンセント」で通じるようになった。
▼5 一九八三年の「アメリカ大統領委員会・生命倫理総括レポート」の定義。水野肇、前掲書五一ページ。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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4月 12017

社会学感覚11 マス・コミュニケーション論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
11 マス・コミュニケーション論
11-1 コミュニケーション・メディア
メディアとはなにか
コミュニケーションにはなんらかのメディアが不可欠である。メディア(media)は「媒介するもの」の意味で「媒体」と訳される。
たとえば、対話においては話しことばが主要なメディアであり、ノンヴァーバルな側面に注目すると、人間の身体がコミュニケーションのメディアである。しかし、現代人は自分の身体をメディアとしてのみコミュニケートするわけではない。さまざまな人工的・技術的な手段を媒介にして複雑なコミュニケーションを展開する。それはたとえば楽器であり新聞であり雑誌でありテレビでありラジオであり電話でありマンガや写真やパソコン通信であったりする。
これらのメディアはそれぞれ独自の特性をもっており、それがコミュニケーションの内容を規定する。たとえば、同じ友人との対話でも、喫茶店でのおしゃべりと深夜の電話でのおしゃべりがおのずとちがったものになるように、また大学教授の講義が同じ教授の書いたテキストとは相当異なる印象をあたえるように、メディア特性という「形式」がしばしばコミュニケーションの「内容」を規定する。その意味で、マーシャル・マクルーハンのいうように「メディアはメッセージ」なのである▼1。
メディア特性
いくつかの代表的なコミュニケーション・メディアの特性をおもに日本のメディア状況のなかで概観してみよう▼2。
(1)書籍――グーテンベルクの発明した印刷技術にもとづく活字メディア。基本的に多品種・少生産であり、それが受容される過程である読書行為[多くは黙読]」はプライベートにおこなわれる。「読書とは、文字から読み取る意味を読者がイメージとして具体化し、そのイメージに自ら反応する行為」である▼3。したがって読者には一定のリテラシー[知識や想像力や能動性]が要求される一方、内容は一般的なものからごく特殊なもの・高度なものまで乗せることができる。
(2)新聞――定期的[毎日]かつ大量に提供され、世論形成と密接な関係をもつ公共性の高い活字メディア。もともと党派性・政治性の強いメディアであったが、商業性との関連で現在は「客観報道主義」を掲げる。一般に信頼性[メディアとしての権威]は高い。一種の情報パッケージとして、いつでも接触できる。経済性にすぐれ、宅配制によって確実に読者に到達する。また、ななめ読みや見出しの効果によって短時間に内容を把握できる一覧性にもすぐれている。広告以外のすべての紙面が原則的にジャーナリズムを目的とする。
(3)映画――コンサートのように観覧の時間と空間が限定され、劇場で集合的かつ集中的に鑑賞される映像メディア。その意味で非日常性をともなう。芸術性・訴求力にすぐれるが、テレビやビデオといったメディアに乗せられた場合は「日常化」をまぬかれない。
(4)ラジオ――かつての高い公共的性格が弱まりプライベートな性格を強めつつある放送メディア。純粋に音声だけなので仕事場や自動車・若者の個室などで〈ながら〉的に聴取されることが多い。目下多局化が進行中のFMは、高い音質によって音楽文化の成熟と密接に連動している。
(5)テレビ――日本では「視聴率一パーセント百万人」といわれるほど多数の受け手が存在する放送メディア。高度な技術と資本が必要で、しかも国家による統制が強い。日本人のメディア接触率のトップ。視聴についての特殊なリテラシーを要求されない。視聴覚を駆使し反復することによって視聴者に強いインパクトをあたえることが可能。速報性と臨場性にすぐれる。
(6)電話――音声による日常的な双方向メディア。もっぱら音声によるために、電話コミュニケーションはどちらかがかならずしゃべっていなければならない。これは掟のようなもので、その点で電話は「一瞬たりとも沈黙を許さないメディア▼4」である。また日常的な実用的双方向メディアという点で、今後のコミュニケーションのあり方を考える上でもっとも重視すべきモデルは、新聞でもテレビでもなく、おそらく電話だと思われる。というのも、一九八五年の電電公社の民営化による電気通信の自由化によって本格的な「ニューメディア」時代が到来し、双方向コミュニケーションが身近になったからである。
(7)情報通信ネットワーク――すでに企業組織などの中間的コミュニケーションにおいて重要な役割を担っている電子通信メディア。本質的に双方向的であり、事実上〈送り手-受け手〉図式は妥当しない。〈ホスト-端末〉というべきか。当然「コンピュータ」と「情報」がこのメディアのキーワードとなる▼5。
メディア特性というものはもともと歴史的なものであり、ハードウェアによって一義的に決まるわけではない。他のメディアとの関係もそのメディア特性を規定することを忘れてはならない。たとえば、ラジオがプライベートなメディアとしての特性をもちはじめたのはテレビの普及のためだった▼6。そして現在では今度はテレビがビデオソフト・テレビゲーム・CATVなどによってブラウン管を占領されつつあり、テレビ局の用意した既成の番組を一家団らんで観るといった構図がくずれつつあるのは周知の事実である。また、かつては緊急の知らせに使われた電報は、現在慶弔専用メディアといってよい使用状況にある。
わたしたちは日常生活においてこのようなメディア特性をあまり意識しないで利用しているが、キャンペーンや広告にたずさわる人びとはメディア特性に対してきわめて慎重に考慮している。たとえば、高感度な若者を対象にするときは民放FMを使い、ある特定の興味をもつ人びとを対象にするときは専門性の高い雑誌を使うとか、企業理念を詳しく伝えたいときは信頼性の高い新聞に全面広告を掲載するとか、一般世帯向け商品であれば複数メディアで集中的に広告する「メディアミックス」という技法を採用するといったぐあいだ。
マス・コミュニケーションの特質
一般に「マスコミ」と呼ばれるマス・コミュニケーション(mass communication)とは、書籍・新聞・雑誌・CD・映画・ラジオ・テレビ・ビデオなどのマス・メディアを媒介したコミュニケーションのことである。
マス・メディアと総称しても、活字メディア・音声メディア・映像メディアと内実はさまざまである。しかし、それらにはおおよそつぎのような質的な特殊性――パーソナル・コミュニケーションならびに中間的コミュニケーションとの質的な差異――がともなうという点で共通点がある。
(1)特殊かつ複雑な技術と法的規制が介在するため、コミュニケーションの始発者[送り手]は、個人ではなく、専門的にこれをおこなう特定の組織であること。
(2)他方、受け手(audience)となるのは、不特定多数で匿名的かつ非組織的な「大衆」(mass)である。一定の代価・契約・装置といった基本条件を備えさすれば、原則的にだれでも受け手となることができる公開性をもつ。
(3)送り手と受け手の役割は固定されており、原則的に役割交換されることはない。このため、そこでおこなわれるコミュニケーションはその本質である相互作用性が後景に退き、一方向的となる。
(4)コミュニケーションの内容は、使用価値・交換価値をもつ「商品」として流通する。そのさい、送り手は商品の「生産者」であり、受け手は商品の「消費者」である。
マスコミ研究の諸分野
マス・コミュニケーションを研究する分野を通例「マスコミ論」と呼ぶ。これは大きく分けると「新聞」「放送」「出版」「広告」のメディア別に研究されることが多い。その一方で、マス・コミュニケーション過程では〈送り手-受け手〉図式が明確なために、送り手に関する研究と受け手に関する研究とにも分けることができる。前者を「伝達過程論」、後者を「受容過程論」という▼7。本章では、オーディエンスとしてのわたしたち自身の姿を認識するために受容過程論を中心に説明しよう。伝達過程論については「ジャーナリズム論」として次章で説明することにする。
▼1 マーシャル・マクルーハン、後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理――メディアの理解』(竹内書房新社一九六七年)。この本は最近別の翻訳でも読めるようになった。栗原裕・河本伸聖訳『メディア論』(みすず書房一九八七年)。マクルーハンは六〇年代後半ブームになったことがあるものの、その後しばらく注目されなかった。ところが最近になってメディアそのもののもつ効果に注目する研究がさかんになり、先駆的な業績として再評価されている。
▼2 マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論(新曜社一九八五年)第一章参照。とくに二四-二五ページの表に注目。マクルーハンの課題意識を受けて現代的なメディア論を展開したものとして、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)。電話・オーディオ・写真・テレビ・ペン・活字をとりあげている。現代のメディア状況をとらえるうえで多くの示唆をあたえてくれる。
▼3 渡辺潤、前掲書一八五ページ。
▼4 渡辺潤、前掲書四一ページ。なお渡辺は電話が疑似的性関係をつくりだすことも指摘していて興味深い。
▼5 この分野については多くのビジネス書が洪水のようにあふれていて戸惑うが、社会学の見地からこの分野をコミュニケーション論として展開した信頼しうる研究として、新睦人『情報社会をみる眼――コンピュータ革命のゆくえ』(有斐閣一九八三年)。
▼6 この点については室井尚『メディアの戦争機械――文化のインターフェース』(新曜社一九八八年)が興味ある考え方を提示している。「VIインターフェースの時代」を参照。
▼7 マスコミ論についての入門書は多いが、もっとも網羅的で信頼性の高いものとして、竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』(有斐閣一九八二年)。また、マクウェール、前掲訳書もスタンダードなもの。
11-2 マス・メディアの影響
マス・メディアの影響は絶大か?
マスコミ論の大問題は「マス・メディアの影響」の問題である。マス・コミュニケーションは〈送り手-受け手〉の役割が固定した一方向的なコミュニケーションである。それだけに送り手と受け手のあいだの非対称的関係の実態が問題となるわけである。
この問題についての社会学的研究はかれこれ七十年以上つづけられているが、じつはその結論はこれまで二転三転してきた。そのおもな原因は、第一にマス・メディアの発達が著しいスピードで進んだことである。二十世紀は「マス・メディアの時代」である。レコードが大量生産されラジオ放送が開始されテレビが生まれたのは他ならぬ二十世紀である。研究はその足跡を後追いするのに精一杯だった。第二に、マス・コミュニケーションにおいて送り手の存在は明確だが、受け手の方はあまりに大量かつ多様であり、これを科学的に観察・調査するのはたいへんにむずかしいからである。なによりも費用がかかる。それにドラスティックな結論がなかなかえられないのである。
というわけで「マス・メディアの影響」は自明なようにみえて、じつはなかなかの難問なのであるが、そのおおよその結論はメディア状況に応じて、つぎのように変化してきた。
(1)強力効果説→(2)限定効果説→(3)複合影響説
強力効果説[弾丸理論・皮下注射効果モデル]
わたしたちはマス・メディアの影響は絶大であると考える。これは「常識」である。なぜならわたしたちはマス・メディアがなければ世界のできごとばかりでなく身近な地域のできごとさえ知ることができないからである。裏を返すと、わたしたちはそれほど無力な存在なのだ。
ラジオ放送が本格的に始まった一九二〇年代以来のマスコミ研究者も、その研究の初期においてそう考えた。マス・メディアの放つメッセージがピストルの弾のように人びとの心を直撃するというイメージでマス・メディアの影響を過大にとらえた。そのような考え方を「弾丸理論」(bullet theory)という。またマス・メディアの発するメッセージが直接に個人の内面に注入されるというイメージから「皮下注射効果モデル」(hypodermic effect model)とも呼ばれる。
このような強力効果説には明確な社会的背景があった。
(1)一九三三年ドイツでヒトラーのナチスが政権をとり、ラジオ・新聞・映画といった当時のマス・メディアを完全に掌握してしまうことによって、大衆の支持を確立させた。ヒトラーは当初からマス・メディアを巧みに利用していた▼1。一方、ルーズヴェルトも一九三〇年代に「炉辺談話」としてラジオを政治的に利用し一定の効果を上げていた。
(2)オーソン・ウェルズが一九三八年一〇月三〇日にCBSラジオのドラマのなかで「火星人がアメリカに侵略し光線であたりを焼き払いながらニューヨークに向かっている」と放送した。これを本当のニュースとまちがえた推定約百万人の人びとが神に祈ったり家族を助けに走ったり救急車や警察を呼んだりしてパニックになったという▼2。
(3)第二次大戦中には戦意高揚のためアメリカでもプロパガンダ[政治宣伝]がマス・メディアを駆使してさかんにおこなわれた。なかでも一九四三年九月二一日朝八時から次の日の午前二時まで、戦時国債キャンペーンのため人気女性歌手ケイト・スミスを使ってラジオのマラソン放送がおこなわれた。その結果、たった一日に三九〇〇万ドルという並外れた額の戦時国債を売り上げた▼3。
これらの歴史的事例はことごとくマス・メディアの巨大な力を証明するかのように立ちあらわれたのだった。
のちにこの考え方を修正することになるエリフ・カッツとポール・F・ラザースフェルドは、このような強力効果説の基本前提をなす論点が二点あると指摘している。第一に、マス・メディアから流れでるメッセージを受け取る人びとは何百万というバラバラな原子としてのマス=大衆であるという仮定。第二に、あらゆるメッセージが直接的かつ強力な刺激となって個々の人間に無媒介な反応をひきおこすという仮定である▼4。これは今日でも一般の人びとの常識的なマスコミ観の根底にある想定であるが、このような素朴な認識から、一方でマス・メディアを原子爆弾にたとえる見方もでてくるし――だから法律できびしく規制しなければならないという意見になる――他方で民主主義の輝ける未来を約束するものと賛美する見方もでてくることになる。
ところが、一九四〇年のアメリカ大統領選挙におけるマス・メディアの影響について実証的に調査をしてみると、強力効果説の基本前提はどうもあやしいということになってきた。つまり、受け手の人びとはバラバラな大衆でもないし、マス・メディアの発するメッセージをそのまま受け入れたりしないという結果がえられたのである。こうして素朴な強力効果説はみごとにくつがえされてしまう▼5。
限定効果説[パーソナル・インフルエンス論]
一九四〇年代なかごろから一九六〇年代あたりまで、マスコミ研究は一般常識から離れ「限定効果モデル」(limited effects model)をとるようになる。強力効果説がもっぱら観察にもとづいていたのに対して、限定効果説は大規模な実証的調査研究にもとづいていた。
限定効果説の重要な論点はつぎの三点である▼6。
(1)マス・コミュニケーションの影響は絶大なものではなく限定的な効果しかない。
(2)というのは、マス・コミュニケーションは受け手に対する効果の必要十分な要因として作用するのではなく、じっさいにはさまざまな「媒介的要因」の連鎖のなかで機能するからである。
(3)マス・コミュニケーションは、受け手の意見や態度を「変改」(conversion)させるよりは、むしろ既存の意見や態度を「補強」(reinforcement)する傾向がある▼7。
ここで重要なのは、さまざまな「媒介的要因」の再発見である。そのおもなものはつぎの三点である。
(1)選択的受容
人はだれでも、自分に都合の悪い話は聞かないようにするものだ。よしんば聞いたとしても、自分に都合のよいように解釈する。また、都合のよいことはいつまでも覚えているものだ。これはマス・コミュニケーションについても当てはまる。
説得以前の受け手の状態――たとえば性・年齢・学歴・職業・意見・態度・知的水準・信念・感情・趣味・関心など――を「先有傾向」(predispositions)というが、マス・コミュニケーションにおいて受け手は自分の先有傾向にとって好意的あるいは同質のコミュニケーション内容にふれようとする傾向がある。これを「選択的接触」(selective exposure)という。よくいわれることだが、商品の広告を一番よく注意してみている人は広告されている商品をすでに買った人である。喫煙者は肺ガンと喫煙の密接な関係について書かれた記事を読もうとしないものだ。この選択的メカニズムは「接触」だけでなく「認知」「記憶」についても働いている。これらをまとめて「選択的受容」という。これがあるためにマス・メディアの思惑はしばしばはずれるのである。
(2)準拠集団
受け手の先有傾向を規定する大きな要素は、個人が自分を関連づけている集団の規範である。個人の意見・態度・信念・関心といったことがらは、じつはそのような集団の規範にもとづいていることが多い。このように個人の態度や判断の基準となる集団を「準拠集団」(reference group)という▼8。
たとえば、ボーイスカウト活動を批判したニュースに接した少年たちのうち、ボーイスカウトを準拠集団とする少年たちはますます積極的に活動するようになったという。つまりメディアの意図とまったく逆の効果――これを「ブーメラン効果」という――になったのである▼9。一方、そうでもない少年たちには効果的に作用したという。「ボーイスカウト」の部分を自分のコミットしている特定の学校や企業や政党や宗教団体に換えてみるとわかるように、準拠集団はマス・コミュニケーションの選択的受容の基準を提供する。
(3)コミュニケーションの二段階の流れ
マス・メディアからのコミュニケーションはいきなり社会の成員を直撃するのではない。じっさいには、まずオピニオン・リーダー(opinion leader)に流れ、そしてかれらから、比較的活動的でない人びと[追随者(followers)]へ流れることが多い。オピニオン・リーダーとは、マス・メディアをより多く利用し、社交性が高く、他人に影響力をもったり、情報源やガイドとしての役割をもっているという自覚をもつ人びとのことで、マス・コミュニケーションの中継機能を果たす。投票・流行・買い物・映画など分野によってそれぞれ異なるオピニオン・リーダーが存在する。オピニオン・リーダーは情報や影響をあたえるだけでなく、みずから積極的に情報を求め、影響を受けようとする。
このさいオピニオン・リーダーから追随者への影響を「パーソナル・インフルエンス」(personal influence)というが、人びとの意見を変える力をもっているのはマス・メディアではなく、じつはオピニオン・リーダーのパーソナル・インフルエーンスなのである▼10。
以上のような媒介的要因の再発見によって「弾丸理論」は崩れ、より複雑なメカニズムが立ちあらわれた。この転換はつぎのように考えることができる。第一に、「受け手」といっても結局「社会」にほかならないということの再発見。第二に、マス・メディアの影響の「結果」とみえた現象は、じつは受け手側ですでに醸成されてきた先有傾向をマス・メディアが「補強」したものにすぎないとみなせること。つまり原因と結果が逆だったと考えることもできるわけだ。
複合影響説
限定効果説が学界で定着し終えた一九六〇年代は、同時にメディアの転換期でもあった。いうまでもなくテレビの普及がそれである。これによってマス・コミュニケーション状況が大きく変わった。それにともなって限定効果説への違和感も高まり、さまざまな異論が生じてきた。その結果、一九七〇年代なかごろあたりから、マス・メディアの影響についての学界の潮流はふたたび一転することになる。それをここでは「複合影響説」と総称することにする▼11。
複合影響説は基本的にマス・メディアの影響力を大きくとらえる。その点で初期の単純な強力効果説と軌を一にするけれども、もとのさやへもどったと考えるべきではない。むしろ、それは強力効果説と限定効果説に共通していた理論的単純志向を実証的かつ理論的に修正し相対化する洗練のプロセスととらえるべきだ。この観点から複合影響説のいくつかの研究をみてみよう▼12。
(1)ニュースの広がりのJ曲線(J-curve)
ニュースで報道された事件には広がり方の異なる三つのタイプがある。a重要性は低いが、少数の人びとには大きな意義をもつ事件。b一般の人びとが重要と認める事件。c緊急かつ重要かつ劇的な事件。類型1のような事件は、利害関心のある特定の人びとが選択的にマス・メディアから知覚し、とりわけ注目しなかったその他の人びとにパーソナル・コミュニケーションによって普及する。コミュニケーションの二段階の流れ理論が該当するわけだ。ところが、通常のニュースである類型2のような事件では、人びとはマス・メディアから情報をえてしまうと、あえて他の人に伝えたりしない。それだけの理由に乏しいからである。しかし、ケネディ暗殺事件(一九六三年)のような類型3の事件になると、メディアから情報をえた人びとも積極的に他の人びとに伝えようとする。その結果、劇的な事件ほどメディアよりもパーソナル・コミュニケーションによって知る人が多くなるという現象が生じるのである。じっさいにニュースであつかわれた事件について、ヨコ軸に事件を知った人びとの割合をとり、タテ軸にメディア以外から知った人びとの割合をとって位置づけてみると直線にはならないでJの字のようなカーブを描く。このように「二段階の流れ」は類型1と類型3には当てはまっても類型2には当てはまらないことになる。類型2は通常のニュースと考えられるから、一般に人びとはマス・メディアから直接事件を知るのである。
(2)予防接種効果(priming effect)
まったく新しい論点についてはマス・メディアは大きな能力をもつ。のちに接触するマス・コミュニケーションの先有傾向となる。また、あるニュースの受け取られ方は、直前に流されたニュースによって左右される。
(3)普及過程研究(diffusion process)
新しいアイデアを採用する過程において、早期採用者はマス・メディアのインパクトを強く受けるが、後期採用者はとくにその意思決定の終盤でパーソナル・コミュニケーションによって強く影響される。
(4)議題設定機能(agenda-setting function)
マス・メディアが政治の過程で独自の機能を果たしていることは周知の事実である。しかし、その機能が受け手を自民党支持者から社会党支持者に突如「転向」させるといったことでないのは、限定効果説の主張するところである。マス・メディアが独自の――しかも強力な――機能をもっているのは、「どう考えるべきか」ではなくて「なにを考えるべきか」に関してなのである。マス・メディアは「今なにが問題なのか」という争点=議題を設定することについては強力な影響力をもつ。そしてマス・メディアの強調の大小が人びとに問題の重要性を認知させる▼13。
(5)沈黙のらせん(spiral of silence)
多くの人びとは孤立をおそれて、意見を表明するさいに、どれが多数意見・優勢意見かを確認する。もし自分の意見が少数派・劣勢であれば、孤立を避けるために意見表明は控えてしまう。逆に多数派・優勢意見であると、意見表明の積極性が増す。そのさい、多数派か少数派か・優勢か劣勢かの判断の基準となるのがマス・メディアである。マス・メディアが特定の意見を多数派・優勢意見として提示することによって、反対意見は表明されにくくなり、そのため反対意見はますます少数派として認知されることになる。多数派はますます多数に、少数派はますます少数になる。「らせん」とはこのような相乗的累積的増幅過程をさす。マス・メディアがこのように「意見の風土」を形成するのに大きな力をもっているのは、遍在性・累積性・共振性をもっているために受け手の選択的メカニズムがうまく作用しないからである▼14。
(6)文化規範説(cultural norms theory)/培養分析(cultivation analysis)
人びとは、なにが正常でなにが認められていないかについて、映画やテレビ・ドラマなどのマス・メディアを参照する。といっても、ある特定の作品が直接影響をあたえるわけではない。マス・メディアは長期的かつ累積的かつ非意図的に人びとに行動の基準を提供するのである。その意味で、基本的に役割の学習過程である社会化に対してマス・メディアは一定の影響をおよぼしていると考えられる。一般にテレビのえがく世界は現実とは異なる相対的に独自の世界であるが、それらが徐々に人びとに共有されている価値観や観念を〈培養〉する。
視点の転換
これまで〈強力効果説→限定効果説→複合影響説〉という学説上の変化をみてきた。この変化のなかには、テレビの普及といったメディア側の要因だけでなく、いくつかの視点の転換が起こっている。
第一に、「意図的効果」から「非意図的影響」への転換がある。一般に「効果」の概念は送り手の意図がいかにうまく達成されるかという観点をふくんでいる。しかし、これはマス・コミュニケーションのさまざまな活動のうちのひとつの形式にすぎない。これまで研究者はプロパガンダやキャンペーンなどの「説得的コミュニケーション」にとらわれすぎていたようだ。強力効果説も限定効果説も、プロパガンダや説得的コミュニケーションが受け手の態度にどのような影響をあたえるかというきわめて限定的な研究――これを「キャンペーン効果」という――を「マスコミ研究」全般ととりちがえていたふしがある▼15。
第二に、「短期的」効果から「長期的・累積的」影響への転換である。強力効果説にせよ限定効果説にせよ、受け手の意見と態度の短期的変容に焦点をしぼりすぎていた。タイムスパンがきわめて短かった▼16。しかし、近年になって累積的効果が顕在化する段階を迎えたこともあり、より長期的・累積的な影響が問題となってきた。文化規範説や培養分析はその一例である。
第三に、受け手の「態度変容」から「認知」への転換である。キャンペーン効果の場合、そのキャンペーンによって人びとの態度や意見がどう変わったかに焦点が当てられていた。そのためメディアの影響力が過小評価される結果になったわけだが、議題設定機能理論にはっきり示されているように、マス・メディアは環境認知に関しては非常に大きな力をもっている。認知的側面に着目することでマス・メディアの影響の実態がより鮮明に浮かび上がってきた。
このように、マス.メディアの影響は研究が進むにつれ、ますます複合的なものとして立ちあらわれる。しかし、注意しなければならないのは、この複合性の主たる源泉は、すでにみてきたように、マス・メディアの側にあるというより、むしろ受け手の側にある。どう受け取ったか――ここでもコミュニケーションを最終的に決定するのは送り手ではなく受け手なのである。
▼1 この点については、ヒトラーの腹心の部下で宣伝大臣のゲッベルスに焦点をあてた平井正『ゲッベルス――メディア時代の政治宣伝』(中公新書一九九一年)がくわしい。
▼2 キャントリル、斉藤耕二・菊池章夫訳『火星からの侵入』(川島書店一九七一年)。
▼3 ロバート・K・マートン、柳井道夫訳『大衆説得――マス・コミュニケーションの社会心理学』(桜楓社一九七三年)。
▼4 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、竹内郁郎訳『パーソナル・インフルエンス――オピニオン・リーダーと人びとの意思決定』(培風館一九六五年)四ページ。
▼5 B・ベレルソン、P・F・ラザースフェルド、H・ゴーデット、有吉広介監訳『ピープルズ・チョイス』(芦書房一九八七年)。
▼6 限定効果説の総まとめとして、J・T・クラッパー、NHK放送学研究室訳『マス・コミュニケーションの効果』(日本放送協会一九六六年)。
▼7 「変改」ということばは、いささか奇異に思われるかもしれない。「転換」「変換」「切り換え」とも訳されることばだが、ここではむしろ「転向」とか「改宗」の意味である。たとえば共和党支持者がマス・メディアとの接触によって突然民主党支持者に転向するということはあまりないということだ。
▼8 準拠集団の特性については14-2参照。
▼9 ブーメラン効果については、ロバート・K・マートン、森東吾・森好夫・金沢実・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)四七四ページ以下参照。
▼10 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、前掲訳書。
▼11 エリーザベト・ノエル-ノイマンの問題提起以来、この新たな諸潮流を「強力効果説への回帰」と呼ぶことが多いが、本書ではあえて「複合影響説」と呼ぶことにする。その理由については後論参照。E.Noell-Neumann,Return to the Concept of Powerful Mass Media,in:Studies of Broadcasting 24.
▼12 効果研究の変遷と個々の理論については次の文献を参照した。D・マクウェール、S・ウィンダール、山中正剛・黒田勇訳『コミュニケーション・モデルズ――マス・コミ研究のために』(松籟社一九八六年)。マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論』第七章。竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』第三・第八章。林進編『コミュニケーション論』(有斐閣一九八八年)第四章。
▼13 たとえば、中曽根首相時代の一九八七年に売上税が世論を二分した。のちに消費税として成立する売上税はこのときは結局成立しなかったが、かわりに防衛費GNP1%突破が実行された。マス・メディアはこのとき――賛成であろうが反対であろうが――売上税が問題だということに集中していた。その間隙をぬってのできごとだった。あのときの中曽根首相はマス・メディアの議題設定機能に助けられた(あるいは利用した?)といえるだろう。なお、近年悪評高いリゾート法もこのとき実質的審議なしに成立したもの。この事例は「総ジャーナリズム状況」とも関係があり、12-2を参照のこと。
▼14 沈黙のらせん理論についても邦訳がでている。ノエル-ノイマン、池田謙一訳『世論形成過程の社会心理学-沈黙の螺旋理論』(ブレーン出版一九八八年)。
▼15 これには「だれが、なにを、だれに、どのチャンネルで、どのような効果をもって」という有名なラスウェル図式が「マスメディアの影響」という広範な問題領域を狭めてしまったことが理由として考えられる。H・D・ラスウェル「社会におけるコミュニケーションの構造と機能」シュラム編、学習院大学社会学研究室訳『マス・コミュニケーション』(東京創元社一九六八年)。
▼16 一九六〇年の段階でクラッパーはつぎのようにのべていた。「長期的な態度変化においてマス・コミュニケーションが演ずる役割についての客観的な研究は皆無である」と。クラッパー、前掲訳書二〇ページ。
11-3 受け手の能動性
コミュニケーションの脱物象化のために
わたしたちは「マス・メディアの影響」というと、ついメディアの側に立って考えてしまう。なぜかオーディエンスとしての視点に立てない。しかも、マス・メディアの影響力を高くみつもる一方で、自分たち受け手を無力な存在と考えてしまいがちだ。これはマス・コミュニケーションを物象化されたレベルでとらえる結果、マス・メディアを物神化してしまうことによるのであろう。それは、わたしたちがお金にならないことは価値がないと考えたり、目の前の生身の人間を役割のマリオネットとしてしかみれなかったりするのと同様である。
その意味で、ここで少し発想を転換して、〈マス・メディアが人びとになにをなすのか〉ではなく、〈人びとがマス・メディアでなにをなすのか〉について考えることにしよう。このように「送り手」の立場よりも「受け手」の立場で考えることは、脱物象化のためにも有効なことである▼1。
マス・メディアの〈利用と満足〉
マスコミ研究の一分野として「〈利用と満足〉研究」(uses and gratifications study)というのがある。これは文字通り、受け手がマス・メディアをどのように利用し、どのような満足をえているかを研究する分野である。つまり、受け手を中心にマス・コミュニケーションを分析しようとするわけだ。前節の議論とは出発点がまるでちがう。この研究系譜によると、受け手はマス・メディア[おもにテレビ]を利用することによってつぎのような充足をえているという▼2。
(1)気晴らし
a日常生活のさまざまな制約からの逃避
b解決しなければならない諸問題の重荷からの逃避
c情緒的な解放(泣いたり笑ったりしてスッキリする)
(2)人間関係
a交友関係(メディア内の登場人物との疑似的な社会関係)
b社会的効用(家族や仲間などといっしょに楽しんだり、メディアの内容について話したりする)
(3)自己確認
a個人についての準拠(自分の状況・性格・生活について番組内容に照らし合わせて自己確認する)
b現実の探究(身近な問題の対処の仕方を学ぶ)
c価値の強化(自分の考え方などが正しいということを番組内容にみつけて確認する)
(4)環境の監視 (自分にとって間接的な公共的世界のできごとを知る)
たとえば、クイズ番組の場合、「家族で」みることに意義を感じたり、知識が増えることに満足したり、出演回答者より自分の方が物知りだということを誇示することに喜びをみいだしたり、純粋に没入して興奮したり、とにかく騒々しい人の声がしていればそれでいいというケースなど、じつにさまざまな理由から人びとは番組をみるのである。キャスターと接していたくてニュース番組をみる受け手もいれば、ドラマから異性との処し方を学習する受け手もいるということだ。
つまり、受けとられ方のヴァリエーションは受け手しだいなのであって、送り手の意図とは無関係ではありえないにせよ原則的には分離している。受け手はメディアからの内容を利用するが、その現実的内容を決定するのは――つまりコミュニケヨーションの意味を決めるのは――受け手側の事情なのである▼3。前章でくわしく論じたコミュニケーションの偶発的な性格は、マス・コミュニケーションについてもいえる。
〈受け手の能動性〉対〈メディアの影響〉
マクウェールにならって〈コミュニケーションの始発者としての受け手〉〈コミュニケーションの始発点としての受容行動〉を強調しておこう▼4。しかし、かといって、マス・メディアの複合的影響が再認識される時代に、むやみに受け手を万能視するのも楽観的にすぎるだろう。では、どのように考えればいいのだろうか。
コミュニケーション論で確認したように、受け手は受動的で二次的な存在ではない。能動的にコミュニケーションの意味を構成する積極的な存在である。受け手の解釈作業なしにコミュニケーションは成立しない。したがって、マス・コミュニケーションにおいてもまた、意味を確定するのは受け手の解釈実践である。マス・メディアの提示する内容は、あくまでも受け手の文脈で理解される。これが議論の出発点である。
このような受け手に対して、マス・メディアが受け手の意見や態度を急に変えさせたり、新しい意見や行動をそっくり注入することはできない。しかし、江原由美子によると、マス・メディアは、あるひとつの〈要請〉をほぼ確実に受け手に実行させることができるという。それはほかでもない、受け手自身の「解釈作業」である▼5。「マス・メディアヘの不断の接触は、その事自体において、マス・メディアのメッセージの『解釈作業』という実践を要請するのである。この『解釈作業』は『受け手』自身の実践でありながら、それがコミュニケーション行為であるというまさにその点において、社会的規範性を帯びる。[中略]マス・メディアの影響力とは、この『受け手』の『解釈作業』という実践を不断に『呼込む』ことにおいてもっとも直接的かつ最大の力を行使する。それは個々のマス・メディアのメッセージが『受け手』に行使している影響力というよりも、マス・メディア総体とその歴史的積重なりが『受け手』の『解釈能力』に与えている影響として考えるべきである。この『受け手』の『解釈能力』の水準の変動は、『受け手』の世界認識の形を変え、その『生活世界』の構造を変化させる▼6。」
江原由美子は、このような観点から、メディアの側が受け手の解釈作業をひきだし、そのひきだされた解釈作業の解釈図式[スキーム]が受け手に強力な影響をあたえるというロジックを、テレビCMの分析から見いだしている。たしかに、この視点からすれば、〈積極的にマス・メディアの意味を構築している受け手像〉と、〈マス・メディアによって影響を受けている受け手像〉は矛盾しなくなる▼7。
そもそも人間の行為は社会的真空状態のなかでおこなわれるわけではない。かならず既存の社会構造のなかでなされる。人間はそれを一種の〈資源〉として利用しながら行為をおこなうと同時に、それらを一種の〈環境〉として反応=リアクションする。すでにかんたんにふれておいた〈構造の二重性〉である▼8。たとえば人間が役割の担い手であると同時に、役割が人間の行為の媒体であるのと同じロジックで、マス・コミュニケーションが受け手にとって解釈作業を強制する〈環境〉として作用すると同時に、受け手はマス・コミュニケーションを〈資源〉として積極的かつ主体的に利用する。
一方でマス・メディアの物神化についての悲観的なメディア観に抗し、他方で受け手の自由を楽観視し現状を肯定する情報行動論に抗するには、このような構図で理解するのが適切であるとわたしは考える。
▼1 物象化と脱物象化については2-4参照。
▼2 デニス・マクウェール、ジョイ・G・ブラムラー、ジョン・R・ブラウン「テレビ視聴者――視点の再検討」デニス・マクウェール編著、時野谷浩訳『マス・メディアの受け手分析』(誠信書房一九七九年)。なお、以下は詳細な受け手調査にもとづいて類型化されたものである。対象となった番組はホームドラマ・クイズ・ニュース・冒険ドラマである。
▼3 だからこそメディア側の人びとは受け手の「利用と満足」の実態を調査する必要に迫られる。視聴率に対する「視聴質」をさぐる試みもそのひとつである。たとえば、日本における比較的初期の研究として『番組特性(充足タイプ)調査実用化研究――充足タイプ調査は視聴率調査をどのように補完するか』(日本民間放送連盟放送研究所一九七七年)。
▼4 デニス・マクウェール、山中正剛監訳、武市英雄・松木修二郎・山田實・山中速人訳『コミュニケーションの社会学――その理論と今日的状況』(川島書店一九七九年)一九ページ。
▼5 江原由美子「『受け手』の解釈作業とマス・メディアの影響力」『新聞学評論』三七号(一九八八年)。
▼6 前掲論文六二-六三ぺージ。
▼7 前掲論文五三ページ。なお、理論的立場は異なるものの、「『主体性の契機』という受け手の選択性の存在そのものがかえって依存を強めるという正フィードバック構造」という池田謙一の指摘もこの文脈で理解することができる。池田謙一「『限定効果論』と『利用と満足研究』の今日的展開をめざして――情報行動論の観点から」『新聞学評論』三七号(一九八八年)四二ページ。
▼8 3-1ならびに9-4参照。
増補
メディア論
本編ではメディア論についてほとんど言及できなかった。本来なら一章を別個にあてるべきであったろう。
この分野はもともと学際的な領域であり、マスコミの現場出身者による研究も多く、必ずしも社会学的でない場合が多い。その中にあって「メディアの社会学」の基本テキストとして社会学的かつ新鮮な構成でつくられているものとして、吉見俊哉・水越伸『メディア論』(放送大学教育振興会一九九七年)。社会学的メディア論の仕切り直し的テキストである。基本的なデータを整理したものとしては、山本明・藤竹暁編『図説 日本のマス・コミュニケーション(第三版)』(NHKブックス一九九四年)がある。
とくに九〇年代のメディア論で注目すべきなのは、電話研究が一気に進んだことだ。この先駆けになった研究が、吉見俊哉・若林幹夫・水越伸『メディアとしての電話』(弘文堂一九九二年)。また、近年インターネット以上に急激な普及を遂げた携帯電話やPHSについては、富田英典・藤本憲一・岡田朋之・松田美佐・高広伯彦『ポケベル・ケータイ主義!』(ジャストシステム一九九七年)が先駆をきっている。
■歴史社会学的なメディア論
社会学によるメディア論のひとつの新潮流は、社会史的にメディアの歴史を記述するという手法である。この歴史社会学的手法は他の研究領域でもさかんにおこなわれているが、その一例として、桜井哲夫『TV 魔法のメディア』(ちくま新書一九九四年)がおもしろい。いつの世も新しいメディアは嫌われるのだ。吉見俊哉『「声」の資本主義――電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(講談社選書メチエ一九九五年)と水越伸『メディアの生成――アメリカ・ラジオの動態史』(同文舘出版一九九三年)も歴史社会学的なメディア論。
これら歴史社会学(社会史)的研究の眼目は、歴史化することで自明性が壊れるということにある。歴史ほど意外性をもつものはない。とくにメディア・コミュニケーションが国民国家を形成してきた側面に光が当てられているところに注目してほしい。この視角は、逆に、衛星放送やインターネットなどの新しいメディアが国民国家の枠組みと摩擦を起こしている現状を考える上で重要である。
この分野の出発点となっている古典的研究はふたつある。ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』桜井直文・林正寛・糟谷啓介訳(藤原書店一九九一年)。ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版一九九七年)。しばしば引き合いに出されるメディア論の新しい古典である。
マス・メディアの複合影響説
近年の複合影響説(一般には「新・強力効果説」と呼ばれている)については、田崎篤郎・児島和人編著『マス・コミュニケーション効果研究の展開』(北樹出版一九九二年)がコンパクトなテキスト。受け手論として最新の研究状況に基づいた論文集として、児島和人『マス・コミュニケーション受容理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。一歩突っ込んで調べるときはこちらを参照されたい。
翻訳もいくつかでている。沈黙の螺旋については、Elisabeth Noelle-Neumann『沈黙の螺旋理論――世論形成過程の社会心理学〈改訂版〉』池田謙一・安野智子訳(ブレーン出版一九九七年)。議題設定機能については、マックスウェル・マコームズ、エドナ・アインセィデル、デービッド・ウィーバー『ニュース・メディアと世論』大石裕訳(関西大学出版部一九九四年)。なお、培養分析やその対抗理論については、佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房一九九六年)がよく整理してくれている。
この文脈の議論は、電磁波の人体への影響の問題と同じく「科学的に」結論を出すのがむずかしい。「沈黙の螺旋」理論や「第三者効果」理論が示唆するように、人びとがマス・メディアの影響力を大きいと思っていること自体が、マス・メディアの影響力を大きくしてしまうという側面もあり、こうした循環的構図に対して「科学的に」つまり行動科学的に結論を出せるものなのかどうか。社会学的な吟味が必要な段階に来ていると思う。
情報操作
マス・メディアの操作性については多くの議論がある。集中豪雨的な報道の過ぎ去ったあとでマスコミ不信が募り、「あれは作為的なキャンペーンではなかったのか」と考える人も多いと思う。オウムの人びとが陰謀説を信じたように、私たちもまた陰謀説にとりつかれている。
しかし、数多くのメディアが競ってニュースを伝えている現在の状況の中で、情報操作が意図通りに成就するとは考えにくい。けれども時間を短く区切って、それが成功することはありうる。湾岸戦争のさいにホワイトハウスがやったように。佐々木伸『ホワイトハウスとメディア』(中公新書一九九二年)はホワイトハウスの歴代政権のメディア・コントロールを調べたもの。
このほかにも、川上和久『情報操作のトリック――その歴史と方法』(講談社現代新書一九九四年)、渡辺武達『テレビ――「やらせ」と「情報操作」』(三省堂選書一九九五年)、渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)がメディアの作為的な側面に焦点を当てて説明している。この論点で議論すると、つい安直な陰謀説に傾いてしまうので、上記の本をよく吟味してから議論するようにしたい。
メディア・リテラシー
九〇年代になってマスコミ研究者のあいだで急速に議論されるようになったのが「メディア・リテラシー」である。最近の大学教育で「情報リテラシー」「リテラシー教育」といえばパソコンを操作すること自体が目標になった自動車教習所的な教育をさすが、ここでいうリテラシーはもっと高度な段階をさしている。鈴木みどり編『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』(世界思想社一九九七年)によれば「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創りだす力」(八ページ)である。つまり、これまで受け手としてマス・メディアに屈してきた人びとが能動的なコミュニケーション主体として成熟することを意味しているのである。
この分野の基本書は、カナダ・オンタリオ州教育省編『メディア・リテラシー――マスメディアを読み解く』FCT(市民のテレビの会)訳(リベルタ出版一九九二年)。音楽メディアをふくめた、たいへん視野の広いメディア論になっている。オンタリオでは国語の授業の三分の一が「メディア・リテラシー」の授業にあてられており、これはそのオフィシャルな教科書である。
渡辺武達『メディア・リテラシー――情報を正しく読み解くための智恵』(ダイヤモンド社一九九七年)は、おもに月刊誌『マスコミ市民』に掲載された論考をまとめたもの。著者は九〇年代ジャーナリズム論でもっとも注目すべき研究者だが、この本もジャーナリズム論的なリテラシーを論じている。コンパクトな入門書としては、メディアリテラシー研究会(市川克美・音好宏・見城武秀・後藤繁榮・藤本浩・水越伸)『メディアリテラシー――メディアと市民をつなぐ回路』NIPPORO文庫(日本放送労働組合一九九七年)もある[ただし現時点では直販]。
「社会学的」ということにこだわるなら、D・K・デビス、S・J・バラン『マス・コミュニケーションの空間――批判的研究のパースペクティブ』山中正剛ほか訳(松籟社一九九四年)が読みやすく、視野も広い。原書のタイトルは『マス・コミュニケーションと日常生活』で、受け手のメディア利用をより自覚的にさせることをねらっている。その意味ではメディア・リテラシーに関するテキストといえるだろう。
じっさいに新聞の読み方をごく初歩的なところから説明したものとして、岸本重陳『新聞の読みかた』(岩波ジュニア新書一九九二年)と熊田亘『新聞の読み方上達法』(ほるぷ出版一九九四年)が格段にやさしく、教材としても使いやすい。いずれも高校生向けで、大学生ならさらっと読めるだろう。
もう一冊。現在のメディア・リテラシーを考える上でポイントとなるのは新聞でもパソコンでもない。それはテレビ・ニュースではないだろうか。その見方をやさしく教えてくれる邦語文献がほしいところだが、なぜか手薄なテーマになっているようだ。「日経の読み方」や「パソコンの使い方」の本が山ほど存在するのに、これは奇妙なことである。とりあえず翻訳書では、ニール・ポストマン『TVニュース 七つの大罪――なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか』石川好監修・田口惠美子訳(クレスト社一九九五年)が、わかりやすくテレビ・ニュースの「からくり」を説明してくれている。これなら高校生でも読めるだろう。
ネットワーク・コミュニケーション
パソコン通信やインターネットによるコミュニケーションを「ネットワーク・コミュニケーション」と呼ぶ。英語圏ではComputer Mediated Communicationと呼び、略してCMCといい慣わされている。英語圏では膨大な「CMCの社会学」が発表されているが、日本でも九〇年代中頃から急速に増えている。
パソコン通信については、森岡正博『意識通信――ドリーム・ナヴィゲイターの誕生』(筑摩書房一九九三年)。川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治『電子ネットワーキングの社会心理――コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』(誠信書房一九九三年)。宮田加久子『電子メディア社会』(誠信書房一九九三年)。『意識通信』は豊富なアイデアに満ちた読み物。後二者は標準的な手法で調査した研究書。
インターネット
同じCMCではあるが、インターネットはパソコン通信とかなり様相が異なる。パソコン通信がコントロールされた「組織」だとすると、インターネットは「社会」に相当するからである。インターネットには目下さまざまな問題が生起しつつあり、解決のむずかしいものも多いが、統制主体の不在(あるいは多数性)が問題の核心に存在する。
インターネットの歴史については、古瀬幸広・廣瀬克哉『インターネットが変える世界』(岩波新書一九九六年)が基本書。イリイチとの思想的関連についてなど興味深い記述が多い。マイケル・ハウベン、ロンダ・ハウベン『ネティズン――インターネット、ユースネットの歴史と社会的インパクト』井上博樹・小林統訳(中央公論社一九九七年)も同様の歴史記述。ネットに関わる人びとが現にどう考えているかに重点をおいたもので、膨大な発言の引用が特徴。このマイケル・ハウベンが「ネティズン」の命名者といわれている[公文俊平編著『ネティズンの時代』(NTT出版一九九六年)]。
インターネットの実態については、クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』倉骨彰訳(草思社一九九七年)が有名だが、ただし、あざとい邦訳タイトルがマスコミ受けして「からっぽの洞窟説」がマスコミ界で一人歩きした感がある。しかし、ストールのインターネットに対する態度は両義的で、もっと含蓄のあるものだ。
インターネットによって具体的に私たちの目の前に現出した状況をつくってきた人たちの思想をひもとく必要もある。ブッシュやエンゲルバートやネルソンといった、パソコン文化の構想者たちの基本論文が、西垣通編著訳『思想としてのパソコン』(NTT出版一九九七年)におさめられている。こうした設計思想のもつ社会学的意味を考えたい。
佐藤俊樹『ノイマンの夢・近代の欲望――情報化社会を解体する』(講談社選書メチエ一九九六年)は、「新しいメディアが社会を変える」といった技術決定論が産業社会に内属する必然的なディスクールであることを徹底的に論じている。従来のマクルーハン的なメディア論と一線を画した社会学書で、インターネットについて考える上でも参考になる。この分野についてあくまでも社会学的に考えたい人は必読。
インターネットと市民性
ネティズンが持ち出される文脈にはふたつある。ひとつはコミュニティ志向。ネットワーク上に事実上のコミュニティが形成されて、しばしば「弱い紐帯の力」が作動する事実に着目するとき、そこに古典的なシティズンシップの発動を見ることができる[野村一夫『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)]。
もうひとつは市民運動志向である。インターネットはこれまで限定されたコミュニケーション能力しかもたなかった運動主体に格段に低コストなビッグ・メディアを提供することになった。直接的な対人関係に限定されていた従来のネットワーキングが、社会圏や生活圏を異にする人びとにまで届く可能性がでてきた[栗原幸夫・小倉利丸編『市民運動のためのインターネット――民衆的ネットワークの理論と活用法』(社会評論社一九九六年)。民衆のメディア連絡会編『市民メディア入門』(創風社出版一九九六年)]。
これらは文化構築の問題というべきで、それ自体は何も内容を指定しないインターネットが、ある種の市民文化形成のメディアとして利用される点は社会構想論的に興味深い。むしろ昨今取りざたされることの多いインターネット上の悪質な行為の方が当たり前すぎて新奇性はないと思う。犯罪は正常な社会現象なのだから。そもそもインターネットは、国家のような統制主体のない無法地帯である。無法地帯に倫理を持ち出してもしかたない。倫理なき人びとを規制するのは文化と経済である。それを意識的に構築する人びとや組織の活動に注目したい。
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4月 12017

社会学感覚3行為の意味を理解する

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社会学感覚
3 行為の意味を理解する
3-1 歴史的世界の形成者としての人間
行為の集積としての社会
わたしたちが好んで歴史小説を読み、大河ドラマを視聴するのは、〈人間が歴史をつくる〉ことのおもしろさにひかれてのことである。ただし、日本人好みのドラマの多くは、歴史的英雄たちのくりひろげる抽象化され虚構化されたドラマである。それにくらべると、現実の方が数段ドラマティックである。一九八九年からあいついで大きな潮流になった中国・東欧・ソ連の変革運動は、それぞれ独自の運命をたどりつつあるが、いずれにせよ〈人間が歴史をつくる〉という実感を、ながらくアパシー状態にある日本人にも味あわせてくれた。名もない民衆がみずからの生理に忠実に異議申し立ての運動をおこない、ときには大きな犠牲を払いつつ自分たちの社会を変えていく現実のドラマがここにある。わたしたちがこの歴史的瞬間を映しだすニュースに見入るのは、それがまぎれもなくアクチュアルだからだろう。
こうした歴史的事件のダイナミズムにくらべると、わたしたちのふだんのなにげない行動がはっきりと目にみえない形で社会のあり方や文化現象の数々を生みだしているという現実はあまりドラマティックではない。これもやはり〈人間が歴史をつくる〉ことにはちがいないのだが、わたしたちにはあまり実感がもてない。しかし、前章でのべたように、日常生活の中で自明性を帯びてあたかもモノのように存在するさまざまな社会制度――貨幣・資本・神・法・官僚制・国家など――は、もとをただせば人間たちの社会的行為の歴史的集積にはちがいないのだ。社会を構成するのは人間の行為であり、社会は人間がつくる――このことをまず確認しておきたい。
社会的現実の構成
ところが話はそれで終わらない。たとえば、流行の先端をゆき流行をつくりだしている業界の人びとでさえ、最新の流行は規制力をもつものとして認識されているように、あるいは主体的に参加したデモ行動がエスカレートして暴動化してしまいひとりひとりを感情的に巻き込んでしまうように、人間が社会をつくるといっても電化製品のように「つくる」わけではない。このあたりの事情を社会学史では、ふたりの巨匠を対比して「デュルケムとウェーバー問題」という形で定式化することがある▼1。
エミール・デュルケムは「事実、社会的なものは人間によってのみ実現されるのであり、人間の活動の一所産にほかならない」としながらも▼2、法・道徳・宗教教義・金融制度・集会の群衆行動・流行などの「社会的事実」――かれはこれを「制度」ともいう――が、個人にとって外在的であり、個人を拘束・強制することを強調した。これには理由があって、十九世紀末の当時に「社会は人間の心のなかにある」といった心理学主義が横行していたからである。そのためデュルケムは終始、「社会的事実」のもつこの独自な性格を強調しつづけた▼3。
他方、マックス・ウェーバーは、社会の構成単位が人間の行為であると主張し、国家や協同組合や封建制などといった概念さえ個々人の行為へ還元してとらえなければならないとした。社会はあくまで人間の行為が具象化したものであると考えるからだ。だから、人びとが国家に志向するのをやめた瞬間、もう国家は存在しなくなるだろうとさえ明言する▼4。旧ソ連における連邦と共和国の関係の破綻――そして「ソ連」の崩壊――を知っているわたしたちにとって、これはシニカルをこえてきわめてリアルに響く見識である。
たしかにふたりの巨匠のいうことには実感がともなう。わたしたちはさまざまな社会制度を絶対的なモノと感じることもあれば、所詮、人間がつくりあげたものだとも感じる。では、どのように考えていけばよいのか。
バーガーらはこのデュルケム型の観点とウェーバー型の観点を調停して「社会的存在の客観性を人間の主観性との関係において把える」ことを提唱し、社会は客観的現実であると同時に主観的現実でもある、その二重性を同時におさえていく必要をうったえた▼5。人間の行為がモノのように強固な世界をつくりだすのはいかにして可能かという大問題に対して、バーガーらの答はつぎのように要約される。「社会は人間の産物である。社会は客観的な現実である。人間は社会の産物である▼6。」めぐりめぐる三つの関連がここに示されている。かれらのこの命題をかりておおよその構図をえがいてみよう▼7。
(1)社会は人間の産物である――欲求や特定の意図を共同生活のなかで実現しようとする人間たちのさまざまな行為が類型的に集積されることによって、社会関係.社会集団・社会制度・社会構造が結晶化する。
(2)社会は客観的な現実である――結晶化した社会的現実が客体化して、個人にとって外在的で拘束的かつ強制的な社会的事実に転化する。この段階で、人間がそれらをつくっているということがみえなくなる物象化が生じる。
(3)人間は社会の産物である――人間はまず子どもとして社会から教育を受け、さらに大人になっても社会的現実との交渉のなかでアイデンティティを形成する。このプロセスのなかで〈客観的現実としての社会〉が個人の意識に投げかえされ、〈主観的現実としての社会〉を構成する。
これらは時間の順番ではなく、あくまでも同時に存在する三つの契機である。要するに、社会は人間によって創造されるが、逆にまた人間を創造するのであり、人間は社会形成を媒介にみずからをつくりだす。
人間と社会をこのようにとらえることを「弁証法」という。人間と社会の弁証法的把握の古典例として、マルクスの「社会そのものが人間を人間として生産するのと同じように、社会は人間によって生産されている」という一節をあげることができる▼8。この問題関心は「個人と社会」という社会学の古典的問題として論じられてきた。最新の社会理論のなかでは、アンソニー・ギデンスの構造化論における「構造の二重性」概念や、方向性は異なるがピエール・ブルデューなどにもその展開例をみることができる▼9。
社会をこのような人間の主体的な行為の集積としてとらえるという発想は、まさに社会学が独自に発想し苦慮しつつ理論的基盤をきずいてきた重要な伝統である。社会学はこの点で、よそよそしいモノとしてわたしたちに立ちはだかる社会を、わたしたち人間の側に取り戻そうとする科学なのである。
▼1 わかりやすい比較としては、R・ベンディックス「社会学の二つの伝統」R・ベンディックス、G・ロート、柳父圀近訳『学問と党派性――マックス・ウェーバー論考』(みすず書房一九七五年)。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)七六ページ。また「第二版への序文」では「諸個人のみが社会における能動的な要素であるというのは確かである」とものべている。前掲訳書二〇ページ。
▼3 デュルケムの代表的な定義を示しておこう。「社会的事実とは、固定されていると否とを問わず、個人のうえに外部的な拘束をおよぼすことができ、さらにいえば、固有の存在をもちながら所与の社会の範囲内に一般的にひろがり、その個人的な表現物からは独立しているいっさいの行為様式のことである。」前掲訳書六九ページ。
▼4 マックス・ウェーバー、海老原明夫・中野敏男訳『理解社会学のカテゴリー』(未来社一九九〇年)三八ページ。『社会学の基礎概念』第一節第九項と第三節参照。最後にあげた節ではつぎのようにのべている。「たとえば、『国家』というものは、ある種の、有意味的に方向づけられた社会的行為が経過するというチャンスが消滅するやいなや、社会学的には『存在する』のを止める。」マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)四〇ページ。これと同様の見解はジンメルにもみられる。かれはいう、「われわれが国家や法や制度や流行などの本質的特徴や発展について触れるさいに、それらをあたかも統一的な実在であるかのように取り扱うということは、一つの方法上の救済策にすぎない」と。大鐘武訳編『ジンメル初期社会学論集』(恒星社厚生閣一九八六年)三〇ページ。
▼5 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)九七ぺージ。
▼6 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常生活の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一〇五ページ。
▼7 前掲訳書。
▼8 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)一三三ページ。
▼9 「構造の二重性」についてギデンスはつぎのようにのべている。「構造は実践の再生産の媒体であるとともに帰結でもある。構造は行為主体と社会的実践の構成のなかに同時に入り込んでおり、この構成を生成する契機のなかに『存在』するのである。」アンソニー・ギデンス、友枝敏雄・今田高俊・森重雄訳『社会理論の最前線』(ハーベスト社一九八九年)五ページ。ブルデューについては、インタヴュー構成によってわかりやすく語られた本が訳されているので、そちらを参照のこと。ピエール・ブルデュー、石崎晴己訳『構造と実践――ブルデュー自身によるブルデュー』(新評論一九八八年)。
3-2 動機を理解すること
動機の理解
歴史的社会の形成者として人間をとらえるという発想からでてくることは、社会を解明するためには、それをこれまで支えてきた・または現に支えている人びとの〈意味の世界〉にまでメスをいれる必要があるということだ。
人間が動物と決定的にちがうところは、人間が徹頭徹尾〈意味の世界〉に生きていることだ。わたしたちがなにか行動をおこすとき、意識するとしないとにかかわらず、なにか理由があるはずである。なにか目的を達成するためかもしれないし、自分たちの正義や思想や信仰にしたがって活動しているのかもしれないし、その場の感情や気分による気まぐれなふるまいかもしれない、また、身についた習慣によるなにげないしぐさかもしれない。セックスや食事をふくめて人間の行動は動物のようにただ本能にもとづくものではない。このような行為の理由は、人間独自の意味的現象に関わる。人間は〈意味の世界〉に生きている唯一の動物として行為している。
このような行為の理由のことを社会学では「主観的意味」(subjektiver Sinn)とか「動機」(Motiv)と呼んでいる。これもウェーバーの用語である。
たとえば「大学への進学志望者が多くなった」というデータがあっても、なぜそうなったかを分析する場合、ひとりひとりの個人がどんな動機で進学したいと考えているのか、またそう考える社会的背景や経済事情・文化環境を理解しなければならないだろう。当事者があげる理由としては「勉強してリッチな生活をするため」「弁護士や建築士など特定の職業につく資格をえるため」といった目的に即したものもあるだろうし、「みんなが行くから」とか「行かないとカッコ悪いから」「親がうるさいから」といった模倣的なものや社会的圧力[プレッシャー]によるものもあるだろう。また「まだ働きたくないから」という執行猶予的な動機も大いに考えられる。ことによると「なりゆきで」といった主体性のない理由をあげる人もいるかもしれない。行為の主観的意味もしくは動機を理解することは、いわば〈心のひだ〉に入り込んでいくわけで、「なりゆきで」という理由に典型的にあらわれているように、行為者自身がかならずしも自分の動機を正確につかんでいるとはかぎらない。自分という存在は多くの人にとってブラックボックスになっているからである。
動機とはなにか
また動機については別の問題もある。動機というと、警察の取り調べで追及されるあの「動機」を思い浮かべる人がいるかもしれない。たとえば少年が非行に走る動機としてよく取りざたされるものに「授業がわからない」とか「学校がおもしろくない」というのがある。だから「教師が悪い」「学校が悪い」と管理教育批判が始まるわけだが、そのような理由は警察や行政当局などの統制者側に理解しやすい形での表明にすぎないという▼1。それはむしろ非行の結果であって、社会が非行と呼ぶ一連の行動をみちびきだしている特定の「主観的意味」をかならずしもあらわしてはいない。意識調査やアンケートをして安直にきめつけることの危険性はここにある。
この点について若干補足しておこう。アメリカの社会学者ライト・ミルズによれば、通常わたしたちが「動機」と呼ぶものは、行為の原動力となる内的状態というよりは、人びとが自分や他人の行為を解釈し説明するための類型的なボキャブラリーだという。たとえば「あれはジェラシィのためだ」とか「金もうけだ」とか「自分のプライドを守るためだ」とか「性的な欲望を満たすため」「家族のため」というように。わたしたちは社会のなかのパターン化された〈動機のリスト〉を共有していて、自分の行為を弁明したり正当化したりするときに、それら既成のボキャブラリーのなかから適当なもの――相手が納得しやすいもの――をみつくろって相手に提示する。また他人の行為についても同様にして納得したり詮索したりする。だから「適切な動機」とは「問う人を満足させる動機」にほかならない。まさに「動機とは合言葉である。」したがって「『ほんとうの』動機」を解明することは予想以上にむずかしいことなのである▼2。
状況の定義
行為者の主観的意味を理解する上で重要な問題は、行為者自身が現実をどのように認識しているか・意味づけしているか・定義しているかである。それによって同じような状況でも具体的な行為がちがってくるからである。行為者が現実をどう意味づけているかを社会学では「状況の定義」(definition of situations)と呼ぶ。これはアメリカの社会学者ウィリアム・I・トマスの概念である。主観的意味の世界を理解しようとすれば、当然、行為者の状況の定義を解明しなければならない。
たとえば、犯罪・非行・不登校・高校中退などの社会現象の場合、当事者が現実をどのように意味づけているかが決定的に重要な要素である。しかも、かれらの状況の定義は、取り締まり・管理・指導する側の状況の定義とかみあわず、しばしば根本的に決裂している。したがって、統制者側の視点で当事者たちの行為を理解することはじっさいには不可能なはずだが、これを不用意にもちこむことは科学的分析にとってとても危険な誘惑となる。これは企業犯罪や政治犯罪にかかわるエリートたちの状況の定義が一般市民の状況の定義と著しく異なるのとまったく同じ構図であり、一般市民の視点からかれらを断罪しても、問題はなんら解明されないのである。いずれにせよ、あくまで当事者の主観的意味に迫らなければならない。
また、当事者による状況の定義づけを重視していけば、ある行為をしないのもれっきとした行為としてみえてくる。たとえば、精神薄弱や肢体不自由な児童のための教育施設である養護学校を拒否する親の行為も、かつては行政側の意味づけとはまったく異なる状況の定義――たとえば「ここに通うことは、いわゆる〈ふつう〉の子でなくなることだ」という定義づけ――にもとづいていた▼3。同じように生活保護を受けることで「〈ふつう〉の市民」でなくなってしまうと考えて、本来は権利である生活保護を受けない高齢者もいた▼4。また日本では精神科を受診すること自体が「精神病」のレッテルを貼られかねないので、重篤にいたるまで放置することが多く、そのため回復が困難になることも多いという。
▼1 佐藤郁也『暴走族のエスノグラフィー――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜杜一九八四年)による。また、同様のことを「プロ教師の会」の諏訪哲二ものべている。「私たちが何らかの行動をしたり態度をとったりするとき、そこに『ことば化される意識』で捉えられる理由や根拠があることなど、なかなかありはしない。それと同様に、非行生徒自身もどうして自分が『非行』をしてしまったかよくわかっていないのだ。それを無理矢理ことばでしゃべらせようとすれば、『勉強がわかんなかったから』とか『今朝親とケンカしてムシャクシャしたから』というような、いかにも教師が納得してしまうようなことばが出てくるだけである。」諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六六ページ。
▼2 ライト・ミルズ、田中義久訳「状況化された行為と動機の語彙」I・L.ホロビッツ編、青井和夫・本間康平監訳『権力・政治・民衆』(みすず書房一九七一年)。ガース、ミルズ、古城利明・杉森創吉訳『性格と社会構造――社会制度の心理学』(青木書店一九七〇年)の「V動機づけの社会学」参照。
▼3 最近では、健常者と共学させることが教育方法としてすぐれているという考え方で養護学校もしくは特殊学級を拒否するケースが増えているようだ。この考え方を「ノーマライゼイション」といい、高齢者や障害者を施設へ隔離・分断することを拒否する思想である。
▼4 生活保護申請の手続きに町内の生活委員が関与するため、結果的に生活保護を申請したことが地域の人に知られてしまう。このことが申請をためらわせる大きな要因になっていた。
3-3 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
「プロ倫」とは
すでにふれてきたように、さまざまな社会的事実を人間の行為にまで還元してその主観的意味[動機]を探るべきだと提唱した代表的な社会学者がマックス・ウェーバーだった。「理解社会学」(verstehende Soziologie)と呼ばれるウェーバーの社会学構想については省略するとして、ここではかれの壮大な具体的事例研究を紹介してそれにかえよう。第二章で紹介した『宗教社会学論集』(全三巻)におさめられている「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」――通称「プロ倫」という――がそれである▼1。
(1)問題提起――ウェーバーが「プロ倫」を書きはじめた一九〇四年あたりの初発的な問題関心は、近代資本主義の根源の探究にあった。これはのちの一九一九年に『宗教社会学論集』のために改訂されるが、そのときウェーバーの問題関心は、近代資本主義だけでなくそれをふくむ西欧の壮大な合理化過程に拡大され、その人間的な起動力の解明を構想するものとなっていた。いずれにしても「プロ倫」であつかうテーマは明確である。すなわち「インド・中国・イスラムなど高い文明をもっていた文化圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界にのみ近代資本主義が成立したか?」である。
(2)資本主義と近代資本主義――ウェーバーによると資本主義は中国にもインドにもバビロンにも古典古代にも中世にも存在した。高利貸し・軍需品調達業者・徴税請負業者・大商人・大金融業者たちの「資本主義」である。しかし、これらと西ヨーロッパおよびアメリカの「近代資本主義」――より正確には「近代の合理的・経営的資本主義」――とは決定的に異なっていた。後者は簿記を土台として営まれる合理的な産業経営の上になりたつ利潤追求の営みであり、これは大量現象としては西欧近代にのみ発生したものだったのである。
(3)資本主義の精神――近代資本主義を推進させた原動力をウェーバーは「資本主義の精神」と呼ぶ。かれは論文改訂後「行為への実践的起動力」という意味で「エートス」ということばを使っている▼2。ウェーバーが「資本主義の精神」の典型的事例として掲げるのは有名なベンジャミン・フランクリンの処世訓、俗にいう「時は金なり」である。「時間は貨幣だ」「信用は貨幣だ」「貨幣は繁殖し子を生むものだ」といったことを忘れるなと説くフランクリンのことばの特徴は、「信用のできる立派な人という理想、とりわけ自分の資本を増加させることを自己目的と考えるのが各人の義務だという思想」である▼3。そこで表明されているのが「資本主義のエートス」であるとウェーバーはいう。「『資本主義』は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした『資本主義』にはいま述べたような独自のエートスが欠けていたのだ▼4。」このように、正当な利潤を天職として組織的かつ合理的に追求する信念にほかならない「資本主義の精神」が、たんに経営者だけでなく労働者にもひとしく分有されていることが近代資本主義の大前提なのだ▼5。「あたかも労働が絶対的な自己目的――《Beruf》「天職」――であるかのように励むという心情が一般に必要となるからだ。しかし、こうした心情は、決して、人間が生まれつきもっているものではない▼6。」というのも伝統主義的な生活態度であれば、人は習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手にいれることだけを願うにすぎない。この伝統主義を突破させたものはなにか。それをウェーバーは長年の宗教教育に求める。宗教といってもキリスト教全般ではない。宗教改革以降のプロテスタンティズムのそれである。
(4)禁欲的プロテスタンティズム――プロテスタンティズムは一六世紀ルターの宗教改革の影響で生まれ、西ヨーロッパおよびアメリカで盛んになった反カトリック教会の諸派のことである。聖書を徹底的に重視する点で、ローマ・カトリック教会およびロシア正教会と異なる。英語圏ではピューリタニズムとも呼ばれる。このプロテスタンティズムと「資本主義の精神」とをつなぐのは「禁欲」という概念である。だから、ウェーバーは正確には「禁欲的プロテスタンティズム」と呼ぶ。この禁欲的プロテスタンティズムの原点となっているのはカルヴィニズムの「恩恵による選びの教説」つまり予定説である。カルヴァンによるこのきわめてラディカルな思想によると、神は永遠の生命をあたえた人間をすでに選び、他の人間は永遠の死滅に予定したという。だれが永遠の生命に予定されているかは神のみぞ知る。しかも人間がそれを変えることは絶対不可能だと。これによって人びとは救済の道をいっさい絶たれることになる。聖書も助けえない、教会も助けえない、神さえも助けえない。「人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在する」と考えるこの悲壮な教説は、人びとを絶対的な孤独と不安へ陥らせた。ウェーバーは「個々人のかつてみない内面的孤独の感情」とこれを表現する▼7。
(5)天職――こうしてプロテスタントにとって自分が神から選ばれているか否かが最大の問題となったとき、かれらに残された道はたったひとつだった。まず「誰もが自分は選ばれているのだとあくまでも考えて、すべての疑惑を悪魔の誘惑として斥ける」つまり自己確信をもつこと。そして自己確信を獲得するために「絶え間ない職業労働」にいそしむことである。なぜ職業労働かというと、ルターが聖書翻訳のさい「天職」(Beruf)概念を導入して以来、プロテスタントにとって世俗の職業は神が各人に与えた使命であり、職業労働につとめることがイコール「神の栄光をます」こととされていたからだ。こうして切実な宗教的不安を解消しようとする強烈なエネルギーが職業労働に向けられることになった。
(6)世俗内禁欲――もうけることが目的ではなく、ひたすら神の意志に合わせてみずからを職業人=天職人として自己形成する行為としての職業労働を中心とした生活。欲望や快楽や気まぐれや怠惰にしたがう自然のままの生活ではこれは実現できない。禁欲的に日常の生活をすみずみまでコントロールしなければならない。こうして、かつてはカトリックの修道院のなかでのみなされていた禁欲的生活が、今度は世俗内でおこなわれるようになった。これを「世俗内禁欲」という。「来世を目指しつつ世俗の内部で行われる生活態度の合理化、これこそが禁欲的プロテスタンティズムの天職観念が作り出したものだったのだ▼8。」
(7)近代資本主義――世俗内禁欲にもとづく積極的かつ合理的な職業活動は、皮肉にも小商品生産者を結果的にもうけさせることになった。なぜなら、かれらは利益の少ない一定の低価格で良い商品を規則正しく販売し正直な取引をしたからだ。これがおなじみの顧客をつかむことになったのだ。こうしてえられた富は天職の結果なのだから神の恩恵として認められた。しかし、かれらは貴族的消費を嫌悪していたから、この富は必然的に投資に向けられることになる。こうして期せずして資本が形成され、合理的産業経営の機構組織がつくりあげられた。このあたりのメンタリティが「資本主義の精神」にほかならない。資本主義の離陸もここからはじまる。ところが、ひとたび資本が形成され、合理的機構がつくられると、今度はそれらが利潤を要求し、合理的な経営をしなければならなくなってくる。それまで内面的な宗教倫理によってなされてきたことが、「資本主義の精神」を経て、やがて経済的強制にとってかわる。こうしてわたしたちのよく知っている鋼鉄のような近代資本主義となる。ウェーバーは最後につぎのようにのべている。「ピュウリタンは天職人たらんと欲した――われわれは天職人たらざるをえない。というのは、禁欲は修道士の小部屋から職業生活のただ中に移されて、世俗内的道徳を支配しはじめるとともに、こんどは、非有機的・機械的生産の技術的・経済的条件に結びつけられた近代的経済秩序の、あの強力な秩序界[コスモス]を作り上げるのに力を貸すことになったからだ。そして、この秩序界は現在、圧倒的な力をもって、その機構の中に入りこんでくる一切の諸個人――直接経済的営利にたずさわる人びとだけでなく――の生活のスタイルを決定しているし、おそらく将来も、化石化した燃料の最後の一片が燃えつきるまで決定しつづけるだろう▼9。」
理念と利害
以上のようなウェーバーの説はきわめてセンセーショナルなもので、当時大論争を呼び起こした。その理由は大きくわけてふたつあった。ひとつはその逆説性だ。一般の常識では、まず「もうけたい」という営利本能があって、そこから活発な職業活動をへて資本形成にいたると考える。ところが、ウェーバーの理論はその逆をいく。もうけることを罪悪として嫌っていたもっとも禁欲的な人びとが宗教的な動機から職業労働に励むことで資本形成への道を歩みだし、結果的に経済的合理主義を生みだしたというのだから。これは当時の常識に対してかなり意表をついていた。
第二に史的唯物論との対決という論点があった。ウェーバーは史的唯物論の基本的な考え方――「存在が意識を規定する」つまり物質的利害=経済がいっさいの歴史を左右する――をある程度は認めつつも、その限界点をつく。それは理念の果たす歴史的役割の重要性についてである。この点を明確にのべた有名なフレーズを紹介しておこう。「人間の行為を直接に支配するものは、利害(物質的ならびに観念的な)であって理念ではない。しかし、『理念』によってつくりだされた『世界像』は、きわめてしばしば転轍手として軌道を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミズムが人間の行為を押し進めてきたのである▼10。」「転轍手」とは線路のポイント切り替え装置のことだ。つまり、理念という転轍手が、人間の行為という列車の進む方向を決める役割を果たすことがあるというわけだ。「プロ倫」はまさにその一事例なのである。
しかし、かといって「資本主義の精神」が宗教改革の一定の影響の結末としてのみ発生しえたとか、また、経済制度としての資本主義はもっぱら宗教改革の産物だなどと主張しているわけではない▼11。かれ自身があちこちで強調しているように、「プロ倫」で提示したのは複合的な因果連鎖のひとくさりにすぎない。
方法としての「理解」
主観的な〈意味の世界〉がまさにブレイクスルー[突破]となるプロセスをスリリングにえがいた「プロ倫」は、人間の意味世界の探求を媒介に歴史的社会の潮流を探る画期的な研究だった。この点で「プロ倫」が理解社会学の具体的展開事例であることを再度確認しておきたい。
結局社会現象が自然現象とちがうところは、人間の主観的意味に深く規定されていることである。たとえば台風の進路のような自然現象は、外的に観察できるさまざまな気象条件から解明されるにとどまる。それに対して、社会現象の方は外的観察に加えて、行為者の主観的意味を理解することによってより因果関係が明瞭に説明できる可能性がうまれる。その意味で「理解」の方法は社会学にとって独自の分析装置となるものである▼12。
そのさい、主観的意味は単独に存在するものではなく、広い社会的文脈に位置づけられなければならない。これを「意味連関」という。理解社会学では意味連関を知的に理解することが〈説明〉になる。「プロ倫」でいえば「自分は天国に行けるかどうか」という禁欲的プロテスタントたちの孤独な不安が「主観的意味」にあたり、そういう心理を導いた天職観念などがさしあたりの「意味連関」に相当する。また世俗内での禁欲的生活という行為は、中世キリスト教の修道院制度における世俗外禁欲にその淵源をもち、その源泉はさらに古代ユダヤ教の預言にまでさかのぼりうる。こうした歴史的な意味連関をたどらなければ、その主観的意味は十分説明できないというわけである。
以上のかんたんな紹介からも、理解社会学がたんなる心理学ではないことがわかると思う。生理的本能や身体的環境を絶対視してその関数としてしか人間の心理をみようとしない非歴史的な心理学主義への傾斜の誘惑はたえず存在するけれども、これに抗することが理解社会学に課せられたもうひとつの使命でもある。
▼1 ウェーバーについての研究論文では「倫理」論文と呼ばれることが多い。訳書は、マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)。旧訳を全面的に改訳した新版。格段に読みやすくなって知的スリルをかんたんに味わえるようになった。解説も初心者向きに徹して秀逸。これから社会学を勉強する人は幸せである。なお、研究者によって「ウェーバー」と表記される場合と「ヴェーバー」と表記される場合とがある。本書ではおもに社会学系の慣用にしたがって「ウェーバー」に統一した。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)三四ページ。
▼3 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』四三ページ。
▼4 前掲訳書四五ページ。
▼5 前掲訳書七二ぺージ。
▼6 前掲訳書六七ページ。なお、ここで「心情」と訳されているGesinnungは、むしろ「信念」と訳されるべき概念である。阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)および岡澤憲一郎『マックス・ウェーバーとエートス』(文化書房博文社一九九〇年)参照。
▼7 前掲訳書一五六ページ。
▼8 前掲訳書二八七ページ。なお、ここで「世俗」と訳されるWeltは「現世」の意味でもあるので、「現世内禁欲」とも訳される。以下の記述における「世俗」も同様。
▼9 前掲訳書三六五ページ。
▼10 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書五八ページ。
▼11 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三五ページ。
▼12 1-3参照。
3-4 「文化の悲劇」と「意味喪失」
行為の主観的意味と客観的結果
巨大な組織や強力な権力、国家をこえてゆきわたる資本主義のような社会体制を考えると、個人ひとりひとりはずいぶんちっぽけな存在に思える。事実、それらは個人の力ではどうしようもなく大きな力をもっている。わたしたちはそれについ圧倒されてしまう。しかし、それらを現実につくりだし、かつ支えつづけているのは、まぎれもなく個人個人の思いをこめた行為なのだ。社会的事実・社会現象をいったん人間の行為にまでさかのぼって、そこに働いている〈意味の世界〉を理解すること――すでに確認したように、これが社会学独自の有力な方法である。
とはいうものの、これはけっこうむずかしい作業である。というのは、人びとの主観的意味とそれがもたらす客観的結果とがしばしばくいちがうからである。
「プロ倫」でも、プロテスタントたちは社会を資本主義的に改造するために禁欲的に職業活動に励んだのではなかった。ただひたすら魂の救済を望んでいただけである。かれらの、主観的意味とは別に、その行為の集積が資本の蓄積をもたらし、他のさまざまなファクターと複合することによって、強力な自律性をもった資本主義という巨大な経済システムを離陸させる結果となったのである。つまりそれは「意図せざる結果」だった▼1。
「軸の転回」と「文化の悲劇」
社会形成のプロセスにとって「意図せざる結果」はつきものだ。なぜなら、そこにはかならず「軸の転回」(Achsendrehung)と呼ばれる現象が生じるからである。「軸の転回」とは、もともとの目的や意図などの内容をふくんだ生の全体から、しだいに形式が分離し、やがて自律性をもつようになることだ。これ自体は社会形成の必然的なプロセスである▼2。
たとえば、「生きるため」という実践的目的の知識から自己目的的な学問=科学が生じるように、生活全体に融合していた美的要素や遊びから芸術やゲームといった活動が自立するように、また諸個人の活動を相互に規制しあう調整から法が自立するように、そして経済の純粋な手段としての貨幣が今度は絶対目的としての貨幣に転換するように、もともと目的を達成するために生じた媒介手段が、自己目的をもった自律的世界へと転回してしまうことである。
問題なのは、この「軸の転回」が「文化の悲劇」と呼ばれる事態と表裏一体だということだ。
よく手作りの市民運動が大きくなりすぎて「こんなはずじゃなかった」ということがある。また個人経営の会社が大資本の株式会社に成長したために、創業者とその経営理念がじっさいの経営から排除されることも少なくない▼3。「文化の悲劇」とはこのような逆転現象をもっとマクロにとらえた概念である▼4。
「文化の悲劇」のもっとも典型的な事例は、原子力であり、公害であり、戦争である。こうした直接的な悲劇性とともに、官僚制や法の非人格性といった、システムの自律性の結果としての「文化の悲劇」も重要である。トップでさえ思うようにならない巨大組織や社会体制の問題が、現代社会のさまざまなひずみを生みだしている事実は、周知のことである。
ウェーバーの意味喪失問題
このような見方はウェーバーにも共通している。いや、むしろウェーバーはこのようなジンメルの洞察をニーチェの哲学とともにうけついだのだというべきであろう。それはたとえばつぎのような発言にはっきりあらわれている。「はじめ偉大な世界観から出発した結合体が、事実上ますますもとの世界観から離れていくような機構となる、そういうことがあります。こうした事態は、よくいわれるようなあの『悲劇』、すなわち、現実のなかに理念を実現しようとする企てがいつも落ちこむところの一般的な『悲劇』にまったく近いことがらです▼5。」このあたりの事情はアーサー・ミッツマンによってつぎのように明確に表現されている。「非常に立場の近い友人ゲオルク・ジンメルは、『主観的』精神に対する『客観的』精神の不可避的な勝利という考え、すなわち、創る人間に対して創られた物が勝利を収めるという考えをウェーバーに与え、ウェーバーはそれを彼の社会学の中で見事に使いこなした。たしかに、ウェーバーの業績は、政治的宗教的なイデオロギーおよび制度の歴史に対するジンメルの洞察を多くの点においていっそう掘り下げて応用したものと解しうるであろう。――すなわち物象化の社会学▼6。」
ウェーバーがジンメルの「文化の悲劇」概念をうけつぐなかでつけくわえた強調点のひとつに「意味喪失問題」がある。ウェーバーはいう。「『文化』なるものはすべて、自然的生活の有機的循環から人間が抜け出ていくことであって、そしてまさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく▼7」と。
その典型的事例がほかならぬ近代科学である。科学は「われわれはなにをなすべきか、いかにわれわれは生きるべきか」というトルストイ的問いに対してなにも答えない。これらは問題外とされる。これについてウェーバーは近代医学を例にあげている。医学は著しい発達をとげた。しかし、その前提には生命の保持という単純な前提があるのみで、生きる意味も死ぬ意味も問題外である。一般に自然科学は、もし人生を技術的に支配したいと思うならばわれわれはどうすべきであるか、という問いにたいしてはわれわれに答えてくれる。しかし、そもそもそれが技術的に支配されるべきかどうか、またそのことをわれわれが欲するかどうか、ということ、さらにまたそうすることがなにか特別の意義をもつかどうかということ、――こうしたことについてはなんらの解決をも与えず、あるいはむしろこれをその当然の前提とするのである▼8。」「生の質」や「死」を排除してきた従来の医学に対する批判と反省が今日の医療現場において噴出していることを思うと、ウェーバーの指摘は現代に響くものをもっている▼9。
ところで「プロ倫」の末尾の方でウェーバーはつぎの有名な一節を残している。それをみてこの節を終えることにしよう。「将来この鉄の檻の中に住むものは誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現われるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも――そのどちらでもなくて――一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にも分からない。それはそれとして、こうした文化発展の最後に現われる『末人たち』》letzte Menschen 《にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。『精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう』と。――▼10」近代社会の物象化傾向に対するペシミスティックな展望をここにみることができる。
▼1 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三四ページ。
▼2 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)七八ぺージ-八一ページ。
▼3 このような「悲劇」についてはジョージ・オーウェルの強烈な批評眼による寓話的小説『動物農場』を読んで考えてほしい。高畠文夫訳『動物農場』(角川文庫一九七二年)。なおオーウェルという作家自体もたいへんおもしろい存在でかれの生き方と思想そのものが良質の社会学的テキストだと思う。この訳書に付せられた五〇ページにおよぶ訳者の解説はもっとも安価なオーウェル伝記であり、これでオーウェルについて入門してもらいたい。
▼4 ゲオルク・ジンメル、阿閉吉男訳「文化の概念と悲劇」阿閉吉男編訳『文化論』(文化書房博文社一九八七年)。
▼5 ドイツ社会学会第一同大会におけるウェーバーの「会務報告」。マックス・ウェーバー、中村貞二訳「ドイツ社会学会の立場と課題」完訳世界の大思想1『ウェーバー社会科学論集』(河出書房新社一九八二年)二二七-二二八ぺージ。
▼6 A・ミッツマン、安藤英治訳『鉄の檻――マックス・ウェーバー 一つの人間劇』(創文社一九七五年)一六四ページ。ただし、訳文中「ジムメル」とあるのを「ジンメル」に改めた。
▼7 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書一五八-九ぺージ。この点についてはユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』第二章第四節(1)「同時代診断の二つの契機――意味喪失と自由喪失」参照。
▼8 マックス・ウェーバー、尾高邦雄訳『職業としての学問』(改訳版・岩波文庫一九八〇年)四五ページ。タイトルの「職業」とはBeruf「天職」のこと。本書はウェーバーが一九一七年におこなった講演。『職業としての政治』とともに社会系学生の必読書。このふたつの講演についてくわしく解説したものとして、W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)第二章がある。講演のおこなわれた年についてもこの論文に準拠した。
▼9 医療については第二三章でくわしく検討する。ここではさしあたりウェーバーの抽象化されたことばを具体的に理解してもらうために医療現場の実態をえがいたルポルタージュを紹介しておく。保阪正康『日本の医療――バラ色の高齢化社会は崩壊するか…』(朝日ソノラマ一九八九年)。
▼10 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書三六六ページ。なお、ここで引用されている「心情のない享楽人」も、すでにのべたように「信念のない享楽人」と理解すべきである。
3-5 コミュニケーション過程としての社会
社会のラングとパロール
ウェーバーがこのような壮大なスケールで理解社会学的研究を試みていたとき、ジンメルは日々の微細な活動に注目する形で社会を人間的意味の世界としてときほどこうとしていた。
ジンメルによると、社会とは本質的には「諸個人間の心的相互作用」だという。これが反復的になされ、さらに緊密化して恒久的な枠組や組織――これを「社会形象」という――へと結晶化するのである。肉体にたとえると、社会形象は心臓・肺・肝臓.胃などにあたる。資本や国家や宗教のような制度とか社会的事実のことである。ところが、ひとたび結晶化した社会形象においても、この心的相互作用は脈拍のようにたえず運動しつづけており、それによってそれぞれの社会形象に統一性と弾力性をあたえている。それは臓器だけでは生命にならず血がかよっていなければ生きられないのと同じである。
したがって、社会にはふたつの相があるといえる。第一に社会形象に結晶化する相。第二に社会形象をいきづかせている働きの相。ジンメルは後者の側面を「生起としての社会」と呼んで重要視した最初の社会学者である。
これを別のメタファーで説明しなおしてみよう。まず、社会は言語のようなものだと思ってほしい。ソシュール以来の言語学によると、言語活動[ランガージュ]はラング(lang)とパロール(parol)のふたつの側面をもっている。ラングは言語活動の制度的な側面であり、パロールは特定の話者によって発せられた具体音の連続――すなわち「語られたことば」つまり「おしゃべり」――である。ラングは言語のあるべき規範、パロールは個人個人によるその具体的な運用といっていいだろう。ラングを共有しているからこそ個々のパロールが成立する。他方、個々のパロールが結果的に規範としてのラングを実現し、ときにはラングを変容させる。これがラングとパロールの関係である。
社会にもラングとパロールの相がある。つまり、ラングの側面とは物象化傾向をもつ〈客観的現実としての社会〉だ。こちらの方ばかりをみつめているとウェーバーのようにペシミスティックになってしまうが、社会には別の局面も存在している。それがパロールの相だ。こちらの方は流動的なダイナミズムにみちている。ジンメルはそれをつぎのように表現する。「ひとびとがたがいに目をかわしたり、たがいにねたみあったり、たがいに手紙を出しあうかそれとも昼食をともにしたり、たがいにすべての、はっきりした利害を離れて同情的にふれあうかそれとも反目してふれあったり、利他的行為にたいする感謝からさらに離れがたい結合が生まれたり、他人に道をたずねたり、たがいに装いをこらして着飾ったりすること――これらの例はすべてまったく偶然に選び出したものであるけれども、数多くの、人から人へとおこなわれる関係である▼1。」ジンメルはそれらが結晶化して組織や制度などの社会的事実になることもあるし、ならないときでも「なお諸個人を結びあわせる永遠の流動であり、脈拍である」とする。社会といっても実在するのはこのような諸個人間の相互作用であり、モノのような「実体」ではなく「生起」だという。これが社会生活に強靱さ・弾力性・多様性・統一性をあたえているのだという▼2。だからこそ「人間のあいだの微細な関係、つまりはしなやかな糸を発見すること」が社会学の重要な課題となる▼3。
まとめてみよう。「人間が社会をつくる」といっても、これにはふたつの側面があるということだ。
(1)ラングの局面――社会形象
(2)パロールの局面――生起としての社会
ジンメル以降の社会学には、このような社会のパロールの局面を重視する系譜がある。その系譜においては、「生起としての社会」のかわりに、主として「生活世界」(Lebenswelt,life-world)という概念がもちいられてきた。総じて「日常生活における意味の世界」と考えてもらえばいい。前掲引用文においてジンメルは比喩的に「脈拍」と呼んでいる。この局面では微視的なコミュニケーションのプロセスが問題として浮上する。
都市社会におけるさまざまな意味世界
個人間のコミュニケーションの微視的世界に最初に注目したのはジンメルだが、それはやがて二十世紀初頭シカゴ大学に集まった社会学者たちによって実証的に展開されることになり、一九六〇年代以降ふたたびアメリカ社会学の大きな潮流にさえなった。そのような研究のなかからいくつか紹介しよう▼4。
たとえば、さきほど「状況の定義」概念の提唱者として紹介したトマスは、ポーランド出身のフローリアン・W・ズナニエツキと協力して、膨大な第一次資料をふくむ『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(全五巻)を公にしている。これは二十世紀初頭のアメリカで社会問題になっていた移民問題を、そのひとつの構成員だったポーランド農民に焦点を当てて、かれらの生活世界を解明しようとしたものである。そのさいトマスらが使った手法は、移民新聞などに広告をだして、ありったけの第一次資料つまり農民たちの日記・手紙・生活史をつづった詳細な手記・新聞記事・法廷記録・クラブの活動記録などを収集し、そこにあらわれているさまざまな生活世界を解読することだった。このようなあらかじめデザインされていない主観的な資料群のことを「ヒューマン・ドキュメント」(human document)という。これは統計調査や社会福祉的な行政調査などではくみとれないヴィヴィッドかつ繊細な意味世界を発見するためにとられた大胆な手法だった。以後この調査は、シカゴ大学の研究者によってさかんになされた社会調査の出発点となり、大きな影響をおよぼすことになる▼5。
トマスはシカゴ大学社会学科にいた。ここはアメリカで最初に社会学部が創設されたところであり、アメリカ社会学の水準を押し上げたそうそうたる研究者が集まっていた。なかでも注目されるべき人物としてロバート・E・パークがいる。かれは五十歳近くになってシカゴ大学に招かれる以前に、ジャーナリストとして活躍したのち、ドイツ留学を経て、ながらく黒人解放運動にさずさわってきた人物だった。「都市は、人間性と社会過程を、もっとも有効かつ有利に研究しうる実験室である」というかれの有名なことばは今日でも都市社会学の出発点となっているが、この考え方によると、社会学者は書斎ではなく街にでなければ実のある研究はできないということになる▼6。こうしてパークの弟子たちは続々とシカゴの街なかに深く分け入っていった。その成果をいくつかひろってみよう。
ネルス・アンダーソンの『ホボ――ホームレスの社会学』(一九二二年)――日雇いの渡り労働者や浮浪者の世界を克明にえがく▼7。
フレデリック・M・スラッシャーの『ギャング――シカゴにおける一三一三人のギャングの研究』(一九二七年)――膨大な少年ギャングを七年ごしに観察しかれらの集団内の役割構造[「リーダー」「企画指導者」「おどけた少年」「弱虫」「自慢家」「身代わり」など]や居住地の分布を分析。
ルイス・ワースの『ゲットー』(一九二八年)――ゲットーとは自然発生的にできたユダヤ人地区のこと。そこにおけるユダヤ人の生活制度を分析した▼8。
クリフォード・R・ショウの『ジャック・ローラ――非行少年自身による話』(一九三〇年)――ポーランド系の一非行少年との六年ごしのつきあいのなかで、かれ自身による五万字の生活史の記録をつくってもらい非行の遍歴過程を詳細に分析。ジャック・ローラーとは「かっぱらい」のこと。その続編として『非行歴の自然史』(一九三一年)『非行の仲間』(一九三八年)▼9。
P・G・クレッシーの『タクシー・ダンスホール――商業的娯楽と都市生活の社会学的研究』(一九三二年)――時間ぎめで客の男に雇われるダンサーたちと客とのやりとりをえがく。
エドウィン・H・サザーランド『プロの窃盗犯』(一九三七年)――盗みのプロは、危険を避け、もみ消しなどの戦術を駆使することによって刑罰を回避する。そして、回避できるほど仲間内の地位が上がる。金と安全性をめぐる窃盗のプロたちの成熟した文化を記述▼10。
これらは一九二〇年代から一九三〇年代にかけてなされたおもな調査研究――正確には「モノグラフ」と呼ばれるもので、調査方法が民族誌的であることから「エスノグラフィー」とも呼ばれる――である。いずれも研究対象の集団のなかにみずから入っていって、人びとの微細かつ繊細な人間関係のありようや内的な感情や知識を理解しようとするところに共通の目標があった。
たとえばアンダーソンがパークの指導のもとにまとめた『ホボ――ホームレスの社会学』は、安ホテルや下宿に滞在するいわゆる住所不定のホーレスの調査である。日本でいえば山谷か西成愛隣地区というところだ。当時のシカゴには数万人のホームレスがいたという。そこで生活したり一時的に滞在するホームレスたちの世界は、じつは単純でもなければ、悲惨なものでもなければ、無秩序なものでもない。そこには複雑な階層があり、社会的序列があり、厳格な掟があった。たとえば、かれらのあいだではなにか仕事をしている者の方がランクが高いのだが、それよりも移動性の高い者(各地を渡り歩く者)の方がパイオニア精神があるとして、より高いランクがあたえられたという。また、人びとの関係は民主的で人種差別はほとんど存在せず、夜中にみんなが寝ている最中に他人の物を奪うことをきびしく禁じた掟が厳格に守られているといったことをくわしく報告している▼11。
参与観察
『ホボ』に始まるシカゴ学派のモノグラフの大きな特徴は、集団固有の意味世界そのものが対象に入っていることと、それを発見するための「非統制的参与観察」の手法である。「非統制的」とは、実験のように観察者が人為的に条件をコントロールしないということだ。参与観察は集団の内側からの把握をめざし、観察される人びとの内的意味世界へ立ち入るのに有効な調査方法である。
これがほとんどルポルタージュと同じ手法であることに注目してほしい。たとえば『ホボ』のアンダーソンが調査にあたって師匠のパークから受けた助言は「新聞記者のように、君が見、聞き、そして知ったことだけを書きとめよ」というものだったという▼12。この場合、社会学はジャーナリズムとほとんど同義である。
さて、このようなスタイルの研究はその後もくりかえしあらわれている。有名なものではウィリアム・F・ホワイトの『ストリート・コーナー・ソサエティ――イタリア人スラムの社会構造』(一九四三年)がある。これは当時二十代のホワイトが、ボストンのコーナヴィルというイタリア系移民のスラムに住み、「ドック」という青年を中心とする若者グループ(早い話がチンピラやくざ)の行動と意識を、生活場面をともにすることによって、ヴィヴィッドにえがいた参与観察調査の古典である▼13。
また、ハワード・S・ベッカーの『アウトサイダーズ――逸脱社会学の研究』(一九六三年ただし所収の一連の論文は五十年代に書かれている)では、シカゴ大学在学中からプロのジャズ・ピアニストとして働いていたベッカーが、ミュージシャンたちとのさまざまなつきあいのなかで参与観察をつづけ、その閉鎖集団独特の文化と意識をえがくとともに、マリファナ・ユーザーたちがどのような「学習」過程を経てそうなっていくかを分析した▼14。
以上のようなシカゴ学派の伝統はひとたび後景に退いたものの、その後かなり洗練された形で再演され、社会学者にふたたび大きなインパクトをあたえることになる。アーヴィング・ゴッフマンの『アサイラム』(一九六一年)がそれである。〈アサイラム〉とは、ここでは収容所のことを指す。つまり、ここで対象となっているのは、病院や精神病院・老人ホーム・刑務所・寄宿舎などのように個人の生活を丸抱えでつつみこむ施設――これを「全制的施設」と呼ぶ――にくらす人びとである。かれはこの研究にあたり病院で一年間参与観察をつづけた。そのあたりの事情についてかれはこう書いている。「聖エリザベス病院での実地調査をするに当って私が直接の目的としたのは、入院患者の社会的世界について、それが患者によって主観的に体験されているままに、知りたい、ということであった。私は、余儀なくレクリエーションならびに地域生活の研究者であるとふれこみ、体育指導主任の助手という役割をつとめることになった。私は、職員との交際をさけ、また鍵ももち歩かず、終日患者と一緒に時を過ごした。[中略]当時も現在も変わらない私の信念は、どんな人びとの集団も――それが囚人であれ、未開人であれ、飛行士であれ、また患者であれ――その人びと独自の生活[様式]を発展させること、そして一度接してみればその生活は有意味で・理にかなっており・正常であるということ、また、このような世界を知る良い方法は、その世界の人びとが毎日反復経験せざるを得ぬ些細な偶発的出来事をその人びとの仲間になって自ら体験してみること、というものである▼15。」ごらんの通り、これまで紹介してきたシカゴ学派の社会学的エートスがここで鮮明に語られている。
ところで、このような試みはアメリカ社会学に限定されるわけではない。フランスのエドガル・モランは、パリ近郊の都市オルレアンで生じた女性誘拐のうわさを分析したモノグラフ『オルレアンのうわさ』(一九六九年)で一種のエスノグラフィーの手法をもちいている。うわさの存在を知ったモランはすぐさまチームを引き連れてオルレアンに向かい、調査者としてではなく、まったくの市民としてさまざまな種類の人たちにインタヴューする。それらを総合することによって、じっさいには事実無根だったうわさの背後にある偏見や不安などの意識をみごとに浮かび上がらせた▼16。
生活史法
シカゴ学派のモノグラフのもうひとつの方法的特徴は「生活史法」だ。トマスとズナニエツキの『ポーランド農民』やショウの『ジャック・ローラー』で中心的役割をしていた手法である。要するに、対象となる人びとに個人史(自伝)を作成してもらうか、あるいはインタヴューによって再構成し、それを他のさまざまなデータと照合しつつ分析するのである。『ポーランド農民』では二七歳の青年が三百ページもの個人史を書いているし、『ジャック・ローラー』では五万字の手記を数年かけて書いてもらっている。
日本では中野卓による一連の研究があるが、ここでは短いものをひとつ紹介するにとどめよう。見田宗介のセンシティブな論文「まなざしの地獄」である▼17。
この論文が学ぼうとするのはN・Nというひとりの青年である。かれは青森の中学をでて集団就職の一員として東京に上京して以来、都市のさまざまな〈まなざしの地獄〉を体験する結果、いっさいの希望をうしない、十九歳のとき、都心の盛り場をさまよううちに、あるきっかけからガードマンを射殺し、つづいて三件の射殺事件をおこしてしまう。見田はN・Nの生活史上の経験の〈意味〉をたんねんにほりおこし、一連の事件へといたる階梯を共感的に分析するのである。
以上紹介してきた参与観察や生活史法によるモノグラフは、調査方法としてはソフトな手法であり、その分、妥当性や信頼性に欠ける面もあるが、社会現象の人間的意味を知るためには必要なことである。しかし、現代日本では社会学者によるこうした研究はそれほど多くない。むしろ社会派といわれるルポライターやフリーランスのジャーナリストによって精力的におこなわれているのが現状である。その意味では、このようなジャーナリズムと社会学の協力が今後ますます重要なものになってくると思われる▼18。
▼1 ジンメル『社会学の根本問題――個人と社会』前掲訳書二四ページ。
▼2 前掲訳書二四ページ。別の論文では「生まれたばかりの状態」「日々刻々にあらわれるような状態」とも表現している。ジンメル『社会分化論 社会学』前掲訳書一九六ページ。
▼3 前掲訳書一九七ページ。
▼4 本項で紹介するシカゴ学派の文献については直接参照できなかったものもあるので以下の研究書を参照した。秋元律郎『都市社会学の源流――シカゴ・ソシオロジーの復権』(有斐閣一九八九年)。宝月誠・中道實・田中滋・中野正大『社会調査』(有斐閣一九八九年)。宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)第三章。宝月誠『逸脱論の研究――レイベリング論から社会的相互作用論へ』(恒星社厚生閣一九九〇年)。G・イーストホープ、川合隆男・霜野寿亮監訳『社会調査方法史』(慶應通信一九七九年)。
▼5 W・I・トマス、F・W・ズナニエツキ、桜井厚訳『生活史の社会学――ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(御茶の水書房一九八三年)。
▼6 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明編訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼7 東京市社会局訳編『ホボ――無宿者に関する社会学的研究』(東京市社会局一九三〇年)[部分訳・磯村英一訳]があるということだが入手は困難。
▼8 L・ワース、今野敏彦訳『ゲット――ユダヤ人と疎外社会』(マルジュ社一九八一年)。
▼9 本書の翻訳はないが、宝月誠によるくわしい紹介と分析がある。前掲『逸脱論の研究』第四章「逸脱者のキャリア分析――『ジャック・ローラー』の解釈の試み」。
▼10 C・コンウェル、E・サザーランド、佐藤郁哉訳『詐欺師コンウェル――禁酒法時代のアンダーワールド』(新曜社一九八六年)。
▼11 宝月誠「社会過程論としての社会学」前掲書による。
▼12 秋元律郎、前掲書一八八ぺージ。
▼13 寺谷弘壬訳『ストリート・コーナー・ソサイエティ』(垣内出版一九七九年)。
▼14 村上直之訳『アウトサイダーズ――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)。
▼15 ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム』(誠信書房一九八四年)i-iiページ。
▼16 エドガール・モラン、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』(みすず書房一九七三年)。くわしくは13-1参照。このあたりになると現代日本のわたしたちが読んでもピンとくるが、やはり日本のものの方がとりつきやすいだろう。その点、佐藤郁哉の『暴走族のエスノグラフィ――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜社一九八四年)が内容的に身近ですこぶるおもしろい。これを読むと社会学とジャーナリズム(とくにルポルタージュ)のちがいもよくわかると思う。
▼17 見田宗介「まなざしの地獄」『現代社会の社会意識』(弘文堂一九七九年)。これはつぎの本にも再録されている。見田宗介・山本泰・佐藤健二編『リーディングス日本の社会学12文化と社会意識』(東京大学出版会一九八五年)。
▼18 ジャーナリズムと社会学の中間領域に言及したものとして古典的なのはカール・マンハイムの「現代学」だろう。それに関してかれはこうのべている。「われわれは喜んで、この社会的ルポルタージュ――場合によってはその偶像崇拝をも――引きうけたい。ここには新しい生の感情の極めて価値ある萌芽が脈打っており、それを社会的好奇心から社会的理解へと深めることはわれわれにとり重要である。」マンハイム、朝倉恵俊訳「社会学の現代的課題」『マンハイム全集3社会学の課題』(潮出版社一九七六年)二九八ぺージ。なお、本書の「あとがき」に私見をのべたので参照されたい。
増補
ウェーバー再入門
社会学書の出版がきわめて困難だった時期にも出版業界では「ウェーバーだけは売れる」といわれてきた。ウェーバーは社会科学全般にかかわる巨匠であり、したがって需要も多いのである。その分、出版点数も多く、何を読めばいいか戸惑うかもしれない。最近出版された概説書では次のコンパクトな一冊を薦めておきたい。
山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書一九九七年)は、ウェーバーにおける近代との緊張関係を『古代農業事情』を主軸に据えることによって明確に構図を提示したもの。緊張関係としかいいようのないウェーバーの人生の「救済」のありかを示している。ただし、かなり高度であり「ウェーバー再入門」とも呼ぶべき書である。
他方、ウェーバー自身の主要作品の翻訳も入手しやすくなった。マックス・ヴェーバー『古代ユダヤ教(全三冊)』内田芳明訳(岩波文庫一九九六年)はそのひとつ。
■意図せざる結果
3―4の「『文化の悲劇』と『意味喪失』」で紹介した「意図せざる結果」については、本編二四ページに紹介したマートンの『社会理論と社会構造』を参照してほしい。とくに「予言の自己成就」論文が重要である。
この論点をモデル・スペキュレーションを用いてやさしく解説したテキストとして、小林淳一・木村邦博編著『考える社会学』(ミネルヴァ書房一九九一年)がある。社会現象のパラドックスがよくわかる現代的なテキストである。数理社会学入門としても読めるが、タイトル通り、社会学の「考える」側面をていねいに説いた本。
■ルポルタージュを読む
一般にジャーナリズムとして取り上げられるのは報道機関の活動である。しかし、組織ジャーナリストだけがジャーナリズムの送り手ではない。個人ジャーナリストも有力な担い手である。たとえばオウム問題をいち早く取材し続けていたのは著名な報道機関ではなく、個人ジャーナリストだったことを想起しよう。世の中には報道機関が取材も報道もしない事実がいっぱいある。それらの事実は重要でないから報道されないのではなく、報道機関側の組織上の都合によって報道されないのである。そのため、ジャーナリズムの最前線は日本の場合、フリーのジャーナリストによって担われることが多い。組織ジャーナリストはたいてい後追いである。
九四ページでかんたんに紹介したように、個人ジャーナリストによるルポルタージュ(広くはノンフィクション)を読むことは、社会学的にも意味があることだと思う。もちろん、社会学的に見て分析は甘いかもしれないが、素材そのもののディテールを知るということと、問題意識の醸成に役立つ。
ここでリストを追加するのは困難である。それだけで一冊の本になる。じっさいに本になってしまったのが、柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋一九九七年)。ノンフィクションの膨大なリストと解説がある。ノンフィクションをよく読む人は必携のガイドブック。とくに柳田がノンフィクションの原点を当事者の手記に見ている点に注目したい。事実の存在を最初に発見するのは、いつも当事者なのである。その声に気づき、耳にを傾ける感受性こそが、ジャーナリストの資質を左右するのだ。それは社会学も同じであり、フィールドワーク調査の原点でもある。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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