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社会学名言集

想像の共同体としての国民国家

 そして最後に、国民は一つの共同体として想像される。なぜなら、国民のなかにたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は、常に、水平的な深い同志愛として心に思い描かれるからである。そして結局のところ、この同胞愛の故に、過去二世紀にわたり、数千、数百万の人々が、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいったのである。
(ベネディクト・アンダーソン)

 東南アジアをフィールドとする人類学者ベネディクト・アンダーソンの有名な一節です。出典は、ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版1997年)26ページ。原著は1983年にでています。

 冷戦終結とはいいながら、いや、それゆえにこそ、国際社会は本来の複雑な様相を眼に見える形で現し始めています。冷戦の時代から内戦の時代へと、民族対立や宗教対立を軸にした紛争が次々に90年代に生じています。もちろん北アイルランド紛争のように、ようやく光が見えてきたところもありますが、それはごく限定されたものですし、これからどうなるかわかりません。そして、1998年5月、インドとパキスタンが相次いで核実験をおこない、これまで通常兵器によって担われてきた地域紛争が核戦争へ発展する可能性がでてきました。これでヒンズー圏とイスラム圏にも核兵器が備わったことになります。

 一方ではEUのような超国家的プロジェクトが国民国家の主権を制限する通貨統合(1999年1月)までこぎつけようとしているのに、他方ではあたかも宗教ないし民族の対立を浮き彫りにした戦争と内戦が頻発する。この落差において浮き彫りになってくるのが「国民国家」(nation state)という現象です。

 国民国家とは何か。それは、ひとつの民族でひとつの独立した主権国家を構成しようとしたものです。近代ヨーロッパの国家がその典型例ですが、これを範にした民族自決の独立運動がさかんになり、その結果、世界中に国民国家が成立してきました。しかし、じっさいには単一民族の国家はありえない。それはひとつの夢想されたものなんです。

 アンダーソンは、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」(24ページ)といいます。それは国境によって画された限界をもつものとして想像され、その国境の向こうには他の国民がいるとされます。それは文化的創造物であり、出版資本主義・国語の制定・巡礼圏といったファクターが一体感を維持強化するために機能してきたというのです。

 そして彼は問います。「なぜ近年の(たかだか二世紀にしかならない)萎びた想像力が、こんな途方もない犠牲を生み出すのか」(26ページ)と。国民国家そしてナショナリズムの問題は、社会科学全体にとって重い問題だと思います。

1998年5月30日執筆・公開

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SOCIUS.JPドメインへの初出 1/5(Wed), 2005  
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