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社会学名言集

[1]オルテガについて

私は、私と私の環境である。
そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない。
(オルテガ・イ・ガセット)

 社会学名言集の第1弾はオルテガです。いまどき、ちょっと意外でしょう? でも、べつにはずしてみせたわけではないんです。じつは『潮』9月号にオルテガについて書いたばかりなので、わたしの頭の中に残像が残っているだけなんです。

 ちょうど、ちくま学芸文庫で『大衆の反逆』が再刊されたばかりだったので、その話があったとき、ふたつ返事で引き受けました。これは角川文庫に入っていたものですが、長らく品切れだったものです。一時、復刊本もありましたが、忘れ去られた古典になっていました。学生時代に読んではいたものの、じつはよくわからなかった本なので、これを機会に読み直しました。今度はよくわかりましたよ。永年の宿題を果たしたような爽快感でしたね。

 で、このことばは『大衆の反逆』の中のことばではなくて、かれの最初の著作である『ドンキホーテに関する思索』の中にある一節です。自分というものは結局、環境との相関物だということですね。環境といっても社会環境や自然環境などをふくむ広い概念なんでしょうが、だからこそ、自分を救うためには環境を救うことが不可欠だということでしょう。わたしは、自分をたいせつにするには政治的でなければならないということだと受け取りました。この場合の「政治的」とは社会に対して能動的にかかわっていくことです。これがオルテガの政治的な前半生をくくる重要な考え方になっています。

 社会学をふくむ最近の思想界では、公共性についての議論が盛んです。ハンナ・アレントの再評価もそういう文脈だと思いますが、案外、オルテガも参考になるのではないでしょうか。『人と人びと』なんか、どうでしょうね。


 以下の短文は月刊誌「潮」1995年9月号「ヒューマンアルバム」に掲載された「オルテガ」の全文です。「ヒューマンアルバム」シリーズは写真グラビアのページで、わたしはそのキャプションにあたるものを書いたことになります。なにぶんにも短いですし、シリーズの性質上オリジナリティに乏しいものですが、かんたんな解説になっていますので掲載します。


 『大衆の反逆』の著者として広く知られるオルテガ・イ・ガセットは、一八八三年五月九日、マドリッドで生まれた。母はスペインの有力新聞『公正』の創立者の娘、父はその編集主幹をつとめる著名なジャーナリストだった。オルテガはまさに「輪転機の上に生まれ落ちた」のである。

 少年オルテガは地中海沿岸の学校で六年過ごしたのち、十四才でデウスト大学に入学。翌年マドリッド大学に移り、ここでウナムノらの知識人集団「九八年の世代」の影響を受け、米西戦争の敗北によって危機に瀕した母国スペインに対する政治的責任を強く意識するようになる。

 一九一〇年、オルテガはマドリッド大学の形而上学正教授になる。このとき弱冠二十七歳。すでに気鋭の批評家として活動していたオルテガは、さらに積極的にスペインの政治にかかわっていく。「スペイン政治教育連盟」を設立して全スペイン人の政治参加を呼びかけるとともに、多くの政治評論を書き続け、ひたすらスペインの再生をめざした。

 一九二三年にプリモ・デ・リベラ将軍の独裁政権が成立。しかし二〇年代末にはこれも末期的状態に陥り、反政府的な運動が盛り上がる。政府によってマドリッド大学が封鎖されるなか、オルテガは学生とともに抗議して教授職を辞任する。その独裁政権も一九三〇年に崩壊。流動する政治状況の渦中、かれは多くの知識人とともに政治結社「共和国奉仕集団」を結成し、スペイン共和国成立の一翼を担うことになる。「政治家オルテガ」の誕生である。

 こうした緊迫する政治状況のただなかで書かれたのが『大衆の反逆』(一九三〇年)だった。かれが批判するのは大衆一般ではない。社会に責任をもとうとしない「大衆人」という人間のタイプである。大衆人は「慢心しきったお坊ちゃん」のように社会の遺産を食いつぶし傍若無人にふるまう。文化の作法が忘却され「直接行動」がはびこる時代にオルテガは断固として抗議する。少数エリートの模範性と大衆の従順性の結合を理想とするオルテガは、あえて責任ある少数エリートの立場に立ち、自ら進んで社会に責任をとろうとする〈貴族〉たらんとしたのである。

 しかし、かれの政治活動と言論活動は挫折を重ね、一九三六年のスペイン内乱とともに九年間の亡命生活に入る。大戦後の学究生活は、前半生と対照的に、なぜか抽象度の高い社会学的基礎理論への沈潜に彩られている。そして未完の名著『人と人びと』を残して一九五五年死去。七十二歳だった。

 若きオルテガは次のように述べたことがある。「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない」と。能動的な政治活動と抽象的な理論研究──難しい時代を生き分けねばならなかったオルテガにとって、いずれも「環境を救う」という〈ひとつの〉実践だったのかもしれない。

■参考文献

1995年執筆

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SOCIUS.JPドメインへの初出 1/5(Wed), 2005  
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