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リフレクション

第六章 高度反省社会への課題
二 リフレクションの実践

新しい社会運動

 民主主義においては、そこでなされた決定に対してその影響を受ける者が有効な声をあげることができなければならない。しかし、権力作用によって、現実の社会的空間においてコミュニケーションは歪められてしまっている。このディスコミュニケーション状況の大海のなかに市民的公共圏を構築しなければならない。そう考える人たちがいて、そうせざるをえない状況に追い込まれた人たちがいて、排除された〈声〉を重点的に拾い上げ、有効に社会的コミュニケーションに組み込む実践によって、コミュニケーションに対称性をもたらし、積極的かつ能動的に社会の改訂に参加しようとする行為が存在する。それが「新しい社会運動」である。

 「新しい社会運動」は一九六〇年代後半以降に先進諸国に出現したさまざまな社会運動に対してフランスの社会学者アラン・トゥレーヌが与えた総称である。16差別撤廃運動・フェミニズム運動・環境保護運動・地域的課題についての住民運動・反核運動・消費者運動・患者運動・公害被害者救済運動・反原発運動・同性愛運動・平和運動・えん罪被害者救済運動・報道被害者救済運動・少数民族運動・地域分権運動・反精神医学運動・非学校的教育実践運動・コミューン運動・ゴルフ場開発阻止運動・嫌煙運動・有機農法運動・子どもの人権運動など、それはあらゆる問題圏におよんでいる。これらを一括して捉えることはほとんど不可能といってよいが、しかし、これらにはある程度の共通点があり、またそこにこそ時間的な新しさだけでなく構造的な新しさがある。では、その何が新しいのか。17

▼16 アラン・トゥレーヌ『ポスト社会主義』平田清明・清水耕一訳(新泉社一九八二年)。
▼17 以下の議論をするにあたって次の論考を参照した。山口節郎「労働社会の危機と新しい社会運動」『思想』一九八五年一一月号。梶田孝道『テクノクラシーと社会運動──対抗的相補性の社会学』(東京大学出版会一九八八年)第6章「新しい社会運動──A・トゥレーヌの問題提示をうけて」。伊藤るり「〈新しい社会運動〉論の諸相と運動の現在」岩波講座社会科学の方法第八巻『システムと生活世界』(岩波書店一九九三年)。

 それは第一に、ライフスタイルの自己決定権を要求することにある。かんたんにいえば「自分の生き方は自分で決める」という明確な態度がそこには存在する。社会運動はこのポジティヴな価値観の実践としておこなわれる。かつての労働運動を中心とする社会運動の眼目はもっぱら富の配分に関わるものだった。ところが「新しい社会運動」はむしろ生き方つまりライフスタイルを問うのである。たとえば、主題になっているのは、豊かな自然環境・生活スタイル・性的アイデンティティ・自己実現・参加・民主的権利・平和といった脱物質的な価値と要求である。産業社会すなわち国家と経済のシステムを貫く「物質的な貧困からの脱出」という価値に対して「エコロジカルな貧困と日常生活における意味と間主観性の貧困からの解放」がそこではめざされるのである。18いわば「生活の質」に向けられている「新しい社会運動」のこのような特性について、ハバーマスは巧みに「制度化された富の分配をめぐる抗争」ではなく「生活形式の文法の問題」が焦点になっていると括っている。19たとえばフェミニズム運動の場合は社会に遍在している男性中心の生活形式(ライフスタイル)を変えることに大きな目標がある。

▼18 山口節郎、前掲論文二三ページ。
▼19 ハーバーマス『コミュニケイション的行為の理論(下)』丸山高司・丸山徳次・厚東洋輔・森田数実・馬場孚瑳江・脇圭平訳(未来社一九八七年)四一二ページ。

 第二に、性・人種・民族・世代・障害などの属性によって差別や格差が生じることへの異議申し立てと平等要求が中心になった運動が多いということ。つまり属性をめぐる闘争が重要な位置を占めている。その属性は、社会のなかで不当に否定的にあつかわれている属性であり、産業社会の中核的システム(国家・政党・大企業・労働組合)から排除された属性である。それゆえ属性的要因によって生活が左右されやすい人たちが担い手になっているし、既成の労働運動ではまったく話にならないのである。しばしばアイデンティティ追求の運動の色彩を帯びるこの種の社会運動は、結果的に、異議申し立て活動を正当化し、排除された〈声〉の復権をめざすコミュニケーションの実践になっている。それ自体が、理想的なコミュニケーション共同体を構築する有効な実践なのである。それは、社会全体の学習能力を高める機能を担い、社会のリフレクションの触媒の機能を果たす。

 第三に、「新しい社会運動」はネットワーキングなどの運動形態をとることが多い。つまり、組織原理の優先した抑圧的な運動ではなく、自律的個人を優先する運動形態をとる。これは、参加者を数でしか捉えない結集中心の運動方式への反発も背景にあるが、重要なのはむしろ個人の自律性・自発性・能動性の尊重である。大文字の大義ではなく、個人の生活が主題であるから、当然といえば当然である。となると、運動の内部におけるコミュニケーションも、従来の運動組織に見られたトップダウン式の一方向的なものではすまなくなる。運動体内部自体がひとつの市民的公共圏であることを要請される。20

▼20 この点については、金子郁容『ボランティア──もうひとつの情報社会』(岩波新書一九九二年)。この本の描く世界──「もうひとつの情報社会」──は本書の議論に具体的なイメージを与えてくれる。たとえば本書での「見識ある市民」と金子のいう「ボランティア」を比較してほしい。

 このように「新しい社会運動」は、社会に自省をもたらすコミュニケーションの実践である。もちろんすべての運動を美化するつもりはないが、少なくとも以上のような潜在的な力をもっているのである。

「受苦忘却」型から「受苦覚醒」型へ

 個々の社会運動がテーマ化する社会問題は、その多くが高度に複雑化した巨大な事象である。それは事象の内部にいる者にとっても、外部にいる者にとっても、不透明な現実である。それは反省的なコミュニケーションを困難にする。この複雑化した社会問題をより反省的にする方向性はないものだろうか。

 ここでも受苦圏と受益圏の対概念が有効である。梶田孝道によると、一九六〇年代の高度経済成長以後の現代日本における開発問題は「漸進的グロテスク化」したという。狭い国土のなかで、日増しに高まる電力需要・交通需要・石油需要・水需要・ゴミ処理需要に対処するために、スケール・メリットを追求しシステムを拡大する方向で開発事業がおこなわれたために、施設はますます巨大化し、施設の周辺住民にとってはグロテスクなものと化していった。大規模化した開発事業では受苦はごくかぎられた地域に集中し、受益は全国的規模に拡散する。21

▼21 梶田孝道『テクノクラシーと社会運動──対抗的相補性の社会学』(東京大学出版会一九八八年)第二章「受益圏・受苦圏と民主主義の問題──地域紛争としてみた国際空港問題」。

 そして梶田は次のようにいう。「受益圏の拡大と受苦圏の局地化」という状況下では、受苦圏の人びとは放置され、開発主体であるテクノクラートはこの受苦を回収せず、受益圏の人びとの欲求の増大に追従し、受益圏の人びとは自分たちの欲求充足の行為の集積が受苦圏を発生させている事実を忘却し無感覚・無責任となる。紛争当事者として登場するのはテクノクラートだが、かれらが代弁している当の受益者が自分のことと気づかない。とりわけ大都市の新中間層居住地域はまさに「多種類の受益圏の集積したもの」「各受益の享受にともない受苦を外部へと放置してきた存在」なのである。22それゆえ梶田はこのような状態を生みだす開発を「受苦忘却型」かつ「受苦放置型」と指摘する。受苦圏から空間的にも社会的にも遠く離れた受益圏の人びとにおける「欲求の無限増大」と「共通問題の共同処理への無関心」が、問題の解決をむずかしくしている最大の要因である。

▼22 前掲書五四ページ。

 それに対して小規模開発の場合は受益圏と受苦圏が重なる。その場合は地域住民に問題が十分自覚されやすくなる。当然、葛藤はあるが、それによって受苦の回避ないし補償の努力が払われやすくなる。梶田はこのような開発を「受苦覚醒型」かつ「受苦回収型」であるとする。そして「日常生活の知覚レヴェルにおいて『受苦忘却』的であるか『受苦覚醒』的であるかという点での相違が、問題解決のうえで大きな意味をもっている」と梶田は強調する。23かれがここで語っているのはもっぱら開発問題についてだが、同じような構造が社会問題全般にも観察できると思う。

▼23 前掲書五五ページ。

 つまり人びとが「受苦覚醒」的なリフレクションをおこなうには一定の適正規模があるのではないか。すなわち、不可視性を高める巨大なシステムを「受苦忘却」型から「受苦覚醒」型へ転換するにはシステムの縮小が必要ではないかということである。おそらく地方分権化の議論はこの文脈に位置づけ可能である。「受苦覚醒」型になれば、おそらく地域紛争はふえるにちがいないけれども、「相互了解」つまり「合意」という理想へ向けた反省的コミュニケーションを活性化させやすくなることはまちがいない。

環境問題と生活環境主義

 近年急速に問題化し、常識的知識としても定着しつつあるものに環境問題がある。環境問題が問題化すること自体は、「見識ある市民」の成熟と、社会のリフレクションのひとつのあらわれにはちがいない。しかし、環境問題に対するスタンスのとり方にまったく問題がないかといえば、そうともいえない。その一例を見てみたい。

 琵琶湖のフィールドワークに携わった鳥越皓之たちの研究グループは、環境の改変に対する態度をおおよそ三つに整理できるとしている。24

▼24 鳥越皓之編『環境問題の社会理論──生活環境主義の立場から』(御茶の水書房一九八九年)五─七、一八─二〇、九六─九七ページ。なお、この本と一対をなす調査報告書として、鳥越皓之・嘉田由紀子編『水と人の環境史──琵琶湖報告書(増補版)』(御茶の水書房一九九一年)。

 第一に近代技術主義。たとえば、大雨が降ると増水して集落を水浸しにしてしまう川と湿地帯に対して、住民を洪水から守るために、川を直線化し、三面コンクリート張りにする、さらに車道を広げるために暗渠にするといった発想がそれである。この立場によると、たとえば水源地の水は「資源」と捉えられる。資源とは「利用・開発されるべき自然」のことに他ならない。25

▼25 鳥越皓之編『環境問題の社会理論』五七ページ。

 第二に自然環境主義。自然保護運動はこれに立つ。人の手が加わらない自然がもっとも望ましいとする立場である。先ほどの例の場合では、湿地帯のアシ群生を守り、川のコンクリート化による生態系の破壊を拒否することになる。

 日本の場合、行政当局による巨大開発は近代技術主義に立つことが多い。また環境問題に関わる研究者やプロジェクト担当者も、そのほとんどが自然科学畑の人たちであるため、近代技術主義と自然環境主義がそれぞれ力をもち鋭く対立してきた。近代技術主義は「住民を守る」といいながら、開発によってその生活を破壊することがしばしば見られる。それに対して自然環境主義は今日のエコロジー・ブームのなかで多くの支持をえてきている。都市型マス・メディアもまた、自然へのノスタルジーから安直に自然環境主義に立つことが多い。この立場は一見「正義の味方」的なニュアンスでもって受け取られたり表明されたりするけれども、ともすれば「自然科学博物館構想」に陥りがちで、そこに居住する人びとの生活のことを無視してしまう傾向をもつ。たとえば琵琶湖の湖岸堤工事によってヨシ原がなくなるとき、地元住民に「琵琶湖の自然が破壊される」との危機感はなく、むしろ「今じゃだれも使い手がなく、ゴミばかりがひっかかっている。ヨシを守れというなら、言うもんがちゃんと手入れをしてくれ」26と感じている。このように自然環境主義は生活現場から遠い地点にいるからこそ可能な論理でもある。

▼26 前掲書一六二ページ。

 そこで鳥越は第三の立場として生活環境主義を提唱する。生活環境主義はその地域社会に生活する居住者の立場に立つ。生活の必要に応じて自然環境の「破壊」も認める。先ほどの川の例では、雨水の浸透や鮎の産卵場所の確保のために川底をそのままにして両岸だけをコンクリート化するという選択をすることになる。この立場は、あるときは自然を破壊し、あるときは大規模開発を拒否する点で、前二者に対して独自である。

 鳥越たちによる生活環境主義の選択は、琵琶湖という具体的フィールドのなかで模索されたものであるだけに、他の二者の選択よりも相当現実的であり、それゆえ非常に複雑なプロセスへの関与を強いるものといえる。というのは、近代技術主義の発想だと、人間につごうの悪い自然は変えてしまえばいいということになるし、全体の利益のために必要な場合には、そこに住んでいる人間にも変わってもらう──生活様式を変えてもらうか、どこかに移転してもらう──という一貫した態度で済む。要はコストの問題である。一方、自然環境主義の場合は、そこで生活していないのだからもともと無責任なものである。それゆえ住民の生活上の不便さや災害による苦しみは二次的なものと決めつけることができる。「ありのままの自然」こそが第一に配慮しなければならないことだ、と。しかし、生活する人びととその人たちをつつみ込む社会的なプロセスを極端に単純化している点で、いずれも反省的とはいえないとわたしは思う。

 いずれにせよ、わたしたちは環境問題を考えるとき、知らず知らずのうちに自然科学的発想に立ってしまっている。たしかにこのこと自体にはそれなりの有効性はある。近代技術主義ののいうように工学的技術を駆使して準備しておけば将来の大災害から人命を救うことができるし、自然環境主義のいうように人の手の加わらない自然の自己完結的な摂理に畏敬の念をもつこともできる。しかし、そのときわたしたちは具体的な社会生活の複雑性をすっかり忘れてしまっているのではないか。そこに生活している人びとと自分の生活とその他大勢の人びとの生活の連関性を。

 生活環境主義から見えてくるのは、この複雑な社会的連関性である。古くからの住民の地域環境に関する知識、人びとの道徳、環境史、「言い分」をめぐるダイナミックな意思決定のプロセス、汚染のメタファー、語られることば、集団形成、突如始まる合意、そして住民の自己反省……。環境問題が「問題」であるのは、じつはこちらの方であり、それを無視してはリフレクションの実践たりえないのである。

政治的社会化と社会科学教育

 日本人の場合、市民的公共圏の話はほとんど異文化であるといっていいかもしれない。たとえばジャーナリズム論の原寿雄は、日本には「国家的公共性」しか存在しなかったとし「市民的公共性」への転換が必要だと述べている。27なるほど日本人はあらゆる議論を「ホンネとタテマエ」図式に押し込めてしまう。「あるべき」論がからむと「そんなのタテマエにすぎない」でおしまいである。このような捉え方は、公共性が「お上」に代表されていた「国家的公共性」に長年慣らされてきたせいかもしれない。ごく大ざっぱにいうと、日本には市民的公共圏のような言論空間が存在しなかったのである。

▼27 原寿雄『新しいジャーナリストたちへ』(晩聲社一九九二年)一七九─一八〇ページ。

 市民的公共圏の活性化は、参加者のコミュニケーション能力に依存する。この能力は生涯を通しての社会化によってたえず更新されている必要がある。「いま、ここ」についての事実に習熟した「見識ある市民」「自律的市民」でありつづけることが不可欠である。その人たちのコミュニケーションの実践が市民的公共圏を活性化させ、「反省する社会」の重要な担い手となる。そしてそのコミュニケーションの実践のなかから次の世代の「見識ある市民」の社会化が可能になる。第一に個人としての「見識ある市民」「自律的市民」、第二に関係・行為としての「コミュニケーション」、第三に場としての「公共圏」「反省する社会」──この三者は相互依存の関係にあるわけである。したがって、制度の成熟も必要だが、主体の成熟も必要なのである。しかし、以上のような理由から、日本においてこのような社会化は必ずしも達成されていない。

 このような社会化を既成の社会学用語で正確にあらわすと「政治的社会化」(political socialization)という。市民的公共圏と連動する政治的社会化を構想すると、重要な内容は社会科学とジャーナリズムであり、重要なエージェント(担い手)は学校とマス・メディアである。28

▼28 欧米ではこれ以外に家族・友人・教会・地域コミュニティなどが有力なエージェントとして挙げられるが、現代日本の都市部住民の場合は学校とマス・メディアほど大きくないと推測される。地域紛争や市民運動の盛んな地域あるいは宗教教団や日々差別を受けている人びとについては、もちろんこのかぎりではない。政治的社会化の概念については、児島和人『マス・コミュニケーション受容理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)二五─二七ページ。

 小中高校教育における社会科学教育は、児童生徒の成人性をあらかじめ期待できないという限界があるにしても、たいへん貧弱である。教科書を見るかぎり、たとえば「公民」それ自体は社会科学入門というより法律制度と経済制度の学習にとどまり、ニュースの視聴にさえ役に立たない。「現代社会」も同様である。現場の教員の力量と努力に依存するところが非常に多いのが現状である。とくに社会学教育は非常に立ち遅れている。それはたとえば数学教育や文学教育などと比較してみるとき歴然としている。

 さて、大学教育・専門学校教育になってはじめて本格的な社会科学が登場するわけであるが、社会科学の専攻学部でない場合は、事情はあまり変わらない。それは一般教育科目として、しばしば大教室でおこなわれ、しかも「初歩」だからということで基礎概念や学説史に終始しがちである。社会科学においては理論的討議が重要な意味をもつにもかかわらず、二百人以上の大教室では事実上不可能である。近年注目されている新聞利用教育(NIE)もレポート形式にするしかないだろう。この傾向は大学設置基準の「大綱化」の影響で、専門重視の方針と対をなしてますます強化されている。こうして、専門職やテクノクラートや企業管理職として社会の「システム」の担い手になるかれらが「見識ある市民」「自省的市民」として自己定立するイニシャル・ステップは往々にして失敗してしまうのである。

 さらに成人教育を考えてみると、さらに希望をもてなくなるが、現代日本の場合はマス・メディアが事実上、成人の社会化機能を引き受けているといってよく、ジャーナリズムのなかに社会科学が導入されることが社会のリフレクションを高める上でたいへん重要である。これは第一にジャーナリスト教育(とくに中堅の再教育)に社会科学を取り入れること、第二に個々の問題に関して社会科学者の協力をえることである。

 ところでカレル・ヴァン・ウォルフレンが『日本/権力構造の謎』の「儀礼とおどし」の章の「みんなと一緒の儀式」の項に──この位置づけが重要なのだが──次のような一節がある。「学者の間でさえ、慣習にしたがうことが真理の探究に徹するよりも重要とされる。そこで、自尊心の高い日本の学者は、最近の政治動向や時事問題を取り上げようとせず、ジャーナリストにまかせる。このような問題は雑談の領域に属するものと考えているようである。」29ジャーナリストとの協力関係がマス・メディアを媒介とするコミュニケーションに反省性を高めるにもかかわらず、社会科学者にこうした傾向があったことは事実である。しかし、この傾向は世代交代とともに近年大きく変わりつつあることもたしかで、とくに若手の政治学者の活動が注目される。

▼29 カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(下)』篠原勝訳(早川書房一九九〇年)一七一ページ。

 ここでひとつの例を提出しておきたい。一九九三年に生じたテレビ朝日報道局長の証人喚問事件である。問題となった発言については、ジャーナリズムに携わっている者自身が自分たちの行為を反省的に捉え損なっていることを浮き彫りにしており、しかもその発言を問題化した産経新聞の伝え方にも問題がある。けれどもここで取り上げたいのはその後の議論である。国会やメディア上の議論において大前提とされていたのは「マス・メディアの影響力は絶大である」ということだった。「だから偏向報道は問題だ」ということになるし「だからジャーナリストは襟を正すべきだ」ということになる。しかし、すでに述べたように、メディアの影響力についてはさまざまな説があり、しかも単純ではない。名指しされた「ニュース・ステーション」にしても、力を入れていた「選挙に行こう」キャンペーンはむしろ史上最低の投票率という事実によって、むしろ無力さをこそさらしていたのではなかったか。また、一般企業とちがって放送局は個人やチームの自律性が格段に高いという独特の組織文化をもつことについて考察が薄いのも気にかかることである。つまり、報道局長の意図によって政権交代したかどうかは慎重な経験科学的分析にゆだねられるべきことで、科学的検証に耐えられないことを前提に議論するのはきわめて危険である。こういうときこそ「社会科学的ジャーナリズム」30が必要なのである。

▼30 原寿雄『新聞記者の処世術』(晩聲社一九八七年)一五二ページ。

 そもそも視聴者や読者は、ステレオタイプなコメントのくりかえしを望んでいるのではない。「ほんとうにそういえるのか」を知りたいのである。リフレクションの要求が潜在的に存在したはずだ。「潜在的」と書いたのは、この場合、アナウンス効果について科学的な研究が存在すること自体が一般に知られていないからである。多少の難解さをいとわず、ジャーナリズムはもっと社会科学を「引用」すべきではないかと思う。

 さらにわたし自身は「ジャーナリズムの社会学化」「社会学的ジャーナリズム」を主張したい。けれども、ここはそれを主題に展開できる場所ではないので、一点だけ理由を指摘しておきたい。それは社会学だけが「総合的認識」をもともとめざした社会科学であるということだ。現状の社会学はフィールドによる専門分化が著しいが、それでも「総合的認識」を放棄したわけではない。たとえば社会科学や哲学・言語学に通暁したハバーマスは「社会学は社会科学的学問のなかでただ一つだけ、社会全体の問題に関係をもち続けてきた。社会学は、つねに社会の理論でもあるのだ」と述べている。31現代社会に生じるできごとは、もはや単一の要因によって生じるのではない。非常に複合的な現象である。しかも全体社会の文脈を考慮しないかぎり、ひとつの現象や事件を分析できなくなっている。その意味で社会学の有効性はますます高くなっていると思う。

▼31 ユルゲン・ハーバーマス『コミュニケイション的行為の理論(上)』河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳(未来社一九八五年)二五ページ。

 すでに述べたように、日本には、私人たちが集合し国家に対抗する市民的公共圏はほとんどなかったといってよい。たしかにそれは戦後少しずつ成長はしてきたが、日本社会の指導原理にはなっていない。したがって、これまで論じてきたような理念を内に秘めた社会学に接することは、多くの日本人にとっては一種の異文化体験であり、それはときには「地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』」を引き起こすこともありうる異文化間コミュニケーションである。32しかし、それだけに社会学はこれからの日本社会に必要な〈リフレクションの実践〉なのである。

▼32 P・L・バーガー『社会学への招待(改訂新装版)』水野節夫・村山研一訳(思索社一九八九年)三七─三八ページ。ただし一部修整した。

高度反省社会はいかにして可能か

 社会の反省性もしくは自省性を高めるには、これから何が必要だろうか。市民的公共圏と呼べるものを構築し定着させるにはどのような条件と努力が必要だろうか。この章ではこの問題について考えてきた。もちろん結論を下すには遠いまでも、これまでの議論から導かれるさしあたりの方向性をまとめておきたい。

 まず第一に、知識の社会的配分の偏在性の解消。知識はそれが大きな影響力をもつほど独占されがちである。一般的に知識は政治権力や経済権力の方に偏って配分されている。具体的にはテクノクラートや専門家や利害関係者に偏っている。これを均等かつ公正に再配分するしくみが必要である。第二に、リフレクションを活性化させるようなコミュニケーション制度の構築。情報産業の巨大化が必ずしもコミュニケーションの反省作用を活性化することにならないことは、すでに「権力のことば」「消費のことば」として示唆しておいた。個人ひとりひとりが「見識ある市民」の資格においてリフレクションを発動できるようなコミュニケーション環境が必要である。第三に、異議申し立て活動の正当化。排除された〈声〉をとくに重点的に拾い上げ、有効に社会的コミュニケーションに組み込む実践が必要である。それによって、歪められたコミュニケーションに対称性を確保することができる。第四に、生涯を通しての社会科学教育の充実。市民的公共圏の活性化は、参加者の反省的なコミュニケーション能力に依存する。この能力は生涯を通しての社会化によってたえず更新されている必要がある。ここでもマス・メディアの役割は大きい。

   

 さて、以上の四点をひとつの包括的概念に括ってみよう。わたしはそれを「ジャーナリズム化」もしくは「ジャーナリズムの拡張」と括りたいと思う。社会学に「ジャーナリズム」概念を持ち込むことのリスクは承知しているが、やはりこれは「ジャーナリズム」でなければならない。ふつう「ジャーナリズム」ということばはマス・メディアの報道活動の意味で使われるが、もともとは「あるべき」理念的な活動をさしている。「それがジャーナリズムといえるのか!」「そんなものジャーナリズムじゃない!」などというときの「ジャーナリズム」はそのような規範的理念である。では「どうあるべき」なのか。ジャーナリズム論の新井直之によると「ジャーナリズムとは、いま伝えなければならないことを、いま、伝え、いま言わなければならないことを、いま、言う行為、である。『伝える』とは、いわば報道の活動であり、『言う』とは、論評の活動である。それだけが、おそらくジャーナリズムのほとんど唯一の責務である。」33ここで強調されているのは「いま」である。「あとでゆっくりと」ではない、「いま」である。ここにこそ「ジャーナリズム」でなければならない理由がある。

▼33 新井直之「視聴者と共生するテレビへ」津田正夫(編)『テレビジャーナリズムの現在──市民との共生は可能か』(現代書館一九九一年)二五〇ページ。

 コミュニケーションは送り手だけの独占物ではないから、「言う」「伝える」に「知る」「聞く」「見る」「読む」「考える」をつけ加えよう。プロのジャーナリストたちも「言う」「伝える」の前にすさまじい勢いで「知る」「聞く」「見る」「読む」「考える」を実行しているわけだから、じっさいこれらは一体のものである。わたしたちはマス・メディアに対しては受け手ではあるが、その能動的な利用において潜在的にジャーナリスト的存在なのである。戸坂潤は戦前に「元来から云うと、一切の人間が、その人間的資格に於てジャーナリストでなくてはならぬ。人間が社会的動物だということは、この意味に於ては、人間がジャーナリスト的存在だということである。」34と述べているが、その通りだと思う。

▼34 『戸坂潤全集』第四巻(勁草書房一九六七年)一五六ページ。

 「見識ある市民」「自省的市民」がたえずジャーナリスト的存在であろうとして、それぞれの社会的位置に即したさまざまなコミュニケーションの実践──知る・聞く・見る・考える・言う・伝える──をしていくことによって、社会の「自省」が活発に作動する。そして「社会は諸個人の自省的行為を媒介としてみずからの構造を変えていくのである。」35このようなプロセスを「高度反省社会」と呼ぶことは可能だろう。わたしたちにとって必要なのは、送り手中心の「高度情報社会」ではなく、市民の透明な自己理解を可能にする「高度反省社会」の方ではないだろうか。

▼35 今田高俊『モダンの脱構築──産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)二一一ページ。
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