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書評『フード・ポリティクス』


書評 マリオン・ネスル『フード・ポリティクス――肥満社会と食品産業』(三宅真季子・鈴木眞理子訳、新曜社)

初出 『図書新聞』2721号(2005年4月9日付)5ページ。


科学的知識そのものもまた政治的な構築物 食品業界の政治的活動の実態を克明に調査

 現代の健康ブームの重要な一側面は、健康によいとされる食品の世界である。マスコミでは毎日のように健康によい食べ物の話題が次から次へと流され、スーパーなどでは健康を謳う食品がずらりと並ぶ。おいしい、安い、かんたん、この三つが売りだった食品も、今ではすっかり「どう健康にいいか」がセールスポイントになっている。

 一見無邪気に健康を標榜するかに見える食品の世界に、じつは奥深い政治の世界があるということは想像しにくい。しかしタバコ業界と同じように食品業界もまた、自分たちに有利になるように政治的な活動を積極的にしてきたのである。本書はその実態を克明に調べたものである。たんなる飽食社会批判というのではない。あくまで食品の栄養と健康をめぐる政治的駆け引きに焦点をしぼっているところに本書の特色がある。

 著者ネスルはニューヨーク大学の栄養・食品学科長。食物と栄養の政策を研究しているとのことだが、アメリカには、こういう本を書いてしまう栄養学者がいるということに驚く。その独特の立ち位置がこうした記述を可能にしているのだろう。日本では同様の研究はかなり難しいのではなかろうか。

 ネスルによると、栄養学的には総じて「食べる量を減らす」のが望ましいが、食品業界が「これも健康によい、あれも健康によい」とキャンペーンすることによって、結果的に「もっとたくさん食べる」環境が作られているという。これはたんに広告によって需要を作り出すということだけではなく、したたかにそれを可能にする政治的環境づくりがなされていることによる。

 ネスルは、食品会社がどのように献金やロビー活動や訴訟などをおこなって、自分たちに都合のよい政治的環境づくりをしているかを丹念に調べ上げている。それはうんざりするくらい執拗なものである。著者が、ではなく、食品会社が、である。

 栄養学者がつくった食生活に関する公的なガイドラインを骨抜きにして、自分たちの商品が健康によいものであるとちゃっかり広告する。たとえば、ある企業はケチャップがリコピンを含んでいるから健康にいいと大々的に広告する。しかしケチャップには摂取を控えた方がいいに決まっている成分が山のように入っているのだ。

 また、感受性の強い子どもをマーケティングの対象にするために、アメリカでは特定の食品会社が学校の給食をしきり、ドリンクの独占販売をして、子どもたちを囲い込む。そしてまた、サプリメントの健康効能表示に対する科学的根拠に基づく規制をひっくり返し、規制機関を無力化し、一気にサプリメント産業を立ち上げる。

 さらに、健康によいとされる栄養素を強化して「より健康的」なものにデザインされた「テクノフーズ」を次から次に繰り出し、その結果、人びとは「健康のために」食品会社のすすめるさまざまな食品やサプリメントを次から次にたんさん食べることになる。栄養学的に、このどこが健康にいいのか。

 このように本書では、本来なら食品会社にとって不利な規制や政策を、政治的活動によってまるで正反対のものに変換してしまう驚くべきプロセスが克明に描かれている。このディテールこそが本書の真骨頂である。

 アメリカ独特の政治構造があるので、本書の構図をそのまま日本に適用することはできないだろう。しかし、比較的、日本の状況に適用しやすいと思われる論点も含まれている。筆者がとくに関心を持ったのは、ネスルが「還元主義的理念」と呼ぶものである。

 要するに、ある食品の価値がそれに含まれる機能成分に還元されると考える傾向のことである。この還元主義から出発すると、その成分を精製し、大量摂取すればいいという発想になってしまう。サプリメントがその結晶的産物であり、「テクノフーズ」が典型である。食品ではなく栄養素に還元して語ることによって、栄養学的指針を台無しにし、意図的に人びとを混乱させるという意味で、強い政治性をもつのである。栄養素の効用について知識が増えることは必ずしも健康な食生活につながらない。それを自分で試みるプロセスの中で人びとは食べ過ぎてしまうからだ。

 著者の調査力に感銘しつつも、やや疑問に思うところは、「政治と科学の衝突」という単純な背後仮説である。それほど栄養学は科学なのか。科学はそんなに正義なのか。そして政治は科学の敵対物なのか。

 著者は栄養学を科学的根拠のあるものとして立脚し、そこから批判的に政治的プロセスを観察しているが、栄養学自体にも政治的なところがあるのではないか。心理学と並んで栄養学は現代の代表的なポピュラーサイエンスである。もう少し自省的な視点も必要ではないかと感じる。たしかに付録の「栄養学および栄養研究の問題」には「完璧と言える方法がない」との正直な指摘がある。強力な偽薬効果(プラセボ)の存在も認めている。政治に浸食される科学という論点とともに、この点もまた重要な問題である。科学的知識そのものもまた政治的な構築物であるのだから。


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SOCIUS.JPドメインへの初出 1/3(Mon), 2005  
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