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ネットワークの臨床社会学


[6]地層論――歴史としてのハイパーテキスト

初出 猪瀬直樹編集メールマガジン「MM日本国の研究――不安との訣別/再生のカルテ」第167号(2002年5月8日発行)


西新宿の一角で

 うわさに聞いて久しい西新宿のブートショップめぐりをした。オフィシャル盤に対してプライベート盤というそうだが、いわゆる海賊盤専門店である。西新宿にはこのような専門店が数多くある。マンションの9階の一室のように、初めてではとても行けない場所にショップがあったりするので、案内を事情通の友人にお願いしてのブート漁りツアーになった。

 そこには1960年代末あたりから最近に至るまでのロックグループのライブを観客が勝手に録った非公式録音(業界では「オーディエンス」と呼ぶ)や、主催者側の音源の流出したもの(業界では「サウンドボード」と呼ぶ)が、狭いマンションや雑居ビルの一角にずらっと並んでいる。

 だから「1971年当時のキング・クリムゾンのライブ」を探していた私は、かんたんにそれらをみつけることができたし、購入したイエスのライブ盤では、演奏途中でミスがあって曲ががたがたになってしまったものもそのまま収録されていた。きっと当事者はこんなものが出回っていることにやきもきしているに違いない。

歴史の重み

 と思いきや、じっさいには、もうそんな時代ではなくなっているらしい。たとえばレッド・ツェッペリンとなると、ほとんどのコンサートのライブ録音がそれぞれ複数存在していて、それらに関する知識は「歴史的事実」として整理され、ブートはその貴重な「歴史的資料」として珍重され、高値を呼んでいる。日本はこの種のブート天国で、来日したミュージシャンたちが自分たちの30年ほど前のライブのブートをまとめ買いすることもあるそうだ。演奏している本人たちも、その記録がほしいのだ。

 これはつまり「歴史の重み」というやつである。大昔の落書きが文化遺産になるのも、自堕落な小説家の行状が深い文化的意味を持つのも「歴史の重み」による。同じことがロックの海賊盤にも生じているということだ。歴史という概念が付着したときから、すべての文物は「史料」になり「骨董」になり「コレクション」になって、専門家や好事家やおたくの研究対象になる。

 私が大原社研であつかっているのも、じつはそのような類のものである。今のような組合のない戦前の労働争議のさいにまかれた中傷ビラや「無産主義者」たちのアジビラなんかを系統的に収集して公開しているが、こんなものは当時はその場かぎりのゴミのようなものであったろう。しかし70年という時間がそれを「史料」にしてしまう。もちろん正史にとっては未だにノイズにしかすぎないが、社会史研究のように、歴史のひだをたどるのには貴重なものなのである。だれもそんなものを系統的に収集し、半世紀以上ものあいだ保存したりはしないし、ましてネットで公開したりもしないからだ。

 もうここまでくればお察しがつくだろう。ネットにおいてもコンテンツの「歴史化」は始まっている。なんせここ7年だけでもドッグイヤー換算すれば半世紀にあたる。「歴史化」は必然である。

ハイパーテキストは歴史である

 たとえば「Google」がサービスを開始したときに驚かされたのは、検索結果の的確さもさりながら、むしろキャッシュが公開されていたことだった。昔のウェッブのページがそのまんま再現されてしまうことが話題になり、個人サイト所有者としてはいささか恥ずかしい感じがしたものだった。

 しかし、これ自体は全文検索サービスを試みるものにとっては、さほどのことではない。私も大原社研で労働サイトだけの全文検索を構築したことがあるが、全文検索するにはウェッブをいったんローカルにキャッシュしなければならない。だからロボットを走らせてキャッシュをため込み、それに対してインデックスを作成することになる。しかしキャッシュのコンテンツ自体は他人様の著作物であるから、従来的な判断であれば公開はしない。大原社研でもキャッシュをアーカイブとして保存することはするが、五〇年先あたりに「じつはこういうのがあるよ」という感じで公開しようと考えていた。しかし「Google」の関係者には「これらはすでに歴史の一部である」との意識があったのだろう。

 それにしても、キャッシュの「無断公開」があまり議論を呼ばなかったところを見ると、ネットの住人たちにもそれなりの了解があったのではないか。そう、もはやハイパーテキストは歴史である。

アーカイブの試み

 2001年秋に忽然と姿を現したアーカイブサイト「Internet Archive」は、1996年からアーカイブ化に取り組み、メインの「Wayback Machine」コーナーでは100億ページのコンテンツがブラウズできるという。もはや海賊盤の比ではない。あらゆるコンテンツに網がかけられ、収集・保存・公開されるのだ。

 各種の公開掲示板の実態には疎いのでアーカイブがどうなっているのかわからないが、少なくともウェッブ形式で公開されているものは保存される可能性が高い。個々の常連たちも私的なアーカイブをためているにちがいない。その意味で「人の噂も75年」と言われる日はすでに来ている。すべてのコンテンツや発言が年月ごとに密かに保存され、さしたる時間差もなしに堂々と無断公開される。これは「情報の自由」を時間的に拡大することになるとともに、一種の時間警察の可能性がないわけではない。ある日突然に「あなたは五年前のこの日にウェッブ日記にセクハラ的記述をしましたね。証拠はこれです」と突きつけられる事態も生じるにちがいない。こうなるとアーカイビングも、ある種のビッグブラザーになりうる(それとも、ビッグブラウザー?)。

国会図書館起動!

 2001年末、国会図書館で開かれた電子図書館協議会で見聞したところによると、国会図書館が電子図書館構想として、このようなアーカイブの構築プロジェクト「WARP」を始めていて、すでに館員を世界に派遣する基礎調査を終え、公開実施作業の秒読み段階まできているとのことだった。その報告によると、フィンランド・スウェーデン・デンマーク・オーストラリア・アメリカなどの国立・王立・議会図書館は軒並みウェッブのアーカイブ化に乗り出しているそうだ。図書館の世界において「蔵書」や「納本」の概念はすでにインターネット上のハイパーテキストにまで拡大されている。国会図書館も本格的に動き出さざるを得ないということらしい。そして2002年度になり、いよいよ一般公開が試行される。秋には本格的な電子図書館となる関西館も開館する。どういうものがでてくるのか、注目したい。

 さて、このようなアーカイブ化にはふたつの方法がある。ひとつはバルク収集で、網羅的に網をかける方法。もうひとつは選択的収集(イベント収集)で、特定主題ごとにURLをねらい打ちして収集する方法である。じつはバルク収集の方がかんたんで、選択的収集にすると100倍の人員がかかると言われている。URLのリストアップ、つまり「選書」は人手に寄らざるを得ないからだ。

 大原社研で私がやっているのは「労働サイト」に限定したアーカイブ化で、それは徹底的な労働サイトの最新リンク集を研究所が用意しているからできることなのだ。このリンク集には専門家の相当の手間ひまが日常的にかけられて保守点検されている。だからアーカイブに余計なものがまじらない。分散の発想からすると、こういうものが数百テーマ用意されている方が利用しやすいという考え方になるが、コスト的に見合うかどうかがあやしい。国会図書館では、著作権の承諾をいちいち得るそうだから、当面は学術系コンテンツに限定して選択収集することになるだろう。

天空の地質学

 バルク収集だと、今度は検索がとたんにむずかしくなる。特定時点の特定コンテンツを探し当てるとなると、今度は、考古学のようにハイパーテキストの地層を丹念に確認しながら掘り進んでいくという作業が必要になるだろう。地層化したハイパーテキストのからんだ時空的リンクをたどり、歴史的資料を発掘して検証するという専門家が必要になる。さしずめウェッブ考古学者というところだ。

 と同時に、ウェッブ作成者としては「現在だけが整合的であればよい」という甘えはみっともないものになることを知らなければならない。1970年代のロックグループがその場しのぎのツアーでいいかげんなライブ演奏をしていたのがブートによって現在に再現されてしまうように、また逆に、ごく一部のものだけが特権的に体験できた火花散る歴史的名演もまた発掘されるように、過去の所業はしっかり記憶され再現される。いいも悪いもふくめて「人の噂も75年」――私たちはこれからこういう言説世界に暮らすことになる。

 かつて若き宮澤賢治は大正時代に有名な「序詩」の中で次のようなフレーズを語っていた。

  おそらくこれから二千年もたつたころは
  それ相当のちがつた地質学が流用され
  相当した証拠もまた次次過去から現出し
  みんな二千年ぐらゐ前には
  青空いっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
  新進の大学士たちは気圏のいちばん上層
  きらびやかな氷窒素のあたりから
  すてきな化石を発堀したり
  あるいは白堊紀砂岩の層面に
  透明な人類の巨大な足跡を
  発見するかもしれません

 今はただの空にしか見えない「気圏のいちばん上層」が、やがて途方もない歴史的時間の経過の結果として「地層」と化し、それを「歴史」として発掘する地質学者の手にゆだねられるという想像力。これからのハイパーテキストの構築には、このような歴史的想像力の資質(天空の地質学!)が必要になりそうだ。それをどのように獲得し、そして育てていくか。そろそろアジェンダとして意識しておいていい時期だと思う。

【参考資料】

http://web.archive.org
http://www.ndl.go.jp
http://oisr.org
平成13年度電子図書館全国連絡会配付資料


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