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ネットワークの臨床社会学


[2]二兎論――オンデマンド出版という解決

初出 猪瀬直樹編集メールマガジン「MM日本国の研究――不安との訣別/再生のカルテ」第28号(2001年05月11日発行)


 我が家には現在ウサギが2匹(羽)いる。ときどきベランダに出して遊ばせるのだが、いったん外に出るとなかなか部屋に戻ろうとしない。でも闇雲にホウキでウサギを追ってもムダだ。「二兎追う者、一兎を獲ず」とはよく言ったもので、経験的には1匹ずつ着実に追い込んでいかないと、少なくとも10分ぐらいは翻弄される。そう、何事につけても二股かけると失敗するというのが先人の残した教訓である。しかし、あえて二兎追うことで解決できる問題もあるのではないか。

リキエスタの試み

 この4月10日、オンデマンド叢書「リキエスタ」が立ち上がった。岩波書店・晶文社・筑摩書房・白水社・みすず書房・平凡社の6社が共同して人文系の叢書を出版するという異例の出版形態である。おそらく「本とコンピュータ」編集室(および大日本印刷)の強力なイニシアティブのもとに各社の危機意識が呼応して成立したのであろう。貴重な試みである。

 そもそもオンデマンド・システムは、あらかじめ版下のデジタルデータを仕込んでおいて、客から注文があるたびに印刷するシステムである。採算のとりにくい少部数出版向きの印刷システムだ。もちろん初刷・二刷という概念はないし、基本的にまとめ印刷もしないので在庫管理もなくなる。並装のわりに割高感のあるのが唯一の難点だが、現時点では、このシステムでのみ出版(復刊)可能なコンテンツはたくさんあるはずだ。たとえば学術研究書、報告書、大学教科書、自費出版がさしあたり適した分野である。大部数が期待できない学術書の場合、最近は出版社が著者に内緒でオンデマンド・システムで印刷するということもあるようだ。

 さらに、この分野の牽引役になっているブッキング社によると、「復刊ドット・コム」で読者の希望の多いものを復刊したり、弱視・老眼用大活字本などのユニバーサル・デザインを追求したり、個人の好みでカスタマイズした本を刊行できるとしている。なるほど、洋書にハードカバーとソフトカバーがあるように、ひとつのパッケージにとらわれない出版の可能性がオンデマンドで一気に広がる。

オンライン出版とオフライン出版

 パッケージにとらわれないという点で言うと、他方で、オンライン出版(電子出版やインターネット公開)も進んでいる。パッケージするもの、しないもの、形態はさまざまだ。CD-ROMのようにパッケージされたものもかなり苦戦しているようだが、パッケージしないネットワーク上での公開だと、ほとんど利益は望めない。最大の困難は「無料が当たり前」とするユーザー側の態度である。いったん慣れてしまった「情報はタダ」という心の習慣はなかなか変えられそうにないし、そもそも代金を支払うインセンティブがない。

 じつは私自身、1997年初頭からシェアテキストのプロジェクト(honya.co.jp)に参加しているが、実験的にドネーション(寄付)という形式にすると、ほとんど無料公開と同じになってしまう。このような仕組みは、著者自身にかなりのネームバリューがあって、その上で会費制にしてなんとか成り立つものだとつくづく実感したものだ。シェアウェアのようにはいかない。だからネット上でのビジネスモデルについて試行錯誤がつづくのも無理ないと思う。

 ここで視点を「ネットワークにおけるコンテンツの充実」ということに定めると、この点が大きな限界になることがよくわかる。つまり「インターネットには何でもある」と言われながら、じつはもっとも市場価値のあるコンテンツが見事に欠落しているのだ。すっぽり抜けているのが市販書籍のコンテンツである。

 その意味で、分野はなんであれ、ネット上でのコンテンツ充実に不可欠なのは、現に販売されている現役の書籍の公開なのである。けれどもオフライン出版(つまり従来の印刷出版)側から見ると、販売促進・広報としてのネット活用は理解できても、現に販売中の本のコンテンツ自体を採算の見込みのないネットで公開することはとてもできないだろう。とにかく本が売れなくなるリスクが怖い。だからせいぜい品切書について有料公開を試みるのが関の山なのである。

ネットワークからの共存アプローチ

 では、逆のルートはどうか。ネット上において市場価値のあるオリジナルなコンテンツがどこまで提供できるかというと、これもなかなか難しい。制作側から言えば、採算はまずとれない。公開そのものの経費は格段に安く済むとは言え、プロが作成したコンテンツの原稿料や制作費を確保するのは至難の業である。若干の広告収入はあてにならない現状では、何らかのパトロンが必要である。学術系では各種の成果公開促進費を獲得するしかない。たとえばビーケーワンのようなオンライン書店が新聞書評クラスの評者による膨大な書評を無料提供できているのは、それが結局は販売につながると考えているからであって、パトロンなりの計算が成り立つときだけである。

 しかし、話を学術系にしぼると、それなりの解決はありうると私は考えている。学術系の場合、著者たちには利益獲得という動機よりも業績蓄積という動機がまさる。多くの場合、著者はすでにそれなりの給与を得ているし、学術系では業績が結果的にポストや給与などに直接反映するからだ。

 インターネットでの研究成果公開がそれなりに活発のように見えて、たいてい紀要論文公開に来たあたりで頓挫しているのも、結局は同じ理由である。紀要論文を公開することになんのリスクもない。けれども、ネット上でのみ公開するオリジナル・コンテンツでは、いくら内容的に優れていたとしても、まだ業績として認知されにくいのである。だから、よけいなことはけっしてしない多くの研究者たちは、ここで立ちすくむ。

 しかし、ネット公開と同時にオンデマンド出版にすれば、そのコンテンツは出版物として確実に業績になる。しかも、たんなる研究報告書とちがって、ISBNのついた立派な著書である。書店を通じてだれでも入手できる。しかも今後ますます利用されるであろうオンライン書店との相性はすこぶるよい。つまり、研究系の著者にとっては、それなりのインセンティブができる。印税を支払わない一部の版元はよく知っているように、研究者は自分の本となるといくらでもただ働きするものなのだ。

 オンデマンド出版は、今回のリキエスタ叢書のように、たんに本を復刊したり、少部数の学術書を刊行したりすることだけに意義があるのではない。オンライン出版(つまりインターネット公開)そのものを強力に後押しする可能性をもつシステムなのである。古式ゆかしい印刷出版の復権などという文脈に矮小化して評価するのは誤りだと思う。

 あえて二兎を追うこと。とくにアカデミズムに関わる人には、ぜひここに注目してほしい。そして、この二兎追いスタイルがアカデミズムで成り立つのであれば、おそらくは少数派のカテゴリーに属する人たちによる(のための)公共的な言論活動にも応用できるはずなのである。

具体的な問題と工夫

 以上のことは、私自身が関係している研究所(法政大学大原社会問題研究所)で現在進めているプロジェクトから直接学んできたことだ。もちろん具体的問題は多々あって、たとえば出版契約にインターネット上での公開を事前に盛り込むことが必要だし、装丁やデザインをある程度であきらめなければならない。コンテンツとしては一物二価のアポリアを抱えることになるため、インターネット公開の方を抜刷のように分割したりファイルを小分けしておいたほうが、代金を支払う人には納得してもらいやすいし、オンライン出版の取り柄である全文検索をかける上でもそのほうが適切だ。オンラインとオフラインの順番もだいじで、総じてオンライン公開を先にしておいたほうがトラブルは少ない。これだと読者にとっては、オンラインで立ち読みした上で購入できる点で安心だという側面もある。本という形式の方が読みやすいという人も多いし、図書館などの需要もあるわけだから、印刷物はあとでもいいのだ。部数の多少を気にしなくても済むオンデマンド出版だからこそ、この「踏ん切り」がつく。

 歴史的資料の復刻事業のように地味な出版では、こうしたスタイルでしか、もはや可能性はないというのが私なりの結論だ。現在進めているオンデマンド出版の企画では、じつに一件あたり20万円のコストで済んだ。通常の出版経費のじつに10分の1以下である。研究所のサイト(OISR.ORG)上では同じコンテンツが一足先に公開を開始しており、本ができるのを待っている。私が今楽しみにしているのは、近々オンデマンドで出版されるこの本をオンライン書店からじっさいに注文してみることだ。これが無事に到着すれば、あとは脱兎のごとく加速するだけである。



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