Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫
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ウェッブが壊す学習の構図
Web Deconstructs the Design of Learning

初出 CIEC(コンピュータ利用教育協議会)会誌『コンピュータ&エデュケーション』Vol.6(発売・柏書房、1999年5月)特集「社会科学教育へのコンピュータの利用」


概要

 ウェッブでの著作公開は両義的である。それは学習の構図を壊す。しかし、それは新しい学習の構図の始まりでもある。ウェッブはアカデミックな社会科学の見直しを要請し、自己言及性を自覚した市民スタイルへの転換を準備する。

キーワード: 社会学、学習、見識ある市民、社会科学ジャーナリズム、自己言及、市民スタイル

1 「ソキウス」の効用

 インターネットを利用した社会科学教育について実践報告することが私に与えられたテーマである。私にとって実践とは「ソキウス」(Socius)という名の社会学ウェッブのことである。まずは自己反省的にここ3年半の実践経過を回顧してみたい。なお「ソキウス」のURLは http://socius.org 。現時点で約700ページ、総ファイル数約1000の個人サイトである。

 1995年8月「ソキウス」を始めたころの私は、今日ほどにインターネットが公式の大学教育に導入されるとは予想していなかった。というのも、当時の私にとってインターネットは、まさに大学教育の枠をとっぱらってくれるオルタナティヴな選択肢としてあったからだ。

 90年代前半、私はおもに理系キャンパスで一般教育の社会学を教えていた。受講者が多く、しかもほとんどが不本意履修の学生であったから、こちらがいくらリキを入れて教えても限界を感じることが多かった。講義のために準備したコンテンツも、大教室や講堂の多くの学生たちにとってはうっとうしいだけである。こちらとしても、熱心に聴いてくれる学生を「2割から4割にする」というのが、せいぜいの努力目標だった。

 これはやはり「不幸な出会い」といわなければならない。カリキュラム改革によってかなり改善されてきてはいるものの、あいかわらず大学は「不幸な出会い」を再生産しているような気もしないではない。もちろんその根底には大学をしばっている文部省の規制と大学の経営事情があるわけだが。アンケートを取ってみると、私の授業に熱心に通っているような(辛抱強く我慢強い?)学生でさえ、大学には強い不満をもっている。しかし、不満なのは学生だけではないのだ。

 贅沢なことだということはわかっているが、私は社会学を必要としている人たちに直接語りたかった。単位認定を伴う大学教育の枠から自分の社会学を解放することが大事だった。「ソキウス」を始めた頃の私にとってインターネットはそういう場所だったのであり、自分では相当な逸脱行為のつもりだったのだ(じっさい、しばらくは同業者の冷ややかな目を意識したものだ)。一個人として語ることにこだわったからこそ、私は早い時期から「ソキウス動物園」などという極私的なコーナーもあえて開園していた。この場合、要するに「個人としての私が語ること」そのものが主題だったといえよう。そういう意味で「ソキウス」は他のアカデミックな学術系サイトとは多少ニュアンスがちがっていたはずである。ふまじめな印象をもった研究者も多かったのではなかろうか。

 しかし、しばらくはそういう思いがかなうような時機が続いた。やがて「猫も杓子も」状態になって少しずつ変わっていったのだが、といっても変化したのは私の知らないところでであって、私自身にとっては「社会学を必要としている人たちに直接語る」点で今なお順調に進んでいる。

 かつては毎日10通近いペースできた「見ました」メールは、現在ではそれほどでもなくなっているが、それでも週に何通かはきている。メールをくれるのはたいてい社会人の人たちで、総じて長文である。私はほとんどのメールに返信してきたので、この中には長いつきあいになっている人もいる。「ソキウス」を必要としてくれる人がいるのはうれしい。

「ソキウス」をきっかけに、さまざまな研究者との交流も始まった。「ソキウス」の場合、だいたいが教育用であるから、同業者に何か新しい知識を提供できるはずもないのだが、世の中には、自分の専門外の授業を受けもっている研究者が意外に多く、そういう方に研究案内として利用していただいたり、学生に推奨していただいたりしている。当然こちらも教わることが多い。おそらくはご縁のないままであったろう多くの隣接分野の研究者とも知り合えた。それが自分自身の、専門家としてあえて抑圧してきた他分野への知的好奇心に火をつけたところがある。

 研究仲間もふえた。移り気な私は研究テーマにおいても「さすらいの社会学者」だったので、なかなか志を同じくする研究集団を見いだすことができないでいたが、インターネットは「主題でつながる」メディアである。[1]現在進行中の医療社会学のプロジェクトは、そもそも「ソキウス」の医療系ページを見て議論をしかけてきた人類学者との交流から始まったものである。出身分野や学閥と関係なくダイレクトに「主題でつながる」ことのおもしろさを感じる。現在、そのような研究仲間や研究所でメーリングリストを3つ管理しているが、どれも楽しく啓発されるものばかりだ。気心の知れたローカルな範囲でのコミュニケーションは忌憚なく意見が交換できるので非常に有益である。「世界に発信」だけがインターネットではないのだ。

[1]詳しくは、野村一夫『インターネット市民スタイル【知的作法編】』論創社、1997年。

 そういうわけで、私自身は大いにえるものがあった「ソキウス」だが、私の知らないところでは、いろいろな現象が生じていたのだった。そして、やがて私自身もそれらと無縁ではいられなくなった。

2 台無し世代にとってのインターネット

 1995年はいろいろな意味で節目の年だったと思うが、90年代後半は大学にとっても大変革期だった。大規模なカリキュラム改革や学部改組も続いている。しかし何より大きく変化したのは学生像だ。本質的にはそれまでと連続する部分があるのはたしかだが、以前は「さまざまな学生」半分プラス「談合体質の学生」半分という割合だったのに、今は2対8という印象である。良くも悪くも個性があって、その行動も多種多様な学生が、今ではすっかり少数派になっている。つまり個人として動く学生が少ないのだ。多数派の8割は集団として動く。「みんなといっしょ」でないと不安でしようがないらしい談合体質のこの学生たちを、私は「台無し世代」と呼んでいる。基本的にソツなく要領も心得た人たちなのであるが、根本的に知的土台がないということ(とくに言葉を理性的に操作する能力の欠如)と、談合的集合行動によって教育的配慮を台無しにするという、二重の意味を込めている。もちろん団塊世代のジュニアであるから、ゴロも合わせている。90年代後半の多数派大学生を大ざっぱに性格づけた表現である(したがって、以下の記述に当てはまらない学生はそれなりに存在する)。

 ここは学生像の分析をするところではないから詳細は控えるが、この人たちにとってインターネットとはどのようなものなのか。この点について私はかなり否定的な感想をもっている。

 とりあえずインターネットの学術利用にかぎっていえば、たとえばレポートが出ると学生はまっさきに "goo" で検索して「あった、なかった」と判断する。[2]こちらのねらいは図書館の参考図書を利用して基準的な文献を探してそれを読むことなのだが、そういうことをしなくても何とかなってしまうのである。早期のOPACの利用は推奨しているが、学生たちにとってそれはかなりあとのことになるようだ。つまり、本ではめんどうなのである。できればウェッブ上でテキストデータをゲットしたい。それだとカット・アンド・ペーストでレポートができてしまうからである。こちらとしては、剽窃にならないように出典を明記し、引用と地の文を明確に区別するという作法を強調しているのに、台無し世代はその正反対にはまってしまう。これでは、可能なかぎりオリジナルなソースにあたるという学問の基本からますます遠ざかることになる。情報の吟味こそ課題なのに、ただたんにそれをテーマにしているというだけでペーストして、自分が書いたことにしてしまうのである。こうしてすべてが逆立ちしてしまう。

[2]ちなみに、大学院生やライターを動員して手動で構成しているヤフーはいいのだが、NTTディレクトリなどの「社会学」のリンクはほとんど「社会評論」というべきもので、ノンジャンルなものの寄せ集めになってしまっている。"goo" ではテキストデータの少ないものが優先的にでてしまう。これらサーチエンジン側の社会科学に対する不見識も問題だが、社会科学者もMETAタグなどを上手に操作してロボットにきちんとした知識のありかを教えるべきだ。研究者はHTMLのオーサリングをもっと真剣に研究すべきだと思う。「見えればよい」という時代はとうに終わっている。

 他方、学生間のローカルな情報交換にはケータイと同様、Eメールも使用されており、メーリングリストで一気に試験対策という名の情報共有が進む。この場合、インターネットはクチコミのメディアである。シケプリの編集も配布もかんたん。「台無し」のままでも何とかなってしまう。台無し世代にとってのインターネットは、地球大に拡大した超高性能のコピー機なのである。その結果、教員は数百単位でコピーされた出所不明のブリコラージュ(つまり、その場しのぎのデタラメな貼り合わせ)のレポートや答案を採点しなければならなくなる。

 要するに、きわめて内向きのローカルな利用なのである。大学が期待するような外向きのグローバルな利用とはほど遠い、安直な情報主義に学生が陥っている。

 この背景には、社会全体の安直な情報主義があるわけで、まさにそこに「台無し」の社会的根拠があるわけだが、大学が無邪気に進めている情報教育がそれに輪をかけている。本の読み方、図書館の使い方、マス・メディアを批判的に吟味するためのメディア・リテラシーなどを抜きにしてインターネットを教えることのリスクを想起すべきである。かれらは本を読んだことのない「台無し世代」だということを忘れている(とくに理系ではほんとうに新書本一冊読んだことのない学生が多数実在する)。これでは学問上の無免許運転ドライバーを大学が量産しているようなものではないか。

 こう見ていくと「ソキウス」は少なくとも安直な学生には悪影響しか与えていないと考えざるをえない。初対面の同業者に会うごとに「ソキウスを丸写ししてレポート書いてくるのがいますよ」といわれるのだが、そのたびに「台無し世代に情報倫理は期待できないな」と思う。まっとうな勉強のチャンスを奪っているともいえるだろう。

 もともと「ソキウス」は、豊富なリソース(大学図書館や教員)を利用できる大学生を対象にしていない。大学の枠から自由に社会学するのが目的だったのだから。むしろ、そういうものを利用できない社会人(しかも社会学を必要としている人たち)を想定してつくっている。そのため、昔の講義ノートなどはそのまま出してあり、講義のために準備したノートや勉強したことなども、かぎられた学生にだけ伝えるのではもったいないので、なるべく「ソキウス」上でオープンにするようにしている。しかし、そんなこんなも大学教育の現場では裏目にでてしまうわけだ。

 真実がひとつでない社会科学。パラダイムの相剋する社会学ではなおさらだ。それだけに自学自習的な個性的反応を尊ぶ気風があった。拙くてもいいから、自分のフィルターを通過させて、自分なりに頭を使って知識を再構成する。できればフィールドに出て自分の足と目で観察すること。これが社会科学の学習のポイントであるはずだ。しかし学生たちの談合的集合行動の下では、それは以前よりいっそう遠い目標になってしまった。ウェッブが学習の構図を破壊したといえる。いや、破壊はずいぶん前からすでに始まっていた。ウェッブはそれにとどめを刺したのである。

3 社会学ウェッブの可能性

 このような傾向に抗して社会学ウェッブとして何をどうめざせばいいのか。悩ましい課題である。

 ひとつの方向は、ゼミ学生とのコラボレーションの可能性である。私自身は今のところ縁がないが、これについてはすでに多くの先生方の実践がウェッブ上で観察できる。社会科学系内部でも、教員の主宰する社会調査に駆り出されることによって体験的に方法論を学ぶというやり方がこれまでもあったが、それが非調査系でも可能になった。理系の研究室では当たり前の風景がインターネットによって社会科学系にも見られるようになったのは幸いである。ゼミがゼミとして外部を意識することで、ゼミそのものが学内的にもまとまりのある集団に形成されつつあるのは、大学としてはまっとうなことだ。研究集団への正統的周辺参加の効果が期待できる。[3]つまり、学生はウェッブ管理という共同作業に参加することによって、その一人前の成員として共同作業に携わるのに必要な知識を身につけていく。その共同作業が学術的に意味のあることであれば、ウェッブ管理はそのまま学習行為になるはずである。

[3]ジーン・レイブ、エティエンヌ・ウェンガー『状況に埋め込まれた学習――正統的周辺参加』佐伯胖訳、産業図書、1993年。

 しかし、これはこれ、としておこう。本稿で主張したいのは、社会科学系ウェッブについてのこうした議論がおこなわれる文脈そのものへの反省である。どうも私は「大学生の情報教育」という狭い文脈で議論が収束する傾向に抵抗を感じるのだ。ちょっとちがうスケールで考えてみてもいいのではないか。最初に述べたように、大学教育の枠組みをはみだす力をインターネットはもっているはずで、そこをもっと追求してもいいのではないか。

 そのヒントをくれたのは他でもない、「ソキウス」を読んでメールをくれた社会人の人たちだった。考えてみれば、かれらもかつては学生だったのである。ここではメールの引用は差し控えたいが、インターネット・ユーザーのもっとも厚い層の世代である30歳代の人たちのメールには「大学で社会学をとっていたはずなのに、はじめて社会学を意識した」といったものが多い。大学での社会学(おもに一般教育の社会学)の授業が悪いせいではない。かれら自身に社会学を受け入れるだけの感受性が育ったためである。

 おそらく現代日本社会では社会学を学ぶ時期が早すぎるのであろう。小学生に複素数を教えているようなものになっている。それでも受講生が背伸びしてくれればまだしもだが、今は円陣を描いて仲間集団で縮まるばかり。これでは「日常生活の自明性を疑う」社会学が理解できるはずがない。素材が身近なだけに「そんなもの、わかりきってるよ」という庶民的な反応が先に立ってしまい、次に行かない。目的は進級のための単位取得以外になく、行動は戦略的になる。

 しかし、そうした談合体質的学生たちも、実社会にでて個人としての意識が磨かれてくるとき、社会学とまともに向き合うことができるようになるのである。そればかりか、社会学を自分にとって必要な知識と思うようになることさえある。時間的熟成が受け手に必要なのであろう。

 とはいっても、じっさいにはなかなか社会学の存在を思い出してはくれない。毎日のようにテレビに出演する社会学者はひとりもいないし、社会学系の本は大型書店や図書館にしかない。そこまでなかなか足を運んではくれないものだ。ところが、サーチエンジンで気になることばを検索していて、それがたとえば「ソキウス」にたどりついたときに、「社会学って、こういうことをやってたんだ」と再発見することになるのである。社会の第一線で活動するかれらにとって、それは社会学との第二の出会いである。これは「幸福な出会い」といっていいのではないか。

 現在の「台無し世代」の学生たちも必ずそうなる。そしてかれらは「傷つきやすい世代」[4]でもあって、かれらは自己理解・他者理解・状況理解のためにいつか必ず社会学的な知識を必要とする。そうでなければ代替物を求めてオウム的言説やゴーマニズム的言説に依拠することになりかねない。「台無し世代」にとって、社会科学の言説もゴーマニズムの言説も等価なのであるから。そういう意味でも、自己理解のことばを積極的に提供することが必要だと思う。私はここに社会学の使命と存在意義を感じる。

[4]佐々木英和「自己の『いま』とつきあうということ…『時代―世代』論的困難の直視として」『人間性心理学研究』第16巻第1号、日本人間性心理学会、1998年、22-29ページ。ここでは「フラジャイル世代」と呼ばれている。なお、私が「談合体質」と呼ぶ事態を佐々木氏は「つながり依存症候群」と呼んでいる。

 しかし、今の大学制度の枠組みではそれができない。大学は、授業料を支払っている学生のことしか考えていない。ところがインターネットでは卒後教育が可能なのである。これは社会科学が市民の「教養」として再生する道でもあるはずだ。

 そういう思いを私は「見識ある市民」という概念に見いだしている。「ソキウス」でも「見識ある市民のための社会学リファレンス」という副題をあえて掲げている。ここでいう「見識ある市民」とは、現象学的社会学のアルフレッド・シュッツの「見識ある市民」(Well-informed Citizen)という論考に基づいている。[5]シュッツは、ごく限定された領域については詳しいが他のことは知らない「専門家」(expert)と、とりあえず処方箋的な知識があれば満足してしまって深く掘り下げようとしない「素人」(man on the street)というふたつの知識社会学的類型に対して、さまざまな領域について知識をえようと能動的に動く「見識ある市民」を対置する。私は、社会学の(そして社会科学の)目標は、このような人たちの知的支援をすることだと考えている。[6]

[5]アルフレッド・シュッツ「見識ある市民――知識の社会的配分に関する一試論」A・ブロダーゼン(編)『アルフレッド・シュッツ著作集第3巻社会理論の研究』渡部光・那須壽・西原和久訳、マルジュ社、1991年。
[6]詳しくは、野村一夫『リフレクション――社会学的な感受性へ』文化書房博文社、1995年。

 典型的な啓蒙の言説と受け取られるかもしれない。それはたしかにそうなのだ。また、生涯教育とか市民教育と呼ばれてきたおなじみの文脈でもある。しかし、これは社会科学が知的リソースとして社会に必要とされるためのひとつの道でもあるはずだ。政策提言だけが社会科学の社会貢献ではないのだ。

4 アカデミックな社会科学の問い直し

 しかし、これは一般に想定されているほど単純なことではない。というのは、おそらくこれは従来的な社会科学のスタイルを問い直す局面をふくんでいるからだと思う。じつは、これこそ私をウェッブ構築に駆り立てているものなのだが、じっさいにはなかなかうまく行かない。というのも、社会科学がこれまで内向きに志向してきたアカデミズムの枠組みに抵触するところがあり、それが私自身にリスクとして降りかかってくるからである。

 そもそもアカデミズムの枠組みにはふたつの大きな柱がある。第一に、印刷メディア優先の原則。第二に、専門家集団による承認の原則。いずれも研究者の命ともいえる「業績」にからんでくることだ。しかるべき印刷物でないと業績とは認められない。口頭発表も専門家集団の集まる学会の大会でしてこそ業績である。これについては、いまさら説明するまでもないだろう。要するに、ウェッブでは業績にならないのである。教育活動とも認められないから、対価も望めない。

 さらに、紀要論文ならまだリスクは少ないが、市販本をウェッブで公開するとなると版元に迷惑がかかる可能性が高い。そういうことをする著者とわかれば出版社はその著者の本の出版を敬遠することにもなりかねない。つまり、かなりリスクを伴う行為なのである。苦労して公開しても、これでは何もいいことがない。

 それでも挑戦する人たちはいる。社会科学系日本語ウェッブの先駆者である三上俊治氏は次々に論文草稿や資料を公開し、後につづく人たちの範となった。コンテンツ充実のためにはシェアテキストが有効だと考える古瀬幸広氏は、絶版になった数冊の自著をシェアテキストにされている。労働運動史研究の二村一夫氏は40年以上の研究生活から生まれた膨大な著作物を自己編集して次々に公開されている。オタク学で有名な岡田斗司夫氏は「立ち読み」と割り切って、市販されている自著全文を公開されている。生命学の森岡正博氏は未公刊の原稿もふくめて一般公開されている。教育社会学会会長だった潮木守一氏は、インターネット上での業績評価について詳細な検討をされている。ちなみに、こういうことに世代は関係がない。要はインターネットに対するその人の思想的理解と決断しだいである。[7]

[7]三上俊治 "The Virtual Media Lab Japan"(http://www.tky.threewebnet.or.jp/~smikami/index.html)。古瀬幸広「古瀬幸広の本棚」(http://www.honya.co.jp/contents/yfuruse/index.html)。二村一夫「二村一夫著作集」(http://oisr.org/nk/)。岡田斗司夫 "OTAKING SPACEPORT"(http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/)。森岡正博 "Life Studies Homepage"(http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/)。潮木守一「オンライン・ジャーナルの可能性と課題」(http://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/user/prof/p1ushiogim/experiment.htm)。以上、時期的に先駆的なものを代表として挙げた。なお、ウェッブ上でおこなわれているこのような試みの先駆者は社会学者の橋爪大三郎氏ではないかと思う。橋爪氏は以前からコピーを使用して自著を原稿単位で頒布するサービスを続けておられたからである。後述する「市民スタイル」の社会科学の先駆的実践として評価したい。

 私自身も拙いながら市販されている4冊の単著を「ソキウス」上で公開している。4冊の総ページは1442ページになる。そのうち『インターネット市民スタイル』という本では、草稿段階から公開し、読者を巻き込む形の実験的な執筆を試みたこともある。印刷メディアと並ぶだけのコンテンツをウェッブ上に公開するためにはシェアテキストしかないというのが私の考えで、とりあえず有料ダウンロードも始めている。「ソキウス」丸ごとで5000円。当初は「こんな条件で利用する人がいるだろうか」と思っていたが、ヴァージョンアップするたびに数人の需要がある。これも実験である。

 いい意味で研究と教育がごっちゃになっているのがウェッブのいいところである。アカデミックなスタイルでもない。これはもはや教育というより一種の科学ジャーナリズムすなわち「社会科学ジャーナリズム」なのだと思う。知識の生産者自身による科学ジャーナリズム。これほど正確なジャーナリズムがあろうか。

 戦前の思想家・戸坂潤に「アカデミーとジャーナリズム」という有名な論文がある。[8]かれは両者の対立構図を論じながら、〈アカデミズムの専門性と原理性〉と〈ジャーナリズムのアクチュアリティと批評性〉とを連接するような社会科学を構想した。戸坂自身が考えていたものは、たぶん現代では陳腐なものであるが、かれが必要と感じたアカデミズムとジャーナリズムの連接可能性自体は現代においても意味があると思う。ここで私が主張したいのも、このような可能性であり、さしあたっては「マス・メディアを介さない社会科学のジャーナリズム化」である。

[8]戸坂潤「アカデミーとジャーナリズム」『戸坂潤全集』第二巻、勁草書房、1967年。

 それはたとえばこういうことだ。ネットワーク上で複数の専門家たちが自発的に研究成果や発言を発信する。それはマス・メディアからの注文ではないメッセージである。つまり研究者自身が内発的に議題設定(agenda setting)から立ち上げるのだ。それを能動的かつディレッタントな市民たちがネットワーク上に見いだし学習する。もちろんマス・メディアがそれに気づけば、それを取材源にすることもあるだろうが、社会科学者自身が「今、何が問題なのか」という議題設定にかかわることがポイントである。

 要するに、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』の最終場面に登場する、書物を丸暗記した人びとに、私たち研究者自身がなればいいのである。自分の生産したテキストに責任をもって管理し公開しつづける。手前味噌・我田引水を恐れてはならない。弟子やメディアにも期待してはいけない。著作権のおよぶ自分の言説を自分でコントロールして、きちんと市民に提示すること。研究者が大学の一員という資格においてではなく個人の資格においてアカデミズムの枠組みから自由に自分の見識に基づいて自律的に等身大の自分と自分の知的世界を語ること、これがひとつの「社会科学ジャーナリズム」の実践になる。ウェッブを使えば(マス・メディアに依存することなく)それがかんたんにできる。[9]

[9]しかし、これまで述べたことも無償のボランティアでは限界がある。大学や学会が長期的な展望に立って研究者のこのような行為を推奨し具体的に支援しないと続かない。個人や下部組織のネットワーク上の自律性を認めることもたいせつだ。現状では、ネットワーク管理者がそういう社会的な自律性を理解していないケースが多く、ネットワーク原理とは異質な中央集権的・官僚制的管理をしようとすることがある。インターネットは分散型のシステムだが、組織や個人の活動についても分散型のシステムづくりが必要だと思う。ウェッブによる活動だけでなく、メーリングリストによる活動ももっとあっていい。私自身も大規模メーリングリストの構想をかなり以前から抱いていたが、フリーの研究者としてはとても管理できそうにないし、コンテンツという手の内をさらしているだけに身動きがとれない。こういうことは大学や学会レベルで取り組む課題だと思う。専門家集団のコミュニケーションも大事だが、市民との開かれた恒常的なコミュニケーションの場を設定し、その中で研究成果を検証し鍛えることがあってもよいのではないか。データベースだけが仕事ではない。教育は何よりもまずコミュニケーションである。

5 自己言及のメディア

 話をウェッブに限定しても、こういう作業は大なり小なり研究スタイルの変容をおこすにちがいない。私自身はすでに「ソキウス」がメインの公開場所になっている。もちろん個々の原稿は印刷媒体になっているものが多いが、それらはバラバラに配布・販売されている。しかし、「ソキウス」の中では、これまでの自分の仕事の中に正確に位置づけられ、他の仕事と相互にリンクしているのだから、もっとも正しい提示の仕方になると考えるからだ。「自己編集」の意義はここにある。しかも、へたな紀要よりはるかに読者は多い。また、その中にはその言説を必要としている市民もいるはずなのだ。さらに「ソキウス」のために書いたオリジナル・コンテンツを印刷媒体に発展させる機会も多くなった。

 そういう意味ではスタイルが問われているのだと思う。それは「アカデミック・スタイル」に対して「市民スタイル」の社会科学なのであり、社会的に開かれたコミュニケーションの再帰的な循環構造に身をおくという点で、とりもなおさず「自己言及的スタイル」でもある。

「インターネットは自己言及のメディアである」というのが年来の私の持論である。[10]学習するのは研究者自身でもあるのだ。そういう意味で、テーマはやはり「私」なのである。

[10]野村一夫「自省のメディア」『情報処理学会研究報告97-H1-73』学術刊行物情処研報Vol.97, No.63。

 かつてフェミニズムは「社会科学から女性が排除されている」と痛烈に既存の社会科学を批判した。社会科学の研究者集団は軍隊とほとんど同じジェンダー構造なのだから、きびしい自省がなければそういうことになってしまう。同じように「社会科学から『私』が排除されている」といえるのではないか。たとえば「私はそう考える」と書くことは回避され、「そう考えられる」と書いてしまうように。機械的な客観性を意識するあまり「語る主体」そのものが不問に付されてきたと私は思う。  しかし、市民性も公共性もすべて「私」の自覚から始まるのだ。社会科学が「現代社会の自己理解」つまり自省の科学であろうとすれば、これは避けて通れない道ではないだろうか。

 市民社会再構築の可能性を見定めるとき、ウェッブは有力な草の根知的運動のメディアである。ウェッブによって従来の学習の構図は壊れつつある。インターネットで拓く新しい学習の構図をこれからも追求していきたいと思う。


現在地 ソキウス(トップ)>ウェッブが壊す学習の構図
SOCIUS.JPドメインへの初出 1/4(Tue), 2005  
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