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宗教報道の社会学


[3]スキャンダルの創造と伝統の再創造――国民国家が必要とした新宗教という〈他者〉

初出 『聖教新聞』2000年4月26日付


 身近にある宗教組織内のダイナミックなプロセスを見ようとしないメディアの〈まなざし〉は、ある程度までは組織的にトレーニングされたものである。この「訓練された無能力」(ヴェブレン)はどこに由来するのか。それを探るためには近代日本ジャーナリズムに刻印された歴史的なるものに遡(さかのぼ)らなければならない。

他者としての類似宗教

 明治から一九四五年までの日本の権力機構は、天皇中心の国民国家形成のためにさまざまなことをした。宗教政策はその柱のひとつである。それは必ずしも一貫したものとは言えないにしても、大ざっぱに言えば、宗教をふたつに分類して管理するところに政策基軸があった。伝統宗教と新宗教のふたつがそれにあたる。新宗教とは幕末維新期以後に非聖職者によって創唱された新しい宗教のことである。

 日本の権力機構は代々、新宗教を排除する政策を採ってきた。「類似宗教」という呼び方はその象徴的なものである。ひとつの国民国家たらんと欲した近代日本は、均質な「国民」をつくるために国内に異質な「他者」を必要としたのであり、そのひとつが新宗教だった。このため宗教は、権力に包摂(ほうせつ)された宗教と排除された宗教とに分かれることになった。このことがのちに治安維持法と不敬罪の適用による過激な宗教弾圧を呼び起こすことになるのである。

淫祠邪教という〈まなざし〉

 そうした宗教政策に即応するような形で、メディアは新宗教を国民国家にとっての「他者」として名指しし、社会に刻印する役割を担った。そのさきがけは、明治中期から後半における万朝報(よろずちょうほう)の蓮門教批判であり、中央新聞の天理教批判キャンペーンである(井上順孝『新宗教の解読』)。

 いずれも教祖が市井の女性であったという共通点があり、新聞側には読者獲得という営業上の戦術が明確にあった。いわゆる「淫祠邪教(いんしじゃきょう)」という差別的宗教観は事実上ここから始まるのだが、新宗教を「病いと性と金」の三つに関わるスキャンダルなものとして語る〈まなざし〉は、まさに天下国家を論じる近代的な新聞によって構築されたのである。

 新聞がスキャンダル創造の役割を積極的に担った背景には「信者の無知蒙昧(もうまい)性を批判する啓蒙的知識人」という階級的構図がある。この点では信者の病的性格を強調する精神医学者の新宗教批判(=これが科学的正当化の機能を果たした)も同様の位置づけにあった。

 いずれにしても新聞の淫祠邪教キャンペーンは結果的に国家の宗教政策に呼応した形になったのであり、それはまさに「国民を創るためのレッスン」として、以後「制度としてのスキャンダル」を創造し続けることになる(奥武則『スキャンダルの明治』)。

宗教でないと見なされる伝統宗教

 その一方で、伝統宗教は、あたかも宗教でないかのようにあつかわれた。「非宗教」「超宗教」とされた戦時中の国家神道がまさにそうであるように、宗教を宗教として見ない〈まなざし〉が学校教育とメディアによって国家的規模で構築された。それは「国民文化」であり「伝統文化」であるというわけだ。伝統宗教とて宗教として正当化されたのではなかったのである。

 そもそも古式ゆかしい伝統行事は必ずしも「古式ゆかしい」わけではない。その多くは近代になって新たに再創造されたものである。これを「伝統の再創造」(ホブズボウム)と言うが、まさに近代化において宗教が生き残るためには「伝統」が必要だったのだ。今日でも公的機関や企業において御祓いや集団参拝が何の問題もないかのようにおこなわれているのは、伝統宗教の非宗教視というこの〈まなざし〉のせいである。

 淫祠邪教と伝統文化――この二元的な〈まなざし〉の構造が、戦後宗教報道の土台を形成することになる。

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SOCIUS.JPドメインへの初出 1/21(Tue), 2003  
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