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ビーケーワン書評コラム

ミックス定点観測

[18]スポーツする身体・遊ぶ身体をカルスタする(2001.9.27)

フェミニズム・スポーツ・身体
著者:アン・ホール著,他
出版:世界思想社
発行年月:2001.8
本体価格:\2,600


 気分的にはサイードの『イスラム報道』(みすず書房)や中公新書『ホワイトハウスとメディア』なんかを紹介したいのですが、残念ながら両者ともに品切あつかいのようです。リアル書店には若干残っているようですが、古本屋か図書館に行った方が早いでしょう。この種の自省的な論点というものがアメリカのメディアにはすっぽり欠落していて、それこそ本を読んでしっかり自分で考えようとしても、どうにも出版状況が悪すぎます。本は出たときに買うしかないのでしょうか。

 というわけで今日はまったくちがう二冊の本をご紹介します。ひとつはアン・ホールの『フェミニズム・スポーツ・身体』、もうひとつは松田恵示『交叉する身体と遊び』です。いずれもスポーツする身体をめぐる文化状況を読み解こうとするもので、前者はジェンダー、後者は遊びを解き口としています。

 ホールはもともとカナダの体育教師だった人ですが、心機一転イギリスで(まだ誕生期にあった)カルスタを学んで「女性とスポーツ」研究の第一人者になった人です。最初の章で彼女の知的遍歴が述べられています。素朴な疑問からしだいにフェミニズムへと至るプロセスは、スポーツ研究そのものの深化と見てよいでしょう。要するに理論的に考えるということが欠落していたのです。今でも少数派のようですが、どんなスポーツも「男と女」の仕分けが大前提になっているのですから、ジェンダー論的研究は大きな支柱となるべきでしょう。既存の研究成果もていねいに紹介され論評されていますので、「女性とスポーツ」研究入門としておすすめできます。

 他方、松田さんの本では「遊び」を軸に、身体の文化社会学を展開したもので、こちらは題材も議論も、よりメディアよりでポップです。「ピアノ演奏のパラドックスと『ヂベタ座り』」という奇妙なタイトルの章が典型的なのですが、ピアノ演奏という身体的活動をスポーツと見ない〈まなざし〉のパラドックスを問うという姿勢が本書の通奏低音になっています。大学生に体育教師を作画してもらって「体育という経験」を調査した章や、『タッチ』の物語分析は楽しめました。松田さんは、作風としては「井上俊」的ですね。後継者として(?)注目しておきましょう。 (2001.9.27.野村一夫)

【目次】
第1章 あるフェミニストの研究遍歴
第2章 カテゴリー的研究から関係論的研究へ
第3章 フェミニスト・カルチュラル・スタディーズ
第4章 身体の意味
第5章 フェミニズム研究を「行う」ということ
第6章 リベラルな行動主義からラディカルな文化闘争へ


交叉する身体と遊び
著者:松田 恵示著
出版:世界思想社
発行年月:2001.5
本体価格:\2,200

【目次】
1 テレビゲームの身体性
2 ピアノ演奏のパラドックスと「ヂベタ座り」
3 ボディ・ポリティクスの磁場
4 遊びのリライト
5 マンガ『タッチ』とシニシズムの可能性
6 役割の遊戯性
7 絵に現れた体育という経験
8 スポーツという隠喩
9 スポーツマンガの八〇年代
10 高校野球と奇跡
11 ファンの共同性と身体性


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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