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ビーケーワン書評コラム

ミックス定点観測

[17]ロック〈場〉の理論の説明力(2001.9.13)

ロックミュージックの社会学(青弓社ライブラリー 18)
著者:南田 勝也著
出版:青弓社
発行年月:2001.8
本体価格:\1,600


 本書は若手社会学者によるロックの文化史です。前に渡辺潤さんの『アイデンティティの音楽』(世界思想社)をご紹介しましたが、渡辺さんは団塊世代。ビートルズを同時代現象として体験した世代でした。南田さんは1967年生まれ。パンク世代あたりでしょうか。本書前半ではロックミュージックの先端部の歴史的展開を論じ、後半で60年代以降の日本のロックを年代順に論じています。

 本書の特徴は、明確に理論的なフレームワークを設定していることで、事実を説明なく時系列に並べるようなことはしていませんし、場当たり的なロック批評とも異なります。著者はメタレベルの解釈図式が必要と考えているようで、本書ではブルデューの卓越化の理論が援用されています。

 つまり、ロックの実践者たち(プレーヤーやリスナー)が「これがロックだ」という判断基準には三つあるというのです。「アウトサイド」「アート」「エンターテイメント」がそれです。ロックという〈場〉においては、この三つの指標において卓越化が競われているというのが著者の枠組みです。この三指標は単純ですが、それなりに説明力があって、欧米のロックの歴史にも、日本のポピュラー音楽史にも、うまく適用できているように思いました。

 要するに、ロックって、「オレたちの音楽は〈やつら〉とはちがうんだ」という主張の繰り返しで、いつも直前の世代に対して差異化がなされ、「そうではなくて、こうなんだ」というときに、三つの指標のどれかがもちだされるということです。三国志ではありませんが、ものごとは三国鼎立したときにこそダイナミズムが生じるもの。「あれか、これか」の二分法では、こうはなりません。

 古いことも新しいことも、じつによく調べてあって、それらの素材を三指標の変転として説明してある点で、なかなか社会学的なロック論だと思います。この場合の「社会学的」とは、いささか論理整合的なこと、そして、対象との距離の取り方のことです。私は好感をもちましたが、リスナーとしては、さらにはみだすものもあるでしょう。

 たとえば、たまたま、ここのところ70年代電気時代のマイルス・デイビスのライブと、71−2年のキングクリムゾン(いわゆるファンキークリムゾン時代)のブートを聴いていたのですが、そこで感じたのが、前者は相互作用原理つまり成り行きしだいで動く音楽(つまりジャズ)であるのに対して、後者は音的にはアドリブの嵐であるにもかかわらず、ある種の責任原理で動いているということなんです。私なんかはそれをロック的と感じるのですが、こういう音楽内在的な感覚をどのように緻密に汲み上げるかというようなことです。

 ともあれ、アメリカでの衝撃的なテロ事件を目の当たりにしていると、闘争の場というものが、ロックという文化的空間において展開されることの平和を想います。戦場でロックは語れません。 (2001.9.13.野村一夫)

【目次】
第1章 ロックミュージック文化の三つの指標
第2章 ロック〈場〉の理論
第3章 ロック〈場〉の展開
第4章 日本のロック――六〇年代
第5章 日本のロック――七〇年代
第6章 日本のロック――八〇年代
終章 日本のロック――九〇年代


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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