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ビーケーワン書評コラム

ミックス定点観測

[12]カルチュラル・スタディーズはスポーツをどう見るか(2001.6.16)

ボディ・ランゲージ
著者:アンドリュー・ブレイク著,他
出版:日本エディタースクール出版部
発行年月:2001.3
本体価格:\2,800


 ミックス(bk1/mics)のCSはCultural Studiesです。この分野については「現代思想」などでもあつかいますが、メディア仕掛けのものについてはミックスでもご紹介します。もともとカルチュラル・スタディーズはメディア論と深いかかわりをもっています。

 さて、本書は3月に刊行されたもので、ご紹介しそびれていたものです。カルチュラル・スタディーズの醍醐味は具体的応用面にありますので、スポーツ文化を分析した本書はカルチュラル・スタディーズの格好の入門になるでしょう。

 原著は1996年。本書の著者はイギリスのキング・アルフレッズ大学カルチュラル・スタディーズ学部の教授です。さすがイギリス、すでにこういう学部になっているんですねえ。著者はスポーツの専門家ではなく、この前には音楽産業について書いているようですから、あくまでも素材としてスポーツ文化が選ばれているのでしょう。

 カルチュラル・スタディーズにとって、スポーツは扱いにくいものだったようで、身体行為をいかに言語化するかの段階でつまずいてきたとのことです。そこで著者はあえて言語を超えた「ボディ・ランゲージ」を主題化する作業に取り組みます。

 そのさい、選手というパフォーマーからではなく、観客というスペクテイターの重要性からスポーツという舞台を読み解こうとするのがユニークなところ。サポーター、ファン、メディア、ジェンダー、国家といった要素が一種の「想像の共同体」としてのスポーツを構築するわけで、そこでの基準において選手たちの身体行為は解釈・評価され、そのアイデンティティも形成されるというのです。

 ロラン・バルトの「レッスルする世界」じゃありませんが、巷のプロレス論なんかは、とっくに気づいている論点のような気がしないでもないですね。でも、ここまできっちりスポーツ文化論として書き込まれたものは見たことがありません。そこが「好きもの分析」(自分の好きなものだけを論じること)との大きな違いでしょう。 (2001.6.16.野村一夫)

【目次】
1 文化におけるスポーツ、カルチュラル・スタディーズにおけるスポーツ
2 歴史、モダニティ、合理性
3 スポーツ化した国家――その後は?
4 パフォーマー(選手)とスペクテーター(大衆)の位置
5 ボディ・ランゲージ――パフォーマー(選手)の設計
6 上演と表象
7 喜び、課題、可能性


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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