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ビーケーワン書評コラム

ソックス定点観測

[20]老いに投影される近代(2001.10.11)

老いの復権
著者:黒岩 卓夫編著,他
出版:三輪書店
発行年月:2001.10
本体価格:\2,000


 本書は新潟で地域医療に取り組んでこられた黒岩氏が、四人の著名な論客との対談をまとめたものです。対談相手の鎌田慧氏がうまく聞き出していますが、黒岩氏は、樺美智子さんが死んだ1960年6月15日の国会突入のさい東大医学部自治会委員長だったそうで、やはり突入して意識不明の重体になったという逸話の持ち主です。その後、医師として新潟に職をみつけて地域医療ひとすじに活動してきたということです。

 対談相手は野田正彰・山田太一・養老孟司・鎌田慧の各氏。養老氏とは同級生のなじみで、ざっくばらんな話がつづいていて、それはそれでおもしろく読めますが、考えさせられたのは野田正彰氏の話でした。

 野田氏は、近代日本文化が終始、日本人の豊かな感情の流れを阻害してきたと指摘しています。「悲しむ力の喪失」というフレーズが使われています。しかし、感情を表現せずにうまく抑圧できたとしても、かわりに身体がそれを表現するというわけで、胃潰瘍やストレスあるいは「情動」という形でそれが現象する。

 今のお年寄りには「働けなくなれば、死んだほうがいい」という価値観があり、「迷惑をかけたくない」という価値観が非常に強いとのこと。これって、一見、しっかり自立した物言いのように聞こえますが、じつはきわめて近代的かつ国民国家的な価値観です。個人としての自己ではなく、近代がつくった「国民のひとり」としての自分を肯定しているにすぎないというのです。だからこのロジックで行けば、老いた段階で自殺するしか本当の解決はないことになります。この点については野田氏は高学歴者の多い有料老人ホームで自殺者が続出した経験をもっており、黒岩氏も自殺するのは独居老人ではなく家族と同居している老人だと指摘しています。

 現在の老人はこうした価値観をもった典型世代にあたります。戦争体験もありますが、同時に無反省に近代化路線でやってこれた世代です。やはり老いというものは残酷といわざるを得ないですね。それは老いそのものが残酷というわけではなく、その人の人生を投影し集約してしまうからです。

 野田氏との対談だけでなく、他の三人の対談も、今の老人がどのような人生をどのような態度で送ってきたかについて、まったく美化することなく率直に語っています。とくに自分の戦争体験についての処理の仕方については一様に批判的です。これによって、老いや老人像は一律でもなければ普遍的でもなく、世代によってまったくちがってくることがわかってきます。老いを一般化して論じることは意味がない。

 では、団塊世代の老いはどうなるのでしょう。シラケ世代の老いはどうでしょう。そしてバブル世代は? そう考えるのが正しい論じ方なのでしょう。ここはひとつ、数十年後に議論される対象になったつもりで、本書を読み替え、逆算的に現在を生きる戦略を考えた方がよさそうです。いつまでもドッグイヤーでやっていては、老いの総決算で苦労しそうな気がしてきました。 (2001.10.11.野村一夫)

【目次】
第一章 失われた感情(ゲスト 野田正彰)
第二章 老いと家族の宿命性(ゲスト 山田太一)
第三章 唯脳論と「態度的価値」(ゲスト 養老孟司)
第四章 ラジカルに生きるということ(ゲスト鎌田慧)
終章 対談を終えて(黒岩卓夫)


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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