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ビーケーワン書評コラム

ソックス定点観測

[14]ハッカーの倫理と情報時代の精神(2001.6.25)

リナックスの革命
著者:ペッカ・ヒマネン著,他
出版:河出書房新社
発行年月:2001.5
本体価格:\1,600


 『リナックスの革命』というタイトルにはなっていますが、原題が上のようにウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』をもじったものになっていますから、これはあきらかに社会学的土俵から語っているのでしょう。パロディというより、けっこうまじめにウェーバー的資本主義世界の「次」を論じているように見えます。したがって、この本はメディアを扱うbk1/micsではなくbk1/socsで扱うことにしました。逆にいうとウェーバーやマートンやカステルを知っている人こそ十分ディテールが理解できる本です。

 プロローグをリーナス・トーヴァルズが担当し、エピローグをマニュエル・カステルが担当しているという異色の編集ですが、中身のあるのはペッカ・ヒネマンの本編です。若い天才系ネットワーカー学者という感じの人です。どうもこの三人でプロジェクトを組んでこれから何かやるようですね。

 ヒネマンの本編は、いわゆるハッカー文化の特質を整理したものです。そのさい、比較対照とされるのが、中世の修道院に起源をもち、近代資本主義世界を構築することになったプロテンスタント倫理です。ウェーバーが描いたように、私たちの旧来の労働観や金銭観はおおむねプロテスタント倫理の延長線上にあるのです。それに対してハッカー倫理はどのようなものなのかをヒネマンは描きます。

 まず労働観がちがう。仕事の仕方がちがう。私たちは時間割に即して日課をこなすのを当然としていますが、これは修道院発の禁欲主義が世俗内に普及したプロテンスタント倫理なんですね。それに対してハッカー倫理は自分で時間を組織化します。リーナスがリナックス開発をしながら、自由に脇道にそれていたりするように。

 金銭感覚もちがいます。ハッカー倫理ではそれは第一義でありません。かれらの強烈な社会的動機は「仲間からの称賛」ということですが、本来の研究者の世界と共通のものがそこにあります。金儲けはするのです。ただし、現在の企業が現にやっている「情報を囲い込むことによる金儲け」に対して倫理的に反対するのです。つまり、他人が生み出した情報は頂戴しておいて、それをもとにほんの少しの秘密を付加して利益を上げることは倫理的に問題であると考えるからです。だからこそ「ハッカー文化」ではなく「ハッカー倫理」と呼ばれるべきなんでしょうね。

 学習モデルについても「学ぶのと同時に教えている」点で旧来の学習モデルとは異なっているとヒネマンは言います。私たちが日本の大学や教育機関で見る光景は「送り手と受け手」が固定された教育風景です。やはりこれは修道院モデルなんですねえ。この学習構造のままバーチャル大学をつくったら「コンピュータ化された修道院学校」ができるだけだとヒネマンは喝破します。

 その他、ネチケットに矮小化されたものではなく、反体制支援でもあり、プライバシー侵害に対して断固とした闘争でもありうるネット倫理について雄弁に語られていますし、フランクリン的プロテスタント倫理を描くにすぎない自己啓発本に対して、「自己プログラム可能な労働者」(カステルの概念)を構想しています。

 ハッカー倫理としてヒネマンが描くことのひとつひとつは、すでにおなじみのものです。けれども、これらは「先住民文化」として「文化遺産」化されがちです。日本において「情報」の専門家と称する人たちで、このようなハッカー倫理を過去のものと理解している(つまりバカにしている)人のなんと多いことか! 常日頃、こういう趨勢に(ムダに?)抵抗している私としては、頭の中がすっきり整理されてうれしかったです。

 ヘルシンキ大学の一学生だったリーナス・トーヴァルズが1991年にリナックス開発に取りかかったときのことを想像しましょう。ひめやかな創造の瞬間。しかし、はじめから創造の現場は世界に開かれていました。

 では、私にとっての「リナックス」は何でしょうか。あなたにとっての「リナックス」は何でしょうか。みんなにとっての「リナックス」とは何でしょうか。それを考え出すと、いてもたってもいられなくなります。中世修道院的に定義された和製「ビジネスチャンス」「IT革命」「情報教育」こんなものはすべてクソクラエであります。 (2001.6.25.野村一夫)

【目次】
はじめに
プロローグ ハッカーのかんどころ――あるいはリーナスの法則(リーナス・トーヴァルズ)
第1部 労働倫理 楽しくなくっちゃ、仕事じゃない
第2部 金銭倫理 人生の目的は、お金だけじゃない
第3部 ネット倫理(ネティック) プライバシー、表現の自由
エピローグ 情報主義とネットワーク社会(マニュエル・カステル)
付録 電脳ハッカー道小史


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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