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ビーケーワン書評コラム

エディター書評2000-2001年

言葉と行動が作品化する〈幸福な社会とわたし〉

橋爪大三郎『幸福のつくりかた』ポット出版


 世紀末2000年にあって相次いで著作を公刊中の橋爪氏の、今回はいささか突き抜けたタイトルをもつ講演集である。7つの講演とエッセイが「幸福な学校」「幸福な社会」「幸福なわたし」の3章立てに整理されている。この10月に出たベラーらの『善い社会』(みすず書房)を彷彿とさせる、一種の現実主義的な社会構想論である。

 3つの章をまたぐ橋爪氏の主張点は明確だ。

 まず、教育や組織の現実を変えるのは「心」ではないということ。「心の教育」は偽善的な愛情共同体を生み、自分の心のありようを表現できる能力を摘むことになる。組織内での対面的人間関係を心情的な共同体としてしまう従来の日本の組織文化は、結果的にセクショナリズムを生み、公共性を損なうことをさんざんしてきた。こうした心情的なるものへの言及と傾斜に対して著者は異を唱える。

 では何がたりないのか。日本人は「自分の思想や行動について説明し、理解を求める」ことをしてこなかった。言葉と人間の関係が甘い。「表現」がたりないのだと著者は言う。正しく言葉を使って自分の思想と行動を説明し、それを相手にも期待する。この原則が社会のあらゆる領域で息づいているアメリカ社会との、それが大きな違いである。

 私が本書でハッとさせられた表現がふたつある。

 ひとつは「労働の作品化」(107ページ)ということ。組織にはもともと予測可能性を高めるところがあるが、それは同時に組織内部の個人の自発性(元気)と矛盾する。個人に即して言えば、労働が無名性を帯びていて、作品行為としての固有名性を失っている。だから著者は、組織の予測可能性を高めすぎないような制度にして「一人ひとりが労働の作品化を目指す。作品化ができなくても、その意味把握を目指す」ような仕組みをつくるべきだとする。それが「社会を元気にする表現戦略」だという。

 もうひとつハッとさせられたのは「幸福とは自分の生き方のスタイルの完成度のこと」(230ページ)というあたり。やはり自覚的な表現戦略ということになるだろう。

 思いの外さりげなくやってくる新世紀の幕開けにあたり確認しておこう。2001年のキーワードは「幸福」で決まり。21世紀の〈幸福な社会とわたし〉をどう作品化するか――世紀の転換点となったこの年末年始、自分なりに表現戦略をじっくり練りたいと思った。

【目次】
第1章 幸福な学校
 学校教育の敗北
 教育が変われば、日本が変わる
第2章 幸福な社会
 社会を元気にする表現戦略
 民主主義はよみがえるか
 公共事業とは何か
第3章 幸福なわたし
 幸福原論
 日本人はいま何を考えればよいのか


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SOCIUS.JPドメインへの初出 7/20(thu), 2002  
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