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4月 192017

健康の批判理論序説

健康の批判理論序説
野村一夫
“Knowledge is a deadly friend…”(King Krimson)
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
二 社会構築主義の導入——理論的核心
三 問題領域の拡大——研究対象
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
五 健康言説批判——方法論的戦略
参考文献
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
■本稿の目的
医療と社会の関係を問う社会学的研究は長らく「医療社会学」(medical sociology, sociology of medicine)と呼ばれてきた。これについては、進藤雄三による詳細なレビューがある(進藤雄三 1990)。これによってアメリカで急成長した医療社会学の全体像が一気に明らかになった。ところが、その後、八〇年代末から九〇年代にかけて、医療と社会をめぐる社会学的研究は大きく変化した。とくにイギリスとオーストラリアの研究者が活発に研究成果を発表することで、アメリカ種の医療社会学とはニュアンスを異にする、それ自体ひとつの新潮流とも言えるような研究系譜が形成されるにいたったのである。それは通常「健康と病いの社会学」(sociology of health and illness)と総称されている。この一見変哲のない名称のもとにパブリッシュされつつある一連の研究は、しかし、名称から受ける印象のように穏健でもなければ安全でもない。それはむしろ「健康の批判理論」(critical theory of health)と呼ぶべきラディカルさをもつ研究運動であり、その周辺の研究系譜との連接関係を深めることで、強力な理論潮流になりつつある。本稿の目的は、そのラディカルさを中心に、この「健康と病いの社会学」の研究動向のアウトラインをひとまず総論的に理解することである。
まず、この最初の章において、「健康と病いの社会学」とその周辺の研究動向を整理して、理論的系譜をあきらかにしたい。第二章において、「健康の批判理論」と私が総称する一連の研究の理論的特徴を「健康と病いの社会学」に即して明確に示したい。第三章では、研究対象としてどのようなテーマが俎上にあげられるのかをリストアップして、「健康の批判理論」の問題領域を示したい。第四章では、その理論的特徴が、現在まで日本でおこなわれてきたような医療の社会科学的研究のメインストリームに対する有力な対抗軸に位置づけられるものであることを論じて、研究のスタンスについて語りたい。最後の章では、「健康の批判理論」の方法論的戦略を提示したい。そのさいキーワードとなるのは「健康言説」という、私たちが新たに考案した造語である。経験的研究をなすさいの手がかりを明示して、今後展開予定の研究活動の序説としたい。
■機能主義から社会構築主義へ
さて、二〇世紀後半のアメリカで急速に発達した医療社会学と、本稿で取り上げる「健康と病いの社会学」との関係はどうなっているのか。両者は対抗するものなのか、継承関係にあるのか。まずこの点から確認していこう。
デボラ・ラプトンは「健康と病いの社会学」へいたる「医療と社会」研究の理論的変遷を三段階に整理している(Lupton 1994:6-13)。三段階とは、機能主義、政治経済学(マルクス主義)、社会構築主義である。
それによると、まず、機能主義的アプローチ(functionalist approach)では、医師などの医療専門家が日々の業務を遂行するプロセスや、個人が病気に対処する仕方に興味をもつ。この場合、病気は潜在的な社会的逸脱状態と見なされ、医療専門家の役割は、かつて教会が果たしたように、正常と逸脱を区別する力を用いて社会統制の不可欠な制度あるいは社会の道徳的管理者としてふるまうことだとされる。この機能主義的アプローチの指導的理論家はもちろんタルコット・パーソンズである。かれの理論は五〇年代から六〇年代にかけて大きな影響力をもったが、医療社会学への影響は非常に大きかった。
これに対抗する批判勢力として出てきたのが政治経済学的視角(political economy perspective)である。資本主義経済体制の本質に対するマルクス主義的批判がその理論的核心にある。これは七〇年代から八〇年代にかけて支配的な知的運動だった。この観点からすると、真の健康とは、たんに身体的情緒的安寧ではなく、満足するに足るハイレベルの生活を維持するのに必要な資源(これには物質的なものもあれば非物質的なものもある)にアクセスできること、そしてそれらを統制できることにある。この見方からすれば、健康の基軸的構成要素は「闘争」(struggle)以外の何者でもない。
この系譜の研究の中で近代医療の文化的危機を批判する一連の研究の代表格が医療化論である。このテーゼの源泉はエリオット・フリードソンであり、これをイバン・イリイチやアーヴィング・ケネス・ゾラが展開することで、強力な潮流を形成した。この系譜は、医学的知識を哲学的に分析することよりも、一見中立的に見えてじつは支配階級の利害に奉仕するものとして医学的知識をあつかうことが多い。しかし、その批判は矛盾していることもある。医療は過剰に拡張主義的であると批判される(医療化論)とともに排外主義的であるとも批判され、病気は収奪によって引き起こされると見なされるとともに医学的支配によっても引き起こされる(医原病)と見なされる。
第三の理論的立場が、ポスト構造主義と第二波フェミニズムとフーコーの影響のもとに注目された社会構築主義(social constructionism)である。社会構築主義は、もともと社会学理論にあったものだが、上記の諸潮流との関連において修正されたものが「健康と病いの社会学」で有力になっていった。ラプトンのこの本をふくめて九〇年代に次々公刊された「健康と病いの社会学」の研究書はほぼこの立場で書かれている。
社会構築主義が焦点を当てるのは、生物医学(biomedicine)の社会的側面であり、医学ならびに素人の医学的知識の発達であり、さまざまな医療行為である。この立場から見ると、医学的知識というものは、洗練された良き知識に向かって上乗せされるように進歩するものではなく、社会史的状況の中で生起し不断に再交渉されるような、一連の相対的構築物ということになる。
この三段階はおおむね妥当な見方であるが、異論がないわけではない。たとえば、ウータ・ゲルハルトは『病いの諸概念』を次のような構成で整理している(Gerhardt 1989)。
(1)構造機能主義パラダイム——社会的役割としての病いと動機づけられた逸脱
(2)相互作用論パラダイム——専門家による構築としての病い
(3)現象学的パラダイム——間主観的に構築された現実としての病い
(4)闘争理論パラダイム——資源の不足とイデオロギー構築物としての病い
ゲルハルト自身は「批判理論としての役割分析」という著作によってデビューした、批判理論ないし政治経済学ないし闘争理論というディシプリンに立つ研究者であるので、ラプトンとは順序がちがってくるが、(2)と(3)をあわせて社会構築主義に対応すると考えてよいだろう。ゲルハルトのこの研究についてはさらに精読すべき論点がふくまれていると思われるが、さしあたり問題になりそうなのは、相互作用論パラダイムによる医療社会学の取り扱いであろう。ラプトンはこのあたりを無視しているように見えるが、アンセルム・ストラウスたちの研究がシンボリック相互作用論の視角からなされている点から考えると、現象学的パラダイムと親和的であり、社会構築主義に接していると位置づけられよう。
■他の理論系譜との相互連関
「健康と病いの社会学」は単独で発展したのではなく、健康と社会に関する他の研究分野と密接に相互連関して発展したものである。ラプトンが指摘するのは次の四つの学問運動である(Lupton 1994:13-19)。
第一に、医療人類学(medical anthropology)。医療人類学は「健康と病いの社会学」と密着した学問分野で、両者を分離するのが困難なくらいである。伝統的に医療人類学は「病気の解釈とその生きられた経験」に関心をもつ。病気とは、自然と社会と文化とが同時にそれでもっておしゃべりするコミュニケーションの一形式であり、諸器官の言語である。
第二に、歴史学的次元(historical dimension)。ラプトンがこう呼ぶのは、いわゆる社会史研究のことである。歴史学的研究は、西洋の生物医学の慣習が、他の文化ないし他の時代の医療システムより科学的であるとも客観的であるともいえないことを示す。
第三に、カルチュラル・スタディーズ(cultural studies)。たいていの社会科学者は医療を文化的産物と見ないで、文化に外在する科学的知識の客観的実体と見がちであるから、カルチュラル・スタディーズが生物医学や公衆衛生の制度と実践を分析するのに採用されることはめったになかった。しかし、たとえばマス・メディアがさまざまな場面で医療や病気にかかわる出来事を描写することが、この領域に対する人びと(そこには専門家やメディア関係者や行政関係者もふくまれる)の理解に大きく影響することはあきらかであり、カルチュラル・スタディーズがこの分野に有効なのははっきりしている。
第四に、言語論的転回(linguistic turn)。近年注目されているのが、社会秩序と現実感を構築し維持するという言語の役割である。ソシュールから始まったこの視点はロラン・バルトによって大衆文化の分析装置として発展し、やがて記号論者たちが個人を「かれらの文化によって語られた」存在と考えることを節目に大きく変化した。
以上ラプトンが指摘する四つの研究系譜は、社会構築主義に立つ「健康と病いの社会学」の基本論点とそれぞれ呼応するものをもっている。医療人類学は、空間的比較を促すことで近代化論的まなざしを脱し、非西洋医療の正当性問題に気づかせる。また、素人の病気観の文化的意味を尊重する知的態度をもたらす。それに対して社会史研究は、時間的比較をうながすことで、西洋医療の歴史的偶発性(なりゆきしだいでは他のものにもなりえたかもしれない可能性)を再発見させ、近代医学が客観的知識であるという信仰を破壊する。カルチュラル・スタディーズと言説分析は、文化の批判的検討を通じて、現代文化の構築物として医療関連現象を理解することをうながした。このさい人文学的手法による分析の有効性も強調されてよい。とくに表象や言説の解釈からアプローチする手法は経験的研究に対して大きな影響を与えた。
このように「健康と病いの社会学」は、隣接し随伴する上記の研究動向に即しながら発展してきた。これらは不即不離なもので、ひと続きのものと考えたほうが実際的である。しかし、これらをあわせた適切な総称がないのが現状で、そこで本研究ではこれらを「健康の批判理論」と総称して取り扱うことを提案したいと思う。そこには共通の理論的視角・問題領域・研究スタンス・方法論的戦略が存在すると考えられるからであり、総じて医療研究の大きな転換を提示していると考えるからである。以下、章ごとに論点を分けて考察していこう。
二 社会構築主義の導入——理論的核心
■社会構築主義とは何か
「健康の批判理論」の批判性は政治的スタンスに由来するものではない。それは理論社会学的徹底によるラディカルさというべきだろう。その理論的中核にあるのが社会構築主義である。逆にいうと、「健康の批判理論」とは、「健康と病気に関連する問題領域についての社会構築主義的分析理論」なのである。
社会構築主義はもともと現象学的社会学の文脈で知識社会学理論として定式化され、大きな影響力をもった視角であるが、のちに社会問題論に導入されて「レイベリング理論に替わる新理論」として大きな波紋を呼んだ考え方である(Spector and Kitsuse 1977=1992; 中河 1999)。その意味では典型的な社会学主義の一形態と見なすことができる。けれども、社会学以外の知的運動の中で広範な影響力をもったのは、フーコーの一連の歴史研究であり、それに呼応する前述の学問運動の方だった。そのために、今日ではこの経緯が言及されることは少なく、社会心理学者のヴィヴィアン・バーの『社会構築主義への招待』(Burr 1995=1997)においても、キツセらの構築主義的社会問題論への言及はない。これは医療社会学系でも同様であり、その点で社会構築主義自体は社会学プロパーのものとは理解されていないようである。
たとえばヴィヴィアン・バーは社会構築主義を次のように文化や知識を理解する見方であるとしている(Burr 1995=1997:4-7)。
(1)自明の知識への批判的スタンス
世界が存在すると見える、その見え方の前提を疑う。なぜなら、人間が世界を把握するさいに使用するカテゴリーが必ずしも実在する区分を示すものではないからだ。
(2)歴史的および文化的な特殊性
世界を理解する仕方・カテゴリー・概念は歴史的かつ文化的に特殊なものであり、相対的なものであるという認識を徹底する。
(3)知識は社会過程によって支えられている
世界についての知識は、人びとが互いに協力して構築する。具体的には日常的な相互作用によって構築する。したがって、人びとが相互作用において日常的に使用する「ことば」が重要な意味をもつ。
(4)知識と社会的行為は相伴う
世界を特定の「ことば」で理解することは、それ自体ひとつの社会的行為であり、ある種の社会的行為を支持したり排除したりする行為である。つまり知識は社会的行為なのである。
この視点から特定の社会現象を研究するさいに戦略的に重要になるのは、人びとが日常世界においてものごとを理解する仕方であり、そのさいに重要な役割を果たす「ことば」である。社会構築主義では、このような「ことば」を「言説」(discourses)と呼び、その調査研究を「言説分析」(discourse analysis)と呼んでいる。社会構築主義から見れば、世界は言説によって構築されており、歴史的・文化的に規定された特定の言説によって人びとは世界を理解するのであるから、その言説の自明性を疑い、歴史的由来を調査し、文化的布置をあきらかにすることが、その言説の指示する現象の科学的理解につながるのである。
バーの解説は、さまざまな社会領域に適用され、わけがわからなくなりつつある社会構築主義の共通因数について、あらためて説明しなおしたものとして参考になる。しかし、社会学理論との関係と、医療社会学との関係とをもう少し明確に把握しなければならない。
■社会構築主義と医療社会学
社会構築主義と医療社会学の関連をあつかった初期のレビューとしてはマイケル・バリーの「社会構築主義と医療社会学の発展」(Bury 1986)がある。この時点では、構築主義的医療研究のマニフェスト的著作となった、ピーター・ライトとアンドリュー・トレチャー編集による『医学的知識の問題——医療の社会的構築の検証』(Wright and Treacher 1982)がすでに刊行されており、ここに掲載された論文とそれらの著者たちが、バリーのレビューの主要な対象になっている。
バリーは社会構築主義の主要な構成要素を次の五点に求めている(Bury 1986:140-147)。
第一に、生物医学的現実を「問題化する」こと。社会構築主義では医学的知識そのものが問題性を帯びていると考える。その結果、生物医学的現実も自明ではないと考える。
第二に、医学はさまざまな社会関係を媒介すること。医学はその実践においてのみならず、その知識においてもさまざまな社会関係を媒介する。ある経験の領域を「医学的」と呼ぶことは、決定的かつ強力な形と意味を与えるがゆえに、その経験領域を社会生活の他の領域に対して重要な関係の中におくことなのである。そのため構築主義者は、医学と医学的カテゴリーが特定の社会集団と実践を活発にかみあわせる仕方を提示しようとしてきた。
第三に、医学と技術の中立性への疑問。つまり、技術的領域は中立的とは見なせないということである。私たちはものごとを技術的な事柄とそうでない事柄とを分けて議論するが、構築主義者はその区別そのもの自体が問題をはらんでいると考える。この点では技術のイデオロギー性を説いたユルゲン・ハーバーマスらの批判理論と直接呼応するものがある。
第四に、自然もまた社会的に構築されること。したがって「発見」を廃止すること。さまざまな疾病のカテゴリーは中立的かつ合理的な方法の適用による自然現象の発見を合図すると見なすべきではない。逆にいうと、疾病の発見へのクレームはそれ自体社会的出来事であり、それらを社会的文脈におくのだ。この観点からすると、医学も科学もあくまでも社会内部のシンボリック・システムであり、社会外部の自律的領域ではないということになる。医学と科学が居場所にしている技術的・科学的世界は、本質的に「言説の様式」であり「生活世界」である。それらは歴史的かつ社会的な実践から分離され得ないものなのである。「科学とは社会関係である」というのが構築主義の命題である。
第五に、医療の進歩に疑問符をつけること。つまり医学の歴史においてしばしば物語られる直線的プロセスは廃棄されるべきである。あらゆるものごとが別のありようも可能であったことを忘れてはならない。
以上のバリーの行論からわかるように、かれは「批判的アプローチ」と「構築主義的アプローチ」を仕分けながら、その具体的な論点については両者を連続的なものと見ている。これはラプトンが「政治経済学的視角」と「社会構築主義」とを区別しているのと少し異なる。この点については学説史的に詳細な検討が必要だが、焦点になるのは二点あると思う。ひとつは「政治経済学的視角」の始発点にいるエリオット・フリードソンの位置づけであろう。もうひとつは構築主義の徹底の度合いである。サラ・ネトゥルトンの見解は、フリードソンは医学的実践(医学的知識の適用)の社会性は問題にしたけれども、医学的知識そのものの社会性の問題には挑戦しなかったという評価である(Nettleton 1995:19)。マルクス主義そのものには一九世紀的な自然科学信仰があり、技術の中立性の科学論的否定までには行き及ばないのが実態である。おそらくここが分水嶺であろう。ちなみにユルゲン・ハーバーマスがマルクス主義を超えているのは主としてこの論点である。
なるほど社会問題に構築主義を持ち込むことにはさほど違和感がない。しかし、医療行為(medical practice)に関しては適用できても、医学的知識(medical knowledge)そのものにそれを持ち込むことにはかなりな飛躍が必要である。しかし、それでこそ「健康の批判理論」なのである。
■さまざまな社会構築主義
ただ、ここには複雑な問題もある。フィル・ブラウンが「名前づけと枠づけ」という論文で指摘するように、医療社会学に適用された社会構築主義的アプローチには三つのヴァージョンがあるのに、それらがしばしば混同されているのである(Brown [1995]1996:93)。
ブラウンによると、第一のヴァージョンはスペクターとキツセの共著『社会問題の構築』(Spector and Kitsuse 1977=1992)によるものである。かれらの社会問題論はもっぱら人びとの社会的定義づけ過程に焦点を定めたものであり、現実的条件でもって社会問題を定義するという伝統的なやり方と一線を画した。すなわち「社会問題は、なんらかの想定された状態について苦情を述べ、クレイムを申し立てる個人やグループの活動であると定義される。」(Spector and Kitsuse 1977=1992:119)これは、所与の計測可能な実体として社会問題をあつかう伝統的な実証主義の見方に対抗して、見えにくい日常的相互作用と意思決定の世界を見えるようにする試みだった。これはアメリカ流の社会構築主義といえよう。
第二のヴァージョンはヨーロッパのポストモダン理論のものである。その源泉はミシェル・フーコーである。ヨーロッパの社会構築主義は、知識の創造を示すために言語とシンボルを脱構築することであり、状況のうつろいやすく不確かなリアリティを説明するところに独特の特質がある。
第三のヴァージョンは、科学社会学に関係が深い。これを「行為する科学」(science in action)の視角という。それによると、科学的事実の生産というものは、公的な場所に自分たちの業績をプロモートしようとする科学者たちの努力と結合した、実験室の単調な生活をしている科学者たちによって相互に考え出された行為の結果であるという。
ブラウンは以上の三種の社会構築主義を区別した上で、バリーをはじめとする医療社会学者たちが社会構築主義を上記の三種を混合した非常に広い意味で使用していると批判するのである。これでは「社会的構築」という用語に対する独自の所有権を主張できないではないかというのである。
それに対してブラウン自身が対置するのは、シンボリック相互作用論と構造的政治経済学的アプローチの総合したものである。そのさい決定的に重要なのは、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」を区別することである。
「医学的知識の社会的構築」は専門家の態度の起源とかれらの診断をあつかう。それは、支配的な生物医学の枠組と同時代の道徳と倫理的見解にもとづいて理解する仕方をあつかい、医療供給者の社会化、ヘルス・ケア・システムの専門家的・制度的実践、そしてそれを包み込む社会の社会構造をあつかう。ここでは診断そのものが問題になり、構造的接近が優勢になる。医学的知識の構築についての学問は、専門家の昇進や家父長的態度や帝国主義的労働市場需要のような社会的ファクターをふくむことになる。それに対して「病気の社会的構築」は素人の病気体験をあつかう。ここでは個人・ダイアド・集団の各レベルを取り扱うのでシンボリック相互作用論が優勢になる(Brown [1995]1996:96-97)。
■病いの社会的構築
ブラウンのいうように、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」とはリンクしているにしても基本的には別の問題である。この点については、以前から医療人類学でしばしば指摘されてきたことであるので、そちらの方で確認しておこう。
たとえば、アーサー・クラインマンは、台湾での調査に基づく著作の中で概略次のように述べている(Kleinmann 1980=1992:79)。疾病(disease)とは生物学的プロセスと心理的プロセスの両方あるいは一方の機能不全をさす。それに対して、病い(illness)は知覚された疾病の心理社会的な体験のされ方や意味づけをさす。したがって、病いには疾病に対する二次的反応がふくまれる。つまり、病いには、症状や役割遂行の減退に対する注意、知覚、感情的反応、認知、評価のプロセスがふくまれ、家族や社会的ネットワーク内部でのコミュニケーションや相互作用もふくまれる。「要するに、病いとは疾病に対する反応である。疾病をコントロールするとともに、疾病を意味あるものにつくりあげ、説明を与えようとする反応である。」(Kleinmann 1980=1992:79)
ちなみに一九八〇年時点でのクラインマン自身は、疾病の構築についてはそれほど突っ込んだ議論はしていないが、両者とも実在ではなく説明モデルであることに注意を促している点で構築主義と呼応する議論をしていた。
要するに「医学的知識の社会的構築」は疾病の構築にかかわることであり、「病気の社会的構築」は病いにかかわることであるといえよう。そして、それぞれが社会的に構築されるものであるというのが社会構築主義の基本主張である。ブラウンによると、この社会構築主義によってこそ、三つのレベルにおける健康と病いを連結でき、その社会的意味を理解できるという。三つのレベルとは次のようなものである(Brown [1995]1996:97)。
(1)ミクロレベル(自己意識、個人行為、対人コミュニケーション)
(2)メゾレベル(病院、医学教育)
(3)マクロレベル(国民の健康状態、ヘルス・ケア・システムの構造と政治経済、国家保健政策)
ブラウンの主張があえて「第四の社会構築主義」というべきものであるかということはひとまず措くとして、社会構築主義に少なくとも三つの理論的源泉があるということ、そして「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」の両方を射程に入れて、ミクロ・メゾ・マクロの三レベルをリンクさせて考察すること、そのさいには相互作用論と政治経済学的接近があわせて有効であること——本稿でも、この線で「健康の批判理論」を考えてみたいと思う。
三 問題領域の拡大——研究対象
■問題領域の概要
以上、「健康と病いの社会学」とその周辺研究をふくめて「健康の批判理論」としてアウトラインを眺めてきた。その理論的支柱は社会構築主義である。この視点から何が具体的に問題になるのか。この章では「健康の批判理論」が射程に入れるべき主要な問題群を整理しておきたい。このさい、まず、比較的網羅的に問題領域を押さえていると思われるピーター・E・S・フロイントとメレディス・B・マクガイアの『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』(Freund and McGuire 1999)で問題領域の概要をつかみ、そののちにラプトンとネトゥルトンの議論を参考にしてポイントを理解したい。
『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』は本稿執筆時点では最新の「健康と病いの社会学」の概説書である。ストレス学説に準拠していることなど、やや総花的で、構築主義も徹底しないところがあるが、アンソロジーではないので、バランスよく研究業績がまとめて紹介されている。章ごとにテーマを抜き出してみよう。
(1)健康・病い・身体についての社会学的視角
身体の社会的構築。身体観の社会的構築。健康と病いの社会学において権力作用は中心的なものであること。
(2)だれが病気になり傷つけられ死ぬのか
社会疫学の課題と方法論上の問題点。二〇世紀の平均余命の変化。医学の進歩という神話。第三世界の罹患率と死亡率。エイズの疫学。罹患率と死亡率の変数としての年齢・ジェンダー・人種・エスニシティ・社会階級。これらは権力の社会的分配に関連している。
(3)健康と病いの物質的基礎
社会政治的ファクターと文化が、われわれの物理的環境・われわれの資源(たとえば食物)・われわれの身体を構築する。飢餓、食習慣、事故、労働災害、環境汚染、喫煙。
(4)精神・身体・社会
シンボリックかつ社会的なファクターが身体に及ぼす影響。ストレス。
(5)社会組織・健康・病い
社会支援の質と批判的評価。社会的不平等と社会支援の関係。演劇論的ストレス。社会的相互作用における感情の役割。
(6)病気の社会的意味
逸脱としての病い。逸脱の医療化。道徳的権威の医療化。社会統制。シンボルとしての身体。病気は社会秩序にかかわることがらであること。
(7)病いの体験
病いと自己。素人の健康概念。素人の病いの理解。病いに気づくこと。痛みと心理社会的次元。慢性病と障害。障害者の自己意識とマイノリティ的地位と社会運動。
(8)健康と助けを求めること
自己治療。隠れたヘルス・ケア・システムとしてのホーム・ケアと相互補助。民間療法。宗教的な癒し。
(9)医学的知識の社会的構築
疾患の「発見」。社会的産物としての科学。医学的「問題」の創造と否認。医療化・脱医療化・専門家の利害。企業の利害。疾患と身体の物象化。専門家支配。生物医学の前提。
(10)近代生物医学の知識と実践
専門家支配と情報操作。不確実性と統制。専門家支配のミクロ政治学。医師と患者の関係。病人を症例に変換する。患者の非人格化。近代医学の終焉。道徳のジレンマと社会政策。
(11)ヘルス・ケア・システムにおける階層と権力
受療者。医師の供給源。ナースの供給源。その他の専門職と労働者。
(12)ヘルス・ケアにおける経済的利害と権力
保険の問題。さまざまなヘルス・ケア組織。病院経営。さまざまな医療産業。社会政策と人権。
このようなテーマ・リストは多様な組み換えの可能なものである。ひとつの事例として参考にしたい。この中には機能主義段階の医療社会学でも十分問題として取り上げられているものもあり、公衆衛生学的なテーマもふくまれている。とくに「健康の批判理論」として重要な問題領域はどこなのか。すでに確認した「医学的知識の社会的構築」以外の問題領域について、この分野の第一線で活躍するラプトンとネトゥルトンが強調する論点を手短に整理してみよう(Lupton 1994; Nettleton 1995)。
■健康と病いをめぐる素人の生活世界
従来の医療社会学の焦点は、病気と専門家にあった。つまり医師たちが病気に立ち向かう仕方を主軸に据えて、そこに患者たちがどう適応していくか(あるいは適応すべきか)を規範的に研究してきた。これに対して「健康の批判理論」は、健康と素人(lay)に焦点を当てる。つまり素人の視点に定位して見える生活世界のあれこれ(もちろんそこには病いもあるが、そうでない状態もふくまれる)が問題となる。医学と素人の視点とを同位対立の地平において捉えるのが、社会構築主義のラディカルなところである。一方で医学的知識の文化的構築性を暴き、他方で素人の病気や健康への態度と経験の自律性を浮き彫りにするのである。
そのさいポイントとなるのは「素人の健康観はたんなる医学的知識の薄められたヴァージョンではない」(Nettleton 1995:37)ということである。この論点はすでにフリードソン以来、批判的接近を試みる医療社会学者にはおなじみのものである。
健康に光を当てると、人びとが健康をどのような定義において用いているか、そのライフスタイルと消費文化との関係はどのようなものか、人びとにとってリスクはどのようなものとして捉えられ、それが人びとにどのようなリスク回避行動をとらせているかが問題となる。たとえば喫煙に対する態度やエイズに対する態度などがテーマになる(Nettleton 1995:Chap.3)。
他方、病気に光を当てると、人びとが病気と病者役割(sick role)をどのように解釈し、正当化していくか、そして慢性疾患と障害のある身体を媒介にどのようなコミュニケーションが生起し、どのように語られていくか、それに対処する戦略をどのように編み出していくかがテーマとなる(Nettleton 1995:Chap.4)。また、人びとにとって病いの体験は道徳的問題でもある。なぜそのようなことになったかを人びとは「失敗」や「報い」として道徳的に説明しがちである。そのあたりもテーマとなる。
■素人と専門家の相互作用
病いに見舞われたと感じた人びとは病院を訪ねて、医師やナースなどの医療の専門家たちと出会う。この出会いは対等な出会いではないがゆえに、特殊な性質を帯びる。この「素人と専門家の相互作用」の問題は「健康の批判理論」にとって批判的に取り組まなければならない重要な問題領域である。
ネトゥルトンによれば、そこには次のような問題がある(Nettleton 1995:131−132)。第一に、素人と専門家の関係は、より広い文脈での社会関係や、ジェンダーや人種や階級といった構造的不平等を反映するとともに強化するということ。第二に、この関係は社会統制と社会規制の中心的次元を形づくること。第三に、専門家はしばしば患者の見解をまともに取り上げることを拒絶する。そして患者の見解というものが同時代のヘルス・ケアの深刻な限界と見なされてきたこと。第四に、相互作用の質がヘルス・ケアの成果に影響を与えてきたことである。
この領域は長らく医療社会学で「医師−患者関係」として研究されてきたが、理論的立場によって大きく見方が変わる。機能主義は合意モデルを基準に論じ、政治経済学(マルクス主義)は闘争モデルを用いて、医学的権力に対する患者側の抵抗を強調する。「コンプライアンスの悪い患者」を病院スタッフがそれぞれどのように見ているかが問われる。また、シンボリック相互作用論やエスノメソドロジーによるミクロな相互交渉場面の研究もさかんである。
それから忘れてはならないのが、専門家は病院にいるとは限らないということだ。民間医療のヒーラー(healer)がいる。そこでは「癒し」と総称される、しばしば近代医療システムとは異質の出会いと相互作用がある。ここは従来から医療人類学の実績のある領域であるが、「健康の批判理論」の現場はもはや病院だけではないのである。
■文化的表象の分析
医学・病い・疾患・身体に関するさまざまな言説・メタファー・図像は、高級文化においてであれ大衆文化においてであれ、これらの現象についての知識の社会的構築に深くかかわっている。ラプトンはこの点を強調する(Lupton 1994:chap.3)。高級文化において疾患と死がどのように表現されているか、そして大衆文化において医学や病いや死がどのように表象されているかの研究は、伝統的な医療社会学ではないがしろにされてきたところである。しかし、ガンやエイズはメタファーとしても社会に圧倒的な影響を与えたし、「ガンと闘う」「エイズを撲滅する」といった軍事的な言説そのものが、それぞれに関係する生物学的事実の解釈や医学の研究開発の方向性に影響し、関係者の社会関係をも深く規定してきたのである。
このテーマに関する図像研究としては、サンダー・L・ギルマンの仕事が日本ですでに紹介されている(Gilman 1995=1996)。図像は、どれが正しく美しく健康なのか、どれが狂っていて醜く病んでいるのかというステレオタイプな基準をリテラシーを越えて再生産する。とりわけメディア上に流通する言説と図像の分析が重要であり、カルチュラル・スタディーズの隆盛の中で、そのような研究が一気に浮上している。
もちろん以上の他にも重要な問題がある。健康状態と社会的不平等すなわち健康の配置の問題も大いに議論されている。とくにジェンダーの問題がフェミニズム側から次々に提起されている。保健政策批判もある。それらについては機会を改めて詳説することにしよう。とりいそぎ確認しなければならないのは、これらの問題群を「健康の批判理論」が強調して研究テーマとして取り上げるのはなぜか、つまり基本的な研究スタンスの問題である。
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
■生物医学モデルへの挑戦
じつは社会学的社会問題論の文脈では、社会構築主義はすでに過去のものだという雰囲気がある。流行思想としての社会構築主義は所詮、そういうものなのだろう。しかし社会構築主義は日本では未だ徹底して追究されていないのではないか。とりわけ健康と病気の社会領域については。
生物医学に依拠した医療システムに構築主義的なまなざしを向けることは、医学部に設置された公衆衛生学といった場所では未だに困難なことのようだ。たとえば日本のアカデミズムにおいて重要なステイタスを与えられていると思われる公衆衛生学研究者による『健康観の転換——新しい健康理論の展開』(園田・川田 1995)には、生物医学とそれに基づく現代医療の神話的構築性に対して社会学的に距離化しようというスタンスがまったく感じられない。それどころか、健康主義を社会全般に拡大しようとする、ほとんどニューエイジ系の宗教的教義への傾斜さえうかがえるほどである。
日本の公衆衛生志向の医療研究の社会学性がその程度の底の浅いものであるといえばそれまでだが、それにしても、社会構築主義による医療的世界への分析はむしろ始まったばかりなのである。
では、従来的な医療社会学とのちがいは何だろうか。最大のちがいは生物医学に対する知的態度である。
ライトとトレッチャーは社会構築主義以前の医療社会学との比較を理念型的に整理している(Wright and Treacher 1982:3-5)。
第一に、医学の同定あるいは医学的知識は何の困難も引き起こさなかったという仮説。それによると、医学とは医師とその補助労働者のなしたことであるのは自明であり、医学的知識はたんに、医学校で伝授されたか、専門家の雑誌と教科書によって普及したものにすぎない。第二に、近代医学的知識は、近代科学の発見に基づいていて効果があるがゆえに独特のものであるという仮説。第三に、疾病は、医師による分離と指摘に先行し独立に存在する自然物であるという仮説。第四に、社会と医学的知識とは独立した自律的領域であるという仮説。
社会構築主義以前の医療社会学(たとえば公衆衛生学的な研究)の前提了解が以上のようなものであったとすると、すでに「医学的知識の社会的構築」として述べたように、これに対して社会構築主義的医療社会学は、異を唱えるわけである。いわば近代医療絶対主義神話の社会学的解体である。生物医学のイデオロギー的後方支援としての公衆衛生学との異質性はあきらかだろう。
■医療神話の歴史的批判
「健康の批判理論」のさしあたりの対抗軸は、医療神話とも呼ぶべき科学信仰であり、それに基づいて編成される専門家支配の実態である。日本でもこの種の研究は一部で始まっており、たとえば『医療神話の社会学』(佐藤・黒田 1998)では、「近代医学は抗生物質によって、人間を悩ませた多くの感染症を克服してきた」といったような、現代医療を正当化する二〇の神話について丹念に神話解体している。ただし、ここにおさめられた論文は必ずしも社会構築主義に立ったものではなく、多くは歴史的アプローチによるものである。
当然もうひとつの神話解体も必要だ。それは民間医療にまつわるさまざまな神話である。近代医学への不満は一般の人びとにおいてむしろ普通のことである。しかし、だからといって近代医学を批判する「代替医療」(alternative medicine)が無条件で推奨できるわけではない。代替医療神話が現代的に変奏されている事態に対しても、批判的なまなざしで分析する必要がある。たとえば佐藤純一は代替医療が単純な二分法を絶対化して「人間的」な側に自らをおくことで正当化しようとすることを指摘している(佐藤・黒田 1998:242-244)。なお、アメリカの代替医療の歴史についてはロバート・C・フラーの『オルタナティブ・メディスン』が詳しい(Fuller 1989=1992)。
さらに、こうした医療神話が消費社会というコンテキストでこそ生き生きと語られ、説得力をもち、具体的な行動へと水路づけるといった構図にも注意を払う必要がある。
■ヘルス・プロモーション
公衆衛生学的医療社会学との対比がもっとも明確になるのは「健康のために」語られるさまざまな言説に対するスタンスである。試金石はヘルス・プロモーションに対するスタンスである。
「健康のために」語られるさまざまな言説を私は「健康言説」と呼んでいるが、ヘルス・プロモーションの言説はその代表的なものであり、その点では公衆衛生学的医療社会学自体も健康言説なのである(池田ほか 1998:23-24)。
サラ・ネトゥルトンとロビン・バントンはヘルス・プロモーションに対する研究スタンスを四類型にまとめている(Nettleton and Bunton 1995)。まず第一の軸は「社会政策」か「社会学的分析」かというもの。第二の軸は「医療についての社会学」か「医療のための社会学」かという有名なストラウス以来の二分法である「についての」対「のための」という二分法。これを使って「健康の批判理論」を位置づけてみよう。
第一に「ヘルス・プロモーションのための社会政策」(social policy for health promotion)では保健公共政策の説明・分析・評価をおこなう。第二に「ヘルス・プロモーションのための社会学的分析」(sociological analyses for health promotion)ではプロモーション技術の発達・評価・洗練をおこなう。第三に「ヘルス・プロモーションについての社会政策」(social policy of health promotion)では政策のイデオロギー的基礎の研究をおこなう。第四に「ヘルス・プロモーションについての社会学的分析」(sociological analyses of health promotion)ではヘルス・プロモーション自体の批判をおこなう。一口に批判的評価といっても、このようにスタンスは多様である。たとえば日本でおこなわれてきたほとんどすべての「医療と社会」研究は第一から第三に分類できるはずである。それに対して「健康の批判理論」は第四の類型に相当する。
第四類型のヘルス・プロモーション批判の基礎視角としては、たとえばどのようなものがあるのだろうか。さしあたり思い及ぶのが「健康という義務」(imperative of health)という視角である。これはラプトンがフーコーから採ったもので、彼女は公衆衛生とヘルス・プロモーションについての著作タイトルにこのフレーズを使用している。それによると、健康はたんなる疾病の不在ではなく、もはや一種の道徳的命令ではないかというのである(Lupton 1995)。健康が道徳にずれ込むことで、道徳は身体性に還元されることになる。重層的なコミュニケーションの産物としての社会秩序ではなく、有無を言わさない身体秩序に道徳という社会原理が従属するということだ。健康言説の本質はまさにここにある。
たとえば「成人病」を「生活習慣病」に呼びかえて人びとの健康増進を図ろうとする近年の厚生省のキャンペーンについて佐藤純一は次のように分析している(池田ほか 1999:8-29)。「生活習慣病」はもともと厚生省の行政用語であった「成人病」を「生活習慣」と「予防」を軸に再構成したものであり、厚生省・臨床医学・社会医学の三者の思惑の合致したところに構築された政治的産物である。「生活習慣病」言説は「病気と習慣が関係ある」とするだけではない。それは「病気を引き起こす習慣」と「病気を避ける習慣」をも指示する。このさい健康習慣として指定された要素はまったく恣意的なものであり、言説構築者の古典的な道徳主義がそのまま投影される。そして「病気になったのは、その個人の生活習慣によるのであり、それゆえ病気の責任もその個人にある」という個人責任論が正当化されるのである。その結果、露骨な「犠牲者非難」(victim blaming)がおこなわれ、国家が責任をとるべき外部環境要因がそっくり隠蔽される。
このように、一見もっともらしい国家の保健政策のロジックは、「これって健康にいいんだよ」という食卓の会話にまで浸透し、その結果、まわりまわって人びとの病気体験そのものを道徳的ジレンマにしてしまう。つまり、たんに健康と病気が問題なのではない。それらに言及する言説の総体が現代社会において果たしている構築的役割への懐疑的認識が必要なのである。つまり、それは「批判」でなければならないのだ。
五 健康言説批判——方法論的戦略
■健康は言説である
最後に、「健康の批判理論」の方法論的戦略について確認しておきたい。
そもそも「健康と病いに関する批判社会学的研究」とでもいえばよいものを、あえて「健康の批判理論」と総称するのは、なぜか。それは第一に病気よりも健康という広範な領域に焦点があたらざるを得ない現代的状況が存在するからであり、第二にもはや社会学というディシプリンにこだわる必要がほとんどないと考えられるからだ。社会構築主義は社会学の占有物ではないのであるから。ちなみにコンラッドは「健康と病いの批判的視角」(critical perspectives on health and illness)という言い方をしている(Conrad 1997:4)。私はそれでもよいとは思うものの、短く総称するさいには、あえて「健康の批判理論」という括り方をしたい。その突破口は「健康は言説である」という構築主義的命題として集約的に表現できると考えているからである。突破口は「健康」の方にある。
そもそも健康は「非問題系」すなわち「問題状況の欠如」である(池田ほか 1998)。それゆえ健康は「問題」となる病気や障害などの事態(すでに発生しているにせよ、たんに予想されるだけにせよ)に対して、あくまで「語られるもの」であって、実体があるわけではない。「健康のために」と語りつづけられることで「健康な身体」は社会的に構築される。したがって実在するのはあくまで「健康言説」だけなのである。つまり、健康は言説である。「言説としての健康」ではないのだ。
■健康が語られるとき
現代社会において健康が語られるとき、それがコミュニケーションにおける正当性を満たす言説となるのは、問題系としてのリスク要因が導入されたときである。「健康に対するリスク要因」(health risk)のリストが提示される。このリストにはもちろん病気がふくまれているが、それだけではない。リスクは、朝食を食べないことからオゾン層の破壊にいたるまで無制限に拡大可能な社会的構築物である。そのリストは恣意的であり、それゆえ本質的に政治的でもある。
リスク概念の拡大はそのまま健康概念の脱領域化につながる。つまり、健康はあらゆる生活領域に深くかかわる価値として遍在するようになる。そして、個々のリスク要因が言説としての説得力をもてばもつほど、健康概念は物象化され神格化されるのである。この物象化された層における健康言説がヘルシズムなのであり、それはひとつの宗教的システムというべきである。健康は世俗化された現代の新しい神となる。
リスク回避を名目とするライフスタイルへの道徳的干渉が始まる。フーコーが描き、身体の社会学がそれを引き継いで研究してきたもの、すなわち人びとの身体を貫徹する権力作用の諸相である。「からだにいい」「ナチュラル」「無添加」「スポーティ」「衛生」「清潔」「元気が一番」といった耳障りのよいクリーシェから、「お肌のダメージ」「死の恐怖」「後の祭」といった恫喝に近いクリーシェまで、さまざまな言説が「健康的な生活習慣」を道徳的に正当化し、そうでないものを非難し排除する。そして個人の責任が問われてゆくのである。
こうして「健康な生活とは、健康について語り、健康に好ましいと語られた生活習慣を実行している生活のことである」という自己言及システムが成立する。「健康の批判理論」の理論的課題は、このような健康言説の自己言及的な言説宇宙(universe of discourse)の構造を批判的に解明することである。
この言説宇宙を構築するエージェントはさまざまである。それは科学者であり、マス・メディアであり、政府機関であり、社会運動である。そのエージェントの集合に対してジョナサン・ゲイブは「リスク産業」という用語さえ使っている(Gabe 1995)。公衆衛生的言説も栄養学的言説も、みのもんたの名調子や霊芝実演販売講師の巧妙な口上も、それに対して「買ってはいけない」とする対抗言説も、これら「リスク産業」によって組織的に生産された、いわば消費社会の産物なのである。
■批判的言説分析の可能性
以上のような仮説を手がかりに「健康の批判理論」は、健康言説の力を見極めていかなければならない。言説の類型もさまざまであり、語られ方そのものの多様性にも注意しなければならない。この作業を経験的な手法で実証するのが「言説分析」(discourse analysis)である。ただし、漠然と「言説分析」と呼ぶと、言語学において「談話分析」と訳されて会話の分析技法として紹介されているものもふくまれるので、これらと区別する必要がある。もちろん、問診の分析や医療スタッフ間のコミュニケーションの分析、そして健康に関する人びとの会話を分析するさいには有効な方法であるが、メディアや専門家や政府機関をエージェントとする言説を分析対象とすることの多い「健康の批判理論」と親和性の高い手法として考えられるのは、なかでも「批判的言説分析」(critical discourse analysis)と呼ばれるものである。
批判的言説分析は言説分析のひとつで、すでにジェンダー研究では成果をあげつつあるようである(斉藤 1998; 中村 1995)。ただし、これ自体は定型的な手法をさすものではなく、一定の理論を前提した(それゆえ現状では適用対象がある程度限定されている)分析方法である。具体的場面では他の言説分析の手法を応用する。
フェアクラフとヴォダックによると、批判的言説分析では、話したり書いたりする言語使用を言説と呼び、それを社会的実践の一形式と見る。かれらによると批判的言説分析は八つの理論および方法の原理に基づいているという(Fairclogh and Wodak 1997)。
(1)批判的言説分析は社会問題に力を注ぐ。
(2)権力関係は遍在している。
(3)言説は社会と文化を構築する。
(4)言説はイデオロギー的作業をおこなう。
(5)言説は歴史的である。
(6)テキストと社会とのリンクは媒介的である。
(7)言説分析は解釈的かつ説明的である。
(8)言説は社会的行為の一形式である。
ここで確認できるのは批判的言説分析が社会構築主義ときわめて親和性の高い分析方法であることである。現在はジェンダーやエスニシティなどに好んで応用されているようであるが、健康関連領域においても応用可能性は高いといえそうだ。
■まとめ
これまで見てきたように、「健康と病いの社会学」を中核とする社会構築主義的研究は、従来の公衆衛生学的な医療社会学に対して、「健康の批判理論」として総称できるだけの理論的共通点をもつ。中核には社会構築主義があり、方法論的には言説分析をとる。
「健康の批判理論」とは、この近代社会を柔らかく支配する(その結果として人びとの自発的服従が生じる)「納得の構図」を明晰に分析して批判する反省社会学的営為である。それは「健康な社会」を築くための理論でもなく、まして「健康増進」のための研究でもない。健康を自己言及的構成要素とする現代社会の構造分析である。目的は批判、批判それ自体である。
参考文献
文献の指示法と表記については日本社会学会編集委員会「社会学評論スタイルガイド」(http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/‾fukuoka/JSRstyle.html)にほぼ準拠した。ただし、本稿が縦書きであることを考慮して句読点などを一部改変した。
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(のむら・かずお 社会学 http://socius.org)
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英文タイトル
An Introduction to Critical Theory of Health
Kazuo Nomura
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4月 12017

社会学感覚20スティグマ論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
20 スティグマ論
20-1 社会的弱者を苦しめる社会心理現象
役割としての社会的弱者
この章では、権力作用の問題を〈医療と福祉の対象となる人びと〉を中心に考えてみよう。
このような人びとは、どのような役割を担っている人びとだろうか。たとえば、それは子ども・高齢者・病者・障害者・低所得者・失業者・公害被害者といった役割である。これらの役割におかれている人びとは一般に「社会的弱者」とよばれている。能力中心主義の近代産業社会にあって、社会的弱者はなんらかの不利益をこうむることが多かった。そこで現代社会では、さまざまな福祉サービスを保障することによって、実質的な平等への努力がなされつつある。
とはいうものの、社会的弱者は一般に暴力や犯罪の対象にされやすいし▼1、こと企業社会においては、あいも変わらず成年男子の健常者中心の組織文化が支配している▼2。
それでも、弱者への暴力や犯罪・酷使といった逆行する動きについては、少なくとも社会的な「正当性」はあたえられなくなったとはいえるかもしれない。しかしこれ自体、社会的弱者となった人びとの長年の社会運動の結果であることを忘れてはならない。
偏見
一方で、ある種の「正当性」をもって特定の社会的弱者を日々苦しめつづけているものがなお存在する。もちろん直接的には経済的困窮の問題がある。けれども、それだけではない。偏見やステレオタイプといった一連の社会心理現象もまた大きな問題として立ちはだかる▼3。
第一に「偏見」(prejudice)がある。たとえば、血友病患者が苦しめられている大きな要素はエイズ患者とみられることである。これは、同性愛による感染が主たる原因だったアメリカと異なり、日本の初期のエイズ患者の多くが、輸入血液製剤を使用していた血友病患者だったことがあり、これが大きく報道されて偏見のもとになった▼4。「感染」への畏れが人びとの過剰防衛をひきだす例としては、これまでもハンセン病患者や結核患者への差別などがある▼5。
もっと身近な例をだすと、たとえば「これだから田舎者は――」とか「男は――だから嫌だ」「女は――だから」「年寄りは――だから」といういい方などはあきらかに偏見の存在を顕示している。かつてのアメリカではこの種の偏見が白人以外の人種に向けられていた。たとえば、一九三〇年代にアメリカの大学生を調査したところによると、黒人は迷信的・怠惰、ユダヤ人は抜け目がない・打算的、アイルランド人はケンカばやい・おこりっぽい、中国人は迷信的・ずるい、アメリカ人は勤勉・知性的であると答える学生が少なくなかったという▼6。いまからみると、すごい人種的偏見であるけれども、そのツケは一九六〇年代に公民権運動としてまわってくることになる。このような人種的偏見は日本人にもある。それらは表だって表明されないが、たとえば外国人労働者についての流言などによってしばしば表面化する▼7。
偏見とは、第一次的には、たしかな証拠や経験をもたず、ふたしかな想像や証拠にもとづいて、あらかじめ判断したり先入観をもったりすることをいう。しかし、現実に問題になる場合としては、ある人の個人的特徴から判断するのではなく、その人がたんにある集団に所属しているとか、あるいは、そのためにその集団のもつ嫌な性質をもつとして、嫌悪や敵意の態度を向けることをさす▼8。
偏見の大きな特徴は、新しい知識に遭遇しても取り消さないことにある。その意味で偏見は非知性的・非反省的である。
ステレオタイプ
従来「紋切り型」と訳されたり「ステロタイプ」と表記されてきたが、現在はもっぱら「ステレオタイプ」(stereotype)と表記される。すなわち、特定の集団や社会の構成員のあいだで広く受け入れられている固定的・画一的な観念やイメージのこと。これは、固定観念と訳してもいいような、要するに型にはまったとらえ方のことである。偏見と概念的に重なるが、ステレオタイプの方がより広い現象をさしていると思ってほしい。この概念を最初に提唱したのはウォルター・リップマンである。かれは一九二二年の『世論』において、ステレオタイプの機能について考察した▼9。
リップマンによると、ステレオタイプはある程度不可避なものである。それは文化的規定性とほとんど同義である。「われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。外界の、大きくて、盛んで、騒がしい混沌状態の中から、すでにわれわれの文化がわれわれのために定義してくれているものを拾い上げる。そしてこうして拾い上げたものを、われわれの文化によってステレオタイプ化されたかたちのままで知覚しがちである▼10。」たとえば、はじめて動物園にいった子どもが象をみて、そのうち何人の子が、象の足の長いこと、つぶらな瞳に気がつくだろうか。象は鼻が長い動物と教えられてしまった子どもの多くは、現にみえているもののたったひとつの要素にすぎない長い鼻だけをみるのである。
それでは、なぜステレオタイプが生まれるのか? リップマンはふたつの理由をあげている。第一点は労力の節約すなわち経済性である。「あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすればひじょうに骨が折れる。まして諸事に忙殺されていれば実際問題として論外である▼11。」つまり、ステレオタイプによって人びとは思考を節約するのだ。そのつど一から考えなくてすむというわけである▼12。
第二の理由は、ステレオタイプがわたしたちの社会的な防御手段となっているからである。ステレオタイプは、ちょうど履き慣れた靴のように、一度そのなかにしっかりとはまってしまえば、秩序正しい矛盾なき世界像として機能する。だから、ステレオタイプにちょっとでも混乱が生じると、わたしたちは過剰に防御反応してしまう。「ステレオタイプのパターンは公平無私のものではない。[中略]われわれの自尊心を保障するものであり、自分自身の価値、地位、権利についてわれわれがどう感じているかを現実の世界に投射したものである。したがってステレオタイプには、ステレオタイプに付属するさまざまの感情がいっぱいにこめられている。それはわれわれの伝統を守る砦であり、われわれはその防御のかげにあってこそ、自分の占めている地位にあって安泰であるという感じをもち続けることができる▼13。」
要するに、ステレオタイプの本質は「単純化による思考の節約」と「感情的であること」にあるといえる。だから、人びとは自分たちのステレオタイプに固執してしまいがちなのである。
レイベリング
レイベリングとは「非行少年」「不良」「精神病」「犯罪者」「変質者」「落ちこぼれ」といった逸脱的な役割を一方的に押しつけることをいう▼14。
レイベリング理論の創始者のひとりであるハワード・S・ベッカーによると、「社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人びとに適用し、彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。この観点からすれば、逸脱とは人間の行為の性質ではなくして、むしろ、他者によってこの規則と制裁とが『違反者』に適用された結果なのである。逸脱者とは首尾よくこのレッテルを貼られた人間のことであり、また、逸脱行動とは人びとによってこのレッテルを貼られた行動のことである▼15。」つまり、レイベリングによって〈逸脱〉がうまれるというのだ。
では、だれが規則をつくりレッテルを貼るのか。それはまず、政府・役所・組織などのフォーマルな統制者であり、専門家・医師・教師である。つまり、警察や鑑別所が「非行少年少女」を確定し、医師が特定の「病気」を宣告し、相対評価しなければならない教師が「落ちこぼれ」をつくりだす。また、マス・メディアが特定宗教団体を「狂信的集団」としてキャンペーンすれば、その信者たちは「狂信者」とみられてしまう。これはまた、一般市民やクラスメイト・親族・同僚などの集団の成員によってもなされることがある。たとえば、あだ名のように、あるひとつの特性だけをとりだして類型化してしまうこともレイベリングである。ラフなスタイルで昼間団地を歩いているだけで「変質者」とみられてしまうこともありうる。
差別
偏見・ステレオタイプ・レイベリングは、しばしば具体的な差別として現象する。また、利害関係から生じた差別から、それを正当化するために偏見が生まれることも多い▼16。
差別とは、特定の個人や集団を異質な者としてあつかい、平等待遇を拒否し、不利益をもたらす行動のことである。いうまでもなく現代社会は平等を理念として掲げた社会である。したがって、差別はあくまでも〈不当〉である。しかし、現実にはさまざまな差別があり、その不当性がなかなか認められない。江原由美子によると、差別の問題点のひとつは、被差別者が不利益をこうむることだけでなく、不利益をこうむっているということ自体が社会においてあたかも正当なことであるかのように通用していることだという▼17。
さらに大きな問題点は、差別が論じられる場にかならずもちだされる〈差異〉についての議論そのものが差別の論理に加担する装置となっていることである。たとえば、江原由美子の提示するつぎのような場合を考えてみればいい。「軽い『障害者』は往々にして、自己の『障害』がほとんど日常生活に支障をきたさないのに、様々な『偏見』によって『差別』されていることに怒りを感じざるをえない。それゆえ、『差異の存在』自体を否定する論理にむかいがちである。他方、重い『障害者』はまさにその論理の中に自己の存在の『否定』を見出してしまう。『差異がないのに差別されている』と怒ることは、では、『差異があれば差別されていいのか』という後者からの問いかけを必ず生む。それゆえしばしば、軽い『障害者』と重い『障害者』の間の対立は『健常者』と『障害者』との間の対立以上に深刻になる▼18。」ここに差別を議論するむずかしさがある。つまり、差異を論じるよう仕向けるロジックそのものに「差別の論理」が存在するのである。
問題点
これまで概観してきた偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の現象は、相互に重なりあい密接に連動しながら現代社会に浸透している。その一般的な問題点としてつぎの諸点が指摘できる。
第一に、これらは、個人と個人、個人と集団、集団と集団のコミュニケーションを妨げる。つまり、ディスコミュニケーションあるいは歪められたコミュニケーションの要因となる。そして、偏見やステレオタイプに気づかないでいることは、社会認識と自己認識を非〈反省〉的にしてしまう。
第二に、対象になった個人や集団が異議申し立てできないことが多い。セクハラにしても、あだ名にしても、抗議したところで「ジョーダンだよ、ジョーダン」と軽い遊びの気持ちであることを表明されると、抗議することがルール違反とみなされてしまう。あらかじめ異議申し立ての回路が閉ざされているのである▼19。
第三に、権力によって意図的に利用されることが多い。二十世紀初頭にドイツ社会が危機にひんしたとき反ユダヤ主義が高揚した。この潮流はナチスによって意図的に増幅され、毒ガスによる大量のユダヤ人殺人がおこなわれた。同じことが関東大震災時の朝鮮人虐殺にもみられる。後述するスケープゴートによる秩序の安定化が政治権力者によって謀られる。リップマンの指摘するように、これらの現象は基本的に保守的な性質をもち、それゆえ保守的な政治勢力に利用されやすいのである▼20。
第四に、これらの諸現象は基本的に閉鎖的な集団に内在かつ遍在する権力作用であり、成員のだれもが被害者にも加害者にも傍観者にもなりうる。いいかえれば、権力者による上からの強制によってもたらされるというより、人びとの関係性から導かれるものであり、だれもがそれに加担しうる。もともと類型化作用には、たえずこのような権力作用がつきまとうのである。
第五に、しばしば予言の自己成就のメカニズムが作動する▼21。そもそも「差異」から「差別」がうまれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのであるが▼22、ひとたび「逸脱」の側に〈振り分け〉られてしまうと、アイデンティティの危機に適応するため、どんなに不当でもその社会的期待を受け入れざるをえない状況に追い込まれていく。「落ちこぼれ」「秀才」「非行少年」――呼ばれたものになっていくメカニズムが作動する。社会学者はこの現象を「予言の自己成就」と呼ぶが、犯罪・非行の文脈では「悪の劇化」(dramatization of evil)または「第二次逸脱」(secondary deviation)と呼んでいる。たとえば非行歴のある少年が悪者のレッテルを貼られたため就職などの合法的な再出発ができず、生きていくためにふたたび非合法な行為においこまれていくといった悪循環のプロセスをさす▼23。
▼1 いわゆる悪徳商法のおもな犠牲者は高齢者やひとり暮らしの中年女性だった。また誘拐事件の三分の二が子どもの誘拐である。
▼2 企業社会の文脈では女性という性役割も社会的弱者を構成するカテゴリーに入れなくてはならない。男女雇用機会均等法以後、徐々に改善されつつあるとはいえ残業・喫煙・接待などの職場慣行はあいかわらず男性中心だし、給料格差や昇進などの点で、多くの女性が差別待遇にある。さらに障害者雇用の点では、どの企業も遠くおよばないのが現状だ。障害者雇用促進法によると、民間企業では、障害者を従業員の一・六%以上雇用しなければならない。しかし一九九一年現在、雇用率は一・三二%にとどまり、とくに従業員千人以上の大企業の八二・一%が法定雇用率を満たしていない。『朝日新聞』一九九一年一〇月三一日付朝刊による。
▼3 いうまでもなく、経済的困窮と社会心理現象の両者は具体的な差別を媒介に密接に連動している。
▼4 現在では加熱滅菌されており、エイズ感染の心配はない。この事件の概要については、立花隆『同時代を撃つII情報ウォッチング』(講談社文庫一九九〇年)に収められた「血友病エイズ感染死は厚生省と業界の癒着が原因」参照。
▼5 スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』(みすず書房一九八二年)では、結核とガンを対比させながら、病気にまつわるさまざまなメタファーを論じている。ソンタグによると、病気は道徳的性格に適合する罰と考えられ、一種の懲罰的色彩をおびている。たとえば、ペストは道徳的汚染の結果であり、結核は病める自我の病気であるというように。このように病気にはさまざまな意味づけがなされてきた。しかし「病気とは隠喩などではなく、従って病気に対処するには――最も健康になるには――隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗すること」(六ページ)すなわち「非神話化」が必要だという。
▼6 T・M・ニューカム、森東吾・萬成博訳『社会心理学』(培風館一九五六年)二七二ぺージ。
▼7 13-1参照。
▼8 C・W・オルポート、原谷達夫・野村昭訳『偏見の心理』(培風館一九六一年)七ページ。
▼9 W・リップマン、掛川トミ子訳『世論(上)』(岩波文庫一九八七年)。
▼10 前掲訳書一一一ぺージ。
▼11 前掲訳書一二二ぺージ。
▼12 社会認識における類型化については5-1および9-2参照。
▼13 前掲訳書一三一-一三二ぺージ。
▼14 レイベリングについては6-2参照。
▼15 ハワード・S・ベッカー、村上直之訳『アウトサイダー――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)一七ページ。
▼16 この点については個々の差別の独自性を知ることが非常に重要である。もっとも広い視野から問題を整理したものとして、新泉社編集部編『現代日本の偏見と差別』(新泉社一九八一年)。この本で論じられているテーマはきわめて多岐にわたっている。目次によると、「女性」「老人」「在日朝鮮人」「アイヌ民族」「被差別部落」「沖縄」「原発地域」「社外工・下請工・パートタイマー」「宗教」「思想」「学歴」「夜間中学」「定時制高校」「養護学校」「障害者」「原爆被爆者」「公害病患者」が論じられている。本章では、差別現象を社会形式とりわけ権力形式のひとつとしてとりあつかい、形式社会学的に分析することに主眼があるので、詳細についてはこの本を参照されたい。
▼17 江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)六四ページによる。なお、この本に収められた論文「『差別の論理』とその批判――『差異』は『差別』の根拠ではない」は、社会学的な反差別論として熟読をおすすめしたい。
▼18 前掲書七八ページ。
▼19 前掲書所収の「からかいの政治学」参照。
▼20 露骨な利用を「フレームアップ」(frame up)[でっちあげ]という。代表的事例は十九世紀末のドレフュス事件である。この事件ではユダヤ人への偏見が利用された。アメリカの事例については、小此木真三郎『フレームアップ――アメリカをゆるがした四大事件』(岩波新書一九八三年)。
▼21 予言の自己成就については1-3参照。
▼22 江原由美子、前掲書八二ページ以下参照。
▼23 これらの概念については、大村英昭『新版非行の社会学』(世界思想社一九八九年)参照。
20-2 関係概念としてのスティグマ
スティグマとはなにか
以上のような社会(心理)現象の結果として、マージナルな側に振り分けられた人間に対してあらわれるのが「スティグマ」(stigma)である▼1。スティグマとは、望ましくないとか汚らわしいとして他人の蔑視と不信を受けるような属性と定義される。これは、ある属性にあたえられたマイナス・イメージと考えてよい。
スティグマは、もともとはギリシアで奴隷・犯罪人・謀反人であることを示す焼き印・肉体上の「しるし」のことで、汚れた者・忌むべき者というマイナスイメージが肉体上に烙印されたものである。のちにカトリック教会では、十字架上で死んだキリストの五つの傷と同じものが聖人=カリスマにあらわれるということから、「聖痕」の意味に転化した。このような由来をもつため西欧では日常語として使われている。とくに学術用語というわけではない。
スティグマとなりうる属性としては、病気・障害・老齢などの肉体的特徴、精神異常・投獄・麻薬常用・アル中・同性愛・失業・自殺企図・過激な政治運動などから推測される性格的特徴、人種・民族・宗教に関わる集団的特徴などがある。人びとは、スティグマのある人を対等にあつかわず差別し、多くは深い考えもなしにその人のライフチャンスをせばめている▼2。
現代日本における老い
スティグマの概念を現代日本の老いについて考えてみよう。
現代の日本では消費社会化が進行し、若者文化の影響力が大きくなってきた。そのため、若さというものに無条件の価値があたえられている。たとえば、広告において若さ志向でないものをさがすのはむずかしい。これに対して老いは否定的なことの側に位置づけられてしまう。他方、敬老の意識をもつ人びとにおいても、老人はあくまでも社会的弱者とみられている。これは〈老人イコール無能力〉ととらえるのにほぼ等しい。また法的には、一九六三年に制定された老人福祉法第二条に「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛されかつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする」とある。この一文からあきらかなように、日本の老人福祉は、あくまでも過去の能力と実績に対する報酬として敬老を受ける権利があるとしている。
いずれの考え方にせよ、現代の日本社会は、老いの意味を見失っているといえよう。その結果、老いは、すでに否定的な意味しかもたず、不幸の原因のひとつとなってしまっている。老人自身が老いを隠そうとし、そのために若さを装い、若さに近づこうとするのも無理ない話といえる▼3。
多くの老人が自分自身を無力でみじめな存在という否定的なものとしてイメージするのはなぜか。そんなふうに考えることないじゃないかと思うが、これには理由がある。それは、高齢者自身の自分をみる目が、若く充実した時期つまり三〇代・四〇代・五〇代のままだからである。かつて自分が否定的イメージを付与した存在に自分自身が移行していく経験――これが現代日本における老いの基本構造である▼4。
周囲の否定的な反応としてのスティグマ
とくに注目してほしいのは、老人本人が老いを否定的にとらえているということだ。これがスティグマという現象の実態にほかならない。
ゴッフマンによると、ある特定の特徴がスティグマを生むのではないという。たとえば、目や足が不自由なこと自体がスティグマなのではない。それに対する他者のステレオタイプな反応との関係がスティグマという現象なのである▼5。つまりスティグマの本質は「その人の特徴に対する否定的な周囲の反応」といっていいだろう▼6。だから、老一般が日本社会でスティグマになるのは、日本社会が老いの積極的意味をみいだせないでいるために、老いに対して周囲が否定的な反応しかできないことによるのである。
六つの「老人の神話」
アメリカの精神科医で、一九六九年に年齢差別・老人差別を意味する「エイジズム」(agism)を最初に使用した人として有名なロバート・バトラーは老いに対する六つの偏見を「非現実的な神話」として提示している▼7。
(1)加齢の神話――年をとると思考も運動も鈍くなり、過去に執着して変化を嫌うようになるという偏見。じっさいには個人差が大きい。
(2)非生産性の神話――老人は幼児のよう自己中心的で、生産的な仕事などできるはずがないという偏見。しかし、地域社会へ貢献していることは多い。
(3)離脱の神話――老人は職業生活や社交生活から離脱し、自分の世界に引きこもるものだという偏見。
(4)柔軟性欠如の神話――老人は変化に順応したり自分を変えたりできないという偏見。じっさいには、年齢よりも性格構造によって異なる。脳組織の損傷などがなければ、人間は最後まで成長しつづける。
(5)ボケの神話――老化するにつれてボケは避けられないという偏見。老人も若者と同じようにさまざまな感情体験をしている。たんなる物忘れとボケはちがう。ちなみにボケは病気であって出現率は数パーセントにすぎない。
(6)平穏の神話――老年期は一種のユートピアであるとみる偏見。しかし、じっさいには、たとえば配偶者との死別による悲しみのように、老人はどの世代よりストレスを経験しており、そのため、うつ状態・不安・心身症・被害感情をもつことがある。
ここでバトラーがいいたいのは、老いを一般化してはならないということ、老いの多様性を発見することがたいせつだということだ。老いに対する偏見やステレオタイプに気づき、積極的老人像の可能性をさぐり、社会全体が老いの積極的意味を認識するようにしなければならない。そうなってはじめて、老いはスティグマでなくなるのである。
▼1 アーヴィング・ゴッフマン、石黒毅訳『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ』(せりか書房一九八四年)。またスティグマ概念を社会福祉の領域に応用したものとして、P・スピッカー、西尾祐吾訳『スティグマと社会福祉』(誠信書房一九八七年)。
▼2 ゴッフマン、前掲書一四-一五ページ。
▼3 以上、副田義也「現代日本における老年観」『老いの発見2老いのパラダイム』(岩波書店一九八六年)による。
▼4 上野千鶴子「老人問題と老後問題の落差」前掲書、とくに一二七ページ以下による。
▼5 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ぺージ。だから、有名大学出身という特徴も「否定的な周囲の反応」のあるところではスティグマになる。たとえば、低学歴層の集まっている職場や住宅街では、落伍者・部外者のレッテルを貼られるもとになり、仲間と認めてもらえなくなるおそれがある。だからひた隠しにすることになる。だから有名大学出身という属性も、プラスイメージにもなればマイナスイメージにもなる。したがって、こういういい方もできるだろう。つまり、スティグマはだれにでもあり、それが一挙に表面化する状況がたまたま多いか少ないかなのだと。
▼6 スピッカー、前掲訳書。
▼7 岡堂哲雄『あたたかい家族』(講談社現代新書一九八六年)の紹介を参照。一七三-一七六ページ。
20-3 スケープゴート化
排除による秩序形成
本章ではこれまで、〈医療と福祉の対象となる人びと〉を具体的に苦しめている社会(心理)現象をそれぞれ概念化し、その形式的特徴について分析した。そしてスティグマが、それらの諸現象の結果として、対象にされた人びとの内面に生じる関係的現象であることを「老い」を例にとって考察してきた。それにしても、このような現象がなぜ平等を理念とする現代社会にも生じてくるのだろうか。今度は、このような諸現象を基底から支える社会のダイナミズムについて考えてみることにしたい。
偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の諸現象に一様にふくまれているファクターはなにか。それは項Aと項非Aを区別し、そのあいだに〈線引き〉し、項Aを〈排除〉しょうとする心性である。
〈A〉             〈非A〉
異常             正常
病気             健康
やくざ            かたぎ
非行・おちこぼれ      ふつう
犯罪者[前科者・その家族] 一般市民
障害者            健常者
女性・子ども         男性
異人             常人
異端             正統
これらのあいだに〈線引き〉し分断するさいに、生物学的な理由であるとか、歴史的な理由であるとか、もっともらしい理由が主張され、常識もこれを受け入れることが多いが、ほとんどあとでつけ加えられたものだ▼1。すでにのべたように、「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのである。そういう意味では、「まず排除ありき」という構造原理が、集団・共同体・社会そのものに内在していて、排除によってまとまっていくというメカニズムが存在すると考えられる。つまり、排除による統合である。このような社会のダイナミズムを「スケープゴート化」または「スケープゴーティング」(scapegoating)と呼ぶ。
スケープゴートというのは、平たくいえば「いけにえ」ということであるが、正確には「贖罪の山羊(やぎ)」と訳される本来は宗教用語である。ユダヤ教とキリスト教では、罪をあがなうために神に捧げられた犠牲の山羊――これがたとえばキリストの受難の意味となる――という観念をさしている。ひとりの預言者が集団の責任を一身に背負って、集団の危機を救うため犠牲になるという事態は、ユダヤ教やキリスト教などの宗教思想にとって必要不可欠なものである▼2。
じつは一般の社会関係においてもスケープゴート化は、危機を打開し、かつ秩序を形成するための有力な形式なのである。
たとえば、政治がらみや企業がらみの大きな事件が明るみにでると、内部事情にもっとも深く関与したスタッフが、事件のいっさいの汚点を背負って自殺するケースがある▼3。これによって、危機に頻した組織や集団の秩序が回復する。一件落着というわけだ。しかし、この場合は、スケープゴート化にはちがいないが、むしろその通俗的使用というべきであって、もっと社会なり共同体なりを全体として巻き込んでいくスケールでとらえるのが本筋である。そうなると、つぎのようなものが考えられる。
大量排除現象
スケープゴート現象の代表的なものは、なんといっても中世キリスト教世界における魔女狩りである。魔女狩りはヨーロッパの中世末期、ちょうどルネサンスのはじまりとともにさかんになり、一六〇〇年前後の一世紀にピークを迎えた。魔女と名指しされたきわめて多くの男女が拷問によって自白を強要され、異端審問官による魔女裁判によって、火あぶりの刑に処せられた▼4。
二十世紀になってからもあいついで大量排除現象が生じている。まずヒトラーのナチズムにおいてはユダヤ人が排除の対象とされ、アウシュビッツをはじめとする強制収容所に連行・監禁された上、毒ガス室で大量に殺害された。これを「ホロコースト」と呼ぶ。同じころソビエト共産党の実権を掌握したスターリンは、政敵やそれに連なる人びとをつぎつぎに「トロツキスト」「修正主義者」とレッテルを貼って連行し、シベリアの強制収容所に送って強制労働につかせたり、銃殺したりした。これを「粛清」という▼5。もちろん天皇制国家としての戦前の日本においても「国賊」「非国民」のレッテルが反戦主義者・社会主義者・宗教教団に貼られ、治安維持法や不敬罪によって徹底的に弾圧された。似たようなことは第二次世界大戦後のアメリカでもおこっている。「マッカーシズム」と呼ばれる「アカ狩り」[レッドパージ]がそれである▼6。
これらの現象は、集団内に存在する矛盾が、その内部の少数者に集中して転嫁される結果、少数者が集団の中心から排除され、集団の周縁に追いやられたり、集団暴力の対象となり、それによって集団全体が〈浄化〉され秩序を回復する、という共通の構図をもっている。したがって、排除された側に非はなく、むしろ排除した側に根深い問題があった。
近代日本の排除現象
このしくみは近代の日本を貰いて存在している。間庭充幸は日本的集団における包摂と排斥の構造を分析するなかで、さまざまなスケープゴート現象を指摘している▼7。そのなかから典型的なものを三件ひろってみよう。
村落共同体における「異人」――村や家の共同体にそぐわない人間[狂人]を「半ば自発的、半ば強制的に」外部[山]に排除し、恐ろしい「山女」「山人」として畏怖し神聖化する。あるいは村や家を調和を乱す奇異な現象およびその体現者[障害児や不倫の子あるいは利口すぎる子など]を「河童の子」「憑きもの」(たとえば狐憑き)「神隠し」などと称して抹殺したり一時的に排除した。この虚構により家族も納得できるのである。注目すべきは憑きものの場合、憑いた狐や狸が去れば当人は元通り共同体に復帰できるということだ。これは共同体の一種の知恵だった▼8。
企業城下町における「公害被害者」――一九六〇年代の高度経済成長期は同時に公害が極大化した時代だった。公害のひどかったのは当然のことながら企業城下町と呼ばれる地域である。しかし、企業城下町における公害患者はしばしば被害者であることさえ表明できない状況にあった。それは企業一家主義・組合家族主義・私生活優先主義が包摂の原理となっていたところで、その中心たる絶対的な企業に異議申し立てすることにほかならなかったからである。労働組合でさえ公害の拡大に目をつぶり、内部告発に走るものを「裏切り」として断罪し排斥した。たとえば水俣病の悲劇のひとつはここにあった▼9。
管理教育における「いじめられっ子」――管理教育の防衛策として子どもたちは自分を他者の行動に合わせてはみださないようにする。これを「同調競争」という▼10。同調競争は目的が空洞化しているため、他人の出方や位置によってしか自己を確認できない。ひとりひとりが等しく不安な状態におかれる。そこで、この不安から逃れるために、いちはやく他人の差異をみいだし排除しようとする。そうでなけけれれば自分がやられるという恐怖がそうさせるのである▼11。
また、赤坂憲雄はスケープゴーティングのケース・スタディともいうべき『排除の現象学』のなかで、一連のいじめ事件、横浜浮浪者襲撃事件、イエスの方舟事件、けやきの郷事件(自閉症者施設「けやきの郷・ひかりが丘学園」の建設計画に対して地元の鳩山ニュータウン住民による反対運動がおこり建設が断念された)、精神鑑定される通り魔などを分析している▼12。
強調しておきたいのは、これらの諸事例が、支配者が意識的に行使する強制力によって生じるのではなく、共同体・集団・社会そのものに内在する〈権力作用〉によるものだということだ。暴力の実体はなく、加担者は正義を語り、あくまでも自己防衛的である。この権力作用に内在しているときは、ほとんど存在感がないくらいナチュラルだが、ひとたび周辺に追い出されたり、抵抗しようとすると、その暴力的な圧力はときとして人を死に追いやるほど強い。「見えない権力」=権力作用の怖さは、じつはここにある。
ヴァルネラビリティと有徴性
では、どのような人がスケープゴートにされやすいのだろうか。さきほどの表記でいうと「項A」に追い込まれやすい特性はなんだろうか。人類学では、攻撃を招きやすい性格のことを「ヴァルネラビリティ」(vulnerability)という。「攻撃誘発性」とか「被撃性」と訳される概念である▼13。
なにが〈ヴァルネラブル〉か。少数であることか、それとも能力が低いことか、あるいは力が弱いからか-おそらく本質はそうではない。たとえば、いじめられた方になにか問題があると主張する議論があるが、それは「予言の自己成就」のメカニズムによって、いじめの結果つくられたことであって、原因と結果をとりちがえた転倒した論理である。「あきらかな差異の具現者が存在するから、いじめが起こるわけではない。むしろ、差異はあらかじめ存在するのではなく、そのつどあらたに発見され、つくられるのである。むろん、排除というたったひとつの現実にむけて▼14。」たとえば、いじめはむしろ差異のない均質な学校空間から生まれるのだ。
では、ヴァルネラビリティの基本要素はなにか。それは記号論の用語でいう「有徴性」である▼15。徴(しるし)のあるのが有徴、ないのが無徴である。この項の冒頭に示した「線引き」の一覧のなかで〈A〉としたのが有徴サイド、〈非A〉としたのが無徴サイドにあたる。つまり、有徴な項が析出して、それによってはじめてその他大勢が「〈それ〉でないもの」として定義される。「フツー」とはそういうものなのである。
ことわっておくが、ある特性だけがいつも有徴なのではない。状況によってなにが有徴となるかは異なる。たとえば、ゴッフマンがスティグマの例にだしているように、大卒という属性も、おかれている集団によってスティグマになる▼16。また、帰国子女がしばしばいじめの対象になり、差別されていると感じるのが英語の時間であることは、かれらが「生きた英語」を知っているという優越のためである▼17。また「女教師」「女医」ということばは、男性中心の教員の世界・医師の世界において女性が少数で有徴だったことを示している。そのため、これらのことばにおいて強調されるのは、もっぱら〈性〉の諸相である。
中間考察
まず、いわゆる「社会的弱者」にとって深刻な問題となる――ことわっておくが社会的弱者が問題なのではない――社会心理現象について四点指摘した。偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別。これらについてのさまざまな社会学的研究の一致した結論は、なにか客観的な根拠があって、これらが生まれてくるのではないということだ。「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定される。「まず排除ありき」なのである。
スティグマという概念についても同じことがいえる。「障害」や「過去」が直接スティグマなのではない。「障害」や「過去」に対する周囲の人びとの反応が、それらをスティグマにする。ここでも「受け手の反応」が意味を決定していることに気づくべきだ。しかも、それは「排除による統合」の社会的メカニズムにもとづいており、それをくつがえすのは容易ではない。
したがって、解決の方向性が「受け手の反応」を変えていくことにあるとしても、たんに意識改革をすればいいというものではない。スケープゴート化にかわる新しい社会形成の形式を自覚的に模索することが必要であろう▼18。
▼1 すでに健康と病気について論じたように、項〈A〉と項〈非A〉とは本来連続的かつ流動的かつ互換的である。5-2参照。それを無理に分断し、二項対立の構図に仕立てるところに、規格化を押しすすめる権力作用の存在をみることができる。なお、理由づけについては、現代社会では「医学的理由」がとくに正当性をもってきている。この傾向を「医療化」(medicalization)という。医療化の研究については、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)参照。スタンダードな入門書としては、I・イリイチ、金子嗣郎訳『脱病院化社会』(晶文社一九七九年)。
▼2 このあたりの宗教的意味を体感するにはJ・S・バッハの『マタイ受難曲』を聞いてみるのがてっとり早い。また受難の意味の追究については「苦難の神義論」として17-2でもふれた。
▼3 たとえば、「ダグラス・グラマン疑惑」では日商岩井の常務が自殺した。「リクルート事件」では竹下首相の元秘書[三〇年以上勤務]が自殺した。
▼4 数世紀にわたるこのスケープゴーティングの歴史の概要については、森島恒雄『魔女狩り』(岩波新書一九七〇年)。また古典的な研究としては、ミシュレ、篠田浩一郎訳『魔女』(上下・岩波文庫一九八三年)。
▼5 山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫一九七八年)。
▼6 R・H・ロービア、宮地健次郎訳『マッカーシズム』(岩波文庫一九八四年)。
▼7 間庭充幸『日本的集団の社会学――包摂と排斥の構造』(河出書房新社一九九〇年)。
▼8 前掲書六四-七二ページ。
▼9 前掲書一一三-一一八ぺージ。ここでも紹介されている対馬のイタイイタイ病のケースについては、鎌田慧『ドキュメント隠された公害――イタイイタイ病を追って』(ちくま文庫一九九一年)。
▼10 間庭充幸は「同調競争」についてつぎのように説明している。「普通同調と競争が結びつくというときは、同調すべき目的(金銭、地位、あるいは天皇への忠誠、何でもよい)があって同調し、さらにその目的に早く近づくために競争する。それはまさに目的内容を介しての同調的競争、競争的同調である。しかしそれがある限界を超えると、かんじんな目的が脱落してしまい、同調という行為(多数者)自体への同調や競争が発生する。ある目的に向かっての同調や競争とは別に、皆がある目的に志向すること自体が価値を帯び、それへの同調と競争が新たに生まれる。」前掲書五一ページ。昭和天皇の病状悪化による「自粛」行動は典型的な同調競争である。
▼11 前掲書一二七-一三八ページ。
▼12 赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。現在洋泉社版は絶版となり、かわりに新版がでている。『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)。『新編』では、旧版の冒頭におかれた大友克洋『童夢』の分析が除かれている。
▼13 山口昌男「ヴァルネラビリティについて――潜在的凶器としての『日常生活』」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。
▼14 赤坂憲雄、前掲書六〇ページ。
▼15 「有徴」「無徴」については、池上嘉彦『記号論への招待』(岩波新書一九八四年)一一七-一二〇ページ参照。
▼16 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ページ。
▼17 宮智宗七『帰国子女――逆カルチュア・ショック』(中公新書一九九〇年)一〇ページ以下ならびに一一四ページ以下。
▼18 この点で注目されるのが「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動形式である。また、理論的には、ハバーマスの「コミュニケーション行為の理論」や今田高俊の「自省社会論」などがオルタナティブな社会形成原理の探求として注目できる。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(上中下・未来社一九八五-八七年)。今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)。
増補
排除現象
民俗学の立場から排除現象について議論を積み上げてきた赤坂憲雄の本が文庫化されている。赤坂憲雄『異人論序説』(ちくま学芸文庫一九九四年)と、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)である。
いじめについては、森田洋司・清水賢二『新訂版 いじめ――教室の病い』(金子書房一九九四年)。ここで展開されている「いじめの四層構造」論は排除現象を考える上での基本モデルになりうると思う。レイベリングの問題を掘り下げた研究として、徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)と、徳岡秀雄『社会病理を考える』(世界思想社一九九七年)を加えておきたい。とくに後者は入門として最適。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚16消費社会論

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社会学感覚
16 消費社会論
16-1 文化現象としての消費
なぜ〈消費〉が社会学の問題なのか
これから三回にかけて文化の問題について考えていきたいと思う。「文化とはなにか」といった概念的な議論はひとまずタナ上げにしておいて、ここでは現代文化のいくつかの主要な局面に焦点を集めて「現代文化とはどのようなものか」という問題提起にかえたいと思う。その局面とは、第一に消費社会、第二に宗教、第三に音楽である。おそらく多くの読者がこのいずれかの文化領域に深く関わっているはずである。ここではディテールに深入りするのは禁欲して、むしろ全体的な構図すなわち現代文化の基本構図について理論的に考察していきたいと思う。文化を語る上で欠かせないディテールについては脚注の参考図書を参照してほしい。
さて、最初のテーマは「消費社会論」である。消費の間題が文化論の筆頭にくるというのにとまどう人がいるかもしれない。しかし、消費こそ現代文化の表層を理解する上で欠くことのできないキーワードなのである。
しかし、現代日本においていう「消費」は、伝統的な意味での消費ではない。かつての消費とは基本的に「必要なモノを買う」消費だった。旧ソ連の「行列」に典型的にみられるように、あるモノが欲しいのになかなか手に入らない、こういう状態を「稀少性」というが、こういう稀少性の支配する経済においては、消費は欲求の充足以外のなにものでもない。
ところが現代の日本のように、生産が増大し、基本的な欲求や必要を十分満たしてしまってモノがありあまる段階になると、消費のあり方は一変する。わたしたちは現在、生きていくのにどうしても必要な最低限のモノとかサービスだけを消費しているのではない。たとえば、クルマにしてもただ走ればいいというのではなく最新型でなければダメだという人が圧倒的に多くなった。たとえば、同じパソコンでも軽くて早いパソコン、同じ住むなら少々高くても東横線のようなイメージのいい私鉄沿線のマンション、外で食べるのならコダワリ屋のシェフのいるビストロの料理とか、絶対楽しい遊園地とか、友だちにさすがと思わせる大学とか、ちょっとオシャレなキャラクターグッズとか、仲間うちや雑誌で話題のコンサートとか、目を引くコマーシャルでなんとなく興味をひかれた新製品など、わたしたちは新しいモノ・軽いモノ・かわいいモノ・徹底的に演出されたサービス・自慢できる体験・ファッショナブルな空間などを選択的に消費している。
これらは、自己満足もふくめて、他者との関係における「意味」つまり「社会的意味」において消費されている。消費は、消費対象の表示する意味の消費――たとえば「自分らしさ」「リッチな気分」「ハイセンスな生活」――に転換している。それは経済合理的な行動というより、すぐれて文化的な行動である▼1。ここに社会学の出番がある。
物語消費
このような消費は先端的かつ典型的に子どもにあらわれる▼2。たとえば、一九七〇年代前半に爆発的にはやった「仮面ライダースナック」の場合、オマケのカードだけを目当てに買い集め、中身を捨ててしまう子どもが続出して社会問題化したことがあった。
最近では一九八七年から八八年にかけて爆発的なヒットになったロッテの「ビックリマンチョコレート」がある。大塚英志によると、この場合も子どもたちの目当てはオマケの「ビックリマンシール」にあり、れっきとしたチョコレートという商品にもかかわらず、チョコ本体は不要なモノとして捨てられた。この場合、チョコ本体はたんなる容器つまりメディアにすぎなくなっている。
ただ「仮面ライダースナック」とちがって「ビックリマン」の場合、最初にアニメやコミックがあったわけではなく、チョコ自体がオリジナルだった点で、非常に現代的である。大塚英志によると、「ビックリマン」のしかけはつぎのようになっているという。
「シールには一枚につき一人のキャラクターが描かれ、その裏面には表に描かれたキャラクターについての『悪魔界のうわさ』と題される短い情報が記入されている。この情報は一つでは単なるノイズでしかないが、いくつかを集め組み合わせると、漠然とした〈小さな物語〉――キャラクターAとBの抗争、CのDに対する裏切りといった類の――が見えてくる。予想だにしなかった〈物語〉の出現をきっかけに子供たちのコレクションは加速する。さらに、これらの〈小さな物語〉を積分していくと、神話的叙事詩を連想させる〈大きな物語〉が出現する。消費者である子供たちは、この〈大きな物語〉に魅了され、チョコレートを買い続けることで、これにアクセスしようとする▼3。」これを大塚英志は「物語消費」と名づける。このように消費は、とっくの昔に単純に「必要なモノを買うこと」でなくなっているばかりか、消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう傾向さえ生みだしているのである。
▼1 この点については、清水克雄『ゆらぎ社会の構図』(TBSブリタニカ一九八六年)がていねいに説明している。
▼2 以下の記述は、大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)による。
▼3 前掲書一二-一三ページ。
▼4 前掲書二四ページ。したがって、利益追求のために企業が商品に付加価値をつけて消費者をあおっているといった資本陰謀説的な見方は、現代的消費の一面しかとらえていないことを銘記すべきである。なお、大塚英志は「消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう」事例として、ゲームソフトの攻略法やゲーム世界のマップ作り、「キャプテン翼」同人誌をはじめとするコミケット(いわゆる「おたく」の発祥地)などをあげている。
16-2 記号消費の時代
ボードリヤールの消費社会論
消費をキーワードにして現代社会をみるようになったのは――つまり経済界やマスコミで頻繁に使われるようになったのは――この十年ほどにすぎないが、社会学ではすでに二十年ほど前から「記号消費」と呼んで、消費現象の特殊現代的な局面を分析してきた。しかも、消費現象はそれにとどまらず現代社会の構成原理のひとつとなっていると認識するところから「消費社会論」が提唱されている。その新たなスタートラインとなったのは一九七〇年に発表されたジャン・ボードリヤールの『消費社会――その神話と構造』[邦訳名『消費社会の神話と構造』]だった▼1。ボードリヤールの消費概念の要点はつぎの三点に集約される▼2。用語の説明と現代的事例をくわえて、その骨子を紹介しよう。
(1)消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。
(2)消費はもはや個人や集団の単なる権威づけの機能ではない。
(3)消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される。
消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない
第一点について。モノの仕組みや技術的加工という点では、自然科学や技術の領域の話である。しかし、モノがひとたび商品となると、モノはたんなるモノではなくて、なんらかの価値の備わったモノとなる。さらに消費社会におけるモノは、たんに価値あるモノにとどまらず、なんらかの社会的意味をもつ「記号」になっている。たとえば「洗濯機は道具として用いられるとともに、幸福や威信などの要素としての役割を演じている。後者こそは消費の固有な領域である▼3。」いささか古い例だが、「洗濯機」の個所に「RV」や「インテリア」を代入してみればいい。かんたんに図式化してみよう。
自然的世界におけるモノ=物質
経済的世界におけるモノ=物質+使用価値
消費社会におけるモノ=物質+使用価値+社会的意味→記号
たとえば、自動車そのものは科学技術によって変形加工された物質である。それが市場にでると、一定の貨幣と交換できる商品となる。それはすわったまま何十キロも高速で移動できる機能をもったモノである。高速移動という機能は、自動車の「使用価値」である。たとえば、電卓は計算ができる機能をもっていて、それが電卓の「使用価値」である。冷蔵庫は食品を冷蔵して保存する機能をもっていて、それが冷蔵庫の「使用価値」である。
でも、多くの人はだだ高速移動するだけで車を買うのではない。まだまだ走れる車でも、モデルチェンジがあったり、トレンドが変わったりすると、車検の切り替えを機にきわめて多くの人が車を中古にだして新車に乗り換える。ちょっと古い話で恐縮だが、たとえばオフホワイトのボディが主流になったり、BMWがヤンエグ風ステイタスを表したり、限定生産車が人気を博したり――最近はRVというところか――この場合、新車は明らかに本来の使用価値を超えた〈なにものか〉である。
この超えている要素が、社会的な意味づけにほかならない。勲章や金メダルがなんの使用価値もないのに、人びとが必死に追い求め、また賞賛するのは、その物質にポジティブな社会的意味が付与されているからで、それと同じ構造である。消費社会の大きな特徴は、それが特殊な商品だけでなく、あらゆる商品――このなかにはモノだけでなくサービスも入る――に、こうした社会的意味が備わっているということである。
以上のような意味で、現代の消費は、たんにモノの使用価値を自分のものにすることにとどまらず、「記号消費」という性格の強いものになっている。
消費はもはや個人や集団の権威づけの機能だけではない
高価なモノの消費や、役にたたないモノの消費、つまり浪費が、社会的なステイタスを高めるということはよく知られている。じつはこれは現代社会特有の現象ではない。その代表的なのが、マルセル・モスが紹介した「ポトラッチ」と呼ばれる、北アメリカ・インディアンの儀礼的な贈与の風習だ。食物や貴重な財産をふんだんに消費することによって気前の良さを示す。消費すればするほど威信が高まり、競争的におこなわれる▼4。また、ヴェブレンが「誇示的消費」(conspicuous consumption)と呼んだ、有閑階級(leisure class)特有の消費の仕方も同様である。すなわち豪華な供宴や邸宅・庭園・スポーツ・高級な趣味などは有閑階級の客観的証明の機能を果たす。大学の古典研究と一般教養科目の重視もその一環である▼5。
ところが、現代の消費は、もちろんこうした「誇示的消費」という要素はあるけれども、特定の階級に限定されるのではなく、社会全体のあり方に深く関わっており、むしろ無意識なレベルで、しかも構造的であるところに特徴がある。「もっと自分らしいモノ」「もっと個性的なモノ」「もっとオリジナルなモノ」というように、「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団への帰属を示すために、あるいはより高い地位の集団をめざして自己の集団から抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している▼6。」つまり「個性化/差異化」という構造的論理が存在し、それが生産のシステムと連動しているところに、現代を「消費社会」ととらえる理由がある▼7。
消費は言語活動である
自分を他者と区別する記号としてモノを消費する、記号としてのモノ、ということは、とりもなおなず、消費が一種の言語活動、すなわち一種のコミュニケーションであることを示している。
そのさい重要なのは、モノにまつわる意味である。この意味はそれぞれのコードにもとづいて意味づけされている。たとえば、九〇年代前半において四駆は、営林署の業務用自動車といった古いコードのなかで意味づけられているのではなく、都市型のアウトドア的ライフスタイルのコードにおいて意味づけられている。コミュニケーションとしての記号消費によって自己を効果的に個性化=差異化するためには、このように変動する意味づけのコードをたえず学習しなければならない。ボードリヤールはこれを「日常的ルシクラージュ(再教育・再学習)」(recyclage)と呼ぶ▼8。「消費社会、それはまた消費の仕方を学習する社会、消費についての社会的訓練をする社会でもある」というわけだ▼9。
最新の情報をキャッチし、シーズンごとにファッションをとりかえ、車検のたびに新車に乗り換えることは、消費社会の市民の義務である▼10。そして、このようなコードのレベルでの競争的協同を無意識的に受け入れるよう諸個人を訓練することによって、つまり人びとをゲームの規則に参加させることによって、消費は社会統合をひきうけるイデオロギーの役割を果たすとボードリヤールはいう▼11。
すでに紹介した大塚英志は「ビックリマンチョコ」を買う子どもたちを考古学者や歴史学者にたとえている▼12。今日「買い物は学問に似ている」というべきなのである▼13。このような日常的な再学習すなわちルシクラージュの達人をわたしたちは「高感度人間」とか「感性エリート」などと呼ぶ▼14。かれらは、消費社会における意味づけのコードを察知し変更し創造するナビゲーターである。
このような先端的な人でなくても、消費が組織原理となった社会においては、多くの人びとにとって消費は「商品との対話を通じた一種の自己探求の行動」となっている▼15。人びとは、ファッションはもちろん、インテリアや「こだわりグッズ」など、コミュニケーションとして消費を操作することによって、アイデンティティの微調整をおこなう。上野千鶴子はそれを「〈私〉探しゲーム」と呼んだことがある▼16。消費者は消費によって一種のアイデンティティ操作をおこなうのである。これがアイデンティティ形成の新しい形といえそうである。
▼1 ジャン・ボードリヤール、今村仁司・塚原史訳『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店一九七九年)。
▼2 前掲訳書一二一ページ。
▼3 前掲訳書九三ページ。
▼4 マルセル・モース「贈与論」有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学I』(弘文堂一九七三年)。
▼5 ヴェブレン、小原敬士訳『有閑階級の理論』(岩波文庫一九六一年)。最近は「見せびらかしの消費」と訳されることも多い。
▼6 ボードリヤール、前掲訳書六八ページ。
▼7 この場合、人びとの消費への欲求には限界がない。つまり「欲求とはけっしてある特定のモノヘの欲求ではなくて、差異への欲求(社会的な意味への欲望)であることを認めるなら、完全な満足などというものは存在しない」ということになる。ボードリヤール、前掲訳書九五ページ。
▼8 前掲訳書一一四ページ。社会学を勉強しようと思わない人でも、せっせと雑誌を買っていつも学習をおこたらない分野をもっているものである。それは、たとえばクルマであり、オーディオであり、ファッションであり、スポーツであり、インテリアであり、自然食品、コンサート情報であったりする。それぞれが、好きな領域についてルシクラージュしているわけだ。
▼9 前掲訳書一〇一ページ。
▼10 前掲訳書一三五ページ。
▼11 前掲訳書一二三ページ。
▼12 大塚英志、前掲書五一ページ。
▼13 高田公理『都市を遊ぶ』(講談社現代新書一九八六年)九〇ページ以下。
▼14 このような人たちについてのすぐれた分析として、成田康昭『「高感度人間」を解読する』(講談社現代新書一九八六年)。
▼15 山崎正和『柔らかい個人主義の誕生――消費社会の美学』(中公文庫一九八七年)九七ページ。
▼16 上野千鶴子『〈私〉探しゲーム――欲望私民社会論』(筑摩書房一九八七年)。
16-3 記号論的解読-シニフィエとシニフィアン
記号論とはなにか
消費社会においてモノは一種の記号として消費される。〒というタテ一本ヨコ二本の線分の組み合わせが「郵便局」という社会的意味を表すように、たとえば4WDはハイクラスでアウトドアっぽいライフスタイルを表示しているのだ。
このようにあらゆるモノが記号性において消費されるということが、とりもなおなず消費社会の大きな特質である。ボードリヤールの表現をかりると、現代人の消費は「財とサービスの使用価値の個人的取得の論理」ではなく「社会的シニフィアン(意味をもつもの)の生産および操作の論理」にしたがっておこなわれる▼1。
さて、ここで「シニフィアン」ということばがでてきたが、前節の話を位置づける上で基礎となることばであるから、構図がつかめるよう説明しておこう。
言語学の新しい段階を築いたソシュールという言語学者がいる。ソシュールは二十世紀初頭の講義のなかで「記号論」または「記号学」という学問を提唱し、これが隔世遺伝のように戦後の社会学や人類学や精神分析学や思想に大きな影響をあたえることになる。この影響はとりわけフランスで大きく、ボードリヤールもその影響のもとに、記号論の用語を駆使して消費社会を分析したわけである▼2。
シニフィアンとシニフィエ
さて記号論によると、記号[シーニュ](signe)はふたつの要素に分けられる。「意味するもの」[シニフィアン]と「意味されるもの」[シニフィエ]である。シニフィアン(signifiant)は記号の形態のことである。といっても言語のことばかりではない。しぐさをはじめとして音楽・絵画・映画・テレビ・ファッション・建築・機械・道具などあらゆる文化現象がシニフィアンたりうる。
それに対してシニフィエ(signifie)とは記号の意味であり概念内容のことである。たとえば一枚の白地の布の中央に赤い円が染められていれば、それがシニフィアンであり、これを「日の丸」と呼び「日本国の国旗である」とすれば、それがシニフィエである。しかし、それが「旧日本帝国」を象徴するものと感じる場合、それはもうひとつのシニフィエである。「国旗」という表層の意味を「デノテーション」(denotation)といい、「旧日本帝国」という深層の意味を「コノテーション」(conotation)という。前者を「外示的意義」もしくは「明示的意味」と訳し、後者を「内示的意義」もしくは「伴示的意味」と訳す▼3。
記号としての商品
商品としてのモノも記号としてシニフィアンとシニフィエがある。シニフィアンは、素材を一定の技術とデザインによって構成したモノである。一方、シニフィエのうちデノテーションは使用価値である。家具であれば収納能力であり、自動車であれば走行能力だ。他方、コノテーションはその商品がかもしだす新しさでありオシャレなライフスタイルであり個性やクラスなどの社会的・文化的意味である。それはほとんど気分のようなものである。売る側からいえば、これが「商品コンセプト」ということになる。
広告の機能
コノテーションはたいへんうつろいやすいものだ。濃淡もあれば分布の片寄りもある。それを意図的にはっきりと定義する、あるいはもっと巧妙に、コードそのものを定義するのが広告の役割である。そのようなコードを二項対立図式としてあらわすと、たとえば〈トレンディ・新鮮-古くさい〉〈ヤング-アダルト〉〈モダン-トラディショナル〉〈洗練-下品〉〈本物-まがいもの・コピー〉〈おもしろい-平凡〉〈アウトドア・スポーティ-おたくっぽい〉〈多機能-シンプル〉〈ハイクラス-カジュアル〉〈ナチュラル-わざとらしい〉〈オシャレ-ダサイ〉〈プロフェッショナル-シロウトくさい〉〈プレーン-凝った〉〈エスニック-モダン〉〈環境にやさしい・エコロジカル-化学的汚染〉といったことである。かならずしも反対概念でないものが対概念になっているところがミソであるが、これらのさまざまな差異化コードを広告は操作的に定義しようとするのである▼5。
記号としての広告作品は、コピーと映像などをシニフィアンとし、練り上げられた広告コンセプトをシニフィエとする。デノテーションは商品情報、コノテーションは感性イメージである。この感性イメージを集積していくことによって、差異化のコードをつくりあげていくわけだ▼6。
差異化のコード
こうした記号論的解読によって、ことばだけではなくて、さまざまなモノや文化現象を統一的に分析できるようになった。とくに問題なのは、すでに明らかなようにシニフィエのうちのコノテーションである。
このコノテーションは絶対的なものではない。そのつど拘束力はあるが、うつろいやすく、いつでも変わりうるものだ。コノテーションを決めるのは社会的あるいは文化的なコードである。コードとは規則のことであるが、文法といってもいい。つまり、無意識に了解され慣習化された規則=文法のようなものである。
この差異化の社会的コードを左右するのは、広い意味での教養でありマス・コミュニケーションであり消費社会全体であって、個人では勝手に左右することはできない。その意味で完全に社会によって規定されているといってよい。もし、このコードを変更したいと思えば、かなり潤沢な資金と周到な準備によってキャンペーンを張らなければならない。この消費社会において広告が過剰なほどに生産されるのは、この社会的コードをクライアントにとって都合の良い方向に修正するためであるし、イメージ広告とか文化事業がクライアントにとってプラスになるのは、それがシニフィエとくにコノテーションのコード自体に作用するからである。
最近、このようなコードの変更に成功したのは「競馬」である。競馬に行くという消費行為がオシャレかなと思えるようになったのは最近のことだ。しかし、このコードの転換には、長年にわたる中央競馬会(現在のJRA)側の努力があったわけだし、それが実るためには、「お嬢様ブーム」とか「おやじギャルブーム」とか「若い女性のゴルフブーム」などを経なければならなかった。つまり、これらのブームが促進した「ファッショナブルな領域の拡大化」とか「若い女性にとってタブーな場所への進出」とか「トラディショナルな領域の再評価」というコードの変化があって、ギャンブルのファッション化・ギャンブルの情報ゲーム化がはじめて可能になったと考えられる。ただキャンペーンとか広告すればすむというわけにはいかないのである▼7。
たとえば、主婦向けに販売されたスクーターが意外にも若者にはやったり、パソコン使用者の二台目のパーソナル・ユースをターゲットにした「ダイナブック」にはじまるノートブックパソコンが、ワープロにあきたらなくなったパソコン未経験者に受け入れられたりすることがある。このように、メーカーの想定したユーザー像と異なる人びとに受け入れられることは多い。つまり、消費者側でコードが変更される現象がしばしば生じる。その意味で広告万能論は適切ではない。送り手・受け手の共犯――社会学的にいうと「相互作用」――によって差異化のコードは定義され修正されると考えるべきだろう。
ただ、ボードリヤールのいうように、「広告はモノを出来事(イベント)にしてしまう」作用があり▼8、しかも「メッセージを解読しつつ、メッセージが組みこまれているコードヘの自動的同化を強制されている」点で、強力な機能を果たしていることはたしかであろう▼9。いずれにしても、広告の場合、内容が真実か誇大かどうかはあまり問題ではないといえる▼10。
▼1 ボードリヤール、前掲訳書、六七ページ。
▼2 フランスの記号論研究のメインストリームをつくったのはロラン・バルトであり、かれの業績なしに消費社会論の展開はなかっただろう。代表的な著作としてロラン・バルト、佐藤信夫訳『モードの体系』(みすず書房一九七二年)。
▼3 記号論のスタンダードな解説としては、ギロー、佐藤信夫訳『記号論』(クセジュ文庫一九七二年)。またわかりやすい入門書として、星野克美『消費の記号論――文化の逆転現象を解く』(講談社現代新書一九八五年)。この本は本節を組み立てるにあたり参照したが、そのわかりやすい説明と現代的展開には学ぶことが多かった。
▼4 前掲書。
▼5 以上の二項対立図式のうち、一方だけがプラスとみなされるとはかぎらない。たとえば、多機能志向とシンプル志向は、いずれもそれなりの層にプラスと位置づけられている。なお、これらのうち、時系列的に差異化しようとするトレンディ志向は、一九六〇年代後半の対抗文化[カウンター・カルチャー]の爆発以来ずっと消費社会の底流をなしている「ナウ」志向のひとつの現象形態である。稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)。稲増龍夫『フリッパーズ・テレビ――TV文化の近未来形』(筑摩書房一九九一年)。短く要点をついたものとして、稲増龍夫「『トレンド』という名の『個性化』ゲーム」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。また、消費者のさまざまな志向性を細かく分析したものの一例として、少し古いが、電通マーケティング戦略研究会編『感性消費 理性消費――消費市場のニュートレンドをつかめ』(日本経済新聞社一九八五年)を参照のこと。
▼6 星野克美、前掲書。
▼7 もちろん、このほかに「武豊ブーム」による騎手のアイドル化と、動物による競技である点、それにくわえて「オグリキャップ人気」などがプラスに作用したことはまちがいない。それは競艇とくらべてみれば一目瞭然である。
▼8 ボードリヤール、前掲訳書一八三ぺージ。
▼9 前掲訳書一八○ページ。
▼10 広告の記号論的解読についてくわしく知りたい場合は、ジリアン・ダイヤー、佐藤毅監訳『広告コミュニケーション――広告現象を解読する』(紀伊國屋書店一九八五年)。
16-4 都市の劇場空間化
都市空間の記号性
このようにみてくると、空間でさえ記号性を帯びているということは、容易に想像できる。日本も成熟した消費社会になって、建築物や都市計画なども機能一点張りでは立ちゆかなくなってきた。建築学の分野でポストモダンといわれる運動がさかんなのも、機能的なデノテーションよりも、意味的なコノテーションの方が重要な課題になってきたからである。
消費社会でなくても都市空間がその記号性をあらわに示すときはある。たとえば中世のかけ込み寺は、いったんそこに逃げこめば、すべての関係から自由でいられる。罪人や離婚希望の女性たちはそこに逃げこんでこの世の〈縁〉を切ったのである。これを「無縁」という▼1。西欧でも教会がこの役目を果たしている。たとえばポーランドの「連帯」が非合法化されたとき、運動家たちは警察の手から逃れるためにしばしば教会に逃げこんだ。教会のなかまでは警察は立ち入ることができなかったからだ。このような場所を「アジール」(聖域・避難所)という。
このように、かつて都市空間に記号性をあたえたのは宗教だった。これは今日でもある程度は該当することだろう。東京近郊の老人にとっての巣鴨の「とげぬき地蔵」のにぎわいや、かつてロラン・バルトが「空虚な中心」と名づけたシンボリックな空間としての皇居――超一等地にあるのにだれも開発しようとはいわない――などはこの線で理解できるし、祭によって身近な場所が祝祭空間として出現する場合もやはり宗教性が関係している。
しかし、今日、都心周辺および地方の十代にとって「竹下通り」「代々木公園」「渋谷」の意味、中年女性にとっての「デパート」や「美術館」のもつ意味、多くの若い女性にとっての「東京ディズニーランド」や「六本木」「青山」「代官山」の意味を考えるまでもなく、あきらかに現代都市空間の記号性は、宗教とはまったく無縁な新しい記号性である。その新しさを一言でいうと、演技のメディアとして都市空間が利用されているということだ。つまり、都市空間の〈劇場空間〉化である▼2。
〈舞台=劇場空間〉としての都市空間の演出
たんなる入場者を「ゲスト」としてあつかうディズニーランドとその舞浜周辺のシティホテルは、典型的な劇場空間としてデザインされている。また、ディスコやフリースペースのコンセプトづくりから内装や仕掛けなどをデザインする空間プロデューサーといわれる人たちは、そのスペースを劇場空間としてシニフィエを付加する▼3。デパートが美術館を整備し、そこでちょっとマイナーな知る人ぞ知るといった類のアーティストの展覧会をしたりミニ劇場を設置するのも、ひとえに記号性を高める工夫である。デパートの場合、高級品志向がコンセプトの中心となるので、ヨーロッパ的伝統文化や教養を差異化のコードとして採用することが多かった▼4。また昨今は祭やイベントがさかんに開催され、一方ではシティマラソンが企画されて、都市そのものが広告媒体となる場合もある。
さらに、こうした店舗の内部だけでなく、外部の街そのものを劇場空間化する試みもしばしばなされる。その最初の試みは、いまのセゾングループによる「渋谷パルコ」の試みである▼5。「渋谷パルコ」が開店したのは一九七三年、ちょうど本書の多くの読者が生まれたころである。日本が本格的な消費社会へ離陸するのも、このころである。
渋谷駅から五〇〇メートルも離れた、しかも街はずれの坂道上にある貸しビル業「パルコ」がしたことは、パルコそのものをホテルのような劇場空間にするとともに、パルコヘアブローチできる付近の路地・坂道の活性化、つまり路地や坂道に「絵に描いたような」名前をつけ整備して新たな名所にしてしまうことだった。まず、かつて「区役所通り」と呼ばれていた通りを「公園通り」に変えた。「公園通り」の「公園」とは「パルコ」[イタリア語]のことであり、歩道を広げ街灯を取りつけ、ストリート全体を整備し続け、特殊な都市空間=劇場空間を演出した。パルコのオープニング・キャンペーンのコピーは「すれちがう人が美しい――渋谷=公園通り」だったが、ねらいは明確に「劇場空間化」にあったといえる。
このほかスペイン通りやオルガン坂・サンドイッチロード・アクターズストリートなどがそれぞれ記号性を変えて演出される。さらに有料駐車場や建設工事中の仕切の壁にウォールペイントを採用するといった、たんなる野外広告を越えた芸の細かい演出がとぎれることなくなされた。
記号性を帯びた空間は、必然的にそこを通る人びとを〈演技者〉にする。見るだけでなく見られる場所。そこは「ファッションを売る場所」であるだけでなく、「ファッションを着ていく場所」でもあるのだ。視線の交わしあい=まなざしの交錯が快感である人は何度もそこを訪れるだろうし、それが不快な人(見方を変えれば、場ちがいな人)はそこを避けるだろう▼6。現代の都市生活とは、TPOにあわせて空間選択することだから、そこは本当にパルコの望むファッショナブルな人たちとその予備軍(つまり子どもたち)だけの場所になる。高感度な人間が集まれば、おのずと記号性すなわちコノテーションの自律的運動がはじまる▼7。
こうして現代型都市空間は〈演じる〉場として特権的に存在するようになる▼8。この役割演技=パフォーマンスはどのような性質をもつのか、吉見俊哉はつぎのように分析している。「そこでは〈演じる〉こと自体のなかで演じる者の個性が発見されていくのではなく、すでにその意味を予定された『個性』を〈演じる〉ことによって確認していくという意味で、〈演じる〉ことはアリバイ的である。一方では、演じる主体としての『私』が個別化された私生活のなかに保護され、他方では、演じられる対象としての私の『個性』が都市の提供する舞台装置や台本によって保証される、そうした二重の機制が、人びとの関係性を様々な生活場面で媒介していくために、ひとは、『個性』を選択することが個性的であることを証明し、『私の世界』をもっことが自己のアイデンティティを証明することでもあるかのように感覚していくのだ▼9。」消費社会の自我像は、たしかにこのような特質をもつものかもしれない。
物語マーケティング/シーン消費
劇場空間化はいまやマーケティング戦略の基本となり、都市再開発の定番にすらなった観があるが、劇場空間化の延長上にあるものとして「物語マーケティング」に注目しておきたい▼10。福田敏彦によると、「物語マーケティング」は、たとえば、テレビゲームのRPG(ロールプレイングゲーム)のように直接物語を売るもの、「ビックリマンチョコ」のように背景に物語が潜んでいるもの、サンリオなどのキャラクター商品、ビール「冬物語」のようにネーミングで物語を使用したもの、からくり時計のようにプロダクトデザインが物語性をもつものなどがすでに人気を集めたが、「東京ディズニーランド」や「サンリオピューロランド」のようなテーマパーク、物語性をもった店舗空間、おなじみの物語型広告などがある▼11。これらは結局、現代型消費に見合った売り方のひとつの方向であろうが、じっさいニュースでさえ一種の物語消費的な色彩で受容される今日▼12、しばらくは〈物語〉の線上で展開されると思われる▼13。今後の動向を見守っていきたい。
▼1 網野善彦『増補 無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和』(平凡社選書一九八七年)。
▼2 星野克美、前掲書。
▼3 大塚英志、前掲書五三ページ以下。
▼4 デパートのこの側面については、上野千鶴子、前掲書「VI百貨店――都市空間の記号学」がおもしろい。
▼5 増田通二監修、アクロス編集室編著『パルコの宣伝戦略』(PARCO出版一九八四年)。
▼6 この戦略をマーケティングでは「セグメンテーション」という。
▼7 現在では、本家の西武とくにロフト付近や丸井、そしてもともと渋谷が地元の東急ブンカムラによって、渋谷はかなりまんべんなく人びとの循環するめぐりのよい街になっている。博報堂生活総合研究所『タウン・ウォッチング――時代の「空気」を街から読む』(PHP研究所一九八五年)。ちなみにこの本によると、カメラの新宿西口とかスキーのお茶の水などでは、若い人たちはほとんど循環しないでまっすぐお店に行ってまっすぐ帰ってくるという動脈型の流れになっていて、人びとの滞在時間も短い。ここでは特定の店、特定の商品にポイントがあるにすぎず、街全体にあるわけではない。ということは街全体は潤わないということだ。その点、路地裏や街はずれまで若者が循環する渋谷は、滞在時間が長く、結局商売になる。
▼8 この場合の「現代型都市空間」とは、基本的に「原宿・青山・渋谷のつくる空間的な三極構造」を理念型にしている。中野収「増殖する都市――多元的宇宙・東京」『現代思想』一九八三年七月号。すなわち、極度の人工性を特徴とする「意味ベクトルが零になる空間」である。中野収『東京現象』(リクルート出版一九八九年)一六-三五ページ。
▼9 吉見俊哉『都市のドラマトゥルギ――東京・盛り場の社会史』(弘文堂一九八七年)三四八-三四九ページ。
▼10 福田敏彦『物語マーケティング』(竹内書房新社一九九〇年)。福田は社会学出身の電通ディレクター。なお、これより広い概念として「シーン消費」が数年前に提案されている。「シーン消費」とは、商品が、それを使用するシーンとTPOごと消費者に選択される事態をさす。電通マーケティング戦略研究会編、前掲書参照。
▼11 福田敏彦、前掲書二九-五九ページ。
▼12 山口昌男は、ニュースが物語性を前提とし、しかも物語をはみだす部分が新しいモノとして差異化され消費されるとのべている。山口昌男『流行論』(朝日出版社一九八四年)五一-五五ページ。
▼13 大塚英志は、生産者たる「常民」に対して、消費者たる「少女」を対置して、その独特の文化の生態をこまかく描いているが、そのなかで宗教的なものへの傾斜を指摘しているのが興味深い。大塚英志『少女民俗学――世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(カッパサイエンス一九八九年)。たしかに物語消費のさらなる延長線上にあるのは宗教なのである。大塚英志『物語消費論』二〇五-二一八ぺージ参照。
増補
消費社会の変容
この分野、九〇年代になって研究も冷え込んでいる。しかしマーケティング系の議論が静かになった分、冷静に社会学的研究ができるようになったといえなくもない。
八〇年代までの消費社会をまとめたものとして、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)、宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)。とくに後の本はマニアックなので、ある程度素材に精通していないと読破はむりかもしれない。文化研究は素材に精通することが第一条件である。
九〇年代の消費社会の変容に焦点を絞ったものとしては、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)と、宮台真司『世紀末の作法――終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』(メディアファクトリー一九九七年)をあげておきたい。CM論については、内田隆三『テレビCMを読み解く』(講談社現代新書一九九七年)が高度な議論を展開している。消費社会をマクロに現代社会論のなかに位置づけなおしたものとしては、見田宗介『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書一九九六年)。
サブカルチャーの内在的理解のために
社会学者は消費文化として総括してしまうけれども、文化現象はそれぞれ奥が深いものであり、ディテールに分け入ってみて初めて内実を理解できるものである。したがって、この種の研究には大量のモノグラフ的な資料にあたる必要がある。それができないときは、それぞれの世界を生きてきた人たちの自己分析に謙虚に耳を傾けていくべきだろう。
そのようなものとして、コミック系では夏目房之介の仕事に注目してほしい。たとえば、夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか――その表現と文法』(NHKライブラリー一九九七年)。ペンによっていかに表情が変わるか、コマ構成の文法、「オノマトペ」の効果など、マンガ表現の内在的ロジックにふれることができる。
アニメやゲームなどのいわゆる「オタク文化」については岡田斗司夫の一連の仕事が有名。岡田斗司夫『オタク学入門』(太田出版一九九六年)と岡田斗司夫『東大オタク学講座』(講談社一九九七年)。該博な知識に圧倒される。
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4月 12017

社会学感覚12ジャーナリズム論

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社会学感覚
12 ジャーナリズム論
12-1 ジャーナリズムの理念と「知る権利」
マスコミとジャーナリズム
一般に「マスコミ」と「ジャーナリズム」は同じものをさすことばとして使われている。しかし、それらはいずれも「マス・メディア」というべきであって、これらの基本用語が正確に区別されていないために、なかなか有効な議論が成立しにくい状況にある。とくに最近はもっぱら「情報」という用語で議論されることが多く、その分「ジャーナリズム」という用語そのものが使われなくなる傾向がある▼1。このあたりから再確認していこう。
まず、「マス・コミュニケーション」は〈現実〉をさすことばである。それに対して「ジャーナリズム」は原則として〈理念〉をさすことばと思ってもらいたい。〈理念〉とは「こうあるべきだ」という思想のことである。
現代社会には、利害ではなく特定の理念によって構成される社会領域がある。たとえば、法律・教育・医療・福祉・アカデミズムなどの社会領域は、それぞれ独自の理念をもち、それを中心に制度化されている。そこで働く人びとは、そうした理念にもとづいて活動する。むろん現実はさまざまな利害によって侵食され、理念が形骸化していることもあろう。しかし、それでもいくばくかの理念が生きていなければ、その社会領域はまとまりをもちえないのである。ジャーナリズムもそのような理念によって統合された社会領域なのである▼2。
〈理念〉をあらわす「ジャーナリズム」と〈現実〉をあらわす「マス・コミュニケーション」がしばしば混同されるのは、マス・コミュニケーションがジャーナリズム活動として始まり、それを柱として発展してきたという歴史的事情が一方にあり、またその発達過程のなかでジャーナリズムの理念がしだいにその比重をうすめて、ジャーナリズムがマス・コミュニケーションのひとつの機能にすぎないと考えられるようになったという逆説的な変化が他方にあるからだ。ちょうど「プロテスタンティズムの倫理」と「鋼鉄のような資本主義」の関係に似ている。
したがって、「ジャーナリズムとはなにか」に答えることは、「ジャーナリズムの〈理念〉について考えることにほかならない▼3。
ジャーナリズムとはなにか
では、ジャーナリズムがジャーナリズムである本質はなんだろう。
新井直之によると、それは「いま言うべきことを、いま、言う」ことである。「いま伝えなければならないことを、いま、伝える。いま言わなければならないことを、いま、言う。『伝える』とは、いわば報道の活動であり、『言う』とは、論評の活動である。それだけが、おそらくジャーナリズムのほとんど唯一の責務である▼4。」したがって、娯楽や広告媒体としての活動は付随的なものにすぎず、継続性や定期性も重要ではない。一回かぎりの行為であってもジャーナリズムたりえるし、組織である必要もない。「ジャーナリズムの活動は、あらゆる人がなし得る。ただ、その活動を、日々行ない続けるものが、専門的ジャーナリストといわれるだけなのである▼5。」組織ジャーナリストやフリー・ジャーナリストはもちろん、公害企業の内部告発者も、地域の問題にとりくむ市民運動家も、ジャーナリズムの主体たりえるということだ▼6。
この根本規定に、記録性や世論形成や定期性などの諸要素が加わった、その結果として、ジャーナリズムは「ニュースを収集し、選択・分析・解説し、それを継統的かつ定期的に流布する過程」と一般的に定義される現象としてあらわれると理解できる。
民主主義と権力のはざまで
では、なぜこのような理念にもとづくジャーナリズムが必要とされるのか。それに答えるには〈民主主義〉と〈権力〉の二概念が欠かせない。
民主主義とは国民が直接・間接に政治に参加することだ。民主主義国家における権力の源泉は国民に由来する。自分たちのことは自分たちで決めるという原則である。そのさい問題となるのは、自己決定するさいの知的条件である。つまり、国民は自分たちの現状[いま、ここ]について、できるだけ正確でくわしい知識をもっていなければならない。一口で国民といっても、そのおかれている立場はさまざまである。しかし、そのひとりひとりが平等に〈いま、ここ〉の知識をわかちあっていることが民主主義の前提条件である。
ところが、民主主義的手続きによってひとたび権力が成立すると、意思決定に必要な〈いま、ここ〉の知識が権力の極の方に集中し、平等に配分されなくなってくる。この傾向が放置されるならば、権力は国民による正当なコントロールからはずれ、逆に権力が国民をコントロールする事態をまねく。そうなると、もはや民主主義とはいえないから、なんらかの制度的対策が必要となる。「いま伝えなければならないことを、いま、伝える。いま、言わなければならないことを、いま、言う」ジャーナリズムが要請されるのは、このためである。
このようにジャーナリズムは民主主義と権力との相関物であることを確認しておきたい。
知る権利
ジャーナリズム活動の正当性は、したがって、国民がもともともっている「知る権利」の代行[具体化]にある。
じつは、この「知る権利」という概念はそれほど古いものではない。この概念は第二次大戦中の国家機密へのきびしい報道管制への反発として誕生し、一九五〇年代のアメリカで言論の自由の現代的原理として注目されたものである。日本では一九六九年から翌年の「博多駅テレビフィルム提出命令事件」で注目をあび、一九七二年の「沖縄返還交渉に関する外務省機密文書漏洩事件」で一躍一般に知られるようになった▼7。
このように「知る権利」が注目され、今日、ジャーナリズムをそれとの関係で定義するようになったのには背景がある▼8。
(1)情報の果たす役割がたいへん大きくなったこと。情報の社会的価値が飛躍的に高まった。そのため、価値ある情報が国家権力・行政権力・経済権力へと集中し独占されている。しかも、その情報のもつ影響は多くの人びとにおよんでいる。
(2)送り手と受け手が完全に分離してしまったこと。個人が自力で収集できる情報や知識の質量は、ほとんど意味をもたないほどに限定されている。もはやマス・メディアによるジャーナリズム活動なしに現実世界を知ることはできない。そのために、自由でゆたかな情報の流れを確保しなければならない。
(3)国家機能の増大にともなって国家秘密が増大したこと。立法府・裁判所は比較的透明であるが、行政府はもともと裁量の度合いが大きく、しかもまったく不透明である。とりわけ現代の国家は行政府の圧倒的優位・肥大の傾向にあり、人びとにとって重要な意味をもつ知識や情報が、国家秘密・行政秘密として情報管理されることが格段に多くなった。「秘密のインフレ」によって国家権力が巨大なブラックボックスとなってしまったのである。マス・メディアが国民の代行として国政に関する情報をひきだし伝達しなければ、国民の「知る権利」はいともかんたんに机上の空論と化してしまう。この場合「取材の自由」と「報道の自由」は「知る権利」と同列におかれる。
(4)消費社会において企業の社会的責任がますます大きくなったこと。〈売り手の企業〉と〈買い手の消費者〉とは、もはや対等の関係ではない。企業は消費者に対して強力な支配力をもつにいたっている。この支配力は消費者に対してだけでなく、企業城下町の地域住民に対しても、また企業内労働者に対しても絶大なものであり、この点でも「企業秘密」の名のもとになされる企業活動の実態について明らかにされるべきことがらは多い。
以上の背景のもとに「知る権利」の必要性が高まり、ジャーナリズムの理念が再評価されるとともに正当化されてきた。では、現実のジャーナリズムはそのような役割を果たしているだろうか。これがつぎの問題である。
ジャーナリズムが「正義の味方」にみえるとき
一九八八年六月一八日「朝日新聞」朝刊は、川崎市助役のリクルート・コスモス未公開株譲渡の事実をスクープした。これがリクルート事件が〈事件〉として報道された最初の瞬間である。これは捜査当局が立件を断念したのち、朝日新聞横浜・川崎両支局が独自に「調査報道」したものだった▼9。
もしこのスクープがなかったら、その後の政界と経済界に生じた一連のできごとは存在しなかったことになる。このあたりが物理的世界と社会的世界の大きなちがいである。社会的世界においては、知る者がだれもいなければ、それは存在しないのと同義である。その意味で、リクルート事件においてジャーナリズムが果たした役割は果てしなく大きい。
ジャーナリズムは「正義の味方」か?
ところが、その「朝日新聞」が、一九八九年四月二〇日夕刊に、ねつ造されたサンゴ落書き報道をしてしまう。これは、沖縄西表(いりおもて)島サンゴ礁の巨大なアザミサンゴにダイバーが「K・Y」と傷をつけたことを鮮やかな写真で告発したものだった。ところが、サンゴにつけられたこの傷は、その写真を撮ったカメラマン自身がつけたものだった。これによって社長までが責任をとって辞任することになる。
リクルート報道では「正義の味方」にみえた「朝日新聞」だったが、この事件で裏切られたような感想をもった読者も多かった。ジャーナリズムは、ほんとうに民衆の「知る権利」を具体化してくれる「正義の味方」なのだろうか。
▼1 たとえば、テレビ・ニュースのキャスターでさえ「新鮮な情報をお届けしたい」という表現を好み、「ジャーナリズム」といういい方を使わなくなっている。
▼2 したがって、法律・教育・医療・福祉・アカデミズムに関わる人にとって、ジャーナリズムの理念と現実を学ぶことは、みずからの明識を高めることに通じると思う。
▼3 物理的世界をあつかう科学では、「こうあるべきだ」「こうしなければならない」という議論は価値判断をふくんでいるために徹底的に排除されるが、社会的世界をあつかう科学では、このような理念をはじめとして価値判断・価値観・主観性・政治的態度などと徹底的につきあっていかなければならない。なぜなら、それらも社会という研究対象の構成要素だからである。なお、ジャーナリズム論や平和研究のように一定の〈理念〉に立つ科学のことを「規範科学」ということがある。
▼4 新井直之「ジャーナリストの任務と役割」『マス・メディアの現在』[法学セミナー増刊総合特集シリーズ三五](日本評論社一九八六年)二五-二六ページ。なお、ニュアンスのちがいはあるが、戦前の戸坂潤の提出した「アクチュアリティ」概念も本質において同様のことをのべていると思われる。戸坂潤はみずから「唯物論者」と定義していたが、その仕事の全体からみるかぎり「知識社会学者」と呼ぶべき存在で、そのジャーナリズム論は一読の価値がある。戸坂潤「新聞現象の分析――イデオロギー論による計画図」『戸坂潤全集』第三巻(勁草書房一九六六年)。
▼5 新井直之、前掲論文二六ページ。
▼6 内部告発のことをアメリカでは「ティップ・オフ」(tip off)という。アメリカでは所属組織(政府機関や企業)に不正や不正義があったとき、内部事実を外部にもらして世論による軌道修正をはかろうとすることが多いという。これは「職域に対する忠誠よりも、社会に対する誠実を優位に置く思想」にもとづく行為である。ウォーターゲート事件の取材における重要なニュース・ソースにもティップ・オフがあった。新井直之『ジャーナリズム――いま何が問われているか』(東洋経済新報社一九七九年)二一-二二ぺージによる。
▼7 「知る権利」の成立過程については、奥平康弘『知る権利』(岩波書店一九七九年)。なお、「外務省機密漏洩事件」いわゆる「西山事件」については、澤地久枝『密約――外務省機密漏洩事件』(中公文庫一九七八年)。
▼8 奥平康弘、前掲書第二章。芦部信喜「『知る権利』の理論」内川芳美・岡部慶三・竹内郁郎・辻村明編『講座現代の社会とコミュニケーション3言論の自由』(東京大学出版一九七四年)所収。
▼9 「調査報道」(investigative reporting)とは、公的機関がとりあげていないか隠している重要な事実、とくに権力の不正腐敗・税金の浪費・組織の犯罪に対して、ジャーナリストがみずからの意思で取材調査し報道することをいう。「ワシントン・ポスト」によるウォーターゲート事件が代表事例。
12-2 ジャーナリズムの現実問題
理念から現実へ
当然のことながらジャーナリズムもまた、社会のさまざまな葛藤の錯綜するなかでおこなわれるかぎり、そうした葛藤と無縁ではありえない。葛藤とは、たとえばメディア企業間の競争であり、組織内のジレンマであり、ジャーナリスト間の競争であり、社会構造の矛盾であり、権力闘争である。このような重層的な葛藤が、ジャーナリズムにさまざまな現実問題を生じさせることになる。理念的側面について確認したいま、今度は日本のジャーナリズムの現実的側面について概観しよう。そのさい、現実問題のディテールに深入りしないで、そのさまざまな事例を類型化し、共通形式を抽出する形で整理することにしたい▼1。
誤報・虚報・ねつ造・やらせ
いずれもありのままの事実でないことを報道することであり、意図的かそうでないかによってタイプがわかれる。「ねつ造」と「やらせ」は意図的なものだが、「誤報」と「虚報」は意図的でないことが多い。
意図的なものとしては、さきほどの「サンゴ落書き事件」があげられる。また、校内暴力が社会問題化していた時期に、町田の中学の校内暴力事件取材で中学生にタバコを吸わせて撮影した「やらせ」が問題になったこともある。さらに「やらせ」については、この業界用語を一般化させるきっかけになった有名な事件がある。一九八五年テレビ朝日「アフタヌーン・ショー」の「やらせリンチ事件」がそれである。この事件は「非行グループ」の取材中に生じた「ヤキ入れ」の場面を撮影・放映したことから騒ぎになり、やがて「ヤキ入れ」はじつはディレクターの教唆による「やらせ」だったとされ、担当ディレクターが逮捕されたというものである。その結果、テレビ朝日は「アフタヌーン・ショー」の番組枠で「テレビ取材のあり方、暴力事件放送の反省」というタイトルの自主制作番組を放送し、謝罪し、その後「アフタヌーン・ショー」は打ち切られた▼2。
意図的でなくとも、さまざまな理由から誤報や虚報は生まれる。たとえば・災害報道では現場のデマに翻弄されてしばしば誤報が生じるし、速報第一主義のため、未確認の情報をそのまま流してしまう結果の誤報も多い。たとえば、サンゴ事件のあった年にも、「毎日新聞」は「グリコ事件」の犯人を取り調べ中という大きな誤報をしているし、「読売新聞」も「幼女連続誘拐殺人事件」の犯人のアジトを発見したという虚報事件をおこしている。
スキャンダリズム・センセーショナリズム・エモーショナリズム
興味本位の報道や俗にいうお涙頂戴路線の報道は日常的におこなわれており、一般のマスコミ批判もこの文脈でなされることが多い。タレントの私生活の些末事を大きく報道したり、被害者の家族に執ようにコメントを求める無神経さがしばしば非難されている。
たとえば、一九八五年八月に五二〇人の犠牲者をだした日航ジャンボ機墜落事故の報道では、文藝春秋社の写真週刊誌「エンマ」が損傷著しい遺体写真を掲載する一方で、このときの四人の生存者とりわけ女子中学生の追跡取材がいっせいになされた。猟奇性と同情、このふたつの相反する報道は、じつは感情に訴える点では同じもののふたつの現象形態である。このような性向は今日、人間くささを前面にだそうとする「ヒューマン・ストーリー主義」という新しいよそおいでジャーナリズムのなかに位置を占めているが、受け手の感情に訴える点で問題性は変わらない。
問題は三つある。まず、受け手の感情に訴えるかぎり、どうしても保守的にならざるをえないこと▼3。第二に、対象となる個人の人権を侵害しやすいこと。第三に、ジャーナリズムそのものへの強圧的な批判を招きやすいこと。そのためにジャーナリズムの理念そのものが侵害される危険性がある▼4。
じつはジャーナリズムにとってスキャンダリズムやセンセーショナリズムそしてエモーショナリズムは紙一重の関係にある。いずれも「隠されているものを暴く」「特定初問題を切りとって強調する」「人間的感情に訴える」ことにはちがいないからである▼5。では、なにがちがうかというと、ひとえにそれは権力批判という緊張関係をもっているかどうかなのである。「調査報道・知る権利といっても、権力批判という緊張関係を失うと、たんなるのぞき趣味に堕してしまう」という稲葉三千男の指摘を確認しておきたい▼6。
プライバシーと人権の侵害
ジャーナリズム活動が結果的に報道された個人のプライバシーと人権を侵害してしまうことも多い。それに対して、一九八六年ビートたけしが友人への取材に対して写真週刊誌「フライデー」に殴り込み事件をおこして以来、一般にも「取材・報道される側」の論理が浸透しつつあり、メディア側にも反省の動きがある▼7。
しばしば芸能人がターゲットになり〈消費〉されるが、プライバシーと人権の侵害がとくに問題とされるのは「犯罪報道」である。犯罪行為は正義ではないから、犯罪報道の過程においてもしばしば強烈に非難される。そのため、容疑者はもちろん、その家族や職場の人びとまでが不当に社会的制裁を受けることが多い。問題はつぎの四点だ。第一に、犯罪は法によって裁かれるべきで、マスコミが裁くのではないこと。これを「新聞裁判=プレストライアル」という。法以外で制裁を加えるのはリンチである。第二に、逮捕段階で実名とともに非難報道すること。裁判で判決がおりるまでは「推定無罪」であるが、逮捕段階で容疑者を「犯人」と認定してしまうことは危険である。現に多くのえん罪事件がある。たとえ無罪と確定しても、逮捕段階でなされた社会的認定を変えることは容易でない。第三に、法的制裁以上の社会的制裁をさきに受けてしまうこと。しかも、それは本人だけでなく家族など周囲の人びとにもおよぶ。第四に、裁判に予断をあたえてしまうこと。一種の「予言の自己成就」である▼8。
浅野健一は『犯罪報道の犯罪』のなかで、このような報道被害の直接的原因となっているのが「実名報道主義」であるとし、スウェーデン型の「匿名報道主義」への転換を提唱している▼9。
そもそも日本のジャーナリズムには犯罪報道が多い。五十嵐二葉によると、実数で「朝日新聞」は「ニューヨークタイムズ」の三倍、犯罪件数に対する割合をとるとなんと二三倍だという▼10。本来は権力チェック機能を果たすのに使われるべき紙面や時間が、社会の上方ではなく下方にむかって流れているわけである▼11。
ステレオタイプ
ジャーナリズムは原則としてことばによってなされる。ことばはその独特の生理によって自動的に作動することがしばしばある。自分の気持ちを文章にすると、なんとなく違和感を覚えることがあるのもそのためである。報道の過程でも同じことが起こりうる。たとえば「犯人はふてぶてしい表情で」「鬼のような」「被告人は沈痛なおももちで判決に聴きいっていた」といった表現は、客観的に描写したものでもなく、また、主観的な表現でもない。それはことばの生理が生みだしたものである。だから、ときには、なぐってはいないのに「なぐる蹴るの暴行」と書いてしまったりする▼12。
このような常套文句によるステレオタイプとともに、記者自身のもっているステレオタイプ・固定観念が先入観として作用することも多い。さきほどの犯罪報道についてみれば、ジャーナリストが漠然ともっている勧善懲悪思想――悪いことをした人間はなにをされてもよいという考え――は、必要以上に容疑者の人権を侵害する報道をまねきがちである。かえって、これによって社会秩序が守られているとして「正義の味方」になったと素朴に錯覚してしまうのである。これでは、原寿雄の待望する「社会科学的ジャーナリズム」への道は遠いといわざるをえない▼13。
劇場型犯罪
一九八四年から翌年にかけての「グリコ・森永事件」は、ジャーナリズムそのものが事件と融合したまったく新しいタイプの事件だった。つまり、犯人から送りつけられる脅迫文・声明文を大きく報道することは、そのまま犯人の思い通りになることを意味したために、報道機関が一種の〈共犯関係〉になってしまうおそれがあった。つぎつぎに送りつけられる声明文をそのまま発表するかどうか、報道機関はどこもジレンマに陥った。他方、受け手は観客として楽しむ傾向もあった。
また、一九八五年六月一八日の「豊田商事永野会長刺殺事件」では、一三社三三人の報道陣の目の前で殺人事件が発生し、一部始終が放映された。このあと、なぜ報道陣が殺人を防げなかったのかという抗議・批判が放送局などに殺到した。この場合も、ジャーナリズム自体が事件の一部だった▼14。
このように劇場型犯罪において犯罪者はマス・メディアを利用する。事件が〈動く〉のを期待しているマス・メディアは、かんたんに〈協力〉させられてしまう。さらにマス・メディアが犯罪を誘引してしまう傾向も指摘されている▼15。
総ジャーナリズム状況
この用語の提唱者新井直之によると、「総ジャーナリズム状況」とは「1ある特定のできごとに、すべての種類のメディアが動員され、2そのできごとの報道に、紙面・番組をできるだけ割き、3しかもその報道がすべて同じ」という報道現象をさす▼16。
「ニューヨーク・タイムズ」は「豊田商事永野会長刺殺」をとりあげた一九八五年六月二一日付の記事「日本のテレビ殺人――はからずも浮上した報道機関の自画像――パックジャーナリズム」で日本のジャーナリズムを「パック・ジャーナリズム」と命名したが、これも総ジャーナリズム状況を指摘したものである。典型的事例として「松田聖子・神田正輝結婚」「ロス疑惑」「カルガモの引越し」そして最近の一連の「天皇報道」「湾岸戦争報道」などをあげることができる。これらはいずれも日本のジャーナリズムの常態といってよい▼17。
総ジャーナリズム状況の問題は、もちろん集中砲火・集中豪雨的取材そのものがひきおこす問題もあるけれども、もっと根底的なことがある▼18。第一に、すべてのメディアが総動員されることによって、報道されない事実がふえること。わたしたちは、大事件だからすべてのメディアが総がかりで取材し大きくあつかうのだと思っている。しかしじっさいのところは、総ジャーナリズム状況ゆえに大事件と思ってしまうだけなのだ。前章でふれた「議題設定機能」が強力に作用しているのである。第二に、どれも同じ報道姿勢のため、画一的になり、結果的に特定の視点以外の見方を排除してしまうこと。これも前章でふれた「沈黙のらせん」が作用していると考えられる。
総ジャーナリズム状況は、現場における競争構造とヨコならび意識の産物といえるが、権力にとって都合のよいように書かせる「世論操作」や都合の悪いことは書かせない「報道規制」をまねきやすい点で、ジャーナリズムとしては非常に脆弱な構造になっている。たとえば一九七二年七月自民党総裁選出で田中角栄が総裁になったとき、テレビや新聞は「庶民宰相キャンペーン」を張り、「山あり谷あり今太閤」とか「高小卒で天下を取る」などと角栄ブームをいっせいにあおった▼19。しかし、それがどれだけ的確であったかどうかは、「田中金脈」「ロッキード事件」などその後の歴史が厳然と示している。
発表ジャーナリズム
現在の報道におけるいわゆる「発表モノ」への依存は非常に高い。「○○署の調べによると」「○○省の調査では」といった書きだしで始められる記事だ。ニュースのじつに八ないし九割が発表モノで、例外は家庭欄と文化欄ぐらいではないかともいわれるほどだ。原寿雄はこれを「発表ジャーナリズム」と命名した▼20。
これら発表モノが公表される場所は「記者クラブ」である。記者クラブは日本独特の制度で、中央官庁・警察・地方自治体・経済団体などにおかれている。もともと権力に対する監視の意味あいでジャーナリストたちがそれぞれの現場で協力して勝ちとったものだが、現在それが変質してしまったようなのである▼21。
記者クラブにいると、警察や官庁の広報担当が資料をもって定期的におもなニュースを伝えてくれる。記者はそれをもとに定型的に加工して送稿すれば、各社ヨコならびになり「トク落ち」もない。こうして似たような記事が各紙各局いっせいにでることになる。
問題は「発表」そのものにある。それはつぎのことばに集約されている。「なんらかの意図を持たない発表ものはない。とすれば発表それ自体が情報操作の基本型なのである▼22。」つまり、発表側の官庁や警察にとって不利な情報はつねにかくされ「良いニュース」だけが選択されて発表される「グッド・ニュース・オンリー・システム」が発表の原則なのである▼23。だから発表モノをそのまま流すことによって、ジャーナリズムが発表側[いずれも権力サイド]の実質的な「広報部門」と化してしまう可能性があるわけだ。その結果、警察発表をそのまま報道する犯罪報道によって、事実誤認による人権侵害が多く発生している▼24。
「調査報道」「追跡取材」「検証報道」といったジャーナリズムの本道があえて叫ばれるのも、現在のジャーナリズムの基調が「発表ジャーナリズム」にあるからなのである。
▼1 素材は代表的なジャーナリズム研究者やジャーナリストの著作を参考にした。くわしくは以下の著作を直接ご覧いただきたい。新井直之『ジャーナリズム――いま何が問われているか』前掲書。稲葉三千男編『[マスコミ]の同時代史』(平凡社一九八五年)。広瀬道貞著『新聞記者という仕事』(ぺりかん社一九八七年)。原寿雄『新聞記者の処世術』(晩聲社一九八七年)。原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか――続新聞記者の処世術』(晩聲社一九九〇年)。桂敬一『現代の新聞』(岩波新書一九九〇年)。
▼2 この事件については、じつは疑問もある。佐藤友之『虚構の報道――犯罪報道の実態』(三一新書一九八七年)第四章。
▼3 原寿雄は「感性的センセーショナリズムというのは、その時代の意識としてはマジョリティ意識に訴えるわけですから、本来的に保守的なものです」とのべている。原寿雄『新聞記者の処世術』九一ページ。
▼4 PTA的な「俗悪」マスコミ批判、政府関係者の「いきすぎ」批判、タカ派文化人の「偏向報道」批判と強権発動待望論などは、ジャーナリズムの現実問題をジャーナリズムの自律性によって解決するのでなく、ジャーナリズムを権力的秩序下において解決しようとする志向性をもつために、たいへん危険である。今日、ジャーナリズム批判をすることのむずかしさはここにある。本書で理念の議論をまず確認したのもそのためである。
▼5 この点を強力に論じたものとして、中野収『「スキャンダル」の記号論』(講談社現代新書一九八七年)。
▼6 稲葉三千男編、前掲書一七ページ。
▼7 これ以前のものとしては、たとえば『書かれる立場書く立場――読売新聞の「報道と人権」』(読売新聞社一九八二年)が、どのような記述がどのように問題なのかを事例をあげて具体的かつ系統的に示していて興味深い。
▼8 一例として、都市のフォークロアの会編『幼女連続殺人事件を読む』(JICC出版局一九八九年)。犯人がどのように語られたかを資料としてまとめたもの。
▼9 浅野健一『犯罪報道の犯罪』(講談社文庫一九八七年)。浅野健一『新・犯罪報道の犯罪』(一九八九年)。
▼10 五十嵐二葉『犯罪報道』(岩波ブックレット一九九一年)。
▼11 原寿雄はこれを「水流ジャーナリズム」と名づけている。原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか』九五ページ以下。
▼12 原寿雄『新聞記者の処世術』一七五ページ以下。
▼13 前掲書一五二ぺージ。なお、ステレオタイプについては20-1も参照されたい。
▼14 この事件に立ち会った報道陣の証言について紹介したものとして、森潤「その時、報道人は何を考え行動したか――惨劇報道『証言』にみる批判・反論・教訓・自戒」『マス・メディアの現在』前掲書がある。
▼15 原寿雄は「永野会長刺殺事件」の場合「マスコミが犯罪の抑止力にならずに、逆に犯罪を助長する舞台装置になった疑いが強い」と指摘している。原寿雄、前掲書四七ページ。
▼16 新井直之『メディアの昭和史』(岩波ブックレット一九八九年)五二-五三ページ。なお、本書は日本のメディア史についてのもっともコンパクトな入門書。
▼17 「天皇報道」については、原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか』一六-五六ページにくわしい分析がある。また、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。
▼18 新井直之『ジャーナリズム』「序章」にくわしい分析がある。ここでもそれを参照した。
▼19 前掲書「序章」。
▼20 原寿雄『新聞記者の処世術』二三-四五ページ。
▼21 記者クラブ制度は、そこを利用できないフリージャーナリストや外国ジャーナリストから、その閉鎖性を批判され、特権意識を醸成する場として問題化されている。新井直之、前掲書第三章「記者クラブ制度の功罪」。また短いものだが記者クラブをウチとソトから体験したものとして、川上澄江『新聞の秘密』(JICC出版局一九九〇年)PART5「こちら記者クラブ」。
▼22 原寿雄、前掲書三八ページ。
▼23 前掲書三九ページ。
▼24 浅野健一『犯罪報道と警察――なぜ匿名報道か』(三一新書一九八七年)。
12-3 〈未完のプロジェクト〉としてのジャーナリズム
ジャーナリズムの理念復権のために必要なこと
これまで概観してきたように、現代のコミュニケーション状況においてジャーナリズムがその志をとげるのは容易なことではない。しかし、一方で「あふれる情報」といわれながら、他方では人びとにとってほんとうに必要な反省的知識がえられないというディスコミュニケーションを改善するためには、ジャーナリズム理念の復権がぜひとも必要である。いや、「復権」ではなく、じつは理念としてのジャーナリズムはいまだ実現していない「未完のプロジェクト」(ハバーマス)なのかもしれない。その〈プロジェクト〉を完成させるために必要な要件はなにか。ジャーナリズムの理念をフィクションにしないためにはなにが必要だろうか。
社会的勢力からの自立
第一に、ジャーナリストは、権力や資本や暴力などからなるすべての社会的勢力から自立し、みずからの良心のみにしたがって行動することが必要である。その前提条件は、ジャーナリズム組織の経営の独立である。新聞社の社主制度や「暮しの手帖」の無広告主義はその極端な事例だが、そういう条件があってはじめて、社会的強者が隠そうとしていることがらを白日のもとにさらすことも可能になる。
たとえば、「ワシントン・ポスト」が「ウォーターゲート事件」を追及できたのは経営上のバックアップがあったからである。この事件の調査中「ワシントン・ポスト」は、株の暴落や系列テレビ局の免許更新妨害などの迫害を受けた。経営陣のジャーナリズムヘの理解と実務的努力がなければ、あれだけの調査報道はなしえなかったといわれている。
ジャーナリスト教育の問題
たとえば「発表ジャーナリズム」の背景にあるのは、そのようなシステムに疑問を抱かない記者のサラリーマン化である。ジャーナリズムの理念を十分に内化していない記者が多くなったといわれる。これには世代の問題もあるかもしれないが、組織の問題も大きい。たとえば放送局の場合、さまざまな部署をもちまわりするという日本の組織独特の人事慣行が支配的で、一種の社内転職が定期的におこなわれる▼1。社員はなんでもこなせるようになるが、これではプロのジャーナリストとしての自覚はもちにくい。
しかも、日本の多くのマス・メディアにおいてジャーナリスト教育はきわめて貧困である。実務的なことは多少おこなわれるようだが、基本的に現場経験中心主義である。つまり「こんなもんだよ」という先輩のことばとともに、たんに職場慣行が学習されるにすぎないところがある。もちろん、そのなかでジャーナリストとしての心構えやノウハウは伝えられるかもしれないが、これらは基本的に科学的反省をともなっておらず、自己正当化的であり、ジャーナリズムの理念が理論的に把握できない原因になっていると考えられる。これは組織ジャーナリストにかぎらず、出版社系週刊誌や番組を実質的に支えているプロダクションやフリーライターでもまったく同じである。
ジャーナリズムの具体的な担い手たちがジャーナリズムの理念を理解していないか、それを避けているという事実こそ、日本のジャーナリズムの根元的な問題だと思う▼2。
アメリカでは大学や大学院でジャーナリズム論を理論と実務の両面でみっちり勉強した人間が、ジャーナリストとしてメディアに採用される。損害賠償金がケタちがいに大きいアメリカでは、シロウトはあまりにリスクが大きいからである。かれらのアイデンティティはもっぱら〈ジャーナリストである〉ところにあり、日本のように所属組織を準拠集団としないようである。
システムの問題も多いが、ジャーナリストの努力によって改善できるものも多い。その意味でジャーナリスト教育を見直す必要があろう。
ジャーナリストの内部的自由
大学におけるアカデミズムと同様、ジャーナリズムの世界も、ひとりひとりのジャーナリストが自律的に活動できる自由がなければ、その躍動的な働きは期待できない。というのは、ジャーナリズムはすぐれて主体的な活動だからである。しばしば誤解されていることだが、そもそもジャーナリズムは装置によって稼働する「情報産業」ではない。ジャーナリストの主体的な現実把握・解釈・表現行為があってはじめてなりたつ主体的な活動である。したがって、ジャーナリストに主体的な活動の自由がなければ本来のジャーナリズムは実現できない▼3。
受け手の明識
ジャーナリズムが健全に発展することによって、もっとも利益をうるのは受け手である。したがって、読者として・視聴者としてジャーナリズムを支持し育てていくことが人びとの利益になる。しかし、それにもかかわらず、多くの受け手は受動的消費者にとどまってきた。ジャーナリズムではなく生活情報を求める傾向や、野球試合の入場券などの拡材によって購読紙をかんたんに変えてしまうといった無理解が存在する。だから「読者・視聴者のニーズ」といっても、結局、現状の追認でしかない。これでは、ニーズに応えようとすればするほどジャーナリズムの理念から遠ざかるということになりかねない。
対策はふたつあると思う。ひとつは、受け手の明識を高めることだ。視聴者教育や新聞利用教育が教育現場にとりいれられるべきだろう。ふたつめは、メディアが受け手批判を回避しないことだ。この点について論じたものは意外に少ないが、原寿雄の貴重な発言があるので引用したい。「読者を神聖視すべきではない。過保護にすべきではない。読者を批判することがタブーのようになってきていたジャーナリズムの側の姿勢を改めよう。もちろん、読者、視聴者の側からのメディア批判の一層の活発化が前提である。メディア間の相互批判も盛んにしなければならない。そういう、まんじどもえの厳しい批判運動のなかで、ジャーナリズムも読者もきびしく鍛えられ、言論、報道の自由がまともに花開くことを期待したい。民主社会の根幹であるプレスの自由を維持発展させるには、読者にも大きな責任があることを強調したい▼4。」
メディアの自己反省
どんな領域でも事故はある。問題はそのあとしまつである。ジャーナリズムの場合も同様である。たとえば、誤報・虚報などの場合、明確に訂正しなければ、報道被害を生じるし、メディアの信頼にも傷がつく。
これに関していい例がある。「ワシントン・ポスト」の二六歳の女性記者ジャネット・クックのルポ「ジミーの世界」の場合である。この記事は、五歳から麻薬を続けているというジミー少年を題材にしたものだったが、反響が大きく、一九八一年のピューリッツァー賞をとる。ところがこの賞がきっかけになって、このルポがまったくのでっちあげであることが内部調査でわかってしまった。そこで「ワシントン・ポスト」は「クックの世界」と題して五ページの紙面をさいて、なぜこのようなねつ造記事がでてしまったのかをくわしく報告した▼5。
「朝日新聞」の「サンゴ落書き事件」の場合も、この事例を参考にして、自己分析の記事と識者のコメントを掲載した。最近では、一九七四年に発生した「松戸女性殺人事件」の容疑者に対して一九九一年四月に無罪判決がでたさい、「朝日新聞」や「毎日新聞」などが当時の報道を反省した記事を載せた。また、紙面批評を第三者に定期的に書いてもらう新聞もあり、NHKも番組批評番組を随時放送している。
このようにメディア自身が組織として自己反省するシステムが今後強化されるべきだろう。それは結果的に、ジャーナリズムを積極的に支持してくれる受け手を育てることにもなる。
▼1 14-3参照。
▼2 これは日本の医師が本格的な看護教育を学んでいないという事実と妙に符合する。
▼3 新井直之、前掲論文二八-三一ぺージ。
▼4 原寿雄、前掲書一六〇ページ。
▼5 柳田邦男『事実を見る眼』(新潮文庫一九八五年)二〇-三〇ページ。
増補
ジャーナリズムの社会学へ
ジャーナリズムの構成要素は報道と言論である。本書があえて(古めかしいニュアンスのある)「ジャーナリズム」概念を使用するのは、「報道」だけをとりだして議論することができないと考えるからだ。報道と言論はいつも寄り添っている。というのは、あるテーマを報道しないのは、そのテーマが「問題」ではないと主張していることであり、別のテーマを報道するのは、そのテーマが「問題」であると主張していることだからである。
このことが一般的に理解されていないように思う。マス・メディアの問題を「報道」として問題にするとキャスターのコメントは「よけいなもの」として問題化されるが、「ジャーナリズム」として考えると、コメント行為自体は当然視され、内容吟味に焦点が向けられる。その意味で今なお「ジャーナリズム」は誤解されているように思う。
この誤解の源は日本の新聞界が長年標榜してきた「客観報道主義」を人びとが信じていることにある。この素朴な幻想が現実に破綻していることを知りながらも、いざマスコミ批判を口にするとき人びとはこの幻想に無自覚に乗ってしまうようである。浅野健一『客観報道――隠されるニュースソース』(筑摩書房一九九三年)は、改訂ののち、浅野健一『マスコミ報道の犯罪』(講談社文庫一九九六年)として文庫化されたが、「客観報道主義」の虚構性を批判した本である。
一見「客観的」に装っているニュースの言説を「無署名性言語」として分析した画期的な研究として、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社)もあげておきたい。玉木は「客観報道主義」が「ニュースは事実である」という素朴な「ニュース鏡像説」に基づいており、それを支えているのが無署名性言語だと説明する。
このような研究は「ジャーナリズムの社会学」を考える上で興味深いものだ。この種の研究で理論的なヒントを与えてくれるものとして、G・タックマン『ニュース社会学』鶴木眞・櫻内篤子訳(三嶺書房一九九一年)がある。ニュースの社会的構築を論じた概説書である。
TBSオウムビデオ問題
九〇年代の一連のオウム真理教事件は、本編で説明したような日本のジャーナリズムの構造的特質を浮き彫りにすることになった。とくにクローズアップされることになったのは「TBSオウムビデオ問題」と「松本サリン事件報道」である。
一九八九年、まだ「サンデー毎日」だけがオウム真理教の問題を調査報道していた段階で、TBSは、教団の水中クンバカ公開実験を取材した。そのさい、TBSは坂本弁護士のインタビューを弁護士に無断でオウム側に見せ、しかも番組を放送中止にしたばかりか、その一連の過程を坂本弁護士自身や関係者に知らせなかった。TBSのこの行為と不作為が坂本弁護士一家殺害の直接的な引き金になった可能性は高く、しかも坂本弁護士一家が「失踪」して以来ずっと関係者はこの経過について自ら公表しなかった。TBSがおこなったオウム報道のあれだけの報道量――その中にはジャーナリズム性の高い調査報道もあった――を考えると、これはかなり異常なことといえる。
これはTBS特有の問題だろうか。そうではない。なぜなら、この問題の社会的構成要素が、どの巨大マス・メディアにもほぼ共通に存在するからだ。
第一に、事実調査自体の問題がある。社内および関連会社の人物が職務上に犯した問題であるから、ある意味ではこれほど調査しやすい対象はない。業界の掟や慣行や人脈など、外部の人がすぐに理解できないような組織的背景が自明だからだ。ところが事実調査そのものがまったくうまく行っていない。これはTBSの取材力がいかに落ちているかをはからずも示している。その背景には「発表ジャーナリズム」と呼ばれる取材体制の影がちらつく。行政当局の発表に依存して報道することが日常的になっているので、一から自前で調査取材するノウハウとガッツが全体的に衰退している可能性がある。また、それをもっている人たちをきちんと組織的に動員できていないということもあるだろう。また、ふだんから「悪い奴等をやっつけろ」といった素朴な勧善懲悪主義で仕事をしているために、いざ「悪い奴等」が自分たちになっってみると、どうしていいかわからなくて立ち往生してしまっているということも大きい。もともと勧善懲悪主義的な正義は問答無用の断罪をするだけだからだ。
第二に、ジャーナリズム精神不在の問題がある。ワイドショウを担当しているのは、かつては制作局だった。ドラマをつくっているところである。ところがその後、ワイドショウが肥大化してきたため、独立して社会情報局といった名前の部局が担当するようになった。社会情報局は報道局としばしば取材対象が重なる。そのため、大きな事件や事故や皇室報道の場合、きわめて露骨な競合関係に入ることになる。
ジャーナリズムの看板を背負っている報道局とちがい、社会情報局はジャーナリズム性の比較的薄い部門。社会情報局は外注がとても多く、そもそもエンタテイメント性が重要視される部署であるから、そういう基準で取材がおこなわれ番組がつくられる。また、そうでないと報道局と同じような内容になってしまうし、第一、それでは数十分も視聴者を引きつけられない。通常、同じテーマで放送するとき、ワイドショウの方がニュース番組より持ち時間は多いものである。じっさいに現場で働いている人たちも「ジャーナリスト」という自覚がないのがふつうである。しかし、かれらの主観的意図とは関係なく、かれらの行為は客観的結果としてジャーナリズム機能を果たすのである。
第三に、この問題が社会問題化したプロセスには、激しい競争構造がからんでいる。もともと日本テレビが以前にスクープし早川調書で問題化したわけだから、他局や他メディアとの競合関係が問題化のプロセスに混入している。
そもそもマス・メディアの競争が過酷なのは、それが重層的に構造化されているからである。大きいものでは三つの次元で競争が構造化されている。
(1)同種メディア間競争(キー局間競争、週刊誌間競争、番組間競争……)
(2)異種メディア間競争(テレビ・対・新聞・対・週刊誌・対・……)
(3)メディア内競争(個人間競争、部局間競争=報道局・対・社会情報局……)
同種メディア間競争は、共通のターゲットをもちメディア特性を同じくするメディア同士の競争。これは量の決まったパイを分けるわけで、競争相手が突出する分、自分の方は確実に減るわけだから競争は過酷になる。
異種メディア間競争は、メディア特性はちがうけれども、全体として競合関係にあるメディア同士の競争。たとえば、テレビは臨場感や速報性に優れ圧倒的な力をもっている。新聞はそれに対抗して事実を伝えなければならない。現場の抑圧はたいへんなもので、新聞はテレビに勝る速報性と臨場感を充たすために、過剰な速報第一主義、過剰な映像報道主義に走る。前者は誤報を生みやすく、後者は「やらせ」を生みやすくする。この文脈で不利なのは週刊誌。金曜発売の週刊誌は金曜の事件を伝えるのが1週間後になる。大きな事件であれば、そのあいだにテレビと新聞は大々的に報道するから、週刊誌は構造上不利な立場に立たされている。これに対抗する方法はふたつ。ひとつは「新聞が伝えない」ネタを発掘すること。これはスクープに通じることもあるが、しばしばささいな周辺的なネタを無用にふくらませることになりがちだ。もうひとつは、すでによく知られている要素を強引に結びつけてストーリーをつくりだすこと。ドラマ化である。それはお涙頂戴とかバッシングとか猟奇趣味とかお笑いとか、料理の仕方はさまざまだが、結局、受け手の感情を煽るという点では同一のことといえる。
忘れてならないのがメディア内競争。個人間の競争はもちろん激しいものがある。功名心もあるし、業績をあげなければならないという社内圧力もある。さらに最近、輪をかけて問題になっているが部局間競争で、TBSの場合は、報道局と社会情報部の競合関係がそれにあたる。社会情報部はワイドショウを担当している部局。両者はネタがほぼ重なるから競争は常態化する。報道局は長年の取材態勢と報道様式に基づいて仕事をする。それに対して社会情報部はそうはいかない。記者クラブのような取材態勢からはずれているし、報道局と同じような報道をするわけにはいかない。つまり社会情報部は社内ではさきほどの週刊誌と構造上同じ立場に置かれているわけだ。そのためワイドショウはスクープも生むが、同時にセンセーショナリズムや不正な取材行為も生まれやすい。
したがって、マス・メディアで働く人たちの職場環境は相当厳しいものになっているといえよう。また、競争が激しくなればなるほど横並びになり、自分がぬきんでるよりも他を落とすことに気が向く傾向がでてくる。最近のマス・メディアによる他メディア批判の流行にはこういう背景がある。
そもそもジャーナリズムは三つの社会的な力から自立して自律的に報道言論活動をおこなわなければその存在意義を失う。三つの社会的な力とは(1)政治権力(2)資本(3)暴力。TBSは、オウムという暴力に屈して自らの自律的な判断を放棄したことが非難されたわけだが、その非難のプロセスで政治権力が介入したり恫喝することに屈してもジャーナリズムとしては自滅である。たとえば国会でTBSが追及されること自体がジャーナリズムの危機なのだ。
以上とりあえず三点あげてみたが、要するに、マス・メディアは自己言及の問題を解決していないということである。「『クレタ人はうそつきだ』とクレタ人の哲学者がいった」という自己言及のパラドックスとまったく同じ問題がマス・メディアにも当てはまることをきちんと理論的に考えるべき段階に来ている。
この問題についてのコンパクトな解説としては、黒田清『TBS事件とジャーナリズム』(岩波ブックレット一九九七年)。TBS関係者の分析として、田原茂行『TBSの悲劇はなぜ起こったか』(草思社一九九六年)と、川邊克明『「報道のTBS」はなぜ崩壊したか』(光文社一九九七年)。放送中止のリストとしては、松田浩・メディア総合研究所『戦後史にみるテレビ放送中止事件』(岩波ブックレット一九九四年)。背景として強調された視聴率については、ばばこういち『視聴率競争――その表と裏』(岩波ブックレット一九九六年)あたりから入るといいだろう。
松本サリン事件報道
一九九四年の「松本サリン事件」のさい、本来は被害者である第一通報者が警察やマス・メディアによって犯人視され、人権を大きく侵害されるという問題が生じた。一九九五年の「地下鉄サリン事件」ののちに、その冤罪性が明確になり、「松本サリン事件」一周年を前に報道各社が一斉に謝罪するという異例のなりゆきになった。
関連書は多いが、基礎資料として、河野義行・浅野健一『松本サリン事件報道の罪と罰』(第三文明社一九九六年)。手記と分析、報道機関へのアンケート調査の結果が掲載されている。この問題以外にも、オウム報道はそれまでの「報道と人権」についての議論を一挙に風化させてしまった感があり、この点については随所でなされた浅野健一の論考に注目してほしい。本編では旧版を紹介しておいたが、人権問題についてのメディア側の取り組みとして『新・書かれる立場書く立場――読売新聞の「報道と人権」』(読売新聞社一九九五年)も具体事例が豊富で参考になる。
政治報道とメディアの公共性
一九九四年に話題になった田勢康弘『政治ジャーナリズムの罪と罰』(新潮文庫一九九六年)以来、政治報道のあり方も問いなおされている。とくに一九九三年「椿(テレビ朝日報道局長)発言問題」においてテレビ朝日が「偏向」を理由に露骨な政治的圧力をかけられ、以後、放送各社の政治報道のキバが抜かれてしまう事態になった。免許制の放送はいざとなると弱い。この経緯を整理したものとして、田原茂行『テレビの内側で』(草思社一九九五年)の「第二章 ニュースステーション」。渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)第3部は、この問題を素材として報道の公正さについて詳しく考察したものだ。
政治報道のあり方を考えると、結局、ジャーナリズムの理念あるいは思想といった原点を理論的かつ実践的に考えることになる。この点でも渡辺武達の一連の仕事が参照されるべきだろう。
実践的な場面からの考察としては、本編でも紹介した原寿雄の仕事も重要である。最近のものでは、原寿雄『ジャーナリズムは変わる――新聞・テレビ――市民革命の展望』(晩聲社一九九四年)と、原寿雄『ジャーナリズムの思想』(岩波新書一九九七年)がある。
理論的には、八〇年代からイギリスを中心とした研究者たちがカルチュラル・スタディーズや公共圏論の観点などから、アメリカ流の行動科学的理論とは異なる社会学的展望を切り開きつつあり、注目すべきである。J・カラン、M・グレヴィッチ編『マスメディアと社会――新しい理論的潮流』児島和人・相田敏彦監訳(勁草書房一九九五年)。公共圏論については、花田達朗『公共圏という名の社会空間――公共圏、メディア、市民社会』(木鐸社一九九六年)が基本書。
女性とメディア(メディア・セクシズム批判)
本編で「ステレオタイプ」として一括した問題群のなかで、とくに九〇年代に社会学的研究がさかんになったテーマは、ジャーナリズムにおけるジェンダー・バイアスの問題である。これは基本的にはメディアにおける女性の語られ方がかなり差別的なものになっている現実(メディア・セクシズム)を実証的に検証し、その是正を求めるという動向である。
この点については、小玉美意子『新版 ジャーナリズムの女性観』(学文社一九九一年)が、ニュースのなかで女性がどのように描かれているかを系統的に説明している。小玉はメディア内で働く女性に注目する。やはり男中心の職場では男中心の表現が無反省のまま出てしまうようだ。加藤春恵子・津金澤聰廣編『女性とメディア』(世界思想社一九九二年)もこの分野の基本書。さまざまな視点から論じられているのが特徴で、文献も充実している。  事例研究では、諸橋泰樹『雑誌文化の中の女性学』(明石書房一九九三年)が、女性雑誌・化粧品広告・レディスコミックを徹底的に内容分析している。これをマネしていろいろなメディアについて自分で分析してみるとおもしろいと思う。新聞については、田中和子・諸橋泰樹編著『ジェンダーからみた新聞のうらおもて[新聞女性学入門]』(現代書館一九九六年)が圧倒的なデータに基づいて分析している。
上野千鶴子・メディアの中の性差別を考える会編『きっと変えられる性差別語――私たちのガイドライン』(三省堂一九九六年)は、富山の市民グループの力作で、性差別語とその周辺のことばを網羅して、それぞれについて具体的用例と問題点を解説している。社会学的想像力を働かせて、ひとつひとつ具体的に議論してみるといいだろう。
アンソロジーとしては、井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編、天野正子編集協力『日本のフェミニズム(全七冊・別冊一)』(岩波書店一九九四―一九九五年)の『表現とメディア』(一九九五年)があり、これで概観できる。
犯罪報道における女性の描かれ方については、浅野健一『マスコミ報道の犯罪』(講談社文庫一九九六年)がその二重基準を批判している。
ネットワークとジャーナリズム
一九九五年あたりからインターネットの商用サービスに日本の報道機関も参加するようになった。これらはアクセス数から見て、すでにビッグ・メディアの規模である。ウェッブ形式以外にも電子メール形式も増え、サービスの質と量は日に日に巨大かつ高度になっている。このネットワーク上のジャーナリズムが従来の商業主義的マス・メディア中心のありようを変える可能性もでてきた。
他方、ジャーナリズムの担い手がもはやビッグ・メディア側の人たちに限定されなくなってしまったという事態も生じている。この点については、歌田明弘『仮想報道――News in the Window』(アスキー出版局一九九八年)が秀逸。一言で言えば、ニュースの主体がマス・メディアだけでなくなり、インターネットを通じて普通の人びとがそこに参加してしまう(しかも、ぎこちないやり方で)、という新しい事態をきちんと押さえた新スタイルのジャーナリズム論の登場という印象である。
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4月 12017

社会学感覚10コミュニケーション論/ディスコミュニケーション論

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社会学感覚
10 コミュニケーション論/ディスコミュニケーション論
10-1 コミュニケーションの常識モデル
はじめに
これから四章にわたってコミュニケーションに関する基本問題について考えてみよう。
まずコミュニケーションの基礎的な原理について考察し(第一〇章)、つぎにマス・コミュニケーションの影響についての理論を紹介する(第一一章)。そして現代のジャーナリズムの問題点と社会学的意義について考えてみたい(第一二章)。最後に、マス・メディア巨大な力の影にかくれて見逃されがちな流言(うわさ)の集合的現象としての意味を浮き彫りにしていこうと思う(第一三章)▼1。
さて、コミュニケーションということばは「意志疎通」や「精神的交流」の意味で使われたり「通信」と訳されたりする。その多様性と多用性をとらえるのは並大抵のことではない。そこでここでは、わたしたちが日常生活のなかで漠然と考えているコミュニケーション観念について理論的に反省するという形で議論を構成することにしたい。
社会学論のところで「日常生活の自明性を疑う」という発想法について説明した。わたしたちが「あたりまえ」と思っていることの多くは、じつはけっこうあやしげなものも多く、わたしたちは、ろくにたしかめもせず、ただ信じているにすぎない。だから常識は意外に当てにならない。
たとえば人間論の二章で説明したように、日常的な常識では、自我がまずあって他者と交流していくように考えがちだが、社会学的には逆に、他者との関係がまずあって結果的に自我意識が成立すると考える。また常識では、自分というものがまずあって、それが外在的な役割を引き受けると考える。役割は、取り替え可能な仮面であって、自分そのものではないと考える。しかし現実には、役割を引き受け、役割を生きることによって、はじめて自分自身をたしかな存在として感じる。すなわちアイデンティティの確立・自分らしさ・生きがい・精神の自由・自己実現といった現象が可能になるのである。
このように、一般にわたしたちが自覚していることと社会学的認識とはしばしばくいちがう。人間関係としてのコミュニケーションも、常識や一般通念で誤解されていることがらのひとつだ。
情報のキャッチボール
現代人が「コミュニケーション」と聞いて連想するのは「情報」ということばだろう。わたしたちは「コミュニケーションとは情報をやりとりすることだ」と考える。つまり、「情報のキャッチボール」である。そのさい、ユニットとして想起されているのは、つぎのような図式である。
情報
A─→B
送り手 受け手
送り手から受け手へ情報が移動し、それが終わると今度は送り手と受け手の役割を交換して情報の伝達がおこなわれるというイメージである。工学系のコミュニケーション・モデルや組織コミュニケーションの研究などでじっさいに使用されているものも、このような情報の「移転」(transfer)モデルの延長線上にある。たとえば、情報量概念を定式化し情報理論の基礎を築いたクロード・E・シャノンとウォーレン・ウィーバーによる有名な「コミュニケーションの数学的モデル」は、つぎのような構図になっている▼2。
メッセージ  信号  受信信号 メッセージ
情報源→発信器→チャンネル→受信器→目的地

ノイズ源
これは電話をモデルにしたものであるが、あえて異化してとらえるにはトランシーバーでの通信を想起した方がいいだろう。というのも、電話の送信と受信の同時性は見かけ上のことで、じっさいにはチャンネルが二系統あるにすぎないからである。ユニットとしては一方的である。
しかし、ほんとうにコミュニケーションはこのような「情報のキャッチボール」だろうか。人間のコミュニケーションは、こんなに単純なものだろうか。
たとえば、母親や教師や看護婦が、自分のいったことが伝わらないからといってくどくどと同じことをくりかえし子どもや生徒や患者にいったとしても、コミュニケーションがうまくいくとはかぎらない。いう側つまり送り手は、あくまでも大事な情報やメッセージを投げてやっているつもりで、相手がそれを受け取ってくれないと嘆くことが多いけれども、現実のコミュニケーションは、それとは別の次元ですでに決定してしまっているのだ。
コミュニケーションの常識モデルの問題点
コミュニケーションを「情報の移動」「情報のキャッチボール」として自明視する考え方をここでは「コミュニケーションの常識モデル」と呼ぶことにすると、この常識モデルは説明上のわかりやすさをもつと同時に、さまざまな問題点をもっている。デニス・マクウェールによると、それは三つの点で偏向しているという▼3。
(1)コミュニケーションの基礎に合理性や目的性があり、特定の目的の達成という意図がふくまれているために、コミュニケーションの効率性が判定基準として適切だという暗黙の考え方がふくまれている。
(2)コミュニケーションを線的にとらえている。
(3)コミュニケーションがつねに送り手から始まると前提され「伝達されるもの」も送り手に属すものと仮定されている。
要するに、わたしたちはコミュニケーションについていざ考えようとするとき、知らず知らずのうちに、なにか目的をもって相手に情報を送ろうとする送り手の役割と立場に身をおいてしまっているのだ。これはなぜだろうか。
コミュニケーションには、おおよそ三つの類型[水準]が存在する▼4。
(1)パーソナル・コミュニケーション――少数の人びとの対面的交渉
(2)マス・コミュニケーション――マス・メディアから大衆へ
(3)中間的(intermediate)コミュニケーション――専門家・組織・地域内
たとえば病院のなかのコミュニケーションでいえば、患者や家族・ナースや医師の対話・面接がパーソナル・コミュニケーションであり、待合い室におけるラジオやテレビ・雑誌がマス・コミュニケーションであり、医師のオーダー・処方箋・カルテなどが中間的コミュニケーションにあたる。
ここでコミュニケーションの本質が直接あらわれるのはパーソナル・コミュニケーションであるが、わたしたちはこれをコミュニケーションとしてとらえかえすとき、つい他のふたつの類型の図式をもちこんでしまうのである。マス・コミュニケーションはコミュニケーションを一方的な直線的過程にイメージさせるし、中間的コミュニケーションはコミュニケーションの目的性を強調することになる。
おそらくこれは理由のないことではない。パーソナル・コミュニケーションについても、たとえばそれが学校教育・医療現場・巨大組織のなかでおこなわれるときには、その本来もっているダイナミズムが失われて、このようなコミュニケーション観に対応したものになっていることが多い。現代とはそういう時代である。だから、「コミュニケーションの常識モデル」は、現代コミュニケーションのゆがみやひずみの反映――すなわち物象化的錯視の結果――と考えるべきだろう。
では、コミュニケーションの本質とはなんだろう。ここで理論的な考察に入ることにしよう。
▼1 社会学的視点からコミュニケーションについて解説した概説書は少ないが、つぎの二点がある。デニス・マクウェール、山中正剛監訳、武市英雄・松木修二郎・山田實・山中速人訳『コミュニケーションの社会学――その理論と今日的状況』(川島書店一九七九年)。林進編『コミュニケーション論』(有斐閣一九八八年)。
▼2 Claude E.Shannon and Warren Weaver,The Mathematical Theory of Communication,Illini Books edition,1963,p.7.
▼3 デニス・マクウェール、前掲訳書一五ページ以下。
▼4 林進編、前掲書六-七ページ。
10-2 コミュニケーションとはなにか
身ぶり会話としてのコミュニケーション
コミュニケーションについてもっとも基礎的な理論を提供してくれるのは今日でもジョージ・H・ミードである。すでに自我論と役割取得論について紹介したことのあるミードの講義録『精神・自我・社会』を今度はコミュニケーション論について参照しつつ考察してみよう▼1。
わたしたちは意識をもった自我として言語によって他者と対話する。たしかにこれが通常のコミュニケーションの姿である。しかし、コミュニケーションをここからとらえるかぎりその本質はみえてこない。
コミュニケーションの現場で「現実に」生じていることを即物的に観察してみると、存在するのはふたつ以上の個体の動作のやりとりだけである。ここで第二章で示した「異邦人の眼で見る」ことにしよう。ふたりの人間のコミュニケーションの場面を異星人が観察しているとすると、まず人間Aが手をあげ顔面の一部を収縮しつつ顔面の中央突起の下にある穴から大きな音を発している。それに対して人間Bは歩くのをやめ首を前後に振りしつつ音を発して反応している。「おー、ひさしぶりだな、元気かい」「どうも、ごぶさたしてます」なんて会話も、異星人の観察ではこんなものだ。おそらくこれは動物どうしの場合も変わりないはずである。恋人たちの会話も犬のケンカも、いっさいの予断を排除して観察するかぎり、実在しているのは個体の「身ぶり」(gesture)だけである。
ミードによると、社会過程を進行させる根本的なメカニズムは「身ぶり」だという。個体間の身ぶりのやりとりだけが現実に存在する。したがって、コミュニケーションを考える上で重要なことは、この「身ぶり」に注目することである。身ぶりによってコミュニケーションが進行するとなると、動物でもなんらかのコミュニケーションがおこなわれており、なにも人間だけの特権ではないということになる。コミュニケーションは個体相互の動作のやりとりによって進行する。
この点についてミードは犬のケンカを例にあげている▼2。そのもっとも基本的な単位は三つのシーンからなる。
シーン1――はじめに犬Aが攻撃的な姿勢をとる。
シーン2――Aの身ぶりが犬Bに対する刺激となってBの反応[うなり声や威嚇的なしぐさ]をひきおこす。
シーン3――Bの反応の身ぶりがAに対する刺激となり、Aがそれに反応する。
このような犬のケンカの場面で生じているのがコミュニケーションである。身ぶりによる応答が進行しているからだ。人間の場合であればボクシングやフェンシングなどがこれと同じ水準に相当するが、これがコミュニケーションのもっとも原初的な姿なのである。ミードは「身ぶり会話」(conversation of gestures)と呼んでいる。このようにコミュニケーションは第一義的には「身ぶり」という一種の記号に媒介されて進行する相互適応にほかならない。
さて、このプロセスのなかで犬Aの身ぶりの意味を決定しているのはなんだろうか。それは犬Bの反応である。シーン1のAの身ぶりの「意味」は、シーン3のAに刺激として還ってくるシーン2のBの反応である。BがAの身ぶりを攻撃・威嚇の構えとして反応したことが、この場面におけるAの身ぶりの意味を決定したのである。
一般に、ある個体の身ぶりの意味を決定するのは、それに対する他の個体の反応である▼3。つまりポイントは「受け手の反応」にある。受け手の反応が送り手の行為の意味を決めるのだ。
これは人間のコミュニケーションについてもあてはまる。たとえば、よく「売りことばに買いことば」という。さりげなくだしたことばに対して[シーン1]相手が過剰に反応してしまったため[シーン2]思わず過激な態度とってしまう[シーン3]。この場合も、最初のことばの意味を決めるのは自分ではない。それをいわれた相手の出方がその意味を決めてしまうのだ。このように「意味」は人間の心的状態に生じるものではなく、コミュニケーションのプロセスのなかに客観的に存在するものとミードは考える。
人間的コミュニケーション
では、人間のコミュニケーションの場合、動物となにがちがうのだろうか。ミードによると、人間は動物とは質的に異なる身ぶりをすることができるという。それは「言語」である。じつは「言語」もまた「身ぶり」の一種なのだ。これを「有声身ぶり」(vocal gesture)という。有声身ぶりが、他の身ぶり・動物の身ぶりとちがうところは、相手に聞こえるように自分自身にも聞こえるということだ。他の身ぶり――たとえば表情――は自分にはみえない。人間は、有声身ぶりによって、相手にひきおこす反応を同時に自分自身のうちにもひきおこすことができる。その結果、他者の反応を自分のなかに取り入れることができる。こうして人間は自分の発する言語の意味を意識できる。この反省的なメカニズムが人間の有声身ぶりを「有意味シンボル」(significant symbol)にする。
ここに自我意識の発生する基盤がある。自我があってコミュニケーションが生じるのではなく、逆にコミュニケーションのプロセスから有声身ぶりを媒介にして自我が生じるのである。「精神は、経験の社会的過程あるいは社会的文脈のなかで、身振り会話によるコミュニケーションをとおして生まれるのであり、コミュニケーションが精神をとおしていとなまれるのではない▼5。」このようにコミュニケーションは精神の発生基盤そのものであり、第一次的なプロセスなのである。
コミュニケーションの本質についての中間考察
以上のように、コミュニケーションについての一般的なイメージ[ここでは「常識モデル」と呼んだ]に対して、社会学的なコミュニケーションの基礎理論はずいぶんちがった相貌を呈している。その結論を整理すると――
常識モデル       社会学モデル
基本構造  情報のキャッチボール 記号を媒介にした相互作用
意味の決定  送り手の意図      受け手の反応
ここまでくればコミュニケーション概念の形式的な定義も立体的にとらえることができるのではなかろうか。コミュニケーションとは「記号を媒介とする相互作用過程」である。この定義についていくつかの重要な論点を整理しておこう。
第一に、コミュニケーションは「記号」を媒介にした過程であること。記号とは具体的には身ぶり・表情・ことば・文字・映像などのことだ▼6。
第二に、情報が移動するのではないこと。「伝達」とは意味の共有であるが、これはどのような場合にも近似的なものにすぎないことを認識すべきである▼7。
第三に、コミュニケーションは原則的に「相互作用」(interaction)であって、一方的な過程ではないこと。
第四に、コミュニケーションの意味を決定するのは本質的に「受け手の反応」であること。その点で「受け手」はコミュニケーションの「始発者」(initiator)でもあるのだ▼8。「受け手」というのはたんに便宜的な呼び方にすぎない。
第五に、コミュニケーションは反省的な過程であること。とりわけ人間コミュニケーションの本質はその「反省作用」(reflection)にある。これがあるために人間のことばはオームのことばとちがって「有意味シンボル」たりえるのであり、精神から創造的自我形成をへて社会形成に連なる独自の高度な文化的系列が可能になるのである▼9。
▼1 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼2 ミード、前掲訳書一九および四八ページ。
▼3 ミード、前掲訳書八五ページ。
▼4 この場合の「意味」はむしろ「客観的意味」といった方がいいだろう。ウェーバーの「主観的意味」とはまったく別のレベル――もっと根源的なレベル――である。
▼5 ミード、前掲訳書五六ページ。
▼6 人間がその歴史のなかで使用してきた記号の進化を丹念にたどった読み物として、ホグベン、寿岳文章・林達夫・平田寛・南博訳『洞窟絵画から連載漫画へ――人間コミュニケーションの万華鏡』(岩波文庫一九七九年)。
▼7 コミュニケーションのこの基本性格をもっとも典型的に示しているのは日常のあいさつである。たとえば「あついですね」「ええ、とても。どちらへ,」「ええ、ちょっと」といったありふれた会話において、言語上のことばの内容にそれほどの意味はない。まして情報の観点からいえば無意味とさえいえる。しかし、対応の仕方が決定的に重要なのである。あいさつは多くの場合、情報を交換しているのではなく、上下関係・新旧関係・友情関係などをメタ・レベルでそのつど再確認しているのである。
▼8 マクウェール、前掲書一八ページ。
▼9 ミード、前掲訳書に編者がつけたタイトル『精神・自我・社会』はこれを示している。
10-3 ノンヴァーバル・コミュニケーション
ノンヴァーバル・コミュニケーション
人間のパーソナルなコミュニケーションの基本は言語によるものである。けれども、言語だけが〈無伴奏〉で使用されるのはまれである。人間コミュニケーションの現場の多くは、さまざまな〈伴奏〉や対位法的旋律の交錯するポリフォニックな意味の生成の場である。
たとえば、わたしたちは会話のさいにことばだけを使っているわけではない。身ぶり・手ぶり・身体接触・顔の表情・視線(目くばせ)・距離のとり方・話し方・抑揚・声の質(トーン)・沈黙など、話し手は意識的・無意識的にコミュニケーションのプロセスにもちこむ。また、話し手の方は意図していなくても、聞き手=受け手の方が勝手にそうした諸々の「伴奏」と対位法的旋律を受けとってしまう。身体的特徴・服装・化粧もそのような働きをするし、話し役と聞き役の交替のタイミングなどもコミュニケーションの重要なファクターとして機能する。
このように言語によるコミュニケーション以外のコミュニケーションを「ノンヴァーバル・コミュニケーション」(nonverbal communication)という。これは「非言語的コミュニケーション」と訳される。または「副言語」(paralanguage)と呼ばれることもある。ただしこちらはやや狭い意味で――話しことばに付随する音声上の特徴として――限定的に使われることが多い。人間の場合、言語がその独自で高度なコミュニケーションを可能にしているとはいえ、これらのノンヴァーバル・コミュニケーションもたいへん重要な働きをする。
一般に、言語的コミュニケーションとノンヴァーバル・コミュニケーションをくらべるとノンヴァーバルの方が比重が重いといわれている。一説によると「二者間の対話では、ことばによって伝えられるメッセージ(コミュニケーションの内容)は、全体の三五パーセントにすぎず、残りの六五パーセントは、話ぶり、動作、ジェスチャー、相手との間のとり方など、ことば以外の手段によって伝えられる」という。じっさい親近感.敵意.優越感・服従感・誠意・権力など「関係」に関することがらは副言語によって高い確率で伝えられる▼1。また、だれしも子どものころ母親にウソをついてうまくダマせたつもりが、かんたんに見破られてしまったという経験をもっているものだ。これは母親が子どものことばより目線のようなノンヴァーバルな部分を重視して真偽を判定するからだ。ふつう子どもはノンヴァーバルな部分まで意識的にコントロールできないものである▼2。
ノンヴァーバル・コミュニケーションの文化的相対性
ノンヴァーバル・コミュニケーションの意味は集団や社会の文化によって強く規定されている。わたしたちは言語についてはそれを承知していても、ジェスチャーや表情にもそれがあてはまることは意外に認識されていない。たとえば、ことばが通じないところだは身ぶりでコミュニケーションをとればいいと、わたしたちは考えがちである。しかし、ノンヴァーバル・コミュニケーションは言語と同様に――ときには言語以上に――集団と社会の文化に強く規定されている。
たとえば、対話のさい相手の目をみることは、欧米の白人文化においては誠実を示す必要条件とされている。しかし、同じ欧米でも黒人文化ではこのような視線の交差[アイ・コンタクト]は必要条件ではない。またアジア文化圏では一般に相手の目をみないことが尊敬の念を示す場合が多い。南アジアではでは男女が相手の目をまっすぐみつめるのは夫婦間だけにかぎられている。日本では話し手の目をみつめることは相手に緊張感をあたえやすい▼3。
ノンヴァーバル・コミュニケーションの文化的相対性の問題が顕在化するのは、いうまでもなく、まったく異なる文化に属する人びとのあいだのコミュニケーション――「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)――においてである。ノンヴァーバルなメディアについての双方の解釈コードが異なることによって、送り手と受け手に共通の反応が生じないことによるのである▼4。
▼1 マジョリー・F・ヴァーガス、石丸正訳『非言語(ノンバーバル)コミュニケーション』(新潮選書一九八七年)一五ならびに一〇三ぺージ。バードウィステルの分析による。なお、この本はノンヴァーバル・コミュニケーションについてのすぐれた入門書であって、たいへんわかりやすい。著者はドイツ系アメリカ人でボリビア出身の夫をもつ女性の言語技術研究者。
▼2 ゴッフマンによると、コミュニケーションの受け手は、送り手がコントロールしやすい側面[ことば]を表情のようなコントロールしがたい側面と照合して反応する。そのさいノンヴァーバルな後者の側面はかえって受け手に疑念をいだかれずにいるので、その側面を意識的にコントロールすることで送り手は一定の効果をえることができる。E・ゴッフマン、石黒毅訳薫『行為と演技――日常生活における自己呈示』(誠信書房一九七四年)
▼3 K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』東京創元社一九八五年。一七一ページ。
▼4 くわしくはシタラムの前掲書を参照。この本は異文化間コミュニケーションに関するバランスのとれた概説書。シタラムはインド出身のアメリカのコミュニケーション研究者。それだけにアジア文化圏についての記述も豊富だ。ヴァーガスにせよ、シタラムにせよ、そのマージナルな経歴が日常のコミュニケーションに対する繊細な感覚を育て、その結果アメリカ社会における日常生活の自明性を「異邦人の眼で見る」ことを可能にしていることにも注目しておきたい。
10-4 デイスコミュニケーション
理想状態としてのコミュニケーション
ディスコミュニケーション(dyscommunication)とはコミュニケーションがうまくいかないことをいう。略して「ディスコミ」とも呼ぶ。
じつはディスコミについての本格的な理論はまだない。その意味で社会学の入門書である本書のなかでディスコミについて語ることは時期尚早といえる。しかし、あえてそれをするのはコミュニケーションの問題が同時にディスコミュニケーションの問題でもあることを認識しておいてほしいからだ。
本章ではこれまでコミュニケーションをその本質においてとらえるため、事実的な相互作用として分析してきた。しかしコミュニケーションには多くの層があり、これまで説明してきたその基底的な層だけがすべてではない。ここで問題となるコミュニケーションの層は規範的なレベルである。
人間のコミュニケーションは一定の理想状態を先取りしている。つまり、自分と相手がコミュニケーションによって共通の意味を共有でき、相互に理解できるという理想が日常のコミュニケーションにすでにふくまれている。だから「コミュニケーションがとれた」というのは「意味の共有」および「相互理解」という理想が実現されたということである。逆に、「意味の共有」と「相互理解」が達成されない場合、それはディスコミュニケーションということになる。現実には、このような理想状態が達成されるのはむしろまれなことだから、コミュニケーションとディスコミュニケーションとは不即不離の関係にあるといえる▼1。
さまざまなディスコミュニケーション
このようなコミュニケーションの理想的側面に注目すると、現実の多くのコミュニケーションがじつはディスコミュニケーションであるという帰納になる。つまりコミュニケーションとしてみなされている諸々の現象はじっさいにはコミュニケーションの理想的局面を満たしていないのだからディスコミュニケーションであるというわけだ。
たとえば、ノンヴァーバル・コミュニケーションの問題も、じつはディスコミュニケーションの問題である。
受け手は、送り手について見聞きできるすべての身ぶりに反応する。だから、送り手が意識的に送りだした言語的メッセージだけがコミュニケーションにのるわけではなく、意識していないさまざまなノンヴァーバルなメディアもいっしょに受け取られる。しかし、送り手自身が自覚・意識できるのは、基本的に言語(音声身ぶり)だけである。したがって送り手の意図と受け手の反応は原則的に一致しない。そしてコミュニケーションの現実的意味が「受け手の反応」にあるとすると、送り手は自分が送り手として参加したコミュニケーションの現実的意味を認識しないままコミュニケーションを終えることになる。これは「意味の共有」と「相互理解」の点でディスコミュニケーションにほかならない。
たとえば母親が子どもに「ゆっくりでいいから、自分でやってごらん」といって作業をさせたのに、子どもの不器用さにガマンできず、すぐに手助けしてしまうことがある。またたとえば、おこった態度を示しながら「遊びたいんなら、遊んでらっしゃい」と反語的に叱る母親の場合、ことばとノンヴァーバルな動作・態度が分離・矛盾している。そのとき子どもは、ことばと表情の板挟みに陥る。第一主題の旋律と、それと矛盾する第二主題の旋律が、同時にコミュニケーションのプロセスに流れこむ。この対位法のなかで、子どもは母親のことばにしたがうと表情のメッセージに反するし、表情にしたがうとことばのメッセージに反してしまう。いずれにしても子どもは母親に反せざるをえない。このような状態を「ダブル・バインド」(double bind)といい、これが長期にわたってくりかえされることによって自閉症や分裂症の原因となるともいわれている▼2。
他方、異文化間コミュニケーションといわれる現象も、少し考えればわかるように、コミュニケーションについてのコードが集団や社会の文化によって異なるために「意味の共有」と「相互理解」のできない状態が問題とされている。これもディスコミュニケーションである。
したがって、現代社会における人間のコミュニケーションを考えることは、ディスコミュニケーションの現実に思いをいたすことである。そして、このことはたんに対話的コミュニケーションだけにあてはまるのでなく、マス・コミュニケーションや組織コミュニケーションやジャーナリズムについてもあてはまることなのである。
▼1 コミュニケーションが一定の理想状態を先取りしていると本格的に指摘した研究として、ハバーマスの「コミュニケーション能力の理論のための予備的考察」がある。ユルゲン・ハーバーマス、ニクラス・ルーマン、佐藤嘉一・山口節郎・藤沢賢一郎訳『ハーバーマス=ルーマン論争/批判理論と社会システム論』(木鐸社一九八四年)。一見すると文法学的な議論なのだが、そこから社会批判の視点が導出されるプロセスには感動を覚える。また、ディスコミュニケーションを主題とした数少ない論考として、杉山あかし「ディスコミュニケーションの社会理論へ」『新聞学評論」三八号(一九八九年)参照。なお本書ではふれないが、わたし自身は、ミード流の「反省作用」と関連でディスコミュニケーションを定義している。野村一夫「社会学的反省の理論としてのジャーナリズム論」『新聞学評論』三六号(一九八七年)
▼2 「ダブル・バインド」概念の提唱者はグレゴリー・ベイトソン。かれが挙げているダブル・バインドの有名な観察事例をひとつ示しておこう。これは「精神分裂症の理論化に向けて」という論文で分析されている事例である。「分裂症の強度の発作からかなり回復した若者のところへ、母親が見舞いに来た。喜んだ若者が衝動的に母の肩を抱くと、母親は身体をこわばらせた。彼が手を引っ込めると、彼女は『もうわたしのことが好きじゃないの?』と尋ね、息子が顔を赤らめるのを見て『そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ』と言ってきかせた。患者はその後ほんの数分しか母親と一緒にいることができず、彼女が帰ったあと病院の清掃夫に襲いかかり、ショック治療室に連れていかれた。」G・ベイントソン、佐藤良明訳『精神の生態学』(思索社一九九〇年)三〇七ページ。
増補
ハバーマスのコミュニケーション行為論
ユルゲン・ハバーマスのコミュニケーション行為論は広範な影響を社会科学の世界に与えている。したがって、難解であっても、ある程度の理解が必要になってきた。なお、ハバーマスは「ハーバーマス」「ハーバマス」「ハバマス」とも表記される。訳本が多い未来社では「ハーバーマス」に統一されている。
ハバーマスの思想的営為が要領よく整理されている最新作としては、中岡成文『ハーバーマス――コミュニケーション行為』現代思想の冒険者たち27(講談社一九九六年)。評伝もかねているので、入りやすい解説になっており、解説に余裕が感じられるのもいい。多くの論争者や複雑な知的文脈についても明解に理解できる。マイケル・ピュージ『ユルゲン・ハーバマス』山本啓訳(岩波書店一九九三年)は、少し内容が古いものの、入門書としてコンパクトでやさしく書かれている。岩波講座社会科学の方法第八巻『システムと生活世界』(岩波書店一九九三年)は論文集だが、そのタイトルがハバーマスの考え方に由来しているように、ハバーマスの解説書として読むこともできる。
ハバーマスとそれをめぐる議論が日本社会にとってどのような意義があるかについては、佐藤慶幸『生活世界と対話の理論』(文眞堂一九九一年)が参考になる。なお、おもにドイツを舞台にハバーマスは数々の論争を引き起こしてきたが、それについては、矢代梓『啓蒙のイロニー――ハーバーマスをめぐる論争史』(未来社一九九七年)が、社会的背景をふくめてコンパクトにまとめている。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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