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4月 12017

社会学感覚24社会学的患者論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
24 社会学的患者論
24-1 医学パラダイムの成果と限界
医学パラダイムの成果
これからますます重みをましてゆくと思われる社会問題のひとつとして医療問題がある。医療はおそらく今後十年間にもっとも変動の激しい社会領域となることが予想され、すでに市民共通の課題として立ちあらわれつつある。そこで本章では、医療社会学および社会医学の成果のうちから、おもに患者に関するものを紹介しつつ、現代の医療が直面する諸問題について社会学的に考えていきたい▼1。
さて、医療活動の中心的役割を担っているのは医師である。医師は近代医学を学んだ者である。近代医学は自然科学の一分野である。これらのことは自明なことのようにみえる。しかし歴史的にみるかぎり、近代医学が医療の中心になったのは、たかだか十九世紀のことにすぎない。そして現在、医療の中軸はふたたび歴史的転機を迎えようとしている。
近代医学は自然科学のパラダイムの上に成り立っている。パラダイム(paradigm)とは、科学者集団が大前提とする〈ものの見方〉を意味する科学社会学上の用語である。たとえば、天動説と地動説、ニュートン力学と相対性理論が代表的なパラダイムである。いわば公理的枠組、学界の常識のことである▼2。近代医学の場合、症候から病理過程にさかのぼって病因を確定するというぐあいに、因果連鎖をさかのぼっていくというのが主要なパラダイムといっていいだろう。こうして疾患名を確定することを「診断」といい、これにもとづいて病因をのぞき、病理過程を正常に修復することを「治療」という▼3。
多くの急性疾患は、近代医学のこのようなパラダイムによる研究と努力によって征服されてきた。たとえば、先進諸国においておもな急性伝染病は駆逐され、かつては死を意味した肺炎や結核なども格段に治療法がすすんだ。このように、その成果を否定することは当然できないし、その意義はいぜんとして大きい。しかし、現在、この医学パラダイムは内外からいくつかの問題に直面している。パラダイムの内部問題と外部問題として整理してみよう。
医学パラダイム内部の問題点
近年の医療批判に「患者不在の医療」「こまぎれ医療」がある。これらは、よくいわれるような「たまたま現代医療が堕落しているからこうなった」といった性質のものではない。いずれも近代医学パラダイム内部から必然的にでてくる問題である。
第一に、近代医学パラダイムは、まず病気と患者を分離して考える。そして病気[疾患]の方を徹底的に分析していくわけである。したがって、医師が科学的であろうとすればするほど、患者の〈人間〉の側面を捨象して〈疾患〉だけを細かくみていこうとする。検査データはなるべく多い方がいいという発想もここに由来するし、教科書的にあつかいやすい〈疾患〉だけをみることになりがちなのはむしろ当然といえる▼4。
第二に、医学パラダイムは他の多くの自然科学と同様、全体を部分に分解してこまかく分析することによって真理に到達すると考える。そして「部分の欠陥を的確に指摘し、巧みに修理すればたちどころに全体としての人間が元通りになるはずであるという信念」に支えられている▼5。その結果、臓器別に診療科が細分化され、部品修理的医療すなわち「こまぎれ医療」へ傾斜しがちになる。現在、東洋医学が人びとの共感をえているが、それは西洋医学のこうした傾向に対して東洋医学が総合性をもつからである。
医学パラダイム外部の問題点
他方、医学パラダイムの外部においても、すっかり状況が変わってしまった。それは疾病構造の変化である。園田恭一のまとめによると、それはつぎのようなことをあらわしている▼6。
第一に、近代医学の進歩によって多くの急性疾患を克服した結果、あとに慢性疾患が残ってしまった。慢性疾患とは、ガン・脳血管疾患・心疾患などのいわゆる成人病である。つまり〈急性疾患から慢性疾患へ〉と疾病構造が根本的に変化した。第二に、社会的要因による傷病が増大している。つまり、交通事故・労働災害・突然死のような不慮の死が一九六〇年代後半以降、死亡順位の第四位か第五位を占めるようになってしまった。第三に、受診者数をみるかぎり精神障害者が高血圧なみに急増している。第四に、高齢化にともなう老人性疾患の増加がある。
慢性疾患・事故・精神障害・老人性疾患へと疾病構造が変化したことによって、これまでの医学パラダイム中心の医療では対応がむずかしくなっている。
まず、慢性疾患の場合、それらは原則的に治らない病気である。だから、病気とうまくつきあいながら一病息災にもちこむ以外にない。そのさい重要なのは患者自身の自己管理である。このとき医療はアドバイザーにすぎない。慢性疾患の場合、ほとんどの患者は社会生活を続行するから、そのなかで生活指導をしていかなければならない。このように、慢性疾患の管理は急性疾患の治療とまったく異なるプロセスになってくる。となると、病因をみつけ病院で集中的に教科書通りの治療をすればかならずよくなるという急性疾患治療の前提はくずれさる。このように、もはや「病気」の概念が伝統的な医学パラダイムをこえてしまっているのだ▼7。
これは老人性疾患の場合もほぼ同様である。従来の医学では老人性疾患に対してしかるべき対応ができなかった。つまり、老人を隔離し寝たきり状態にして濃厚医療をほどこすしかなかったのである。これは急性疾患中心の医学パラダイムからすると当然の処置だったといえよう。しかし、大熊一夫のルポルタージュが示すように、それがいかに人間の尊厳を傷つけるものだったかは想像に絶する▼8。
また、事故による傷病の増加の背景にあるのは、あきらかに社会生活の問題である。これについては多言を要しないだろう。他方、精神疾患もまた社会生活の問題と密接に関連していることは強調しておいてよい。重要なのは、精神疾患の多くのものは他の病気のように身体の病理的変化を前提に「病気」を定義できないという問題である。社会学ではこれを逸脱的な「ラベル」あるいは「役割」と考える立場もあるほどだ▼9。
いずれにしても、自然科学としての医学パラダイムでは処理しきれない局面をこれらはもっている。それを一言でいえば〈プロセスとしての社会生活〉ということである。
慢性疾患・老人性疾患・精神疾患の場合、〈治療〉は社会生活のなかにある。それは〈治療〉というより、〈コントロール〉または〈生活復帰〉というべきプロセスである。それは一方では、原因となった労働条件や生活条件、食事・タバコ・アルコール・運動不足などの生活習慣、人間関係によるストレスなどを改善し、場合によってはリハビリテーションによって生活能力を高めていくプロセスであり、他方では、身体的ならびに精神的障害が社会的差別につながらないような社会環境をつくりあげていくプロセスでもある。つまり、急性疾患の場合のようにただ個人を治すのではなく、社会がそれにあわせて適応するような側面も要請されるということである。
このような〈プロセスとしての社会生活〉に対して、医学パラダイムが対処できないのは当然のことだ。医療と福祉の有機的連関や、医療への社会科学の導入をふくむ「医療の社会化」が求められるゆえんである▼10。
▼1 医療社会学のおもな概説書としてつぎのものがあり、本章でもこれらを参照した。H・E・フリーマン、S・レヴァイン、L・G・リーダー編、日野原重明・橋本正己・杉政孝監訳『医療社会学』(医歯薬出版一九七五年)。七〇年代初頭のアメリカ医療社会学の集大成的な大著。目下、日本語で読める医療社会学文献のうち、もっともくわしく知識量の多いものである。日本の医療を論じたものとしては、園田恭一・米林喜男編『保健医療の社会学――健康生活の社会的条件』(有斐閣選書一九八三年)。より社会学サイドのものとして、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)。また、医学の側から社会学的視点を導入する「社会医学」系の文献も参照した。一般的なものとして、砂原茂一『医者と患者と病院と』(岩波新書一九八三年)。また中川米造の一連の著作も参照した。
▼2 パラダイム概念の提唱者はクーンである。トーマス・S・クーン、中山茂訳『科学革命の構造』(みすず書房一九七一年)。
▼3 中村隆一『病気と障害、そして健康――新しいモデルを求めて』(海鳴社一九八三年)二〇-三二ページ。
▼4 砂原茂一、前掲書五四ページ以下。
▼5 前掲書七三ページ。
▼6 園田恭一・米林喜男編、前掲書三-五ページ。
▼7 水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』(中公新書一九九〇年)第六章「慢性疾患の生活管理」参照。また、中村隆一、前掲書第五章「慢性疾患の諸問題」を参照のこと。
▼8 大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)。
▼9 トマス・J・シェフ、市川孝一・真田孝昭訳『狂気の烙印――精神病の社会学』(誠信書房一九七九年)。
▼10 本論では省略するが、医学パラダイムがその限界性を示すもうひとつの重要な問題は「死」である。脳死、臓器移植、ターミナル・ケア、尊厳死などの問題はもちろん医療の問題だが、もはや従来的な医学パラダイムの守備範囲をこえてしまっている。この側面については、文化人類学者の波平恵美子の著作が注目される。これは本来、社会学者がやってよい仕事である。波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知――死と医療の人類学』(福武文庫一九九〇年)。波平恵美子『病と死の文化――現代医療の人類学』(朝日選書一九九〇年)。また「死の社会学」の古典的研究として、有名な「死のポルノグラフィー」をふくんだ、ジェフリー・ゴーラーの『現代イギリスにおける死と悲嘆と哀悼』がある。これはつぎのタイトルで邦訳されている。G・ゴーラー、宇都宮輝夫訳『死と悲しみの社会学』(ヨルダン社一九八六年)。
24-2 病者役割と障害者役割
病気と障害の混同
医学パラダイムの限界として提示したことを別の局面からみると、病気と健康の対概念のあいだにもうひとつの大きなカテゴリーが広がっていると考えることができる。それは〈障害〉である。いわゆる病気でもなく健康でもない――あるいは病気でもあり健康でもある――〈障害〉の領域が今日決定的に大きな意義をもつようになっている。
これに対して、伝統的な医学パラダイムでは、病気と障害の区別、そして病者と障害者の位置づけがはっきりしていなかった。従来の慢性疾患や老人医療において処置が不適切な場合が多かったのはこのためである。またこれに呼応して一般の人びとも両者を混同している▼1。
そこで必要なのは、現代の疾病構造に対応して、病気と障害、病者と障害者の概念をはっきりさせていくことである。これまで医学・リハビリテーション医学・社会医学・看護学・社会福祉論・医療社会学などさまざまな分野の論者がこの概念の区分をしているが、おどろくことに、その多くは共通して伝統的な社会学の役割理論から出発している。ここでそれらの議論を整理してみよう。
病者役割
議論の出発点になるのは、パーソンズの「病者役割」(sick role)概念である▼2。かれによると、病者役割は四つの側面から構成される。まず第一に、病者は正規の社会的役割を免除される。その免除の度合いは病気の程度によって異なり、医師はそれらを判断し保証し合法化する役割を果たす。第二に、病者は自己のおかれた立場や条件について責任をもたない。つまり、病者はみずから好んで病気になったのでもないし、自分の意志でなおすわけにもいかない。その意味で病者は無力であるから、他人の援助を受ける権利がある。第三に、病者は早く回復しようと努力しなければならない。というのは、そもそも病気は本人にとっても社会にとっても望ましくないものだからである。そして第四に、病者は専門的援助を求め、医師に協力しなければならない。つまり、病者は自分で直すことはできないのだから医師の援助を求める義務があるというわけである。
以上のように「病者」は、一時的に社会的役割とそれにともなう社会的責任や社会的義務を免除された人間であるとされる。つまり、通常の社会的役割を遂行しえない逸脱者と定義される。
パーソンズのこの理念型はたしかに西欧文化にもとづいているが、ある程度は近代社会全般にいえることだと考えられる。それは、学校や企業などの公的な組織においてひとたび病者役割が認められると欠席に正当性があたえられることからもあきらかである。他方、こうした正当性を利用するさまざまな形態がある。たとえば授業をエスケープしたい生徒は学校の保健室というサンクチュアリー[聖域]を利用することができるし、兵役拒否に診断書が使われたり、政治的な意図で病院へ一時避難したりすることもしばしばおこなわれる。スターリン時代の旧ソ連では、生産目標が過大に設定されていたために農民出身の労働者たちは非常に苦しんだ。そこでかれらは積極的に病者役割を認めてもらって(つまり医者から病気と診断してもらって)過酷な労働の義務から免除してもらおうとした。つまり診断書が一種の免罪符の機能を果たした。そのため、政治指導部は医師のこうした診断数を制限したという▼3。
病者役割概念は一種の理念型であるが、人びとが現実に使用する常識的知識にその対応物が存在するのはある程度まではたしかなことだ。患者となった人びとの多くは、病者役割にふくまれた権利と義務を受け入れているし、医師や看護婦などの医療関係者の多くも、患者となった人びとにこのような役割を期待し、自分たちの役割もそれに対応して定義する。また病院の組織文化も、基本的に上記の病者役割を基準に編成されている。つまり、患者はまったく平等に、その主要な社会的役割から一時的に離脱した者として定義される。治療を求めて病院にやってきた人びとに対して、なによりもまず病院がすることは〈社会学的に羊の毛を刈る〉ことである▼4。
慢性疾患などの場合
パーソンズが定式化した病者役割概念の功績は、〈病人である〉ということが自然現象であるとともに、すぐれて社会現象でもあることを明確に示したことである。しかし、そこにはいくつかの問題があった。
そのひとつが前節でのべた慢性疾患・老人性疾患・精神疾患などの増加である。ここではそれらを慢性疾患に代表させて論じることにしたいが、慢性疾患は急性疾患とちがって苦痛のないことも多いし、症状も断続的なことが多い。また〈治療〉も社会生活のなかでおこなわれる。したがって、慢性疾患患者は病気を抱えながらも通常の社会的役割を果たしていくことが多い。こういう人びとを一律に役割から免除することは、それが一時的なものではないがゆえに、本人にとってかならずしも利益とならないばかりか一種の差別となる場合さえ考えられる。ところが伝統的な医療組織では、かれらに対してむりに病者役割を適用してきたきらいがある。その結果、患者の方はそうした病者役割の受け入れに抵抗して「不良患者」となってしまうケースも少なくない。これは老人性疾患や精神疾患にも大なり小なりいえることである。
では、どう考えればよいのだろうか。
障害者役割
慢性疾患患者の心身機能が障害されている場合は、ジェラルド・ゴードンが提唱した「障害者役割」(impaired role)にあてはめてとらえるべきだろう▼5。
ルース・ウーによると、障害者役割とは、第一に「その人の状態がもつ範囲内で、ある役割義務を引き受ける能力や責務のこと」である▼6。当然、障害のある人の行動のレパートリーは制限され、健康者役割[健常者役割]とはちがったものになる。しかし、病者役割のように行動を一時的に制限・免除されはしない。障害者役割にあるのは基本的に能力に対応した役割の修正である。第二に、障害者役割には、能力低下を補う道具的依存がふくまれる。この場合の依存とは、たとえば盲導犬であり補聴器であり車イスであり、あるいはまた血糖値を下げるための特別メニューであって、病者役割にふくまれるような心理的依存ではない。第三に、障害者役割には、自分の状態の共同管理者であることが期待される。医療専門家の生活指導によって自己管理することである。第四に、目下のところ障害者役割には自分自身のPR担当者であることもまた役割期待されている▼7。
中村隆一はリハビリテーション医学系の別の文献を用いて「障害者役割」を定義している▼8。
(1)自己の社会的不利に対して忍耐強く打ち勝つこと。
(2)能力低下に適応すること。
(3)障害されていない身体機能を用いて、能力低下の代償を行うこと。
(4)ある程度まで仕事を行い、社会的に活動性を高めること。
誤解しないでいただきたいが、これは理論の問題ではなく、社会のなかに常識として流通している知識の問題である。つまり、人びとが、慢性疾患にかかった人や老いによって老人性疾患にかかった人をどのようにみるか、どのような人物と定義するか、そして当人はどのように自己を定義して行動するか、これらの人びとのために社会がどのような配慮をするか――このような判断の基準となる〈常識的知識〉が問われているのである。
現代日本では、障害者という類型は、おもに人生初期に障害者になった人に対して適用され、老いや慢性疾患によって人生後期に障害者になった人に対してはあいまいな適用のされ方をしているのではなかろうか▼9。医療組織においても、多くの慢性疾患患者は病者役割と障害者役割の二重性のなかにある。どちらの役割をとるべきなのか、本人・医師・家族が迷っているのが現状である。伝統的な近代医療では、いまなお病者役割を中心に編成されているが、リハビリテーション医学ではすでに障害者役割が中心におかれているようだ。一方、企業組織はあいも変わらず健常者役割中心で、病者役割は一時的なこととして認知されているにしても、障害者役割は組織編成から徹底的に排除されている▼10。そういう意味で現代日本社会は過渡期であり変動期にあると考えられる。その目下の課題は、障害者役割を社会再構成の基本原理にすえることである。
障害の定義
そもそも〈障害〉とはなんだろう。WHO[世界保健機構]の定義をみることにしよう▼11。
障害は、器官レベル・個人レベル・社会レベルの三つのレベルにわけられる。
(1)機能障害(impairment)[障害の一次的レベル]――疾病から直接生じてくる生物学的なレベル。
(2)能力低下(disability)[二次的レベル]――通常当然おこなうことができると考えられる行為が制限されるか、できない状態。
(3)社会的不利(handicap)[三次的レベル]――疾患の結果、かつてもっていたか、当然保障されるべき基本的人権の行使が、制約または妨げられ、正当な社会的役割を果たせないこと。
このように三つのレベルを分析的に区別することによって、障害の本質がみえてくる。たとえば、片足を切断した人の場合、機能障害のレベルでは、ひざから下がないことである。能力低下のレベルは、そのままでは歩けないということだ。そして社会的不利のレベルは、一部の肉体労働やラッシュ時の通勤の困難を理由として会社勤務ができなくなるということに相当する。たいせつなことは、この三つのレベルが自動的に連鎖するとはかぎらないということだ。片足がなくても、車イスや松葉杖を使用して移動することは可能であるし、サッカーはできないにしても座って作業する労働や事務労働については支障はない。
要は、障害と社会環境の関係なのである。かつてヘレン・ケラーが的確に指摘したように「障害は不自由ではあるが不幸ではない。障害者を不幸にしているのは社会である。」つまり、機能障害が能力低下や社会的不利に連鎖するかどうかは、社会の価値観・文化のあり方しだいである▼12。
これまで障害者は「少数派」「例外」と考えられることが多かった。とりわけ産業界・企業組織ではそうだった。しかし、これまでのべてきたように、障害者役割として定義すべき人びとは、じつはけっして「少数派」でもなければ「例外」でもない。むしろそれは一般的なことといっていいだろう。すなわち、疾病構造からいえば、慢性疾患の増大であり、それをふくめて不慮の事故など社会的条件による疾病や障害の増大であり、高齢化による老年性障害の増大の事実としてあらわれている。とりわけ老いの問題は普遍的なものであり、現代社会がそれらを回避してきたことの方がむしろ特殊なのである▼13。
社会福祉の領域はもちろんのこと、医療の領域においても、障害の概念は今後ますます大きな意義をもってくると、わたしは考えている。
▼1 中村隆一、前掲書八-一二ページ。リハビリテーション医学の専門家である中村隆一によると、病気と障害は本来異なるものだが、しばしば混同されるという。たとえば、「脳卒中によって半身不随になった人は、脳血管をはじめとして脳におこった病気が治まった後にも、自分を半身不随の障害者とは考えずに、脳卒中である――いわば病者であると考えることも多い。また脳性麻痺のような障害児の両親も自分たちの子供は病気であると信じて、障害児であるという見方を受け入れない場合がある」という。前掲書九ページ。わたしのみるかぎり、リハビリテーション医学は従来的な医学パラダイムとは異なるパラダイムに立っているようだ。本章で準拠している砂原茂一と中村隆一はともにリハビリテーション医学者である。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)四三二-四三三ページ。なお訳書では「病人役割」と訳されている。
▼3 フリーマンほか編、前掲訳書一一六ページ。W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)「医療の正当化問題」三六五ページ。なお、これらの事例はいずれも病者役割の二次的利得(secondary gain)をねらったもので、「逸脱した病者役割行動」と位置づけられる。
▼4 ルース・ウー、岡堂哲雄監訳『病気と患者の行動』(医歯薬出版一九七五年)二〇二ぺージ以下。
▼5 ゴードンのオリジナル論文の翻訳はない。しかし、この概念のくわしい解説と展開については、ウーの前掲書第十章「障害者役割行動」が看護学の立場から論じている。ここでもそれを参照した。この本で提示されている考え方は医療社会学(あるいは看護社会学)でももっと採用されてよいものだと思う。
▼6 前掲書二二六ぺージ。
▼7 前掲書二二五-二二八ぺージ。
▼8 中村隆一、前掲書一九ページ。
▼9 ウーは、おそらくアメリカ社会についてであるが、つぎのようにのべている。「障害者役割行動の多様性やかなりの予測不可能性をまねくもっとも重要な因子は、障害のある人に対して一定の制度化された規範がないことである。病者や障害のない人の動作の基準があるのと同様には、障害者のための統一的で明確な規則はない。」ウー、前掲書二二八ぺージ。
▼10 20-1参照。
▼11 砂原茂一、前掲書一三-一四ページ。
▼12 たとえば、色盲の人は運転免許をとれないが、牧口一二によると、これは信号を色だけで区別させている現行の信号システムが悪いという。信号を丸だけではなく、赤信号は四角青信号は丸、黄色は三角にすれば、問題はかんたんに解決する。それだけの配慮と社会的負担を社会がひきうけるかどうか、問題はそっちにある。牧口一二「日常生活における障害者への差別語」生瀬克己編『障害者と差別語――健常者への問いかけ』(明石書房一九八六年)八九ページ。
▼13 大野智也『障害者は、いま』(岩波新書一九八八年)によると、日本の障害者概念はきわめて小さくとられているという。大野によると、日本の障害者の割合はスウェーデンの八分の一である。これは障害者が少ないのではなく、その概念がきわめて小さくとってあるためである。それは福祉予算圧縮の便法であり、社会福祉に対する考えがあらわれているといえる。一〇ページ以下参照。
24-3 新たな〈医者-患者〉関係
〈医者-患者〉関係のモデル
ここで話を医療現場に戻そう。従来、医療は、医療を受けている人を〈患者〉としてひとまとめにあつかってきたが、これまでの話からあきらかなように、〈患者=病者〉という素朴なとらえ方では現実をみあやまる危険性がでてきた。それにともなって、医療の原型である〈医者-患者〉関係もみなおされなければならない段階にきている。つまり、医療における人間関係を社会関係としてとらえかえすことが必要になってきた。
そのような試みのひとつが、T・S・サスとM・H・ホランダーの「医者-患者関係の三つのモデル」である▼1。
(1)能動-受動の関係(activity-passivity)[親-幼児モデル]
重傷・大出血・昏睡など緊急の場合、患者はなにもできない。理解も協力もできない。だから、医師が患者の「最善の利益」を考えて処置する。
(2)指導-協力の関係(guidance-cooperation)[親-年長児モデル]
患者がそれほど重態でない場合、たとえば多くの急性疾患の場合、患者は病気ではあるが、なにがおこっているかを自分でもよく知っており、医師の指示にしたがう能力も、ある程度の判断を下す能力ももっている。病気をなおすために積極的に医者に協力できる段階である。
(3)相互参加の関係(mutual participation)[成人-成人モデル]
糖尿病や高血圧などの慢性疾患に妥当するタイプ。この場合、患者自身が治療プログラムを実行するわけで、医師は相談にのることによって患者の自助活動を支援するだけである。
サスとホランダーは、それぞれの症状に応じて適切な〈医者-患者〉関係があると考えたようだが、砂原茂一のいうように、これからの医療の基本になるのは、両者がパートナー関係を築く「成人-成人モデル」だといっていいだろう。その理由はすでに説明した通りである。
組織医療と葛藤構造
以上の議論は理念型としては意味があるが、しかし、問題がないわけではない。第一の問題点は、〈医者-患者〉というダイアディックなモデル[二者関係モデル]が、組織医療あるいはチーム医療を中心とする医療組織の実状にあわないことだ。現在、医療組織には薬剤師・看護婦・理学療養士など約三十種の医療関係業種に携わる人びとがいる。医師は別格とはいえ、患者の側からみれば、さまざまな医療関係者のひとりにすぎない。その意味で、組織医療における〈医療者-患者〉の複合的な関係を問い直すことが今後必要だろう。とりわけ組織医療は医療責任の分散を招く傾向があり、一種の集合的無責任が生まれる可能性をもっている▼2。もはや一対一の関係として〈医者-患者〉関係を考えることは現実的でなくなりつつある。
第二の問題点は、どのモデルも医者と患者の役割が相互に補完しあい調和している場合を想定していることだ。しかし、社会関係に葛藤はつきものであり、とりわけ医者と患者のあいだに「期待の衝突」(フリードソン)があるのはむしろふつうのことである▼3。たとえ医療者側が治療共同体としてのまとまりをもっていたとしても、患者側はまったくの白紙状態で医療に関わっていくわけでなく、あらかじめ素人どうしで相談しあい、あらかたの予想を立てたうえで受療行動をおこすことが確認されている▼4。そのため、医療の現場は、医師をふくむ医療者のシステムと、患者をふくむ素人のシステムとの衝突の場となる。価値観の対立・関心のすれちがい・異文化間コミュニケーション――このような葛藤構造を考慮することもまた必要なのである▼5。
以上のように、じっさいの〈医療者-患者〉関係は、第一に複合的であり、第二に葛藤的である。このような関係のなかで、患者のあり方を見直してみる必要がありそうだ。最後にそれについて考えておこう。
▼1 サスはハンガリー生まれの精神医学者で、精神病の存在そのものを否定する反精神病学派の代表的人物。なお、これから紹介するオリジナル論文には邦訳がないので、くわしくはつぎの紹介を参照されたい。砂原茂一、前掲書四五-五〇ページ。米林喜男「医師-患者関係」園田恭一・米林喜男編、前掲書一六五-一八二ぺージ。フリーマンほか編、前掲書二七五-二七七ページ。
▼2 組織の「集合的無責任」については14-4参照。
▼3 前掲書二七八ぺージ。
▼4 これを「素人仲間での参照システム」(lay referral system)という。前掲書二七九ページ。
▼5 このような葛藤構造は具体的に「問診」にあらわれる。問診の現場を観察してみると、医師は積極的に患者の発言をうながしたり打ちきったりしてコミュニケーションを統制する。その結果、患者の〈声〉は抑圧されることが多い。この点については、栗岡幹英「問診分析と社会理論」『現代の社会病理V』(垣内出版一九九〇年)が批判的に紹介している。
24-4 患者の権利
基本構図
これまでの議論から基本構図を再確認することから話をはじめよう。
従来の医学パラダイム主導の医療において、患者は病者役割としてとらえられ、患者の「最善の利益」を知るとされる医師の判断によって治療がなされてきた。患者はあたかも親にしたがう子どものように医師にしたがうのが自明のことと考えられてきた。ところが、病気の主流が慢性疾患など社会性の強いものに移ってきたために、医学パラダイム主導の医療はさまざまな限界を示すようになった。それにともなって、医療者と患者の関係も変化しつつあり、今後は〈成人-成人モデル〉にならざるをえないと予想される。この変動のなかで浮上してきたのは、医療者の専門性と裁量権に対する、患者の自己決定権――要するに自分のことは自分で決めるということ――である。〈医師の専門家支配〉に対する〈患者の権利〉といってもよい▼1。
本来、自由な市民として、わたしたちは自分のことは自分で決定する。またその権利がある。医療もその例外ではないということに、わたしたちはながらく気がつかなかった。しかし、慢性疾患や老人性疾患などのように、病者役割よりも障害者役割の方があてはまる病気へと疾病構造のシフトが移動することにともなって、このような意識は過去のものとなる可能性がでてきた。つまり、慢性病患者あるいは障害者は、自分自身のライフスタイルを自分で選択し決定しなければならないのである。その意味で今後、患者の権利の問題はますます重要になるにちがいない。
患者の権利宣言
患者の権利を宣言した文書がでるようになったのは一九七〇年代になってからである。そのおもなものとして、つぎのようなものがある。
一九七一年「精神薄弱者の権利宣言」[国連]
一九七三年「患者の権利章典」[アメリカ病院協会]
一九七四年「病人憲章」[フランス]
一九七五年「障害者の権利宣言」[国連]
一九八一年「患者の権利に対するリスボン宣言」[世界医師会]
このうちアメリカ病院協会の「患者の権利章典」は、この分野の代表的なものであり、ひと通りの内容を備えている。これをみることにしよう▼2。
一、患者は、思いやりのある、[人格を]尊重したケアを受ける権利がある。
二、患者は、自分の診断・治療・予後について完全な新しい情報を自分に十分理解できる言葉で伝えられる権利がある。そのような情報を[直接]患者に与えることが医学的見地から適当でないと思われる場合は、その利益を代行する適当な人に伝えられねばならない。患者は、自分に対するケアを調整(コーディネート)する責任をもつ医者は誰であるか、その名前を知る権利がある。
三、患者は、何かの処置や治療をはじめる前に、知らされた上の同意(informed consent)を与えるのに必要な情報を医者から受け取る権利がある。緊急時を除いて、そのような知らされた上の同意のための情報は特定の処置や治療についてだけでなく、医学上重大なリスクや予想される障害がつづく期間にも及ばなくてはならない。ケアや治療について医学的に見て有力な代替の方策がある場合、あるいは患者が医学的に他にも方法があるなら教えてほしいといった場合は、そのような情報を受け取る権利を患者はもっている。
四、患者は、法律が許す範囲で治療を拒絶する権利があり、またその場合には医学的にどういう結果になるかを教えてもらう権利がある。
五、患者は、自分の医療のプログラムに関連して、プライバシーについてあらゆる配慮を求める権利がある。症例検討や専門医の意見を求めることや検査や治療は秘密を守って慎重に行われなくてはならぬ。ケアに直接かかわる医者以外は、患者の許可なしにその場に居合わせてはならない。
六、患者は、自分のケアに関係するすべての通信や記録が守秘されることを期待する権利がある。
七、患者は、病院がそれをすることが不可能でないかぎり、患者のサービス要求に正しく答えることを期待する権利がある。病院は症例の緊急度に応じて評価やサービスや他医への紹介などをしなくてはならない。転院が医学的に可能な場合でも、転院がなぜ必要かということと転院しない場合どういう代案があるかということについて完全な情報と説明とを受けた後でなければ、他施設への転送が行われてはならない。転院を頼まれた側の施設は、ひとまずそれを受け入れなくてはならない。
八、患者は、かかっている病院が自分のケアに関してどのような保健施設や教育機関と連絡がついているかに関する情報を受け取る権利をもっている。患者は、自分を治療している人たちの間にどのような専門職種としての[相互の]かかわり合いが存在するかについての情報をうる権利がある。
九、病院側がケアや治療に影響を与える人体実験を企てる意図がある場合は、患者はそれを通報される権利があるし、その種の研究プロジェクトヘの参加を拒否する権利をもっている。
一〇、患者は、ケアの合理的な連続性を期待する権利がある。患者は、予約時間は何時で医者は誰で診療がどこで行われるかを予め知る権利がある。患者は、退院後の継続的な健康ケアの必要性について、医者またはその代理者から知らされる仕組みを病院が備えていることを期待する権利をもつ。
一一、患者は、どこが医療費を支払うにしても請求書を点検し説明を受ける権利がある。
一二、患者は、自分の患者としての行動に適用される病院の規定・規則を知る権利がある。
以上が「患者の権利章典」である。つぎに一九八一年の「リスボン宣言」をみることにしよう。訳文は丹羽幸一による▼3。
一、患者は自分の医師を自由に選ぶ権利を有する。
二、患者は何ら外部からの干渉を受けずに自由に臨床的および倫理的判断を下す医師の治療看護を受ける権利を有する。
三、患者は十分な説明を受けた後に治療を受け入れるか、または拒否する権利を有する。
四、患者は自分の医師が患者に関するあらゆる医学的な詳細な事柄の機密的な性質を尊重することを期待する権利を有する。
五、患者は尊厳をもって死を迎える権利を有する。
六、患者は適当な宗教の聖職者の助けを含む精神的および道徳的慰めを受けるか、またはそれを断わる権利を有する。
インフォームド・コンセント
患者の権利をうたった宣言に共通する要素として、プライバシーの尊重の原則があるが、それとともに重要なのは「知る権利」である。とくに「知らされた上の同意」と訳された「インフォームド・コンセント」が重要な意義をもつ▼4。
インフォームド・コンセントはもともと、新薬の試験や人体実験など患者を医学的研究の対象とするときの原則として成立した概念だが、今日では患者中心の新しい医療の原則として注目されている。インフォームド・コンセントとは「ヘルス・ケアの提供者が単に患者の同意を求めるだけではなく、医療を行う側と患者との間で、医療の内容を明らかにした上で、十分な討議をするプロセスを通じて、十分な説明を受け理解した上で患者の同意を得るようにするということ」だ▼5。
「十分な」ということが重要で、あくまでも患者との自由なコミュニケーションを徹底させることに主眼がおかれているのがわかる。ジャーナリズム論で論じたこととまったく同じロジックである。ここでも、機能一点張りのシステム合理性に対して、理解と納得などのコミュニケーション独自の合理性がめざされている。今後の医療のすすむべき方向性はここにある。
▼1 専門家支配については22-2参照。
▼2 砂原茂一、前掲書一五〇-一五一ページによる。また、水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』三〇-三三ぺージにも全文が紹介されている。なお[]は砂原の補足。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略した。
▼3 丹羽幸一『よい病院わるい病院』(晶文社一九八六年)二〇二-二〇四ページ。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略。
▼4 「インフォームド・コンセント」は「説明と同意」とも訳される。一九九〇年に水野肇の前掲書が出版されることによって広く知られるようになり、一般にも「インフォームド・コンセント」で通じるようになった。
▼5 一九八三年の「アメリカ大統領委員会・生命倫理総括レポート」の定義。水野肇、前掲書五一ページ。
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4月 12017

社会学感覚21暴力論/非暴力論

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社会学感覚
21 暴力論/非暴力論
21-1 さまざまな暴力概念
暴力とはなにか
暴力の定義は一見自明である。暴力は「人や財産を傷つける行為」である。しかし、これだけでは、外科医が手術するのも暴力ということになってしまう。現に「脳死状態」における日本初の心臓移植手術が「脳死は死でないから、脳死状態のドナーから心臓を摘出する行為は殺人である」として告発されたことがかつてあった▼1。「湾岸戦争」のように公然と「正義」がまかりとおる戦争も多い。個人が勝手に他人を監禁し拘束するのは暴力だが、国家の官吏がそれを犯罪人に行使するのは暴力とはいわない。人を殺すのは暴力の極致だが、死刑囚を殺すのは法的には正当なこととされている。このように「人や財産を傷つける行為」が「暴力」であるかどうかは、ひとえに「他者の反応」つまり「反作用=リアクション」によるのである▼2。じっさい、〈反応する他者〉といってもいろいろである。だから暴力の定義もいろいろということになる。
暴力という現象は多面的な性格をもっている。まず大切なのは、この多面的性格を認識することだ。本章では暴力の多面性を認識するために、便宜的に暴力を三つに分けて論じることにする。
(1)犯罪的暴力
(2)国家的暴力
(3)構造的暴力
犯罪的暴力
通常わたしたちが常識的に「暴力」とイメージする暴力現象を「犯罪的暴力」と呼ぶことにする▼3。この場合の「犯罪的」とは、法的な犯罪要件をみたすというだけでなく、大多数の人びとの非難を招くという意味で用いられる。これはデュルケムの「われわれはそれが犯罪だから非難するのではなく、われわれが非難するから犯罪なのだ」という卓抜な発想にもとづいている。
それゆえ犯罪的暴力は現代社会において正当性をもたない。しかし、それらは突発的に――特定の空間では恒常的に――発生する。それはなぜか。
宝月誠の整理によると、およそ四つの考え方[理論]があるという▼4。
(1)緊張論――特定の社会構造の緊張の圧力の下により多くさらされたものがフラストレーションに陥り、その心理的緊張の解消の一手段として、一定の機会構造によって水路づけられたとき暴力が発生する。
(2)統制論――発想を逆転して、人びとがなぜ暴力をふるわないのかを考えると、それは一定の社会的絆によって拘束されているからである。したがって、拘束する社会的絆が弱い人間は暴力にコミットしやすいと考えられる。
(3)文化的逸脱論――暴力に好意的なサブカルチャーがあって、そのなかで暴力に価値を認めることを学習した者は、その価値の追求としてさまざまな場面で暴力をふるうようになる。
(4)レイベリング論――共同体のなかで、他者が特定の人びとに「乱暴者」「ならず者」といった烙印を貼りつけ、そのようにあつかっているうち、烙印を押された当人がそのラベルにふさわしい暴力者の役割を演じるようになる。たとえば学校でたまたま友人と口論になり暴力を振るってしまった少年が、それ以後、みんなから「乱暴者」あつかいされているうちに、ますます嫌われ者になり、その反動として暴力をエスカレートしていくケースなど。
それぞれ有意義な考え方だが、最近の犯罪的暴力のケースを考えると(3)と(4)を合わせて考えるのが有効だ。宝月誠はこのあたりをつぎのように説明している。
暴力のコミュニケーション論的解読
宝月誠によると、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は、直面した「問題」を暴力によって解決しようとするが、かれらにとって無視できない「問題」のひとつは、他者の「挑戦」であるという。他者が主観的に意図していなくても、注意したり怒鳴ったり悪者のレイベリングをするだけで、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は「挑戦」と受け取ることが多い。しかし、暴力は「挑戦」されればただちに発せられるわけではない。暴力行為が現実化するには、相手に勝てるかという合理的な判断と、相手や警察などの統制者からなされるリアクショを計算してからである。もちろん不利とわかっていても暴力行為にいたる「感情暴発」の場合もあるが▼5。
これはやはり「暴力のサブカルチャー」にもとづいたコミュニケーションというべきであろう。すでにコミュニケーション論のところで説明したように、コミュニケーションの現実的な意味を決定するのは「送り手の意図」ではなく「受け手の反応」である。だから受け手のもっている解読コードが決定的に重要なのであり、その解読コードを提供する「暴力のサブカルチャー」が重要な働きをしているというわけである。
国家的暴力
犯罪的暴力は正当性をもたないが、正当性をもつ合法的な暴力も存在する。それは国家の暴力――ここでは国家的暴力と呼ぶことにする――である。
そもそも国家が合法的な暴力を所有しているというよりも、むしろ正当化された暴力を所有している組織体を国家と呼んでいるのである。これについてはマックス・ウェーバーによる明晰な国家定義がある。ウェーバーは一九一九年に出版された講演『職業としての政治』のなかで、国家についてつぎのようにのべている。「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である▼6。」だから、個人や集団は、国家の側で許された範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない。これは近代的な現象である。かつては、さまざまな集団――氏族――が、物理的暴力をまったくノーマルな手段として使用していたのだから。
この「国家によって独占された正当な物理的暴力」とは、具体的にはどういうものをさすのか。代表的なものは、つぎの三つである。
(1)戦争
(2)警察
(3)死刑
戦争・警察・死刑
戦争は個人ではできない。基本的に国家が戦争の主体である。内戦というものもあるが、それも結局国家権力をめぐる闘争であるから、本質は同じである。また、正義でない戦争もない。いずれの戦争当時国にとっても戦争は国家の正義をかけた正当なものである。ただ正義はひとつではなく、いっぱいあるところに戦争の不幸がある。
さて、戦争について科学的研究が本格的に始まったのは、じつは一九四〇年代、第二次世界大戦中のことである。「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」と考えたクインシー・ライトという国際政治学者が共同で『戦争の研究』という大きな本を著したのが最初である。それまであった戦争論はたいてい「いかにして戦争に勝つか」といった戦略論だった。戦略論にとって戦争は政治の延長であり一手段にすぎない。その意味で、戦争現象の科学的研究-とくに行動科学的研究-の歴史は浅い▼7。
つぎに、警察は、自衛隊・海上保安庁・厚生省麻薬取締官事務所とともに、ピストルやガス銃などの武器の携行使用が認められた官公庁であり、わたしたちにとっても身近な存在である。それだけにその暴力行使の実態について論ずべきところだが、警察についてはとくにまとまった社会学的研究がないので、ここでは省略せざるをえない。犯罪研究がこれだけさかんになされているのだから、警察研究についても同じだけなされてもいいのだが▼8。
さて、国家によって独占された正当な物理的暴力の第三のものとして死刑をあげておきたい。戦争と同じく、人を殺すことが正当性をもっている点に注意しておいてほしい。死刑については目下賛否両論があり、社会問題としてとりあげられることも多いので、死刑存置論と死刑廃止論の論拠について若干説明しておきたい。
死刑存置論の第一の根拠は、他者の生命をうばったことに対して自分の生命によってつぐなうというものであって、一種の応報感情にもとづいている。これは被害者およびその家族関係者の率直な感情を重視したものといえる。第二の論拠は、死刑の犯罪抑止力である。それは、死刑制度があるから犯罪のエスカレートを未然に防いでいるというものである。それに対して、死刑廃止論の論拠はつぎの六点である。
(1)人命はなにものにもかえがたいものであり、人命の尊重は絶対的であるからいかなる殺人も許されてはならない。
(2)死刑そのものが、憲法第三六条が禁じている「残虐な刑罰」にあたる。
(3)万が一、誤判(誤った裁判)で死刑が確定し執行された場合、とりかえしがつかない。現に、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のように死刑囚に対する再審公判によって一転無罪になったケースが少なくない。
(4)死刑は犯罪抑止力をもたない。
(5)生かしておいて[たとえば終身刑]刑務作業による収入で被害者賠償をさせるべきである。
(6)「自白すれば死刑にしない」として、死刑が自白強要の道具として使われる危険がある。これまでの冤罪事件においても、これがウソの自白をひきだしてきたのである。
このうち(4)の犯罪抑止力について一言。死刑が犯罪を抑止する効果があるかどうかは、じつは科学的に証明されていない。T・セリンという社会学者は、死刑制度の有無が州によって異なるアメリカの各州の殺人率を調べ、死刑制度の有無と関係がないと結論しているが、反対の結論をだす研究者もいるという。いずれにせよ、科学的に認定されたことではない▼10。
▼1 一九六八年のいわゆる「和田移植」のこと。結局検察庁は「充分な証拠がない」として不起訴処分にしている。この「事件」の経緯とその背景については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)とくに五三ページ以下参照。臓器移植のその後の展開については、後藤正治『空白の軌跡――心臓移植に賭けた男たち』(講談社文庫一九九一年)。
▼2 この論点については、宝月誠『暴力の社会学』(世界思想社一九八○年)三四-三九ページによった。
▼3 日本の犯罪状況については、間庭充幸による豊富な事例にもとづく類型学的研究を参照されたい。間庭充幸『犯罪の社会学――戦後犯罪史』(世界思想社一九八二年)。間庭充幸『現代の犯罪』(新潮選書一九八六年)。
▼4 宝月誠、前掲書一五五ページ以下。
▼5 宝月誠、前掲書一七〇ぺージの著者による要約による。
▼6 マックス・ヴェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八〇年)九ページ。
▼7 戦争研究の総合的な基本書として以下の本をあげておきたい。ガストン・ブートゥール、中原喜一郎訳『平和の構造』(文庫クセジュ一九七七年)。ガストン・ブートゥール、ルネ・キャレール、高柳先男訳『戦争の社会学――戦争と革命の二世紀(一七四〇~一九七四)』(中央大学出版部一九八〇年)。最近の決定版は、猪口邦子『戦争と平和』(東京大学出版会一九八九年)。
▼8 日本の警察の最新の実状については、大谷明宏『警察が危ない』(朝日ソノラマ一九九一年)がくわしい。また三一新書と講談社文庫にいくつかのルポルタージュがある。
▼9 菊田幸一『死刑廃止を考える』(岩波ブックレット一九九〇年)ならびに法学セミナー増刊総合特集シリーズ『死刑の現在』(日本評論社一九九〇年)を参照した。
▼10 前掲書二六六-二六七ページ。
21-2 構造的暴力と積極的平和
平和研究における平和概念
以上のような犯罪的暴力と国家的暴力は比較的みえやすい暴力である。つまり存在が公認されている。ところが、社会にはもっとみえにくい暴力も存在する。たとえばここに犯罪もなく戦争もない社会があるとして、そこに本当に暴力はないといえるだろうか。「平和な日本」といわれるけれども、現実にはけっこう「暴力的」と思われるようなことがいっぱいあるではないか、という思いにとらわれる。
たとえば、小学校の給食を全部食べ終わるまで許さないで午後も放課後も食べさせようとしたり、転校するクラスの女の子に「がんばれよ」と握手したのを校則違反[男女交際禁止]としてとがめられ職員室で殴られるとか、離婚した女性が子育てのために限られた時間で働こうとしても低賃金の仕事が多く結局水商売につかざるをえないとか、お金がないために十分な医療が受けられず命を縮めるといったこと、必要な睡眠もとらず働きつづけたために過労死してしまったのにもかかわらずデスクワークのため労災適用を認められない――これらも一種の「暴力」にはちがいないのだ▼1。
そう考えると、犯罪的暴力と国家的暴力だけでは不十分である。前章で説明した「権力作用」のレベルにみあった暴力の存在をも問題にする必要があろう。これを「構造的暴力」(structural violence)と呼ぶ。
じつはこの用語は「平和研究」(peace research)という学際的科学の基本概念である。最初にこのことばを概念として使ったのは、ヨハン・ガルトゥングというオスロの平和研究者だった。
平和というだけで「世界は一家、人類はみな兄弟」というイメージをいだく人が多いのだが、平和研究はれっきとした学際研究の一部門である。従来は国際関係論とか国際政治学がその中心的な位置を占めてきた。というのは、平和概念は常識として「戦争の欠如」「戦争のない状態」と考えられてきたからだ。ところが、第三世界などの現実をみるかぎり――たとえば南アフリカのアパルトヘイト――戦争状態ではないが、とても平和とはいえない状況がある。これをどういう形でとらえればよいのかが問題となる。
そこでガルトゥングは、従来「戦争の欠如」と定義されてきた平和概念を「暴力の欠如」ととらえなおし、暴力に「人為的暴力」と「構造的暴力」とがあり、それに対応して「人為的暴力の欠如」を「消極的平和」(negative peace)と呼び、「構造的暴力の欠如」を「積極的平和」(positive peace)と名づけた。国際政治学中心の平和研究は従来「消極的平和」を研究していたにすぎない、「積極的平和」を追求すべきだ、そのためにも「構造的暴力」を科学的に学際的に研究すべきだと主張し、平和研究の流れを大きく変えた▼2。
図式化すると――
暴力─人為的暴力←→人為的暴力の欠如=消極的平和─┐
└─構造的暴力←→構造的暴力の欠如=積極的平和─平和
その後、「構造的暴力」の概念は定着し、これによって平和研究のすそ野もぐんと広がった。社会学にとっても出番が多くなった。さらに社会学の存在意義を、以上のような「構造的暴力」をなくしていく科学研究としての平和研究――最近では「平和学」とも呼ばれる――の一環として位置づけなおすこともできる。
教育・労働・性・マスコミの現場における構造的暴力
本来、構造的暴力という概念は、第三世界の抑圧や飢餓・人権侵害などを国際的な枠組のなかでとらえなおすために提唱された概念だが、その後、この先進国日本の「一見平和だが、どうもそうでもないらしい」という側面に光を当てる概念として使われるようになってきている。たとえば、一九八五年に日本平和学会が「構造的暴力」を大会テーマにとりあげて、教育・労働・性・マスコミというそれぞれの現場の実態を報告し討論したことがあった。すでに本節冒頭でその一部を紹介したように、教育における徹底した管理が生徒と教師をともに追い込んでいくようすが、校則・体罰・人権侵害・いじめ・怠学・校内暴力の問題として語られ、他方、経営陣と労働組合の双方から締めつけられている労働者のようすが、職場八分・人事考課の問題としてとりあげられている▼3。
これらに対して一様に構造的暴力という概念をかぶせるだけでいいものか若干の問題はあるかと思うが、これらをいったん「暴力」として認識することは意義あることである。
▼1 日本平和学会編『構造的暴力と平和』[平和研究双書3](早稲田大学出版部一九八八年)に盛られた多くの事例からピックアップした。したがって、これらはすべて実話である。
▼2 Johan Galtung,Violence,Peace,and Peace Research,in:Journal of Peace Research,Vol.VI,No.3.なお平和研究の全体像については、日本平和学会編集委員会編『平和学――理論と課題』[講座平和学I](早稲田大学出版部一九八三年)。
▼3 日本平和学会編、前掲書。報告と討論がそのまま掲載されており、かえって一般の人には読みやすい。
21-3 非暴力的行動
暴力のダブル・スタンダード
社会の多層的な暴力的現実を具体的に支えているのは、わたしたち自身である。というのも、わたしたち自身のなかに、暴力的現実を正当化する論理が働いているからだ。それをここでは「暴力のダブル・スタンダード」と呼ぼう。
ダブル・スタンダードとは、集団の内部と外部とで道徳基準を使い分けることである。ウェーバーはこれを「対内道徳(Binnemoral)と対外道徳(Aussenmoral)の二元論」と呼んだことがある。この両者が区別されるのは、しばしば両者がまったく正反対を示すことが多いからだ。たとえば、夫の浮気は「甲斐性」といわれ、妻の不倫は許されずに離縁の理由とされた戦前の日本のような男性中心社会では、性行為に対する規範が男と女でまったくちがっていた。
暴力もまたダブル・スタンダードになりがちである。
暴力はいけないといいながら、現実に暴力を行使した集団に対しては、暴力で制裁することを認めることは多い。凶悪犯人は「暴力的で残忍だから死刑にすべきだ」とか、隣国に侵略した国家は「暴力的で非人道的だから総掛かりで攻撃しよう」という反応がそれだ。結局日本もこの論理で原爆を二発もおとされたことを思うと、このような発想があるかぎり、地球の平和なるものは達成されないだろう。
前章で考察した排除現象において、排除された側には、通常の基準は適用されないことが多い。排除された人びとは一種の〈異人〉として定義され、自分たちと同じ人間とみなされない。たとえば、一九八三年の「横浜浮浪者殺人事件」で、犯人の中学生グループは、浮浪者たちを一種の「汚物」とみなして「掃除」するかのように暴行した。したがって、かれらに罪の意識はなかったという▼1。同じことが、日本軍の南京大虐殺やナチスのユダヤ人虐殺、アメリカ軍のベトナム人殺りくについてもいえる。同じ人間ではないと認識することで、かれらの良心は免責され、むしろ誇りに転化してしまうのである。
非暴力的行動の意義
では、このような「暴力のダブル・スタンダード」の乗り越えは不可能なのだろうか。
原理的には不可能である。しかし、その弊害=悪循環を極少化することは可能である。それは対抗手段として「非暴力的行動」(nonviolent action)を選択することだ。ジーン・シャープによると、非暴力的行動とは「行動者が、それを遂行することを期待もしくは要求されているある事柄を物理的暴力を行使することなしに拒否するか、あるいは、それを遂行することを期待されぬか、もしくは禁止されているある事柄を、同じく暴力を行使せずに、あえて遂行するというような形での、プロテスト、非協力、および介入にかんする方法」のことである▼2。非暴力的行動は「市民的抵抗」と呼ばれることある。というのも「市民的」(civil)とは、そもそも「軍事的」に対抗することばであり、基本的に暴力の不使用を前提としているからである▼3。
暴力を使用しないからといって、非暴力的行動は、非行動でもなく無抵抗でもなく屈従や臆病でもない。それはあくまで行動することであり、闘争の手段とされる。したがって非暴力的行動は、いわゆる平和主義とは異なる▼4。
非暴力的行動の技術
どういうことが非暴力的行動なのか想像できるだろうか。非暴力的行動に関して現代のおおかたの日本人の想像力は閉ざされているのではなかろうか。そこでシャープによる非暴力的行動の方法についての集大成を借りて、それらを類型化しつつ一覧してみよう。シャープによると非暴力的行動には、あわせて一九八の方法があるという▼5。
(1)非暴力的抗議と説得(nonviolent protest and persuasion)
a 意見・異議・意志の公式表明
街頭演説、抗議や支持の手紙を書く、組織と団体による宣言をだす、署名活動、告発と意志を宣言する、集団あるいは大衆による請願活動
b 広範なオーディエンスとのコミュニケーション
抗議のスローガンや風刺マンガやシンボルをつくったり印刷したりジェスチャーする、抗議の旗やポスターをかかげる、ビラ・パンフレット・本の発行と配布、新聞と定期刊行物の発行と配布、レコード・ラジオ・テレビを通じて抗議の意志を表明する、飛行機によるスカイライティングとアースライティング[空中文字と地表文字]
c 集団によるプレゼンテーション
代表団を送って抗議と不同意を表明する、皮肉のきいた賞をつくる、ピケを張る、皮肉のきいた選挙をおこなう
d 象徴的な公的行動
グループの旗やシンボリック・カラーをかかげる、シンボルの入った服を着る、抗議をこめて祈りや礼拝をする、徴兵カードやパスポートなどの象徴的な対象物を手放す、宗教的不同意や政治的抗議をあらわすため公共の場で裸になる、自分自身の財産の破壊、抗議パレードでろうそくなどの象徴的な火をともす、指導者のポートレイトをかかげる、抗議としてぺンキを塗る、通りの名前や町の名前を新しく呼び変えて混乱させる、抗議を象徴する音をだす、象徴的な開墾、権威に対してわざと無礼なジェスチャーをする
e 個人への圧力
役人につきまとう、役人をあざける、敵対する兵士や警官と親しくなって影響をあたえる、不眠不休で監視する
f 演劇と音楽
ユーモラスな寸劇といたずら、演劇と音楽の上演、国民的・宗教的な歌を口づさむ
g 行進
デモ行進、パレード、宗教的行進[葬列をつくる]、巡礼、自動車パレード
h 死をたたえる
犠牲者の死を喪して抗議の意をあらわす、模擬葬列を組む、示威的葬列、埋葬地で誓いをたてる
i 公的集会
抗議集会や支持集会、抗議のミーティング、カモフラージュされた抗議ミーティング、ティーチイン[専門家などを招いた討論集会]
j 退出と放棄
抗議のための退場、道徳的非難をあらわす一団となった沈黙、栄典の放棄、相手に背中を向ける
(2)社会的非協力(social noncooperation)
a 特定人物の排斥
社会的ボイコット[通常の社会関係の継続を全面的に拒否すること]、選択的な社会的ボイコット[部分的]、好戦的な夫に対して妻がセックスを拒絶する、破門、聖務禁止令
b 社会的なイヴェント・慣習・制度への非協力
社会的活動およびスポーツ活動の停止保留、レセプションやパーティなどの社会的行事のボイコット、学生ストライキ[授業ボイコット]、社会的慣習や規制への不服従、社会的団体から脱退する
c 社会システムからの脱退
自宅からでない[自宅待機]、全人格的非協力、労働者の逃亡、聖域[避難所]をつくる、集団失踪、抗議の移民
(3)経済的非協力(1)経済的ボイコット(economic boycotts)
a 消費者による行動
消費者によるボイコット、ボイコットされた商品の不買、質素な暮らしを貫く、賃借料[家賃や地代など]の保留、土地や建物を借りない、国民的規模の消費者によるボイコット、国際的規模の消費者によるボイコット
b 労働者と生産者による行動
労働者によるボイコット、生産者によるボイコット[不売]
c 仲介者による行動
部品製造業者・流通業者によるボイコット
d 所有者による行動と経営
貿易業者によるボイコット、財産を貸したり売ったりするのを拒否する、ロックアウト[工場や学校の閉鎖]、産業上の支援の拒否、商人のゼネスト
e 財政資源の保有者による行動
銀行預金の引きだし、公共料金・会費・税金の支払い拒否、借金や利息の支払い拒否、資金や信用貸しの契約解除、歳入拒否、政府紙幣の拒否
f 政府による行動
国内の通商制限、対象国から貿易禁止品を輸入した貿易業者のブラックリスト作成、国際的販売者の通商制限、国際的バイヤーの通商制限、国際貿易の通商制限
(4)経済的非協力(2)ストライキ(strike)
a 象徴的ストライキ
抗議ストライキ、比較的マイナーな問題に対して短く軽いストライキ、
b 農業ストライキ
農民ストライキ、農場労働者ストライキ
c 特定集団によるストライキ
強制労働の拒否、囚人ストライキ、同業者ストライキ、専門職ストライキ
d 通常の産業ストライキ
営業所ストライキ、産業ストライキ、同盟ストライキ
e 限定ストライキ
項目別ストライキ[ある特定の業務だけを拒否]、バンパーストライキ[ひとつの産業についてひとつの企業だけがストライキに入ることによって、その企業を他の企業の競争にさらす]、スローダウンストライキ[減速減産スト]、順法ストライキ、シックイン[仮病で休む]、辞職によるストライキ、特定の周辺的業務の拒否、選択的ストライキ
f 複数産業規模のストライキ
準ゼネスト、ゼネスト
g ストライキと経済封鎖の組み合わせ
同盟休業・同盟閉店、経済的シャットダウン
(5)政治的非協力(political noncooperation)
a 権威の拒絶
忠誠の保留もしくは撤回、公的援助の拒否、レジスタンス[抵抗]を支持する文献や発言を公表する
b 政府に対する市民の非協力
国会・議会などの立法府のボイコット、選挙のボイコット[棄権]、政府機関への就職拒否、政府諸機関・諸団体のボイコット、政府教育施設からの撤退[退学する]、政府が支援する組織のボイコット、法律執行機関を援助するのを拒否する、自分の名前や住所をとりかえ混乱させる、任命された役人の受け入れを拒否する、現存制度の解体を拒否する
c 服従に対する市民の代替策
非民主的権力などにしぶしぶとまたゆっくりとしたがう、直接的指示のない不服従、全人民規模の不服従、わざとめだつ不服従、集会の解散拒否、すわりこみストライキ、徴兵と国外追放に対する不服従、身元詐称、非合法的法律に対する市民的不服従
d 政府職員による行動
政府援助者による支援の選択的拒否、命令系統と情報系統の封鎖、立ち往生させて妨害する、一般管理職の不服従、司法関係者の不服従、警官や兵士などの政府援助者によって意図的に能率を悪くして選択的に不服従する、上司・上官に対して反抗する
e 政府の国内行動
疑似法規的な回避と遅延、中央政府に対する地方政府や州政府による非協力
f 政府の国際行動
外交などの代表団の変更、外交上のイヴェントを遅延させたりキャンセルする、外交上の認定を保留する、外交関係の断絶、国際機関からの脱退、国際機関への参加拒否、国際機関からの除名
(6)非暴力的介入(nonviolent intervention)
a 心理学的介入
自分の身体を痛めつけるために身をさらす、断食、レヴァース・トライアル[訴追者と被告を反対にした逆裁判]、非暴力的いやがらせ
b 物理的介入
シットイン[すわりこみ]、スタンドイン[人種差別で入場を拒否された場所にじっと立ってその場を動かない]、ライドイン[人種差別で乗せてもらえない公共交通機関にむりやり乗ってしまう]、ウェイドイン[人種差別のため入れないビーチに入ってしまう]、ミルイン[敵対者の事務所などの象徴的意義のある場所に立ち入る]、プレイイン[慣習上入れないか閉めだされた教会に入って祈祷する]、非暴力的侵入、飛行機やバルーンによる非暴力的侵入、侵入禁止区域への非暴力的侵犯、非暴力的投入、非暴力的妨害、非暴力的占拠
c 社会的介入
新しい社会的パターンをつくる、諸機関の負担をキャパシティ以上に大きくする、ストールイン[合法的業務をできるだけゆっくりとおこなう]、スピークイン[抗議対象の場所で集会を開く]、ゲリラ・シアター、代替的な社会諸制度をつくる、独占的かつ管理的な既存のコミュニケーション・システムにかわる代替的なコミュニケーション・システムをつくる
d 経済的介入
逆ストライキ[農業従事者が過剰に働いて雇い主から給与を過剰に支払わせる]、ステイイン・ストライキ[職場にとどまったままのストライキ]、非暴力的土地占有、封鎖に対する果敢な抵抗、政治的動機にもとづいた貨幣の偽造、敵がこまるように戦略商品を買い占める、資産の差し押さえ、ダンピング、選択的にパトロンになる、代替的市場をつくる、代替的交通システムをつくる、代替的経済システムをつくる
e 政治的介入
行政システムの負担を大きくする、政府の秘密警察や秘密組織の正体を暴露する、投獄拘禁の探索、道徳的に中立とみなされる法律に対しても市民的不服従をする、協力しないで働く、並行政府の樹立
理論的根拠としての正当性根拠のほりくずし
このような非暴力的行動の技術は、すでにさまざまな社会運動に取り入れられているが、いずれも支配社会学的な理論的根拠にもとづいている。
支配の社会学のところでのべたように、支配が成立するためには「服従者の服従意欲」というものが決定的に重要である。結局人びとの支持と具体的な協力がなければ、支配は成り立たない。だから、支持と協力のシステムを断ち切るのが、もっとも大きな打撃になる。つまり、抵抗が非暴力でなければならない理論的な理由は、相手の正当性根拠をほりくずすことにある。つまり、〈自発的服従〉をコントロールすることによって、暴力現象や権力の不正義をコントロールするというパラドキシカルな方法なのである。
それに非暴力の場合、相手は暴力的手段を使いにくくなる。暴力で立ち向かってくる者たちを暴力で抑えるのはやさしいが、非暴力だとそうはいかない。よしんば暴力的手段を講じたとしても、それに正当性はあたえられない。つまり犯罪的暴力とみなされる。それは国内的にも国際的にも非難をあびて制裁を受けることになる。したがって暴力を行使する側は大きなリスクを犯すことになる。このことに関しては、近年にわかに大きな動きをみせた東ヨーロッパ・中国・旧ソ連などの場合を比較してみるといいだろう。
いずれにせよ、社会のなかのさまざまな暴力――すなわち犯罪的暴力・国家的暴力・構造的暴力――に対して、無気力・無抵抗でいることは、じつは暴力に支持をあたえることにほかならない。たとえば選挙で棄権することは、往々にして、保守政権に支持をあたえるのと同じ働きをする。犯罪的暴力に対して泣き寝入りすることも同じであるし、公害企業の商品を買い続けることも、結局暴力現象に正当性を付与することになる。
その意味では、非暴力的な社会運動によってしか、こうした暴力は封じられないし、構造的暴力としてとらえられたさまざまな現象もなくならないだろう。そこに非暴力的社会運動の可能性が存在するわけであり、これは、ヒロイズムやロマンティシズムやセンチメンタリズムから脱却して社会学的に自己認識することから始まるのである。
▼1 間庭充幸、前掲書二〇二-二〇四ページ。赤坂憲雄『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)第2章「浮浪者/ドッペルゲンガー殺しの風景」参照。
▼2 G・シャープ、小松茂夫訳『武器なき民衆の抵抗――その戦略的アプローチ』(れんが書房新社一九七二年)六八ページ。
▼3 G・ウッドコック、山崎時彦訳『市民的抵抗――思想と歴史』(御茶の水書房一九八二年)。
▼4 シャープ、前掲訳書六八ページ。
▼5 Gene Sharp,The Polifics of Nonviolent Action,Boston,1973.Part Two:The Methods of Nonviolent Action.全三巻全九〇二ぺージの大作であり、この分野についての理論的歴史的研究の代表的存在といっていいものだが、残念ながら邦訳はない。なお、以下の各項は相互に区別されるが、定義の水準はまちまちである。たとえば、ある項がその前の項の特殊事例であることがある。なお『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)非暴力』(現代書館一九八七年)で阿木幸男が、このうちの半分の項目について紹介しており参照した。
増補
犯罪を社会学する
近年、一般には理解しがたい少年犯罪が続出し、その社会的文脈に関心が集まっている。一般に時代背景と呼ばれているものは、その時代の若い人には自明であっても、少しでも時間がたつと、とたんにわからなくなるものである。戦後日本の未成年者の犯罪を類型化し、社会学的に背景をたどったものとして、この分野の第一人者による、間庭充幸『若者犯罪の社会文化史――犯罪が映し出す時代の病像』(有斐閣一九九七年)がある。日本の犯罪史を学ぶのにちょうどよい本である。
それに対して、鮎川潤『犯罪学入門――殺人・賄賂・非行』(講談社現代新書一九九七年)は、犯罪をタイプごとに整理した犯罪社会学の入門書。殺人・薬物犯罪・性犯罪・企業犯罪・少年非行についての説明のあと、司法制度の問題と被害者学の必要性について論じている。
犯罪社会学とまったく別の手法で少年犯罪の社会的文脈を考察したものとして、宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)と、宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)もあげておきたい。フィールドワークを駆使した理解社会学ともいうべき手法で問題に迫るこの二著には、じつに多くの分析アイデアがふくまれており、書き下ろしによる今後の精緻な分析を期待したいところ。
じっさい、不可解な若者犯罪が生じるたびに「心の教育」が叫ばれるという、日本の「アドミニストレーター」たちの分析力のなさにあきれる日々が続いている。自省能力の欠けたモラル・パニックの悪循環を断ち切るためには、有無を言わさぬ完璧な分析を突きつけるしかない。
性暴力とセクシュアル・ハラスメント
性暴力事件やセクシュアル・ハラスメント事件は、被害者が男性の場合とまったく異なる経緯をたどる。被害者の落ち度が問われやすいのである。そのため、被害者は加害者の犯行を証明する過程において、いわゆるセカンド・インジュアリー(もしくはセカンド・レイプ)を受けるはめになる。
日常的なセクシュアル・ハラスメントの場合も、同様に女性被害者を(男性加害者を、ではなく)ジレンマに取り込む。女性被害者にとっては深刻な「セクシュアル・ハラスメント」として定義される行為であっても、それを抗議する(最終的には訴訟にいたる)者には、「たんなる別れ話のもつれ」ではないか、あるいは女性側の「被害妄想」や「自意識過剰」ではないかとの疑惑がたえずかけられる。この解釈変更要求への圧力は強力である。たとえ職場の上司が雇用や昇進を理由にして脅迫的にセクシュアル・ハラスメントにおよんだとしても、そのさい女性被害者がその場で命をかけての抵抗をしていないと見なされると、即座にそれが「納得づく」の行為と解釈されてしまう[江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(勁草書房一九九一年)。江原由美子「セクシュアル・ハラスメントのエスノメソドロジー――週刊誌にみる解釈の政治学」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。この解釈変更圧力によると、被害者が被害者と社会的認定を受けないばかりか、加害者男性こそ「被害者」であるとの解釈さえ生じてしまう。抗議することさえ正当なものと認められないという、当事者にとってはまことに不条理な事態がここに生じるのである。
この問題については、スーザン・グリフィン『性の神話を超えて――脱レイプ社会の論理』幾島幸子訳(講談社選書メチエ一九九五年)参照。具体的事件を取材したルポルタージュとしては、宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』(朝日文庫一九九三年)がある。
死刑
日本の死刑制度は相変わらず続いている。むしろ近年は政治的な配慮から積極的に執行がなされているようだ。死刑執行は一般には非公開であるため、ややもすれば抽象的な印象を結びがちであるが、やはり人が人を殺すことの生々しさは知っておきたい。大塚公子『死刑執行人の苦悩』(角川文庫一九九三年)は、死刑執行者の心理的葛藤を取材し、かれらを国家の犠牲者として描いたルポ。これを読むと、死刑制度を存続させるというのであれば、少なくとも死刑執行に法務大臣か最終審の裁判長が立ちあうべきだとの感想を抱く。
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4月 12017

社会学感覚19自発的服従論

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社会学感覚
19 自発的服従論
19-1 服従の可能性としての支配
権力論の課題
これから三回にわたって説明する権力論というテーマ群をつらぬく観点は「権力は身近な生活の場に宿っている」ということだ。わたしたちは、ふつう「権力」ということばで国家権力およびその周辺を思い浮かべる。強大で絶対的な国家権力、それが常識的な連想だろう。しかし、ここでもまた常識的思考には落とし穴がある。このあたりを浮き彫りにしていきたい。
まず、『資本論』の片隅におかれた注のなかでマルクスがつぶやくように書きつけた一節をみていただきたい。「およそこのような反省規定というものは奇妙なものである。この人が王であるのは、ただ、他の人びとが彼に対して臣下としてふるまうからでしかない。ところが、彼らは、反対に、かれが王だから自分たちは臣下なのだとおもうのである▼1。」つまり、権力者は権力をもつから権力者なのではなく、人びとが自発的に服従するからこそ権力者なのだ。そしてこの権力の〈秘密〉に、服従する人びとは気がつかない。このロジックこそ、ここで権力論として自発的服従をあつかう最大の理由である。
ジンメルの「上位-下位関係」論
ジンメルは、たんなる人の集まりが、ある一定の〈社会〉へとつむぎあげられていくプロセスを「社会化」と呼んだが、その社会化の形式を研究するのが形式社会学だった。それは、社会の共通形式の文法学あるいは幾何学にあたるものだが、そんな形式のひとつとして「支配」をあげている。正確にいうと「上位-下位関係」平たくいうと「上下関係」である▼2。
これについてジンメルが示唆することはふたつある。
ひとつは、人間が社会を形成するとき「支配関係なしの社会」あるいは「権力なしの社会」は、まずありえないということだ。「ある」といいきる考え方はイデオロギーであり、現実から遊離している点でユートピアである。科学的には、権力による支配は避けられないということから出発するのが正しい。
第二に、要するに「支配は相互作用」だということ。つまり、支配者からの一方的な影響だけではなく、服従者からも支配者になんらかの影響をあたえているというのである。そして、支配が成立するには、かならず服従者の自発性と協力がいるという▼3。
ウェーバーの支配社会学
このアイデアを豊富な歴史的事例に適用し、膨大な支配社会学をつくりあげたのがウェーバーである。まず、有名なウェーバーの定義をみておこう。
「支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである▼4。」
この場合も服従者の「服従意欲」が重要視されている。つまり、ある支配形態を人びとが正当なものとして納得して受け入れてはじめてその支配形態は安定する。逆に、人びとがそれを正当なものだと感じなくなるようであれば、それは長続きすることはない。だから支配ということが成り立つのは、原則的には、支配される人たちが、支配されることを承認する場合だけである。
では、人びとはどういう場合に、その支配形態を正当なものとして承認し服従するのだろうか。
それをウェーバーは「支配の正当性[根拠]」と呼び、歴史的にほぼ三つのタイプが存在するとのべている▼5。
(1)非人格的で合理的規則にもとづく「合法的支配」そのもっとも純粋な形としての「官僚制」――人びとはその合法的な地位ゆえに服従し、行政幹部は法的な権限をもつ。
(2)伝統の神聖さにもとづく「伝統的支配」――人びとはその伝統的な権威ゆえに服従し、行政幹部は特権をもつ。
(3)個人の非日常的資質にもとづく「カリスマ的支配」――人びとはその個人的な資質ゆえに服従し、行政幹部は使命をもつ。
こういう類型を「理念型」ということはすでにのべた▼6。一種のモデルのようなものだ。現実の歴史的支配形態は、これらの複合体として考察できる。歴史上多いパターンは「カリスマから伝統」「カリスマから合法」であり、近代西欧では、もっぱら合法的支配に向かっていった。これも合理化である。
いずれにせよ、カリスマ的支配が支配の原型であるとウェーバーは考えた。というのは、そこではなんの強制力もなく人びとはみずからの意志で自発的に服従しているからだ。これが支配の原型である。
この支配という関係は、なにも国家にかぎるわけではない。集団や村落、政党や宗教団体そして学校など、あらゆる社会関係にみられる。現代国家は当然「合法的支配」であり、人びとは手続き上の正しさに対して服従し、納税などの義務を果たすのだ。これは現代の企業や学校にもいえることである。一方、ワンマン的なヴェンチャー企業や宗教団体そして一部の政治団体などには、カリスマ的支配とみられるものもある。カリスマは潜在的に社会変革的機能をもつから、体制側の支配者から脅威とみなされ、しばしば理由もなく排除の対象となることも多い。
自発的服従
いずれにしても、支配についてジンメルとウェーバーがともに強調するのが「服従者の服従意欲」である。支配というのは服従のチャンス[可能性]である。服従には理由がなくてはならない。正当な根拠があって、それを認める人びとが支配という関係に入るわけである。
わたしたちは「支配」とか「上下関係」とかいうと、つい「暴力」とか「強制」といったことばを連想してしまうが、社会学的には別のことがらである。「支配」や「上下関係」が、暴力や強制をともなう一方的な関係であるという「常識的な」考え方に対して、大方の社会学者は否定的である▼7。ともあれ、したがう方にある程度の自由がなければ支配関係は成立しないのだ。服従者の自由度がある程度高くなければ、社会学的な意味での支配は成立しない。その意味で、社会学は「右」でもなければ「左」でもない。「右」も「左」も「上」にこだわっている。社会学は胸を張って「下だ」と答えよう。
さて、納得=合意の仕方として「カリスマ的」「合法的」「伝統的」の三つがあるとしても、しかし、支配が成立するのは、現実には真の合意にもとづいた場合だけとはかぎらないはずである。じっさい、なんらかの操作がなされることによって、あたかも合意が成立したかのような状態になる場合も多い。要するに、相手をだまして服従させるわけだ。「世論操作」などと呼ばれるケースがこれである。現代社会における権力を考える上で、じつはこの点はたいへん重要である。節をあらためて論じることにしよう。
▼1 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論1』(国民文庫一九七二年)一一一ぺージ。
▼2 5-3参照。
▼3 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)。この点については、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)八二ページ。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)一〇ページ以下。
▼6 5-2参照。
▼7 近年の理論のなかで一例をあげると、ニクラス・ルーマン、長岡克行訳『権力』(勁草書房一九八六年)。
19-2 歪められたコミュニケーション
歪められたコミュニケーションの三形態
さて、権力が正当性をもつと人びとからみなされる場合、みなされ方として、ふたつの場合が考えられる。ひとつは、人びとが開かれたコミュニケーションによって、平等かつ自由に自分自身の態度と行動を選択できる状況のもとで、正当と認める場合。ふたつめは、人びとが歪曲されたコミュニケーションによって、正当と認める場合である。前者は理念として現代社会に存在しているものの、めざすべき目標以上のものとはいえないだろう。じっさいには、大なり小なり歪められたコミュニケーションの場のなかで正当性が認められているにすぎない。
クラウス・ミューラーは、歪められたコミュニケーションの三つの主要形態について論じている。それは以下の三つである▼1。
(1)強制指導型コミュニケーション
(2)環境制約型コミュニケーション
(3)管理抑制型コミュニケーション
ミューラーにしたがって、少しくわしくみていこう。
強制指導型コミュニケーション
これは「言語やコミュニケーションの内容を規定しようとする政府の政策から生まれてくる」コミュニケーションのことである▼2。全体主義的社会によくみられる形であり、ナチス・ドイツや戦後の東欧の社会主義諸国などでよく観察された。
たとえば、ナチスは政権をとった直後の一九三三年、高校生にファシズムのイデオロギーやナチスの歴史的任務についてのコースの履修を義務づけるとともに、いっさいのマス・メディアを宣伝省の統制下においた。そのさい、ナチスのねらいは、さまざまのできごとについて政府と同じ評価を人びとにさせることだった。そのために、たんにイデオロギーを学習させるにとどまらず、ひとつひとつのことばの使い方まで統制しようとした。その結果、学術論文や国語事典・百科事典までも政府によって改訂され、ことばの再定義と新たな造語がなされた。たとえば「労働奉仕」について、以前は「強制労働の項を参照せよ」とあったのが「ナチス民族共同体のための偉大な教育制度」と書き改められた。また「創造力」という語義をつけられていた「知性」の項は「本能とは区別された批判的で反逆的・破壊的な特性を指す言葉」に変更された。さらに「憎しみ」の項は「憎しみも正義の側について言われる場合には肯定的な意味を持つ」と説明され、「北方人種の英雄的な憎しみは、ユダヤ人の臆病な憎しみと鋭く対立する」といった露骨な例文が添えられるにいたっている▼3。
このように、ナチスはことばそのものの再定義を徹底してやった。また新造語も多い。ナチス・ドイツの場合、これが一二年間も維持され、それが悲惨な結果を正当化するのに貢献することになる。そして、これとまったく同じことが戦後の社会主義諸国でも再演されつづけた。スターリンもまた、言語を変革闘争の武器と考えていたからである▼4。
しかし、これはヒトゴトではない。戦車を「特車」といいかえる「自衛隊」という軍隊をもつ日本社会にも、これはある程度あてはまることである▼5。
環境制約型コミュニケーション
これは「個人や集団の政治的コミュニケーションに携わる能力が制約されている場合のコミュニケーション」のことである▼6。先進諸国では、こちらが主流であろう。平たくいえば、自分の生まれ育った環境によって言語の運用が制限されるということであり、あからさまな政治的干渉による歪みではない。
家庭での社会化のパターンとそこで用いられる限定的な言語コードのために、ものごとの本質を認知したり、自分たちの利害を表明したりすることができないことがしばしばある。とくに下層階級は、これまでの歴史をみても、自分たちの悲惨な状態を明確に表明できず、むしろ権力の有力な支持層になっていることが多い。労働運動にしてもそれを明確に表現したのはマルクスやエンゲルスのような中産階級出身者であるし、日本の「一揆」も武士や僧侶によって指導されたものだ。
この文脈で問題となるのは、社会化のエージェント(担い手)たる家族・階級・学校・マスメディアである。これらが人びとの言語能力を規定する。言語は、各自のおかれている環境を解読する能力を限定する。その結果、自分たちの利害をうまく表現するだけの言語コードをもたない人びとは、結果的に現状維持的で保守的な権力支持層になりやすいという▼7。
管理抑制型コミュニケーション
第三の類型は「自分たちの利益を優先させようとして、私的集団や政府機関が、公的コミュニケーションに手を加えたり、制限を加えたりすることができた場合のコミュニケーション」である▼8。政府や民間企業による情報操作や情報非公開がこれにあたる。また、権力の正当性に関わる重要な問題を表面にださないために、権力の維持存続にあまり影響のない別の問題をキャンペーンするという方法もしばしば使われる。
このような方法によって人びとの知識が限定される。するとどうなるか。「政治決定や政策形成のなかで考慮されているさまざまな事実や論拠を知らなければ、人びとは政府の行為、特に日常生活とは関連がないと思われるような政府の行為を評価するのをためらうようになる▼9。」その結果、多くの人びとが政治的コミュニケーションに参加することをやめてしまう。
民主主義的な権力形成のために必要なこと
ミューラーが問題にする三つのタイプの歪められたコミュニケーションの場のなかで、支配の正当性があたかも妥当であるかのように成立する。この場合、それが意図的か非意図的かはあまり問題ではないだろう。それを区別することはきわめて困難であり、区別することによってえられるものも少ない。社会のしくみ・メカニズムとして科学的に認識することから、すべては始まるのだ。
さて、歪められたコミュニケーションを少しでも開かれたものにするには、なにが必要だろうか。いろいろな方向が考えられるだろうが、わたしはつぎの三点が決定的に重要だと考える。
(1)教育における社会科学
(2)行政における情報公開
(3)マス・メディアにおけるジャーナリズム
結局、これらがわたしたちにもたらしてくれるのは、〈反省能力〉であり、それによって可能になる〈社会の反省的コミュニケーション〉である。しかし、現代日本において、これらはいずれも不完全なまま放置されているのが現状である▼10。
▼1 クラウス・ミューラー、辻村明・松村健生訳『政治と言語』(東京創元社一九七八年)。
▼2 前掲訳書三〇ページ。
▼3 前掲訳書三六ページ以下参照。
▼4 前掲訳書五〇ページ以下参照。なお、この点については、ジョージ・オーウェルの古典的SF『一九八四年』(ハヤカワ文庫一九七二年)が必読。この本では「ニュースピーク」として登場する。
▼5 この点については、グレン・フック『軍事化から非軍事化へ――平和研究の視座に立って』(御茶の水書房一九八六年)第二章「軍事化と言語」が、「侵略」を「進出」といいかえさせたり、日本を「ハリネズミ」(鈴木首相)「不沈空母」(中曽根首相)にたとえたり「核アレルギー」(佐藤首相)という病気のメタファーを使用することによってえられる政治的効果について綿密に分析している。
▼6 ミューラー、前掲訳書三〇ページ。
▼7 以上、前掲訳書六一ページ以下による。環境制約型もまたヒトゴトではない。現代日本の大学生の多くは、評論系の文章を読んだり作文したりすることを著しく苦手としている。多くの学生の読書作文能力は、ほぼ高一水準にとどまっている。これは、高二から本格的に始まる受験勉強体制の学習環境のなかで、この分野についての意欲も実際的訓練もないまま放置された必然的な結果である。七〇年代以降の保守化傾向も、この文脈でとらえることができる。
▼8 前掲訳書三〇ページ。
▼9 前掲訳書一一六ページ。
▼10 (1)については1-4で、(2)(3)については第一二章ですでに論じておいた。とくにジャーナリズムの問題に関しては、野村一夫「社会学的反省の理論としてのジャーナリズム論」『新聞学評論』三六号(一九八七年)。
19-3 権力作用論
暴力的悪としての権力
長いあいだ権力に関する議論を支配してきたマルクス主義的権力観にはふたつの前提事項があった。第一に「権力イコール悪者/民衆イコール正義」の善悪図式、第二に「権力イコール暴力」図式である。
しかし、ときには権力が正義であり、民衆が悪者である可能性もあるわけで、それは見る人の位置によってさまざまでありうる。いずれにしても権力論に「正義-悪者」というコードをもちだすこと自体、あまり科学的ではない。また、後者の図式にしても、歴史的に多くの権力が暴力をともなっていたことは事実であるが、それらは人びとの自発的服従をえられていないのであるから、それはコストのかかるわりに脆弱な権力といわざるをえない。歪められたコミュニケーションの場においてであれ、人びとの合意と納得がえられないかぎり、それは砂上の楼閣なのである。
社会学ではジンメルやウェーバー以来、このようなステレオタイプから離脱した権力論を構築してきたが、おおかたの議論を変えるまでにはいたっていなかった。ところが、社会学とは出自の異なる領域から、マルクス主義的権力観とはまったく異質な権力論がでてきて、それがまたたくまに権力論の土俵を変えてしまった。それがフランスの思想家ミシェル・フーコーの権力作用論だった。
「見られる権力」から「見る権力」ヘ
一九七五年の『監獄の誕生』の冒頭で、フーコーは刑罰のやり方が十九世紀になってガラリと変わると指摘する。かんたんにいえば「華々しい身体刑から地味な監禁刑へ」の転換である▼1。
フーコーの示す事例によると、一七五七年に国王殺害者であるダミアンは、公衆の目の前で、熱したやっとこで懲らしめられたのち、火で焼かれ、鉛や油などの灼熱の溶解物を浴びせられ、四つざきにされたという。ところが、一八三八年の「パリ少年感化院」でなされる刑は、起床から就寝にいたるまで逐一こまかく管理された〈監禁〉である。
この刑罰の変化は、権力のあり方の変化をはっきりと物語る。
つまり、まさに華々しい祭式である身体刑は、受刑者の身体を傷つけることによって権力の存在をみせびらかすのを目的としていた。この場合の権力は「目に見える権力」「見られる権力」である。それに対して監禁刑の方は、権力は姿をあらわさないで、ただ監視する地味な「見る権力」「まなざす権力」逆にいうと「見えない権力」である。この「見えない権力」は、服従者を監視する施設をつくることによって人びとの精神に働きかける。支配の技法は「調教」であり「規律」「訓練」となる。
この変化は単に刑罰にだけ現れているのではない。この新しい権力とその技術は工場や学校や病院という形式のなかに現れる。
この「見えない権力」が押し進めるのは「規格化」である。規格化は五つの操作からなる▼2。
(1)比較――人びとの個別の行動・成績・品行を比較・区分する。
(2)差異化――全体的な基準を平均もしくは最適条件として尊重し、個々人を差異化する。
(3)階層秩序化――個々人の能力や性質を量として測定しランクをつける。
(4)同質化――規格に適合するよう束縛して同質化する。
(5)排除――規格外のモノは排除する。
このような規格化を押し進める新しいタイプの権力が十九世紀に誕生し、監獄・工場・学校・病院という施設として制度化される。フーコーによると、現在わたしたちがいるのは、このような「規律社会」である。
みえない権力・微視的権力・関係的権力
フーコーが示す権力像は、匿名的で関係的で、社会のいたるところに網の目のように遍在している微細な権力である。いわば社会に内在する権力である。近代以前の権力とのちがいを対比すると――
従来の権力――実体/支配者/マクロ/抑圧的/否定的
新しい権力――関係/匿名/ミクロ/産出的/肯定的
もう少しくわしくみることにしよう。フーコーは、つぎのように新しい権力を説明している▼3。
(1)権力とは、手に入れたり奪ったり分割したりするようなものではない。「権力は、無数の点を出発点として、不平等かつ可動的な勝負(ゲーム)の中で行使される。」
(2)権力関係は、経済や知識や性などに対して外在的な位置にあるものではなくそれらに内在する。
(3)「権力は下からくる。」
(4)「一連の目標と目的なしに行使される権力はない。しかしそれは、権力が個人である主体=主観の選択あるいは決定に由来することを意味しない。権力の合理性を司る司令部のようなものを求めるのはやめよう。」
(5)「権力のある所には抵抗があること、そして、それにもかかわらず、というかむしろまさにその故に、抵抗は権力に対して外側に位するものでは決してないということ。人は必然的に権力の『中に』いて、権力から『逃れる』ことはなく、権力に対する絶対的外部というものはない。」
フーコーの権力概念は、ステレオタイプな権力概念と真っ向から対立するものである。それはむしろ「権力関係」「権力作用」「力」と訳されてよいことがらである。本書では「権力作用」という訳語をあてたいと思う▼4。
権力作用論の意義
ここで、有名なウェーバーの概念定義に立ちかえってみよう。かれは『社会学の基礎概念』のなかでつぎのように定義する。「権力(Macht)は、社会関係のなかで抵抗に逆らっても自己の意志を貫徹するおのおののチャンス――このチャンスが何にもとづこうとも――を意味する。支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである。規律(Disziplin)とは、習熟した定位によって一定の多くの人々が迅速に、自動的に、かつ方式的に命令に服従するチャンスのことをいうべきである▼5。」これをみると、フーコーの権力作用論は、すでにのべたジンメルやウェーバーの支配社会学が主張していた「自発的服従」の連続線上にあると考えていいだろう。とくにウェーバーが「規律」の概念で考えていたこと、そして「プロ倫」で描きだしたプロテスタントたちの生活はまさに権力作用論の原型である▼6。
この系譜の権力論において問題となるのは、だれが権力をもっているかではなくて、むしろその技術的側面である。フーコーは、近年の「女を支配する男の権力への、子を支配する親の権力への、精神病を支配する精神医学への、人口を支配する医学への、人々の生き方を支配する管理体制への抵抗」についてふれ、「これらの闘争における主目標とは、『しかじかの』権力制度なり集団なりエリートなり階級というよりも、権力の技法であり形式なのだ」とする。「この権力形式は、個人を類別する日常生活に直接関わり、個人の個別性を刻印し、アイデンティティを与え、自分にもまた他人からもそれと認められなければならない真理の法を強いる▼7。」重要なのはここである。
ところで、現代の日本社会において、このような権力技法について考える意味はどこにあるだろうか。
まず、いえることは「権力は身近な生活の場に宿っている」ということである。「日常生活の具体的な社会的場面において作用している微細な力=権力作用は『痕跡を残さない権力』すなわち行為者の自発的な行為を巻き込む権力。それは社会構造自体にはらまれた権力であり、特定の個人の意図には還元できない権力作用である▼8。」このような権力作用がなにをわたしたちの社会にもたらすのか。このあたりをこれから探ってみたいと思う。
▼1 ミシェル・フーコー、田村淑訳『監獄の誕生――監視と処罰』(新潮社一九七七年)。
▼2 前掲訳書一八六ページ。
▼3 ミシェル・フーコー、渡辺守章訳『性の歴史I知への意志』(新潮社一九八六年)一二一-一二四ページ。
▼4 フーコーの権力作用論の全容については、桑田禮彰・福井憲彦・山本哲士編『ミシェル・フーコー1926-1984』(新評論一九八四年)が理解しやすい。社会学者による、より包括的なフーコー入門解説としては、内田隆三『ミシェル・フーコー』(講談社現代新書一九九〇年)。
▼5 マックス・ウェーバー『社会学の基礎概念』前掲訳書八二ページ。
▼6 従来、ウェーバーの権力論というと「権力」の概念定義にふくまれた「抵抗に逆らっても」というところばかりがひとり歩きしていたように思うが、ウェーバーの主眼はむしろ「規律」にあるとわたしは考えている。
▼7 ミシェル・フーコー、渥海和久訳「主体と権力」『思想』一九八四年四月号、二三七-二三八ぺージ。
▼8 江原由美子『フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)三二ページ。
増補
日本社会における自発的服従の現実
非常に大ざっぱな言い方をすると、ウェーバー流の伝統的な社会学的権力論も、フーコー流の新しい権力作用論も、注意を喚起しているのはともに「人びとの自発的服従」という事態である。それは「社会秩序」とほぼ同義の事態であり、それを「上から」ではなく「下から」把握しようとするとき「自発的服従」概念が理論的意義をもつのである。この論点については、野村一夫『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)第四章「権力作用論の視圏」で詳しく論じておいた。具体例に即したものでは、熊沢誠『新編 民主主義は工場の門前で立ちすくむ』(現代教養文庫一九九三年)。
読書界で大きな反響をもたらしたカレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)も、同様の見地からの問題提起といえるだろう。社会学では、栗原彬『人生のドラマトゥルギー』(岩波書店一九九五年)が日本人の「心の習慣」を批判的に問いなおしている。
都市と権力
本書では地域研究の系列を扱わないので、その結果、都市社会学がまったく無視されている。「あとがき」にも述べたように、これが本書の欠陥である。ところが、カステルの登場以降、都市社会学に一種の権力論的転回ともいうべき潮流がでてきており、居直ってばかりもいられなくなった。独自の権力論として注目されたのが、藤田弘夫『都市の論理――権力はなぜ都市を必要とするか』(中公新書一九九三年)。権力の「調達」「保障」の機能の重要性を喚起して議論を呼んだ研究書をやさしく説明した新書である。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚9役割現象論

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社会学感覚
9 役割現象論
9-1 役割の担い手としての人間
現代人のアイデンティティの中心をなしているもの
たとえば不意に出会った相手に「おまえはだれだ」「あんた、だれ」ときかれたとする。わたしたちはどう答えるだろうか。電話で「どちらさまでしょうか」ときかれた場合を想起してみよう。「わたしは□□□です」――この□□□に入るのはどのようなカテゴリーかというと、多くは自分の名前であり、学生や会社員ならそれに所属組織をつけくわえる。また「□□の親です」といったように姉妹兄弟親子供の関係であったり、たんに学生とか客とかユーザーであるというだけでいい場合もある。
まず自分の名前はすべての相手に対して使える定義である。しかし、わたしたちはいつも名前で応えるとはかぎらない。たとえば、大学生の場合、教員に対しては学生のひとりとして名前をいうことになるが、所属学科の何年の学生かをのべた方が納得してもらえることも多いはずだ。「わたしは□□□です」にあてはまることばを考えてみると、たとえば看護婦・学生・長男・医師・担任・客などがある。これらは、相手との関係において自分が担うことになる社会的カテゴリーであり、まとめて「役割」(role)と呼ばれる。
流動的で矛盾をかかえこまざるをえない自我。これをなるべく分裂させないで統合してアイデンティティを安定させようとするとき、現代人は、自分に振り分けられた役割あるいは選択した役割をアイデンティティの中心にすえることが多い。そこで社会学では、人間を「役割の担い手」として分析する▼1。
役割概念と役割理論
役割ということばは、もともと演劇の方からきたものだ。「仮面」(mask)または「ペルソナ」(persona)もほぼ同じ意味である。この役割概念を使って個人と社会の関係をさぐろうという理論を「役割理論」(role theory)という。これはおおよそつぎのような考えにもとづいている。すなわち、社会は舞台であって、人びとはあらかじめ社会が用意した台本にもとづいて各々の役割を演じる。一定のあたえられた役割をその内容にしたがって演じることを「役割演技」(role playing)という。「すべてこの世は舞台だ」という有名なシェイクスピアのことばのように、社会は一種の〈人生劇場〉〈世界劇場〉とみなすことができる。この場合、行為者は「役割の担い手」である。
極端な理論によると、人間は「役割の束」とみなされる。そのさい役割概念は、ある社会的場面において、ある地位(status)を占めた行為者に対して集団や社会が準備し期待する行動様式(行動パターン)とされる。図式化すると――
〈行為者〉――〈役割=地位〉←役割期待――〈集団・社会〉
この場合、役割は地位にあらかじめ備わっているもので、個人の人間性や能力・個性に関係なく期待される権利と義務のセットである。組織上の地位にともなう業務命令や工場内の分業化された職務を想起してもらえば、おおよそのイメージがえられると思う。このさい重視されるのは役割期待(role expectation)の規範性である▼2。
ところが、わたしたちはマリオネットのように社会にあやつられるまま行動するわけではない。こうしなければらないと思っていても、そうしないときもあれば、できないこともある。同じ役割でも人が替わるとやはりちがったものになる。ときにはあたえられた役割に反抗することもできるし、表面的に役割を演じながら別の自分を表現するといった芸当も可能である。
だから、ある地位につくことによって自動的に集団や社会から期待される役割を人間がそのまま演じるという従来の役割理論の考え方――そしてこれは一般にも広く流通しているステレオタイプな役割観でもある――は一種の社会決定論であり、役割を運命として受け入れる存在として、また現実を変える力のない無力な存在として人間をとらえることになっている。そこには現状肯定的・保守主義的な価値観すらうかがえる。これはあまり演劇的=ドラマティックではない。むしろ機械論的である▼3。
どうもこれは特殊な場合――限界事例――ではないか、ほんとうはもっと込みいっているのではないか。こういう疑問とともに、五十年代・六十年代の社会学界をにぎわした役割理論はどうも旗色が悪くなってきて、便利な役割概念はオーソドックスな概念として残ったものの、役割理論という名称はあまり人気のあるものではなくなった▼4。
では役割理論は過去のものかというと、あながちそうとはいえない。現代人のありようを理解するのに役割概念はやはり有効である。しかし、あやつり人形の糸のような規範主義的な役割概念では錯綜した現実へは迫れそうにない。
そもそも個人と役割のあいだに断絶があり距離があるからこそ、あえて「役割演技」という表現がえらばれたのだと思う。そこに込められていたのは人間の意識と現実の行為とのギャップであり、義務の観念とアイデンティティの相剋である。そのダイナミズムを鮮明化するところに役割概念の真骨頂がある。わたしはこの問題領域を「役割現象の被媒介過程」と呼んでいるが、ここではもっとかんたんに「役割現象論」と呼ぶことにしよう▼5。本章であつかうのはこちらの方である。
▼1 この前提には、個人と役割とが渾然一体となっていた伝統社会から個人が解放され、個人と役割が明確に分離した段階、すなわち近代社会特有のあり方がある。また自我形成は社会的な役割によってのみなされるのでなく、自然との関わりや病気体験やマスコミ体験そして宗教体験などによっても大きく左右される。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)。ラルフ・ダーレンドルフ、橋本和幸訳『ホモ・ソシオロジクス』(ミネルヴァ書房一九七三年)。ここでいう「役割期待の規範性」とは、たとえば「教師だから□□しなければならない」とか「女だから□□すべきだ」といった事態をさす。
▼3 H・D・ダンカン、中野秀一郎・柏岡富英訳『シンボルと社会』(木鐸社一九八三年)。
▼4 人間と人間のヴィヴィッドな過程が、硬直し運命化した規範的役割概念に転化してしまっているという意味で、あきらかに役割概念の「物象化」が当時の役割理論に生じていたと考えられる。P・バーガー、S・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学批判」『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)。
▼5 野村一夫「ジンメルと役割理論――受容史的接近」『社会学史研究』第九号(いなほ書房一九八七年)。なお「役割現象論」という用語はウータ・ゲルハルトにヒントをえた。Uta Gerhardt,Toward a Critical Analysis of Role,in:Social Problems 27,1980.
9-2 役割現象とはなにか
als(として)規定
近代社会における個人は、社会的場面において、つねに「何者かとして」行為している。わたしたちは「役割」から始めないで「として」から思考を始めよう。
「□□として」――これこそ役割現象のもっとも基本的なエレメントである。これをかつてカール・レーヴィトは「als規定」(Als-Bestimmtheit)と呼んだことがある▼1。〈als〉とはドイツ語で「として」のことだ。わたしたちは他者をありのままに認識することはできない。かならずあるカテゴリーを適用して認識する。大学教授として・ナースとして・店員として相手を認識する。これは他者に対してだけでなく自分にも適用される。わたしたちは自分を学生として・患者として・客として類型化図式に当てはめることによって、自分の行為を方向づけていく。
このように「als規定」は、(1)他者を類型化することによって他者を知り認識する「他者類型化」と、(2)類型化図式を手がかりにして自分の行為の方向づけを定める「自己類型化」の側面からなっている。これはさらに(3)「社会関係についての類型化」に連関している。つまり〈大学教授と学生の社会関係〉〈ナースと患者の社会関係〉〈店員と客の社会関係〉といった社会関係に関する類型化図式に行為者が入り込むことになる。〈他者-自己-関係〉の三項について「□□として」という類型化がおこなわれているのである。
これは、無限の多様性をもつ社会的現実に対して、ごく限られた知的能力しかもたない人間にとっての一種の「次善の策」である。どんなに親密な人であっても、その全体を知ることは不可能だ。わたしたちはもっとも親密な人間であるはずの自分自身についてさえその全体を認識しているとはいえないくらいなのだ。類型化図式はそれを補うために社会が発明した認識装置である▼2。
相互作用の媒体としての役割
役割現象とは〈他者-自己-関係〉に関する類型化をめぐる一連の現象であり、役割は類型化図式にあたる。その構造原理は「als規定」である。このように基本構図を押さえた上で、役割現象の基本特性について考察してみよう。
(1)常識的構成体――役割はまず日常生活において行為者によって使用され、使用されることによって再生産・再構成される知識構成体であること。その点で役割は「社会学の発明ではなく社会の発明」なのである。自然認識と社会認識の根本的なちがいがここにある。自然の場合はそれを認識してえられるカテゴリーは認識する人間の側に存在するが、社会の場合は社会の側にそのようなカテゴリーがすでに存在する▼3。社会学および社会科学はそれをさらに加工し精密化する営為であるから、科学的概念は二次的構成体にすぎない。役割という類型化図式もすでに社会のなかに存在し、ある程度人びとに共有された第一次的な構成体である▼4。たとえば、わたしたちが「いやな役まわりだ」とか「役得だ」と一喜一憂すること自体、すでに役割を日常的カテゴリーとして対象化し操作していることを示している。集団に共有された知識在庫となるとき、類型化は規範性と正当性をおび、役割期待として作用する。ジンメルのことばを借りると、それは「社会を可能にする知識事実」である。
(2)個性認識――類型化図式によって認識するといっても、わたしたちは類型と他者とを同一視するわけではない。類型からのずれや偏差から他者の個性を組み立てるのだ。ジンメルによると「他者の個性の完全な知識がわれわれには拒まれている」ために「われわれは彼をその純粋な個性にしたがってみるのではなく、われわれが彼を数えいれた一般的な類型によって担われ、それによって高められたりまた低められたりした彼をみるのである。▼5」この意味で役割は一種の理念型といってよい。
(3)社会外的不可測性――これも他者類型化の側面についてである。わたしたちは警察官がたんに警察官だけでないことを知っているし、店員がたんに店員でないことも知っている。ちょうどそのときたまたまその人のものとなった役割の担い手としてのみ他者を認識し働きかけるわけではない。人は他者のその場の社会関係からはみだす部分をたえず想定する。予測可能な類型化図式に社会外的不可測性をまぜあわせるのである▼6。だからこそ、たとえば仕事上のつきあいから親密な友情や愛情が生まれうる。このように人間の相互作用は、役割と役割とがギアをかむように進行する機械的な過程ではない。たえず余剰をふくんだスリリングな過程なのである。
(4)共犯性あるいは共謀性――たとえば店員が客に「おまえジャマだよ」といったり、逆に客が店員に「いらっしゃいませ」と呼びかけるのはルール違反である。これでは客の購買行為は成功しない。〈客-店員-購買〉という類型化図式にふたりの行為者と社会的場面がおさまってはじめて「客の購買行為」のシーンが成立する。したがって双方がひと組の役割を準拠図式として採用することによってはじめて相互作用に一定の予測性と安定性がえられる。この予測性と安定性にメリットがあれば、類型的な社会関係が維持される。いやいやであろうが、一種の「茶番」としてであろうが、類型的な社会関係が共犯的=共謀的に演じられることになる。「共犯」が成立するとき相互作用の予測性と安定性が高まるために、役割の類型化図式は規範性をおびてくる。その意味で役割現象は虚構性をもっている。つまり「あたかも□□であるかのように」(als ob)経過する。この虚構的な状態は一定の強固さをもちえるものの、所詮うつろいやすい〈こわれもの〉にすぎない。それは本質的には偶発的(contingent)な現象である。
(5)事実行為性――類型化図式それ自体は抽象的である。しかし、その抽象性に対して役割演技は具体的である。演劇においてシナリオのもつ抽象性に対して俳優による上演があくまで具体的であるのと同じことである。そして注意しなければならないのは、俳優は役割のマリオネット・役割の奴隷・役割の媒体ではないということだ。「文学的にも現実的にもただひとりのハムレットしか存在しないのに演劇的には多くのハムレットが存在する」――いわば「演劇的個性」がじっさいの上演においてそのつど創造される。演劇は台本に書かれた役割の再現ではない▼7。これは日常生活における行為者も同様である。抽象的な類型化図式を手がかりにそのつど役割は具体的な事実としての行為によって創造される。したがって類型化図式の方が行為の媒体なのである。
(6)行為者の理解性――役割は相互作用における解釈図式として行為者を媒介する。行為者はその場その場で有効と考えられる役割を自分の知識在庫から選択し、それを他者認識の手だてに使ったり、自分の行為の方向づけをするのに用いる。役割についての観念とじっさいに演じられつつある役割を媒体にして行為者は自己提示・自己理解・自己反省をおこない、アイデンティティの調整をおこなう。そこでは行為者の一連の解釈が大きな比重をもつことになる。だから行為者の理解作用がなければ役割現象は成立しない。役割現象は解釈的過程である。したがって、役割の担い手といっても、個人が役割のマリオネットであるということではない。役割行為は基本的に意味行為であり、行為者の理解が大前提なのである。まさにこの点において、個人は役割の担い手となりうる。
役割概念の定義
ここまでくれば、役割現象における役割概念の意味について明確に定義できるだろう。役割とは、ルーズにいえば「類型化された期待に対する類型化された反応」である▼8。もう少しくわしくいえば「特定の有意性領域のなかで機能する規範的裏づけをもった類型化図式」である▼9。
ここでは「有意性」(relevance)についてだけ説明しておけば十分だろう。有意性とは、ごくかんたんにいえば、「ふさわしさ」「適切さ」ということだ。
たとえば、教師が自分をたんに教師としてではなく、もっと全体的にとらえてほしい――きさくなスポーツマンとか多趣味な才人として――と思ってアピールしても、教室のなかで生徒はかれを基本的に教師として認識するから「また自慢話だ」と受けとられてしまうのが関の山だろう。また男性患者が自分をひとりの若い男性としてとらえてもらいたいと思っても、病室のなかではナースはかれをもっぱら患者として認識し、そこからはみだす部分――ひとりの魅力的な男として誇示しようとするかれの行為――を患者役割からの逸脱とみなすだろう。いうまでもなくこれらのことは逆も同様である。また、上流階級の社交界ではお互いの社会的地位をもちこまないのがルールである。仕事の話をもちこむのは下品なことになる。社交界における有意性は現実社会の有意性と厳格に区別されているからである▼10。
このように一定の社会的場面においてのみ役割は強力に機能する。ある限定された時間的・空間的・社会的文脈が特定の役割に優先的に妥当性と正当性をあたえるのである。だから、教室においては〈教師-生徒〉関係が優先され、病室においては〈ナース-患者〉関係が優先される。他方、教師の自宅に遊びにいった生徒は、音楽マニアとしてのかれやそのフェミニストぶりを発見しやすいだろうし、路上で再会した元患者とナースの会話は病室でのそれとまったくちがったものになるはずである。社会的場面が変わることによって有意性が変わるからである。つまり場面ごとに優先順位が変わるということだ。教室のなかでは〈教師-生徒〉関係が他の類型化図式よりも優先され、また病室のなかでは〈患者-ナース〉関係が優先される。これが「有意性領域」のおおよその意味である。
さまざまな役割類型
役割にはさまざまな類型がある。役割についてイメージをふくらませてもらうために、形式別に一覧してみよう。もちろん以下に示すのは役割のごく一部にすぎず、分類も暫定的な不完全なものである。
(1)年齢役割――子ども・若者・大人・中年・老人▼11
(2)家族役割――夫・妻・長男・親・母・末っ子・一人娘▼12
(3)性役割――男・女▼13
(4)職業役割――医師・看護婦・教師・ガードマン・役人・軍人・事務員・セールスマン・営業マン・研究員▼14
(5)組織内の地位・職務――平社員・主任・課長・部長・社長・ディレクター・プロデューサー・カメラマン・タイムキーパー・スポーツの各ポジション▼15
(6)状況的役割――受験生・浪人・失業者・討論会の進行役・ゲスト・隣人・観客・遺族・新郎新婦・病人・患者・被害者・加害者・よそ者・恋人・リーダー・子分・いじめっ子・傍観者・送り手・受け手▼16
(7)逸脱的役割――犯罪者・前科者・変わりもの・変質者・精神異常者・不良少女・ツッパリ・同性愛者▼17
(8)性格類型――お人好し・頼りがいのある男・淋しがり屋・うそつき・おせっかい・スポーツマン
それぞれに「らしさ」をもっているこれらのなかには、もともと生まれもってきたものもあれば、医師のようにこつこつと努力した末にようやく獲得できるものもある。観客のようにすぐ離脱できるものもあれば、前科者のように一度押しつけられるとなかなか離脱できないものもある。また厳密な定義をもつものもあれば、相当ルーズなものもあるし、特権をもたらすものもあれば、汚名をもたらすものもある。人間はこれら多様な役割を理解し使い分ける担い手として社会的相互作用過程のなかに登場する「多元的役割演技者」(multiple-role player)なのである▼18。
▼1 カール・レーヴィット、佐々木一義訳『人間存在の倫理』(理想社一九六七年)。レーヴィトは著名な哲学者。なお「als規定」と同様のことをすでに第五章の冒頭で説明しておいたので参照してほしい。そこではシュッツを利用した。
▼2 ハインリヒ・ポーピッツは「行動の規則性は、社会学の発明ではなく、社会による発明である」とのべている。ポーピッツ「社会学理論の構成要素としての社会的役割の概念」J・A・ジャクソン編、浦野和彦・坂田正顕・関三雄訳『役割・人間・社会』(梓出版社一九八五年)三六ページ。
▼3 ジンメルの「社会はいかにして可能か」はこの文脈で役割現象について論じたものである。ジンメル、居安正訳『社会分化論 社会学』(青木書店一九七〇年)。ポーピッツの前掲訳書も参照のこと。
▼4 ここで依拠しているシュッツによると「われわれは、他者を類型化するために、そしてまた自分自身を類型化するために用いられる、諸々の常識的な構成概念は、そのかなりの程度までが、社会的に獲得されたものであり、そして社会的に是認されたものであることを、心に留めおかねばならない」という。M・ナタンソン編、渡部光・那須壽・西原和久訳『アルフレッド・シュッツ著作集第一巻/社会的現実の問題[I]』(マルジュ社一九八三年)六八ページ。
▼5 ジンメル「社会はいかにして可能か」前掲訳書二一二ぺージ。
▼6 ジンメル、前掲訳書二一六ページ。
▼7 この点についての先駆的業績として、未完の草稿ではあるが、ジンメルの「俳優の哲学」が示唆に富む。土肥美夫・堀田輝明訳『断想』[ジンメル著作集11]。引用部分は二七三ぺージ。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)一四〇ページ。
▼9 ハンス・ぺーター・ドライツェルによる定義。深澤健次「演劇論的役割論の構造――E・ゴフマンとH・P・ドライツェル」『東京農業大学一般教育学術集報』第十六巻(一九八六年)五九ページによる。なお、本章で準拠しているアルフレッド・シュッツとハンス・ぺーター・ドライツェルによる役割概念についてはつぎの文献を参照。アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章と第十三章。またはアルフレッド・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)第八章「平等と社会的世界の意味構造」。ドライツェルの役割分析については、水野節夫「H・P・ドライツェルにおける役割論の展開(上・下)」『社会労働研究』二四巻一・二-四号(一九七八年)。深澤健次「役割と行為――H・P・ドライツェルの役割概念を中心に」『東京農業大学一般教育学術集報』第十三巻(一九八三年)。
▼10 社交については、ジンメルによる興味深い分析がある。阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)第三章。
▼11 老人役割については20-2参照。
▼12 家族役割については15-2参照。
▼13 性役割については15-2参照。
▼14 医師の役割については9-4および23-3参照。
▼15 組織内の役割関係は、地位や職務としてフォーマルに規定されたものだけからなるわけではない。14-1以下を参照。
▼16 観客の役割については18-2参照。病人・患者・被害者の役割については22-3および23-2参照。送り手と受け手の役割については10-1や11-3などを参照。
▼17 逸脱的役割については20-2以下参照。
▼18 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一五九ページ。
9-3 社会化と役割取得
子どもの社会化
近代社会において社会の一員になるということは、multiple-role playerとしての一定の能力を身につけることだ。そして役割のいくつかを選択的に受け入れ、受け入れた役割を核にしてアイデンティティを確立してゆくことである。幼年期から青年期にかけてなされるこの一連のプロセスのことを「社会化」(socialization)という▼1。したがって社会化とは第一義的には子どもの社会化のことである▼2。
ミードによると社会化は役割の学習によって進行するものであり、他者の役割と態度を自分のものにすることによって可能になる過程である。これを「役割取得」(role-taking)より正確には「他者の役割を取得する」(taking the role of the other)という。「取得」という訳語は少々とりつきにくいが、「他人の態度をとりいれる」とか「他人の役割を採用する」といった意味である。ミードは晩年これを「他者のパースペクティヴに入る」といいかえているから、これで納得してもらってもかまわない。
子どもは他者との相互作用のなかで、自分と他人の位置づけや役割の属性[□□らしさ]を学んでいく。この場合の他者とは第一に母親であり家族であり遊び友だちである。これらの人たちを「重要な他者」(significant others)と呼ぶ。
社会化の過程のなかでひときわ重要な段階は「ごっこ遊び」(play)と「ゲーム遊び」(game)である。「ごっこ遊び」とは、たとえば「お医者さんごっこ」であり、「お店やさんごっこ」「ままごと」である。この遊びのなかで看護婦さんの役割や店員さんの役割や母親の役割を学習する。つまり、まねたり、ふりをすることによって、男らしさ・女らしさ・子どもらしさ・お兄ちゃんらしさといったもろもろの類型化図式に付随する他者の態度を自分のなかに呼び起こすのである。これは第一に人間が反省能力をもっていること、第二に役割がそれを演じることによってその気にさせるという働きをもっていること、このふたつの人間独自の現象による。
さらに野球などのスポーツのような「ゲーム遊び」になると、自分に当てがわれた役割を演じるだけではだめで、複数の他者の演じるさまざまな役割をすべて関係づけて理解していないとゲームに参加できない。複数の他者の役割と態度を意識のなかで組織化していなければならない。意識のなかで組織化されたこの複数他者の態度のことをミードは「一般化された他者」(generalized others)と呼ぶ。「一般化された他者」とはこの場合ゲームのルールにほかならないわけで、これはもはや具体的な他者ではなく、抽象的な「共同体」であり「集団」であり「社会」である。そしてこれが前章で説明した「客我」(me)にあたるわけだ。
大人の社会化――第二次社会化
社会化のプロセスは、しかし、子どもだけとはかぎらない。大人にしても新しい社会的場面に参入するときには、第二次社会化ともいうべきプロセスを踏むことになる。それはたとえば、就職したとき・転職したとき・昇進したとき・単身赴任したとき・子会社に出向したとき・入院したとき・障害者になったとき・結婚したとき・犯罪者になったとき・囚人になったとき・徴兵されたとき・改宗したとき……従来のアイデンティティの軌道修正をよぎなくされるときに生じる。
第二次社会化は第一次社会化とちがって、まったく新しくアイデンティティを形成するわけではなく、基本的には新しい役割に関する特殊な知識を獲得することである。大学卒業者が企業に入って新人研修をうけたり、看護学生として看護学校や実習病院で訓練をうけたりする過程がそれである。しかし、この過程のなかで、かれらはたんに技術的な知識を習得するにとどまらない。〈営業マンとしてのアイデンティティ〉〈ナースとしてのアイデンティティ〉を形成していくことになる。
というのは、人間は特定の役割を引き受けることによって、自分のアイデンティティを再編成するからだ。役割にはその類型的な行動に付随する感情や態度が内蔵されているのである。はじめは周囲の期待や要望に無理に応えるようにしてなされた役割行為も、しだいにその気になってきて、やる気がでてくる段階に達する。やがて満足感や充実感をおぼえるようになる。こうして、はじめはヨソヨソしい仮面だった役割が、いつのまにか自分自身の顔そのものになっていく。装っている当の者になる。たとえば新人営業マン・新任教師・新人ナースというものは当初「それらしくない」ものだ。それがしだいに「らしさ」を備えていく。
このなりゆきが「同調」であるか、それとも「自己実現」であるか、判断はむずかしい。「同調」(conformity)とは、集団内の他の人びとと同じ意見・態度をとることであり、「自己実現」(self-realization)とは、自分の人格と能力と個性が十分に活かされ社会的にも評価されることである。この問題を考えるためには、もう一度「役割取得」のメカニズムに立ち戻る必要がある。
役割形成としての役割取得
ラルフ・H・ターナーによると、役割取得は他者の態度とパースペクティヴをそのまま自分のなかに取り入れる[内面化する]のではないという▼3。ことによると、強力な官僚制組織や軍隊組織において存在するかもしれないが、それは例外である。現実には、人間は複数の他者の態度とパースペクティヴを「選択」し、自分なりに「解釈」する。その結果、他者の役割期待は修正され、新たに再構成されることになる。この選択的解釈過程に個人の個性と主体性がにじみでる。これこそミードが〈客我に対する反応としての主我〉として名指しした現象である。
だから、子どもが自分のなかに他者の態度を取り込むことによってみんな分別ある大人になっていくわけではないし、大人も第二次社会化において集団や組織に同調するばかりで個性などなくなってしまうことはない。
主我は個体独自の反応であり個性的なものだ。このように自我を客我と主我の対話[Iとmeの対話]ととらえると、社会化が個性化でもあることがわかる。逆にいうと、個性は社会化から生じるのだ。常識的なステレオタイプでは、社会化すなわち大人になることとは社会の要求に同調することだと考えられているし、一時期の社会学理論もそう教えていた。それだけに、社会化がむしろ個性化の基礎であることをあらためて確認する必要がある。
▼1 「社会になること」という意味で用いられるジンメルの社会化概念とはまったく異なるので注意されたい。5-3参照。
▼2 以下の説明ではおもにG・H・ミードとP・L・バーガーとT・ルックマンを参照した。ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会』(青木書店一九七三年)。P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)。バーガー、前掲書。
▼3 Ralph H.Turner,Role-Taking:Process Versus Conformity,in:Arnold M.Rose(ed.),Human Behavior and Social Processes:An Interactionist Approach,1962.
9-4 さまざまな役割現象
役割葛藤と社会学的アンビヴァレンス
これまで役割現象の基底的な構造原理について理論的に考察してきた。今度は、役割現象のもっと表層にあるさまざまな現象について一覧することにしよう。いずれもわたしたちがつね日ごろ遭遇する経験である。したがって、ここでする作業の目的は、ありきたりのことをむずかしく説明するのではなく、それらを概念化することによって日常生活の自明性を反省的にとらえかえすチャンスをつくりだすことにある▼1。
たとえば、医者の役割を考えてみよう。患者に対する医者の役割には、じつはふたつの矛盾する役割期待がふくまれている。第一に、患者に対して感情にとらわれずに冷静に診断することである。でなければ「いい加減だ」とか「やぶ医者」といわれかねない。とくに女性患者の場合には対応をまちがえると「いやらしい」といわれてしまう。その一方で、医者の役割には、患者に対して同情的な関心を示すことも要求される。痛みを訴える患者に対して「それはつらかったでしょう」の一言もつけくわえるぐらいでないと「人情味がない」とか「冷たい」と評価されてしまう。
医者という職業も、それなりにツライものがあるわけだが、このふたつの役割期待を同時に満たすのはむずかしい。この場合、医者というひとつの役割に、ふたつの矛盾する役割期待が寄せられているわけで、まじめな医者ほどディレンマに陥る。もっとも、現実に医者がどれだけ苦しんでいるかはわからないが。
このように、競合・対立・矛盾する役割期待のために、行為者が内的葛藤をともなう調整をしなければならない場合を「役割葛藤」(role confict)という。
教師も役割葛藤をおこしやすい職業役割である。というのは、教師として関わる人びとによって役割期待が大きく異なるからだ。たとえば、話を生徒たちにかぎっても、かれらはさまざまな要求をもっている。受験向けの技術的な授業を望む者もいれば、やさしくわかりやすくやってほしいと望む者も多い。とにかくこの時間が楽しくすぎればいいと思っている生徒もいれば、あてないでほっといてくれさえすればいいという生徒もいる。これらさまざまな期待をもつ生徒たちを一斉授業のなかで同時に納得させることは至難の技である。これにくわえて、親は、うちで子供を甘やかしているつぐないとして、せめて学校では厳しく指導してほしいと期待している。教員どうしでは、なるべく突出しないように規制しあっている。上司や教育委員会では、文部省の指導通りに無難にこなすことを期待する。しかし、自分には自分なりの理想とやり方がある。
学校は、タテマエ上、自由で民主的な人格形成の場として制度上位置づけられている。そのため、校内暴力やいじめや管理のゆきすぎなどの問題をきっかけに、外からさまざまな批判がたえず寄せられる。じっさい「法律や人権の何たるかを少しでも知っている教師は、自分が生徒たちにしている指導や原理が民主的かつ合理主義的であるなどとは思っていない。現在のやりかたがどうしても必要なのだということだけが、彼らにわかっていることである。学校には、生徒が納得しようがしまいが押しつけなければならないことがゴマンとあり、それを放棄してしまったら、学校は学校として成り立たなくなってしまうのだ。もちろん、教師は生徒に押しつけをしたりしないで、生徒の要求に沿っても民主的にやりたいと本心から願っている。[中略]つまり、教師はつねに引き裂かれているのである▼2。」
ということだが、これはつまり、ひとつの役割といっても、じつはひとつではなく、正確には一群の役割・一連の役割というべき現象なのである。これをマートンは「役割群」(role set)と呼んだ▼3。役割がじっさいには役割群であるかぎり、役割葛藤は大なり小なり生じることになる。しかもこれは個人の問題ではなく、あきらかに社会構造の問題である。
このようにひとつの役割であっても、矛盾するいくつかの役割期待と個性的反応をふくんでいるわけで、正確には「役割内葛藤」(intra-role confict)という。ここから考えると、ひとりの人物が複数の社会的場面で遭遇するさまざまな役割期待が矛盾しないわけがない。たとえば社内の人望を集めている有能なエリート部長という役割と、妻にも子供にも相手にされない所在なき父親という役割のように、こちらの方は「役割間葛藤」(inter-role confict)という。いずれも社会の「しわよせ」すなわち構造上の矛盾と対立が個人にやってくる場合といえる。マートンはこのような役割現象を総称して「社会学的アンビヴァレンス」(sociological ambivalence)と呼んでいる▼4。アンビヴァレンスとは「両義性」とも訳されることばで、精神分析学では分裂病の基本症状に使われることばである。「相反するものにひきさかれる」というイメージでとらえてもらえばいい。調和のとれた社会でないかぎり、社会学的アンビヴァレンスから逃れることはできないのであり、近代においてそれはユートピアである。
役割のずれ
役割葛藤が基本的に社会構造に原因のある問題だとすれば、「役割のずれ」はおもに個人の方に原因のある役割現象であるといえる。根本的なことは、人間が本質的に役割のマリオネットではありえないことだ。どうしても「人間的な」部分がでてきてしまう。まず適応能力の不足がある。また役割についての知識のずれ・ゆがみ――といっても社会や集団における中心的規範に対してだが――がある。片寄った教育や特定集団にみられる偏見などによって生じるものもある。第三に役割演技のさいの実行上のずれ・ゆがみがある。自分では役割期待どおりにやっているつもりでも、じっさいにはずれている場合である。
台本と本番の演技がちがうように、また役者によって味わいがちがってくるのと同じように、結局これらは可能性としては「役割形成」にあたる。「失敗」も新しい役割の創造にはちがいないのだ。
役割距離
人は役割を演じるだけでなく、演じるふりをすることがある。つまり「自分はこの役割に愛着はないのだ、本当の自分はこの役割のなかにはないのだ」ということを役割行為のなかで表現することがある。
たとえば、メリーゴーランドに乗った三才か四才ぐらいの子供であれば、規則的にゆれる木馬を一生懸命乗りこなそうとするだろう。この場合、その子は「メリーゴーランドの騎手」の役割を完全にうけいれている。ところが五才ぐらいの男の子となると、こうはいかない。鞍の上に立ったり、ひつくり返ってみたり、とにかく余裕で乗りこなせることを誇示するようになる。七才か八才ほどになると、ふざけたりさまざまな限界に挑戦したりする。十代になると、今度は積極的に競馬のしぐさをしたりして「メリーゴーランドの騎手」の役割を〈冗談〉として引き受けていることを表現しようとする。大人になると、もっと複雑な技巧でもって〈冗談〉であることを表現する。あるいは、息子や娘の安全のために乗っていることを表す表情をしたりする▼5。
これはアメリカの遊園地での観察例だが、このようにメリーゴーランドの騎手という役割それ自体は非常にかんたんなものであるにもかかわらず、それだけにいっそう、その役割と自分のあいだにくさびをうつ表現技巧が要請される。
このように、演じている本人はまったくその気がないことを表現しながら役割行為がおこなわれることを「役割距離」(role distance)という。この概念の提唱者アーヴィング・ゴッフマンによると、役割距離とは「個人とその個人が担っていると想定される役割との間の『効果的に』表現されている鋭い乖離」である▼6。
メリーゴーランドの例はあきらかに極端な場合で、日常生活と直結したイメージをもちにくいかもしれないが、わたしたちは皮肉や冗談・ユーモアによって〈ほんとうの自分〉と役割行為のあいだに距離をとっているはずである。ゴッフマンは外科医の手術中の役割距離行為を中心に分析しているが、それは各人の役割が厳密に定義されているような状況においてこそ役割距離が有効に機能するからである▼7。ちなみにゴッフマンによると、上位にある者の方が下位にある者よりも有効に役割距離を表現できるという。下位者がこれをすると役割拒否とみられるのに対して、上位者の役割距離はリジットな状況を緩和するので下位者にも支持されやすいからである▼8。
行為と表現のディレンマ
役割距離の現象において、役割と自己を分離して表現するのは、オーディエンス[受け手/観客]がいるからである。それは役割の相手としての他者であるかもしれないし、まったく別の傍観者かもしれない。行為者はこのオーディイエンスに対して演技する役割演技者である。わたしたちは、ここでようやく「日常劇場」の現場にたどりつく。
授業を真剣に受けているということを先生に認めてもらいたいと願う子どもは、それだけで疲れてしまって先生の話どころでなくなってしまう。このように、役割の行為と表現はしばしばディレンマにおちいる。たとえば、外科担当のナースはその活動がみえやすく患者や家族から感謝されやすいのに反して、内科担当のナースはその活動がシロウトにはわかりにくいために、患者の呼吸や顔色を観察している彼女が仕事中であることに気づかれない▼9。
こうしたことがあるために、行為者は自己提示のさいに、相手の自分についての知識をコントロールしようとする。早い話が「よそおう」のである。これをゴフマンは「印象操作」(impression management)と呼ぶ。自己に関する情報の隠ぺい・秘密・脚色・漏洩などの情報統制によって、他者の状況の定義づけに影響をあたえようとするのである▼10。
役割能力
これまで「人間論」として、社会のなかで個人はどのような存在であるかということについて論じてきた。個人は自分が交渉する他者の数だけ自我をもっている。人間は本来「多重人格」なのだ。そのなかで比較的安定し一貫性をもつ自我像がアイデンティティである。「わたしはわたし」という実感だ。このようなアイデンティティをつくりあげていくことが青年期のもっとも重要な課題となる。そのさい、アイデンティティの中核となるのは、多くの場合「役割」である。現代人は、自分にあたえられたか、もしくは選びとった一群の役割を中心に多様な自我を再編成し、ある程度の一貫性をもった自己定義をつくりあげる。
このさい一般的な常識では見落としがちなことが二点ある。ひとつは、自我にせよアイデンティティにせよ役割にせよ、自分だけで決められるものではなく、あくまで他者との関係で決まるということ。たとえばアイデンティティも自己定義だけでは安定しない。他者の承認が必要不可欠だ。だから「わたくしといふ現象」は、たしかに主観的現実にはちがいないが、本質的に社会的な現象なのである。
ふたつめは、役割はかならずしも「よそよそしい仮面」とかぎらないこと。ときには自己実現のメディアとなることもある。また、ある役割に対して期待されること[役割期待]は、多くの場合ある程度の幅をもっている。自己裁量の余地もあるし、主体的な役割形成の可能性もある。だから行為の自由は役割の外側にあるのではなく内側に存在する。役割を外在的で拘束的で運命的なものとしてとらえてしまうと、役割はいともかんたんに物象化してしまう。つまり、人間間の相互作用のなかから生じ、相互作用の媒体として機能する役割は、本質的に流動的な形象であるにもかかわらず、それがあたかもモノのように固定的に自明視されてしまう。これは一種の判断停止[エポケー]である。このように役割をとらえてしまうと、役割からの離脱にのみ真のアイデンティティをみいだし安らうことになってしまう。とくに現代人は、「真の自己」(real self)を役割の外に求める傾向がある。このような日常意識の物象化に反省の契機をもちこむ――脱物象化する――ところに役割現象の社会学理論の存在意義がある。
人間と役割の関係は一方的なものではないし、まして人間が役割によってがんじがらめに拘束されているわけでもない。むしろ役割は個人の自律性と自由の媒体でさえある。ただしこれには一連の役割現象をうまくきりもりできる資質が必要である。ハバーマスはこのような資質を「役割能力」(Rollenkompetenz)と呼んだことがある。役割能力とは、目下おかれている状況のなかで、役割葛藤を意識的に解決し、社会学的アンビヴァレンスをあるがままに耐え、原理上多義的な行為状況を解明して役割の矛盾をのぞき、自己を間接的に適切に提示し、内面化した規範に対して自己を反省的に関係づけ操作し、役割を柔軟に応用し、役割距離を用いてアイデンティティを確証していく能力である▼11。これはきわめて高度な能力だ。しかしそれでも、社会化の過程でこのような役割能力が獲得できるような社会のあり方をわたしたちは模索していく必要がある。また、これからの教育や看護の領域で要請されているのも、このような人間像ではないかと思う。
▼1 新睦人「役割理論」富永健一・塩原勉編『社会学原論』(有斐閣一九七五年)にくわしい議論があり、ここでも参照した。
▼2 諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六-七ページ。
▼3 マートン、金沢実訳「準拠集団と社会構造の理論(つづき)」の「問題七」参照。マートン『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼4 マートン、金沢実訳「アンビバランスの社会学理論」前掲訳書所収。
▼5 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一一一-一一八ページ。
▼6 前掲訳書一一五ページ。
▼7 前掲訳書一二六-一四六ページ。
▼8 前掲訳書一四一-一四二ページ。
▼9 E・ゴッフマン、石黒毅訳『行為と演技――日常生活における自己提示』(誠信書房一九七四年)。豊富な事例を使用した驚異的な分析である。若干の人間不信になるかもしれないが一読の価値がある。
▼10 前掲訳書。
▼11 栗原孝「役割能力論の考察――J・ハーバーマスの人格論によせて」『社会学評論』一三五号(一九八三年)による。
増補
役割行為論
一九九〇年代になると役割理論は具体的分析のなかに解消されてしまう。これはある意味では正当なことであろう。しかし、具体的分析のさいに使用される役割概念の社会学的特性に無自覚では分析も深まらない。その点で、薬害事件と冤罪事件に題材をとって、その具体的分析において役割概念を駆使した、栗岡幹英『役割行為の社会学』(世界思想社一九九三年)は、現実に生起する役割概念に対して自覚的かつ理論的に照明を当てた研究として注目できる。
この流れでいえば、この文章の6章で紹介した宮台真司の一連の時代診断学的仕事も役割分析の応用と見れなくもない。社会的カテゴリーとしての役割現象を考える上でのヒントがたくさん語られていると思う。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚5社会現象における共通形式を抽出する

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社会学感覚
5 社会現象における共通形式を抽出する
5-1 類型化――日常的認識と科学的認識
日常生活における類型化
多様な現実のなかから一定の共通性をみつけて分類することは学問の常套手段である。社会についての科学も当然これを手段として使用するし、社会学も同様である。本章ではこの「類型化」(typification)について考えてみよう。
まず確認しておきたいのは、類型化という営みは、なにも科学的認識に特有のことがらではないということだ。それはまさに日常生活のなかでわたしたちが日々おこなっていることでもある。
わたしたちは日常世界を最初から〈類型化された世界〉として経験している。さまざまな対象がイヌとして・ネコとして・机として・コップとして・電話として経験される。ひとつひとつの個性的な対象――ウチのイヌととなりのイヌはまったく別の個性をもっているはずだ――を一定のことばで――つまり「イヌ」と――呼ぶことは、すでにわたしたちが類型性にもとづいてとらえていることなのである。人間についても同様だ。わたしたちは、他者が何者であるか、他者のおこなっていることがらがなにを意味するかを把握するために、すでに経験的に会得した類型化図式をあてはめていく。目の前の人物は警察官として・郵便配達人として・上司として・店員として経験される。これはまた自分自身についても同様である。わたしたちは状況によって自分を父として・妻として・教師として・学生として・客として・若者として自己類型化することによって社会関係をとりむすぶ。
これらの類型化とその適切な使用法についての知識は、幼いころからの教育や経験によって集積された処方箋的な知識である。日常生活の世界において行為し思考している人間のこのような手もちの知識は、一般にまとまりを欠き、部分的にのみ明瞭であるにすぎず――たとえばお金の使い方は知っていてもお金が本来どういうものかは知らないとか、電話のかけ方は知っていてもそのしくみは知らないといったように――しかもつねに矛盾をふくんでいる。しかし、このような知識はたいていの実際的問題を解決するには間に合うため基本的に自明化されている。第二章でふれた「常識的知識」がこれにあたる▼1。
社会学的認識における類型化
このような処方箋的知識に対して、科学的知識は論理的に一貫している点で大きく異なる。したがって、社会学的類型化もその場しのぎの非論理的なものであってはならないわけである。つまり、分類基準のようななんらかのロジックが必要とされる。
しかし、杓子定規な分類基準に機械的にしたがうことだけが〈科学〉ではない。
一見して錯綜している社会的現実をみるとき、わたしたちはその複雑さを回避するために、かえってひとまとまりのものとして認識してしまう。それが社会学的に的確であるかどうかは、それでなにがえられたかという実用的な結果で判断せざるをえない。いくつかの事例をみて考えてみよう。
まず、デュルケムの有名な自殺類型をとりあげよう。かれは自殺を個人的な現象ではなく社会現象としてとらえ、自殺についての社会的要因によって三つの基本類型を設定した▼2。
(1)自己本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性が弱く、その内面的な結束力が弛緩している場合に生じる自殺形態。所属集団の凝集性が弱いほど自殺率が高くなる。たとえば信者自身の自由な解釈がゆるされているプロテスタントの方が、教会による強力な統制下にあるカトリックよりも自殺率が高い。家族の場合も集団として緊密な関係ができている方が自殺率が低い。国家についても平時より戦時の方が集団としての凝集性が高まり自殺率が低くなる。
(2)集団本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性や統制力があまりに強く、集団への一体感もあまりに強い場合に生じる自殺形態。自分の所属集団の名誉を守るために進んで犠牲になるケースがそれである。会社や政治家の不正の責任をとるかのように自殺する中間管理職や秘書の自殺などはこれにあたる。
(3)アノミー的自殺――社会が突然の危機に見舞われ、人びとの行動を規制する共通の道徳的規範がうしなわれ混乱状態に陥った無規制状態[アノミー]に生じる自殺形態。好景気がつづいたあとの経済恐慌時など、ひとたび肥大した人びとの欲求が不意に満たされなくなったために激しい焦燥や憤怒に陥ることが原因で自殺にいたる場合がそれである。欲求に対する社会的ブレーキが効かなくなった状態と考えていい。
このように、社会学における類型化は、ただたんに似たものを寄せ集めて命名するといったことではない。それ自体が理論的考察をすでにふくむところに特徴がある。『自殺論』の場合、自殺について語っているようにみえて、じつは社会と個人の関係のありようについて分析していることが、この三類型の定義だけからもうかがえると思う。そこがたんなる自殺統計などとちがうところだ。
今度は日本の例をみることにしよう。見田宗介の初期の傑作「現代における不幸の諸類型――〈日常性〉の底にあるもの」は、戦略的な質的データとして新聞の身上相談を分析したものである。かれは身上相談をたんに訴えの種類によって――つまり恋愛・結婚・夫婦関係の危機・嫁姑・再婚・職場の対人関係・経済問題・非行・病気・ノイローゼなどに――分類するのでなく、それがもたらす「不幸のかたち」に注目し、十二の代表事例、四つの基本類型にまとめた▼3。
(1)欠乏と不満――経済的窮乏によって人間の本来的な生き方への関心をすりへらしてしまうケース。低学歴などのハンディを負いつつ子供のために自分の欲求を抑圧しつづけた結果、アブノーマルな道に走ってしまうケース。不本意な進学や就職の結果、目の前の問題に内発的な意欲をもって主体的に参与できず、いたずらに消耗してしまうケース。
(2)孤独と反目――人まかせの結婚をした結果、夫の浮気・賭事・乱暴・浪費などを導き、自分の責任を省みることなく被害者として悩むケース。失われた愛や生きがいを子供に託すことによる反目の再生産、つまり「母親は夫に求めるべきものを息子に求め、息子は嫁に与えるべきものを母親に与え、かくして充たされなかった嫁は、夫に求めるべきものを、ふたたびその息子に求める」ケース。逃げ場がないという閉塞した労働現場でおこる告げ口による憎悪のケース。
(3)不安と焦燥――受験失敗によるあせり。一方、一流大学をでたものの幹部コースからはずれたことによる不安。「一流大学」「一流会社」「出世コース」「女の幸福」といったステレオタイプを疑うことができないために、自分が「規格品」でないことに強い不安と焦燥を感じるケース。
(4)虚脱と倦怠――苦労の末、ようやく生活が安定してきたころ、生活に対する新鮮な興味が喪失するケース。外発的な生活目標に追われるうちに、内発的に自分の人生を設計する能力を失ってしまうケース。絵に描いたような「女の幸福」のなかでおおうべくもない倦怠感におそわれるケース。
そしてそれらを現象させる諸要因の連関を分析したのち、その連関の構造を合成し、(1)中小企業労働者・下層農民を典型とする状況構造(2)官庁および大企業ホワイトカラーを典型とする状況構造を類型化した。
デュルケムも見田も、一見同じようにみえる素材を読みほどき、理論的な座標の網をかぶせることによって、現象の表層から深層へと問題をほりさげているようにみえる。たくみな類型化の例である。
このような観察者・研究者側による類型化に対して、対象となった集団の内部で使われている類型化図式を尊重し、それを調査し、整理する方法がある。たとえば第三章で紹介したアンダーソンの『ホボ』は、渡り職人の生態を克明に調査したモノグラフだが、一見似たようにみえるホームレスたちの世界を、かれら自身の類型化図式をありのまま示すことによって読者の発見を助けている。宝月誠の紹介するところによると、つぎの通りである▼4。
(1)季節労働者――年間のスケジュールにそって各地で特定の仕事をする人。
(2)ホボ――気の向くままに不定期で臨時雇いの仕事をしている人。各地を自由に渡り歩く気質をもつ。
(3)トランプ――仕事をせず物乞いや盗みでその日暮らしをしている人。新しい体験を求めるロマンティックな気質をもつ。
(4)ホーム・ガード――移動せず規則的にか不規則的に雑用の仕事をする人。一種の定住者。
(5)バン――移動せず仕事もしない人。物乞いや盗みで絶望的生活を送っておりアル中や麻薬中毒者が多い。
おそらく外からながめているだけではわからない人間類型がここにある。一九二〇年代シカゴの「ホボヘミアン」――日本語でいうと「寄せ場」に対応する――の人たちはこの諸類型を明確に区別し、じっさいの交渉のさいの準拠枠としていた。これは社会的序列でもあったから、この類型それ自体がすでにひとつの社会的事実である。
このように、日常的認識におけるステレオタイプな類型化から距離をとって科学的に類型化することによって日常的認識の限界を示すとともに、今度は逆に科学的認識が日常的認識における類型化図式に学ぶことも重要なことなのである。日常的認識と社会学的認識のあいだには、このような相互作用がなければならない。
▼1 アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章による。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『自殺論――社会学研究』(中公文庫一九八五年)。この古典のわかりやすい解説として、宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)。ここでも後者の現代的解説を参照した。
▼3 見田宗介『現代日本の精神構造』(弘文堂一九六五年)。以下のように要約してしまうとなんとも味気ないものになってしまうが、個々の事例のもつ豊かな問題性を引きだす見田の文体の魅力を直接味わってもらいたい。
▼4 宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)一三二-一三四ページ。
5-2 方法としての理念型
理念型
類型化の手法をより洗練化して方法論にまで高めたのが、マックス・ウェーバーの「理念型」(Idealtypus)である。かれによると、そもそも概念は人間が現実をとらえるために、思考によって一面的に構成する認識手段である。それは本章冒頭で説明した日常生活者の場合と基本的に同一である。ただ理念型の場合は、研究者が特定の観点から一面的に強調した要素を論理的に矛盾のないように整序して構成する点で、日常経験における類型化と異なる。つまり、それは非現実的なユートピア的構成体である。
というのは、理念型は現実をそっくり模写したものではなく、混沌として雑然たる現実の多様性をとらえるための道具=装置にほかならないからである。ウェーバーは「発見的意義」ということばでこれを表現していた。だから、ある理念型が適当かどうかは、ひとえにそれでもってなにが発見できたかというプラグマティックな成果によることになる▼1。
個性的(歴史的)理念型
理念型によって個性的な歴史的現実に少しずつ近づくことができるといっても、どういうことかはっきりしない。そこでウェーバーが具体的にどのように理念型を用いたか、二・三例を紹介しておこう。
まず代表例としてあげられるのは、ここでも「プロ倫」をふくむ『宗教社会学論集』である。たとえば「プロ倫」において「禁欲的プロテスタンティズム」の宗教思想を分析するさい、ウェーバーはつぎのようにことわっている。「もちろんそのばあい、考察の方法としては、宗教的思想を、現実の歴史には稀にしか見ることのできないような、『理念型』として整合的に構成された姿で提示するよりほかはない。けだし、現実の歴史の中では明瞭な境界線を引きえないからこそ、むしろ徹底的に整合的な形態を探究することによって、はじめてその独自な影響の解明を期待しうるからだ▼2。」なるほど現実に存在する宗教思想は多様であり、さまざまなヴァリエーションに満ちていて、その周辺は定かでないのがふつうである。それらを網羅的に収集したところで因果連関の解明をますます困難にするだけであろう。それよりもフリンジを鮮明にし、要素の特徴を整理して分析に用いた方が、かえって現実の因果連関に近づける。第三章でくわしく紹介した「禁欲的プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」の密接な関係が鮮明に描けたのも、理念型としてあらかじめ個性をきわだたせてあったためである。そうでなければ両者の関係は、歴史的現実のディテールの大海に沈んでみえなくなってしまったことだろう。
『宗教社会学論集』で比較の対象となった儒教・道教・ヒンズー教・仏教・古代ユダヤ教も、禁欲的プロテスタンティズムと同様、理念型的な概念構成物である。これらはウェーバーの研究関心にそって相互に区別され特徴が強調された。歴史的にはそのような純粋な形態がたとえ存在していないとしてもかまわないのである。このような歴史的に一回だけ存在した個性的な現象についての理念型は「歴史的理念型」または「個性的理念型」と呼ばれる。
類型的(社会学的)理念型
歴史的・個性的理念型に対して、一回性をもたない普遍的な社会現象についての理念型もある。これを「社会学的理念型」または「類型的理念型」という。
ウェーバーのもうひとつの主著『経済と社会』はこのような類型的理念型の宝庫である▼3。そのなかからふたつ紹介しよう。まず社会的行為の諸類型について。すでに説明してきたように、ウェーバーは社会を徹底して個人行為者側から分析する。基本単位は社会的行為である。この場合の「社会的」とは他者の行動と有意味的にむすびついていること、つまり他人の出方とリンクしているということだ▼4。
(1)目的合理的行為――目的・手段・副次的結果を予想し考慮した行為。目的と手段の関係が合理的。
(2)価値合理的行為――倫理・芸術・宗教など固有の絶対的価値を意識的に信じることによって生じる行為。予想される結果にとらわれない。
(3)感情的行為――感情や情緒による行為。
(4)伝統的行為――身についた習慣による行為。
一見思いつきのような分類にみえるが、なかなか奥が深く、さまざまな修正案を生みだす理論的源泉となっている類型図式だ。たとえば商業行為は商品を売って利益をうることにはちがいないにせよ、「これだけの商品をこうして売ればこれだけもうかるはずだ」と計画的に売る場合は「目的合理的行為」だが、「先祖代々むかしから同じようにこうして売ってきた」という場合は「伝統的行為」であろう。また「そんなにもうからなくても地道に人様のお役に立てればいい、それが神様が自分にあたえた仕事なのだから」という場合は「価値合理的行為」である。もちろん、「意地で商売してんだ」という「感情的行為」の場合だって考えられる。また、宗教行為に対して現代人は非合理的と考えがちだが、ウェーバーの行為類型によると「価値合理的行為」である。つまり宗教行為は、ある価値に対して徹底的に合理的な行為とさえいえる。そしてこのことは宗教現象をとらえる上で不可欠な前提事項でさえある。一般に現代社会は「目的合理的行為」の比重が増しているといえるだろうが、他の類型とくに「価値合理的行為」も依然として重要である。
つぎに支配の諸類型についてみてみよう。ウェーバーは「支配の社会学」の出発点である「正当的支配」(legitime Herrschaft)のうちに以下の三つの純粋類型を設定した▼5。
(1)合法的支配――制定された秩序の合法性にもとづく。
(2)伝統的支配――昔から妥当してきた伝統の神聖性にもとづく。
(3)カリスマ的支配――非日常的な資質をもった人物[カリスマ]の神聖性・英雄的力・模範性にもとづく。
このさい、ウェーバーは「この三つの理念型が、どれ一つとして、歴史上本当に『純粋な』姿では現われてこないのが常である」として「歴史的な全現実が以下に展開される概念図式の中に『捕捉』されうると信ずることは、本書の考え方とは最も遠い考え方である」と注記している。つまり、この三つの純粋型は、現実に歴史に出現したさまざまな支配の形態を分析するときの尺度にすぎないのである▼6。
流動的推移の論理
類型化の役割はまず第一に「他と区別する」ことだ。分離・峻別の効果である。ウェーバーの個性的理念型はもっぱらこれをねらったものだ。いわば「差異」をきわだたせるための認識手段である。ところが類型化の役割はこれにとどまらない。第二の役割は、連続したスケールにおいて現実を位置づけることである。このことをジンメルとウェーバーの類型学的研究にみいだした阿閉吉男は「流動的推移の論理」と呼んでいる▼7。
さきほどの支配の諸類型をみてみよう。ウェーバーは三つのうちカリスマ的支配をもっとも基礎的な支配形態とみていたが、これが理念型通りに存在したとしてもカリスマの死とそれにともなう後継者問題から早晩この形態が変質するとし、そのプロセスのことを「カリスマの日常化」と呼んでくわしく分析した。カリスマ的支配は日常化によって伝統的支配もしくは合法的支配に移行するが、当然そのプロセスは単純なものではなく、「支配の諸類型」の章の後半部の多くがこれにあてられる。つまり純粋な理念型を組み立てて網羅的な概念体系を構築するのが目的ではなく、混沌とした歴史的現実を、純粋類型と純粋類型の中間に位置づけることによって構図を鮮明化することが目的なのである。ここは往々誤解されているところである。理念型は社会認識のための道具であることをウェーバーとともに再度強調しておかなければならない。
さて、わたしたちにとって、このような類型の「流動的推移の論理」はどんな意義があるのだろう。〈健康〉と〈病気〉を例にとって説明してみよう。
いうまでもなく健康と病気は対概念であり正反対の意味をもつ。わたしたちは相互に健康か病気かを判断し、あいまいな場合には医師の診断をあおぎ、学校や会社を休むかどうか決める。学校や会社も病気と判断すれば欠席・欠勤もやむをえないとする。短期間であればそれで落第させられたり配置転換されたりしないし給料も保証される。わたしたちの社会では健康と病気の対概念によって個人の活動を明確に線引きできるとする前提了解があるかのようである。
しかし、健康とはなにか、病気とはなにかについての社会的定義は相当あいまいだ。たとえば二日酔いで会社を遅刻すれば上司の非難をかうにちがいない。しかし「二日酔い」が「アルコール性急性肝炎」となると一転して同情されることになる。前者には健康な人という類型が適用されているために「怠惰」や「だらしなさ」とみられるのに対して、後者には病者という類型が適用されているからだ。学校で保健室が一部の生徒たちに一種のアジール[避難所]としてよく利用されているが、かれらはこの定義のあいまいさを戦略的に活用しているわけである。
ここであえて健康と病気の純粋な理念型を考えてみると、現代人の多くはそのどちらでもないことになる。まったくの健康でもなく、さりとて病気というほどでもないというのが一般的ではなかろうか。では、健康と病気の純粋類型の中間にはなにがあるだろう。その中間にあるのは「障害」という類型である。たとえば慢性疾患にかかった人はあきらかに健康ではないが、仕事を免責されるわけではないし、その必要もない。疾患を抱えつつ社会的責任を果たすことになる。老いの場合もわたしたちは病者という類型でとらえがちだが、むしろ「障害」類型でとらえる方が現実的であり、それによって医療福祉サービスのあり方や企業のあり方も考えなおすことができる。そしてこれはたいへん重要なことなのだ▼8。
すなわち、現代日本社会は「健康と病気」の対概念をあいまいなまま適用する社会であるために、またその結果「障害」概念が非常にせまくとられているために、多くの人たちがこの対概念からもれてしまっている。企業経営も労働条件も福祉政策も公共施設も「障害」は残余概念でしかない。ところが、ひとたび健康と病気の概念について熟慮すると、この二分法よりもむしろ「障害」を中心に社会を構成すべきであることに思いいたる。つまり「われらみな障害者」という原理こそ社会構成の中心にすえられるべきものなのだ。ただ「障害」に程度の差があるだけと考える方が理にかなっている▼9。
極端な理念型を構成することは、たんに差異をきわだたせるだけでなく、現実の事象を中間項として流動的にとらえることを可能にする。これによって、偏見や常識がもたらす硬直した二項対立を打破することが可能になる。
すでにのべたように、類型化は日常生活をいとなむ上での認識手段である。社会学の提示する諸類型を通過することで、わたしたちはふだん自分があたりまえのように使っているさまざまな類型化図式を点検し、より洗練されたものにしていくことができる。これもひとつの社会学的実践である。そしてこのような社会学的実践の積み重ねが、社会の反省性を高めることに通じるのである。
▼1 マックス・ウェーバー、徳永恂訳「社会科学および社会政策的認識の『客観性』」ウェーバー『社会学論集』(青木書店一九七一年)。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテンタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)一四一ページ。
▼3 ウェーバーの主著である『宗教社会学論集』も『経済と社会』も、かれが編集改訂の半ばで病死したため、死後マリアンネ夫人によって編集刊行されたものである。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)。旧版は角川文庫に収められ、ながらく定訳として広く使用されたもの。なおこの論文にはほかに清水幾太郎による翻訳が岩波文庫に、浜島朗による翻訳が青木書店[前掲書]にある。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。なお、かれの「支配の社会学」については19-1でくわしくあつかう予定である。
▼6 ウェーバーの『経済と社会』の随所で展開されている類型的理念型として、ほかにも「宗教社会学(宗教的ゲマインシャフト関係の諸類型)」の章があげられる。宗教・宗教的行為・呪術師・祭司・預言者・神・教団などの諸類型がそれである。たとえば、読者にとっておそらくピンとこない呪術師・祭司・預言者の三類型をウェーバーは明確に位置づけている。宗教者についてあいまいな観念しかもっていなかったのが、ピシッと焦点をあわせられたような気になる。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼7 阿閉吉男『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)二〇-二九ページ。
▼8 かつて日本の老人医療の現場では老いを「病気」とみてきたために多くの老人が「ねたきり」にされてきた。近年ようやくこれが見直され、少しでも活動させるようになった。これで元気をとりもどす老人が多いという。この方針も「ノーマライゼーション」とみなしていいが、要するに健康と病気の中間に位置づけることにほかならない。かつての老人医療現場については大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)参照。
▼9 健康・病気・障害については23-2参照。日本社会における「障害者」概念の狭さは先進諸国のなかでは特異なものである。
5-3 形式社会学の発想――同型性
人間相互の関係形式に関する科学としての社会学
類型化の第三の役割は、共通形式に注目することである。つまり似たものどうしをむすびつけることだ。もちろんまったく似たものどうしをまとめてもしかたないわけで、そこになんらかの意外性つまり発見的意義がなければならないのは当然である。
さまざまな社会現象を貫通する共通形式に着目することによって意外な局面を照射する――このような手法を最初に社会理論にまで高めたのはジンメルである。そこでジンメルの理論を検討し、そのなかで社会学的概念の役割についても考察してみたい。かれの理論は――そして文体も――難解だが、挑戦する価値が今日でも十分あると思う▼1。
ジンメル社会学の出発点は「多数の諸個人が相互作用に入りこむとき、そこに社会は実在する」というものだ▼2。これが広い意味での社会概念すなわち「広義の社会」である。相互作用というのは、他人に働きかけて影響をおよぼすと同時に、また他人から働きかけられて影響を受けるプロセスのことだ。正確には「心的相互作用」(seelische Wechselwirkung)という。相互作用はつねに特定の衝動や目的や関心によって成立する。つまり「もうけたい」とか「信仰のため」とか「遊びたい」とか「教育のため」といった目的をもって人は相互作用のプロセスに参加する。ところが、この側面は社会の「素材」もしくは「内容」にすぎず、これだけではわたしたちの知っている社会はできない。じつは諸個人間の相互作用にはさまざまな形がある。徒党を組んだり、組織をつくったり、分業して役割分担したり、競争したり、対立したりする。いわば人と人との関わり方である。これを相互作用の「形式」と呼ぶ。これがあってはじめて社会というものが成立するのである。
ジンメルはここに注目した。たとえばCD・ケーキ皿・硬貨・フリスビー・タイヤ……が、さまざまな目的と素材――つまり「内容」――をもつと同時に、「円」という共通の「形式」をもつように、軍事的目的であれ教育的目的であれ治療的目的であれ、それらの諸目的のために、人間は軍隊・学校・病院といった上下関係をもつ組織を形成するという共通の形式をとる。この「形式」こそ社会を社会たらしめているものであり、それゆえに「社会になること」=「社会化」の諸形式ともいう。そして「円」を研究する幾何学のように、社会学はこの「社会化の諸形式」を研究することにしようというのだ。これが「人間相互の関係形式に関する科学」すなわち「形式社会学」(formale Soziologie)である。
形式社会学は社会についての幾何学であり文法学である。目の前にころがっているさまざまなモノの形だけを抽象するように、そして日々交わされることばの数々から一定の文法規則を抽象するように、さまざまな衝動や目的からなされる人間行動から相互作用の形式を抽象するのである。社会をタテわりではなくヨコわりにみるわけだ▼3。
さまざまな「形式」
ここで、ジンメルが「社会化の諸形式」として抽出したもののいくつかをランダムに概観してみよう▼4。
(1)党派形成(Parteibildung)――統一的な集団がしだいに党派[派閥]に分離し、党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しない党派間に人為的に対立がつくりだされ闘争が生じる。
(2)上位と下位(Uber-und Unterordnung)――いわゆる支配者と服従者の関係。しかしこれは一方的な関係ではなく、下位者の自発性によっても影響される相互的なものである。支配者のありようによって個人支配・多数支配・原理による支配の三類型にわけられる。
(3)闘争(Streit)――一般には否定的かつ破壊的なことと考えられているが、それ自体は対立する者のあいだの緊張の解消である。闘争は人びとを統一化する積極的なはたらきをもつ。競技・訴訟・利害闘争・派閥間闘争などに分類される。
(4)競争(Konkurrenz)――間接的な闘争。闘争の目的が相手の排除にあるのに対して、競争の目的は利益をえることにあり価値の実現にむすびつく。
(5)社会集団の自己保存――集団はいったん成立するとメンバーがやめたり交代しても同一集団として存続する。「名誉」や「外敵による内集団の統合」は自己保存の手段である。
(6)秘密(Geheimnis)――秘密とは意図された隠ぺいである。諸個人の相互作用は他人についての知識を前提にしているが、かといって他人のすべてを知っているわけではなく、また人は自分のことを隠したりウソをついたりする。秘密は社会関係に不可欠の形式である。さらにメンバーが秘密をわかちもつことによって秘密結社が成立する。
このほか「代表」(Vertretung)「模倣」(Nachahmung)「対内結合と対外閉鎖との同時性」などがあげられる。いずれにしても、ジンメルの提案はつぎのようなことだ。つまり、国家であれ軍隊であれ政党であれ企業であれ行政府であれ学界であれ宗教教団であれ美術界であれ文学界であれ……以上のような共通の「形式」が存在し、その社会化作用によって一定の統一化が達成されるのである。
今日では「形式」ということばは「形式主義」を連想させるため、ほとんど社会学史にしか登場しない。しかし、「形式」ということばは消えたが、その発想は拡散して社会学全般のなかに受け継がれているといってよい。
第一章でわたしは社会学を〈脱領域の知性〉と位置づけた。しかし、それはただの寄せ集めの百科全書的知識ではない。たしかに社会学は雑学的性格をもっているが、ただの雑学ではない。それらを貫通する共通形式をたえず見定めているところにこそ脱領域の知性ならではの知的存在意義があるのだ。一見抽象的にみえる社会学的概念の役割もまたそこにある。
▼1 ジンメル社会学の全体像については、阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼2 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)一八〇ページ。以下の説明もこの訳書所収の「社会学の問題」による。
▼3 この横断面的発想が考えられてからそろそろ百年になろうとするが、まったく古びていないところがすごい。現代社会理論の最前線である社会システム論の発想もこの延長線上にあるといっても過言ではない。というのは、システム論の発想の基盤にあるのは、異なるディシプリンのモデル間になんらかの同型性(isomorphism)が存在するということだからだ。もちろんシステム論の方がより徹底しているけれども、関係の共通形式を抽出する点で遠い淵源にはちがいない。新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計』(有斐閣選書一九八一年)ではジンメルを社会システム論の系譜に位置づけている。
▼4 これらについてのコンパクトな解説として、阿閉吉男編、前掲書。くわしくは、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)参照。
増補
■ジンメル再評価
ヨーロッパではすでに八〇年代に活発化していたジンメル研究だが、日本のジンメル研究も九〇年代になってにわかに動き始めた。なかでもジンメルの主著『社会学』の全訳が刊行されたことは画期的だった[ジンメル『社会学――社会化の諸形式についての研究(上・下)』居安正訳(白水社一九九四年)]。
哲学者としてのジンメル像については、北川東子『ジンメル――生の形式』現代思想の冒険者たち01(講談社一九九七年)。さらに社会学系の研究書として、廳茂『ジンメルにおける人間の科学』(木鐸社一九九五年)。ただしこちらはかなり圧巻かつ高度。いずれにしても近年ますます浮き彫りになっていることは、ジンメルを二〇世紀後半の社会学の問題構成から理解することは一面的だということだろう。「形式社会学」をふくめて、一般にはジンメルは今なお誤解されている。
他方、インターネットをはじめとするコミュニケーションの新しい形が日本社会においても日常的に体験されるようになって、ジンメルの「社交」や「社会圏の交錯」に関する理論が現実味を帯びて感じられるようになってきた。展開未完の理論的萌芽がジンメルにはまだたくさん残っていると思う。
なお、この章で解説したウェーバーの理念型論については新たに翻訳がでている。マックス・ヴェーバー『社会科学の方法』祇園寺信彦・祇園寺則夫訳(講談社学術文庫一九九四年)。いわゆる「客観性」論文の翻訳である。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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