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3月 62018

ガーリー総論

野村一夫の社会研究メモ
2016-01-15
ガーリー総論:社会の重力に逆らう文化的覚醒に関する予備的考察(野村一夫)
初出
女子経済学入門

ガーリーカルチャー研究リポート
編者 野村一夫
著者 国学院大学経済学部経済ネットワーキング学科1年2組全員・2015年度・基礎演習B
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ネット1年2組・基礎演習B最終課題
12月16日提示
冊子「女子経済学」プロジェクト
ガーリー・カルチャーの歴史・現在・可能性
未踏の領域を開拓しよう。
クラウド出版システム利用(新書サイズ)けっこう画期的!
課題 選択した文献・資料について、論点をまとめる形で解説し、そこから想像できる近未来のシナリオを提示せよ。A4で本文1枚以上10枚まで。写真は貸与された文献・資料の写真をふくめて3点まで。必ず自分で付けた見出しタイトルと自分の名前から始めて、最後に文献・資料のデータ詳細を正確に書いておくこと。図表などを入れたいときはスマホで写真を撮って画像データ(JPG)にすること。ネットから画像をパクることは厳禁。
2016年1月10日締切
すぐに編集開始
1月13日 クラスでゲラ最終校正のちトッパンによる微調整。即日、印刷工程へ。
1月20日 新書形式で出来。関係者に配布。非売品。
学生27人が参考文献のレビューを担当し、そののちに私によるまとめとして、つまり授業内企画の一環として、書き下ろしたものである。

ガーリー総論

社会の重力に逆らう文化的覚醒に関する予備的考察

野村一夫(国学院大学経済学部教授・社会学者)
 基礎演習Bの最終テーマは「女子経済学入門──ガーリーカルチャー研究リポート」である。なぜ「ガーリー」なのかというと、現代日本の経済・社会・文化において際だった創造的なカテゴリーだと感じるからである。とりわけポピュラーカルチャーとサブカルチャーの領域においては、ある種の美意識が駆動力になっており、それはたんに「女性性」には還元できない何か独特のチカラであると感じる。それが「ガーリー」である。従来は「カワイイ」として括られてきたが、この十年間に「女子」という言葉が急速に浮上するようになり、それとともに「ガーリー」領域の輪郭も見えてきたと感じる。
 その私の直感に沿って歴代の野村ゼミ(メディア文化論)では多くのケース研究をしてきた。今回は、そのために集めてきた文献を中心に一気にクラスで手分けして書いてみようという試みである。
 このような文化領域研究に関して思いいたるのは「まず言い当てる」ことがとても重要だということだ。それは学者ではなく評論家や編集者や広告代理店だったりする。アカデミズム的にはあまり尊重されているとは言えないが、この人たちが「まず言い当てる」ことからすべては始まる。「まず言い当てる」とは「名づける」ということだ。だから、ここから議論は始まるのであり、そのような文献を片っ端から読んでいくことが必要なのである。
●少女マンガからL文学へ
 そもそもガーリーなるものが明確に造形されたのは一九七〇年前後に大きく開花した少女マンガというジャンルである。もちろんこれは一気に花開いたわけではなく前史があって、それは戦前の吉屋信子の少女小説であったり、『赤毛のアン』であったり、手塚治虫の「リボンの騎士」であったり、その手塚に大きな影響を与えた宝塚歌劇団であったりする。これらは「少女」と括られる存在に焦点が当てられていた。「大人として成熟しない女子」それを巨大なジャンルとして確立したのが少女マンガであった。
 一九七〇年代の少女マンガに関しては、すでに古典的価値が認められており、多くの評論も出ている。なかでも初期の肯定的評価として代表的なものは、橋本治『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(北宋社、一九七九年)である。この本は今は河出文庫版で読める。この本で論じられている作家は、倉田江美、萩尾望都、大宅ちき、山岸凉子、江口寿史、鴨川つばめ、陸奥A子、土田よしこ、吾妻ひでお、大島弓子である。彼女たちが描いた「純粋少女」の多彩な諸領域は、当時の女子だけでなく、男子たちをも魅了した。私も多くの作品を同時代に読んでいる。高校時代にツェッペリンやプログレに凝っていた男子が大学生になって少女マンガを読んだりアイドルに熱を入れたりしていたのである。そこに何か新しい美意識を感じていたと思う。
 このジャンルが再発見した「純粋少女」の世界は、のちに多産なコバルト文庫を生み出し、広範な文化領域に育つ。たとえば吉本ばななの文学的出発点は大島弓子の少女マンガである。それが九〇年代にはすっかりメインストリームになって、江國香織、角田光代、川上弘美、小池真理子、唯川恵たちのいわゆる「L文学」となる(齋藤美奈子編著『L文学完全読本』マガジンハウス、二〇〇二年)。彼女たちは、たんに女子世界の機微を描くエンターテイメントを提示しただけでなく、高い文学性も獲得していく。おそらく、それらは男性中心(マッチョであれ病み系であれ)の近代日本文学では語り得なかった領域だったのだと思う。
●ファッション
 女子ファッションの世界も一九七〇年代に自律的領域に高次化する。既製服の時代は六〇年代からで、それが主流になるのが七〇年代である。この先頭世代は「アンアン」と「ノンノ」に始まる新タイプの女性ファッション誌の編集者・モデル・読者であり、ショップの店員であった。この世代の代表として私と同い年(還暦!)のモデル・久保京子のケースを見てみよう。久保京子『わたしたちは、こんな服を着てきた』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、二〇一五年)によると、ヘップバーンのサーキュラースカート、ツイッギーのミニスカート、パンタロン、ベルボトムジーンズは六〇年代。ストレートヘア、マキシスカート、メイクとネイル、Tシャツ、トレンチコート、そしてDCブランドが七〇年代。何でもかんでも肩パッドの八〇年代、バブル末期のボディコン、本物志向の上質なリアルクローズの九〇年代、そして二一世紀のファストファッション。
 この流れは、今から見ると、ほぼリアルクローズの領域である。なぜなら、それらはちょっとムリすれば買えるものであり、ファッション誌は半ばカタログとして商品がどこにありいくらであるかを表示していたのであるから。もちろんグレードの差はあるにしても、である。とりわけ「ヴァンサンカン」とその姉妹紙「ヴァンテーヌ」は長く高級路線を貫き、とくに後者は高度なファッション・リテラシーの教科書的存在となった。
 メンズの窮屈な「定番志向」に対するレディースの軽やかな「トレンド志向」の構図は、約半世紀続いてきた。いつも新しい流れは女子が作ってきたのである。デザインやビジネスは男性たちが働いていたことはたしかだが、それを競争的に受容してきた女子層の分厚い消費者が文化的な感受能力を発揮してアパレル経済圏を支えてきたのだ。
 その中でさまざまなスタイルが分岐している。この厚みの中だからこそ、その内部で差異化戦略が作動して、多様なテイストが成長していると考えていいと思う。
 その中で注目したいテイストこそ「ガーリー」テイストなのである。広域渋谷圏において特定すれば、おそらく原宿あたりが発信地。代官山や青山や表参道のような「大人」テイストに対して、カラフルで装飾過剰で軽みのある脱デザイン理論的なファッションがその特徴である。代表的存在が増田セバスチャンの世界であり、それを体現している「きゃりーぱみゅぱみゅ」である(増田セバスチャンのサイトはhttp://m-sebas.asobisystem.com/およびhttps://twitter.com/sebastea)。
 かれらの世界はとても洗練されているが、それでも「ぎりぎりセーフ」感はある。じつは「ぎりぎりアウト」でもちっともかまわないのだ。このガーリーテイストには、それを実践する人たちに創作(あるいは二次創作)の余地があるのだ。大人の女性としてふさわしい「上質な無地のファッションにアクセサリー1点」なんてルールに縛られるのを拒否しているのはあきらかで、「下妻物語」の深キョンのゴスロリとまったく同質なのである。自分の工夫で何を足してもかまわない。大人の引き算をしないのだ。いわゆる「ひらひら、ふわふわ」ひたすら足し算を生きる。私はそこにガーリーファッションの「抵抗の哲学」を読み取る。
●アイドルグループ
 そうした先鋭的表現がリアルクローズ化したのが、二〇〇五年以降のアイドルグループだと私は位置づけたい。リアルクローズ化ということは、つまり身近でガーリーな「ロールモデル」になっているということである。
 女子高生風の制服集団がロールモデルになり得るだろうか。エロを求めるオタク男子に差し出されたカワイイ生け贄たちなのだろうか。そういう疑問はありうる。
 しかし、それはちがうと思う。なるほど地下アイドルやキャバクラ嬢や夜の街をさまようJKたちは、かなりかわいそうな生け贄状況を生きていて「なんとかならんか」と思うが、私たちが知っているメジャーなアイドルたちは、その中の勝者である。それゆえ「ロールモデル」になっていると思う。
 AKBは女子の生き方の典型的なロールモデルである。チアガールか体育会系の「勝利を信じて全力でことにあたる」生き方を体現している。「どんな条件でも、自分たちでなんとかする」というのが重要なポイントであって、ステージ上にはハプニングがいつも用意されていて、いかにそれを乗り越えるかが「隠れたカリキュラム」になっている。前向きな(前のめりな)努力の結果としての女子像がここで提示されている。
 それに対して乃木坂は、後発な分、よく考えられていて、ガーリー特有の線の細さに特化しているように見える。少女マンガのように、いつも繊細な女子像である。それは乃木坂のCDの付録映像に典型的に表現されている。ちなみに、ここは映像作家たちの実験場になっていて、これを見るためには三つのタイプを購入しなければならないのがやっかいだが、古いものはYouTubeにたくさんある。私は「乃木坂浪漫」シリーズですっかり感心してしまった。これは太宰治あたりまでの近代文学の朗読シリーズである。これらの作品群については『乃木坂46 映像の世界』(MdN EXTRA Vol.3、二〇一五年)を参照してほしい。
 ちがいはたくさんあるが、しかし、両者に共通なのは、多彩なロールモデル、チームワーク、ドキュメント性である。それは徹頭徹尾ガーリーな物語で、彼女たちのドキュメンタリー映画や裏トークなどは必然なのである。たとえば公式インタビューを参照してほしい。週刊朝日編集部編『あなたがいてくれたから』(朝日新聞出版、二〇一三年)と篠本634『乃木坂46物語』(集英社、二〇一五年)。ここには、ほとんど男子は出てこない。男子はファンたちと裏方さん(プロデューサーもマネジメントも職人さんも)である。
 あと、両方に共通しているのは、地方の女子校のノスタルジックなイメージが再現され続けているということである。全国展開するためのしたたかな戦略ではあるにしても、それが「ご当地アイドル」に直結していることは「あまちゃん」で、すでにはっきりしている。そして女子校。女子だけの世界であれば、かえって多彩な女子像が描ける。
 また、アイドルではないが、オシャレな女子に人気があるのがE-girlsである。こちらはプロフェッショナルなエンタティナー路線。総じて明るいガーリーテイストだが、E-girlsを構成するFlowerというグループは、もっぱら切ないガーリーテイストであって、女子に人気がある。ガーリーなロールモデルも分岐しているということである。この多彩さにも注目しておきたい。さらに東京ガールズ・コレクションでランウェイを歩くようなガーリーなモデルたちも、もっぱら女子たちに人気のロールモデルである。近年、彼女たちのファッションブックが相次いで出版されていて、それらは「こうなるためのマニュアル公開」のようである。
 視点を変えて労働経済学・労働社会学的に着目しておきたいのが、表現系若年女子労働の問題である。ガーリー領域の担い手たちは、そもそもデビュー自体が難関であり、活動できるようになっても激しい競争構造に放り込まれる。人気が出ても浮き沈みがあり、たとえばAKBでは「組閣」と呼ばれる人事異動が頻繁にある。しかも若いメンバーの大量加入によって、トップランクのメンバーも追い詰められている。表現系ゆえに個性の強い女子が集まるから衝突もあり得る。たとえば「ももクロ」の歴史はそういう葛藤の歴史であったりする。
●こじれた女子
 ガーリーなイマドキ少女マンガはないかと探して読んでみたのが『楽園』という季刊誌だった。白泉社なので王道だと踏んだ。とりわけ表紙を担当しているシノザワカヤの作品を読んでみると、言葉が多層的であるのに驚く。だいたい四層構造である。
(1)発話されたはずの吹き出しの言葉
(2)それに対する自分ツッコミの内声の言葉
(3)絵柄に埋め込まれた状況提示(空気感)の言葉
(4)作者が代理している神様か天の声のような倫理的な言葉
 この四層構造の中で主人公は立ちすくんで身動きできないでいる。これを「こじれた女子」と呼んでいいと思う。
 近年注目されているルミネのポスターが提示するのも、「こじれた女子」を抱えながらも突破口を探す、なんとも健気な女子像である。最近、若干の事故も生じたが、それも「こじれ」を表現するための伏線にすぎない。Pinterestでポスターをコレクションしてみたら、なかなかな味わい深いコンテンツである(https://www.pinterest.com/sociorium/)。
 すでにどこかで指摘されていると思うが、ルミネ的コピーの流れを作ったのは雑誌『オリーブ』だと思う。廃刊されて久しい雑誌だが、近年のガーリーカルチャーのめざましい展開において改めて源流のひとつとして注目を浴びており、二〇一五年に『GINZA』の別冊として一号限りの復刊とそれに関するボックスセットが出ている。セットにある『Messages from OLIVE』は特集や写真に添えられたコピーを集めた本である。これを読むと、ルミネ的「こじれた女子」世界は『オリーブ』の延長線上にあることが明確である。
『オリーブ』の世界観については、酒井順子の『オリーブの罠』(講談社、二〇一四年)が圧倒的な深さで論じている。酒井自身が『オリーブ』の愛読者であり高校時代からの執筆者であった。最初に確認しておきたいことは『オリーブ』自体は、それほどこじれてはいないということだ。ただ、ふたつの世界観をミックスしていたことが、のちのち読者に試練をもたらすことになる。それは「リセエンヌカルチャー」と「付属校カルチャー」である。どちらも都会のあか抜けた少女たちの世界であるが、前者は「おしゃれ至上主義、文化系、非モテ非エロ」であり、後者は「モテ至上主義、スポーツ系、おしゃれはママ譲りで実はコンサバ」という生き方である(一〇七ページ)。ヤンキー的・ギャル的な世界とは相容れない点で共通しているので『オリーブ』はそういう敵に対して上手に二つの世界観を同居させていた。「異性の視線ばかり意識した、モテのためのファッションなんてつまらない。自分のために、自分の着たい服を着ようよ!」(一二八ページ)という強いメッセージこそが重要だったからである。少女というキャンバスにおいてモードなファッションの意味合いは「濃縮される」ことになった。
 問題なのは、モテ系ファッション誌は人生の各段階で卒業できる仕掛けがあるが、自分のためのおしゃれ一筋というオリーブ的生き方には「卒業」がないことだ。つまり、ここからこじれるのだ。その結果、大人になってしまったオリーブ少女たちは晩期『オリーブ』のナチュラル志向に居場所を見いだす。無印良品、ナチュラル志向、生成り、無地、シンプルライフなど、さまざまな意匠に「オシャレのその後」を託したのである。
 酒井順子の解釈はここまでである。これをヒントにここ十年ほどのガーリーカルチャーを眺めてみると、『オリーブ』における「異性を意識しない独自のオシャレ世界観」は、世代を超えて生き延びていると思うのである。ところが、案の定、リアル世界の異性が女子に求めるものとは齟齬が生じる。「ベレー帽にロイド眼鏡で、『ブルーマンデー』をぶっ飛ばせ!」(『Messages from OLIVE』マガジンハウス、二〇一五年、三三ページ)なんである。こうしてオリーブ少女の一部はこじれていく。
 心情的な歌詞が訴求力をもったJポップには、こうした「こじれた女子」が満載である。メンタリティとしては中島みゆきが先頭にいたと思うが、中島美嘉は典型だと思う。オシャレで、病んでいて、こじれている。最近は「病み系女子」という言葉も流通している。彼女たちを救うのは、いったい何者だろうか。
●大人女子
 ガーリーは美意識である。ヤンキーやギャルたちとちがって、若いときにオシャレで洗練されたガーリーカルチャーの洗礼を受けて自分の世界観を構築してきた人が、仕事・結婚・出産・子育て・介護などを機にポンッと「卒業」するのは難しい。美意識というものは、それほど脆弱なものではないような気がする。オリーブ少女の場合、その克服の仕方のひとつがナチュラル系に収まるというライフスタイルだったが、それとは別のソリューションがロールモデルとして相次いで提案されている。
 言うまでもない、そのキーワードは「女子」である。「女性」ではなく「女子」を使用するとき、それは隠微な性的世界観からの離脱を宣言している。その跳躍台は「自分のためのオシャレ」という概念である。
 代表的ロールモデルは蜷川実花である。カラフルでガーリーな世界観を徹底的に追求する彼女の作品は、その実生活とともに高い支持を得ている。『オラオラ女子論』(祥伝社、二〇一二年)はその宣言書だと思う。
 そういうガーリー志向の大人女子の「言い分」をよく表現しているのは、先ほどのエッセイスト酒井順子と、『貴様、いつまで女子でいるつもりだ問題』を書いたジェーン・スーであろう。ちなみに後者の「貴様」とは四〇代になった自分のことである(幻冬舎、二〇一四年)。
 大人女子という言い方は、いろいろ波乱含みである。しかし、ここを押さえないとガーリー領域がたんなる極東の一時的なサブカルチャーとしてしか認識できないだろう。もちろん、そんなことはないのである。
 ここで片づけコンサルタント近藤麻理恵にふれておこう。キーワードは「ときめき」である。片づけと言っても捨てることではない。「ときめき」を感じるモノだけに囲まれて生きていこうという提案である。しばしば「断捨離」と混同されるが、決定的にベクトルが反対を向いている。彼女は、たんなる引き算を拒否するのである。これが世界中の大人女子に支持される理由である。世界で三百万部の本を売り上げ、『タイム』の「世界で最も影響力のある百人」に選ばれたのは偶然ではない。ときめくモノだけに囲まれて生きていくという文化的決意なんだと思う。経済学者はこの広大なガーリー領域に気づくべきであり、社会学者はそこに自己啓発的な愚かさを見るのではなく、ひとつの巨大な文化的覚醒を見いだすべきだと思う。
 カワイイカルチャーは低年齢の女の子を志向している。それは幼稚化とも言える。それに対してガーリーカルチャーは必ずしも幼稚化ではないのだ。手元にある月刊誌『LARME』(〇一八号、徳間書店、二〇一五年)の背表紙にはこう書いてある。「私たちは女の子として戦っていく」と。表紙にはSWEET GIRLY ARTBOOKと表示しているこの雑誌の基調は、徹底した美意識のありようの宣言のようである。これにはきっと続きがあるにちがいない。ガーリーテイストを貫く大人女子たちが一斉に街に出る日がきっと来る。
●ガーリーな男子
 昨今、男子もガーリー化している。
 たとえば手元にある『POPEYE』最新号の特集は「Thank you, Olive! もっとデートをしよう。そして彼女を笑顔にしよう。」である(二〇一六年一月号)。デートの仕方を伝授するのはポパイのお家芸だが、今回ここで教授されるのは「男子が女子の文化領域に積極的に入っていこう」というメッセージである。「俺についてこい」でもなく「君が行きたいところに行こう」でもなく、「自発的にガーリーな文化領域に習熟して、積極的にガーリー領域をいっしょに楽しもう」ということである。これは価値観と美意識を共有するということである。ムリにではない。自然に、である。体育会系やビジネスマン系の文化からは離脱して、ガーリー領域に居場所をみつけた男子たちである。ガーリーの方が俄然おもしろいと感じる男子たちだ。
 これには教員としていろいろ思い当たることがある。ちなみに今一番モテる男子は、こういうガーリーな男子である。その他の男子諸君は気がついているだろうか。
 たとえば、アイドルのところではふれなかったが、アイドルのオタクな男子ファンは、じつはかなりガーリーな人たちなのである。いわゆる肉食系ではない。アイドルとかれらのあいだには異性への恋愛感情もあるけれども、むしろ女子同士の友情的な感情に近いものが存在している。かつてのアイドルファンと言えば、たとえば大場久美子のコンサートなんか、強引にステージに上がって抱きつこうする男子がたくさんいて、ボディガードが次々にそういうファンを突き飛ばしている渦中で歌っていたりするのである。ちがうのは後期の山口百恵ファンだけで、そこは例外的に圧倒的に女子が多かったが、それは今のアイドルファン女子に通じるものがあった。「女子が女子に憧れる」そこらあたりを理解しないとアイドル現象はわからない。
 さて、ガーリー化する男子は、たいていファッションから入る。いわゆるオネエキャラの芸能人もたいていファションから入っているし、今もずっとオシャレであろうとしている。ごく一時期に使われた「メトロセクシュアル」がそれに相当する(マイケル・フロッカー『メトロセクシュアル』ソフトバンククリエイティブ、二〇〇四年)。
 これとはまったく別系統だが、いわゆるハードロックの人たちも同じで、レッド・ツェッペリン時代のジミー・ページなんか女の子みたいだった。ロック系には、今でもそういう美意識が連綿と引き継がれている。ヘヴィメタルがそうである。歴史的には「ピーコック世代」と呼ばれたこともある。スーツにネクタイという大人のスタイルに対する抵抗表現であった。ただし革ジャンのパンク系とは異なる系譜である。
 この文脈を広げて概観してみるとトランスジェンダーの領域が視野に入る。最近では安富歩・東大教授の例が注目を浴びた。かれ(あゆむ)は満州国の研究でデビューした経済学者で、その後、オルタナな経済学の可能性を追求する著作をたくさん出していたが、9.11のあとの原発に関する専門家たちの説明に対して『原発危機と東大話法』(明石書店、二〇一二年)を書き、広く注目された研究者である。その先生が、突然、女子化したのである(あゆみ!)。最新刊の『ありのままに』を読むと、その経緯が詳しく書かれている(ぴあ、二〇一五年)。前半を一言で言うと「女子の文化の方がリッチだ」ということになると思う。ただし、この先生にはそれなりの深い心理的葛藤があって、後半はそっちに主題が移るが、トランスジェンダーを「性同一性障害」という「病気」にしてしまうことには反対している。この本によるとマツコデラックスの番組にも出ているそうなので、もう怖いものなしである。おそらくこういう人がほんとうの「新人類」(死語だが)なのだと思う。
 ここで確認しておきたいのは、ガーリーというのは性的嗜好のレイヤーではないということだ。オッサンのみならずマッチョな若者もオバサンたちも田舎の人たちも、総じて低感度の人たちが取りがちなオッサン目線だと「エロ」で括ってしまうことが多いと思うが、ガーリー領域に居場所を見つけた人たちは、あまり性的嗜好のレイヤーでは物事を捉えていない。そういう「エロ」目線の居場所である大人の俗物的な領域こそが唾棄すべきものなのだ。ここは「聖域」なのだ。「神性の宿る場所」なのである。この点に誰よりも早く気づいて膨大な議論を展開したのが大塚英志だった。かれの『少女民俗学──世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(光文社、一九八九年)はその記念碑的著作である。すでにタイトルに大塚の主張が集約されている。「神話」を「物語」に入れ替えれば、もっと正確になる。かれの言うように「少女」は「聖と俗」構図に当てはめれば「聖」の領域なのである。「聖なるもの」に志向した文化領域なのである。そこでのみ感じることができる物語の舞台を自分の居場所として感じる想像力がなければ成立しないのだ。
●ガーリー領域の六次元
 最後に議論を整理しよう。ガーリー領域とはいかなるものか。
 理屈はカラオケに似ている。カラオケは日本発の世界的発明(ジョウ・シュン、フランチェスカ・タロット『カラオケ化する世界』青土社、二〇〇七年)。日本から世界に拡散したカラオケ文化をヒントにして、ここはひとつポジティブに考えてみよう。ちなみにネガティブな姿勢だと「そもそも論じるに値しない」と決めつけてスルーしまうことになるので、ちっとも展開力のある議論にならない。そういうことは、既成概念を食べて生きている優等生やエリートたち、そして若くしてすでにレガシーな大人たちに任せておけばよい。私たちは先に一歩踏み込んで叩き台になろう。
 これまでのざっくりした議論から、おおよその目安を付けて、これから(少なくとも野村ゼミと基礎演習で続くであろう)議論のスタートラインとしたい。ガーリー領域の基本特性を整理しよう。
(1)加算性、バロック、装置または装備、軍服と制服
(2)親密性、舞台仲間、楽園
(3)自分に萌える、自分物語の構築、外からの視線を拒否する、世間の空気を読まない
(4)非モテ、トランスジェンダー志向、女子目線の美、オッサン目線だとエロになる、ロマンチックラブ・イデオロギーに対する抵抗
(5)二次創作あるいはミメーシスの連鎖
(6)世界性、世界制覇、グローバリズムを変形する、ローカルな創造的変形
 以上をもって「ガーリー領域の六次元」と呼ぶことにする。「次元」ということは座標軸ということである。座標軸においてプラスとして捉えることにする。となるとマイナスのことも考えなければならない。かんたんに解説しておこう。以下の六つの説明を「ガーリー領域の六つのテーゼ」と呼ぶことにする。
(1)ガーリー領域のスタートラインは制服であり、その源流は軍服である。セーラー服はもともと海軍の制服である。あるいは通学中のリセエンヌたちの服装である。あるいは西欧の上流階級における少女たちのドレスである。いずれにしても性的領域ではないことは強調しておきたい。そうした定型的なファッションにひたすら加算するというチカラが働いている。何を足すかは学校や親ではなく本人たちの自由である。したがって、しばしばそれは無秩序で過剰になる。つまりバロック化する。ガーリー領域は「大人の引き算」をしない。その点で「大人のシック領域」とは正反対である。これがしばしば大人目線からの非難を招く。なぜなら「大人のシック領域」は世間からの保守的・道徳的視線に対する自己検閲であるから、一種のやせ我慢であり抑圧だから、それに従順な人たちには「ガーリー領域」は許しがたいのである。
(2)ガーリー領域には、あいまいな「世間」という概念がない。しばしば衝突が生じるが、それに対しては抵抗する。この抵抗は美学的なものである。その美意識を共有する人たちが準拠集団になる。親密性が頼りであり、舞台仲間のような人たちである。そういう人たちで完結できればガーリー領域は相互理解可能で自由な楽園である。
(3)ガーリー領域における焦点は常に自分自身である。「自分に萌える自分」(米澤泉『私に萌える女たち』講談社、二〇一〇年)が最大関心事である。自分の物語は自分で構築するという姿勢があって、その分、外部からの視線を拒否する。既成の保守的な世間の空気は読まない。
(4)ガーリー領域は、異性にモテることやセックスをすること、つまり「性欲領域」は志向しない。お互いが天使のようなトランスジェンダー的存在であろうとする。女子アイドルグループや女子校に典型的に見られるように、女子だけの組織や集団のときほど、そういう傾向が強い。競争的に美意識を先鋭化させるからである。「性欲領域」は忌避されるから「友情」の方に価値がある。そもそも「異性愛」と「友情」は次元がちがう。両方を満たす行為はあるが、ガーリー領域を逸脱することになる。これを「卒業」と呼ぶ。しかし「卒業」は「終わり」ではない。一時的な離脱なので許容できる。近年注目されるのは、「卒業」ののちに「復帰」する人が増加しているということである。
(5)ガーリー領域は加算性の文化なので、何でもありである。しかし、まったくの創造がなされるのではなく、既成のアイテムを引用したコラージュでありブリコラージュである。一種の二次創作だと理解すべきである。オリジナルのアイテムの世界観を借用して、過剰に模倣する「ミメーシスの連鎖」としての文化なのである。流行ではないのだ。
(6)ガーリー領域は現在は狭小な恵まれた平和秩序のある社会においてのみ存立する。他方、その他の広い世界において女性は抑圧され、性に拘束され、しばしば直接的暴力と構造的の犠牲になっている。逃げ場のない女性も多い。それに較べるとガーリー領域を宣揚することは不謹慎であり政治的に正しくないと言われそうである。けれども、それと同時に代替案を提示することも必要な政治的・社会的・経済的・文化的・性的課題なのである。
 男性も「男らしさ」の拘束に身動きできない人が多い。じつはゲームやコミックや地下アイドルにどっぷり浸かっている「オタク領域」も近いところにいるのである。リアルな女性とのコミュニケーションに気遣いして疲れるのでは社会生活を送れないことはたしかであるにしても、男らしさ満載のマッチョや、二四時間戦えるかを問われるようなビジネスエリートとは理想を共有できない人たちも多いはずなのだ。
 その意味でガーリー領域は世界性をもつ。グローバリズムの名の下に多様な生き方を許容しない生活を「変形させる」チカラがあるのではないか。何か社会が分岐点に至ったときに人びとが「あっちに行きたい」と思うような魅力的な物語世界が必要なのである。ガーリー領域にはそういう磁力があると思うのだ。
●女子経済学の誕生?
 一応ハテナをつけておいた。経済学部なので、とりあえず経済学としてみたのだが、この場合の経済学は、包括的な意味での「経済」(たとえばポランニーが議論したような)の研究のことである。本学経済学部経済ネットワーキング学科はそもそもこちらの経済概念に準拠している。そう考えれば「女子経済学」でいいのだ。
 このガーリーテイストな経済は、かなりジャパネスクなところがあると同時に、地球的な広がりも持っている。ただ日本においてのみ先に開花しただけであって、他の地域でそうならないのは女子たちが厳しい抑圧状況に置かれ続けているからにすぎない。真っ黒なブルカやニカブの裏地はガーリーに彩られているはずなのだ。日本発のガーリーカルチャーには、そういう裏地を表にする潜在力があると思う。このさい私たちは、美意識こそ人間の経済生活において大きな力を持ちうることを認識する必要がある。たんに所得の高さだけが消費を生むのではないのだ。そして、そういう文化を人びとが求めること自体が平和を維持する力のひとつになると思ってみたりする。たとえば、そのティッピングポインを東京オリンピックで作れないか。とんでもなくガーリーな東京オリンピック・パラリンピックだ。
 というわけで、われらが共同作品『女子経済学入門』の「ガーリー総論」としよう。
 各論を担当してくれたクラスのメンバーは、ほとんど十代である。メンバーにとっては、とっくに「歴史」になっている現象も多いと思う。それを「遅れてきた人」の視点から見るとどうなるかを読んでほしい。
 今回は日程的にとてもタイトだった。説明は一回だけ。冬休みにその課題をこなして休み明けにメール添付で提出してもらって、年明け最初の授業で校正して、その次の最終回で新書として配布するという荒技である。とっくに大人になってしまった人が見れば、この文章がもつ「いまさら感」は、こういう類いのことを初めて考える大学一年生たちのためのヒントになるように即興的に書いた導入的文章だからである。短いヴァージョンを正月二日に書いてみんなに提示して参考にしてもらった。そのあと加筆したのが、この文章である。正解のない文化的世界への招待状とならんことを願う。(二〇一六年一月二日の書き初め。最終稿は一月九日)

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4月 192017

健康の批判理論序説

健康の批判理論序説
野村一夫
“Knowledge is a deadly friend…”(King Krimson)
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
二 社会構築主義の導入——理論的核心
三 問題領域の拡大——研究対象
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
五 健康言説批判——方法論的戦略
参考文献
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
■本稿の目的
医療と社会の関係を問う社会学的研究は長らく「医療社会学」(medical sociology, sociology of medicine)と呼ばれてきた。これについては、進藤雄三による詳細なレビューがある(進藤雄三 1990)。これによってアメリカで急成長した医療社会学の全体像が一気に明らかになった。ところが、その後、八〇年代末から九〇年代にかけて、医療と社会をめぐる社会学的研究は大きく変化した。とくにイギリスとオーストラリアの研究者が活発に研究成果を発表することで、アメリカ種の医療社会学とはニュアンスを異にする、それ自体ひとつの新潮流とも言えるような研究系譜が形成されるにいたったのである。それは通常「健康と病いの社会学」(sociology of health and illness)と総称されている。この一見変哲のない名称のもとにパブリッシュされつつある一連の研究は、しかし、名称から受ける印象のように穏健でもなければ安全でもない。それはむしろ「健康の批判理論」(critical theory of health)と呼ぶべきラディカルさをもつ研究運動であり、その周辺の研究系譜との連接関係を深めることで、強力な理論潮流になりつつある。本稿の目的は、そのラディカルさを中心に、この「健康と病いの社会学」の研究動向のアウトラインをひとまず総論的に理解することである。
まず、この最初の章において、「健康と病いの社会学」とその周辺の研究動向を整理して、理論的系譜をあきらかにしたい。第二章において、「健康の批判理論」と私が総称する一連の研究の理論的特徴を「健康と病いの社会学」に即して明確に示したい。第三章では、研究対象としてどのようなテーマが俎上にあげられるのかをリストアップして、「健康の批判理論」の問題領域を示したい。第四章では、その理論的特徴が、現在まで日本でおこなわれてきたような医療の社会科学的研究のメインストリームに対する有力な対抗軸に位置づけられるものであることを論じて、研究のスタンスについて語りたい。最後の章では、「健康の批判理論」の方法論的戦略を提示したい。そのさいキーワードとなるのは「健康言説」という、私たちが新たに考案した造語である。経験的研究をなすさいの手がかりを明示して、今後展開予定の研究活動の序説としたい。
■機能主義から社会構築主義へ
さて、二〇世紀後半のアメリカで急速に発達した医療社会学と、本稿で取り上げる「健康と病いの社会学」との関係はどうなっているのか。両者は対抗するものなのか、継承関係にあるのか。まずこの点から確認していこう。
デボラ・ラプトンは「健康と病いの社会学」へいたる「医療と社会」研究の理論的変遷を三段階に整理している(Lupton 1994:6-13)。三段階とは、機能主義、政治経済学(マルクス主義)、社会構築主義である。
それによると、まず、機能主義的アプローチ(functionalist approach)では、医師などの医療専門家が日々の業務を遂行するプロセスや、個人が病気に対処する仕方に興味をもつ。この場合、病気は潜在的な社会的逸脱状態と見なされ、医療専門家の役割は、かつて教会が果たしたように、正常と逸脱を区別する力を用いて社会統制の不可欠な制度あるいは社会の道徳的管理者としてふるまうことだとされる。この機能主義的アプローチの指導的理論家はもちろんタルコット・パーソンズである。かれの理論は五〇年代から六〇年代にかけて大きな影響力をもったが、医療社会学への影響は非常に大きかった。
これに対抗する批判勢力として出てきたのが政治経済学的視角(political economy perspective)である。資本主義経済体制の本質に対するマルクス主義的批判がその理論的核心にある。これは七〇年代から八〇年代にかけて支配的な知的運動だった。この観点からすると、真の健康とは、たんに身体的情緒的安寧ではなく、満足するに足るハイレベルの生活を維持するのに必要な資源(これには物質的なものもあれば非物質的なものもある)にアクセスできること、そしてそれらを統制できることにある。この見方からすれば、健康の基軸的構成要素は「闘争」(struggle)以外の何者でもない。
この系譜の研究の中で近代医療の文化的危機を批判する一連の研究の代表格が医療化論である。このテーゼの源泉はエリオット・フリードソンであり、これをイバン・イリイチやアーヴィング・ケネス・ゾラが展開することで、強力な潮流を形成した。この系譜は、医学的知識を哲学的に分析することよりも、一見中立的に見えてじつは支配階級の利害に奉仕するものとして医学的知識をあつかうことが多い。しかし、その批判は矛盾していることもある。医療は過剰に拡張主義的であると批判される(医療化論)とともに排外主義的であるとも批判され、病気は収奪によって引き起こされると見なされるとともに医学的支配によっても引き起こされる(医原病)と見なされる。
第三の理論的立場が、ポスト構造主義と第二波フェミニズムとフーコーの影響のもとに注目された社会構築主義(social constructionism)である。社会構築主義は、もともと社会学理論にあったものだが、上記の諸潮流との関連において修正されたものが「健康と病いの社会学」で有力になっていった。ラプトンのこの本をふくめて九〇年代に次々公刊された「健康と病いの社会学」の研究書はほぼこの立場で書かれている。
社会構築主義が焦点を当てるのは、生物医学(biomedicine)の社会的側面であり、医学ならびに素人の医学的知識の発達であり、さまざまな医療行為である。この立場から見ると、医学的知識というものは、洗練された良き知識に向かって上乗せされるように進歩するものではなく、社会史的状況の中で生起し不断に再交渉されるような、一連の相対的構築物ということになる。
この三段階はおおむね妥当な見方であるが、異論がないわけではない。たとえば、ウータ・ゲルハルトは『病いの諸概念』を次のような構成で整理している(Gerhardt 1989)。
(1)構造機能主義パラダイム——社会的役割としての病いと動機づけられた逸脱
(2)相互作用論パラダイム——専門家による構築としての病い
(3)現象学的パラダイム——間主観的に構築された現実としての病い
(4)闘争理論パラダイム——資源の不足とイデオロギー構築物としての病い
ゲルハルト自身は「批判理論としての役割分析」という著作によってデビューした、批判理論ないし政治経済学ないし闘争理論というディシプリンに立つ研究者であるので、ラプトンとは順序がちがってくるが、(2)と(3)をあわせて社会構築主義に対応すると考えてよいだろう。ゲルハルトのこの研究についてはさらに精読すべき論点がふくまれていると思われるが、さしあたり問題になりそうなのは、相互作用論パラダイムによる医療社会学の取り扱いであろう。ラプトンはこのあたりを無視しているように見えるが、アンセルム・ストラウスたちの研究がシンボリック相互作用論の視角からなされている点から考えると、現象学的パラダイムと親和的であり、社会構築主義に接していると位置づけられよう。
■他の理論系譜との相互連関
「健康と病いの社会学」は単独で発展したのではなく、健康と社会に関する他の研究分野と密接に相互連関して発展したものである。ラプトンが指摘するのは次の四つの学問運動である(Lupton 1994:13-19)。
第一に、医療人類学(medical anthropology)。医療人類学は「健康と病いの社会学」と密着した学問分野で、両者を分離するのが困難なくらいである。伝統的に医療人類学は「病気の解釈とその生きられた経験」に関心をもつ。病気とは、自然と社会と文化とが同時にそれでもっておしゃべりするコミュニケーションの一形式であり、諸器官の言語である。
第二に、歴史学的次元(historical dimension)。ラプトンがこう呼ぶのは、いわゆる社会史研究のことである。歴史学的研究は、西洋の生物医学の慣習が、他の文化ないし他の時代の医療システムより科学的であるとも客観的であるともいえないことを示す。
第三に、カルチュラル・スタディーズ(cultural studies)。たいていの社会科学者は医療を文化的産物と見ないで、文化に外在する科学的知識の客観的実体と見がちであるから、カルチュラル・スタディーズが生物医学や公衆衛生の制度と実践を分析するのに採用されることはめったになかった。しかし、たとえばマス・メディアがさまざまな場面で医療や病気にかかわる出来事を描写することが、この領域に対する人びと(そこには専門家やメディア関係者や行政関係者もふくまれる)の理解に大きく影響することはあきらかであり、カルチュラル・スタディーズがこの分野に有効なのははっきりしている。
第四に、言語論的転回(linguistic turn)。近年注目されているのが、社会秩序と現実感を構築し維持するという言語の役割である。ソシュールから始まったこの視点はロラン・バルトによって大衆文化の分析装置として発展し、やがて記号論者たちが個人を「かれらの文化によって語られた」存在と考えることを節目に大きく変化した。
以上ラプトンが指摘する四つの研究系譜は、社会構築主義に立つ「健康と病いの社会学」の基本論点とそれぞれ呼応するものをもっている。医療人類学は、空間的比較を促すことで近代化論的まなざしを脱し、非西洋医療の正当性問題に気づかせる。また、素人の病気観の文化的意味を尊重する知的態度をもたらす。それに対して社会史研究は、時間的比較をうながすことで、西洋医療の歴史的偶発性(なりゆきしだいでは他のものにもなりえたかもしれない可能性)を再発見させ、近代医学が客観的知識であるという信仰を破壊する。カルチュラル・スタディーズと言説分析は、文化の批判的検討を通じて、現代文化の構築物として医療関連現象を理解することをうながした。このさい人文学的手法による分析の有効性も強調されてよい。とくに表象や言説の解釈からアプローチする手法は経験的研究に対して大きな影響を与えた。
このように「健康と病いの社会学」は、隣接し随伴する上記の研究動向に即しながら発展してきた。これらは不即不離なもので、ひと続きのものと考えたほうが実際的である。しかし、これらをあわせた適切な総称がないのが現状で、そこで本研究ではこれらを「健康の批判理論」と総称して取り扱うことを提案したいと思う。そこには共通の理論的視角・問題領域・研究スタンス・方法論的戦略が存在すると考えられるからであり、総じて医療研究の大きな転換を提示していると考えるからである。以下、章ごとに論点を分けて考察していこう。
二 社会構築主義の導入——理論的核心
■社会構築主義とは何か
「健康の批判理論」の批判性は政治的スタンスに由来するものではない。それは理論社会学的徹底によるラディカルさというべきだろう。その理論的中核にあるのが社会構築主義である。逆にいうと、「健康の批判理論」とは、「健康と病気に関連する問題領域についての社会構築主義的分析理論」なのである。
社会構築主義はもともと現象学的社会学の文脈で知識社会学理論として定式化され、大きな影響力をもった視角であるが、のちに社会問題論に導入されて「レイベリング理論に替わる新理論」として大きな波紋を呼んだ考え方である(Spector and Kitsuse 1977=1992; 中河 1999)。その意味では典型的な社会学主義の一形態と見なすことができる。けれども、社会学以外の知的運動の中で広範な影響力をもったのは、フーコーの一連の歴史研究であり、それに呼応する前述の学問運動の方だった。そのために、今日ではこの経緯が言及されることは少なく、社会心理学者のヴィヴィアン・バーの『社会構築主義への招待』(Burr 1995=1997)においても、キツセらの構築主義的社会問題論への言及はない。これは医療社会学系でも同様であり、その点で社会構築主義自体は社会学プロパーのものとは理解されていないようである。
たとえばヴィヴィアン・バーは社会構築主義を次のように文化や知識を理解する見方であるとしている(Burr 1995=1997:4-7)。
(1)自明の知識への批判的スタンス
世界が存在すると見える、その見え方の前提を疑う。なぜなら、人間が世界を把握するさいに使用するカテゴリーが必ずしも実在する区分を示すものではないからだ。
(2)歴史的および文化的な特殊性
世界を理解する仕方・カテゴリー・概念は歴史的かつ文化的に特殊なものであり、相対的なものであるという認識を徹底する。
(3)知識は社会過程によって支えられている
世界についての知識は、人びとが互いに協力して構築する。具体的には日常的な相互作用によって構築する。したがって、人びとが相互作用において日常的に使用する「ことば」が重要な意味をもつ。
(4)知識と社会的行為は相伴う
世界を特定の「ことば」で理解することは、それ自体ひとつの社会的行為であり、ある種の社会的行為を支持したり排除したりする行為である。つまり知識は社会的行為なのである。
この視点から特定の社会現象を研究するさいに戦略的に重要になるのは、人びとが日常世界においてものごとを理解する仕方であり、そのさいに重要な役割を果たす「ことば」である。社会構築主義では、このような「ことば」を「言説」(discourses)と呼び、その調査研究を「言説分析」(discourse analysis)と呼んでいる。社会構築主義から見れば、世界は言説によって構築されており、歴史的・文化的に規定された特定の言説によって人びとは世界を理解するのであるから、その言説の自明性を疑い、歴史的由来を調査し、文化的布置をあきらかにすることが、その言説の指示する現象の科学的理解につながるのである。
バーの解説は、さまざまな社会領域に適用され、わけがわからなくなりつつある社会構築主義の共通因数について、あらためて説明しなおしたものとして参考になる。しかし、社会学理論との関係と、医療社会学との関係とをもう少し明確に把握しなければならない。
■社会構築主義と医療社会学
社会構築主義と医療社会学の関連をあつかった初期のレビューとしてはマイケル・バリーの「社会構築主義と医療社会学の発展」(Bury 1986)がある。この時点では、構築主義的医療研究のマニフェスト的著作となった、ピーター・ライトとアンドリュー・トレチャー編集による『医学的知識の問題——医療の社会的構築の検証』(Wright and Treacher 1982)がすでに刊行されており、ここに掲載された論文とそれらの著者たちが、バリーのレビューの主要な対象になっている。
バリーは社会構築主義の主要な構成要素を次の五点に求めている(Bury 1986:140-147)。
第一に、生物医学的現実を「問題化する」こと。社会構築主義では医学的知識そのものが問題性を帯びていると考える。その結果、生物医学的現実も自明ではないと考える。
第二に、医学はさまざまな社会関係を媒介すること。医学はその実践においてのみならず、その知識においてもさまざまな社会関係を媒介する。ある経験の領域を「医学的」と呼ぶことは、決定的かつ強力な形と意味を与えるがゆえに、その経験領域を社会生活の他の領域に対して重要な関係の中におくことなのである。そのため構築主義者は、医学と医学的カテゴリーが特定の社会集団と実践を活発にかみあわせる仕方を提示しようとしてきた。
第三に、医学と技術の中立性への疑問。つまり、技術的領域は中立的とは見なせないということである。私たちはものごとを技術的な事柄とそうでない事柄とを分けて議論するが、構築主義者はその区別そのもの自体が問題をはらんでいると考える。この点では技術のイデオロギー性を説いたユルゲン・ハーバーマスらの批判理論と直接呼応するものがある。
第四に、自然もまた社会的に構築されること。したがって「発見」を廃止すること。さまざまな疾病のカテゴリーは中立的かつ合理的な方法の適用による自然現象の発見を合図すると見なすべきではない。逆にいうと、疾病の発見へのクレームはそれ自体社会的出来事であり、それらを社会的文脈におくのだ。この観点からすると、医学も科学もあくまでも社会内部のシンボリック・システムであり、社会外部の自律的領域ではないということになる。医学と科学が居場所にしている技術的・科学的世界は、本質的に「言説の様式」であり「生活世界」である。それらは歴史的かつ社会的な実践から分離され得ないものなのである。「科学とは社会関係である」というのが構築主義の命題である。
第五に、医療の進歩に疑問符をつけること。つまり医学の歴史においてしばしば物語られる直線的プロセスは廃棄されるべきである。あらゆるものごとが別のありようも可能であったことを忘れてはならない。
以上のバリーの行論からわかるように、かれは「批判的アプローチ」と「構築主義的アプローチ」を仕分けながら、その具体的な論点については両者を連続的なものと見ている。これはラプトンが「政治経済学的視角」と「社会構築主義」とを区別しているのと少し異なる。この点については学説史的に詳細な検討が必要だが、焦点になるのは二点あると思う。ひとつは「政治経済学的視角」の始発点にいるエリオット・フリードソンの位置づけであろう。もうひとつは構築主義の徹底の度合いである。サラ・ネトゥルトンの見解は、フリードソンは医学的実践(医学的知識の適用)の社会性は問題にしたけれども、医学的知識そのものの社会性の問題には挑戦しなかったという評価である(Nettleton 1995:19)。マルクス主義そのものには一九世紀的な自然科学信仰があり、技術の中立性の科学論的否定までには行き及ばないのが実態である。おそらくここが分水嶺であろう。ちなみにユルゲン・ハーバーマスがマルクス主義を超えているのは主としてこの論点である。
なるほど社会問題に構築主義を持ち込むことにはさほど違和感がない。しかし、医療行為(medical practice)に関しては適用できても、医学的知識(medical knowledge)そのものにそれを持ち込むことにはかなりな飛躍が必要である。しかし、それでこそ「健康の批判理論」なのである。
■さまざまな社会構築主義
ただ、ここには複雑な問題もある。フィル・ブラウンが「名前づけと枠づけ」という論文で指摘するように、医療社会学に適用された社会構築主義的アプローチには三つのヴァージョンがあるのに、それらがしばしば混同されているのである(Brown [1995]1996:93)。
ブラウンによると、第一のヴァージョンはスペクターとキツセの共著『社会問題の構築』(Spector and Kitsuse 1977=1992)によるものである。かれらの社会問題論はもっぱら人びとの社会的定義づけ過程に焦点を定めたものであり、現実的条件でもって社会問題を定義するという伝統的なやり方と一線を画した。すなわち「社会問題は、なんらかの想定された状態について苦情を述べ、クレイムを申し立てる個人やグループの活動であると定義される。」(Spector and Kitsuse 1977=1992:119)これは、所与の計測可能な実体として社会問題をあつかう伝統的な実証主義の見方に対抗して、見えにくい日常的相互作用と意思決定の世界を見えるようにする試みだった。これはアメリカ流の社会構築主義といえよう。
第二のヴァージョンはヨーロッパのポストモダン理論のものである。その源泉はミシェル・フーコーである。ヨーロッパの社会構築主義は、知識の創造を示すために言語とシンボルを脱構築することであり、状況のうつろいやすく不確かなリアリティを説明するところに独特の特質がある。
第三のヴァージョンは、科学社会学に関係が深い。これを「行為する科学」(science in action)の視角という。それによると、科学的事実の生産というものは、公的な場所に自分たちの業績をプロモートしようとする科学者たちの努力と結合した、実験室の単調な生活をしている科学者たちによって相互に考え出された行為の結果であるという。
ブラウンは以上の三種の社会構築主義を区別した上で、バリーをはじめとする医療社会学者たちが社会構築主義を上記の三種を混合した非常に広い意味で使用していると批判するのである。これでは「社会的構築」という用語に対する独自の所有権を主張できないではないかというのである。
それに対してブラウン自身が対置するのは、シンボリック相互作用論と構造的政治経済学的アプローチの総合したものである。そのさい決定的に重要なのは、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」を区別することである。
「医学的知識の社会的構築」は専門家の態度の起源とかれらの診断をあつかう。それは、支配的な生物医学の枠組と同時代の道徳と倫理的見解にもとづいて理解する仕方をあつかい、医療供給者の社会化、ヘルス・ケア・システムの専門家的・制度的実践、そしてそれを包み込む社会の社会構造をあつかう。ここでは診断そのものが問題になり、構造的接近が優勢になる。医学的知識の構築についての学問は、専門家の昇進や家父長的態度や帝国主義的労働市場需要のような社会的ファクターをふくむことになる。それに対して「病気の社会的構築」は素人の病気体験をあつかう。ここでは個人・ダイアド・集団の各レベルを取り扱うのでシンボリック相互作用論が優勢になる(Brown [1995]1996:96-97)。
■病いの社会的構築
ブラウンのいうように、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」とはリンクしているにしても基本的には別の問題である。この点については、以前から医療人類学でしばしば指摘されてきたことであるので、そちらの方で確認しておこう。
たとえば、アーサー・クラインマンは、台湾での調査に基づく著作の中で概略次のように述べている(Kleinmann 1980=1992:79)。疾病(disease)とは生物学的プロセスと心理的プロセスの両方あるいは一方の機能不全をさす。それに対して、病い(illness)は知覚された疾病の心理社会的な体験のされ方や意味づけをさす。したがって、病いには疾病に対する二次的反応がふくまれる。つまり、病いには、症状や役割遂行の減退に対する注意、知覚、感情的反応、認知、評価のプロセスがふくまれ、家族や社会的ネットワーク内部でのコミュニケーションや相互作用もふくまれる。「要するに、病いとは疾病に対する反応である。疾病をコントロールするとともに、疾病を意味あるものにつくりあげ、説明を与えようとする反応である。」(Kleinmann 1980=1992:79)
ちなみに一九八〇年時点でのクラインマン自身は、疾病の構築についてはそれほど突っ込んだ議論はしていないが、両者とも実在ではなく説明モデルであることに注意を促している点で構築主義と呼応する議論をしていた。
要するに「医学的知識の社会的構築」は疾病の構築にかかわることであり、「病気の社会的構築」は病いにかかわることであるといえよう。そして、それぞれが社会的に構築されるものであるというのが社会構築主義の基本主張である。ブラウンによると、この社会構築主義によってこそ、三つのレベルにおける健康と病いを連結でき、その社会的意味を理解できるという。三つのレベルとは次のようなものである(Brown [1995]1996:97)。
(1)ミクロレベル(自己意識、個人行為、対人コミュニケーション)
(2)メゾレベル(病院、医学教育)
(3)マクロレベル(国民の健康状態、ヘルス・ケア・システムの構造と政治経済、国家保健政策)
ブラウンの主張があえて「第四の社会構築主義」というべきものであるかということはひとまず措くとして、社会構築主義に少なくとも三つの理論的源泉があるということ、そして「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」の両方を射程に入れて、ミクロ・メゾ・マクロの三レベルをリンクさせて考察すること、そのさいには相互作用論と政治経済学的接近があわせて有効であること——本稿でも、この線で「健康の批判理論」を考えてみたいと思う。
三 問題領域の拡大——研究対象
■問題領域の概要
以上、「健康と病いの社会学」とその周辺研究をふくめて「健康の批判理論」としてアウトラインを眺めてきた。その理論的支柱は社会構築主義である。この視点から何が具体的に問題になるのか。この章では「健康の批判理論」が射程に入れるべき主要な問題群を整理しておきたい。このさい、まず、比較的網羅的に問題領域を押さえていると思われるピーター・E・S・フロイントとメレディス・B・マクガイアの『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』(Freund and McGuire 1999)で問題領域の概要をつかみ、そののちにラプトンとネトゥルトンの議論を参考にしてポイントを理解したい。
『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』は本稿執筆時点では最新の「健康と病いの社会学」の概説書である。ストレス学説に準拠していることなど、やや総花的で、構築主義も徹底しないところがあるが、アンソロジーではないので、バランスよく研究業績がまとめて紹介されている。章ごとにテーマを抜き出してみよう。
(1)健康・病い・身体についての社会学的視角
身体の社会的構築。身体観の社会的構築。健康と病いの社会学において権力作用は中心的なものであること。
(2)だれが病気になり傷つけられ死ぬのか
社会疫学の課題と方法論上の問題点。二〇世紀の平均余命の変化。医学の進歩という神話。第三世界の罹患率と死亡率。エイズの疫学。罹患率と死亡率の変数としての年齢・ジェンダー・人種・エスニシティ・社会階級。これらは権力の社会的分配に関連している。
(3)健康と病いの物質的基礎
社会政治的ファクターと文化が、われわれの物理的環境・われわれの資源(たとえば食物)・われわれの身体を構築する。飢餓、食習慣、事故、労働災害、環境汚染、喫煙。
(4)精神・身体・社会
シンボリックかつ社会的なファクターが身体に及ぼす影響。ストレス。
(5)社会組織・健康・病い
社会支援の質と批判的評価。社会的不平等と社会支援の関係。演劇論的ストレス。社会的相互作用における感情の役割。
(6)病気の社会的意味
逸脱としての病い。逸脱の医療化。道徳的権威の医療化。社会統制。シンボルとしての身体。病気は社会秩序にかかわることがらであること。
(7)病いの体験
病いと自己。素人の健康概念。素人の病いの理解。病いに気づくこと。痛みと心理社会的次元。慢性病と障害。障害者の自己意識とマイノリティ的地位と社会運動。
(8)健康と助けを求めること
自己治療。隠れたヘルス・ケア・システムとしてのホーム・ケアと相互補助。民間療法。宗教的な癒し。
(9)医学的知識の社会的構築
疾患の「発見」。社会的産物としての科学。医学的「問題」の創造と否認。医療化・脱医療化・専門家の利害。企業の利害。疾患と身体の物象化。専門家支配。生物医学の前提。
(10)近代生物医学の知識と実践
専門家支配と情報操作。不確実性と統制。専門家支配のミクロ政治学。医師と患者の関係。病人を症例に変換する。患者の非人格化。近代医学の終焉。道徳のジレンマと社会政策。
(11)ヘルス・ケア・システムにおける階層と権力
受療者。医師の供給源。ナースの供給源。その他の専門職と労働者。
(12)ヘルス・ケアにおける経済的利害と権力
保険の問題。さまざまなヘルス・ケア組織。病院経営。さまざまな医療産業。社会政策と人権。
このようなテーマ・リストは多様な組み換えの可能なものである。ひとつの事例として参考にしたい。この中には機能主義段階の医療社会学でも十分問題として取り上げられているものもあり、公衆衛生学的なテーマもふくまれている。とくに「健康の批判理論」として重要な問題領域はどこなのか。すでに確認した「医学的知識の社会的構築」以外の問題領域について、この分野の第一線で活躍するラプトンとネトゥルトンが強調する論点を手短に整理してみよう(Lupton 1994; Nettleton 1995)。
■健康と病いをめぐる素人の生活世界
従来の医療社会学の焦点は、病気と専門家にあった。つまり医師たちが病気に立ち向かう仕方を主軸に据えて、そこに患者たちがどう適応していくか(あるいは適応すべきか)を規範的に研究してきた。これに対して「健康の批判理論」は、健康と素人(lay)に焦点を当てる。つまり素人の視点に定位して見える生活世界のあれこれ(もちろんそこには病いもあるが、そうでない状態もふくまれる)が問題となる。医学と素人の視点とを同位対立の地平において捉えるのが、社会構築主義のラディカルなところである。一方で医学的知識の文化的構築性を暴き、他方で素人の病気や健康への態度と経験の自律性を浮き彫りにするのである。
そのさいポイントとなるのは「素人の健康観はたんなる医学的知識の薄められたヴァージョンではない」(Nettleton 1995:37)ということである。この論点はすでにフリードソン以来、批判的接近を試みる医療社会学者にはおなじみのものである。
健康に光を当てると、人びとが健康をどのような定義において用いているか、そのライフスタイルと消費文化との関係はどのようなものか、人びとにとってリスクはどのようなものとして捉えられ、それが人びとにどのようなリスク回避行動をとらせているかが問題となる。たとえば喫煙に対する態度やエイズに対する態度などがテーマになる(Nettleton 1995:Chap.3)。
他方、病気に光を当てると、人びとが病気と病者役割(sick role)をどのように解釈し、正当化していくか、そして慢性疾患と障害のある身体を媒介にどのようなコミュニケーションが生起し、どのように語られていくか、それに対処する戦略をどのように編み出していくかがテーマとなる(Nettleton 1995:Chap.4)。また、人びとにとって病いの体験は道徳的問題でもある。なぜそのようなことになったかを人びとは「失敗」や「報い」として道徳的に説明しがちである。そのあたりもテーマとなる。
■素人と専門家の相互作用
病いに見舞われたと感じた人びとは病院を訪ねて、医師やナースなどの医療の専門家たちと出会う。この出会いは対等な出会いではないがゆえに、特殊な性質を帯びる。この「素人と専門家の相互作用」の問題は「健康の批判理論」にとって批判的に取り組まなければならない重要な問題領域である。
ネトゥルトンによれば、そこには次のような問題がある(Nettleton 1995:131−132)。第一に、素人と専門家の関係は、より広い文脈での社会関係や、ジェンダーや人種や階級といった構造的不平等を反映するとともに強化するということ。第二に、この関係は社会統制と社会規制の中心的次元を形づくること。第三に、専門家はしばしば患者の見解をまともに取り上げることを拒絶する。そして患者の見解というものが同時代のヘルス・ケアの深刻な限界と見なされてきたこと。第四に、相互作用の質がヘルス・ケアの成果に影響を与えてきたことである。
この領域は長らく医療社会学で「医師−患者関係」として研究されてきたが、理論的立場によって大きく見方が変わる。機能主義は合意モデルを基準に論じ、政治経済学(マルクス主義)は闘争モデルを用いて、医学的権力に対する患者側の抵抗を強調する。「コンプライアンスの悪い患者」を病院スタッフがそれぞれどのように見ているかが問われる。また、シンボリック相互作用論やエスノメソドロジーによるミクロな相互交渉場面の研究もさかんである。
それから忘れてはならないのが、専門家は病院にいるとは限らないということだ。民間医療のヒーラー(healer)がいる。そこでは「癒し」と総称される、しばしば近代医療システムとは異質の出会いと相互作用がある。ここは従来から医療人類学の実績のある領域であるが、「健康の批判理論」の現場はもはや病院だけではないのである。
■文化的表象の分析
医学・病い・疾患・身体に関するさまざまな言説・メタファー・図像は、高級文化においてであれ大衆文化においてであれ、これらの現象についての知識の社会的構築に深くかかわっている。ラプトンはこの点を強調する(Lupton 1994:chap.3)。高級文化において疾患と死がどのように表現されているか、そして大衆文化において医学や病いや死がどのように表象されているかの研究は、伝統的な医療社会学ではないがしろにされてきたところである。しかし、ガンやエイズはメタファーとしても社会に圧倒的な影響を与えたし、「ガンと闘う」「エイズを撲滅する」といった軍事的な言説そのものが、それぞれに関係する生物学的事実の解釈や医学の研究開発の方向性に影響し、関係者の社会関係をも深く規定してきたのである。
このテーマに関する図像研究としては、サンダー・L・ギルマンの仕事が日本ですでに紹介されている(Gilman 1995=1996)。図像は、どれが正しく美しく健康なのか、どれが狂っていて醜く病んでいるのかというステレオタイプな基準をリテラシーを越えて再生産する。とりわけメディア上に流通する言説と図像の分析が重要であり、カルチュラル・スタディーズの隆盛の中で、そのような研究が一気に浮上している。
もちろん以上の他にも重要な問題がある。健康状態と社会的不平等すなわち健康の配置の問題も大いに議論されている。とくにジェンダーの問題がフェミニズム側から次々に提起されている。保健政策批判もある。それらについては機会を改めて詳説することにしよう。とりいそぎ確認しなければならないのは、これらの問題群を「健康の批判理論」が強調して研究テーマとして取り上げるのはなぜか、つまり基本的な研究スタンスの問題である。
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
■生物医学モデルへの挑戦
じつは社会学的社会問題論の文脈では、社会構築主義はすでに過去のものだという雰囲気がある。流行思想としての社会構築主義は所詮、そういうものなのだろう。しかし社会構築主義は日本では未だ徹底して追究されていないのではないか。とりわけ健康と病気の社会領域については。
生物医学に依拠した医療システムに構築主義的なまなざしを向けることは、医学部に設置された公衆衛生学といった場所では未だに困難なことのようだ。たとえば日本のアカデミズムにおいて重要なステイタスを与えられていると思われる公衆衛生学研究者による『健康観の転換——新しい健康理論の展開』(園田・川田 1995)には、生物医学とそれに基づく現代医療の神話的構築性に対して社会学的に距離化しようというスタンスがまったく感じられない。それどころか、健康主義を社会全般に拡大しようとする、ほとんどニューエイジ系の宗教的教義への傾斜さえうかがえるほどである。
日本の公衆衛生志向の医療研究の社会学性がその程度の底の浅いものであるといえばそれまでだが、それにしても、社会構築主義による医療的世界への分析はむしろ始まったばかりなのである。
では、従来的な医療社会学とのちがいは何だろうか。最大のちがいは生物医学に対する知的態度である。
ライトとトレッチャーは社会構築主義以前の医療社会学との比較を理念型的に整理している(Wright and Treacher 1982:3-5)。
第一に、医学の同定あるいは医学的知識は何の困難も引き起こさなかったという仮説。それによると、医学とは医師とその補助労働者のなしたことであるのは自明であり、医学的知識はたんに、医学校で伝授されたか、専門家の雑誌と教科書によって普及したものにすぎない。第二に、近代医学的知識は、近代科学の発見に基づいていて効果があるがゆえに独特のものであるという仮説。第三に、疾病は、医師による分離と指摘に先行し独立に存在する自然物であるという仮説。第四に、社会と医学的知識とは独立した自律的領域であるという仮説。
社会構築主義以前の医療社会学(たとえば公衆衛生学的な研究)の前提了解が以上のようなものであったとすると、すでに「医学的知識の社会的構築」として述べたように、これに対して社会構築主義的医療社会学は、異を唱えるわけである。いわば近代医療絶対主義神話の社会学的解体である。生物医学のイデオロギー的後方支援としての公衆衛生学との異質性はあきらかだろう。
■医療神話の歴史的批判
「健康の批判理論」のさしあたりの対抗軸は、医療神話とも呼ぶべき科学信仰であり、それに基づいて編成される専門家支配の実態である。日本でもこの種の研究は一部で始まっており、たとえば『医療神話の社会学』(佐藤・黒田 1998)では、「近代医学は抗生物質によって、人間を悩ませた多くの感染症を克服してきた」といったような、現代医療を正当化する二〇の神話について丹念に神話解体している。ただし、ここにおさめられた論文は必ずしも社会構築主義に立ったものではなく、多くは歴史的アプローチによるものである。
当然もうひとつの神話解体も必要だ。それは民間医療にまつわるさまざまな神話である。近代医学への不満は一般の人びとにおいてむしろ普通のことである。しかし、だからといって近代医学を批判する「代替医療」(alternative medicine)が無条件で推奨できるわけではない。代替医療神話が現代的に変奏されている事態に対しても、批判的なまなざしで分析する必要がある。たとえば佐藤純一は代替医療が単純な二分法を絶対化して「人間的」な側に自らをおくことで正当化しようとすることを指摘している(佐藤・黒田 1998:242-244)。なお、アメリカの代替医療の歴史についてはロバート・C・フラーの『オルタナティブ・メディスン』が詳しい(Fuller 1989=1992)。
さらに、こうした医療神話が消費社会というコンテキストでこそ生き生きと語られ、説得力をもち、具体的な行動へと水路づけるといった構図にも注意を払う必要がある。
■ヘルス・プロモーション
公衆衛生学的医療社会学との対比がもっとも明確になるのは「健康のために」語られるさまざまな言説に対するスタンスである。試金石はヘルス・プロモーションに対するスタンスである。
「健康のために」語られるさまざまな言説を私は「健康言説」と呼んでいるが、ヘルス・プロモーションの言説はその代表的なものであり、その点では公衆衛生学的医療社会学自体も健康言説なのである(池田ほか 1998:23-24)。
サラ・ネトゥルトンとロビン・バントンはヘルス・プロモーションに対する研究スタンスを四類型にまとめている(Nettleton and Bunton 1995)。まず第一の軸は「社会政策」か「社会学的分析」かというもの。第二の軸は「医療についての社会学」か「医療のための社会学」かという有名なストラウス以来の二分法である「についての」対「のための」という二分法。これを使って「健康の批判理論」を位置づけてみよう。
第一に「ヘルス・プロモーションのための社会政策」(social policy for health promotion)では保健公共政策の説明・分析・評価をおこなう。第二に「ヘルス・プロモーションのための社会学的分析」(sociological analyses for health promotion)ではプロモーション技術の発達・評価・洗練をおこなう。第三に「ヘルス・プロモーションについての社会政策」(social policy of health promotion)では政策のイデオロギー的基礎の研究をおこなう。第四に「ヘルス・プロモーションについての社会学的分析」(sociological analyses of health promotion)ではヘルス・プロモーション自体の批判をおこなう。一口に批判的評価といっても、このようにスタンスは多様である。たとえば日本でおこなわれてきたほとんどすべての「医療と社会」研究は第一から第三に分類できるはずである。それに対して「健康の批判理論」は第四の類型に相当する。
第四類型のヘルス・プロモーション批判の基礎視角としては、たとえばどのようなものがあるのだろうか。さしあたり思い及ぶのが「健康という義務」(imperative of health)という視角である。これはラプトンがフーコーから採ったもので、彼女は公衆衛生とヘルス・プロモーションについての著作タイトルにこのフレーズを使用している。それによると、健康はたんなる疾病の不在ではなく、もはや一種の道徳的命令ではないかというのである(Lupton 1995)。健康が道徳にずれ込むことで、道徳は身体性に還元されることになる。重層的なコミュニケーションの産物としての社会秩序ではなく、有無を言わさない身体秩序に道徳という社会原理が従属するということだ。健康言説の本質はまさにここにある。
たとえば「成人病」を「生活習慣病」に呼びかえて人びとの健康増進を図ろうとする近年の厚生省のキャンペーンについて佐藤純一は次のように分析している(池田ほか 1999:8-29)。「生活習慣病」はもともと厚生省の行政用語であった「成人病」を「生活習慣」と「予防」を軸に再構成したものであり、厚生省・臨床医学・社会医学の三者の思惑の合致したところに構築された政治的産物である。「生活習慣病」言説は「病気と習慣が関係ある」とするだけではない。それは「病気を引き起こす習慣」と「病気を避ける習慣」をも指示する。このさい健康習慣として指定された要素はまったく恣意的なものであり、言説構築者の古典的な道徳主義がそのまま投影される。そして「病気になったのは、その個人の生活習慣によるのであり、それゆえ病気の責任もその個人にある」という個人責任論が正当化されるのである。その結果、露骨な「犠牲者非難」(victim blaming)がおこなわれ、国家が責任をとるべき外部環境要因がそっくり隠蔽される。
このように、一見もっともらしい国家の保健政策のロジックは、「これって健康にいいんだよ」という食卓の会話にまで浸透し、その結果、まわりまわって人びとの病気体験そのものを道徳的ジレンマにしてしまう。つまり、たんに健康と病気が問題なのではない。それらに言及する言説の総体が現代社会において果たしている構築的役割への懐疑的認識が必要なのである。つまり、それは「批判」でなければならないのだ。
五 健康言説批判——方法論的戦略
■健康は言説である
最後に、「健康の批判理論」の方法論的戦略について確認しておきたい。
そもそも「健康と病いに関する批判社会学的研究」とでもいえばよいものを、あえて「健康の批判理論」と総称するのは、なぜか。それは第一に病気よりも健康という広範な領域に焦点があたらざるを得ない現代的状況が存在するからであり、第二にもはや社会学というディシプリンにこだわる必要がほとんどないと考えられるからだ。社会構築主義は社会学の占有物ではないのであるから。ちなみにコンラッドは「健康と病いの批判的視角」(critical perspectives on health and illness)という言い方をしている(Conrad 1997:4)。私はそれでもよいとは思うものの、短く総称するさいには、あえて「健康の批判理論」という括り方をしたい。その突破口は「健康は言説である」という構築主義的命題として集約的に表現できると考えているからである。突破口は「健康」の方にある。
そもそも健康は「非問題系」すなわち「問題状況の欠如」である(池田ほか 1998)。それゆえ健康は「問題」となる病気や障害などの事態(すでに発生しているにせよ、たんに予想されるだけにせよ)に対して、あくまで「語られるもの」であって、実体があるわけではない。「健康のために」と語りつづけられることで「健康な身体」は社会的に構築される。したがって実在するのはあくまで「健康言説」だけなのである。つまり、健康は言説である。「言説としての健康」ではないのだ。
■健康が語られるとき
現代社会において健康が語られるとき、それがコミュニケーションにおける正当性を満たす言説となるのは、問題系としてのリスク要因が導入されたときである。「健康に対するリスク要因」(health risk)のリストが提示される。このリストにはもちろん病気がふくまれているが、それだけではない。リスクは、朝食を食べないことからオゾン層の破壊にいたるまで無制限に拡大可能な社会的構築物である。そのリストは恣意的であり、それゆえ本質的に政治的でもある。
リスク概念の拡大はそのまま健康概念の脱領域化につながる。つまり、健康はあらゆる生活領域に深くかかわる価値として遍在するようになる。そして、個々のリスク要因が言説としての説得力をもてばもつほど、健康概念は物象化され神格化されるのである。この物象化された層における健康言説がヘルシズムなのであり、それはひとつの宗教的システムというべきである。健康は世俗化された現代の新しい神となる。
リスク回避を名目とするライフスタイルへの道徳的干渉が始まる。フーコーが描き、身体の社会学がそれを引き継いで研究してきたもの、すなわち人びとの身体を貫徹する権力作用の諸相である。「からだにいい」「ナチュラル」「無添加」「スポーティ」「衛生」「清潔」「元気が一番」といった耳障りのよいクリーシェから、「お肌のダメージ」「死の恐怖」「後の祭」といった恫喝に近いクリーシェまで、さまざまな言説が「健康的な生活習慣」を道徳的に正当化し、そうでないものを非難し排除する。そして個人の責任が問われてゆくのである。
こうして「健康な生活とは、健康について語り、健康に好ましいと語られた生活習慣を実行している生活のことである」という自己言及システムが成立する。「健康の批判理論」の理論的課題は、このような健康言説の自己言及的な言説宇宙(universe of discourse)の構造を批判的に解明することである。
この言説宇宙を構築するエージェントはさまざまである。それは科学者であり、マス・メディアであり、政府機関であり、社会運動である。そのエージェントの集合に対してジョナサン・ゲイブは「リスク産業」という用語さえ使っている(Gabe 1995)。公衆衛生的言説も栄養学的言説も、みのもんたの名調子や霊芝実演販売講師の巧妙な口上も、それに対して「買ってはいけない」とする対抗言説も、これら「リスク産業」によって組織的に生産された、いわば消費社会の産物なのである。
■批判的言説分析の可能性
以上のような仮説を手がかりに「健康の批判理論」は、健康言説の力を見極めていかなければならない。言説の類型もさまざまであり、語られ方そのものの多様性にも注意しなければならない。この作業を経験的な手法で実証するのが「言説分析」(discourse analysis)である。ただし、漠然と「言説分析」と呼ぶと、言語学において「談話分析」と訳されて会話の分析技法として紹介されているものもふくまれるので、これらと区別する必要がある。もちろん、問診の分析や医療スタッフ間のコミュニケーションの分析、そして健康に関する人びとの会話を分析するさいには有効な方法であるが、メディアや専門家や政府機関をエージェントとする言説を分析対象とすることの多い「健康の批判理論」と親和性の高い手法として考えられるのは、なかでも「批判的言説分析」(critical discourse analysis)と呼ばれるものである。
批判的言説分析は言説分析のひとつで、すでにジェンダー研究では成果をあげつつあるようである(斉藤 1998; 中村 1995)。ただし、これ自体は定型的な手法をさすものではなく、一定の理論を前提した(それゆえ現状では適用対象がある程度限定されている)分析方法である。具体的場面では他の言説分析の手法を応用する。
フェアクラフとヴォダックによると、批判的言説分析では、話したり書いたりする言語使用を言説と呼び、それを社会的実践の一形式と見る。かれらによると批判的言説分析は八つの理論および方法の原理に基づいているという(Fairclogh and Wodak 1997)。
(1)批判的言説分析は社会問題に力を注ぐ。
(2)権力関係は遍在している。
(3)言説は社会と文化を構築する。
(4)言説はイデオロギー的作業をおこなう。
(5)言説は歴史的である。
(6)テキストと社会とのリンクは媒介的である。
(7)言説分析は解釈的かつ説明的である。
(8)言説は社会的行為の一形式である。
ここで確認できるのは批判的言説分析が社会構築主義ときわめて親和性の高い分析方法であることである。現在はジェンダーやエスニシティなどに好んで応用されているようであるが、健康関連領域においても応用可能性は高いといえそうだ。
■まとめ
これまで見てきたように、「健康と病いの社会学」を中核とする社会構築主義的研究は、従来の公衆衛生学的な医療社会学に対して、「健康の批判理論」として総称できるだけの理論的共通点をもつ。中核には社会構築主義があり、方法論的には言説分析をとる。
「健康の批判理論」とは、この近代社会を柔らかく支配する(その結果として人びとの自発的服従が生じる)「納得の構図」を明晰に分析して批判する反省社会学的営為である。それは「健康な社会」を築くための理論でもなく、まして「健康増進」のための研究でもない。健康を自己言及的構成要素とする現代社会の構造分析である。目的は批判、批判それ自体である。
参考文献
文献の指示法と表記については日本社会学会編集委員会「社会学評論スタイルガイド」(http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/‾fukuoka/JSRstyle.html)にほぼ準拠した。ただし、本稿が縦書きであることを考慮して句読点などを一部改変した。
Brown, Phil, 1995, “Naming and Framing: The Social Construction of Diagnosis and Illness,” Journal of Health and Social Behavior, 33:267-81. Reprinted in: Phil Brown ed., 1996, Perspectives in Medical Sociology, Second Edition, Illinois: Waveland Press, 92-122.
Burr, Vivien, 1995, An Introduction to Social Constructionism, London: Routledge. (=1997, 田中一彦訳『社会構築主義への招待——言説分析とは何か』川島書店)
Bury, Michael, 1986, “Social Constructionism and the Development of Medical Sociology,” in: Sociology of Health and Illness, 8(2):137-169.
Conrad, Peter, ed., 1997, The Sociology of Health and Illness: Critical Perspectives, Fifth Edition, New York: St. Martin’s Press.
Fairclogh, Norman and Ruth Wodak, 1997, “Critical Discourse Analysis,” Teun A. van Dijk ed., Discourse as Social Interaction, London: Sage, pp.258-284.
Freund, Peter E. S., and Meredith B. McGuire, 1999, Health, Illness, and the Social Body: A Critical Sociology, Third Edition, New Jersey: Prentice Hall.
Fuller, Robert C., 1989, Alternative Medicine and American Religious Life, New York: Oxford University Press. (=1992, 池上良正・池上冨美子訳『オルタナティブ・メディスン——アメリカの非正統医療と宗教』新宿書房)
Gabe, Jonathan ed., 1995, Medicine, Health and Risk: Sociological Approaches, Oxford and Cambridge: Blackwell Publishers.
Gerhardt, Uta, 1989, Idea about Illness: An Intellectual and Political History of Medical Sociology, Hampshire: Macmillan Education.
Gilman, Sander L., 1995, Health and Illness: Images of Difference, London: Reaktion Books. (=1996, 高山宏訳『健康と病——差異のイメージ』ありな書房)
池田光穂・野村一夫・佐藤純一, 1998, 「病気と健康の日常的概念の構築主義的理解」『健康文化』No.4, 財団法人明治生命厚生事業団, 21-30.
池田光穂・佐藤純一・野村一夫・寺岡伸悟・佐藤哲彦, 1999, 『日本の広告における健康言説の構築分析』平成10年度吉田秀雄記念事業財団研究助成報告書.
Kleinmann, Arthur, 1980, Patients and Healers in the Context of Culture: An Exploration of the Borderland between Anthropology, Medicine, and Psychiatry, Berkeley: University of California Press. (=1992, 大橋英寿・遠山宜哉・作道信介・川村邦光訳『臨床人類学——文化のなかの病者と治療者』弘文堂)
Lupton, Deborah, 1994, Medicine as Culture: Illness, Disease and the Body in Western Societies, London: Sage.
Lupton, Deborah, 1995, The Imperative of Health: Public Health and the Regulated Body, London: Sage.
中河伸俊, 1999, 『社会問題の社会学——構築主義アプローチの新展開』世界思想社.
中村桃子, 1995, 『ことばとフェミニズム』勁草書房.
Nettleton, Sarah, 1995, The Sociology of Health and Illness, Cambridge: Polity Press.
Nettleton, Sarah, and Robin Bunton, 1995, “Sociological Critiques of Health Promotion,” Robin Bunton, Sarah Nettleton and Roger Burrows eds., The Sociology of Health Promotion: Critical Analyses of Consumption, Lifestyle and Risk, London and New York: Routledge, 41-58.
斉藤正美, 1998, 「クリティカル・ディスコース・アナリシス——ニュースの知/権力を読み解く方法論—新聞の『ウーマン・リブ運動』(一九七〇)を事例として」『マス・コミュニケーション研究』52, 88-103.
佐藤純一・黒田浩一郎編, 1998, 『医療神話の社会学』世界思想社.
園田恭一・川田智恵子編, 1995, 『健康観の転換——新しい健康理論の展開』東京大学出版会.
Spector, Malcolm and John Kitsuse, 1977, Constructing Social Problems, Menlo Park CA:Cummings. (=1992, 村上直之・中河伸俊・鮎川潤・森俊太訳『社会問題の構築——ラベリング理論をこえて』マルジュ社)
Wright, Peter and Andrew Treacher eds., 1982, The Problem of Medical Knowledge: Examining the Social Construction of Medicine, Edinburgh: Edinburgh University Press.
(のむら・かずお 社会学 http://socius.org)
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英文タイトル
An Introduction to Critical Theory of Health
Kazuo Nomura
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4月 12017

社会学感覚25医療問題の構造

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
25 医療問題の構造
増補
医療について考え始める
本編では患者論に限定して医療問題をあつかった。ここでは広く医療問題全般について考えるための基本資料を紹介しよう。
向井承子の『病いの戦後史――体験としての医療から』(筑摩書房一九九〇年)。患者の側から見た医療を体験的に、しかも問題を客観的に知ろうとする姿勢に貫かれた医療戦後史。永井明『医者が尊敬されなくなった理由』(集英社文庫一九九五年)は「理由」シリーズの中の一作。話題になった旧作もおもしろいが、これは医者の側から見た医療のさまざまな側面をバランスよく描いているのがよい。患者の視点と医者の視点とを対照させて読みくらべてほしい。
その他、柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋一九九七年)で紹介されている数多くの手記を手に取ってみてほしい。この本の前半部は医療系のノンフィクションの紹介にあてられている。
文化現象としての医療
医療は医学や薬学だけの特権的領域ではない。それはすぐれて文化現象である。その視点から医療の文化的社会的側面に関するキーワードを徹底的に網羅した用語集として、医療人類学研究会編『文化現象としての医療――医と時代を読み解くキーワード集』(メディカ出版一九九二年)がある。もちろん事典として使えるが、むしろ「どこからでも読める現代医療入門」といったユニークな本。医療問題を議論する上で欠かすことのできない基本知識を学ぶのに最適だ。
医療社会学
医療社会学についての基本書として二点あげておきたい。黒田浩一郎編『現代医療の社会学――日本の現状と課題』(世界思想社一九九五年)と、佐藤純一・黒田浩一郎編『医療神話の社会学』(世界思想社一九九八年)。前者は、医師・病院・患者・看護婦・製薬業界といった、医療にかかわるさまざまな主体ごとに問題を整理したもの。近代西洋医学を相対化する視点から構成されているのも特徴である。後者は、人間ドック・野口英世・赤ひげ・脳死と臓器移植・不妊治療・ホスピス・インフォームドコンセントについてのステレオタイプ化された言説を「医療神話」と押さえ、それぞれを社会学的に批判したもの。福祉国家の起源を軍国主義時代に求める論文もある。概して歴史社会学ないし社会史的なスタンスから神話を解体するという流れになっている。大ざっぱな医療批判でなく、緻密な議論になっている。
この二点に、学説中心の進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)を加えると、ほぼ日本の医療社会学の現状が把握できる。
最近のイギリス系の社会学では、「医療社会学」から「健康と病気の社会学」への転換が生じている。かつてはもっぱら病院・医師・ナース・薬といった要素を対象としていた医療社会学だが、健康食品や民間療法などの「健康関連問題」も射程に入れなければならなくなり、何よりもライフスタイルという複合的な要素がたち現れてきたからだ。もはや公式の医療制度に属するものだけが「健康と病気の社会学」の対象ではなくなっている。日本の研究も近いうちにそういう流れになってくるだろう。
医学の不確実性
すでに紹介した『医療神話の社会学』を読むと、西欧近代医学が意外に「はりぼて」仕様の、脆弱な基盤しかもたない営みであることがわかる。それが確固たるものに見えるのは、私たちが「近代医学」という神話を信じて制度をこしらえてきたという事実に起因するのだ。医師でもあった中川米造の『医学の不確実性』(日本評論社一九九六年)もそれを主題とした概説書。
そもそも医学の不確実性という問題は、一九七〇年代あたりの精神医学批判から連綿と指摘されつづけてきた。イングレビィ編『批判的精神医学』宮崎隆吉他訳(悠久書房一九八五年)におさめられたコンラッドの有名な論文「逸脱とその社会的コントロールの医学化」がその代表的なものである。さまざまな診断的カテゴリーの応用は、技術的に中立な営みというよりむしろ政治的な営みだというのが批判者の見方である。
ネトゥルトンのまとめ[Sarah Nettleton, The Sociology of Health and Illness, Polity Press, Cambridge, 1995. ]を借りれば、「生体臨床医学」(biomedicine)をメインパラダイムとする西洋近代医学は五つの仮説を基礎としている。
(1)心身二元論(精神と身体は分離して取り扱うことができる)
(2)機械メタファー(身体は機械のように修理できる)
(3)技術的命令の採用(過剰な技術的介入)
(4)還元主義(生物学的変化によって病気を説明して社会的・心理学的要因を無視)
(5)特殊病因論の原則(19世紀の微生物病原説のように、すべての病気がウィルスやバクテリアのように同定可能な特殊な作用因によってひきおこされると考える)
このような生体臨床医学は、この二十年ほどのあいだに多くの批判にさらされてきた。
(1)医学の有効性は強調されすぎてきた。
(2)身体を社会環境的文脈に位置づけるのに失敗している。
(3)患者を全体的人格ではなく受動的対象としてあつかう。
(4)出産を病気のようにあつかう。
(5)科学的方法によって病気の真実を確認していると想定しているが、じっさいにはそれは社会的に構築されたものである。
(6)医学的専門家支配の存続を許してきた。
このような論点をカバーするものとして「健康と病気の社会学」が位置づけられる。医学はたしかに身体の経験科学なのだが、こちらも身体の経験科学であることにはちがいないのだ。
医療人類学
近代医学を相対化し、それに対する各自の信仰的な態度を払拭させるには、非西洋医学の実態を知ることが有効である。その点で医療人類学は大いに参考になる。
医療人類学のデファクト・スタンダートとしては、G・M・フォスター、B・G・アンダーソン『医療人類学』中川米造監訳(リブロポート一九八七年)。人類学ではあるが、西洋世界の医療のところはほぼ医療社会学とほぼ重なる。コンパクトなものでは、宗田一監修、池田光穂『医療と神々――医療人類学のすすめ』(平凡社一九八九年)の「第二部 医療人類学入門」が百ページほどで系統的に概観を描いている。それに対して、波平恵美子『医療人類学入門』(朝日選書一九九四年)は、短いエッセイを積み上げたような入門書。波平の本はどれも読みやすいので、初学者は彼女の本から入るといいだろう。
社会史的研究とフーコー
医療人類学が近代医学に対する空間的比較のまなざしをもたらしてくれるのに対して、時間的比較のまなざしをもたらしてくれるのが社会史的な医療研究である。
クロディーヌ・エルズリッシュ、ジャニーズ・ピエレ『〈病人〉の誕生』小倉孝誠訳(藤原書店一九九二年)はその代表的な研究。理論的には社会構築主義の立場に立った研究である。
この分野の隆盛を導いたのは何といってもフーコーである。ミッシェル・フーコー『臨床医学の誕生――医学的まなざしの考古学』神谷美恵子訳(みすず書房一九六九年)がここでの文脈に一番近い著作であるが、もともとフーコーは精神医学の批判的研究からその思索を始めた人であり、終生、医学的知識の歴史的構築をめぐって思想を展開した。主要著作の解説書としては、中山元『フーコー入門』(ちくま新書一九九六年)が比較的やさしい。
女性と医療
B・エーレンライク、D・イングリシュ『魔女・産婆・看護婦――女性医療家の歴史』長瀬久子訳(法政大学出版局一九九六年)という本がある。原著は二冊あって、それが翻訳では第一部と第二部に編成されているのだが、注目してほしいのは、第二部の「女のやまい――性の政治学と病気」の方だ。典型的なフェミニストのスタイルで論旨は明快。医療においてもまたジェンダー・バイアスの問題が存在することに気づいてほしい。一連の看護婦不足問題も、こうしたジェンダー構造との関係で見ることもできるのではないか。
ヘルシズム(あるいは健康幻想)
お昼時の「みのもんた」の一言で多くの人たちが右往左往する昨今である。「健康にいい」というフレーズはすべてに優先する。それはもはや現代の民俗宗教である。
こういう言い方に違和感のある人は、田中聡『健康法と癒しの社会史』(青弓社一九九六年)のような著作を読んでみるといいだろう。健康法についての図版満載の社会史であるが、そこで描かれているのと大して変わりない言説が現在もマス・メディア上で日々生産され続けており、しかも人びとの大きな支持をとりつけている事実に気づくにちがいない。ヘルシズムは医療文化の非常に大きな部分を占めているのである。小野芳朗『〈清潔〉の近代――「衛生唱歌」から「抗菌グッズ」へ』(講談社選書メチエ一九九七年)も、近代国家の歩みに即して「国家衛生システム」の展開をたどったもの。よく調べてある。
こうした状況に批判的なスタンスから論じた文献としては、イヴァン・イリイチ『脱病院化社会――医療の限界』(晶文社一九七九年)が基本書であるが、アーヴィング・ケネス・ゾラ「健康主義と人の能力を奪う医療化」という基本論文がおさめられた、イバン・イリイチ他『専門家時代の幻想』(新評論一九八四年)にもあたりたい。
このほかにも基本文献は多数あるが、健康概念を対象としている「保健社会学」サイドからの研究書もでている。園田恭一『健康の理論と保健社会学』(東京大学出版会一九九三年)。園田恭一・川田智恵子編『健康観の転換――新しい健康理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。 いずれも公衆衛生学系のテイストの研究書。もちろん論調はかなりちがう。
脳死
一九九七年に臓器移植法が施行され、日本でも「脳死」の概念が制度的な根拠をもつにいたった。あちらこちらでドナーカードが配布され、臓器移植の準備体制も整いつつある。
「脳死の社会学」はまだ形を整えていないが、脳死を社会関係の文脈の中で考える試みは他の分野ですでに始まっている。森岡正博『脳死の人――生命学の視点から』(福武文庫一九九一年)はその代表的な作品。タイトルに表れているように、脳死を抽象的な議論ではなく、あくまでも人のありようとして考えようとする論考である。
もうひとつ注目すべきノンフィクションとして、柳田邦男『犠牲(サクリファイス)――わが息子・脳死の11日』(文藝春秋一九九五年)。柳田は著名なノンフィクション作家で医療ジャーナリズムの第一人者だが、これは当事者としての生々しい手記であり、グリーフワークでもある。家族としての視線とジャーナリストとしての視線の交錯する印象深い作品だ。
病院死
山崎章郎『病院で死ぬということ』(主婦の友社一九九〇年)がベストセラーになり、映画化されたりテレビドラマにもなった。終末期医療が多くの人びとにとって実感のともなうことがらになった、これはそのひとつの証左であろう。エッセイともフィクションともつかぬ語り口をそのまま社会学的思考に組み入れるわけにはいかないが、とりあえず議論の導入として読んでおく必要があるだろう。続編の山崎章郎『続 病院で死ぬということ―そして今、僕はホスピスに』(主婦の友社一九九三年)とともに現在は文春文庫に入っている。
病院死の問題は社会学でも比較的早い時期に研究されてきた。たとえば最近翻訳のでた、デヴィッド・サドナウ『病院でつくられる死――「死」と「死につつあること」の社会学』岩田啓靖・志村哲郎・山田富秋訳(せりか書房一九九二年)は、一九六七年刊行のエスノグラフィである。Barney G. Glaser, Anselm L. Strauss『死のアウェアネス理論と看護――死の認識と終末期ケア』木下康仁訳(医学書院一九八八年)も原著は一九六五年にでた研究書である。いずれも、このテーマについては広く知られているキュープラー・ロスの『死の瞬間』に先行する。
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4月 12017

社会学感覚21暴力論/非暴力論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
21 暴力論/非暴力論
21-1 さまざまな暴力概念
暴力とはなにか
暴力の定義は一見自明である。暴力は「人や財産を傷つける行為」である。しかし、これだけでは、外科医が手術するのも暴力ということになってしまう。現に「脳死状態」における日本初の心臓移植手術が「脳死は死でないから、脳死状態のドナーから心臓を摘出する行為は殺人である」として告発されたことがかつてあった▼1。「湾岸戦争」のように公然と「正義」がまかりとおる戦争も多い。個人が勝手に他人を監禁し拘束するのは暴力だが、国家の官吏がそれを犯罪人に行使するのは暴力とはいわない。人を殺すのは暴力の極致だが、死刑囚を殺すのは法的には正当なこととされている。このように「人や財産を傷つける行為」が「暴力」であるかどうかは、ひとえに「他者の反応」つまり「反作用=リアクション」によるのである▼2。じっさい、〈反応する他者〉といってもいろいろである。だから暴力の定義もいろいろということになる。
暴力という現象は多面的な性格をもっている。まず大切なのは、この多面的性格を認識することだ。本章では暴力の多面性を認識するために、便宜的に暴力を三つに分けて論じることにする。
(1)犯罪的暴力
(2)国家的暴力
(3)構造的暴力
犯罪的暴力
通常わたしたちが常識的に「暴力」とイメージする暴力現象を「犯罪的暴力」と呼ぶことにする▼3。この場合の「犯罪的」とは、法的な犯罪要件をみたすというだけでなく、大多数の人びとの非難を招くという意味で用いられる。これはデュルケムの「われわれはそれが犯罪だから非難するのではなく、われわれが非難するから犯罪なのだ」という卓抜な発想にもとづいている。
それゆえ犯罪的暴力は現代社会において正当性をもたない。しかし、それらは突発的に――特定の空間では恒常的に――発生する。それはなぜか。
宝月誠の整理によると、およそ四つの考え方[理論]があるという▼4。
(1)緊張論――特定の社会構造の緊張の圧力の下により多くさらされたものがフラストレーションに陥り、その心理的緊張の解消の一手段として、一定の機会構造によって水路づけられたとき暴力が発生する。
(2)統制論――発想を逆転して、人びとがなぜ暴力をふるわないのかを考えると、それは一定の社会的絆によって拘束されているからである。したがって、拘束する社会的絆が弱い人間は暴力にコミットしやすいと考えられる。
(3)文化的逸脱論――暴力に好意的なサブカルチャーがあって、そのなかで暴力に価値を認めることを学習した者は、その価値の追求としてさまざまな場面で暴力をふるうようになる。
(4)レイベリング論――共同体のなかで、他者が特定の人びとに「乱暴者」「ならず者」といった烙印を貼りつけ、そのようにあつかっているうち、烙印を押された当人がそのラベルにふさわしい暴力者の役割を演じるようになる。たとえば学校でたまたま友人と口論になり暴力を振るってしまった少年が、それ以後、みんなから「乱暴者」あつかいされているうちに、ますます嫌われ者になり、その反動として暴力をエスカレートしていくケースなど。
それぞれ有意義な考え方だが、最近の犯罪的暴力のケースを考えると(3)と(4)を合わせて考えるのが有効だ。宝月誠はこのあたりをつぎのように説明している。
暴力のコミュニケーション論的解読
宝月誠によると、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は、直面した「問題」を暴力によって解決しようとするが、かれらにとって無視できない「問題」のひとつは、他者の「挑戦」であるという。他者が主観的に意図していなくても、注意したり怒鳴ったり悪者のレイベリングをするだけで、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は「挑戦」と受け取ることが多い。しかし、暴力は「挑戦」されればただちに発せられるわけではない。暴力行為が現実化するには、相手に勝てるかという合理的な判断と、相手や警察などの統制者からなされるリアクショを計算してからである。もちろん不利とわかっていても暴力行為にいたる「感情暴発」の場合もあるが▼5。
これはやはり「暴力のサブカルチャー」にもとづいたコミュニケーションというべきであろう。すでにコミュニケーション論のところで説明したように、コミュニケーションの現実的な意味を決定するのは「送り手の意図」ではなく「受け手の反応」である。だから受け手のもっている解読コードが決定的に重要なのであり、その解読コードを提供する「暴力のサブカルチャー」が重要な働きをしているというわけである。
国家的暴力
犯罪的暴力は正当性をもたないが、正当性をもつ合法的な暴力も存在する。それは国家の暴力――ここでは国家的暴力と呼ぶことにする――である。
そもそも国家が合法的な暴力を所有しているというよりも、むしろ正当化された暴力を所有している組織体を国家と呼んでいるのである。これについてはマックス・ウェーバーによる明晰な国家定義がある。ウェーバーは一九一九年に出版された講演『職業としての政治』のなかで、国家についてつぎのようにのべている。「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である▼6。」だから、個人や集団は、国家の側で許された範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない。これは近代的な現象である。かつては、さまざまな集団――氏族――が、物理的暴力をまったくノーマルな手段として使用していたのだから。
この「国家によって独占された正当な物理的暴力」とは、具体的にはどういうものをさすのか。代表的なものは、つぎの三つである。
(1)戦争
(2)警察
(3)死刑
戦争・警察・死刑
戦争は個人ではできない。基本的に国家が戦争の主体である。内戦というものもあるが、それも結局国家権力をめぐる闘争であるから、本質は同じである。また、正義でない戦争もない。いずれの戦争当時国にとっても戦争は国家の正義をかけた正当なものである。ただ正義はひとつではなく、いっぱいあるところに戦争の不幸がある。
さて、戦争について科学的研究が本格的に始まったのは、じつは一九四〇年代、第二次世界大戦中のことである。「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」と考えたクインシー・ライトという国際政治学者が共同で『戦争の研究』という大きな本を著したのが最初である。それまであった戦争論はたいてい「いかにして戦争に勝つか」といった戦略論だった。戦略論にとって戦争は政治の延長であり一手段にすぎない。その意味で、戦争現象の科学的研究-とくに行動科学的研究-の歴史は浅い▼7。
つぎに、警察は、自衛隊・海上保安庁・厚生省麻薬取締官事務所とともに、ピストルやガス銃などの武器の携行使用が認められた官公庁であり、わたしたちにとっても身近な存在である。それだけにその暴力行使の実態について論ずべきところだが、警察についてはとくにまとまった社会学的研究がないので、ここでは省略せざるをえない。犯罪研究がこれだけさかんになされているのだから、警察研究についても同じだけなされてもいいのだが▼8。
さて、国家によって独占された正当な物理的暴力の第三のものとして死刑をあげておきたい。戦争と同じく、人を殺すことが正当性をもっている点に注意しておいてほしい。死刑については目下賛否両論があり、社会問題としてとりあげられることも多いので、死刑存置論と死刑廃止論の論拠について若干説明しておきたい。
死刑存置論の第一の根拠は、他者の生命をうばったことに対して自分の生命によってつぐなうというものであって、一種の応報感情にもとづいている。これは被害者およびその家族関係者の率直な感情を重視したものといえる。第二の論拠は、死刑の犯罪抑止力である。それは、死刑制度があるから犯罪のエスカレートを未然に防いでいるというものである。それに対して、死刑廃止論の論拠はつぎの六点である。
(1)人命はなにものにもかえがたいものであり、人命の尊重は絶対的であるからいかなる殺人も許されてはならない。
(2)死刑そのものが、憲法第三六条が禁じている「残虐な刑罰」にあたる。
(3)万が一、誤判(誤った裁判)で死刑が確定し執行された場合、とりかえしがつかない。現に、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のように死刑囚に対する再審公判によって一転無罪になったケースが少なくない。
(4)死刑は犯罪抑止力をもたない。
(5)生かしておいて[たとえば終身刑]刑務作業による収入で被害者賠償をさせるべきである。
(6)「自白すれば死刑にしない」として、死刑が自白強要の道具として使われる危険がある。これまでの冤罪事件においても、これがウソの自白をひきだしてきたのである。
このうち(4)の犯罪抑止力について一言。死刑が犯罪を抑止する効果があるかどうかは、じつは科学的に証明されていない。T・セリンという社会学者は、死刑制度の有無が州によって異なるアメリカの各州の殺人率を調べ、死刑制度の有無と関係がないと結論しているが、反対の結論をだす研究者もいるという。いずれにせよ、科学的に認定されたことではない▼10。
▼1 一九六八年のいわゆる「和田移植」のこと。結局検察庁は「充分な証拠がない」として不起訴処分にしている。この「事件」の経緯とその背景については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)とくに五三ページ以下参照。臓器移植のその後の展開については、後藤正治『空白の軌跡――心臓移植に賭けた男たち』(講談社文庫一九九一年)。
▼2 この論点については、宝月誠『暴力の社会学』(世界思想社一九八○年)三四-三九ページによった。
▼3 日本の犯罪状況については、間庭充幸による豊富な事例にもとづく類型学的研究を参照されたい。間庭充幸『犯罪の社会学――戦後犯罪史』(世界思想社一九八二年)。間庭充幸『現代の犯罪』(新潮選書一九八六年)。
▼4 宝月誠、前掲書一五五ページ以下。
▼5 宝月誠、前掲書一七〇ぺージの著者による要約による。
▼6 マックス・ヴェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八〇年)九ページ。
▼7 戦争研究の総合的な基本書として以下の本をあげておきたい。ガストン・ブートゥール、中原喜一郎訳『平和の構造』(文庫クセジュ一九七七年)。ガストン・ブートゥール、ルネ・キャレール、高柳先男訳『戦争の社会学――戦争と革命の二世紀(一七四〇~一九七四)』(中央大学出版部一九八〇年)。最近の決定版は、猪口邦子『戦争と平和』(東京大学出版会一九八九年)。
▼8 日本の警察の最新の実状については、大谷明宏『警察が危ない』(朝日ソノラマ一九九一年)がくわしい。また三一新書と講談社文庫にいくつかのルポルタージュがある。
▼9 菊田幸一『死刑廃止を考える』(岩波ブックレット一九九〇年)ならびに法学セミナー増刊総合特集シリーズ『死刑の現在』(日本評論社一九九〇年)を参照した。
▼10 前掲書二六六-二六七ページ。
21-2 構造的暴力と積極的平和
平和研究における平和概念
以上のような犯罪的暴力と国家的暴力は比較的みえやすい暴力である。つまり存在が公認されている。ところが、社会にはもっとみえにくい暴力も存在する。たとえばここに犯罪もなく戦争もない社会があるとして、そこに本当に暴力はないといえるだろうか。「平和な日本」といわれるけれども、現実にはけっこう「暴力的」と思われるようなことがいっぱいあるではないか、という思いにとらわれる。
たとえば、小学校の給食を全部食べ終わるまで許さないで午後も放課後も食べさせようとしたり、転校するクラスの女の子に「がんばれよ」と握手したのを校則違反[男女交際禁止]としてとがめられ職員室で殴られるとか、離婚した女性が子育てのために限られた時間で働こうとしても低賃金の仕事が多く結局水商売につかざるをえないとか、お金がないために十分な医療が受けられず命を縮めるといったこと、必要な睡眠もとらず働きつづけたために過労死してしまったのにもかかわらずデスクワークのため労災適用を認められない――これらも一種の「暴力」にはちがいないのだ▼1。
そう考えると、犯罪的暴力と国家的暴力だけでは不十分である。前章で説明した「権力作用」のレベルにみあった暴力の存在をも問題にする必要があろう。これを「構造的暴力」(structural violence)と呼ぶ。
じつはこの用語は「平和研究」(peace research)という学際的科学の基本概念である。最初にこのことばを概念として使ったのは、ヨハン・ガルトゥングというオスロの平和研究者だった。
平和というだけで「世界は一家、人類はみな兄弟」というイメージをいだく人が多いのだが、平和研究はれっきとした学際研究の一部門である。従来は国際関係論とか国際政治学がその中心的な位置を占めてきた。というのは、平和概念は常識として「戦争の欠如」「戦争のない状態」と考えられてきたからだ。ところが、第三世界などの現実をみるかぎり――たとえば南アフリカのアパルトヘイト――戦争状態ではないが、とても平和とはいえない状況がある。これをどういう形でとらえればよいのかが問題となる。
そこでガルトゥングは、従来「戦争の欠如」と定義されてきた平和概念を「暴力の欠如」ととらえなおし、暴力に「人為的暴力」と「構造的暴力」とがあり、それに対応して「人為的暴力の欠如」を「消極的平和」(negative peace)と呼び、「構造的暴力の欠如」を「積極的平和」(positive peace)と名づけた。国際政治学中心の平和研究は従来「消極的平和」を研究していたにすぎない、「積極的平和」を追求すべきだ、そのためにも「構造的暴力」を科学的に学際的に研究すべきだと主張し、平和研究の流れを大きく変えた▼2。
図式化すると――
暴力─人為的暴力←→人為的暴力の欠如=消極的平和─┐
└─構造的暴力←→構造的暴力の欠如=積極的平和─平和
その後、「構造的暴力」の概念は定着し、これによって平和研究のすそ野もぐんと広がった。社会学にとっても出番が多くなった。さらに社会学の存在意義を、以上のような「構造的暴力」をなくしていく科学研究としての平和研究――最近では「平和学」とも呼ばれる――の一環として位置づけなおすこともできる。
教育・労働・性・マスコミの現場における構造的暴力
本来、構造的暴力という概念は、第三世界の抑圧や飢餓・人権侵害などを国際的な枠組のなかでとらえなおすために提唱された概念だが、その後、この先進国日本の「一見平和だが、どうもそうでもないらしい」という側面に光を当てる概念として使われるようになってきている。たとえば、一九八五年に日本平和学会が「構造的暴力」を大会テーマにとりあげて、教育・労働・性・マスコミというそれぞれの現場の実態を報告し討論したことがあった。すでに本節冒頭でその一部を紹介したように、教育における徹底した管理が生徒と教師をともに追い込んでいくようすが、校則・体罰・人権侵害・いじめ・怠学・校内暴力の問題として語られ、他方、経営陣と労働組合の双方から締めつけられている労働者のようすが、職場八分・人事考課の問題としてとりあげられている▼3。
これらに対して一様に構造的暴力という概念をかぶせるだけでいいものか若干の問題はあるかと思うが、これらをいったん「暴力」として認識することは意義あることである。
▼1 日本平和学会編『構造的暴力と平和』[平和研究双書3](早稲田大学出版部一九八八年)に盛られた多くの事例からピックアップした。したがって、これらはすべて実話である。
▼2 Johan Galtung,Violence,Peace,and Peace Research,in:Journal of Peace Research,Vol.VI,No.3.なお平和研究の全体像については、日本平和学会編集委員会編『平和学――理論と課題』[講座平和学I](早稲田大学出版部一九八三年)。
▼3 日本平和学会編、前掲書。報告と討論がそのまま掲載されており、かえって一般の人には読みやすい。
21-3 非暴力的行動
暴力のダブル・スタンダード
社会の多層的な暴力的現実を具体的に支えているのは、わたしたち自身である。というのも、わたしたち自身のなかに、暴力的現実を正当化する論理が働いているからだ。それをここでは「暴力のダブル・スタンダード」と呼ぼう。
ダブル・スタンダードとは、集団の内部と外部とで道徳基準を使い分けることである。ウェーバーはこれを「対内道徳(Binnemoral)と対外道徳(Aussenmoral)の二元論」と呼んだことがある。この両者が区別されるのは、しばしば両者がまったく正反対を示すことが多いからだ。たとえば、夫の浮気は「甲斐性」といわれ、妻の不倫は許されずに離縁の理由とされた戦前の日本のような男性中心社会では、性行為に対する規範が男と女でまったくちがっていた。
暴力もまたダブル・スタンダードになりがちである。
暴力はいけないといいながら、現実に暴力を行使した集団に対しては、暴力で制裁することを認めることは多い。凶悪犯人は「暴力的で残忍だから死刑にすべきだ」とか、隣国に侵略した国家は「暴力的で非人道的だから総掛かりで攻撃しよう」という反応がそれだ。結局日本もこの論理で原爆を二発もおとされたことを思うと、このような発想があるかぎり、地球の平和なるものは達成されないだろう。
前章で考察した排除現象において、排除された側には、通常の基準は適用されないことが多い。排除された人びとは一種の〈異人〉として定義され、自分たちと同じ人間とみなされない。たとえば、一九八三年の「横浜浮浪者殺人事件」で、犯人の中学生グループは、浮浪者たちを一種の「汚物」とみなして「掃除」するかのように暴行した。したがって、かれらに罪の意識はなかったという▼1。同じことが、日本軍の南京大虐殺やナチスのユダヤ人虐殺、アメリカ軍のベトナム人殺りくについてもいえる。同じ人間ではないと認識することで、かれらの良心は免責され、むしろ誇りに転化してしまうのである。
非暴力的行動の意義
では、このような「暴力のダブル・スタンダード」の乗り越えは不可能なのだろうか。
原理的には不可能である。しかし、その弊害=悪循環を極少化することは可能である。それは対抗手段として「非暴力的行動」(nonviolent action)を選択することだ。ジーン・シャープによると、非暴力的行動とは「行動者が、それを遂行することを期待もしくは要求されているある事柄を物理的暴力を行使することなしに拒否するか、あるいは、それを遂行することを期待されぬか、もしくは禁止されているある事柄を、同じく暴力を行使せずに、あえて遂行するというような形での、プロテスト、非協力、および介入にかんする方法」のことである▼2。非暴力的行動は「市民的抵抗」と呼ばれることある。というのも「市民的」(civil)とは、そもそも「軍事的」に対抗することばであり、基本的に暴力の不使用を前提としているからである▼3。
暴力を使用しないからといって、非暴力的行動は、非行動でもなく無抵抗でもなく屈従や臆病でもない。それはあくまで行動することであり、闘争の手段とされる。したがって非暴力的行動は、いわゆる平和主義とは異なる▼4。
非暴力的行動の技術
どういうことが非暴力的行動なのか想像できるだろうか。非暴力的行動に関して現代のおおかたの日本人の想像力は閉ざされているのではなかろうか。そこでシャープによる非暴力的行動の方法についての集大成を借りて、それらを類型化しつつ一覧してみよう。シャープによると非暴力的行動には、あわせて一九八の方法があるという▼5。
(1)非暴力的抗議と説得(nonviolent protest and persuasion)
a 意見・異議・意志の公式表明
街頭演説、抗議や支持の手紙を書く、組織と団体による宣言をだす、署名活動、告発と意志を宣言する、集団あるいは大衆による請願活動
b 広範なオーディエンスとのコミュニケーション
抗議のスローガンや風刺マンガやシンボルをつくったり印刷したりジェスチャーする、抗議の旗やポスターをかかげる、ビラ・パンフレット・本の発行と配布、新聞と定期刊行物の発行と配布、レコード・ラジオ・テレビを通じて抗議の意志を表明する、飛行機によるスカイライティングとアースライティング[空中文字と地表文字]
c 集団によるプレゼンテーション
代表団を送って抗議と不同意を表明する、皮肉のきいた賞をつくる、ピケを張る、皮肉のきいた選挙をおこなう
d 象徴的な公的行動
グループの旗やシンボリック・カラーをかかげる、シンボルの入った服を着る、抗議をこめて祈りや礼拝をする、徴兵カードやパスポートなどの象徴的な対象物を手放す、宗教的不同意や政治的抗議をあらわすため公共の場で裸になる、自分自身の財産の破壊、抗議パレードでろうそくなどの象徴的な火をともす、指導者のポートレイトをかかげる、抗議としてぺンキを塗る、通りの名前や町の名前を新しく呼び変えて混乱させる、抗議を象徴する音をだす、象徴的な開墾、権威に対してわざと無礼なジェスチャーをする
e 個人への圧力
役人につきまとう、役人をあざける、敵対する兵士や警官と親しくなって影響をあたえる、不眠不休で監視する
f 演劇と音楽
ユーモラスな寸劇といたずら、演劇と音楽の上演、国民的・宗教的な歌を口づさむ
g 行進
デモ行進、パレード、宗教的行進[葬列をつくる]、巡礼、自動車パレード
h 死をたたえる
犠牲者の死を喪して抗議の意をあらわす、模擬葬列を組む、示威的葬列、埋葬地で誓いをたてる
i 公的集会
抗議集会や支持集会、抗議のミーティング、カモフラージュされた抗議ミーティング、ティーチイン[専門家などを招いた討論集会]
j 退出と放棄
抗議のための退場、道徳的非難をあらわす一団となった沈黙、栄典の放棄、相手に背中を向ける
(2)社会的非協力(social noncooperation)
a 特定人物の排斥
社会的ボイコット[通常の社会関係の継続を全面的に拒否すること]、選択的な社会的ボイコット[部分的]、好戦的な夫に対して妻がセックスを拒絶する、破門、聖務禁止令
b 社会的なイヴェント・慣習・制度への非協力
社会的活動およびスポーツ活動の停止保留、レセプションやパーティなどの社会的行事のボイコット、学生ストライキ[授業ボイコット]、社会的慣習や規制への不服従、社会的団体から脱退する
c 社会システムからの脱退
自宅からでない[自宅待機]、全人格的非協力、労働者の逃亡、聖域[避難所]をつくる、集団失踪、抗議の移民
(3)経済的非協力(1)経済的ボイコット(economic boycotts)
a 消費者による行動
消費者によるボイコット、ボイコットされた商品の不買、質素な暮らしを貫く、賃借料[家賃や地代など]の保留、土地や建物を借りない、国民的規模の消費者によるボイコット、国際的規模の消費者によるボイコット
b 労働者と生産者による行動
労働者によるボイコット、生産者によるボイコット[不売]
c 仲介者による行動
部品製造業者・流通業者によるボイコット
d 所有者による行動と経営
貿易業者によるボイコット、財産を貸したり売ったりするのを拒否する、ロックアウト[工場や学校の閉鎖]、産業上の支援の拒否、商人のゼネスト
e 財政資源の保有者による行動
銀行預金の引きだし、公共料金・会費・税金の支払い拒否、借金や利息の支払い拒否、資金や信用貸しの契約解除、歳入拒否、政府紙幣の拒否
f 政府による行動
国内の通商制限、対象国から貿易禁止品を輸入した貿易業者のブラックリスト作成、国際的販売者の通商制限、国際的バイヤーの通商制限、国際貿易の通商制限
(4)経済的非協力(2)ストライキ(strike)
a 象徴的ストライキ
抗議ストライキ、比較的マイナーな問題に対して短く軽いストライキ、
b 農業ストライキ
農民ストライキ、農場労働者ストライキ
c 特定集団によるストライキ
強制労働の拒否、囚人ストライキ、同業者ストライキ、専門職ストライキ
d 通常の産業ストライキ
営業所ストライキ、産業ストライキ、同盟ストライキ
e 限定ストライキ
項目別ストライキ[ある特定の業務だけを拒否]、バンパーストライキ[ひとつの産業についてひとつの企業だけがストライキに入ることによって、その企業を他の企業の競争にさらす]、スローダウンストライキ[減速減産スト]、順法ストライキ、シックイン[仮病で休む]、辞職によるストライキ、特定の周辺的業務の拒否、選択的ストライキ
f 複数産業規模のストライキ
準ゼネスト、ゼネスト
g ストライキと経済封鎖の組み合わせ
同盟休業・同盟閉店、経済的シャットダウン
(5)政治的非協力(political noncooperation)
a 権威の拒絶
忠誠の保留もしくは撤回、公的援助の拒否、レジスタンス[抵抗]を支持する文献や発言を公表する
b 政府に対する市民の非協力
国会・議会などの立法府のボイコット、選挙のボイコット[棄権]、政府機関への就職拒否、政府諸機関・諸団体のボイコット、政府教育施設からの撤退[退学する]、政府が支援する組織のボイコット、法律執行機関を援助するのを拒否する、自分の名前や住所をとりかえ混乱させる、任命された役人の受け入れを拒否する、現存制度の解体を拒否する
c 服従に対する市民の代替策
非民主的権力などにしぶしぶとまたゆっくりとしたがう、直接的指示のない不服従、全人民規模の不服従、わざとめだつ不服従、集会の解散拒否、すわりこみストライキ、徴兵と国外追放に対する不服従、身元詐称、非合法的法律に対する市民的不服従
d 政府職員による行動
政府援助者による支援の選択的拒否、命令系統と情報系統の封鎖、立ち往生させて妨害する、一般管理職の不服従、司法関係者の不服従、警官や兵士などの政府援助者によって意図的に能率を悪くして選択的に不服従する、上司・上官に対して反抗する
e 政府の国内行動
疑似法規的な回避と遅延、中央政府に対する地方政府や州政府による非協力
f 政府の国際行動
外交などの代表団の変更、外交上のイヴェントを遅延させたりキャンセルする、外交上の認定を保留する、外交関係の断絶、国際機関からの脱退、国際機関への参加拒否、国際機関からの除名
(6)非暴力的介入(nonviolent intervention)
a 心理学的介入
自分の身体を痛めつけるために身をさらす、断食、レヴァース・トライアル[訴追者と被告を反対にした逆裁判]、非暴力的いやがらせ
b 物理的介入
シットイン[すわりこみ]、スタンドイン[人種差別で入場を拒否された場所にじっと立ってその場を動かない]、ライドイン[人種差別で乗せてもらえない公共交通機関にむりやり乗ってしまう]、ウェイドイン[人種差別のため入れないビーチに入ってしまう]、ミルイン[敵対者の事務所などの象徴的意義のある場所に立ち入る]、プレイイン[慣習上入れないか閉めだされた教会に入って祈祷する]、非暴力的侵入、飛行機やバルーンによる非暴力的侵入、侵入禁止区域への非暴力的侵犯、非暴力的投入、非暴力的妨害、非暴力的占拠
c 社会的介入
新しい社会的パターンをつくる、諸機関の負担をキャパシティ以上に大きくする、ストールイン[合法的業務をできるだけゆっくりとおこなう]、スピークイン[抗議対象の場所で集会を開く]、ゲリラ・シアター、代替的な社会諸制度をつくる、独占的かつ管理的な既存のコミュニケーション・システムにかわる代替的なコミュニケーション・システムをつくる
d 経済的介入
逆ストライキ[農業従事者が過剰に働いて雇い主から給与を過剰に支払わせる]、ステイイン・ストライキ[職場にとどまったままのストライキ]、非暴力的土地占有、封鎖に対する果敢な抵抗、政治的動機にもとづいた貨幣の偽造、敵がこまるように戦略商品を買い占める、資産の差し押さえ、ダンピング、選択的にパトロンになる、代替的市場をつくる、代替的交通システムをつくる、代替的経済システムをつくる
e 政治的介入
行政システムの負担を大きくする、政府の秘密警察や秘密組織の正体を暴露する、投獄拘禁の探索、道徳的に中立とみなされる法律に対しても市民的不服従をする、協力しないで働く、並行政府の樹立
理論的根拠としての正当性根拠のほりくずし
このような非暴力的行動の技術は、すでにさまざまな社会運動に取り入れられているが、いずれも支配社会学的な理論的根拠にもとづいている。
支配の社会学のところでのべたように、支配が成立するためには「服従者の服従意欲」というものが決定的に重要である。結局人びとの支持と具体的な協力がなければ、支配は成り立たない。だから、支持と協力のシステムを断ち切るのが、もっとも大きな打撃になる。つまり、抵抗が非暴力でなければならない理論的な理由は、相手の正当性根拠をほりくずすことにある。つまり、〈自発的服従〉をコントロールすることによって、暴力現象や権力の不正義をコントロールするというパラドキシカルな方法なのである。
それに非暴力の場合、相手は暴力的手段を使いにくくなる。暴力で立ち向かってくる者たちを暴力で抑えるのはやさしいが、非暴力だとそうはいかない。よしんば暴力的手段を講じたとしても、それに正当性はあたえられない。つまり犯罪的暴力とみなされる。それは国内的にも国際的にも非難をあびて制裁を受けることになる。したがって暴力を行使する側は大きなリスクを犯すことになる。このことに関しては、近年にわかに大きな動きをみせた東ヨーロッパ・中国・旧ソ連などの場合を比較してみるといいだろう。
いずれにせよ、社会のなかのさまざまな暴力――すなわち犯罪的暴力・国家的暴力・構造的暴力――に対して、無気力・無抵抗でいることは、じつは暴力に支持をあたえることにほかならない。たとえば選挙で棄権することは、往々にして、保守政権に支持をあたえるのと同じ働きをする。犯罪的暴力に対して泣き寝入りすることも同じであるし、公害企業の商品を買い続けることも、結局暴力現象に正当性を付与することになる。
その意味では、非暴力的な社会運動によってしか、こうした暴力は封じられないし、構造的暴力としてとらえられたさまざまな現象もなくならないだろう。そこに非暴力的社会運動の可能性が存在するわけであり、これは、ヒロイズムやロマンティシズムやセンチメンタリズムから脱却して社会学的に自己認識することから始まるのである。
▼1 間庭充幸、前掲書二〇二-二〇四ページ。赤坂憲雄『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)第2章「浮浪者/ドッペルゲンガー殺しの風景」参照。
▼2 G・シャープ、小松茂夫訳『武器なき民衆の抵抗――その戦略的アプローチ』(れんが書房新社一九七二年)六八ページ。
▼3 G・ウッドコック、山崎時彦訳『市民的抵抗――思想と歴史』(御茶の水書房一九八二年)。
▼4 シャープ、前掲訳書六八ページ。
▼5 Gene Sharp,The Polifics of Nonviolent Action,Boston,1973.Part Two:The Methods of Nonviolent Action.全三巻全九〇二ぺージの大作であり、この分野についての理論的歴史的研究の代表的存在といっていいものだが、残念ながら邦訳はない。なお、以下の各項は相互に区別されるが、定義の水準はまちまちである。たとえば、ある項がその前の項の特殊事例であることがある。なお『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)非暴力』(現代書館一九八七年)で阿木幸男が、このうちの半分の項目について紹介しており参照した。
増補
犯罪を社会学する
近年、一般には理解しがたい少年犯罪が続出し、その社会的文脈に関心が集まっている。一般に時代背景と呼ばれているものは、その時代の若い人には自明であっても、少しでも時間がたつと、とたんにわからなくなるものである。戦後日本の未成年者の犯罪を類型化し、社会学的に背景をたどったものとして、この分野の第一人者による、間庭充幸『若者犯罪の社会文化史――犯罪が映し出す時代の病像』(有斐閣一九九七年)がある。日本の犯罪史を学ぶのにちょうどよい本である。
それに対して、鮎川潤『犯罪学入門――殺人・賄賂・非行』(講談社現代新書一九九七年)は、犯罪をタイプごとに整理した犯罪社会学の入門書。殺人・薬物犯罪・性犯罪・企業犯罪・少年非行についての説明のあと、司法制度の問題と被害者学の必要性について論じている。
犯罪社会学とまったく別の手法で少年犯罪の社会的文脈を考察したものとして、宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)と、宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)もあげておきたい。フィールドワークを駆使した理解社会学ともいうべき手法で問題に迫るこの二著には、じつに多くの分析アイデアがふくまれており、書き下ろしによる今後の精緻な分析を期待したいところ。
じっさい、不可解な若者犯罪が生じるたびに「心の教育」が叫ばれるという、日本の「アドミニストレーター」たちの分析力のなさにあきれる日々が続いている。自省能力の欠けたモラル・パニックの悪循環を断ち切るためには、有無を言わさぬ完璧な分析を突きつけるしかない。
性暴力とセクシュアル・ハラスメント
性暴力事件やセクシュアル・ハラスメント事件は、被害者が男性の場合とまったく異なる経緯をたどる。被害者の落ち度が問われやすいのである。そのため、被害者は加害者の犯行を証明する過程において、いわゆるセカンド・インジュアリー(もしくはセカンド・レイプ)を受けるはめになる。
日常的なセクシュアル・ハラスメントの場合も、同様に女性被害者を(男性加害者を、ではなく)ジレンマに取り込む。女性被害者にとっては深刻な「セクシュアル・ハラスメント」として定義される行為であっても、それを抗議する(最終的には訴訟にいたる)者には、「たんなる別れ話のもつれ」ではないか、あるいは女性側の「被害妄想」や「自意識過剰」ではないかとの疑惑がたえずかけられる。この解釈変更要求への圧力は強力である。たとえ職場の上司が雇用や昇進を理由にして脅迫的にセクシュアル・ハラスメントにおよんだとしても、そのさい女性被害者がその場で命をかけての抵抗をしていないと見なされると、即座にそれが「納得づく」の行為と解釈されてしまう[江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(勁草書房一九九一年)。江原由美子「セクシュアル・ハラスメントのエスノメソドロジー――週刊誌にみる解釈の政治学」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。この解釈変更圧力によると、被害者が被害者と社会的認定を受けないばかりか、加害者男性こそ「被害者」であるとの解釈さえ生じてしまう。抗議することさえ正当なものと認められないという、当事者にとってはまことに不条理な事態がここに生じるのである。
この問題については、スーザン・グリフィン『性の神話を超えて――脱レイプ社会の論理』幾島幸子訳(講談社選書メチエ一九九五年)参照。具体的事件を取材したルポルタージュとしては、宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』(朝日文庫一九九三年)がある。
死刑
日本の死刑制度は相変わらず続いている。むしろ近年は政治的な配慮から積極的に執行がなされているようだ。死刑執行は一般には非公開であるため、ややもすれば抽象的な印象を結びがちであるが、やはり人が人を殺すことの生々しさは知っておきたい。大塚公子『死刑執行人の苦悩』(角川文庫一九九三年)は、死刑執行者の心理的葛藤を取材し、かれらを国家の犠牲者として描いたルポ。これを読むと、死刑制度を存続させるというのであれば、少なくとも死刑執行に法務大臣か最終審の裁判長が立ちあうべきだとの感想を抱く。
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4月 12017

社会学感覚18音楽文化論

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社会学感覚
18 音楽文化論
18-1 合理化の産物としての近代西欧音楽――歴史社会学的視点
合理化・聴衆・複製技術・消費文化
文化論の最後のテーマとして音楽をとりあげたい。文化的営みである芸術活動のうちのひとつのサンプルとして――あるいは例題として――とりあげてみようというわけだ。
おそらく社会学という科学のなかに「芸術社会学」や「音楽社会学」という分野があることに、意外な感じを受ける人がいるかもしれない。しかし、たとえばジンメルは『レンブラント』という本まで公にしているし、ウェーバーもまた「音楽の合理的・社会学的基礎」通称「音楽社会学」という大きな論文を残している。また、フランクフルト学派にはベンヤミンやアドルノといった非常に芸術に造詣の深い社会学者がいて、多くの著作によって芸術学・美学・音楽学の研究者に大きな影響をあたえてきた。本章では、これらの古典的な研究を紹介するとともに、本書の文化論のシフトである現代の消費文化についても考察していきたい。
キーワードは四つ。合理化・聴衆・複製技術・消費文化である。これらを軸に、音楽現象・音楽文化について歴史的に話をすすめていきたい。ブレヒトのいう「歴史化」を音楽現象について試みたいと思う▼1。歴史化といっても、タイムスパンをどうとるかによって、ずいぶんみえてくるものがちがってくる。はじめに「歴史的過程のなかの近代」というスケールでとらえ、つぎに「近代内部の変化」、さらに「二十世紀」、最後に「現代」というスケールでみていくことにしたい。四つのキーワードは、この四つのスケールに対応している。
ウェーバーの合理化論
音楽はあらゆる時代・あらゆる民族において発展した普遍的な営為だ。しかし、音楽に関して近代西欧においてのみ生じた特殊なことがある。それは独特の〈合理化〉である。
ウェーバーは『宗教社会学論集』の有名な「序言」のなかで、つぎのように問うている。要約すると「なぜヨーロッパ以外の地では、科学・芸術・国家・経済の発展が、西欧に特有の合理化の道をたどらなかったのか」-この「西欧に特有の合理化」のことをウェーバーが「呪術からの解放」とも呼んでいたことは前章でもふれた。ウェーバーは、この西欧に特有な合理化」の結果生まれたものとして、つぎのようなものをあげている▼2。
経済における資本主義的企業――形式的に自由な労働・合理的経営形態・家政と経営の分離・合理的な簿記
行政における官僚制組織
国家における議会制度・憲法・合理的法体系
学問における近代自然科学――数学的な表現と基礎づけ・実験による検証・組織的研究の場としての大学
芸術における市場向け生産物――文学出版物・雑誌・新聞・劇場・美術館
絵画における遠近法
音楽における和声音楽[対位法・和音和声法]
以上の諸現象は今日わたしたちにとって自明な――それゆえ普遍的にみえる――ものばかりだが、じつはいずれも近代西欧にのみ発生した、歴史的にみてきわめて特殊な現象なのである。そこには独特の〈合理化〉が一様にみられた。
西欧音楽の合理化
晩年のウェーバーの関心は、西欧近代社会がたどった合理化過程に集中しており、かれの未完の草稿「音楽の合理的社会学的基礎」(通称「音楽社会学」)もその視点につらぬかれている▼3。
さしあたりウェーバーの関心は西欧音楽独自の音組織にあった。具体的には、合理的和声と調性である。和声音楽はトニック・ドミナント・サブドミナントの三つの三和音の組み合わせによって構成される。これは近代西欧音楽独特のものである。これを可能にするのはオクターブ空間の均質的な構成である。つまり十二平均律である。これがあってはじめて自在な転調が可能になり、和声音楽の表現力は飛躍的に高まる。ところが、じつは自然に聞こえる和音にもとづいて調律すると、オクターブがあわないのである。音響物理学ではこれを「ピュタゴラス・コンマの問題」と呼ぶ。このさい近代西欧音楽は聴覚上の調和よりも十二音の間隔の均一化を選択する。つまり、よく響くが音楽的ダイナミズムに欠ける純正律ではなく、聴覚上若干の不協和があるが自在な音楽表現を保証する平均律を選ぶのである。J・S・バッハの「平均律クラヴィーア集」(第一集)は、その転換点を刻印する作品だった。
以上の西欧独特の音組織は、他のさまざまな要素と連動していた。第一にあげなければならないのは記譜法の成立である。西欧以外の伝統的音楽はいずれも精密な楽譜を発達させなかった。五線符に音楽をく書く記譜法は、もっぱら〈演奏する〉活動だった音楽を「書く芸術」に変化させた。ここではじめて作曲家と演奏家が分離し、〈音楽を書く人〉としての「作曲家」が誕生することになる。第二に、楽器とくにピアノにいたる鍵盤楽器の発達が関係する。鍵盤楽器が他の諸楽器と異なるのは、調律を固定しなければならないことである。とりわけピアノは純正律から平均律への転換に大きな役割を果たした。
もちろん、宗教をはじめとするあらゆる文化現象がそうであるように、音楽現象も、非合理的で神秘的な性質をもつ。じっさい、いわゆる民族音楽としてわたしたちが知っている多様な音楽のほとんどは、もともと非合理的で神秘的な性質をもっている。しかし、近代西欧音楽は、しだいに非合理性と神秘性を溶解させ、独特の合理化を果たすのである。ウェーバーの歴史社会学は、その合理化が、ひとり音楽のみならずあらゆる社会領域において浸透していった壮大な潮流のひとつの支流であることを教えてくれる。
▼1 ブレヒトの「歴史化」については2-2参照。
▼2 「宗教社会学論集序言」マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)。なお、ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八一年)第二章およびディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)一五九ページ以下参照。
▼3 マックス・ウェーバー、安藤英治・池宮英才・角倉一朗訳『音楽社会学』(創文社一九六七年)。くわしい解説が訳注として付された親切な訳本だが、本文前半に音響物理学を利用した非常に難解な部分があり、直接これを読んで理解できるのは、そうとう音楽理論と数学の得意な人ではなかろうか。そこでこの本に付せられた安藤英治の解説「マックス・ウェーバーと音楽」をはじめとして以下の解説を参照した。ディルク・ケスラー、前掲訳書。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。吉崎道夫「ウェーバーと芸術」徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。吉崎道夫「非合理と合理の接点にあるもの――ウェーバーの『音楽社会学』を廻って」『現代思想』一九七五年二月号。勝又正直「M・ヴェーバーの『音楽社会学』をめぐって」『社会学史研究』第九号(一九八七年)。ウェーバーの音楽社会学はウェーバー研究の文脈では年々その重要性が評価されているようだが、一般には社会学として継承されていない。このあたりの事情については、アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー-影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)参照。
18-2 近代的聴衆の誕生――オーディエンス論的視点
「音楽の正しい聴き方」
つぎに近代西欧音楽の展開過程の内部における変化をみていこう。とくにウェーバーが見落としていた――突然の死によって不可能になった?――問題を中心にみていこう。それは音楽の受け手の態度である▼1。
わたしたちが「クラシック」として知っている近代西欧音楽は、かつて、どのように聴かれたのだろうか。現代なら、静まりかえった客席で古典的な名曲を一心に聴きいることが聴衆の〈あるべき姿〉とされている。こうした禁欲的な聴き方を「集中的聴取」と呼び、このような聴き方をする規範的かつ倫理的な聴衆のあり方を「近代的聴衆」と呼ぶ。きまじめな集中的聴取を理想的に実現するために、禁欲的な「演奏会のモラル」がつくられ、ホールも外の音を完全にシャットアウトして作品理解と関係ない音をできるだけ排除する。そして演奏中に客席の照明をおとすのも、作品にじかに向きあって集中できるようにする配慮である。こうして演奏会場は、隔離された特権的な空間になる。このような場で行われる聴取はきわめて個人的な体験である。これが「音楽の正しい聴き方」とされてきた▼2。
十八世紀音楽の聴かれ方
ところが、このような「集中的聴取」をおこなう「近代的聴衆」というあり方がヨーロッパで定着したのは、それほど古いことではなく、じつに十九世紀なかごろの話だという▼3。
では、それまではどうだったかというと、演奏会はまさに社交の場であって、まじめに音楽に耳を傾けようというのはごく少数派。ほとんどは楽しければそれでよいという人びとだったという。渡辺裕の紹介するエピソードによると、歌詞が聞きとれないので歌詞を印刷したプログラムを配ったとか、パイプの煙で指揮をするのがたいへんだったとか、気晴らしにトランプで遊んでいたとか、会場に犬を連れてきたり、目立とうとする女性たちがわざと遅れて入ってきたりしたという▼4。
これは当時の音楽が基本的に貴族階級の内輪のパーティという性格をもっていたからである。「音楽とは一心に耳を傾けて鑑賞するものだ」という共通了解が成立するのは十九世紀になってからである。これは、音楽文化の担い手が貴族から市民層に移行したというのがその変化の大きな理由である。産業革命と市民革命を通じて富と権力をもった市民層が演奏会を支えるようになったため、演奏会は「社交の場」であることをやめて「純粋に音楽を聴きたい人の集まる場」になった▼5。「芸術」という概念が成立したのも、ちょうどこのころである。それまで、絵画・演劇・音楽・文芸・建築という営みは「わざ」であり、それを司る人は「職人」だった。ところが十八世紀後半から十九世紀にかけて「芸術」となり「芸術家」とみられるようになった。「独創性」とか「作品」とか「天才」といった常套句が使われるのも、このころからだという。こうした流れのなかで、バッハが敬けんな宗教音楽家としてまつりあげられ、スカトロジーの大好きなあのアマデウスが神童モーツァルトに変身し、ベートーベンが「苦悩の人」として神格化され伝説が生まれた▼6。
こうしてみると、十九世紀はその前後とくらべてきわめて異質な世紀だったといえよう。〈近代〉が、音楽にかぎらず経済や家族などあらゆる社会領域にわたって確固たる基盤をつくったのがこの世紀であることは、〈脱近代=ポストモダン〉を迎えつつあるといわれる現代にあって、留意しておいてよいことである。
▼1 この問題については、おもに音楽学者によって散発的に研究がすすめられてきたようだが、最近になってマーラー研究家の渡辺裕が『聴衆の誕生――ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社一九八九年)においてそれらを集大成している。本節以降の議論は、おもにこの本に依拠しつつ、社会学的考察を加えたものである。
▼2 渡辺裕、前掲書五八-六四ページ。
▼3 前掲書一九-二〇ページ。
▼4 前掲書八-一〇ページ。
▼5 前掲書一四-二二ぺージ。
▼6 作曲家の偶像化については、前掲書二二-五七ぺージ。
18-3 複製技術時代
一九二〇年代
十九世紀的な「近代的聴衆」による「集中的聴取」という音楽とのかかわり方がくずれてくるのは二十世紀初頭、正確には一九二〇年代である。
では、この時代になにがおこったのか。
この時代、じつは自動車・飛行機・冷蔵庫・摩天楼など高度な科学技術がいっせいに開花した時代なのである。そして音楽にとって重要なのは、なかでも「複製技術」の出現である。具体的には、ラジオ放送の開始・蓄音器の発達とくに電気録音技術の完成・自動ピアノ[再生ピアノ=演奏家の演奏をそのまま紙のロールに記録して再生するピアノ]の流行などが二〇年代いっせいに花開く。ちなみに写真・映画の隆盛もこのころからである。
ヴァルター・ベンヤミンは、この時代から本格的にはじまった新しい文化の時代を「複製技術時代」と呼んだ▼1。
複製技術時代の芸術作品
ベンヤミンは、それまでの芸術体験がもっていた特性を「アウラ」(Aura)と呼んだ。「アウラ」とは「一回起性」または「一回性」という意味で、「〈いま〉〈ここ〉でしか体験できないこと」「オリジナルならではのなにものか」といった感じだ。かれは「アウラ」を「どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象」と定義する▼2。いいかえると、アウラは独自性と距離と永続性の三つの次元をもつ。たとえば、ミロのヴィーナスのように、それは他にかえがたいものであり(独自性)、それゆえ身近なものとはなりえない(距離)。しかもそれは時間を超越して人びとの心をうつ(永続性)。
複製技術時代以前の音楽作品の場合、「アウラ」はどのようなものか。ザィデルフェルトはそれをつぎのように説明している。かつて音楽の愛好家が好きな作品に接するチャンスは非常に少なかった。「したがって、音楽を聴きに出かけるということは、気分を浮き浮きさせるような体験(独自性)だったに違いない。そしてその体験は、記憶のなかで、以前聴いた素晴らしい演奏と容易に結びつけられたことだろう(永続性)。さらに、その音楽を本当に知るようになる、つまり心に焼き付けておくための唯一の方法は、楽譜(たいていはピアノ用に編曲されていた)を購入して、あれこれピアノで弾いてみることだけであった(距離)▼3。」
ところが、写真・映画・蓄音器などの複製技術は、絵画・演劇・演奏会のもっていた「アウラ」を完全にうしなわせた。だから、ベンヤミンは、複製技術時代における芸術の特徴は「アウラの喪失」であるとし、もはや芸術作品は礼拝のように鑑賞されないと論じた▼4。
音楽作品の場合、一九二三年に売り上げのピークを迎えるロール式の自動ピアノが、ひとつの複製技術時代の幕を開いた▼5。一方、マイクロフォンによる電気録音技術が一九二四年にベル研究所によって開発され、翌年大手のレーベルからレコードが発売された。またラジオも一九二〇年に民間放送がはじまり、爆発的な人気をえたという▼6。
このような複製技術時代のはじまりとともに音楽の受け手も、もはや十九世紀的な「集中的聴取」をする「近代的聴衆」ではなくなった。音楽はもっと日常的なものになった。ベンヤミンのことばを借りると「散漫な受け手」によって、音楽が消費されるようになったのである▼7。
音楽の変容
渡辺裕の指摘によると、こうした新しい聴き方に当時いち早く敏感に対応した作曲家が、最近ブームになったエリック・サティだった。サティの提唱した「家具の音楽」は、たとえば「県知事の執務室の音楽」とか「音のタイル張り舗道」といったタイトルが示すように、要するにコンサート・ホールで芸術作品として演奏される音楽ではなく、BGMとして日常の環境のなかで耳にする音楽である。しかも、今日のミニマル・ミュージックのように短いモチーフを何回もくりかえすというもので、まったく新しい聴取のあり方を先取りしたものだった▼8。
一方、複製メディアに適合した音楽形態として、このころ隆盛したのが、ブルースやデキシーランド・ジャズ、ささやくように歌うビング・クロスビーなどのいわゆる「ポピュラー音楽」だった。ラジオとレコードによってポピュラー音楽は大衆の人気を博した。これ以降、音楽の生産と消費の構図は一変することになり、わたしたちにとってなじみ深い身近な音楽が豊富にあふれる時代になる。
▼1 ヴァルター・ベンヤミン、高木久雄・高原宏平訳「複製技術時代の芸術作品」ヴァルター・ベンヤミン著作集2『複製技術時代の芸術作品』(晶文社一九七〇年)。
▼2 前掲訳書一六ページ。
▼3 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)六八ページ。
▼4 ベンヤミンの論じた「アウラの衰退・喪失」は、ウェーバーの論じた「カリスマの日常化」とよく似ている。前掲訳書六一-六三ぺージ。ザィデルフェルトは、このなかで「アウラの衰退」を売買行為や商品に拡大して論じている。それによると、小規模生産販売をモットーとするブティックや自然食品販売店、またコックのカリスマ的腕前を売りものにする小さなレストランは、アウラの喪失した消費社会のなかでアウラを回復しようとする試みと位置づけることができるという。前掲書六七-六八ぺージ。
▼5 渡辺裕、前掲書七五-八八ページ。
▼6 このあたりのくわしい事情については、細川周平『レコードの美学』(勁草書房一九九〇年)七七ページ以下参照。
▼7 ベンヤミン、前掲訳書四三-四四ページ。
▼8 渡辺裕、前掲書一〇七-一〇九ページ。
18-4 消費社会における音楽文化
戦後の音楽状況――テクノロジーと若者文化
一九二〇年代における複製芸術の誕生を大きな転機に、音楽の聴かれ方・演奏され方が変わった。大枠としては、これが現代の通奏低音だと考えていいだろう。ただ、その後のめざましいテクノロジーの発達と社会意識の変化によって、音楽のあり方は幾度も変遷を重ねている。ここでは第二次世界大戦後にしぼって概観し、そののちにさらに八○年代日本の音楽状況をくわしくみてみよう。
戦後の音楽状況を語る上で欠かせないファクターがふたつある。テクノロジーの発達と若者文化(ユース・カルチャー)がそれである。
一九二〇年代以降の複製技術時代の音楽にとって技術的な側面は音楽の重要な構成要素になった。戦後の大きな変化としては、五〇年代のテープ録音技術とハイファイステレオ、八○年代のヘッドフォンステレオとビデオとCDが画期的な変化をおよぼした。八〇年代のテクノロジーについては後述するとして、ここではテープ録音技術の影響についてみておこう。発達したテープ録音技術によって、長時間録音が可能になっただけでなく、演奏録音後に自由に切ってはりあわせることもできるようになり、重ねどり(サウンド・オン・サウンド)も可能にした。コンサートの音をオリジナルとする考え方はすでにストコフスキーによって破られてはいたが、この段階で、オリジナルとコピーの区別は完全に無意味になったといってもいいだろう。テープ操作による音楽創造は六〇年代なかごろのビーチ・ボーイズのシングル「グッド・ヴァイブレーション」およびビートルズのLP「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」によって決定的な高みにいたり、ポピュラー音楽に定着することになる。ビートルズがコンサートをしないと宣言した前年の一九六五年、クラシック界でもピアニストのグレン・グールドが「コンサート・ドロップアウト」を宣言し、テープ編集を駆使したスタジオ録音を音楽活動の中心にしている▼1。
若者文化の変遷
さて、テクノロジーとならんで音楽状況を変えた大きな要素は若者文化(ユース・カルチャー)である▼2。とりわけ一九六〇年代の「対抗文化(カウンター・カルチャー)の爆発」が今日の音楽文化の基盤をつくったものとして重要である。
戦後日本の若者文化の流れを大ざっぱに確認しておこう▼3。
(1)一九五〇年代――戦後民主主義や社会主義革命といった理念が絶対的なものとして成立していたので、若者のエネルギーは建設的な方向に向かっていた。→まじめ
(2)一九六〇年代――民主主義や社会主義という理想が、ベトナム戦争や中ソ対立そしてチェコ事件などで神話がくずれる。→反抗
(3)一九七〇年代――連合赤軍事件に象徴される政治的挫折によって「反抗」のエネルギーが消滅する。→シラケ
(4)一九八〇年代――価値の相対化・多様化に対応して、従来の常識にとらわれないフレキシブルな感性。→スキゾ
このうち六〇年代後半は世界的なムーブメントとして大学紛争が多くの大学をゆるがした時代として記憶されているが、従来の中心文化に対抗する文化が異議申し立てし自己主張した重要な転換期だったといえよう。アメリカに即していえば、男性中心文化に対する女性解放運動、白人中心文化に対する黒人の公民権運動、アメリカ帝国主義政策に対するベトナム戦争反対運動などがある。日本でもこれらに呼応する運動がさかんになり、また反公害運動も堰を切ったように大きな潮流になった。そして若者文化が大人の中心文化に対して自己主張――反抗――するのもこの時期である。
六〇年代を通じて日本ではジャズやロックそしてフォークが若者に定着しはじめた。とくにロックは、成立当初「反抗」というメッセージをジャンル自体が色濃くもっていたため、若者の圧倒的な支持をえた。ビートルズやローリングストーンズを皮切りに、つぎつぎと新しいコンセプトをもったグループが聴かれた。このあたりから、若者の表現手段は、文学から音楽にシフトを変えるとともに、当初「反抗文化」として自己主張していた若者文化そのものが、しだいに消費社会の中心的位置に移っていく。そして「音楽化社会」とも呼ぶべき状況が日本に成立することになる▼4。
一九七〇年代音楽の転回
六〇年代がシフト転換期だとすると、七〇年代は音楽の「サウンド志向」への転回期といっていいだろう▼5。
もちろん音楽はサウンドそのものである。しかし、ポピュラー音楽の場合、音楽はことばと密着していることが多かった。しかし、七〇年代の若者たちに支持された音楽は、そうした意味を喪失する方向に転回していき、そのかわりサウンド性(たとえばノリ)を強めていく。たとえば歌謡曲についてみれば、六〇年代までの心情告白型歌詞が、七〇年代の阿久悠の映像的歌詞によって心情的意味をうすめていく。また、六〇年代後半のプロテストソングの場合に重視された公共的なメッセージ性は、七〇年代前半にブームになった「四畳半フォーク」できわめて私生活的なものにかわっていく。このころ、ロックといえば洋楽であり、ロックは英語と決まっていたが、そのころ試みられていた「はっぴいえんど」の日本語ロックが、七〇年代後半ユーミンなどの「ニューミュージック」として開花し、一九七八年にデビューする「サザンオールスターズ」のごろあわせ的歌詞によって完成したとみていいだろう。同時にアレンジの技術も進み、ポピュラー音楽全体の「サウンド志向」が進行した▼6。
一九八○年代日本の音楽状況
〈近代〉という歴史的視野から徐々に焦点をしぼって音楽のあり方について考察してきたが、最後に、わたしたちがともに体験してきたこの十年あまりの音楽状況のいくつかの特質について概観することにしたい。とにかくこの十年あまり――ここでは一九八○年代としておく――に音楽をめぐって生じたことは多く、しかも多様である。複線的変化といってもよい。おそらくこのこと自体が、小川博司のいう「音楽化社会」あるいは「音楽する社会」たるゆえんであろうし、基調としての消費社会の成熟を物語っている。複線的変化のいくつかをひろってみよう。
(1)聴取スタイルの選択肢の拡大――一九七九年に発売された「ウォークマン」とカーステレオの普及と高級化によって、移動しながら選択的に音楽を楽しむことが容易になった▼7。他方で、環境音楽やサウンドスケープ[音の風景]のように、聴くのでなく空間を演出するための音楽も一般的なものになった。CDによって、レコードとはくらべものにならないくらい手軽にあつかえて、しかも高音質のメディアが登場し、またビデオやレーザーディスクによってヴィジュアルな楽しみ方ができるようになった。要するに、聴取の選択肢がぐんと広がったわけである。
(2)参加型音楽行動の増加――パッケージされた音楽をただ聴くのではなく、自分自身が歌い演奏することが格段にふえた。日本がピアノの生産世界一だというとおどろくかもしれないが、世界で年間に生産されるピアノの三割がヤマハとカワイによって生産されている▼8。また「カシオトーン」以後の電子キーボードもイージープレイによって、ピアノの弾けない中年男性を中心にブームになった。そして忘れてはならないのがカラオケブームとバンドブーム(イカ天ブーム)、そして年末恒例の「第九」合唱ブームである。これらさまざまな「プレイ志向」の具体化によって、もはや音楽は「聴く」ものから「する」ものになった▼9。
(3)広告音楽の展開――広告音楽の歴史は一九五一年の民間放送開始とともにはじまるが、当初は広告音楽と流行歌はまったく別の世界をつくっていた。それがしだいに融合し、七〇年代半ばに「イメージソング」として結晶した。つまり「CMソングからイメージソングヘ」という流れである。イメージソングは「ある企業や商品のコンセプトを表現しているが、企業名や商品名が歌詞の中に入っていない曲で、広告音楽として使用され、かつレコードとして市販されている曲」のこと▼10。一九七五年以来の資生堂とカネボウの化粧品広告キャンペーンから盛んになった。一時、歌謡曲のヒットのほとんどがイメージソングだったときもあったが、一九八五年あたりから下火になり、その後は多様化の方向にある。
(4)クラシックブーム――ひとつのピークは、なんといっても一九八七年にニッカのCFに映画「ディーバ」のイメージで出演したキャスリーン・バトルの爆発的人気だった。その前後からウィスキーや高級車のCFにクラシックがヨーロピアンな高級感を付加するのに用いられるようになっていた。なかにはブーニンのアイドル化など日本ならではの現象もあったが、むしろサントリーホールなどのクラシック専門ホールの誕生が、クラシックをオシャレなものに転換したとみることができる。おりしも円高による外タレラッシュで、クラシック界の大物やオペラの引越し公演がさかんにおこなわれた。他方、マニアのなかではマーラー・ブームやオペラ・ブーム、そしてオリジナル楽器演奏ブームがあるが、これにはCDやレーザーディスクなどのデジタル技術によって微妙な音色や演奏の再現が可能になったことが背景としてある▼11。
(5)メディアミックスによるアイドル現象――八〇年代はアイドル復権の時代といわれる。いわゆる「八二年組」のアイドルたち、「おニャン子クラブ」、ジャニーズ系アイドル集団など。かれらは歌手としてだけでなくミスコンやテレビドラマあるいはバラエティ番組・映画など複合的なメディアミックスによって成功した。そして重要なことだが、その過程のなかでアイドルはもはや歌手である必要がなくなってしまった。とりわけ「おニャン子クラブ」は、大量のアイドルを送りだしただけでなく、ヒットチャートを形骸化させ、フジテレビ以外の局への出演拒否と賞レース辞退によって各種歌謡番組と音楽祭を完全に権威失墜させた点で特筆すべき存在になった▼12。
(6)企業の文化戦略としての音楽――従来、新聞社の専売特許だった文化事業も近年になって「メセナ」(mecenat)として企業にもその重要性が認識されつつあるが、音楽については、サントリーホールや東急ブンカムラのように本格的なコンサートホールをつくったり、企業の名前を付したいわゆる「冠コンサート」、財団による振興事業などの形態がある。とくに音楽イベントはスポーツ・イベントとならんで、その広告効果が大きく、八○年代「冠」でない外タレコンサートを探すのに苦労するくらいだ。これは音楽イベントがねらった層にねらったタイミングで的確にアピールできる特質をもっているからである▼13。
さて、音楽化する社会の基本条件として吉井篤子は「先端技術とコマーシャリズムと感性」の三つをあげている▼14。三つの要素がいわば三位一体となって今日の音楽化社会を構成しているということだ。今世紀初頭ウェーバーの指摘した合理化の潮流は非合理的な感性を突出させながら、なおも進展しているように思われる。
▼1 テープ録音技術とステレオについては、細川周平、前掲書八六-一〇七ページ。グールドについてはかれ自身がいくつも文章を書いているが、その音楽史的評価については、渡辺裕、前掲書一三七-一四六ページ。グールドのメディア論は、つぎの本にまとめられている。ティム・ペイジ編、野水瑞穂訳『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』(みすず書房一九九〇年)。とくに「レコーディングの将来」を参照されたい。
▼2 「青年文化」とも訳される。
▼3 稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)七一ー七三ページによる。
▼4 小川博司『音楽する社会』(勁草書房一九八八年)三六ページ以下。
▼5 前掲書「2サウンド志向」。
▼6 以上、小川博司、前掲書による。
▼7 このふたつについてのくわしい分析として、細川周平『ウォータマンの修辞学』(朝日出版社一九八一年)。また、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)「2オーディオ・メカのミクロコスモス」。
▼8 桧山陸郎『楽器産業』(音楽之友社一九九〇年)二〇五ページ。
▼9 吉井篤子「現代人の音楽生活」林進・小川博司・吉井篤子『消費社会の広告と音楽――イメージ志向の感性文化』(有斐閣一九八四年)一六八-一七三ぺージ。
▼10 小川博司「イメージソング現象の分析」前掲書六〇ページ。なお、この本の「I広告音楽の展開」のなかで小川博司は広告音楽の歴史と分析について詳細に論じている。
▼11 長木征二「あなたはブーニンを覚えていますか?」『エイティーズ[八○年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)参照。くわしくは、渡辺裕、前掲書一七六ページ以下参照。
▼12 以上、高護・榊ひろと「おめでとう、さようなら」前掲書による。なお、アイドル現象については、稲増龍夫、前掲書と小川博司、前掲書が社会学的にくわしく分析している。
▼13 吉井篤子「企業の文化戦略としての音楽」林進・小川博司・吉井篤子、前掲書一八七-二二四ページ。
▼14 吉井篤子「現代人の音楽生活」前掲書一七七ページ。
増補
音楽社会学入門
文化研究が社会学の研究対象に浮上して久しい。けれども、マスコミ論や若者論の本をのぞくと、八〇年代までの社会学教科書で音楽に一章をさいたものはほとんどないはずである。しかし、現代文化を考える上で音楽を議論に乗せることはむしろふつうのことになっている。日本の社会学(者)がそれを不得意にしてきただけなのだ。
その意味では、長らく音楽社会学についてのやさしい入門書が待たれていた。九〇年代になってようやく、北川純子『音のうち・そと』(勁草書房一九九三年)が登場して、音楽社会学にも「最初に読んでほしい本」ができた。短いものだが、音楽社会学の歴史と理論が整理されている。この中で北川は、ハワード・ベッカー『アウトサイダーズ』村上直之訳(新泉社一九七八年)を音楽家集団の研究例として指摘しているが、なるほどこれも音楽社会学の研究対象である。それなら、D・サドナウ『鍵盤を駆ける手――社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』徳丸吉彦・村田公一・卜田隆嗣訳(新曜社一九九三年)も音楽社会学への重要な貢献といえよう。
本編の音楽文化論で私が構成の枠組みとして準拠した渡辺裕の聴衆論は、その後、増補版がでている[渡辺裕『聴衆の誕生――ポスト・モダン時代の音楽文化【新装増補】』(春秋社一九九六年)]。渡辺は最近、これまで音楽で使われてきた「機械」に着目して、渡辺裕『音楽機械劇場』(新書館一九九七年)を書いている。これは音楽メディアの社会史ともいうべきジャンルの存在を示唆するものであり、メディアをあえて「機械」と呼んでいるように、それらの多くは今日の視点から見るとあまり「あたりまえのメディア」らしくないのである。この分野の社会史的アプローチの可能性を感じさせる。
クラシック系にくらべてポップ系は研究伝統も浅く、オタク的な「好きもの分析」や評論はそこそこできても、社会学的な分析となると相当むずかしいように思う。未開拓のテーマや手法も多い。三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』(音楽之友社一九九〇年)は、高水準の研究に何が必要かを示唆してくれるアンソロジー。音楽学という括りの本だが、内容的には社会学への言及が随所に見られ、音楽社会学へ向かわざるをえない素材であることを感じさせる。
九〇年代日本の音楽状況
日本の音楽状況については、第一人者の小川博司が『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社一九九三年)を書いている。これは『音楽する社会』の続編で、八〇年代末から九〇年代初頭の音楽状況についての論考がおさめられている。
ポップ系では、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)に、カラオケなどの研究がある。宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)の「音楽コミュニケーションの現在」の章にも詳細な調査に基づいた議論がある。ただし文化的蓄積のない若い世代には難解だろう。
八〇年代の音楽は、ヘッドフォンステレオやカラオケがハイファイ・オーディオの延長からではなく自動車文化の流れから出て一世を風靡したのを典型として、概して非音楽的要因が音楽文化を左右した。イメージソングによって非音楽系企業が音楽のメインストリームを構築したり、冠コンサートのように音楽活動をバックアップしたりするのも同様の傾向だったといえよう。
音楽文化の動きが「音楽の論理」なり「音楽の生理」によって動くのでなく、それ以外の外在的な要素によって動くというこの現代的傾向は、九〇年代になっても続いている。いや、むしろ加速しているといった方がいいかもしれない。
たとえば、CDミリオンセラー続出の新傾向がある。一九九一年に二曲の三百万枚突破シングルが出現して、一九九四年にはミリオンセラーが一気に十九曲も出現する。これはそれまでなかったことであり、しかも、かつてミリオンセラーともなれば社会現象になったのと対照的に、九〇年代は中高年がその曲やアーチストをほとんど知らないうちにミリオンセラーになり消えていく。つまり、若い層「だけに」集中してヒットしたのである。注目すべきは、そのほとんどの曲がテレビ局とのタイアップだったことだ。高度なマーケティング技術に基づいて企画され、テレビを主軸にキャンペーンされた音楽。このタイアップ依存は、音楽番組ですらなくテレビドラマという非音楽メディアが引っ張る形になっている。八〇年代はあきらかに音楽嗜好の多様化が見られたのに、九〇年代は逆に収縮しているというほかない。
それにしても、映像主体のキャンペーンがこれだけ功を奏するとなると、ターゲットにされている今の若者が「ほんとうに音楽が好きなのか」と疑問をもたざるをえない。携帯電話やPHSの普及によってカラオケやCDの売れ行きが落ちたというごく最近の傾向も考えあわせると、要するに「仲間」を自分につなぎ止める手段として音楽が利用されたにすぎないのではないかといえそうである。しかし、それを批判的に見る考え方自体もまた、音楽に対する態度のひとつにしかすぎないのであろう。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚16消費社会論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
16 消費社会論
16-1 文化現象としての消費
なぜ〈消費〉が社会学の問題なのか
これから三回にかけて文化の問題について考えていきたいと思う。「文化とはなにか」といった概念的な議論はひとまずタナ上げにしておいて、ここでは現代文化のいくつかの主要な局面に焦点を集めて「現代文化とはどのようなものか」という問題提起にかえたいと思う。その局面とは、第一に消費社会、第二に宗教、第三に音楽である。おそらく多くの読者がこのいずれかの文化領域に深く関わっているはずである。ここではディテールに深入りするのは禁欲して、むしろ全体的な構図すなわち現代文化の基本構図について理論的に考察していきたいと思う。文化を語る上で欠かせないディテールについては脚注の参考図書を参照してほしい。
さて、最初のテーマは「消費社会論」である。消費の間題が文化論の筆頭にくるというのにとまどう人がいるかもしれない。しかし、消費こそ現代文化の表層を理解する上で欠くことのできないキーワードなのである。
しかし、現代日本においていう「消費」は、伝統的な意味での消費ではない。かつての消費とは基本的に「必要なモノを買う」消費だった。旧ソ連の「行列」に典型的にみられるように、あるモノが欲しいのになかなか手に入らない、こういう状態を「稀少性」というが、こういう稀少性の支配する経済においては、消費は欲求の充足以外のなにものでもない。
ところが現代の日本のように、生産が増大し、基本的な欲求や必要を十分満たしてしまってモノがありあまる段階になると、消費のあり方は一変する。わたしたちは現在、生きていくのにどうしても必要な最低限のモノとかサービスだけを消費しているのではない。たとえば、クルマにしてもただ走ればいいというのではなく最新型でなければダメだという人が圧倒的に多くなった。たとえば、同じパソコンでも軽くて早いパソコン、同じ住むなら少々高くても東横線のようなイメージのいい私鉄沿線のマンション、外で食べるのならコダワリ屋のシェフのいるビストロの料理とか、絶対楽しい遊園地とか、友だちにさすがと思わせる大学とか、ちょっとオシャレなキャラクターグッズとか、仲間うちや雑誌で話題のコンサートとか、目を引くコマーシャルでなんとなく興味をひかれた新製品など、わたしたちは新しいモノ・軽いモノ・かわいいモノ・徹底的に演出されたサービス・自慢できる体験・ファッショナブルな空間などを選択的に消費している。
これらは、自己満足もふくめて、他者との関係における「意味」つまり「社会的意味」において消費されている。消費は、消費対象の表示する意味の消費――たとえば「自分らしさ」「リッチな気分」「ハイセンスな生活」――に転換している。それは経済合理的な行動というより、すぐれて文化的な行動である▼1。ここに社会学の出番がある。
物語消費
このような消費は先端的かつ典型的に子どもにあらわれる▼2。たとえば、一九七〇年代前半に爆発的にはやった「仮面ライダースナック」の場合、オマケのカードだけを目当てに買い集め、中身を捨ててしまう子どもが続出して社会問題化したことがあった。
最近では一九八七年から八八年にかけて爆発的なヒットになったロッテの「ビックリマンチョコレート」がある。大塚英志によると、この場合も子どもたちの目当てはオマケの「ビックリマンシール」にあり、れっきとしたチョコレートという商品にもかかわらず、チョコ本体は不要なモノとして捨てられた。この場合、チョコ本体はたんなる容器つまりメディアにすぎなくなっている。
ただ「仮面ライダースナック」とちがって「ビックリマン」の場合、最初にアニメやコミックがあったわけではなく、チョコ自体がオリジナルだった点で、非常に現代的である。大塚英志によると、「ビックリマン」のしかけはつぎのようになっているという。
「シールには一枚につき一人のキャラクターが描かれ、その裏面には表に描かれたキャラクターについての『悪魔界のうわさ』と題される短い情報が記入されている。この情報は一つでは単なるノイズでしかないが、いくつかを集め組み合わせると、漠然とした〈小さな物語〉――キャラクターAとBの抗争、CのDに対する裏切りといった類の――が見えてくる。予想だにしなかった〈物語〉の出現をきっかけに子供たちのコレクションは加速する。さらに、これらの〈小さな物語〉を積分していくと、神話的叙事詩を連想させる〈大きな物語〉が出現する。消費者である子供たちは、この〈大きな物語〉に魅了され、チョコレートを買い続けることで、これにアクセスしようとする▼3。」これを大塚英志は「物語消費」と名づける。このように消費は、とっくの昔に単純に「必要なモノを買うこと」でなくなっているばかりか、消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう傾向さえ生みだしているのである。
▼1 この点については、清水克雄『ゆらぎ社会の構図』(TBSブリタニカ一九八六年)がていねいに説明している。
▼2 以下の記述は、大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)による。
▼3 前掲書一二-一三ページ。
▼4 前掲書二四ページ。したがって、利益追求のために企業が商品に付加価値をつけて消費者をあおっているといった資本陰謀説的な見方は、現代的消費の一面しかとらえていないことを銘記すべきである。なお、大塚英志は「消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう」事例として、ゲームソフトの攻略法やゲーム世界のマップ作り、「キャプテン翼」同人誌をはじめとするコミケット(いわゆる「おたく」の発祥地)などをあげている。
16-2 記号消費の時代
ボードリヤールの消費社会論
消費をキーワードにして現代社会をみるようになったのは――つまり経済界やマスコミで頻繁に使われるようになったのは――この十年ほどにすぎないが、社会学ではすでに二十年ほど前から「記号消費」と呼んで、消費現象の特殊現代的な局面を分析してきた。しかも、消費現象はそれにとどまらず現代社会の構成原理のひとつとなっていると認識するところから「消費社会論」が提唱されている。その新たなスタートラインとなったのは一九七〇年に発表されたジャン・ボードリヤールの『消費社会――その神話と構造』[邦訳名『消費社会の神話と構造』]だった▼1。ボードリヤールの消費概念の要点はつぎの三点に集約される▼2。用語の説明と現代的事例をくわえて、その骨子を紹介しよう。
(1)消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。
(2)消費はもはや個人や集団の単なる権威づけの機能ではない。
(3)消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される。
消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない
第一点について。モノの仕組みや技術的加工という点では、自然科学や技術の領域の話である。しかし、モノがひとたび商品となると、モノはたんなるモノではなくて、なんらかの価値の備わったモノとなる。さらに消費社会におけるモノは、たんに価値あるモノにとどまらず、なんらかの社会的意味をもつ「記号」になっている。たとえば「洗濯機は道具として用いられるとともに、幸福や威信などの要素としての役割を演じている。後者こそは消費の固有な領域である▼3。」いささか古い例だが、「洗濯機」の個所に「RV」や「インテリア」を代入してみればいい。かんたんに図式化してみよう。
自然的世界におけるモノ=物質
経済的世界におけるモノ=物質+使用価値
消費社会におけるモノ=物質+使用価値+社会的意味→記号
たとえば、自動車そのものは科学技術によって変形加工された物質である。それが市場にでると、一定の貨幣と交換できる商品となる。それはすわったまま何十キロも高速で移動できる機能をもったモノである。高速移動という機能は、自動車の「使用価値」である。たとえば、電卓は計算ができる機能をもっていて、それが電卓の「使用価値」である。冷蔵庫は食品を冷蔵して保存する機能をもっていて、それが冷蔵庫の「使用価値」である。
でも、多くの人はだだ高速移動するだけで車を買うのではない。まだまだ走れる車でも、モデルチェンジがあったり、トレンドが変わったりすると、車検の切り替えを機にきわめて多くの人が車を中古にだして新車に乗り換える。ちょっと古い話で恐縮だが、たとえばオフホワイトのボディが主流になったり、BMWがヤンエグ風ステイタスを表したり、限定生産車が人気を博したり――最近はRVというところか――この場合、新車は明らかに本来の使用価値を超えた〈なにものか〉である。
この超えている要素が、社会的な意味づけにほかならない。勲章や金メダルがなんの使用価値もないのに、人びとが必死に追い求め、また賞賛するのは、その物質にポジティブな社会的意味が付与されているからで、それと同じ構造である。消費社会の大きな特徴は、それが特殊な商品だけでなく、あらゆる商品――このなかにはモノだけでなくサービスも入る――に、こうした社会的意味が備わっているということである。
以上のような意味で、現代の消費は、たんにモノの使用価値を自分のものにすることにとどまらず、「記号消費」という性格の強いものになっている。
消費はもはや個人や集団の権威づけの機能だけではない
高価なモノの消費や、役にたたないモノの消費、つまり浪費が、社会的なステイタスを高めるということはよく知られている。じつはこれは現代社会特有の現象ではない。その代表的なのが、マルセル・モスが紹介した「ポトラッチ」と呼ばれる、北アメリカ・インディアンの儀礼的な贈与の風習だ。食物や貴重な財産をふんだんに消費することによって気前の良さを示す。消費すればするほど威信が高まり、競争的におこなわれる▼4。また、ヴェブレンが「誇示的消費」(conspicuous consumption)と呼んだ、有閑階級(leisure class)特有の消費の仕方も同様である。すなわち豪華な供宴や邸宅・庭園・スポーツ・高級な趣味などは有閑階級の客観的証明の機能を果たす。大学の古典研究と一般教養科目の重視もその一環である▼5。
ところが、現代の消費は、もちろんこうした「誇示的消費」という要素はあるけれども、特定の階級に限定されるのではなく、社会全体のあり方に深く関わっており、むしろ無意識なレベルで、しかも構造的であるところに特徴がある。「もっと自分らしいモノ」「もっと個性的なモノ」「もっとオリジナルなモノ」というように、「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団への帰属を示すために、あるいはより高い地位の集団をめざして自己の集団から抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している▼6。」つまり「個性化/差異化」という構造的論理が存在し、それが生産のシステムと連動しているところに、現代を「消費社会」ととらえる理由がある▼7。
消費は言語活動である
自分を他者と区別する記号としてモノを消費する、記号としてのモノ、ということは、とりもなおなず、消費が一種の言語活動、すなわち一種のコミュニケーションであることを示している。
そのさい重要なのは、モノにまつわる意味である。この意味はそれぞれのコードにもとづいて意味づけされている。たとえば、九〇年代前半において四駆は、営林署の業務用自動車といった古いコードのなかで意味づけられているのではなく、都市型のアウトドア的ライフスタイルのコードにおいて意味づけられている。コミュニケーションとしての記号消費によって自己を効果的に個性化=差異化するためには、このように変動する意味づけのコードをたえず学習しなければならない。ボードリヤールはこれを「日常的ルシクラージュ(再教育・再学習)」(recyclage)と呼ぶ▼8。「消費社会、それはまた消費の仕方を学習する社会、消費についての社会的訓練をする社会でもある」というわけだ▼9。
最新の情報をキャッチし、シーズンごとにファッションをとりかえ、車検のたびに新車に乗り換えることは、消費社会の市民の義務である▼10。そして、このようなコードのレベルでの競争的協同を無意識的に受け入れるよう諸個人を訓練することによって、つまり人びとをゲームの規則に参加させることによって、消費は社会統合をひきうけるイデオロギーの役割を果たすとボードリヤールはいう▼11。
すでに紹介した大塚英志は「ビックリマンチョコ」を買う子どもたちを考古学者や歴史学者にたとえている▼12。今日「買い物は学問に似ている」というべきなのである▼13。このような日常的な再学習すなわちルシクラージュの達人をわたしたちは「高感度人間」とか「感性エリート」などと呼ぶ▼14。かれらは、消費社会における意味づけのコードを察知し変更し創造するナビゲーターである。
このような先端的な人でなくても、消費が組織原理となった社会においては、多くの人びとにとって消費は「商品との対話を通じた一種の自己探求の行動」となっている▼15。人びとは、ファッションはもちろん、インテリアや「こだわりグッズ」など、コミュニケーションとして消費を操作することによって、アイデンティティの微調整をおこなう。上野千鶴子はそれを「〈私〉探しゲーム」と呼んだことがある▼16。消費者は消費によって一種のアイデンティティ操作をおこなうのである。これがアイデンティティ形成の新しい形といえそうである。
▼1 ジャン・ボードリヤール、今村仁司・塚原史訳『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店一九七九年)。
▼2 前掲訳書一二一ページ。
▼3 前掲訳書九三ページ。
▼4 マルセル・モース「贈与論」有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学I』(弘文堂一九七三年)。
▼5 ヴェブレン、小原敬士訳『有閑階級の理論』(岩波文庫一九六一年)。最近は「見せびらかしの消費」と訳されることも多い。
▼6 ボードリヤール、前掲訳書六八ページ。
▼7 この場合、人びとの消費への欲求には限界がない。つまり「欲求とはけっしてある特定のモノヘの欲求ではなくて、差異への欲求(社会的な意味への欲望)であることを認めるなら、完全な満足などというものは存在しない」ということになる。ボードリヤール、前掲訳書九五ページ。
▼8 前掲訳書一一四ページ。社会学を勉強しようと思わない人でも、せっせと雑誌を買っていつも学習をおこたらない分野をもっているものである。それは、たとえばクルマであり、オーディオであり、ファッションであり、スポーツであり、インテリアであり、自然食品、コンサート情報であったりする。それぞれが、好きな領域についてルシクラージュしているわけだ。
▼9 前掲訳書一〇一ページ。
▼10 前掲訳書一三五ページ。
▼11 前掲訳書一二三ページ。
▼12 大塚英志、前掲書五一ページ。
▼13 高田公理『都市を遊ぶ』(講談社現代新書一九八六年)九〇ページ以下。
▼14 このような人たちについてのすぐれた分析として、成田康昭『「高感度人間」を解読する』(講談社現代新書一九八六年)。
▼15 山崎正和『柔らかい個人主義の誕生――消費社会の美学』(中公文庫一九八七年)九七ページ。
▼16 上野千鶴子『〈私〉探しゲーム――欲望私民社会論』(筑摩書房一九八七年)。
16-3 記号論的解読-シニフィエとシニフィアン
記号論とはなにか
消費社会においてモノは一種の記号として消費される。〒というタテ一本ヨコ二本の線分の組み合わせが「郵便局」という社会的意味を表すように、たとえば4WDはハイクラスでアウトドアっぽいライフスタイルを表示しているのだ。
このようにあらゆるモノが記号性において消費されるということが、とりもなおなず消費社会の大きな特質である。ボードリヤールの表現をかりると、現代人の消費は「財とサービスの使用価値の個人的取得の論理」ではなく「社会的シニフィアン(意味をもつもの)の生産および操作の論理」にしたがっておこなわれる▼1。
さて、ここで「シニフィアン」ということばがでてきたが、前節の話を位置づける上で基礎となることばであるから、構図がつかめるよう説明しておこう。
言語学の新しい段階を築いたソシュールという言語学者がいる。ソシュールは二十世紀初頭の講義のなかで「記号論」または「記号学」という学問を提唱し、これが隔世遺伝のように戦後の社会学や人類学や精神分析学や思想に大きな影響をあたえることになる。この影響はとりわけフランスで大きく、ボードリヤールもその影響のもとに、記号論の用語を駆使して消費社会を分析したわけである▼2。
シニフィアンとシニフィエ
さて記号論によると、記号[シーニュ](signe)はふたつの要素に分けられる。「意味するもの」[シニフィアン]と「意味されるもの」[シニフィエ]である。シニフィアン(signifiant)は記号の形態のことである。といっても言語のことばかりではない。しぐさをはじめとして音楽・絵画・映画・テレビ・ファッション・建築・機械・道具などあらゆる文化現象がシニフィアンたりうる。
それに対してシニフィエ(signifie)とは記号の意味であり概念内容のことである。たとえば一枚の白地の布の中央に赤い円が染められていれば、それがシニフィアンであり、これを「日の丸」と呼び「日本国の国旗である」とすれば、それがシニフィエである。しかし、それが「旧日本帝国」を象徴するものと感じる場合、それはもうひとつのシニフィエである。「国旗」という表層の意味を「デノテーション」(denotation)といい、「旧日本帝国」という深層の意味を「コノテーション」(conotation)という。前者を「外示的意義」もしくは「明示的意味」と訳し、後者を「内示的意義」もしくは「伴示的意味」と訳す▼3。
記号としての商品
商品としてのモノも記号としてシニフィアンとシニフィエがある。シニフィアンは、素材を一定の技術とデザインによって構成したモノである。一方、シニフィエのうちデノテーションは使用価値である。家具であれば収納能力であり、自動車であれば走行能力だ。他方、コノテーションはその商品がかもしだす新しさでありオシャレなライフスタイルであり個性やクラスなどの社会的・文化的意味である。それはほとんど気分のようなものである。売る側からいえば、これが「商品コンセプト」ということになる。
広告の機能
コノテーションはたいへんうつろいやすいものだ。濃淡もあれば分布の片寄りもある。それを意図的にはっきりと定義する、あるいはもっと巧妙に、コードそのものを定義するのが広告の役割である。そのようなコードを二項対立図式としてあらわすと、たとえば〈トレンディ・新鮮-古くさい〉〈ヤング-アダルト〉〈モダン-トラディショナル〉〈洗練-下品〉〈本物-まがいもの・コピー〉〈おもしろい-平凡〉〈アウトドア・スポーティ-おたくっぽい〉〈多機能-シンプル〉〈ハイクラス-カジュアル〉〈ナチュラル-わざとらしい〉〈オシャレ-ダサイ〉〈プロフェッショナル-シロウトくさい〉〈プレーン-凝った〉〈エスニック-モダン〉〈環境にやさしい・エコロジカル-化学的汚染〉といったことである。かならずしも反対概念でないものが対概念になっているところがミソであるが、これらのさまざまな差異化コードを広告は操作的に定義しようとするのである▼5。
記号としての広告作品は、コピーと映像などをシニフィアンとし、練り上げられた広告コンセプトをシニフィエとする。デノテーションは商品情報、コノテーションは感性イメージである。この感性イメージを集積していくことによって、差異化のコードをつくりあげていくわけだ▼6。
差異化のコード
こうした記号論的解読によって、ことばだけではなくて、さまざまなモノや文化現象を統一的に分析できるようになった。とくに問題なのは、すでに明らかなようにシニフィエのうちのコノテーションである。
このコノテーションは絶対的なものではない。そのつど拘束力はあるが、うつろいやすく、いつでも変わりうるものだ。コノテーションを決めるのは社会的あるいは文化的なコードである。コードとは規則のことであるが、文法といってもいい。つまり、無意識に了解され慣習化された規則=文法のようなものである。
この差異化の社会的コードを左右するのは、広い意味での教養でありマス・コミュニケーションであり消費社会全体であって、個人では勝手に左右することはできない。その意味で完全に社会によって規定されているといってよい。もし、このコードを変更したいと思えば、かなり潤沢な資金と周到な準備によってキャンペーンを張らなければならない。この消費社会において広告が過剰なほどに生産されるのは、この社会的コードをクライアントにとって都合の良い方向に修正するためであるし、イメージ広告とか文化事業がクライアントにとってプラスになるのは、それがシニフィエとくにコノテーションのコード自体に作用するからである。
最近、このようなコードの変更に成功したのは「競馬」である。競馬に行くという消費行為がオシャレかなと思えるようになったのは最近のことだ。しかし、このコードの転換には、長年にわたる中央競馬会(現在のJRA)側の努力があったわけだし、それが実るためには、「お嬢様ブーム」とか「おやじギャルブーム」とか「若い女性のゴルフブーム」などを経なければならなかった。つまり、これらのブームが促進した「ファッショナブルな領域の拡大化」とか「若い女性にとってタブーな場所への進出」とか「トラディショナルな領域の再評価」というコードの変化があって、ギャンブルのファッション化・ギャンブルの情報ゲーム化がはじめて可能になったと考えられる。ただキャンペーンとか広告すればすむというわけにはいかないのである▼7。
たとえば、主婦向けに販売されたスクーターが意外にも若者にはやったり、パソコン使用者の二台目のパーソナル・ユースをターゲットにした「ダイナブック」にはじまるノートブックパソコンが、ワープロにあきたらなくなったパソコン未経験者に受け入れられたりすることがある。このように、メーカーの想定したユーザー像と異なる人びとに受け入れられることは多い。つまり、消費者側でコードが変更される現象がしばしば生じる。その意味で広告万能論は適切ではない。送り手・受け手の共犯――社会学的にいうと「相互作用」――によって差異化のコードは定義され修正されると考えるべきだろう。
ただ、ボードリヤールのいうように、「広告はモノを出来事(イベント)にしてしまう」作用があり▼8、しかも「メッセージを解読しつつ、メッセージが組みこまれているコードヘの自動的同化を強制されている」点で、強力な機能を果たしていることはたしかであろう▼9。いずれにしても、広告の場合、内容が真実か誇大かどうかはあまり問題ではないといえる▼10。
▼1 ボードリヤール、前掲訳書、六七ページ。
▼2 フランスの記号論研究のメインストリームをつくったのはロラン・バルトであり、かれの業績なしに消費社会論の展開はなかっただろう。代表的な著作としてロラン・バルト、佐藤信夫訳『モードの体系』(みすず書房一九七二年)。
▼3 記号論のスタンダードな解説としては、ギロー、佐藤信夫訳『記号論』(クセジュ文庫一九七二年)。またわかりやすい入門書として、星野克美『消費の記号論――文化の逆転現象を解く』(講談社現代新書一九八五年)。この本は本節を組み立てるにあたり参照したが、そのわかりやすい説明と現代的展開には学ぶことが多かった。
▼4 前掲書。
▼5 以上の二項対立図式のうち、一方だけがプラスとみなされるとはかぎらない。たとえば、多機能志向とシンプル志向は、いずれもそれなりの層にプラスと位置づけられている。なお、これらのうち、時系列的に差異化しようとするトレンディ志向は、一九六〇年代後半の対抗文化[カウンター・カルチャー]の爆発以来ずっと消費社会の底流をなしている「ナウ」志向のひとつの現象形態である。稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)。稲増龍夫『フリッパーズ・テレビ――TV文化の近未来形』(筑摩書房一九九一年)。短く要点をついたものとして、稲増龍夫「『トレンド』という名の『個性化』ゲーム」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。また、消費者のさまざまな志向性を細かく分析したものの一例として、少し古いが、電通マーケティング戦略研究会編『感性消費 理性消費――消費市場のニュートレンドをつかめ』(日本経済新聞社一九八五年)を参照のこと。
▼6 星野克美、前掲書。
▼7 もちろん、このほかに「武豊ブーム」による騎手のアイドル化と、動物による競技である点、それにくわえて「オグリキャップ人気」などがプラスに作用したことはまちがいない。それは競艇とくらべてみれば一目瞭然である。
▼8 ボードリヤール、前掲訳書一八三ぺージ。
▼9 前掲訳書一八○ページ。
▼10 広告の記号論的解読についてくわしく知りたい場合は、ジリアン・ダイヤー、佐藤毅監訳『広告コミュニケーション――広告現象を解読する』(紀伊國屋書店一九八五年)。
16-4 都市の劇場空間化
都市空間の記号性
このようにみてくると、空間でさえ記号性を帯びているということは、容易に想像できる。日本も成熟した消費社会になって、建築物や都市計画なども機能一点張りでは立ちゆかなくなってきた。建築学の分野でポストモダンといわれる運動がさかんなのも、機能的なデノテーションよりも、意味的なコノテーションの方が重要な課題になってきたからである。
消費社会でなくても都市空間がその記号性をあらわに示すときはある。たとえば中世のかけ込み寺は、いったんそこに逃げこめば、すべての関係から自由でいられる。罪人や離婚希望の女性たちはそこに逃げこんでこの世の〈縁〉を切ったのである。これを「無縁」という▼1。西欧でも教会がこの役目を果たしている。たとえばポーランドの「連帯」が非合法化されたとき、運動家たちは警察の手から逃れるためにしばしば教会に逃げこんだ。教会のなかまでは警察は立ち入ることができなかったからだ。このような場所を「アジール」(聖域・避難所)という。
このように、かつて都市空間に記号性をあたえたのは宗教だった。これは今日でもある程度は該当することだろう。東京近郊の老人にとっての巣鴨の「とげぬき地蔵」のにぎわいや、かつてロラン・バルトが「空虚な中心」と名づけたシンボリックな空間としての皇居――超一等地にあるのにだれも開発しようとはいわない――などはこの線で理解できるし、祭によって身近な場所が祝祭空間として出現する場合もやはり宗教性が関係している。
しかし、今日、都心周辺および地方の十代にとって「竹下通り」「代々木公園」「渋谷」の意味、中年女性にとっての「デパート」や「美術館」のもつ意味、多くの若い女性にとっての「東京ディズニーランド」や「六本木」「青山」「代官山」の意味を考えるまでもなく、あきらかに現代都市空間の記号性は、宗教とはまったく無縁な新しい記号性である。その新しさを一言でいうと、演技のメディアとして都市空間が利用されているということだ。つまり、都市空間の〈劇場空間〉化である▼2。
〈舞台=劇場空間〉としての都市空間の演出
たんなる入場者を「ゲスト」としてあつかうディズニーランドとその舞浜周辺のシティホテルは、典型的な劇場空間としてデザインされている。また、ディスコやフリースペースのコンセプトづくりから内装や仕掛けなどをデザインする空間プロデューサーといわれる人たちは、そのスペースを劇場空間としてシニフィエを付加する▼3。デパートが美術館を整備し、そこでちょっとマイナーな知る人ぞ知るといった類のアーティストの展覧会をしたりミニ劇場を設置するのも、ひとえに記号性を高める工夫である。デパートの場合、高級品志向がコンセプトの中心となるので、ヨーロッパ的伝統文化や教養を差異化のコードとして採用することが多かった▼4。また昨今は祭やイベントがさかんに開催され、一方ではシティマラソンが企画されて、都市そのものが広告媒体となる場合もある。
さらに、こうした店舗の内部だけでなく、外部の街そのものを劇場空間化する試みもしばしばなされる。その最初の試みは、いまのセゾングループによる「渋谷パルコ」の試みである▼5。「渋谷パルコ」が開店したのは一九七三年、ちょうど本書の多くの読者が生まれたころである。日本が本格的な消費社会へ離陸するのも、このころである。
渋谷駅から五〇〇メートルも離れた、しかも街はずれの坂道上にある貸しビル業「パルコ」がしたことは、パルコそのものをホテルのような劇場空間にするとともに、パルコヘアブローチできる付近の路地・坂道の活性化、つまり路地や坂道に「絵に描いたような」名前をつけ整備して新たな名所にしてしまうことだった。まず、かつて「区役所通り」と呼ばれていた通りを「公園通り」に変えた。「公園通り」の「公園」とは「パルコ」[イタリア語]のことであり、歩道を広げ街灯を取りつけ、ストリート全体を整備し続け、特殊な都市空間=劇場空間を演出した。パルコのオープニング・キャンペーンのコピーは「すれちがう人が美しい――渋谷=公園通り」だったが、ねらいは明確に「劇場空間化」にあったといえる。
このほかスペイン通りやオルガン坂・サンドイッチロード・アクターズストリートなどがそれぞれ記号性を変えて演出される。さらに有料駐車場や建設工事中の仕切の壁にウォールペイントを採用するといった、たんなる野外広告を越えた芸の細かい演出がとぎれることなくなされた。
記号性を帯びた空間は、必然的にそこを通る人びとを〈演技者〉にする。見るだけでなく見られる場所。そこは「ファッションを売る場所」であるだけでなく、「ファッションを着ていく場所」でもあるのだ。視線の交わしあい=まなざしの交錯が快感である人は何度もそこを訪れるだろうし、それが不快な人(見方を変えれば、場ちがいな人)はそこを避けるだろう▼6。現代の都市生活とは、TPOにあわせて空間選択することだから、そこは本当にパルコの望むファッショナブルな人たちとその予備軍(つまり子どもたち)だけの場所になる。高感度な人間が集まれば、おのずと記号性すなわちコノテーションの自律的運動がはじまる▼7。
こうして現代型都市空間は〈演じる〉場として特権的に存在するようになる▼8。この役割演技=パフォーマンスはどのような性質をもつのか、吉見俊哉はつぎのように分析している。「そこでは〈演じる〉こと自体のなかで演じる者の個性が発見されていくのではなく、すでにその意味を予定された『個性』を〈演じる〉ことによって確認していくという意味で、〈演じる〉ことはアリバイ的である。一方では、演じる主体としての『私』が個別化された私生活のなかに保護され、他方では、演じられる対象としての私の『個性』が都市の提供する舞台装置や台本によって保証される、そうした二重の機制が、人びとの関係性を様々な生活場面で媒介していくために、ひとは、『個性』を選択することが個性的であることを証明し、『私の世界』をもっことが自己のアイデンティティを証明することでもあるかのように感覚していくのだ▼9。」消費社会の自我像は、たしかにこのような特質をもつものかもしれない。
物語マーケティング/シーン消費
劇場空間化はいまやマーケティング戦略の基本となり、都市再開発の定番にすらなった観があるが、劇場空間化の延長上にあるものとして「物語マーケティング」に注目しておきたい▼10。福田敏彦によると、「物語マーケティング」は、たとえば、テレビゲームのRPG(ロールプレイングゲーム)のように直接物語を売るもの、「ビックリマンチョコ」のように背景に物語が潜んでいるもの、サンリオなどのキャラクター商品、ビール「冬物語」のようにネーミングで物語を使用したもの、からくり時計のようにプロダクトデザインが物語性をもつものなどがすでに人気を集めたが、「東京ディズニーランド」や「サンリオピューロランド」のようなテーマパーク、物語性をもった店舗空間、おなじみの物語型広告などがある▼11。これらは結局、現代型消費に見合った売り方のひとつの方向であろうが、じっさいニュースでさえ一種の物語消費的な色彩で受容される今日▼12、しばらくは〈物語〉の線上で展開されると思われる▼13。今後の動向を見守っていきたい。
▼1 網野善彦『増補 無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和』(平凡社選書一九八七年)。
▼2 星野克美、前掲書。
▼3 大塚英志、前掲書五三ページ以下。
▼4 デパートのこの側面については、上野千鶴子、前掲書「VI百貨店――都市空間の記号学」がおもしろい。
▼5 増田通二監修、アクロス編集室編著『パルコの宣伝戦略』(PARCO出版一九八四年)。
▼6 この戦略をマーケティングでは「セグメンテーション」という。
▼7 現在では、本家の西武とくにロフト付近や丸井、そしてもともと渋谷が地元の東急ブンカムラによって、渋谷はかなりまんべんなく人びとの循環するめぐりのよい街になっている。博報堂生活総合研究所『タウン・ウォッチング――時代の「空気」を街から読む』(PHP研究所一九八五年)。ちなみにこの本によると、カメラの新宿西口とかスキーのお茶の水などでは、若い人たちはほとんど循環しないでまっすぐお店に行ってまっすぐ帰ってくるという動脈型の流れになっていて、人びとの滞在時間も短い。ここでは特定の店、特定の商品にポイントがあるにすぎず、街全体にあるわけではない。ということは街全体は潤わないということだ。その点、路地裏や街はずれまで若者が循環する渋谷は、滞在時間が長く、結局商売になる。
▼8 この場合の「現代型都市空間」とは、基本的に「原宿・青山・渋谷のつくる空間的な三極構造」を理念型にしている。中野収「増殖する都市――多元的宇宙・東京」『現代思想』一九八三年七月号。すなわち、極度の人工性を特徴とする「意味ベクトルが零になる空間」である。中野収『東京現象』(リクルート出版一九八九年)一六-三五ページ。
▼9 吉見俊哉『都市のドラマトゥルギ――東京・盛り場の社会史』(弘文堂一九八七年)三四八-三四九ページ。
▼10 福田敏彦『物語マーケティング』(竹内書房新社一九九〇年)。福田は社会学出身の電通ディレクター。なお、これより広い概念として「シーン消費」が数年前に提案されている。「シーン消費」とは、商品が、それを使用するシーンとTPOごと消費者に選択される事態をさす。電通マーケティング戦略研究会編、前掲書参照。
▼11 福田敏彦、前掲書二九-五九ページ。
▼12 山口昌男は、ニュースが物語性を前提とし、しかも物語をはみだす部分が新しいモノとして差異化され消費されるとのべている。山口昌男『流行論』(朝日出版社一九八四年)五一-五五ページ。
▼13 大塚英志は、生産者たる「常民」に対して、消費者たる「少女」を対置して、その独特の文化の生態をこまかく描いているが、そのなかで宗教的なものへの傾斜を指摘しているのが興味深い。大塚英志『少女民俗学――世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(カッパサイエンス一九八九年)。たしかに物語消費のさらなる延長線上にあるのは宗教なのである。大塚英志『物語消費論』二〇五-二一八ぺージ参照。
増補
消費社会の変容
この分野、九〇年代になって研究も冷え込んでいる。しかしマーケティング系の議論が静かになった分、冷静に社会学的研究ができるようになったといえなくもない。
八〇年代までの消費社会をまとめたものとして、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)、宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)。とくに後の本はマニアックなので、ある程度素材に精通していないと読破はむりかもしれない。文化研究は素材に精通することが第一条件である。
九〇年代の消費社会の変容に焦点を絞ったものとしては、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)と、宮台真司『世紀末の作法――終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』(メディアファクトリー一九九七年)をあげておきたい。CM論については、内田隆三『テレビCMを読み解く』(講談社現代新書一九九七年)が高度な議論を展開している。消費社会をマクロに現代社会論のなかに位置づけなおしたものとしては、見田宗介『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書一九九六年)。
サブカルチャーの内在的理解のために
社会学者は消費文化として総括してしまうけれども、文化現象はそれぞれ奥が深いものであり、ディテールに分け入ってみて初めて内実を理解できるものである。したがって、この種の研究には大量のモノグラフ的な資料にあたる必要がある。それができないときは、それぞれの世界を生きてきた人たちの自己分析に謙虚に耳を傾けていくべきだろう。
そのようなものとして、コミック系では夏目房之介の仕事に注目してほしい。たとえば、夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか――その表現と文法』(NHKライブラリー一九九七年)。ペンによっていかに表情が変わるか、コマ構成の文法、「オノマトペ」の効果など、マンガ表現の内在的ロジックにふれることができる。
アニメやゲームなどのいわゆる「オタク文化」については岡田斗司夫の一連の仕事が有名。岡田斗司夫『オタク学入門』(太田出版一九九六年)と岡田斗司夫『東大オタク学講座』(講談社一九九七年)。該博な知識に圧倒される。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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SOCIUS.JPドメインへの初出 12/29(Sun), 2002  最終更新日:4/1(Sat), 2017
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