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4月 12017

社会学感覚16消費社会論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
16 消費社会論
16-1 文化現象としての消費
なぜ〈消費〉が社会学の問題なのか
これから三回にかけて文化の問題について考えていきたいと思う。「文化とはなにか」といった概念的な議論はひとまずタナ上げにしておいて、ここでは現代文化のいくつかの主要な局面に焦点を集めて「現代文化とはどのようなものか」という問題提起にかえたいと思う。その局面とは、第一に消費社会、第二に宗教、第三に音楽である。おそらく多くの読者がこのいずれかの文化領域に深く関わっているはずである。ここではディテールに深入りするのは禁欲して、むしろ全体的な構図すなわち現代文化の基本構図について理論的に考察していきたいと思う。文化を語る上で欠かせないディテールについては脚注の参考図書を参照してほしい。
さて、最初のテーマは「消費社会論」である。消費の間題が文化論の筆頭にくるというのにとまどう人がいるかもしれない。しかし、消費こそ現代文化の表層を理解する上で欠くことのできないキーワードなのである。
しかし、現代日本においていう「消費」は、伝統的な意味での消費ではない。かつての消費とは基本的に「必要なモノを買う」消費だった。旧ソ連の「行列」に典型的にみられるように、あるモノが欲しいのになかなか手に入らない、こういう状態を「稀少性」というが、こういう稀少性の支配する経済においては、消費は欲求の充足以外のなにものでもない。
ところが現代の日本のように、生産が増大し、基本的な欲求や必要を十分満たしてしまってモノがありあまる段階になると、消費のあり方は一変する。わたしたちは現在、生きていくのにどうしても必要な最低限のモノとかサービスだけを消費しているのではない。たとえば、クルマにしてもただ走ればいいというのではなく最新型でなければダメだという人が圧倒的に多くなった。たとえば、同じパソコンでも軽くて早いパソコン、同じ住むなら少々高くても東横線のようなイメージのいい私鉄沿線のマンション、外で食べるのならコダワリ屋のシェフのいるビストロの料理とか、絶対楽しい遊園地とか、友だちにさすがと思わせる大学とか、ちょっとオシャレなキャラクターグッズとか、仲間うちや雑誌で話題のコンサートとか、目を引くコマーシャルでなんとなく興味をひかれた新製品など、わたしたちは新しいモノ・軽いモノ・かわいいモノ・徹底的に演出されたサービス・自慢できる体験・ファッショナブルな空間などを選択的に消費している。
これらは、自己満足もふくめて、他者との関係における「意味」つまり「社会的意味」において消費されている。消費は、消費対象の表示する意味の消費――たとえば「自分らしさ」「リッチな気分」「ハイセンスな生活」――に転換している。それは経済合理的な行動というより、すぐれて文化的な行動である▼1。ここに社会学の出番がある。
物語消費
このような消費は先端的かつ典型的に子どもにあらわれる▼2。たとえば、一九七〇年代前半に爆発的にはやった「仮面ライダースナック」の場合、オマケのカードだけを目当てに買い集め、中身を捨ててしまう子どもが続出して社会問題化したことがあった。
最近では一九八七年から八八年にかけて爆発的なヒットになったロッテの「ビックリマンチョコレート」がある。大塚英志によると、この場合も子どもたちの目当てはオマケの「ビックリマンシール」にあり、れっきとしたチョコレートという商品にもかかわらず、チョコ本体は不要なモノとして捨てられた。この場合、チョコ本体はたんなる容器つまりメディアにすぎなくなっている。
ただ「仮面ライダースナック」とちがって「ビックリマン」の場合、最初にアニメやコミックがあったわけではなく、チョコ自体がオリジナルだった点で、非常に現代的である。大塚英志によると、「ビックリマン」のしかけはつぎのようになっているという。
「シールには一枚につき一人のキャラクターが描かれ、その裏面には表に描かれたキャラクターについての『悪魔界のうわさ』と題される短い情報が記入されている。この情報は一つでは単なるノイズでしかないが、いくつかを集め組み合わせると、漠然とした〈小さな物語〉――キャラクターAとBの抗争、CのDに対する裏切りといった類の――が見えてくる。予想だにしなかった〈物語〉の出現をきっかけに子供たちのコレクションは加速する。さらに、これらの〈小さな物語〉を積分していくと、神話的叙事詩を連想させる〈大きな物語〉が出現する。消費者である子供たちは、この〈大きな物語〉に魅了され、チョコレートを買い続けることで、これにアクセスしようとする▼3。」これを大塚英志は「物語消費」と名づける。このように消費は、とっくの昔に単純に「必要なモノを買うこと」でなくなっているばかりか、消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう傾向さえ生みだしているのである。
▼1 この点については、清水克雄『ゆらぎ社会の構図』(TBSブリタニカ一九八六年)がていねいに説明している。
▼2 以下の記述は、大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)による。
▼3 前掲書一二-一三ページ。
▼4 前掲書二四ページ。したがって、利益追求のために企業が商品に付加価値をつけて消費者をあおっているといった資本陰謀説的な見方は、現代的消費の一面しかとらえていないことを銘記すべきである。なお、大塚英志は「消費者が勝手に〈商品〉をつくりだし、勝手に消費してしまう」事例として、ゲームソフトの攻略法やゲーム世界のマップ作り、「キャプテン翼」同人誌をはじめとするコミケット(いわゆる「おたく」の発祥地)などをあげている。
16-2 記号消費の時代
ボードリヤールの消費社会論
消費をキーワードにして現代社会をみるようになったのは――つまり経済界やマスコミで頻繁に使われるようになったのは――この十年ほどにすぎないが、社会学ではすでに二十年ほど前から「記号消費」と呼んで、消費現象の特殊現代的な局面を分析してきた。しかも、消費現象はそれにとどまらず現代社会の構成原理のひとつとなっていると認識するところから「消費社会論」が提唱されている。その新たなスタートラインとなったのは一九七〇年に発表されたジャン・ボードリヤールの『消費社会――その神話と構造』[邦訳名『消費社会の神話と構造』]だった▼1。ボードリヤールの消費概念の要点はつぎの三点に集約される▼2。用語の説明と現代的事例をくわえて、その骨子を紹介しよう。
(1)消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない。
(2)消費はもはや個人や集団の単なる権威づけの機能ではない。
(3)消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される。
消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない
第一点について。モノの仕組みや技術的加工という点では、自然科学や技術の領域の話である。しかし、モノがひとたび商品となると、モノはたんなるモノではなくて、なんらかの価値の備わったモノとなる。さらに消費社会におけるモノは、たんに価値あるモノにとどまらず、なんらかの社会的意味をもつ「記号」になっている。たとえば「洗濯機は道具として用いられるとともに、幸福や威信などの要素としての役割を演じている。後者こそは消費の固有な領域である▼3。」いささか古い例だが、「洗濯機」の個所に「RV」や「インテリア」を代入してみればいい。かんたんに図式化してみよう。
自然的世界におけるモノ=物質
経済的世界におけるモノ=物質+使用価値
消費社会におけるモノ=物質+使用価値+社会的意味→記号
たとえば、自動車そのものは科学技術によって変形加工された物質である。それが市場にでると、一定の貨幣と交換できる商品となる。それはすわったまま何十キロも高速で移動できる機能をもったモノである。高速移動という機能は、自動車の「使用価値」である。たとえば、電卓は計算ができる機能をもっていて、それが電卓の「使用価値」である。冷蔵庫は食品を冷蔵して保存する機能をもっていて、それが冷蔵庫の「使用価値」である。
でも、多くの人はだだ高速移動するだけで車を買うのではない。まだまだ走れる車でも、モデルチェンジがあったり、トレンドが変わったりすると、車検の切り替えを機にきわめて多くの人が車を中古にだして新車に乗り換える。ちょっと古い話で恐縮だが、たとえばオフホワイトのボディが主流になったり、BMWがヤンエグ風ステイタスを表したり、限定生産車が人気を博したり――最近はRVというところか――この場合、新車は明らかに本来の使用価値を超えた〈なにものか〉である。
この超えている要素が、社会的な意味づけにほかならない。勲章や金メダルがなんの使用価値もないのに、人びとが必死に追い求め、また賞賛するのは、その物質にポジティブな社会的意味が付与されているからで、それと同じ構造である。消費社会の大きな特徴は、それが特殊な商品だけでなく、あらゆる商品――このなかにはモノだけでなくサービスも入る――に、こうした社会的意味が備わっているということである。
以上のような意味で、現代の消費は、たんにモノの使用価値を自分のものにすることにとどまらず、「記号消費」という性格の強いものになっている。
消費はもはや個人や集団の権威づけの機能だけではない
高価なモノの消費や、役にたたないモノの消費、つまり浪費が、社会的なステイタスを高めるということはよく知られている。じつはこれは現代社会特有の現象ではない。その代表的なのが、マルセル・モスが紹介した「ポトラッチ」と呼ばれる、北アメリカ・インディアンの儀礼的な贈与の風習だ。食物や貴重な財産をふんだんに消費することによって気前の良さを示す。消費すればするほど威信が高まり、競争的におこなわれる▼4。また、ヴェブレンが「誇示的消費」(conspicuous consumption)と呼んだ、有閑階級(leisure class)特有の消費の仕方も同様である。すなわち豪華な供宴や邸宅・庭園・スポーツ・高級な趣味などは有閑階級の客観的証明の機能を果たす。大学の古典研究と一般教養科目の重視もその一環である▼5。
ところが、現代の消費は、もちろんこうした「誇示的消費」という要素はあるけれども、特定の階級に限定されるのではなく、社会全体のあり方に深く関わっており、むしろ無意識なレベルで、しかも構造的であるところに特徴がある。「もっと自分らしいモノ」「もっと個性的なモノ」「もっとオリジナルなモノ」というように、「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団への帰属を示すために、あるいはより高い地位の集団をめざして自己の集団から抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している▼6。」つまり「個性化/差異化」という構造的論理が存在し、それが生産のシステムと連動しているところに、現代を「消費社会」ととらえる理由がある▼7。
消費は言語活動である
自分を他者と区別する記号としてモノを消費する、記号としてのモノ、ということは、とりもなおなず、消費が一種の言語活動、すなわち一種のコミュニケーションであることを示している。
そのさい重要なのは、モノにまつわる意味である。この意味はそれぞれのコードにもとづいて意味づけされている。たとえば、九〇年代前半において四駆は、営林署の業務用自動車といった古いコードのなかで意味づけられているのではなく、都市型のアウトドア的ライフスタイルのコードにおいて意味づけられている。コミュニケーションとしての記号消費によって自己を効果的に個性化=差異化するためには、このように変動する意味づけのコードをたえず学習しなければならない。ボードリヤールはこれを「日常的ルシクラージュ(再教育・再学習)」(recyclage)と呼ぶ▼8。「消費社会、それはまた消費の仕方を学習する社会、消費についての社会的訓練をする社会でもある」というわけだ▼9。
最新の情報をキャッチし、シーズンごとにファッションをとりかえ、車検のたびに新車に乗り換えることは、消費社会の市民の義務である▼10。そして、このようなコードのレベルでの競争的協同を無意識的に受け入れるよう諸個人を訓練することによって、つまり人びとをゲームの規則に参加させることによって、消費は社会統合をひきうけるイデオロギーの役割を果たすとボードリヤールはいう▼11。
すでに紹介した大塚英志は「ビックリマンチョコ」を買う子どもたちを考古学者や歴史学者にたとえている▼12。今日「買い物は学問に似ている」というべきなのである▼13。このような日常的な再学習すなわちルシクラージュの達人をわたしたちは「高感度人間」とか「感性エリート」などと呼ぶ▼14。かれらは、消費社会における意味づけのコードを察知し変更し創造するナビゲーターである。
このような先端的な人でなくても、消費が組織原理となった社会においては、多くの人びとにとって消費は「商品との対話を通じた一種の自己探求の行動」となっている▼15。人びとは、ファッションはもちろん、インテリアや「こだわりグッズ」など、コミュニケーションとして消費を操作することによって、アイデンティティの微調整をおこなう。上野千鶴子はそれを「〈私〉探しゲーム」と呼んだことがある▼16。消費者は消費によって一種のアイデンティティ操作をおこなうのである。これがアイデンティティ形成の新しい形といえそうである。
▼1 ジャン・ボードリヤール、今村仁司・塚原史訳『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店一九七九年)。
▼2 前掲訳書一二一ページ。
▼3 前掲訳書九三ページ。
▼4 マルセル・モース「贈与論」有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学I』(弘文堂一九七三年)。
▼5 ヴェブレン、小原敬士訳『有閑階級の理論』(岩波文庫一九六一年)。最近は「見せびらかしの消費」と訳されることも多い。
▼6 ボードリヤール、前掲訳書六八ページ。
▼7 この場合、人びとの消費への欲求には限界がない。つまり「欲求とはけっしてある特定のモノヘの欲求ではなくて、差異への欲求(社会的な意味への欲望)であることを認めるなら、完全な満足などというものは存在しない」ということになる。ボードリヤール、前掲訳書九五ページ。
▼8 前掲訳書一一四ページ。社会学を勉強しようと思わない人でも、せっせと雑誌を買っていつも学習をおこたらない分野をもっているものである。それは、たとえばクルマであり、オーディオであり、ファッションであり、スポーツであり、インテリアであり、自然食品、コンサート情報であったりする。それぞれが、好きな領域についてルシクラージュしているわけだ。
▼9 前掲訳書一〇一ページ。
▼10 前掲訳書一三五ページ。
▼11 前掲訳書一二三ページ。
▼12 大塚英志、前掲書五一ページ。
▼13 高田公理『都市を遊ぶ』(講談社現代新書一九八六年)九〇ページ以下。
▼14 このような人たちについてのすぐれた分析として、成田康昭『「高感度人間」を解読する』(講談社現代新書一九八六年)。
▼15 山崎正和『柔らかい個人主義の誕生――消費社会の美学』(中公文庫一九八七年)九七ページ。
▼16 上野千鶴子『〈私〉探しゲーム――欲望私民社会論』(筑摩書房一九八七年)。
16-3 記号論的解読-シニフィエとシニフィアン
記号論とはなにか
消費社会においてモノは一種の記号として消費される。〒というタテ一本ヨコ二本の線分の組み合わせが「郵便局」という社会的意味を表すように、たとえば4WDはハイクラスでアウトドアっぽいライフスタイルを表示しているのだ。
このようにあらゆるモノが記号性において消費されるということが、とりもなおなず消費社会の大きな特質である。ボードリヤールの表現をかりると、現代人の消費は「財とサービスの使用価値の個人的取得の論理」ではなく「社会的シニフィアン(意味をもつもの)の生産および操作の論理」にしたがっておこなわれる▼1。
さて、ここで「シニフィアン」ということばがでてきたが、前節の話を位置づける上で基礎となることばであるから、構図がつかめるよう説明しておこう。
言語学の新しい段階を築いたソシュールという言語学者がいる。ソシュールは二十世紀初頭の講義のなかで「記号論」または「記号学」という学問を提唱し、これが隔世遺伝のように戦後の社会学や人類学や精神分析学や思想に大きな影響をあたえることになる。この影響はとりわけフランスで大きく、ボードリヤールもその影響のもとに、記号論の用語を駆使して消費社会を分析したわけである▼2。
シニフィアンとシニフィエ
さて記号論によると、記号[シーニュ](signe)はふたつの要素に分けられる。「意味するもの」[シニフィアン]と「意味されるもの」[シニフィエ]である。シニフィアン(signifiant)は記号の形態のことである。といっても言語のことばかりではない。しぐさをはじめとして音楽・絵画・映画・テレビ・ファッション・建築・機械・道具などあらゆる文化現象がシニフィアンたりうる。
それに対してシニフィエ(signifie)とは記号の意味であり概念内容のことである。たとえば一枚の白地の布の中央に赤い円が染められていれば、それがシニフィアンであり、これを「日の丸」と呼び「日本国の国旗である」とすれば、それがシニフィエである。しかし、それが「旧日本帝国」を象徴するものと感じる場合、それはもうひとつのシニフィエである。「国旗」という表層の意味を「デノテーション」(denotation)といい、「旧日本帝国」という深層の意味を「コノテーション」(conotation)という。前者を「外示的意義」もしくは「明示的意味」と訳し、後者を「内示的意義」もしくは「伴示的意味」と訳す▼3。
記号としての商品
商品としてのモノも記号としてシニフィアンとシニフィエがある。シニフィアンは、素材を一定の技術とデザインによって構成したモノである。一方、シニフィエのうちデノテーションは使用価値である。家具であれば収納能力であり、自動車であれば走行能力だ。他方、コノテーションはその商品がかもしだす新しさでありオシャレなライフスタイルであり個性やクラスなどの社会的・文化的意味である。それはほとんど気分のようなものである。売る側からいえば、これが「商品コンセプト」ということになる。
広告の機能
コノテーションはたいへんうつろいやすいものだ。濃淡もあれば分布の片寄りもある。それを意図的にはっきりと定義する、あるいはもっと巧妙に、コードそのものを定義するのが広告の役割である。そのようなコードを二項対立図式としてあらわすと、たとえば〈トレンディ・新鮮-古くさい〉〈ヤング-アダルト〉〈モダン-トラディショナル〉〈洗練-下品〉〈本物-まがいもの・コピー〉〈おもしろい-平凡〉〈アウトドア・スポーティ-おたくっぽい〉〈多機能-シンプル〉〈ハイクラス-カジュアル〉〈ナチュラル-わざとらしい〉〈オシャレ-ダサイ〉〈プロフェッショナル-シロウトくさい〉〈プレーン-凝った〉〈エスニック-モダン〉〈環境にやさしい・エコロジカル-化学的汚染〉といったことである。かならずしも反対概念でないものが対概念になっているところがミソであるが、これらのさまざまな差異化コードを広告は操作的に定義しようとするのである▼5。
記号としての広告作品は、コピーと映像などをシニフィアンとし、練り上げられた広告コンセプトをシニフィエとする。デノテーションは商品情報、コノテーションは感性イメージである。この感性イメージを集積していくことによって、差異化のコードをつくりあげていくわけだ▼6。
差異化のコード
こうした記号論的解読によって、ことばだけではなくて、さまざまなモノや文化現象を統一的に分析できるようになった。とくに問題なのは、すでに明らかなようにシニフィエのうちのコノテーションである。
このコノテーションは絶対的なものではない。そのつど拘束力はあるが、うつろいやすく、いつでも変わりうるものだ。コノテーションを決めるのは社会的あるいは文化的なコードである。コードとは規則のことであるが、文法といってもいい。つまり、無意識に了解され慣習化された規則=文法のようなものである。
この差異化の社会的コードを左右するのは、広い意味での教養でありマス・コミュニケーションであり消費社会全体であって、個人では勝手に左右することはできない。その意味で完全に社会によって規定されているといってよい。もし、このコードを変更したいと思えば、かなり潤沢な資金と周到な準備によってキャンペーンを張らなければならない。この消費社会において広告が過剰なほどに生産されるのは、この社会的コードをクライアントにとって都合の良い方向に修正するためであるし、イメージ広告とか文化事業がクライアントにとってプラスになるのは、それがシニフィエとくにコノテーションのコード自体に作用するからである。
最近、このようなコードの変更に成功したのは「競馬」である。競馬に行くという消費行為がオシャレかなと思えるようになったのは最近のことだ。しかし、このコードの転換には、長年にわたる中央競馬会(現在のJRA)側の努力があったわけだし、それが実るためには、「お嬢様ブーム」とか「おやじギャルブーム」とか「若い女性のゴルフブーム」などを経なければならなかった。つまり、これらのブームが促進した「ファッショナブルな領域の拡大化」とか「若い女性にとってタブーな場所への進出」とか「トラディショナルな領域の再評価」というコードの変化があって、ギャンブルのファッション化・ギャンブルの情報ゲーム化がはじめて可能になったと考えられる。ただキャンペーンとか広告すればすむというわけにはいかないのである▼7。
たとえば、主婦向けに販売されたスクーターが意外にも若者にはやったり、パソコン使用者の二台目のパーソナル・ユースをターゲットにした「ダイナブック」にはじまるノートブックパソコンが、ワープロにあきたらなくなったパソコン未経験者に受け入れられたりすることがある。このように、メーカーの想定したユーザー像と異なる人びとに受け入れられることは多い。つまり、消費者側でコードが変更される現象がしばしば生じる。その意味で広告万能論は適切ではない。送り手・受け手の共犯――社会学的にいうと「相互作用」――によって差異化のコードは定義され修正されると考えるべきだろう。
ただ、ボードリヤールのいうように、「広告はモノを出来事(イベント)にしてしまう」作用があり▼8、しかも「メッセージを解読しつつ、メッセージが組みこまれているコードヘの自動的同化を強制されている」点で、強力な機能を果たしていることはたしかであろう▼9。いずれにしても、広告の場合、内容が真実か誇大かどうかはあまり問題ではないといえる▼10。
▼1 ボードリヤール、前掲訳書、六七ページ。
▼2 フランスの記号論研究のメインストリームをつくったのはロラン・バルトであり、かれの業績なしに消費社会論の展開はなかっただろう。代表的な著作としてロラン・バルト、佐藤信夫訳『モードの体系』(みすず書房一九七二年)。
▼3 記号論のスタンダードな解説としては、ギロー、佐藤信夫訳『記号論』(クセジュ文庫一九七二年)。またわかりやすい入門書として、星野克美『消費の記号論――文化の逆転現象を解く』(講談社現代新書一九八五年)。この本は本節を組み立てるにあたり参照したが、そのわかりやすい説明と現代的展開には学ぶことが多かった。
▼4 前掲書。
▼5 以上の二項対立図式のうち、一方だけがプラスとみなされるとはかぎらない。たとえば、多機能志向とシンプル志向は、いずれもそれなりの層にプラスと位置づけられている。なお、これらのうち、時系列的に差異化しようとするトレンディ志向は、一九六〇年代後半の対抗文化[カウンター・カルチャー]の爆発以来ずっと消費社会の底流をなしている「ナウ」志向のひとつの現象形態である。稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)。稲増龍夫『フリッパーズ・テレビ――TV文化の近未来形』(筑摩書房一九九一年)。短く要点をついたものとして、稲増龍夫「『トレンド』という名の『個性化』ゲーム」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。また、消費者のさまざまな志向性を細かく分析したものの一例として、少し古いが、電通マーケティング戦略研究会編『感性消費 理性消費――消費市場のニュートレンドをつかめ』(日本経済新聞社一九八五年)を参照のこと。
▼6 星野克美、前掲書。
▼7 もちろん、このほかに「武豊ブーム」による騎手のアイドル化と、動物による競技である点、それにくわえて「オグリキャップ人気」などがプラスに作用したことはまちがいない。それは競艇とくらべてみれば一目瞭然である。
▼8 ボードリヤール、前掲訳書一八三ぺージ。
▼9 前掲訳書一八○ページ。
▼10 広告の記号論的解読についてくわしく知りたい場合は、ジリアン・ダイヤー、佐藤毅監訳『広告コミュニケーション――広告現象を解読する』(紀伊國屋書店一九八五年)。
16-4 都市の劇場空間化
都市空間の記号性
このようにみてくると、空間でさえ記号性を帯びているということは、容易に想像できる。日本も成熟した消費社会になって、建築物や都市計画なども機能一点張りでは立ちゆかなくなってきた。建築学の分野でポストモダンといわれる運動がさかんなのも、機能的なデノテーションよりも、意味的なコノテーションの方が重要な課題になってきたからである。
消費社会でなくても都市空間がその記号性をあらわに示すときはある。たとえば中世のかけ込み寺は、いったんそこに逃げこめば、すべての関係から自由でいられる。罪人や離婚希望の女性たちはそこに逃げこんでこの世の〈縁〉を切ったのである。これを「無縁」という▼1。西欧でも教会がこの役目を果たしている。たとえばポーランドの「連帯」が非合法化されたとき、運動家たちは警察の手から逃れるためにしばしば教会に逃げこんだ。教会のなかまでは警察は立ち入ることができなかったからだ。このような場所を「アジール」(聖域・避難所)という。
このように、かつて都市空間に記号性をあたえたのは宗教だった。これは今日でもある程度は該当することだろう。東京近郊の老人にとっての巣鴨の「とげぬき地蔵」のにぎわいや、かつてロラン・バルトが「空虚な中心」と名づけたシンボリックな空間としての皇居――超一等地にあるのにだれも開発しようとはいわない――などはこの線で理解できるし、祭によって身近な場所が祝祭空間として出現する場合もやはり宗教性が関係している。
しかし、今日、都心周辺および地方の十代にとって「竹下通り」「代々木公園」「渋谷」の意味、中年女性にとっての「デパート」や「美術館」のもつ意味、多くの若い女性にとっての「東京ディズニーランド」や「六本木」「青山」「代官山」の意味を考えるまでもなく、あきらかに現代都市空間の記号性は、宗教とはまったく無縁な新しい記号性である。その新しさを一言でいうと、演技のメディアとして都市空間が利用されているということだ。つまり、都市空間の〈劇場空間〉化である▼2。
〈舞台=劇場空間〉としての都市空間の演出
たんなる入場者を「ゲスト」としてあつかうディズニーランドとその舞浜周辺のシティホテルは、典型的な劇場空間としてデザインされている。また、ディスコやフリースペースのコンセプトづくりから内装や仕掛けなどをデザインする空間プロデューサーといわれる人たちは、そのスペースを劇場空間としてシニフィエを付加する▼3。デパートが美術館を整備し、そこでちょっとマイナーな知る人ぞ知るといった類のアーティストの展覧会をしたりミニ劇場を設置するのも、ひとえに記号性を高める工夫である。デパートの場合、高級品志向がコンセプトの中心となるので、ヨーロッパ的伝統文化や教養を差異化のコードとして採用することが多かった▼4。また昨今は祭やイベントがさかんに開催され、一方ではシティマラソンが企画されて、都市そのものが広告媒体となる場合もある。
さらに、こうした店舗の内部だけでなく、外部の街そのものを劇場空間化する試みもしばしばなされる。その最初の試みは、いまのセゾングループによる「渋谷パルコ」の試みである▼5。「渋谷パルコ」が開店したのは一九七三年、ちょうど本書の多くの読者が生まれたころである。日本が本格的な消費社会へ離陸するのも、このころである。
渋谷駅から五〇〇メートルも離れた、しかも街はずれの坂道上にある貸しビル業「パルコ」がしたことは、パルコそのものをホテルのような劇場空間にするとともに、パルコヘアブローチできる付近の路地・坂道の活性化、つまり路地や坂道に「絵に描いたような」名前をつけ整備して新たな名所にしてしまうことだった。まず、かつて「区役所通り」と呼ばれていた通りを「公園通り」に変えた。「公園通り」の「公園」とは「パルコ」[イタリア語]のことであり、歩道を広げ街灯を取りつけ、ストリート全体を整備し続け、特殊な都市空間=劇場空間を演出した。パルコのオープニング・キャンペーンのコピーは「すれちがう人が美しい――渋谷=公園通り」だったが、ねらいは明確に「劇場空間化」にあったといえる。
このほかスペイン通りやオルガン坂・サンドイッチロード・アクターズストリートなどがそれぞれ記号性を変えて演出される。さらに有料駐車場や建設工事中の仕切の壁にウォールペイントを採用するといった、たんなる野外広告を越えた芸の細かい演出がとぎれることなくなされた。
記号性を帯びた空間は、必然的にそこを通る人びとを〈演技者〉にする。見るだけでなく見られる場所。そこは「ファッションを売る場所」であるだけでなく、「ファッションを着ていく場所」でもあるのだ。視線の交わしあい=まなざしの交錯が快感である人は何度もそこを訪れるだろうし、それが不快な人(見方を変えれば、場ちがいな人)はそこを避けるだろう▼6。現代の都市生活とは、TPOにあわせて空間選択することだから、そこは本当にパルコの望むファッショナブルな人たちとその予備軍(つまり子どもたち)だけの場所になる。高感度な人間が集まれば、おのずと記号性すなわちコノテーションの自律的運動がはじまる▼7。
こうして現代型都市空間は〈演じる〉場として特権的に存在するようになる▼8。この役割演技=パフォーマンスはどのような性質をもつのか、吉見俊哉はつぎのように分析している。「そこでは〈演じる〉こと自体のなかで演じる者の個性が発見されていくのではなく、すでにその意味を予定された『個性』を〈演じる〉ことによって確認していくという意味で、〈演じる〉ことはアリバイ的である。一方では、演じる主体としての『私』が個別化された私生活のなかに保護され、他方では、演じられる対象としての私の『個性』が都市の提供する舞台装置や台本によって保証される、そうした二重の機制が、人びとの関係性を様々な生活場面で媒介していくために、ひとは、『個性』を選択することが個性的であることを証明し、『私の世界』をもっことが自己のアイデンティティを証明することでもあるかのように感覚していくのだ▼9。」消費社会の自我像は、たしかにこのような特質をもつものかもしれない。
物語マーケティング/シーン消費
劇場空間化はいまやマーケティング戦略の基本となり、都市再開発の定番にすらなった観があるが、劇場空間化の延長上にあるものとして「物語マーケティング」に注目しておきたい▼10。福田敏彦によると、「物語マーケティング」は、たとえば、テレビゲームのRPG(ロールプレイングゲーム)のように直接物語を売るもの、「ビックリマンチョコ」のように背景に物語が潜んでいるもの、サンリオなどのキャラクター商品、ビール「冬物語」のようにネーミングで物語を使用したもの、からくり時計のようにプロダクトデザインが物語性をもつものなどがすでに人気を集めたが、「東京ディズニーランド」や「サンリオピューロランド」のようなテーマパーク、物語性をもった店舗空間、おなじみの物語型広告などがある▼11。これらは結局、現代型消費に見合った売り方のひとつの方向であろうが、じっさいニュースでさえ一種の物語消費的な色彩で受容される今日▼12、しばらくは〈物語〉の線上で展開されると思われる▼13。今後の動向を見守っていきたい。
▼1 網野善彦『増補 無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和』(平凡社選書一九八七年)。
▼2 星野克美、前掲書。
▼3 大塚英志、前掲書五三ページ以下。
▼4 デパートのこの側面については、上野千鶴子、前掲書「VI百貨店――都市空間の記号学」がおもしろい。
▼5 増田通二監修、アクロス編集室編著『パルコの宣伝戦略』(PARCO出版一九八四年)。
▼6 この戦略をマーケティングでは「セグメンテーション」という。
▼7 現在では、本家の西武とくにロフト付近や丸井、そしてもともと渋谷が地元の東急ブンカムラによって、渋谷はかなりまんべんなく人びとの循環するめぐりのよい街になっている。博報堂生活総合研究所『タウン・ウォッチング――時代の「空気」を街から読む』(PHP研究所一九八五年)。ちなみにこの本によると、カメラの新宿西口とかスキーのお茶の水などでは、若い人たちはほとんど循環しないでまっすぐお店に行ってまっすぐ帰ってくるという動脈型の流れになっていて、人びとの滞在時間も短い。ここでは特定の店、特定の商品にポイントがあるにすぎず、街全体にあるわけではない。ということは街全体は潤わないということだ。その点、路地裏や街はずれまで若者が循環する渋谷は、滞在時間が長く、結局商売になる。
▼8 この場合の「現代型都市空間」とは、基本的に「原宿・青山・渋谷のつくる空間的な三極構造」を理念型にしている。中野収「増殖する都市――多元的宇宙・東京」『現代思想』一九八三年七月号。すなわち、極度の人工性を特徴とする「意味ベクトルが零になる空間」である。中野収『東京現象』(リクルート出版一九八九年)一六-三五ページ。
▼9 吉見俊哉『都市のドラマトゥルギ――東京・盛り場の社会史』(弘文堂一九八七年)三四八-三四九ページ。
▼10 福田敏彦『物語マーケティング』(竹内書房新社一九九〇年)。福田は社会学出身の電通ディレクター。なお、これより広い概念として「シーン消費」が数年前に提案されている。「シーン消費」とは、商品が、それを使用するシーンとTPOごと消費者に選択される事態をさす。電通マーケティング戦略研究会編、前掲書参照。
▼11 福田敏彦、前掲書二九-五九ページ。
▼12 山口昌男は、ニュースが物語性を前提とし、しかも物語をはみだす部分が新しいモノとして差異化され消費されるとのべている。山口昌男『流行論』(朝日出版社一九八四年)五一-五五ページ。
▼13 大塚英志は、生産者たる「常民」に対して、消費者たる「少女」を対置して、その独特の文化の生態をこまかく描いているが、そのなかで宗教的なものへの傾斜を指摘しているのが興味深い。大塚英志『少女民俗学――世紀末の神話をつむぐ「巫女の末裔」』(カッパサイエンス一九八九年)。たしかに物語消費のさらなる延長線上にあるのは宗教なのである。大塚英志『物語消費論』二〇五-二一八ぺージ参照。
増補
消費社会の変容
この分野、九〇年代になって研究も冷え込んでいる。しかしマーケティング系の議論が静かになった分、冷静に社会学的研究ができるようになったといえなくもない。
八〇年代までの消費社会をまとめたものとして、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)、宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)。とくに後の本はマニアックなので、ある程度素材に精通していないと読破はむりかもしれない。文化研究は素材に精通することが第一条件である。
九〇年代の消費社会の変容に焦点を絞ったものとしては、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)と、宮台真司『世紀末の作法――終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』(メディアファクトリー一九九七年)をあげておきたい。CM論については、内田隆三『テレビCMを読み解く』(講談社現代新書一九九七年)が高度な議論を展開している。消費社会をマクロに現代社会論のなかに位置づけなおしたものとしては、見田宗介『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書一九九六年)。
サブカルチャーの内在的理解のために
社会学者は消費文化として総括してしまうけれども、文化現象はそれぞれ奥が深いものであり、ディテールに分け入ってみて初めて内実を理解できるものである。したがって、この種の研究には大量のモノグラフ的な資料にあたる必要がある。それができないときは、それぞれの世界を生きてきた人たちの自己分析に謙虚に耳を傾けていくべきだろう。
そのようなものとして、コミック系では夏目房之介の仕事に注目してほしい。たとえば、夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか――その表現と文法』(NHKライブラリー一九九七年)。ペンによっていかに表情が変わるか、コマ構成の文法、「オノマトペ」の効果など、マンガ表現の内在的ロジックにふれることができる。
アニメやゲームなどのいわゆる「オタク文化」については岡田斗司夫の一連の仕事が有名。岡田斗司夫『オタク学入門』(太田出版一九九六年)と岡田斗司夫『東大オタク学講座』(講談社一九九七年)。該博な知識に圧倒される。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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4月 12017

社会学感覚12ジャーナリズム論

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社会学感覚
12 ジャーナリズム論
12-1 ジャーナリズムの理念と「知る権利」
マスコミとジャーナリズム
一般に「マスコミ」と「ジャーナリズム」は同じものをさすことばとして使われている。しかし、それらはいずれも「マス・メディア」というべきであって、これらの基本用語が正確に区別されていないために、なかなか有効な議論が成立しにくい状況にある。とくに最近はもっぱら「情報」という用語で議論されることが多く、その分「ジャーナリズム」という用語そのものが使われなくなる傾向がある▼1。このあたりから再確認していこう。
まず、「マス・コミュニケーション」は〈現実〉をさすことばである。それに対して「ジャーナリズム」は原則として〈理念〉をさすことばと思ってもらいたい。〈理念〉とは「こうあるべきだ」という思想のことである。
現代社会には、利害ではなく特定の理念によって構成される社会領域がある。たとえば、法律・教育・医療・福祉・アカデミズムなどの社会領域は、それぞれ独自の理念をもち、それを中心に制度化されている。そこで働く人びとは、そうした理念にもとづいて活動する。むろん現実はさまざまな利害によって侵食され、理念が形骸化していることもあろう。しかし、それでもいくばくかの理念が生きていなければ、その社会領域はまとまりをもちえないのである。ジャーナリズムもそのような理念によって統合された社会領域なのである▼2。
〈理念〉をあらわす「ジャーナリズム」と〈現実〉をあらわす「マス・コミュニケーション」がしばしば混同されるのは、マス・コミュニケーションがジャーナリズム活動として始まり、それを柱として発展してきたという歴史的事情が一方にあり、またその発達過程のなかでジャーナリズムの理念がしだいにその比重をうすめて、ジャーナリズムがマス・コミュニケーションのひとつの機能にすぎないと考えられるようになったという逆説的な変化が他方にあるからだ。ちょうど「プロテスタンティズムの倫理」と「鋼鉄のような資本主義」の関係に似ている。
したがって、「ジャーナリズムとはなにか」に答えることは、「ジャーナリズムの〈理念〉について考えることにほかならない▼3。
ジャーナリズムとはなにか
では、ジャーナリズムがジャーナリズムである本質はなんだろう。
新井直之によると、それは「いま言うべきことを、いま、言う」ことである。「いま伝えなければならないことを、いま、伝える。いま言わなければならないことを、いま、言う。『伝える』とは、いわば報道の活動であり、『言う』とは、論評の活動である。それだけが、おそらくジャーナリズムのほとんど唯一の責務である▼4。」したがって、娯楽や広告媒体としての活動は付随的なものにすぎず、継続性や定期性も重要ではない。一回かぎりの行為であってもジャーナリズムたりえるし、組織である必要もない。「ジャーナリズムの活動は、あらゆる人がなし得る。ただ、その活動を、日々行ない続けるものが、専門的ジャーナリストといわれるだけなのである▼5。」組織ジャーナリストやフリー・ジャーナリストはもちろん、公害企業の内部告発者も、地域の問題にとりくむ市民運動家も、ジャーナリズムの主体たりえるということだ▼6。
この根本規定に、記録性や世論形成や定期性などの諸要素が加わった、その結果として、ジャーナリズムは「ニュースを収集し、選択・分析・解説し、それを継統的かつ定期的に流布する過程」と一般的に定義される現象としてあらわれると理解できる。
民主主義と権力のはざまで
では、なぜこのような理念にもとづくジャーナリズムが必要とされるのか。それに答えるには〈民主主義〉と〈権力〉の二概念が欠かせない。
民主主義とは国民が直接・間接に政治に参加することだ。民主主義国家における権力の源泉は国民に由来する。自分たちのことは自分たちで決めるという原則である。そのさい問題となるのは、自己決定するさいの知的条件である。つまり、国民は自分たちの現状[いま、ここ]について、できるだけ正確でくわしい知識をもっていなければならない。一口で国民といっても、そのおかれている立場はさまざまである。しかし、そのひとりひとりが平等に〈いま、ここ〉の知識をわかちあっていることが民主主義の前提条件である。
ところが、民主主義的手続きによってひとたび権力が成立すると、意思決定に必要な〈いま、ここ〉の知識が権力の極の方に集中し、平等に配分されなくなってくる。この傾向が放置されるならば、権力は国民による正当なコントロールからはずれ、逆に権力が国民をコントロールする事態をまねく。そうなると、もはや民主主義とはいえないから、なんらかの制度的対策が必要となる。「いま伝えなければならないことを、いま、伝える。いま、言わなければならないことを、いま、言う」ジャーナリズムが要請されるのは、このためである。
このようにジャーナリズムは民主主義と権力との相関物であることを確認しておきたい。
知る権利
ジャーナリズム活動の正当性は、したがって、国民がもともともっている「知る権利」の代行[具体化]にある。
じつは、この「知る権利」という概念はそれほど古いものではない。この概念は第二次大戦中の国家機密へのきびしい報道管制への反発として誕生し、一九五〇年代のアメリカで言論の自由の現代的原理として注目されたものである。日本では一九六九年から翌年の「博多駅テレビフィルム提出命令事件」で注目をあび、一九七二年の「沖縄返還交渉に関する外務省機密文書漏洩事件」で一躍一般に知られるようになった▼7。
このように「知る権利」が注目され、今日、ジャーナリズムをそれとの関係で定義するようになったのには背景がある▼8。
(1)情報の果たす役割がたいへん大きくなったこと。情報の社会的価値が飛躍的に高まった。そのため、価値ある情報が国家権力・行政権力・経済権力へと集中し独占されている。しかも、その情報のもつ影響は多くの人びとにおよんでいる。
(2)送り手と受け手が完全に分離してしまったこと。個人が自力で収集できる情報や知識の質量は、ほとんど意味をもたないほどに限定されている。もはやマス・メディアによるジャーナリズム活動なしに現実世界を知ることはできない。そのために、自由でゆたかな情報の流れを確保しなければならない。
(3)国家機能の増大にともなって国家秘密が増大したこと。立法府・裁判所は比較的透明であるが、行政府はもともと裁量の度合いが大きく、しかもまったく不透明である。とりわけ現代の国家は行政府の圧倒的優位・肥大の傾向にあり、人びとにとって重要な意味をもつ知識や情報が、国家秘密・行政秘密として情報管理されることが格段に多くなった。「秘密のインフレ」によって国家権力が巨大なブラックボックスとなってしまったのである。マス・メディアが国民の代行として国政に関する情報をひきだし伝達しなければ、国民の「知る権利」はいともかんたんに机上の空論と化してしまう。この場合「取材の自由」と「報道の自由」は「知る権利」と同列におかれる。
(4)消費社会において企業の社会的責任がますます大きくなったこと。〈売り手の企業〉と〈買い手の消費者〉とは、もはや対等の関係ではない。企業は消費者に対して強力な支配力をもつにいたっている。この支配力は消費者に対してだけでなく、企業城下町の地域住民に対しても、また企業内労働者に対しても絶大なものであり、この点でも「企業秘密」の名のもとになされる企業活動の実態について明らかにされるべきことがらは多い。
以上の背景のもとに「知る権利」の必要性が高まり、ジャーナリズムの理念が再評価されるとともに正当化されてきた。では、現実のジャーナリズムはそのような役割を果たしているだろうか。これがつぎの問題である。
ジャーナリズムが「正義の味方」にみえるとき
一九八八年六月一八日「朝日新聞」朝刊は、川崎市助役のリクルート・コスモス未公開株譲渡の事実をスクープした。これがリクルート事件が〈事件〉として報道された最初の瞬間である。これは捜査当局が立件を断念したのち、朝日新聞横浜・川崎両支局が独自に「調査報道」したものだった▼9。
もしこのスクープがなかったら、その後の政界と経済界に生じた一連のできごとは存在しなかったことになる。このあたりが物理的世界と社会的世界の大きなちがいである。社会的世界においては、知る者がだれもいなければ、それは存在しないのと同義である。その意味で、リクルート事件においてジャーナリズムが果たした役割は果てしなく大きい。
ジャーナリズムは「正義の味方」か?
ところが、その「朝日新聞」が、一九八九年四月二〇日夕刊に、ねつ造されたサンゴ落書き報道をしてしまう。これは、沖縄西表(いりおもて)島サンゴ礁の巨大なアザミサンゴにダイバーが「K・Y」と傷をつけたことを鮮やかな写真で告発したものだった。ところが、サンゴにつけられたこの傷は、その写真を撮ったカメラマン自身がつけたものだった。これによって社長までが責任をとって辞任することになる。
リクルート報道では「正義の味方」にみえた「朝日新聞」だったが、この事件で裏切られたような感想をもった読者も多かった。ジャーナリズムは、ほんとうに民衆の「知る権利」を具体化してくれる「正義の味方」なのだろうか。
▼1 たとえば、テレビ・ニュースのキャスターでさえ「新鮮な情報をお届けしたい」という表現を好み、「ジャーナリズム」といういい方を使わなくなっている。
▼2 したがって、法律・教育・医療・福祉・アカデミズムに関わる人にとって、ジャーナリズムの理念と現実を学ぶことは、みずからの明識を高めることに通じると思う。
▼3 物理的世界をあつかう科学では、「こうあるべきだ」「こうしなければならない」という議論は価値判断をふくんでいるために徹底的に排除されるが、社会的世界をあつかう科学では、このような理念をはじめとして価値判断・価値観・主観性・政治的態度などと徹底的につきあっていかなければならない。なぜなら、それらも社会という研究対象の構成要素だからである。なお、ジャーナリズム論や平和研究のように一定の〈理念〉に立つ科学のことを「規範科学」ということがある。
▼4 新井直之「ジャーナリストの任務と役割」『マス・メディアの現在』[法学セミナー増刊総合特集シリーズ三五](日本評論社一九八六年)二五-二六ページ。なお、ニュアンスのちがいはあるが、戦前の戸坂潤の提出した「アクチュアリティ」概念も本質において同様のことをのべていると思われる。戸坂潤はみずから「唯物論者」と定義していたが、その仕事の全体からみるかぎり「知識社会学者」と呼ぶべき存在で、そのジャーナリズム論は一読の価値がある。戸坂潤「新聞現象の分析――イデオロギー論による計画図」『戸坂潤全集』第三巻(勁草書房一九六六年)。
▼5 新井直之、前掲論文二六ページ。
▼6 内部告発のことをアメリカでは「ティップ・オフ」(tip off)という。アメリカでは所属組織(政府機関や企業)に不正や不正義があったとき、内部事実を外部にもらして世論による軌道修正をはかろうとすることが多いという。これは「職域に対する忠誠よりも、社会に対する誠実を優位に置く思想」にもとづく行為である。ウォーターゲート事件の取材における重要なニュース・ソースにもティップ・オフがあった。新井直之『ジャーナリズム――いま何が問われているか』(東洋経済新報社一九七九年)二一-二二ぺージによる。
▼7 「知る権利」の成立過程については、奥平康弘『知る権利』(岩波書店一九七九年)。なお、「外務省機密漏洩事件」いわゆる「西山事件」については、澤地久枝『密約――外務省機密漏洩事件』(中公文庫一九七八年)。
▼8 奥平康弘、前掲書第二章。芦部信喜「『知る権利』の理論」内川芳美・岡部慶三・竹内郁郎・辻村明編『講座現代の社会とコミュニケーション3言論の自由』(東京大学出版一九七四年)所収。
▼9 「調査報道」(investigative reporting)とは、公的機関がとりあげていないか隠している重要な事実、とくに権力の不正腐敗・税金の浪費・組織の犯罪に対して、ジャーナリストがみずからの意思で取材調査し報道することをいう。「ワシントン・ポスト」によるウォーターゲート事件が代表事例。
12-2 ジャーナリズムの現実問題
理念から現実へ
当然のことながらジャーナリズムもまた、社会のさまざまな葛藤の錯綜するなかでおこなわれるかぎり、そうした葛藤と無縁ではありえない。葛藤とは、たとえばメディア企業間の競争であり、組織内のジレンマであり、ジャーナリスト間の競争であり、社会構造の矛盾であり、権力闘争である。このような重層的な葛藤が、ジャーナリズムにさまざまな現実問題を生じさせることになる。理念的側面について確認したいま、今度は日本のジャーナリズムの現実的側面について概観しよう。そのさい、現実問題のディテールに深入りしないで、そのさまざまな事例を類型化し、共通形式を抽出する形で整理することにしたい▼1。
誤報・虚報・ねつ造・やらせ
いずれもありのままの事実でないことを報道することであり、意図的かそうでないかによってタイプがわかれる。「ねつ造」と「やらせ」は意図的なものだが、「誤報」と「虚報」は意図的でないことが多い。
意図的なものとしては、さきほどの「サンゴ落書き事件」があげられる。また、校内暴力が社会問題化していた時期に、町田の中学の校内暴力事件取材で中学生にタバコを吸わせて撮影した「やらせ」が問題になったこともある。さらに「やらせ」については、この業界用語を一般化させるきっかけになった有名な事件がある。一九八五年テレビ朝日「アフタヌーン・ショー」の「やらせリンチ事件」がそれである。この事件は「非行グループ」の取材中に生じた「ヤキ入れ」の場面を撮影・放映したことから騒ぎになり、やがて「ヤキ入れ」はじつはディレクターの教唆による「やらせ」だったとされ、担当ディレクターが逮捕されたというものである。その結果、テレビ朝日は「アフタヌーン・ショー」の番組枠で「テレビ取材のあり方、暴力事件放送の反省」というタイトルの自主制作番組を放送し、謝罪し、その後「アフタヌーン・ショー」は打ち切られた▼2。
意図的でなくとも、さまざまな理由から誤報や虚報は生まれる。たとえば・災害報道では現場のデマに翻弄されてしばしば誤報が生じるし、速報第一主義のため、未確認の情報をそのまま流してしまう結果の誤報も多い。たとえば、サンゴ事件のあった年にも、「毎日新聞」は「グリコ事件」の犯人を取り調べ中という大きな誤報をしているし、「読売新聞」も「幼女連続誘拐殺人事件」の犯人のアジトを発見したという虚報事件をおこしている。
スキャンダリズム・センセーショナリズム・エモーショナリズム
興味本位の報道や俗にいうお涙頂戴路線の報道は日常的におこなわれており、一般のマスコミ批判もこの文脈でなされることが多い。タレントの私生活の些末事を大きく報道したり、被害者の家族に執ようにコメントを求める無神経さがしばしば非難されている。
たとえば、一九八五年八月に五二〇人の犠牲者をだした日航ジャンボ機墜落事故の報道では、文藝春秋社の写真週刊誌「エンマ」が損傷著しい遺体写真を掲載する一方で、このときの四人の生存者とりわけ女子中学生の追跡取材がいっせいになされた。猟奇性と同情、このふたつの相反する報道は、じつは感情に訴える点では同じもののふたつの現象形態である。このような性向は今日、人間くささを前面にだそうとする「ヒューマン・ストーリー主義」という新しいよそおいでジャーナリズムのなかに位置を占めているが、受け手の感情に訴える点で問題性は変わらない。
問題は三つある。まず、受け手の感情に訴えるかぎり、どうしても保守的にならざるをえないこと▼3。第二に、対象となる個人の人権を侵害しやすいこと。第三に、ジャーナリズムそのものへの強圧的な批判を招きやすいこと。そのためにジャーナリズムの理念そのものが侵害される危険性がある▼4。
じつはジャーナリズムにとってスキャンダリズムやセンセーショナリズムそしてエモーショナリズムは紙一重の関係にある。いずれも「隠されているものを暴く」「特定初問題を切りとって強調する」「人間的感情に訴える」ことにはちがいないからである▼5。では、なにがちがうかというと、ひとえにそれは権力批判という緊張関係をもっているかどうかなのである。「調査報道・知る権利といっても、権力批判という緊張関係を失うと、たんなるのぞき趣味に堕してしまう」という稲葉三千男の指摘を確認しておきたい▼6。
プライバシーと人権の侵害
ジャーナリズム活動が結果的に報道された個人のプライバシーと人権を侵害してしまうことも多い。それに対して、一九八六年ビートたけしが友人への取材に対して写真週刊誌「フライデー」に殴り込み事件をおこして以来、一般にも「取材・報道される側」の論理が浸透しつつあり、メディア側にも反省の動きがある▼7。
しばしば芸能人がターゲットになり〈消費〉されるが、プライバシーと人権の侵害がとくに問題とされるのは「犯罪報道」である。犯罪行為は正義ではないから、犯罪報道の過程においてもしばしば強烈に非難される。そのため、容疑者はもちろん、その家族や職場の人びとまでが不当に社会的制裁を受けることが多い。問題はつぎの四点だ。第一に、犯罪は法によって裁かれるべきで、マスコミが裁くのではないこと。これを「新聞裁判=プレストライアル」という。法以外で制裁を加えるのはリンチである。第二に、逮捕段階で実名とともに非難報道すること。裁判で判決がおりるまでは「推定無罪」であるが、逮捕段階で容疑者を「犯人」と認定してしまうことは危険である。現に多くのえん罪事件がある。たとえ無罪と確定しても、逮捕段階でなされた社会的認定を変えることは容易でない。第三に、法的制裁以上の社会的制裁をさきに受けてしまうこと。しかも、それは本人だけでなく家族など周囲の人びとにもおよぶ。第四に、裁判に予断をあたえてしまうこと。一種の「予言の自己成就」である▼8。
浅野健一は『犯罪報道の犯罪』のなかで、このような報道被害の直接的原因となっているのが「実名報道主義」であるとし、スウェーデン型の「匿名報道主義」への転換を提唱している▼9。
そもそも日本のジャーナリズムには犯罪報道が多い。五十嵐二葉によると、実数で「朝日新聞」は「ニューヨークタイムズ」の三倍、犯罪件数に対する割合をとるとなんと二三倍だという▼10。本来は権力チェック機能を果たすのに使われるべき紙面や時間が、社会の上方ではなく下方にむかって流れているわけである▼11。
ステレオタイプ
ジャーナリズムは原則としてことばによってなされる。ことばはその独特の生理によって自動的に作動することがしばしばある。自分の気持ちを文章にすると、なんとなく違和感を覚えることがあるのもそのためである。報道の過程でも同じことが起こりうる。たとえば「犯人はふてぶてしい表情で」「鬼のような」「被告人は沈痛なおももちで判決に聴きいっていた」といった表現は、客観的に描写したものでもなく、また、主観的な表現でもない。それはことばの生理が生みだしたものである。だから、ときには、なぐってはいないのに「なぐる蹴るの暴行」と書いてしまったりする▼12。
このような常套文句によるステレオタイプとともに、記者自身のもっているステレオタイプ・固定観念が先入観として作用することも多い。さきほどの犯罪報道についてみれば、ジャーナリストが漠然ともっている勧善懲悪思想――悪いことをした人間はなにをされてもよいという考え――は、必要以上に容疑者の人権を侵害する報道をまねきがちである。かえって、これによって社会秩序が守られているとして「正義の味方」になったと素朴に錯覚してしまうのである。これでは、原寿雄の待望する「社会科学的ジャーナリズム」への道は遠いといわざるをえない▼13。
劇場型犯罪
一九八四年から翌年にかけての「グリコ・森永事件」は、ジャーナリズムそのものが事件と融合したまったく新しいタイプの事件だった。つまり、犯人から送りつけられる脅迫文・声明文を大きく報道することは、そのまま犯人の思い通りになることを意味したために、報道機関が一種の〈共犯関係〉になってしまうおそれがあった。つぎつぎに送りつけられる声明文をそのまま発表するかどうか、報道機関はどこもジレンマに陥った。他方、受け手は観客として楽しむ傾向もあった。
また、一九八五年六月一八日の「豊田商事永野会長刺殺事件」では、一三社三三人の報道陣の目の前で殺人事件が発生し、一部始終が放映された。このあと、なぜ報道陣が殺人を防げなかったのかという抗議・批判が放送局などに殺到した。この場合も、ジャーナリズム自体が事件の一部だった▼14。
このように劇場型犯罪において犯罪者はマス・メディアを利用する。事件が〈動く〉のを期待しているマス・メディアは、かんたんに〈協力〉させられてしまう。さらにマス・メディアが犯罪を誘引してしまう傾向も指摘されている▼15。
総ジャーナリズム状況
この用語の提唱者新井直之によると、「総ジャーナリズム状況」とは「1ある特定のできごとに、すべての種類のメディアが動員され、2そのできごとの報道に、紙面・番組をできるだけ割き、3しかもその報道がすべて同じ」という報道現象をさす▼16。
「ニューヨーク・タイムズ」は「豊田商事永野会長刺殺」をとりあげた一九八五年六月二一日付の記事「日本のテレビ殺人――はからずも浮上した報道機関の自画像――パックジャーナリズム」で日本のジャーナリズムを「パック・ジャーナリズム」と命名したが、これも総ジャーナリズム状況を指摘したものである。典型的事例として「松田聖子・神田正輝結婚」「ロス疑惑」「カルガモの引越し」そして最近の一連の「天皇報道」「湾岸戦争報道」などをあげることができる。これらはいずれも日本のジャーナリズムの常態といってよい▼17。
総ジャーナリズム状況の問題は、もちろん集中砲火・集中豪雨的取材そのものがひきおこす問題もあるけれども、もっと根底的なことがある▼18。第一に、すべてのメディアが総動員されることによって、報道されない事実がふえること。わたしたちは、大事件だからすべてのメディアが総がかりで取材し大きくあつかうのだと思っている。しかしじっさいのところは、総ジャーナリズム状況ゆえに大事件と思ってしまうだけなのだ。前章でふれた「議題設定機能」が強力に作用しているのである。第二に、どれも同じ報道姿勢のため、画一的になり、結果的に特定の視点以外の見方を排除してしまうこと。これも前章でふれた「沈黙のらせん」が作用していると考えられる。
総ジャーナリズム状況は、現場における競争構造とヨコならび意識の産物といえるが、権力にとって都合のよいように書かせる「世論操作」や都合の悪いことは書かせない「報道規制」をまねきやすい点で、ジャーナリズムとしては非常に脆弱な構造になっている。たとえば一九七二年七月自民党総裁選出で田中角栄が総裁になったとき、テレビや新聞は「庶民宰相キャンペーン」を張り、「山あり谷あり今太閤」とか「高小卒で天下を取る」などと角栄ブームをいっせいにあおった▼19。しかし、それがどれだけ的確であったかどうかは、「田中金脈」「ロッキード事件」などその後の歴史が厳然と示している。
発表ジャーナリズム
現在の報道におけるいわゆる「発表モノ」への依存は非常に高い。「○○署の調べによると」「○○省の調査では」といった書きだしで始められる記事だ。ニュースのじつに八ないし九割が発表モノで、例外は家庭欄と文化欄ぐらいではないかともいわれるほどだ。原寿雄はこれを「発表ジャーナリズム」と命名した▼20。
これら発表モノが公表される場所は「記者クラブ」である。記者クラブは日本独特の制度で、中央官庁・警察・地方自治体・経済団体などにおかれている。もともと権力に対する監視の意味あいでジャーナリストたちがそれぞれの現場で協力して勝ちとったものだが、現在それが変質してしまったようなのである▼21。
記者クラブにいると、警察や官庁の広報担当が資料をもって定期的におもなニュースを伝えてくれる。記者はそれをもとに定型的に加工して送稿すれば、各社ヨコならびになり「トク落ち」もない。こうして似たような記事が各紙各局いっせいにでることになる。
問題は「発表」そのものにある。それはつぎのことばに集約されている。「なんらかの意図を持たない発表ものはない。とすれば発表それ自体が情報操作の基本型なのである▼22。」つまり、発表側の官庁や警察にとって不利な情報はつねにかくされ「良いニュース」だけが選択されて発表される「グッド・ニュース・オンリー・システム」が発表の原則なのである▼23。だから発表モノをそのまま流すことによって、ジャーナリズムが発表側[いずれも権力サイド]の実質的な「広報部門」と化してしまう可能性があるわけだ。その結果、警察発表をそのまま報道する犯罪報道によって、事実誤認による人権侵害が多く発生している▼24。
「調査報道」「追跡取材」「検証報道」といったジャーナリズムの本道があえて叫ばれるのも、現在のジャーナリズムの基調が「発表ジャーナリズム」にあるからなのである。
▼1 素材は代表的なジャーナリズム研究者やジャーナリストの著作を参考にした。くわしくは以下の著作を直接ご覧いただきたい。新井直之『ジャーナリズム――いま何が問われているか』前掲書。稲葉三千男編『[マスコミ]の同時代史』(平凡社一九八五年)。広瀬道貞著『新聞記者という仕事』(ぺりかん社一九八七年)。原寿雄『新聞記者の処世術』(晩聲社一九八七年)。原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか――続新聞記者の処世術』(晩聲社一九九〇年)。桂敬一『現代の新聞』(岩波新書一九九〇年)。
▼2 この事件については、じつは疑問もある。佐藤友之『虚構の報道――犯罪報道の実態』(三一新書一九八七年)第四章。
▼3 原寿雄は「感性的センセーショナリズムというのは、その時代の意識としてはマジョリティ意識に訴えるわけですから、本来的に保守的なものです」とのべている。原寿雄『新聞記者の処世術』九一ページ。
▼4 PTA的な「俗悪」マスコミ批判、政府関係者の「いきすぎ」批判、タカ派文化人の「偏向報道」批判と強権発動待望論などは、ジャーナリズムの現実問題をジャーナリズムの自律性によって解決するのでなく、ジャーナリズムを権力的秩序下において解決しようとする志向性をもつために、たいへん危険である。今日、ジャーナリズム批判をすることのむずかしさはここにある。本書で理念の議論をまず確認したのもそのためである。
▼5 この点を強力に論じたものとして、中野収『「スキャンダル」の記号論』(講談社現代新書一九八七年)。
▼6 稲葉三千男編、前掲書一七ページ。
▼7 これ以前のものとしては、たとえば『書かれる立場書く立場――読売新聞の「報道と人権」』(読売新聞社一九八二年)が、どのような記述がどのように問題なのかを事例をあげて具体的かつ系統的に示していて興味深い。
▼8 一例として、都市のフォークロアの会編『幼女連続殺人事件を読む』(JICC出版局一九八九年)。犯人がどのように語られたかを資料としてまとめたもの。
▼9 浅野健一『犯罪報道の犯罪』(講談社文庫一九八七年)。浅野健一『新・犯罪報道の犯罪』(一九八九年)。
▼10 五十嵐二葉『犯罪報道』(岩波ブックレット一九九一年)。
▼11 原寿雄はこれを「水流ジャーナリズム」と名づけている。原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか』九五ページ以下。
▼12 原寿雄『新聞記者の処世術』一七五ページ以下。
▼13 前掲書一五二ぺージ。なお、ステレオタイプについては20-1も参照されたい。
▼14 この事件に立ち会った報道陣の証言について紹介したものとして、森潤「その時、報道人は何を考え行動したか――惨劇報道『証言』にみる批判・反論・教訓・自戒」『マス・メディアの現在』前掲書がある。
▼15 原寿雄は「永野会長刺殺事件」の場合「マスコミが犯罪の抑止力にならずに、逆に犯罪を助長する舞台装置になった疑いが強い」と指摘している。原寿雄、前掲書四七ページ。
▼16 新井直之『メディアの昭和史』(岩波ブックレット一九八九年)五二-五三ページ。なお、本書は日本のメディア史についてのもっともコンパクトな入門書。
▼17 「天皇報道」については、原寿雄『それでも君はジャーナリストになるか』一六-五六ページにくわしい分析がある。また、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。
▼18 新井直之『ジャーナリズム』「序章」にくわしい分析がある。ここでもそれを参照した。
▼19 前掲書「序章」。
▼20 原寿雄『新聞記者の処世術』二三-四五ページ。
▼21 記者クラブ制度は、そこを利用できないフリージャーナリストや外国ジャーナリストから、その閉鎖性を批判され、特権意識を醸成する場として問題化されている。新井直之、前掲書第三章「記者クラブ制度の功罪」。また短いものだが記者クラブをウチとソトから体験したものとして、川上澄江『新聞の秘密』(JICC出版局一九九〇年)PART5「こちら記者クラブ」。
▼22 原寿雄、前掲書三八ページ。
▼23 前掲書三九ページ。
▼24 浅野健一『犯罪報道と警察――なぜ匿名報道か』(三一新書一九八七年)。
12-3 〈未完のプロジェクト〉としてのジャーナリズム
ジャーナリズムの理念復権のために必要なこと
これまで概観してきたように、現代のコミュニケーション状況においてジャーナリズムがその志をとげるのは容易なことではない。しかし、一方で「あふれる情報」といわれながら、他方では人びとにとってほんとうに必要な反省的知識がえられないというディスコミュニケーションを改善するためには、ジャーナリズム理念の復権がぜひとも必要である。いや、「復権」ではなく、じつは理念としてのジャーナリズムはいまだ実現していない「未完のプロジェクト」(ハバーマス)なのかもしれない。その〈プロジェクト〉を完成させるために必要な要件はなにか。ジャーナリズムの理念をフィクションにしないためにはなにが必要だろうか。
社会的勢力からの自立
第一に、ジャーナリストは、権力や資本や暴力などからなるすべての社会的勢力から自立し、みずからの良心のみにしたがって行動することが必要である。その前提条件は、ジャーナリズム組織の経営の独立である。新聞社の社主制度や「暮しの手帖」の無広告主義はその極端な事例だが、そういう条件があってはじめて、社会的強者が隠そうとしていることがらを白日のもとにさらすことも可能になる。
たとえば、「ワシントン・ポスト」が「ウォーターゲート事件」を追及できたのは経営上のバックアップがあったからである。この事件の調査中「ワシントン・ポスト」は、株の暴落や系列テレビ局の免許更新妨害などの迫害を受けた。経営陣のジャーナリズムヘの理解と実務的努力がなければ、あれだけの調査報道はなしえなかったといわれている。
ジャーナリスト教育の問題
たとえば「発表ジャーナリズム」の背景にあるのは、そのようなシステムに疑問を抱かない記者のサラリーマン化である。ジャーナリズムの理念を十分に内化していない記者が多くなったといわれる。これには世代の問題もあるかもしれないが、組織の問題も大きい。たとえば放送局の場合、さまざまな部署をもちまわりするという日本の組織独特の人事慣行が支配的で、一種の社内転職が定期的におこなわれる▼1。社員はなんでもこなせるようになるが、これではプロのジャーナリストとしての自覚はもちにくい。
しかも、日本の多くのマス・メディアにおいてジャーナリスト教育はきわめて貧困である。実務的なことは多少おこなわれるようだが、基本的に現場経験中心主義である。つまり「こんなもんだよ」という先輩のことばとともに、たんに職場慣行が学習されるにすぎないところがある。もちろん、そのなかでジャーナリストとしての心構えやノウハウは伝えられるかもしれないが、これらは基本的に科学的反省をともなっておらず、自己正当化的であり、ジャーナリズムの理念が理論的に把握できない原因になっていると考えられる。これは組織ジャーナリストにかぎらず、出版社系週刊誌や番組を実質的に支えているプロダクションやフリーライターでもまったく同じである。
ジャーナリズムの具体的な担い手たちがジャーナリズムの理念を理解していないか、それを避けているという事実こそ、日本のジャーナリズムの根元的な問題だと思う▼2。
アメリカでは大学や大学院でジャーナリズム論を理論と実務の両面でみっちり勉強した人間が、ジャーナリストとしてメディアに採用される。損害賠償金がケタちがいに大きいアメリカでは、シロウトはあまりにリスクが大きいからである。かれらのアイデンティティはもっぱら〈ジャーナリストである〉ところにあり、日本のように所属組織を準拠集団としないようである。
システムの問題も多いが、ジャーナリストの努力によって改善できるものも多い。その意味でジャーナリスト教育を見直す必要があろう。
ジャーナリストの内部的自由
大学におけるアカデミズムと同様、ジャーナリズムの世界も、ひとりひとりのジャーナリストが自律的に活動できる自由がなければ、その躍動的な働きは期待できない。というのは、ジャーナリズムはすぐれて主体的な活動だからである。しばしば誤解されていることだが、そもそもジャーナリズムは装置によって稼働する「情報産業」ではない。ジャーナリストの主体的な現実把握・解釈・表現行為があってはじめてなりたつ主体的な活動である。したがって、ジャーナリストに主体的な活動の自由がなければ本来のジャーナリズムは実現できない▼3。
受け手の明識
ジャーナリズムが健全に発展することによって、もっとも利益をうるのは受け手である。したがって、読者として・視聴者としてジャーナリズムを支持し育てていくことが人びとの利益になる。しかし、それにもかかわらず、多くの受け手は受動的消費者にとどまってきた。ジャーナリズムではなく生活情報を求める傾向や、野球試合の入場券などの拡材によって購読紙をかんたんに変えてしまうといった無理解が存在する。だから「読者・視聴者のニーズ」といっても、結局、現状の追認でしかない。これでは、ニーズに応えようとすればするほどジャーナリズムの理念から遠ざかるということになりかねない。
対策はふたつあると思う。ひとつは、受け手の明識を高めることだ。視聴者教育や新聞利用教育が教育現場にとりいれられるべきだろう。ふたつめは、メディアが受け手批判を回避しないことだ。この点について論じたものは意外に少ないが、原寿雄の貴重な発言があるので引用したい。「読者を神聖視すべきではない。過保護にすべきではない。読者を批判することがタブーのようになってきていたジャーナリズムの側の姿勢を改めよう。もちろん、読者、視聴者の側からのメディア批判の一層の活発化が前提である。メディア間の相互批判も盛んにしなければならない。そういう、まんじどもえの厳しい批判運動のなかで、ジャーナリズムも読者もきびしく鍛えられ、言論、報道の自由がまともに花開くことを期待したい。民主社会の根幹であるプレスの自由を維持発展させるには、読者にも大きな責任があることを強調したい▼4。」
メディアの自己反省
どんな領域でも事故はある。問題はそのあとしまつである。ジャーナリズムの場合も同様である。たとえば、誤報・虚報などの場合、明確に訂正しなければ、報道被害を生じるし、メディアの信頼にも傷がつく。
これに関していい例がある。「ワシントン・ポスト」の二六歳の女性記者ジャネット・クックのルポ「ジミーの世界」の場合である。この記事は、五歳から麻薬を続けているというジミー少年を題材にしたものだったが、反響が大きく、一九八一年のピューリッツァー賞をとる。ところがこの賞がきっかけになって、このルポがまったくのでっちあげであることが内部調査でわかってしまった。そこで「ワシントン・ポスト」は「クックの世界」と題して五ページの紙面をさいて、なぜこのようなねつ造記事がでてしまったのかをくわしく報告した▼5。
「朝日新聞」の「サンゴ落書き事件」の場合も、この事例を参考にして、自己分析の記事と識者のコメントを掲載した。最近では、一九七四年に発生した「松戸女性殺人事件」の容疑者に対して一九九一年四月に無罪判決がでたさい、「朝日新聞」や「毎日新聞」などが当時の報道を反省した記事を載せた。また、紙面批評を第三者に定期的に書いてもらう新聞もあり、NHKも番組批評番組を随時放送している。
このようにメディア自身が組織として自己反省するシステムが今後強化されるべきだろう。それは結果的に、ジャーナリズムを積極的に支持してくれる受け手を育てることにもなる。
▼1 14-3参照。
▼2 これは日本の医師が本格的な看護教育を学んでいないという事実と妙に符合する。
▼3 新井直之、前掲論文二八-三一ぺージ。
▼4 原寿雄、前掲書一六〇ページ。
▼5 柳田邦男『事実を見る眼』(新潮文庫一九八五年)二〇-三〇ページ。
増補
ジャーナリズムの社会学へ
ジャーナリズムの構成要素は報道と言論である。本書があえて(古めかしいニュアンスのある)「ジャーナリズム」概念を使用するのは、「報道」だけをとりだして議論することができないと考えるからだ。報道と言論はいつも寄り添っている。というのは、あるテーマを報道しないのは、そのテーマが「問題」ではないと主張していることであり、別のテーマを報道するのは、そのテーマが「問題」であると主張していることだからである。
このことが一般的に理解されていないように思う。マス・メディアの問題を「報道」として問題にするとキャスターのコメントは「よけいなもの」として問題化されるが、「ジャーナリズム」として考えると、コメント行為自体は当然視され、内容吟味に焦点が向けられる。その意味で今なお「ジャーナリズム」は誤解されているように思う。
この誤解の源は日本の新聞界が長年標榜してきた「客観報道主義」を人びとが信じていることにある。この素朴な幻想が現実に破綻していることを知りながらも、いざマスコミ批判を口にするとき人びとはこの幻想に無自覚に乗ってしまうようである。浅野健一『客観報道――隠されるニュースソース』(筑摩書房一九九三年)は、改訂ののち、浅野健一『マスコミ報道の犯罪』(講談社文庫一九九六年)として文庫化されたが、「客観報道主義」の虚構性を批判した本である。
一見「客観的」に装っているニュースの言説を「無署名性言語」として分析した画期的な研究として、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社)もあげておきたい。玉木は「客観報道主義」が「ニュースは事実である」という素朴な「ニュース鏡像説」に基づいており、それを支えているのが無署名性言語だと説明する。
このような研究は「ジャーナリズムの社会学」を考える上で興味深いものだ。この種の研究で理論的なヒントを与えてくれるものとして、G・タックマン『ニュース社会学』鶴木眞・櫻内篤子訳(三嶺書房一九九一年)がある。ニュースの社会的構築を論じた概説書である。
TBSオウムビデオ問題
九〇年代の一連のオウム真理教事件は、本編で説明したような日本のジャーナリズムの構造的特質を浮き彫りにすることになった。とくにクローズアップされることになったのは「TBSオウムビデオ問題」と「松本サリン事件報道」である。
一九八九年、まだ「サンデー毎日」だけがオウム真理教の問題を調査報道していた段階で、TBSは、教団の水中クンバカ公開実験を取材した。そのさい、TBSは坂本弁護士のインタビューを弁護士に無断でオウム側に見せ、しかも番組を放送中止にしたばかりか、その一連の過程を坂本弁護士自身や関係者に知らせなかった。TBSのこの行為と不作為が坂本弁護士一家殺害の直接的な引き金になった可能性は高く、しかも坂本弁護士一家が「失踪」して以来ずっと関係者はこの経過について自ら公表しなかった。TBSがおこなったオウム報道のあれだけの報道量――その中にはジャーナリズム性の高い調査報道もあった――を考えると、これはかなり異常なことといえる。
これはTBS特有の問題だろうか。そうではない。なぜなら、この問題の社会的構成要素が、どの巨大マス・メディアにもほぼ共通に存在するからだ。
第一に、事実調査自体の問題がある。社内および関連会社の人物が職務上に犯した問題であるから、ある意味ではこれほど調査しやすい対象はない。業界の掟や慣行や人脈など、外部の人がすぐに理解できないような組織的背景が自明だからだ。ところが事実調査そのものがまったくうまく行っていない。これはTBSの取材力がいかに落ちているかをはからずも示している。その背景には「発表ジャーナリズム」と呼ばれる取材体制の影がちらつく。行政当局の発表に依存して報道することが日常的になっているので、一から自前で調査取材するノウハウとガッツが全体的に衰退している可能性がある。また、それをもっている人たちをきちんと組織的に動員できていないということもあるだろう。また、ふだんから「悪い奴等をやっつけろ」といった素朴な勧善懲悪主義で仕事をしているために、いざ「悪い奴等」が自分たちになっってみると、どうしていいかわからなくて立ち往生してしまっているということも大きい。もともと勧善懲悪主義的な正義は問答無用の断罪をするだけだからだ。
第二に、ジャーナリズム精神不在の問題がある。ワイドショウを担当しているのは、かつては制作局だった。ドラマをつくっているところである。ところがその後、ワイドショウが肥大化してきたため、独立して社会情報局といった名前の部局が担当するようになった。社会情報局は報道局としばしば取材対象が重なる。そのため、大きな事件や事故や皇室報道の場合、きわめて露骨な競合関係に入ることになる。
ジャーナリズムの看板を背負っている報道局とちがい、社会情報局はジャーナリズム性の比較的薄い部門。社会情報局は外注がとても多く、そもそもエンタテイメント性が重要視される部署であるから、そういう基準で取材がおこなわれ番組がつくられる。また、そうでないと報道局と同じような内容になってしまうし、第一、それでは数十分も視聴者を引きつけられない。通常、同じテーマで放送するとき、ワイドショウの方がニュース番組より持ち時間は多いものである。じっさいに現場で働いている人たちも「ジャーナリスト」という自覚がないのがふつうである。しかし、かれらの主観的意図とは関係なく、かれらの行為は客観的結果としてジャーナリズム機能を果たすのである。
第三に、この問題が社会問題化したプロセスには、激しい競争構造がからんでいる。もともと日本テレビが以前にスクープし早川調書で問題化したわけだから、他局や他メディアとの競合関係が問題化のプロセスに混入している。
そもそもマス・メディアの競争が過酷なのは、それが重層的に構造化されているからである。大きいものでは三つの次元で競争が構造化されている。
(1)同種メディア間競争(キー局間競争、週刊誌間競争、番組間競争……)
(2)異種メディア間競争(テレビ・対・新聞・対・週刊誌・対・……)
(3)メディア内競争(個人間競争、部局間競争=報道局・対・社会情報局……)
同種メディア間競争は、共通のターゲットをもちメディア特性を同じくするメディア同士の競争。これは量の決まったパイを分けるわけで、競争相手が突出する分、自分の方は確実に減るわけだから競争は過酷になる。
異種メディア間競争は、メディア特性はちがうけれども、全体として競合関係にあるメディア同士の競争。たとえば、テレビは臨場感や速報性に優れ圧倒的な力をもっている。新聞はそれに対抗して事実を伝えなければならない。現場の抑圧はたいへんなもので、新聞はテレビに勝る速報性と臨場感を充たすために、過剰な速報第一主義、過剰な映像報道主義に走る。前者は誤報を生みやすく、後者は「やらせ」を生みやすくする。この文脈で不利なのは週刊誌。金曜発売の週刊誌は金曜の事件を伝えるのが1週間後になる。大きな事件であれば、そのあいだにテレビと新聞は大々的に報道するから、週刊誌は構造上不利な立場に立たされている。これに対抗する方法はふたつ。ひとつは「新聞が伝えない」ネタを発掘すること。これはスクープに通じることもあるが、しばしばささいな周辺的なネタを無用にふくらませることになりがちだ。もうひとつは、すでによく知られている要素を強引に結びつけてストーリーをつくりだすこと。ドラマ化である。それはお涙頂戴とかバッシングとか猟奇趣味とかお笑いとか、料理の仕方はさまざまだが、結局、受け手の感情を煽るという点では同一のことといえる。
忘れてならないのがメディア内競争。個人間の競争はもちろん激しいものがある。功名心もあるし、業績をあげなければならないという社内圧力もある。さらに最近、輪をかけて問題になっているが部局間競争で、TBSの場合は、報道局と社会情報部の競合関係がそれにあたる。社会情報部はワイドショウを担当している部局。両者はネタがほぼ重なるから競争は常態化する。報道局は長年の取材態勢と報道様式に基づいて仕事をする。それに対して社会情報部はそうはいかない。記者クラブのような取材態勢からはずれているし、報道局と同じような報道をするわけにはいかない。つまり社会情報部は社内ではさきほどの週刊誌と構造上同じ立場に置かれているわけだ。そのためワイドショウはスクープも生むが、同時にセンセーショナリズムや不正な取材行為も生まれやすい。
したがって、マス・メディアで働く人たちの職場環境は相当厳しいものになっているといえよう。また、競争が激しくなればなるほど横並びになり、自分がぬきんでるよりも他を落とすことに気が向く傾向がでてくる。最近のマス・メディアによる他メディア批判の流行にはこういう背景がある。
そもそもジャーナリズムは三つの社会的な力から自立して自律的に報道言論活動をおこなわなければその存在意義を失う。三つの社会的な力とは(1)政治権力(2)資本(3)暴力。TBSは、オウムという暴力に屈して自らの自律的な判断を放棄したことが非難されたわけだが、その非難のプロセスで政治権力が介入したり恫喝することに屈してもジャーナリズムとしては自滅である。たとえば国会でTBSが追及されること自体がジャーナリズムの危機なのだ。
以上とりあえず三点あげてみたが、要するに、マス・メディアは自己言及の問題を解決していないということである。「『クレタ人はうそつきだ』とクレタ人の哲学者がいった」という自己言及のパラドックスとまったく同じ問題がマス・メディアにも当てはまることをきちんと理論的に考えるべき段階に来ている。
この問題についてのコンパクトな解説としては、黒田清『TBS事件とジャーナリズム』(岩波ブックレット一九九七年)。TBS関係者の分析として、田原茂行『TBSの悲劇はなぜ起こったか』(草思社一九九六年)と、川邊克明『「報道のTBS」はなぜ崩壊したか』(光文社一九九七年)。放送中止のリストとしては、松田浩・メディア総合研究所『戦後史にみるテレビ放送中止事件』(岩波ブックレット一九九四年)。背景として強調された視聴率については、ばばこういち『視聴率競争――その表と裏』(岩波ブックレット一九九六年)あたりから入るといいだろう。
松本サリン事件報道
一九九四年の「松本サリン事件」のさい、本来は被害者である第一通報者が警察やマス・メディアによって犯人視され、人権を大きく侵害されるという問題が生じた。一九九五年の「地下鉄サリン事件」ののちに、その冤罪性が明確になり、「松本サリン事件」一周年を前に報道各社が一斉に謝罪するという異例のなりゆきになった。
関連書は多いが、基礎資料として、河野義行・浅野健一『松本サリン事件報道の罪と罰』(第三文明社一九九六年)。手記と分析、報道機関へのアンケート調査の結果が掲載されている。この問題以外にも、オウム報道はそれまでの「報道と人権」についての議論を一挙に風化させてしまった感があり、この点については随所でなされた浅野健一の論考に注目してほしい。本編では旧版を紹介しておいたが、人権問題についてのメディア側の取り組みとして『新・書かれる立場書く立場――読売新聞の「報道と人権」』(読売新聞社一九九五年)も具体事例が豊富で参考になる。
政治報道とメディアの公共性
一九九四年に話題になった田勢康弘『政治ジャーナリズムの罪と罰』(新潮文庫一九九六年)以来、政治報道のあり方も問いなおされている。とくに一九九三年「椿(テレビ朝日報道局長)発言問題」においてテレビ朝日が「偏向」を理由に露骨な政治的圧力をかけられ、以後、放送各社の政治報道のキバが抜かれてしまう事態になった。免許制の放送はいざとなると弱い。この経緯を整理したものとして、田原茂行『テレビの内側で』(草思社一九九五年)の「第二章 ニュースステーション」。渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)第3部は、この問題を素材として報道の公正さについて詳しく考察したものだ。
政治報道のあり方を考えると、結局、ジャーナリズムの理念あるいは思想といった原点を理論的かつ実践的に考えることになる。この点でも渡辺武達の一連の仕事が参照されるべきだろう。
実践的な場面からの考察としては、本編でも紹介した原寿雄の仕事も重要である。最近のものでは、原寿雄『ジャーナリズムは変わる――新聞・テレビ――市民革命の展望』(晩聲社一九九四年)と、原寿雄『ジャーナリズムの思想』(岩波新書一九九七年)がある。
理論的には、八〇年代からイギリスを中心とした研究者たちがカルチュラル・スタディーズや公共圏論の観点などから、アメリカ流の行動科学的理論とは異なる社会学的展望を切り開きつつあり、注目すべきである。J・カラン、M・グレヴィッチ編『マスメディアと社会――新しい理論的潮流』児島和人・相田敏彦監訳(勁草書房一九九五年)。公共圏論については、花田達朗『公共圏という名の社会空間――公共圏、メディア、市民社会』(木鐸社一九九六年)が基本書。
女性とメディア(メディア・セクシズム批判)
本編で「ステレオタイプ」として一括した問題群のなかで、とくに九〇年代に社会学的研究がさかんになったテーマは、ジャーナリズムにおけるジェンダー・バイアスの問題である。これは基本的にはメディアにおける女性の語られ方がかなり差別的なものになっている現実(メディア・セクシズム)を実証的に検証し、その是正を求めるという動向である。
この点については、小玉美意子『新版 ジャーナリズムの女性観』(学文社一九九一年)が、ニュースのなかで女性がどのように描かれているかを系統的に説明している。小玉はメディア内で働く女性に注目する。やはり男中心の職場では男中心の表現が無反省のまま出てしまうようだ。加藤春恵子・津金澤聰廣編『女性とメディア』(世界思想社一九九二年)もこの分野の基本書。さまざまな視点から論じられているのが特徴で、文献も充実している。  事例研究では、諸橋泰樹『雑誌文化の中の女性学』(明石書房一九九三年)が、女性雑誌・化粧品広告・レディスコミックを徹底的に内容分析している。これをマネしていろいろなメディアについて自分で分析してみるとおもしろいと思う。新聞については、田中和子・諸橋泰樹編著『ジェンダーからみた新聞のうらおもて[新聞女性学入門]』(現代書館一九九六年)が圧倒的なデータに基づいて分析している。
上野千鶴子・メディアの中の性差別を考える会編『きっと変えられる性差別語――私たちのガイドライン』(三省堂一九九六年)は、富山の市民グループの力作で、性差別語とその周辺のことばを網羅して、それぞれについて具体的用例と問題点を解説している。社会学的想像力を働かせて、ひとつひとつ具体的に議論してみるといいだろう。
アンソロジーとしては、井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編、天野正子編集協力『日本のフェミニズム(全七冊・別冊一)』(岩波書店一九九四―一九九五年)の『表現とメディア』(一九九五年)があり、これで概観できる。
犯罪報道における女性の描かれ方については、浅野健一『マスコミ報道の犯罪』(講談社文庫一九九六年)がその二重基準を批判している。
ネットワークとジャーナリズム
一九九五年あたりからインターネットの商用サービスに日本の報道機関も参加するようになった。これらはアクセス数から見て、すでにビッグ・メディアの規模である。ウェッブ形式以外にも電子メール形式も増え、サービスの質と量は日に日に巨大かつ高度になっている。このネットワーク上のジャーナリズムが従来の商業主義的マス・メディア中心のありようを変える可能性もでてきた。
他方、ジャーナリズムの担い手がもはやビッグ・メディア側の人たちに限定されなくなってしまったという事態も生じている。この点については、歌田明弘『仮想報道――News in the Window』(アスキー出版局一九九八年)が秀逸。一言で言えば、ニュースの主体がマス・メディアだけでなくなり、インターネットを通じて普通の人びとがそこに参加してしまう(しかも、ぎこちないやり方で)、という新しい事態をきちんと押さえた新スタイルのジャーナリズム論の登場という印象である。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

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社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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4月 12017

社会学感覚1脱領域の知性としての社会学

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
1 脱領域の知性としての社会学
1-1 社会学のマッピング
現代社会学の研究領域
社会学ということばは比較的なじみやすい。だれもが知っている「社会」と「学」を組み合わせただけのこのことば、一般の人は社会科の大学版のことだと思ってすませている。しかし、これは誤解である。社会学は小中高校の社会科とはまったく異なるものをさしていると考えた方がよい▼1。社会科から地理と歴史を除いた「公民」「現代社会」「政治経済」「倫理社会」などの課目とほぼ対応する科学は社会科学(social sciences)と呼ばれる。社会学は経済学・政治学・法律学などとともにその一翼を担っているにすぎない▼2。つまり、社会学と小中高校の社会科とは、ほんのかすかにつながっているだけで、ほとんど連続性はないということだ。似ているのは名前だけである。
さて、社会科学のなかで、経済学は経済を、政治学は政治を、法律学は法律を研究する。では、社会学はなにを研究するというのだろうか。
そこで、現代の社会学者がじっさいに研究しているテーマをざっと一覧してみることにしよう。以下は、社会学者のもっとも大きな研究学会である日本社会学会が便宜的に採用している専攻分野の分類基準である。
1社会哲学・社会思想・社会学史 2一般理論 3社会変動論 4社会集団・組織論 5階級・階層・社会移動 6家族 7農漁山村・地域社会 8都市 9生活構造 10政治・国際関係 11社会運動・集合行動 12経営・産業・労働 13人口 14教育 15文化・宗教・道徳 16社会心理・社会意識 17コミュニケーション・情報・シンボル 18社会病理・社会問題 19社会福祉・社会保障・医療 20計画・開発 21社会学研究法・調査法・測定法 22経済 23社会史・民俗・生活史 24法律 25民族問題・ナショナリズム 26比較社会・地域研究(エリアスタディ) 27差別問題 28性・世代 29知識・科学 30余暇・スポーツ 31その他
これをみていると、なんでもありの科学だなという感じがすると思う。家族や都市のように社会科にでてきたテーマもあるし、新聞やニュースなどで話題になるものもある。また、政治や経済や法律のように他の社会科学の研究対象も入っているし、科学自体を研究する分野もある。これが現時点における現実の社会学の姿である。
では、これが社会学のあるべき姿かというと、それはまた別の問題だ。現状と理念は往々ずれているものだ。「社会学はこうあるべきだ」という科学としての理念がどうなっているかについては第七章であらためて論じることにしよう。ここでは、目の前にある社会学というフィールドの地図づくりに専念したいと思う。
社会学はなにを研究する科学か
これらのさまざまなテーマ領域を一括すると「近代の人間社会」ということになる。これが社会学の一応の国境と考えてもらえばいい。つまり、社会学は社会を研究する科学である。しかし、これにはふたつの限定事項がつく。
第一に、「人間」の社会であること。動物の社会はあつかわない。よく「ミツバチの社会」とか「ニホンザルの社会」という表現がなされるが、これは動物学あるいは動物行動学の領域である。社会学者は隣人をまるでミツバチかニホンザルかのように観察することはあるが、基本的にこのような擬人法はとらない。原則的に動物・昆虫の世界は「本能」の世界であって、人間社会のように「意識」が介在していない。だから、厳密にはそれらを「社会」とは呼ばない▼3。
第二に、「近代」の社会であること。もちろん現代社会もほぼ「近代」のうちに入る。これまでは、近代以前の社会については歴史学、近代化されていない社会については人類学と民俗学がもっぱら研究してきた。しかし、最近は「社会史」とか「歴史社会学」あるいは「比較社会学」という名で、社会学の正式分野としても登録されつつある▼4。本書でもこれらの分野が提供する歴史的視点と比較的視点を随時導入するつもりである。というのも、これらの研究の最終的なねらいは、近代社会以外の社会をいわば時空的反射鏡にして、近代社会の特質を浮き彫りにするところにあるからだ。その意味では、社会学の研究上の焦点はあくまでも近代社会にあるといえるだろう。
このように社会学がじっさいに研究している対象が「近代の人間社会」としか限定しえないものになっているとすると、研究対象においては社会科学と区別がつかなくなる。これでは社会学の独自性・専門性はどこにあるのだろう。
社会科学との関係
社会学は近代の人間社会を中心に研究してきた科学である。これはじつに大ブロシキだ。まず問題となるのが社会科学との関係である。たしかに歴史的には研究対象をめぐって、しばしば批判という形で社会学の専門科学性の問題が指摘されてきた。研究対象に関する批判点は、ほぼ三つのタイプに整理できる。社会学を「残余科学」「侵入科学」「モザイク科学」とする批判がそれである▼5。これを手がかりに〈社会学の研究対象〉と〈社会科学の研究対象〉との関係を考えてみよう。
第一に、社会学は、隣接する科学があつかい残したテーマを研究対象とする「残余科学」だという批判。たしかに社会学は、他の社会科学がとりこぼしたり忘れさったテーマ領域を固有の研究対象として組み込んできた。家族・組織・集団・村落・都市などのテーマがそれである。これらをまとめて「狭義の社会」すなわち「狭い意味での社会」と呼んで、社会科学の対象である「広義の社会」と区別する▼6。これが社会学の研究対象の最大公約数にあたる。だから、日本でも研究者が多いのはこれらを研究する家族社会学や組織社会学・都市社会学である。
第二に、社会学は、他の科学の領域に勝手に侵入する「侵入科学」であるという批判。社会学はなにも「狭義の社会」だけに対象を限定しているわけではない。他方で、経済をあつかう経済社会学、政治をあつかう政治社会学、教育をあつかう教育社会学、宗教をあつかう宗教社会学などがある▼7。これらは研究対象を共有している点で経済学・政治学・教育学・宗教学などと協力しつつも競合する関係にある。既存の社会科学にとっては、なるほど「侵略的」と映った時期があったかもしれない。しかし、今日ではむしろ協力的な関係がほぼ確立しているといっていいだろう。したがって、この点では社会学の研究対象は、社会科学全体の対象である「広義の社会」とほぼ同じ広がりをもつことになる。これが社会学の研究対象の最小公倍数にあたる。
第三に、社会学はテーマを自由気ままにとってきては研究する「モザイク科学」であるという批判。最近の日本の社会学書には変わったテーマのものも多い。たとえば社会学書を多く出版している世界思想社の双書には「笑いの社会学」「盆栽の社会学」「暴力の社会学」「政党派閥の社会学」「遊びの社会学」「スポーツの社会学」「医療の社会学」などのタイトルが並んでいる▼8。これらはそれぞれ評価の高い研究書であるが、一般の人には気まぐれで風変わりな科学に映るかもしれない。しかし、たとえば社会学の巨匠ゲオルク・ジンメルの論考には「秘密と秘密結社」「よそ者」「女性文化」「誠実と感謝」「感覚の社会学」「食事の社会学」といったものがいっぱいある▼9。ことわっておくが、これは一世紀近くも昔の作品である。これからみてもわかるように、社会学の立場からいえば、それらはいずれも重要な社会現象でありながら他の社会科学がきちんと分析してこなかった正当な研究領域なのである。このさい注目すべきことは、社会学はときとして社会科学の射程をも超えることがあるということだ。
このように社会学の研究対象は三層構造になっている。
(1)狭義の社会――社会学固有の領域
(2)広義の社会――社会科学全般の領域
(3)その他の[社会]現象――新たに開拓された領域
こうしてみると、三つの社会学批判は、今日ではかならずしも「批判」とはいえない側面をもっている。つまり、それは旧来の科学を基準にするから批判すべきものと考えられたにすぎない。端正で禁欲的な西欧近代科学のなかにあっていささか異質の性格であることさえ認めてもらえれば、これらはかえって現実的な科学としての長所とさえいえるものだ。つぎつぎに変貌していく社会的現実に即応して科学的に分析する社会学にとって、研究対象についてあらかじめ制限を加えたり自己規制することは、むしろマイナスである。第七章で概観するように、社会学は社会的現実に対応してみずからの科学的構成をそのつど転形させてきた。社会学はみずからの科学的構成を内部から打ち破る可能性をもつ自己変革的な科学である。社会学の研究領域が「狭義の社会」を中核としつつも、ほぼ社会科学の全域にまたがるようにみえるのも、またときとして大きくはみだすのも、そのさまざまな社会学的試みの結果であり足跡なのである▼10。
▼1 現状では小中高校の社会科に社会学はあまり反映されていない。これは他の社会科学とくらべるといささか問題である。「まったく異なる」といえるのはこのためだ。ただし高校「現代社会」は若干の関連があるが、それらはごく一部にとどまる。ちなみに一九八九年文部省は小学校低学年と高校から「社会科」ということばをはずす新しい学習指導要領を告示している。これによって状況が少し変わるかもしれない。
▼2 社会科学とは、経済・政治・法・教育・道徳・宗教など社会生活のさまざまな分野について研究する経済学・政治学・法律学・教育学・道徳科学・宗教学などの総称である。したがって本質的に複数形である。
▼3 もちろん反対の考え方もあるが、動物学者や生態学者によるものがほとんどだ。生態学系の社会概念を代表する古典的著作としては、最近復刊された今西錦司『人間以前の社会』(岩波新書一九五一年)。この考え方を受け継いだ著作としては、日高敏隆『動物にとって社会とは何か』(講談社学術文庫一九七七年)。現代の社会学者ではエドガル・モランが生物学的基礎を考慮した社会概念を再検討している。大部な作品がいくつかあるが、短いスケッチを紹介すると、浜名優美・福井和美訳『出来事と危機の社会学』(法政大出版局一九九〇年)に収められている「自然の諸社会から社会一般の本性へ」が簡潔。なお、この本はほかにも有益な論考がたくさん収められていて参考になる。
▼4 社会史を社会学の研究分野として位置づけようとする本格的な試みとしては、富永健一『日本の近代化と社会変動――テュービンゲン講義』(講談社学術文庫一九九〇年)。とくに「序文」を参照のこと。また、デュルケムやウェーバーといった古典的社会学者の業績についても、社会史・歴史社会学・比較社会学に関する再評価が近年新たに注目を集めている。なおこの点については第二章参照。
▼5 塩原勉「社会学とは何か」富永健一・塩原勉編『社会学原論』(有斐閣一九七五年)二ぺージ。ただし「侵略科学」を「侵入科学」に改めた。
▼6 「狭義の社会」という概念はドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルに由来する。これについては5-3参照。これとは定義が若干異なるが、最近の研究では、富永健一『社会学原理』(岩波書店一九八六年)がこの概念を使って明解に社会学を定義している。ここでは富永の定義によっている。富水によると「狭義の社会」とは「複数の人びとのあいだに持続的な相互行為の集積があることによって社会関係のシステムが形成されており、彼等によって内と外とを区別する共属感情が共有されている状態」である。前掲書三ぺージ。
▼7 これらを「連字符社会学」と呼ぶ。この意義については4-1参照。
▼8 世界思想社「世界思想ゼミナール」シリーズより。このシリーズは本書でも随所で参照した。
▼9 たとえば、ゲオルク・ジンメルの一九〇八年の大著『社会学――社会化の諸形式に関する研究』の目次をみてみよう。
第一章 社会学の問題
補説 社会はいかにして可能か
第二章 集団の量的被規定性
第三章 上位と下位
補説 多数決について
第四章 闘争
第五章 秘密と秘密結社
補説 装身具について
補説 文通について
第六章 社会圏の交差
第七章 貧者
補説 集合的行動の否定について
第八章 社会集団の自己保存
補説 世襲官職について
補説 社会心理学について
補説 誠実と感謝について
第九章 空間と社会の空間的諸秩序
補説 社会的境界づけ
補説 感覚の社会学
補説 よそ者について
第十章 集団の拡大と個性の発達
補説 貴族について
補説 個人心理学的関係と社会学的関係との類似について
▼10 このように考えていくと、社会学こそ社会科学の入門として最適な科学であるといえるのではないだろうか。とりわけ理科系や看護系そしてさまざまな専門職の勉強をしている人にとって社会科学的知識は縁遠いものだ。関心もないし接するチャンスもすくない。しかし、じっさいに実務に入ってみると、技術的な側面よりも社会的・人間的側面の方が重要なファクターになることが多いのではなかろうか。そういうとき社会科学的知識はなんらかの助けになるはずである。しかし、社会科学は所詮複数形である。それぞれ領域設定が決められている諸科学の集合にすぎない。だから、それらを自由に学び分けることは初心者にはとてもむずかしい。その点、社会学は問題領域としては社会科学的規模をもっており、全体をふ観するには好都合であると思う。たとえば一見、社会学とは無縁と思える看護養成課程において社会学が基礎科目となっているのもこのあたりの事情による。
1-2 エートスとしての社会学感覚
脱領域の知性
歴代の社会学者たちは、それぞれの目前にある諸問題を考察しつつ、既存の研究対象の枠を踏み越えては再度枠組をつくりなおしてきた。広げられた枠が狭められたかと思うとすぐまた拡大した。また、みずから狭めた枠を自分で破るといったこともすくなくなかった▼1。
これにはわけがある。つまり、社会学にはもともと研究対象を禁欲的に限定しなければならない理由がないのだ。社会学の社会学たる本質はもともと研究対象にないということだ。
研究対象に関する社会学のこの領域侵犯的な性格について、わたしは「脱領域の知性」というフレーズを使いたいと思う。社会学はすぐれて「脱領域の知性」である▼2。
したがって、社会学を研究領域の設定から定義しようとしてもうまくいかない。社会学の社会学たるゆえんは、むしろ独自の発想法にあるからだ。社会学という名前をもった科学が誕生して以来一五〇年あまり、社会学の発展をつねに支えてきたのは独自の方法論的意識である。これはむしろ発想法と呼んだ方がわかりやすい。脱領域をもたらす社会学特有の発想法こそ、これまで社会学の研究領域の拡大をたえず促進してきた当のものなのである。
そうした発想法のおもなものについては第二章から第六章でじっくり検討することにしよう。その前に「脱領域の知性」の意味するものを考えていかなければならない。
本源的社会性の公準
社会学がなぜ〈脱領域〉なのか。それは社会学の真の研究関心が「社会」ではなく「社会性」の方にあるからだ。もしAという現象になんらかの社会性があれば、社会学はAを研究するだろう。それが社会現象として一般に認知されているかどうかはあまり重要ではない。根底にあるのは「対象のもつ社会性」である。対象のなかに社会性が認められれば、それは社会学の対象となる。こうして「Aの社会学」の誕生となる。
この背後にある仮説をわたしなりに表現すると「あらゆるものがいくぶんかは社会的産物であり社会的過程にある」ということになろう▼3。これがこれまでの多くの社会学的実践のバックグラウンドにある考え方である。この仮説を本書では「本源的社会性の公準」と呼びたいと思う。この公準こそ、社会学の科学的手続き以前のエートス――科学的営みを押し進める動因となる精神構造――をみちびいてきたものである▼4。
この点で社会学は、隠れた問題を摘出する「脱領域の知性」である。たとえば、今日では科学的対象として認知されている家族・都市・組織といった事象も、かつては国家や教会というフォーマルなテーマによって陰に追いやられていたのである。それをつぎつぎに俎上にあげてきたのが草創期の社会学者たちだった。また、個人的な病気としてあつかわれてきた自殺という現象が、じつは社会性をもつれっきとした社会現象であることを最初に証明したのも社会学者であったし、神学的な観点からしかとらえることのできなかった宗教を人間社会の根本的な社会現象のひとつとして問題設定したのも社会学者だった▼5。
また一見して社会とは本来無縁と思えるモノも、なんらかの形で社会と関わっているものだ。たとえばダイオキシンという化学物質がある。これ自体は自然科学的対象だが、それが除草剤として使われ、さらにベトナム戦争で大量に使用され、その結果多くの奇形児を生み、またゴミ焼却場付近を汚染するといった文脈ではまさに社会的産物であり、それぞれの社会的過程の重要なファクターとなる▼6。
また、ジェスチャー=身ぶりも社会的・文化的規定性を深く帯びていることをここで例にあげていいだろう。おそらく最初にそれを指摘したのはデュルケムの後継者マルセル・モスである。かれは軍隊や病院やスポーツなどでの観察にヒントをえて、人間の身のこなし方――これを「身体技法」という――に「型」(habitus)があってそれが教育によって深く支配されていることに注意をうながした。しゃがみ方やこぶしのにぎり方や歩き方は民族文化によって異なるのは当然としても、そのなかでまた性別・年齢別・階層別に多様である。だから、これらを生物学的現象とみなすことはできない。それはすぐれて社会学的現象である▼7。
そして死ですらいくぶんかの社会性をおびている。死の社会性についてはこれまで死の観念と儀礼について民俗学的に多く語られてきたが、昨今の「脳死」をめぐる社会的議論は明確にこれを示している。つまり、医学的には「脳死」は科学的真理と認知されつつあるにもかかわらず、社会的な「死」の判定と受容が宙に浮いた形になっているからである。 このように死は生物学的現象であると同時に社会学的現象でもある▼8。
社会学感覚
「本源的社会性の公準」にもとづく「脱領域の知性」――これがわたしのみる社会学の科学的構成以前の基本性格であり、社会学の知的駆動力すなわち社会学のエートスである。これらを総称してわたしは「社会学感覚」と名づけたいと思う。
「社会学感覚」自体は学問でも科学でもない。さしあたってそれは動機である。これに一定の科学的手続き――たとえば概念定義の精緻化・信頼性の高い資料の収集と操作・数学的統計学的処理など――が加わってはじめて「社会学研究」になるということだ。もちろん一部には、この科学的手続きが先行したため逆転倒錯してしまった研究――すなわち〈社会学感覚なき社会学研究〉――も数多く存在する。これはどの科学にもみられる倒錯現象であるが、それらに目をくらまされてはいけない。精緻な概念定義・膨大な資料操作・厳密な数学的処理といった科学的手続きの後景に退いた「社会学感覚」にこそ注目して学ぶことが大切だ。本書の目的もここにある▼9。
ところで、社会学という営みを総合して「社会学的実践」と呼ぶことにすると、社会学的実践には三つの層がある。
(1)社会学をアカデミックに研究する〈社会学研究の位相〉
(2)社会学を一般学生に教育する〈社会学教育の位相〉
(3)生活者が社会のなかで経験するさまざまな事象を自分自身で社会学的に解釈し・分析し・反省し・主体的に行動するという〈社会学感覚の位相〉
社会学教育は従来「社会学研究に奉仕するもの」として位置づけられてきたように思う。このような教育伝統は現実的でないし、残念ながらいかにも非社会学的である。本書ではこのような教育伝統に抗して、社会学教育を「社会学感覚と社会学研究をリンクするもの」と考え、基本的に社会学感覚のレベルを注視することによって構成されている。
▼1 たとえば、ジンメルは「形式社会学」という斬新な構想をうちだしたことで社会学史に確固たる地位を占めているが、その構想論文を冒頭にすえた一九〇八年の『社会学――社会化の諸形式に関する研究』のあとの諸章ですでにその禁欲的枠組は超えられてしまっている。そしてそれは一九一八年の『社会学の根本問題――個入と社会』において自覚的にとらえ返されることになる。またデュルケムも著名な方法論的宣言『社会学的方法の規準』を発表したが、その後のかれの研究はこの方法論的禁欲をはみだすこともしばしばだった。宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)四五-四六ページ。
▼2 「脱領域の知性」というフレーズはジョージ・スタイナーの邦訳書からヒントをえたものだが、内容的にはジークフリート・クラカウアーの自己規定にもとづいている。マーティン・ジェイ、今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)とくに第十一章「ジークフリート・クラカウアーの脱領域的生涯」。クラカウアーはジンメル晩年の弟子ともいうべき人で、建築から社会学に転じフランクフルト新聞で学芸欄の仕事をしたのち映画研究など大衆文化の社会学で活躍した人。
▼3 「いくぶんか」という表現に注意されたい。人間社会に生じるあらゆる現象が社会性をもつにせよ、社会的側面がその現象のすべてというわけではもちろんない。したがって「完全な」社会現象というものもないということだ。あらゆる現象には社会的側面と社会外的側面とがある。ジンメル『社会学――社会化の諸形式に関する研究』の第一章付論「社会はいかにして可能か」参照。ジンメル、居安正訳『社会分化論 社会学』(青木書店一九七〇年)。
▼4 エートスとは一般に「行為への実践的起動力」のことである。3-3参照。
▼5 自殺については、エミール・デュルケム、宮島喬訳『自殺論』(中公文庫一九八五年)。宗教については、さしあたりつぎの二著。ゲオルク・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)。エミール・デュルケム『宗教生活の原初形態』(上下・岩波文庫一九七五年)。
▼6 一例として、琵琶湖周辺の下水道問題について取り組んでいる鳥越皓之は「正直なところ、社会学をしていて、下水道の問題について考えることになろうとは想像もしていなかった」としながら、つぎのようにのべている。「たいへん荒っぽく言うと、土木工学者たちは、下水をどのように処理すれば処理効率がよいか、下水処理施設はどのように設計すべきか、というような、下水発生後の処理の仕方について研究している。しかし明らかなことだが、そもそもこの下水(排水)を発生させているのは、ほかでもない人間なのである。この、人間がどのように下水を発生させているのか、という下水発生前の問題を究明しなくては、下水道問題は解決されない。そして、人間がどのように下水を発生させているのか、という人間の行為の問題は、言うまでもなく、すぐれて社会学的な問題なのである。」鳥越皓之「環境問題と社会調査――住民に対するインフォメーションのこと」『現代社会学』一九号(アカデミア出版会一九八五年)一二三ぺージ。
▼7 マルセル・モース、有地享・山口俊夫訳『社会学と人類学II』(弘文堂一九七六年)第六部「身体技法」。
▼8 死の社会学としては、G・ゴーラー、宇都宮輝夫訳『死と悲しみの社会学』(ヨルダン社一九八六年)が有名。なお「脳死」については社会的受容だけが問題なのではない。医学界内部においても多くの異論が存在する。この点については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)を参照されたい。また、脳死を「人と人との関わり方」として理解しようとする森岡正博『脳死の人――生命学の視点から』(福武文庫一九九一年)は、脳死の社会学的側面を正面からとりあげた好著である。
▼9 本書についての自己言及は「あとがき」にゆずる。
1-3 社会のトリック、社会学のトリック
自己言及の問題
なんらかの形で社会的事象を研究・調査・思考していこうとするとき、どうしても避けられない問題がある。つまり、社会を研究するということは、自然を研究するのとちがって、少々やっかいな問題を抱え込むことになるのだ。社会学ではこれを「自己言及(self-reference,Selbstreferenz)のパラドックス」と呼ぶことがある。これは有名な「クレタ人のパラドックス」として知られている難問である。すなわち、クレタ人のある予言者が「クレタ人はウソつきだ」といった。かれはホントのことをいっているのか、それともウソをついているのか。かれがホントのことをいっているとすれば、かれ自身クレタ人だからかれのいうことはウソだということになる。逆にかれがウソをいっているとすれば、かれはホントのことをいったことになってしまう。このパラドックスは自分が自分について語るときにかならず生じるやっかいなトリックである▼1。これをめぐって四つの論点を確認しておきたい。
厳密にいえば、これは社会のなかで生きる人間が社会について考えようとするときに生じる。その意味で、これからのべる四点は、社会学のトリック[仕掛け]であると同時に社会のトリックでもある。だから、これらはなにも社会学だけの問題ではなく社会科学全体におよぶ問題である。しかし、すでにのべた事情から社会学は研究対象の規定の不安定さにともなって方法論の理論的反省をよぎなくされ、その経緯によっていささか過剰なほど科学的構成について反省してきた。そのため社会学においては、かなり早くから社会認識にひそむトリックについて語られてきたのである。
(1)対象である社会が、意識をもった人間から構成されている
意識の有無――これこそ社会科学と自然科学を隔てる絶対的な壁である。従来の自然科学の場合、「自然という書物」(book of nature)を読むようにして研究を進めればよかった。自然はあたかも印刷物のようにすでに定まったものと考えてすますことができた。研究者はそれを顕微鏡なり望遠鏡なり測定器具なりを用いて読みとればいい。基本的に研究対象は研究調査されることによって性質を変えることはない。研究対象の同一性が期待できる。これはさすがに最近になって疑わしいことと考えられるようになったようだが、それでも研究の現場では今なお「自然という書物を読む」という観念は自明なこととして生きつづけている▼2。
ところが社会を研究する場合は、最初からその前提がくずれている。近代の人間社会を対象にするといっても、社会をじっさいに構成するのは自意識をもった近代人である。あたかもモノのように観察したり測定するには限界がある。「これから調査します」とか「これからみなさんを観察します」といったとたん、人びとはそれまでとは別の行動と態度をとりはじめるだろう。つまり、研究対象は調査・観察によって変容する可能性がきわめて高いわけだ。このことはカメラ――写真であろうがビデオであろうがテレビカメラであろうが――を向けられた人の行動と態度がもはや「自然」でなくなることを思えば納得できるだろう。近代の人間社会化とって意識というファクターを避けて通ることはできない。
(2)対象である社会に、観察主体がすでにふくまれてしまっている
第一点が研究対象におけるトリックだとすると、第二点目は研究主体・観察主体におけるトリックである。ふつう自然科学では研究対象と観察主体とが別々の存在である。しかし、社会科学とりわけ社会学の場合、両者はかんたんに一致してしまう。これはたんに研究する側も研究される側もともに人間であるということだけではない。
そもそも社会について客観的にみたり考えたりすることはむずかしい。ふつう、人は自分の経験や立場から社会をみることになれていて、なかなかその制約から自由になれない。自分の立場・位置・キャリアなどによって「社会」はさまざまなヴァリエーションをもって立ちあらわれる。貧しいくらしをしてきた人と金持ちの社会像はあきらかに異なるし、同じ貧しさでも、かつてリッチで今は落ちぶれてしまった人と、ずっと昔から一貫してプアだった人とはちがうイメージをもつだろう。若者と中年と老年でもちがうし、当然男性と女性ではちがうはずだ。このように社会という現象は、なににもまして客観的に測定・観察・調査・思考することがむずかしい。
しかしその一方で、対象と主体の一致は、ある科学的方法の可能性を保証してくれる。それは「理解」である。つまり、われわれは他人を理解することができる。これを「他者理解」と呼ぶが、これによって特定の集団や社会現象がなぜ生じたのか、またその意味を解明することが可能になる*。
(3)研究自体が、対象である社会を変えてしまう可能性がある
歴史を研究する場合は、すでに死んだか現役を引退した人びと、そしてものいわぬ歴史資料が相手である。しかし現在進行形の社会を研究・調査する場合、そうはいかない。多くの場合、研究・調査によって研究対象に介入することになってしまう。
たとえば選挙期間中の世論調査がそうだ。世論調査で不利とわかると陣営が引き締まって勝利に結びつくことがある[アンダードック効果]一方、協力者が少なくなって負けが決定的になってしまうことがある。逆に有利とわかると陣営がゆるんで結果的に負けてしまうことがある一方、勝ち馬にかけようとする人びとがついて圧倒的な勝利になってしまうこともある[バンドワゴン効果]。世論調査の結果がどう影響するかは文化によってずいぶんちがうようだが、日本では不利な結果がでた方が危機感がでて陣営が引き締まり結果的に有利とされている。このように世論調査による選挙予測が選挙そのものにあたえる影響を「アナウンス効果」という。
このように、生きた素材としての社会現象について科学の名において語ることが対象そのもののリアクションをひきだしてしまう。これが歴史研究との大きなちがいだ。
影響のあたえ方は二通りある。「自己成就的予言」(self-fulfilling prophecy)の場合と「自己破壊的予言」(self-destroying prophecy)の場合である。
自己成就的予言とは、たとえば「敵は自分たちより強いぞ」と思ってしまうと戦意がにぶり結果的に負けやすくなるといったように、予言や予測にもとづいて行動することによって予言や予測が現実のものになってしまうことだ。だから戦時体制下の政府は、国民の士気をくじくようなニュースを検閲ではじき、反戦と平和を唱える者や冷静に現実を語る者を取り締まる。他方、自己破壊的予言とは、予言や予測それ自体が人びとの行動を変えてしまうために、予言や予測通りに結果がでなくなる現象をいう。アナウンス効果でいうと、世論調査で有利と発表されたために選挙当日有権者が第二候補へ投票してしまい落選するといった事態がそれである▼3。期せずして影響をあたえてしまうのではなく、それを自覚的に操作しようと考えるのは自然のなりゆきであろう▼4。
社会の研究が社会を変えるということは、このように良くも悪くも社会科学の実践的性格であるにはちがいない。権力に利用されるか、民衆に利用されるか、秩序に貢献するか、運動に貢献するか――社会科学とりわけ社会学に携わる者はたえずこのことに自覚的でなければならない。
(4)人はみな醒めている分だけ社会学者である
もちろん〈職業としての社会学者〉は存在する。かれらは大学や研究所に勤務し、仕事として社会調査や理論研究そして社会学教育をおこなっている。当然かれらはプロである。しかし、かれらだけが社会学的実践の特権的主体とはいえない。社会学はある意味で専門家であるということがあまり意味をなさない科学である。誤解のないようにもっと正確にいいかえると、社会学感覚のレベルではプロもアマチュアもない。
たとえば社会学にとっておとなりの領域にあたる経済学・政治学・経営学・宗教学・哲学・人類学・民俗学など隣接科学の最近の動向をみていると、あきらかに社会学化の傾向が生じている。意識的に社会学的発想がとられることもあるが、それぞれの科学を研究対象に即して構成変更するさいに期せずして社会学化するケースが多いようである▼5。
また、ジャーナリストも社会学的な仕事をすることが多い。これは、あつかう対象がもともと社会学とほぼ同一であることにそもそもの理由があるわけだが、ジャーナリズムそのものが変化してきたことにもよる。つまり、その場その場のたんなる事実の報道ではない、長期的展望に立った分析にもとづく「調査報道」が多くなったこと、そして、従来地域的性格の強かった文化的諸現象がよりいっそう全体社会的動きをするようになって社会学的な分析が必要になってきたことによるのだろう▼6。
また文学者の仕事もみごとな社会学感覚を示すことがある。古くはバルザックの小説がそのようなものの見本としてよくもちだされたものだが、文学作品の場合、その文体のもつ多義性のために、その社会学的見識がしばしば作品に埋もれてしまうことが多い。それをなるべく一義的なことばに翻訳し考察するのが「批評」の役割であり、文芸批評家がしばしば社会評論や現代思想へと踏みだすのはこのためである。このように小説家・劇作家・文芸批評家の社会についての評論や発言のなかにも「社会学的」にすぐれた見識がみられることは留意しておいてよい。また社会学サイドでも文学作品の再解釈を媒介に、すぐれた社会学的見識をとりだす試みもおこなわれている▼7。
以上のべた四つの問題があるために、社会学の科学的構成はかなり複雑なものとなっている。パソコン用語でいえば、他の諸科学がかんたんなプログラムに多量のデータをインプットしたものとすると、社会学はバグの多い複雑なプログラムにそれほど多くはないデータをインプットしたものに似ている。その意味で社会学の営みは総じてあまり効率のよいものではない。
▼1 この点については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)を参照した。とくに第一章「パラドックスの類型学」を参照されたい。
▼2 自然科学における自己言及の問題をわかりやすく簡潔に説明しているものとして、村上陽一郎「新たなる《自然》/新たなる《科学》」『エイティーズ[八〇年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)。科学史研究・科学論の第一人者である著者の提唱する「地球家政学」(global house-keeping)構想に注目したい。なお、自然認識と社会認識の本質的なちがいを論じたものとしてゲオルク・ジンメルの「社会はいかにして可能か」を参照されたい。ジンメル、前掲訳書。
▼* 「理解」については第三章参照。
▼3 この二組の概念はロバート・K・マートンに由来する。R・K・マートン、森東吾・金沢実・森好夫・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)所収の論文「予言の自己成就」参照。
▼4 この性質のために社会科学が大衆操作に利用されることについては、スタニスラフ・アンドレスキー、矢沢修次郎・熊谷苑子訳『社会科学の神話』(日本経済新聞社一九八三年)第三章「大衆操作の裏表」。ちなみにこの本はいささかショッキングな社会科学批判で、『文学部唯野教授』の社会学版というところ。ただし事情通でないと読みこなせないかもしれない。こんな本を第一線の学者が書いてしまうところがまた社会学の魅力である。
▼5 4-1参照。
▼6 12-1参照。
▼7 その一例として見田宗介の宮沢賢治論と作田啓一の文学社会学をあげておきたい。両者とも文学的表現に秘められたみずみずしい社会学感覚を鋭くとりだしている。見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』(岩波書店一九八四年)。これについては8-1でくわしく説明したい。後者については、作田啓一『個人主義の運命』(岩波新書一九八一年)。文学社会学については、松島浄・望月重信『ことばの社会学――意味の復権を求めて』(世界思想社一九八二年)。作田啓一・富永茂樹編『自尊と懐疑――文芸社会学をめざして』(筑摩書房一九八四年)。またこれらとはねらいが異なるが、いくつかの現代小説を素材として社会学入門を企図したものとして、加藤秀俊『文芸の社会学』(PHP文庫一九八九年)。たとえば『八つ墓村』を素材にして農村社会学を講じたりしていて読みやすい。
1-4 社会学を学ぶ意味
ふたつの知識
社会学を学ぶとなにかいいことがあるのかといわれると、じつにこころもとない。なにかステイタスのともなう資格があるわけでもないし、商売にすぐ使えるわけでもない。しかし、すくなくともなんらかの形で自分の知識の拡張と深化に意義をみいだしてもらえるならば、胸を張って「ある」と答えることができる。問題はその知識がどのようなものであるかだ。
アメリカの社会学者アルヴィン・W・グールドナーによると、知識(knowledge)にはふたつの意味・あり方があるという。かれはそれを「情報」(information)および「明識」(awareness)と呼びわける▼1。この二分法を使って説明しよう。
情報としての知識
ふつう一般にサイエンスと呼ばれている学問が日々追求しているのは「情報としての知識」である。これは基本的に自然界をコントロールするために生産される知識で、自然への支配力を高めるテクノロジーを発達させるものである。自然科学だけではなくきわめて多くの社会科学も、自然界に対するのと同じ構図で人間社会をあつかうことによって、社会・組織・人間をコントロールできるような技術を研究してきた。
「情報としての知識」は、だから「技術的知識」である。それはすぐに役に立ち、応用がきき、予測を可能にする。社会科学では、このような知識を意図的にめざす営みをとくに「政策科学」と呼ぶ。
明識としての知識
これに対して明識は文字通り「自覚」ということである。グールドナーによると、明識とは「人間自身の関心・願望・価値に関わりのある知識」であり「社会的世界における自分の〈位置〉についての意識を高めるような知識」であり「〈自分は何者であり、どこにいるのか〉をたえず問題にするような知識」である。「情報としての知識」が客観性の名のもとに自分自身の存在を禁欲的に度外視してしまうのに対して、「明識としての知識」は人びととの共生関係としてある社会的世界についてつねに自分自身との関係で反省的に理解するための知識である。だからこれは「反省的知識」である。まとめてみよう。
情報[技術的知識]――対象[自然・社会・人間]の技術的支配
明識[反省的知識]――人間の自己理解・他者理解
さて、素朴な主観-客観図式でみると、情報は客観的で明識は主観的であるように考えてしまいがちだが、それはちがう。情報としての知識が客観的だとすると、主観的なのは日常的意識である。明識は、自分自身を勘定にいれる点で客観的な情報ともちがうし、自分自身をも対象化する点で主観的な日常的意識とも決定的に異なる。強いていえば、明識は〈主体相関的〉――対象を自分自身の関数としてとらえるということ――である。
かつて哲学・文学・宗教・思想などには、このような明識が存在した。本来の意味でのジャーナリズムもそうである▼2。また量子力学以来の自然科学でも、生態学のように主体相関的で反省的な性格をもつ領域もある▼3。
社会学にも情報の側面と明識の側面がある。しかし、歴史的にみても現状からみても社会学はとりわけ明識性の強い科学である。とくに一九六〇年代以降の社会学には、情報=技術的知識が一見して中立的にみえてじつはきわめて権力的な性格をもっていることに対して自覚的であって、理論的立場を問わず明識志向であるといえる。この点で社会学は他の社会科学の比ではない。
社会学を学ぶ意味は、したがって、いわゆる「科学的」知識――情報としての知識=技術的知識――とは異なる知識のスタイルに接するというところにある。これはとりわけ自然科学的な知識を専門に学んでいる人たちにとって意義深いことである。
明識の意義
原発や公害や再開発に関するニュースをみていると、よく住民側との交渉の場面がででくる。しかし、そういうとき住民との話し合いそのものが成立しないことがじつに多い。これはそれぞれの利害が異なるためにはちがいないが、それとは別のレベルでも両者はねじれの位置にあるからだ▼4。
多くの場合、住民たちは問題になっていることがらについて専門知識はもちあわせていないけれども、自分たちの利害やポジションを自覚して問題を考えている。ところがその反対側つまり行政・企業・開発者サイドの人たちは、たいていの場合住民よりエリートで専門家ということになっているのだが、自分たちは専門知識をよく知っていて中立的かつ客観的に問題を考えている、またその能力があると信じている。そのため交渉が利害対立にさえならず、結果的に問題の焦点をあいまいにしたり回避したりすることになる。
この場合重要なのは、情報=技術的知識としては専門家側がまさっているとしても、明識=反省的知識としては住民側の方がはるかに高度だということだ。
現代社会は、高度な技術的知識をもつ専門家エリートが強い影響力を行使する社会である。そのような人たちを「テクノクラート」(technocrat)といい、かれらが管理・運営・操作する社会のあり方を「テクノクラシー」(technocracy)という。テクノクラートはその道のプロ=スペシャリストにはちがいないが、その反面、全体への展望を欠き、しばしば現実から遊離してしまいかねない側面をもつ。官僚・判事・教師・技術者・医師・組合専従幹部・会社人間――かれらはごく限定された領域についてはよく訓練された能力をもっているが、反面それ以外の領域に関してはまったくの無能力を呈する。経済学者であり社会学者でもあったヴェブレンの「訓練された無能力」(trained incapacity)という概念はまさにこのような事態にピッタリのことばである。
たとえば、組織のなかで自分の部署や専門部門の利害だけを重んじる結果、他の部門や組織の外部に不利益を生じさせる場合がある。公害はまさにその典型例だ。また有能な社員であっても、自覚的に男女の問題をとらえていないために女子社員に必要以上に尊大だったり会社の女子差別待遇に寛容な男性会社員は多い。この場合かれは、格差をつけられた女性側の待遇改善の実質的な足かせになってしまうだろう。また、自分では無宗教だと思っていても、じっさいにはジンクスを気にしたり、なにかあると祈願したりするような経営者の場合、特定宗教の信者を不採用にする一方、社員研修に禅をとりいれたり社員旅行で全員に神社祈願させることに無頓着だったりするかもしれない。これでは特定の信仰をもつ人たちの自由を侵すことになる。あるいはまた、人を殺す戦争は反対だと主張すると同時に、凶悪犯の死刑はやむをえぬとする判事もしくはマスコミ人の場合、かれらの判決や記事が、罪を犯してしまった人たちとその家族の生活と生命を脅かすことになる…。いささか恣意的な例で恐縮だが、これらに類したことは多いのではなかろうか。そしてこれらの一部が公害問題や差別問題や教育問題など深刻な社会問題をひきおこす一因となってきたのである▼5。
ともあれ、このさいはっきりいえることは、自分自身の生活と生き方を自覚的に反省することを可能にする基礎知識が決定的に欠けているということだ。
「文部省教育」と呼ばれる日本の小中高教育は、基本的には自分と関わりのない技術的知識が中心になっている。こうした教育制度のなかでは、知識を学ぶことによってかえって自分の社会生活や生き方を問うことなしにブラックボックスにしてしまいがちである。自分の生き方と生活をブラックボックスにすることは聖域化することに通じる。
おそらく高校卒業以後の学生時代の大きな発達課題は、このような未熟な聖域に強い照明をあて、成熟した市民として・明晰な知性として自己を再定立することにあると思う。高度の明識性をもつ社会学はきっとこの作業に役立つとわたしは確信している。
▼1 以下の説明はおもにA・W・グールドナー、岡田直之ほか訳『社会学の再生を求めて』(新曜社一九七五年)第十三章「社会学者として生きること/自己反省の社会学をめざして」(栗原彬訳)にもとづいている。
▼2 ジャーナリズムの本来的意義については12-1参照。
▼3 村上陽一郎、前掲論文参照。
▼4 梶田孝道『テクノクラシーと社会運動』(東京大学出版会一九八八年)では、「テクノクラートの視角」と「生活者の視角」とを対比させつつ、深く問題を掘り下げている。
▼5 以上の問題については以下の諸章で論じられている。組織については第一四章、宗教については第一七章、最後の例については第一二章と二二章を参照されたい。
増補
脱社会学化
社会学を研究対象から説明するのは非常にむずかしい。社会学の研究対象は広く、しかも次々に新しいテーマが追加登録されてゆく。社会学の独自性はむしろこの脱領域性にあるというのが本書の立場である。本編では脱領域性の例として身体技法や死の社会学をあげておいたが(一七ページ)、九〇年代の社会学シーンではいっそうこの傾向が加速している。たとえばそれは環境・女性・国際・身体・感情といった領域で明確に自覚されるようになった。
環境社会学(sociology of environment)は、エコロジー思想の一般化や具体的環境問題の浮上によって、自然環境と人間の社会関係の学問として成立した。従来の社会学にあった人間特例主義(人間を特別な存在だと前提視する考え方)を反省し、社会環境・文化環境中心の環境概念を自然環境に拡大するというラディカルな変更を要請する。人間も多くの生物種のひとつにすぎないとするエコロジカル・パラダイムによる社会学の再構成である[C・R・ハムフェリー、F・H・バトル『環境・エネルギー・社会――環境社会学を求めて』満田久義・寺田良一・三浦耕吉郎・安立清史訳(ミネルヴァ書房一九九一年)]。
フェミニズム論やジェンダー論は、従来の社会学や社会科学が男性中心で女性を「二級市民」に位置づけてはばからない点を強く批判する。たしかに社会科学において「人間」とは事実上「男性」のことだった。社会学と社会科学のこのジェンダー・バイアスは修正されなければならない[江原由美子「フェミニズムとジェンダー」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。
国際社会学(transnational sociology)やウォーラーステインの世界システム分析は、従来の社会学のいう「社会」が事実上「国民国家」(nation state)のことだったことを批判する。二〇世紀が国民国家の時代だったことは、グローバルな視点から地球社会が見えてくるにしたがって自覚されるようになった。同時にエスニシティや地域主義の高まりも国民国家中心の見方の変更を要求する。社会史あるいは歴史社会学の視点から見ても、国民国家の時代はむしろ特殊な現象だったと見なす方が適切であり、したがってそれに捕らわれた社会概念も再定義されなければならない。国家はもはや概念的容器ではなくなったのである[梶田孝道編『国際社会学――国家を超える現象をどうとらえるか[第2版]』(名古屋大学出版会一九九六年)]。
身体の社会学は、生物学的な身体に対して「社会的な身体」に照準を合わせる。フーコーやアナール学派の社会史的視点の影響は大きい。しかし日常的な生活場面に社会学的なまなざしを加えれば必ず見えてくるものでもある。具体的には、たとえば出産という現象。これはもはや単純な自然現象・生理現象ではなくなっている。現代の出産は社会現象としての性格を色濃くもっている[舩橋惠子『赤ちゃんを産むということ――社会学からのこころみ』(NHKブックス一九九四年)]。
感情という現象もこれまで社会学では等閑視されることが多かった。正確にいうと、古典的社会学ではしばしば論じられてきたにもかかわらず、近年の社会学では軽視されてきたのである。しかし感情は社会的な現象であり、その社会性について考察の余地のあることが最近強調されるようになった。たとえば「母性愛は本能だ」という命題を前提に現代家族のありようを語ることはもはや不可能である。母性愛という感情は自明ではないからだ。その感情の社会的源泉をさぐり、その感情についての言説の社会的機能を主題化する必要がある[岡原正幸・山田昌弘・安川一・石川准『感情の社会学――エモーション・コンシャスな時代』(世界思想社一九九七年)]。
従来的な社会学のメインフレームの限界を突き、社会学のパラダイム転換を構想するさまざまな新しい社会学の登場。これらは従来的な社会学観を覆す強力な「社会学批判」であり、その意味で「脱社会学的」である。しかし、それと同時に、そうした動きや発想そのものがきわめて「社会学的」なのである。社会学を自己超越的な一種の学問運動と捉えると、これらはむしろ社会学らしい傾向――つまり脱領域性――のあらわれと見ることができる。社会学ではおなじみの「脱皮」現象が生じているということだ。
社会学的な感受性
本書のタイトル「社会学感覚」は「社会学的なセンス」の意味であるとともに「社会学的なマインド」の意味も込めてつくった造語であるが、基本的には「社会学的な感受性」という意味で使われている。「感受性」とは「感受する能力や資質」のことである。あえて「感覚」や「感受性」といった用語を使用する理由については私の『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)を参照してほしい。この本については後論でふたたびふれることにしたい。
「感受性」のこのような用法は今日では特別のものではなくなっている。たとえばアンソニー・ギデンズは社会学テキストの決定版ともいえる『社会学』の冒頭部分で次のように述べている。「社会学は、一人ひとりの経験の実在性を、否定するものでも軽んずるものでもない。むしろどちらかといえば、われわれ自身があらゆる面で組み込まれているより広い社会活動領域にたいする感受性を養うことで、われわれは、自分自身の個々の特質や、さらに他の人びとの個々の特質をより豊かに認識できるようになるのである。」[アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)一〇ページ]。
同様に次のような使い方もある。「社会学者はまた理論的感受性が十分鋭くなければならない。この理論的感受性のおかげでデータから理論となるべきものが浮上してきたとき、それを概念化し定式化できるのである。」これは、B・G・グレイザー、A・L・ストラウス『データ対話型理論の発見――調査からいかに理論をうみだすか』(新曜社一九九六年)からの一節。もっともこのような使い方はブルーマーやミルズの著作でおなじみのものである。
知識人論
1―4で「社会学を学ぶ意味」について説明した。これは知識論ないし知識人論としてさまざまに議論されてきたことを前提にしている。そこで最近話題になった三冊の知識人論を。
まず、エドワード・W・サイード『知識人とは何か』大橋洋一訳(平凡社一九九五年)。知識人は社会の周辺的存在として知的亡命者たれとの主張を掲げる。カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)は、権力に追従する日本の知識人を批判した論争の書。「人が社会学者として誠実に社会を説明しようとしたがために、見事なまでに政治宣伝目的に役立つ理論を提供する結果になることもありえる」(七〇ページ)といった、気になるフレーズもある。ブルデュー『ホモ・アカデミズム』石崎晴己・東松秀雄訳(藤原書店一九九七年)は、フランスの大学世界を社会学的に分析したもの。こういうことをするから社会学者は他の研究者から嫌われるのであるが、反省・再帰性・自己言及性などと呼ばれる循環的構図は社会学の知的駆動力でもあるから避けることはできないのだ。
このほか、近年とみに再評価されているオルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』神吉敬三訳(ちくま学芸文庫一九九五年)にも注目してほしい。こういう古典を新鮮に感じさせる時代だということである。今読むと、よくわかる。
社会学の自己言及性
1―3と1―4で説明したのは「社会学の自己言及性の問題」といえる。この論点については、ブルデュー『社会学の社会学』田原音和監訳(藤原書店一九九一年)をぜひ参照してほしい。ブルデューの立場は反省社会学と呼んでよいものだが、それがどのような問題と困難を呼び寄せることになるのかがやさしく語られている。インタビューが中心なので初学者にも読める。とくに第一部の「方法・対象――社会学の新しい見方」に注目してほしい。
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SOCIUS.JPドメインへの初出 8/4(Sun), 2002  最終更新日:4/1(Sat), 2017
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