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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚5社会現象における共通形式を抽出する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
5 社会現象における共通形式を抽出する
5-1 類型化――日常的認識と科学的認識
日常生活における類型化
多様な現実のなかから一定の共通性をみつけて分類することは学問の常套手段である。社会についての科学も当然これを手段として使用するし、社会学も同様である。本章ではこの「類型化」(typification)について考えてみよう。
まず確認しておきたいのは、類型化という営みは、なにも科学的認識に特有のことがらではないということだ。それはまさに日常生活のなかでわたしたちが日々おこなっていることでもある。
わたしたちは日常世界を最初から〈類型化された世界〉として経験している。さまざまな対象がイヌとして・ネコとして・机として・コップとして・電話として経験される。ひとつひとつの個性的な対象――ウチのイヌととなりのイヌはまったく別の個性をもっているはずだ――を一定のことばで――つまり「イヌ」と――呼ぶことは、すでにわたしたちが類型性にもとづいてとらえていることなのである。人間についても同様だ。わたしたちは、他者が何者であるか、他者のおこなっていることがらがなにを意味するかを把握するために、すでに経験的に会得した類型化図式をあてはめていく。目の前の人物は警察官として・郵便配達人として・上司として・店員として経験される。これはまた自分自身についても同様である。わたしたちは状況によって自分を父として・妻として・教師として・学生として・客として・若者として自己類型化することによって社会関係をとりむすぶ。
これらの類型化とその適切な使用法についての知識は、幼いころからの教育や経験によって集積された処方箋的な知識である。日常生活の世界において行為し思考している人間のこのような手もちの知識は、一般にまとまりを欠き、部分的にのみ明瞭であるにすぎず――たとえばお金の使い方は知っていてもお金が本来どういうものかは知らないとか、電話のかけ方は知っていてもそのしくみは知らないといったように――しかもつねに矛盾をふくんでいる。しかし、このような知識はたいていの実際的問題を解決するには間に合うため基本的に自明化されている。第二章でふれた「常識的知識」がこれにあたる▼1。
社会学的認識における類型化
このような処方箋的知識に対して、科学的知識は論理的に一貫している点で大きく異なる。したがって、社会学的類型化もその場しのぎの非論理的なものであってはならないわけである。つまり、分類基準のようななんらかのロジックが必要とされる。
しかし、杓子定規な分類基準に機械的にしたがうことだけが〈科学〉ではない。
一見して錯綜している社会的現実をみるとき、わたしたちはその複雑さを回避するために、かえってひとまとまりのものとして認識してしまう。それが社会学的に的確であるかどうかは、それでなにがえられたかという実用的な結果で判断せざるをえない。いくつかの事例をみて考えてみよう。
まず、デュルケムの有名な自殺類型をとりあげよう。かれは自殺を個人的な現象ではなく社会現象としてとらえ、自殺についての社会的要因によって三つの基本類型を設定した▼2。
(1)自己本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性が弱く、その内面的な結束力が弛緩している場合に生じる自殺形態。所属集団の凝集性が弱いほど自殺率が高くなる。たとえば信者自身の自由な解釈がゆるされているプロテスタントの方が、教会による強力な統制下にあるカトリックよりも自殺率が高い。家族の場合も集団として緊密な関係ができている方が自殺率が低い。国家についても平時より戦時の方が集団としての凝集性が高まり自殺率が低くなる。
(2)集団本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性や統制力があまりに強く、集団への一体感もあまりに強い場合に生じる自殺形態。自分の所属集団の名誉を守るために進んで犠牲になるケースがそれである。会社や政治家の不正の責任をとるかのように自殺する中間管理職や秘書の自殺などはこれにあたる。
(3)アノミー的自殺――社会が突然の危機に見舞われ、人びとの行動を規制する共通の道徳的規範がうしなわれ混乱状態に陥った無規制状態[アノミー]に生じる自殺形態。好景気がつづいたあとの経済恐慌時など、ひとたび肥大した人びとの欲求が不意に満たされなくなったために激しい焦燥や憤怒に陥ることが原因で自殺にいたる場合がそれである。欲求に対する社会的ブレーキが効かなくなった状態と考えていい。
このように、社会学における類型化は、ただたんに似たものを寄せ集めて命名するといったことではない。それ自体が理論的考察をすでにふくむところに特徴がある。『自殺論』の場合、自殺について語っているようにみえて、じつは社会と個人の関係のありようについて分析していることが、この三類型の定義だけからもうかがえると思う。そこがたんなる自殺統計などとちがうところだ。
今度は日本の例をみることにしよう。見田宗介の初期の傑作「現代における不幸の諸類型――〈日常性〉の底にあるもの」は、戦略的な質的データとして新聞の身上相談を分析したものである。かれは身上相談をたんに訴えの種類によって――つまり恋愛・結婚・夫婦関係の危機・嫁姑・再婚・職場の対人関係・経済問題・非行・病気・ノイローゼなどに――分類するのでなく、それがもたらす「不幸のかたち」に注目し、十二の代表事例、四つの基本類型にまとめた▼3。
(1)欠乏と不満――経済的窮乏によって人間の本来的な生き方への関心をすりへらしてしまうケース。低学歴などのハンディを負いつつ子供のために自分の欲求を抑圧しつづけた結果、アブノーマルな道に走ってしまうケース。不本意な進学や就職の結果、目の前の問題に内発的な意欲をもって主体的に参与できず、いたずらに消耗してしまうケース。
(2)孤独と反目――人まかせの結婚をした結果、夫の浮気・賭事・乱暴・浪費などを導き、自分の責任を省みることなく被害者として悩むケース。失われた愛や生きがいを子供に託すことによる反目の再生産、つまり「母親は夫に求めるべきものを息子に求め、息子は嫁に与えるべきものを母親に与え、かくして充たされなかった嫁は、夫に求めるべきものを、ふたたびその息子に求める」ケース。逃げ場がないという閉塞した労働現場でおこる告げ口による憎悪のケース。
(3)不安と焦燥――受験失敗によるあせり。一方、一流大学をでたものの幹部コースからはずれたことによる不安。「一流大学」「一流会社」「出世コース」「女の幸福」といったステレオタイプを疑うことができないために、自分が「規格品」でないことに強い不安と焦燥を感じるケース。
(4)虚脱と倦怠――苦労の末、ようやく生活が安定してきたころ、生活に対する新鮮な興味が喪失するケース。外発的な生活目標に追われるうちに、内発的に自分の人生を設計する能力を失ってしまうケース。絵に描いたような「女の幸福」のなかでおおうべくもない倦怠感におそわれるケース。
そしてそれらを現象させる諸要因の連関を分析したのち、その連関の構造を合成し、(1)中小企業労働者・下層農民を典型とする状況構造(2)官庁および大企業ホワイトカラーを典型とする状況構造を類型化した。
デュルケムも見田も、一見同じようにみえる素材を読みほどき、理論的な座標の網をかぶせることによって、現象の表層から深層へと問題をほりさげているようにみえる。たくみな類型化の例である。
このような観察者・研究者側による類型化に対して、対象となった集団の内部で使われている類型化図式を尊重し、それを調査し、整理する方法がある。たとえば第三章で紹介したアンダーソンの『ホボ』は、渡り職人の生態を克明に調査したモノグラフだが、一見似たようにみえるホームレスたちの世界を、かれら自身の類型化図式をありのまま示すことによって読者の発見を助けている。宝月誠の紹介するところによると、つぎの通りである▼4。
(1)季節労働者――年間のスケジュールにそって各地で特定の仕事をする人。
(2)ホボ――気の向くままに不定期で臨時雇いの仕事をしている人。各地を自由に渡り歩く気質をもつ。
(3)トランプ――仕事をせず物乞いや盗みでその日暮らしをしている人。新しい体験を求めるロマンティックな気質をもつ。
(4)ホーム・ガード――移動せず規則的にか不規則的に雑用の仕事をする人。一種の定住者。
(5)バン――移動せず仕事もしない人。物乞いや盗みで絶望的生活を送っておりアル中や麻薬中毒者が多い。
おそらく外からながめているだけではわからない人間類型がここにある。一九二〇年代シカゴの「ホボヘミアン」――日本語でいうと「寄せ場」に対応する――の人たちはこの諸類型を明確に区別し、じっさいの交渉のさいの準拠枠としていた。これは社会的序列でもあったから、この類型それ自体がすでにひとつの社会的事実である。
このように、日常的認識におけるステレオタイプな類型化から距離をとって科学的に類型化することによって日常的認識の限界を示すとともに、今度は逆に科学的認識が日常的認識における類型化図式に学ぶことも重要なことなのである。日常的認識と社会学的認識のあいだには、このような相互作用がなければならない。
▼1 アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章による。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『自殺論――社会学研究』(中公文庫一九八五年)。この古典のわかりやすい解説として、宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)。ここでも後者の現代的解説を参照した。
▼3 見田宗介『現代日本の精神構造』(弘文堂一九六五年)。以下のように要約してしまうとなんとも味気ないものになってしまうが、個々の事例のもつ豊かな問題性を引きだす見田の文体の魅力を直接味わってもらいたい。
▼4 宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)一三二-一三四ページ。
5-2 方法としての理念型
理念型
類型化の手法をより洗練化して方法論にまで高めたのが、マックス・ウェーバーの「理念型」(Idealtypus)である。かれによると、そもそも概念は人間が現実をとらえるために、思考によって一面的に構成する認識手段である。それは本章冒頭で説明した日常生活者の場合と基本的に同一である。ただ理念型の場合は、研究者が特定の観点から一面的に強調した要素を論理的に矛盾のないように整序して構成する点で、日常経験における類型化と異なる。つまり、それは非現実的なユートピア的構成体である。
というのは、理念型は現実をそっくり模写したものではなく、混沌として雑然たる現実の多様性をとらえるための道具=装置にほかならないからである。ウェーバーは「発見的意義」ということばでこれを表現していた。だから、ある理念型が適当かどうかは、ひとえにそれでもってなにが発見できたかというプラグマティックな成果によることになる▼1。
個性的(歴史的)理念型
理念型によって個性的な歴史的現実に少しずつ近づくことができるといっても、どういうことかはっきりしない。そこでウェーバーが具体的にどのように理念型を用いたか、二・三例を紹介しておこう。
まず代表例としてあげられるのは、ここでも「プロ倫」をふくむ『宗教社会学論集』である。たとえば「プロ倫」において「禁欲的プロテスタンティズム」の宗教思想を分析するさい、ウェーバーはつぎのようにことわっている。「もちろんそのばあい、考察の方法としては、宗教的思想を、現実の歴史には稀にしか見ることのできないような、『理念型』として整合的に構成された姿で提示するよりほかはない。けだし、現実の歴史の中では明瞭な境界線を引きえないからこそ、むしろ徹底的に整合的な形態を探究することによって、はじめてその独自な影響の解明を期待しうるからだ▼2。」なるほど現実に存在する宗教思想は多様であり、さまざまなヴァリエーションに満ちていて、その周辺は定かでないのがふつうである。それらを網羅的に収集したところで因果連関の解明をますます困難にするだけであろう。それよりもフリンジを鮮明にし、要素の特徴を整理して分析に用いた方が、かえって現実の因果連関に近づける。第三章でくわしく紹介した「禁欲的プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」の密接な関係が鮮明に描けたのも、理念型としてあらかじめ個性をきわだたせてあったためである。そうでなければ両者の関係は、歴史的現実のディテールの大海に沈んでみえなくなってしまったことだろう。
『宗教社会学論集』で比較の対象となった儒教・道教・ヒンズー教・仏教・古代ユダヤ教も、禁欲的プロテスタンティズムと同様、理念型的な概念構成物である。これらはウェーバーの研究関心にそって相互に区別され特徴が強調された。歴史的にはそのような純粋な形態がたとえ存在していないとしてもかまわないのである。このような歴史的に一回だけ存在した個性的な現象についての理念型は「歴史的理念型」または「個性的理念型」と呼ばれる。
類型的(社会学的)理念型
歴史的・個性的理念型に対して、一回性をもたない普遍的な社会現象についての理念型もある。これを「社会学的理念型」または「類型的理念型」という。
ウェーバーのもうひとつの主著『経済と社会』はこのような類型的理念型の宝庫である▼3。そのなかからふたつ紹介しよう。まず社会的行為の諸類型について。すでに説明してきたように、ウェーバーは社会を徹底して個人行為者側から分析する。基本単位は社会的行為である。この場合の「社会的」とは他者の行動と有意味的にむすびついていること、つまり他人の出方とリンクしているということだ▼4。
(1)目的合理的行為――目的・手段・副次的結果を予想し考慮した行為。目的と手段の関係が合理的。
(2)価値合理的行為――倫理・芸術・宗教など固有の絶対的価値を意識的に信じることによって生じる行為。予想される結果にとらわれない。
(3)感情的行為――感情や情緒による行為。
(4)伝統的行為――身についた習慣による行為。
一見思いつきのような分類にみえるが、なかなか奥が深く、さまざまな修正案を生みだす理論的源泉となっている類型図式だ。たとえば商業行為は商品を売って利益をうることにはちがいないにせよ、「これだけの商品をこうして売ればこれだけもうかるはずだ」と計画的に売る場合は「目的合理的行為」だが、「先祖代々むかしから同じようにこうして売ってきた」という場合は「伝統的行為」であろう。また「そんなにもうからなくても地道に人様のお役に立てればいい、それが神様が自分にあたえた仕事なのだから」という場合は「価値合理的行為」である。もちろん、「意地で商売してんだ」という「感情的行為」の場合だって考えられる。また、宗教行為に対して現代人は非合理的と考えがちだが、ウェーバーの行為類型によると「価値合理的行為」である。つまり宗教行為は、ある価値に対して徹底的に合理的な行為とさえいえる。そしてこのことは宗教現象をとらえる上で不可欠な前提事項でさえある。一般に現代社会は「目的合理的行為」の比重が増しているといえるだろうが、他の類型とくに「価値合理的行為」も依然として重要である。
つぎに支配の諸類型についてみてみよう。ウェーバーは「支配の社会学」の出発点である「正当的支配」(legitime Herrschaft)のうちに以下の三つの純粋類型を設定した▼5。
(1)合法的支配――制定された秩序の合法性にもとづく。
(2)伝統的支配――昔から妥当してきた伝統の神聖性にもとづく。
(3)カリスマ的支配――非日常的な資質をもった人物[カリスマ]の神聖性・英雄的力・模範性にもとづく。
このさい、ウェーバーは「この三つの理念型が、どれ一つとして、歴史上本当に『純粋な』姿では現われてこないのが常である」として「歴史的な全現実が以下に展開される概念図式の中に『捕捉』されうると信ずることは、本書の考え方とは最も遠い考え方である」と注記している。つまり、この三つの純粋型は、現実に歴史に出現したさまざまな支配の形態を分析するときの尺度にすぎないのである▼6。
流動的推移の論理
類型化の役割はまず第一に「他と区別する」ことだ。分離・峻別の効果である。ウェーバーの個性的理念型はもっぱらこれをねらったものだ。いわば「差異」をきわだたせるための認識手段である。ところが類型化の役割はこれにとどまらない。第二の役割は、連続したスケールにおいて現実を位置づけることである。このことをジンメルとウェーバーの類型学的研究にみいだした阿閉吉男は「流動的推移の論理」と呼んでいる▼7。
さきほどの支配の諸類型をみてみよう。ウェーバーは三つのうちカリスマ的支配をもっとも基礎的な支配形態とみていたが、これが理念型通りに存在したとしてもカリスマの死とそれにともなう後継者問題から早晩この形態が変質するとし、そのプロセスのことを「カリスマの日常化」と呼んでくわしく分析した。カリスマ的支配は日常化によって伝統的支配もしくは合法的支配に移行するが、当然そのプロセスは単純なものではなく、「支配の諸類型」の章の後半部の多くがこれにあてられる。つまり純粋な理念型を組み立てて網羅的な概念体系を構築するのが目的ではなく、混沌とした歴史的現実を、純粋類型と純粋類型の中間に位置づけることによって構図を鮮明化することが目的なのである。ここは往々誤解されているところである。理念型は社会認識のための道具であることをウェーバーとともに再度強調しておかなければならない。
さて、わたしたちにとって、このような類型の「流動的推移の論理」はどんな意義があるのだろう。〈健康〉と〈病気〉を例にとって説明してみよう。
いうまでもなく健康と病気は対概念であり正反対の意味をもつ。わたしたちは相互に健康か病気かを判断し、あいまいな場合には医師の診断をあおぎ、学校や会社を休むかどうか決める。学校や会社も病気と判断すれば欠席・欠勤もやむをえないとする。短期間であればそれで落第させられたり配置転換されたりしないし給料も保証される。わたしたちの社会では健康と病気の対概念によって個人の活動を明確に線引きできるとする前提了解があるかのようである。
しかし、健康とはなにか、病気とはなにかについての社会的定義は相当あいまいだ。たとえば二日酔いで会社を遅刻すれば上司の非難をかうにちがいない。しかし「二日酔い」が「アルコール性急性肝炎」となると一転して同情されることになる。前者には健康な人という類型が適用されているために「怠惰」や「だらしなさ」とみられるのに対して、後者には病者という類型が適用されているからだ。学校で保健室が一部の生徒たちに一種のアジール[避難所]としてよく利用されているが、かれらはこの定義のあいまいさを戦略的に活用しているわけである。
ここであえて健康と病気の純粋な理念型を考えてみると、現代人の多くはそのどちらでもないことになる。まったくの健康でもなく、さりとて病気というほどでもないというのが一般的ではなかろうか。では、健康と病気の純粋類型の中間にはなにがあるだろう。その中間にあるのは「障害」という類型である。たとえば慢性疾患にかかった人はあきらかに健康ではないが、仕事を免責されるわけではないし、その必要もない。疾患を抱えつつ社会的責任を果たすことになる。老いの場合もわたしたちは病者という類型でとらえがちだが、むしろ「障害」類型でとらえる方が現実的であり、それによって医療福祉サービスのあり方や企業のあり方も考えなおすことができる。そしてこれはたいへん重要なことなのだ▼8。
すなわち、現代日本社会は「健康と病気」の対概念をあいまいなまま適用する社会であるために、またその結果「障害」概念が非常にせまくとられているために、多くの人たちがこの対概念からもれてしまっている。企業経営も労働条件も福祉政策も公共施設も「障害」は残余概念でしかない。ところが、ひとたび健康と病気の概念について熟慮すると、この二分法よりもむしろ「障害」を中心に社会を構成すべきであることに思いいたる。つまり「われらみな障害者」という原理こそ社会構成の中心にすえられるべきものなのだ。ただ「障害」に程度の差があるだけと考える方が理にかなっている▼9。
極端な理念型を構成することは、たんに差異をきわだたせるだけでなく、現実の事象を中間項として流動的にとらえることを可能にする。これによって、偏見や常識がもたらす硬直した二項対立を打破することが可能になる。
すでにのべたように、類型化は日常生活をいとなむ上での認識手段である。社会学の提示する諸類型を通過することで、わたしたちはふだん自分があたりまえのように使っているさまざまな類型化図式を点検し、より洗練されたものにしていくことができる。これもひとつの社会学的実践である。そしてこのような社会学的実践の積み重ねが、社会の反省性を高めることに通じるのである。
▼1 マックス・ウェーバー、徳永恂訳「社会科学および社会政策的認識の『客観性』」ウェーバー『社会学論集』(青木書店一九七一年)。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテンタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)一四一ページ。
▼3 ウェーバーの主著である『宗教社会学論集』も『経済と社会』も、かれが編集改訂の半ばで病死したため、死後マリアンネ夫人によって編集刊行されたものである。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)。旧版は角川文庫に収められ、ながらく定訳として広く使用されたもの。なおこの論文にはほかに清水幾太郎による翻訳が岩波文庫に、浜島朗による翻訳が青木書店[前掲書]にある。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。なお、かれの「支配の社会学」については19-1でくわしくあつかう予定である。
▼6 ウェーバーの『経済と社会』の随所で展開されている類型的理念型として、ほかにも「宗教社会学(宗教的ゲマインシャフト関係の諸類型)」の章があげられる。宗教・宗教的行為・呪術師・祭司・預言者・神・教団などの諸類型がそれである。たとえば、読者にとっておそらくピンとこない呪術師・祭司・預言者の三類型をウェーバーは明確に位置づけている。宗教者についてあいまいな観念しかもっていなかったのが、ピシッと焦点をあわせられたような気になる。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼7 阿閉吉男『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)二〇-二九ページ。
▼8 かつて日本の老人医療の現場では老いを「病気」とみてきたために多くの老人が「ねたきり」にされてきた。近年ようやくこれが見直され、少しでも活動させるようになった。これで元気をとりもどす老人が多いという。この方針も「ノーマライゼーション」とみなしていいが、要するに健康と病気の中間に位置づけることにほかならない。かつての老人医療現場については大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)参照。
▼9 健康・病気・障害については23-2参照。日本社会における「障害者」概念の狭さは先進諸国のなかでは特異なものである。
5-3 形式社会学の発想――同型性
人間相互の関係形式に関する科学としての社会学
類型化の第三の役割は、共通形式に注目することである。つまり似たものどうしをむすびつけることだ。もちろんまったく似たものどうしをまとめてもしかたないわけで、そこになんらかの意外性つまり発見的意義がなければならないのは当然である。
さまざまな社会現象を貫通する共通形式に着目することによって意外な局面を照射する――このような手法を最初に社会理論にまで高めたのはジンメルである。そこでジンメルの理論を検討し、そのなかで社会学的概念の役割についても考察してみたい。かれの理論は――そして文体も――難解だが、挑戦する価値が今日でも十分あると思う▼1。
ジンメル社会学の出発点は「多数の諸個人が相互作用に入りこむとき、そこに社会は実在する」というものだ▼2。これが広い意味での社会概念すなわち「広義の社会」である。相互作用というのは、他人に働きかけて影響をおよぼすと同時に、また他人から働きかけられて影響を受けるプロセスのことだ。正確には「心的相互作用」(seelische Wechselwirkung)という。相互作用はつねに特定の衝動や目的や関心によって成立する。つまり「もうけたい」とか「信仰のため」とか「遊びたい」とか「教育のため」といった目的をもって人は相互作用のプロセスに参加する。ところが、この側面は社会の「素材」もしくは「内容」にすぎず、これだけではわたしたちの知っている社会はできない。じつは諸個人間の相互作用にはさまざまな形がある。徒党を組んだり、組織をつくったり、分業して役割分担したり、競争したり、対立したりする。いわば人と人との関わり方である。これを相互作用の「形式」と呼ぶ。これがあってはじめて社会というものが成立するのである。
ジンメルはここに注目した。たとえばCD・ケーキ皿・硬貨・フリスビー・タイヤ……が、さまざまな目的と素材――つまり「内容」――をもつと同時に、「円」という共通の「形式」をもつように、軍事的目的であれ教育的目的であれ治療的目的であれ、それらの諸目的のために、人間は軍隊・学校・病院といった上下関係をもつ組織を形成するという共通の形式をとる。この「形式」こそ社会を社会たらしめているものであり、それゆえに「社会になること」=「社会化」の諸形式ともいう。そして「円」を研究する幾何学のように、社会学はこの「社会化の諸形式」を研究することにしようというのだ。これが「人間相互の関係形式に関する科学」すなわち「形式社会学」(formale Soziologie)である。
形式社会学は社会についての幾何学であり文法学である。目の前にころがっているさまざまなモノの形だけを抽象するように、そして日々交わされることばの数々から一定の文法規則を抽象するように、さまざまな衝動や目的からなされる人間行動から相互作用の形式を抽象するのである。社会をタテわりではなくヨコわりにみるわけだ▼3。
さまざまな「形式」
ここで、ジンメルが「社会化の諸形式」として抽出したもののいくつかをランダムに概観してみよう▼4。
(1)党派形成(Parteibildung)――統一的な集団がしだいに党派[派閥]に分離し、党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しない党派間に人為的に対立がつくりだされ闘争が生じる。
(2)上位と下位(Uber-und Unterordnung)――いわゆる支配者と服従者の関係。しかしこれは一方的な関係ではなく、下位者の自発性によっても影響される相互的なものである。支配者のありようによって個人支配・多数支配・原理による支配の三類型にわけられる。
(3)闘争(Streit)――一般には否定的かつ破壊的なことと考えられているが、それ自体は対立する者のあいだの緊張の解消である。闘争は人びとを統一化する積極的なはたらきをもつ。競技・訴訟・利害闘争・派閥間闘争などに分類される。
(4)競争(Konkurrenz)――間接的な闘争。闘争の目的が相手の排除にあるのに対して、競争の目的は利益をえることにあり価値の実現にむすびつく。
(5)社会集団の自己保存――集団はいったん成立するとメンバーがやめたり交代しても同一集団として存続する。「名誉」や「外敵による内集団の統合」は自己保存の手段である。
(6)秘密(Geheimnis)――秘密とは意図された隠ぺいである。諸個人の相互作用は他人についての知識を前提にしているが、かといって他人のすべてを知っているわけではなく、また人は自分のことを隠したりウソをついたりする。秘密は社会関係に不可欠の形式である。さらにメンバーが秘密をわかちもつことによって秘密結社が成立する。
このほか「代表」(Vertretung)「模倣」(Nachahmung)「対内結合と対外閉鎖との同時性」などがあげられる。いずれにしても、ジンメルの提案はつぎのようなことだ。つまり、国家であれ軍隊であれ政党であれ企業であれ行政府であれ学界であれ宗教教団であれ美術界であれ文学界であれ……以上のような共通の「形式」が存在し、その社会化作用によって一定の統一化が達成されるのである。
今日では「形式」ということばは「形式主義」を連想させるため、ほとんど社会学史にしか登場しない。しかし、「形式」ということばは消えたが、その発想は拡散して社会学全般のなかに受け継がれているといってよい。
第一章でわたしは社会学を〈脱領域の知性〉と位置づけた。しかし、それはただの寄せ集めの百科全書的知識ではない。たしかに社会学は雑学的性格をもっているが、ただの雑学ではない。それらを貫通する共通形式をたえず見定めているところにこそ脱領域の知性ならではの知的存在意義があるのだ。一見抽象的にみえる社会学的概念の役割もまたそこにある。
▼1 ジンメル社会学の全体像については、阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼2 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)一八〇ページ。以下の説明もこの訳書所収の「社会学の問題」による。
▼3 この横断面的発想が考えられてからそろそろ百年になろうとするが、まったく古びていないところがすごい。現代社会理論の最前線である社会システム論の発想もこの延長線上にあるといっても過言ではない。というのは、システム論の発想の基盤にあるのは、異なるディシプリンのモデル間になんらかの同型性(isomorphism)が存在するということだからだ。もちろんシステム論の方がより徹底しているけれども、関係の共通形式を抽出する点で遠い淵源にはちがいない。新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計』(有斐閣選書一九八一年)ではジンメルを社会システム論の系譜に位置づけている。
▼4 これらについてのコンパクトな解説として、阿閉吉男編、前掲書。くわしくは、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)参照。
増補
■ジンメル再評価
ヨーロッパではすでに八〇年代に活発化していたジンメル研究だが、日本のジンメル研究も九〇年代になってにわかに動き始めた。なかでもジンメルの主著『社会学』の全訳が刊行されたことは画期的だった[ジンメル『社会学――社会化の諸形式についての研究(上・下)』居安正訳(白水社一九九四年)]。
哲学者としてのジンメル像については、北川東子『ジンメル――生の形式』現代思想の冒険者たち01(講談社一九九七年)。さらに社会学系の研究書として、廳茂『ジンメルにおける人間の科学』(木鐸社一九九五年)。ただしこちらはかなり圧巻かつ高度。いずれにしても近年ますます浮き彫りになっていることは、ジンメルを二〇世紀後半の社会学の問題構成から理解することは一面的だということだろう。「形式社会学」をふくめて、一般にはジンメルは今なお誤解されている。
他方、インターネットをはじめとするコミュニケーションの新しい形が日本社会においても日常的に体験されるようになって、ジンメルの「社交」や「社会圏の交錯」に関する理論が現実味を帯びて感じられるようになってきた。展開未完の理論的萌芽がジンメルにはまだたくさん残っていると思う。
なお、この章で解説したウェーバーの理念型論については新たに翻訳がでている。マックス・ヴェーバー『社会科学の方法』祇園寺信彦・祇園寺則夫訳(講談社学術文庫一九九四年)。いわゆる「客観性」論文の翻訳である。
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4月 12017

社会学感覚4社会現象を総合的に認識する

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社会学感覚
4 社会現象を総合的に認識する
4-1 社会現象の総合的性格
「プロ倫」の教訓
第三章でくわしく紹介した「プロ倫」はいろいろなことを教えてくれた。思いつくままにあげてみると――
(1)資本主義という巨大なシステムも、それを生みだしたのは人間の行為[禁欲的プロテスタントの禁欲的職業活動]であること。
(2)人間の社会的行為はなんらかの主観的意味にむすびつけられていること。
(3)したがって、社会的な事象を解明するためには、行為者の抱いている主観的意味の理解が必要であること。
(4)行為者の主観的意味はかならずしも客観的結果と一致しないこと。つまり、あくなき利益追求マシーンともいえる資本をつくりあげたのが、もっとも利益追求を卑しいことと考えていた人たちだったこと。
(5)主観的意味といっても、個人的なものではなく、ある程度集合的なものであること。
以上の論点については前章ですでに確認したところである。ここではもう一点だけ論点をくわえておきたい。それは非常に素朴なことだ。
わたしたちは「資本主義の起源」ときいて「ああ、経済の話だな」と思う。資本主義そのものはまぎれもなく経済に関する事象であり、特定の経済体制を指している。しかし「プロ倫」が示すのは、それを推進させたエートス[資本主義の精神]が禁欲的プロテスタンティズム[とくにピューリタニズム]の世俗内禁欲に由来するという意外な結論だった。ここからえられる教訓はつぎのようなものである。すなわち、どんな経済的現象も経済だけから説明することはできないということ。とりあえず「経済だけ」の「だけ」に注意しておいていただきたい。
「プロ倫」の場合は、宗教的側面が経済的現象に対して果たした歴史的役割にしぼって説明したもので、要するに「経済だけ」による従来の説明――このなかには通俗的マルクス主義もふくまれる――が不十分であることを批判する意図をもっていた。ウェーバー自身は別のところではもっと唯物論的な説明もしていて、当然「宗教だけ」からの説明も不十分であることも指摘している▼1。
要するに、ものごとは総合的にとらえる必要があるということだ。
消費行動の総合性
たとえば、バイクを買うのは経済的活動、選挙で投票するのは政治的活動、教会に行くのは宗教的活動、学校で教えるのは教育的活動、病院で看護するのは医療的活動――というように、それぞれの活動分野は、いずれも独自の領域・なかば独立した世界をなしていて、いわば〈小さな社会〉を形成している。これらの〈小さな社会〉を「部分社会」(partial society)と呼ぶ。経済学・政治学・宗教学・教育学などは研究対象をこうした部分社会に限定して専門的に研究する。それはそれで有意義なことなのだが、しかし、現実的に考えて、これらひとつひとつの活動がその狭い領域にとどまっているかどうか。
たとえば、「クルマの購入」という経済的活動を考えてみよう。これは経済的な消費行動にあたる。しかし、その前提には十八歳にならないと運転免許がとれないとか車庫証明がいるといった法的側面がある。また十八歳といっても高校在学中の場合、学校の校則の制限を受ける場合もあるだろう。現に高校生で免許のとれるバイクの場合は、いわゆる「三ない運動」によって、多くの高校生がバイクを買って乗ることを制限されてきた。最近は若干事情が変わってきたものの「三ない運動」のせいでバイクを断念した高校生もかつてはけっこう多かった。これは教育的側面がときとして法律よりも強い強制力をもつことがあるということを示している。また「クルマがほしい」という欲求そのものが、その人の生活している地域や集団の文化にかなりの程度規定されている。これは「どんなクルマがほしいか」と具体的に考えてみればいっそうハッキリするはずだ。たとえば最近、四輪駆動いわゆるヨンクが急速に需要をのばしているが、これは機能上のスペックからみるかぎり都市生活者には不必要かつ過剰である。それにもかかわらずヨンクにこだわる人がいるとすれば、それは経済的行為をこえた文化的行為というほかない。当然この側面はマス・コミュニケーションや流行の影響を考慮しなければならない。そして最後に家族の問題がある。独断で買える人はともあれ、大学生ぐらいであれば家族と相談せざるをえないだろう。では、決定権はだれがもっているか。これは家族内の勢力構造の問題である。
「クルマの購入」それ自体はじつに単純な行為であるけれども、このようにさまざまな側面をもっている。それゆえ「クルマの購入」を、たんにお金をだしてモノをもらってくるという単純な構図で理解するのはあまり現実的でない。むしろ総合的な社会的行為の一環とみなすべきなのである。それは複雑な社会関係のひとつの結び目であり、エピソードにすぎない。
逆にいえば、これを経済的行為とみなすこと自体がすでに科学的抽象であって、ありのままの現実ではなくなっているのだ。科学であるかぎり、こうした抽象は不可欠であり、われわれは日常生活においてもこうした抽象をステレオタイプな形である程度受け入れているわけだが、その分、現実の総合的性格から遠のいていることを知らなくてはいけない。社会学も一種の科学的抽象をふくんでいるが、他の諸科学のように現実の一側面についてだけを禁欲的に研究対象とするのではなく、なるべく多くの側面を掘りおこして多面的かつ立体的にとらえ、それらのからみあいを分析的にときほどこうとするのである。
部分社会の総合性
このようにどんなに特定された活動も基本的に全体社会に開かれている。したがって、経済・政治・教育・法律・宗教などの部分社会そのものが現実には総合的な現象なのだ▼2。
企業であれ工場であれ学校・刑務所・宗教団体・新聞社・病院であれ、それが特定の特殊な活動にむけられている点で特定の部分社会に属するにはちがいないが、同時にそこには社会のありとあらゆる活動も存在する。たとえば病院はもっぱら医療行為のための組織だが、そこには経理部門もあれば人事部門もあるし看護婦養成のための教育機関もある。そこで働く人びとにとってそこは労働現場であり、きびしい上下関係と分業体制の支配する社会でもある。入院患者は家族をともない、しばしば家族の管理もスタッフの重要な仕事となる。また、スタッフと患者の交渉は病気を媒介としながらも複雑多岐にわたり、病院内のコミュニケーションも、カルテの往来・診断・生活指導はもとより、患者間の情報交換やうわさなどもあり、複合的である。
ジンメルは、人間ふたりが相互作用していれば、それはすでに社会だという。そうだとすれば、学校も病院も家族も社会の一部であるだけでなく、それ自体もまたひとつの社会としての資格を備えていることになる。もちろん、日本社会とマレーシア社会が異なる文化をもつように、学校社会と病院社会もそれぞれ独自の文化をもっている。だからこそ個別に研究する必要があるのだ。
連字符社会学の構想と現状
政治社会学や教育社会学のようにある特定の部分社会をとりあつかう社会学を総称して「連字符社会学」(Bindestrich-soziologie)という。連字符とはハイフンのこと。特定のフィールドの名前と社会学とがハイフンで連結されているからである。いまだったら「ハイフン社会学」というところだが、以前に紹介されたまま定着したため、いささか古めかしいことばになってしまった。カール・マンハイムの用語である▼3。「特殊社会学」とか「分科社会学」という呼び方もある。
社会学の現状では、フィールドの明確な連字符社会学は研究活動が活発である。そのなかには、政治社会学のように政治学と一体化するほど大きな影響をおよぼしているところもあれば、法社会学のように法学系と社会学系が分離しているところもあるし、音楽社会学のように最近まで社会学系での議論が細い糸のようにしかなされなかった分野もある。それぞれ事情はかなり異なっている。しかし第一章で論じたように、各領域における専門科学がそれぞれの形で研究対象の広い社会的文脈に注目する傾向にあり、そのことが連字符社会学との交流を促進しているように思われる。
医療社会学の場合
一つの事例として医療社会学をとりあげてみよう。もちろん医療の中核を形成する科学が医学であることにまちがいない。しかし、医学は自然科学の一分野として発達してきたものであり、その焦点はあくまでも疾患=病気にある。したがって、病気をかかえた患者という個人や、患者をめぐる社会環境、また病院というひとつの社会については非常に素朴な観念しか提供できない。その分、実務上の問題についてはこれまで看護学や社会福祉論が実践的な知識とその専門家を供給することによって保健医療の現場をささえてきたわけである。
医療社会学は一九五〇年代のアメリカで確立した分野である。それまでは医学のなかに社会的側面を問題にする公衆衛生学や社会医学として研究がなされていたにすぎなかった。つまり医学研究者が社会学的方法を導入して研究してきたわけである。しかし五〇年代以後、この分野への社会的要請の高まりとともに、社会学のなかに医療社会学という応用分野が確立し、今日の隆盛にいたっている。
では、医療社会学は具体的になにを研究するのか。進藤雄三の整理を参考にまとめてみよう▼4。
(1)医療サービスの利用者の問題――病気と健康に対する社会-文化的反応のちがい・病人[病者]役割・病気行動・社会疫学など。
(2)医療サービスの提供者の問題――医師-患者関係・医療専門職・看護婦などの医療関連職種・健康関連職種など。
(3)医療組織の問題――組織としての病院・病院内における人間関係。
(4)医療システムの問題――国および自治体の保健医療制度・保健医療サービスの提供形態。
(5)加齢と死・生の質(クォリティ・オブ・ライフ)の問題その他――高齢化・倫理問題など。
これで医学と医療社会学のちがいがおおよそつかめてきたと思う。他の連字符社会学も似たようなものと考えてもらっても、それほど問題はないだろう。
どのような種類の活動領域であろうと、結局人間の意識的かつ社会的な協働であるかぎり、諸個人の行為・諸個人間の関係・集団形成・文化規範・全体社会との関連といったファクターは欠かせない。連字符社会学はそこを中心に研究するのである。
連字符社会学の発想基盤に存在するこのような総合的認識への志向は、社会学に一種の「橋渡し機能」を付与することになる。「社会科学の世話役としての社会学」というのみならず、自然科学をふくめた諸科学の調停役の役割を果たしうる位置にあるといっていいだろう▼5。
ミクロとマクロをつなぐこと――社会学的想像力
ここでわたしたち自身のことにふたたび焦点をうつしてみよう。
わたしたちは身近な問題を「プライベートなトラブル」[私的な問題]と定義する。就職や失業、結婚や離婚、職場での人間関係やストレスなど、わたしたちが耐えているさまざまな苦しみやディレンマは基本的にプライベートな問題として処理される。つまり、それを社会の歴史的な変化や制度の矛盾という文脈のなかでとらえることは少なかった。もっとも近年マス・メディアの発達に相即して人びとの認識も変わりつつあるが。すでにのべてきたように多くの場合それらはたんにプライベートな問題ではない。「個人的な体験」は「社会的な問題」につながっており、さらにすぐれて「世界史的な変動」の一環なのである。
ミルズは「個人環境に関する私的問題」(the personal troubles of milieu)と「社会構造に関する公的問題」(the public issues of social structure)とを統一的に把握する能力のことを「社会学的想像力」(sociological imagination)と呼んだ。その根底には「一人の人間の生活と、一つの社会の歴史とは、両者をともに理解することなしには、そのどちらの一つをも理解することができない」との全体的認識への志向がある▼6。「それはわれわれ自身の身近な現実を、全体の社会的現実とのつながりの中で理解することを、もっとも劇的に約束する精神の資質である。」▼7別のことばを使えば、ミクロとマクロのさまざまな抽象のレベルを連接し、自由に意識的に移動する知的能力ということである。
▼1 R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)とくに第五章「ウェーバーの社会変動論」参照。
▼2 マルセル・モスはこのことを「全体的社会的事実」と呼び、ジョルジュ・ギュルヴィッチは「全体的社会現象」という概念でこれをあらわしいている。
▼3 カール・マンハイム、朝倉恵俊訳「社会学の現代的課題」『マンハイム全集3社会学の課題』(潮出版社一九七六年)二八四ページ。
▼4 進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)三一-三五ページ。
▼5 富永健一『社会学原理』(岩波書店一九八六年)。
▼6 C・ライト・ミルズ、鈴木広訳『社会学的想像力』(紀伊國屋書店一九六五年)四ページ。
▼7 前掲訳書、二〇ページ。
4-2 全体社会の理論としての社会学
全体社会と社会理論
総合的認識にはじつはもうひとつ重要な側面がある。それは社会をまるごと認識するという方向だ。これはまちがいなく社会学特有の志向性である▼1。
まるごとの社会のことを「全体社会」(total society)といい、全体社会についての理論研究を一般に「社会理論」(social theory)という。これは「社会とはなにか」「社会はどのような構造になっているのか」「社会はどのように変動するのか」といったマクロな問題を統一的に理論化しようとする試みだ。
じつは「社会学」の歴史は、この「社会をまるごと認識したい」というエートスから始まった。
総合社会学
「社会学」という名前を最初に考案したのはフランスのオーギュスト・コントだった。かれは一八三九年『実証哲学講義』第四巻のなかで、それまで使用してきた「社会物理学」(physique sociale)を「社会学」(sociologie)と改名した。ラテン語のsociusとギリシャ語のlogosを合成したものだ。当時すでに、社会的なものごとを細分化し専門的に研究しようとするいくつかの社会科学と人文科学――法律学・経済学・心理学など――が勃興しつつあったが、コントは、それでは社会全体の構造や変動を十分解明できないと考えた。もともとひとまとまりのものをバラバラに分解して細かく研究してみても、ちっとも全体像は把握できないではないかというわけだ。そこで社会全体を――つまり全体社会を――総合的に認識する理論科学が必要になる。それが「社会学」だった。
コントの社会学構想は、イギリスのジョン・スチュアート・ミルによって支持され、ハーバート・スペンサーという強力な後継者を生み、かれらがさらに初期のアメリカ社会学に大きな影響をあたえることになる。全体社会の総合的認識をめざす十九世紀後半のこの理論潮流のことを「総合社会学」もしくは「百科全書的社会学」という。
マルクス主義
ほぼ同時代、出自は異なるが「全体社会の総合的認識」という点で軌を一にする一連の理論潮流があった。マルクス主義がそれである▼2。
カール・マルクスは若い頃から社会変革への強烈な志向をもっていたが、その変革志向にうながされて後半生をかえって地味な経済学研究――その成果が有名な『資本論』――にささげた人である。そのさいかれの「導きの糸」となったのが唯物史観(史的唯物論)だった。唯物史観は、いわば歴史的全体社会についての総合的認識にあたるものだ▼3。
つぎの一節はそのもっとも有名でかつ広範な影響をあたえた「唯物史観の公式」の一部である。「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである▼4。」
マルクスの思想はこれに尽きるものではとうていないのだが、『資本論』をはじめとするあの膨大な諸研究が、この「公式」のいう「土台」の研究にしかあたらないことを思えば、その構想力の大きさを実感できるだろう▼5。現に、その後のマルクス研究もしくはマルクス主義の一世紀以上にわたる幅広い知的営為がそれを物語っているし、現在でもマルクス主義は多くの分科社会学に総合的認識=全体性をふきこむ役割を果たしている▼6。
もう一点指摘しておきたいのは、この全体的認識が社会の対立葛藤の側面――階級対立――を鮮明に浮き彫りにし、変革の必要と必然性を導出したことである。このことによってマルクスの社会理論は、市民社会における対立葛藤と変革の契機を以後の社会理論に供給する重要な源泉になった。
社会学主義
十九世紀後半の総合社会学とマルクスのつぎの世代――つまり「世紀の転換期の社会学」――において明確に全体社会の総合的認識をめざしたのはデュルケムだった。かれが「社会的事実をモノとしてとらえる」ことを提唱したことについてはすでにふれた。かれはさらに、宗教・道徳・法・経済などあらゆる文化が社会的事実という性格を共有するのであるから、それらをあつかってきた諸科学の研究成果を社会学の傘下に収めていくことができると考えた。そして諸科学の社会学化による「一般社会学」を構想し、デュルケム学派とのちに呼ばれる弟子筋の研究者とともに『社会学年誌』という研究誌を舞台に活発に研究活動を展開した。これを学説史上「社会学主義」(sociologisme)と呼ぶ。これは裏を返すと既存の科学の存在否定もしくは第二義化につながりかねなかった。そのため、この社会学構想は「侵入科学」だとする批判や「社会学帝国主義」だとする批判をまねいた▼7。
じっさいには戦争の影響もあってこれはかならずしも成功したとはいえない。しかし「社会をまるごと認識したい」というエートスを二十世紀後半の社会学にまで伝えたことはたしかであり、それは社会学理論を大きな知的潮流へと合流させることになる。その知的潮流とは「システム論」である。
▼1 たとえばハバーマスは「社会学は社会科学的学問のなかでただ一つだけ、社会全体の問題に関係をもち続けてきた。社会学は、つねに社会の理論でもあるのだ。」とのべている。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八五年)二五ページ。
▼2 カール・マルクスの社会理論は労働運動と社会主義運動の指導的理論としてながらく教条的に――つまり宗教上の経典のように――あっかわれてきたため、すでに十九世紀末期からステレオタイプ化されてきた。かれの畏友フリードリヒ・エンゲルスの仕事からそれは始まっているが、「俗流マルクス主義」といういい方はその事態をさしている。その意味で社会学では「マルクス」とその後継者たちの「マルクス主義」とを区別してとらえることが多い。そして前者は今日の社会理論にとってもいまなお現役の理論である。社会学的視点からマルクスの社会理論をコンパタトにまとめたものとして、栗岡幹英「マルクス理論と社会学」中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)が現代的で秀逸。また少々大部だがマルクスの生涯と著作をていねいに紹介したものとして、D・マクレラン、杉原四郎・重田晃一・松岡保・細見英訳『マルクス伝』(ミネルヴァ書房一九七六年)。マルクスもウェーバーと同様、ライフ・ヒストリーに意義のある重要人物だ。
▼3 唯物史観については、K・マルクス、F・エンゲルス、花崎皋平訳『ドイツ・イデオロギー』(合同出版一九六六年)。マルクス、武田隆夫・遠藤湘吉・大内力・加藤俊彦訳『経済学批判』(岩波文庫一九五六年)「序言」。
▼4 マルクス、前掲訳書、一三ページ。
▼5 誤解しやすいことだが『資本論』は唯物史観の応用編ではない。『資本論』は唯物史観に示されたような歴史認識に立って、前資本主義的要素と上部構造とを理論的に捨象し、その上で市民社会固有の論理を総体的にとらえようとしたものだ。マルクスの本領はむしろここにある。細谷昴『マルクス社会理論の研究』(東京大学出版会一九七九年)参照。
▼6 最近ではマヌエル・カステルをリーダーとするフランスの新都市社会学の運動がその一例である。吉原直樹・岩崎信彦編『都市論のフロンティア』(有斐閣選書一九八六年)。また、ステュアート・ホールを代表とするイギリスの「カルチュラル・スタディ」派も、マスコミ研究にネオ・マルクス主義を導入して、批判性を高めようとしている。佐藤毅「イギリスにおけるマス・コミュニケーション研究」『放送学研究』三四号(一九八四年)。
▼7 エミール・デュルケーム、佐々木交賢・中鳴明勲訳『社会科学と行動』(恒星社厚生閣一九八八年)。とくに第三章「社会学と社会諸科学(一九〇九)」。内藤莞爾『フランス社会学史研究』(恒星社厚生閣一九八八年)。森博『社会学的分析』(恒星社厚生閣一九六九年)。
4-3 社会システム論の発想
すべてはすべてに関係している
社会の全体的認識の現代的形態は今日「システム論」として定式化されている。
「システム」ということばは今日だれでも知っていて、それぞれの文脈で勝手に定義され、乱用されている。現代は、なんでも「システム」といえば納得する時代である。それだけに、あつかいに気をつけなければならないことばでもある。
そもそも「システム」といわなければならないのはなぜか。システム概念を使うメリットはどこにあるのか。
日常のことばとして「システム」は、機械のように一定の目的をもった構成物に対して使われる。あるいは「経営システム」とか「製品管理システム」のように、一定の目的達成のために人為的に組織されたしくみについて使われる。「システム」ということばは、このように「一定の目的を達成するための構成物」の意味で一般に使われているといっていいだろう。また人為的な構成体でなくても、生物のように生存という目的をもともと内在した有機体も、この意味では「システム」ということになる。
このように「システム」ということばを使うと、機械も組織も生物も統一的に理解することが可能になる。そのさい、つぎのようなことが共通了解となる。
(1)要素をきりはなして個別にあつかうのでなく全体のなかで位置づける。複雑な全体を要素に還元しない。
(2)システムはたんなる諸要素の総和ではない。総和以上のものである。
(3)システムは一定の目的をもつ。
(4)部分である要素は、全体であるシステムに対してなんらかの貢献=機能を果たしている。
(5)すべての要素は他のすべての要素と相互依存している。
(6)ひとつひとつの要素もまたそれぞれシステムである。これをサブシステムという。サブシステムの要素もまたサブシステムをなす。こうしてDNAから社会をへて宇宙にいたるシステムのハイアラーキーができる。
(7)システムは概念構成体である。
これがシステム論のライト・モチーフである。システム論はこのように非常に抽象的で、その分なんでもとりこむことのできるメルティング・ポットかスプレッド・シートのようなものになっている。だから、物理学者と生理学者と社会学者が共通の概念構成体によって研究成果を統一するという学際的研究の土俵となる可能性をシステム論はもっている。そこがシステム論の魅力だったわけである。
社会学の分野では、とくに生物有機体システムとのアナロジーで社会をシステムとして総合的にとらえようとしたタルコット・パーソンズがその最初の巨匠となった。一九五〇年前後にかれは社会をシステムとして総合的にとらえる壮大な社会システム論を発表し、世界の社会学界に大きな影響をあたえた▼1。
社会システム論の根本的修正
ところが社会システムの場合、機械論的なシステム概念はもちろん従来の素朴な生物有機体論的なシステム概念では通用しないことがつぎつぎに指摘されるようになった。問題点はつぎの諸点である。
(1)部分の自律性――システムを構成する要素はそれ自体の自律性をもつ。たとえば、社会システムの構成要素として組織を考えてみると、企業にせよ軍隊にせよ政党にせよ、それ独自の自律性をもち、社会システムの維持に貢献しているだけではないし、貢献しているともかぎらない。また組織システムを構成する部分としての個人も、一定の役割を担うことでシステムの活動と維持に貢献していることになってはいても、現実には役割をずらしたり距離をおいたり反抗したりするのであって、いくらシステム概念が分析上の概念構成体だとしても、こうした現実のダイナミズムを説明できない▼2。
(2)非目的性――社会システムにあらかじめ定められた目的はない。社会システムは生物有機体のようにシステムの維持存続を目的としていない。
(3)構造生成性(morphogenesis)――社会システムはサーモスタットのように均衡をたもつメカニズムではない。たとえば生物有機体は維持存続のためのノーマルな構造がくずれたり均衡を失うと崩壊する[死]が、社会システムはその均衡がくずれても崩壊はしないし、こうでなくては崩壊するという固定的構造があらかじめ存在するわけではない。社会はたえず変化しつづける構造生成的なシステムなのである▼3。
(4)自己組織性(self-organity)――社会システムをなりたたせる諸要素は、あらかじめ設計図通りにつくられるのでもなければ、外部の環境に適応してつくられるとはかぎらない。それはシステム自体によって生産・再生産される。つまりシステムはシステム自体を創造するのである▼4。
最後の論点が生物学の免疫理論にヒントをえているように、以上の諸点は、かならずしも社会システムだけの問題ではないのだが、社会システムを構想するときには避けて通れない問題である。
「一般理論」か「グランド・セオリー」か
システム論は全体としてのシステムを分析の対象として強調するわけだが、これを抽象度のもっとも高い「一般理論」(general theory)とみるか、それとも現実から遊離した概念装置のガラクタとしての「誇大理論」(grand theory)とみなすか、立場は大きくふたつに分かれている▼5。
〈脱領域の知性〉とはいっても、社会学も科学として制度化されるにつれてますます専門分化している。その分、包括的な理論的全体構想がうしなわれつつあるのもたしかだ。システム論者はこの認識から、社会学を〈社会システムの学〉として再構成しようとするのである▼6。
しかし、大方の良識的で穏健な社会学者は、全体社会を統一的にとらえる理論科学であることに社会学の存在意義を認める立場をとらないで、ロバート・K・マートンのいう「中範囲の理論」の立場を支持しているように思える。歴史的に多様な諸社会をまるごと認識するというのは、どうみても理論の不遜であり、それをするには社会学はまだまだ未熟だというわけである。
その一方で、学際的な活動と緊密に連動しながら、新しい社会システム論が精力的に展開されつつあるのも事実であり、その成果には目がくらむばかりである。その先鋒をになっているが、ドイツのニクラス・ルーマンである。かれは、前項でのべた新しいシステム論の立場を理論的に強化するとともに、権力・経済・法・宗教・家族などを「機能的に分化したシステム」として、つぎつぎにシステム論の俎上にのせている。現在、もっとも注目すべき存在といえよう。
▼1 タルコット・パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)。
▼2 A・W・グールドナー、矢沢修次郎・矢沢澄子訳『社会学の再生を求めて』(新曜社一九七五年)第六章「世界の全体化」参照。
▼3 W・バックレイ、新睦人・中野秀一郎訳『一般社会システム論』(誠信書房一九八〇年)。
▼4 今田高俊『モダンの脱構築』(中公新書一九八七年)。
▼5 ミルズ『社会学的想像力』前掲訳書第二章「誇大理論」参照。
▼6 新しい社会システム論の意義については、新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計(有斐閣一九八一年)。今田高俊『自己組織性――社会理論の復活』(創文社一九八六年)。本節は基本的に、この二著にもとづいている。
▼7 ルーマンの著作は難解で知られる。目下続々と翻訳が出版されているが、なかでも、ニクラス・ルーマン、長岡克行訳『権力』(勁草書房一九八六年)が、適切な訳文と親切な解説の点で比較的とりつきやすいだろう。同様の理由で、ニクラス・ルーマン、佐藤勉訳『社会システム理論の視座』――その歴史的背景と現代的展開』(木鐸社一九八五年)。
増補
マクロ社会学
本編において解説したような社会学の総合的認識のエッセンスを高度な見識で整理したテキストがでたので、まず紹介しておきたい。金子勇・長谷川公一『マクロ社会学――社会変動と時代診断の科学』(新曜社一九九三年)。産業化・都市化・官僚制化・流動化・情報化・国際化・高齢化・福祉化・計画化をキーワードに現代社会を変動の相においてマクロに整理している。これらはよく知られたキーワードだが、それを自明とするのではなく、その内実に分け入ってていねいに説明しているのが特徴。
システム論
システム論ではルーマンの著作の翻訳や解説書が次々に刊行されている。ルーマン抜きにシステム論は語れない理論状況である。しかし私自身がルーマンについてはフォローできていないので、ここでは、近年とり上げられることの多い二つの概念についての著作の紹介にとどめざるをえない。ひとつは「信頼」もうひとつは「自己言及性」である。N・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減メカニズム』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。ニクラス・ルーマン『自己言及性について』土方透・大澤善信訳(国文社一九九六年)。
他にも現代のシステム論のキーワードとして「自己組織性」と「複雑系」がある。「混沌を通しての秩序」が眼目になる複雑系についてはさておくとして、自己組織性については、シンポジウムをもとにした次の本がでている。吉田民人・鈴木正仁編著『自己組織性とはなにか――21世紀の学問論にむけて』(ミネルヴァ書房一九九五年)。社会学者中心のシンポジウムなので、自己組織性が社会学にどのような意義をもつのかを考えるヒントになるだろう。
世界システム分析
同じシステム論といってもウォーラステインの世界システム分析はかなり独特かつ歴史的である。ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)によると、世界システム分析は、国民国家との関連性をもつ「社会」を分析単位とせず、「世界システム」を分析単位とする。世界システムは「長期持続」する史的システムである。そして私たちの生きている具体的な世界システムは資本主義世界経済である。これを分析するには、経済・政治・社会文化という三領域を分けて考える従来の社会科学の枠組みは不適切であるということ。そして、歴史と社会科学を分断させている現状も不適切であるとウォーラーステインはいう。
かれのめざす「史的社会科学」は、時間軸を考慮した「総合的認識」の新しい試みとして注目すべきものをもっている。主著は大部なので、コンパクトな入門書としては、I・ウォーラーステイン『新版 史的システムとしての資本主義』(岩波書店一九九七年)が手頃である。一九九〇年代についての具体的な分析は、ウォーラーステイン『アフター・リベラリズム――近代世界システムを支えたイデオロギーの終焉』松岡利道訳(藤原書店一九九七年)に詳しく展開されている。この本でかれは、社会主義の崩壊がリベラリズムの勝利ではなく崩壊であるという意外な見方を主張している。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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