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4月 12017

社会学感覚13流言論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
13 流言論
13-1 非合理的心性のメディアとしての都市空間
クチコミの反乱としてのうわさ
今日の日本のような、情報が大量に生産され、流通・消費される社会――「高度情報社会」においても、ほんとうに人びとがほしがっている知識が供給されていないために、それを補うかのようにさまざまなうわさが発生する。この状況は〈メディアの物神性〉と〈クチコミの反乱〉の対立する地平として、ひとまずとらえることができる。これまで〈メディアの物神性〉についてその内実を考察してきたが、本章では〈クチコミの反乱〉をとりあげ、一対一の対話でもなく、メディア依存の情報行動でもない、コミュニケーションのまったく別の局面に照明をあててみたい。
この局面は「うわさ」「流言」「都市伝説」などと呼ばれる社会現象からなり、「高度情報社会」とか「ハイテク」とか「劇場空間」といったことばで今日語られることの多い現代の都市空間の明るいイメージとは著しい対照をみせている。つまり、それらは人びとが現実に生きている都市空間の非合理的なありようを独特の形式で映しだしているのである。
都市伝説と現代民話
まず、近年日本でも関心を集めている「都市伝説」(urban legends)から題材を求めよう。ジャン・H・ブルンヴァンの『消えるヒッチハイカー』と『チョーキング・ドーベルマン』はそうした素材の宝庫である▼1。
たとえば「消えるヒッチハイカー」は、道ばたでひろった若い女性を車の後ろに乗せて、その子の家のあるという場所まで送ったところ、後ろの座席にいるはずの女性は消えてしまっていたという話である。また、「ボーイフレンドの死」は、夜のデート中、自動車が故障したためボーイフレンドが助けをもとめて外へでていったが、なかなか戻ってこない。女の子は置き去りにされ不安な一夜をすごすが、翌朝になって外にでてみると、車のうしろの木にボーイフレンドの死体がぶらさがっていたという話。「のどをつまらせたドーベルマン」では、ある女性が仕事から戻ると、飼っているドーベルマンがあえいでいたので、すぐに獣医のもとに犬をあずけ、家に戻ってきた。すると獣医から電話で「すぐに家をでて警察を呼べ」と警告された。獣医は犬の手術をして犬が呼吸困難に陥った原因が人の指であることをつきとめ、その指のもち主――つまり侵入者――がまだ彼女の家にいるのではないかと注意したのだった。じっさいに警察が彼女の家を捜索すると、指のない男が気を失っていた▼2。
日本でもこのような都市伝説の研究が始まっており、別冊宝島の『うわさの本』はその一例である▼3。これを読むと、近代的な都市空間が、非合理的な心性の宿る媒体=メディアとして存在することが、若干の恐怖とともに実感できる。
じつは「都市伝説」として注目されている一連の現象について、日本では別の研究系譜がある。「現代民話」論の系譜である▼4。柳田国男の『遠野物語』の現代版というところであるが、その豊富な資料収集には驚嘆してしまう。いずれにしても、人びとの〈語り〉に着目する民俗学的な視点から、現代の都市空間に帯電する非合理的な心性をさぐりだす試みとして学ぶべきことは多い。
現代のうわさ/流言
「都市伝説」のように、人びとが相互に語りあうなかで自然発生的に構成されるコミュニケーション現象を、社会学では一般的に「流言」(rumor)または「うわさ」と呼んでいる▼5。
周知のように、現代の日本社会においても、さまざまなうわさ・流言が語り継がれている。たとえば、若い読者の少年時代に焦点をあわせると、つぎのような有名なうわさがある。いくつご存知だろうか▼6。
「ドラえもん」「サザエさん」最終回のうわさ。
TVモニターの隅に見えかくれする亡霊のうわさ。
松坂慶子の出演するティッシュのCMについてのうわさ。
ファミコンの高橋名人の死亡説。
口裂け女。
なんちゃっておじさん。
もう少し古い七〇年代前半のものとして――
ネコバーガーのうわさ。
井の頭公園カップル破綻説。
トイレット・ペーパー・パニック――一九七三年末から七四年はじめのモノ不足によるトイパー・洗剤・灯油・塩・砂糖の買いだめパニック。
一九七三年の豊川信用金庫の取り付け騒ぎ。
終戦直後までのものとして――
お雇い外国人たちは、女工として集めた処女の血を絞って飲んでいるといううわさ。[明治初め]
西郷隆盛は生きてロシアにわたり、皇太子とともに帰ってくるといううわさ。
味の素の原料はへびだといううわさ。[大正]
一九二三年関東大震災直後の「朝鮮人の襲撃」のうわさ。
終戦直後マッカーサー将軍は日系人だといううわさ。
ことわっておくが、さわぎのもとになったうわさはいずれも事実ではない。
ごく最近さわぎになったうわさとしては、一九九〇年秋から冬にかけて埼玉県草加市から東武伊勢崎線沿線にひろがった外国人労働者についてのうわさがある。これは、犬の散歩にでていた中年夫婦が東南アジア系の浅黒い男たちにおそわれ、夫の目の前で妻が乱暴されたというものだった。母親と娘が乱暴されるというヴァージョンもあった。いずれも事実無根のうわさである。
これらが有名なのは、いずれもマス・メディアによって大きくとりあげられたからである。そのため、うわさ集団は全国規模にわたっている。しかし、本来うわさは、もっぱら身近なところで語られるものだ。たとえば、ゼミや研究室の選択のさい、どの先生の研究室がいいかについてうわさが乱れとぶ。また試験情報についても憶測や先輩の話などがクチコミで伝えられる。それらは事実であることもあれば、そうでないこともある。しかし、多くの人はうわさにもとづいて対策を講じるしかないのである。
オルレアンのうわさ
現代の都市空間を媒体として生じるうわさについて、わたしはまず〈メディアの物神性〉に対する〈クチコミ反乱〉として位置づけておいた。この〈クチコミの反乱〉は、人びとのなかにある「なにか」をあらわしていると考えられる。それはなにか。
社会学におけるもっとも有名なうわさ研究に、フランスの社会学者エドガル・モランの『オルレアンのうわさ』がある▼7。はじめてミニスカートが流行し、ジーンズがまだ一過性の流行と思われていたころ、フランスのある地方都市に発生したうわさを分析した古典的研究である。
この調査のもとになったうわさは、一九六九年五月オルレアンという都市[ロワール県の県庁所在地]でおこった女性誘拐のうわさである。ユダヤ人の経営する最新のオシャレなブティックの試着室で、若い女性が催眠薬の注射をうたれるか、あるいは薬いりのボンボンをあたえられて眠りこまされ、店の奥の地下通路を通って外国に売られるというのである。このうわさはみるみるオルレアン中に広まり、一種のヒステリー状態を生む。ついに名指しされたブティックの前に群衆が集まり、それをマスコミがとりあげたことで、それまで水面下でうごめいていたうわさは「事件」として広く知られることになる。
ところが、この女性誘拐のうわさは、まったくの事実無根だった。つまり現実には被害者はいなかった。
モランは、このオルレアンのうわさには三つのテーマがふくまれているとする。三つのテーマとは、すなわち(1)女性誘拐(2)都市化現象(3)ユダヤ人である。この三つのテーマの複合が、オルレアンのうわさの神話構造を構成しているとする。
すなわち、この地方都市にあって保守的で伝統的な大人たちは、古い街なかに忽然と出現した最先端のブティックを危険なものとみていた。都市化現象は、若い女性たちに危険な自由化をもたらすとかれらは感じていた。つまり、モダンな都市空間は、性の解放を象徴する場所と考えられていたのである。他方、当の若い女性たちは、そうした性の秘めやかさにイマジネーションをそそられていた。いずれにしても、試着室という密室は性への関心を呼びよせた。こうして女性誘拐という古典的な神話が現代的に変奏されたのである。これが最後に古典的なユダヤ人のイメージと結びつき、うわさに信憑性をあたえることになったというわけだ。
神話もしくは物語の変奏
ことわざに「火のないところに煙はたたぬ」というが、「火」は〈うわさされる側〉ではなく、じつは〈うわさする側〉にある、ということを「オルレアンのうわさ」は明確に示している。つまり、曖昧な状況や新しい事態に対する人びとの漠然とした不安やとまどいこそ、うわさの「火もと」なのである。このような漠然とした不安やとまどいからうわさが発生するプロセスで触媒のような働きをするのが、昔からいい伝えられてきた「神話」「フォークロア」あるいは「物語」と呼ばれる「語りのスタイル」である。
「オルレアンのうわさ」の場合、人びとの反感と想像が「女性誘拐」と「ユダヤ人への偏見」といった古典的な物語の構図によって形をあたえられた。その結果、あたかも古典的な神話・物語が「流行の先端をゆくブティックの試着室」という現代的な舞台装置でもって変奏されたかのように現れたのである。
たとえば日本でも、柳田国男の有名な『遠野物語』という説話集がある。これは岩手県遠野で人びとによって語られた話が集められた本だが、このなかに河童の話がいくつかでてくる。河童の話といっても二十世紀初頭の話である。たとえば、河童の子を生んだ女の話がある。その子は恐ろしい姿をしていたので、「生まれるとすぐ切り刻んで一升樽に入れて土の中に埋めた」というのだ。じつは河童とは間男のことである。つまり、不倫によって生まれた子どもや障害のある子どもが生まれたとき、村では河童の子として「処理」するのである。この場合も、村や家の秩序と調和を乱す現象を、伝統的な物語の構図によって整合的にストーリー構成し、それによって人びとがそれなりの納得をえようとしていたわけである▼8。
わたしたちは、このような民話の世界ならいともかんたんに距離をおくことができる。しかし、現代の都市空間にまことしやかに流れる都市伝説やうわさに対しては、なかなかむずかしいのではなかろうか。すでにみてきたように、本質は同じである。
うわさの法則
一般に、流言の発生を左右するのは、状況の「重要性」と「曖昧さ」である。アメリカの社会心理学者ゴードン・W・オルポートとレオ・J・ポストマンはつぎのように定式化している。
流言の発生量=重要性×曖昧さ
つまり自分たちにとってどうでもよいことは流言とかうわさにはならない。また重要なことでも、状況に対する知識が明確であれば流言は発生しない。逆に、適応を要求されている問題状況についての知識が不明確なとき、つまり環境がはっきりと定義づけられていない場合、人びとは不安をもち、この不安から逃れるために、自分たちの共有する〈物語〉が呼びよせられる。こうしてうわさが誕生する。
図式化すると――
曖昧な状況・新しい事態
↓←事態の重要性
それに対する漠然とした不安・とまどい
↓←物語的構図
うわさ
だから、うわさは、言論・思想の自由のない抑圧的な社会――たとえばかつての社会主義国――によく発生したものだった。とすれば、現代日本の都市空間に噴出する流言現象は、人びとがほんとうに知りたいことを知りえていない、考えたいことを考えられないことの反映だろうか。
たとえば、大塚英志は一九八〇年代後半の子どもたちによって語られた一連のうわさに、「今日のシステム的な社会、均質化した都市空間に対し何らかの違和感を抱き、これを破壊しようという子供たちの衝動」をみている▼9。また、本田靖春は東武伊勢崎線沿線の外国人労働者のうわさについて、戦後世代における差別的傾向を指摘している▼10。おそらく、うわさの担い手たちはそうした自覚はないかもしれないが、「火のないところに煙はたたぬ」というときの「火」は、あきらかに〈うわさする側〉にあることはたしかである。
▼1 ジャン・ハロルド・ブルンヴァン、大月隆寛・菅谷裕子・重信幸彦訳『消えるヒッチハイカー――都市の想像力のアメリカ』(新宿書房一九八八年)。行方均訳『チョーキング・ドーベルマン――アメリカの「新しい」都市伝説』(新宿書房一九九〇年)。
▼2 前の二話は『消えるヒッチハイカー』、後の話は『チョーキング・ドーベルマン』にさまざまなヴァリエーションとともに収められている。
▼3 別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼4 松谷みよこ『現代民話考』(第一期全五巻・第二期全三巻・立風書房一九八五-一九八七年)。各巻のタイトルを列挙すると『河童・天狗・神かくし』『軍隊』『偽汽車・船・自動車の笑いと怪談』『夢の知らせ・ぬけ出した魂』『死の知らせ・あの世へ行った話』『銃後』『学校』『ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』。
▼5 このふたつの概念を区別することもあるが、ここでは同じこととしてあつかい、「都市伝説」はその一形式としておく。
▼6 以下に例示するうわさは、つぎの文献であつかわれているものである。くわしくはそちらを参照のこと。廣井脩『うわさと誤報の社会心理』(NHKブックス一九八八年)。佐藤健二「『うわさ話』の思想史」『うわさの本』前掲書。藤竹暁「マス・メディア時代のうわさ――パニックと神話」中野収・早川善治郎編『マスコミが事件をつくる――情報イベントの時代(有斐閣選書一九八一年)。いずれもわかりやすい「うわさ論」であり、本章でも参照した。
▼7 エドガール・モラン、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』(みすず書房一九七三年)。この研究の概要と意義については、杉山光信「モラン『オルレアンのうわさ』」杉山光信編『現代社会学の名著』(中公新書一九八九年)を参照。
▼8 間庭充幸『日本的集団の社会学――包摂と排斥の構造』(河出書房新社一九九〇年)六七-六八ぺージ。
▼9 大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)三一ページ。
▼10 本田靖春「日本は人種差別国か」『暮しの手帖』一九九一年。
13-2 即興的につくられるニュース
うわさについての常識
そもそも、うわさとはなにか?うわさをコミュニケーション現象として社会学的にとらえなおしてみよう。
常識では、うわさは「連続的伝達における歪曲」と思われている。人から人へとクチコミで伝達されるプロセスにおいて内容がしだいに歪曲されてくるといった「伝言ゲーム」のイメージである。
しかし、最近の社会学では、このような考え方をとらなくなってきた。というのは、この前提には、コミュニケーションを直線的なプロセス――つまり〈情報の移転〉ととらえる伝統的かつ機械論的な見方があるからだ。そのために、最初の内容が「歪められる」として、うわさを暗黙のうちに「正常でない病理現象」と考えてしまっている。暗黙の価値判断がすでにふくまれてしまっているのだ。これはあまり科学的ではない。
ニュースの一形式としてのうわさ
そこで最近の社会学では、「即興的につくられるニュース」(improvised news)としてうわさをとらえている。タモツ・シブタニの定義によると「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せあつめることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーション」である▼1。
シブタニによると、一般に人びとが自分たちの行動を決めるために求める知識――すなわちニュース――は、ふたつの経路[チャネル]でえることができる。制度的チャネル[公式的]と補助的チャネル[非公式的]である。たとえば、マス・コミュニケーションは制度的チャネルであり、クチコミは補助的チャネルである。通常、人びとは制度的チャネルを通じてニュースを知る。しかし、制度的チャネルが人びとのニュース欲求を満たさなくなったとき、人びとはクチコミという補助的チャネルを使ってニュース欲求を満たそうとする。たとえばそれは、災害によって制度的チャネルが全面的にマヒしたときであったり、検閲や特定集団によるメディア支配によって制度的チャネルのニュースが信頼できないときであったり、あまりに事件が劇的なのでニュース欲求が飛躍的に高まったときであったりする。
このようにニュース欲求が、制度的チャネルで供給されるニュースの量を上回るとき、うわさが生じる▼2。だから、うわさは人びとが生活の変化になんとか適応しようとする努力の結果であって、病理現象でもなんでもない。
うわさとの関わり方
ここで重要なのは、流言とかうわさというものは〈人びとが環境把握のためにおこなう集合的な解釈の試み〉だということだ。集合的な「状況の定義づけ」すなわち「人びとが共同しておこなう即興の状況解釈▼3」なのである。
このプロセスのなかで、人びとはさまざまな参加の仕方をする。人びとは「伝達者」「解釈者」「懐疑者」「主役」「聞き役」「意思決定者」として、うわさの形成に参加する▼4。これらの役割を担った人びとの相互作用の結果として、ことばとしてのうわさが成立するわけだ。わたしたちは、うわさの〈ことば〉としての側面にとらわれがちだが、むしろ〈相互作用〉としての側面をみていくべきなのだ。そうすれば、うわさが集合的な問題解決の一形式であることがわかる。環境になんらかの変化が生じると、かならずうわさが発生するのは、問題状況に対応するために人びとが活発に相互作用するからなのだ。
うわさの合理性
わたしたちは必要や自然な反応としてうわさに参加するが、ひとたびうわさについて論じるとなると、とたんにきびしい批評家となってうわさを愚かなことと非難する。自分たちがしていることに目を向けず、他人ごととしてみてしまいがちである。しかし、そのような態度が〈明識〉から遠いのはあきらかだ。
これまでのべてきたように、うわさは社会のなかで一定の機能を果たしている。都市伝説のように、それを〈語り-聞く〉関係のなかで連帯性を高めるタイプもあれば、災害流言のように、結果的に防災意識を高めるものもある▼5。中高校生によるマス・コミュニケーションを対象とするうわさは、マスメディアの提示する表層文化が巧妙に死を排除していることへの抵抗でもある。また、うわさは制度的チャネルが信頼できないか機能していない状況下における緊急避難的な行動である。したがって、うわさにはうわさなりの合理性があり、それはジャーナリズムがもっている合理性や政治経済組織がもっている合理性と同じものではないにせよ、資格において同等なものなのだ。ただ現代社会が機能的なシステム合理性を機軸にする社会であるために、それ以外の合理性――うわさや宗教など――があたかも非合理的なことかのように映じるだけなのである。
このようにとらえかえすならば、うわさを一種の集合的な〈知識構成過程〉と位置づけることも可能になる。科学的知識のように経験的に検証されたものではないし、ジャーナリズムの供給するニュースのように組織的に構成されるのでもなく、宗教の教義のように一貫した絶対的相貌で立ちあらわれるものでもないが、うわさは人びとが問題状況に対して集合的に構成し、かつ再構成しつづける〈知識〉のひとつの形式なのである。
▼1 タモツ・シブタニ、広井脩・橋元良明・後藤将之訳『流言と社会』(東京創元社一九八五年)三四ページ。
▼2 前掲訳書八八ぺージ。
▼3 前掲訳書四二ページ。
▼4 前掲訳書三一-三二ぺージ。
▼5 廣井脩、前掲書。
増補
うわさ研究入門
本編では思いつくものを並べておいただけだが、うわさの素材は無数である。うわさを集めた本は九〇年代になってちょっとした出版ブームになっており、枚挙にいとまない。ここでは一冊だけあげておく。池田香代子・大島広志・高津美保子・常光徹・渡辺節子編著『ピアスの白い糸――日本の現代伝説』(白水社一九九四年)。
うわさ研究の場合、素材収集よりも、それをどう解読するかという方がむずかしい。現代的なセンスをもった日本の社会学者による解説書が待ち望まれていたが、最近一気に出版されている。川上善郎『うわさが走る――情報伝播の社会心理』(サイエンス社一九九七年)は、最初に読む研究入門として最適。うわさが伝言ゲームのようなものでなく状況の解釈であるという、現在のスタンダードな理論から整理されている。おそらくうわさのあり方を一変するかもしれないネットワーク上のうわさにも言及されている。松田美佐『うわさの科学』(KAWADE夢新書一九九七年)と、川上善郎・佐藤達哉・松田美佐『うわさの謎』(日本実業出版社一九九七年)も読みやすく、このあたりから入っていくと無難である。
社会心理学的なアプローチ以外にも、うわさ研究のやり方はある。とくに社会史的なアプローチは社会学的研究としても重要だ。その事例として、松山巌『うわさの遠近法』(講談社学術文庫一九九七年)。
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4月 12017

社会学感覚8自我論/アイデンティティ論

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社会学感覚
8 自我論/アイデンティティ論
8-1 「わたくしといふ現象」
『春と修羅』序詩に学ぶ
社会のなかの人間について考えてみたい。つまり「われわれはいったい何者なのか」「わたしはだれ?」「わたしはなぜわたしなのか」という根源的な問いについてである。いうまでもなく、これは哲学・思想・宗教・文学などで追求されてきた問題だ。社会学では、この問題群を「自我論」もしくは「アイデンティティ論」と呼ぶ。社会学の議論は、もちろん哲学や文学などでなされてきた議論と無関係ではありえず、むしろそれらと呼応するものである。そこで、ここでは見田宗介にならって宮沢賢治の思索からこの問題領域へ分け入ることにしたい▼1。
一九二四年に自費出版された『春と修羅』という詩集――賢治はこれを「心象スケッチ」と呼んでいた――の冒頭に「序」という名の詩がおかれている。これは詩集のために新たに書かれた序文のようなものであり、通称「序詩」と呼ばれる。それはつぎのように書きだされている▼2。
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
この連は、賢治が「自分[自我]とはなにか」について考察している部分である。そもそもこの序詩は、賢治が友人への手紙のなかで「私はあの無謀な『春と修羅』に於て、序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く返還しようと企画し、これを基骨としたさまざまの生活を発表して、誰かに見て貰ひたいと愚かにも考へたのです」とのべているように、かなり熟考されたものであり、多様な分析に耐えうる質の高さをもっている▼3。したがって、これを仏教的文脈・自然科学的文脈・文学的文脈において解釈することが可能であるように、自我論として解釈することもできるはずだ。そこで「自分とはなにか」についての賢治の明識を五つの社会学的命題群にときほどいてみよう▼4。
「わたくし」とはなにか
(1)自我は現象である――この詩は「わたくしといふ現象」ということばで始まっている。わたしたちは、ふだん「自分というもの」「自我というもの」をあたかもひとつの自明なものとして実体化しがちである。しかし、それは正確にいうならば「自分ということ」「自我ということ」なのであって、実体のない一連の「現象」なのである。よく読めばわかるように、ここで賢治は「わたくし」が「電燈」であるとはいっていない。「照明」だといっている。しかも「(ひかりはたもちその電燈は失はれ)」とまで念を入れている。これも自我の実体的把握をしりぞけた表現である。また「透明な幽霊」という表現も非実体的現象であることを強調する。
(2)自我は流動的である――ここでは自分を「ひとつの青い照明」にたとえているわけだが、それは確としてともっているわけではなく非常にあやういものとしてイメージされている。「仮定された」とか「いかにもたしかにともりつづける」というフレーズがそれであるし、「青い」との表現もそれを暗示する。これは自分が自分でありつづけることが――「ひとつの」はそれを表示している――いかに偶発的(contingent)なことか、そして自分の感じている自我が結局ひとつの虚構にすぎないことへの予感を意味する。現象としての自我は、一見固定的なものにみえて、じつは本質的に流動的なのである。
(3)自我は関係である――「風景やみんなといつしよに/せはしくせはしく明滅しながら」という部分の「風景」とは自然環境のこと、「みんな」とは他者でありひいては社会のことだ。自我はけっして自立・自存しているわけではない。それはエコロジカルなシステムの一関数であり、他者との交渉によって大きく左右される変数である。これは有機および因果「交流電燈」であるとというときの「交流」にも関連する。「交流電燈」は、ともりつづけているわけではなく、一秒間に数十回点滅しているだけである。ここではそういう科学的意味と、もうひとつの意味が加わっている。人や環境との相互作用という意味での「交流」――すなわちコミュニケーションである。自我は「交流」の産物であり「交流」そのものである。また「交流」はたんに現在の「交流」だけではなく過去の歴史との「交流」でもある。「あらゆる透明な幽霊」という表現は、過去の「風景やみんな」との「交流」の歴史をさすと考えられる。
(4)自我は複合体である――「あらゆる透明な幽霊の複合体」の「複合体」にも注目したい。これはまず関係としての自我把握に呼応してでてくる当然の帰結であろう。「わたくし」はかろうじて「ひとつ」をたもっているものの、じっさいには複数的な構成体であるということ、したがって「統一体」「融合体」などと呼ぶことはできない。
(5)自我は矛盾である――自我が複合体だとすると、当然のことながら、人間と自然とのせめぎあい、そして他者と他者のせめぎあいそのものが、複合体としての自我に入りこんでくることになる。見田宗介によると「賢治の明晰の特質は、それが世界へと向けられているばかりでなく、さらに徹底して自己自身へも向けられていることにあった。そしてこの自己自身へと向けられた明晰はまた、自己をくりかえし矛盾として客観化すると同時に、この矛盾を痛みとして主体化する運動でもあった。このように自己を客観化し、かつ主体化するダイナミズムの帰結こそ、〈修羅〉の自意識に他ならなかった▼5。」
「わたくし」=自我が流動的な現象であり、自然と他者の関数であり、それゆえ矛盾を内部にかかえこんだ複合体であるということ。このような考え方は、自分自身を実体化してとらえて疑わない日常的な常識がたんなる幻想・幻影にすぎないことを明晰に照らしだしている点でもすぐれているし、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」という近代主義的な素朴かつ単純な思想をはるかに超出した、哲学的には「現象学的思考」といっていい考え方である。まさに二十世紀的思考である。自分自身を規定してしまっているものがなにかを鋭い感性で冷静に分析する、その明晰さと痛みへの感受において、社会学はとてもかなわないという気がする▼6。
▼1 見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』岩波書店一九八四年)。文学作品と社会学感覚の関係についてはすでに1-3において言及しておいた。この本は全体が自我論にあてられているので、興味ある方は一読されたい。なお以下では記述を集約するために一編の詩のみを素材にする。
▼2 宮沢賢治全集[ちくま文庫版]第一巻一五ページ。ただしここに引用した部分は第一連のみである。
▼3 小倉豊文「『春と修羅』初版について」天沢退二郎編『宮澤賢治研究叢書3「春と修羅」研究I』(學藝書林一九八九年)一七〇ページによる。
▼4 見田宗介、前掲書第一章「自我という罪」における分析を参考にしつつ、わたしなりに整理しなおした。なお見田にとって、ここで提示するような自我論は四象限のほんの最初の一象限にすぎない。また精神科医福島章による『宮沢賢治――こころの軌跡』(講談社学術文庫一九八五年)のパトグラフィ[病跡学]による分析も参照した。この二冊はイマジネイティヴではあるが、文学的記述特有のあいまいさから免れている点で賢治論のなかでも異彩をはなつ。
▼5 見田、前掲書一一一ページ。
▼6 序詩第一連はあくまでも受動的な相で自我をとらえたものにすぎない。賢治の射程はもっとそのさきに延びているのだけれども、それは本書の枠をこえている。前掲の諸研究を参照。
8-2 自我の社会性
鏡に映った自我
自我についておおよそのイメージを共有することができた今、わたしたちは賢治の明識をさらに社会学的地平へとひきよせてみなければならない。
そもそもデカルト的な自我は不可侵性と神秘性をもっていた。また自然的態度において、それはなによりも自明な存在だった。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題はまさにそのことをさしている。すなわち、この世界のあらゆることを疑ってみよう、でもどうしても疑うことのできないものがある、それは疑っている当の自分自身である。このような自我観を「独我論」という。これはきわめて特殊近代的な思考である。したがって、近代社会に生きるわたしたちの日常的思考ももっぱら独我論にもとづいている。
しかし、人間と社会に関する知的考察が進むにつれて、独我論の理論的限界があきらかになってきた。それは二十世紀初頭からであるが、ひとあし先に独我論からの脱却を果たしたのはマルクスだった。かれは一八四五年ブリュッセルに移住し、そこでエンゲルスとの本格的な共同作業を始めたのだが、そのころノートに走り書きされた「フォイエルバッハに関するテーゼ」のなかでつぎのようにのべた。「人間的なものとは、その現実性においては、社会的諸関係の総体である▼1。」フォイエルバッハはドイツの哲学者、テーゼは命題のこと、ここでいう「総体」とはアンサンブル(Ensemble)のことである。またマルクスは『資本論』では、つぎのようにものべている。「人間は鏡をもってこの世に生まれてくるのでもなければ、私は私である、というフィヒテ流の哲学者として生まれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。人間ペテロは、彼と同等なものとしての人間パウロに関係することによって、はじめて人間としての自分自身に関係するのである▼2。」このようにマルクスは人間を社会性と関係性においてとらえていた。まず人間がいるのではなく、まず対他者的な関係があって人は人になる。「最初に関係ありき」なのである▼3。
マルクスは十九世紀の人間だが、このような考え方は二十世紀的思考と呼んでいいだろう。二十世紀初頭に量子力学と相対性理論があいついでニュートン以来の物理的世界像を書き換えたように、人間像についても大きな転換が二十世紀前半にあいついで試みられることになる。マルクスはその前兆であり、社会学と社会心理学は、まさに二十世紀的思考の産物だった。
アメリカの社会学者チャールズ・H・クーリーは一九〇二年の本のなかでさきのマルクスと同じようなアイデアを定式化している。すなわち、かれは「お互いがお互いにとって鏡であり、その前を通る人を映している」として、このような自我のありかたを「鏡に映った自我」(looking-glass self)と呼んだ。要するに、他者という鏡に照らして自分を見る、ということだ。これによって自己認識が可能となり、自我が形成される。あらかじめ自我があって他者と関わるということではなく、他者と関わり他者の鏡に映った自分を認識することによって自我が形成されるわけである。クーリーによると、このような自我は三つの側面からなる。第一に他者が自分に対してもつイメージ、第二に他者が自分に対してもつ評価、第三にこれらに対する自分の感情[自負や屈辱など]である▼4。
自分というものは、たしかに個人的なリアリティではあるけれども、その本質は他者という鏡によって規定されており、具体的には対人関係を通して形成される。第一章で説明した「本源的社会性の公準」が自我にもあてはまる。自分についてのイメージ――自画像=自我像――は絶対的なものではなく、本質的に関係的かつ社会的なことがらなのである。
自我の多面性
さて、問題なのは鏡としての「他者」である。社会学や哲学などでは「他人」といわず「他者」というのだが、自分が何者であるかは自分が勝手にきめることではなく、すでに他者との関係である程度きまってくるものなのである。したがって、他者によって、「自分は何者か」という自分自身の定義もいろいろ変わってくることになる。
たとえば、わたしたちは教師に対しては学生として自分を定義する。親に対しては子供として、店員に対しては客として、医者に対しては患者として、先輩に対しては後輩として、著者に対しては読者として、外国人に対しては日本人として、身障者に対しては健常者として自分を定義する。「自分は□□だ」という自覚を「自己定義」と呼ぶことにすると、これらの自己定義がほとんど例外なくなんらかの相手――あくまでも自分と区別しなければならない相手――として想定していることに気づくと思う。
「そもそも自分は何者か」という問いに答えようと思えば、自分を他者からみるとどうみえるのか、他者に対して自分はどういう立場なのかを考えなければならなくなる。これはそのつどかかわりあう他者によって自己の定義を取り替えているからである。極端ないい方をすると、人は直接間接に関わりあいのある他者の数だけ自我をもっている。自我は多面的性格をもともともっているのだ。
自我の主体性
では人間の自我はまったく他者ひいては社会によって規定しつくされてしまっているのかというと、そうではない。シカゴ学派の強力な理論的源流となったジョージ・H・ミードは心理学者ウィリアム・ジェイムズの概念を受け継いで、自我にはふたつの局面があるとした▼5。ひとつは「客我」(me)、もうひとつは「主我」(I)である。meとIという表現は「知られるわたし」と「知るわたし」に由来する。客我meは、他者の自分に対するイメージや期待をそのまま受けいれた自我の側面である。〈わが内なる社会〉といってよい側面で、ミードはこれを「他者の態度の組織化されたセット」とのべている▼6。
ところが、人間は他者の態度や期待をそのまま受けいれるロボットではない。かならず客我に対して自然発生的な反応が自我の内部に生じる。ミードはそれを主我と呼ぼうというのだ。反応といっても動物のように単純な「刺激-反応」図式でとらえられるものではない。それだけに主我は複雑な様相をしめす▼7。
まず主我は、思いつき・願望・感情・気分といった本人だけが特別な通路をもつ主観的な世界である。たとえば「気がすすまない」とか「ひらめいたぞ!」といった状態だ。生物学的衝動や本能・生理学的状態などは社会が制御できない、偶発的・非合理的な部分である。
第二に、主我は、個性的修正をあらわす。ユニークさ・個性的な彩り・感性・個人差といったことがらであり、型どおりでない局面である。
第三に、主我は、客我に対して働きかけ、新たなものを生みだす創発性の側面でもある。主我は自我の創造性をあらわす。人間は社会によって内面まで一方的に強制され拘束されるのではなく、そこから新しいものを生む。すなわち主我とは自己実現・自由・自発性・自律的抵抗などが生じる基盤であり源泉である。これはとくに人間が問題状況に直面したとき、それを乗り越えさせる能力となる。
要するにミードによると、自我とは「主我と客我の対話のプロセス」である。しかも、他者との関係を大前提として成立し、本質的に社会的な過程である。しかし、まるっきり社会に絡みとられているのではない。自我は、社会を取り込む能力と、社会に個性的に反応する能力の二つが備わっているダイナミックな過程――社会性と個性のダイナミズム――なのである。
▼1 カール・マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」これはエンゲルス、松村一人訳『フォイエルバッハ論』(岩波文庫一九六〇年)に付録として収められている。
▼2 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論(1)』(国民文庫一九七二年)一〇二ぺージ。
▼3 これを「関係の第一次性」という。廣松渉『マルクス主義の地平』(講談社学術文庫一九九一年)。廣松渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書一九九〇年)は初心者向けにコンパクトに説明したもの。
▼4 C.H.Cooley,Human Nature and the Social Order,1902,P.184.
▼5 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。ミードを中心とした自我論の研究としては、船津衛『自我の社会理論』(恒星社厚生閣一九八三年)および船津衛『ミード自我論の研究』(恒星社厚生閣一九八九年)。
▼6 ミード、前掲訳書一八七ページ。
▼7 以下の記述については、船津衛、前掲の二書を参照した。
8-3 アイデンティティ
「わたしはわたしだ」という思い
電話をかけられた人の「どちらさまですか」という問いに、話し手があっさりと「わたしだ」と答えることがある。これは暗に「声で判断しろ」といっているようなもので、傲慢かつ受け手依存的な答だが、けっこう通じるものである。しかし、これは当人のごくかぎられた親密な活動領域にのみ妥当することで、当然のことながら答になっていない。けれども、このささいな場面にかいまみることができるのは「わたしはわたしだ」という強烈な思いである。この「わたしはわたしだ」という感覚を一般に「アイデンティティ」(identity)という▼1。
賢治がみぬいていたように、自我が多数の他者との関係から構成されるかぎり、自我は社会における矛盾を内部にかかえこまざるをえない。その矛盾するさまざまな自我像のなかから、なるべく矛盾の少ないものを選択し、あるいは受け入れて、ある程度の統一性をつくりあげてゆく。これが「アイデンティティ」である。強いて定義すると「自分はいつも同じ自分である」という確信や実感のことだ。
すでにのべたように、本質的に自我は多面的かつ流動的な現象である。しかし、われわれには、とりとめもなく推移してゆくものと思えないのは、近代社会においては自我に一貫性をもたらそうとする内外の圧力がはたらくからだ。外的には〈ある程度〉の人格的一貫性を求める社会の期待が存在する。自分の一貫性に強く固執するのは「かたくな」とみられるし、状況ごとにまったく異なる人格になってしまうのも信頼性をうしなうか、ときには「精神病」とみなされる。ある程度の許容範囲でなければ社会との摩擦が生じてしまう。他方、個人にも内的緊張を回避しようとする力が働く。
アイデンティティ・クライシス
精神分析の研究者であるロナルド・D・レインによると「自己のアイデンティティ、とは、自分が何者であるかを、自分に語って聞かせる説話[ストーリー]である▼2。」つまり自分を納得させる一種の物語だというのである。しかし、これには他者の承認が必要だ。つまり、アイデンティティを維持するためには、自分の主張するアイデンティティをたえず承認し肯定してくれる他者がいなければならない。レインのことばを借りると「〈アイデンティティ〉にはすべて、他者が必要である。誰か他者との関係において、また関係を通して、自己というアイデンティティは現実化されるのである▼3。」つまり、ある程度統一された自我の感覚すなわちアイデンティティは、ふたつの大きな要素から成り立っている。公式風に表現すると――
アイデンティティ=自己定義+他者による承認
だから、アイデンティティというものは、他者との社会関係が明確で、自己定義と他者による定義とが相互に矛盾の少ないものであれば安定するだろうし、人は自己定義を承認してくれるような他者をえらぶものだ。反対に、他者との関係が曖昧だったり、他者による定義が自分にとって好ましくないものだったりするとアイデンティティは不安定なものになる。その結果として一種の心理的危機におちいることがある。これを「アイデンティティ・クライシス」(identity crisis)という。
たとえば、エリート公務員やエリート会社員の場合を考えてみよう。かれがエリートとして人びとから承認され、重要な仕事をまかされ、部下から尊敬されていたとしても、それはあくまで企業組織という社会的文脈において妥当することであって、かりにかれが汚職事件で逮捕される事態になったり、派閥抗争にやぶれたり、病気や事故によって不慮の現役引退を余儀なくされたりすると、エリートとしてのアイデンティティはもう他者から承認されないことになる。警察の取り調べ室や出向先の子会社や病院の大部屋のなかで、エリートとしての優秀性を主張してもむだなことであるばかりか、むしろ反発さえ買うことになるだろう。このようにアイデンティティは特定の社会的文脈においてのみ承認される。だから、そのような文脈をはなれるときアイデンティティ・クライシスが生じ「自分はほんとうはどういう人間なのか」がわからなくなる。かりに本人以外だれも認めてくれないアイデンティティにしがみついていると、人は「精神病者」とみなすかもしれない。少なくとも「境界事例」とみなされかねない▼4。
モラトリアムとしての青年期
さて、一般にアイデンティティ・クライシスは青年期に集中していると考えられている。よく若い人は「自分は多重人格だ」「人によって自分がころころ変わる」「自分がどんな人間なのかわからない」「そんな自分がこわい」などという。これは自我がしだいに形成され多面的な自画像=自我像を自覚する段階になったことを示している。すでに自我について説明したように、これは理にかなったことである。青年期はこのような多面的自我を統合していくプロセスにあたる。とりわけ「子ども」としてのアイデンティティから「大人」としてのアイデンティティヘの移行が重要な課題となる。
じつは〈青年期〉は近代社会特有の現象である。伝統社会には幼少の「子ども」と「大人」の区別があるだけで、その過渡期としての青年期はない。伝統社会では、成年式という通過儀礼によって一挙に子どもから大人にアイデンティティの転換が自他ともに達成された▼5。日本では「元服」がこれにあたる。ところが近代社会においては、この移行は長期化する。十代から二十代にかけての十数年間がその移行期間とみなされる。子供でもなく大人でもない中途半端なアイデンティティをかかえたこの時期を「モラトリアム」(moratorium)――訳すと「執行猶予期間」――という。大学生は典型的なモラトリアムである。モラトリアムのあいだ、青年は試行錯誤をくりかえしつつ自我を統合し成熟させる。そのあいだ、社会は青年に義務を免除し融通をきかせる。有名な「モラトリアム症候群」は、このようなアイデンティティ・クライシスを乗り越えるのに失敗した結果、ノイローゼや精神病にいたった臨床例のことをさす▼6。
社会的弱者とアイデンティティ
今日では一般的に用いられるアイデンティティ概念は、エリック・H・エリクソンという精神分析系の研究者が『幼児期と社会』(一九五〇年)のなかで臨床的関心から導入したものだ▼7。しかし、これが精神分析や心理学はもちろん社会学や政治学などに大きな影響をあたえることになる。なぜかというと、この概念は最初、一九六〇年代アメリカの公民権運動や学生の異議申し立て運動のなかで支持されたからである▼8。「自分をみうしなう」社会状況のなかで「自分をみいだす」精いっぱいの努力をしようとする人たちによってこの概念は社会的に支持された▼9。その意味で、アイデンティティ概念は、もともとアイデンティティ・クライシス概念と密着しているといっていいし、私的なことがらだけではなく集合的なことがらでもあるのだ。
おそらく順風満帆なエリートや成功者にとってアイデンティティは問題にならない。不本意な状況にいる人たちにとってこそ、それは深刻な間題となる。たとえば、女性・老人・病人・障害者・被害者・被差別者・社会的弱者といった人たちにとってアイデンティティの問題は、それが危機にあるだけに切実だ。このあたりについては後論でくりかえし論じることになるだろう。
▼1 アイデンティティは「同一性」「自己同一性」「身分証明」「存在証明」などと訳されるが、うまい訳語がないので、ふつうカタカナで表記される。
▼2 R・D・レイン、志貴春彦・笠原嘉訳『自己と他者』(みすず書房一九七五年)一一〇ページ。この本は分裂病の治療体験に基づくアイデンティティ論。病理的限界事例は、しばしば本質的考察への近道である。
▼3 前掲訳書九四ページ。
▼4 ここでの文脈に近いものとして、木村敏の一連の仕事が参考になる。『人と人とのあいだの病理』(河合文化研究所一九八七年)。予備校での講演記録でわかりやすい。河合ブックレットシリーズ。
▼5 通過儀礼とは、人間が成長の過程で別の状態・集団に移行するときにおこなわれる儀礼のことをいう。成年式・結婚式・葬式など。
▼6 このあたりについては小此木啓吾の一連の啓蒙書を参照されたい。『モラトリアム人間の時代』(中公文庫一九八一年)はこのことばを一気に日本に普及させたベストセラー。かれの多数の著作を集大成したものとして『現代人の心理構造』(NHKブックス一九八六年)がコンパクトで便利。
▼7 E・H・エリクソン、仁科弥生訳『幼児期と社会』(全二巻/みすず書房一九七七-八〇年)。
▼8 公民権運動は、アメリカ南部における合法的な黒人差別を撤廃し法的平等を勝ちとろうとした社会運動。六十年代に全米的運動となる。
▼9 栗原彬によると、エリクソンの『幼児期と社会』が六十年代のアメリカ南部の監獄にたんさんころがっていたという。栗原彬『政治の詩学=眼の手法』(新曜社一九八三年)四九ページ。
増補
集団的アイデンティティ
「自分は何者か」を問う、その状況のひとつにエスニシティがある。エスニシティとは、言語や生活様式や宗教を基準に分類された人間集団の特性をさす概念である。人種と同様、先祖が同一であるという同類意識をふくんでいるが、人種概念が身体的・生物学的特性によって人間を分類するのと対照的に、エスニシティは基本的に文化的なものであり、社会学的かつ政治的な要素を強くふくむ。たとえばそれは政治的につくられるものでもあるのだ。
国際社会において、エスニシティの問題はますます重要なものになっている。しかし、それはたんに海外の問題ではなく、身近な国内的テーマでもある。在日韓国・朝鮮人を中心とする在日定住外国人のケースがそれである。
福岡安則『在日韓国・朝鮮人――若い世代のアイデンティティ』(中公新書一九九三年)は、「在日三世」を中心とする日本育ちの若い世代に焦点をあてて聞き取り調査をしたもの。手法としてはベラーらの『心の習慣』に似ているが、前半部に「在日」の問題の構図と歴史がコンパクトにまとめられている。後半には四タイプのアイデンティティ像が具体的に描かれている。
同じ在日外国人でも在日中国人のケースは在日韓国・朝鮮人と歴史的な共通点も多いが、また少し様子がちがうようだ[永野武『在日中国人――歴史とアイデンティティ』(明石書店一九九四年)]。けれども、ひとついえることは、在日定住外国人の視点から見てはじめて「日本人」という概念への「信仰」が現代日本社会に存在することが自覚できるということだ。
しかし、その内実はそれほど単純ではない。杉本良夫、ロス・マオア『日本人論の方程式』(ちくま学芸文庫一九九五年)は、日本人論のイデオロギー的機能を社会学的に解読した本。同種の研究としては、吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学――現代日本のアイデンティティの行方』(名古屋大学出版会一九九七年)。日本人論を自民族独自論という文化ナショナリズムの一形態として分析した研究である。日本人論の消費のされ方に着目した、この分野の先端部をゆく基本書である。これを読むと「日本人って、日本人論の好きな人たちのことさ」といった言説は言えなくなる。
また、奥井智之『日本問題――「奇跡」から「脅威」へ』(中公新書一九九四年)は、戦後のおもな日本社会論を概観的に位置づけたもの。やはり日本人論と問題領域がかなり重なってくるのでブックガイドとして参考になるだろう。
人間は「自分が何者であるか」を確認するために、しばしば集団的なカテゴリーに自分をあてはめる。そのカテゴリーの内側に「仲間」がおり、外側に「敵」「よそもの」が位置づけられる。集団的アイデンティティという概念はもともと集団力学的な概念であると考えた方がよいかもしれない。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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