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4月 12017

社会学感覚20スティグマ論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
20 スティグマ論
20-1 社会的弱者を苦しめる社会心理現象
役割としての社会的弱者
この章では、権力作用の問題を〈医療と福祉の対象となる人びと〉を中心に考えてみよう。
このような人びとは、どのような役割を担っている人びとだろうか。たとえば、それは子ども・高齢者・病者・障害者・低所得者・失業者・公害被害者といった役割である。これらの役割におかれている人びとは一般に「社会的弱者」とよばれている。能力中心主義の近代産業社会にあって、社会的弱者はなんらかの不利益をこうむることが多かった。そこで現代社会では、さまざまな福祉サービスを保障することによって、実質的な平等への努力がなされつつある。
とはいうものの、社会的弱者は一般に暴力や犯罪の対象にされやすいし▼1、こと企業社会においては、あいも変わらず成年男子の健常者中心の組織文化が支配している▼2。
それでも、弱者への暴力や犯罪・酷使といった逆行する動きについては、少なくとも社会的な「正当性」はあたえられなくなったとはいえるかもしれない。しかしこれ自体、社会的弱者となった人びとの長年の社会運動の結果であることを忘れてはならない。
偏見
一方で、ある種の「正当性」をもって特定の社会的弱者を日々苦しめつづけているものがなお存在する。もちろん直接的には経済的困窮の問題がある。けれども、それだけではない。偏見やステレオタイプといった一連の社会心理現象もまた大きな問題として立ちはだかる▼3。
第一に「偏見」(prejudice)がある。たとえば、血友病患者が苦しめられている大きな要素はエイズ患者とみられることである。これは、同性愛による感染が主たる原因だったアメリカと異なり、日本の初期のエイズ患者の多くが、輸入血液製剤を使用していた血友病患者だったことがあり、これが大きく報道されて偏見のもとになった▼4。「感染」への畏れが人びとの過剰防衛をひきだす例としては、これまでもハンセン病患者や結核患者への差別などがある▼5。
もっと身近な例をだすと、たとえば「これだから田舎者は――」とか「男は――だから嫌だ」「女は――だから」「年寄りは――だから」といういい方などはあきらかに偏見の存在を顕示している。かつてのアメリカではこの種の偏見が白人以外の人種に向けられていた。たとえば、一九三〇年代にアメリカの大学生を調査したところによると、黒人は迷信的・怠惰、ユダヤ人は抜け目がない・打算的、アイルランド人はケンカばやい・おこりっぽい、中国人は迷信的・ずるい、アメリカ人は勤勉・知性的であると答える学生が少なくなかったという▼6。いまからみると、すごい人種的偏見であるけれども、そのツケは一九六〇年代に公民権運動としてまわってくることになる。このような人種的偏見は日本人にもある。それらは表だって表明されないが、たとえば外国人労働者についての流言などによってしばしば表面化する▼7。
偏見とは、第一次的には、たしかな証拠や経験をもたず、ふたしかな想像や証拠にもとづいて、あらかじめ判断したり先入観をもったりすることをいう。しかし、現実に問題になる場合としては、ある人の個人的特徴から判断するのではなく、その人がたんにある集団に所属しているとか、あるいは、そのためにその集団のもつ嫌な性質をもつとして、嫌悪や敵意の態度を向けることをさす▼8。
偏見の大きな特徴は、新しい知識に遭遇しても取り消さないことにある。その意味で偏見は非知性的・非反省的である。
ステレオタイプ
従来「紋切り型」と訳されたり「ステロタイプ」と表記されてきたが、現在はもっぱら「ステレオタイプ」(stereotype)と表記される。すなわち、特定の集団や社会の構成員のあいだで広く受け入れられている固定的・画一的な観念やイメージのこと。これは、固定観念と訳してもいいような、要するに型にはまったとらえ方のことである。偏見と概念的に重なるが、ステレオタイプの方がより広い現象をさしていると思ってほしい。この概念を最初に提唱したのはウォルター・リップマンである。かれは一九二二年の『世論』において、ステレオタイプの機能について考察した▼9。
リップマンによると、ステレオタイプはある程度不可避なものである。それは文化的規定性とほとんど同義である。「われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。外界の、大きくて、盛んで、騒がしい混沌状態の中から、すでにわれわれの文化がわれわれのために定義してくれているものを拾い上げる。そしてこうして拾い上げたものを、われわれの文化によってステレオタイプ化されたかたちのままで知覚しがちである▼10。」たとえば、はじめて動物園にいった子どもが象をみて、そのうち何人の子が、象の足の長いこと、つぶらな瞳に気がつくだろうか。象は鼻が長い動物と教えられてしまった子どもの多くは、現にみえているもののたったひとつの要素にすぎない長い鼻だけをみるのである。
それでは、なぜステレオタイプが生まれるのか? リップマンはふたつの理由をあげている。第一点は労力の節約すなわち経済性である。「あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすればひじょうに骨が折れる。まして諸事に忙殺されていれば実際問題として論外である▼11。」つまり、ステレオタイプによって人びとは思考を節約するのだ。そのつど一から考えなくてすむというわけである▼12。
第二の理由は、ステレオタイプがわたしたちの社会的な防御手段となっているからである。ステレオタイプは、ちょうど履き慣れた靴のように、一度そのなかにしっかりとはまってしまえば、秩序正しい矛盾なき世界像として機能する。だから、ステレオタイプにちょっとでも混乱が生じると、わたしたちは過剰に防御反応してしまう。「ステレオタイプのパターンは公平無私のものではない。[中略]われわれの自尊心を保障するものであり、自分自身の価値、地位、権利についてわれわれがどう感じているかを現実の世界に投射したものである。したがってステレオタイプには、ステレオタイプに付属するさまざまの感情がいっぱいにこめられている。それはわれわれの伝統を守る砦であり、われわれはその防御のかげにあってこそ、自分の占めている地位にあって安泰であるという感じをもち続けることができる▼13。」
要するに、ステレオタイプの本質は「単純化による思考の節約」と「感情的であること」にあるといえる。だから、人びとは自分たちのステレオタイプに固執してしまいがちなのである。
レイベリング
レイベリングとは「非行少年」「不良」「精神病」「犯罪者」「変質者」「落ちこぼれ」といった逸脱的な役割を一方的に押しつけることをいう▼14。
レイベリング理論の創始者のひとりであるハワード・S・ベッカーによると、「社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人びとに適用し、彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。この観点からすれば、逸脱とは人間の行為の性質ではなくして、むしろ、他者によってこの規則と制裁とが『違反者』に適用された結果なのである。逸脱者とは首尾よくこのレッテルを貼られた人間のことであり、また、逸脱行動とは人びとによってこのレッテルを貼られた行動のことである▼15。」つまり、レイベリングによって〈逸脱〉がうまれるというのだ。
では、だれが規則をつくりレッテルを貼るのか。それはまず、政府・役所・組織などのフォーマルな統制者であり、専門家・医師・教師である。つまり、警察や鑑別所が「非行少年少女」を確定し、医師が特定の「病気」を宣告し、相対評価しなければならない教師が「落ちこぼれ」をつくりだす。また、マス・メディアが特定宗教団体を「狂信的集団」としてキャンペーンすれば、その信者たちは「狂信者」とみられてしまう。これはまた、一般市民やクラスメイト・親族・同僚などの集団の成員によってもなされることがある。たとえば、あだ名のように、あるひとつの特性だけをとりだして類型化してしまうこともレイベリングである。ラフなスタイルで昼間団地を歩いているだけで「変質者」とみられてしまうこともありうる。
差別
偏見・ステレオタイプ・レイベリングは、しばしば具体的な差別として現象する。また、利害関係から生じた差別から、それを正当化するために偏見が生まれることも多い▼16。
差別とは、特定の個人や集団を異質な者としてあつかい、平等待遇を拒否し、不利益をもたらす行動のことである。いうまでもなく現代社会は平等を理念として掲げた社会である。したがって、差別はあくまでも〈不当〉である。しかし、現実にはさまざまな差別があり、その不当性がなかなか認められない。江原由美子によると、差別の問題点のひとつは、被差別者が不利益をこうむることだけでなく、不利益をこうむっているということ自体が社会においてあたかも正当なことであるかのように通用していることだという▼17。
さらに大きな問題点は、差別が論じられる場にかならずもちだされる〈差異〉についての議論そのものが差別の論理に加担する装置となっていることである。たとえば、江原由美子の提示するつぎのような場合を考えてみればいい。「軽い『障害者』は往々にして、自己の『障害』がほとんど日常生活に支障をきたさないのに、様々な『偏見』によって『差別』されていることに怒りを感じざるをえない。それゆえ、『差異の存在』自体を否定する論理にむかいがちである。他方、重い『障害者』はまさにその論理の中に自己の存在の『否定』を見出してしまう。『差異がないのに差別されている』と怒ることは、では、『差異があれば差別されていいのか』という後者からの問いかけを必ず生む。それゆえしばしば、軽い『障害者』と重い『障害者』の間の対立は『健常者』と『障害者』との間の対立以上に深刻になる▼18。」ここに差別を議論するむずかしさがある。つまり、差異を論じるよう仕向けるロジックそのものに「差別の論理」が存在するのである。
問題点
これまで概観してきた偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の現象は、相互に重なりあい密接に連動しながら現代社会に浸透している。その一般的な問題点としてつぎの諸点が指摘できる。
第一に、これらは、個人と個人、個人と集団、集団と集団のコミュニケーションを妨げる。つまり、ディスコミュニケーションあるいは歪められたコミュニケーションの要因となる。そして、偏見やステレオタイプに気づかないでいることは、社会認識と自己認識を非〈反省〉的にしてしまう。
第二に、対象になった個人や集団が異議申し立てできないことが多い。セクハラにしても、あだ名にしても、抗議したところで「ジョーダンだよ、ジョーダン」と軽い遊びの気持ちであることを表明されると、抗議することがルール違反とみなされてしまう。あらかじめ異議申し立ての回路が閉ざされているのである▼19。
第三に、権力によって意図的に利用されることが多い。二十世紀初頭にドイツ社会が危機にひんしたとき反ユダヤ主義が高揚した。この潮流はナチスによって意図的に増幅され、毒ガスによる大量のユダヤ人殺人がおこなわれた。同じことが関東大震災時の朝鮮人虐殺にもみられる。後述するスケープゴートによる秩序の安定化が政治権力者によって謀られる。リップマンの指摘するように、これらの現象は基本的に保守的な性質をもち、それゆえ保守的な政治勢力に利用されやすいのである▼20。
第四に、これらの諸現象は基本的に閉鎖的な集団に内在かつ遍在する権力作用であり、成員のだれもが被害者にも加害者にも傍観者にもなりうる。いいかえれば、権力者による上からの強制によってもたらされるというより、人びとの関係性から導かれるものであり、だれもがそれに加担しうる。もともと類型化作用には、たえずこのような権力作用がつきまとうのである。
第五に、しばしば予言の自己成就のメカニズムが作動する▼21。そもそも「差異」から「差別」がうまれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのであるが▼22、ひとたび「逸脱」の側に〈振り分け〉られてしまうと、アイデンティティの危機に適応するため、どんなに不当でもその社会的期待を受け入れざるをえない状況に追い込まれていく。「落ちこぼれ」「秀才」「非行少年」――呼ばれたものになっていくメカニズムが作動する。社会学者はこの現象を「予言の自己成就」と呼ぶが、犯罪・非行の文脈では「悪の劇化」(dramatization of evil)または「第二次逸脱」(secondary deviation)と呼んでいる。たとえば非行歴のある少年が悪者のレッテルを貼られたため就職などの合法的な再出発ができず、生きていくためにふたたび非合法な行為においこまれていくといった悪循環のプロセスをさす▼23。
▼1 いわゆる悪徳商法のおもな犠牲者は高齢者やひとり暮らしの中年女性だった。また誘拐事件の三分の二が子どもの誘拐である。
▼2 企業社会の文脈では女性という性役割も社会的弱者を構成するカテゴリーに入れなくてはならない。男女雇用機会均等法以後、徐々に改善されつつあるとはいえ残業・喫煙・接待などの職場慣行はあいかわらず男性中心だし、給料格差や昇進などの点で、多くの女性が差別待遇にある。さらに障害者雇用の点では、どの企業も遠くおよばないのが現状だ。障害者雇用促進法によると、民間企業では、障害者を従業員の一・六%以上雇用しなければならない。しかし一九九一年現在、雇用率は一・三二%にとどまり、とくに従業員千人以上の大企業の八二・一%が法定雇用率を満たしていない。『朝日新聞』一九九一年一〇月三一日付朝刊による。
▼3 いうまでもなく、経済的困窮と社会心理現象の両者は具体的な差別を媒介に密接に連動している。
▼4 現在では加熱滅菌されており、エイズ感染の心配はない。この事件の概要については、立花隆『同時代を撃つII情報ウォッチング』(講談社文庫一九九〇年)に収められた「血友病エイズ感染死は厚生省と業界の癒着が原因」参照。
▼5 スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』(みすず書房一九八二年)では、結核とガンを対比させながら、病気にまつわるさまざまなメタファーを論じている。ソンタグによると、病気は道徳的性格に適合する罰と考えられ、一種の懲罰的色彩をおびている。たとえば、ペストは道徳的汚染の結果であり、結核は病める自我の病気であるというように。このように病気にはさまざまな意味づけがなされてきた。しかし「病気とは隠喩などではなく、従って病気に対処するには――最も健康になるには――隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗すること」(六ページ)すなわち「非神話化」が必要だという。
▼6 T・M・ニューカム、森東吾・萬成博訳『社会心理学』(培風館一九五六年)二七二ぺージ。
▼7 13-1参照。
▼8 C・W・オルポート、原谷達夫・野村昭訳『偏見の心理』(培風館一九六一年)七ページ。
▼9 W・リップマン、掛川トミ子訳『世論(上)』(岩波文庫一九八七年)。
▼10 前掲訳書一一一ぺージ。
▼11 前掲訳書一二二ぺージ。
▼12 社会認識における類型化については5-1および9-2参照。
▼13 前掲訳書一三一-一三二ぺージ。
▼14 レイベリングについては6-2参照。
▼15 ハワード・S・ベッカー、村上直之訳『アウトサイダー――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)一七ページ。
▼16 この点については個々の差別の独自性を知ることが非常に重要である。もっとも広い視野から問題を整理したものとして、新泉社編集部編『現代日本の偏見と差別』(新泉社一九八一年)。この本で論じられているテーマはきわめて多岐にわたっている。目次によると、「女性」「老人」「在日朝鮮人」「アイヌ民族」「被差別部落」「沖縄」「原発地域」「社外工・下請工・パートタイマー」「宗教」「思想」「学歴」「夜間中学」「定時制高校」「養護学校」「障害者」「原爆被爆者」「公害病患者」が論じられている。本章では、差別現象を社会形式とりわけ権力形式のひとつとしてとりあつかい、形式社会学的に分析することに主眼があるので、詳細についてはこの本を参照されたい。
▼17 江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)六四ページによる。なお、この本に収められた論文「『差別の論理』とその批判――『差異』は『差別』の根拠ではない」は、社会学的な反差別論として熟読をおすすめしたい。
▼18 前掲書七八ページ。
▼19 前掲書所収の「からかいの政治学」参照。
▼20 露骨な利用を「フレームアップ」(frame up)[でっちあげ]という。代表的事例は十九世紀末のドレフュス事件である。この事件ではユダヤ人への偏見が利用された。アメリカの事例については、小此木真三郎『フレームアップ――アメリカをゆるがした四大事件』(岩波新書一九八三年)。
▼21 予言の自己成就については1-3参照。
▼22 江原由美子、前掲書八二ページ以下参照。
▼23 これらの概念については、大村英昭『新版非行の社会学』(世界思想社一九八九年)参照。
20-2 関係概念としてのスティグマ
スティグマとはなにか
以上のような社会(心理)現象の結果として、マージナルな側に振り分けられた人間に対してあらわれるのが「スティグマ」(stigma)である▼1。スティグマとは、望ましくないとか汚らわしいとして他人の蔑視と不信を受けるような属性と定義される。これは、ある属性にあたえられたマイナス・イメージと考えてよい。
スティグマは、もともとはギリシアで奴隷・犯罪人・謀反人であることを示す焼き印・肉体上の「しるし」のことで、汚れた者・忌むべき者というマイナスイメージが肉体上に烙印されたものである。のちにカトリック教会では、十字架上で死んだキリストの五つの傷と同じものが聖人=カリスマにあらわれるということから、「聖痕」の意味に転化した。このような由来をもつため西欧では日常語として使われている。とくに学術用語というわけではない。
スティグマとなりうる属性としては、病気・障害・老齢などの肉体的特徴、精神異常・投獄・麻薬常用・アル中・同性愛・失業・自殺企図・過激な政治運動などから推測される性格的特徴、人種・民族・宗教に関わる集団的特徴などがある。人びとは、スティグマのある人を対等にあつかわず差別し、多くは深い考えもなしにその人のライフチャンスをせばめている▼2。
現代日本における老い
スティグマの概念を現代日本の老いについて考えてみよう。
現代の日本では消費社会化が進行し、若者文化の影響力が大きくなってきた。そのため、若さというものに無条件の価値があたえられている。たとえば、広告において若さ志向でないものをさがすのはむずかしい。これに対して老いは否定的なことの側に位置づけられてしまう。他方、敬老の意識をもつ人びとにおいても、老人はあくまでも社会的弱者とみられている。これは〈老人イコール無能力〉ととらえるのにほぼ等しい。また法的には、一九六三年に制定された老人福祉法第二条に「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛されかつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする」とある。この一文からあきらかなように、日本の老人福祉は、あくまでも過去の能力と実績に対する報酬として敬老を受ける権利があるとしている。
いずれの考え方にせよ、現代の日本社会は、老いの意味を見失っているといえよう。その結果、老いは、すでに否定的な意味しかもたず、不幸の原因のひとつとなってしまっている。老人自身が老いを隠そうとし、そのために若さを装い、若さに近づこうとするのも無理ない話といえる▼3。
多くの老人が自分自身を無力でみじめな存在という否定的なものとしてイメージするのはなぜか。そんなふうに考えることないじゃないかと思うが、これには理由がある。それは、高齢者自身の自分をみる目が、若く充実した時期つまり三〇代・四〇代・五〇代のままだからである。かつて自分が否定的イメージを付与した存在に自分自身が移行していく経験――これが現代日本における老いの基本構造である▼4。
周囲の否定的な反応としてのスティグマ
とくに注目してほしいのは、老人本人が老いを否定的にとらえているということだ。これがスティグマという現象の実態にほかならない。
ゴッフマンによると、ある特定の特徴がスティグマを生むのではないという。たとえば、目や足が不自由なこと自体がスティグマなのではない。それに対する他者のステレオタイプな反応との関係がスティグマという現象なのである▼5。つまりスティグマの本質は「その人の特徴に対する否定的な周囲の反応」といっていいだろう▼6。だから、老一般が日本社会でスティグマになるのは、日本社会が老いの積極的意味をみいだせないでいるために、老いに対して周囲が否定的な反応しかできないことによるのである。
六つの「老人の神話」
アメリカの精神科医で、一九六九年に年齢差別・老人差別を意味する「エイジズム」(agism)を最初に使用した人として有名なロバート・バトラーは老いに対する六つの偏見を「非現実的な神話」として提示している▼7。
(1)加齢の神話――年をとると思考も運動も鈍くなり、過去に執着して変化を嫌うようになるという偏見。じっさいには個人差が大きい。
(2)非生産性の神話――老人は幼児のよう自己中心的で、生産的な仕事などできるはずがないという偏見。しかし、地域社会へ貢献していることは多い。
(3)離脱の神話――老人は職業生活や社交生活から離脱し、自分の世界に引きこもるものだという偏見。
(4)柔軟性欠如の神話――老人は変化に順応したり自分を変えたりできないという偏見。じっさいには、年齢よりも性格構造によって異なる。脳組織の損傷などがなければ、人間は最後まで成長しつづける。
(5)ボケの神話――老化するにつれてボケは避けられないという偏見。老人も若者と同じようにさまざまな感情体験をしている。たんなる物忘れとボケはちがう。ちなみにボケは病気であって出現率は数パーセントにすぎない。
(6)平穏の神話――老年期は一種のユートピアであるとみる偏見。しかし、じっさいには、たとえば配偶者との死別による悲しみのように、老人はどの世代よりストレスを経験しており、そのため、うつ状態・不安・心身症・被害感情をもつことがある。
ここでバトラーがいいたいのは、老いを一般化してはならないということ、老いの多様性を発見することがたいせつだということだ。老いに対する偏見やステレオタイプに気づき、積極的老人像の可能性をさぐり、社会全体が老いの積極的意味を認識するようにしなければならない。そうなってはじめて、老いはスティグマでなくなるのである。
▼1 アーヴィング・ゴッフマン、石黒毅訳『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ』(せりか書房一九八四年)。またスティグマ概念を社会福祉の領域に応用したものとして、P・スピッカー、西尾祐吾訳『スティグマと社会福祉』(誠信書房一九八七年)。
▼2 ゴッフマン、前掲書一四-一五ページ。
▼3 以上、副田義也「現代日本における老年観」『老いの発見2老いのパラダイム』(岩波書店一九八六年)による。
▼4 上野千鶴子「老人問題と老後問題の落差」前掲書、とくに一二七ページ以下による。
▼5 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ぺージ。だから、有名大学出身という特徴も「否定的な周囲の反応」のあるところではスティグマになる。たとえば、低学歴層の集まっている職場や住宅街では、落伍者・部外者のレッテルを貼られるもとになり、仲間と認めてもらえなくなるおそれがある。だからひた隠しにすることになる。だから有名大学出身という属性も、プラスイメージにもなればマイナスイメージにもなる。したがって、こういういい方もできるだろう。つまり、スティグマはだれにでもあり、それが一挙に表面化する状況がたまたま多いか少ないかなのだと。
▼6 スピッカー、前掲訳書。
▼7 岡堂哲雄『あたたかい家族』(講談社現代新書一九八六年)の紹介を参照。一七三-一七六ページ。
20-3 スケープゴート化
排除による秩序形成
本章ではこれまで、〈医療と福祉の対象となる人びと〉を具体的に苦しめている社会(心理)現象をそれぞれ概念化し、その形式的特徴について分析した。そしてスティグマが、それらの諸現象の結果として、対象にされた人びとの内面に生じる関係的現象であることを「老い」を例にとって考察してきた。それにしても、このような現象がなぜ平等を理念とする現代社会にも生じてくるのだろうか。今度は、このような諸現象を基底から支える社会のダイナミズムについて考えてみることにしたい。
偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の諸現象に一様にふくまれているファクターはなにか。それは項Aと項非Aを区別し、そのあいだに〈線引き〉し、項Aを〈排除〉しょうとする心性である。
〈A〉             〈非A〉
異常             正常
病気             健康
やくざ            かたぎ
非行・おちこぼれ      ふつう
犯罪者[前科者・その家族] 一般市民
障害者            健常者
女性・子ども         男性
異人             常人
異端             正統
これらのあいだに〈線引き〉し分断するさいに、生物学的な理由であるとか、歴史的な理由であるとか、もっともらしい理由が主張され、常識もこれを受け入れることが多いが、ほとんどあとでつけ加えられたものだ▼1。すでにのべたように、「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのである。そういう意味では、「まず排除ありき」という構造原理が、集団・共同体・社会そのものに内在していて、排除によってまとまっていくというメカニズムが存在すると考えられる。つまり、排除による統合である。このような社会のダイナミズムを「スケープゴート化」または「スケープゴーティング」(scapegoating)と呼ぶ。
スケープゴートというのは、平たくいえば「いけにえ」ということであるが、正確には「贖罪の山羊(やぎ)」と訳される本来は宗教用語である。ユダヤ教とキリスト教では、罪をあがなうために神に捧げられた犠牲の山羊――これがたとえばキリストの受難の意味となる――という観念をさしている。ひとりの預言者が集団の責任を一身に背負って、集団の危機を救うため犠牲になるという事態は、ユダヤ教やキリスト教などの宗教思想にとって必要不可欠なものである▼2。
じつは一般の社会関係においてもスケープゴート化は、危機を打開し、かつ秩序を形成するための有力な形式なのである。
たとえば、政治がらみや企業がらみの大きな事件が明るみにでると、内部事情にもっとも深く関与したスタッフが、事件のいっさいの汚点を背負って自殺するケースがある▼3。これによって、危機に頻した組織や集団の秩序が回復する。一件落着というわけだ。しかし、この場合は、スケープゴート化にはちがいないが、むしろその通俗的使用というべきであって、もっと社会なり共同体なりを全体として巻き込んでいくスケールでとらえるのが本筋である。そうなると、つぎのようなものが考えられる。
大量排除現象
スケープゴート現象の代表的なものは、なんといっても中世キリスト教世界における魔女狩りである。魔女狩りはヨーロッパの中世末期、ちょうどルネサンスのはじまりとともにさかんになり、一六〇〇年前後の一世紀にピークを迎えた。魔女と名指しされたきわめて多くの男女が拷問によって自白を強要され、異端審問官による魔女裁判によって、火あぶりの刑に処せられた▼4。
二十世紀になってからもあいついで大量排除現象が生じている。まずヒトラーのナチズムにおいてはユダヤ人が排除の対象とされ、アウシュビッツをはじめとする強制収容所に連行・監禁された上、毒ガス室で大量に殺害された。これを「ホロコースト」と呼ぶ。同じころソビエト共産党の実権を掌握したスターリンは、政敵やそれに連なる人びとをつぎつぎに「トロツキスト」「修正主義者」とレッテルを貼って連行し、シベリアの強制収容所に送って強制労働につかせたり、銃殺したりした。これを「粛清」という▼5。もちろん天皇制国家としての戦前の日本においても「国賊」「非国民」のレッテルが反戦主義者・社会主義者・宗教教団に貼られ、治安維持法や不敬罪によって徹底的に弾圧された。似たようなことは第二次世界大戦後のアメリカでもおこっている。「マッカーシズム」と呼ばれる「アカ狩り」[レッドパージ]がそれである▼6。
これらの現象は、集団内に存在する矛盾が、その内部の少数者に集中して転嫁される結果、少数者が集団の中心から排除され、集団の周縁に追いやられたり、集団暴力の対象となり、それによって集団全体が〈浄化〉され秩序を回復する、という共通の構図をもっている。したがって、排除された側に非はなく、むしろ排除した側に根深い問題があった。
近代日本の排除現象
このしくみは近代の日本を貰いて存在している。間庭充幸は日本的集団における包摂と排斥の構造を分析するなかで、さまざまなスケープゴート現象を指摘している▼7。そのなかから典型的なものを三件ひろってみよう。
村落共同体における「異人」――村や家の共同体にそぐわない人間[狂人]を「半ば自発的、半ば強制的に」外部[山]に排除し、恐ろしい「山女」「山人」として畏怖し神聖化する。あるいは村や家を調和を乱す奇異な現象およびその体現者[障害児や不倫の子あるいは利口すぎる子など]を「河童の子」「憑きもの」(たとえば狐憑き)「神隠し」などと称して抹殺したり一時的に排除した。この虚構により家族も納得できるのである。注目すべきは憑きものの場合、憑いた狐や狸が去れば当人は元通り共同体に復帰できるということだ。これは共同体の一種の知恵だった▼8。
企業城下町における「公害被害者」――一九六〇年代の高度経済成長期は同時に公害が極大化した時代だった。公害のひどかったのは当然のことながら企業城下町と呼ばれる地域である。しかし、企業城下町における公害患者はしばしば被害者であることさえ表明できない状況にあった。それは企業一家主義・組合家族主義・私生活優先主義が包摂の原理となっていたところで、その中心たる絶対的な企業に異議申し立てすることにほかならなかったからである。労働組合でさえ公害の拡大に目をつぶり、内部告発に走るものを「裏切り」として断罪し排斥した。たとえば水俣病の悲劇のひとつはここにあった▼9。
管理教育における「いじめられっ子」――管理教育の防衛策として子どもたちは自分を他者の行動に合わせてはみださないようにする。これを「同調競争」という▼10。同調競争は目的が空洞化しているため、他人の出方や位置によってしか自己を確認できない。ひとりひとりが等しく不安な状態におかれる。そこで、この不安から逃れるために、いちはやく他人の差異をみいだし排除しようとする。そうでなけけれれば自分がやられるという恐怖がそうさせるのである▼11。
また、赤坂憲雄はスケープゴーティングのケース・スタディともいうべき『排除の現象学』のなかで、一連のいじめ事件、横浜浮浪者襲撃事件、イエスの方舟事件、けやきの郷事件(自閉症者施設「けやきの郷・ひかりが丘学園」の建設計画に対して地元の鳩山ニュータウン住民による反対運動がおこり建設が断念された)、精神鑑定される通り魔などを分析している▼12。
強調しておきたいのは、これらの諸事例が、支配者が意識的に行使する強制力によって生じるのではなく、共同体・集団・社会そのものに内在する〈権力作用〉によるものだということだ。暴力の実体はなく、加担者は正義を語り、あくまでも自己防衛的である。この権力作用に内在しているときは、ほとんど存在感がないくらいナチュラルだが、ひとたび周辺に追い出されたり、抵抗しようとすると、その暴力的な圧力はときとして人を死に追いやるほど強い。「見えない権力」=権力作用の怖さは、じつはここにある。
ヴァルネラビリティと有徴性
では、どのような人がスケープゴートにされやすいのだろうか。さきほどの表記でいうと「項A」に追い込まれやすい特性はなんだろうか。人類学では、攻撃を招きやすい性格のことを「ヴァルネラビリティ」(vulnerability)という。「攻撃誘発性」とか「被撃性」と訳される概念である▼13。
なにが〈ヴァルネラブル〉か。少数であることか、それとも能力が低いことか、あるいは力が弱いからか-おそらく本質はそうではない。たとえば、いじめられた方になにか問題があると主張する議論があるが、それは「予言の自己成就」のメカニズムによって、いじめの結果つくられたことであって、原因と結果をとりちがえた転倒した論理である。「あきらかな差異の具現者が存在するから、いじめが起こるわけではない。むしろ、差異はあらかじめ存在するのではなく、そのつどあらたに発見され、つくられるのである。むろん、排除というたったひとつの現実にむけて▼14。」たとえば、いじめはむしろ差異のない均質な学校空間から生まれるのだ。
では、ヴァルネラビリティの基本要素はなにか。それは記号論の用語でいう「有徴性」である▼15。徴(しるし)のあるのが有徴、ないのが無徴である。この項の冒頭に示した「線引き」の一覧のなかで〈A〉としたのが有徴サイド、〈非A〉としたのが無徴サイドにあたる。つまり、有徴な項が析出して、それによってはじめてその他大勢が「〈それ〉でないもの」として定義される。「フツー」とはそういうものなのである。
ことわっておくが、ある特性だけがいつも有徴なのではない。状況によってなにが有徴となるかは異なる。たとえば、ゴッフマンがスティグマの例にだしているように、大卒という属性も、おかれている集団によってスティグマになる▼16。また、帰国子女がしばしばいじめの対象になり、差別されていると感じるのが英語の時間であることは、かれらが「生きた英語」を知っているという優越のためである▼17。また「女教師」「女医」ということばは、男性中心の教員の世界・医師の世界において女性が少数で有徴だったことを示している。そのため、これらのことばにおいて強調されるのは、もっぱら〈性〉の諸相である。
中間考察
まず、いわゆる「社会的弱者」にとって深刻な問題となる――ことわっておくが社会的弱者が問題なのではない――社会心理現象について四点指摘した。偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別。これらについてのさまざまな社会学的研究の一致した結論は、なにか客観的な根拠があって、これらが生まれてくるのではないということだ。「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定される。「まず排除ありき」なのである。
スティグマという概念についても同じことがいえる。「障害」や「過去」が直接スティグマなのではない。「障害」や「過去」に対する周囲の人びとの反応が、それらをスティグマにする。ここでも「受け手の反応」が意味を決定していることに気づくべきだ。しかも、それは「排除による統合」の社会的メカニズムにもとづいており、それをくつがえすのは容易ではない。
したがって、解決の方向性が「受け手の反応」を変えていくことにあるとしても、たんに意識改革をすればいいというものではない。スケープゴート化にかわる新しい社会形成の形式を自覚的に模索することが必要であろう▼18。
▼1 すでに健康と病気について論じたように、項〈A〉と項〈非A〉とは本来連続的かつ流動的かつ互換的である。5-2参照。それを無理に分断し、二項対立の構図に仕立てるところに、規格化を押しすすめる権力作用の存在をみることができる。なお、理由づけについては、現代社会では「医学的理由」がとくに正当性をもってきている。この傾向を「医療化」(medicalization)という。医療化の研究については、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)参照。スタンダードな入門書としては、I・イリイチ、金子嗣郎訳『脱病院化社会』(晶文社一九七九年)。
▼2 このあたりの宗教的意味を体感するにはJ・S・バッハの『マタイ受難曲』を聞いてみるのがてっとり早い。また受難の意味の追究については「苦難の神義論」として17-2でもふれた。
▼3 たとえば、「ダグラス・グラマン疑惑」では日商岩井の常務が自殺した。「リクルート事件」では竹下首相の元秘書[三〇年以上勤務]が自殺した。
▼4 数世紀にわたるこのスケープゴーティングの歴史の概要については、森島恒雄『魔女狩り』(岩波新書一九七〇年)。また古典的な研究としては、ミシュレ、篠田浩一郎訳『魔女』(上下・岩波文庫一九八三年)。
▼5 山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫一九七八年)。
▼6 R・H・ロービア、宮地健次郎訳『マッカーシズム』(岩波文庫一九八四年)。
▼7 間庭充幸『日本的集団の社会学――包摂と排斥の構造』(河出書房新社一九九〇年)。
▼8 前掲書六四-七二ページ。
▼9 前掲書一一三-一一八ぺージ。ここでも紹介されている対馬のイタイイタイ病のケースについては、鎌田慧『ドキュメント隠された公害――イタイイタイ病を追って』(ちくま文庫一九九一年)。
▼10 間庭充幸は「同調競争」についてつぎのように説明している。「普通同調と競争が結びつくというときは、同調すべき目的(金銭、地位、あるいは天皇への忠誠、何でもよい)があって同調し、さらにその目的に早く近づくために競争する。それはまさに目的内容を介しての同調的競争、競争的同調である。しかしそれがある限界を超えると、かんじんな目的が脱落してしまい、同調という行為(多数者)自体への同調や競争が発生する。ある目的に向かっての同調や競争とは別に、皆がある目的に志向すること自体が価値を帯び、それへの同調と競争が新たに生まれる。」前掲書五一ページ。昭和天皇の病状悪化による「自粛」行動は典型的な同調競争である。
▼11 前掲書一二七-一三八ページ。
▼12 赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。現在洋泉社版は絶版となり、かわりに新版がでている。『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)。『新編』では、旧版の冒頭におかれた大友克洋『童夢』の分析が除かれている。
▼13 山口昌男「ヴァルネラビリティについて――潜在的凶器としての『日常生活』」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。
▼14 赤坂憲雄、前掲書六〇ページ。
▼15 「有徴」「無徴」については、池上嘉彦『記号論への招待』(岩波新書一九八四年)一一七-一二〇ページ参照。
▼16 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ページ。
▼17 宮智宗七『帰国子女――逆カルチュア・ショック』(中公新書一九九〇年)一〇ページ以下ならびに一一四ページ以下。
▼18 この点で注目されるのが「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動形式である。また、理論的には、ハバーマスの「コミュニケーション行為の理論」や今田高俊の「自省社会論」などがオルタナティブな社会形成原理の探求として注目できる。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(上中下・未来社一九八五-八七年)。今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)。
増補
排除現象
民俗学の立場から排除現象について議論を積み上げてきた赤坂憲雄の本が文庫化されている。赤坂憲雄『異人論序説』(ちくま学芸文庫一九九四年)と、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)である。
いじめについては、森田洋司・清水賢二『新訂版 いじめ――教室の病い』(金子書房一九九四年)。ここで展開されている「いじめの四層構造」論は排除現象を考える上での基本モデルになりうると思う。レイベリングの問題を掘り下げた研究として、徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)と、徳岡秀雄『社会病理を考える』(世界思想社一九九七年)を加えておきたい。とくに後者は入門として最適。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚5社会現象における共通形式を抽出する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
5 社会現象における共通形式を抽出する
5-1 類型化――日常的認識と科学的認識
日常生活における類型化
多様な現実のなかから一定の共通性をみつけて分類することは学問の常套手段である。社会についての科学も当然これを手段として使用するし、社会学も同様である。本章ではこの「類型化」(typification)について考えてみよう。
まず確認しておきたいのは、類型化という営みは、なにも科学的認識に特有のことがらではないということだ。それはまさに日常生活のなかでわたしたちが日々おこなっていることでもある。
わたしたちは日常世界を最初から〈類型化された世界〉として経験している。さまざまな対象がイヌとして・ネコとして・机として・コップとして・電話として経験される。ひとつひとつの個性的な対象――ウチのイヌととなりのイヌはまったく別の個性をもっているはずだ――を一定のことばで――つまり「イヌ」と――呼ぶことは、すでにわたしたちが類型性にもとづいてとらえていることなのである。人間についても同様だ。わたしたちは、他者が何者であるか、他者のおこなっていることがらがなにを意味するかを把握するために、すでに経験的に会得した類型化図式をあてはめていく。目の前の人物は警察官として・郵便配達人として・上司として・店員として経験される。これはまた自分自身についても同様である。わたしたちは状況によって自分を父として・妻として・教師として・学生として・客として・若者として自己類型化することによって社会関係をとりむすぶ。
これらの類型化とその適切な使用法についての知識は、幼いころからの教育や経験によって集積された処方箋的な知識である。日常生活の世界において行為し思考している人間のこのような手もちの知識は、一般にまとまりを欠き、部分的にのみ明瞭であるにすぎず――たとえばお金の使い方は知っていてもお金が本来どういうものかは知らないとか、電話のかけ方は知っていてもそのしくみは知らないといったように――しかもつねに矛盾をふくんでいる。しかし、このような知識はたいていの実際的問題を解決するには間に合うため基本的に自明化されている。第二章でふれた「常識的知識」がこれにあたる▼1。
社会学的認識における類型化
このような処方箋的知識に対して、科学的知識は論理的に一貫している点で大きく異なる。したがって、社会学的類型化もその場しのぎの非論理的なものであってはならないわけである。つまり、分類基準のようななんらかのロジックが必要とされる。
しかし、杓子定規な分類基準に機械的にしたがうことだけが〈科学〉ではない。
一見して錯綜している社会的現実をみるとき、わたしたちはその複雑さを回避するために、かえってひとまとまりのものとして認識してしまう。それが社会学的に的確であるかどうかは、それでなにがえられたかという実用的な結果で判断せざるをえない。いくつかの事例をみて考えてみよう。
まず、デュルケムの有名な自殺類型をとりあげよう。かれは自殺を個人的な現象ではなく社会現象としてとらえ、自殺についての社会的要因によって三つの基本類型を設定した▼2。
(1)自己本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性が弱く、その内面的な結束力が弛緩している場合に生じる自殺形態。所属集団の凝集性が弱いほど自殺率が高くなる。たとえば信者自身の自由な解釈がゆるされているプロテスタントの方が、教会による強力な統制下にあるカトリックよりも自殺率が高い。家族の場合も集団として緊密な関係ができている方が自殺率が低い。国家についても平時より戦時の方が集団としての凝集性が高まり自殺率が低くなる。
(2)集団本位的自殺――自殺者が属している社会集団の凝集性や統制力があまりに強く、集団への一体感もあまりに強い場合に生じる自殺形態。自分の所属集団の名誉を守るために進んで犠牲になるケースがそれである。会社や政治家の不正の責任をとるかのように自殺する中間管理職や秘書の自殺などはこれにあたる。
(3)アノミー的自殺――社会が突然の危機に見舞われ、人びとの行動を規制する共通の道徳的規範がうしなわれ混乱状態に陥った無規制状態[アノミー]に生じる自殺形態。好景気がつづいたあとの経済恐慌時など、ひとたび肥大した人びとの欲求が不意に満たされなくなったために激しい焦燥や憤怒に陥ることが原因で自殺にいたる場合がそれである。欲求に対する社会的ブレーキが効かなくなった状態と考えていい。
このように、社会学における類型化は、ただたんに似たものを寄せ集めて命名するといったことではない。それ自体が理論的考察をすでにふくむところに特徴がある。『自殺論』の場合、自殺について語っているようにみえて、じつは社会と個人の関係のありようについて分析していることが、この三類型の定義だけからもうかがえると思う。そこがたんなる自殺統計などとちがうところだ。
今度は日本の例をみることにしよう。見田宗介の初期の傑作「現代における不幸の諸類型――〈日常性〉の底にあるもの」は、戦略的な質的データとして新聞の身上相談を分析したものである。かれは身上相談をたんに訴えの種類によって――つまり恋愛・結婚・夫婦関係の危機・嫁姑・再婚・職場の対人関係・経済問題・非行・病気・ノイローゼなどに――分類するのでなく、それがもたらす「不幸のかたち」に注目し、十二の代表事例、四つの基本類型にまとめた▼3。
(1)欠乏と不満――経済的窮乏によって人間の本来的な生き方への関心をすりへらしてしまうケース。低学歴などのハンディを負いつつ子供のために自分の欲求を抑圧しつづけた結果、アブノーマルな道に走ってしまうケース。不本意な進学や就職の結果、目の前の問題に内発的な意欲をもって主体的に参与できず、いたずらに消耗してしまうケース。
(2)孤独と反目――人まかせの結婚をした結果、夫の浮気・賭事・乱暴・浪費などを導き、自分の責任を省みることなく被害者として悩むケース。失われた愛や生きがいを子供に託すことによる反目の再生産、つまり「母親は夫に求めるべきものを息子に求め、息子は嫁に与えるべきものを母親に与え、かくして充たされなかった嫁は、夫に求めるべきものを、ふたたびその息子に求める」ケース。逃げ場がないという閉塞した労働現場でおこる告げ口による憎悪のケース。
(3)不安と焦燥――受験失敗によるあせり。一方、一流大学をでたものの幹部コースからはずれたことによる不安。「一流大学」「一流会社」「出世コース」「女の幸福」といったステレオタイプを疑うことができないために、自分が「規格品」でないことに強い不安と焦燥を感じるケース。
(4)虚脱と倦怠――苦労の末、ようやく生活が安定してきたころ、生活に対する新鮮な興味が喪失するケース。外発的な生活目標に追われるうちに、内発的に自分の人生を設計する能力を失ってしまうケース。絵に描いたような「女の幸福」のなかでおおうべくもない倦怠感におそわれるケース。
そしてそれらを現象させる諸要因の連関を分析したのち、その連関の構造を合成し、(1)中小企業労働者・下層農民を典型とする状況構造(2)官庁および大企業ホワイトカラーを典型とする状況構造を類型化した。
デュルケムも見田も、一見同じようにみえる素材を読みほどき、理論的な座標の網をかぶせることによって、現象の表層から深層へと問題をほりさげているようにみえる。たくみな類型化の例である。
このような観察者・研究者側による類型化に対して、対象となった集団の内部で使われている類型化図式を尊重し、それを調査し、整理する方法がある。たとえば第三章で紹介したアンダーソンの『ホボ』は、渡り職人の生態を克明に調査したモノグラフだが、一見似たようにみえるホームレスたちの世界を、かれら自身の類型化図式をありのまま示すことによって読者の発見を助けている。宝月誠の紹介するところによると、つぎの通りである▼4。
(1)季節労働者――年間のスケジュールにそって各地で特定の仕事をする人。
(2)ホボ――気の向くままに不定期で臨時雇いの仕事をしている人。各地を自由に渡り歩く気質をもつ。
(3)トランプ――仕事をせず物乞いや盗みでその日暮らしをしている人。新しい体験を求めるロマンティックな気質をもつ。
(4)ホーム・ガード――移動せず規則的にか不規則的に雑用の仕事をする人。一種の定住者。
(5)バン――移動せず仕事もしない人。物乞いや盗みで絶望的生活を送っておりアル中や麻薬中毒者が多い。
おそらく外からながめているだけではわからない人間類型がここにある。一九二〇年代シカゴの「ホボヘミアン」――日本語でいうと「寄せ場」に対応する――の人たちはこの諸類型を明確に区別し、じっさいの交渉のさいの準拠枠としていた。これは社会的序列でもあったから、この類型それ自体がすでにひとつの社会的事実である。
このように、日常的認識におけるステレオタイプな類型化から距離をとって科学的に類型化することによって日常的認識の限界を示すとともに、今度は逆に科学的認識が日常的認識における類型化図式に学ぶことも重要なことなのである。日常的認識と社会学的認識のあいだには、このような相互作用がなければならない。
▼1 アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章による。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『自殺論――社会学研究』(中公文庫一九八五年)。この古典のわかりやすい解説として、宮島喬『デュルケム「自殺論」を読む』(岩波セミナーブックス一九八九年)。ここでも後者の現代的解説を参照した。
▼3 見田宗介『現代日本の精神構造』(弘文堂一九六五年)。以下のように要約してしまうとなんとも味気ないものになってしまうが、個々の事例のもつ豊かな問題性を引きだす見田の文体の魅力を直接味わってもらいたい。
▼4 宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)一三二-一三四ページ。
5-2 方法としての理念型
理念型
類型化の手法をより洗練化して方法論にまで高めたのが、マックス・ウェーバーの「理念型」(Idealtypus)である。かれによると、そもそも概念は人間が現実をとらえるために、思考によって一面的に構成する認識手段である。それは本章冒頭で説明した日常生活者の場合と基本的に同一である。ただ理念型の場合は、研究者が特定の観点から一面的に強調した要素を論理的に矛盾のないように整序して構成する点で、日常経験における類型化と異なる。つまり、それは非現実的なユートピア的構成体である。
というのは、理念型は現実をそっくり模写したものではなく、混沌として雑然たる現実の多様性をとらえるための道具=装置にほかならないからである。ウェーバーは「発見的意義」ということばでこれを表現していた。だから、ある理念型が適当かどうかは、ひとえにそれでもってなにが発見できたかというプラグマティックな成果によることになる▼1。
個性的(歴史的)理念型
理念型によって個性的な歴史的現実に少しずつ近づくことができるといっても、どういうことかはっきりしない。そこでウェーバーが具体的にどのように理念型を用いたか、二・三例を紹介しておこう。
まず代表例としてあげられるのは、ここでも「プロ倫」をふくむ『宗教社会学論集』である。たとえば「プロ倫」において「禁欲的プロテスタンティズム」の宗教思想を分析するさい、ウェーバーはつぎのようにことわっている。「もちろんそのばあい、考察の方法としては、宗教的思想を、現実の歴史には稀にしか見ることのできないような、『理念型』として整合的に構成された姿で提示するよりほかはない。けだし、現実の歴史の中では明瞭な境界線を引きえないからこそ、むしろ徹底的に整合的な形態を探究することによって、はじめてその独自な影響の解明を期待しうるからだ▼2。」なるほど現実に存在する宗教思想は多様であり、さまざまなヴァリエーションに満ちていて、その周辺は定かでないのがふつうである。それらを網羅的に収集したところで因果連関の解明をますます困難にするだけであろう。それよりもフリンジを鮮明にし、要素の特徴を整理して分析に用いた方が、かえって現実の因果連関に近づける。第三章でくわしく紹介した「禁欲的プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」の密接な関係が鮮明に描けたのも、理念型としてあらかじめ個性をきわだたせてあったためである。そうでなければ両者の関係は、歴史的現実のディテールの大海に沈んでみえなくなってしまったことだろう。
『宗教社会学論集』で比較の対象となった儒教・道教・ヒンズー教・仏教・古代ユダヤ教も、禁欲的プロテスタンティズムと同様、理念型的な概念構成物である。これらはウェーバーの研究関心にそって相互に区別され特徴が強調された。歴史的にはそのような純粋な形態がたとえ存在していないとしてもかまわないのである。このような歴史的に一回だけ存在した個性的な現象についての理念型は「歴史的理念型」または「個性的理念型」と呼ばれる。
類型的(社会学的)理念型
歴史的・個性的理念型に対して、一回性をもたない普遍的な社会現象についての理念型もある。これを「社会学的理念型」または「類型的理念型」という。
ウェーバーのもうひとつの主著『経済と社会』はこのような類型的理念型の宝庫である▼3。そのなかからふたつ紹介しよう。まず社会的行為の諸類型について。すでに説明してきたように、ウェーバーは社会を徹底して個人行為者側から分析する。基本単位は社会的行為である。この場合の「社会的」とは他者の行動と有意味的にむすびついていること、つまり他人の出方とリンクしているということだ▼4。
(1)目的合理的行為――目的・手段・副次的結果を予想し考慮した行為。目的と手段の関係が合理的。
(2)価値合理的行為――倫理・芸術・宗教など固有の絶対的価値を意識的に信じることによって生じる行為。予想される結果にとらわれない。
(3)感情的行為――感情や情緒による行為。
(4)伝統的行為――身についた習慣による行為。
一見思いつきのような分類にみえるが、なかなか奥が深く、さまざまな修正案を生みだす理論的源泉となっている類型図式だ。たとえば商業行為は商品を売って利益をうることにはちがいないにせよ、「これだけの商品をこうして売ればこれだけもうかるはずだ」と計画的に売る場合は「目的合理的行為」だが、「先祖代々むかしから同じようにこうして売ってきた」という場合は「伝統的行為」であろう。また「そんなにもうからなくても地道に人様のお役に立てればいい、それが神様が自分にあたえた仕事なのだから」という場合は「価値合理的行為」である。もちろん、「意地で商売してんだ」という「感情的行為」の場合だって考えられる。また、宗教行為に対して現代人は非合理的と考えがちだが、ウェーバーの行為類型によると「価値合理的行為」である。つまり宗教行為は、ある価値に対して徹底的に合理的な行為とさえいえる。そしてこのことは宗教現象をとらえる上で不可欠な前提事項でさえある。一般に現代社会は「目的合理的行為」の比重が増しているといえるだろうが、他の類型とくに「価値合理的行為」も依然として重要である。
つぎに支配の諸類型についてみてみよう。ウェーバーは「支配の社会学」の出発点である「正当的支配」(legitime Herrschaft)のうちに以下の三つの純粋類型を設定した▼5。
(1)合法的支配――制定された秩序の合法性にもとづく。
(2)伝統的支配――昔から妥当してきた伝統の神聖性にもとづく。
(3)カリスマ的支配――非日常的な資質をもった人物[カリスマ]の神聖性・英雄的力・模範性にもとづく。
このさい、ウェーバーは「この三つの理念型が、どれ一つとして、歴史上本当に『純粋な』姿では現われてこないのが常である」として「歴史的な全現実が以下に展開される概念図式の中に『捕捉』されうると信ずることは、本書の考え方とは最も遠い考え方である」と注記している。つまり、この三つの純粋型は、現実に歴史に出現したさまざまな支配の形態を分析するときの尺度にすぎないのである▼6。
流動的推移の論理
類型化の役割はまず第一に「他と区別する」ことだ。分離・峻別の効果である。ウェーバーの個性的理念型はもっぱらこれをねらったものだ。いわば「差異」をきわだたせるための認識手段である。ところが類型化の役割はこれにとどまらない。第二の役割は、連続したスケールにおいて現実を位置づけることである。このことをジンメルとウェーバーの類型学的研究にみいだした阿閉吉男は「流動的推移の論理」と呼んでいる▼7。
さきほどの支配の諸類型をみてみよう。ウェーバーは三つのうちカリスマ的支配をもっとも基礎的な支配形態とみていたが、これが理念型通りに存在したとしてもカリスマの死とそれにともなう後継者問題から早晩この形態が変質するとし、そのプロセスのことを「カリスマの日常化」と呼んでくわしく分析した。カリスマ的支配は日常化によって伝統的支配もしくは合法的支配に移行するが、当然そのプロセスは単純なものではなく、「支配の諸類型」の章の後半部の多くがこれにあてられる。つまり純粋な理念型を組み立てて網羅的な概念体系を構築するのが目的ではなく、混沌とした歴史的現実を、純粋類型と純粋類型の中間に位置づけることによって構図を鮮明化することが目的なのである。ここは往々誤解されているところである。理念型は社会認識のための道具であることをウェーバーとともに再度強調しておかなければならない。
さて、わたしたちにとって、このような類型の「流動的推移の論理」はどんな意義があるのだろう。〈健康〉と〈病気〉を例にとって説明してみよう。
いうまでもなく健康と病気は対概念であり正反対の意味をもつ。わたしたちは相互に健康か病気かを判断し、あいまいな場合には医師の診断をあおぎ、学校や会社を休むかどうか決める。学校や会社も病気と判断すれば欠席・欠勤もやむをえないとする。短期間であればそれで落第させられたり配置転換されたりしないし給料も保証される。わたしたちの社会では健康と病気の対概念によって個人の活動を明確に線引きできるとする前提了解があるかのようである。
しかし、健康とはなにか、病気とはなにかについての社会的定義は相当あいまいだ。たとえば二日酔いで会社を遅刻すれば上司の非難をかうにちがいない。しかし「二日酔い」が「アルコール性急性肝炎」となると一転して同情されることになる。前者には健康な人という類型が適用されているために「怠惰」や「だらしなさ」とみられるのに対して、後者には病者という類型が適用されているからだ。学校で保健室が一部の生徒たちに一種のアジール[避難所]としてよく利用されているが、かれらはこの定義のあいまいさを戦略的に活用しているわけである。
ここであえて健康と病気の純粋な理念型を考えてみると、現代人の多くはそのどちらでもないことになる。まったくの健康でもなく、さりとて病気というほどでもないというのが一般的ではなかろうか。では、健康と病気の純粋類型の中間にはなにがあるだろう。その中間にあるのは「障害」という類型である。たとえば慢性疾患にかかった人はあきらかに健康ではないが、仕事を免責されるわけではないし、その必要もない。疾患を抱えつつ社会的責任を果たすことになる。老いの場合もわたしたちは病者という類型でとらえがちだが、むしろ「障害」類型でとらえる方が現実的であり、それによって医療福祉サービスのあり方や企業のあり方も考えなおすことができる。そしてこれはたいへん重要なことなのだ▼8。
すなわち、現代日本社会は「健康と病気」の対概念をあいまいなまま適用する社会であるために、またその結果「障害」概念が非常にせまくとられているために、多くの人たちがこの対概念からもれてしまっている。企業経営も労働条件も福祉政策も公共施設も「障害」は残余概念でしかない。ところが、ひとたび健康と病気の概念について熟慮すると、この二分法よりもむしろ「障害」を中心に社会を構成すべきであることに思いいたる。つまり「われらみな障害者」という原理こそ社会構成の中心にすえられるべきものなのだ。ただ「障害」に程度の差があるだけと考える方が理にかなっている▼9。
極端な理念型を構成することは、たんに差異をきわだたせるだけでなく、現実の事象を中間項として流動的にとらえることを可能にする。これによって、偏見や常識がもたらす硬直した二項対立を打破することが可能になる。
すでにのべたように、類型化は日常生活をいとなむ上での認識手段である。社会学の提示する諸類型を通過することで、わたしたちはふだん自分があたりまえのように使っているさまざまな類型化図式を点検し、より洗練されたものにしていくことができる。これもひとつの社会学的実践である。そしてこのような社会学的実践の積み重ねが、社会の反省性を高めることに通じるのである。
▼1 マックス・ウェーバー、徳永恂訳「社会科学および社会政策的認識の『客観性』」ウェーバー『社会学論集』(青木書店一九七一年)。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテンタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)一四一ページ。
▼3 ウェーバーの主著である『宗教社会学論集』も『経済と社会』も、かれが編集改訂の半ばで病死したため、死後マリアンネ夫人によって編集刊行されたものである。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)。旧版は角川文庫に収められ、ながらく定訳として広く使用されたもの。なおこの論文にはほかに清水幾太郎による翻訳が岩波文庫に、浜島朗による翻訳が青木書店[前掲書]にある。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。なお、かれの「支配の社会学」については19-1でくわしくあつかう予定である。
▼6 ウェーバーの『経済と社会』の随所で展開されている類型的理念型として、ほかにも「宗教社会学(宗教的ゲマインシャフト関係の諸類型)」の章があげられる。宗教・宗教的行為・呪術師・祭司・預言者・神・教団などの諸類型がそれである。たとえば、読者にとっておそらくピンとこない呪術師・祭司・預言者の三類型をウェーバーは明確に位置づけている。宗教者についてあいまいな観念しかもっていなかったのが、ピシッと焦点をあわせられたような気になる。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼7 阿閉吉男『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)二〇-二九ページ。
▼8 かつて日本の老人医療の現場では老いを「病気」とみてきたために多くの老人が「ねたきり」にされてきた。近年ようやくこれが見直され、少しでも活動させるようになった。これで元気をとりもどす老人が多いという。この方針も「ノーマライゼーション」とみなしていいが、要するに健康と病気の中間に位置づけることにほかならない。かつての老人医療現場については大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)参照。
▼9 健康・病気・障害については23-2参照。日本社会における「障害者」概念の狭さは先進諸国のなかでは特異なものである。
5-3 形式社会学の発想――同型性
人間相互の関係形式に関する科学としての社会学
類型化の第三の役割は、共通形式に注目することである。つまり似たものどうしをむすびつけることだ。もちろんまったく似たものどうしをまとめてもしかたないわけで、そこになんらかの意外性つまり発見的意義がなければならないのは当然である。
さまざまな社会現象を貫通する共通形式に着目することによって意外な局面を照射する――このような手法を最初に社会理論にまで高めたのはジンメルである。そこでジンメルの理論を検討し、そのなかで社会学的概念の役割についても考察してみたい。かれの理論は――そして文体も――難解だが、挑戦する価値が今日でも十分あると思う▼1。
ジンメル社会学の出発点は「多数の諸個人が相互作用に入りこむとき、そこに社会は実在する」というものだ▼2。これが広い意味での社会概念すなわち「広義の社会」である。相互作用というのは、他人に働きかけて影響をおよぼすと同時に、また他人から働きかけられて影響を受けるプロセスのことだ。正確には「心的相互作用」(seelische Wechselwirkung)という。相互作用はつねに特定の衝動や目的や関心によって成立する。つまり「もうけたい」とか「信仰のため」とか「遊びたい」とか「教育のため」といった目的をもって人は相互作用のプロセスに参加する。ところが、この側面は社会の「素材」もしくは「内容」にすぎず、これだけではわたしたちの知っている社会はできない。じつは諸個人間の相互作用にはさまざまな形がある。徒党を組んだり、組織をつくったり、分業して役割分担したり、競争したり、対立したりする。いわば人と人との関わり方である。これを相互作用の「形式」と呼ぶ。これがあってはじめて社会というものが成立するのである。
ジンメルはここに注目した。たとえばCD・ケーキ皿・硬貨・フリスビー・タイヤ……が、さまざまな目的と素材――つまり「内容」――をもつと同時に、「円」という共通の「形式」をもつように、軍事的目的であれ教育的目的であれ治療的目的であれ、それらの諸目的のために、人間は軍隊・学校・病院といった上下関係をもつ組織を形成するという共通の形式をとる。この「形式」こそ社会を社会たらしめているものであり、それゆえに「社会になること」=「社会化」の諸形式ともいう。そして「円」を研究する幾何学のように、社会学はこの「社会化の諸形式」を研究することにしようというのだ。これが「人間相互の関係形式に関する科学」すなわち「形式社会学」(formale Soziologie)である。
形式社会学は社会についての幾何学であり文法学である。目の前にころがっているさまざまなモノの形だけを抽象するように、そして日々交わされることばの数々から一定の文法規則を抽象するように、さまざまな衝動や目的からなされる人間行動から相互作用の形式を抽象するのである。社会をタテわりではなくヨコわりにみるわけだ▼3。
さまざまな「形式」
ここで、ジンメルが「社会化の諸形式」として抽出したもののいくつかをランダムに概観してみよう▼4。
(1)党派形成(Parteibildung)――統一的な集団がしだいに党派[派閥]に分離し、党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しない党派間に人為的に対立がつくりだされ闘争が生じる。
(2)上位と下位(Uber-und Unterordnung)――いわゆる支配者と服従者の関係。しかしこれは一方的な関係ではなく、下位者の自発性によっても影響される相互的なものである。支配者のありようによって個人支配・多数支配・原理による支配の三類型にわけられる。
(3)闘争(Streit)――一般には否定的かつ破壊的なことと考えられているが、それ自体は対立する者のあいだの緊張の解消である。闘争は人びとを統一化する積極的なはたらきをもつ。競技・訴訟・利害闘争・派閥間闘争などに分類される。
(4)競争(Konkurrenz)――間接的な闘争。闘争の目的が相手の排除にあるのに対して、競争の目的は利益をえることにあり価値の実現にむすびつく。
(5)社会集団の自己保存――集団はいったん成立するとメンバーがやめたり交代しても同一集団として存続する。「名誉」や「外敵による内集団の統合」は自己保存の手段である。
(6)秘密(Geheimnis)――秘密とは意図された隠ぺいである。諸個人の相互作用は他人についての知識を前提にしているが、かといって他人のすべてを知っているわけではなく、また人は自分のことを隠したりウソをついたりする。秘密は社会関係に不可欠の形式である。さらにメンバーが秘密をわかちもつことによって秘密結社が成立する。
このほか「代表」(Vertretung)「模倣」(Nachahmung)「対内結合と対外閉鎖との同時性」などがあげられる。いずれにしても、ジンメルの提案はつぎのようなことだ。つまり、国家であれ軍隊であれ政党であれ企業であれ行政府であれ学界であれ宗教教団であれ美術界であれ文学界であれ……以上のような共通の「形式」が存在し、その社会化作用によって一定の統一化が達成されるのである。
今日では「形式」ということばは「形式主義」を連想させるため、ほとんど社会学史にしか登場しない。しかし、「形式」ということばは消えたが、その発想は拡散して社会学全般のなかに受け継がれているといってよい。
第一章でわたしは社会学を〈脱領域の知性〉と位置づけた。しかし、それはただの寄せ集めの百科全書的知識ではない。たしかに社会学は雑学的性格をもっているが、ただの雑学ではない。それらを貫通する共通形式をたえず見定めているところにこそ脱領域の知性ならではの知的存在意義があるのだ。一見抽象的にみえる社会学的概念の役割もまたそこにある。
▼1 ジンメル社会学の全体像については、阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼2 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)一八〇ページ。以下の説明もこの訳書所収の「社会学の問題」による。
▼3 この横断面的発想が考えられてからそろそろ百年になろうとするが、まったく古びていないところがすごい。現代社会理論の最前線である社会システム論の発想もこの延長線上にあるといっても過言ではない。というのは、システム論の発想の基盤にあるのは、異なるディシプリンのモデル間になんらかの同型性(isomorphism)が存在するということだからだ。もちろんシステム論の方がより徹底しているけれども、関係の共通形式を抽出する点で遠い淵源にはちがいない。新睦人・中野秀一郎『社会システムの考え方――人間社会の知的設計』(有斐閣選書一九八一年)ではジンメルを社会システム論の系譜に位置づけている。
▼4 これらについてのコンパクトな解説として、阿閉吉男編、前掲書。くわしくは、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)参照。
増補
■ジンメル再評価
ヨーロッパではすでに八〇年代に活発化していたジンメル研究だが、日本のジンメル研究も九〇年代になってにわかに動き始めた。なかでもジンメルの主著『社会学』の全訳が刊行されたことは画期的だった[ジンメル『社会学――社会化の諸形式についての研究(上・下)』居安正訳(白水社一九九四年)]。
哲学者としてのジンメル像については、北川東子『ジンメル――生の形式』現代思想の冒険者たち01(講談社一九九七年)。さらに社会学系の研究書として、廳茂『ジンメルにおける人間の科学』(木鐸社一九九五年)。ただしこちらはかなり圧巻かつ高度。いずれにしても近年ますます浮き彫りになっていることは、ジンメルを二〇世紀後半の社会学の問題構成から理解することは一面的だということだろう。「形式社会学」をふくめて、一般にはジンメルは今なお誤解されている。
他方、インターネットをはじめとするコミュニケーションの新しい形が日本社会においても日常的に体験されるようになって、ジンメルの「社交」や「社会圏の交錯」に関する理論が現実味を帯びて感じられるようになってきた。展開未完の理論的萌芽がジンメルにはまだたくさん残っていると思う。
なお、この章で解説したウェーバーの理念型論については新たに翻訳がでている。マックス・ヴェーバー『社会科学の方法』祇園寺信彦・祇園寺則夫訳(講談社学術文庫一九九四年)。いわゆる「客観性」論文の翻訳である。
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4月 12017

社会学感覚3行為の意味を理解する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
3 行為の意味を理解する
3-1 歴史的世界の形成者としての人間
行為の集積としての社会
わたしたちが好んで歴史小説を読み、大河ドラマを視聴するのは、〈人間が歴史をつくる〉ことのおもしろさにひかれてのことである。ただし、日本人好みのドラマの多くは、歴史的英雄たちのくりひろげる抽象化され虚構化されたドラマである。それにくらべると、現実の方が数段ドラマティックである。一九八九年からあいついで大きな潮流になった中国・東欧・ソ連の変革運動は、それぞれ独自の運命をたどりつつあるが、いずれにせよ〈人間が歴史をつくる〉という実感を、ながらくアパシー状態にある日本人にも味あわせてくれた。名もない民衆がみずからの生理に忠実に異議申し立ての運動をおこない、ときには大きな犠牲を払いつつ自分たちの社会を変えていく現実のドラマがここにある。わたしたちがこの歴史的瞬間を映しだすニュースに見入るのは、それがまぎれもなくアクチュアルだからだろう。
こうした歴史的事件のダイナミズムにくらべると、わたしたちのふだんのなにげない行動がはっきりと目にみえない形で社会のあり方や文化現象の数々を生みだしているという現実はあまりドラマティックではない。これもやはり〈人間が歴史をつくる〉ことにはちがいないのだが、わたしたちにはあまり実感がもてない。しかし、前章でのべたように、日常生活の中で自明性を帯びてあたかもモノのように存在するさまざまな社会制度――貨幣・資本・神・法・官僚制・国家など――は、もとをただせば人間たちの社会的行為の歴史的集積にはちがいないのだ。社会を構成するのは人間の行為であり、社会は人間がつくる――このことをまず確認しておきたい。
社会的現実の構成
ところが話はそれで終わらない。たとえば、流行の先端をゆき流行をつくりだしている業界の人びとでさえ、最新の流行は規制力をもつものとして認識されているように、あるいは主体的に参加したデモ行動がエスカレートして暴動化してしまいひとりひとりを感情的に巻き込んでしまうように、人間が社会をつくるといっても電化製品のように「つくる」わけではない。このあたりの事情を社会学史では、ふたりの巨匠を対比して「デュルケムとウェーバー問題」という形で定式化することがある▼1。
エミール・デュルケムは「事実、社会的なものは人間によってのみ実現されるのであり、人間の活動の一所産にほかならない」としながらも▼2、法・道徳・宗教教義・金融制度・集会の群衆行動・流行などの「社会的事実」――かれはこれを「制度」ともいう――が、個人にとって外在的であり、個人を拘束・強制することを強調した。これには理由があって、十九世紀末の当時に「社会は人間の心のなかにある」といった心理学主義が横行していたからである。そのためデュルケムは終始、「社会的事実」のもつこの独自な性格を強調しつづけた▼3。
他方、マックス・ウェーバーは、社会の構成単位が人間の行為であると主張し、国家や協同組合や封建制などといった概念さえ個々人の行為へ還元してとらえなければならないとした。社会はあくまで人間の行為が具象化したものであると考えるからだ。だから、人びとが国家に志向するのをやめた瞬間、もう国家は存在しなくなるだろうとさえ明言する▼4。旧ソ連における連邦と共和国の関係の破綻――そして「ソ連」の崩壊――を知っているわたしたちにとって、これはシニカルをこえてきわめてリアルに響く見識である。
たしかにふたりの巨匠のいうことには実感がともなう。わたしたちはさまざまな社会制度を絶対的なモノと感じることもあれば、所詮、人間がつくりあげたものだとも感じる。では、どのように考えていけばよいのか。
バーガーらはこのデュルケム型の観点とウェーバー型の観点を調停して「社会的存在の客観性を人間の主観性との関係において把える」ことを提唱し、社会は客観的現実であると同時に主観的現実でもある、その二重性を同時におさえていく必要をうったえた▼5。人間の行為がモノのように強固な世界をつくりだすのはいかにして可能かという大問題に対して、バーガーらの答はつぎのように要約される。「社会は人間の産物である。社会は客観的な現実である。人間は社会の産物である▼6。」めぐりめぐる三つの関連がここに示されている。かれらのこの命題をかりておおよその構図をえがいてみよう▼7。
(1)社会は人間の産物である――欲求や特定の意図を共同生活のなかで実現しようとする人間たちのさまざまな行為が類型的に集積されることによって、社会関係.社会集団・社会制度・社会構造が結晶化する。
(2)社会は客観的な現実である――結晶化した社会的現実が客体化して、個人にとって外在的で拘束的かつ強制的な社会的事実に転化する。この段階で、人間がそれらをつくっているということがみえなくなる物象化が生じる。
(3)人間は社会の産物である――人間はまず子どもとして社会から教育を受け、さらに大人になっても社会的現実との交渉のなかでアイデンティティを形成する。このプロセスのなかで〈客観的現実としての社会〉が個人の意識に投げかえされ、〈主観的現実としての社会〉を構成する。
これらは時間の順番ではなく、あくまでも同時に存在する三つの契機である。要するに、社会は人間によって創造されるが、逆にまた人間を創造するのであり、人間は社会形成を媒介にみずからをつくりだす。
人間と社会をこのようにとらえることを「弁証法」という。人間と社会の弁証法的把握の古典例として、マルクスの「社会そのものが人間を人間として生産するのと同じように、社会は人間によって生産されている」という一節をあげることができる▼8。この問題関心は「個人と社会」という社会学の古典的問題として論じられてきた。最新の社会理論のなかでは、アンソニー・ギデンスの構造化論における「構造の二重性」概念や、方向性は異なるがピエール・ブルデューなどにもその展開例をみることができる▼9。
社会をこのような人間の主体的な行為の集積としてとらえるという発想は、まさに社会学が独自に発想し苦慮しつつ理論的基盤をきずいてきた重要な伝統である。社会学はこの点で、よそよそしいモノとしてわたしたちに立ちはだかる社会を、わたしたち人間の側に取り戻そうとする科学なのである。
▼1 わかりやすい比較としては、R・ベンディックス「社会学の二つの伝統」R・ベンディックス、G・ロート、柳父圀近訳『学問と党派性――マックス・ウェーバー論考』(みすず書房一九七五年)。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)七六ページ。また「第二版への序文」では「諸個人のみが社会における能動的な要素であるというのは確かである」とものべている。前掲訳書二〇ページ。
▼3 デュルケムの代表的な定義を示しておこう。「社会的事実とは、固定されていると否とを問わず、個人のうえに外部的な拘束をおよぼすことができ、さらにいえば、固有の存在をもちながら所与の社会の範囲内に一般的にひろがり、その個人的な表現物からは独立しているいっさいの行為様式のことである。」前掲訳書六九ページ。
▼4 マックス・ウェーバー、海老原明夫・中野敏男訳『理解社会学のカテゴリー』(未来社一九九〇年)三八ページ。『社会学の基礎概念』第一節第九項と第三節参照。最後にあげた節ではつぎのようにのべている。「たとえば、『国家』というものは、ある種の、有意味的に方向づけられた社会的行為が経過するというチャンスが消滅するやいなや、社会学的には『存在する』のを止める。」マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)四〇ページ。これと同様の見解はジンメルにもみられる。かれはいう、「われわれが国家や法や制度や流行などの本質的特徴や発展について触れるさいに、それらをあたかも統一的な実在であるかのように取り扱うということは、一つの方法上の救済策にすぎない」と。大鐘武訳編『ジンメル初期社会学論集』(恒星社厚生閣一九八六年)三〇ページ。
▼5 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)九七ぺージ。
▼6 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常生活の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一〇五ページ。
▼7 前掲訳書。
▼8 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)一三三ページ。
▼9 「構造の二重性」についてギデンスはつぎのようにのべている。「構造は実践の再生産の媒体であるとともに帰結でもある。構造は行為主体と社会的実践の構成のなかに同時に入り込んでおり、この構成を生成する契機のなかに『存在』するのである。」アンソニー・ギデンス、友枝敏雄・今田高俊・森重雄訳『社会理論の最前線』(ハーベスト社一九八九年)五ページ。ブルデューについては、インタヴュー構成によってわかりやすく語られた本が訳されているので、そちらを参照のこと。ピエール・ブルデュー、石崎晴己訳『構造と実践――ブルデュー自身によるブルデュー』(新評論一九八八年)。
3-2 動機を理解すること
動機の理解
歴史的社会の形成者として人間をとらえるという発想からでてくることは、社会を解明するためには、それをこれまで支えてきた・または現に支えている人びとの〈意味の世界〉にまでメスをいれる必要があるということだ。
人間が動物と決定的にちがうところは、人間が徹頭徹尾〈意味の世界〉に生きていることだ。わたしたちがなにか行動をおこすとき、意識するとしないとにかかわらず、なにか理由があるはずである。なにか目的を達成するためかもしれないし、自分たちの正義や思想や信仰にしたがって活動しているのかもしれないし、その場の感情や気分による気まぐれなふるまいかもしれない、また、身についた習慣によるなにげないしぐさかもしれない。セックスや食事をふくめて人間の行動は動物のようにただ本能にもとづくものではない。このような行為の理由は、人間独自の意味的現象に関わる。人間は〈意味の世界〉に生きている唯一の動物として行為している。
このような行為の理由のことを社会学では「主観的意味」(subjektiver Sinn)とか「動機」(Motiv)と呼んでいる。これもウェーバーの用語である。
たとえば「大学への進学志望者が多くなった」というデータがあっても、なぜそうなったかを分析する場合、ひとりひとりの個人がどんな動機で進学したいと考えているのか、またそう考える社会的背景や経済事情・文化環境を理解しなければならないだろう。当事者があげる理由としては「勉強してリッチな生活をするため」「弁護士や建築士など特定の職業につく資格をえるため」といった目的に即したものもあるだろうし、「みんなが行くから」とか「行かないとカッコ悪いから」「親がうるさいから」といった模倣的なものや社会的圧力[プレッシャー]によるものもあるだろう。また「まだ働きたくないから」という執行猶予的な動機も大いに考えられる。ことによると「なりゆきで」といった主体性のない理由をあげる人もいるかもしれない。行為の主観的意味もしくは動機を理解することは、いわば〈心のひだ〉に入り込んでいくわけで、「なりゆきで」という理由に典型的にあらわれているように、行為者自身がかならずしも自分の動機を正確につかんでいるとはかぎらない。自分という存在は多くの人にとってブラックボックスになっているからである。
動機とはなにか
また動機については別の問題もある。動機というと、警察の取り調べで追及されるあの「動機」を思い浮かべる人がいるかもしれない。たとえば少年が非行に走る動機としてよく取りざたされるものに「授業がわからない」とか「学校がおもしろくない」というのがある。だから「教師が悪い」「学校が悪い」と管理教育批判が始まるわけだが、そのような理由は警察や行政当局などの統制者側に理解しやすい形での表明にすぎないという▼1。それはむしろ非行の結果であって、社会が非行と呼ぶ一連の行動をみちびきだしている特定の「主観的意味」をかならずしもあらわしてはいない。意識調査やアンケートをして安直にきめつけることの危険性はここにある。
この点について若干補足しておこう。アメリカの社会学者ライト・ミルズによれば、通常わたしたちが「動機」と呼ぶものは、行為の原動力となる内的状態というよりは、人びとが自分や他人の行為を解釈し説明するための類型的なボキャブラリーだという。たとえば「あれはジェラシィのためだ」とか「金もうけだ」とか「自分のプライドを守るためだ」とか「性的な欲望を満たすため」「家族のため」というように。わたしたちは社会のなかのパターン化された〈動機のリスト〉を共有していて、自分の行為を弁明したり正当化したりするときに、それら既成のボキャブラリーのなかから適当なもの――相手が納得しやすいもの――をみつくろって相手に提示する。また他人の行為についても同様にして納得したり詮索したりする。だから「適切な動機」とは「問う人を満足させる動機」にほかならない。まさに「動機とは合言葉である。」したがって「『ほんとうの』動機」を解明することは予想以上にむずかしいことなのである▼2。
状況の定義
行為者の主観的意味を理解する上で重要な問題は、行為者自身が現実をどのように認識しているか・意味づけしているか・定義しているかである。それによって同じような状況でも具体的な行為がちがってくるからである。行為者が現実をどう意味づけているかを社会学では「状況の定義」(definition of situations)と呼ぶ。これはアメリカの社会学者ウィリアム・I・トマスの概念である。主観的意味の世界を理解しようとすれば、当然、行為者の状況の定義を解明しなければならない。
たとえば、犯罪・非行・不登校・高校中退などの社会現象の場合、当事者が現実をどのように意味づけているかが決定的に重要な要素である。しかも、かれらの状況の定義は、取り締まり・管理・指導する側の状況の定義とかみあわず、しばしば根本的に決裂している。したがって、統制者側の視点で当事者たちの行為を理解することはじっさいには不可能なはずだが、これを不用意にもちこむことは科学的分析にとってとても危険な誘惑となる。これは企業犯罪や政治犯罪にかかわるエリートたちの状況の定義が一般市民の状況の定義と著しく異なるのとまったく同じ構図であり、一般市民の視点からかれらを断罪しても、問題はなんら解明されないのである。いずれにせよ、あくまで当事者の主観的意味に迫らなければならない。
また、当事者による状況の定義づけを重視していけば、ある行為をしないのもれっきとした行為としてみえてくる。たとえば、精神薄弱や肢体不自由な児童のための教育施設である養護学校を拒否する親の行為も、かつては行政側の意味づけとはまったく異なる状況の定義――たとえば「ここに通うことは、いわゆる〈ふつう〉の子でなくなることだ」という定義づけ――にもとづいていた▼3。同じように生活保護を受けることで「〈ふつう〉の市民」でなくなってしまうと考えて、本来は権利である生活保護を受けない高齢者もいた▼4。また日本では精神科を受診すること自体が「精神病」のレッテルを貼られかねないので、重篤にいたるまで放置することが多く、そのため回復が困難になることも多いという。
▼1 佐藤郁也『暴走族のエスノグラフィー――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜杜一九八四年)による。また、同様のことを「プロ教師の会」の諏訪哲二ものべている。「私たちが何らかの行動をしたり態度をとったりするとき、そこに『ことば化される意識』で捉えられる理由や根拠があることなど、なかなかありはしない。それと同様に、非行生徒自身もどうして自分が『非行』をしてしまったかよくわかっていないのだ。それを無理矢理ことばでしゃべらせようとすれば、『勉強がわかんなかったから』とか『今朝親とケンカしてムシャクシャしたから』というような、いかにも教師が納得してしまうようなことばが出てくるだけである。」諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六六ページ。
▼2 ライト・ミルズ、田中義久訳「状況化された行為と動機の語彙」I・L.ホロビッツ編、青井和夫・本間康平監訳『権力・政治・民衆』(みすず書房一九七一年)。ガース、ミルズ、古城利明・杉森創吉訳『性格と社会構造――社会制度の心理学』(青木書店一九七〇年)の「V動機づけの社会学」参照。
▼3 最近では、健常者と共学させることが教育方法としてすぐれているという考え方で養護学校もしくは特殊学級を拒否するケースが増えているようだ。この考え方を「ノーマライゼイション」といい、高齢者や障害者を施設へ隔離・分断することを拒否する思想である。
▼4 生活保護申請の手続きに町内の生活委員が関与するため、結果的に生活保護を申請したことが地域の人に知られてしまう。このことが申請をためらわせる大きな要因になっていた。
3-3 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
「プロ倫」とは
すでにふれてきたように、さまざまな社会的事実を人間の行為にまで還元してその主観的意味[動機]を探るべきだと提唱した代表的な社会学者がマックス・ウェーバーだった。「理解社会学」(verstehende Soziologie)と呼ばれるウェーバーの社会学構想については省略するとして、ここではかれの壮大な具体的事例研究を紹介してそれにかえよう。第二章で紹介した『宗教社会学論集』(全三巻)におさめられている「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」――通称「プロ倫」という――がそれである▼1。
(1)問題提起――ウェーバーが「プロ倫」を書きはじめた一九〇四年あたりの初発的な問題関心は、近代資本主義の根源の探究にあった。これはのちの一九一九年に『宗教社会学論集』のために改訂されるが、そのときウェーバーの問題関心は、近代資本主義だけでなくそれをふくむ西欧の壮大な合理化過程に拡大され、その人間的な起動力の解明を構想するものとなっていた。いずれにしても「プロ倫」であつかうテーマは明確である。すなわち「インド・中国・イスラムなど高い文明をもっていた文化圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界にのみ近代資本主義が成立したか?」である。
(2)資本主義と近代資本主義――ウェーバーによると資本主義は中国にもインドにもバビロンにも古典古代にも中世にも存在した。高利貸し・軍需品調達業者・徴税請負業者・大商人・大金融業者たちの「資本主義」である。しかし、これらと西ヨーロッパおよびアメリカの「近代資本主義」――より正確には「近代の合理的・経営的資本主義」――とは決定的に異なっていた。後者は簿記を土台として営まれる合理的な産業経営の上になりたつ利潤追求の営みであり、これは大量現象としては西欧近代にのみ発生したものだったのである。
(3)資本主義の精神――近代資本主義を推進させた原動力をウェーバーは「資本主義の精神」と呼ぶ。かれは論文改訂後「行為への実践的起動力」という意味で「エートス」ということばを使っている▼2。ウェーバーが「資本主義の精神」の典型的事例として掲げるのは有名なベンジャミン・フランクリンの処世訓、俗にいう「時は金なり」である。「時間は貨幣だ」「信用は貨幣だ」「貨幣は繁殖し子を生むものだ」といったことを忘れるなと説くフランクリンのことばの特徴は、「信用のできる立派な人という理想、とりわけ自分の資本を増加させることを自己目的と考えるのが各人の義務だという思想」である▼3。そこで表明されているのが「資本主義のエートス」であるとウェーバーはいう。「『資本主義』は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした『資本主義』にはいま述べたような独自のエートスが欠けていたのだ▼4。」このように、正当な利潤を天職として組織的かつ合理的に追求する信念にほかならない「資本主義の精神」が、たんに経営者だけでなく労働者にもひとしく分有されていることが近代資本主義の大前提なのだ▼5。「あたかも労働が絶対的な自己目的――《Beruf》「天職」――であるかのように励むという心情が一般に必要となるからだ。しかし、こうした心情は、決して、人間が生まれつきもっているものではない▼6。」というのも伝統主義的な生活態度であれば、人は習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手にいれることだけを願うにすぎない。この伝統主義を突破させたものはなにか。それをウェーバーは長年の宗教教育に求める。宗教といってもキリスト教全般ではない。宗教改革以降のプロテスタンティズムのそれである。
(4)禁欲的プロテスタンティズム――プロテスタンティズムは一六世紀ルターの宗教改革の影響で生まれ、西ヨーロッパおよびアメリカで盛んになった反カトリック教会の諸派のことである。聖書を徹底的に重視する点で、ローマ・カトリック教会およびロシア正教会と異なる。英語圏ではピューリタニズムとも呼ばれる。このプロテスタンティズムと「資本主義の精神」とをつなぐのは「禁欲」という概念である。だから、ウェーバーは正確には「禁欲的プロテスタンティズム」と呼ぶ。この禁欲的プロテスタンティズムの原点となっているのはカルヴィニズムの「恩恵による選びの教説」つまり予定説である。カルヴァンによるこのきわめてラディカルな思想によると、神は永遠の生命をあたえた人間をすでに選び、他の人間は永遠の死滅に予定したという。だれが永遠の生命に予定されているかは神のみぞ知る。しかも人間がそれを変えることは絶対不可能だと。これによって人びとは救済の道をいっさい絶たれることになる。聖書も助けえない、教会も助けえない、神さえも助けえない。「人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在する」と考えるこの悲壮な教説は、人びとを絶対的な孤独と不安へ陥らせた。ウェーバーは「個々人のかつてみない内面的孤独の感情」とこれを表現する▼7。
(5)天職――こうしてプロテスタントにとって自分が神から選ばれているか否かが最大の問題となったとき、かれらに残された道はたったひとつだった。まず「誰もが自分は選ばれているのだとあくまでも考えて、すべての疑惑を悪魔の誘惑として斥ける」つまり自己確信をもつこと。そして自己確信を獲得するために「絶え間ない職業労働」にいそしむことである。なぜ職業労働かというと、ルターが聖書翻訳のさい「天職」(Beruf)概念を導入して以来、プロテスタントにとって世俗の職業は神が各人に与えた使命であり、職業労働につとめることがイコール「神の栄光をます」こととされていたからだ。こうして切実な宗教的不安を解消しようとする強烈なエネルギーが職業労働に向けられることになった。
(6)世俗内禁欲――もうけることが目的ではなく、ひたすら神の意志に合わせてみずからを職業人=天職人として自己形成する行為としての職業労働を中心とした生活。欲望や快楽や気まぐれや怠惰にしたがう自然のままの生活ではこれは実現できない。禁欲的に日常の生活をすみずみまでコントロールしなければならない。こうして、かつてはカトリックの修道院のなかでのみなされていた禁欲的生活が、今度は世俗内でおこなわれるようになった。これを「世俗内禁欲」という。「来世を目指しつつ世俗の内部で行われる生活態度の合理化、これこそが禁欲的プロテスタンティズムの天職観念が作り出したものだったのだ▼8。」
(7)近代資本主義――世俗内禁欲にもとづく積極的かつ合理的な職業活動は、皮肉にも小商品生産者を結果的にもうけさせることになった。なぜなら、かれらは利益の少ない一定の低価格で良い商品を規則正しく販売し正直な取引をしたからだ。これがおなじみの顧客をつかむことになったのだ。こうしてえられた富は天職の結果なのだから神の恩恵として認められた。しかし、かれらは貴族的消費を嫌悪していたから、この富は必然的に投資に向けられることになる。こうして期せずして資本が形成され、合理的産業経営の機構組織がつくりあげられた。このあたりのメンタリティが「資本主義の精神」にほかならない。資本主義の離陸もここからはじまる。ところが、ひとたび資本が形成され、合理的機構がつくられると、今度はそれらが利潤を要求し、合理的な経営をしなければならなくなってくる。それまで内面的な宗教倫理によってなされてきたことが、「資本主義の精神」を経て、やがて経済的強制にとってかわる。こうしてわたしたちのよく知っている鋼鉄のような近代資本主義となる。ウェーバーは最後につぎのようにのべている。「ピュウリタンは天職人たらんと欲した――われわれは天職人たらざるをえない。というのは、禁欲は修道士の小部屋から職業生活のただ中に移されて、世俗内的道徳を支配しはじめるとともに、こんどは、非有機的・機械的生産の技術的・経済的条件に結びつけられた近代的経済秩序の、あの強力な秩序界[コスモス]を作り上げるのに力を貸すことになったからだ。そして、この秩序界は現在、圧倒的な力をもって、その機構の中に入りこんでくる一切の諸個人――直接経済的営利にたずさわる人びとだけでなく――の生活のスタイルを決定しているし、おそらく将来も、化石化した燃料の最後の一片が燃えつきるまで決定しつづけるだろう▼9。」
理念と利害
以上のようなウェーバーの説はきわめてセンセーショナルなもので、当時大論争を呼び起こした。その理由は大きくわけてふたつあった。ひとつはその逆説性だ。一般の常識では、まず「もうけたい」という営利本能があって、そこから活発な職業活動をへて資本形成にいたると考える。ところが、ウェーバーの理論はその逆をいく。もうけることを罪悪として嫌っていたもっとも禁欲的な人びとが宗教的な動機から職業労働に励むことで資本形成への道を歩みだし、結果的に経済的合理主義を生みだしたというのだから。これは当時の常識に対してかなり意表をついていた。
第二に史的唯物論との対決という論点があった。ウェーバーは史的唯物論の基本的な考え方――「存在が意識を規定する」つまり物質的利害=経済がいっさいの歴史を左右する――をある程度は認めつつも、その限界点をつく。それは理念の果たす歴史的役割の重要性についてである。この点を明確にのべた有名なフレーズを紹介しておこう。「人間の行為を直接に支配するものは、利害(物質的ならびに観念的な)であって理念ではない。しかし、『理念』によってつくりだされた『世界像』は、きわめてしばしば転轍手として軌道を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミズムが人間の行為を押し進めてきたのである▼10。」「転轍手」とは線路のポイント切り替え装置のことだ。つまり、理念という転轍手が、人間の行為という列車の進む方向を決める役割を果たすことがあるというわけだ。「プロ倫」はまさにその一事例なのである。
しかし、かといって「資本主義の精神」が宗教改革の一定の影響の結末としてのみ発生しえたとか、また、経済制度としての資本主義はもっぱら宗教改革の産物だなどと主張しているわけではない▼11。かれ自身があちこちで強調しているように、「プロ倫」で提示したのは複合的な因果連鎖のひとくさりにすぎない。
方法としての「理解」
主観的な〈意味の世界〉がまさにブレイクスルー[突破]となるプロセスをスリリングにえがいた「プロ倫」は、人間の意味世界の探求を媒介に歴史的社会の潮流を探る画期的な研究だった。この点で「プロ倫」が理解社会学の具体的展開事例であることを再度確認しておきたい。
結局社会現象が自然現象とちがうところは、人間の主観的意味に深く規定されていることである。たとえば台風の進路のような自然現象は、外的に観察できるさまざまな気象条件から解明されるにとどまる。それに対して、社会現象の方は外的観察に加えて、行為者の主観的意味を理解することによってより因果関係が明瞭に説明できる可能性がうまれる。その意味で「理解」の方法は社会学にとって独自の分析装置となるものである▼12。
そのさい、主観的意味は単独に存在するものではなく、広い社会的文脈に位置づけられなければならない。これを「意味連関」という。理解社会学では意味連関を知的に理解することが〈説明〉になる。「プロ倫」でいえば「自分は天国に行けるかどうか」という禁欲的プロテスタントたちの孤独な不安が「主観的意味」にあたり、そういう心理を導いた天職観念などがさしあたりの「意味連関」に相当する。また世俗内での禁欲的生活という行為は、中世キリスト教の修道院制度における世俗外禁欲にその淵源をもち、その源泉はさらに古代ユダヤ教の預言にまでさかのぼりうる。こうした歴史的な意味連関をたどらなければ、その主観的意味は十分説明できないというわけである。
以上のかんたんな紹介からも、理解社会学がたんなる心理学ではないことがわかると思う。生理的本能や身体的環境を絶対視してその関数としてしか人間の心理をみようとしない非歴史的な心理学主義への傾斜の誘惑はたえず存在するけれども、これに抗することが理解社会学に課せられたもうひとつの使命でもある。
▼1 ウェーバーについての研究論文では「倫理」論文と呼ばれることが多い。訳書は、マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)。旧訳を全面的に改訳した新版。格段に読みやすくなって知的スリルをかんたんに味わえるようになった。解説も初心者向きに徹して秀逸。これから社会学を勉強する人は幸せである。なお、研究者によって「ウェーバー」と表記される場合と「ヴェーバー」と表記される場合とがある。本書ではおもに社会学系の慣用にしたがって「ウェーバー」に統一した。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)三四ページ。
▼3 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』四三ページ。
▼4 前掲訳書四五ページ。
▼5 前掲訳書七二ぺージ。
▼6 前掲訳書六七ページ。なお、ここで「心情」と訳されているGesinnungは、むしろ「信念」と訳されるべき概念である。阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)および岡澤憲一郎『マックス・ウェーバーとエートス』(文化書房博文社一九九〇年)参照。
▼7 前掲訳書一五六ページ。
▼8 前掲訳書二八七ページ。なお、ここで「世俗」と訳されるWeltは「現世」の意味でもあるので、「現世内禁欲」とも訳される。以下の記述における「世俗」も同様。
▼9 前掲訳書三六五ページ。
▼10 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書五八ページ。
▼11 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三五ページ。
▼12 1-3参照。
3-4 「文化の悲劇」と「意味喪失」
行為の主観的意味と客観的結果
巨大な組織や強力な権力、国家をこえてゆきわたる資本主義のような社会体制を考えると、個人ひとりひとりはずいぶんちっぽけな存在に思える。事実、それらは個人の力ではどうしようもなく大きな力をもっている。わたしたちはそれについ圧倒されてしまう。しかし、それらを現実につくりだし、かつ支えつづけているのは、まぎれもなく個人個人の思いをこめた行為なのだ。社会的事実・社会現象をいったん人間の行為にまでさかのぼって、そこに働いている〈意味の世界〉を理解すること――すでに確認したように、これが社会学独自の有力な方法である。
とはいうものの、これはけっこうむずかしい作業である。というのは、人びとの主観的意味とそれがもたらす客観的結果とがしばしばくいちがうからである。
「プロ倫」でも、プロテスタントたちは社会を資本主義的に改造するために禁欲的に職業活動に励んだのではなかった。ただひたすら魂の救済を望んでいただけである。かれらの、主観的意味とは別に、その行為の集積が資本の蓄積をもたらし、他のさまざまなファクターと複合することによって、強力な自律性をもった資本主義という巨大な経済システムを離陸させる結果となったのである。つまりそれは「意図せざる結果」だった▼1。
「軸の転回」と「文化の悲劇」
社会形成のプロセスにとって「意図せざる結果」はつきものだ。なぜなら、そこにはかならず「軸の転回」(Achsendrehung)と呼ばれる現象が生じるからである。「軸の転回」とは、もともとの目的や意図などの内容をふくんだ生の全体から、しだいに形式が分離し、やがて自律性をもつようになることだ。これ自体は社会形成の必然的なプロセスである▼2。
たとえば、「生きるため」という実践的目的の知識から自己目的的な学問=科学が生じるように、生活全体に融合していた美的要素や遊びから芸術やゲームといった活動が自立するように、また諸個人の活動を相互に規制しあう調整から法が自立するように、そして経済の純粋な手段としての貨幣が今度は絶対目的としての貨幣に転換するように、もともと目的を達成するために生じた媒介手段が、自己目的をもった自律的世界へと転回してしまうことである。
問題なのは、この「軸の転回」が「文化の悲劇」と呼ばれる事態と表裏一体だということだ。
よく手作りの市民運動が大きくなりすぎて「こんなはずじゃなかった」ということがある。また個人経営の会社が大資本の株式会社に成長したために、創業者とその経営理念がじっさいの経営から排除されることも少なくない▼3。「文化の悲劇」とはこのような逆転現象をもっとマクロにとらえた概念である▼4。
「文化の悲劇」のもっとも典型的な事例は、原子力であり、公害であり、戦争である。こうした直接的な悲劇性とともに、官僚制や法の非人格性といった、システムの自律性の結果としての「文化の悲劇」も重要である。トップでさえ思うようにならない巨大組織や社会体制の問題が、現代社会のさまざまなひずみを生みだしている事実は、周知のことである。
ウェーバーの意味喪失問題
このような見方はウェーバーにも共通している。いや、むしろウェーバーはこのようなジンメルの洞察をニーチェの哲学とともにうけついだのだというべきであろう。それはたとえばつぎのような発言にはっきりあらわれている。「はじめ偉大な世界観から出発した結合体が、事実上ますますもとの世界観から離れていくような機構となる、そういうことがあります。こうした事態は、よくいわれるようなあの『悲劇』、すなわち、現実のなかに理念を実現しようとする企てがいつも落ちこむところの一般的な『悲劇』にまったく近いことがらです▼5。」このあたりの事情はアーサー・ミッツマンによってつぎのように明確に表現されている。「非常に立場の近い友人ゲオルク・ジンメルは、『主観的』精神に対する『客観的』精神の不可避的な勝利という考え、すなわち、創る人間に対して創られた物が勝利を収めるという考えをウェーバーに与え、ウェーバーはそれを彼の社会学の中で見事に使いこなした。たしかに、ウェーバーの業績は、政治的宗教的なイデオロギーおよび制度の歴史に対するジンメルの洞察を多くの点においていっそう掘り下げて応用したものと解しうるであろう。――すなわち物象化の社会学▼6。」
ウェーバーがジンメルの「文化の悲劇」概念をうけつぐなかでつけくわえた強調点のひとつに「意味喪失問題」がある。ウェーバーはいう。「『文化』なるものはすべて、自然的生活の有機的循環から人間が抜け出ていくことであって、そしてまさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく▼7」と。
その典型的事例がほかならぬ近代科学である。科学は「われわれはなにをなすべきか、いかにわれわれは生きるべきか」というトルストイ的問いに対してなにも答えない。これらは問題外とされる。これについてウェーバーは近代医学を例にあげている。医学は著しい発達をとげた。しかし、その前提には生命の保持という単純な前提があるのみで、生きる意味も死ぬ意味も問題外である。一般に自然科学は、もし人生を技術的に支配したいと思うならばわれわれはどうすべきであるか、という問いにたいしてはわれわれに答えてくれる。しかし、そもそもそれが技術的に支配されるべきかどうか、またそのことをわれわれが欲するかどうか、ということ、さらにまたそうすることがなにか特別の意義をもつかどうかということ、――こうしたことについてはなんらの解決をも与えず、あるいはむしろこれをその当然の前提とするのである▼8。」「生の質」や「死」を排除してきた従来の医学に対する批判と反省が今日の医療現場において噴出していることを思うと、ウェーバーの指摘は現代に響くものをもっている▼9。
ところで「プロ倫」の末尾の方でウェーバーはつぎの有名な一節を残している。それをみてこの節を終えることにしよう。「将来この鉄の檻の中に住むものは誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現われるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも――そのどちらでもなくて――一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にも分からない。それはそれとして、こうした文化発展の最後に現われる『末人たち』》letzte Menschen 《にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。『精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう』と。――▼10」近代社会の物象化傾向に対するペシミスティックな展望をここにみることができる。
▼1 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三四ページ。
▼2 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)七八ぺージ-八一ページ。
▼3 このような「悲劇」についてはジョージ・オーウェルの強烈な批評眼による寓話的小説『動物農場』を読んで考えてほしい。高畠文夫訳『動物農場』(角川文庫一九七二年)。なおオーウェルという作家自体もたいへんおもしろい存在でかれの生き方と思想そのものが良質の社会学的テキストだと思う。この訳書に付せられた五〇ページにおよぶ訳者の解説はもっとも安価なオーウェル伝記であり、これでオーウェルについて入門してもらいたい。
▼4 ゲオルク・ジンメル、阿閉吉男訳「文化の概念と悲劇」阿閉吉男編訳『文化論』(文化書房博文社一九八七年)。
▼5 ドイツ社会学会第一同大会におけるウェーバーの「会務報告」。マックス・ウェーバー、中村貞二訳「ドイツ社会学会の立場と課題」完訳世界の大思想1『ウェーバー社会科学論集』(河出書房新社一九八二年)二二七-二二八ぺージ。
▼6 A・ミッツマン、安藤英治訳『鉄の檻――マックス・ウェーバー 一つの人間劇』(創文社一九七五年)一六四ページ。ただし、訳文中「ジムメル」とあるのを「ジンメル」に改めた。
▼7 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書一五八-九ぺージ。この点についてはユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』第二章第四節(1)「同時代診断の二つの契機――意味喪失と自由喪失」参照。
▼8 マックス・ウェーバー、尾高邦雄訳『職業としての学問』(改訳版・岩波文庫一九八〇年)四五ページ。タイトルの「職業」とはBeruf「天職」のこと。本書はウェーバーが一九一七年におこなった講演。『職業としての政治』とともに社会系学生の必読書。このふたつの講演についてくわしく解説したものとして、W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)第二章がある。講演のおこなわれた年についてもこの論文に準拠した。
▼9 医療については第二三章でくわしく検討する。ここではさしあたりウェーバーの抽象化されたことばを具体的に理解してもらうために医療現場の実態をえがいたルポルタージュを紹介しておく。保阪正康『日本の医療――バラ色の高齢化社会は崩壊するか…』(朝日ソノラマ一九八九年)。
▼10 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書三六六ページ。なお、ここで引用されている「心情のない享楽人」も、すでにのべたように「信念のない享楽人」と理解すべきである。
3-5 コミュニケーション過程としての社会
社会のラングとパロール
ウェーバーがこのような壮大なスケールで理解社会学的研究を試みていたとき、ジンメルは日々の微細な活動に注目する形で社会を人間的意味の世界としてときほどこうとしていた。
ジンメルによると、社会とは本質的には「諸個人間の心的相互作用」だという。これが反復的になされ、さらに緊密化して恒久的な枠組や組織――これを「社会形象」という――へと結晶化するのである。肉体にたとえると、社会形象は心臓・肺・肝臓.胃などにあたる。資本や国家や宗教のような制度とか社会的事実のことである。ところが、ひとたび結晶化した社会形象においても、この心的相互作用は脈拍のようにたえず運動しつづけており、それによってそれぞれの社会形象に統一性と弾力性をあたえている。それは臓器だけでは生命にならず血がかよっていなければ生きられないのと同じである。
したがって、社会にはふたつの相があるといえる。第一に社会形象に結晶化する相。第二に社会形象をいきづかせている働きの相。ジンメルは後者の側面を「生起としての社会」と呼んで重要視した最初の社会学者である。
これを別のメタファーで説明しなおしてみよう。まず、社会は言語のようなものだと思ってほしい。ソシュール以来の言語学によると、言語活動[ランガージュ]はラング(lang)とパロール(parol)のふたつの側面をもっている。ラングは言語活動の制度的な側面であり、パロールは特定の話者によって発せられた具体音の連続――すなわち「語られたことば」つまり「おしゃべり」――である。ラングは言語のあるべき規範、パロールは個人個人によるその具体的な運用といっていいだろう。ラングを共有しているからこそ個々のパロールが成立する。他方、個々のパロールが結果的に規範としてのラングを実現し、ときにはラングを変容させる。これがラングとパロールの関係である。
社会にもラングとパロールの相がある。つまり、ラングの側面とは物象化傾向をもつ〈客観的現実としての社会〉だ。こちらの方ばかりをみつめているとウェーバーのようにペシミスティックになってしまうが、社会には別の局面も存在している。それがパロールの相だ。こちらの方は流動的なダイナミズムにみちている。ジンメルはそれをつぎのように表現する。「ひとびとがたがいに目をかわしたり、たがいにねたみあったり、たがいに手紙を出しあうかそれとも昼食をともにしたり、たがいにすべての、はっきりした利害を離れて同情的にふれあうかそれとも反目してふれあったり、利他的行為にたいする感謝からさらに離れがたい結合が生まれたり、他人に道をたずねたり、たがいに装いをこらして着飾ったりすること――これらの例はすべてまったく偶然に選び出したものであるけれども、数多くの、人から人へとおこなわれる関係である▼1。」ジンメルはそれらが結晶化して組織や制度などの社会的事実になることもあるし、ならないときでも「なお諸個人を結びあわせる永遠の流動であり、脈拍である」とする。社会といっても実在するのはこのような諸個人間の相互作用であり、モノのような「実体」ではなく「生起」だという。これが社会生活に強靱さ・弾力性・多様性・統一性をあたえているのだという▼2。だからこそ「人間のあいだの微細な関係、つまりはしなやかな糸を発見すること」が社会学の重要な課題となる▼3。
まとめてみよう。「人間が社会をつくる」といっても、これにはふたつの側面があるということだ。
(1)ラングの局面――社会形象
(2)パロールの局面――生起としての社会
ジンメル以降の社会学には、このような社会のパロールの局面を重視する系譜がある。その系譜においては、「生起としての社会」のかわりに、主として「生活世界」(Lebenswelt,life-world)という概念がもちいられてきた。総じて「日常生活における意味の世界」と考えてもらえばいい。前掲引用文においてジンメルは比喩的に「脈拍」と呼んでいる。この局面では微視的なコミュニケーションのプロセスが問題として浮上する。
都市社会におけるさまざまな意味世界
個人間のコミュニケーションの微視的世界に最初に注目したのはジンメルだが、それはやがて二十世紀初頭シカゴ大学に集まった社会学者たちによって実証的に展開されることになり、一九六〇年代以降ふたたびアメリカ社会学の大きな潮流にさえなった。そのような研究のなかからいくつか紹介しよう▼4。
たとえば、さきほど「状況の定義」概念の提唱者として紹介したトマスは、ポーランド出身のフローリアン・W・ズナニエツキと協力して、膨大な第一次資料をふくむ『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(全五巻)を公にしている。これは二十世紀初頭のアメリカで社会問題になっていた移民問題を、そのひとつの構成員だったポーランド農民に焦点を当てて、かれらの生活世界を解明しようとしたものである。そのさいトマスらが使った手法は、移民新聞などに広告をだして、ありったけの第一次資料つまり農民たちの日記・手紙・生活史をつづった詳細な手記・新聞記事・法廷記録・クラブの活動記録などを収集し、そこにあらわれているさまざまな生活世界を解読することだった。このようなあらかじめデザインされていない主観的な資料群のことを「ヒューマン・ドキュメント」(human document)という。これは統計調査や社会福祉的な行政調査などではくみとれないヴィヴィッドかつ繊細な意味世界を発見するためにとられた大胆な手法だった。以後この調査は、シカゴ大学の研究者によってさかんになされた社会調査の出発点となり、大きな影響をおよぼすことになる▼5。
トマスはシカゴ大学社会学科にいた。ここはアメリカで最初に社会学部が創設されたところであり、アメリカ社会学の水準を押し上げたそうそうたる研究者が集まっていた。なかでも注目されるべき人物としてロバート・E・パークがいる。かれは五十歳近くになってシカゴ大学に招かれる以前に、ジャーナリストとして活躍したのち、ドイツ留学を経て、ながらく黒人解放運動にさずさわってきた人物だった。「都市は、人間性と社会過程を、もっとも有効かつ有利に研究しうる実験室である」というかれの有名なことばは今日でも都市社会学の出発点となっているが、この考え方によると、社会学者は書斎ではなく街にでなければ実のある研究はできないということになる▼6。こうしてパークの弟子たちは続々とシカゴの街なかに深く分け入っていった。その成果をいくつかひろってみよう。
ネルス・アンダーソンの『ホボ――ホームレスの社会学』(一九二二年)――日雇いの渡り労働者や浮浪者の世界を克明にえがく▼7。
フレデリック・M・スラッシャーの『ギャング――シカゴにおける一三一三人のギャングの研究』(一九二七年)――膨大な少年ギャングを七年ごしに観察しかれらの集団内の役割構造[「リーダー」「企画指導者」「おどけた少年」「弱虫」「自慢家」「身代わり」など]や居住地の分布を分析。
ルイス・ワースの『ゲットー』(一九二八年)――ゲットーとは自然発生的にできたユダヤ人地区のこと。そこにおけるユダヤ人の生活制度を分析した▼8。
クリフォード・R・ショウの『ジャック・ローラ――非行少年自身による話』(一九三〇年)――ポーランド系の一非行少年との六年ごしのつきあいのなかで、かれ自身による五万字の生活史の記録をつくってもらい非行の遍歴過程を詳細に分析。ジャック・ローラーとは「かっぱらい」のこと。その続編として『非行歴の自然史』(一九三一年)『非行の仲間』(一九三八年)▼9。
P・G・クレッシーの『タクシー・ダンスホール――商業的娯楽と都市生活の社会学的研究』(一九三二年)――時間ぎめで客の男に雇われるダンサーたちと客とのやりとりをえがく。
エドウィン・H・サザーランド『プロの窃盗犯』(一九三七年)――盗みのプロは、危険を避け、もみ消しなどの戦術を駆使することによって刑罰を回避する。そして、回避できるほど仲間内の地位が上がる。金と安全性をめぐる窃盗のプロたちの成熟した文化を記述▼10。
これらは一九二〇年代から一九三〇年代にかけてなされたおもな調査研究――正確には「モノグラフ」と呼ばれるもので、調査方法が民族誌的であることから「エスノグラフィー」とも呼ばれる――である。いずれも研究対象の集団のなかにみずから入っていって、人びとの微細かつ繊細な人間関係のありようや内的な感情や知識を理解しようとするところに共通の目標があった。
たとえばアンダーソンがパークの指導のもとにまとめた『ホボ――ホームレスの社会学』は、安ホテルや下宿に滞在するいわゆる住所不定のホーレスの調査である。日本でいえば山谷か西成愛隣地区というところだ。当時のシカゴには数万人のホームレスがいたという。そこで生活したり一時的に滞在するホームレスたちの世界は、じつは単純でもなければ、悲惨なものでもなければ、無秩序なものでもない。そこには複雑な階層があり、社会的序列があり、厳格な掟があった。たとえば、かれらのあいだではなにか仕事をしている者の方がランクが高いのだが、それよりも移動性の高い者(各地を渡り歩く者)の方がパイオニア精神があるとして、より高いランクがあたえられたという。また、人びとの関係は民主的で人種差別はほとんど存在せず、夜中にみんなが寝ている最中に他人の物を奪うことをきびしく禁じた掟が厳格に守られているといったことをくわしく報告している▼11。
参与観察
『ホボ』に始まるシカゴ学派のモノグラフの大きな特徴は、集団固有の意味世界そのものが対象に入っていることと、それを発見するための「非統制的参与観察」の手法である。「非統制的」とは、実験のように観察者が人為的に条件をコントロールしないということだ。参与観察は集団の内側からの把握をめざし、観察される人びとの内的意味世界へ立ち入るのに有効な調査方法である。
これがほとんどルポルタージュと同じ手法であることに注目してほしい。たとえば『ホボ』のアンダーソンが調査にあたって師匠のパークから受けた助言は「新聞記者のように、君が見、聞き、そして知ったことだけを書きとめよ」というものだったという▼12。この場合、社会学はジャーナリズムとほとんど同義である。
さて、このようなスタイルの研究はその後もくりかえしあらわれている。有名なものではウィリアム・F・ホワイトの『ストリート・コーナー・ソサエティ――イタリア人スラムの社会構造』(一九四三年)がある。これは当時二十代のホワイトが、ボストンのコーナヴィルというイタリア系移民のスラムに住み、「ドック」という青年を中心とする若者グループ(早い話がチンピラやくざ)の行動と意識を、生活場面をともにすることによって、ヴィヴィッドにえがいた参与観察調査の古典である▼13。
また、ハワード・S・ベッカーの『アウトサイダーズ――逸脱社会学の研究』(一九六三年ただし所収の一連の論文は五十年代に書かれている)では、シカゴ大学在学中からプロのジャズ・ピアニストとして働いていたベッカーが、ミュージシャンたちとのさまざまなつきあいのなかで参与観察をつづけ、その閉鎖集団独特の文化と意識をえがくとともに、マリファナ・ユーザーたちがどのような「学習」過程を経てそうなっていくかを分析した▼14。
以上のようなシカゴ学派の伝統はひとたび後景に退いたものの、その後かなり洗練された形で再演され、社会学者にふたたび大きなインパクトをあたえることになる。アーヴィング・ゴッフマンの『アサイラム』(一九六一年)がそれである。〈アサイラム〉とは、ここでは収容所のことを指す。つまり、ここで対象となっているのは、病院や精神病院・老人ホーム・刑務所・寄宿舎などのように個人の生活を丸抱えでつつみこむ施設――これを「全制的施設」と呼ぶ――にくらす人びとである。かれはこの研究にあたり病院で一年間参与観察をつづけた。そのあたりの事情についてかれはこう書いている。「聖エリザベス病院での実地調査をするに当って私が直接の目的としたのは、入院患者の社会的世界について、それが患者によって主観的に体験されているままに、知りたい、ということであった。私は、余儀なくレクリエーションならびに地域生活の研究者であるとふれこみ、体育指導主任の助手という役割をつとめることになった。私は、職員との交際をさけ、また鍵ももち歩かず、終日患者と一緒に時を過ごした。[中略]当時も現在も変わらない私の信念は、どんな人びとの集団も――それが囚人であれ、未開人であれ、飛行士であれ、また患者であれ――その人びと独自の生活[様式]を発展させること、そして一度接してみればその生活は有意味で・理にかなっており・正常であるということ、また、このような世界を知る良い方法は、その世界の人びとが毎日反復経験せざるを得ぬ些細な偶発的出来事をその人びとの仲間になって自ら体験してみること、というものである▼15。」ごらんの通り、これまで紹介してきたシカゴ学派の社会学的エートスがここで鮮明に語られている。
ところで、このような試みはアメリカ社会学に限定されるわけではない。フランスのエドガル・モランは、パリ近郊の都市オルレアンで生じた女性誘拐のうわさを分析したモノグラフ『オルレアンのうわさ』(一九六九年)で一種のエスノグラフィーの手法をもちいている。うわさの存在を知ったモランはすぐさまチームを引き連れてオルレアンに向かい、調査者としてではなく、まったくの市民としてさまざまな種類の人たちにインタヴューする。それらを総合することによって、じっさいには事実無根だったうわさの背後にある偏見や不安などの意識をみごとに浮かび上がらせた▼16。
生活史法
シカゴ学派のモノグラフのもうひとつの方法的特徴は「生活史法」だ。トマスとズナニエツキの『ポーランド農民』やショウの『ジャック・ローラー』で中心的役割をしていた手法である。要するに、対象となる人びとに個人史(自伝)を作成してもらうか、あるいはインタヴューによって再構成し、それを他のさまざまなデータと照合しつつ分析するのである。『ポーランド農民』では二七歳の青年が三百ページもの個人史を書いているし、『ジャック・ローラー』では五万字の手記を数年かけて書いてもらっている。
日本では中野卓による一連の研究があるが、ここでは短いものをひとつ紹介するにとどめよう。見田宗介のセンシティブな論文「まなざしの地獄」である▼17。
この論文が学ぼうとするのはN・Nというひとりの青年である。かれは青森の中学をでて集団就職の一員として東京に上京して以来、都市のさまざまな〈まなざしの地獄〉を体験する結果、いっさいの希望をうしない、十九歳のとき、都心の盛り場をさまよううちに、あるきっかけからガードマンを射殺し、つづいて三件の射殺事件をおこしてしまう。見田はN・Nの生活史上の経験の〈意味〉をたんねんにほりおこし、一連の事件へといたる階梯を共感的に分析するのである。
以上紹介してきた参与観察や生活史法によるモノグラフは、調査方法としてはソフトな手法であり、その分、妥当性や信頼性に欠ける面もあるが、社会現象の人間的意味を知るためには必要なことである。しかし、現代日本では社会学者によるこうした研究はそれほど多くない。むしろ社会派といわれるルポライターやフリーランスのジャーナリストによって精力的におこなわれているのが現状である。その意味では、このようなジャーナリズムと社会学の協力が今後ますます重要なものになってくると思われる▼18。
▼1 ジンメル『社会学の根本問題――個人と社会』前掲訳書二四ページ。
▼2 前掲訳書二四ページ。別の論文では「生まれたばかりの状態」「日々刻々にあらわれるような状態」とも表現している。ジンメル『社会分化論 社会学』前掲訳書一九六ページ。
▼3 前掲訳書一九七ページ。
▼4 本項で紹介するシカゴ学派の文献については直接参照できなかったものもあるので以下の研究書を参照した。秋元律郎『都市社会学の源流――シカゴ・ソシオロジーの復権』(有斐閣一九八九年)。宝月誠・中道實・田中滋・中野正大『社会調査』(有斐閣一九八九年)。宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)第三章。宝月誠『逸脱論の研究――レイベリング論から社会的相互作用論へ』(恒星社厚生閣一九九〇年)。G・イーストホープ、川合隆男・霜野寿亮監訳『社会調査方法史』(慶應通信一九七九年)。
▼5 W・I・トマス、F・W・ズナニエツキ、桜井厚訳『生活史の社会学――ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(御茶の水書房一九八三年)。
▼6 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明編訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼7 東京市社会局訳編『ホボ――無宿者に関する社会学的研究』(東京市社会局一九三〇年)[部分訳・磯村英一訳]があるということだが入手は困難。
▼8 L・ワース、今野敏彦訳『ゲット――ユダヤ人と疎外社会』(マルジュ社一九八一年)。
▼9 本書の翻訳はないが、宝月誠によるくわしい紹介と分析がある。前掲『逸脱論の研究』第四章「逸脱者のキャリア分析――『ジャック・ローラー』の解釈の試み」。
▼10 C・コンウェル、E・サザーランド、佐藤郁哉訳『詐欺師コンウェル――禁酒法時代のアンダーワールド』(新曜社一九八六年)。
▼11 宝月誠「社会過程論としての社会学」前掲書による。
▼12 秋元律郎、前掲書一八八ぺージ。
▼13 寺谷弘壬訳『ストリート・コーナー・ソサイエティ』(垣内出版一九七九年)。
▼14 村上直之訳『アウトサイダーズ――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)。
▼15 ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム』(誠信書房一九八四年)i-iiページ。
▼16 エドガール・モラン、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』(みすず書房一九七三年)。くわしくは13-1参照。このあたりになると現代日本のわたしたちが読んでもピンとくるが、やはり日本のものの方がとりつきやすいだろう。その点、佐藤郁哉の『暴走族のエスノグラフィ――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜社一九八四年)が内容的に身近ですこぶるおもしろい。これを読むと社会学とジャーナリズム(とくにルポルタージュ)のちがいもよくわかると思う。
▼17 見田宗介「まなざしの地獄」『現代社会の社会意識』(弘文堂一九七九年)。これはつぎの本にも再録されている。見田宗介・山本泰・佐藤健二編『リーディングス日本の社会学12文化と社会意識』(東京大学出版会一九八五年)。
▼18 ジャーナリズムと社会学の中間領域に言及したものとして古典的なのはカール・マンハイムの「現代学」だろう。それに関してかれはこうのべている。「われわれは喜んで、この社会的ルポルタージュ――場合によってはその偶像崇拝をも――引きうけたい。ここには新しい生の感情の極めて価値ある萌芽が脈打っており、それを社会的好奇心から社会的理解へと深めることはわれわれにとり重要である。」マンハイム、朝倉恵俊訳「社会学の現代的課題」『マンハイム全集3社会学の課題』(潮出版社一九七六年)二九八ぺージ。なお、本書の「あとがき」に私見をのべたので参照されたい。
増補
ウェーバー再入門
社会学書の出版がきわめて困難だった時期にも出版業界では「ウェーバーだけは売れる」といわれてきた。ウェーバーは社会科学全般にかかわる巨匠であり、したがって需要も多いのである。その分、出版点数も多く、何を読めばいいか戸惑うかもしれない。最近出版された概説書では次のコンパクトな一冊を薦めておきたい。
山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書一九九七年)は、ウェーバーにおける近代との緊張関係を『古代農業事情』を主軸に据えることによって明確に構図を提示したもの。緊張関係としかいいようのないウェーバーの人生の「救済」のありかを示している。ただし、かなり高度であり「ウェーバー再入門」とも呼ぶべき書である。
他方、ウェーバー自身の主要作品の翻訳も入手しやすくなった。マックス・ヴェーバー『古代ユダヤ教(全三冊)』内田芳明訳(岩波文庫一九九六年)はそのひとつ。
■意図せざる結果
3―4の「『文化の悲劇』と『意味喪失』」で紹介した「意図せざる結果」については、本編二四ページに紹介したマートンの『社会理論と社会構造』を参照してほしい。とくに「予言の自己成就」論文が重要である。
この論点をモデル・スペキュレーションを用いてやさしく解説したテキストとして、小林淳一・木村邦博編著『考える社会学』(ミネルヴァ書房一九九一年)がある。社会現象のパラドックスがよくわかる現代的なテキストである。数理社会学入門としても読めるが、タイトル通り、社会学の「考える」側面をていねいに説いた本。
■ルポルタージュを読む
一般にジャーナリズムとして取り上げられるのは報道機関の活動である。しかし、組織ジャーナリストだけがジャーナリズムの送り手ではない。個人ジャーナリストも有力な担い手である。たとえばオウム問題をいち早く取材し続けていたのは著名な報道機関ではなく、個人ジャーナリストだったことを想起しよう。世の中には報道機関が取材も報道もしない事実がいっぱいある。それらの事実は重要でないから報道されないのではなく、報道機関側の組織上の都合によって報道されないのである。そのため、ジャーナリズムの最前線は日本の場合、フリーのジャーナリストによって担われることが多い。組織ジャーナリストはたいてい後追いである。
九四ページでかんたんに紹介したように、個人ジャーナリストによるルポルタージュ(広くはノンフィクション)を読むことは、社会学的にも意味があることだと思う。もちろん、社会学的に見て分析は甘いかもしれないが、素材そのもののディテールを知るということと、問題意識の醸成に役立つ。
ここでリストを追加するのは困難である。それだけで一冊の本になる。じっさいに本になってしまったのが、柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋一九九七年)。ノンフィクションの膨大なリストと解説がある。ノンフィクションをよく読む人は必携のガイドブック。とくに柳田がノンフィクションの原点を当事者の手記に見ている点に注目したい。事実の存在を最初に発見するのは、いつも当事者なのである。その声に気づき、耳にを傾ける感受性こそが、ジャーナリストの資質を左右するのだ。それは社会学も同じであり、フィールドワーク調査の原点でもある。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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