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4月 12017

社会学感覚26教育問題の構造

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社会学感覚
26 教育問題の構造
増補
大衆教育社会
本編の社会問題論では「教育問題の構造」も予定していたが、紙数調整の関係で断念した。しかし、教育問題は今や社会全体の重要問題になっており、ここでも社会学の有効性が試されている。この分野をあつかうのは教育社会学である。教育社会学は近年非常に活発に研究がなされている専門分野だ。
教育問題を考える上でまず必要なのは、全体構図を歴史的社会的に位置づけておくことだ。苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ――学歴主義と平等神話の戦後史』(中公新書一九九五年)は、教育の現時点の座標軸を理解するのによい本である。現代は「大衆教育社会」であるというのが本書の出発点。それは「教育の量的な拡大」と「メリトクラシー(業績主義)の大衆化」と「学歴エリートの支配」によって特徴づけられる社会である。このような大衆教育社会において人びとがもつ特有の視線の神話性について、実証データを駆使して考察されている。教育について私たちがもつステレオタイプな見方や考え方が、思いもかけない結果をこの社会にもたらそうとしていることがわかる。それにしても、有力大学の進学者の七五パーセントが上層ノン・マニュアル(専門家や会社役員・管理職)の子弟によって占められつづけてきたという現実には、あらためておどろく。
教育言説の分析
教育問題といっても時代によって問題のありようは異なる。問題行動の発生場所に注目すると学校外から学校内へと移動しているところから、最近は「学校問題」と呼ばれる一群の問題に焦点がおかれるようになった。つまり、学校そのものが問題とされているのだ。もちろんこんなことは若い人たちには自明であるかもしれない。しかし「心の教育」などという抽象的な言説が復古している教育界の現状を見てもわかるように、それは教育界では今なお自明ではないのである。
じつは教育問題の語られ方そのものに学校問題の問題性があるのではないか。教育に携わる人やそれを論じる人たちの語りそのものが教育とその問題を構築しているのではないか。今津孝次郎・樋田大二郎編『教育言説をどう読むか――教育を語ることばのしくみとはたらき』(新曜社一九九七年)は、そのような視角からの共同研究の成果である。教育言説とは「教育に関する一定のまとまりをもった論述で、聖性が付与されて人々を幻惑させる力をもち、教育に関する認識や価値判断の基本枠組みとなり、実践の動機づけや指針として機能するもの」である(一二ページ)。教育言説はしばしば宗教の教義のように、それに対する批判を封じ、現場での自明の判断基準となる。
教育および教育問題を言説的構築物と見る社会構築主義的な見方は、フーコーに影響を受けている。この見方によると、教研集会やマス・メディア上での発言や研究者の議論なども「問題」の重要な構成要素ということになる。同様の試みとして、上野加代子『児童虐待の社会学』(世界思想社一九九六年)。方法論的な議論としては、北澤毅・古賀正義編著『〈社会〉を読み解く技法――質的調査法への招待』(福村出版一九九七年)が参考になる。タイトルは一般的だが、執筆者は教育社会学の研究者が中心である。
いじめ
学校問題のひとつにいじめ問題がある。昨今は「いじめ」概念が拡大されて、たんなる傷害事件や恐喝事件でさえ「いじめ」で括られてしまうので、かえって議論が不明確になっているきらいがある。「やらせ」もそうであるが、ひらがな三文字は拡大使用されがちだと思う。
いじめの集団力学的分析としては、森田洋司・清水賢二『新訂版 いじめ――教室の病い』(金子書房一九九四年)が代表的な社会学的研究になる。
森田らは「いじめの四層構造」を指摘する。いじめの場面において学級集団は「加害者」「被害者」「観衆」「傍観者」の四層構造をなすというのである。いうまでもなく「加害者」はいじめっ子であり、「被害者」はいじめられっ子。「観衆」とはいじめをはやしたておもしろがって見ている子であり、「傍観者」とは見て見ぬふりをしている子である。いじめの過程で重要な役割を果たすのは、じつは「観衆」と「傍観者」の反作用(反応)である。かれらが否定的な反応を示せば「加害者」はクラスから浮き上がり結果的にいじめへの抑止力になるが、逆に「観衆」がおもしろがったり「傍観者」が黙認するといじめは助長される。ほかに「仲裁者」という役割も存在するが、いじめの場面では極端に減少し、クラスは「四層化」されている場合が多いという。
森田らの調査によると、いじめの被害の大きさは「加害者」の数とは相関性がないという。いじめ被害の増大と相関するのはじつは「傍観者」の数である。「傍観者」が多くなるほど被害が大きくなる。そして学年が上がるほど「傍観者」の数は多くなる。ここに現代型いじめの大きな特徴があるという。
不登校・登校拒否
この分野の代表的な研究は、森田洋司『「不登校」現象の社会学』(学文社一九九一年)である。これは標準的な調査によるもの。それに対して、朝倉景樹『登校拒否のエスノグラフィー』(彩流社一九九五年)は、登校拒否問題を構築主義の観点から整理した論考と、著者自身が参加している東京シューレのエスノグラフィから構成された研究。
大学問題
本書の読者には大学関係者(学生・教員)が多いことと思う。現在の大学が多くの問題をもっていることを実感されている人も多いだろう。
まず、学生の問題については、教育社会学者が私語を論じた一冊だけをあげておきたい。新堀通也『私語研究序説――現代教育への警鐘』(玉川大学出版部一九九二年)。この本によると「大学生の私語」という現象は、一九六〇年代後半からすでに私立の女子短大で問題化し始め、一九八〇年代に入って一気に全大学共通の問題へと一般化したという。大学生の私語は「現代日本の教育的問題状況の象徴」だというのが著者の見解である。
私語の背景にはさまざまな要因がある。もちろん教員や大学側の問題もあるが、学生側にも多くの問題がある。ランダムにリストアップしてみよう。
(1)公私のけじめの消滅
(2)テレビ視聴の構図の持ち込み
(3)子ども中心主義
(4)マジメに対する冷笑的態度
(5)学生の大衆化
(6)不本意就学・不本意在学・不本意出席
とくに、「情報化」が反主知主義を社会に生み、それが現代の大学生にも反映しているという指摘には説得力がある。ちなみに反主知主義とは、知性よりも感性を重んじる考え方のことである。私語をテーマとしているとはいっても、現代学生一般の現状分析になっていると思う。
こうした実態を前提にした上で、当の学生に訴えようとするものとして、浅羽通明『大学で何を学ぶか』(幻冬舎一九九六年)がある。浅羽はしばしば『ゴーマニズム宣言』にも登場する評論家であるが、「ニセ学生」としてさまざまな大学の教室に参加した豊富な経験の持ち主として有名な人である。
現代学生の分析はそれほど多くないのに対して、教員や大学制度についての研究はかなりあり、社会学的研究も多い。ただ、やや難解になりがちなので、ここでは若い人でも読めるものを若干あげるにとどめることにしよう。
まず、大学問題の概観を与えてくれるジャーナリスティックなものとして、産経新聞社会部編『大学を問う――荒廃する現場からの報告』(新潮文庫一九九六年)。大学教員の問題をアイロニカルに論じた、鷲田小彌太『大学教授になる方法』(PHP文庫一九九五年)や鷲田小彌太『大学教授になる方法・実践篇』(PHP文庫一九九五年)。その続編として、鷲田小彌太編著『大学〈自由化〉の時代へ――高度教育社会の到来』(青弓社一九九三年)。桜井邦朋『大学教授――そのあまりに日本的な』(地人書館一九九一年)と、桜井邦朋『続大学教授――日々是好日』(地人書館一九九二年)も辛口の教員論だ。じつはここ数年風向きがずいぶん変わってきており、それを反映した近作では、川成洋編著『だから教授は辞められない――大学教授解体新書』(ジャパンタイムズ一九九五年)と、川成洋編著『だけど教授は辞めたくない』(ジャパンタイムズ一九九六年)。
反学校文化
教育問題を議論するときに考慮しなければならないファクターとして「反学校文化」がある。学校や教師に反抗し、優等生たちをバカにするような独特の子ども文化である。
階級社会イギリスにおける反学校文化については、ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども――学校への反抗 労働への順応』熊沢誠・山田潤訳(ちくま学芸文庫一九九六年)が古典的存在になっている。いわば「落ちこぼれ」のサブカルチャー研究である。副題にもあるように、「落ちこぼれ」たちの学校や教師への反抗が、期せずして下積み的な肉体労働者への自発的順応になっているという皮肉な事態――しかもそれがイギリスの階級社会を再生産するメカニズムを支えるという冷徹な現実が丹念に描かれている。
桜井哲夫『不良少年』(ちくま新書一九九七年)は、それを近代日本の歴史の中で検証しようとしているように見える。そして現在、そのような反学校文化が不在であるところにこそ、回収されない心性がわだかまる要因があり、それがあるきっかけで噴出するのかもしれない。
とりあえずここでは「反学校文化」と呼んできたが、それはべつに「反学校」である必要はない。不登校現象の示すように「脱学校」でもよいし、「遊び」の文化でもよいし、もちろん「家族」でもよい。とにかく自分の存在を承認してくれる他者のいる場であれば、その中では「落ちこぼれ」も「反社会的」というレッテルも気にせず、プライドを守りながら自分を社会的に落ちつかせる地点をみつけることも可能なはずなのだ。本編のアイデンティティ論や役割現象論の章で説明しておいたように、「他者の承認」をえることが社会的存在としての人間の根本的な性質なのである。宮台真司が一連の時事的論考で示唆しているのも、おそらくこのようなことではないかと思う。宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)などで考えてほしい。
実践の共同体への参加過程としての学習
当然のことだが、教育活動の中心には学習概念がある。現在の教育制度の枠組みを構成している学習概念は「既成の知識を受容すること」であるか、せいぜいその「応用」どまりである。しかし、学習とはそれだけのことなのか。この疑念に対してヒントを与えてくれるのが、ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー『状況に埋め込まれた学習――正統的周辺参加』佐伯胖訳(産業図書一九九三年)である。基本的には徒弟制の分析なのだが、現在の教育制度が排除してきたものはこれだったかという思いを抱く本である。
レイヴにはこの本の他に、ジーン・レイヴ『日常生活の認知行動――ひとは日常生活でどう計算し、実践するか』無藤隆・山下清美・中野茂・中村美代子訳(新曜社一九九五年)という翻訳もでている。
新しい教育理論
山本哲士『学校の幻想 教育の幻想』(ちくま学芸文庫一九九六年)は、おもに一九七〇年代以降にあいついで現れたオルタナティヴな教育理論を解説し、その実践的可能性について論じたもので、イリイチ、フーコー、ブルデュー、フレイニ、バーンステインを中心に著者流のていねいな解説が特徴。まるで講義を受けているようだ。
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4月 12017

社会学感覚21暴力論/非暴力論

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社会学感覚
21 暴力論/非暴力論
21-1 さまざまな暴力概念
暴力とはなにか
暴力の定義は一見自明である。暴力は「人や財産を傷つける行為」である。しかし、これだけでは、外科医が手術するのも暴力ということになってしまう。現に「脳死状態」における日本初の心臓移植手術が「脳死は死でないから、脳死状態のドナーから心臓を摘出する行為は殺人である」として告発されたことがかつてあった▼1。「湾岸戦争」のように公然と「正義」がまかりとおる戦争も多い。個人が勝手に他人を監禁し拘束するのは暴力だが、国家の官吏がそれを犯罪人に行使するのは暴力とはいわない。人を殺すのは暴力の極致だが、死刑囚を殺すのは法的には正当なこととされている。このように「人や財産を傷つける行為」が「暴力」であるかどうかは、ひとえに「他者の反応」つまり「反作用=リアクション」によるのである▼2。じっさい、〈反応する他者〉といってもいろいろである。だから暴力の定義もいろいろということになる。
暴力という現象は多面的な性格をもっている。まず大切なのは、この多面的性格を認識することだ。本章では暴力の多面性を認識するために、便宜的に暴力を三つに分けて論じることにする。
(1)犯罪的暴力
(2)国家的暴力
(3)構造的暴力
犯罪的暴力
通常わたしたちが常識的に「暴力」とイメージする暴力現象を「犯罪的暴力」と呼ぶことにする▼3。この場合の「犯罪的」とは、法的な犯罪要件をみたすというだけでなく、大多数の人びとの非難を招くという意味で用いられる。これはデュルケムの「われわれはそれが犯罪だから非難するのではなく、われわれが非難するから犯罪なのだ」という卓抜な発想にもとづいている。
それゆえ犯罪的暴力は現代社会において正当性をもたない。しかし、それらは突発的に――特定の空間では恒常的に――発生する。それはなぜか。
宝月誠の整理によると、およそ四つの考え方[理論]があるという▼4。
(1)緊張論――特定の社会構造の緊張の圧力の下により多くさらされたものがフラストレーションに陥り、その心理的緊張の解消の一手段として、一定の機会構造によって水路づけられたとき暴力が発生する。
(2)統制論――発想を逆転して、人びとがなぜ暴力をふるわないのかを考えると、それは一定の社会的絆によって拘束されているからである。したがって、拘束する社会的絆が弱い人間は暴力にコミットしやすいと考えられる。
(3)文化的逸脱論――暴力に好意的なサブカルチャーがあって、そのなかで暴力に価値を認めることを学習した者は、その価値の追求としてさまざまな場面で暴力をふるうようになる。
(4)レイベリング論――共同体のなかで、他者が特定の人びとに「乱暴者」「ならず者」といった烙印を貼りつけ、そのようにあつかっているうち、烙印を押された当人がそのラベルにふさわしい暴力者の役割を演じるようになる。たとえば学校でたまたま友人と口論になり暴力を振るってしまった少年が、それ以後、みんなから「乱暴者」あつかいされているうちに、ますます嫌われ者になり、その反動として暴力をエスカレートしていくケースなど。
それぞれ有意義な考え方だが、最近の犯罪的暴力のケースを考えると(3)と(4)を合わせて考えるのが有効だ。宝月誠はこのあたりをつぎのように説明している。
暴力のコミュニケーション論的解読
宝月誠によると、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は、直面した「問題」を暴力によって解決しようとするが、かれらにとって無視できない「問題」のひとつは、他者の「挑戦」であるという。他者が主観的に意図していなくても、注意したり怒鳴ったり悪者のレイベリングをするだけで、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は「挑戦」と受け取ることが多い。しかし、暴力は「挑戦」されればただちに発せられるわけではない。暴力行為が現実化するには、相手に勝てるかという合理的な判断と、相手や警察などの統制者からなされるリアクショを計算してからである。もちろん不利とわかっていても暴力行為にいたる「感情暴発」の場合もあるが▼5。
これはやはり「暴力のサブカルチャー」にもとづいたコミュニケーションというべきであろう。すでにコミュニケーション論のところで説明したように、コミュニケーションの現実的な意味を決定するのは「送り手の意図」ではなく「受け手の反応」である。だから受け手のもっている解読コードが決定的に重要なのであり、その解読コードを提供する「暴力のサブカルチャー」が重要な働きをしているというわけである。
国家的暴力
犯罪的暴力は正当性をもたないが、正当性をもつ合法的な暴力も存在する。それは国家の暴力――ここでは国家的暴力と呼ぶことにする――である。
そもそも国家が合法的な暴力を所有しているというよりも、むしろ正当化された暴力を所有している組織体を国家と呼んでいるのである。これについてはマックス・ウェーバーによる明晰な国家定義がある。ウェーバーは一九一九年に出版された講演『職業としての政治』のなかで、国家についてつぎのようにのべている。「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である▼6。」だから、個人や集団は、国家の側で許された範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない。これは近代的な現象である。かつては、さまざまな集団――氏族――が、物理的暴力をまったくノーマルな手段として使用していたのだから。
この「国家によって独占された正当な物理的暴力」とは、具体的にはどういうものをさすのか。代表的なものは、つぎの三つである。
(1)戦争
(2)警察
(3)死刑
戦争・警察・死刑
戦争は個人ではできない。基本的に国家が戦争の主体である。内戦というものもあるが、それも結局国家権力をめぐる闘争であるから、本質は同じである。また、正義でない戦争もない。いずれの戦争当時国にとっても戦争は国家の正義をかけた正当なものである。ただ正義はひとつではなく、いっぱいあるところに戦争の不幸がある。
さて、戦争について科学的研究が本格的に始まったのは、じつは一九四〇年代、第二次世界大戦中のことである。「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」と考えたクインシー・ライトという国際政治学者が共同で『戦争の研究』という大きな本を著したのが最初である。それまであった戦争論はたいてい「いかにして戦争に勝つか」といった戦略論だった。戦略論にとって戦争は政治の延長であり一手段にすぎない。その意味で、戦争現象の科学的研究-とくに行動科学的研究-の歴史は浅い▼7。
つぎに、警察は、自衛隊・海上保安庁・厚生省麻薬取締官事務所とともに、ピストルやガス銃などの武器の携行使用が認められた官公庁であり、わたしたちにとっても身近な存在である。それだけにその暴力行使の実態について論ずべきところだが、警察についてはとくにまとまった社会学的研究がないので、ここでは省略せざるをえない。犯罪研究がこれだけさかんになされているのだから、警察研究についても同じだけなされてもいいのだが▼8。
さて、国家によって独占された正当な物理的暴力の第三のものとして死刑をあげておきたい。戦争と同じく、人を殺すことが正当性をもっている点に注意しておいてほしい。死刑については目下賛否両論があり、社会問題としてとりあげられることも多いので、死刑存置論と死刑廃止論の論拠について若干説明しておきたい。
死刑存置論の第一の根拠は、他者の生命をうばったことに対して自分の生命によってつぐなうというものであって、一種の応報感情にもとづいている。これは被害者およびその家族関係者の率直な感情を重視したものといえる。第二の論拠は、死刑の犯罪抑止力である。それは、死刑制度があるから犯罪のエスカレートを未然に防いでいるというものである。それに対して、死刑廃止論の論拠はつぎの六点である。
(1)人命はなにものにもかえがたいものであり、人命の尊重は絶対的であるからいかなる殺人も許されてはならない。
(2)死刑そのものが、憲法第三六条が禁じている「残虐な刑罰」にあたる。
(3)万が一、誤判(誤った裁判)で死刑が確定し執行された場合、とりかえしがつかない。現に、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のように死刑囚に対する再審公判によって一転無罪になったケースが少なくない。
(4)死刑は犯罪抑止力をもたない。
(5)生かしておいて[たとえば終身刑]刑務作業による収入で被害者賠償をさせるべきである。
(6)「自白すれば死刑にしない」として、死刑が自白強要の道具として使われる危険がある。これまでの冤罪事件においても、これがウソの自白をひきだしてきたのである。
このうち(4)の犯罪抑止力について一言。死刑が犯罪を抑止する効果があるかどうかは、じつは科学的に証明されていない。T・セリンという社会学者は、死刑制度の有無が州によって異なるアメリカの各州の殺人率を調べ、死刑制度の有無と関係がないと結論しているが、反対の結論をだす研究者もいるという。いずれにせよ、科学的に認定されたことではない▼10。
▼1 一九六八年のいわゆる「和田移植」のこと。結局検察庁は「充分な証拠がない」として不起訴処分にしている。この「事件」の経緯とその背景については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)とくに五三ページ以下参照。臓器移植のその後の展開については、後藤正治『空白の軌跡――心臓移植に賭けた男たち』(講談社文庫一九九一年)。
▼2 この論点については、宝月誠『暴力の社会学』(世界思想社一九八○年)三四-三九ページによった。
▼3 日本の犯罪状況については、間庭充幸による豊富な事例にもとづく類型学的研究を参照されたい。間庭充幸『犯罪の社会学――戦後犯罪史』(世界思想社一九八二年)。間庭充幸『現代の犯罪』(新潮選書一九八六年)。
▼4 宝月誠、前掲書一五五ページ以下。
▼5 宝月誠、前掲書一七〇ぺージの著者による要約による。
▼6 マックス・ヴェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八〇年)九ページ。
▼7 戦争研究の総合的な基本書として以下の本をあげておきたい。ガストン・ブートゥール、中原喜一郎訳『平和の構造』(文庫クセジュ一九七七年)。ガストン・ブートゥール、ルネ・キャレール、高柳先男訳『戦争の社会学――戦争と革命の二世紀(一七四〇~一九七四)』(中央大学出版部一九八〇年)。最近の決定版は、猪口邦子『戦争と平和』(東京大学出版会一九八九年)。
▼8 日本の警察の最新の実状については、大谷明宏『警察が危ない』(朝日ソノラマ一九九一年)がくわしい。また三一新書と講談社文庫にいくつかのルポルタージュがある。
▼9 菊田幸一『死刑廃止を考える』(岩波ブックレット一九九〇年)ならびに法学セミナー増刊総合特集シリーズ『死刑の現在』(日本評論社一九九〇年)を参照した。
▼10 前掲書二六六-二六七ページ。
21-2 構造的暴力と積極的平和
平和研究における平和概念
以上のような犯罪的暴力と国家的暴力は比較的みえやすい暴力である。つまり存在が公認されている。ところが、社会にはもっとみえにくい暴力も存在する。たとえばここに犯罪もなく戦争もない社会があるとして、そこに本当に暴力はないといえるだろうか。「平和な日本」といわれるけれども、現実にはけっこう「暴力的」と思われるようなことがいっぱいあるではないか、という思いにとらわれる。
たとえば、小学校の給食を全部食べ終わるまで許さないで午後も放課後も食べさせようとしたり、転校するクラスの女の子に「がんばれよ」と握手したのを校則違反[男女交際禁止]としてとがめられ職員室で殴られるとか、離婚した女性が子育てのために限られた時間で働こうとしても低賃金の仕事が多く結局水商売につかざるをえないとか、お金がないために十分な医療が受けられず命を縮めるといったこと、必要な睡眠もとらず働きつづけたために過労死してしまったのにもかかわらずデスクワークのため労災適用を認められない――これらも一種の「暴力」にはちがいないのだ▼1。
そう考えると、犯罪的暴力と国家的暴力だけでは不十分である。前章で説明した「権力作用」のレベルにみあった暴力の存在をも問題にする必要があろう。これを「構造的暴力」(structural violence)と呼ぶ。
じつはこの用語は「平和研究」(peace research)という学際的科学の基本概念である。最初にこのことばを概念として使ったのは、ヨハン・ガルトゥングというオスロの平和研究者だった。
平和というだけで「世界は一家、人類はみな兄弟」というイメージをいだく人が多いのだが、平和研究はれっきとした学際研究の一部門である。従来は国際関係論とか国際政治学がその中心的な位置を占めてきた。というのは、平和概念は常識として「戦争の欠如」「戦争のない状態」と考えられてきたからだ。ところが、第三世界などの現実をみるかぎり――たとえば南アフリカのアパルトヘイト――戦争状態ではないが、とても平和とはいえない状況がある。これをどういう形でとらえればよいのかが問題となる。
そこでガルトゥングは、従来「戦争の欠如」と定義されてきた平和概念を「暴力の欠如」ととらえなおし、暴力に「人為的暴力」と「構造的暴力」とがあり、それに対応して「人為的暴力の欠如」を「消極的平和」(negative peace)と呼び、「構造的暴力の欠如」を「積極的平和」(positive peace)と名づけた。国際政治学中心の平和研究は従来「消極的平和」を研究していたにすぎない、「積極的平和」を追求すべきだ、そのためにも「構造的暴力」を科学的に学際的に研究すべきだと主張し、平和研究の流れを大きく変えた▼2。
図式化すると――
暴力─人為的暴力←→人為的暴力の欠如=消極的平和─┐
└─構造的暴力←→構造的暴力の欠如=積極的平和─平和
その後、「構造的暴力」の概念は定着し、これによって平和研究のすそ野もぐんと広がった。社会学にとっても出番が多くなった。さらに社会学の存在意義を、以上のような「構造的暴力」をなくしていく科学研究としての平和研究――最近では「平和学」とも呼ばれる――の一環として位置づけなおすこともできる。
教育・労働・性・マスコミの現場における構造的暴力
本来、構造的暴力という概念は、第三世界の抑圧や飢餓・人権侵害などを国際的な枠組のなかでとらえなおすために提唱された概念だが、その後、この先進国日本の「一見平和だが、どうもそうでもないらしい」という側面に光を当てる概念として使われるようになってきている。たとえば、一九八五年に日本平和学会が「構造的暴力」を大会テーマにとりあげて、教育・労働・性・マスコミというそれぞれの現場の実態を報告し討論したことがあった。すでに本節冒頭でその一部を紹介したように、教育における徹底した管理が生徒と教師をともに追い込んでいくようすが、校則・体罰・人権侵害・いじめ・怠学・校内暴力の問題として語られ、他方、経営陣と労働組合の双方から締めつけられている労働者のようすが、職場八分・人事考課の問題としてとりあげられている▼3。
これらに対して一様に構造的暴力という概念をかぶせるだけでいいものか若干の問題はあるかと思うが、これらをいったん「暴力」として認識することは意義あることである。
▼1 日本平和学会編『構造的暴力と平和』[平和研究双書3](早稲田大学出版部一九八八年)に盛られた多くの事例からピックアップした。したがって、これらはすべて実話である。
▼2 Johan Galtung,Violence,Peace,and Peace Research,in:Journal of Peace Research,Vol.VI,No.3.なお平和研究の全体像については、日本平和学会編集委員会編『平和学――理論と課題』[講座平和学I](早稲田大学出版部一九八三年)。
▼3 日本平和学会編、前掲書。報告と討論がそのまま掲載されており、かえって一般の人には読みやすい。
21-3 非暴力的行動
暴力のダブル・スタンダード
社会の多層的な暴力的現実を具体的に支えているのは、わたしたち自身である。というのも、わたしたち自身のなかに、暴力的現実を正当化する論理が働いているからだ。それをここでは「暴力のダブル・スタンダード」と呼ぼう。
ダブル・スタンダードとは、集団の内部と外部とで道徳基準を使い分けることである。ウェーバーはこれを「対内道徳(Binnemoral)と対外道徳(Aussenmoral)の二元論」と呼んだことがある。この両者が区別されるのは、しばしば両者がまったく正反対を示すことが多いからだ。たとえば、夫の浮気は「甲斐性」といわれ、妻の不倫は許されずに離縁の理由とされた戦前の日本のような男性中心社会では、性行為に対する規範が男と女でまったくちがっていた。
暴力もまたダブル・スタンダードになりがちである。
暴力はいけないといいながら、現実に暴力を行使した集団に対しては、暴力で制裁することを認めることは多い。凶悪犯人は「暴力的で残忍だから死刑にすべきだ」とか、隣国に侵略した国家は「暴力的で非人道的だから総掛かりで攻撃しよう」という反応がそれだ。結局日本もこの論理で原爆を二発もおとされたことを思うと、このような発想があるかぎり、地球の平和なるものは達成されないだろう。
前章で考察した排除現象において、排除された側には、通常の基準は適用されないことが多い。排除された人びとは一種の〈異人〉として定義され、自分たちと同じ人間とみなされない。たとえば、一九八三年の「横浜浮浪者殺人事件」で、犯人の中学生グループは、浮浪者たちを一種の「汚物」とみなして「掃除」するかのように暴行した。したがって、かれらに罪の意識はなかったという▼1。同じことが、日本軍の南京大虐殺やナチスのユダヤ人虐殺、アメリカ軍のベトナム人殺りくについてもいえる。同じ人間ではないと認識することで、かれらの良心は免責され、むしろ誇りに転化してしまうのである。
非暴力的行動の意義
では、このような「暴力のダブル・スタンダード」の乗り越えは不可能なのだろうか。
原理的には不可能である。しかし、その弊害=悪循環を極少化することは可能である。それは対抗手段として「非暴力的行動」(nonviolent action)を選択することだ。ジーン・シャープによると、非暴力的行動とは「行動者が、それを遂行することを期待もしくは要求されているある事柄を物理的暴力を行使することなしに拒否するか、あるいは、それを遂行することを期待されぬか、もしくは禁止されているある事柄を、同じく暴力を行使せずに、あえて遂行するというような形での、プロテスト、非協力、および介入にかんする方法」のことである▼2。非暴力的行動は「市民的抵抗」と呼ばれることある。というのも「市民的」(civil)とは、そもそも「軍事的」に対抗することばであり、基本的に暴力の不使用を前提としているからである▼3。
暴力を使用しないからといって、非暴力的行動は、非行動でもなく無抵抗でもなく屈従や臆病でもない。それはあくまで行動することであり、闘争の手段とされる。したがって非暴力的行動は、いわゆる平和主義とは異なる▼4。
非暴力的行動の技術
どういうことが非暴力的行動なのか想像できるだろうか。非暴力的行動に関して現代のおおかたの日本人の想像力は閉ざされているのではなかろうか。そこでシャープによる非暴力的行動の方法についての集大成を借りて、それらを類型化しつつ一覧してみよう。シャープによると非暴力的行動には、あわせて一九八の方法があるという▼5。
(1)非暴力的抗議と説得(nonviolent protest and persuasion)
a 意見・異議・意志の公式表明
街頭演説、抗議や支持の手紙を書く、組織と団体による宣言をだす、署名活動、告発と意志を宣言する、集団あるいは大衆による請願活動
b 広範なオーディエンスとのコミュニケーション
抗議のスローガンや風刺マンガやシンボルをつくったり印刷したりジェスチャーする、抗議の旗やポスターをかかげる、ビラ・パンフレット・本の発行と配布、新聞と定期刊行物の発行と配布、レコード・ラジオ・テレビを通じて抗議の意志を表明する、飛行機によるスカイライティングとアースライティング[空中文字と地表文字]
c 集団によるプレゼンテーション
代表団を送って抗議と不同意を表明する、皮肉のきいた賞をつくる、ピケを張る、皮肉のきいた選挙をおこなう
d 象徴的な公的行動
グループの旗やシンボリック・カラーをかかげる、シンボルの入った服を着る、抗議をこめて祈りや礼拝をする、徴兵カードやパスポートなどの象徴的な対象物を手放す、宗教的不同意や政治的抗議をあらわすため公共の場で裸になる、自分自身の財産の破壊、抗議パレードでろうそくなどの象徴的な火をともす、指導者のポートレイトをかかげる、抗議としてぺンキを塗る、通りの名前や町の名前を新しく呼び変えて混乱させる、抗議を象徴する音をだす、象徴的な開墾、権威に対してわざと無礼なジェスチャーをする
e 個人への圧力
役人につきまとう、役人をあざける、敵対する兵士や警官と親しくなって影響をあたえる、不眠不休で監視する
f 演劇と音楽
ユーモラスな寸劇といたずら、演劇と音楽の上演、国民的・宗教的な歌を口づさむ
g 行進
デモ行進、パレード、宗教的行進[葬列をつくる]、巡礼、自動車パレード
h 死をたたえる
犠牲者の死を喪して抗議の意をあらわす、模擬葬列を組む、示威的葬列、埋葬地で誓いをたてる
i 公的集会
抗議集会や支持集会、抗議のミーティング、カモフラージュされた抗議ミーティング、ティーチイン[専門家などを招いた討論集会]
j 退出と放棄
抗議のための退場、道徳的非難をあらわす一団となった沈黙、栄典の放棄、相手に背中を向ける
(2)社会的非協力(social noncooperation)
a 特定人物の排斥
社会的ボイコット[通常の社会関係の継続を全面的に拒否すること]、選択的な社会的ボイコット[部分的]、好戦的な夫に対して妻がセックスを拒絶する、破門、聖務禁止令
b 社会的なイヴェント・慣習・制度への非協力
社会的活動およびスポーツ活動の停止保留、レセプションやパーティなどの社会的行事のボイコット、学生ストライキ[授業ボイコット]、社会的慣習や規制への不服従、社会的団体から脱退する
c 社会システムからの脱退
自宅からでない[自宅待機]、全人格的非協力、労働者の逃亡、聖域[避難所]をつくる、集団失踪、抗議の移民
(3)経済的非協力(1)経済的ボイコット(economic boycotts)
a 消費者による行動
消費者によるボイコット、ボイコットされた商品の不買、質素な暮らしを貫く、賃借料[家賃や地代など]の保留、土地や建物を借りない、国民的規模の消費者によるボイコット、国際的規模の消費者によるボイコット
b 労働者と生産者による行動
労働者によるボイコット、生産者によるボイコット[不売]
c 仲介者による行動
部品製造業者・流通業者によるボイコット
d 所有者による行動と経営
貿易業者によるボイコット、財産を貸したり売ったりするのを拒否する、ロックアウト[工場や学校の閉鎖]、産業上の支援の拒否、商人のゼネスト
e 財政資源の保有者による行動
銀行預金の引きだし、公共料金・会費・税金の支払い拒否、借金や利息の支払い拒否、資金や信用貸しの契約解除、歳入拒否、政府紙幣の拒否
f 政府による行動
国内の通商制限、対象国から貿易禁止品を輸入した貿易業者のブラックリスト作成、国際的販売者の通商制限、国際的バイヤーの通商制限、国際貿易の通商制限
(4)経済的非協力(2)ストライキ(strike)
a 象徴的ストライキ
抗議ストライキ、比較的マイナーな問題に対して短く軽いストライキ、
b 農業ストライキ
農民ストライキ、農場労働者ストライキ
c 特定集団によるストライキ
強制労働の拒否、囚人ストライキ、同業者ストライキ、専門職ストライキ
d 通常の産業ストライキ
営業所ストライキ、産業ストライキ、同盟ストライキ
e 限定ストライキ
項目別ストライキ[ある特定の業務だけを拒否]、バンパーストライキ[ひとつの産業についてひとつの企業だけがストライキに入ることによって、その企業を他の企業の競争にさらす]、スローダウンストライキ[減速減産スト]、順法ストライキ、シックイン[仮病で休む]、辞職によるストライキ、特定の周辺的業務の拒否、選択的ストライキ
f 複数産業規模のストライキ
準ゼネスト、ゼネスト
g ストライキと経済封鎖の組み合わせ
同盟休業・同盟閉店、経済的シャットダウン
(5)政治的非協力(political noncooperation)
a 権威の拒絶
忠誠の保留もしくは撤回、公的援助の拒否、レジスタンス[抵抗]を支持する文献や発言を公表する
b 政府に対する市民の非協力
国会・議会などの立法府のボイコット、選挙のボイコット[棄権]、政府機関への就職拒否、政府諸機関・諸団体のボイコット、政府教育施設からの撤退[退学する]、政府が支援する組織のボイコット、法律執行機関を援助するのを拒否する、自分の名前や住所をとりかえ混乱させる、任命された役人の受け入れを拒否する、現存制度の解体を拒否する
c 服従に対する市民の代替策
非民主的権力などにしぶしぶとまたゆっくりとしたがう、直接的指示のない不服従、全人民規模の不服従、わざとめだつ不服従、集会の解散拒否、すわりこみストライキ、徴兵と国外追放に対する不服従、身元詐称、非合法的法律に対する市民的不服従
d 政府職員による行動
政府援助者による支援の選択的拒否、命令系統と情報系統の封鎖、立ち往生させて妨害する、一般管理職の不服従、司法関係者の不服従、警官や兵士などの政府援助者によって意図的に能率を悪くして選択的に不服従する、上司・上官に対して反抗する
e 政府の国内行動
疑似法規的な回避と遅延、中央政府に対する地方政府や州政府による非協力
f 政府の国際行動
外交などの代表団の変更、外交上のイヴェントを遅延させたりキャンセルする、外交上の認定を保留する、外交関係の断絶、国際機関からの脱退、国際機関への参加拒否、国際機関からの除名
(6)非暴力的介入(nonviolent intervention)
a 心理学的介入
自分の身体を痛めつけるために身をさらす、断食、レヴァース・トライアル[訴追者と被告を反対にした逆裁判]、非暴力的いやがらせ
b 物理的介入
シットイン[すわりこみ]、スタンドイン[人種差別で入場を拒否された場所にじっと立ってその場を動かない]、ライドイン[人種差別で乗せてもらえない公共交通機関にむりやり乗ってしまう]、ウェイドイン[人種差別のため入れないビーチに入ってしまう]、ミルイン[敵対者の事務所などの象徴的意義のある場所に立ち入る]、プレイイン[慣習上入れないか閉めだされた教会に入って祈祷する]、非暴力的侵入、飛行機やバルーンによる非暴力的侵入、侵入禁止区域への非暴力的侵犯、非暴力的投入、非暴力的妨害、非暴力的占拠
c 社会的介入
新しい社会的パターンをつくる、諸機関の負担をキャパシティ以上に大きくする、ストールイン[合法的業務をできるだけゆっくりとおこなう]、スピークイン[抗議対象の場所で集会を開く]、ゲリラ・シアター、代替的な社会諸制度をつくる、独占的かつ管理的な既存のコミュニケーション・システムにかわる代替的なコミュニケーション・システムをつくる
d 経済的介入
逆ストライキ[農業従事者が過剰に働いて雇い主から給与を過剰に支払わせる]、ステイイン・ストライキ[職場にとどまったままのストライキ]、非暴力的土地占有、封鎖に対する果敢な抵抗、政治的動機にもとづいた貨幣の偽造、敵がこまるように戦略商品を買い占める、資産の差し押さえ、ダンピング、選択的にパトロンになる、代替的市場をつくる、代替的交通システムをつくる、代替的経済システムをつくる
e 政治的介入
行政システムの負担を大きくする、政府の秘密警察や秘密組織の正体を暴露する、投獄拘禁の探索、道徳的に中立とみなされる法律に対しても市民的不服従をする、協力しないで働く、並行政府の樹立
理論的根拠としての正当性根拠のほりくずし
このような非暴力的行動の技術は、すでにさまざまな社会運動に取り入れられているが、いずれも支配社会学的な理論的根拠にもとづいている。
支配の社会学のところでのべたように、支配が成立するためには「服従者の服従意欲」というものが決定的に重要である。結局人びとの支持と具体的な協力がなければ、支配は成り立たない。だから、支持と協力のシステムを断ち切るのが、もっとも大きな打撃になる。つまり、抵抗が非暴力でなければならない理論的な理由は、相手の正当性根拠をほりくずすことにある。つまり、〈自発的服従〉をコントロールすることによって、暴力現象や権力の不正義をコントロールするというパラドキシカルな方法なのである。
それに非暴力の場合、相手は暴力的手段を使いにくくなる。暴力で立ち向かってくる者たちを暴力で抑えるのはやさしいが、非暴力だとそうはいかない。よしんば暴力的手段を講じたとしても、それに正当性はあたえられない。つまり犯罪的暴力とみなされる。それは国内的にも国際的にも非難をあびて制裁を受けることになる。したがって暴力を行使する側は大きなリスクを犯すことになる。このことに関しては、近年にわかに大きな動きをみせた東ヨーロッパ・中国・旧ソ連などの場合を比較してみるといいだろう。
いずれにせよ、社会のなかのさまざまな暴力――すなわち犯罪的暴力・国家的暴力・構造的暴力――に対して、無気力・無抵抗でいることは、じつは暴力に支持をあたえることにほかならない。たとえば選挙で棄権することは、往々にして、保守政権に支持をあたえるのと同じ働きをする。犯罪的暴力に対して泣き寝入りすることも同じであるし、公害企業の商品を買い続けることも、結局暴力現象に正当性を付与することになる。
その意味では、非暴力的な社会運動によってしか、こうした暴力は封じられないし、構造的暴力としてとらえられたさまざまな現象もなくならないだろう。そこに非暴力的社会運動の可能性が存在するわけであり、これは、ヒロイズムやロマンティシズムやセンチメンタリズムから脱却して社会学的に自己認識することから始まるのである。
▼1 間庭充幸、前掲書二〇二-二〇四ページ。赤坂憲雄『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)第2章「浮浪者/ドッペルゲンガー殺しの風景」参照。
▼2 G・シャープ、小松茂夫訳『武器なき民衆の抵抗――その戦略的アプローチ』(れんが書房新社一九七二年)六八ページ。
▼3 G・ウッドコック、山崎時彦訳『市民的抵抗――思想と歴史』(御茶の水書房一九八二年)。
▼4 シャープ、前掲訳書六八ページ。
▼5 Gene Sharp,The Polifics of Nonviolent Action,Boston,1973.Part Two:The Methods of Nonviolent Action.全三巻全九〇二ぺージの大作であり、この分野についての理論的歴史的研究の代表的存在といっていいものだが、残念ながら邦訳はない。なお、以下の各項は相互に区別されるが、定義の水準はまちまちである。たとえば、ある項がその前の項の特殊事例であることがある。なお『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)非暴力』(現代書館一九八七年)で阿木幸男が、このうちの半分の項目について紹介しており参照した。
増補
犯罪を社会学する
近年、一般には理解しがたい少年犯罪が続出し、その社会的文脈に関心が集まっている。一般に時代背景と呼ばれているものは、その時代の若い人には自明であっても、少しでも時間がたつと、とたんにわからなくなるものである。戦後日本の未成年者の犯罪を類型化し、社会学的に背景をたどったものとして、この分野の第一人者による、間庭充幸『若者犯罪の社会文化史――犯罪が映し出す時代の病像』(有斐閣一九九七年)がある。日本の犯罪史を学ぶのにちょうどよい本である。
それに対して、鮎川潤『犯罪学入門――殺人・賄賂・非行』(講談社現代新書一九九七年)は、犯罪をタイプごとに整理した犯罪社会学の入門書。殺人・薬物犯罪・性犯罪・企業犯罪・少年非行についての説明のあと、司法制度の問題と被害者学の必要性について論じている。
犯罪社会学とまったく別の手法で少年犯罪の社会的文脈を考察したものとして、宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)と、宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)もあげておきたい。フィールドワークを駆使した理解社会学ともいうべき手法で問題に迫るこの二著には、じつに多くの分析アイデアがふくまれており、書き下ろしによる今後の精緻な分析を期待したいところ。
じっさい、不可解な若者犯罪が生じるたびに「心の教育」が叫ばれるという、日本の「アドミニストレーター」たちの分析力のなさにあきれる日々が続いている。自省能力の欠けたモラル・パニックの悪循環を断ち切るためには、有無を言わさぬ完璧な分析を突きつけるしかない。
性暴力とセクシュアル・ハラスメント
性暴力事件やセクシュアル・ハラスメント事件は、被害者が男性の場合とまったく異なる経緯をたどる。被害者の落ち度が問われやすいのである。そのため、被害者は加害者の犯行を証明する過程において、いわゆるセカンド・インジュアリー(もしくはセカンド・レイプ)を受けるはめになる。
日常的なセクシュアル・ハラスメントの場合も、同様に女性被害者を(男性加害者を、ではなく)ジレンマに取り込む。女性被害者にとっては深刻な「セクシュアル・ハラスメント」として定義される行為であっても、それを抗議する(最終的には訴訟にいたる)者には、「たんなる別れ話のもつれ」ではないか、あるいは女性側の「被害妄想」や「自意識過剰」ではないかとの疑惑がたえずかけられる。この解釈変更要求への圧力は強力である。たとえ職場の上司が雇用や昇進を理由にして脅迫的にセクシュアル・ハラスメントにおよんだとしても、そのさい女性被害者がその場で命をかけての抵抗をしていないと見なされると、即座にそれが「納得づく」の行為と解釈されてしまう[江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(勁草書房一九九一年)。江原由美子「セクシュアル・ハラスメントのエスノメソドロジー――週刊誌にみる解釈の政治学」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。この解釈変更圧力によると、被害者が被害者と社会的認定を受けないばかりか、加害者男性こそ「被害者」であるとの解釈さえ生じてしまう。抗議することさえ正当なものと認められないという、当事者にとってはまことに不条理な事態がここに生じるのである。
この問題については、スーザン・グリフィン『性の神話を超えて――脱レイプ社会の論理』幾島幸子訳(講談社選書メチエ一九九五年)参照。具体的事件を取材したルポルタージュとしては、宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』(朝日文庫一九九三年)がある。
死刑
日本の死刑制度は相変わらず続いている。むしろ近年は政治的な配慮から積極的に執行がなされているようだ。死刑執行は一般には非公開であるため、ややもすれば抽象的な印象を結びがちであるが、やはり人が人を殺すことの生々しさは知っておきたい。大塚公子『死刑執行人の苦悩』(角川文庫一九九三年)は、死刑執行者の心理的葛藤を取材し、かれらを国家の犠牲者として描いたルポ。これを読むと、死刑制度を存続させるというのであれば、少なくとも死刑執行に法務大臣か最終審の裁判長が立ちあうべきだとの感想を抱く。
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4月 12017

社会学感覚18音楽文化論

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社会学感覚
18 音楽文化論
18-1 合理化の産物としての近代西欧音楽――歴史社会学的視点
合理化・聴衆・複製技術・消費文化
文化論の最後のテーマとして音楽をとりあげたい。文化的営みである芸術活動のうちのひとつのサンプルとして――あるいは例題として――とりあげてみようというわけだ。
おそらく社会学という科学のなかに「芸術社会学」や「音楽社会学」という分野があることに、意外な感じを受ける人がいるかもしれない。しかし、たとえばジンメルは『レンブラント』という本まで公にしているし、ウェーバーもまた「音楽の合理的・社会学的基礎」通称「音楽社会学」という大きな論文を残している。また、フランクフルト学派にはベンヤミンやアドルノといった非常に芸術に造詣の深い社会学者がいて、多くの著作によって芸術学・美学・音楽学の研究者に大きな影響をあたえてきた。本章では、これらの古典的な研究を紹介するとともに、本書の文化論のシフトである現代の消費文化についても考察していきたい。
キーワードは四つ。合理化・聴衆・複製技術・消費文化である。これらを軸に、音楽現象・音楽文化について歴史的に話をすすめていきたい。ブレヒトのいう「歴史化」を音楽現象について試みたいと思う▼1。歴史化といっても、タイムスパンをどうとるかによって、ずいぶんみえてくるものがちがってくる。はじめに「歴史的過程のなかの近代」というスケールでとらえ、つぎに「近代内部の変化」、さらに「二十世紀」、最後に「現代」というスケールでみていくことにしたい。四つのキーワードは、この四つのスケールに対応している。
ウェーバーの合理化論
音楽はあらゆる時代・あらゆる民族において発展した普遍的な営為だ。しかし、音楽に関して近代西欧においてのみ生じた特殊なことがある。それは独特の〈合理化〉である。
ウェーバーは『宗教社会学論集』の有名な「序言」のなかで、つぎのように問うている。要約すると「なぜヨーロッパ以外の地では、科学・芸術・国家・経済の発展が、西欧に特有の合理化の道をたどらなかったのか」-この「西欧に特有の合理化」のことをウェーバーが「呪術からの解放」とも呼んでいたことは前章でもふれた。ウェーバーは、この西欧に特有な合理化」の結果生まれたものとして、つぎのようなものをあげている▼2。
経済における資本主義的企業――形式的に自由な労働・合理的経営形態・家政と経営の分離・合理的な簿記
行政における官僚制組織
国家における議会制度・憲法・合理的法体系
学問における近代自然科学――数学的な表現と基礎づけ・実験による検証・組織的研究の場としての大学
芸術における市場向け生産物――文学出版物・雑誌・新聞・劇場・美術館
絵画における遠近法
音楽における和声音楽[対位法・和音和声法]
以上の諸現象は今日わたしたちにとって自明な――それゆえ普遍的にみえる――ものばかりだが、じつはいずれも近代西欧にのみ発生した、歴史的にみてきわめて特殊な現象なのである。そこには独特の〈合理化〉が一様にみられた。
西欧音楽の合理化
晩年のウェーバーの関心は、西欧近代社会がたどった合理化過程に集中しており、かれの未完の草稿「音楽の合理的社会学的基礎」(通称「音楽社会学」)もその視点につらぬかれている▼3。
さしあたりウェーバーの関心は西欧音楽独自の音組織にあった。具体的には、合理的和声と調性である。和声音楽はトニック・ドミナント・サブドミナントの三つの三和音の組み合わせによって構成される。これは近代西欧音楽独特のものである。これを可能にするのはオクターブ空間の均質的な構成である。つまり十二平均律である。これがあってはじめて自在な転調が可能になり、和声音楽の表現力は飛躍的に高まる。ところが、じつは自然に聞こえる和音にもとづいて調律すると、オクターブがあわないのである。音響物理学ではこれを「ピュタゴラス・コンマの問題」と呼ぶ。このさい近代西欧音楽は聴覚上の調和よりも十二音の間隔の均一化を選択する。つまり、よく響くが音楽的ダイナミズムに欠ける純正律ではなく、聴覚上若干の不協和があるが自在な音楽表現を保証する平均律を選ぶのである。J・S・バッハの「平均律クラヴィーア集」(第一集)は、その転換点を刻印する作品だった。
以上の西欧独特の音組織は、他のさまざまな要素と連動していた。第一にあげなければならないのは記譜法の成立である。西欧以外の伝統的音楽はいずれも精密な楽譜を発達させなかった。五線符に音楽をく書く記譜法は、もっぱら〈演奏する〉活動だった音楽を「書く芸術」に変化させた。ここではじめて作曲家と演奏家が分離し、〈音楽を書く人〉としての「作曲家」が誕生することになる。第二に、楽器とくにピアノにいたる鍵盤楽器の発達が関係する。鍵盤楽器が他の諸楽器と異なるのは、調律を固定しなければならないことである。とりわけピアノは純正律から平均律への転換に大きな役割を果たした。
もちろん、宗教をはじめとするあらゆる文化現象がそうであるように、音楽現象も、非合理的で神秘的な性質をもつ。じっさい、いわゆる民族音楽としてわたしたちが知っている多様な音楽のほとんどは、もともと非合理的で神秘的な性質をもっている。しかし、近代西欧音楽は、しだいに非合理性と神秘性を溶解させ、独特の合理化を果たすのである。ウェーバーの歴史社会学は、その合理化が、ひとり音楽のみならずあらゆる社会領域において浸透していった壮大な潮流のひとつの支流であることを教えてくれる。
▼1 ブレヒトの「歴史化」については2-2参照。
▼2 「宗教社会学論集序言」マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)。なお、ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八一年)第二章およびディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)一五九ページ以下参照。
▼3 マックス・ウェーバー、安藤英治・池宮英才・角倉一朗訳『音楽社会学』(創文社一九六七年)。くわしい解説が訳注として付された親切な訳本だが、本文前半に音響物理学を利用した非常に難解な部分があり、直接これを読んで理解できるのは、そうとう音楽理論と数学の得意な人ではなかろうか。そこでこの本に付せられた安藤英治の解説「マックス・ウェーバーと音楽」をはじめとして以下の解説を参照した。ディルク・ケスラー、前掲訳書。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。吉崎道夫「ウェーバーと芸術」徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。吉崎道夫「非合理と合理の接点にあるもの――ウェーバーの『音楽社会学』を廻って」『現代思想』一九七五年二月号。勝又正直「M・ヴェーバーの『音楽社会学』をめぐって」『社会学史研究』第九号(一九八七年)。ウェーバーの音楽社会学はウェーバー研究の文脈では年々その重要性が評価されているようだが、一般には社会学として継承されていない。このあたりの事情については、アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー-影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)参照。
18-2 近代的聴衆の誕生――オーディエンス論的視点
「音楽の正しい聴き方」
つぎに近代西欧音楽の展開過程の内部における変化をみていこう。とくにウェーバーが見落としていた――突然の死によって不可能になった?――問題を中心にみていこう。それは音楽の受け手の態度である▼1。
わたしたちが「クラシック」として知っている近代西欧音楽は、かつて、どのように聴かれたのだろうか。現代なら、静まりかえった客席で古典的な名曲を一心に聴きいることが聴衆の〈あるべき姿〉とされている。こうした禁欲的な聴き方を「集中的聴取」と呼び、このような聴き方をする規範的かつ倫理的な聴衆のあり方を「近代的聴衆」と呼ぶ。きまじめな集中的聴取を理想的に実現するために、禁欲的な「演奏会のモラル」がつくられ、ホールも外の音を完全にシャットアウトして作品理解と関係ない音をできるだけ排除する。そして演奏中に客席の照明をおとすのも、作品にじかに向きあって集中できるようにする配慮である。こうして演奏会場は、隔離された特権的な空間になる。このような場で行われる聴取はきわめて個人的な体験である。これが「音楽の正しい聴き方」とされてきた▼2。
十八世紀音楽の聴かれ方
ところが、このような「集中的聴取」をおこなう「近代的聴衆」というあり方がヨーロッパで定着したのは、それほど古いことではなく、じつに十九世紀なかごろの話だという▼3。
では、それまではどうだったかというと、演奏会はまさに社交の場であって、まじめに音楽に耳を傾けようというのはごく少数派。ほとんどは楽しければそれでよいという人びとだったという。渡辺裕の紹介するエピソードによると、歌詞が聞きとれないので歌詞を印刷したプログラムを配ったとか、パイプの煙で指揮をするのがたいへんだったとか、気晴らしにトランプで遊んでいたとか、会場に犬を連れてきたり、目立とうとする女性たちがわざと遅れて入ってきたりしたという▼4。
これは当時の音楽が基本的に貴族階級の内輪のパーティという性格をもっていたからである。「音楽とは一心に耳を傾けて鑑賞するものだ」という共通了解が成立するのは十九世紀になってからである。これは、音楽文化の担い手が貴族から市民層に移行したというのがその変化の大きな理由である。産業革命と市民革命を通じて富と権力をもった市民層が演奏会を支えるようになったため、演奏会は「社交の場」であることをやめて「純粋に音楽を聴きたい人の集まる場」になった▼5。「芸術」という概念が成立したのも、ちょうどこのころである。それまで、絵画・演劇・音楽・文芸・建築という営みは「わざ」であり、それを司る人は「職人」だった。ところが十八世紀後半から十九世紀にかけて「芸術」となり「芸術家」とみられるようになった。「独創性」とか「作品」とか「天才」といった常套句が使われるのも、このころからだという。こうした流れのなかで、バッハが敬けんな宗教音楽家としてまつりあげられ、スカトロジーの大好きなあのアマデウスが神童モーツァルトに変身し、ベートーベンが「苦悩の人」として神格化され伝説が生まれた▼6。
こうしてみると、十九世紀はその前後とくらべてきわめて異質な世紀だったといえよう。〈近代〉が、音楽にかぎらず経済や家族などあらゆる社会領域にわたって確固たる基盤をつくったのがこの世紀であることは、〈脱近代=ポストモダン〉を迎えつつあるといわれる現代にあって、留意しておいてよいことである。
▼1 この問題については、おもに音楽学者によって散発的に研究がすすめられてきたようだが、最近になってマーラー研究家の渡辺裕が『聴衆の誕生――ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社一九八九年)においてそれらを集大成している。本節以降の議論は、おもにこの本に依拠しつつ、社会学的考察を加えたものである。
▼2 渡辺裕、前掲書五八-六四ページ。
▼3 前掲書一九-二〇ページ。
▼4 前掲書八-一〇ページ。
▼5 前掲書一四-二二ぺージ。
▼6 作曲家の偶像化については、前掲書二二-五七ぺージ。
18-3 複製技術時代
一九二〇年代
十九世紀的な「近代的聴衆」による「集中的聴取」という音楽とのかかわり方がくずれてくるのは二十世紀初頭、正確には一九二〇年代である。
では、この時代になにがおこったのか。
この時代、じつは自動車・飛行機・冷蔵庫・摩天楼など高度な科学技術がいっせいに開花した時代なのである。そして音楽にとって重要なのは、なかでも「複製技術」の出現である。具体的には、ラジオ放送の開始・蓄音器の発達とくに電気録音技術の完成・自動ピアノ[再生ピアノ=演奏家の演奏をそのまま紙のロールに記録して再生するピアノ]の流行などが二〇年代いっせいに花開く。ちなみに写真・映画の隆盛もこのころからである。
ヴァルター・ベンヤミンは、この時代から本格的にはじまった新しい文化の時代を「複製技術時代」と呼んだ▼1。
複製技術時代の芸術作品
ベンヤミンは、それまでの芸術体験がもっていた特性を「アウラ」(Aura)と呼んだ。「アウラ」とは「一回起性」または「一回性」という意味で、「〈いま〉〈ここ〉でしか体験できないこと」「オリジナルならではのなにものか」といった感じだ。かれは「アウラ」を「どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象」と定義する▼2。いいかえると、アウラは独自性と距離と永続性の三つの次元をもつ。たとえば、ミロのヴィーナスのように、それは他にかえがたいものであり(独自性)、それゆえ身近なものとはなりえない(距離)。しかもそれは時間を超越して人びとの心をうつ(永続性)。
複製技術時代以前の音楽作品の場合、「アウラ」はどのようなものか。ザィデルフェルトはそれをつぎのように説明している。かつて音楽の愛好家が好きな作品に接するチャンスは非常に少なかった。「したがって、音楽を聴きに出かけるということは、気分を浮き浮きさせるような体験(独自性)だったに違いない。そしてその体験は、記憶のなかで、以前聴いた素晴らしい演奏と容易に結びつけられたことだろう(永続性)。さらに、その音楽を本当に知るようになる、つまり心に焼き付けておくための唯一の方法は、楽譜(たいていはピアノ用に編曲されていた)を購入して、あれこれピアノで弾いてみることだけであった(距離)▼3。」
ところが、写真・映画・蓄音器などの複製技術は、絵画・演劇・演奏会のもっていた「アウラ」を完全にうしなわせた。だから、ベンヤミンは、複製技術時代における芸術の特徴は「アウラの喪失」であるとし、もはや芸術作品は礼拝のように鑑賞されないと論じた▼4。
音楽作品の場合、一九二三年に売り上げのピークを迎えるロール式の自動ピアノが、ひとつの複製技術時代の幕を開いた▼5。一方、マイクロフォンによる電気録音技術が一九二四年にベル研究所によって開発され、翌年大手のレーベルからレコードが発売された。またラジオも一九二〇年に民間放送がはじまり、爆発的な人気をえたという▼6。
このような複製技術時代のはじまりとともに音楽の受け手も、もはや十九世紀的な「集中的聴取」をする「近代的聴衆」ではなくなった。音楽はもっと日常的なものになった。ベンヤミンのことばを借りると「散漫な受け手」によって、音楽が消費されるようになったのである▼7。
音楽の変容
渡辺裕の指摘によると、こうした新しい聴き方に当時いち早く敏感に対応した作曲家が、最近ブームになったエリック・サティだった。サティの提唱した「家具の音楽」は、たとえば「県知事の執務室の音楽」とか「音のタイル張り舗道」といったタイトルが示すように、要するにコンサート・ホールで芸術作品として演奏される音楽ではなく、BGMとして日常の環境のなかで耳にする音楽である。しかも、今日のミニマル・ミュージックのように短いモチーフを何回もくりかえすというもので、まったく新しい聴取のあり方を先取りしたものだった▼8。
一方、複製メディアに適合した音楽形態として、このころ隆盛したのが、ブルースやデキシーランド・ジャズ、ささやくように歌うビング・クロスビーなどのいわゆる「ポピュラー音楽」だった。ラジオとレコードによってポピュラー音楽は大衆の人気を博した。これ以降、音楽の生産と消費の構図は一変することになり、わたしたちにとってなじみ深い身近な音楽が豊富にあふれる時代になる。
▼1 ヴァルター・ベンヤミン、高木久雄・高原宏平訳「複製技術時代の芸術作品」ヴァルター・ベンヤミン著作集2『複製技術時代の芸術作品』(晶文社一九七〇年)。
▼2 前掲訳書一六ページ。
▼3 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)六八ページ。
▼4 ベンヤミンの論じた「アウラの衰退・喪失」は、ウェーバーの論じた「カリスマの日常化」とよく似ている。前掲訳書六一-六三ぺージ。ザィデルフェルトは、このなかで「アウラの衰退」を売買行為や商品に拡大して論じている。それによると、小規模生産販売をモットーとするブティックや自然食品販売店、またコックのカリスマ的腕前を売りものにする小さなレストランは、アウラの喪失した消費社会のなかでアウラを回復しようとする試みと位置づけることができるという。前掲書六七-六八ぺージ。
▼5 渡辺裕、前掲書七五-八八ページ。
▼6 このあたりのくわしい事情については、細川周平『レコードの美学』(勁草書房一九九〇年)七七ページ以下参照。
▼7 ベンヤミン、前掲訳書四三-四四ページ。
▼8 渡辺裕、前掲書一〇七-一〇九ページ。
18-4 消費社会における音楽文化
戦後の音楽状況――テクノロジーと若者文化
一九二〇年代における複製芸術の誕生を大きな転機に、音楽の聴かれ方・演奏され方が変わった。大枠としては、これが現代の通奏低音だと考えていいだろう。ただ、その後のめざましいテクノロジーの発達と社会意識の変化によって、音楽のあり方は幾度も変遷を重ねている。ここでは第二次世界大戦後にしぼって概観し、そののちにさらに八○年代日本の音楽状況をくわしくみてみよう。
戦後の音楽状況を語る上で欠かせないファクターがふたつある。テクノロジーの発達と若者文化(ユース・カルチャー)がそれである。
一九二〇年代以降の複製技術時代の音楽にとって技術的な側面は音楽の重要な構成要素になった。戦後の大きな変化としては、五〇年代のテープ録音技術とハイファイステレオ、八○年代のヘッドフォンステレオとビデオとCDが画期的な変化をおよぼした。八〇年代のテクノロジーについては後述するとして、ここではテープ録音技術の影響についてみておこう。発達したテープ録音技術によって、長時間録音が可能になっただけでなく、演奏録音後に自由に切ってはりあわせることもできるようになり、重ねどり(サウンド・オン・サウンド)も可能にした。コンサートの音をオリジナルとする考え方はすでにストコフスキーによって破られてはいたが、この段階で、オリジナルとコピーの区別は完全に無意味になったといってもいいだろう。テープ操作による音楽創造は六〇年代なかごろのビーチ・ボーイズのシングル「グッド・ヴァイブレーション」およびビートルズのLP「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」によって決定的な高みにいたり、ポピュラー音楽に定着することになる。ビートルズがコンサートをしないと宣言した前年の一九六五年、クラシック界でもピアニストのグレン・グールドが「コンサート・ドロップアウト」を宣言し、テープ編集を駆使したスタジオ録音を音楽活動の中心にしている▼1。
若者文化の変遷
さて、テクノロジーとならんで音楽状況を変えた大きな要素は若者文化(ユース・カルチャー)である▼2。とりわけ一九六〇年代の「対抗文化(カウンター・カルチャー)の爆発」が今日の音楽文化の基盤をつくったものとして重要である。
戦後日本の若者文化の流れを大ざっぱに確認しておこう▼3。
(1)一九五〇年代――戦後民主主義や社会主義革命といった理念が絶対的なものとして成立していたので、若者のエネルギーは建設的な方向に向かっていた。→まじめ
(2)一九六〇年代――民主主義や社会主義という理想が、ベトナム戦争や中ソ対立そしてチェコ事件などで神話がくずれる。→反抗
(3)一九七〇年代――連合赤軍事件に象徴される政治的挫折によって「反抗」のエネルギーが消滅する。→シラケ
(4)一九八〇年代――価値の相対化・多様化に対応して、従来の常識にとらわれないフレキシブルな感性。→スキゾ
このうち六〇年代後半は世界的なムーブメントとして大学紛争が多くの大学をゆるがした時代として記憶されているが、従来の中心文化に対抗する文化が異議申し立てし自己主張した重要な転換期だったといえよう。アメリカに即していえば、男性中心文化に対する女性解放運動、白人中心文化に対する黒人の公民権運動、アメリカ帝国主義政策に対するベトナム戦争反対運動などがある。日本でもこれらに呼応する運動がさかんになり、また反公害運動も堰を切ったように大きな潮流になった。そして若者文化が大人の中心文化に対して自己主張――反抗――するのもこの時期である。
六〇年代を通じて日本ではジャズやロックそしてフォークが若者に定着しはじめた。とくにロックは、成立当初「反抗」というメッセージをジャンル自体が色濃くもっていたため、若者の圧倒的な支持をえた。ビートルズやローリングストーンズを皮切りに、つぎつぎと新しいコンセプトをもったグループが聴かれた。このあたりから、若者の表現手段は、文学から音楽にシフトを変えるとともに、当初「反抗文化」として自己主張していた若者文化そのものが、しだいに消費社会の中心的位置に移っていく。そして「音楽化社会」とも呼ぶべき状況が日本に成立することになる▼4。
一九七〇年代音楽の転回
六〇年代がシフト転換期だとすると、七〇年代は音楽の「サウンド志向」への転回期といっていいだろう▼5。
もちろん音楽はサウンドそのものである。しかし、ポピュラー音楽の場合、音楽はことばと密着していることが多かった。しかし、七〇年代の若者たちに支持された音楽は、そうした意味を喪失する方向に転回していき、そのかわりサウンド性(たとえばノリ)を強めていく。たとえば歌謡曲についてみれば、六〇年代までの心情告白型歌詞が、七〇年代の阿久悠の映像的歌詞によって心情的意味をうすめていく。また、六〇年代後半のプロテストソングの場合に重視された公共的なメッセージ性は、七〇年代前半にブームになった「四畳半フォーク」できわめて私生活的なものにかわっていく。このころ、ロックといえば洋楽であり、ロックは英語と決まっていたが、そのころ試みられていた「はっぴいえんど」の日本語ロックが、七〇年代後半ユーミンなどの「ニューミュージック」として開花し、一九七八年にデビューする「サザンオールスターズ」のごろあわせ的歌詞によって完成したとみていいだろう。同時にアレンジの技術も進み、ポピュラー音楽全体の「サウンド志向」が進行した▼6。
一九八○年代日本の音楽状況
〈近代〉という歴史的視野から徐々に焦点をしぼって音楽のあり方について考察してきたが、最後に、わたしたちがともに体験してきたこの十年あまりの音楽状況のいくつかの特質について概観することにしたい。とにかくこの十年あまり――ここでは一九八○年代としておく――に音楽をめぐって生じたことは多く、しかも多様である。複線的変化といってもよい。おそらくこのこと自体が、小川博司のいう「音楽化社会」あるいは「音楽する社会」たるゆえんであろうし、基調としての消費社会の成熟を物語っている。複線的変化のいくつかをひろってみよう。
(1)聴取スタイルの選択肢の拡大――一九七九年に発売された「ウォークマン」とカーステレオの普及と高級化によって、移動しながら選択的に音楽を楽しむことが容易になった▼7。他方で、環境音楽やサウンドスケープ[音の風景]のように、聴くのでなく空間を演出するための音楽も一般的なものになった。CDによって、レコードとはくらべものにならないくらい手軽にあつかえて、しかも高音質のメディアが登場し、またビデオやレーザーディスクによってヴィジュアルな楽しみ方ができるようになった。要するに、聴取の選択肢がぐんと広がったわけである。
(2)参加型音楽行動の増加――パッケージされた音楽をただ聴くのではなく、自分自身が歌い演奏することが格段にふえた。日本がピアノの生産世界一だというとおどろくかもしれないが、世界で年間に生産されるピアノの三割がヤマハとカワイによって生産されている▼8。また「カシオトーン」以後の電子キーボードもイージープレイによって、ピアノの弾けない中年男性を中心にブームになった。そして忘れてはならないのがカラオケブームとバンドブーム(イカ天ブーム)、そして年末恒例の「第九」合唱ブームである。これらさまざまな「プレイ志向」の具体化によって、もはや音楽は「聴く」ものから「する」ものになった▼9。
(3)広告音楽の展開――広告音楽の歴史は一九五一年の民間放送開始とともにはじまるが、当初は広告音楽と流行歌はまったく別の世界をつくっていた。それがしだいに融合し、七〇年代半ばに「イメージソング」として結晶した。つまり「CMソングからイメージソングヘ」という流れである。イメージソングは「ある企業や商品のコンセプトを表現しているが、企業名や商品名が歌詞の中に入っていない曲で、広告音楽として使用され、かつレコードとして市販されている曲」のこと▼10。一九七五年以来の資生堂とカネボウの化粧品広告キャンペーンから盛んになった。一時、歌謡曲のヒットのほとんどがイメージソングだったときもあったが、一九八五年あたりから下火になり、その後は多様化の方向にある。
(4)クラシックブーム――ひとつのピークは、なんといっても一九八七年にニッカのCFに映画「ディーバ」のイメージで出演したキャスリーン・バトルの爆発的人気だった。その前後からウィスキーや高級車のCFにクラシックがヨーロピアンな高級感を付加するのに用いられるようになっていた。なかにはブーニンのアイドル化など日本ならではの現象もあったが、むしろサントリーホールなどのクラシック専門ホールの誕生が、クラシックをオシャレなものに転換したとみることができる。おりしも円高による外タレラッシュで、クラシック界の大物やオペラの引越し公演がさかんにおこなわれた。他方、マニアのなかではマーラー・ブームやオペラ・ブーム、そしてオリジナル楽器演奏ブームがあるが、これにはCDやレーザーディスクなどのデジタル技術によって微妙な音色や演奏の再現が可能になったことが背景としてある▼11。
(5)メディアミックスによるアイドル現象――八〇年代はアイドル復権の時代といわれる。いわゆる「八二年組」のアイドルたち、「おニャン子クラブ」、ジャニーズ系アイドル集団など。かれらは歌手としてだけでなくミスコンやテレビドラマあるいはバラエティ番組・映画など複合的なメディアミックスによって成功した。そして重要なことだが、その過程のなかでアイドルはもはや歌手である必要がなくなってしまった。とりわけ「おニャン子クラブ」は、大量のアイドルを送りだしただけでなく、ヒットチャートを形骸化させ、フジテレビ以外の局への出演拒否と賞レース辞退によって各種歌謡番組と音楽祭を完全に権威失墜させた点で特筆すべき存在になった▼12。
(6)企業の文化戦略としての音楽――従来、新聞社の専売特許だった文化事業も近年になって「メセナ」(mecenat)として企業にもその重要性が認識されつつあるが、音楽については、サントリーホールや東急ブンカムラのように本格的なコンサートホールをつくったり、企業の名前を付したいわゆる「冠コンサート」、財団による振興事業などの形態がある。とくに音楽イベントはスポーツ・イベントとならんで、その広告効果が大きく、八○年代「冠」でない外タレコンサートを探すのに苦労するくらいだ。これは音楽イベントがねらった層にねらったタイミングで的確にアピールできる特質をもっているからである▼13。
さて、音楽化する社会の基本条件として吉井篤子は「先端技術とコマーシャリズムと感性」の三つをあげている▼14。三つの要素がいわば三位一体となって今日の音楽化社会を構成しているということだ。今世紀初頭ウェーバーの指摘した合理化の潮流は非合理的な感性を突出させながら、なおも進展しているように思われる。
▼1 テープ録音技術とステレオについては、細川周平、前掲書八六-一〇七ページ。グールドについてはかれ自身がいくつも文章を書いているが、その音楽史的評価については、渡辺裕、前掲書一三七-一四六ページ。グールドのメディア論は、つぎの本にまとめられている。ティム・ペイジ編、野水瑞穂訳『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』(みすず書房一九九〇年)。とくに「レコーディングの将来」を参照されたい。
▼2 「青年文化」とも訳される。
▼3 稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)七一ー七三ページによる。
▼4 小川博司『音楽する社会』(勁草書房一九八八年)三六ページ以下。
▼5 前掲書「2サウンド志向」。
▼6 以上、小川博司、前掲書による。
▼7 このふたつについてのくわしい分析として、細川周平『ウォータマンの修辞学』(朝日出版社一九八一年)。また、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)「2オーディオ・メカのミクロコスモス」。
▼8 桧山陸郎『楽器産業』(音楽之友社一九九〇年)二〇五ページ。
▼9 吉井篤子「現代人の音楽生活」林進・小川博司・吉井篤子『消費社会の広告と音楽――イメージ志向の感性文化』(有斐閣一九八四年)一六八-一七三ぺージ。
▼10 小川博司「イメージソング現象の分析」前掲書六〇ページ。なお、この本の「I広告音楽の展開」のなかで小川博司は広告音楽の歴史と分析について詳細に論じている。
▼11 長木征二「あなたはブーニンを覚えていますか?」『エイティーズ[八○年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)参照。くわしくは、渡辺裕、前掲書一七六ページ以下参照。
▼12 以上、高護・榊ひろと「おめでとう、さようなら」前掲書による。なお、アイドル現象については、稲増龍夫、前掲書と小川博司、前掲書が社会学的にくわしく分析している。
▼13 吉井篤子「企業の文化戦略としての音楽」林進・小川博司・吉井篤子、前掲書一八七-二二四ページ。
▼14 吉井篤子「現代人の音楽生活」前掲書一七七ページ。
増補
音楽社会学入門
文化研究が社会学の研究対象に浮上して久しい。けれども、マスコミ論や若者論の本をのぞくと、八〇年代までの社会学教科書で音楽に一章をさいたものはほとんどないはずである。しかし、現代文化を考える上で音楽を議論に乗せることはむしろふつうのことになっている。日本の社会学(者)がそれを不得意にしてきただけなのだ。
その意味では、長らく音楽社会学についてのやさしい入門書が待たれていた。九〇年代になってようやく、北川純子『音のうち・そと』(勁草書房一九九三年)が登場して、音楽社会学にも「最初に読んでほしい本」ができた。短いものだが、音楽社会学の歴史と理論が整理されている。この中で北川は、ハワード・ベッカー『アウトサイダーズ』村上直之訳(新泉社一九七八年)を音楽家集団の研究例として指摘しているが、なるほどこれも音楽社会学の研究対象である。それなら、D・サドナウ『鍵盤を駆ける手――社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』徳丸吉彦・村田公一・卜田隆嗣訳(新曜社一九九三年)も音楽社会学への重要な貢献といえよう。
本編の音楽文化論で私が構成の枠組みとして準拠した渡辺裕の聴衆論は、その後、増補版がでている[渡辺裕『聴衆の誕生――ポスト・モダン時代の音楽文化【新装増補】』(春秋社一九九六年)]。渡辺は最近、これまで音楽で使われてきた「機械」に着目して、渡辺裕『音楽機械劇場』(新書館一九九七年)を書いている。これは音楽メディアの社会史ともいうべきジャンルの存在を示唆するものであり、メディアをあえて「機械」と呼んでいるように、それらの多くは今日の視点から見るとあまり「あたりまえのメディア」らしくないのである。この分野の社会史的アプローチの可能性を感じさせる。
クラシック系にくらべてポップ系は研究伝統も浅く、オタク的な「好きもの分析」や評論はそこそこできても、社会学的な分析となると相当むずかしいように思う。未開拓のテーマや手法も多い。三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』(音楽之友社一九九〇年)は、高水準の研究に何が必要かを示唆してくれるアンソロジー。音楽学という括りの本だが、内容的には社会学への言及が随所に見られ、音楽社会学へ向かわざるをえない素材であることを感じさせる。
九〇年代日本の音楽状況
日本の音楽状況については、第一人者の小川博司が『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社一九九三年)を書いている。これは『音楽する社会』の続編で、八〇年代末から九〇年代初頭の音楽状況についての論考がおさめられている。
ポップ系では、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)に、カラオケなどの研究がある。宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)の「音楽コミュニケーションの現在」の章にも詳細な調査に基づいた議論がある。ただし文化的蓄積のない若い世代には難解だろう。
八〇年代の音楽は、ヘッドフォンステレオやカラオケがハイファイ・オーディオの延長からではなく自動車文化の流れから出て一世を風靡したのを典型として、概して非音楽的要因が音楽文化を左右した。イメージソングによって非音楽系企業が音楽のメインストリームを構築したり、冠コンサートのように音楽活動をバックアップしたりするのも同様の傾向だったといえよう。
音楽文化の動きが「音楽の論理」なり「音楽の生理」によって動くのでなく、それ以外の外在的な要素によって動くというこの現代的傾向は、九〇年代になっても続いている。いや、むしろ加速しているといった方がいいかもしれない。
たとえば、CDミリオンセラー続出の新傾向がある。一九九一年に二曲の三百万枚突破シングルが出現して、一九九四年にはミリオンセラーが一気に十九曲も出現する。これはそれまでなかったことであり、しかも、かつてミリオンセラーともなれば社会現象になったのと対照的に、九〇年代は中高年がその曲やアーチストをほとんど知らないうちにミリオンセラーになり消えていく。つまり、若い層「だけに」集中してヒットしたのである。注目すべきは、そのほとんどの曲がテレビ局とのタイアップだったことだ。高度なマーケティング技術に基づいて企画され、テレビを主軸にキャンペーンされた音楽。このタイアップ依存は、音楽番組ですらなくテレビドラマという非音楽メディアが引っ張る形になっている。八〇年代はあきらかに音楽嗜好の多様化が見られたのに、九〇年代は逆に収縮しているというほかない。
それにしても、映像主体のキャンペーンがこれだけ功を奏するとなると、ターゲットにされている今の若者が「ほんとうに音楽が好きなのか」と疑問をもたざるをえない。携帯電話やPHSの普及によってカラオケやCDの売れ行きが落ちたというごく最近の傾向も考えあわせると、要するに「仲間」を自分につなぎ止める手段として音楽が利用されたにすぎないのではないかといえそうである。しかし、それを批判的に見る考え方自体もまた、音楽に対する態度のひとつにしかすぎないのであろう。
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4月 12017

社会学感覚17宗教文化論

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社会学感覚
17 宗教文化論
17-1 日本人の宗教意識
宗教への視点
かつてマスコミには「菊・鶴・桜」の三つがタブーとして存在していた。「菊」とは皇室、「鶴」とは宗教、「桜」とは防衛問題のことである。しかし、これらはおおむね過去の話になったかの感がある。ジャーナリズムの理念からいえば、まだまだ入り口にすぎないといえるかもしれないが、とりあえず入り口は開かれた▼1。とりわけ「第三次宗教ブーム」といわれて宗教がクローズアップされるようになり、宗教界のできごとも電波にのるようになってきたのは大きな変化だ。しかし、マスコミはあいかわらず宗教をあつかうのが苦手で、人事的に新宗教の信者を採用しない方針が長くつづいたためであろうか、そのため、宗教をあつかうとき、教祖や儀礼をセンセーショナルにとりあげる一方、宗教組織については政治的影響の方しかみない傾向があって「宗教オンチ」といわれてもしかたないところがある▼2。
宗教をみる場合に重要なのは、そうした宗教形態ではなく、むしろ個々の宗教現象を担い支えている「ふつうの人びと」の方であり、そうした宗教の〈オーディエンス〉の内面世界と共同世界を〈理解する〉ことなしに宗教を論じることはできない。したがって、宗教をその送り手の側からみるよりも、受け手からみた方がより的確に把握できるはずである。つまり、問題とされなければならないのは、〈対象としての宗教〉というより、それを志向する〈宗教心〉の方である。「宗教が宗教心をつくり出すのではなく、むしろ宗教心が宗教をつくり出すのである」と、宗教社会学の先駆者でもあるジンメルはのべている▼3。このことばを本章の導きの糸にしていきたい。
日本人は無宗教か
多少時間がたっているが、日本社会の「宗教回帰現象」を指摘したことで有名なNHK放送世論調査所の『日本人の宗教意識』によると、日本人は信仰をもっている人が少ないという▼4。それによると-
信仰をもっている人 信仰をもっていない人
日本人    三三%       六五%
アメリカ人  九三%        七%
この数字そのものをもとに議論するのは危険であるが、じつはその危険性のうちに、日本人の宗教心のあり方の秘密がかくれている。
なぜ危険かというと、アメリカ人の九三パーセントという数字の背景には、アメリカ社会において無宗教であることを標傍することは市民性を疑われることになりかねないという事情があるからだ。これは欧米全般にいえることであり、またイスラム世界においても同様である▼5。これに対して日本では大きく事情が異なる。特定の宗教団体に所属していることが逆に市民性をそこなう方向に作用する。むしろ「自分は無宗教だ」としていた方が都合がよいことが多い。信仰の表明に関して日本は欧米やイスラム世界に対して「図」と「地」が反転しているのである。
自覚と現実行動の不一致
宗教の話となると、日本人三三%の「信仰をもっている人」だけの話と思われるかもしれないが、社会学はそうは考えない。それはたんに「自分の宗教性を自覚しているかどうか」「自分の宗教心を表明できるかどうか」ということにすぎない。むしろ問題は、自覚されない宗教性・表明されない宗教心である。
そもそも「信仰をもっていない」と答える日本人は、ほんとうに無宗教といえるのだろうか。
さきのNHKの調査によると、国民の半数以上の人が仏壇または神棚に拝むことがあると答えているし、初詣をするという人は八割を越える。九割の人が墓参りにいくとともに、最近多くなったとはいえ、まったくの無宗教で葬式をする人はきわめてまれだ。また大学生で、合格祈願に行かなかった者はかえって少ないのではなかろうか。たとえば旺文社の受験参考書の最後には「合格祈願のお守りをプレゼントします」といったページがあったりする。また、安全祈願のお守りのない自動車をみることはむずかしい。さらに、結婚式場がとりやすい仏滅にあえて結婚式をするカップルはいぜんとして少ない。他方、『PHP』や『家の光』のように、表面は社会教育雑誌でも中身は宗教的な色合いの濃い修養誌も、月百万部以上コンスタントに売れている。
これらはれっきとした「宗教行動」である。となると、日本人はかならずしも無宗教ではないのではないか、ということになる。ただ、日本人は、独特の宗教感覚をもっているのである。つまり、宗教行動をしているのに、自分ではそう考えないという人が日本人には多いようなのだ▼6。
企業と国の宗教感覚
行動と意識が一致しない日本人のこうした独特の宗教感覚は、あきらかに〈明識〉の欠如を示しているが、これは企業や行政・政治にもはっきりあらわれ、ときとして政治問題・法律問題になる。
たとえば、日本の大企業が、工場の操業開始や主要設備の始動のときにかならず「おはらい」の儀式をとりおこなうのはよく知られているが、三菱稲荷[三菱銀行]や東横神社[東急グループ]のように、じつは多くの大企業が神社そのものをもっている。これを「企業神社」[企業守護神]という▼7。これはたんに創業期の名残りではない。企業活動に直結した現役の一部門なのである。たとえば、大阪松下電器産業本社「創業の森」には一九八一年「根源社」という神社が新たに建立されている▼8。またダスキンのように企業ぐるみで特定の宗教をしている企業もあるし、社員研修で禅などの修行を強要する企業も多い▼9。
憲法では信教の自由をうたっているのに、企業内における信教の自由はかならずしも守られていない。なぜ労働組合がこの問題を真剣にとりあげてこなかったのか不思議なほどだが、組合もまた宗教には無頓着なことが多い。
これが国となると明確に「政教一致」となって憲法違反の可能性がでてくる。ちなみに憲法第二十条ではつぎのように規定している。「1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強要されない。3国及びその機関は、宗教教育その他のいかなる宗教的活動もしてはならない。」これにもとづいて、いくつかの裁判がなされている。津地鎮祭訴訟・山口県自衛官合し訴訟・箕面市忠魂碑訴訟・靖国神社玉串料公金支出違憲訴訟など。しかし、これらに対して裁判所の判断は、国が禁止されている「宗教的活動」を厳格に解釈する見方と、あいまいに解釈する見方に分かれている。最高裁は概して「曖昧主義」である。
総じて日本の企業・行政・司法は、特定の宗教を信仰している個人に対して、無自覚なままに――あるいは無邪気というべきか――その信教の自由を侵しているようにみえる。冒頭で指摘したマスコミのことも同根と考えた方がよさそうだ。
では、なぜこのようなことが生じるのか。〈宗教への表面的無関心〉と〈行動のなかに潜在する宗教性〉との関係をどう理解すればいいのだろうか。
普遍宗教と民俗宗教
この問題についてNHK放送世論調査所は、日本人は「民俗宗教」という宗教を信仰しているにもかかわらず、人から信仰についてたずねられたときには、反射的に「教祖・教説・教団組織をもった宗教」を思い浮かべてしまうために「自分は信仰をもっていない」と答えるのではないかと分析した▼10。たしかに現代人が宗教ということばで想起するのは、既成仏教か、あるいは戦後著しい発展を遂げた新宗教のいくつかの宗教団体であろう。しかし、それだけが宗教のすべてではない。その意味で「民俗宗教」の問題は、日本人の宗教概念の狭さを照らしだしてくれる。
では「民俗宗教」とはなにか。
民俗宗教(folk religion)とは、地域の民間伝承を土台とする宗教のことで、従来「民間信仰」と呼ばれていたもののことである。民俗宗教はおもに(1)「祭と忌」(2)正月・彼岸・節句・盆・大晦日などの暦に関連した「年中行事」、(3)人が一生に経験する折々の儀式である誕生・七五三・成人式・婚姻・厄年・年祝・葬式・法事などの「通過儀礼」(要するに冠婚葬祭)、(4)祈願・占い・呪い・まじないなどの「俗信」の四つの儀礼から成り立っている▼11。
一般に宗教は大きくふたつにわけられる。「民俗宗教」と「普遍宗教」(universal religion)である。両者を宮家準の説明をもとに整理してみよう▼12。
(1)基本定義――民俗宗教は地域社会で共同生活を行なう人びとによってはぐくまれた生活慣習としての宗教である。それに対して普遍宗教はむしろ地域社会から疎外された人が宗教体験をえて開教した宗教である。
(2)教祖――民俗宗教に教祖は存在しない。それに対して普遍宗教は教祖の宗教的人格を中心とする。
(3)救済の対象――民俗宗教はその地域社会全体あるいはその成員としての個人を救済対象とする。それに対して普遍宗教は社会や集団から疎外された個人が対象となる。
(4)宗教形態――民俗宗教は儀礼を中心とし、自然物やかんたんな加工物が諸霊や神の象徴として崇拝される。それに対して普遍宗教では教祖の宗教的人格やその言動・教えを中心とする。儀礼は二次的である。
(5)集団形態――民俗宗教では家・地域社会・民族など世俗の集団をそのまま宗教集団としているため、布教の必要がない。それに対して普遍宗教では教団が形成され第三者へ布教される。
日本の民俗宗教はアニミズムを基調とし、自然現象や自然物のカミ(神霊)・土地のカミ・生産のカミ・祖先のカミを内容とする。それは、定住農耕生活の共同生活と密接にむすびついていた、いわば生活慣習としての宗教である▼13。
学術的には、民俗宗教もれっきとした宗教である。しかし、民俗宗教は近代化の過程で宗教色をうすめつつあり、このことが結果的に日本人の宗教定義を曖昧にしていると考えられる▼14。
この点については、とくに神社のあり方も問題である。宗教統計上、日本で一番大きな宗教団体は神社本庁である。しかし、NHK放送世論調査所が調査してみると、実際に神道を信仰していると答えたのは三%にすぎない▼15。また、神社は宗教法人として税制上の優遇措置を受けているにもかかわらず、その行動が宗教的とみなされないで国や地方自治体から公金を支給される場合が多い▼16。税制上は宗教、公金支給上は非宗教-完全な使い分けがなされている。この点で「神社は宗教にあらず」とした戦前の国家神道の影響がまだ残っているようにも思われる。
多重信仰+シンクレティズム
日本人の信仰の仕方をみると、たとえばお宮参りをしたり、神道やキリスト教によって結婚式をしたり、仏教によるお葬式をしたり、多くの日本人にとって宗教はいわば「分業」体制にある。神棚と仏壇の両方ある家も多い。これを「多重信仰」または「重層信仰」と呼ぶ▼17。
これは、日本の宗教の多くがシンクレティズム(syncretism)[融合・混交・習合]の性格が強いために、日本人が宗教的寛容性をもっているからである。
シンクレティズムとは、異質な要素が融合してひとまとまりになることをいう。日本の場合、古来の神道と外来の仏教とがたがいに影響をあたえながら宗教的風土をつくりあげてきた。神仏習合とか神仏混交と呼ばれるのがこれである。そのために、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの厳格な一神教にみられる排他性が概して少ない。
「宗教的寛容性」は裏返すと「無節操」である▼18。このような態度が一方では、宗教的行動をしていながら「自分は無宗教だ」という甘い認識をうみだすとともに、他方で、宗教に対する国や行政・企業の無神経さを生んでいる。また、宗教的排他性をもつ新宗教が日本社会と摩擦をおこしてきたのも、日本人のマジョリティがとっている寛容かつ無節操な宗教態度を強く否定するものだったからとも考えられる。
以上は「信仰をもたない」と表明する三分の二の日本人についての考察である。結論は、これらの人びとは「信仰をもたない」のではなく、「自覚的な信仰をもっていないだけで、けっして無宗教ではない」ということだ。この人びとが結果的に「信教の自由」に鈍感だったりする。そして大事なのは、そう思ってしまう歴史的理由・社会的背景がある点なのである。このように、日本の宗教は世界的にみてけっして特殊なものではないが、現代人の宗教に対する意識の方はかなり特殊である。
今度は残りの三分の一の人びと[自覚的に信仰をもつ人びと]の宗教的世界について考察することにしよう。
▼1 報道におけるタブーについては、天皇報道研究会『天皇とマスコミ報道』(三一新書一九八九年)。本多勝一「報道と言論におけるタブーについて」『事実とは何か』(朝日文庫一九八四年)。
▼2 ジャーナリズムの宗教理解の水準がどのようなものかが典型的にあらわれたのは「イエスの方舟」報道だった。これについては、山口昌男「『イエスの方舟』の記号論――マス・メディアと関係の構造性について」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。芹沢俊介『「イエスの方舟」論』(春秋社一九八五年)。赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。最後の本は現在『新編排除の現象学』として筑摩書房からだされている。また、アメリカのジャーナリズムで問題とされているものとしてイスラム教に対する報道姿勢がある。エドワード・W・サイード、浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにしてつくられるか』(みすず書房一九八六年)。他方、「宗教オンチ」を払拭する若干の例外もある。「イエスの方舟」報道のなかで異色の存在だった『サンデー毎日』などはその一例であるが、ほかにもいくつかある。毎日新聞社特別報道部宗教取材班『宗教を現代に問う』(上中下・角川文庫一九八九年)。毎日新聞『宗教は生きている』(全四巻・毎日新聞社一九七八-一九八〇年)。朝日新聞社会部『現代の小さな神々』(朝日新聞社一九八四年)。
▼3 G・ジンメル、居安正訳『宗教の社会学』(世界思想社一九八一年)二七ぺージ。なお、宗教社会学の先駆者としてのジンメルの宗教論については、阿閉吉男『ジンメルの視点』(勁草書房一九八五年)第四章「宗教の社会学的考察――ジンメルとデュルケム」および阿閉吉男「ジンメルの宗教的世界」『ジンメルとウェーバー』(御茶の水書房一九八一年)を参照されたい。
▼4 NHK放送世論調査所編『日本人の宗教意識』(日本放送出版協会一九八四年)。
▼5 これらの社会において無宗教者は基本的に人間あつかいされず、けだものあつかいや危険人物視されることが多い。まだ「異教徒」あつかいされる方がましだともいう。たとえばイスラム世界で働くソ連人はギリシア正教徒ロシア派としてふるまっていたという。これらの点については、大島直政『イスラムからの発想』(講談社現代新書一九八〇年)一六〇ページ以下。なお、社会学出身の著者によるこの本が全編にわたって考えているのは、文化の宗教性であり、文化とは宗教文化にほかならないことである。
▼6 NHK放送世論調査所編、前掲書三-九ページ。大村英昭によると、月に二度かならずある神社にお参りにいくという人が、アンケート調査のときに「私はとくに宗教行動はしていない」という項目にためらいもなく○をつけて研究者をとまどわせるという。ポイントはここにありそうだ。大村英昭・西山茂編『現代人の宗教』(有斐閣一九八八年)二ぺージ。なお、この本は第一線の宗教社会学者による待望の入門書。
▼7 大村英昭・西山茂編、前掲書二二二ぺージ。
▼8 中牧弘允『宗教に何がおきているか』(平凡社一九九〇年)二五ページ。中牧はまた、物故社員の霊を供養する会社供養塔が高野山におよそ九〇あると報告している。前掲書一七-二二ページ。
▼9 たとえば、佐高信「新かいしゃ考」(朝日新聞)によると、日立製作所・住友金属・宇部興産・松下電器・三菱電機・東芝・トヨタ車体などが社員を研修に参加させている「修養団」は、かれらに「水行」という〈みそぎ研修〉をさせるという。この種の修養団体については、沼田健哉『現代日本の新宗教-情報化社会における神々の再生』(創元社一九八八年)の「修養団体の比較研究」がくわしい。
▼10 NHK放送世論調査所、前掲書二三ページ。
▼11 宮家準『増補日本宗教の構造』(慶應通信一九八〇年)九四-一〇五ページ。
▼12 宮家準「民俗宗教の象徴分析の方法」藤田富雄編『講座宗教学4秘められた意味』(東京大学出版会一九七七年)一九二-一九三ぺージ。
▼13 宮家準『増補日本宗教の構造』九一-九四ページ。なお、日本の民俗宗教についてわかりやすく掘り下げた一般書として、宮家準『生活のなかの宗教』(NHKブックス一九八〇年)。
▼14 ただこれにはそれなりの歴史的理由もあって、毎年日本人の三分の二がいく初詣が国民的習俗になったのは明治大正期であり、さらに今日のように本格的に大衆的習俗になったのは高度経済成長以後のことのことである。また七五三も明治になってつくられた習俗であり、明治神宮が一九二〇年に創設され、東京市民の氏神としての位置を獲得する過程で東京近辺で都市習俗として形を整えそれが全国に広まったものである。宮参りの古くからの形式だったものを百貨店や呉服屋がキャンペーンして確立した、近代化の産物なのである。じつのところクリスマスやバレンタインデーとそう大差ないわけだ。中牧弘允、前掲書一五二ぺージなどを参照。
▼15 NHK放送世論研究所、前掲書一九ページ。
▼16 大村英昭・西山茂編、前掲書五-六ページ。
▼17 NHK放送世論調査所、前掲書。
▼18 前掲書。
17-2 宗教の本質――カリスマと聖なるもの
宗教の原点としてのカリスマ
まず、宗教現象のもっとも原初的な核にあたるもの、つまり宗教の原点はなにかについて宗教社会学の理論をみていくことにしよう。これについては、ふたりの社会学の巨匠の理論が代表的である。ひとりはマックス・ウェーバー、もうひとりはエミール・デュルケムである。ウェーバーは「カリスマ」に、デュルケムは「聖なるもの」に、宗教心の根拠を求めている。
ウェーバーは、呪術師が雨を降らしたり病気をなおしたりする能力のような、特別な「非日常的」能力のことを「カリスマ」(charisma )と呼ぶ▼1。
ウェーバーのカリスマ概念を要素ごとにまとめると――
(1)カリスマとは、ある人物に宿っているとみなされる非日常的な資質である。
(2)この資質は、超自然的・超人間的・非日常的な、人並はずれた特殊な力として発揮される[奇跡や忘我状態]ので、その人物は「仰ぐべき優れた指導者」として帰依者たちから評価される。
(3)その資質が客観的に存在するかはさしあたって問題ではない。ひとえに帰依者や弟子たちがどう評価するか、つまり帰依者の承認しだいである。[カリスマは社会的承認であり、その意味で社会現象である。]
(4)したがってカリスマ的指導者は、たえずカリスマ性を証明しつづけなければならない。[預言などの証し]
(5)カリスマヘの帰依は、その非日常的な力に向けられているため、しばしば革命的・変革的・創造的である。[革命のエネルギー]
(6)カリスマ的支配は、後継者問題などの後、伝統化されるか、合法化される。[カリスマの日常化]
カリスマということばそのものは、もともとキリスト教神学で使われていたことばだが、ウェーバーはそれを拡大して――つまりキリスト教以外の宗教にもあてはまる現象として――概念化した。現在では、教祖や宗教的指導者に対して使われるだけでなく、政治家や社会運動の指導者、果てはロックミュージシャンにまで拡大解釈されているが、本来は「非日常的な資質を承認された者」だけがカリスマと呼ばれるべきである。
究極的意味の世界としての宗教
一方、フランスの社会学者デュルケムは、宗教現象の原点を「聖」つまり「聖なるもの」においている▼2。
デュルケムによると、あらゆる宗教思想に共通する基本要素は「聖と俗」の分離である。つまり、世界は「聖」(sacre)と「俗」(profane)というふたつの領域からなると考えられているという。当然「聖」に宗教の本質がある。そして「聖」とは社会の象徴的表現だというのが、デュルケムの主張だった。つまり宗教とは、ある「聖なるもの」に関連した信念と実践の体系であって、それを支持する人びとを単一の共同体へと統合するものだとした。
ここでいう「聖なるもの」は、たとえば、特定の山であったり、人体の一部であったり、ある動物であったり、ことばであったり、あらゆるものが「聖なるもの」たりうる。ひとたびなにかが「聖なるもの」になると、今度はすべてのことがらがそこから説明され理由づけされる。これが宗教だというのである。つまり、人間が経験したことや行為したことについて「これはいったいどういうことなのだ」という疑問に対する社会サイドの解答が宗教なのである▼3。つまり宗教は「究極的意味」を人間たちにあたえてくれるのだ。
この考え方によると、社会主義ですら一種の宗教ということになるし、また、たんに「宗教は社会現象である」ばかりか「社会は宗教現象である」とまでいえてしまう。そういう意味で非常にラディカルな考え方であって、このあたりが現代社会学で再評価されているゆえんだろう。前節の説明に典型的にあらわれているように、本書の基本認識もここにある。
宗教の機能
このふたつの概念と考え方は、宗教に関するいろいろな問題を提示してくれたのだが、ここでは、さしあたり、宗教が社会に対してどのような機能をもっているかについてだけ確認しておこう。
ウェーバーのカリスマ概念が示しているのは、宗教のもつ社会変革機能である。非日常的な資質であるカリスマは、熱狂的な支持者を集め、既成の秩序を破ろうとする、革命的なパワーをもつ。「世なおし」とか「挑戦」の働きがそれである。この点で宗教は本質的に「運動」なのである。
それに対してデュルケムの聖なるもの概念が示しているのは、宗教の社会統合的機能あるいは秩序づけ機能である。聖なるものという超越的な権威によって、社会がまとまるというわけである▼4。
宗教には、この両方の側面が備わっている。いずれにしても、宗教は社会を内側から維持し、また人間の内面から社会の変動をうながす強力な働きをもっている。したがって、宗教がもっぱらプライベートな内面の問題としてあっかわれるようになったのは、じつは最近のことなのである。宗教はもともと「聖なる天蓋」であり、社会全体をすっぽりおおって、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たしてきたわけである▼5。
宗教は、混沌とした世界[カオス]に秩序[コスモス]をあたえる意味の構築である。それは秩序をつくりだすとともに、既成秩序を変えていく。人間が意味を求める動物であるかぎり、宗教のもつこのような超越性と変革性は、くりかえし文化の表層に現れることだろう。
宗教は非合理か
日本の〈常識〉では、宗教は非合理的な現象である。しかし、ウェーバー流の宗教社会学的視点からみれば、宗教は基本的に〈知の合理化〉である。
というのは、現実に体験するさまざまな苦難をどう意味づけるか、またそこから救済されるにはどうしたらいいのか、救済された状態とはどういう状態なのか――これらを合理的に説明するのが宗教の世界像なのである。なぜ自分は幸福なのかを説明し、幸福であることを正当化してくれる論理を「幸福の神義論」(Theodizee des Gluckes)といい、なぜ現世において信仰者がいわれなき苦難にあい、逆に不信心者が幸福を享受するのかを合理的に説明してくれる論理を「苦難の神義論」(Theodizee des Leidens)という。いずれにせよ〈知の合理化〉によって構築され宗教的世界像は〈転轍手〉として人間の行為を方向づける▼6。
ただ、宗教は別の観点からみれば非合理的である。というのは、宗教行為は基本的に「価値合理的行為」だからである。価値合理的行為とは「予想される結果を顧慮することなく、義務、品位、美、宗教的使命、敬虔……(中略)への確信にしたがって行為する」ことである▼7。ところが「目的合理性の観点からすれば、価値合理性はつねに非合理的であり、しかも、それが行為の向かう価値を絶対的な価値に高めれば高めるほど、ますます非合理的となる▼8。」目的合理性を重視する近代の社会において、価値合理的行為は非合理的なことにみえるというわけだ。
ウェーバーはつぎのようにのべている。「世界像および生活様式の理論的かつ実践的な、また知的かつ事実的な全面的合理化という近代的な形態は、次のような一般的な帰結をもたらした。すなわち、この独自な合理化の過程が進展するにつれて、宗教はそのために、ますます――世界像の形成という観点からみて――非合理的なもののなかに押しこめられていったということである▼9。」このように、宗教の〈合理-非合理〉は歴史社会学的視点からみてはじめて明晰にとらえることができる。
▼1 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、武藤一雄・薗田宗人・薗田坦訳『宗教社会学』(創文社一九七六年)。
▼2 デュルケム、古野清人訳『宗教生活の原初形態』(岩波文庫一九七五年)。とくに(上)七二ページ以下。
▼3 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)三九〇ページ。
▼4 たとえば、占領下の日本にGHQが天皇制を残したという歴史的事実は、宗教の統合的機能を考慮したものといえる。
▼5 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋』(新曜社一九七九年)。
▼6 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)四一ページ以下。
▼7 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)三七ページ。なお、価値合理的行為をふくむ「行為の諸類型」については5-2参照。
▼8 前掲訳書三八ページ。
▼9 マックス・ヴェーバー、『宗教社会学論選』五九ページ。
17-3 世俗化から宗教回帰現象へ
世俗化論
二十世紀はじめ、ウェーバーは、近代化イコール合理化というあらがいがたい潮流があり、そのなかで非合理的なカリスマは必然的に衰退すると予想した。そしてこの合理化の潮流を世界の「呪術からの解放」(Entzauberung)と呼んだ▼1。
このような考え方は、戦後イギリスのブライアン・ウィルソンを中心に、「世俗化論」として実証的に研究され、一時は宗教社会学の主流を形成した。「世俗化」(secularization)とは、宗教的影響力の衰退化過程のことである。たとえばイギリスでは一九六〇年代まで教会出席率が下がりつづけていた。西欧社会で宗教的影響力とは、すなわち教会の影響力だったから、確実にその威信は低下しつつあった。アメリカの場合も、教会出席率や教会所属者数の下降はないけれども、それはプロテスタントかカトリックかユダヤ教のどれかの信者であるということが社会にちゃんと受け入れられる方法とされていたためであって、内容的には宗教心は希薄になっているとされた▼2。
科学技術の急速な進歩につれて宗教の役割は小さくなると考えるのは当然といえそうだが、現実はもっと複雑に進行している▼3。
第一に、宗教はたしかに共同体の信憑性構造を失って、世界は脱神話化されたけれども、宗教は私生活の領域に限定される形で根強く残っている。これを「私化」または「私生活化」(privatization)という。つまり、宗教の個人主義化・好みや趣味としての宗教として、宗教がもっぱら心の内面だけの問題となったのである。トーマス・ルックマンはこれを「見えない宗教」(invisible religion)と呼んで、宗教の個人化を強調した▼4。
こうした流れとともに進行しつつあるのが世界的な宗教回帰の傾向である。宗教回帰現象はふたつの側面をもっている。ひとつは単純に宗教復興の動きである。たとえば、ホメイニをカリスマ的指導者とするイスラム原理主義によるイラン革命、キリスト教会が大きな原動力となったフィリピン革命、またポーランドをはじめとする東ヨーロッパのあいつぐ民主化も、キリスト教会が大きな原動力を供給していた。韓国の革新運動も同様である。もうひとつの側面はアメリカや日本のように、すでに世俗化がかなり進行した先進国でも、一種のUターン現象が生じてきたということだ。ここではこちらの側面に注目してみたい。
日本の宗教回帰現象
日本の場合、シフトが変わってきたのは一九七三年のオイルショック以後のことだ。このころから保守化傾向が強まるとともに、とくに若者の占いや祈願行動・祭への参加が目だつようになった。「こっくりさん」が小中学生にはやったのも、オカルト・ブームも『ノストラダムスの大予言』(五島勉)もこのころである。そして七〇年代後半には大型書店に「精神世界」コーナーが設けられるようになり、『ムー』のような神秘主義指向の雑誌が読まれるようになった▼5。そうした社会的風潮のなかで「小さな神々」と呼ばれるミニ教団がたくさん生まれ、そのうちのいくつかは「新新宗教」と呼ばれるまでに急成長した。この一連の流れを一般に「第三次宗教ブーム」と呼んでいる。
この一五〇年のあいだに生まれた新しい宗教のことを「新宗教」と呼ぶ。かつては「新興宗教」とややさげすむニュアンスで呼ばれていたが、最近は一括して中性的に「新宗教」と呼ぶようになった。統計的な根拠があるわけではないのだが、日本の新宗教には、これまで四つの高揚期があったとされている▼6。
(1)第一次宗教ブーム――幕末期から維新期にかけて民衆の自主的な宗教運動として発展した民衆宗教。金光教・天理教・黒住教など。
(2)大正期宗教ブーム――大本教・生長の家・ひとのみち(のちのPL教団)・霊友会など。
(3)第二次宗教ブーム――第二次大戦後、霊友会・立正佼成会・創価学会などの巨大教団化。
(4)第三次宗教ブーム――一九七三年以後、阿含教・真光系教団・真如苑・GLA系教団など。西山茂はこれを「新新宗教」と命名。
新宗教を、教義信条に重点をおいた「信の宗教」と、操霊によって神霊的世界(いわゆる霊界)との直接交流を重視する「霊-術系宗教」に分けると、第一次および第二次宗教ブームは「信の宗教」、大正期と第三次宗教ブームの主流は「霊-術系宗教」である。前者は知の合理化を押し進めるが、後者は具体的な霊験と即効性のある術や行に本領があって、かなり非合理性が強いといわれている。ご覧の通り、近代化の急激な変革期には「信の宗教」が盛り上がり、一段落したときに「霊-術系宗教」が台頭する傾向がある▼7。
近代以降このような高揚期をへた結果、現代日本の宗教はほぼ四層構造をなしていると考えられる▼8。
(1)制度的教団宗教――既成の仏教諸派。本山-末寺関係と檀家制をとる。
(2)組織宗教――天理教・創価学会・立正佼成会など。組織による大きな動員力をもつ。
(3)新新宗教――呪術的カリスマをもつ霊能者型指導者を中心とする。
(4)民俗宗教――シャーマン(霊能者)と信者(クライエント)のゆるやかなネットワークに支えられている基層的な民間信仰と民衆宗教。「小さな神々」もこの一種▼9。
実質的な信者の数からいえば、(1)(2)が多数派である。第三次宗教ブームだからといって、現代の宗教がみんな「新新宗教」であるわけではない。マス・メディアによって切りだされる宗教像は目下のところ「新新宗教」に集中しているので注意されたい。
しかし、「新新宗教」には非常に現代的な特質がみられ、そこがマス・メディアや研究者の注目を集めることになっているのであろう。最後に、この点について一言しておきたい。
消費社会における幸福と不幸
橳島次郎は、一九六〇年代の高度成長=大衆消費社会化を経たことが「新新宗教」「宗教回帰」の大きな背景となっていると指摘する▼10。
かれによると、六〇年代以降の大衆消費社会において、消費によって「幸福」をえるというライフスタイルの構図ができあがり、それとともに「幸福」がタコツボ的な自閉的個別的なことになっていった。この社会意識をかれは「個別化された幸福の神義論」と呼ぶ▼11。平たくいえば、「あくせく働き、あくせく消費する」永遠の循環のなかに「幸福」が閉じ込められてしまっているのだ。当然このような「幸福」は非常に危うい性格をもつ。労働にも消費にも疲れ、ドロップアウトしてゆく孤独な人びとを生みだしていく。
橳島は「新新宗教」信者の入信動機を分析して、そこに「不幸の個別化」の構造をみいだしている▼12。たとえば、下積み生活の苦労や展望のなさ・受験や昇進や業績などの競争による企業組織や学校における過酷な人間関係などが、小規模化した家族の崩壊として現れたり、個人の孤独や心身の病気を増幅させていく形をとって噴出する。家族・地域・学校・医療機関などは、それを救えないばかりか、むしろ抑圧し切り捨ててしまう。こうして「現代社会は総体として、生活上の社会的な矛盾・問題を、個々の家庭や個人のうちにたえず個別化し内閉化させていく構造をもっていると考えられる。そのために、社会的な問題が、特定の家族や個人の私的で個別的な問題としてのみ現われ、また周囲も当人たちもそのような個別的なものとしてのみ問題を解釈するという状況が、生じてくるのだ▼13。」
このような「不幸の個別化」に対応して、「新新宗教」は「不幸」の原因とそこからの「救い」をともに個人のうちに求める。たとえば、「不幸」の原因を「先祖からの悪因縁」や「霊の憑依」にあるとし、それを救済する手段として「先祖供養」や「除霊」などの〈術〉をほどこすというのが「新新宗教」の基本パターンである。七〇年代にブームとなり新しい習俗となった「水子供養」も同じ構図である。橳島はこの論理を現代社会の「個別化された不幸の神義論」と呼ぶ▼14。
このように〈消費による幸福〉と〈信仰による幸福=救い〉がともに個別化された同型性をもっている点で、「新新宗教」において「消費」と「信仰」はかぎりなく近づいている▼15。そして、そのかぎりであれば信仰集団は社会から許容される。しかし、「信仰による救い」が「消費」のように個別化されず、社会変革に向かう場合――コミューン形成や政治進出――社会はその信仰集団を狂信的かつ異常なものとして排除しようとする。一九七八年九百人の信者が教祖とともに集団自決したアメリカの「人民寺院」や、一九七八年から八○年にかけてマスコミの総攻撃をうけた「イエスの方舟」などがその典型事例である▼16。
いずれにせよ、新宗教のありようとそれに対する社会の反応とは、現代社会の矛盾や問題をいやおうなく顕示する。わたしたちが宗教現象から読みとらなくてはならないのは、じつはこちらの方なのである▼17。
▼1 もともと古代ユダヤ教に端を発し、プロテスタンティズムでひとつの完成をみた宗教的態度。簡潔に「脱呪術化」とも訳される。ウェーバーの合理化論については18-1参照。
▼2 このあたりの事情については、大村英昭・西山茂編、前掲書八五ページ以下を参照。
▼3 世俗化論の今日的状況からの総括として『東洋学術研究』第二六巻第一号(東洋哲学研究所一九八七年)の特集「世俗社会と宗教-対立を越えて」。
▼4 トーマス・ルックマン、赤池憲昭・ヤン・スィンゲド-訳『見えない宗教――現代宗教社会学入門(ヨルダン社一九七六年)。
▼5 この雑誌の購読者の特異な性格を論じたものとして、浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼6 新宗教の概要と研究については、つぎの本が一九八○年春までの分を網羅している。井上順孝・孝本貢・塩谷政憲・島薗進・対馬路人・西山茂・吉原和男・渡辺雅子『新宗教研究調査ハンドブック』(雄山閣一九八一年)。また沼田健哉、前掲書はカリスマ概念を中軸に新宗教を分析している。その続編的解説論文として、塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編『現代日本の生活変動――一九七〇年以降』(世界思想社一九九一年)第六章「宗教――新宗教を中心として」がある。
▼7 「信の宗教」と「霊-術系宗教」という性格類型は、大村英昭・西山茂編、前掲書による。
▼8 塩原勉「内発的発展」塩原勉・飯島伸子・松本通晴・新睦人編、前掲書二一二-二一三ぺージ。
▼9 ただし「小さな神々」を民俗宗教に入れるか、新新宗教に入れるか、見解は分かれるだろう。
▼10 橳島次郎『神の比較社会学』(弘文堂一九八七年)IV「『消費』と『信仰』――現代社会における神のゆくえ」。
▼11 前掲書一七一ぺージ。
▼12 前掲書一七八-一九一ぺージ。
▼13 前掲書一八三ぺージ。
▼14 前掲書一九六ページ。
▼15 前掲書二〇六ページ。
▼16 前掲書二二四-二四六ページ。
▼17 ごく最近の論考として、芳賀学「新新宗教-なぜ若者は宗教へ走るのか」および市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」いずれも吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)。
増補
宗教社会学の概説書
井上順孝編『現代日本の宗教社会学』(世界思想社一九九四年)は、「宗教と社会」学会の主要メンバーによる宗教社会学のスタンダード・テキスト。現代日本の宗教状況に照準を合わせて、理論と現実とがバランスよく編集されている。「宗教社会学は何を研究するか」「宗教社会学の源流」「宗教社会学理論の展開」「現代日本の宗教」「社会変動と宗教」「新宗教の展開」「社会調査を通してみた宗教」の六章に厳選された「文献解題」がある。
K・ドベラーレ『宗教のダイナミックス――世俗化の宗教社会学』ヤン・スィンゲドー、石井研士訳(ヨルダン社一九九二年)は、宗教社会学の重要な争点である世俗化論の集大成的な概説書。世俗化をめぐるさまざまな議論のアウトラインと位置関係がよく整理されている。ここでは世俗化論が「非聖化」「宗教変動」「個人の宗教への関与」の三点に整理されている。付論では社会学基礎理論とのかかわりについても論じられている。圧巻は巻末の「文献目録」で、宗教社会学や世俗化論についての二四八件の文献についての解題がある。この分野の勉強を系統的にしたい人は必見。
日本人の宗教意識
本編で述べたように、宗教社会学の研究対象は教団だけではない。「自分は無宗教だ」と思っている人の宗教性も重要なテーマである。この点については、阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書一九九六年)が一石を投じている。社会学系では、大村英昭『現代社会と宗教――宗教意識の変容』叢書現代の宗教1(岩波書店一九九六年)が、「特定宗教」と「拡散宗教」という対概念を軸に、「社会そのものが宗教現象である」点を説明する。基本的データは、石井研士『データブック 現代日本人の宗教――戦後50年の宗教意識と宗教行動』(新曜社一九九七年)が便利である。
オウム事件の衝撃
新宗教に関する本でどれか一冊と言われたら、井上順孝『新宗教の解読』(ちくま文庫一九九六年)。一九九二年刊のちくまライブラリー版にオウム真理教についての一章を加えたものである。新宗教の歴史や特徴や宗教報道の問題などがていねいにまとめられている。とくに近年の「宗教ブーム」はじつは「宗教情報ブーム」であるとの指摘は重要である。
島薗進『新新宗教と宗教ブーム』(岩波ブックレット一九九二年)は、霊術系宗教の社会的背景についてコンパクトにまとめたパンフレット。島薗進『オウム真理教の軌跡』(岩波ブックレット一九九五年)は、オウムの変質の過程をまとめた本で、前作のいわば続編。
井上順孝・武田道生・北畠清泰編著『オウム真理教とは何か――現代社会に問いかけるもの』(ASAHI NEWS SHOP一九九五年)。いっせいにでた一連のオウム関係本のなかで、これがもっとも宗教社会学的である。他方、吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店一九九六年)は、情報消費社会のありようがオウムを育てたという視点からの社会学的分析で、社会学からの代表的なアプローチを示したものといえる。
オウム系出版物の言説を読み込み、克明に分析した研究としては、大澤真幸『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』(ちくま新書一九九六年)を忘れてはならない。ただし、よく調べて書かれているだけに、かなり難解である。
宗教学においては、島田裕巳『信じやすい心』(PHP研究所一九九五年)が、オウム事件に対応した改訂版になった。基本的には若者たちの「信じやすい心」を論じた本で、自己啓発セミナーの話がおもにとりあげられている。著者は「オウムのシンパ」として批判され大学をも追われたが、島田裕巳『宗教の時代とは何だったのか』(講談社一九九七年)は、まさに当事者になってしまったオウム事件についての総括で、共同体の力学と原理主義的傾斜ということが主軸になっている。一種のモラル・パニック論としても読める。
また、この事件をめぐって「カルト」ということばが「マインド・コントロール」とワンセットで使用されたものだったが、一連の報道における解説には疑問が多い。「カルト」の由来については、井門富士夫『カルトの諸相――キリスト教の場合』叢書現代の宗教15(岩波書店一九九七年)などを参照してほしい。なお、一世を風靡した「マインド・コントロール」という概念を拡大解釈して宗教現象を説明する仕方は、社会学的にはほとんど誤りであるというべきだろう。乱用は慎みたい[吉見俊哉『リアリティ・トランジット――情報消費社会の現在』一五九ページ以下参照]。
宗教報道
井上順孝『新宗教の解読』を読むと、宗教報道そのものが「社会の反応」として新宗教をある地点に追い込んでいく重要な要素になっていることがわかる。極端ないい方をすると、新宗教と宗教報道は一対のものなのである。その点で宗教報道の研究は重要だが、あまり集積がないというのが現状である。ただし本編でも示唆したように(三七五―三七六ページ)「イエスの方舟」事件をめぐる報道は、宗教報道の本質をかなり露骨な形で示しているので、何人もの批評家たちがとりあげたものだった。最近刊行された本のなかでは、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)に「イエスの方舟」論の章がある。また、玉木明『ニュース報道の言語論』(洋泉社一九九六年)にジャーナリズムの無署名性の観点からの分析がある。
宗教報道のもつ政治的作為性については、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)が、いわゆる淫祠邪教観を国民に定着させた「万朝報」(よろずちょうほう)の蓮門教(れんもんきょう)批判キャンペーンについて説明している。ジャーナリズム論では何かと持ち上げられる「万朝報」だが、国民国家形成期「明治」の「制度としてのスキャンダル」の担い手という側面をかいま見せてくれる。昨今の宗教報道も何かの国家的「レッスン」ではないかとの疑念を生じさせる研究である。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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4月 12017

社会学感覚13流言論

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社会学感覚
13 流言論
13-1 非合理的心性のメディアとしての都市空間
クチコミの反乱としてのうわさ
今日の日本のような、情報が大量に生産され、流通・消費される社会――「高度情報社会」においても、ほんとうに人びとがほしがっている知識が供給されていないために、それを補うかのようにさまざまなうわさが発生する。この状況は〈メディアの物神性〉と〈クチコミの反乱〉の対立する地平として、ひとまずとらえることができる。これまで〈メディアの物神性〉についてその内実を考察してきたが、本章では〈クチコミの反乱〉をとりあげ、一対一の対話でもなく、メディア依存の情報行動でもない、コミュニケーションのまったく別の局面に照明をあててみたい。
この局面は「うわさ」「流言」「都市伝説」などと呼ばれる社会現象からなり、「高度情報社会」とか「ハイテク」とか「劇場空間」といったことばで今日語られることの多い現代の都市空間の明るいイメージとは著しい対照をみせている。つまり、それらは人びとが現実に生きている都市空間の非合理的なありようを独特の形式で映しだしているのである。
都市伝説と現代民話
まず、近年日本でも関心を集めている「都市伝説」(urban legends)から題材を求めよう。ジャン・H・ブルンヴァンの『消えるヒッチハイカー』と『チョーキング・ドーベルマン』はそうした素材の宝庫である▼1。
たとえば「消えるヒッチハイカー」は、道ばたでひろった若い女性を車の後ろに乗せて、その子の家のあるという場所まで送ったところ、後ろの座席にいるはずの女性は消えてしまっていたという話である。また、「ボーイフレンドの死」は、夜のデート中、自動車が故障したためボーイフレンドが助けをもとめて外へでていったが、なかなか戻ってこない。女の子は置き去りにされ不安な一夜をすごすが、翌朝になって外にでてみると、車のうしろの木にボーイフレンドの死体がぶらさがっていたという話。「のどをつまらせたドーベルマン」では、ある女性が仕事から戻ると、飼っているドーベルマンがあえいでいたので、すぐに獣医のもとに犬をあずけ、家に戻ってきた。すると獣医から電話で「すぐに家をでて警察を呼べ」と警告された。獣医は犬の手術をして犬が呼吸困難に陥った原因が人の指であることをつきとめ、その指のもち主――つまり侵入者――がまだ彼女の家にいるのではないかと注意したのだった。じっさいに警察が彼女の家を捜索すると、指のない男が気を失っていた▼2。
日本でもこのような都市伝説の研究が始まっており、別冊宝島の『うわさの本』はその一例である▼3。これを読むと、近代的な都市空間が、非合理的な心性の宿る媒体=メディアとして存在することが、若干の恐怖とともに実感できる。
じつは「都市伝説」として注目されている一連の現象について、日本では別の研究系譜がある。「現代民話」論の系譜である▼4。柳田国男の『遠野物語』の現代版というところであるが、その豊富な資料収集には驚嘆してしまう。いずれにしても、人びとの〈語り〉に着目する民俗学的な視点から、現代の都市空間に帯電する非合理的な心性をさぐりだす試みとして学ぶべきことは多い。
現代のうわさ/流言
「都市伝説」のように、人びとが相互に語りあうなかで自然発生的に構成されるコミュニケーション現象を、社会学では一般的に「流言」(rumor)または「うわさ」と呼んでいる▼5。
周知のように、現代の日本社会においても、さまざまなうわさ・流言が語り継がれている。たとえば、若い読者の少年時代に焦点をあわせると、つぎのような有名なうわさがある。いくつご存知だろうか▼6。
「ドラえもん」「サザエさん」最終回のうわさ。
TVモニターの隅に見えかくれする亡霊のうわさ。
松坂慶子の出演するティッシュのCMについてのうわさ。
ファミコンの高橋名人の死亡説。
口裂け女。
なんちゃっておじさん。
もう少し古い七〇年代前半のものとして――
ネコバーガーのうわさ。
井の頭公園カップル破綻説。
トイレット・ペーパー・パニック――一九七三年末から七四年はじめのモノ不足によるトイパー・洗剤・灯油・塩・砂糖の買いだめパニック。
一九七三年の豊川信用金庫の取り付け騒ぎ。
終戦直後までのものとして――
お雇い外国人たちは、女工として集めた処女の血を絞って飲んでいるといううわさ。[明治初め]
西郷隆盛は生きてロシアにわたり、皇太子とともに帰ってくるといううわさ。
味の素の原料はへびだといううわさ。[大正]
一九二三年関東大震災直後の「朝鮮人の襲撃」のうわさ。
終戦直後マッカーサー将軍は日系人だといううわさ。
ことわっておくが、さわぎのもとになったうわさはいずれも事実ではない。
ごく最近さわぎになったうわさとしては、一九九〇年秋から冬にかけて埼玉県草加市から東武伊勢崎線沿線にひろがった外国人労働者についてのうわさがある。これは、犬の散歩にでていた中年夫婦が東南アジア系の浅黒い男たちにおそわれ、夫の目の前で妻が乱暴されたというものだった。母親と娘が乱暴されるというヴァージョンもあった。いずれも事実無根のうわさである。
これらが有名なのは、いずれもマス・メディアによって大きくとりあげられたからである。そのため、うわさ集団は全国規模にわたっている。しかし、本来うわさは、もっぱら身近なところで語られるものだ。たとえば、ゼミや研究室の選択のさい、どの先生の研究室がいいかについてうわさが乱れとぶ。また試験情報についても憶測や先輩の話などがクチコミで伝えられる。それらは事実であることもあれば、そうでないこともある。しかし、多くの人はうわさにもとづいて対策を講じるしかないのである。
オルレアンのうわさ
現代の都市空間を媒体として生じるうわさについて、わたしはまず〈メディアの物神性〉に対する〈クチコミ反乱〉として位置づけておいた。この〈クチコミの反乱〉は、人びとのなかにある「なにか」をあらわしていると考えられる。それはなにか。
社会学におけるもっとも有名なうわさ研究に、フランスの社会学者エドガル・モランの『オルレアンのうわさ』がある▼7。はじめてミニスカートが流行し、ジーンズがまだ一過性の流行と思われていたころ、フランスのある地方都市に発生したうわさを分析した古典的研究である。
この調査のもとになったうわさは、一九六九年五月オルレアンという都市[ロワール県の県庁所在地]でおこった女性誘拐のうわさである。ユダヤ人の経営する最新のオシャレなブティックの試着室で、若い女性が催眠薬の注射をうたれるか、あるいは薬いりのボンボンをあたえられて眠りこまされ、店の奥の地下通路を通って外国に売られるというのである。このうわさはみるみるオルレアン中に広まり、一種のヒステリー状態を生む。ついに名指しされたブティックの前に群衆が集まり、それをマスコミがとりあげたことで、それまで水面下でうごめいていたうわさは「事件」として広く知られることになる。
ところが、この女性誘拐のうわさは、まったくの事実無根だった。つまり現実には被害者はいなかった。
モランは、このオルレアンのうわさには三つのテーマがふくまれているとする。三つのテーマとは、すなわち(1)女性誘拐(2)都市化現象(3)ユダヤ人である。この三つのテーマの複合が、オルレアンのうわさの神話構造を構成しているとする。
すなわち、この地方都市にあって保守的で伝統的な大人たちは、古い街なかに忽然と出現した最先端のブティックを危険なものとみていた。都市化現象は、若い女性たちに危険な自由化をもたらすとかれらは感じていた。つまり、モダンな都市空間は、性の解放を象徴する場所と考えられていたのである。他方、当の若い女性たちは、そうした性の秘めやかさにイマジネーションをそそられていた。いずれにしても、試着室という密室は性への関心を呼びよせた。こうして女性誘拐という古典的な神話が現代的に変奏されたのである。これが最後に古典的なユダヤ人のイメージと結びつき、うわさに信憑性をあたえることになったというわけだ。
神話もしくは物語の変奏
ことわざに「火のないところに煙はたたぬ」というが、「火」は〈うわさされる側〉ではなく、じつは〈うわさする側〉にある、ということを「オルレアンのうわさ」は明確に示している。つまり、曖昧な状況や新しい事態に対する人びとの漠然とした不安やとまどいこそ、うわさの「火もと」なのである。このような漠然とした不安やとまどいからうわさが発生するプロセスで触媒のような働きをするのが、昔からいい伝えられてきた「神話」「フォークロア」あるいは「物語」と呼ばれる「語りのスタイル」である。
「オルレアンのうわさ」の場合、人びとの反感と想像が「女性誘拐」と「ユダヤ人への偏見」といった古典的な物語の構図によって形をあたえられた。その結果、あたかも古典的な神話・物語が「流行の先端をゆくブティックの試着室」という現代的な舞台装置でもって変奏されたかのように現れたのである。
たとえば日本でも、柳田国男の有名な『遠野物語』という説話集がある。これは岩手県遠野で人びとによって語られた話が集められた本だが、このなかに河童の話がいくつかでてくる。河童の話といっても二十世紀初頭の話である。たとえば、河童の子を生んだ女の話がある。その子は恐ろしい姿をしていたので、「生まれるとすぐ切り刻んで一升樽に入れて土の中に埋めた」というのだ。じつは河童とは間男のことである。つまり、不倫によって生まれた子どもや障害のある子どもが生まれたとき、村では河童の子として「処理」するのである。この場合も、村や家の秩序と調和を乱す現象を、伝統的な物語の構図によって整合的にストーリー構成し、それによって人びとがそれなりの納得をえようとしていたわけである▼8。
わたしたちは、このような民話の世界ならいともかんたんに距離をおくことができる。しかし、現代の都市空間にまことしやかに流れる都市伝説やうわさに対しては、なかなかむずかしいのではなかろうか。すでにみてきたように、本質は同じである。
うわさの法則
一般に、流言の発生を左右するのは、状況の「重要性」と「曖昧さ」である。アメリカの社会心理学者ゴードン・W・オルポートとレオ・J・ポストマンはつぎのように定式化している。
流言の発生量=重要性×曖昧さ
つまり自分たちにとってどうでもよいことは流言とかうわさにはならない。また重要なことでも、状況に対する知識が明確であれば流言は発生しない。逆に、適応を要求されている問題状況についての知識が不明確なとき、つまり環境がはっきりと定義づけられていない場合、人びとは不安をもち、この不安から逃れるために、自分たちの共有する〈物語〉が呼びよせられる。こうしてうわさが誕生する。
図式化すると――
曖昧な状況・新しい事態
↓←事態の重要性
それに対する漠然とした不安・とまどい
↓←物語的構図
うわさ
だから、うわさは、言論・思想の自由のない抑圧的な社会――たとえばかつての社会主義国――によく発生したものだった。とすれば、現代日本の都市空間に噴出する流言現象は、人びとがほんとうに知りたいことを知りえていない、考えたいことを考えられないことの反映だろうか。
たとえば、大塚英志は一九八〇年代後半の子どもたちによって語られた一連のうわさに、「今日のシステム的な社会、均質化した都市空間に対し何らかの違和感を抱き、これを破壊しようという子供たちの衝動」をみている▼9。また、本田靖春は東武伊勢崎線沿線の外国人労働者のうわさについて、戦後世代における差別的傾向を指摘している▼10。おそらく、うわさの担い手たちはそうした自覚はないかもしれないが、「火のないところに煙はたたぬ」というときの「火」は、あきらかに〈うわさする側〉にあることはたしかである。
▼1 ジャン・ハロルド・ブルンヴァン、大月隆寛・菅谷裕子・重信幸彦訳『消えるヒッチハイカー――都市の想像力のアメリカ』(新宿書房一九八八年)。行方均訳『チョーキング・ドーベルマン――アメリカの「新しい」都市伝説』(新宿書房一九九〇年)。
▼2 前の二話は『消えるヒッチハイカー』、後の話は『チョーキング・ドーベルマン』にさまざまなヴァリエーションとともに収められている。
▼3 別冊宝島九二『うわさの本』(JICC出版局一九八九年)。
▼4 松谷みよこ『現代民話考』(第一期全五巻・第二期全三巻・立風書房一九八五-一九八七年)。各巻のタイトルを列挙すると『河童・天狗・神かくし』『軍隊』『偽汽車・船・自動車の笑いと怪談』『夢の知らせ・ぬけ出した魂』『死の知らせ・あの世へ行った話』『銃後』『学校』『ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』。
▼5 このふたつの概念を区別することもあるが、ここでは同じこととしてあつかい、「都市伝説」はその一形式としておく。
▼6 以下に例示するうわさは、つぎの文献であつかわれているものである。くわしくはそちらを参照のこと。廣井脩『うわさと誤報の社会心理』(NHKブックス一九八八年)。佐藤健二「『うわさ話』の思想史」『うわさの本』前掲書。藤竹暁「マス・メディア時代のうわさ――パニックと神話」中野収・早川善治郎編『マスコミが事件をつくる――情報イベントの時代(有斐閣選書一九八一年)。いずれもわかりやすい「うわさ論」であり、本章でも参照した。
▼7 エドガール・モラン、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』(みすず書房一九七三年)。この研究の概要と意義については、杉山光信「モラン『オルレアンのうわさ』」杉山光信編『現代社会学の名著』(中公新書一九八九年)を参照。
▼8 間庭充幸『日本的集団の社会学――包摂と排斥の構造』(河出書房新社一九九〇年)六七-六八ぺージ。
▼9 大塚英志『物語消費論――「ビックリマン」の神話学』(新曜社一九八九年)三一ページ。
▼10 本田靖春「日本は人種差別国か」『暮しの手帖』一九九一年。
13-2 即興的につくられるニュース
うわさについての常識
そもそも、うわさとはなにか?うわさをコミュニケーション現象として社会学的にとらえなおしてみよう。
常識では、うわさは「連続的伝達における歪曲」と思われている。人から人へとクチコミで伝達されるプロセスにおいて内容がしだいに歪曲されてくるといった「伝言ゲーム」のイメージである。
しかし、最近の社会学では、このような考え方をとらなくなってきた。というのは、この前提には、コミュニケーションを直線的なプロセス――つまり〈情報の移転〉ととらえる伝統的かつ機械論的な見方があるからだ。そのために、最初の内容が「歪められる」として、うわさを暗黙のうちに「正常でない病理現象」と考えてしまっている。暗黙の価値判断がすでにふくまれてしまっているのだ。これはあまり科学的ではない。
ニュースの一形式としてのうわさ
そこで最近の社会学では、「即興的につくられるニュース」(improvised news)としてうわさをとらえている。タモツ・シブタニの定義によると「あいまいな状況にともに巻き込まれた人々が、自分たちの知識を寄せあつめることによって、その状況についての有意味な解釈を行おうとするコミュニケーション」である▼1。
シブタニによると、一般に人びとが自分たちの行動を決めるために求める知識――すなわちニュース――は、ふたつの経路[チャネル]でえることができる。制度的チャネル[公式的]と補助的チャネル[非公式的]である。たとえば、マス・コミュニケーションは制度的チャネルであり、クチコミは補助的チャネルである。通常、人びとは制度的チャネルを通じてニュースを知る。しかし、制度的チャネルが人びとのニュース欲求を満たさなくなったとき、人びとはクチコミという補助的チャネルを使ってニュース欲求を満たそうとする。たとえばそれは、災害によって制度的チャネルが全面的にマヒしたときであったり、検閲や特定集団によるメディア支配によって制度的チャネルのニュースが信頼できないときであったり、あまりに事件が劇的なのでニュース欲求が飛躍的に高まったときであったりする。
このようにニュース欲求が、制度的チャネルで供給されるニュースの量を上回るとき、うわさが生じる▼2。だから、うわさは人びとが生活の変化になんとか適応しようとする努力の結果であって、病理現象でもなんでもない。
うわさとの関わり方
ここで重要なのは、流言とかうわさというものは〈人びとが環境把握のためにおこなう集合的な解釈の試み〉だということだ。集合的な「状況の定義づけ」すなわち「人びとが共同しておこなう即興の状況解釈▼3」なのである。
このプロセスのなかで、人びとはさまざまな参加の仕方をする。人びとは「伝達者」「解釈者」「懐疑者」「主役」「聞き役」「意思決定者」として、うわさの形成に参加する▼4。これらの役割を担った人びとの相互作用の結果として、ことばとしてのうわさが成立するわけだ。わたしたちは、うわさの〈ことば〉としての側面にとらわれがちだが、むしろ〈相互作用〉としての側面をみていくべきなのだ。そうすれば、うわさが集合的な問題解決の一形式であることがわかる。環境になんらかの変化が生じると、かならずうわさが発生するのは、問題状況に対応するために人びとが活発に相互作用するからなのだ。
うわさの合理性
わたしたちは必要や自然な反応としてうわさに参加するが、ひとたびうわさについて論じるとなると、とたんにきびしい批評家となってうわさを愚かなことと非難する。自分たちがしていることに目を向けず、他人ごととしてみてしまいがちである。しかし、そのような態度が〈明識〉から遠いのはあきらかだ。
これまでのべてきたように、うわさは社会のなかで一定の機能を果たしている。都市伝説のように、それを〈語り-聞く〉関係のなかで連帯性を高めるタイプもあれば、災害流言のように、結果的に防災意識を高めるものもある▼5。中高校生によるマス・コミュニケーションを対象とするうわさは、マスメディアの提示する表層文化が巧妙に死を排除していることへの抵抗でもある。また、うわさは制度的チャネルが信頼できないか機能していない状況下における緊急避難的な行動である。したがって、うわさにはうわさなりの合理性があり、それはジャーナリズムがもっている合理性や政治経済組織がもっている合理性と同じものではないにせよ、資格において同等なものなのだ。ただ現代社会が機能的なシステム合理性を機軸にする社会であるために、それ以外の合理性――うわさや宗教など――があたかも非合理的なことかのように映じるだけなのである。
このようにとらえかえすならば、うわさを一種の集合的な〈知識構成過程〉と位置づけることも可能になる。科学的知識のように経験的に検証されたものではないし、ジャーナリズムの供給するニュースのように組織的に構成されるのでもなく、宗教の教義のように一貫した絶対的相貌で立ちあらわれるものでもないが、うわさは人びとが問題状況に対して集合的に構成し、かつ再構成しつづける〈知識〉のひとつの形式なのである。
▼1 タモツ・シブタニ、広井脩・橋元良明・後藤将之訳『流言と社会』(東京創元社一九八五年)三四ページ。
▼2 前掲訳書八八ぺージ。
▼3 前掲訳書四二ページ。
▼4 前掲訳書三一-三二ぺージ。
▼5 廣井脩、前掲書。
増補
うわさ研究入門
本編では思いつくものを並べておいただけだが、うわさの素材は無数である。うわさを集めた本は九〇年代になってちょっとした出版ブームになっており、枚挙にいとまない。ここでは一冊だけあげておく。池田香代子・大島広志・高津美保子・常光徹・渡辺節子編著『ピアスの白い糸――日本の現代伝説』(白水社一九九四年)。
うわさ研究の場合、素材収集よりも、それをどう解読するかという方がむずかしい。現代的なセンスをもった日本の社会学者による解説書が待ち望まれていたが、最近一気に出版されている。川上善郎『うわさが走る――情報伝播の社会心理』(サイエンス社一九九七年)は、最初に読む研究入門として最適。うわさが伝言ゲームのようなものでなく状況の解釈であるという、現在のスタンダードな理論から整理されている。おそらくうわさのあり方を一変するかもしれないネットワーク上のうわさにも言及されている。松田美佐『うわさの科学』(KAWADE夢新書一九九七年)と、川上善郎・佐藤達哉・松田美佐『うわさの謎』(日本実業出版社一九九七年)も読みやすく、このあたりから入っていくと無難である。
社会心理学的なアプローチ以外にも、うわさ研究のやり方はある。とくに社会史的なアプローチは社会学的研究としても重要だ。その事例として、松山巌『うわさの遠近法』(講談社学術文庫一九九七年)。
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4月 12017

社会学感覚9役割現象論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
9 役割現象論
9-1 役割の担い手としての人間
現代人のアイデンティティの中心をなしているもの
たとえば不意に出会った相手に「おまえはだれだ」「あんた、だれ」ときかれたとする。わたしたちはどう答えるだろうか。電話で「どちらさまでしょうか」ときかれた場合を想起してみよう。「わたしは□□□です」――この□□□に入るのはどのようなカテゴリーかというと、多くは自分の名前であり、学生や会社員ならそれに所属組織をつけくわえる。また「□□の親です」といったように姉妹兄弟親子供の関係であったり、たんに学生とか客とかユーザーであるというだけでいい場合もある。
まず自分の名前はすべての相手に対して使える定義である。しかし、わたしたちはいつも名前で応えるとはかぎらない。たとえば、大学生の場合、教員に対しては学生のひとりとして名前をいうことになるが、所属学科の何年の学生かをのべた方が納得してもらえることも多いはずだ。「わたしは□□□です」にあてはまることばを考えてみると、たとえば看護婦・学生・長男・医師・担任・客などがある。これらは、相手との関係において自分が担うことになる社会的カテゴリーであり、まとめて「役割」(role)と呼ばれる。
流動的で矛盾をかかえこまざるをえない自我。これをなるべく分裂させないで統合してアイデンティティを安定させようとするとき、現代人は、自分に振り分けられた役割あるいは選択した役割をアイデンティティの中心にすえることが多い。そこで社会学では、人間を「役割の担い手」として分析する▼1。
役割概念と役割理論
役割ということばは、もともと演劇の方からきたものだ。「仮面」(mask)または「ペルソナ」(persona)もほぼ同じ意味である。この役割概念を使って個人と社会の関係をさぐろうという理論を「役割理論」(role theory)という。これはおおよそつぎのような考えにもとづいている。すなわち、社会は舞台であって、人びとはあらかじめ社会が用意した台本にもとづいて各々の役割を演じる。一定のあたえられた役割をその内容にしたがって演じることを「役割演技」(role playing)という。「すべてこの世は舞台だ」という有名なシェイクスピアのことばのように、社会は一種の〈人生劇場〉〈世界劇場〉とみなすことができる。この場合、行為者は「役割の担い手」である。
極端な理論によると、人間は「役割の束」とみなされる。そのさい役割概念は、ある社会的場面において、ある地位(status)を占めた行為者に対して集団や社会が準備し期待する行動様式(行動パターン)とされる。図式化すると――
〈行為者〉――〈役割=地位〉←役割期待――〈集団・社会〉
この場合、役割は地位にあらかじめ備わっているもので、個人の人間性や能力・個性に関係なく期待される権利と義務のセットである。組織上の地位にともなう業務命令や工場内の分業化された職務を想起してもらえば、おおよそのイメージがえられると思う。このさい重視されるのは役割期待(role expectation)の規範性である▼2。
ところが、わたしたちはマリオネットのように社会にあやつられるまま行動するわけではない。こうしなければらないと思っていても、そうしないときもあれば、できないこともある。同じ役割でも人が替わるとやはりちがったものになる。ときにはあたえられた役割に反抗することもできるし、表面的に役割を演じながら別の自分を表現するといった芸当も可能である。
だから、ある地位につくことによって自動的に集団や社会から期待される役割を人間がそのまま演じるという従来の役割理論の考え方――そしてこれは一般にも広く流通しているステレオタイプな役割観でもある――は一種の社会決定論であり、役割を運命として受け入れる存在として、また現実を変える力のない無力な存在として人間をとらえることになっている。そこには現状肯定的・保守主義的な価値観すらうかがえる。これはあまり演劇的=ドラマティックではない。むしろ機械論的である▼3。
どうもこれは特殊な場合――限界事例――ではないか、ほんとうはもっと込みいっているのではないか。こういう疑問とともに、五十年代・六十年代の社会学界をにぎわした役割理論はどうも旗色が悪くなってきて、便利な役割概念はオーソドックスな概念として残ったものの、役割理論という名称はあまり人気のあるものではなくなった▼4。
では役割理論は過去のものかというと、あながちそうとはいえない。現代人のありようを理解するのに役割概念はやはり有効である。しかし、あやつり人形の糸のような規範主義的な役割概念では錯綜した現実へは迫れそうにない。
そもそも個人と役割のあいだに断絶があり距離があるからこそ、あえて「役割演技」という表現がえらばれたのだと思う。そこに込められていたのは人間の意識と現実の行為とのギャップであり、義務の観念とアイデンティティの相剋である。そのダイナミズムを鮮明化するところに役割概念の真骨頂がある。わたしはこの問題領域を「役割現象の被媒介過程」と呼んでいるが、ここではもっとかんたんに「役割現象論」と呼ぶことにしよう▼5。本章であつかうのはこちらの方である。
▼1 この前提には、個人と役割とが渾然一体となっていた伝統社会から個人が解放され、個人と役割が明確に分離した段階、すなわち近代社会特有のあり方がある。また自我形成は社会的な役割によってのみなされるのでなく、自然との関わりや病気体験やマスコミ体験そして宗教体験などによっても大きく左右される。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)。ラルフ・ダーレンドルフ、橋本和幸訳『ホモ・ソシオロジクス』(ミネルヴァ書房一九七三年)。ここでいう「役割期待の規範性」とは、たとえば「教師だから□□しなければならない」とか「女だから□□すべきだ」といった事態をさす。
▼3 H・D・ダンカン、中野秀一郎・柏岡富英訳『シンボルと社会』(木鐸社一九八三年)。
▼4 人間と人間のヴィヴィッドな過程が、硬直し運命化した規範的役割概念に転化してしまっているという意味で、あきらかに役割概念の「物象化」が当時の役割理論に生じていたと考えられる。P・バーガー、S・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学批判」『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)。
▼5 野村一夫「ジンメルと役割理論――受容史的接近」『社会学史研究』第九号(いなほ書房一九八七年)。なお「役割現象論」という用語はウータ・ゲルハルトにヒントをえた。Uta Gerhardt,Toward a Critical Analysis of Role,in:Social Problems 27,1980.
9-2 役割現象とはなにか
als(として)規定
近代社会における個人は、社会的場面において、つねに「何者かとして」行為している。わたしたちは「役割」から始めないで「として」から思考を始めよう。
「□□として」――これこそ役割現象のもっとも基本的なエレメントである。これをかつてカール・レーヴィトは「als規定」(Als-Bestimmtheit)と呼んだことがある▼1。〈als〉とはドイツ語で「として」のことだ。わたしたちは他者をありのままに認識することはできない。かならずあるカテゴリーを適用して認識する。大学教授として・ナースとして・店員として相手を認識する。これは他者に対してだけでなく自分にも適用される。わたしたちは自分を学生として・患者として・客として類型化図式に当てはめることによって、自分の行為を方向づけていく。
このように「als規定」は、(1)他者を類型化することによって他者を知り認識する「他者類型化」と、(2)類型化図式を手がかりにして自分の行為の方向づけを定める「自己類型化」の側面からなっている。これはさらに(3)「社会関係についての類型化」に連関している。つまり〈大学教授と学生の社会関係〉〈ナースと患者の社会関係〉〈店員と客の社会関係〉といった社会関係に関する類型化図式に行為者が入り込むことになる。〈他者-自己-関係〉の三項について「□□として」という類型化がおこなわれているのである。
これは、無限の多様性をもつ社会的現実に対して、ごく限られた知的能力しかもたない人間にとっての一種の「次善の策」である。どんなに親密な人であっても、その全体を知ることは不可能だ。わたしたちはもっとも親密な人間であるはずの自分自身についてさえその全体を認識しているとはいえないくらいなのだ。類型化図式はそれを補うために社会が発明した認識装置である▼2。
相互作用の媒体としての役割
役割現象とは〈他者-自己-関係〉に関する類型化をめぐる一連の現象であり、役割は類型化図式にあたる。その構造原理は「als規定」である。このように基本構図を押さえた上で、役割現象の基本特性について考察してみよう。
(1)常識的構成体――役割はまず日常生活において行為者によって使用され、使用されることによって再生産・再構成される知識構成体であること。その点で役割は「社会学の発明ではなく社会の発明」なのである。自然認識と社会認識の根本的なちがいがここにある。自然の場合はそれを認識してえられるカテゴリーは認識する人間の側に存在するが、社会の場合は社会の側にそのようなカテゴリーがすでに存在する▼3。社会学および社会科学はそれをさらに加工し精密化する営為であるから、科学的概念は二次的構成体にすぎない。役割という類型化図式もすでに社会のなかに存在し、ある程度人びとに共有された第一次的な構成体である▼4。たとえば、わたしたちが「いやな役まわりだ」とか「役得だ」と一喜一憂すること自体、すでに役割を日常的カテゴリーとして対象化し操作していることを示している。集団に共有された知識在庫となるとき、類型化は規範性と正当性をおび、役割期待として作用する。ジンメルのことばを借りると、それは「社会を可能にする知識事実」である。
(2)個性認識――類型化図式によって認識するといっても、わたしたちは類型と他者とを同一視するわけではない。類型からのずれや偏差から他者の個性を組み立てるのだ。ジンメルによると「他者の個性の完全な知識がわれわれには拒まれている」ために「われわれは彼をその純粋な個性にしたがってみるのではなく、われわれが彼を数えいれた一般的な類型によって担われ、それによって高められたりまた低められたりした彼をみるのである。▼5」この意味で役割は一種の理念型といってよい。
(3)社会外的不可測性――これも他者類型化の側面についてである。わたしたちは警察官がたんに警察官だけでないことを知っているし、店員がたんに店員でないことも知っている。ちょうどそのときたまたまその人のものとなった役割の担い手としてのみ他者を認識し働きかけるわけではない。人は他者のその場の社会関係からはみだす部分をたえず想定する。予測可能な類型化図式に社会外的不可測性をまぜあわせるのである▼6。だからこそ、たとえば仕事上のつきあいから親密な友情や愛情が生まれうる。このように人間の相互作用は、役割と役割とがギアをかむように進行する機械的な過程ではない。たえず余剰をふくんだスリリングな過程なのである。
(4)共犯性あるいは共謀性――たとえば店員が客に「おまえジャマだよ」といったり、逆に客が店員に「いらっしゃいませ」と呼びかけるのはルール違反である。これでは客の購買行為は成功しない。〈客-店員-購買〉という類型化図式にふたりの行為者と社会的場面がおさまってはじめて「客の購買行為」のシーンが成立する。したがって双方がひと組の役割を準拠図式として採用することによってはじめて相互作用に一定の予測性と安定性がえられる。この予測性と安定性にメリットがあれば、類型的な社会関係が維持される。いやいやであろうが、一種の「茶番」としてであろうが、類型的な社会関係が共犯的=共謀的に演じられることになる。「共犯」が成立するとき相互作用の予測性と安定性が高まるために、役割の類型化図式は規範性をおびてくる。その意味で役割現象は虚構性をもっている。つまり「あたかも□□であるかのように」(als ob)経過する。この虚構的な状態は一定の強固さをもちえるものの、所詮うつろいやすい〈こわれもの〉にすぎない。それは本質的には偶発的(contingent)な現象である。
(5)事実行為性――類型化図式それ自体は抽象的である。しかし、その抽象性に対して役割演技は具体的である。演劇においてシナリオのもつ抽象性に対して俳優による上演があくまで具体的であるのと同じことである。そして注意しなければならないのは、俳優は役割のマリオネット・役割の奴隷・役割の媒体ではないということだ。「文学的にも現実的にもただひとりのハムレットしか存在しないのに演劇的には多くのハムレットが存在する」――いわば「演劇的個性」がじっさいの上演においてそのつど創造される。演劇は台本に書かれた役割の再現ではない▼7。これは日常生活における行為者も同様である。抽象的な類型化図式を手がかりにそのつど役割は具体的な事実としての行為によって創造される。したがって類型化図式の方が行為の媒体なのである。
(6)行為者の理解性――役割は相互作用における解釈図式として行為者を媒介する。行為者はその場その場で有効と考えられる役割を自分の知識在庫から選択し、それを他者認識の手だてに使ったり、自分の行為の方向づけをするのに用いる。役割についての観念とじっさいに演じられつつある役割を媒体にして行為者は自己提示・自己理解・自己反省をおこない、アイデンティティの調整をおこなう。そこでは行為者の一連の解釈が大きな比重をもつことになる。だから行為者の理解作用がなければ役割現象は成立しない。役割現象は解釈的過程である。したがって、役割の担い手といっても、個人が役割のマリオネットであるということではない。役割行為は基本的に意味行為であり、行為者の理解が大前提なのである。まさにこの点において、個人は役割の担い手となりうる。
役割概念の定義
ここまでくれば、役割現象における役割概念の意味について明確に定義できるだろう。役割とは、ルーズにいえば「類型化された期待に対する類型化された反応」である▼8。もう少しくわしくいえば「特定の有意性領域のなかで機能する規範的裏づけをもった類型化図式」である▼9。
ここでは「有意性」(relevance)についてだけ説明しておけば十分だろう。有意性とは、ごくかんたんにいえば、「ふさわしさ」「適切さ」ということだ。
たとえば、教師が自分をたんに教師としてではなく、もっと全体的にとらえてほしい――きさくなスポーツマンとか多趣味な才人として――と思ってアピールしても、教室のなかで生徒はかれを基本的に教師として認識するから「また自慢話だ」と受けとられてしまうのが関の山だろう。また男性患者が自分をひとりの若い男性としてとらえてもらいたいと思っても、病室のなかではナースはかれをもっぱら患者として認識し、そこからはみだす部分――ひとりの魅力的な男として誇示しようとするかれの行為――を患者役割からの逸脱とみなすだろう。いうまでもなくこれらのことは逆も同様である。また、上流階級の社交界ではお互いの社会的地位をもちこまないのがルールである。仕事の話をもちこむのは下品なことになる。社交界における有意性は現実社会の有意性と厳格に区別されているからである▼10。
このように一定の社会的場面においてのみ役割は強力に機能する。ある限定された時間的・空間的・社会的文脈が特定の役割に優先的に妥当性と正当性をあたえるのである。だから、教室においては〈教師-生徒〉関係が優先され、病室においては〈ナース-患者〉関係が優先される。他方、教師の自宅に遊びにいった生徒は、音楽マニアとしてのかれやそのフェミニストぶりを発見しやすいだろうし、路上で再会した元患者とナースの会話は病室でのそれとまったくちがったものになるはずである。社会的場面が変わることによって有意性が変わるからである。つまり場面ごとに優先順位が変わるということだ。教室のなかでは〈教師-生徒〉関係が他の類型化図式よりも優先され、また病室のなかでは〈患者-ナース〉関係が優先される。これが「有意性領域」のおおよその意味である。
さまざまな役割類型
役割にはさまざまな類型がある。役割についてイメージをふくらませてもらうために、形式別に一覧してみよう。もちろん以下に示すのは役割のごく一部にすぎず、分類も暫定的な不完全なものである。
(1)年齢役割――子ども・若者・大人・中年・老人▼11
(2)家族役割――夫・妻・長男・親・母・末っ子・一人娘▼12
(3)性役割――男・女▼13
(4)職業役割――医師・看護婦・教師・ガードマン・役人・軍人・事務員・セールスマン・営業マン・研究員▼14
(5)組織内の地位・職務――平社員・主任・課長・部長・社長・ディレクター・プロデューサー・カメラマン・タイムキーパー・スポーツの各ポジション▼15
(6)状況的役割――受験生・浪人・失業者・討論会の進行役・ゲスト・隣人・観客・遺族・新郎新婦・病人・患者・被害者・加害者・よそ者・恋人・リーダー・子分・いじめっ子・傍観者・送り手・受け手▼16
(7)逸脱的役割――犯罪者・前科者・変わりもの・変質者・精神異常者・不良少女・ツッパリ・同性愛者▼17
(8)性格類型――お人好し・頼りがいのある男・淋しがり屋・うそつき・おせっかい・スポーツマン
それぞれに「らしさ」をもっているこれらのなかには、もともと生まれもってきたものもあれば、医師のようにこつこつと努力した末にようやく獲得できるものもある。観客のようにすぐ離脱できるものもあれば、前科者のように一度押しつけられるとなかなか離脱できないものもある。また厳密な定義をもつものもあれば、相当ルーズなものもあるし、特権をもたらすものもあれば、汚名をもたらすものもある。人間はこれら多様な役割を理解し使い分ける担い手として社会的相互作用過程のなかに登場する「多元的役割演技者」(multiple-role player)なのである▼18。
▼1 カール・レーヴィット、佐々木一義訳『人間存在の倫理』(理想社一九六七年)。レーヴィトは著名な哲学者。なお「als規定」と同様のことをすでに第五章の冒頭で説明しておいたので参照してほしい。そこではシュッツを利用した。
▼2 ハインリヒ・ポーピッツは「行動の規則性は、社会学の発明ではなく、社会による発明である」とのべている。ポーピッツ「社会学理論の構成要素としての社会的役割の概念」J・A・ジャクソン編、浦野和彦・坂田正顕・関三雄訳『役割・人間・社会』(梓出版社一九八五年)三六ページ。
▼3 ジンメルの「社会はいかにして可能か」はこの文脈で役割現象について論じたものである。ジンメル、居安正訳『社会分化論 社会学』(青木書店一九七〇年)。ポーピッツの前掲訳書も参照のこと。
▼4 ここで依拠しているシュッツによると「われわれは、他者を類型化するために、そしてまた自分自身を類型化するために用いられる、諸々の常識的な構成概念は、そのかなりの程度までが、社会的に獲得されたものであり、そして社会的に是認されたものであることを、心に留めおかねばならない」という。M・ナタンソン編、渡部光・那須壽・西原和久訳『アルフレッド・シュッツ著作集第一巻/社会的現実の問題[I]』(マルジュ社一九八三年)六八ページ。
▼5 ジンメル「社会はいかにして可能か」前掲訳書二一二ぺージ。
▼6 ジンメル、前掲訳書二一六ページ。
▼7 この点についての先駆的業績として、未完の草稿ではあるが、ジンメルの「俳優の哲学」が示唆に富む。土肥美夫・堀田輝明訳『断想』[ジンメル著作集11]。引用部分は二七三ぺージ。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)一四〇ページ。
▼9 ハンス・ぺーター・ドライツェルによる定義。深澤健次「演劇論的役割論の構造――E・ゴフマンとH・P・ドライツェル」『東京農業大学一般教育学術集報』第十六巻(一九八六年)五九ページによる。なお、本章で準拠しているアルフレッド・シュッツとハンス・ぺーター・ドライツェルによる役割概念についてはつぎの文献を参照。アルフレッド・シュッツ、森川眞規雄・浜日出夫訳『現象学的社会学』(紀伊國屋書店一九八〇年)第五章と第十三章。またはアルフレッド・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)第八章「平等と社会的世界の意味構造」。ドライツェルの役割分析については、水野節夫「H・P・ドライツェルにおける役割論の展開(上・下)」『社会労働研究』二四巻一・二-四号(一九七八年)。深澤健次「役割と行為――H・P・ドライツェルの役割概念を中心に」『東京農業大学一般教育学術集報』第十三巻(一九八三年)。
▼10 社交については、ジンメルによる興味深い分析がある。阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)第三章。
▼11 老人役割については20-2参照。
▼12 家族役割については15-2参照。
▼13 性役割については15-2参照。
▼14 医師の役割については9-4および23-3参照。
▼15 組織内の役割関係は、地位や職務としてフォーマルに規定されたものだけからなるわけではない。14-1以下を参照。
▼16 観客の役割については18-2参照。病人・患者・被害者の役割については22-3および23-2参照。送り手と受け手の役割については10-1や11-3などを参照。
▼17 逸脱的役割については20-2以下参照。
▼18 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一五九ページ。
9-3 社会化と役割取得
子どもの社会化
近代社会において社会の一員になるということは、multiple-role playerとしての一定の能力を身につけることだ。そして役割のいくつかを選択的に受け入れ、受け入れた役割を核にしてアイデンティティを確立してゆくことである。幼年期から青年期にかけてなされるこの一連のプロセスのことを「社会化」(socialization)という▼1。したがって社会化とは第一義的には子どもの社会化のことである▼2。
ミードによると社会化は役割の学習によって進行するものであり、他者の役割と態度を自分のものにすることによって可能になる過程である。これを「役割取得」(role-taking)より正確には「他者の役割を取得する」(taking the role of the other)という。「取得」という訳語は少々とりつきにくいが、「他人の態度をとりいれる」とか「他人の役割を採用する」といった意味である。ミードは晩年これを「他者のパースペクティヴに入る」といいかえているから、これで納得してもらってもかまわない。
子どもは他者との相互作用のなかで、自分と他人の位置づけや役割の属性[□□らしさ]を学んでいく。この場合の他者とは第一に母親であり家族であり遊び友だちである。これらの人たちを「重要な他者」(significant others)と呼ぶ。
社会化の過程のなかでひときわ重要な段階は「ごっこ遊び」(play)と「ゲーム遊び」(game)である。「ごっこ遊び」とは、たとえば「お医者さんごっこ」であり、「お店やさんごっこ」「ままごと」である。この遊びのなかで看護婦さんの役割や店員さんの役割や母親の役割を学習する。つまり、まねたり、ふりをすることによって、男らしさ・女らしさ・子どもらしさ・お兄ちゃんらしさといったもろもろの類型化図式に付随する他者の態度を自分のなかに呼び起こすのである。これは第一に人間が反省能力をもっていること、第二に役割がそれを演じることによってその気にさせるという働きをもっていること、このふたつの人間独自の現象による。
さらに野球などのスポーツのような「ゲーム遊び」になると、自分に当てがわれた役割を演じるだけではだめで、複数の他者の演じるさまざまな役割をすべて関係づけて理解していないとゲームに参加できない。複数の他者の役割と態度を意識のなかで組織化していなければならない。意識のなかで組織化されたこの複数他者の態度のことをミードは「一般化された他者」(generalized others)と呼ぶ。「一般化された他者」とはこの場合ゲームのルールにほかならないわけで、これはもはや具体的な他者ではなく、抽象的な「共同体」であり「集団」であり「社会」である。そしてこれが前章で説明した「客我」(me)にあたるわけだ。
大人の社会化――第二次社会化
社会化のプロセスは、しかし、子どもだけとはかぎらない。大人にしても新しい社会的場面に参入するときには、第二次社会化ともいうべきプロセスを踏むことになる。それはたとえば、就職したとき・転職したとき・昇進したとき・単身赴任したとき・子会社に出向したとき・入院したとき・障害者になったとき・結婚したとき・犯罪者になったとき・囚人になったとき・徴兵されたとき・改宗したとき……従来のアイデンティティの軌道修正をよぎなくされるときに生じる。
第二次社会化は第一次社会化とちがって、まったく新しくアイデンティティを形成するわけではなく、基本的には新しい役割に関する特殊な知識を獲得することである。大学卒業者が企業に入って新人研修をうけたり、看護学生として看護学校や実習病院で訓練をうけたりする過程がそれである。しかし、この過程のなかで、かれらはたんに技術的な知識を習得するにとどまらない。〈営業マンとしてのアイデンティティ〉〈ナースとしてのアイデンティティ〉を形成していくことになる。
というのは、人間は特定の役割を引き受けることによって、自分のアイデンティティを再編成するからだ。役割にはその類型的な行動に付随する感情や態度が内蔵されているのである。はじめは周囲の期待や要望に無理に応えるようにしてなされた役割行為も、しだいにその気になってきて、やる気がでてくる段階に達する。やがて満足感や充実感をおぼえるようになる。こうして、はじめはヨソヨソしい仮面だった役割が、いつのまにか自分自身の顔そのものになっていく。装っている当の者になる。たとえば新人営業マン・新任教師・新人ナースというものは当初「それらしくない」ものだ。それがしだいに「らしさ」を備えていく。
このなりゆきが「同調」であるか、それとも「自己実現」であるか、判断はむずかしい。「同調」(conformity)とは、集団内の他の人びとと同じ意見・態度をとることであり、「自己実現」(self-realization)とは、自分の人格と能力と個性が十分に活かされ社会的にも評価されることである。この問題を考えるためには、もう一度「役割取得」のメカニズムに立ち戻る必要がある。
役割形成としての役割取得
ラルフ・H・ターナーによると、役割取得は他者の態度とパースペクティヴをそのまま自分のなかに取り入れる[内面化する]のではないという▼3。ことによると、強力な官僚制組織や軍隊組織において存在するかもしれないが、それは例外である。現実には、人間は複数の他者の態度とパースペクティヴを「選択」し、自分なりに「解釈」する。その結果、他者の役割期待は修正され、新たに再構成されることになる。この選択的解釈過程に個人の個性と主体性がにじみでる。これこそミードが〈客我に対する反応としての主我〉として名指しした現象である。
だから、子どもが自分のなかに他者の態度を取り込むことによってみんな分別ある大人になっていくわけではないし、大人も第二次社会化において集団や組織に同調するばかりで個性などなくなってしまうことはない。
主我は個体独自の反応であり個性的なものだ。このように自我を客我と主我の対話[Iとmeの対話]ととらえると、社会化が個性化でもあることがわかる。逆にいうと、個性は社会化から生じるのだ。常識的なステレオタイプでは、社会化すなわち大人になることとは社会の要求に同調することだと考えられているし、一時期の社会学理論もそう教えていた。それだけに、社会化がむしろ個性化の基礎であることをあらためて確認する必要がある。
▼1 「社会になること」という意味で用いられるジンメルの社会化概念とはまったく異なるので注意されたい。5-3参照。
▼2 以下の説明ではおもにG・H・ミードとP・L・バーガーとT・ルックマンを参照した。ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会』(青木書店一九七三年)。P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)。バーガー、前掲書。
▼3 Ralph H.Turner,Role-Taking:Process Versus Conformity,in:Arnold M.Rose(ed.),Human Behavior and Social Processes:An Interactionist Approach,1962.
9-4 さまざまな役割現象
役割葛藤と社会学的アンビヴァレンス
これまで役割現象の基底的な構造原理について理論的に考察してきた。今度は、役割現象のもっと表層にあるさまざまな現象について一覧することにしよう。いずれもわたしたちがつね日ごろ遭遇する経験である。したがって、ここでする作業の目的は、ありきたりのことをむずかしく説明するのではなく、それらを概念化することによって日常生活の自明性を反省的にとらえかえすチャンスをつくりだすことにある▼1。
たとえば、医者の役割を考えてみよう。患者に対する医者の役割には、じつはふたつの矛盾する役割期待がふくまれている。第一に、患者に対して感情にとらわれずに冷静に診断することである。でなければ「いい加減だ」とか「やぶ医者」といわれかねない。とくに女性患者の場合には対応をまちがえると「いやらしい」といわれてしまう。その一方で、医者の役割には、患者に対して同情的な関心を示すことも要求される。痛みを訴える患者に対して「それはつらかったでしょう」の一言もつけくわえるぐらいでないと「人情味がない」とか「冷たい」と評価されてしまう。
医者という職業も、それなりにツライものがあるわけだが、このふたつの役割期待を同時に満たすのはむずかしい。この場合、医者というひとつの役割に、ふたつの矛盾する役割期待が寄せられているわけで、まじめな医者ほどディレンマに陥る。もっとも、現実に医者がどれだけ苦しんでいるかはわからないが。
このように、競合・対立・矛盾する役割期待のために、行為者が内的葛藤をともなう調整をしなければならない場合を「役割葛藤」(role confict)という。
教師も役割葛藤をおこしやすい職業役割である。というのは、教師として関わる人びとによって役割期待が大きく異なるからだ。たとえば、話を生徒たちにかぎっても、かれらはさまざまな要求をもっている。受験向けの技術的な授業を望む者もいれば、やさしくわかりやすくやってほしいと望む者も多い。とにかくこの時間が楽しくすぎればいいと思っている生徒もいれば、あてないでほっといてくれさえすればいいという生徒もいる。これらさまざまな期待をもつ生徒たちを一斉授業のなかで同時に納得させることは至難の技である。これにくわえて、親は、うちで子供を甘やかしているつぐないとして、せめて学校では厳しく指導してほしいと期待している。教員どうしでは、なるべく突出しないように規制しあっている。上司や教育委員会では、文部省の指導通りに無難にこなすことを期待する。しかし、自分には自分なりの理想とやり方がある。
学校は、タテマエ上、自由で民主的な人格形成の場として制度上位置づけられている。そのため、校内暴力やいじめや管理のゆきすぎなどの問題をきっかけに、外からさまざまな批判がたえず寄せられる。じっさい「法律や人権の何たるかを少しでも知っている教師は、自分が生徒たちにしている指導や原理が民主的かつ合理主義的であるなどとは思っていない。現在のやりかたがどうしても必要なのだということだけが、彼らにわかっていることである。学校には、生徒が納得しようがしまいが押しつけなければならないことがゴマンとあり、それを放棄してしまったら、学校は学校として成り立たなくなってしまうのだ。もちろん、教師は生徒に押しつけをしたりしないで、生徒の要求に沿っても民主的にやりたいと本心から願っている。[中略]つまり、教師はつねに引き裂かれているのである▼2。」
ということだが、これはつまり、ひとつの役割といっても、じつはひとつではなく、正確には一群の役割・一連の役割というべき現象なのである。これをマートンは「役割群」(role set)と呼んだ▼3。役割がじっさいには役割群であるかぎり、役割葛藤は大なり小なり生じることになる。しかもこれは個人の問題ではなく、あきらかに社会構造の問題である。
このようにひとつの役割であっても、矛盾するいくつかの役割期待と個性的反応をふくんでいるわけで、正確には「役割内葛藤」(intra-role confict)という。ここから考えると、ひとりの人物が複数の社会的場面で遭遇するさまざまな役割期待が矛盾しないわけがない。たとえば社内の人望を集めている有能なエリート部長という役割と、妻にも子供にも相手にされない所在なき父親という役割のように、こちらの方は「役割間葛藤」(inter-role confict)という。いずれも社会の「しわよせ」すなわち構造上の矛盾と対立が個人にやってくる場合といえる。マートンはこのような役割現象を総称して「社会学的アンビヴァレンス」(sociological ambivalence)と呼んでいる▼4。アンビヴァレンスとは「両義性」とも訳されることばで、精神分析学では分裂病の基本症状に使われることばである。「相反するものにひきさかれる」というイメージでとらえてもらえばいい。調和のとれた社会でないかぎり、社会学的アンビヴァレンスから逃れることはできないのであり、近代においてそれはユートピアである。
役割のずれ
役割葛藤が基本的に社会構造に原因のある問題だとすれば、「役割のずれ」はおもに個人の方に原因のある役割現象であるといえる。根本的なことは、人間が本質的に役割のマリオネットではありえないことだ。どうしても「人間的な」部分がでてきてしまう。まず適応能力の不足がある。また役割についての知識のずれ・ゆがみ――といっても社会や集団における中心的規範に対してだが――がある。片寄った教育や特定集団にみられる偏見などによって生じるものもある。第三に役割演技のさいの実行上のずれ・ゆがみがある。自分では役割期待どおりにやっているつもりでも、じっさいにはずれている場合である。
台本と本番の演技がちがうように、また役者によって味わいがちがってくるのと同じように、結局これらは可能性としては「役割形成」にあたる。「失敗」も新しい役割の創造にはちがいないのだ。
役割距離
人は役割を演じるだけでなく、演じるふりをすることがある。つまり「自分はこの役割に愛着はないのだ、本当の自分はこの役割のなかにはないのだ」ということを役割行為のなかで表現することがある。
たとえば、メリーゴーランドに乗った三才か四才ぐらいの子供であれば、規則的にゆれる木馬を一生懸命乗りこなそうとするだろう。この場合、その子は「メリーゴーランドの騎手」の役割を完全にうけいれている。ところが五才ぐらいの男の子となると、こうはいかない。鞍の上に立ったり、ひつくり返ってみたり、とにかく余裕で乗りこなせることを誇示するようになる。七才か八才ほどになると、ふざけたりさまざまな限界に挑戦したりする。十代になると、今度は積極的に競馬のしぐさをしたりして「メリーゴーランドの騎手」の役割を〈冗談〉として引き受けていることを表現しようとする。大人になると、もっと複雑な技巧でもって〈冗談〉であることを表現する。あるいは、息子や娘の安全のために乗っていることを表す表情をしたりする▼5。
これはアメリカの遊園地での観察例だが、このようにメリーゴーランドの騎手という役割それ自体は非常にかんたんなものであるにもかかわらず、それだけにいっそう、その役割と自分のあいだにくさびをうつ表現技巧が要請される。
このように、演じている本人はまったくその気がないことを表現しながら役割行為がおこなわれることを「役割距離」(role distance)という。この概念の提唱者アーヴィング・ゴッフマンによると、役割距離とは「個人とその個人が担っていると想定される役割との間の『効果的に』表現されている鋭い乖離」である▼6。
メリーゴーランドの例はあきらかに極端な場合で、日常生活と直結したイメージをもちにくいかもしれないが、わたしたちは皮肉や冗談・ユーモアによって〈ほんとうの自分〉と役割行為のあいだに距離をとっているはずである。ゴッフマンは外科医の手術中の役割距離行為を中心に分析しているが、それは各人の役割が厳密に定義されているような状況においてこそ役割距離が有効に機能するからである▼7。ちなみにゴッフマンによると、上位にある者の方が下位にある者よりも有効に役割距離を表現できるという。下位者がこれをすると役割拒否とみられるのに対して、上位者の役割距離はリジットな状況を緩和するので下位者にも支持されやすいからである▼8。
行為と表現のディレンマ
役割距離の現象において、役割と自己を分離して表現するのは、オーディエンス[受け手/観客]がいるからである。それは役割の相手としての他者であるかもしれないし、まったく別の傍観者かもしれない。行為者はこのオーディイエンスに対して演技する役割演技者である。わたしたちは、ここでようやく「日常劇場」の現場にたどりつく。
授業を真剣に受けているということを先生に認めてもらいたいと願う子どもは、それだけで疲れてしまって先生の話どころでなくなってしまう。このように、役割の行為と表現はしばしばディレンマにおちいる。たとえば、外科担当のナースはその活動がみえやすく患者や家族から感謝されやすいのに反して、内科担当のナースはその活動がシロウトにはわかりにくいために、患者の呼吸や顔色を観察している彼女が仕事中であることに気づかれない▼9。
こうしたことがあるために、行為者は自己提示のさいに、相手の自分についての知識をコントロールしようとする。早い話が「よそおう」のである。これをゴフマンは「印象操作」(impression management)と呼ぶ。自己に関する情報の隠ぺい・秘密・脚色・漏洩などの情報統制によって、他者の状況の定義づけに影響をあたえようとするのである▼10。
役割能力
これまで「人間論」として、社会のなかで個人はどのような存在であるかということについて論じてきた。個人は自分が交渉する他者の数だけ自我をもっている。人間は本来「多重人格」なのだ。そのなかで比較的安定し一貫性をもつ自我像がアイデンティティである。「わたしはわたし」という実感だ。このようなアイデンティティをつくりあげていくことが青年期のもっとも重要な課題となる。そのさい、アイデンティティの中核となるのは、多くの場合「役割」である。現代人は、自分にあたえられたか、もしくは選びとった一群の役割を中心に多様な自我を再編成し、ある程度の一貫性をもった自己定義をつくりあげる。
このさい一般的な常識では見落としがちなことが二点ある。ひとつは、自我にせよアイデンティティにせよ役割にせよ、自分だけで決められるものではなく、あくまで他者との関係で決まるということ。たとえばアイデンティティも自己定義だけでは安定しない。他者の承認が必要不可欠だ。だから「わたくしといふ現象」は、たしかに主観的現実にはちがいないが、本質的に社会的な現象なのである。
ふたつめは、役割はかならずしも「よそよそしい仮面」とかぎらないこと。ときには自己実現のメディアとなることもある。また、ある役割に対して期待されること[役割期待]は、多くの場合ある程度の幅をもっている。自己裁量の余地もあるし、主体的な役割形成の可能性もある。だから行為の自由は役割の外側にあるのではなく内側に存在する。役割を外在的で拘束的で運命的なものとしてとらえてしまうと、役割はいともかんたんに物象化してしまう。つまり、人間間の相互作用のなかから生じ、相互作用の媒体として機能する役割は、本質的に流動的な形象であるにもかかわらず、それがあたかもモノのように固定的に自明視されてしまう。これは一種の判断停止[エポケー]である。このように役割をとらえてしまうと、役割からの離脱にのみ真のアイデンティティをみいだし安らうことになってしまう。とくに現代人は、「真の自己」(real self)を役割の外に求める傾向がある。このような日常意識の物象化に反省の契機をもちこむ――脱物象化する――ところに役割現象の社会学理論の存在意義がある。
人間と役割の関係は一方的なものではないし、まして人間が役割によってがんじがらめに拘束されているわけでもない。むしろ役割は個人の自律性と自由の媒体でさえある。ただしこれには一連の役割現象をうまくきりもりできる資質が必要である。ハバーマスはこのような資質を「役割能力」(Rollenkompetenz)と呼んだことがある。役割能力とは、目下おかれている状況のなかで、役割葛藤を意識的に解決し、社会学的アンビヴァレンスをあるがままに耐え、原理上多義的な行為状況を解明して役割の矛盾をのぞき、自己を間接的に適切に提示し、内面化した規範に対して自己を反省的に関係づけ操作し、役割を柔軟に応用し、役割距離を用いてアイデンティティを確証していく能力である▼11。これはきわめて高度な能力だ。しかしそれでも、社会化の過程でこのような役割能力が獲得できるような社会のあり方をわたしたちは模索していく必要がある。また、これからの教育や看護の領域で要請されているのも、このような人間像ではないかと思う。
▼1 新睦人「役割理論」富永健一・塩原勉編『社会学原論』(有斐閣一九七五年)にくわしい議論があり、ここでも参照した。
▼2 諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六-七ページ。
▼3 マートン、金沢実訳「準拠集団と社会構造の理論(つづき)」の「問題七」参照。マートン『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼4 マートン、金沢実訳「アンビバランスの社会学理論」前掲訳書所収。
▼5 E・ゴッフマン、佐藤毅・折橋徹彦訳『出会い――相互行為の社会学』(誠信書房一九八五年)一一一-一一八ページ。
▼6 前掲訳書一一五ページ。
▼7 前掲訳書一二六-一四六ページ。
▼8 前掲訳書一四一-一四二ページ。
▼9 E・ゴッフマン、石黒毅訳『行為と演技――日常生活における自己提示』(誠信書房一九七四年)。豊富な事例を使用した驚異的な分析である。若干の人間不信になるかもしれないが一読の価値がある。
▼10 前掲訳書。
▼11 栗原孝「役割能力論の考察――J・ハーバーマスの人格論によせて」『社会学評論』一三五号(一九八三年)による。
増補
役割行為論
一九九〇年代になると役割理論は具体的分析のなかに解消されてしまう。これはある意味では正当なことであろう。しかし、具体的分析のさいに使用される役割概念の社会学的特性に無自覚では分析も深まらない。その点で、薬害事件と冤罪事件に題材をとって、その具体的分析において役割概念を駆使した、栗岡幹英『役割行為の社会学』(世界思想社一九九三年)は、現実に生起する役割概念に対して自覚的かつ理論的に照明を当てた研究として注目できる。
この流れでいえば、この文章の6章で紹介した宮台真司の一連の時代診断学的仕事も役割分析の応用と見れなくもない。社会的カテゴリーとしての役割現象を考える上でのヒントがたくさん語られていると思う。
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4月 12017

社会学感覚8自我論/アイデンティティ論

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社会学感覚
8 自我論/アイデンティティ論
8-1 「わたくしといふ現象」
『春と修羅』序詩に学ぶ
社会のなかの人間について考えてみたい。つまり「われわれはいったい何者なのか」「わたしはだれ?」「わたしはなぜわたしなのか」という根源的な問いについてである。いうまでもなく、これは哲学・思想・宗教・文学などで追求されてきた問題だ。社会学では、この問題群を「自我論」もしくは「アイデンティティ論」と呼ぶ。社会学の議論は、もちろん哲学や文学などでなされてきた議論と無関係ではありえず、むしろそれらと呼応するものである。そこで、ここでは見田宗介にならって宮沢賢治の思索からこの問題領域へ分け入ることにしたい▼1。
一九二四年に自費出版された『春と修羅』という詩集――賢治はこれを「心象スケッチ」と呼んでいた――の冒頭に「序」という名の詩がおかれている。これは詩集のために新たに書かれた序文のようなものであり、通称「序詩」と呼ばれる。それはつぎのように書きだされている▼2。
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
この連は、賢治が「自分[自我]とはなにか」について考察している部分である。そもそもこの序詩は、賢治が友人への手紙のなかで「私はあの無謀な『春と修羅』に於て、序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く返還しようと企画し、これを基骨としたさまざまの生活を発表して、誰かに見て貰ひたいと愚かにも考へたのです」とのべているように、かなり熟考されたものであり、多様な分析に耐えうる質の高さをもっている▼3。したがって、これを仏教的文脈・自然科学的文脈・文学的文脈において解釈することが可能であるように、自我論として解釈することもできるはずだ。そこで「自分とはなにか」についての賢治の明識を五つの社会学的命題群にときほどいてみよう▼4。
「わたくし」とはなにか
(1)自我は現象である――この詩は「わたくしといふ現象」ということばで始まっている。わたしたちは、ふだん「自分というもの」「自我というもの」をあたかもひとつの自明なものとして実体化しがちである。しかし、それは正確にいうならば「自分ということ」「自我ということ」なのであって、実体のない一連の「現象」なのである。よく読めばわかるように、ここで賢治は「わたくし」が「電燈」であるとはいっていない。「照明」だといっている。しかも「(ひかりはたもちその電燈は失はれ)」とまで念を入れている。これも自我の実体的把握をしりぞけた表現である。また「透明な幽霊」という表現も非実体的現象であることを強調する。
(2)自我は流動的である――ここでは自分を「ひとつの青い照明」にたとえているわけだが、それは確としてともっているわけではなく非常にあやういものとしてイメージされている。「仮定された」とか「いかにもたしかにともりつづける」というフレーズがそれであるし、「青い」との表現もそれを暗示する。これは自分が自分でありつづけることが――「ひとつの」はそれを表示している――いかに偶発的(contingent)なことか、そして自分の感じている自我が結局ひとつの虚構にすぎないことへの予感を意味する。現象としての自我は、一見固定的なものにみえて、じつは本質的に流動的なのである。
(3)自我は関係である――「風景やみんなといつしよに/せはしくせはしく明滅しながら」という部分の「風景」とは自然環境のこと、「みんな」とは他者でありひいては社会のことだ。自我はけっして自立・自存しているわけではない。それはエコロジカルなシステムの一関数であり、他者との交渉によって大きく左右される変数である。これは有機および因果「交流電燈」であるとというときの「交流」にも関連する。「交流電燈」は、ともりつづけているわけではなく、一秒間に数十回点滅しているだけである。ここではそういう科学的意味と、もうひとつの意味が加わっている。人や環境との相互作用という意味での「交流」――すなわちコミュニケーションである。自我は「交流」の産物であり「交流」そのものである。また「交流」はたんに現在の「交流」だけではなく過去の歴史との「交流」でもある。「あらゆる透明な幽霊」という表現は、過去の「風景やみんな」との「交流」の歴史をさすと考えられる。
(4)自我は複合体である――「あらゆる透明な幽霊の複合体」の「複合体」にも注目したい。これはまず関係としての自我把握に呼応してでてくる当然の帰結であろう。「わたくし」はかろうじて「ひとつ」をたもっているものの、じっさいには複数的な構成体であるということ、したがって「統一体」「融合体」などと呼ぶことはできない。
(5)自我は矛盾である――自我が複合体だとすると、当然のことながら、人間と自然とのせめぎあい、そして他者と他者のせめぎあいそのものが、複合体としての自我に入りこんでくることになる。見田宗介によると「賢治の明晰の特質は、それが世界へと向けられているばかりでなく、さらに徹底して自己自身へも向けられていることにあった。そしてこの自己自身へと向けられた明晰はまた、自己をくりかえし矛盾として客観化すると同時に、この矛盾を痛みとして主体化する運動でもあった。このように自己を客観化し、かつ主体化するダイナミズムの帰結こそ、〈修羅〉の自意識に他ならなかった▼5。」
「わたくし」=自我が流動的な現象であり、自然と他者の関数であり、それゆえ矛盾を内部にかかえこんだ複合体であるということ。このような考え方は、自分自身を実体化してとらえて疑わない日常的な常識がたんなる幻想・幻影にすぎないことを明晰に照らしだしている点でもすぐれているし、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」という近代主義的な素朴かつ単純な思想をはるかに超出した、哲学的には「現象学的思考」といっていい考え方である。まさに二十世紀的思考である。自分自身を規定してしまっているものがなにかを鋭い感性で冷静に分析する、その明晰さと痛みへの感受において、社会学はとてもかなわないという気がする▼6。
▼1 見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』岩波書店一九八四年)。文学作品と社会学感覚の関係についてはすでに1-3において言及しておいた。この本は全体が自我論にあてられているので、興味ある方は一読されたい。なお以下では記述を集約するために一編の詩のみを素材にする。
▼2 宮沢賢治全集[ちくま文庫版]第一巻一五ページ。ただしここに引用した部分は第一連のみである。
▼3 小倉豊文「『春と修羅』初版について」天沢退二郎編『宮澤賢治研究叢書3「春と修羅」研究I』(學藝書林一九八九年)一七〇ページによる。
▼4 見田宗介、前掲書第一章「自我という罪」における分析を参考にしつつ、わたしなりに整理しなおした。なお見田にとって、ここで提示するような自我論は四象限のほんの最初の一象限にすぎない。また精神科医福島章による『宮沢賢治――こころの軌跡』(講談社学術文庫一九八五年)のパトグラフィ[病跡学]による分析も参照した。この二冊はイマジネイティヴではあるが、文学的記述特有のあいまいさから免れている点で賢治論のなかでも異彩をはなつ。
▼5 見田、前掲書一一一ページ。
▼6 序詩第一連はあくまでも受動的な相で自我をとらえたものにすぎない。賢治の射程はもっとそのさきに延びているのだけれども、それは本書の枠をこえている。前掲の諸研究を参照。
8-2 自我の社会性
鏡に映った自我
自我についておおよそのイメージを共有することができた今、わたしたちは賢治の明識をさらに社会学的地平へとひきよせてみなければならない。
そもそもデカルト的な自我は不可侵性と神秘性をもっていた。また自然的態度において、それはなによりも自明な存在だった。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題はまさにそのことをさしている。すなわち、この世界のあらゆることを疑ってみよう、でもどうしても疑うことのできないものがある、それは疑っている当の自分自身である。このような自我観を「独我論」という。これはきわめて特殊近代的な思考である。したがって、近代社会に生きるわたしたちの日常的思考ももっぱら独我論にもとづいている。
しかし、人間と社会に関する知的考察が進むにつれて、独我論の理論的限界があきらかになってきた。それは二十世紀初頭からであるが、ひとあし先に独我論からの脱却を果たしたのはマルクスだった。かれは一八四五年ブリュッセルに移住し、そこでエンゲルスとの本格的な共同作業を始めたのだが、そのころノートに走り書きされた「フォイエルバッハに関するテーゼ」のなかでつぎのようにのべた。「人間的なものとは、その現実性においては、社会的諸関係の総体である▼1。」フォイエルバッハはドイツの哲学者、テーゼは命題のこと、ここでいう「総体」とはアンサンブル(Ensemble)のことである。またマルクスは『資本論』では、つぎのようにものべている。「人間は鏡をもってこの世に生まれてくるのでもなければ、私は私である、というフィヒテ流の哲学者として生まれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。人間ペテロは、彼と同等なものとしての人間パウロに関係することによって、はじめて人間としての自分自身に関係するのである▼2。」このようにマルクスは人間を社会性と関係性においてとらえていた。まず人間がいるのではなく、まず対他者的な関係があって人は人になる。「最初に関係ありき」なのである▼3。
マルクスは十九世紀の人間だが、このような考え方は二十世紀的思考と呼んでいいだろう。二十世紀初頭に量子力学と相対性理論があいついでニュートン以来の物理的世界像を書き換えたように、人間像についても大きな転換が二十世紀前半にあいついで試みられることになる。マルクスはその前兆であり、社会学と社会心理学は、まさに二十世紀的思考の産物だった。
アメリカの社会学者チャールズ・H・クーリーは一九〇二年の本のなかでさきのマルクスと同じようなアイデアを定式化している。すなわち、かれは「お互いがお互いにとって鏡であり、その前を通る人を映している」として、このような自我のありかたを「鏡に映った自我」(looking-glass self)と呼んだ。要するに、他者という鏡に照らして自分を見る、ということだ。これによって自己認識が可能となり、自我が形成される。あらかじめ自我があって他者と関わるということではなく、他者と関わり他者の鏡に映った自分を認識することによって自我が形成されるわけである。クーリーによると、このような自我は三つの側面からなる。第一に他者が自分に対してもつイメージ、第二に他者が自分に対してもつ評価、第三にこれらに対する自分の感情[自負や屈辱など]である▼4。
自分というものは、たしかに個人的なリアリティではあるけれども、その本質は他者という鏡によって規定されており、具体的には対人関係を通して形成される。第一章で説明した「本源的社会性の公準」が自我にもあてはまる。自分についてのイメージ――自画像=自我像――は絶対的なものではなく、本質的に関係的かつ社会的なことがらなのである。
自我の多面性
さて、問題なのは鏡としての「他者」である。社会学や哲学などでは「他人」といわず「他者」というのだが、自分が何者であるかは自分が勝手にきめることではなく、すでに他者との関係である程度きまってくるものなのである。したがって、他者によって、「自分は何者か」という自分自身の定義もいろいろ変わってくることになる。
たとえば、わたしたちは教師に対しては学生として自分を定義する。親に対しては子供として、店員に対しては客として、医者に対しては患者として、先輩に対しては後輩として、著者に対しては読者として、外国人に対しては日本人として、身障者に対しては健常者として自分を定義する。「自分は□□だ」という自覚を「自己定義」と呼ぶことにすると、これらの自己定義がほとんど例外なくなんらかの相手――あくまでも自分と区別しなければならない相手――として想定していることに気づくと思う。
「そもそも自分は何者か」という問いに答えようと思えば、自分を他者からみるとどうみえるのか、他者に対して自分はどういう立場なのかを考えなければならなくなる。これはそのつどかかわりあう他者によって自己の定義を取り替えているからである。極端ないい方をすると、人は直接間接に関わりあいのある他者の数だけ自我をもっている。自我は多面的性格をもともともっているのだ。
自我の主体性
では人間の自我はまったく他者ひいては社会によって規定しつくされてしまっているのかというと、そうではない。シカゴ学派の強力な理論的源流となったジョージ・H・ミードは心理学者ウィリアム・ジェイムズの概念を受け継いで、自我にはふたつの局面があるとした▼5。ひとつは「客我」(me)、もうひとつは「主我」(I)である。meとIという表現は「知られるわたし」と「知るわたし」に由来する。客我meは、他者の自分に対するイメージや期待をそのまま受けいれた自我の側面である。〈わが内なる社会〉といってよい側面で、ミードはこれを「他者の態度の組織化されたセット」とのべている▼6。
ところが、人間は他者の態度や期待をそのまま受けいれるロボットではない。かならず客我に対して自然発生的な反応が自我の内部に生じる。ミードはそれを主我と呼ぼうというのだ。反応といっても動物のように単純な「刺激-反応」図式でとらえられるものではない。それだけに主我は複雑な様相をしめす▼7。
まず主我は、思いつき・願望・感情・気分といった本人だけが特別な通路をもつ主観的な世界である。たとえば「気がすすまない」とか「ひらめいたぞ!」といった状態だ。生物学的衝動や本能・生理学的状態などは社会が制御できない、偶発的・非合理的な部分である。
第二に、主我は、個性的修正をあらわす。ユニークさ・個性的な彩り・感性・個人差といったことがらであり、型どおりでない局面である。
第三に、主我は、客我に対して働きかけ、新たなものを生みだす創発性の側面でもある。主我は自我の創造性をあらわす。人間は社会によって内面まで一方的に強制され拘束されるのではなく、そこから新しいものを生む。すなわち主我とは自己実現・自由・自発性・自律的抵抗などが生じる基盤であり源泉である。これはとくに人間が問題状況に直面したとき、それを乗り越えさせる能力となる。
要するにミードによると、自我とは「主我と客我の対話のプロセス」である。しかも、他者との関係を大前提として成立し、本質的に社会的な過程である。しかし、まるっきり社会に絡みとられているのではない。自我は、社会を取り込む能力と、社会に個性的に反応する能力の二つが備わっているダイナミックな過程――社会性と個性のダイナミズム――なのである。
▼1 カール・マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」これはエンゲルス、松村一人訳『フォイエルバッハ論』(岩波文庫一九六〇年)に付録として収められている。
▼2 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論(1)』(国民文庫一九七二年)一〇二ぺージ。
▼3 これを「関係の第一次性」という。廣松渉『マルクス主義の地平』(講談社学術文庫一九九一年)。廣松渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書一九九〇年)は初心者向けにコンパクトに説明したもの。
▼4 C.H.Cooley,Human Nature and the Social Order,1902,P.184.
▼5 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。ミードを中心とした自我論の研究としては、船津衛『自我の社会理論』(恒星社厚生閣一九八三年)および船津衛『ミード自我論の研究』(恒星社厚生閣一九八九年)。
▼6 ミード、前掲訳書一八七ページ。
▼7 以下の記述については、船津衛、前掲の二書を参照した。
8-3 アイデンティティ
「わたしはわたしだ」という思い
電話をかけられた人の「どちらさまですか」という問いに、話し手があっさりと「わたしだ」と答えることがある。これは暗に「声で判断しろ」といっているようなもので、傲慢かつ受け手依存的な答だが、けっこう通じるものである。しかし、これは当人のごくかぎられた親密な活動領域にのみ妥当することで、当然のことながら答になっていない。けれども、このささいな場面にかいまみることができるのは「わたしはわたしだ」という強烈な思いである。この「わたしはわたしだ」という感覚を一般に「アイデンティティ」(identity)という▼1。
賢治がみぬいていたように、自我が多数の他者との関係から構成されるかぎり、自我は社会における矛盾を内部にかかえこまざるをえない。その矛盾するさまざまな自我像のなかから、なるべく矛盾の少ないものを選択し、あるいは受け入れて、ある程度の統一性をつくりあげてゆく。これが「アイデンティティ」である。強いて定義すると「自分はいつも同じ自分である」という確信や実感のことだ。
すでにのべたように、本質的に自我は多面的かつ流動的な現象である。しかし、われわれには、とりとめもなく推移してゆくものと思えないのは、近代社会においては自我に一貫性をもたらそうとする内外の圧力がはたらくからだ。外的には〈ある程度〉の人格的一貫性を求める社会の期待が存在する。自分の一貫性に強く固執するのは「かたくな」とみられるし、状況ごとにまったく異なる人格になってしまうのも信頼性をうしなうか、ときには「精神病」とみなされる。ある程度の許容範囲でなければ社会との摩擦が生じてしまう。他方、個人にも内的緊張を回避しようとする力が働く。
アイデンティティ・クライシス
精神分析の研究者であるロナルド・D・レインによると「自己のアイデンティティ、とは、自分が何者であるかを、自分に語って聞かせる説話[ストーリー]である▼2。」つまり自分を納得させる一種の物語だというのである。しかし、これには他者の承認が必要だ。つまり、アイデンティティを維持するためには、自分の主張するアイデンティティをたえず承認し肯定してくれる他者がいなければならない。レインのことばを借りると「〈アイデンティティ〉にはすべて、他者が必要である。誰か他者との関係において、また関係を通して、自己というアイデンティティは現実化されるのである▼3。」つまり、ある程度統一された自我の感覚すなわちアイデンティティは、ふたつの大きな要素から成り立っている。公式風に表現すると――
アイデンティティ=自己定義+他者による承認
だから、アイデンティティというものは、他者との社会関係が明確で、自己定義と他者による定義とが相互に矛盾の少ないものであれば安定するだろうし、人は自己定義を承認してくれるような他者をえらぶものだ。反対に、他者との関係が曖昧だったり、他者による定義が自分にとって好ましくないものだったりするとアイデンティティは不安定なものになる。その結果として一種の心理的危機におちいることがある。これを「アイデンティティ・クライシス」(identity crisis)という。
たとえば、エリート公務員やエリート会社員の場合を考えてみよう。かれがエリートとして人びとから承認され、重要な仕事をまかされ、部下から尊敬されていたとしても、それはあくまで企業組織という社会的文脈において妥当することであって、かりにかれが汚職事件で逮捕される事態になったり、派閥抗争にやぶれたり、病気や事故によって不慮の現役引退を余儀なくされたりすると、エリートとしてのアイデンティティはもう他者から承認されないことになる。警察の取り調べ室や出向先の子会社や病院の大部屋のなかで、エリートとしての優秀性を主張してもむだなことであるばかりか、むしろ反発さえ買うことになるだろう。このようにアイデンティティは特定の社会的文脈においてのみ承認される。だから、そのような文脈をはなれるときアイデンティティ・クライシスが生じ「自分はほんとうはどういう人間なのか」がわからなくなる。かりに本人以外だれも認めてくれないアイデンティティにしがみついていると、人は「精神病者」とみなすかもしれない。少なくとも「境界事例」とみなされかねない▼4。
モラトリアムとしての青年期
さて、一般にアイデンティティ・クライシスは青年期に集中していると考えられている。よく若い人は「自分は多重人格だ」「人によって自分がころころ変わる」「自分がどんな人間なのかわからない」「そんな自分がこわい」などという。これは自我がしだいに形成され多面的な自画像=自我像を自覚する段階になったことを示している。すでに自我について説明したように、これは理にかなったことである。青年期はこのような多面的自我を統合していくプロセスにあたる。とりわけ「子ども」としてのアイデンティティから「大人」としてのアイデンティティヘの移行が重要な課題となる。
じつは〈青年期〉は近代社会特有の現象である。伝統社会には幼少の「子ども」と「大人」の区別があるだけで、その過渡期としての青年期はない。伝統社会では、成年式という通過儀礼によって一挙に子どもから大人にアイデンティティの転換が自他ともに達成された▼5。日本では「元服」がこれにあたる。ところが近代社会においては、この移行は長期化する。十代から二十代にかけての十数年間がその移行期間とみなされる。子供でもなく大人でもない中途半端なアイデンティティをかかえたこの時期を「モラトリアム」(moratorium)――訳すと「執行猶予期間」――という。大学生は典型的なモラトリアムである。モラトリアムのあいだ、青年は試行錯誤をくりかえしつつ自我を統合し成熟させる。そのあいだ、社会は青年に義務を免除し融通をきかせる。有名な「モラトリアム症候群」は、このようなアイデンティティ・クライシスを乗り越えるのに失敗した結果、ノイローゼや精神病にいたった臨床例のことをさす▼6。
社会的弱者とアイデンティティ
今日では一般的に用いられるアイデンティティ概念は、エリック・H・エリクソンという精神分析系の研究者が『幼児期と社会』(一九五〇年)のなかで臨床的関心から導入したものだ▼7。しかし、これが精神分析や心理学はもちろん社会学や政治学などに大きな影響をあたえることになる。なぜかというと、この概念は最初、一九六〇年代アメリカの公民権運動や学生の異議申し立て運動のなかで支持されたからである▼8。「自分をみうしなう」社会状況のなかで「自分をみいだす」精いっぱいの努力をしようとする人たちによってこの概念は社会的に支持された▼9。その意味で、アイデンティティ概念は、もともとアイデンティティ・クライシス概念と密着しているといっていいし、私的なことがらだけではなく集合的なことがらでもあるのだ。
おそらく順風満帆なエリートや成功者にとってアイデンティティは問題にならない。不本意な状況にいる人たちにとってこそ、それは深刻な間題となる。たとえば、女性・老人・病人・障害者・被害者・被差別者・社会的弱者といった人たちにとってアイデンティティの問題は、それが危機にあるだけに切実だ。このあたりについては後論でくりかえし論じることになるだろう。
▼1 アイデンティティは「同一性」「自己同一性」「身分証明」「存在証明」などと訳されるが、うまい訳語がないので、ふつうカタカナで表記される。
▼2 R・D・レイン、志貴春彦・笠原嘉訳『自己と他者』(みすず書房一九七五年)一一〇ページ。この本は分裂病の治療体験に基づくアイデンティティ論。病理的限界事例は、しばしば本質的考察への近道である。
▼3 前掲訳書九四ページ。
▼4 ここでの文脈に近いものとして、木村敏の一連の仕事が参考になる。『人と人とのあいだの病理』(河合文化研究所一九八七年)。予備校での講演記録でわかりやすい。河合ブックレットシリーズ。
▼5 通過儀礼とは、人間が成長の過程で別の状態・集団に移行するときにおこなわれる儀礼のことをいう。成年式・結婚式・葬式など。
▼6 このあたりについては小此木啓吾の一連の啓蒙書を参照されたい。『モラトリアム人間の時代』(中公文庫一九八一年)はこのことばを一気に日本に普及させたベストセラー。かれの多数の著作を集大成したものとして『現代人の心理構造』(NHKブックス一九八六年)がコンパクトで便利。
▼7 E・H・エリクソン、仁科弥生訳『幼児期と社会』(全二巻/みすず書房一九七七-八〇年)。
▼8 公民権運動は、アメリカ南部における合法的な黒人差別を撤廃し法的平等を勝ちとろうとした社会運動。六十年代に全米的運動となる。
▼9 栗原彬によると、エリクソンの『幼児期と社会』が六十年代のアメリカ南部の監獄にたんさんころがっていたという。栗原彬『政治の詩学=眼の手法』(新曜社一九八三年)四九ページ。
増補
集団的アイデンティティ
「自分は何者か」を問う、その状況のひとつにエスニシティがある。エスニシティとは、言語や生活様式や宗教を基準に分類された人間集団の特性をさす概念である。人種と同様、先祖が同一であるという同類意識をふくんでいるが、人種概念が身体的・生物学的特性によって人間を分類するのと対照的に、エスニシティは基本的に文化的なものであり、社会学的かつ政治的な要素を強くふくむ。たとえばそれは政治的につくられるものでもあるのだ。
国際社会において、エスニシティの問題はますます重要なものになっている。しかし、それはたんに海外の問題ではなく、身近な国内的テーマでもある。在日韓国・朝鮮人を中心とする在日定住外国人のケースがそれである。
福岡安則『在日韓国・朝鮮人――若い世代のアイデンティティ』(中公新書一九九三年)は、「在日三世」を中心とする日本育ちの若い世代に焦点をあてて聞き取り調査をしたもの。手法としてはベラーらの『心の習慣』に似ているが、前半部に「在日」の問題の構図と歴史がコンパクトにまとめられている。後半には四タイプのアイデンティティ像が具体的に描かれている。
同じ在日外国人でも在日中国人のケースは在日韓国・朝鮮人と歴史的な共通点も多いが、また少し様子がちがうようだ[永野武『在日中国人――歴史とアイデンティティ』(明石書店一九九四年)]。けれども、ひとついえることは、在日定住外国人の視点から見てはじめて「日本人」という概念への「信仰」が現代日本社会に存在することが自覚できるということだ。
しかし、その内実はそれほど単純ではない。杉本良夫、ロス・マオア『日本人論の方程式』(ちくま学芸文庫一九九五年)は、日本人論のイデオロギー的機能を社会学的に解読した本。同種の研究としては、吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学――現代日本のアイデンティティの行方』(名古屋大学出版会一九九七年)。日本人論を自民族独自論という文化ナショナリズムの一形態として分析した研究である。日本人論の消費のされ方に着目した、この分野の先端部をゆく基本書である。これを読むと「日本人って、日本人論の好きな人たちのことさ」といった言説は言えなくなる。
また、奥井智之『日本問題――「奇跡」から「脅威」へ』(中公新書一九九四年)は、戦後のおもな日本社会論を概観的に位置づけたもの。やはり日本人論と問題領域がかなり重なってくるのでブックガイドとして参考になるだろう。
人間は「自分が何者であるか」を確認するために、しばしば集団的なカテゴリーに自分をあてはめる。そのカテゴリーの内側に「仲間」がおり、外側に「敵」「よそもの」が位置づけられる。集団的アイデンティティという概念はもともと集団力学的な概念であると考えた方がよいかもしれない。
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SOCIUS.JPドメインへの初出 12/19(Thu), 2002  最終更新日:4/1(Sat), 2017
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