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3月 182018

フランソワ・ブレアン

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フランソワ・ブレアン、懐かしい。レコードしか持ってなかったはずだが、グーグルになぜ入っているのか?

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4月 12017

社会学感覚21暴力論/非暴力論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
21 暴力論/非暴力論
21-1 さまざまな暴力概念
暴力とはなにか
暴力の定義は一見自明である。暴力は「人や財産を傷つける行為」である。しかし、これだけでは、外科医が手術するのも暴力ということになってしまう。現に「脳死状態」における日本初の心臓移植手術が「脳死は死でないから、脳死状態のドナーから心臓を摘出する行為は殺人である」として告発されたことがかつてあった▼1。「湾岸戦争」のように公然と「正義」がまかりとおる戦争も多い。個人が勝手に他人を監禁し拘束するのは暴力だが、国家の官吏がそれを犯罪人に行使するのは暴力とはいわない。人を殺すのは暴力の極致だが、死刑囚を殺すのは法的には正当なこととされている。このように「人や財産を傷つける行為」が「暴力」であるかどうかは、ひとえに「他者の反応」つまり「反作用=リアクション」によるのである▼2。じっさい、〈反応する他者〉といってもいろいろである。だから暴力の定義もいろいろということになる。
暴力という現象は多面的な性格をもっている。まず大切なのは、この多面的性格を認識することだ。本章では暴力の多面性を認識するために、便宜的に暴力を三つに分けて論じることにする。
(1)犯罪的暴力
(2)国家的暴力
(3)構造的暴力
犯罪的暴力
通常わたしたちが常識的に「暴力」とイメージする暴力現象を「犯罪的暴力」と呼ぶことにする▼3。この場合の「犯罪的」とは、法的な犯罪要件をみたすというだけでなく、大多数の人びとの非難を招くという意味で用いられる。これはデュルケムの「われわれはそれが犯罪だから非難するのではなく、われわれが非難するから犯罪なのだ」という卓抜な発想にもとづいている。
それゆえ犯罪的暴力は現代社会において正当性をもたない。しかし、それらは突発的に――特定の空間では恒常的に――発生する。それはなぜか。
宝月誠の整理によると、およそ四つの考え方[理論]があるという▼4。
(1)緊張論――特定の社会構造の緊張の圧力の下により多くさらされたものがフラストレーションに陥り、その心理的緊張の解消の一手段として、一定の機会構造によって水路づけられたとき暴力が発生する。
(2)統制論――発想を逆転して、人びとがなぜ暴力をふるわないのかを考えると、それは一定の社会的絆によって拘束されているからである。したがって、拘束する社会的絆が弱い人間は暴力にコミットしやすいと考えられる。
(3)文化的逸脱論――暴力に好意的なサブカルチャーがあって、そのなかで暴力に価値を認めることを学習した者は、その価値の追求としてさまざまな場面で暴力をふるうようになる。
(4)レイベリング論――共同体のなかで、他者が特定の人びとに「乱暴者」「ならず者」といった烙印を貼りつけ、そのようにあつかっているうち、烙印を押された当人がそのラベルにふさわしい暴力者の役割を演じるようになる。たとえば学校でたまたま友人と口論になり暴力を振るってしまった少年が、それ以後、みんなから「乱暴者」あつかいされているうちに、ますます嫌われ者になり、その反動として暴力をエスカレートしていくケースなど。
それぞれ有意義な考え方だが、最近の犯罪的暴力のケースを考えると(3)と(4)を合わせて考えるのが有効だ。宝月誠はこのあたりをつぎのように説明している。
暴力のコミュニケーション論的解読
宝月誠によると、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は、直面した「問題」を暴力によって解決しようとするが、かれらにとって無視できない「問題」のひとつは、他者の「挑戦」であるという。他者が主観的に意図していなくても、注意したり怒鳴ったり悪者のレイベリングをするだけで、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は「挑戦」と受け取ることが多い。しかし、暴力は「挑戦」されればただちに発せられるわけではない。暴力行為が現実化するには、相手に勝てるかという合理的な判断と、相手や警察などの統制者からなされるリアクショを計算してからである。もちろん不利とわかっていても暴力行為にいたる「感情暴発」の場合もあるが▼5。
これはやはり「暴力のサブカルチャー」にもとづいたコミュニケーションというべきであろう。すでにコミュニケーション論のところで説明したように、コミュニケーションの現実的な意味を決定するのは「送り手の意図」ではなく「受け手の反応」である。だから受け手のもっている解読コードが決定的に重要なのであり、その解読コードを提供する「暴力のサブカルチャー」が重要な働きをしているというわけである。
国家的暴力
犯罪的暴力は正当性をもたないが、正当性をもつ合法的な暴力も存在する。それは国家の暴力――ここでは国家的暴力と呼ぶことにする――である。
そもそも国家が合法的な暴力を所有しているというよりも、むしろ正当化された暴力を所有している組織体を国家と呼んでいるのである。これについてはマックス・ウェーバーによる明晰な国家定義がある。ウェーバーは一九一九年に出版された講演『職業としての政治』のなかで、国家についてつぎのようにのべている。「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である▼6。」だから、個人や集団は、国家の側で許された範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない。これは近代的な現象である。かつては、さまざまな集団――氏族――が、物理的暴力をまったくノーマルな手段として使用していたのだから。
この「国家によって独占された正当な物理的暴力」とは、具体的にはどういうものをさすのか。代表的なものは、つぎの三つである。
(1)戦争
(2)警察
(3)死刑
戦争・警察・死刑
戦争は個人ではできない。基本的に国家が戦争の主体である。内戦というものもあるが、それも結局国家権力をめぐる闘争であるから、本質は同じである。また、正義でない戦争もない。いずれの戦争当時国にとっても戦争は国家の正義をかけた正当なものである。ただ正義はひとつではなく、いっぱいあるところに戦争の不幸がある。
さて、戦争について科学的研究が本格的に始まったのは、じつは一九四〇年代、第二次世界大戦中のことである。「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」と考えたクインシー・ライトという国際政治学者が共同で『戦争の研究』という大きな本を著したのが最初である。それまであった戦争論はたいてい「いかにして戦争に勝つか」といった戦略論だった。戦略論にとって戦争は政治の延長であり一手段にすぎない。その意味で、戦争現象の科学的研究-とくに行動科学的研究-の歴史は浅い▼7。
つぎに、警察は、自衛隊・海上保安庁・厚生省麻薬取締官事務所とともに、ピストルやガス銃などの武器の携行使用が認められた官公庁であり、わたしたちにとっても身近な存在である。それだけにその暴力行使の実態について論ずべきところだが、警察についてはとくにまとまった社会学的研究がないので、ここでは省略せざるをえない。犯罪研究がこれだけさかんになされているのだから、警察研究についても同じだけなされてもいいのだが▼8。
さて、国家によって独占された正当な物理的暴力の第三のものとして死刑をあげておきたい。戦争と同じく、人を殺すことが正当性をもっている点に注意しておいてほしい。死刑については目下賛否両論があり、社会問題としてとりあげられることも多いので、死刑存置論と死刑廃止論の論拠について若干説明しておきたい。
死刑存置論の第一の根拠は、他者の生命をうばったことに対して自分の生命によってつぐなうというものであって、一種の応報感情にもとづいている。これは被害者およびその家族関係者の率直な感情を重視したものといえる。第二の論拠は、死刑の犯罪抑止力である。それは、死刑制度があるから犯罪のエスカレートを未然に防いでいるというものである。それに対して、死刑廃止論の論拠はつぎの六点である。
(1)人命はなにものにもかえがたいものであり、人命の尊重は絶対的であるからいかなる殺人も許されてはならない。
(2)死刑そのものが、憲法第三六条が禁じている「残虐な刑罰」にあたる。
(3)万が一、誤判(誤った裁判)で死刑が確定し執行された場合、とりかえしがつかない。現に、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のように死刑囚に対する再審公判によって一転無罪になったケースが少なくない。
(4)死刑は犯罪抑止力をもたない。
(5)生かしておいて[たとえば終身刑]刑務作業による収入で被害者賠償をさせるべきである。
(6)「自白すれば死刑にしない」として、死刑が自白強要の道具として使われる危険がある。これまでの冤罪事件においても、これがウソの自白をひきだしてきたのである。
このうち(4)の犯罪抑止力について一言。死刑が犯罪を抑止する効果があるかどうかは、じつは科学的に証明されていない。T・セリンという社会学者は、死刑制度の有無が州によって異なるアメリカの各州の殺人率を調べ、死刑制度の有無と関係がないと結論しているが、反対の結論をだす研究者もいるという。いずれにせよ、科学的に認定されたことではない▼10。
▼1 一九六八年のいわゆる「和田移植」のこと。結局検察庁は「充分な証拠がない」として不起訴処分にしている。この「事件」の経緯とその背景については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)とくに五三ページ以下参照。臓器移植のその後の展開については、後藤正治『空白の軌跡――心臓移植に賭けた男たち』(講談社文庫一九九一年)。
▼2 この論点については、宝月誠『暴力の社会学』(世界思想社一九八○年)三四-三九ページによった。
▼3 日本の犯罪状況については、間庭充幸による豊富な事例にもとづく類型学的研究を参照されたい。間庭充幸『犯罪の社会学――戦後犯罪史』(世界思想社一九八二年)。間庭充幸『現代の犯罪』(新潮選書一九八六年)。
▼4 宝月誠、前掲書一五五ページ以下。
▼5 宝月誠、前掲書一七〇ぺージの著者による要約による。
▼6 マックス・ヴェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八〇年)九ページ。
▼7 戦争研究の総合的な基本書として以下の本をあげておきたい。ガストン・ブートゥール、中原喜一郎訳『平和の構造』(文庫クセジュ一九七七年)。ガストン・ブートゥール、ルネ・キャレール、高柳先男訳『戦争の社会学――戦争と革命の二世紀(一七四〇~一九七四)』(中央大学出版部一九八〇年)。最近の決定版は、猪口邦子『戦争と平和』(東京大学出版会一九八九年)。
▼8 日本の警察の最新の実状については、大谷明宏『警察が危ない』(朝日ソノラマ一九九一年)がくわしい。また三一新書と講談社文庫にいくつかのルポルタージュがある。
▼9 菊田幸一『死刑廃止を考える』(岩波ブックレット一九九〇年)ならびに法学セミナー増刊総合特集シリーズ『死刑の現在』(日本評論社一九九〇年)を参照した。
▼10 前掲書二六六-二六七ページ。
21-2 構造的暴力と積極的平和
平和研究における平和概念
以上のような犯罪的暴力と国家的暴力は比較的みえやすい暴力である。つまり存在が公認されている。ところが、社会にはもっとみえにくい暴力も存在する。たとえばここに犯罪もなく戦争もない社会があるとして、そこに本当に暴力はないといえるだろうか。「平和な日本」といわれるけれども、現実にはけっこう「暴力的」と思われるようなことがいっぱいあるではないか、という思いにとらわれる。
たとえば、小学校の給食を全部食べ終わるまで許さないで午後も放課後も食べさせようとしたり、転校するクラスの女の子に「がんばれよ」と握手したのを校則違反[男女交際禁止]としてとがめられ職員室で殴られるとか、離婚した女性が子育てのために限られた時間で働こうとしても低賃金の仕事が多く結局水商売につかざるをえないとか、お金がないために十分な医療が受けられず命を縮めるといったこと、必要な睡眠もとらず働きつづけたために過労死してしまったのにもかかわらずデスクワークのため労災適用を認められない――これらも一種の「暴力」にはちがいないのだ▼1。
そう考えると、犯罪的暴力と国家的暴力だけでは不十分である。前章で説明した「権力作用」のレベルにみあった暴力の存在をも問題にする必要があろう。これを「構造的暴力」(structural violence)と呼ぶ。
じつはこの用語は「平和研究」(peace research)という学際的科学の基本概念である。最初にこのことばを概念として使ったのは、ヨハン・ガルトゥングというオスロの平和研究者だった。
平和というだけで「世界は一家、人類はみな兄弟」というイメージをいだく人が多いのだが、平和研究はれっきとした学際研究の一部門である。従来は国際関係論とか国際政治学がその中心的な位置を占めてきた。というのは、平和概念は常識として「戦争の欠如」「戦争のない状態」と考えられてきたからだ。ところが、第三世界などの現実をみるかぎり――たとえば南アフリカのアパルトヘイト――戦争状態ではないが、とても平和とはいえない状況がある。これをどういう形でとらえればよいのかが問題となる。
そこでガルトゥングは、従来「戦争の欠如」と定義されてきた平和概念を「暴力の欠如」ととらえなおし、暴力に「人為的暴力」と「構造的暴力」とがあり、それに対応して「人為的暴力の欠如」を「消極的平和」(negative peace)と呼び、「構造的暴力の欠如」を「積極的平和」(positive peace)と名づけた。国際政治学中心の平和研究は従来「消極的平和」を研究していたにすぎない、「積極的平和」を追求すべきだ、そのためにも「構造的暴力」を科学的に学際的に研究すべきだと主張し、平和研究の流れを大きく変えた▼2。
図式化すると――
暴力─人為的暴力←→人為的暴力の欠如=消極的平和─┐
└─構造的暴力←→構造的暴力の欠如=積極的平和─平和
その後、「構造的暴力」の概念は定着し、これによって平和研究のすそ野もぐんと広がった。社会学にとっても出番が多くなった。さらに社会学の存在意義を、以上のような「構造的暴力」をなくしていく科学研究としての平和研究――最近では「平和学」とも呼ばれる――の一環として位置づけなおすこともできる。
教育・労働・性・マスコミの現場における構造的暴力
本来、構造的暴力という概念は、第三世界の抑圧や飢餓・人権侵害などを国際的な枠組のなかでとらえなおすために提唱された概念だが、その後、この先進国日本の「一見平和だが、どうもそうでもないらしい」という側面に光を当てる概念として使われるようになってきている。たとえば、一九八五年に日本平和学会が「構造的暴力」を大会テーマにとりあげて、教育・労働・性・マスコミというそれぞれの現場の実態を報告し討論したことがあった。すでに本節冒頭でその一部を紹介したように、教育における徹底した管理が生徒と教師をともに追い込んでいくようすが、校則・体罰・人権侵害・いじめ・怠学・校内暴力の問題として語られ、他方、経営陣と労働組合の双方から締めつけられている労働者のようすが、職場八分・人事考課の問題としてとりあげられている▼3。
これらに対して一様に構造的暴力という概念をかぶせるだけでいいものか若干の問題はあるかと思うが、これらをいったん「暴力」として認識することは意義あることである。
▼1 日本平和学会編『構造的暴力と平和』[平和研究双書3](早稲田大学出版部一九八八年)に盛られた多くの事例からピックアップした。したがって、これらはすべて実話である。
▼2 Johan Galtung,Violence,Peace,and Peace Research,in:Journal of Peace Research,Vol.VI,No.3.なお平和研究の全体像については、日本平和学会編集委員会編『平和学――理論と課題』[講座平和学I](早稲田大学出版部一九八三年)。
▼3 日本平和学会編、前掲書。報告と討論がそのまま掲載されており、かえって一般の人には読みやすい。
21-3 非暴力的行動
暴力のダブル・スタンダード
社会の多層的な暴力的現実を具体的に支えているのは、わたしたち自身である。というのも、わたしたち自身のなかに、暴力的現実を正当化する論理が働いているからだ。それをここでは「暴力のダブル・スタンダード」と呼ぼう。
ダブル・スタンダードとは、集団の内部と外部とで道徳基準を使い分けることである。ウェーバーはこれを「対内道徳(Binnemoral)と対外道徳(Aussenmoral)の二元論」と呼んだことがある。この両者が区別されるのは、しばしば両者がまったく正反対を示すことが多いからだ。たとえば、夫の浮気は「甲斐性」といわれ、妻の不倫は許されずに離縁の理由とされた戦前の日本のような男性中心社会では、性行為に対する規範が男と女でまったくちがっていた。
暴力もまたダブル・スタンダードになりがちである。
暴力はいけないといいながら、現実に暴力を行使した集団に対しては、暴力で制裁することを認めることは多い。凶悪犯人は「暴力的で残忍だから死刑にすべきだ」とか、隣国に侵略した国家は「暴力的で非人道的だから総掛かりで攻撃しよう」という反応がそれだ。結局日本もこの論理で原爆を二発もおとされたことを思うと、このような発想があるかぎり、地球の平和なるものは達成されないだろう。
前章で考察した排除現象において、排除された側には、通常の基準は適用されないことが多い。排除された人びとは一種の〈異人〉として定義され、自分たちと同じ人間とみなされない。たとえば、一九八三年の「横浜浮浪者殺人事件」で、犯人の中学生グループは、浮浪者たちを一種の「汚物」とみなして「掃除」するかのように暴行した。したがって、かれらに罪の意識はなかったという▼1。同じことが、日本軍の南京大虐殺やナチスのユダヤ人虐殺、アメリカ軍のベトナム人殺りくについてもいえる。同じ人間ではないと認識することで、かれらの良心は免責され、むしろ誇りに転化してしまうのである。
非暴力的行動の意義
では、このような「暴力のダブル・スタンダード」の乗り越えは不可能なのだろうか。
原理的には不可能である。しかし、その弊害=悪循環を極少化することは可能である。それは対抗手段として「非暴力的行動」(nonviolent action)を選択することだ。ジーン・シャープによると、非暴力的行動とは「行動者が、それを遂行することを期待もしくは要求されているある事柄を物理的暴力を行使することなしに拒否するか、あるいは、それを遂行することを期待されぬか、もしくは禁止されているある事柄を、同じく暴力を行使せずに、あえて遂行するというような形での、プロテスト、非協力、および介入にかんする方法」のことである▼2。非暴力的行動は「市民的抵抗」と呼ばれることある。というのも「市民的」(civil)とは、そもそも「軍事的」に対抗することばであり、基本的に暴力の不使用を前提としているからである▼3。
暴力を使用しないからといって、非暴力的行動は、非行動でもなく無抵抗でもなく屈従や臆病でもない。それはあくまで行動することであり、闘争の手段とされる。したがって非暴力的行動は、いわゆる平和主義とは異なる▼4。
非暴力的行動の技術
どういうことが非暴力的行動なのか想像できるだろうか。非暴力的行動に関して現代のおおかたの日本人の想像力は閉ざされているのではなかろうか。そこでシャープによる非暴力的行動の方法についての集大成を借りて、それらを類型化しつつ一覧してみよう。シャープによると非暴力的行動には、あわせて一九八の方法があるという▼5。
(1)非暴力的抗議と説得(nonviolent protest and persuasion)
a 意見・異議・意志の公式表明
街頭演説、抗議や支持の手紙を書く、組織と団体による宣言をだす、署名活動、告発と意志を宣言する、集団あるいは大衆による請願活動
b 広範なオーディエンスとのコミュニケーション
抗議のスローガンや風刺マンガやシンボルをつくったり印刷したりジェスチャーする、抗議の旗やポスターをかかげる、ビラ・パンフレット・本の発行と配布、新聞と定期刊行物の発行と配布、レコード・ラジオ・テレビを通じて抗議の意志を表明する、飛行機によるスカイライティングとアースライティング[空中文字と地表文字]
c 集団によるプレゼンテーション
代表団を送って抗議と不同意を表明する、皮肉のきいた賞をつくる、ピケを張る、皮肉のきいた選挙をおこなう
d 象徴的な公的行動
グループの旗やシンボリック・カラーをかかげる、シンボルの入った服を着る、抗議をこめて祈りや礼拝をする、徴兵カードやパスポートなどの象徴的な対象物を手放す、宗教的不同意や政治的抗議をあらわすため公共の場で裸になる、自分自身の財産の破壊、抗議パレードでろうそくなどの象徴的な火をともす、指導者のポートレイトをかかげる、抗議としてぺンキを塗る、通りの名前や町の名前を新しく呼び変えて混乱させる、抗議を象徴する音をだす、象徴的な開墾、権威に対してわざと無礼なジェスチャーをする
e 個人への圧力
役人につきまとう、役人をあざける、敵対する兵士や警官と親しくなって影響をあたえる、不眠不休で監視する
f 演劇と音楽
ユーモラスな寸劇といたずら、演劇と音楽の上演、国民的・宗教的な歌を口づさむ
g 行進
デモ行進、パレード、宗教的行進[葬列をつくる]、巡礼、自動車パレード
h 死をたたえる
犠牲者の死を喪して抗議の意をあらわす、模擬葬列を組む、示威的葬列、埋葬地で誓いをたてる
i 公的集会
抗議集会や支持集会、抗議のミーティング、カモフラージュされた抗議ミーティング、ティーチイン[専門家などを招いた討論集会]
j 退出と放棄
抗議のための退場、道徳的非難をあらわす一団となった沈黙、栄典の放棄、相手に背中を向ける
(2)社会的非協力(social noncooperation)
a 特定人物の排斥
社会的ボイコット[通常の社会関係の継続を全面的に拒否すること]、選択的な社会的ボイコット[部分的]、好戦的な夫に対して妻がセックスを拒絶する、破門、聖務禁止令
b 社会的なイヴェント・慣習・制度への非協力
社会的活動およびスポーツ活動の停止保留、レセプションやパーティなどの社会的行事のボイコット、学生ストライキ[授業ボイコット]、社会的慣習や規制への不服従、社会的団体から脱退する
c 社会システムからの脱退
自宅からでない[自宅待機]、全人格的非協力、労働者の逃亡、聖域[避難所]をつくる、集団失踪、抗議の移民
(3)経済的非協力(1)経済的ボイコット(economic boycotts)
a 消費者による行動
消費者によるボイコット、ボイコットされた商品の不買、質素な暮らしを貫く、賃借料[家賃や地代など]の保留、土地や建物を借りない、国民的規模の消費者によるボイコット、国際的規模の消費者によるボイコット
b 労働者と生産者による行動
労働者によるボイコット、生産者によるボイコット[不売]
c 仲介者による行動
部品製造業者・流通業者によるボイコット
d 所有者による行動と経営
貿易業者によるボイコット、財産を貸したり売ったりするのを拒否する、ロックアウト[工場や学校の閉鎖]、産業上の支援の拒否、商人のゼネスト
e 財政資源の保有者による行動
銀行預金の引きだし、公共料金・会費・税金の支払い拒否、借金や利息の支払い拒否、資金や信用貸しの契約解除、歳入拒否、政府紙幣の拒否
f 政府による行動
国内の通商制限、対象国から貿易禁止品を輸入した貿易業者のブラックリスト作成、国際的販売者の通商制限、国際的バイヤーの通商制限、国際貿易の通商制限
(4)経済的非協力(2)ストライキ(strike)
a 象徴的ストライキ
抗議ストライキ、比較的マイナーな問題に対して短く軽いストライキ、
b 農業ストライキ
農民ストライキ、農場労働者ストライキ
c 特定集団によるストライキ
強制労働の拒否、囚人ストライキ、同業者ストライキ、専門職ストライキ
d 通常の産業ストライキ
営業所ストライキ、産業ストライキ、同盟ストライキ
e 限定ストライキ
項目別ストライキ[ある特定の業務だけを拒否]、バンパーストライキ[ひとつの産業についてひとつの企業だけがストライキに入ることによって、その企業を他の企業の競争にさらす]、スローダウンストライキ[減速減産スト]、順法ストライキ、シックイン[仮病で休む]、辞職によるストライキ、特定の周辺的業務の拒否、選択的ストライキ
f 複数産業規模のストライキ
準ゼネスト、ゼネスト
g ストライキと経済封鎖の組み合わせ
同盟休業・同盟閉店、経済的シャットダウン
(5)政治的非協力(political noncooperation)
a 権威の拒絶
忠誠の保留もしくは撤回、公的援助の拒否、レジスタンス[抵抗]を支持する文献や発言を公表する
b 政府に対する市民の非協力
国会・議会などの立法府のボイコット、選挙のボイコット[棄権]、政府機関への就職拒否、政府諸機関・諸団体のボイコット、政府教育施設からの撤退[退学する]、政府が支援する組織のボイコット、法律執行機関を援助するのを拒否する、自分の名前や住所をとりかえ混乱させる、任命された役人の受け入れを拒否する、現存制度の解体を拒否する
c 服従に対する市民の代替策
非民主的権力などにしぶしぶとまたゆっくりとしたがう、直接的指示のない不服従、全人民規模の不服従、わざとめだつ不服従、集会の解散拒否、すわりこみストライキ、徴兵と国外追放に対する不服従、身元詐称、非合法的法律に対する市民的不服従
d 政府職員による行動
政府援助者による支援の選択的拒否、命令系統と情報系統の封鎖、立ち往生させて妨害する、一般管理職の不服従、司法関係者の不服従、警官や兵士などの政府援助者によって意図的に能率を悪くして選択的に不服従する、上司・上官に対して反抗する
e 政府の国内行動
疑似法規的な回避と遅延、中央政府に対する地方政府や州政府による非協力
f 政府の国際行動
外交などの代表団の変更、外交上のイヴェントを遅延させたりキャンセルする、外交上の認定を保留する、外交関係の断絶、国際機関からの脱退、国際機関への参加拒否、国際機関からの除名
(6)非暴力的介入(nonviolent intervention)
a 心理学的介入
自分の身体を痛めつけるために身をさらす、断食、レヴァース・トライアル[訴追者と被告を反対にした逆裁判]、非暴力的いやがらせ
b 物理的介入
シットイン[すわりこみ]、スタンドイン[人種差別で入場を拒否された場所にじっと立ってその場を動かない]、ライドイン[人種差別で乗せてもらえない公共交通機関にむりやり乗ってしまう]、ウェイドイン[人種差別のため入れないビーチに入ってしまう]、ミルイン[敵対者の事務所などの象徴的意義のある場所に立ち入る]、プレイイン[慣習上入れないか閉めだされた教会に入って祈祷する]、非暴力的侵入、飛行機やバルーンによる非暴力的侵入、侵入禁止区域への非暴力的侵犯、非暴力的投入、非暴力的妨害、非暴力的占拠
c 社会的介入
新しい社会的パターンをつくる、諸機関の負担をキャパシティ以上に大きくする、ストールイン[合法的業務をできるだけゆっくりとおこなう]、スピークイン[抗議対象の場所で集会を開く]、ゲリラ・シアター、代替的な社会諸制度をつくる、独占的かつ管理的な既存のコミュニケーション・システムにかわる代替的なコミュニケーション・システムをつくる
d 経済的介入
逆ストライキ[農業従事者が過剰に働いて雇い主から給与を過剰に支払わせる]、ステイイン・ストライキ[職場にとどまったままのストライキ]、非暴力的土地占有、封鎖に対する果敢な抵抗、政治的動機にもとづいた貨幣の偽造、敵がこまるように戦略商品を買い占める、資産の差し押さえ、ダンピング、選択的にパトロンになる、代替的市場をつくる、代替的交通システムをつくる、代替的経済システムをつくる
e 政治的介入
行政システムの負担を大きくする、政府の秘密警察や秘密組織の正体を暴露する、投獄拘禁の探索、道徳的に中立とみなされる法律に対しても市民的不服従をする、協力しないで働く、並行政府の樹立
理論的根拠としての正当性根拠のほりくずし
このような非暴力的行動の技術は、すでにさまざまな社会運動に取り入れられているが、いずれも支配社会学的な理論的根拠にもとづいている。
支配の社会学のところでのべたように、支配が成立するためには「服従者の服従意欲」というものが決定的に重要である。結局人びとの支持と具体的な協力がなければ、支配は成り立たない。だから、支持と協力のシステムを断ち切るのが、もっとも大きな打撃になる。つまり、抵抗が非暴力でなければならない理論的な理由は、相手の正当性根拠をほりくずすことにある。つまり、〈自発的服従〉をコントロールすることによって、暴力現象や権力の不正義をコントロールするというパラドキシカルな方法なのである。
それに非暴力の場合、相手は暴力的手段を使いにくくなる。暴力で立ち向かってくる者たちを暴力で抑えるのはやさしいが、非暴力だとそうはいかない。よしんば暴力的手段を講じたとしても、それに正当性はあたえられない。つまり犯罪的暴力とみなされる。それは国内的にも国際的にも非難をあびて制裁を受けることになる。したがって暴力を行使する側は大きなリスクを犯すことになる。このことに関しては、近年にわかに大きな動きをみせた東ヨーロッパ・中国・旧ソ連などの場合を比較してみるといいだろう。
いずれにせよ、社会のなかのさまざまな暴力――すなわち犯罪的暴力・国家的暴力・構造的暴力――に対して、無気力・無抵抗でいることは、じつは暴力に支持をあたえることにほかならない。たとえば選挙で棄権することは、往々にして、保守政権に支持をあたえるのと同じ働きをする。犯罪的暴力に対して泣き寝入りすることも同じであるし、公害企業の商品を買い続けることも、結局暴力現象に正当性を付与することになる。
その意味では、非暴力的な社会運動によってしか、こうした暴力は封じられないし、構造的暴力としてとらえられたさまざまな現象もなくならないだろう。そこに非暴力的社会運動の可能性が存在するわけであり、これは、ヒロイズムやロマンティシズムやセンチメンタリズムから脱却して社会学的に自己認識することから始まるのである。
▼1 間庭充幸、前掲書二〇二-二〇四ページ。赤坂憲雄『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)第2章「浮浪者/ドッペルゲンガー殺しの風景」参照。
▼2 G・シャープ、小松茂夫訳『武器なき民衆の抵抗――その戦略的アプローチ』(れんが書房新社一九七二年)六八ページ。
▼3 G・ウッドコック、山崎時彦訳『市民的抵抗――思想と歴史』(御茶の水書房一九八二年)。
▼4 シャープ、前掲訳書六八ページ。
▼5 Gene Sharp,The Polifics of Nonviolent Action,Boston,1973.Part Two:The Methods of Nonviolent Action.全三巻全九〇二ぺージの大作であり、この分野についての理論的歴史的研究の代表的存在といっていいものだが、残念ながら邦訳はない。なお、以下の各項は相互に区別されるが、定義の水準はまちまちである。たとえば、ある項がその前の項の特殊事例であることがある。なお『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)非暴力』(現代書館一九八七年)で阿木幸男が、このうちの半分の項目について紹介しており参照した。
増補
犯罪を社会学する
近年、一般には理解しがたい少年犯罪が続出し、その社会的文脈に関心が集まっている。一般に時代背景と呼ばれているものは、その時代の若い人には自明であっても、少しでも時間がたつと、とたんにわからなくなるものである。戦後日本の未成年者の犯罪を類型化し、社会学的に背景をたどったものとして、この分野の第一人者による、間庭充幸『若者犯罪の社会文化史――犯罪が映し出す時代の病像』(有斐閣一九九七年)がある。日本の犯罪史を学ぶのにちょうどよい本である。
それに対して、鮎川潤『犯罪学入門――殺人・賄賂・非行』(講談社現代新書一九九七年)は、犯罪をタイプごとに整理した犯罪社会学の入門書。殺人・薬物犯罪・性犯罪・企業犯罪・少年非行についての説明のあと、司法制度の問題と被害者学の必要性について論じている。
犯罪社会学とまったく別の手法で少年犯罪の社会的文脈を考察したものとして、宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)と、宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)もあげておきたい。フィールドワークを駆使した理解社会学ともいうべき手法で問題に迫るこの二著には、じつに多くの分析アイデアがふくまれており、書き下ろしによる今後の精緻な分析を期待したいところ。
じっさい、不可解な若者犯罪が生じるたびに「心の教育」が叫ばれるという、日本の「アドミニストレーター」たちの分析力のなさにあきれる日々が続いている。自省能力の欠けたモラル・パニックの悪循環を断ち切るためには、有無を言わさぬ完璧な分析を突きつけるしかない。
性暴力とセクシュアル・ハラスメント
性暴力事件やセクシュアル・ハラスメント事件は、被害者が男性の場合とまったく異なる経緯をたどる。被害者の落ち度が問われやすいのである。そのため、被害者は加害者の犯行を証明する過程において、いわゆるセカンド・インジュアリー(もしくはセカンド・レイプ)を受けるはめになる。
日常的なセクシュアル・ハラスメントの場合も、同様に女性被害者を(男性加害者を、ではなく)ジレンマに取り込む。女性被害者にとっては深刻な「セクシュアル・ハラスメント」として定義される行為であっても、それを抗議する(最終的には訴訟にいたる)者には、「たんなる別れ話のもつれ」ではないか、あるいは女性側の「被害妄想」や「自意識過剰」ではないかとの疑惑がたえずかけられる。この解釈変更要求への圧力は強力である。たとえ職場の上司が雇用や昇進を理由にして脅迫的にセクシュアル・ハラスメントにおよんだとしても、そのさい女性被害者がその場で命をかけての抵抗をしていないと見なされると、即座にそれが「納得づく」の行為と解釈されてしまう[江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(勁草書房一九九一年)。江原由美子「セクシュアル・ハラスメントのエスノメソドロジー――週刊誌にみる解釈の政治学」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。この解釈変更圧力によると、被害者が被害者と社会的認定を受けないばかりか、加害者男性こそ「被害者」であるとの解釈さえ生じてしまう。抗議することさえ正当なものと認められないという、当事者にとってはまことに不条理な事態がここに生じるのである。
この問題については、スーザン・グリフィン『性の神話を超えて――脱レイプ社会の論理』幾島幸子訳(講談社選書メチエ一九九五年)参照。具体的事件を取材したルポルタージュとしては、宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』(朝日文庫一九九三年)がある。
死刑
日本の死刑制度は相変わらず続いている。むしろ近年は政治的な配慮から積極的に執行がなされているようだ。死刑執行は一般には非公開であるため、ややもすれば抽象的な印象を結びがちであるが、やはり人が人を殺すことの生々しさは知っておきたい。大塚公子『死刑執行人の苦悩』(角川文庫一九九三年)は、死刑執行者の心理的葛藤を取材し、かれらを国家の犠牲者として描いたルポ。これを読むと、死刑制度を存続させるというのであれば、少なくとも死刑執行に法務大臣か最終審の裁判長が立ちあうべきだとの感想を抱く。
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4月 12017

社会学感覚18音楽文化論

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社会学感覚
18 音楽文化論
18-1 合理化の産物としての近代西欧音楽――歴史社会学的視点
合理化・聴衆・複製技術・消費文化
文化論の最後のテーマとして音楽をとりあげたい。文化的営みである芸術活動のうちのひとつのサンプルとして――あるいは例題として――とりあげてみようというわけだ。
おそらく社会学という科学のなかに「芸術社会学」や「音楽社会学」という分野があることに、意外な感じを受ける人がいるかもしれない。しかし、たとえばジンメルは『レンブラント』という本まで公にしているし、ウェーバーもまた「音楽の合理的・社会学的基礎」通称「音楽社会学」という大きな論文を残している。また、フランクフルト学派にはベンヤミンやアドルノといった非常に芸術に造詣の深い社会学者がいて、多くの著作によって芸術学・美学・音楽学の研究者に大きな影響をあたえてきた。本章では、これらの古典的な研究を紹介するとともに、本書の文化論のシフトである現代の消費文化についても考察していきたい。
キーワードは四つ。合理化・聴衆・複製技術・消費文化である。これらを軸に、音楽現象・音楽文化について歴史的に話をすすめていきたい。ブレヒトのいう「歴史化」を音楽現象について試みたいと思う▼1。歴史化といっても、タイムスパンをどうとるかによって、ずいぶんみえてくるものがちがってくる。はじめに「歴史的過程のなかの近代」というスケールでとらえ、つぎに「近代内部の変化」、さらに「二十世紀」、最後に「現代」というスケールでみていくことにしたい。四つのキーワードは、この四つのスケールに対応している。
ウェーバーの合理化論
音楽はあらゆる時代・あらゆる民族において発展した普遍的な営為だ。しかし、音楽に関して近代西欧においてのみ生じた特殊なことがある。それは独特の〈合理化〉である。
ウェーバーは『宗教社会学論集』の有名な「序言」のなかで、つぎのように問うている。要約すると「なぜヨーロッパ以外の地では、科学・芸術・国家・経済の発展が、西欧に特有の合理化の道をたどらなかったのか」-この「西欧に特有の合理化」のことをウェーバーが「呪術からの解放」とも呼んでいたことは前章でもふれた。ウェーバーは、この西欧に特有な合理化」の結果生まれたものとして、つぎのようなものをあげている▼2。
経済における資本主義的企業――形式的に自由な労働・合理的経営形態・家政と経営の分離・合理的な簿記
行政における官僚制組織
国家における議会制度・憲法・合理的法体系
学問における近代自然科学――数学的な表現と基礎づけ・実験による検証・組織的研究の場としての大学
芸術における市場向け生産物――文学出版物・雑誌・新聞・劇場・美術館
絵画における遠近法
音楽における和声音楽[対位法・和音和声法]
以上の諸現象は今日わたしたちにとって自明な――それゆえ普遍的にみえる――ものばかりだが、じつはいずれも近代西欧にのみ発生した、歴史的にみてきわめて特殊な現象なのである。そこには独特の〈合理化〉が一様にみられた。
西欧音楽の合理化
晩年のウェーバーの関心は、西欧近代社会がたどった合理化過程に集中しており、かれの未完の草稿「音楽の合理的社会学的基礎」(通称「音楽社会学」)もその視点につらぬかれている▼3。
さしあたりウェーバーの関心は西欧音楽独自の音組織にあった。具体的には、合理的和声と調性である。和声音楽はトニック・ドミナント・サブドミナントの三つの三和音の組み合わせによって構成される。これは近代西欧音楽独特のものである。これを可能にするのはオクターブ空間の均質的な構成である。つまり十二平均律である。これがあってはじめて自在な転調が可能になり、和声音楽の表現力は飛躍的に高まる。ところが、じつは自然に聞こえる和音にもとづいて調律すると、オクターブがあわないのである。音響物理学ではこれを「ピュタゴラス・コンマの問題」と呼ぶ。このさい近代西欧音楽は聴覚上の調和よりも十二音の間隔の均一化を選択する。つまり、よく響くが音楽的ダイナミズムに欠ける純正律ではなく、聴覚上若干の不協和があるが自在な音楽表現を保証する平均律を選ぶのである。J・S・バッハの「平均律クラヴィーア集」(第一集)は、その転換点を刻印する作品だった。
以上の西欧独特の音組織は、他のさまざまな要素と連動していた。第一にあげなければならないのは記譜法の成立である。西欧以外の伝統的音楽はいずれも精密な楽譜を発達させなかった。五線符に音楽をく書く記譜法は、もっぱら〈演奏する〉活動だった音楽を「書く芸術」に変化させた。ここではじめて作曲家と演奏家が分離し、〈音楽を書く人〉としての「作曲家」が誕生することになる。第二に、楽器とくにピアノにいたる鍵盤楽器の発達が関係する。鍵盤楽器が他の諸楽器と異なるのは、調律を固定しなければならないことである。とりわけピアノは純正律から平均律への転換に大きな役割を果たした。
もちろん、宗教をはじめとするあらゆる文化現象がそうであるように、音楽現象も、非合理的で神秘的な性質をもつ。じっさい、いわゆる民族音楽としてわたしたちが知っている多様な音楽のほとんどは、もともと非合理的で神秘的な性質をもっている。しかし、近代西欧音楽は、しだいに非合理性と神秘性を溶解させ、独特の合理化を果たすのである。ウェーバーの歴史社会学は、その合理化が、ひとり音楽のみならずあらゆる社会領域において浸透していった壮大な潮流のひとつの支流であることを教えてくれる。
▼1 ブレヒトの「歴史化」については2-2参照。
▼2 「宗教社会学論集序言」マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)。なお、ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八一年)第二章およびディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)一五九ページ以下参照。
▼3 マックス・ウェーバー、安藤英治・池宮英才・角倉一朗訳『音楽社会学』(創文社一九六七年)。くわしい解説が訳注として付された親切な訳本だが、本文前半に音響物理学を利用した非常に難解な部分があり、直接これを読んで理解できるのは、そうとう音楽理論と数学の得意な人ではなかろうか。そこでこの本に付せられた安藤英治の解説「マックス・ウェーバーと音楽」をはじめとして以下の解説を参照した。ディルク・ケスラー、前掲訳書。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。吉崎道夫「ウェーバーと芸術」徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。吉崎道夫「非合理と合理の接点にあるもの――ウェーバーの『音楽社会学』を廻って」『現代思想』一九七五年二月号。勝又正直「M・ヴェーバーの『音楽社会学』をめぐって」『社会学史研究』第九号(一九八七年)。ウェーバーの音楽社会学はウェーバー研究の文脈では年々その重要性が評価されているようだが、一般には社会学として継承されていない。このあたりの事情については、アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー-影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)参照。
18-2 近代的聴衆の誕生――オーディエンス論的視点
「音楽の正しい聴き方」
つぎに近代西欧音楽の展開過程の内部における変化をみていこう。とくにウェーバーが見落としていた――突然の死によって不可能になった?――問題を中心にみていこう。それは音楽の受け手の態度である▼1。
わたしたちが「クラシック」として知っている近代西欧音楽は、かつて、どのように聴かれたのだろうか。現代なら、静まりかえった客席で古典的な名曲を一心に聴きいることが聴衆の〈あるべき姿〉とされている。こうした禁欲的な聴き方を「集中的聴取」と呼び、このような聴き方をする規範的かつ倫理的な聴衆のあり方を「近代的聴衆」と呼ぶ。きまじめな集中的聴取を理想的に実現するために、禁欲的な「演奏会のモラル」がつくられ、ホールも外の音を完全にシャットアウトして作品理解と関係ない音をできるだけ排除する。そして演奏中に客席の照明をおとすのも、作品にじかに向きあって集中できるようにする配慮である。こうして演奏会場は、隔離された特権的な空間になる。このような場で行われる聴取はきわめて個人的な体験である。これが「音楽の正しい聴き方」とされてきた▼2。
十八世紀音楽の聴かれ方
ところが、このような「集中的聴取」をおこなう「近代的聴衆」というあり方がヨーロッパで定着したのは、それほど古いことではなく、じつに十九世紀なかごろの話だという▼3。
では、それまではどうだったかというと、演奏会はまさに社交の場であって、まじめに音楽に耳を傾けようというのはごく少数派。ほとんどは楽しければそれでよいという人びとだったという。渡辺裕の紹介するエピソードによると、歌詞が聞きとれないので歌詞を印刷したプログラムを配ったとか、パイプの煙で指揮をするのがたいへんだったとか、気晴らしにトランプで遊んでいたとか、会場に犬を連れてきたり、目立とうとする女性たちがわざと遅れて入ってきたりしたという▼4。
これは当時の音楽が基本的に貴族階級の内輪のパーティという性格をもっていたからである。「音楽とは一心に耳を傾けて鑑賞するものだ」という共通了解が成立するのは十九世紀になってからである。これは、音楽文化の担い手が貴族から市民層に移行したというのがその変化の大きな理由である。産業革命と市民革命を通じて富と権力をもった市民層が演奏会を支えるようになったため、演奏会は「社交の場」であることをやめて「純粋に音楽を聴きたい人の集まる場」になった▼5。「芸術」という概念が成立したのも、ちょうどこのころである。それまで、絵画・演劇・音楽・文芸・建築という営みは「わざ」であり、それを司る人は「職人」だった。ところが十八世紀後半から十九世紀にかけて「芸術」となり「芸術家」とみられるようになった。「独創性」とか「作品」とか「天才」といった常套句が使われるのも、このころからだという。こうした流れのなかで、バッハが敬けんな宗教音楽家としてまつりあげられ、スカトロジーの大好きなあのアマデウスが神童モーツァルトに変身し、ベートーベンが「苦悩の人」として神格化され伝説が生まれた▼6。
こうしてみると、十九世紀はその前後とくらべてきわめて異質な世紀だったといえよう。〈近代〉が、音楽にかぎらず経済や家族などあらゆる社会領域にわたって確固たる基盤をつくったのがこの世紀であることは、〈脱近代=ポストモダン〉を迎えつつあるといわれる現代にあって、留意しておいてよいことである。
▼1 この問題については、おもに音楽学者によって散発的に研究がすすめられてきたようだが、最近になってマーラー研究家の渡辺裕が『聴衆の誕生――ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社一九八九年)においてそれらを集大成している。本節以降の議論は、おもにこの本に依拠しつつ、社会学的考察を加えたものである。
▼2 渡辺裕、前掲書五八-六四ページ。
▼3 前掲書一九-二〇ページ。
▼4 前掲書八-一〇ページ。
▼5 前掲書一四-二二ぺージ。
▼6 作曲家の偶像化については、前掲書二二-五七ぺージ。
18-3 複製技術時代
一九二〇年代
十九世紀的な「近代的聴衆」による「集中的聴取」という音楽とのかかわり方がくずれてくるのは二十世紀初頭、正確には一九二〇年代である。
では、この時代になにがおこったのか。
この時代、じつは自動車・飛行機・冷蔵庫・摩天楼など高度な科学技術がいっせいに開花した時代なのである。そして音楽にとって重要なのは、なかでも「複製技術」の出現である。具体的には、ラジオ放送の開始・蓄音器の発達とくに電気録音技術の完成・自動ピアノ[再生ピアノ=演奏家の演奏をそのまま紙のロールに記録して再生するピアノ]の流行などが二〇年代いっせいに花開く。ちなみに写真・映画の隆盛もこのころからである。
ヴァルター・ベンヤミンは、この時代から本格的にはじまった新しい文化の時代を「複製技術時代」と呼んだ▼1。
複製技術時代の芸術作品
ベンヤミンは、それまでの芸術体験がもっていた特性を「アウラ」(Aura)と呼んだ。「アウラ」とは「一回起性」または「一回性」という意味で、「〈いま〉〈ここ〉でしか体験できないこと」「オリジナルならではのなにものか」といった感じだ。かれは「アウラ」を「どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象」と定義する▼2。いいかえると、アウラは独自性と距離と永続性の三つの次元をもつ。たとえば、ミロのヴィーナスのように、それは他にかえがたいものであり(独自性)、それゆえ身近なものとはなりえない(距離)。しかもそれは時間を超越して人びとの心をうつ(永続性)。
複製技術時代以前の音楽作品の場合、「アウラ」はどのようなものか。ザィデルフェルトはそれをつぎのように説明している。かつて音楽の愛好家が好きな作品に接するチャンスは非常に少なかった。「したがって、音楽を聴きに出かけるということは、気分を浮き浮きさせるような体験(独自性)だったに違いない。そしてその体験は、記憶のなかで、以前聴いた素晴らしい演奏と容易に結びつけられたことだろう(永続性)。さらに、その音楽を本当に知るようになる、つまり心に焼き付けておくための唯一の方法は、楽譜(たいていはピアノ用に編曲されていた)を購入して、あれこれピアノで弾いてみることだけであった(距離)▼3。」
ところが、写真・映画・蓄音器などの複製技術は、絵画・演劇・演奏会のもっていた「アウラ」を完全にうしなわせた。だから、ベンヤミンは、複製技術時代における芸術の特徴は「アウラの喪失」であるとし、もはや芸術作品は礼拝のように鑑賞されないと論じた▼4。
音楽作品の場合、一九二三年に売り上げのピークを迎えるロール式の自動ピアノが、ひとつの複製技術時代の幕を開いた▼5。一方、マイクロフォンによる電気録音技術が一九二四年にベル研究所によって開発され、翌年大手のレーベルからレコードが発売された。またラジオも一九二〇年に民間放送がはじまり、爆発的な人気をえたという▼6。
このような複製技術時代のはじまりとともに音楽の受け手も、もはや十九世紀的な「集中的聴取」をする「近代的聴衆」ではなくなった。音楽はもっと日常的なものになった。ベンヤミンのことばを借りると「散漫な受け手」によって、音楽が消費されるようになったのである▼7。
音楽の変容
渡辺裕の指摘によると、こうした新しい聴き方に当時いち早く敏感に対応した作曲家が、最近ブームになったエリック・サティだった。サティの提唱した「家具の音楽」は、たとえば「県知事の執務室の音楽」とか「音のタイル張り舗道」といったタイトルが示すように、要するにコンサート・ホールで芸術作品として演奏される音楽ではなく、BGMとして日常の環境のなかで耳にする音楽である。しかも、今日のミニマル・ミュージックのように短いモチーフを何回もくりかえすというもので、まったく新しい聴取のあり方を先取りしたものだった▼8。
一方、複製メディアに適合した音楽形態として、このころ隆盛したのが、ブルースやデキシーランド・ジャズ、ささやくように歌うビング・クロスビーなどのいわゆる「ポピュラー音楽」だった。ラジオとレコードによってポピュラー音楽は大衆の人気を博した。これ以降、音楽の生産と消費の構図は一変することになり、わたしたちにとってなじみ深い身近な音楽が豊富にあふれる時代になる。
▼1 ヴァルター・ベンヤミン、高木久雄・高原宏平訳「複製技術時代の芸術作品」ヴァルター・ベンヤミン著作集2『複製技術時代の芸術作品』(晶文社一九七〇年)。
▼2 前掲訳書一六ページ。
▼3 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)六八ページ。
▼4 ベンヤミンの論じた「アウラの衰退・喪失」は、ウェーバーの論じた「カリスマの日常化」とよく似ている。前掲訳書六一-六三ぺージ。ザィデルフェルトは、このなかで「アウラの衰退」を売買行為や商品に拡大して論じている。それによると、小規模生産販売をモットーとするブティックや自然食品販売店、またコックのカリスマ的腕前を売りものにする小さなレストランは、アウラの喪失した消費社会のなかでアウラを回復しようとする試みと位置づけることができるという。前掲書六七-六八ぺージ。
▼5 渡辺裕、前掲書七五-八八ページ。
▼6 このあたりのくわしい事情については、細川周平『レコードの美学』(勁草書房一九九〇年)七七ページ以下参照。
▼7 ベンヤミン、前掲訳書四三-四四ページ。
▼8 渡辺裕、前掲書一〇七-一〇九ページ。
18-4 消費社会における音楽文化
戦後の音楽状況――テクノロジーと若者文化
一九二〇年代における複製芸術の誕生を大きな転機に、音楽の聴かれ方・演奏され方が変わった。大枠としては、これが現代の通奏低音だと考えていいだろう。ただ、その後のめざましいテクノロジーの発達と社会意識の変化によって、音楽のあり方は幾度も変遷を重ねている。ここでは第二次世界大戦後にしぼって概観し、そののちにさらに八○年代日本の音楽状況をくわしくみてみよう。
戦後の音楽状況を語る上で欠かせないファクターがふたつある。テクノロジーの発達と若者文化(ユース・カルチャー)がそれである。
一九二〇年代以降の複製技術時代の音楽にとって技術的な側面は音楽の重要な構成要素になった。戦後の大きな変化としては、五〇年代のテープ録音技術とハイファイステレオ、八○年代のヘッドフォンステレオとビデオとCDが画期的な変化をおよぼした。八〇年代のテクノロジーについては後述するとして、ここではテープ録音技術の影響についてみておこう。発達したテープ録音技術によって、長時間録音が可能になっただけでなく、演奏録音後に自由に切ってはりあわせることもできるようになり、重ねどり(サウンド・オン・サウンド)も可能にした。コンサートの音をオリジナルとする考え方はすでにストコフスキーによって破られてはいたが、この段階で、オリジナルとコピーの区別は完全に無意味になったといってもいいだろう。テープ操作による音楽創造は六〇年代なかごろのビーチ・ボーイズのシングル「グッド・ヴァイブレーション」およびビートルズのLP「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」によって決定的な高みにいたり、ポピュラー音楽に定着することになる。ビートルズがコンサートをしないと宣言した前年の一九六五年、クラシック界でもピアニストのグレン・グールドが「コンサート・ドロップアウト」を宣言し、テープ編集を駆使したスタジオ録音を音楽活動の中心にしている▼1。
若者文化の変遷
さて、テクノロジーとならんで音楽状況を変えた大きな要素は若者文化(ユース・カルチャー)である▼2。とりわけ一九六〇年代の「対抗文化(カウンター・カルチャー)の爆発」が今日の音楽文化の基盤をつくったものとして重要である。
戦後日本の若者文化の流れを大ざっぱに確認しておこう▼3。
(1)一九五〇年代――戦後民主主義や社会主義革命といった理念が絶対的なものとして成立していたので、若者のエネルギーは建設的な方向に向かっていた。→まじめ
(2)一九六〇年代――民主主義や社会主義という理想が、ベトナム戦争や中ソ対立そしてチェコ事件などで神話がくずれる。→反抗
(3)一九七〇年代――連合赤軍事件に象徴される政治的挫折によって「反抗」のエネルギーが消滅する。→シラケ
(4)一九八〇年代――価値の相対化・多様化に対応して、従来の常識にとらわれないフレキシブルな感性。→スキゾ
このうち六〇年代後半は世界的なムーブメントとして大学紛争が多くの大学をゆるがした時代として記憶されているが、従来の中心文化に対抗する文化が異議申し立てし自己主張した重要な転換期だったといえよう。アメリカに即していえば、男性中心文化に対する女性解放運動、白人中心文化に対する黒人の公民権運動、アメリカ帝国主義政策に対するベトナム戦争反対運動などがある。日本でもこれらに呼応する運動がさかんになり、また反公害運動も堰を切ったように大きな潮流になった。そして若者文化が大人の中心文化に対して自己主張――反抗――するのもこの時期である。
六〇年代を通じて日本ではジャズやロックそしてフォークが若者に定着しはじめた。とくにロックは、成立当初「反抗」というメッセージをジャンル自体が色濃くもっていたため、若者の圧倒的な支持をえた。ビートルズやローリングストーンズを皮切りに、つぎつぎと新しいコンセプトをもったグループが聴かれた。このあたりから、若者の表現手段は、文学から音楽にシフトを変えるとともに、当初「反抗文化」として自己主張していた若者文化そのものが、しだいに消費社会の中心的位置に移っていく。そして「音楽化社会」とも呼ぶべき状況が日本に成立することになる▼4。
一九七〇年代音楽の転回
六〇年代がシフト転換期だとすると、七〇年代は音楽の「サウンド志向」への転回期といっていいだろう▼5。
もちろん音楽はサウンドそのものである。しかし、ポピュラー音楽の場合、音楽はことばと密着していることが多かった。しかし、七〇年代の若者たちに支持された音楽は、そうした意味を喪失する方向に転回していき、そのかわりサウンド性(たとえばノリ)を強めていく。たとえば歌謡曲についてみれば、六〇年代までの心情告白型歌詞が、七〇年代の阿久悠の映像的歌詞によって心情的意味をうすめていく。また、六〇年代後半のプロテストソングの場合に重視された公共的なメッセージ性は、七〇年代前半にブームになった「四畳半フォーク」できわめて私生活的なものにかわっていく。このころ、ロックといえば洋楽であり、ロックは英語と決まっていたが、そのころ試みられていた「はっぴいえんど」の日本語ロックが、七〇年代後半ユーミンなどの「ニューミュージック」として開花し、一九七八年にデビューする「サザンオールスターズ」のごろあわせ的歌詞によって完成したとみていいだろう。同時にアレンジの技術も進み、ポピュラー音楽全体の「サウンド志向」が進行した▼6。
一九八○年代日本の音楽状況
〈近代〉という歴史的視野から徐々に焦点をしぼって音楽のあり方について考察してきたが、最後に、わたしたちがともに体験してきたこの十年あまりの音楽状況のいくつかの特質について概観することにしたい。とにかくこの十年あまり――ここでは一九八○年代としておく――に音楽をめぐって生じたことは多く、しかも多様である。複線的変化といってもよい。おそらくこのこと自体が、小川博司のいう「音楽化社会」あるいは「音楽する社会」たるゆえんであろうし、基調としての消費社会の成熟を物語っている。複線的変化のいくつかをひろってみよう。
(1)聴取スタイルの選択肢の拡大――一九七九年に発売された「ウォークマン」とカーステレオの普及と高級化によって、移動しながら選択的に音楽を楽しむことが容易になった▼7。他方で、環境音楽やサウンドスケープ[音の風景]のように、聴くのでなく空間を演出するための音楽も一般的なものになった。CDによって、レコードとはくらべものにならないくらい手軽にあつかえて、しかも高音質のメディアが登場し、またビデオやレーザーディスクによってヴィジュアルな楽しみ方ができるようになった。要するに、聴取の選択肢がぐんと広がったわけである。
(2)参加型音楽行動の増加――パッケージされた音楽をただ聴くのではなく、自分自身が歌い演奏することが格段にふえた。日本がピアノの生産世界一だというとおどろくかもしれないが、世界で年間に生産されるピアノの三割がヤマハとカワイによって生産されている▼8。また「カシオトーン」以後の電子キーボードもイージープレイによって、ピアノの弾けない中年男性を中心にブームになった。そして忘れてはならないのがカラオケブームとバンドブーム(イカ天ブーム)、そして年末恒例の「第九」合唱ブームである。これらさまざまな「プレイ志向」の具体化によって、もはや音楽は「聴く」ものから「する」ものになった▼9。
(3)広告音楽の展開――広告音楽の歴史は一九五一年の民間放送開始とともにはじまるが、当初は広告音楽と流行歌はまったく別の世界をつくっていた。それがしだいに融合し、七〇年代半ばに「イメージソング」として結晶した。つまり「CMソングからイメージソングヘ」という流れである。イメージソングは「ある企業や商品のコンセプトを表現しているが、企業名や商品名が歌詞の中に入っていない曲で、広告音楽として使用され、かつレコードとして市販されている曲」のこと▼10。一九七五年以来の資生堂とカネボウの化粧品広告キャンペーンから盛んになった。一時、歌謡曲のヒットのほとんどがイメージソングだったときもあったが、一九八五年あたりから下火になり、その後は多様化の方向にある。
(4)クラシックブーム――ひとつのピークは、なんといっても一九八七年にニッカのCFに映画「ディーバ」のイメージで出演したキャスリーン・バトルの爆発的人気だった。その前後からウィスキーや高級車のCFにクラシックがヨーロピアンな高級感を付加するのに用いられるようになっていた。なかにはブーニンのアイドル化など日本ならではの現象もあったが、むしろサントリーホールなどのクラシック専門ホールの誕生が、クラシックをオシャレなものに転換したとみることができる。おりしも円高による外タレラッシュで、クラシック界の大物やオペラの引越し公演がさかんにおこなわれた。他方、マニアのなかではマーラー・ブームやオペラ・ブーム、そしてオリジナル楽器演奏ブームがあるが、これにはCDやレーザーディスクなどのデジタル技術によって微妙な音色や演奏の再現が可能になったことが背景としてある▼11。
(5)メディアミックスによるアイドル現象――八〇年代はアイドル復権の時代といわれる。いわゆる「八二年組」のアイドルたち、「おニャン子クラブ」、ジャニーズ系アイドル集団など。かれらは歌手としてだけでなくミスコンやテレビドラマあるいはバラエティ番組・映画など複合的なメディアミックスによって成功した。そして重要なことだが、その過程のなかでアイドルはもはや歌手である必要がなくなってしまった。とりわけ「おニャン子クラブ」は、大量のアイドルを送りだしただけでなく、ヒットチャートを形骸化させ、フジテレビ以外の局への出演拒否と賞レース辞退によって各種歌謡番組と音楽祭を完全に権威失墜させた点で特筆すべき存在になった▼12。
(6)企業の文化戦略としての音楽――従来、新聞社の専売特許だった文化事業も近年になって「メセナ」(mecenat)として企業にもその重要性が認識されつつあるが、音楽については、サントリーホールや東急ブンカムラのように本格的なコンサートホールをつくったり、企業の名前を付したいわゆる「冠コンサート」、財団による振興事業などの形態がある。とくに音楽イベントはスポーツ・イベントとならんで、その広告効果が大きく、八○年代「冠」でない外タレコンサートを探すのに苦労するくらいだ。これは音楽イベントがねらった層にねらったタイミングで的確にアピールできる特質をもっているからである▼13。
さて、音楽化する社会の基本条件として吉井篤子は「先端技術とコマーシャリズムと感性」の三つをあげている▼14。三つの要素がいわば三位一体となって今日の音楽化社会を構成しているということだ。今世紀初頭ウェーバーの指摘した合理化の潮流は非合理的な感性を突出させながら、なおも進展しているように思われる。
▼1 テープ録音技術とステレオについては、細川周平、前掲書八六-一〇七ページ。グールドについてはかれ自身がいくつも文章を書いているが、その音楽史的評価については、渡辺裕、前掲書一三七-一四六ページ。グールドのメディア論は、つぎの本にまとめられている。ティム・ペイジ編、野水瑞穂訳『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』(みすず書房一九九〇年)。とくに「レコーディングの将来」を参照されたい。
▼2 「青年文化」とも訳される。
▼3 稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)七一ー七三ページによる。
▼4 小川博司『音楽する社会』(勁草書房一九八八年)三六ページ以下。
▼5 前掲書「2サウンド志向」。
▼6 以上、小川博司、前掲書による。
▼7 このふたつについてのくわしい分析として、細川周平『ウォータマンの修辞学』(朝日出版社一九八一年)。また、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)「2オーディオ・メカのミクロコスモス」。
▼8 桧山陸郎『楽器産業』(音楽之友社一九九〇年)二〇五ページ。
▼9 吉井篤子「現代人の音楽生活」林進・小川博司・吉井篤子『消費社会の広告と音楽――イメージ志向の感性文化』(有斐閣一九八四年)一六八-一七三ぺージ。
▼10 小川博司「イメージソング現象の分析」前掲書六〇ページ。なお、この本の「I広告音楽の展開」のなかで小川博司は広告音楽の歴史と分析について詳細に論じている。
▼11 長木征二「あなたはブーニンを覚えていますか?」『エイティーズ[八○年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)参照。くわしくは、渡辺裕、前掲書一七六ページ以下参照。
▼12 以上、高護・榊ひろと「おめでとう、さようなら」前掲書による。なお、アイドル現象については、稲増龍夫、前掲書と小川博司、前掲書が社会学的にくわしく分析している。
▼13 吉井篤子「企業の文化戦略としての音楽」林進・小川博司・吉井篤子、前掲書一八七-二二四ページ。
▼14 吉井篤子「現代人の音楽生活」前掲書一七七ページ。
増補
音楽社会学入門
文化研究が社会学の研究対象に浮上して久しい。けれども、マスコミ論や若者論の本をのぞくと、八〇年代までの社会学教科書で音楽に一章をさいたものはほとんどないはずである。しかし、現代文化を考える上で音楽を議論に乗せることはむしろふつうのことになっている。日本の社会学(者)がそれを不得意にしてきただけなのだ。
その意味では、長らく音楽社会学についてのやさしい入門書が待たれていた。九〇年代になってようやく、北川純子『音のうち・そと』(勁草書房一九九三年)が登場して、音楽社会学にも「最初に読んでほしい本」ができた。短いものだが、音楽社会学の歴史と理論が整理されている。この中で北川は、ハワード・ベッカー『アウトサイダーズ』村上直之訳(新泉社一九七八年)を音楽家集団の研究例として指摘しているが、なるほどこれも音楽社会学の研究対象である。それなら、D・サドナウ『鍵盤を駆ける手――社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』徳丸吉彦・村田公一・卜田隆嗣訳(新曜社一九九三年)も音楽社会学への重要な貢献といえよう。
本編の音楽文化論で私が構成の枠組みとして準拠した渡辺裕の聴衆論は、その後、増補版がでている[渡辺裕『聴衆の誕生――ポスト・モダン時代の音楽文化【新装増補】』(春秋社一九九六年)]。渡辺は最近、これまで音楽で使われてきた「機械」に着目して、渡辺裕『音楽機械劇場』(新書館一九九七年)を書いている。これは音楽メディアの社会史ともいうべきジャンルの存在を示唆するものであり、メディアをあえて「機械」と呼んでいるように、それらの多くは今日の視点から見るとあまり「あたりまえのメディア」らしくないのである。この分野の社会史的アプローチの可能性を感じさせる。
クラシック系にくらべてポップ系は研究伝統も浅く、オタク的な「好きもの分析」や評論はそこそこできても、社会学的な分析となると相当むずかしいように思う。未開拓のテーマや手法も多い。三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』(音楽之友社一九九〇年)は、高水準の研究に何が必要かを示唆してくれるアンソロジー。音楽学という括りの本だが、内容的には社会学への言及が随所に見られ、音楽社会学へ向かわざるをえない素材であることを感じさせる。
九〇年代日本の音楽状況
日本の音楽状況については、第一人者の小川博司が『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社一九九三年)を書いている。これは『音楽する社会』の続編で、八〇年代末から九〇年代初頭の音楽状況についての論考がおさめられている。
ポップ系では、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)に、カラオケなどの研究がある。宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)の「音楽コミュニケーションの現在」の章にも詳細な調査に基づいた議論がある。ただし文化的蓄積のない若い世代には難解だろう。
八〇年代の音楽は、ヘッドフォンステレオやカラオケがハイファイ・オーディオの延長からではなく自動車文化の流れから出て一世を風靡したのを典型として、概して非音楽的要因が音楽文化を左右した。イメージソングによって非音楽系企業が音楽のメインストリームを構築したり、冠コンサートのように音楽活動をバックアップしたりするのも同様の傾向だったといえよう。
音楽文化の動きが「音楽の論理」なり「音楽の生理」によって動くのでなく、それ以外の外在的な要素によって動くというこの現代的傾向は、九〇年代になっても続いている。いや、むしろ加速しているといった方がいいかもしれない。
たとえば、CDミリオンセラー続出の新傾向がある。一九九一年に二曲の三百万枚突破シングルが出現して、一九九四年にはミリオンセラーが一気に十九曲も出現する。これはそれまでなかったことであり、しかも、かつてミリオンセラーともなれば社会現象になったのと対照的に、九〇年代は中高年がその曲やアーチストをほとんど知らないうちにミリオンセラーになり消えていく。つまり、若い層「だけに」集中してヒットしたのである。注目すべきは、そのほとんどの曲がテレビ局とのタイアップだったことだ。高度なマーケティング技術に基づいて企画され、テレビを主軸にキャンペーンされた音楽。このタイアップ依存は、音楽番組ですらなくテレビドラマという非音楽メディアが引っ張る形になっている。八〇年代はあきらかに音楽嗜好の多様化が見られたのに、九〇年代は逆に収縮しているというほかない。
それにしても、映像主体のキャンペーンがこれだけ功を奏するとなると、ターゲットにされている今の若者が「ほんとうに音楽が好きなのか」と疑問をもたざるをえない。携帯電話やPHSの普及によってカラオケやCDの売れ行きが落ちたというごく最近の傾向も考えあわせると、要するに「仲間」を自分につなぎ止める手段として音楽が利用されたにすぎないのではないかといえそうである。しかし、それを批判的に見る考え方自体もまた、音楽に対する態度のひとつにしかすぎないのであろう。
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4月 12017

社会学感覚11 マス・コミュニケーション論

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社会学感覚
11 マス・コミュニケーション論
11-1 コミュニケーション・メディア
メディアとはなにか
コミュニケーションにはなんらかのメディアが不可欠である。メディア(media)は「媒介するもの」の意味で「媒体」と訳される。
たとえば、対話においては話しことばが主要なメディアであり、ノンヴァーバルな側面に注目すると、人間の身体がコミュニケーションのメディアである。しかし、現代人は自分の身体をメディアとしてのみコミュニケートするわけではない。さまざまな人工的・技術的な手段を媒介にして複雑なコミュニケーションを展開する。それはたとえば楽器であり新聞であり雑誌でありテレビでありラジオであり電話でありマンガや写真やパソコン通信であったりする。
これらのメディアはそれぞれ独自の特性をもっており、それがコミュニケーションの内容を規定する。たとえば、同じ友人との対話でも、喫茶店でのおしゃべりと深夜の電話でのおしゃべりがおのずとちがったものになるように、また大学教授の講義が同じ教授の書いたテキストとは相当異なる印象をあたえるように、メディア特性という「形式」がしばしばコミュニケーションの「内容」を規定する。その意味で、マーシャル・マクルーハンのいうように「メディアはメッセージ」なのである▼1。
メディア特性
いくつかの代表的なコミュニケーション・メディアの特性をおもに日本のメディア状況のなかで概観してみよう▼2。
(1)書籍――グーテンベルクの発明した印刷技術にもとづく活字メディア。基本的に多品種・少生産であり、それが受容される過程である読書行為[多くは黙読]」はプライベートにおこなわれる。「読書とは、文字から読み取る意味を読者がイメージとして具体化し、そのイメージに自ら反応する行為」である▼3。したがって読者には一定のリテラシー[知識や想像力や能動性]が要求される一方、内容は一般的なものからごく特殊なもの・高度なものまで乗せることができる。
(2)新聞――定期的[毎日]かつ大量に提供され、世論形成と密接な関係をもつ公共性の高い活字メディア。もともと党派性・政治性の強いメディアであったが、商業性との関連で現在は「客観報道主義」を掲げる。一般に信頼性[メディアとしての権威]は高い。一種の情報パッケージとして、いつでも接触できる。経済性にすぐれ、宅配制によって確実に読者に到達する。また、ななめ読みや見出しの効果によって短時間に内容を把握できる一覧性にもすぐれている。広告以外のすべての紙面が原則的にジャーナリズムを目的とする。
(3)映画――コンサートのように観覧の時間と空間が限定され、劇場で集合的かつ集中的に鑑賞される映像メディア。その意味で非日常性をともなう。芸術性・訴求力にすぐれるが、テレビやビデオといったメディアに乗せられた場合は「日常化」をまぬかれない。
(4)ラジオ――かつての高い公共的性格が弱まりプライベートな性格を強めつつある放送メディア。純粋に音声だけなので仕事場や自動車・若者の個室などで〈ながら〉的に聴取されることが多い。目下多局化が進行中のFMは、高い音質によって音楽文化の成熟と密接に連動している。
(5)テレビ――日本では「視聴率一パーセント百万人」といわれるほど多数の受け手が存在する放送メディア。高度な技術と資本が必要で、しかも国家による統制が強い。日本人のメディア接触率のトップ。視聴についての特殊なリテラシーを要求されない。視聴覚を駆使し反復することによって視聴者に強いインパクトをあたえることが可能。速報性と臨場性にすぐれる。
(6)電話――音声による日常的な双方向メディア。もっぱら音声によるために、電話コミュニケーションはどちらかがかならずしゃべっていなければならない。これは掟のようなもので、その点で電話は「一瞬たりとも沈黙を許さないメディア▼4」である。また日常的な実用的双方向メディアという点で、今後のコミュニケーションのあり方を考える上でもっとも重視すべきモデルは、新聞でもテレビでもなく、おそらく電話だと思われる。というのも、一九八五年の電電公社の民営化による電気通信の自由化によって本格的な「ニューメディア」時代が到来し、双方向コミュニケーションが身近になったからである。
(7)情報通信ネットワーク――すでに企業組織などの中間的コミュニケーションにおいて重要な役割を担っている電子通信メディア。本質的に双方向的であり、事実上〈送り手-受け手〉図式は妥当しない。〈ホスト-端末〉というべきか。当然「コンピュータ」と「情報」がこのメディアのキーワードとなる▼5。
メディア特性というものはもともと歴史的なものであり、ハードウェアによって一義的に決まるわけではない。他のメディアとの関係もそのメディア特性を規定することを忘れてはならない。たとえば、ラジオがプライベートなメディアとしての特性をもちはじめたのはテレビの普及のためだった▼6。そして現在では今度はテレビがビデオソフト・テレビゲーム・CATVなどによってブラウン管を占領されつつあり、テレビ局の用意した既成の番組を一家団らんで観るといった構図がくずれつつあるのは周知の事実である。また、かつては緊急の知らせに使われた電報は、現在慶弔専用メディアといってよい使用状況にある。
わたしたちは日常生活においてこのようなメディア特性をあまり意識しないで利用しているが、キャンペーンや広告にたずさわる人びとはメディア特性に対してきわめて慎重に考慮している。たとえば、高感度な若者を対象にするときは民放FMを使い、ある特定の興味をもつ人びとを対象にするときは専門性の高い雑誌を使うとか、企業理念を詳しく伝えたいときは信頼性の高い新聞に全面広告を掲載するとか、一般世帯向け商品であれば複数メディアで集中的に広告する「メディアミックス」という技法を採用するといったぐあいだ。
マス・コミュニケーションの特質
一般に「マスコミ」と呼ばれるマス・コミュニケーション(mass communication)とは、書籍・新聞・雑誌・CD・映画・ラジオ・テレビ・ビデオなどのマス・メディアを媒介したコミュニケーションのことである。
マス・メディアと総称しても、活字メディア・音声メディア・映像メディアと内実はさまざまである。しかし、それらにはおおよそつぎのような質的な特殊性――パーソナル・コミュニケーションならびに中間的コミュニケーションとの質的な差異――がともなうという点で共通点がある。
(1)特殊かつ複雑な技術と法的規制が介在するため、コミュニケーションの始発者[送り手]は、個人ではなく、専門的にこれをおこなう特定の組織であること。
(2)他方、受け手(audience)となるのは、不特定多数で匿名的かつ非組織的な「大衆」(mass)である。一定の代価・契約・装置といった基本条件を備えさすれば、原則的にだれでも受け手となることができる公開性をもつ。
(3)送り手と受け手の役割は固定されており、原則的に役割交換されることはない。このため、そこでおこなわれるコミュニケーションはその本質である相互作用性が後景に退き、一方向的となる。
(4)コミュニケーションの内容は、使用価値・交換価値をもつ「商品」として流通する。そのさい、送り手は商品の「生産者」であり、受け手は商品の「消費者」である。
マスコミ研究の諸分野
マス・コミュニケーションを研究する分野を通例「マスコミ論」と呼ぶ。これは大きく分けると「新聞」「放送」「出版」「広告」のメディア別に研究されることが多い。その一方で、マス・コミュニケーション過程では〈送り手-受け手〉図式が明確なために、送り手に関する研究と受け手に関する研究とにも分けることができる。前者を「伝達過程論」、後者を「受容過程論」という▼7。本章では、オーディエンスとしてのわたしたち自身の姿を認識するために受容過程論を中心に説明しよう。伝達過程論については「ジャーナリズム論」として次章で説明することにする。
▼1 マーシャル・マクルーハン、後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理――メディアの理解』(竹内書房新社一九六七年)。この本は最近別の翻訳でも読めるようになった。栗原裕・河本伸聖訳『メディア論』(みすず書房一九八七年)。マクルーハンは六〇年代後半ブームになったことがあるものの、その後しばらく注目されなかった。ところが最近になってメディアそのもののもつ効果に注目する研究がさかんになり、先駆的な業績として再評価されている。
▼2 マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論(新曜社一九八五年)第一章参照。とくに二四-二五ページの表に注目。マクルーハンの課題意識を受けて現代的なメディア論を展開したものとして、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)。電話・オーディオ・写真・テレビ・ペン・活字をとりあげている。現代のメディア状況をとらえるうえで多くの示唆をあたえてくれる。
▼3 渡辺潤、前掲書一八五ページ。
▼4 渡辺潤、前掲書四一ページ。なお渡辺は電話が疑似的性関係をつくりだすことも指摘していて興味深い。
▼5 この分野については多くのビジネス書が洪水のようにあふれていて戸惑うが、社会学の見地からこの分野をコミュニケーション論として展開した信頼しうる研究として、新睦人『情報社会をみる眼――コンピュータ革命のゆくえ』(有斐閣一九八三年)。
▼6 この点については室井尚『メディアの戦争機械――文化のインターフェース』(新曜社一九八八年)が興味ある考え方を提示している。「VIインターフェースの時代」を参照。
▼7 マスコミ論についての入門書は多いが、もっとも網羅的で信頼性の高いものとして、竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』(有斐閣一九八二年)。また、マクウェール、前掲訳書もスタンダードなもの。
11-2 マス・メディアの影響
マス・メディアの影響は絶大か?
マスコミ論の大問題は「マス・メディアの影響」の問題である。マス・コミュニケーションは〈送り手-受け手〉の役割が固定した一方向的なコミュニケーションである。それだけに送り手と受け手のあいだの非対称的関係の実態が問題となるわけである。
この問題についての社会学的研究はかれこれ七十年以上つづけられているが、じつはその結論はこれまで二転三転してきた。そのおもな原因は、第一にマス・メディアの発達が著しいスピードで進んだことである。二十世紀は「マス・メディアの時代」である。レコードが大量生産されラジオ放送が開始されテレビが生まれたのは他ならぬ二十世紀である。研究はその足跡を後追いするのに精一杯だった。第二に、マス・コミュニケーションにおいて送り手の存在は明確だが、受け手の方はあまりに大量かつ多様であり、これを科学的に観察・調査するのはたいへんにむずかしいからである。なによりも費用がかかる。それにドラスティックな結論がなかなかえられないのである。
というわけで「マス・メディアの影響」は自明なようにみえて、じつはなかなかの難問なのであるが、そのおおよその結論はメディア状況に応じて、つぎのように変化してきた。
(1)強力効果説→(2)限定効果説→(3)複合影響説
強力効果説[弾丸理論・皮下注射効果モデル]
わたしたちはマス・メディアの影響は絶大であると考える。これは「常識」である。なぜならわたしたちはマス・メディアがなければ世界のできごとばかりでなく身近な地域のできごとさえ知ることができないからである。裏を返すと、わたしたちはそれほど無力な存在なのだ。
ラジオ放送が本格的に始まった一九二〇年代以来のマスコミ研究者も、その研究の初期においてそう考えた。マス・メディアの放つメッセージがピストルの弾のように人びとの心を直撃するというイメージでマス・メディアの影響を過大にとらえた。そのような考え方を「弾丸理論」(bullet theory)という。またマス・メディアの発するメッセージが直接に個人の内面に注入されるというイメージから「皮下注射効果モデル」(hypodermic effect model)とも呼ばれる。
このような強力効果説には明確な社会的背景があった。
(1)一九三三年ドイツでヒトラーのナチスが政権をとり、ラジオ・新聞・映画といった当時のマス・メディアを完全に掌握してしまうことによって、大衆の支持を確立させた。ヒトラーは当初からマス・メディアを巧みに利用していた▼1。一方、ルーズヴェルトも一九三〇年代に「炉辺談話」としてラジオを政治的に利用し一定の効果を上げていた。
(2)オーソン・ウェルズが一九三八年一〇月三〇日にCBSラジオのドラマのなかで「火星人がアメリカに侵略し光線であたりを焼き払いながらニューヨークに向かっている」と放送した。これを本当のニュースとまちがえた推定約百万人の人びとが神に祈ったり家族を助けに走ったり救急車や警察を呼んだりしてパニックになったという▼2。
(3)第二次大戦中には戦意高揚のためアメリカでもプロパガンダ[政治宣伝]がマス・メディアを駆使してさかんにおこなわれた。なかでも一九四三年九月二一日朝八時から次の日の午前二時まで、戦時国債キャンペーンのため人気女性歌手ケイト・スミスを使ってラジオのマラソン放送がおこなわれた。その結果、たった一日に三九〇〇万ドルという並外れた額の戦時国債を売り上げた▼3。
これらの歴史的事例はことごとくマス・メディアの巨大な力を証明するかのように立ちあらわれたのだった。
のちにこの考え方を修正することになるエリフ・カッツとポール・F・ラザースフェルドは、このような強力効果説の基本前提をなす論点が二点あると指摘している。第一に、マス・メディアから流れでるメッセージを受け取る人びとは何百万というバラバラな原子としてのマス=大衆であるという仮定。第二に、あらゆるメッセージが直接的かつ強力な刺激となって個々の人間に無媒介な反応をひきおこすという仮定である▼4。これは今日でも一般の人びとの常識的なマスコミ観の根底にある想定であるが、このような素朴な認識から、一方でマス・メディアを原子爆弾にたとえる見方もでてくるし――だから法律できびしく規制しなければならないという意見になる――他方で民主主義の輝ける未来を約束するものと賛美する見方もでてくることになる。
ところが、一九四〇年のアメリカ大統領選挙におけるマス・メディアの影響について実証的に調査をしてみると、強力効果説の基本前提はどうもあやしいということになってきた。つまり、受け手の人びとはバラバラな大衆でもないし、マス・メディアの発するメッセージをそのまま受け入れたりしないという結果がえられたのである。こうして素朴な強力効果説はみごとにくつがえされてしまう▼5。
限定効果説[パーソナル・インフルエンス論]
一九四〇年代なかごろから一九六〇年代あたりまで、マスコミ研究は一般常識から離れ「限定効果モデル」(limited effects model)をとるようになる。強力効果説がもっぱら観察にもとづいていたのに対して、限定効果説は大規模な実証的調査研究にもとづいていた。
限定効果説の重要な論点はつぎの三点である▼6。
(1)マス・コミュニケーションの影響は絶大なものではなく限定的な効果しかない。
(2)というのは、マス・コミュニケーションは受け手に対する効果の必要十分な要因として作用するのではなく、じっさいにはさまざまな「媒介的要因」の連鎖のなかで機能するからである。
(3)マス・コミュニケーションは、受け手の意見や態度を「変改」(conversion)させるよりは、むしろ既存の意見や態度を「補強」(reinforcement)する傾向がある▼7。
ここで重要なのは、さまざまな「媒介的要因」の再発見である。そのおもなものはつぎの三点である。
(1)選択的受容
人はだれでも、自分に都合の悪い話は聞かないようにするものだ。よしんば聞いたとしても、自分に都合のよいように解釈する。また、都合のよいことはいつまでも覚えているものだ。これはマス・コミュニケーションについても当てはまる。
説得以前の受け手の状態――たとえば性・年齢・学歴・職業・意見・態度・知的水準・信念・感情・趣味・関心など――を「先有傾向」(predispositions)というが、マス・コミュニケーションにおいて受け手は自分の先有傾向にとって好意的あるいは同質のコミュニケーション内容にふれようとする傾向がある。これを「選択的接触」(selective exposure)という。よくいわれることだが、商品の広告を一番よく注意してみている人は広告されている商品をすでに買った人である。喫煙者は肺ガンと喫煙の密接な関係について書かれた記事を読もうとしないものだ。この選択的メカニズムは「接触」だけでなく「認知」「記憶」についても働いている。これらをまとめて「選択的受容」という。これがあるためにマス・メディアの思惑はしばしばはずれるのである。
(2)準拠集団
受け手の先有傾向を規定する大きな要素は、個人が自分を関連づけている集団の規範である。個人の意見・態度・信念・関心といったことがらは、じつはそのような集団の規範にもとづいていることが多い。このように個人の態度や判断の基準となる集団を「準拠集団」(reference group)という▼8。
たとえば、ボーイスカウト活動を批判したニュースに接した少年たちのうち、ボーイスカウトを準拠集団とする少年たちはますます積極的に活動するようになったという。つまりメディアの意図とまったく逆の効果――これを「ブーメラン効果」という――になったのである▼9。一方、そうでもない少年たちには効果的に作用したという。「ボーイスカウト」の部分を自分のコミットしている特定の学校や企業や政党や宗教団体に換えてみるとわかるように、準拠集団はマス・コミュニケーションの選択的受容の基準を提供する。
(3)コミュニケーションの二段階の流れ
マス・メディアからのコミュニケーションはいきなり社会の成員を直撃するのではない。じっさいには、まずオピニオン・リーダー(opinion leader)に流れ、そしてかれらから、比較的活動的でない人びと[追随者(followers)]へ流れることが多い。オピニオン・リーダーとは、マス・メディアをより多く利用し、社交性が高く、他人に影響力をもったり、情報源やガイドとしての役割をもっているという自覚をもつ人びとのことで、マス・コミュニケーションの中継機能を果たす。投票・流行・買い物・映画など分野によってそれぞれ異なるオピニオン・リーダーが存在する。オピニオン・リーダーは情報や影響をあたえるだけでなく、みずから積極的に情報を求め、影響を受けようとする。
このさいオピニオン・リーダーから追随者への影響を「パーソナル・インフルエンス」(personal influence)というが、人びとの意見を変える力をもっているのはマス・メディアではなく、じつはオピニオン・リーダーのパーソナル・インフルエーンスなのである▼10。
以上のような媒介的要因の再発見によって「弾丸理論」は崩れ、より複雑なメカニズムが立ちあらわれた。この転換はつぎのように考えることができる。第一に、「受け手」といっても結局「社会」にほかならないということの再発見。第二に、マス・メディアの影響の「結果」とみえた現象は、じつは受け手側ですでに醸成されてきた先有傾向をマス・メディアが「補強」したものにすぎないとみなせること。つまり原因と結果が逆だったと考えることもできるわけだ。
複合影響説
限定効果説が学界で定着し終えた一九六〇年代は、同時にメディアの転換期でもあった。いうまでもなくテレビの普及がそれである。これによってマス・コミュニケーション状況が大きく変わった。それにともなって限定効果説への違和感も高まり、さまざまな異論が生じてきた。その結果、一九七〇年代なかごろあたりから、マス・メディアの影響についての学界の潮流はふたたび一転することになる。それをここでは「複合影響説」と総称することにする▼11。
複合影響説は基本的にマス・メディアの影響力を大きくとらえる。その点で初期の単純な強力効果説と軌を一にするけれども、もとのさやへもどったと考えるべきではない。むしろ、それは強力効果説と限定効果説に共通していた理論的単純志向を実証的かつ理論的に修正し相対化する洗練のプロセスととらえるべきだ。この観点から複合影響説のいくつかの研究をみてみよう▼12。
(1)ニュースの広がりのJ曲線(J-curve)
ニュースで報道された事件には広がり方の異なる三つのタイプがある。a重要性は低いが、少数の人びとには大きな意義をもつ事件。b一般の人びとが重要と認める事件。c緊急かつ重要かつ劇的な事件。類型1のような事件は、利害関心のある特定の人びとが選択的にマス・メディアから知覚し、とりわけ注目しなかったその他の人びとにパーソナル・コミュニケーションによって普及する。コミュニケーションの二段階の流れ理論が該当するわけだ。ところが、通常のニュースである類型2のような事件では、人びとはマス・メディアから情報をえてしまうと、あえて他の人に伝えたりしない。それだけの理由に乏しいからである。しかし、ケネディ暗殺事件(一九六三年)のような類型3の事件になると、メディアから情報をえた人びとも積極的に他の人びとに伝えようとする。その結果、劇的な事件ほどメディアよりもパーソナル・コミュニケーションによって知る人が多くなるという現象が生じるのである。じっさいにニュースであつかわれた事件について、ヨコ軸に事件を知った人びとの割合をとり、タテ軸にメディア以外から知った人びとの割合をとって位置づけてみると直線にはならないでJの字のようなカーブを描く。このように「二段階の流れ」は類型1と類型3には当てはまっても類型2には当てはまらないことになる。類型2は通常のニュースと考えられるから、一般に人びとはマス・メディアから直接事件を知るのである。
(2)予防接種効果(priming effect)
まったく新しい論点についてはマス・メディアは大きな能力をもつ。のちに接触するマス・コミュニケーションの先有傾向となる。また、あるニュースの受け取られ方は、直前に流されたニュースによって左右される。
(3)普及過程研究(diffusion process)
新しいアイデアを採用する過程において、早期採用者はマス・メディアのインパクトを強く受けるが、後期採用者はとくにその意思決定の終盤でパーソナル・コミュニケーションによって強く影響される。
(4)議題設定機能(agenda-setting function)
マス・メディアが政治の過程で独自の機能を果たしていることは周知の事実である。しかし、その機能が受け手を自民党支持者から社会党支持者に突如「転向」させるといったことでないのは、限定効果説の主張するところである。マス・メディアが独自の――しかも強力な――機能をもっているのは、「どう考えるべきか」ではなくて「なにを考えるべきか」に関してなのである。マス・メディアは「今なにが問題なのか」という争点=議題を設定することについては強力な影響力をもつ。そしてマス・メディアの強調の大小が人びとに問題の重要性を認知させる▼13。
(5)沈黙のらせん(spiral of silence)
多くの人びとは孤立をおそれて、意見を表明するさいに、どれが多数意見・優勢意見かを確認する。もし自分の意見が少数派・劣勢であれば、孤立を避けるために意見表明は控えてしまう。逆に多数派・優勢意見であると、意見表明の積極性が増す。そのさい、多数派か少数派か・優勢か劣勢かの判断の基準となるのがマス・メディアである。マス・メディアが特定の意見を多数派・優勢意見として提示することによって、反対意見は表明されにくくなり、そのため反対意見はますます少数派として認知されることになる。多数派はますます多数に、少数派はますます少数になる。「らせん」とはこのような相乗的累積的増幅過程をさす。マス・メディアがこのように「意見の風土」を形成するのに大きな力をもっているのは、遍在性・累積性・共振性をもっているために受け手の選択的メカニズムがうまく作用しないからである▼14。
(6)文化規範説(cultural norms theory)/培養分析(cultivation analysis)
人びとは、なにが正常でなにが認められていないかについて、映画やテレビ・ドラマなどのマス・メディアを参照する。といっても、ある特定の作品が直接影響をあたえるわけではない。マス・メディアは長期的かつ累積的かつ非意図的に人びとに行動の基準を提供するのである。その意味で、基本的に役割の学習過程である社会化に対してマス・メディアは一定の影響をおよぼしていると考えられる。一般にテレビのえがく世界は現実とは異なる相対的に独自の世界であるが、それらが徐々に人びとに共有されている価値観や観念を〈培養〉する。
視点の転換
これまで〈強力効果説→限定効果説→複合影響説〉という学説上の変化をみてきた。この変化のなかには、テレビの普及といったメディア側の要因だけでなく、いくつかの視点の転換が起こっている。
第一に、「意図的効果」から「非意図的影響」への転換がある。一般に「効果」の概念は送り手の意図がいかにうまく達成されるかという観点をふくんでいる。しかし、これはマス・コミュニケーションのさまざまな活動のうちのひとつの形式にすぎない。これまで研究者はプロパガンダやキャンペーンなどの「説得的コミュニケーション」にとらわれすぎていたようだ。強力効果説も限定効果説も、プロパガンダや説得的コミュニケーションが受け手の態度にどのような影響をあたえるかというきわめて限定的な研究――これを「キャンペーン効果」という――を「マスコミ研究」全般ととりちがえていたふしがある▼15。
第二に、「短期的」効果から「長期的・累積的」影響への転換である。強力効果説にせよ限定効果説にせよ、受け手の意見と態度の短期的変容に焦点をしぼりすぎていた。タイムスパンがきわめて短かった▼16。しかし、近年になって累積的効果が顕在化する段階を迎えたこともあり、より長期的・累積的な影響が問題となってきた。文化規範説や培養分析はその一例である。
第三に、受け手の「態度変容」から「認知」への転換である。キャンペーン効果の場合、そのキャンペーンによって人びとの態度や意見がどう変わったかに焦点が当てられていた。そのためメディアの影響力が過小評価される結果になったわけだが、議題設定機能理論にはっきり示されているように、マス・メディアは環境認知に関しては非常に大きな力をもっている。認知的側面に着目することでマス・メディアの影響の実態がより鮮明に浮かび上がってきた。
このように、マス.メディアの影響は研究が進むにつれ、ますます複合的なものとして立ちあらわれる。しかし、注意しなければならないのは、この複合性の主たる源泉は、すでにみてきたように、マス・メディアの側にあるというより、むしろ受け手の側にある。どう受け取ったか――ここでもコミュニケーションを最終的に決定するのは送り手ではなく受け手なのである。
▼1 この点については、ヒトラーの腹心の部下で宣伝大臣のゲッベルスに焦点をあてた平井正『ゲッベルス――メディア時代の政治宣伝』(中公新書一九九一年)がくわしい。
▼2 キャントリル、斉藤耕二・菊池章夫訳『火星からの侵入』(川島書店一九七一年)。
▼3 ロバート・K・マートン、柳井道夫訳『大衆説得――マス・コミュニケーションの社会心理学』(桜楓社一九七三年)。
▼4 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、竹内郁郎訳『パーソナル・インフルエンス――オピニオン・リーダーと人びとの意思決定』(培風館一九六五年)四ページ。
▼5 B・ベレルソン、P・F・ラザースフェルド、H・ゴーデット、有吉広介監訳『ピープルズ・チョイス』(芦書房一九八七年)。
▼6 限定効果説の総まとめとして、J・T・クラッパー、NHK放送学研究室訳『マス・コミュニケーションの効果』(日本放送協会一九六六年)。
▼7 「変改」ということばは、いささか奇異に思われるかもしれない。「転換」「変換」「切り換え」とも訳されることばだが、ここではむしろ「転向」とか「改宗」の意味である。たとえば共和党支持者がマス・メディアとの接触によって突然民主党支持者に転向するということはあまりないということだ。
▼8 準拠集団の特性については14-2参照。
▼9 ブーメラン効果については、ロバート・K・マートン、森東吾・森好夫・金沢実・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)四七四ページ以下参照。
▼10 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、前掲訳書。
▼11 エリーザベト・ノエル-ノイマンの問題提起以来、この新たな諸潮流を「強力効果説への回帰」と呼ぶことが多いが、本書ではあえて「複合影響説」と呼ぶことにする。その理由については後論参照。E.Noell-Neumann,Return to the Concept of Powerful Mass Media,in:Studies of Broadcasting 24.
▼12 効果研究の変遷と個々の理論については次の文献を参照した。D・マクウェール、S・ウィンダール、山中正剛・黒田勇訳『コミュニケーション・モデルズ――マス・コミ研究のために』(松籟社一九八六年)。マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論』第七章。竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』第三・第八章。林進編『コミュニケーション論』(有斐閣一九八八年)第四章。
▼13 たとえば、中曽根首相時代の一九八七年に売上税が世論を二分した。のちに消費税として成立する売上税はこのときは結局成立しなかったが、かわりに防衛費GNP1%突破が実行された。マス・メディアはこのとき――賛成であろうが反対であろうが――売上税が問題だということに集中していた。その間隙をぬってのできごとだった。あのときの中曽根首相はマス・メディアの議題設定機能に助けられた(あるいは利用した?)といえるだろう。なお、近年悪評高いリゾート法もこのとき実質的審議なしに成立したもの。この事例は「総ジャーナリズム状況」とも関係があり、12-2を参照のこと。
▼14 沈黙のらせん理論についても邦訳がでている。ノエル-ノイマン、池田謙一訳『世論形成過程の社会心理学-沈黙の螺旋理論』(ブレーン出版一九八八年)。
▼15 これには「だれが、なにを、だれに、どのチャンネルで、どのような効果をもって」という有名なラスウェル図式が「マスメディアの影響」という広範な問題領域を狭めてしまったことが理由として考えられる。H・D・ラスウェル「社会におけるコミュニケーションの構造と機能」シュラム編、学習院大学社会学研究室訳『マス・コミュニケーション』(東京創元社一九六八年)。
▼16 一九六〇年の段階でクラッパーはつぎのようにのべていた。「長期的な態度変化においてマス・コミュニケーションが演ずる役割についての客観的な研究は皆無である」と。クラッパー、前掲訳書二〇ページ。
11-3 受け手の能動性
コミュニケーションの脱物象化のために
わたしたちは「マス・メディアの影響」というと、ついメディアの側に立って考えてしまう。なぜかオーディエンスとしての視点に立てない。しかも、マス・メディアの影響力を高くみつもる一方で、自分たち受け手を無力な存在と考えてしまいがちだ。これはマス・コミュニケーションを物象化されたレベルでとらえる結果、マス・メディアを物神化してしまうことによるのであろう。それは、わたしたちがお金にならないことは価値がないと考えたり、目の前の生身の人間を役割のマリオネットとしてしかみれなかったりするのと同様である。
その意味で、ここで少し発想を転換して、〈マス・メディアが人びとになにをなすのか〉ではなく、〈人びとがマス・メディアでなにをなすのか〉について考えることにしよう。このように「送り手」の立場よりも「受け手」の立場で考えることは、脱物象化のためにも有効なことである▼1。
マス・メディアの〈利用と満足〉
マスコミ研究の一分野として「〈利用と満足〉研究」(uses and gratifications study)というのがある。これは文字通り、受け手がマス・メディアをどのように利用し、どのような満足をえているかを研究する分野である。つまり、受け手を中心にマス・コミュニケーションを分析しようとするわけだ。前節の議論とは出発点がまるでちがう。この研究系譜によると、受け手はマス・メディア[おもにテレビ]を利用することによってつぎのような充足をえているという▼2。
(1)気晴らし
a日常生活のさまざまな制約からの逃避
b解決しなければならない諸問題の重荷からの逃避
c情緒的な解放(泣いたり笑ったりしてスッキリする)
(2)人間関係
a交友関係(メディア内の登場人物との疑似的な社会関係)
b社会的効用(家族や仲間などといっしょに楽しんだり、メディアの内容について話したりする)
(3)自己確認
a個人についての準拠(自分の状況・性格・生活について番組内容に照らし合わせて自己確認する)
b現実の探究(身近な問題の対処の仕方を学ぶ)
c価値の強化(自分の考え方などが正しいということを番組内容にみつけて確認する)
(4)環境の監視 (自分にとって間接的な公共的世界のできごとを知る)
たとえば、クイズ番組の場合、「家族で」みることに意義を感じたり、知識が増えることに満足したり、出演回答者より自分の方が物知りだということを誇示することに喜びをみいだしたり、純粋に没入して興奮したり、とにかく騒々しい人の声がしていればそれでいいというケースなど、じつにさまざまな理由から人びとは番組をみるのである。キャスターと接していたくてニュース番組をみる受け手もいれば、ドラマから異性との処し方を学習する受け手もいるということだ。
つまり、受けとられ方のヴァリエーションは受け手しだいなのであって、送り手の意図とは無関係ではありえないにせよ原則的には分離している。受け手はメディアからの内容を利用するが、その現実的内容を決定するのは――つまりコミュニケヨーションの意味を決めるのは――受け手側の事情なのである▼3。前章でくわしく論じたコミュニケーションの偶発的な性格は、マス・コミュニケーションについてもいえる。
〈受け手の能動性〉対〈メディアの影響〉
マクウェールにならって〈コミュニケーションの始発者としての受け手〉〈コミュニケーションの始発点としての受容行動〉を強調しておこう▼4。しかし、かといって、マス・メディアの複合的影響が再認識される時代に、むやみに受け手を万能視するのも楽観的にすぎるだろう。では、どのように考えればいいのだろうか。
コミュニケーション論で確認したように、受け手は受動的で二次的な存在ではない。能動的にコミュニケーションの意味を構成する積極的な存在である。受け手の解釈作業なしにコミュニケーションは成立しない。したがって、マス・コミュニケーションにおいてもまた、意味を確定するのは受け手の解釈実践である。マス・メディアの提示する内容は、あくまでも受け手の文脈で理解される。これが議論の出発点である。
このような受け手に対して、マス・メディアが受け手の意見や態度を急に変えさせたり、新しい意見や行動をそっくり注入することはできない。しかし、江原由美子によると、マス・メディアは、あるひとつの〈要請〉をほぼ確実に受け手に実行させることができるという。それはほかでもない、受け手自身の「解釈作業」である▼5。「マス・メディアヘの不断の接触は、その事自体において、マス・メディアのメッセージの『解釈作業』という実践を要請するのである。この『解釈作業』は『受け手』自身の実践でありながら、それがコミュニケーション行為であるというまさにその点において、社会的規範性を帯びる。[中略]マス・メディアの影響力とは、この『受け手』の『解釈作業』という実践を不断に『呼込む』ことにおいてもっとも直接的かつ最大の力を行使する。それは個々のマス・メディアのメッセージが『受け手』に行使している影響力というよりも、マス・メディア総体とその歴史的積重なりが『受け手』の『解釈能力』に与えている影響として考えるべきである。この『受け手』の『解釈能力』の水準の変動は、『受け手』の世界認識の形を変え、その『生活世界』の構造を変化させる▼6。」
江原由美子は、このような観点から、メディアの側が受け手の解釈作業をひきだし、そのひきだされた解釈作業の解釈図式[スキーム]が受け手に強力な影響をあたえるというロジックを、テレビCMの分析から見いだしている。たしかに、この視点からすれば、〈積極的にマス・メディアの意味を構築している受け手像〉と、〈マス・メディアによって影響を受けている受け手像〉は矛盾しなくなる▼7。
そもそも人間の行為は社会的真空状態のなかでおこなわれるわけではない。かならず既存の社会構造のなかでなされる。人間はそれを一種の〈資源〉として利用しながら行為をおこなうと同時に、それらを一種の〈環境〉として反応=リアクションする。すでにかんたんにふれておいた〈構造の二重性〉である▼8。たとえば人間が役割の担い手であると同時に、役割が人間の行為の媒体であるのと同じロジックで、マス・コミュニケーションが受け手にとって解釈作業を強制する〈環境〉として作用すると同時に、受け手はマス・コミュニケーションを〈資源〉として積極的かつ主体的に利用する。
一方でマス・メディアの物神化についての悲観的なメディア観に抗し、他方で受け手の自由を楽観視し現状を肯定する情報行動論に抗するには、このような構図で理解するのが適切であるとわたしは考える。
▼1 物象化と脱物象化については2-4参照。
▼2 デニス・マクウェール、ジョイ・G・ブラムラー、ジョン・R・ブラウン「テレビ視聴者――視点の再検討」デニス・マクウェール編著、時野谷浩訳『マス・メディアの受け手分析』(誠信書房一九七九年)。なお、以下は詳細な受け手調査にもとづいて類型化されたものである。対象となった番組はホームドラマ・クイズ・ニュース・冒険ドラマである。
▼3 だからこそメディア側の人びとは受け手の「利用と満足」の実態を調査する必要に迫られる。視聴率に対する「視聴質」をさぐる試みもそのひとつである。たとえば、日本における比較的初期の研究として『番組特性(充足タイプ)調査実用化研究――充足タイプ調査は視聴率調査をどのように補完するか』(日本民間放送連盟放送研究所一九七七年)。
▼4 デニス・マクウェール、山中正剛監訳、武市英雄・松木修二郎・山田實・山中速人訳『コミュニケーションの社会学――その理論と今日的状況』(川島書店一九七九年)一九ページ。
▼5 江原由美子「『受け手』の解釈作業とマス・メディアの影響力」『新聞学評論』三七号(一九八八年)。
▼6 前掲論文六二-六三ぺージ。
▼7 前掲論文五三ページ。なお、理論的立場は異なるものの、「『主体性の契機』という受け手の選択性の存在そのものがかえって依存を強めるという正フィードバック構造」という池田謙一の指摘もこの文脈で理解することができる。池田謙一「『限定効果論』と『利用と満足研究』の今日的展開をめざして――情報行動論の観点から」『新聞学評論』三七号(一九八八年)四二ページ。
▼8 3-1ならびに9-4参照。
増補
メディア論
本編ではメディア論についてほとんど言及できなかった。本来なら一章を別個にあてるべきであったろう。
この分野はもともと学際的な領域であり、マスコミの現場出身者による研究も多く、必ずしも社会学的でない場合が多い。その中にあって「メディアの社会学」の基本テキストとして社会学的かつ新鮮な構成でつくられているものとして、吉見俊哉・水越伸『メディア論』(放送大学教育振興会一九九七年)。社会学的メディア論の仕切り直し的テキストである。基本的なデータを整理したものとしては、山本明・藤竹暁編『図説 日本のマス・コミュニケーション(第三版)』(NHKブックス一九九四年)がある。
とくに九〇年代のメディア論で注目すべきなのは、電話研究が一気に進んだことだ。この先駆けになった研究が、吉見俊哉・若林幹夫・水越伸『メディアとしての電話』(弘文堂一九九二年)。また、近年インターネット以上に急激な普及を遂げた携帯電話やPHSについては、富田英典・藤本憲一・岡田朋之・松田美佐・高広伯彦『ポケベル・ケータイ主義!』(ジャストシステム一九九七年)が先駆をきっている。
■歴史社会学的なメディア論
社会学によるメディア論のひとつの新潮流は、社会史的にメディアの歴史を記述するという手法である。この歴史社会学的手法は他の研究領域でもさかんにおこなわれているが、その一例として、桜井哲夫『TV 魔法のメディア』(ちくま新書一九九四年)がおもしろい。いつの世も新しいメディアは嫌われるのだ。吉見俊哉『「声」の資本主義――電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(講談社選書メチエ一九九五年)と水越伸『メディアの生成――アメリカ・ラジオの動態史』(同文舘出版一九九三年)も歴史社会学的なメディア論。
これら歴史社会学(社会史)的研究の眼目は、歴史化することで自明性が壊れるということにある。歴史ほど意外性をもつものはない。とくにメディア・コミュニケーションが国民国家を形成してきた側面に光が当てられているところに注目してほしい。この視角は、逆に、衛星放送やインターネットなどの新しいメディアが国民国家の枠組みと摩擦を起こしている現状を考える上で重要である。
この分野の出発点となっている古典的研究はふたつある。ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』桜井直文・林正寛・糟谷啓介訳(藤原書店一九九一年)。ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版一九九七年)。しばしば引き合いに出されるメディア論の新しい古典である。
マス・メディアの複合影響説
近年の複合影響説(一般には「新・強力効果説」と呼ばれている)については、田崎篤郎・児島和人編著『マス・コミュニケーション効果研究の展開』(北樹出版一九九二年)がコンパクトなテキスト。受け手論として最新の研究状況に基づいた論文集として、児島和人『マス・コミュニケーション受容理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。一歩突っ込んで調べるときはこちらを参照されたい。
翻訳もいくつかでている。沈黙の螺旋については、Elisabeth Noelle-Neumann『沈黙の螺旋理論――世論形成過程の社会心理学〈改訂版〉』池田謙一・安野智子訳(ブレーン出版一九九七年)。議題設定機能については、マックスウェル・マコームズ、エドナ・アインセィデル、デービッド・ウィーバー『ニュース・メディアと世論』大石裕訳(関西大学出版部一九九四年)。なお、培養分析やその対抗理論については、佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房一九九六年)がよく整理してくれている。
この文脈の議論は、電磁波の人体への影響の問題と同じく「科学的に」結論を出すのがむずかしい。「沈黙の螺旋」理論や「第三者効果」理論が示唆するように、人びとがマス・メディアの影響力を大きいと思っていること自体が、マス・メディアの影響力を大きくしてしまうという側面もあり、こうした循環的構図に対して「科学的に」つまり行動科学的に結論を出せるものなのかどうか。社会学的な吟味が必要な段階に来ていると思う。
情報操作
マス・メディアの操作性については多くの議論がある。集中豪雨的な報道の過ぎ去ったあとでマスコミ不信が募り、「あれは作為的なキャンペーンではなかったのか」と考える人も多いと思う。オウムの人びとが陰謀説を信じたように、私たちもまた陰謀説にとりつかれている。
しかし、数多くのメディアが競ってニュースを伝えている現在の状況の中で、情報操作が意図通りに成就するとは考えにくい。けれども時間を短く区切って、それが成功することはありうる。湾岸戦争のさいにホワイトハウスがやったように。佐々木伸『ホワイトハウスとメディア』(中公新書一九九二年)はホワイトハウスの歴代政権のメディア・コントロールを調べたもの。
このほかにも、川上和久『情報操作のトリック――その歴史と方法』(講談社現代新書一九九四年)、渡辺武達『テレビ――「やらせ」と「情報操作」』(三省堂選書一九九五年)、渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)がメディアの作為的な側面に焦点を当てて説明している。この論点で議論すると、つい安直な陰謀説に傾いてしまうので、上記の本をよく吟味してから議論するようにしたい。
メディア・リテラシー
九〇年代になってマスコミ研究者のあいだで急速に議論されるようになったのが「メディア・リテラシー」である。最近の大学教育で「情報リテラシー」「リテラシー教育」といえばパソコンを操作すること自体が目標になった自動車教習所的な教育をさすが、ここでいうリテラシーはもっと高度な段階をさしている。鈴木みどり編『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』(世界思想社一九九七年)によれば「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創りだす力」(八ページ)である。つまり、これまで受け手としてマス・メディアに屈してきた人びとが能動的なコミュニケーション主体として成熟することを意味しているのである。
この分野の基本書は、カナダ・オンタリオ州教育省編『メディア・リテラシー――マスメディアを読み解く』FCT(市民のテレビの会)訳(リベルタ出版一九九二年)。音楽メディアをふくめた、たいへん視野の広いメディア論になっている。オンタリオでは国語の授業の三分の一が「メディア・リテラシー」の授業にあてられており、これはそのオフィシャルな教科書である。
渡辺武達『メディア・リテラシー――情報を正しく読み解くための智恵』(ダイヤモンド社一九九七年)は、おもに月刊誌『マスコミ市民』に掲載された論考をまとめたもの。著者は九〇年代ジャーナリズム論でもっとも注目すべき研究者だが、この本もジャーナリズム論的なリテラシーを論じている。コンパクトな入門書としては、メディアリテラシー研究会(市川克美・音好宏・見城武秀・後藤繁榮・藤本浩・水越伸)『メディアリテラシー――メディアと市民をつなぐ回路』NIPPORO文庫(日本放送労働組合一九九七年)もある[ただし現時点では直販]。
「社会学的」ということにこだわるなら、D・K・デビス、S・J・バラン『マス・コミュニケーションの空間――批判的研究のパースペクティブ』山中正剛ほか訳(松籟社一九九四年)が読みやすく、視野も広い。原書のタイトルは『マス・コミュニケーションと日常生活』で、受け手のメディア利用をより自覚的にさせることをねらっている。その意味ではメディア・リテラシーに関するテキストといえるだろう。
じっさいに新聞の読み方をごく初歩的なところから説明したものとして、岸本重陳『新聞の読みかた』(岩波ジュニア新書一九九二年)と熊田亘『新聞の読み方上達法』(ほるぷ出版一九九四年)が格段にやさしく、教材としても使いやすい。いずれも高校生向けで、大学生ならさらっと読めるだろう。
もう一冊。現在のメディア・リテラシーを考える上でポイントとなるのは新聞でもパソコンでもない。それはテレビ・ニュースではないだろうか。その見方をやさしく教えてくれる邦語文献がほしいところだが、なぜか手薄なテーマになっているようだ。「日経の読み方」や「パソコンの使い方」の本が山ほど存在するのに、これは奇妙なことである。とりあえず翻訳書では、ニール・ポストマン『TVニュース 七つの大罪――なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか』石川好監修・田口惠美子訳(クレスト社一九九五年)が、わかりやすくテレビ・ニュースの「からくり」を説明してくれている。これなら高校生でも読めるだろう。
ネットワーク・コミュニケーション
パソコン通信やインターネットによるコミュニケーションを「ネットワーク・コミュニケーション」と呼ぶ。英語圏ではComputer Mediated Communicationと呼び、略してCMCといい慣わされている。英語圏では膨大な「CMCの社会学」が発表されているが、日本でも九〇年代中頃から急速に増えている。
パソコン通信については、森岡正博『意識通信――ドリーム・ナヴィゲイターの誕生』(筑摩書房一九九三年)。川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治『電子ネットワーキングの社会心理――コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』(誠信書房一九九三年)。宮田加久子『電子メディア社会』(誠信書房一九九三年)。『意識通信』は豊富なアイデアに満ちた読み物。後二者は標準的な手法で調査した研究書。
インターネット
同じCMCではあるが、インターネットはパソコン通信とかなり様相が異なる。パソコン通信がコントロールされた「組織」だとすると、インターネットは「社会」に相当するからである。インターネットには目下さまざまな問題が生起しつつあり、解決のむずかしいものも多いが、統制主体の不在(あるいは多数性)が問題の核心に存在する。
インターネットの歴史については、古瀬幸広・廣瀬克哉『インターネットが変える世界』(岩波新書一九九六年)が基本書。イリイチとの思想的関連についてなど興味深い記述が多い。マイケル・ハウベン、ロンダ・ハウベン『ネティズン――インターネット、ユースネットの歴史と社会的インパクト』井上博樹・小林統訳(中央公論社一九九七年)も同様の歴史記述。ネットに関わる人びとが現にどう考えているかに重点をおいたもので、膨大な発言の引用が特徴。このマイケル・ハウベンが「ネティズン」の命名者といわれている[公文俊平編著『ネティズンの時代』(NTT出版一九九六年)]。
インターネットの実態については、クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』倉骨彰訳(草思社一九九七年)が有名だが、ただし、あざとい邦訳タイトルがマスコミ受けして「からっぽの洞窟説」がマスコミ界で一人歩きした感がある。しかし、ストールのインターネットに対する態度は両義的で、もっと含蓄のあるものだ。
インターネットによって具体的に私たちの目の前に現出した状況をつくってきた人たちの思想をひもとく必要もある。ブッシュやエンゲルバートやネルソンといった、パソコン文化の構想者たちの基本論文が、西垣通編著訳『思想としてのパソコン』(NTT出版一九九七年)におさめられている。こうした設計思想のもつ社会学的意味を考えたい。
佐藤俊樹『ノイマンの夢・近代の欲望――情報化社会を解体する』(講談社選書メチエ一九九六年)は、「新しいメディアが社会を変える」といった技術決定論が産業社会に内属する必然的なディスクールであることを徹底的に論じている。従来のマクルーハン的なメディア論と一線を画した社会学書で、インターネットについて考える上でも参考になる。この分野についてあくまでも社会学的に考えたい人は必読。
インターネットと市民性
ネティズンが持ち出される文脈にはふたつある。ひとつはコミュニティ志向。ネットワーク上に事実上のコミュニティが形成されて、しばしば「弱い紐帯の力」が作動する事実に着目するとき、そこに古典的なシティズンシップの発動を見ることができる[野村一夫『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)]。
もうひとつは市民運動志向である。インターネットはこれまで限定されたコミュニケーション能力しかもたなかった運動主体に格段に低コストなビッグ・メディアを提供することになった。直接的な対人関係に限定されていた従来のネットワーキングが、社会圏や生活圏を異にする人びとにまで届く可能性がでてきた[栗原幸夫・小倉利丸編『市民運動のためのインターネット――民衆的ネットワークの理論と活用法』(社会評論社一九九六年)。民衆のメディア連絡会編『市民メディア入門』(創風社出版一九九六年)]。
これらは文化構築の問題というべきで、それ自体は何も内容を指定しないインターネットが、ある種の市民文化形成のメディアとして利用される点は社会構想論的に興味深い。むしろ昨今取りざたされることの多いインターネット上の悪質な行為の方が当たり前すぎて新奇性はないと思う。犯罪は正常な社会現象なのだから。そもそもインターネットは、国家のような統制主体のない無法地帯である。無法地帯に倫理を持ち出してもしかたない。倫理なき人びとを規制するのは文化と経済である。それを意識的に構築する人びとや組織の活動に注目したい。
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