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4月 12017

社会学感覚24社会学的患者論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
24 社会学的患者論
24-1 医学パラダイムの成果と限界
医学パラダイムの成果
これからますます重みをましてゆくと思われる社会問題のひとつとして医療問題がある。医療はおそらく今後十年間にもっとも変動の激しい社会領域となることが予想され、すでに市民共通の課題として立ちあらわれつつある。そこで本章では、医療社会学および社会医学の成果のうちから、おもに患者に関するものを紹介しつつ、現代の医療が直面する諸問題について社会学的に考えていきたい▼1。
さて、医療活動の中心的役割を担っているのは医師である。医師は近代医学を学んだ者である。近代医学は自然科学の一分野である。これらのことは自明なことのようにみえる。しかし歴史的にみるかぎり、近代医学が医療の中心になったのは、たかだか十九世紀のことにすぎない。そして現在、医療の中軸はふたたび歴史的転機を迎えようとしている。
近代医学は自然科学のパラダイムの上に成り立っている。パラダイム(paradigm)とは、科学者集団が大前提とする〈ものの見方〉を意味する科学社会学上の用語である。たとえば、天動説と地動説、ニュートン力学と相対性理論が代表的なパラダイムである。いわば公理的枠組、学界の常識のことである▼2。近代医学の場合、症候から病理過程にさかのぼって病因を確定するというぐあいに、因果連鎖をさかのぼっていくというのが主要なパラダイムといっていいだろう。こうして疾患名を確定することを「診断」といい、これにもとづいて病因をのぞき、病理過程を正常に修復することを「治療」という▼3。
多くの急性疾患は、近代医学のこのようなパラダイムによる研究と努力によって征服されてきた。たとえば、先進諸国においておもな急性伝染病は駆逐され、かつては死を意味した肺炎や結核なども格段に治療法がすすんだ。このように、その成果を否定することは当然できないし、その意義はいぜんとして大きい。しかし、現在、この医学パラダイムは内外からいくつかの問題に直面している。パラダイムの内部問題と外部問題として整理してみよう。
医学パラダイム内部の問題点
近年の医療批判に「患者不在の医療」「こまぎれ医療」がある。これらは、よくいわれるような「たまたま現代医療が堕落しているからこうなった」といった性質のものではない。いずれも近代医学パラダイム内部から必然的にでてくる問題である。
第一に、近代医学パラダイムは、まず病気と患者を分離して考える。そして病気[疾患]の方を徹底的に分析していくわけである。したがって、医師が科学的であろうとすればするほど、患者の〈人間〉の側面を捨象して〈疾患〉だけを細かくみていこうとする。検査データはなるべく多い方がいいという発想もここに由来するし、教科書的にあつかいやすい〈疾患〉だけをみることになりがちなのはむしろ当然といえる▼4。
第二に、医学パラダイムは他の多くの自然科学と同様、全体を部分に分解してこまかく分析することによって真理に到達すると考える。そして「部分の欠陥を的確に指摘し、巧みに修理すればたちどころに全体としての人間が元通りになるはずであるという信念」に支えられている▼5。その結果、臓器別に診療科が細分化され、部品修理的医療すなわち「こまぎれ医療」へ傾斜しがちになる。現在、東洋医学が人びとの共感をえているが、それは西洋医学のこうした傾向に対して東洋医学が総合性をもつからである。
医学パラダイム外部の問題点
他方、医学パラダイムの外部においても、すっかり状況が変わってしまった。それは疾病構造の変化である。園田恭一のまとめによると、それはつぎのようなことをあらわしている▼6。
第一に、近代医学の進歩によって多くの急性疾患を克服した結果、あとに慢性疾患が残ってしまった。慢性疾患とは、ガン・脳血管疾患・心疾患などのいわゆる成人病である。つまり〈急性疾患から慢性疾患へ〉と疾病構造が根本的に変化した。第二に、社会的要因による傷病が増大している。つまり、交通事故・労働災害・突然死のような不慮の死が一九六〇年代後半以降、死亡順位の第四位か第五位を占めるようになってしまった。第三に、受診者数をみるかぎり精神障害者が高血圧なみに急増している。第四に、高齢化にともなう老人性疾患の増加がある。
慢性疾患・事故・精神障害・老人性疾患へと疾病構造が変化したことによって、これまでの医学パラダイム中心の医療では対応がむずかしくなっている。
まず、慢性疾患の場合、それらは原則的に治らない病気である。だから、病気とうまくつきあいながら一病息災にもちこむ以外にない。そのさい重要なのは患者自身の自己管理である。このとき医療はアドバイザーにすぎない。慢性疾患の場合、ほとんどの患者は社会生活を続行するから、そのなかで生活指導をしていかなければならない。このように、慢性疾患の管理は急性疾患の治療とまったく異なるプロセスになってくる。となると、病因をみつけ病院で集中的に教科書通りの治療をすればかならずよくなるという急性疾患治療の前提はくずれさる。このように、もはや「病気」の概念が伝統的な医学パラダイムをこえてしまっているのだ▼7。
これは老人性疾患の場合もほぼ同様である。従来の医学では老人性疾患に対してしかるべき対応ができなかった。つまり、老人を隔離し寝たきり状態にして濃厚医療をほどこすしかなかったのである。これは急性疾患中心の医学パラダイムからすると当然の処置だったといえよう。しかし、大熊一夫のルポルタージュが示すように、それがいかに人間の尊厳を傷つけるものだったかは想像に絶する▼8。
また、事故による傷病の増加の背景にあるのは、あきらかに社会生活の問題である。これについては多言を要しないだろう。他方、精神疾患もまた社会生活の問題と密接に関連していることは強調しておいてよい。重要なのは、精神疾患の多くのものは他の病気のように身体の病理的変化を前提に「病気」を定義できないという問題である。社会学ではこれを逸脱的な「ラベル」あるいは「役割」と考える立場もあるほどだ▼9。
いずれにしても、自然科学としての医学パラダイムでは処理しきれない局面をこれらはもっている。それを一言でいえば〈プロセスとしての社会生活〉ということである。
慢性疾患・老人性疾患・精神疾患の場合、〈治療〉は社会生活のなかにある。それは〈治療〉というより、〈コントロール〉または〈生活復帰〉というべきプロセスである。それは一方では、原因となった労働条件や生活条件、食事・タバコ・アルコール・運動不足などの生活習慣、人間関係によるストレスなどを改善し、場合によってはリハビリテーションによって生活能力を高めていくプロセスであり、他方では、身体的ならびに精神的障害が社会的差別につながらないような社会環境をつくりあげていくプロセスでもある。つまり、急性疾患の場合のようにただ個人を治すのではなく、社会がそれにあわせて適応するような側面も要請されるということである。
このような〈プロセスとしての社会生活〉に対して、医学パラダイムが対処できないのは当然のことだ。医療と福祉の有機的連関や、医療への社会科学の導入をふくむ「医療の社会化」が求められるゆえんである▼10。
▼1 医療社会学のおもな概説書としてつぎのものがあり、本章でもこれらを参照した。H・E・フリーマン、S・レヴァイン、L・G・リーダー編、日野原重明・橋本正己・杉政孝監訳『医療社会学』(医歯薬出版一九七五年)。七〇年代初頭のアメリカ医療社会学の集大成的な大著。目下、日本語で読める医療社会学文献のうち、もっともくわしく知識量の多いものである。日本の医療を論じたものとしては、園田恭一・米林喜男編『保健医療の社会学――健康生活の社会的条件』(有斐閣選書一九八三年)。より社会学サイドのものとして、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)。また、医学の側から社会学的視点を導入する「社会医学」系の文献も参照した。一般的なものとして、砂原茂一『医者と患者と病院と』(岩波新書一九八三年)。また中川米造の一連の著作も参照した。
▼2 パラダイム概念の提唱者はクーンである。トーマス・S・クーン、中山茂訳『科学革命の構造』(みすず書房一九七一年)。
▼3 中村隆一『病気と障害、そして健康――新しいモデルを求めて』(海鳴社一九八三年)二〇-三二ページ。
▼4 砂原茂一、前掲書五四ページ以下。
▼5 前掲書七三ページ。
▼6 園田恭一・米林喜男編、前掲書三-五ページ。
▼7 水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』(中公新書一九九〇年)第六章「慢性疾患の生活管理」参照。また、中村隆一、前掲書第五章「慢性疾患の諸問題」を参照のこと。
▼8 大熊一夫『ルポ老人病棟』(朝日新聞社一九八八年)。
▼9 トマス・J・シェフ、市川孝一・真田孝昭訳『狂気の烙印――精神病の社会学』(誠信書房一九七九年)。
▼10 本論では省略するが、医学パラダイムがその限界性を示すもうひとつの重要な問題は「死」である。脳死、臓器移植、ターミナル・ケア、尊厳死などの問題はもちろん医療の問題だが、もはや従来的な医学パラダイムの守備範囲をこえてしまっている。この側面については、文化人類学者の波平恵美子の著作が注目される。これは本来、社会学者がやってよい仕事である。波平恵美子『脳死・臓器移植・がん告知――死と医療の人類学』(福武文庫一九九〇年)。波平恵美子『病と死の文化――現代医療の人類学』(朝日選書一九九〇年)。また「死の社会学」の古典的研究として、有名な「死のポルノグラフィー」をふくんだ、ジェフリー・ゴーラーの『現代イギリスにおける死と悲嘆と哀悼』がある。これはつぎのタイトルで邦訳されている。G・ゴーラー、宇都宮輝夫訳『死と悲しみの社会学』(ヨルダン社一九八六年)。
24-2 病者役割と障害者役割
病気と障害の混同
医学パラダイムの限界として提示したことを別の局面からみると、病気と健康の対概念のあいだにもうひとつの大きなカテゴリーが広がっていると考えることができる。それは〈障害〉である。いわゆる病気でもなく健康でもない――あるいは病気でもあり健康でもある――〈障害〉の領域が今日決定的に大きな意義をもつようになっている。
これに対して、伝統的な医学パラダイムでは、病気と障害の区別、そして病者と障害者の位置づけがはっきりしていなかった。従来の慢性疾患や老人医療において処置が不適切な場合が多かったのはこのためである。またこれに呼応して一般の人びとも両者を混同している▼1。
そこで必要なのは、現代の疾病構造に対応して、病気と障害、病者と障害者の概念をはっきりさせていくことである。これまで医学・リハビリテーション医学・社会医学・看護学・社会福祉論・医療社会学などさまざまな分野の論者がこの概念の区分をしているが、おどろくことに、その多くは共通して伝統的な社会学の役割理論から出発している。ここでそれらの議論を整理してみよう。
病者役割
議論の出発点になるのは、パーソンズの「病者役割」(sick role)概念である▼2。かれによると、病者役割は四つの側面から構成される。まず第一に、病者は正規の社会的役割を免除される。その免除の度合いは病気の程度によって異なり、医師はそれらを判断し保証し合法化する役割を果たす。第二に、病者は自己のおかれた立場や条件について責任をもたない。つまり、病者はみずから好んで病気になったのでもないし、自分の意志でなおすわけにもいかない。その意味で病者は無力であるから、他人の援助を受ける権利がある。第三に、病者は早く回復しようと努力しなければならない。というのは、そもそも病気は本人にとっても社会にとっても望ましくないものだからである。そして第四に、病者は専門的援助を求め、医師に協力しなければならない。つまり、病者は自分で直すことはできないのだから医師の援助を求める義務があるというわけである。
以上のように「病者」は、一時的に社会的役割とそれにともなう社会的責任や社会的義務を免除された人間であるとされる。つまり、通常の社会的役割を遂行しえない逸脱者と定義される。
パーソンズのこの理念型はたしかに西欧文化にもとづいているが、ある程度は近代社会全般にいえることだと考えられる。それは、学校や企業などの公的な組織においてひとたび病者役割が認められると欠席に正当性があたえられることからもあきらかである。他方、こうした正当性を利用するさまざまな形態がある。たとえば授業をエスケープしたい生徒は学校の保健室というサンクチュアリー[聖域]を利用することができるし、兵役拒否に診断書が使われたり、政治的な意図で病院へ一時避難したりすることもしばしばおこなわれる。スターリン時代の旧ソ連では、生産目標が過大に設定されていたために農民出身の労働者たちは非常に苦しんだ。そこでかれらは積極的に病者役割を認めてもらって(つまり医者から病気と診断してもらって)過酷な労働の義務から免除してもらおうとした。つまり診断書が一種の免罪符の機能を果たした。そのため、政治指導部は医師のこうした診断数を制限したという▼3。
病者役割概念は一種の理念型であるが、人びとが現実に使用する常識的知識にその対応物が存在するのはある程度まではたしかなことだ。患者となった人びとの多くは、病者役割にふくまれた権利と義務を受け入れているし、医師や看護婦などの医療関係者の多くも、患者となった人びとにこのような役割を期待し、自分たちの役割もそれに対応して定義する。また病院の組織文化も、基本的に上記の病者役割を基準に編成されている。つまり、患者はまったく平等に、その主要な社会的役割から一時的に離脱した者として定義される。治療を求めて病院にやってきた人びとに対して、なによりもまず病院がすることは〈社会学的に羊の毛を刈る〉ことである▼4。
慢性疾患などの場合
パーソンズが定式化した病者役割概念の功績は、〈病人である〉ということが自然現象であるとともに、すぐれて社会現象でもあることを明確に示したことである。しかし、そこにはいくつかの問題があった。
そのひとつが前節でのべた慢性疾患・老人性疾患・精神疾患などの増加である。ここではそれらを慢性疾患に代表させて論じることにしたいが、慢性疾患は急性疾患とちがって苦痛のないことも多いし、症状も断続的なことが多い。また〈治療〉も社会生活のなかでおこなわれる。したがって、慢性疾患患者は病気を抱えながらも通常の社会的役割を果たしていくことが多い。こういう人びとを一律に役割から免除することは、それが一時的なものではないがゆえに、本人にとってかならずしも利益とならないばかりか一種の差別となる場合さえ考えられる。ところが伝統的な医療組織では、かれらに対してむりに病者役割を適用してきたきらいがある。その結果、患者の方はそうした病者役割の受け入れに抵抗して「不良患者」となってしまうケースも少なくない。これは老人性疾患や精神疾患にも大なり小なりいえることである。
では、どう考えればよいのだろうか。
障害者役割
慢性疾患患者の心身機能が障害されている場合は、ジェラルド・ゴードンが提唱した「障害者役割」(impaired role)にあてはめてとらえるべきだろう▼5。
ルース・ウーによると、障害者役割とは、第一に「その人の状態がもつ範囲内で、ある役割義務を引き受ける能力や責務のこと」である▼6。当然、障害のある人の行動のレパートリーは制限され、健康者役割[健常者役割]とはちがったものになる。しかし、病者役割のように行動を一時的に制限・免除されはしない。障害者役割にあるのは基本的に能力に対応した役割の修正である。第二に、障害者役割には、能力低下を補う道具的依存がふくまれる。この場合の依存とは、たとえば盲導犬であり補聴器であり車イスであり、あるいはまた血糖値を下げるための特別メニューであって、病者役割にふくまれるような心理的依存ではない。第三に、障害者役割には、自分の状態の共同管理者であることが期待される。医療専門家の生活指導によって自己管理することである。第四に、目下のところ障害者役割には自分自身のPR担当者であることもまた役割期待されている▼7。
中村隆一はリハビリテーション医学系の別の文献を用いて「障害者役割」を定義している▼8。
(1)自己の社会的不利に対して忍耐強く打ち勝つこと。
(2)能力低下に適応すること。
(3)障害されていない身体機能を用いて、能力低下の代償を行うこと。
(4)ある程度まで仕事を行い、社会的に活動性を高めること。
誤解しないでいただきたいが、これは理論の問題ではなく、社会のなかに常識として流通している知識の問題である。つまり、人びとが、慢性疾患にかかった人や老いによって老人性疾患にかかった人をどのようにみるか、どのような人物と定義するか、そして当人はどのように自己を定義して行動するか、これらの人びとのために社会がどのような配慮をするか――このような判断の基準となる〈常識的知識〉が問われているのである。
現代日本では、障害者という類型は、おもに人生初期に障害者になった人に対して適用され、老いや慢性疾患によって人生後期に障害者になった人に対してはあいまいな適用のされ方をしているのではなかろうか▼9。医療組織においても、多くの慢性疾患患者は病者役割と障害者役割の二重性のなかにある。どちらの役割をとるべきなのか、本人・医師・家族が迷っているのが現状である。伝統的な近代医療では、いまなお病者役割を中心に編成されているが、リハビリテーション医学ではすでに障害者役割が中心におかれているようだ。一方、企業組織はあいも変わらず健常者役割中心で、病者役割は一時的なこととして認知されているにしても、障害者役割は組織編成から徹底的に排除されている▼10。そういう意味で現代日本社会は過渡期であり変動期にあると考えられる。その目下の課題は、障害者役割を社会再構成の基本原理にすえることである。
障害の定義
そもそも〈障害〉とはなんだろう。WHO[世界保健機構]の定義をみることにしよう▼11。
障害は、器官レベル・個人レベル・社会レベルの三つのレベルにわけられる。
(1)機能障害(impairment)[障害の一次的レベル]――疾病から直接生じてくる生物学的なレベル。
(2)能力低下(disability)[二次的レベル]――通常当然おこなうことができると考えられる行為が制限されるか、できない状態。
(3)社会的不利(handicap)[三次的レベル]――疾患の結果、かつてもっていたか、当然保障されるべき基本的人権の行使が、制約または妨げられ、正当な社会的役割を果たせないこと。
このように三つのレベルを分析的に区別することによって、障害の本質がみえてくる。たとえば、片足を切断した人の場合、機能障害のレベルでは、ひざから下がないことである。能力低下のレベルは、そのままでは歩けないということだ。そして社会的不利のレベルは、一部の肉体労働やラッシュ時の通勤の困難を理由として会社勤務ができなくなるということに相当する。たいせつなことは、この三つのレベルが自動的に連鎖するとはかぎらないということだ。片足がなくても、車イスや松葉杖を使用して移動することは可能であるし、サッカーはできないにしても座って作業する労働や事務労働については支障はない。
要は、障害と社会環境の関係なのである。かつてヘレン・ケラーが的確に指摘したように「障害は不自由ではあるが不幸ではない。障害者を不幸にしているのは社会である。」つまり、機能障害が能力低下や社会的不利に連鎖するかどうかは、社会の価値観・文化のあり方しだいである▼12。
これまで障害者は「少数派」「例外」と考えられることが多かった。とりわけ産業界・企業組織ではそうだった。しかし、これまでのべてきたように、障害者役割として定義すべき人びとは、じつはけっして「少数派」でもなければ「例外」でもない。むしろそれは一般的なことといっていいだろう。すなわち、疾病構造からいえば、慢性疾患の増大であり、それをふくめて不慮の事故など社会的条件による疾病や障害の増大であり、高齢化による老年性障害の増大の事実としてあらわれている。とりわけ老いの問題は普遍的なものであり、現代社会がそれらを回避してきたことの方がむしろ特殊なのである▼13。
社会福祉の領域はもちろんのこと、医療の領域においても、障害の概念は今後ますます大きな意義をもってくると、わたしは考えている。
▼1 中村隆一、前掲書八-一二ページ。リハビリテーション医学の専門家である中村隆一によると、病気と障害は本来異なるものだが、しばしば混同されるという。たとえば、「脳卒中によって半身不随になった人は、脳血管をはじめとして脳におこった病気が治まった後にも、自分を半身不随の障害者とは考えずに、脳卒中である――いわば病者であると考えることも多い。また脳性麻痺のような障害児の両親も自分たちの子供は病気であると信じて、障害児であるという見方を受け入れない場合がある」という。前掲書九ページ。わたしのみるかぎり、リハビリテーション医学は従来的な医学パラダイムとは異なるパラダイムに立っているようだ。本章で準拠している砂原茂一と中村隆一はともにリハビリテーション医学者である。
▼2 パーソンズ、佐藤勉訳『社会体系論』(青木書店一九七四年)四三二-四三三ページ。なお訳書では「病人役割」と訳されている。
▼3 フリーマンほか編、前掲訳書一一六ページ。W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)「医療の正当化問題」三六五ページ。なお、これらの事例はいずれも病者役割の二次的利得(secondary gain)をねらったもので、「逸脱した病者役割行動」と位置づけられる。
▼4 ルース・ウー、岡堂哲雄監訳『病気と患者の行動』(医歯薬出版一九七五年)二〇二ぺージ以下。
▼5 ゴードンのオリジナル論文の翻訳はない。しかし、この概念のくわしい解説と展開については、ウーの前掲書第十章「障害者役割行動」が看護学の立場から論じている。ここでもそれを参照した。この本で提示されている考え方は医療社会学(あるいは看護社会学)でももっと採用されてよいものだと思う。
▼6 前掲書二二六ぺージ。
▼7 前掲書二二五-二二八ぺージ。
▼8 中村隆一、前掲書一九ページ。
▼9 ウーは、おそらくアメリカ社会についてであるが、つぎのようにのべている。「障害者役割行動の多様性やかなりの予測不可能性をまねくもっとも重要な因子は、障害のある人に対して一定の制度化された規範がないことである。病者や障害のない人の動作の基準があるのと同様には、障害者のための統一的で明確な規則はない。」ウー、前掲書二二八ぺージ。
▼10 20-1参照。
▼11 砂原茂一、前掲書一三-一四ページ。
▼12 たとえば、色盲の人は運転免許をとれないが、牧口一二によると、これは信号を色だけで区別させている現行の信号システムが悪いという。信号を丸だけではなく、赤信号は四角青信号は丸、黄色は三角にすれば、問題はかんたんに解決する。それだけの配慮と社会的負担を社会がひきうけるかどうか、問題はそっちにある。牧口一二「日常生活における障害者への差別語」生瀬克己編『障害者と差別語――健常者への問いかけ』(明石書房一九八六年)八九ページ。
▼13 大野智也『障害者は、いま』(岩波新書一九八八年)によると、日本の障害者概念はきわめて小さくとられているという。大野によると、日本の障害者の割合はスウェーデンの八分の一である。これは障害者が少ないのではなく、その概念がきわめて小さくとってあるためである。それは福祉予算圧縮の便法であり、社会福祉に対する考えがあらわれているといえる。一〇ページ以下参照。
24-3 新たな〈医者-患者〉関係
〈医者-患者〉関係のモデル
ここで話を医療現場に戻そう。従来、医療は、医療を受けている人を〈患者〉としてひとまとめにあつかってきたが、これまでの話からあきらかなように、〈患者=病者〉という素朴なとらえ方では現実をみあやまる危険性がでてきた。それにともなって、医療の原型である〈医者-患者〉関係もみなおされなければならない段階にきている。つまり、医療における人間関係を社会関係としてとらえかえすことが必要になってきた。
そのような試みのひとつが、T・S・サスとM・H・ホランダーの「医者-患者関係の三つのモデル」である▼1。
(1)能動-受動の関係(activity-passivity)[親-幼児モデル]
重傷・大出血・昏睡など緊急の場合、患者はなにもできない。理解も協力もできない。だから、医師が患者の「最善の利益」を考えて処置する。
(2)指導-協力の関係(guidance-cooperation)[親-年長児モデル]
患者がそれほど重態でない場合、たとえば多くの急性疾患の場合、患者は病気ではあるが、なにがおこっているかを自分でもよく知っており、医師の指示にしたがう能力も、ある程度の判断を下す能力ももっている。病気をなおすために積極的に医者に協力できる段階である。
(3)相互参加の関係(mutual participation)[成人-成人モデル]
糖尿病や高血圧などの慢性疾患に妥当するタイプ。この場合、患者自身が治療プログラムを実行するわけで、医師は相談にのることによって患者の自助活動を支援するだけである。
サスとホランダーは、それぞれの症状に応じて適切な〈医者-患者〉関係があると考えたようだが、砂原茂一のいうように、これからの医療の基本になるのは、両者がパートナー関係を築く「成人-成人モデル」だといっていいだろう。その理由はすでに説明した通りである。
組織医療と葛藤構造
以上の議論は理念型としては意味があるが、しかし、問題がないわけではない。第一の問題点は、〈医者-患者〉というダイアディックなモデル[二者関係モデル]が、組織医療あるいはチーム医療を中心とする医療組織の実状にあわないことだ。現在、医療組織には薬剤師・看護婦・理学療養士など約三十種の医療関係業種に携わる人びとがいる。医師は別格とはいえ、患者の側からみれば、さまざまな医療関係者のひとりにすぎない。その意味で、組織医療における〈医療者-患者〉の複合的な関係を問い直すことが今後必要だろう。とりわけ組織医療は医療責任の分散を招く傾向があり、一種の集合的無責任が生まれる可能性をもっている▼2。もはや一対一の関係として〈医者-患者〉関係を考えることは現実的でなくなりつつある。
第二の問題点は、どのモデルも医者と患者の役割が相互に補完しあい調和している場合を想定していることだ。しかし、社会関係に葛藤はつきものであり、とりわけ医者と患者のあいだに「期待の衝突」(フリードソン)があるのはむしろふつうのことである▼3。たとえ医療者側が治療共同体としてのまとまりをもっていたとしても、患者側はまったくの白紙状態で医療に関わっていくわけでなく、あらかじめ素人どうしで相談しあい、あらかたの予想を立てたうえで受療行動をおこすことが確認されている▼4。そのため、医療の現場は、医師をふくむ医療者のシステムと、患者をふくむ素人のシステムとの衝突の場となる。価値観の対立・関心のすれちがい・異文化間コミュニケーション――このような葛藤構造を考慮することもまた必要なのである▼5。
以上のように、じっさいの〈医療者-患者〉関係は、第一に複合的であり、第二に葛藤的である。このような関係のなかで、患者のあり方を見直してみる必要がありそうだ。最後にそれについて考えておこう。
▼1 サスはハンガリー生まれの精神医学者で、精神病の存在そのものを否定する反精神病学派の代表的人物。なお、これから紹介するオリジナル論文には邦訳がないので、くわしくはつぎの紹介を参照されたい。砂原茂一、前掲書四五-五〇ページ。米林喜男「医師-患者関係」園田恭一・米林喜男編、前掲書一六五-一八二ぺージ。フリーマンほか編、前掲書二七五-二七七ページ。
▼2 組織の「集合的無責任」については14-4参照。
▼3 前掲書二七八ぺージ。
▼4 これを「素人仲間での参照システム」(lay referral system)という。前掲書二七九ページ。
▼5 このような葛藤構造は具体的に「問診」にあらわれる。問診の現場を観察してみると、医師は積極的に患者の発言をうながしたり打ちきったりしてコミュニケーションを統制する。その結果、患者の〈声〉は抑圧されることが多い。この点については、栗岡幹英「問診分析と社会理論」『現代の社会病理V』(垣内出版一九九〇年)が批判的に紹介している。
24-4 患者の権利
基本構図
これまでの議論から基本構図を再確認することから話をはじめよう。
従来の医学パラダイム主導の医療において、患者は病者役割としてとらえられ、患者の「最善の利益」を知るとされる医師の判断によって治療がなされてきた。患者はあたかも親にしたがう子どものように医師にしたがうのが自明のことと考えられてきた。ところが、病気の主流が慢性疾患など社会性の強いものに移ってきたために、医学パラダイム主導の医療はさまざまな限界を示すようになった。それにともなって、医療者と患者の関係も変化しつつあり、今後は〈成人-成人モデル〉にならざるをえないと予想される。この変動のなかで浮上してきたのは、医療者の専門性と裁量権に対する、患者の自己決定権――要するに自分のことは自分で決めるということ――である。〈医師の専門家支配〉に対する〈患者の権利〉といってもよい▼1。
本来、自由な市民として、わたしたちは自分のことは自分で決定する。またその権利がある。医療もその例外ではないということに、わたしたちはながらく気がつかなかった。しかし、慢性疾患や老人性疾患などのように、病者役割よりも障害者役割の方があてはまる病気へと疾病構造のシフトが移動することにともなって、このような意識は過去のものとなる可能性がでてきた。つまり、慢性病患者あるいは障害者は、自分自身のライフスタイルを自分で選択し決定しなければならないのである。その意味で今後、患者の権利の問題はますます重要になるにちがいない。
患者の権利宣言
患者の権利を宣言した文書がでるようになったのは一九七〇年代になってからである。そのおもなものとして、つぎのようなものがある。
一九七一年「精神薄弱者の権利宣言」[国連]
一九七三年「患者の権利章典」[アメリカ病院協会]
一九七四年「病人憲章」[フランス]
一九七五年「障害者の権利宣言」[国連]
一九八一年「患者の権利に対するリスボン宣言」[世界医師会]
このうちアメリカ病院協会の「患者の権利章典」は、この分野の代表的なものであり、ひと通りの内容を備えている。これをみることにしよう▼2。
一、患者は、思いやりのある、[人格を]尊重したケアを受ける権利がある。
二、患者は、自分の診断・治療・予後について完全な新しい情報を自分に十分理解できる言葉で伝えられる権利がある。そのような情報を[直接]患者に与えることが医学的見地から適当でないと思われる場合は、その利益を代行する適当な人に伝えられねばならない。患者は、自分に対するケアを調整(コーディネート)する責任をもつ医者は誰であるか、その名前を知る権利がある。
三、患者は、何かの処置や治療をはじめる前に、知らされた上の同意(informed consent)を与えるのに必要な情報を医者から受け取る権利がある。緊急時を除いて、そのような知らされた上の同意のための情報は特定の処置や治療についてだけでなく、医学上重大なリスクや予想される障害がつづく期間にも及ばなくてはならない。ケアや治療について医学的に見て有力な代替の方策がある場合、あるいは患者が医学的に他にも方法があるなら教えてほしいといった場合は、そのような情報を受け取る権利を患者はもっている。
四、患者は、法律が許す範囲で治療を拒絶する権利があり、またその場合には医学的にどういう結果になるかを教えてもらう権利がある。
五、患者は、自分の医療のプログラムに関連して、プライバシーについてあらゆる配慮を求める権利がある。症例検討や専門医の意見を求めることや検査や治療は秘密を守って慎重に行われなくてはならぬ。ケアに直接かかわる医者以外は、患者の許可なしにその場に居合わせてはならない。
六、患者は、自分のケアに関係するすべての通信や記録が守秘されることを期待する権利がある。
七、患者は、病院がそれをすることが不可能でないかぎり、患者のサービス要求に正しく答えることを期待する権利がある。病院は症例の緊急度に応じて評価やサービスや他医への紹介などをしなくてはならない。転院が医学的に可能な場合でも、転院がなぜ必要かということと転院しない場合どういう代案があるかということについて完全な情報と説明とを受けた後でなければ、他施設への転送が行われてはならない。転院を頼まれた側の施設は、ひとまずそれを受け入れなくてはならない。
八、患者は、かかっている病院が自分のケアに関してどのような保健施設や教育機関と連絡がついているかに関する情報を受け取る権利をもっている。患者は、自分を治療している人たちの間にどのような専門職種としての[相互の]かかわり合いが存在するかについての情報をうる権利がある。
九、病院側がケアや治療に影響を与える人体実験を企てる意図がある場合は、患者はそれを通報される権利があるし、その種の研究プロジェクトヘの参加を拒否する権利をもっている。
一〇、患者は、ケアの合理的な連続性を期待する権利がある。患者は、予約時間は何時で医者は誰で診療がどこで行われるかを予め知る権利がある。患者は、退院後の継続的な健康ケアの必要性について、医者またはその代理者から知らされる仕組みを病院が備えていることを期待する権利をもつ。
一一、患者は、どこが医療費を支払うにしても請求書を点検し説明を受ける権利がある。
一二、患者は、自分の患者としての行動に適用される病院の規定・規則を知る権利がある。
以上が「患者の権利章典」である。つぎに一九八一年の「リスボン宣言」をみることにしよう。訳文は丹羽幸一による▼3。
一、患者は自分の医師を自由に選ぶ権利を有する。
二、患者は何ら外部からの干渉を受けずに自由に臨床的および倫理的判断を下す医師の治療看護を受ける権利を有する。
三、患者は十分な説明を受けた後に治療を受け入れるか、または拒否する権利を有する。
四、患者は自分の医師が患者に関するあらゆる医学的な詳細な事柄の機密的な性質を尊重することを期待する権利を有する。
五、患者は尊厳をもって死を迎える権利を有する。
六、患者は適当な宗教の聖職者の助けを含む精神的および道徳的慰めを受けるか、またはそれを断わる権利を有する。
インフォームド・コンセント
患者の権利をうたった宣言に共通する要素として、プライバシーの尊重の原則があるが、それとともに重要なのは「知る権利」である。とくに「知らされた上の同意」と訳された「インフォームド・コンセント」が重要な意義をもつ▼4。
インフォームド・コンセントはもともと、新薬の試験や人体実験など患者を医学的研究の対象とするときの原則として成立した概念だが、今日では患者中心の新しい医療の原則として注目されている。インフォームド・コンセントとは「ヘルス・ケアの提供者が単に患者の同意を求めるだけではなく、医療を行う側と患者との間で、医療の内容を明らかにした上で、十分な討議をするプロセスを通じて、十分な説明を受け理解した上で患者の同意を得るようにするということ」だ▼5。
「十分な」ということが重要で、あくまでも患者との自由なコミュニケーションを徹底させることに主眼がおかれているのがわかる。ジャーナリズム論で論じたこととまったく同じロジックである。ここでも、機能一点張りのシステム合理性に対して、理解と納得などのコミュニケーション独自の合理性がめざされている。今後の医療のすすむべき方向性はここにある。
▼1 専門家支配については22-2参照。
▼2 砂原茂一、前掲書一五〇-一五一ページによる。また、水野肇『インフォームド・コンセント――医療現場における説明と同意』三〇-三三ぺージにも全文が紹介されている。なお[]は砂原の補足。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略した。
▼3 丹羽幸一『よい病院わるい病院』(晶文社一九八六年)二〇二-二〇四ページ。レイアウトの都合上、引用を示すカギは省略。
▼4 「インフォームド・コンセント」は「説明と同意」とも訳される。一九九〇年に水野肇の前掲書が出版されることによって広く知られるようになり、一般にも「インフォームド・コンセント」で通じるようになった。
▼5 一九八三年の「アメリカ大統領委員会・生命倫理総括レポート」の定義。水野肇、前掲書五一ページ。
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4月 12017

社会学感覚21暴力論/非暴力論

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社会学感覚
21 暴力論/非暴力論
21-1 さまざまな暴力概念
暴力とはなにか
暴力の定義は一見自明である。暴力は「人や財産を傷つける行為」である。しかし、これだけでは、外科医が手術するのも暴力ということになってしまう。現に「脳死状態」における日本初の心臓移植手術が「脳死は死でないから、脳死状態のドナーから心臓を摘出する行為は殺人である」として告発されたことがかつてあった▼1。「湾岸戦争」のように公然と「正義」がまかりとおる戦争も多い。個人が勝手に他人を監禁し拘束するのは暴力だが、国家の官吏がそれを犯罪人に行使するのは暴力とはいわない。人を殺すのは暴力の極致だが、死刑囚を殺すのは法的には正当なこととされている。このように「人や財産を傷つける行為」が「暴力」であるかどうかは、ひとえに「他者の反応」つまり「反作用=リアクション」によるのである▼2。じっさい、〈反応する他者〉といってもいろいろである。だから暴力の定義もいろいろということになる。
暴力という現象は多面的な性格をもっている。まず大切なのは、この多面的性格を認識することだ。本章では暴力の多面性を認識するために、便宜的に暴力を三つに分けて論じることにする。
(1)犯罪的暴力
(2)国家的暴力
(3)構造的暴力
犯罪的暴力
通常わたしたちが常識的に「暴力」とイメージする暴力現象を「犯罪的暴力」と呼ぶことにする▼3。この場合の「犯罪的」とは、法的な犯罪要件をみたすというだけでなく、大多数の人びとの非難を招くという意味で用いられる。これはデュルケムの「われわれはそれが犯罪だから非難するのではなく、われわれが非難するから犯罪なのだ」という卓抜な発想にもとづいている。
それゆえ犯罪的暴力は現代社会において正当性をもたない。しかし、それらは突発的に――特定の空間では恒常的に――発生する。それはなぜか。
宝月誠の整理によると、およそ四つの考え方[理論]があるという▼4。
(1)緊張論――特定の社会構造の緊張の圧力の下により多くさらされたものがフラストレーションに陥り、その心理的緊張の解消の一手段として、一定の機会構造によって水路づけられたとき暴力が発生する。
(2)統制論――発想を逆転して、人びとがなぜ暴力をふるわないのかを考えると、それは一定の社会的絆によって拘束されているからである。したがって、拘束する社会的絆が弱い人間は暴力にコミットしやすいと考えられる。
(3)文化的逸脱論――暴力に好意的なサブカルチャーがあって、そのなかで暴力に価値を認めることを学習した者は、その価値の追求としてさまざまな場面で暴力をふるうようになる。
(4)レイベリング論――共同体のなかで、他者が特定の人びとに「乱暴者」「ならず者」といった烙印を貼りつけ、そのようにあつかっているうち、烙印を押された当人がそのラベルにふさわしい暴力者の役割を演じるようになる。たとえば学校でたまたま友人と口論になり暴力を振るってしまった少年が、それ以後、みんなから「乱暴者」あつかいされているうちに、ますます嫌われ者になり、その反動として暴力をエスカレートしていくケースなど。
それぞれ有意義な考え方だが、最近の犯罪的暴力のケースを考えると(3)と(4)を合わせて考えるのが有効だ。宝月誠はこのあたりをつぎのように説明している。
暴力のコミュニケーション論的解読
宝月誠によると、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は、直面した「問題」を暴力によって解決しようとするが、かれらにとって無視できない「問題」のひとつは、他者の「挑戦」であるという。他者が主観的に意図していなくても、注意したり怒鳴ったり悪者のレイベリングをするだけで、「暴力のサブカルチャー」を学習した者は「挑戦」と受け取ることが多い。しかし、暴力は「挑戦」されればただちに発せられるわけではない。暴力行為が現実化するには、相手に勝てるかという合理的な判断と、相手や警察などの統制者からなされるリアクショを計算してからである。もちろん不利とわかっていても暴力行為にいたる「感情暴発」の場合もあるが▼5。
これはやはり「暴力のサブカルチャー」にもとづいたコミュニケーションというべきであろう。すでにコミュニケーション論のところで説明したように、コミュニケーションの現実的な意味を決定するのは「送り手の意図」ではなく「受け手の反応」である。だから受け手のもっている解読コードが決定的に重要なのであり、その解読コードを提供する「暴力のサブカルチャー」が重要な働きをしているというわけである。
国家的暴力
犯罪的暴力は正当性をもたないが、正当性をもつ合法的な暴力も存在する。それは国家の暴力――ここでは国家的暴力と呼ぶことにする――である。
そもそも国家が合法的な暴力を所有しているというよりも、むしろ正当化された暴力を所有している組織体を国家と呼んでいるのである。これについてはマックス・ウェーバーによる明晰な国家定義がある。ウェーバーは一九一九年に出版された講演『職業としての政治』のなかで、国家についてつぎのようにのべている。「国家とは、ある一定の領域の内部で――この『領域』という点が特徴なのだが――正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である▼6。」だから、個人や集団は、国家の側で許された範囲内でしか、物理的暴力行使の権利が認められない。これは近代的な現象である。かつては、さまざまな集団――氏族――が、物理的暴力をまったくノーマルな手段として使用していたのだから。
この「国家によって独占された正当な物理的暴力」とは、具体的にはどういうものをさすのか。代表的なものは、つぎの三つである。
(1)戦争
(2)警察
(3)死刑
戦争・警察・死刑
戦争は個人ではできない。基本的に国家が戦争の主体である。内戦というものもあるが、それも結局国家権力をめぐる闘争であるから、本質は同じである。また、正義でない戦争もない。いずれの戦争当時国にとっても戦争は国家の正義をかけた正当なものである。ただ正義はひとつではなく、いっぱいあるところに戦争の不幸がある。
さて、戦争について科学的研究が本格的に始まったのは、じつは一九四〇年代、第二次世界大戦中のことである。「戦争を防ぐためには、戦争を解明しなければならない」と考えたクインシー・ライトという国際政治学者が共同で『戦争の研究』という大きな本を著したのが最初である。それまであった戦争論はたいてい「いかにして戦争に勝つか」といった戦略論だった。戦略論にとって戦争は政治の延長であり一手段にすぎない。その意味で、戦争現象の科学的研究-とくに行動科学的研究-の歴史は浅い▼7。
つぎに、警察は、自衛隊・海上保安庁・厚生省麻薬取締官事務所とともに、ピストルやガス銃などの武器の携行使用が認められた官公庁であり、わたしたちにとっても身近な存在である。それだけにその暴力行使の実態について論ずべきところだが、警察についてはとくにまとまった社会学的研究がないので、ここでは省略せざるをえない。犯罪研究がこれだけさかんになされているのだから、警察研究についても同じだけなされてもいいのだが▼8。
さて、国家によって独占された正当な物理的暴力の第三のものとして死刑をあげておきたい。戦争と同じく、人を殺すことが正当性をもっている点に注意しておいてほしい。死刑については目下賛否両論があり、社会問題としてとりあげられることも多いので、死刑存置論と死刑廃止論の論拠について若干説明しておきたい。
死刑存置論の第一の根拠は、他者の生命をうばったことに対して自分の生命によってつぐなうというものであって、一種の応報感情にもとづいている。これは被害者およびその家族関係者の率直な感情を重視したものといえる。第二の論拠は、死刑の犯罪抑止力である。それは、死刑制度があるから犯罪のエスカレートを未然に防いでいるというものである。それに対して、死刑廃止論の論拠はつぎの六点である。
(1)人命はなにものにもかえがたいものであり、人命の尊重は絶対的であるからいかなる殺人も許されてはならない。
(2)死刑そのものが、憲法第三六条が禁じている「残虐な刑罰」にあたる。
(3)万が一、誤判(誤った裁判)で死刑が確定し執行された場合、とりかえしがつかない。現に、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のように死刑囚に対する再審公判によって一転無罪になったケースが少なくない。
(4)死刑は犯罪抑止力をもたない。
(5)生かしておいて[たとえば終身刑]刑務作業による収入で被害者賠償をさせるべきである。
(6)「自白すれば死刑にしない」として、死刑が自白強要の道具として使われる危険がある。これまでの冤罪事件においても、これがウソの自白をひきだしてきたのである。
このうち(4)の犯罪抑止力について一言。死刑が犯罪を抑止する効果があるかどうかは、じつは科学的に証明されていない。T・セリンという社会学者は、死刑制度の有無が州によって異なるアメリカの各州の殺人率を調べ、死刑制度の有無と関係がないと結論しているが、反対の結論をだす研究者もいるという。いずれにせよ、科学的に認定されたことではない▼10。
▼1 一九六八年のいわゆる「和田移植」のこと。結局検察庁は「充分な証拠がない」として不起訴処分にしている。この「事件」の経緯とその背景については、立花隆『脳死』(中公文庫一九八八年)とくに五三ページ以下参照。臓器移植のその後の展開については、後藤正治『空白の軌跡――心臓移植に賭けた男たち』(講談社文庫一九九一年)。
▼2 この論点については、宝月誠『暴力の社会学』(世界思想社一九八○年)三四-三九ページによった。
▼3 日本の犯罪状況については、間庭充幸による豊富な事例にもとづく類型学的研究を参照されたい。間庭充幸『犯罪の社会学――戦後犯罪史』(世界思想社一九八二年)。間庭充幸『現代の犯罪』(新潮選書一九八六年)。
▼4 宝月誠、前掲書一五五ページ以下。
▼5 宝月誠、前掲書一七〇ぺージの著者による要約による。
▼6 マックス・ヴェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八〇年)九ページ。
▼7 戦争研究の総合的な基本書として以下の本をあげておきたい。ガストン・ブートゥール、中原喜一郎訳『平和の構造』(文庫クセジュ一九七七年)。ガストン・ブートゥール、ルネ・キャレール、高柳先男訳『戦争の社会学――戦争と革命の二世紀(一七四〇~一九七四)』(中央大学出版部一九八〇年)。最近の決定版は、猪口邦子『戦争と平和』(東京大学出版会一九八九年)。
▼8 日本の警察の最新の実状については、大谷明宏『警察が危ない』(朝日ソノラマ一九九一年)がくわしい。また三一新書と講談社文庫にいくつかのルポルタージュがある。
▼9 菊田幸一『死刑廃止を考える』(岩波ブックレット一九九〇年)ならびに法学セミナー増刊総合特集シリーズ『死刑の現在』(日本評論社一九九〇年)を参照した。
▼10 前掲書二六六-二六七ページ。
21-2 構造的暴力と積極的平和
平和研究における平和概念
以上のような犯罪的暴力と国家的暴力は比較的みえやすい暴力である。つまり存在が公認されている。ところが、社会にはもっとみえにくい暴力も存在する。たとえばここに犯罪もなく戦争もない社会があるとして、そこに本当に暴力はないといえるだろうか。「平和な日本」といわれるけれども、現実にはけっこう「暴力的」と思われるようなことがいっぱいあるではないか、という思いにとらわれる。
たとえば、小学校の給食を全部食べ終わるまで許さないで午後も放課後も食べさせようとしたり、転校するクラスの女の子に「がんばれよ」と握手したのを校則違反[男女交際禁止]としてとがめられ職員室で殴られるとか、離婚した女性が子育てのために限られた時間で働こうとしても低賃金の仕事が多く結局水商売につかざるをえないとか、お金がないために十分な医療が受けられず命を縮めるといったこと、必要な睡眠もとらず働きつづけたために過労死してしまったのにもかかわらずデスクワークのため労災適用を認められない――これらも一種の「暴力」にはちがいないのだ▼1。
そう考えると、犯罪的暴力と国家的暴力だけでは不十分である。前章で説明した「権力作用」のレベルにみあった暴力の存在をも問題にする必要があろう。これを「構造的暴力」(structural violence)と呼ぶ。
じつはこの用語は「平和研究」(peace research)という学際的科学の基本概念である。最初にこのことばを概念として使ったのは、ヨハン・ガルトゥングというオスロの平和研究者だった。
平和というだけで「世界は一家、人類はみな兄弟」というイメージをいだく人が多いのだが、平和研究はれっきとした学際研究の一部門である。従来は国際関係論とか国際政治学がその中心的な位置を占めてきた。というのは、平和概念は常識として「戦争の欠如」「戦争のない状態」と考えられてきたからだ。ところが、第三世界などの現実をみるかぎり――たとえば南アフリカのアパルトヘイト――戦争状態ではないが、とても平和とはいえない状況がある。これをどういう形でとらえればよいのかが問題となる。
そこでガルトゥングは、従来「戦争の欠如」と定義されてきた平和概念を「暴力の欠如」ととらえなおし、暴力に「人為的暴力」と「構造的暴力」とがあり、それに対応して「人為的暴力の欠如」を「消極的平和」(negative peace)と呼び、「構造的暴力の欠如」を「積極的平和」(positive peace)と名づけた。国際政治学中心の平和研究は従来「消極的平和」を研究していたにすぎない、「積極的平和」を追求すべきだ、そのためにも「構造的暴力」を科学的に学際的に研究すべきだと主張し、平和研究の流れを大きく変えた▼2。
図式化すると――
暴力─人為的暴力←→人為的暴力の欠如=消極的平和─┐
└─構造的暴力←→構造的暴力の欠如=積極的平和─平和
その後、「構造的暴力」の概念は定着し、これによって平和研究のすそ野もぐんと広がった。社会学にとっても出番が多くなった。さらに社会学の存在意義を、以上のような「構造的暴力」をなくしていく科学研究としての平和研究――最近では「平和学」とも呼ばれる――の一環として位置づけなおすこともできる。
教育・労働・性・マスコミの現場における構造的暴力
本来、構造的暴力という概念は、第三世界の抑圧や飢餓・人権侵害などを国際的な枠組のなかでとらえなおすために提唱された概念だが、その後、この先進国日本の「一見平和だが、どうもそうでもないらしい」という側面に光を当てる概念として使われるようになってきている。たとえば、一九八五年に日本平和学会が「構造的暴力」を大会テーマにとりあげて、教育・労働・性・マスコミというそれぞれの現場の実態を報告し討論したことがあった。すでに本節冒頭でその一部を紹介したように、教育における徹底した管理が生徒と教師をともに追い込んでいくようすが、校則・体罰・人権侵害・いじめ・怠学・校内暴力の問題として語られ、他方、経営陣と労働組合の双方から締めつけられている労働者のようすが、職場八分・人事考課の問題としてとりあげられている▼3。
これらに対して一様に構造的暴力という概念をかぶせるだけでいいものか若干の問題はあるかと思うが、これらをいったん「暴力」として認識することは意義あることである。
▼1 日本平和学会編『構造的暴力と平和』[平和研究双書3](早稲田大学出版部一九八八年)に盛られた多くの事例からピックアップした。したがって、これらはすべて実話である。
▼2 Johan Galtung,Violence,Peace,and Peace Research,in:Journal of Peace Research,Vol.VI,No.3.なお平和研究の全体像については、日本平和学会編集委員会編『平和学――理論と課題』[講座平和学I](早稲田大学出版部一九八三年)。
▼3 日本平和学会編、前掲書。報告と討論がそのまま掲載されており、かえって一般の人には読みやすい。
21-3 非暴力的行動
暴力のダブル・スタンダード
社会の多層的な暴力的現実を具体的に支えているのは、わたしたち自身である。というのも、わたしたち自身のなかに、暴力的現実を正当化する論理が働いているからだ。それをここでは「暴力のダブル・スタンダード」と呼ぼう。
ダブル・スタンダードとは、集団の内部と外部とで道徳基準を使い分けることである。ウェーバーはこれを「対内道徳(Binnemoral)と対外道徳(Aussenmoral)の二元論」と呼んだことがある。この両者が区別されるのは、しばしば両者がまったく正反対を示すことが多いからだ。たとえば、夫の浮気は「甲斐性」といわれ、妻の不倫は許されずに離縁の理由とされた戦前の日本のような男性中心社会では、性行為に対する規範が男と女でまったくちがっていた。
暴力もまたダブル・スタンダードになりがちである。
暴力はいけないといいながら、現実に暴力を行使した集団に対しては、暴力で制裁することを認めることは多い。凶悪犯人は「暴力的で残忍だから死刑にすべきだ」とか、隣国に侵略した国家は「暴力的で非人道的だから総掛かりで攻撃しよう」という反応がそれだ。結局日本もこの論理で原爆を二発もおとされたことを思うと、このような発想があるかぎり、地球の平和なるものは達成されないだろう。
前章で考察した排除現象において、排除された側には、通常の基準は適用されないことが多い。排除された人びとは一種の〈異人〉として定義され、自分たちと同じ人間とみなされない。たとえば、一九八三年の「横浜浮浪者殺人事件」で、犯人の中学生グループは、浮浪者たちを一種の「汚物」とみなして「掃除」するかのように暴行した。したがって、かれらに罪の意識はなかったという▼1。同じことが、日本軍の南京大虐殺やナチスのユダヤ人虐殺、アメリカ軍のベトナム人殺りくについてもいえる。同じ人間ではないと認識することで、かれらの良心は免責され、むしろ誇りに転化してしまうのである。
非暴力的行動の意義
では、このような「暴力のダブル・スタンダード」の乗り越えは不可能なのだろうか。
原理的には不可能である。しかし、その弊害=悪循環を極少化することは可能である。それは対抗手段として「非暴力的行動」(nonviolent action)を選択することだ。ジーン・シャープによると、非暴力的行動とは「行動者が、それを遂行することを期待もしくは要求されているある事柄を物理的暴力を行使することなしに拒否するか、あるいは、それを遂行することを期待されぬか、もしくは禁止されているある事柄を、同じく暴力を行使せずに、あえて遂行するというような形での、プロテスト、非協力、および介入にかんする方法」のことである▼2。非暴力的行動は「市民的抵抗」と呼ばれることある。というのも「市民的」(civil)とは、そもそも「軍事的」に対抗することばであり、基本的に暴力の不使用を前提としているからである▼3。
暴力を使用しないからといって、非暴力的行動は、非行動でもなく無抵抗でもなく屈従や臆病でもない。それはあくまで行動することであり、闘争の手段とされる。したがって非暴力的行動は、いわゆる平和主義とは異なる▼4。
非暴力的行動の技術
どういうことが非暴力的行動なのか想像できるだろうか。非暴力的行動に関して現代のおおかたの日本人の想像力は閉ざされているのではなかろうか。そこでシャープによる非暴力的行動の方法についての集大成を借りて、それらを類型化しつつ一覧してみよう。シャープによると非暴力的行動には、あわせて一九八の方法があるという▼5。
(1)非暴力的抗議と説得(nonviolent protest and persuasion)
a 意見・異議・意志の公式表明
街頭演説、抗議や支持の手紙を書く、組織と団体による宣言をだす、署名活動、告発と意志を宣言する、集団あるいは大衆による請願活動
b 広範なオーディエンスとのコミュニケーション
抗議のスローガンや風刺マンガやシンボルをつくったり印刷したりジェスチャーする、抗議の旗やポスターをかかげる、ビラ・パンフレット・本の発行と配布、新聞と定期刊行物の発行と配布、レコード・ラジオ・テレビを通じて抗議の意志を表明する、飛行機によるスカイライティングとアースライティング[空中文字と地表文字]
c 集団によるプレゼンテーション
代表団を送って抗議と不同意を表明する、皮肉のきいた賞をつくる、ピケを張る、皮肉のきいた選挙をおこなう
d 象徴的な公的行動
グループの旗やシンボリック・カラーをかかげる、シンボルの入った服を着る、抗議をこめて祈りや礼拝をする、徴兵カードやパスポートなどの象徴的な対象物を手放す、宗教的不同意や政治的抗議をあらわすため公共の場で裸になる、自分自身の財産の破壊、抗議パレードでろうそくなどの象徴的な火をともす、指導者のポートレイトをかかげる、抗議としてぺンキを塗る、通りの名前や町の名前を新しく呼び変えて混乱させる、抗議を象徴する音をだす、象徴的な開墾、権威に対してわざと無礼なジェスチャーをする
e 個人への圧力
役人につきまとう、役人をあざける、敵対する兵士や警官と親しくなって影響をあたえる、不眠不休で監視する
f 演劇と音楽
ユーモラスな寸劇といたずら、演劇と音楽の上演、国民的・宗教的な歌を口づさむ
g 行進
デモ行進、パレード、宗教的行進[葬列をつくる]、巡礼、自動車パレード
h 死をたたえる
犠牲者の死を喪して抗議の意をあらわす、模擬葬列を組む、示威的葬列、埋葬地で誓いをたてる
i 公的集会
抗議集会や支持集会、抗議のミーティング、カモフラージュされた抗議ミーティング、ティーチイン[専門家などを招いた討論集会]
j 退出と放棄
抗議のための退場、道徳的非難をあらわす一団となった沈黙、栄典の放棄、相手に背中を向ける
(2)社会的非協力(social noncooperation)
a 特定人物の排斥
社会的ボイコット[通常の社会関係の継続を全面的に拒否すること]、選択的な社会的ボイコット[部分的]、好戦的な夫に対して妻がセックスを拒絶する、破門、聖務禁止令
b 社会的なイヴェント・慣習・制度への非協力
社会的活動およびスポーツ活動の停止保留、レセプションやパーティなどの社会的行事のボイコット、学生ストライキ[授業ボイコット]、社会的慣習や規制への不服従、社会的団体から脱退する
c 社会システムからの脱退
自宅からでない[自宅待機]、全人格的非協力、労働者の逃亡、聖域[避難所]をつくる、集団失踪、抗議の移民
(3)経済的非協力(1)経済的ボイコット(economic boycotts)
a 消費者による行動
消費者によるボイコット、ボイコットされた商品の不買、質素な暮らしを貫く、賃借料[家賃や地代など]の保留、土地や建物を借りない、国民的規模の消費者によるボイコット、国際的規模の消費者によるボイコット
b 労働者と生産者による行動
労働者によるボイコット、生産者によるボイコット[不売]
c 仲介者による行動
部品製造業者・流通業者によるボイコット
d 所有者による行動と経営
貿易業者によるボイコット、財産を貸したり売ったりするのを拒否する、ロックアウト[工場や学校の閉鎖]、産業上の支援の拒否、商人のゼネスト
e 財政資源の保有者による行動
銀行預金の引きだし、公共料金・会費・税金の支払い拒否、借金や利息の支払い拒否、資金や信用貸しの契約解除、歳入拒否、政府紙幣の拒否
f 政府による行動
国内の通商制限、対象国から貿易禁止品を輸入した貿易業者のブラックリスト作成、国際的販売者の通商制限、国際的バイヤーの通商制限、国際貿易の通商制限
(4)経済的非協力(2)ストライキ(strike)
a 象徴的ストライキ
抗議ストライキ、比較的マイナーな問題に対して短く軽いストライキ、
b 農業ストライキ
農民ストライキ、農場労働者ストライキ
c 特定集団によるストライキ
強制労働の拒否、囚人ストライキ、同業者ストライキ、専門職ストライキ
d 通常の産業ストライキ
営業所ストライキ、産業ストライキ、同盟ストライキ
e 限定ストライキ
項目別ストライキ[ある特定の業務だけを拒否]、バンパーストライキ[ひとつの産業についてひとつの企業だけがストライキに入ることによって、その企業を他の企業の競争にさらす]、スローダウンストライキ[減速減産スト]、順法ストライキ、シックイン[仮病で休む]、辞職によるストライキ、特定の周辺的業務の拒否、選択的ストライキ
f 複数産業規模のストライキ
準ゼネスト、ゼネスト
g ストライキと経済封鎖の組み合わせ
同盟休業・同盟閉店、経済的シャットダウン
(5)政治的非協力(political noncooperation)
a 権威の拒絶
忠誠の保留もしくは撤回、公的援助の拒否、レジスタンス[抵抗]を支持する文献や発言を公表する
b 政府に対する市民の非協力
国会・議会などの立法府のボイコット、選挙のボイコット[棄権]、政府機関への就職拒否、政府諸機関・諸団体のボイコット、政府教育施設からの撤退[退学する]、政府が支援する組織のボイコット、法律執行機関を援助するのを拒否する、自分の名前や住所をとりかえ混乱させる、任命された役人の受け入れを拒否する、現存制度の解体を拒否する
c 服従に対する市民の代替策
非民主的権力などにしぶしぶとまたゆっくりとしたがう、直接的指示のない不服従、全人民規模の不服従、わざとめだつ不服従、集会の解散拒否、すわりこみストライキ、徴兵と国外追放に対する不服従、身元詐称、非合法的法律に対する市民的不服従
d 政府職員による行動
政府援助者による支援の選択的拒否、命令系統と情報系統の封鎖、立ち往生させて妨害する、一般管理職の不服従、司法関係者の不服従、警官や兵士などの政府援助者によって意図的に能率を悪くして選択的に不服従する、上司・上官に対して反抗する
e 政府の国内行動
疑似法規的な回避と遅延、中央政府に対する地方政府や州政府による非協力
f 政府の国際行動
外交などの代表団の変更、外交上のイヴェントを遅延させたりキャンセルする、外交上の認定を保留する、外交関係の断絶、国際機関からの脱退、国際機関への参加拒否、国際機関からの除名
(6)非暴力的介入(nonviolent intervention)
a 心理学的介入
自分の身体を痛めつけるために身をさらす、断食、レヴァース・トライアル[訴追者と被告を反対にした逆裁判]、非暴力的いやがらせ
b 物理的介入
シットイン[すわりこみ]、スタンドイン[人種差別で入場を拒否された場所にじっと立ってその場を動かない]、ライドイン[人種差別で乗せてもらえない公共交通機関にむりやり乗ってしまう]、ウェイドイン[人種差別のため入れないビーチに入ってしまう]、ミルイン[敵対者の事務所などの象徴的意義のある場所に立ち入る]、プレイイン[慣習上入れないか閉めだされた教会に入って祈祷する]、非暴力的侵入、飛行機やバルーンによる非暴力的侵入、侵入禁止区域への非暴力的侵犯、非暴力的投入、非暴力的妨害、非暴力的占拠
c 社会的介入
新しい社会的パターンをつくる、諸機関の負担をキャパシティ以上に大きくする、ストールイン[合法的業務をできるだけゆっくりとおこなう]、スピークイン[抗議対象の場所で集会を開く]、ゲリラ・シアター、代替的な社会諸制度をつくる、独占的かつ管理的な既存のコミュニケーション・システムにかわる代替的なコミュニケーション・システムをつくる
d 経済的介入
逆ストライキ[農業従事者が過剰に働いて雇い主から給与を過剰に支払わせる]、ステイイン・ストライキ[職場にとどまったままのストライキ]、非暴力的土地占有、封鎖に対する果敢な抵抗、政治的動機にもとづいた貨幣の偽造、敵がこまるように戦略商品を買い占める、資産の差し押さえ、ダンピング、選択的にパトロンになる、代替的市場をつくる、代替的交通システムをつくる、代替的経済システムをつくる
e 政治的介入
行政システムの負担を大きくする、政府の秘密警察や秘密組織の正体を暴露する、投獄拘禁の探索、道徳的に中立とみなされる法律に対しても市民的不服従をする、協力しないで働く、並行政府の樹立
理論的根拠としての正当性根拠のほりくずし
このような非暴力的行動の技術は、すでにさまざまな社会運動に取り入れられているが、いずれも支配社会学的な理論的根拠にもとづいている。
支配の社会学のところでのべたように、支配が成立するためには「服従者の服従意欲」というものが決定的に重要である。結局人びとの支持と具体的な協力がなければ、支配は成り立たない。だから、支持と協力のシステムを断ち切るのが、もっとも大きな打撃になる。つまり、抵抗が非暴力でなければならない理論的な理由は、相手の正当性根拠をほりくずすことにある。つまり、〈自発的服従〉をコントロールすることによって、暴力現象や権力の不正義をコントロールするというパラドキシカルな方法なのである。
それに非暴力の場合、相手は暴力的手段を使いにくくなる。暴力で立ち向かってくる者たちを暴力で抑えるのはやさしいが、非暴力だとそうはいかない。よしんば暴力的手段を講じたとしても、それに正当性はあたえられない。つまり犯罪的暴力とみなされる。それは国内的にも国際的にも非難をあびて制裁を受けることになる。したがって暴力を行使する側は大きなリスクを犯すことになる。このことに関しては、近年にわかに大きな動きをみせた東ヨーロッパ・中国・旧ソ連などの場合を比較してみるといいだろう。
いずれにせよ、社会のなかのさまざまな暴力――すなわち犯罪的暴力・国家的暴力・構造的暴力――に対して、無気力・無抵抗でいることは、じつは暴力に支持をあたえることにほかならない。たとえば選挙で棄権することは、往々にして、保守政権に支持をあたえるのと同じ働きをする。犯罪的暴力に対して泣き寝入りすることも同じであるし、公害企業の商品を買い続けることも、結局暴力現象に正当性を付与することになる。
その意味では、非暴力的な社会運動によってしか、こうした暴力は封じられないし、構造的暴力としてとらえられたさまざまな現象もなくならないだろう。そこに非暴力的社会運動の可能性が存在するわけであり、これは、ヒロイズムやロマンティシズムやセンチメンタリズムから脱却して社会学的に自己認識することから始まるのである。
▼1 間庭充幸、前掲書二〇二-二〇四ページ。赤坂憲雄『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)第2章「浮浪者/ドッペルゲンガー殺しの風景」参照。
▼2 G・シャープ、小松茂夫訳『武器なき民衆の抵抗――その戦略的アプローチ』(れんが書房新社一九七二年)六八ページ。
▼3 G・ウッドコック、山崎時彦訳『市民的抵抗――思想と歴史』(御茶の水書房一九八二年)。
▼4 シャープ、前掲訳書六八ページ。
▼5 Gene Sharp,The Polifics of Nonviolent Action,Boston,1973.Part Two:The Methods of Nonviolent Action.全三巻全九〇二ぺージの大作であり、この分野についての理論的歴史的研究の代表的存在といっていいものだが、残念ながら邦訳はない。なお、以下の各項は相互に区別されるが、定義の水準はまちまちである。たとえば、ある項がその前の項の特殊事例であることがある。なお『FOR BEGINNERSシリーズ(日本オリジナル版)非暴力』(現代書館一九八七年)で阿木幸男が、このうちの半分の項目について紹介しており参照した。
増補
犯罪を社会学する
近年、一般には理解しがたい少年犯罪が続出し、その社会的文脈に関心が集まっている。一般に時代背景と呼ばれているものは、その時代の若い人には自明であっても、少しでも時間がたつと、とたんにわからなくなるものである。戦後日本の未成年者の犯罪を類型化し、社会学的に背景をたどったものとして、この分野の第一人者による、間庭充幸『若者犯罪の社会文化史――犯罪が映し出す時代の病像』(有斐閣一九九七年)がある。日本の犯罪史を学ぶのにちょうどよい本である。
それに対して、鮎川潤『犯罪学入門――殺人・賄賂・非行』(講談社現代新書一九九七年)は、犯罪をタイプごとに整理した犯罪社会学の入門書。殺人・薬物犯罪・性犯罪・企業犯罪・少年非行についての説明のあと、司法制度の問題と被害者学の必要性について論じている。
犯罪社会学とまったく別の手法で少年犯罪の社会的文脈を考察したものとして、宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)と、宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)もあげておきたい。フィールドワークを駆使した理解社会学ともいうべき手法で問題に迫るこの二著には、じつに多くの分析アイデアがふくまれており、書き下ろしによる今後の精緻な分析を期待したいところ。
じっさい、不可解な若者犯罪が生じるたびに「心の教育」が叫ばれるという、日本の「アドミニストレーター」たちの分析力のなさにあきれる日々が続いている。自省能力の欠けたモラル・パニックの悪循環を断ち切るためには、有無を言わさぬ完璧な分析を突きつけるしかない。
性暴力とセクシュアル・ハラスメント
性暴力事件やセクシュアル・ハラスメント事件は、被害者が男性の場合とまったく異なる経緯をたどる。被害者の落ち度が問われやすいのである。そのため、被害者は加害者の犯行を証明する過程において、いわゆるセカンド・インジュアリー(もしくはセカンド・レイプ)を受けるはめになる。
日常的なセクシュアル・ハラスメントの場合も、同様に女性被害者を(男性加害者を、ではなく)ジレンマに取り込む。女性被害者にとっては深刻な「セクシュアル・ハラスメント」として定義される行為であっても、それを抗議する(最終的には訴訟にいたる)者には、「たんなる別れ話のもつれ」ではないか、あるいは女性側の「被害妄想」や「自意識過剰」ではないかとの疑惑がたえずかけられる。この解釈変更要求への圧力は強力である。たとえ職場の上司が雇用や昇進を理由にして脅迫的にセクシュアル・ハラスメントにおよんだとしても、そのさい女性被害者がその場で命をかけての抵抗をしていないと見なされると、即座にそれが「納得づく」の行為と解釈されてしまう[江原由美子『ラディカル・フェミニズム再興』(勁草書房一九九一年)。江原由美子「セクシュアル・ハラスメントのエスノメソドロジー――週刊誌にみる解釈の政治学」『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)]。この解釈変更圧力によると、被害者が被害者と社会的認定を受けないばかりか、加害者男性こそ「被害者」であるとの解釈さえ生じてしまう。抗議することさえ正当なものと認められないという、当事者にとってはまことに不条理な事態がここに生じるのである。
この問題については、スーザン・グリフィン『性の神話を超えて――脱レイプ社会の論理』幾島幸子訳(講談社選書メチエ一九九五年)参照。具体的事件を取材したルポルタージュとしては、宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』(朝日文庫一九九三年)がある。
死刑
日本の死刑制度は相変わらず続いている。むしろ近年は政治的な配慮から積極的に執行がなされているようだ。死刑執行は一般には非公開であるため、ややもすれば抽象的な印象を結びがちであるが、やはり人が人を殺すことの生々しさは知っておきたい。大塚公子『死刑執行人の苦悩』(角川文庫一九九三年)は、死刑執行者の心理的葛藤を取材し、かれらを国家の犠牲者として描いたルポ。これを読むと、死刑制度を存続させるというのであれば、少なくとも死刑執行に法務大臣か最終審の裁判長が立ちあうべきだとの感想を抱く。
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4月 12017

社会学感覚20スティグマ論

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社会学感覚
20 スティグマ論
20-1 社会的弱者を苦しめる社会心理現象
役割としての社会的弱者
この章では、権力作用の問題を〈医療と福祉の対象となる人びと〉を中心に考えてみよう。
このような人びとは、どのような役割を担っている人びとだろうか。たとえば、それは子ども・高齢者・病者・障害者・低所得者・失業者・公害被害者といった役割である。これらの役割におかれている人びとは一般に「社会的弱者」とよばれている。能力中心主義の近代産業社会にあって、社会的弱者はなんらかの不利益をこうむることが多かった。そこで現代社会では、さまざまな福祉サービスを保障することによって、実質的な平等への努力がなされつつある。
とはいうものの、社会的弱者は一般に暴力や犯罪の対象にされやすいし▼1、こと企業社会においては、あいも変わらず成年男子の健常者中心の組織文化が支配している▼2。
それでも、弱者への暴力や犯罪・酷使といった逆行する動きについては、少なくとも社会的な「正当性」はあたえられなくなったとはいえるかもしれない。しかしこれ自体、社会的弱者となった人びとの長年の社会運動の結果であることを忘れてはならない。
偏見
一方で、ある種の「正当性」をもって特定の社会的弱者を日々苦しめつづけているものがなお存在する。もちろん直接的には経済的困窮の問題がある。けれども、それだけではない。偏見やステレオタイプといった一連の社会心理現象もまた大きな問題として立ちはだかる▼3。
第一に「偏見」(prejudice)がある。たとえば、血友病患者が苦しめられている大きな要素はエイズ患者とみられることである。これは、同性愛による感染が主たる原因だったアメリカと異なり、日本の初期のエイズ患者の多くが、輸入血液製剤を使用していた血友病患者だったことがあり、これが大きく報道されて偏見のもとになった▼4。「感染」への畏れが人びとの過剰防衛をひきだす例としては、これまでもハンセン病患者や結核患者への差別などがある▼5。
もっと身近な例をだすと、たとえば「これだから田舎者は――」とか「男は――だから嫌だ」「女は――だから」「年寄りは――だから」といういい方などはあきらかに偏見の存在を顕示している。かつてのアメリカではこの種の偏見が白人以外の人種に向けられていた。たとえば、一九三〇年代にアメリカの大学生を調査したところによると、黒人は迷信的・怠惰、ユダヤ人は抜け目がない・打算的、アイルランド人はケンカばやい・おこりっぽい、中国人は迷信的・ずるい、アメリカ人は勤勉・知性的であると答える学生が少なくなかったという▼6。いまからみると、すごい人種的偏見であるけれども、そのツケは一九六〇年代に公民権運動としてまわってくることになる。このような人種的偏見は日本人にもある。それらは表だって表明されないが、たとえば外国人労働者についての流言などによってしばしば表面化する▼7。
偏見とは、第一次的には、たしかな証拠や経験をもたず、ふたしかな想像や証拠にもとづいて、あらかじめ判断したり先入観をもったりすることをいう。しかし、現実に問題になる場合としては、ある人の個人的特徴から判断するのではなく、その人がたんにある集団に所属しているとか、あるいは、そのためにその集団のもつ嫌な性質をもつとして、嫌悪や敵意の態度を向けることをさす▼8。
偏見の大きな特徴は、新しい知識に遭遇しても取り消さないことにある。その意味で偏見は非知性的・非反省的である。
ステレオタイプ
従来「紋切り型」と訳されたり「ステロタイプ」と表記されてきたが、現在はもっぱら「ステレオタイプ」(stereotype)と表記される。すなわち、特定の集団や社会の構成員のあいだで広く受け入れられている固定的・画一的な観念やイメージのこと。これは、固定観念と訳してもいいような、要するに型にはまったとらえ方のことである。偏見と概念的に重なるが、ステレオタイプの方がより広い現象をさしていると思ってほしい。この概念を最初に提唱したのはウォルター・リップマンである。かれは一九二二年の『世論』において、ステレオタイプの機能について考察した▼9。
リップマンによると、ステレオタイプはある程度不可避なものである。それは文化的規定性とほとんど同義である。「われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。外界の、大きくて、盛んで、騒がしい混沌状態の中から、すでにわれわれの文化がわれわれのために定義してくれているものを拾い上げる。そしてこうして拾い上げたものを、われわれの文化によってステレオタイプ化されたかたちのままで知覚しがちである▼10。」たとえば、はじめて動物園にいった子どもが象をみて、そのうち何人の子が、象の足の長いこと、つぶらな瞳に気がつくだろうか。象は鼻が長い動物と教えられてしまった子どもの多くは、現にみえているもののたったひとつの要素にすぎない長い鼻だけをみるのである。
それでは、なぜステレオタイプが生まれるのか? リップマンはふたつの理由をあげている。第一点は労力の節約すなわち経済性である。「あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすればひじょうに骨が折れる。まして諸事に忙殺されていれば実際問題として論外である▼11。」つまり、ステレオタイプによって人びとは思考を節約するのだ。そのつど一から考えなくてすむというわけである▼12。
第二の理由は、ステレオタイプがわたしたちの社会的な防御手段となっているからである。ステレオタイプは、ちょうど履き慣れた靴のように、一度そのなかにしっかりとはまってしまえば、秩序正しい矛盾なき世界像として機能する。だから、ステレオタイプにちょっとでも混乱が生じると、わたしたちは過剰に防御反応してしまう。「ステレオタイプのパターンは公平無私のものではない。[中略]われわれの自尊心を保障するものであり、自分自身の価値、地位、権利についてわれわれがどう感じているかを現実の世界に投射したものである。したがってステレオタイプには、ステレオタイプに付属するさまざまの感情がいっぱいにこめられている。それはわれわれの伝統を守る砦であり、われわれはその防御のかげにあってこそ、自分の占めている地位にあって安泰であるという感じをもち続けることができる▼13。」
要するに、ステレオタイプの本質は「単純化による思考の節約」と「感情的であること」にあるといえる。だから、人びとは自分たちのステレオタイプに固執してしまいがちなのである。
レイベリング
レイベリングとは「非行少年」「不良」「精神病」「犯罪者」「変質者」「落ちこぼれ」といった逸脱的な役割を一方的に押しつけることをいう▼14。
レイベリング理論の創始者のひとりであるハワード・S・ベッカーによると、「社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人びとに適用し、彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。この観点からすれば、逸脱とは人間の行為の性質ではなくして、むしろ、他者によってこの規則と制裁とが『違反者』に適用された結果なのである。逸脱者とは首尾よくこのレッテルを貼られた人間のことであり、また、逸脱行動とは人びとによってこのレッテルを貼られた行動のことである▼15。」つまり、レイベリングによって〈逸脱〉がうまれるというのだ。
では、だれが規則をつくりレッテルを貼るのか。それはまず、政府・役所・組織などのフォーマルな統制者であり、専門家・医師・教師である。つまり、警察や鑑別所が「非行少年少女」を確定し、医師が特定の「病気」を宣告し、相対評価しなければならない教師が「落ちこぼれ」をつくりだす。また、マス・メディアが特定宗教団体を「狂信的集団」としてキャンペーンすれば、その信者たちは「狂信者」とみられてしまう。これはまた、一般市民やクラスメイト・親族・同僚などの集団の成員によってもなされることがある。たとえば、あだ名のように、あるひとつの特性だけをとりだして類型化してしまうこともレイベリングである。ラフなスタイルで昼間団地を歩いているだけで「変質者」とみられてしまうこともありうる。
差別
偏見・ステレオタイプ・レイベリングは、しばしば具体的な差別として現象する。また、利害関係から生じた差別から、それを正当化するために偏見が生まれることも多い▼16。
差別とは、特定の個人や集団を異質な者としてあつかい、平等待遇を拒否し、不利益をもたらす行動のことである。いうまでもなく現代社会は平等を理念として掲げた社会である。したがって、差別はあくまでも〈不当〉である。しかし、現実にはさまざまな差別があり、その不当性がなかなか認められない。江原由美子によると、差別の問題点のひとつは、被差別者が不利益をこうむることだけでなく、不利益をこうむっているということ自体が社会においてあたかも正当なことであるかのように通用していることだという▼17。
さらに大きな問題点は、差別が論じられる場にかならずもちだされる〈差異〉についての議論そのものが差別の論理に加担する装置となっていることである。たとえば、江原由美子の提示するつぎのような場合を考えてみればいい。「軽い『障害者』は往々にして、自己の『障害』がほとんど日常生活に支障をきたさないのに、様々な『偏見』によって『差別』されていることに怒りを感じざるをえない。それゆえ、『差異の存在』自体を否定する論理にむかいがちである。他方、重い『障害者』はまさにその論理の中に自己の存在の『否定』を見出してしまう。『差異がないのに差別されている』と怒ることは、では、『差異があれば差別されていいのか』という後者からの問いかけを必ず生む。それゆえしばしば、軽い『障害者』と重い『障害者』の間の対立は『健常者』と『障害者』との間の対立以上に深刻になる▼18。」ここに差別を議論するむずかしさがある。つまり、差異を論じるよう仕向けるロジックそのものに「差別の論理」が存在するのである。
問題点
これまで概観してきた偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の現象は、相互に重なりあい密接に連動しながら現代社会に浸透している。その一般的な問題点としてつぎの諸点が指摘できる。
第一に、これらは、個人と個人、個人と集団、集団と集団のコミュニケーションを妨げる。つまり、ディスコミュニケーションあるいは歪められたコミュニケーションの要因となる。そして、偏見やステレオタイプに気づかないでいることは、社会認識と自己認識を非〈反省〉的にしてしまう。
第二に、対象になった個人や集団が異議申し立てできないことが多い。セクハラにしても、あだ名にしても、抗議したところで「ジョーダンだよ、ジョーダン」と軽い遊びの気持ちであることを表明されると、抗議することがルール違反とみなされてしまう。あらかじめ異議申し立ての回路が閉ざされているのである▼19。
第三に、権力によって意図的に利用されることが多い。二十世紀初頭にドイツ社会が危機にひんしたとき反ユダヤ主義が高揚した。この潮流はナチスによって意図的に増幅され、毒ガスによる大量のユダヤ人殺人がおこなわれた。同じことが関東大震災時の朝鮮人虐殺にもみられる。後述するスケープゴートによる秩序の安定化が政治権力者によって謀られる。リップマンの指摘するように、これらの現象は基本的に保守的な性質をもち、それゆえ保守的な政治勢力に利用されやすいのである▼20。
第四に、これらの諸現象は基本的に閉鎖的な集団に内在かつ遍在する権力作用であり、成員のだれもが被害者にも加害者にも傍観者にもなりうる。いいかえれば、権力者による上からの強制によってもたらされるというより、人びとの関係性から導かれるものであり、だれもがそれに加担しうる。もともと類型化作用には、たえずこのような権力作用がつきまとうのである。
第五に、しばしば予言の自己成就のメカニズムが作動する▼21。そもそも「差異」から「差別」がうまれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのであるが▼22、ひとたび「逸脱」の側に〈振り分け〉られてしまうと、アイデンティティの危機に適応するため、どんなに不当でもその社会的期待を受け入れざるをえない状況に追い込まれていく。「落ちこぼれ」「秀才」「非行少年」――呼ばれたものになっていくメカニズムが作動する。社会学者はこの現象を「予言の自己成就」と呼ぶが、犯罪・非行の文脈では「悪の劇化」(dramatization of evil)または「第二次逸脱」(secondary deviation)と呼んでいる。たとえば非行歴のある少年が悪者のレッテルを貼られたため就職などの合法的な再出発ができず、生きていくためにふたたび非合法な行為においこまれていくといった悪循環のプロセスをさす▼23。
▼1 いわゆる悪徳商法のおもな犠牲者は高齢者やひとり暮らしの中年女性だった。また誘拐事件の三分の二が子どもの誘拐である。
▼2 企業社会の文脈では女性という性役割も社会的弱者を構成するカテゴリーに入れなくてはならない。男女雇用機会均等法以後、徐々に改善されつつあるとはいえ残業・喫煙・接待などの職場慣行はあいかわらず男性中心だし、給料格差や昇進などの点で、多くの女性が差別待遇にある。さらに障害者雇用の点では、どの企業も遠くおよばないのが現状だ。障害者雇用促進法によると、民間企業では、障害者を従業員の一・六%以上雇用しなければならない。しかし一九九一年現在、雇用率は一・三二%にとどまり、とくに従業員千人以上の大企業の八二・一%が法定雇用率を満たしていない。『朝日新聞』一九九一年一〇月三一日付朝刊による。
▼3 いうまでもなく、経済的困窮と社会心理現象の両者は具体的な差別を媒介に密接に連動している。
▼4 現在では加熱滅菌されており、エイズ感染の心配はない。この事件の概要については、立花隆『同時代を撃つII情報ウォッチング』(講談社文庫一九九〇年)に収められた「血友病エイズ感染死は厚生省と業界の癒着が原因」参照。
▼5 スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』(みすず書房一九八二年)では、結核とガンを対比させながら、病気にまつわるさまざまなメタファーを論じている。ソンタグによると、病気は道徳的性格に適合する罰と考えられ、一種の懲罰的色彩をおびている。たとえば、ペストは道徳的汚染の結果であり、結核は病める自我の病気であるというように。このように病気にはさまざまな意味づけがなされてきた。しかし「病気とは隠喩などではなく、従って病気に対処するには――最も健康になるには――隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗すること」(六ページ)すなわち「非神話化」が必要だという。
▼6 T・M・ニューカム、森東吾・萬成博訳『社会心理学』(培風館一九五六年)二七二ぺージ。
▼7 13-1参照。
▼8 C・W・オルポート、原谷達夫・野村昭訳『偏見の心理』(培風館一九六一年)七ページ。
▼9 W・リップマン、掛川トミ子訳『世論(上)』(岩波文庫一九八七年)。
▼10 前掲訳書一一一ぺージ。
▼11 前掲訳書一二二ぺージ。
▼12 社会認識における類型化については5-1および9-2参照。
▼13 前掲訳書一三一-一三二ぺージ。
▼14 レイベリングについては6-2参照。
▼15 ハワード・S・ベッカー、村上直之訳『アウトサイダー――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)一七ページ。
▼16 この点については個々の差別の独自性を知ることが非常に重要である。もっとも広い視野から問題を整理したものとして、新泉社編集部編『現代日本の偏見と差別』(新泉社一九八一年)。この本で論じられているテーマはきわめて多岐にわたっている。目次によると、「女性」「老人」「在日朝鮮人」「アイヌ民族」「被差別部落」「沖縄」「原発地域」「社外工・下請工・パートタイマー」「宗教」「思想」「学歴」「夜間中学」「定時制高校」「養護学校」「障害者」「原爆被爆者」「公害病患者」が論じられている。本章では、差別現象を社会形式とりわけ権力形式のひとつとしてとりあつかい、形式社会学的に分析することに主眼があるので、詳細についてはこの本を参照されたい。
▼17 江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)六四ページによる。なお、この本に収められた論文「『差別の論理』とその批判――『差異』は『差別』の根拠ではない」は、社会学的な反差別論として熟読をおすすめしたい。
▼18 前掲書七八ページ。
▼19 前掲書所収の「からかいの政治学」参照。
▼20 露骨な利用を「フレームアップ」(frame up)[でっちあげ]という。代表的事例は十九世紀末のドレフュス事件である。この事件ではユダヤ人への偏見が利用された。アメリカの事例については、小此木真三郎『フレームアップ――アメリカをゆるがした四大事件』(岩波新書一九八三年)。
▼21 予言の自己成就については1-3参照。
▼22 江原由美子、前掲書八二ページ以下参照。
▼23 これらの概念については、大村英昭『新版非行の社会学』(世界思想社一九八九年)参照。
20-2 関係概念としてのスティグマ
スティグマとはなにか
以上のような社会(心理)現象の結果として、マージナルな側に振り分けられた人間に対してあらわれるのが「スティグマ」(stigma)である▼1。スティグマとは、望ましくないとか汚らわしいとして他人の蔑視と不信を受けるような属性と定義される。これは、ある属性にあたえられたマイナス・イメージと考えてよい。
スティグマは、もともとはギリシアで奴隷・犯罪人・謀反人であることを示す焼き印・肉体上の「しるし」のことで、汚れた者・忌むべき者というマイナスイメージが肉体上に烙印されたものである。のちにカトリック教会では、十字架上で死んだキリストの五つの傷と同じものが聖人=カリスマにあらわれるということから、「聖痕」の意味に転化した。このような由来をもつため西欧では日常語として使われている。とくに学術用語というわけではない。
スティグマとなりうる属性としては、病気・障害・老齢などの肉体的特徴、精神異常・投獄・麻薬常用・アル中・同性愛・失業・自殺企図・過激な政治運動などから推測される性格的特徴、人種・民族・宗教に関わる集団的特徴などがある。人びとは、スティグマのある人を対等にあつかわず差別し、多くは深い考えもなしにその人のライフチャンスをせばめている▼2。
現代日本における老い
スティグマの概念を現代日本の老いについて考えてみよう。
現代の日本では消費社会化が進行し、若者文化の影響力が大きくなってきた。そのため、若さというものに無条件の価値があたえられている。たとえば、広告において若さ志向でないものをさがすのはむずかしい。これに対して老いは否定的なことの側に位置づけられてしまう。他方、敬老の意識をもつ人びとにおいても、老人はあくまでも社会的弱者とみられている。これは〈老人イコール無能力〉ととらえるのにほぼ等しい。また法的には、一九六三年に制定された老人福祉法第二条に「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛されかつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする」とある。この一文からあきらかなように、日本の老人福祉は、あくまでも過去の能力と実績に対する報酬として敬老を受ける権利があるとしている。
いずれの考え方にせよ、現代の日本社会は、老いの意味を見失っているといえよう。その結果、老いは、すでに否定的な意味しかもたず、不幸の原因のひとつとなってしまっている。老人自身が老いを隠そうとし、そのために若さを装い、若さに近づこうとするのも無理ない話といえる▼3。
多くの老人が自分自身を無力でみじめな存在という否定的なものとしてイメージするのはなぜか。そんなふうに考えることないじゃないかと思うが、これには理由がある。それは、高齢者自身の自分をみる目が、若く充実した時期つまり三〇代・四〇代・五〇代のままだからである。かつて自分が否定的イメージを付与した存在に自分自身が移行していく経験――これが現代日本における老いの基本構造である▼4。
周囲の否定的な反応としてのスティグマ
とくに注目してほしいのは、老人本人が老いを否定的にとらえているということだ。これがスティグマという現象の実態にほかならない。
ゴッフマンによると、ある特定の特徴がスティグマを生むのではないという。たとえば、目や足が不自由なこと自体がスティグマなのではない。それに対する他者のステレオタイプな反応との関係がスティグマという現象なのである▼5。つまりスティグマの本質は「その人の特徴に対する否定的な周囲の反応」といっていいだろう▼6。だから、老一般が日本社会でスティグマになるのは、日本社会が老いの積極的意味をみいだせないでいるために、老いに対して周囲が否定的な反応しかできないことによるのである。
六つの「老人の神話」
アメリカの精神科医で、一九六九年に年齢差別・老人差別を意味する「エイジズム」(agism)を最初に使用した人として有名なロバート・バトラーは老いに対する六つの偏見を「非現実的な神話」として提示している▼7。
(1)加齢の神話――年をとると思考も運動も鈍くなり、過去に執着して変化を嫌うようになるという偏見。じっさいには個人差が大きい。
(2)非生産性の神話――老人は幼児のよう自己中心的で、生産的な仕事などできるはずがないという偏見。しかし、地域社会へ貢献していることは多い。
(3)離脱の神話――老人は職業生活や社交生活から離脱し、自分の世界に引きこもるものだという偏見。
(4)柔軟性欠如の神話――老人は変化に順応したり自分を変えたりできないという偏見。じっさいには、年齢よりも性格構造によって異なる。脳組織の損傷などがなければ、人間は最後まで成長しつづける。
(5)ボケの神話――老化するにつれてボケは避けられないという偏見。老人も若者と同じようにさまざまな感情体験をしている。たんなる物忘れとボケはちがう。ちなみにボケは病気であって出現率は数パーセントにすぎない。
(6)平穏の神話――老年期は一種のユートピアであるとみる偏見。しかし、じっさいには、たとえば配偶者との死別による悲しみのように、老人はどの世代よりストレスを経験しており、そのため、うつ状態・不安・心身症・被害感情をもつことがある。
ここでバトラーがいいたいのは、老いを一般化してはならないということ、老いの多様性を発見することがたいせつだということだ。老いに対する偏見やステレオタイプに気づき、積極的老人像の可能性をさぐり、社会全体が老いの積極的意味を認識するようにしなければならない。そうなってはじめて、老いはスティグマでなくなるのである。
▼1 アーヴィング・ゴッフマン、石黒毅訳『スティグマの社会学――烙印を押されたアイデンティティ』(せりか書房一九八四年)。またスティグマ概念を社会福祉の領域に応用したものとして、P・スピッカー、西尾祐吾訳『スティグマと社会福祉』(誠信書房一九八七年)。
▼2 ゴッフマン、前掲書一四-一五ページ。
▼3 以上、副田義也「現代日本における老年観」『老いの発見2老いのパラダイム』(岩波書店一九八六年)による。
▼4 上野千鶴子「老人問題と老後問題の落差」前掲書、とくに一二七ページ以下による。
▼5 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ぺージ。だから、有名大学出身という特徴も「否定的な周囲の反応」のあるところではスティグマになる。たとえば、低学歴層の集まっている職場や住宅街では、落伍者・部外者のレッテルを貼られるもとになり、仲間と認めてもらえなくなるおそれがある。だからひた隠しにすることになる。だから有名大学出身という属性も、プラスイメージにもなればマイナスイメージにもなる。したがって、こういういい方もできるだろう。つまり、スティグマはだれにでもあり、それが一挙に表面化する状況がたまたま多いか少ないかなのだと。
▼6 スピッカー、前掲訳書。
▼7 岡堂哲雄『あたたかい家族』(講談社現代新書一九八六年)の紹介を参照。一七三-一七六ページ。
20-3 スケープゴート化
排除による秩序形成
本章ではこれまで、〈医療と福祉の対象となる人びと〉を具体的に苦しめている社会(心理)現象をそれぞれ概念化し、その形式的特徴について分析した。そしてスティグマが、それらの諸現象の結果として、対象にされた人びとの内面に生じる関係的現象であることを「老い」を例にとって考察してきた。それにしても、このような現象がなぜ平等を理念とする現代社会にも生じてくるのだろうか。今度は、このような諸現象を基底から支える社会のダイナミズムについて考えてみることにしたい。
偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別の諸現象に一様にふくまれているファクターはなにか。それは項Aと項非Aを区別し、そのあいだに〈線引き〉し、項Aを〈排除〉しょうとする心性である。
〈A〉             〈非A〉
異常             正常
病気             健康
やくざ            かたぎ
非行・おちこぼれ      ふつう
犯罪者[前科者・その家族] 一般市民
障害者            健常者
女性・子ども         男性
異人             常人
異端             正統
これらのあいだに〈線引き〉し分断するさいに、生物学的な理由であるとか、歴史的な理由であるとか、もっともらしい理由が主張され、常識もこれを受け入れることが多いが、ほとんどあとでつけ加えられたものだ▼1。すでにのべたように、「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定されるのである。そういう意味では、「まず排除ありき」という構造原理が、集団・共同体・社会そのものに内在していて、排除によってまとまっていくというメカニズムが存在すると考えられる。つまり、排除による統合である。このような社会のダイナミズムを「スケープゴート化」または「スケープゴーティング」(scapegoating)と呼ぶ。
スケープゴートというのは、平たくいえば「いけにえ」ということであるが、正確には「贖罪の山羊(やぎ)」と訳される本来は宗教用語である。ユダヤ教とキリスト教では、罪をあがなうために神に捧げられた犠牲の山羊――これがたとえばキリストの受難の意味となる――という観念をさしている。ひとりの預言者が集団の責任を一身に背負って、集団の危機を救うため犠牲になるという事態は、ユダヤ教やキリスト教などの宗教思想にとって必要不可欠なものである▼2。
じつは一般の社会関係においてもスケープゴート化は、危機を打開し、かつ秩序を形成するための有力な形式なのである。
たとえば、政治がらみや企業がらみの大きな事件が明るみにでると、内部事情にもっとも深く関与したスタッフが、事件のいっさいの汚点を背負って自殺するケースがある▼3。これによって、危機に頻した組織や集団の秩序が回復する。一件落着というわけだ。しかし、この場合は、スケープゴート化にはちがいないが、むしろその通俗的使用というべきであって、もっと社会なり共同体なりを全体として巻き込んでいくスケールでとらえるのが本筋である。そうなると、つぎのようなものが考えられる。
大量排除現象
スケープゴート現象の代表的なものは、なんといっても中世キリスト教世界における魔女狩りである。魔女狩りはヨーロッパの中世末期、ちょうどルネサンスのはじまりとともにさかんになり、一六〇〇年前後の一世紀にピークを迎えた。魔女と名指しされたきわめて多くの男女が拷問によって自白を強要され、異端審問官による魔女裁判によって、火あぶりの刑に処せられた▼4。
二十世紀になってからもあいついで大量排除現象が生じている。まずヒトラーのナチズムにおいてはユダヤ人が排除の対象とされ、アウシュビッツをはじめとする強制収容所に連行・監禁された上、毒ガス室で大量に殺害された。これを「ホロコースト」と呼ぶ。同じころソビエト共産党の実権を掌握したスターリンは、政敵やそれに連なる人びとをつぎつぎに「トロツキスト」「修正主義者」とレッテルを貼って連行し、シベリアの強制収容所に送って強制労働につかせたり、銃殺したりした。これを「粛清」という▼5。もちろん天皇制国家としての戦前の日本においても「国賊」「非国民」のレッテルが反戦主義者・社会主義者・宗教教団に貼られ、治安維持法や不敬罪によって徹底的に弾圧された。似たようなことは第二次世界大戦後のアメリカでもおこっている。「マッカーシズム」と呼ばれる「アカ狩り」[レッドパージ]がそれである▼6。
これらの現象は、集団内に存在する矛盾が、その内部の少数者に集中して転嫁される結果、少数者が集団の中心から排除され、集団の周縁に追いやられたり、集団暴力の対象となり、それによって集団全体が〈浄化〉され秩序を回復する、という共通の構図をもっている。したがって、排除された側に非はなく、むしろ排除した側に根深い問題があった。
近代日本の排除現象
このしくみは近代の日本を貰いて存在している。間庭充幸は日本的集団における包摂と排斥の構造を分析するなかで、さまざまなスケープゴート現象を指摘している▼7。そのなかから典型的なものを三件ひろってみよう。
村落共同体における「異人」――村や家の共同体にそぐわない人間[狂人]を「半ば自発的、半ば強制的に」外部[山]に排除し、恐ろしい「山女」「山人」として畏怖し神聖化する。あるいは村や家を調和を乱す奇異な現象およびその体現者[障害児や不倫の子あるいは利口すぎる子など]を「河童の子」「憑きもの」(たとえば狐憑き)「神隠し」などと称して抹殺したり一時的に排除した。この虚構により家族も納得できるのである。注目すべきは憑きものの場合、憑いた狐や狸が去れば当人は元通り共同体に復帰できるということだ。これは共同体の一種の知恵だった▼8。
企業城下町における「公害被害者」――一九六〇年代の高度経済成長期は同時に公害が極大化した時代だった。公害のひどかったのは当然のことながら企業城下町と呼ばれる地域である。しかし、企業城下町における公害患者はしばしば被害者であることさえ表明できない状況にあった。それは企業一家主義・組合家族主義・私生活優先主義が包摂の原理となっていたところで、その中心たる絶対的な企業に異議申し立てすることにほかならなかったからである。労働組合でさえ公害の拡大に目をつぶり、内部告発に走るものを「裏切り」として断罪し排斥した。たとえば水俣病の悲劇のひとつはここにあった▼9。
管理教育における「いじめられっ子」――管理教育の防衛策として子どもたちは自分を他者の行動に合わせてはみださないようにする。これを「同調競争」という▼10。同調競争は目的が空洞化しているため、他人の出方や位置によってしか自己を確認できない。ひとりひとりが等しく不安な状態におかれる。そこで、この不安から逃れるために、いちはやく他人の差異をみいだし排除しようとする。そうでなけけれれば自分がやられるという恐怖がそうさせるのである▼11。
また、赤坂憲雄はスケープゴーティングのケース・スタディともいうべき『排除の現象学』のなかで、一連のいじめ事件、横浜浮浪者襲撃事件、イエスの方舟事件、けやきの郷事件(自閉症者施設「けやきの郷・ひかりが丘学園」の建設計画に対して地元の鳩山ニュータウン住民による反対運動がおこり建設が断念された)、精神鑑定される通り魔などを分析している▼12。
強調しておきたいのは、これらの諸事例が、支配者が意識的に行使する強制力によって生じるのではなく、共同体・集団・社会そのものに内在する〈権力作用〉によるものだということだ。暴力の実体はなく、加担者は正義を語り、あくまでも自己防衛的である。この権力作用に内在しているときは、ほとんど存在感がないくらいナチュラルだが、ひとたび周辺に追い出されたり、抵抗しようとすると、その暴力的な圧力はときとして人を死に追いやるほど強い。「見えない権力」=権力作用の怖さは、じつはここにある。
ヴァルネラビリティと有徴性
では、どのような人がスケープゴートにされやすいのだろうか。さきほどの表記でいうと「項A」に追い込まれやすい特性はなんだろうか。人類学では、攻撃を招きやすい性格のことを「ヴァルネラビリティ」(vulnerability)という。「攻撃誘発性」とか「被撃性」と訳される概念である▼13。
なにが〈ヴァルネラブル〉か。少数であることか、それとも能力が低いことか、あるいは力が弱いからか-おそらく本質はそうではない。たとえば、いじめられた方になにか問題があると主張する議論があるが、それは「予言の自己成就」のメカニズムによって、いじめの結果つくられたことであって、原因と結果をとりちがえた転倒した論理である。「あきらかな差異の具現者が存在するから、いじめが起こるわけではない。むしろ、差異はあらかじめ存在するのではなく、そのつどあらたに発見され、つくられるのである。むろん、排除というたったひとつの現実にむけて▼14。」たとえば、いじめはむしろ差異のない均質な学校空間から生まれるのだ。
では、ヴァルネラビリティの基本要素はなにか。それは記号論の用語でいう「有徴性」である▼15。徴(しるし)のあるのが有徴、ないのが無徴である。この項の冒頭に示した「線引き」の一覧のなかで〈A〉としたのが有徴サイド、〈非A〉としたのが無徴サイドにあたる。つまり、有徴な項が析出して、それによってはじめてその他大勢が「〈それ〉でないもの」として定義される。「フツー」とはそういうものなのである。
ことわっておくが、ある特性だけがいつも有徴なのではない。状況によってなにが有徴となるかは異なる。たとえば、ゴッフマンがスティグマの例にだしているように、大卒という属性も、おかれている集団によってスティグマになる▼16。また、帰国子女がしばしばいじめの対象になり、差別されていると感じるのが英語の時間であることは、かれらが「生きた英語」を知っているという優越のためである▼17。また「女教師」「女医」ということばは、男性中心の教員の世界・医師の世界において女性が少数で有徴だったことを示している。そのため、これらのことばにおいて強調されるのは、もっぱら〈性〉の諸相である。
中間考察
まず、いわゆる「社会的弱者」にとって深刻な問題となる――ことわっておくが社会的弱者が問題なのではない――社会心理現象について四点指摘した。偏見・ステレオタイプ・レイベリング・差別。これらについてのさまざまな社会学的研究の一致した結論は、なにか客観的な根拠があって、これらが生まれてくるのではないということだ。「差異」から「差別」が生まれるのではなく、「差別」から「差異」が想定される。「まず排除ありき」なのである。
スティグマという概念についても同じことがいえる。「障害」や「過去」が直接スティグマなのではない。「障害」や「過去」に対する周囲の人びとの反応が、それらをスティグマにする。ここでも「受け手の反応」が意味を決定していることに気づくべきだ。しかも、それは「排除による統合」の社会的メカニズムにもとづいており、それをくつがえすのは容易ではない。
したがって、解決の方向性が「受け手の反応」を変えていくことにあるとしても、たんに意識改革をすればいいというものではない。スケープゴート化にかわる新しい社会形成の形式を自覚的に模索することが必要であろう▼18。
▼1 すでに健康と病気について論じたように、項〈A〉と項〈非A〉とは本来連続的かつ流動的かつ互換的である。5-2参照。それを無理に分断し、二項対立の構図に仕立てるところに、規格化を押しすすめる権力作用の存在をみることができる。なお、理由づけについては、現代社会では「医学的理由」がとくに正当性をもってきている。この傾向を「医療化」(medicalization)という。医療化の研究については、進藤雄三『医療の社会学』(世界思想社一九九〇年)参照。スタンダードな入門書としては、I・イリイチ、金子嗣郎訳『脱病院化社会』(晶文社一九七九年)。
▼2 このあたりの宗教的意味を体感するにはJ・S・バッハの『マタイ受難曲』を聞いてみるのがてっとり早い。また受難の意味の追究については「苦難の神義論」として17-2でもふれた。
▼3 たとえば、「ダグラス・グラマン疑惑」では日商岩井の常務が自殺した。「リクルート事件」では竹下首相の元秘書[三〇年以上勤務]が自殺した。
▼4 数世紀にわたるこのスケープゴーティングの歴史の概要については、森島恒雄『魔女狩り』(岩波新書一九七〇年)。また古典的な研究としては、ミシュレ、篠田浩一郎訳『魔女』(上下・岩波文庫一九八三年)。
▼5 山口昌男『歴史・祝祭・神話』(中公文庫一九七八年)。
▼6 R・H・ロービア、宮地健次郎訳『マッカーシズム』(岩波文庫一九八四年)。
▼7 間庭充幸『日本的集団の社会学――包摂と排斥の構造』(河出書房新社一九九〇年)。
▼8 前掲書六四-七二ページ。
▼9 前掲書一一三-一一八ぺージ。ここでも紹介されている対馬のイタイイタイ病のケースについては、鎌田慧『ドキュメント隠された公害――イタイイタイ病を追って』(ちくま文庫一九九一年)。
▼10 間庭充幸は「同調競争」についてつぎのように説明している。「普通同調と競争が結びつくというときは、同調すべき目的(金銭、地位、あるいは天皇への忠誠、何でもよい)があって同調し、さらにその目的に早く近づくために競争する。それはまさに目的内容を介しての同調的競争、競争的同調である。しかしそれがある限界を超えると、かんじんな目的が脱落してしまい、同調という行為(多数者)自体への同調や競争が発生する。ある目的に向かっての同調や競争とは別に、皆がある目的に志向すること自体が価値を帯び、それへの同調と競争が新たに生まれる。」前掲書五一ページ。昭和天皇の病状悪化による「自粛」行動は典型的な同調競争である。
▼11 前掲書一二七-一三八ページ。
▼12 赤坂憲雄『排除の現象学』(洋泉社一九八六年)。現在洋泉社版は絶版となり、かわりに新版がでている。『新編排除の現象学』(筑摩書房一九九一年)。『新編』では、旧版の冒頭におかれた大友克洋『童夢』の分析が除かれている。
▼13 山口昌男「ヴァルネラビリティについて――潜在的凶器としての『日常生活』」『文化の詩学I』(岩波現代選書一九八三年)。
▼14 赤坂憲雄、前掲書六〇ページ。
▼15 「有徴」「無徴」については、池上嘉彦『記号論への招待』(岩波新書一九八四年)一一七-一二〇ページ参照。
▼16 ゴッフマン、前掲訳書一二-一三ページ。
▼17 宮智宗七『帰国子女――逆カルチュア・ショック』(中公新書一九九〇年)一〇ページ以下ならびに一一四ページ以下。
▼18 この点で注目されるのが「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動形式である。また、理論的には、ハバーマスの「コミュニケーション行為の理論」や今田高俊の「自省社会論」などがオルタナティブな社会形成原理の探求として注目できる。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(上中下・未来社一九八五-八七年)。今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)。
増補
排除現象
民俗学の立場から排除現象について議論を積み上げてきた赤坂憲雄の本が文庫化されている。赤坂憲雄『異人論序説』(ちくま学芸文庫一九九四年)と、赤坂憲雄『排除の現象学』(ちくま学芸文庫一九九五年)である。
いじめについては、森田洋司・清水賢二『新訂版 いじめ――教室の病い』(金子書房一九九四年)。ここで展開されている「いじめの四層構造」論は排除現象を考える上での基本モデルになりうると思う。レイベリングの問題を掘り下げた研究として、徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)と、徳岡秀雄『社会病理を考える』(世界思想社一九九七年)を加えておきたい。とくに後者は入門として最適。
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4月 12017

社会学感覚18音楽文化論

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社会学感覚
18 音楽文化論
18-1 合理化の産物としての近代西欧音楽――歴史社会学的視点
合理化・聴衆・複製技術・消費文化
文化論の最後のテーマとして音楽をとりあげたい。文化的営みである芸術活動のうちのひとつのサンプルとして――あるいは例題として――とりあげてみようというわけだ。
おそらく社会学という科学のなかに「芸術社会学」や「音楽社会学」という分野があることに、意外な感じを受ける人がいるかもしれない。しかし、たとえばジンメルは『レンブラント』という本まで公にしているし、ウェーバーもまた「音楽の合理的・社会学的基礎」通称「音楽社会学」という大きな論文を残している。また、フランクフルト学派にはベンヤミンやアドルノといった非常に芸術に造詣の深い社会学者がいて、多くの著作によって芸術学・美学・音楽学の研究者に大きな影響をあたえてきた。本章では、これらの古典的な研究を紹介するとともに、本書の文化論のシフトである現代の消費文化についても考察していきたい。
キーワードは四つ。合理化・聴衆・複製技術・消費文化である。これらを軸に、音楽現象・音楽文化について歴史的に話をすすめていきたい。ブレヒトのいう「歴史化」を音楽現象について試みたいと思う▼1。歴史化といっても、タイムスパンをどうとるかによって、ずいぶんみえてくるものがちがってくる。はじめに「歴史的過程のなかの近代」というスケールでとらえ、つぎに「近代内部の変化」、さらに「二十世紀」、最後に「現代」というスケールでみていくことにしたい。四つのキーワードは、この四つのスケールに対応している。
ウェーバーの合理化論
音楽はあらゆる時代・あらゆる民族において発展した普遍的な営為だ。しかし、音楽に関して近代西欧においてのみ生じた特殊なことがある。それは独特の〈合理化〉である。
ウェーバーは『宗教社会学論集』の有名な「序言」のなかで、つぎのように問うている。要約すると「なぜヨーロッパ以外の地では、科学・芸術・国家・経済の発展が、西欧に特有の合理化の道をたどらなかったのか」-この「西欧に特有の合理化」のことをウェーバーが「呪術からの解放」とも呼んでいたことは前章でもふれた。ウェーバーは、この西欧に特有な合理化」の結果生まれたものとして、つぎのようなものをあげている▼2。
経済における資本主義的企業――形式的に自由な労働・合理的経営形態・家政と経営の分離・合理的な簿記
行政における官僚制組織
国家における議会制度・憲法・合理的法体系
学問における近代自然科学――数学的な表現と基礎づけ・実験による検証・組織的研究の場としての大学
芸術における市場向け生産物――文学出版物・雑誌・新聞・劇場・美術館
絵画における遠近法
音楽における和声音楽[対位法・和音和声法]
以上の諸現象は今日わたしたちにとって自明な――それゆえ普遍的にみえる――ものばかりだが、じつはいずれも近代西欧にのみ発生した、歴史的にみてきわめて特殊な現象なのである。そこには独特の〈合理化〉が一様にみられた。
西欧音楽の合理化
晩年のウェーバーの関心は、西欧近代社会がたどった合理化過程に集中しており、かれの未完の草稿「音楽の合理的社会学的基礎」(通称「音楽社会学」)もその視点につらぬかれている▼3。
さしあたりウェーバーの関心は西欧音楽独自の音組織にあった。具体的には、合理的和声と調性である。和声音楽はトニック・ドミナント・サブドミナントの三つの三和音の組み合わせによって構成される。これは近代西欧音楽独特のものである。これを可能にするのはオクターブ空間の均質的な構成である。つまり十二平均律である。これがあってはじめて自在な転調が可能になり、和声音楽の表現力は飛躍的に高まる。ところが、じつは自然に聞こえる和音にもとづいて調律すると、オクターブがあわないのである。音響物理学ではこれを「ピュタゴラス・コンマの問題」と呼ぶ。このさい近代西欧音楽は聴覚上の調和よりも十二音の間隔の均一化を選択する。つまり、よく響くが音楽的ダイナミズムに欠ける純正律ではなく、聴覚上若干の不協和があるが自在な音楽表現を保証する平均律を選ぶのである。J・S・バッハの「平均律クラヴィーア集」(第一集)は、その転換点を刻印する作品だった。
以上の西欧独特の音組織は、他のさまざまな要素と連動していた。第一にあげなければならないのは記譜法の成立である。西欧以外の伝統的音楽はいずれも精密な楽譜を発達させなかった。五線符に音楽をく書く記譜法は、もっぱら〈演奏する〉活動だった音楽を「書く芸術」に変化させた。ここではじめて作曲家と演奏家が分離し、〈音楽を書く人〉としての「作曲家」が誕生することになる。第二に、楽器とくにピアノにいたる鍵盤楽器の発達が関係する。鍵盤楽器が他の諸楽器と異なるのは、調律を固定しなければならないことである。とりわけピアノは純正律から平均律への転換に大きな役割を果たした。
もちろん、宗教をはじめとするあらゆる文化現象がそうであるように、音楽現象も、非合理的で神秘的な性質をもつ。じっさい、いわゆる民族音楽としてわたしたちが知っている多様な音楽のほとんどは、もともと非合理的で神秘的な性質をもっている。しかし、近代西欧音楽は、しだいに非合理性と神秘性を溶解させ、独特の合理化を果たすのである。ウェーバーの歴史社会学は、その合理化が、ひとり音楽のみならずあらゆる社会領域において浸透していった壮大な潮流のひとつの支流であることを教えてくれる。
▼1 ブレヒトの「歴史化」については2-2参照。
▼2 「宗教社会学論集序言」マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)。なお、ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』(未来社一九八一年)第二章およびディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)一五九ページ以下参照。
▼3 マックス・ウェーバー、安藤英治・池宮英才・角倉一朗訳『音楽社会学』(創文社一九六七年)。くわしい解説が訳注として付された親切な訳本だが、本文前半に音響物理学を利用した非常に難解な部分があり、直接これを読んで理解できるのは、そうとう音楽理論と数学の得意な人ではなかろうか。そこでこの本に付せられた安藤英治の解説「マックス・ウェーバーと音楽」をはじめとして以下の解説を参照した。ディルク・ケスラー、前掲訳書。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。吉崎道夫「ウェーバーと芸術」徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。吉崎道夫「非合理と合理の接点にあるもの――ウェーバーの『音楽社会学』を廻って」『現代思想』一九七五年二月号。勝又正直「M・ヴェーバーの『音楽社会学』をめぐって」『社会学史研究』第九号(一九八七年)。ウェーバーの音楽社会学はウェーバー研究の文脈では年々その重要性が評価されているようだが、一般には社会学として継承されていない。このあたりの事情については、アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー-影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)参照。
18-2 近代的聴衆の誕生――オーディエンス論的視点
「音楽の正しい聴き方」
つぎに近代西欧音楽の展開過程の内部における変化をみていこう。とくにウェーバーが見落としていた――突然の死によって不可能になった?――問題を中心にみていこう。それは音楽の受け手の態度である▼1。
わたしたちが「クラシック」として知っている近代西欧音楽は、かつて、どのように聴かれたのだろうか。現代なら、静まりかえった客席で古典的な名曲を一心に聴きいることが聴衆の〈あるべき姿〉とされている。こうした禁欲的な聴き方を「集中的聴取」と呼び、このような聴き方をする規範的かつ倫理的な聴衆のあり方を「近代的聴衆」と呼ぶ。きまじめな集中的聴取を理想的に実現するために、禁欲的な「演奏会のモラル」がつくられ、ホールも外の音を完全にシャットアウトして作品理解と関係ない音をできるだけ排除する。そして演奏中に客席の照明をおとすのも、作品にじかに向きあって集中できるようにする配慮である。こうして演奏会場は、隔離された特権的な空間になる。このような場で行われる聴取はきわめて個人的な体験である。これが「音楽の正しい聴き方」とされてきた▼2。
十八世紀音楽の聴かれ方
ところが、このような「集中的聴取」をおこなう「近代的聴衆」というあり方がヨーロッパで定着したのは、それほど古いことではなく、じつに十九世紀なかごろの話だという▼3。
では、それまではどうだったかというと、演奏会はまさに社交の場であって、まじめに音楽に耳を傾けようというのはごく少数派。ほとんどは楽しければそれでよいという人びとだったという。渡辺裕の紹介するエピソードによると、歌詞が聞きとれないので歌詞を印刷したプログラムを配ったとか、パイプの煙で指揮をするのがたいへんだったとか、気晴らしにトランプで遊んでいたとか、会場に犬を連れてきたり、目立とうとする女性たちがわざと遅れて入ってきたりしたという▼4。
これは当時の音楽が基本的に貴族階級の内輪のパーティという性格をもっていたからである。「音楽とは一心に耳を傾けて鑑賞するものだ」という共通了解が成立するのは十九世紀になってからである。これは、音楽文化の担い手が貴族から市民層に移行したというのがその変化の大きな理由である。産業革命と市民革命を通じて富と権力をもった市民層が演奏会を支えるようになったため、演奏会は「社交の場」であることをやめて「純粋に音楽を聴きたい人の集まる場」になった▼5。「芸術」という概念が成立したのも、ちょうどこのころである。それまで、絵画・演劇・音楽・文芸・建築という営みは「わざ」であり、それを司る人は「職人」だった。ところが十八世紀後半から十九世紀にかけて「芸術」となり「芸術家」とみられるようになった。「独創性」とか「作品」とか「天才」といった常套句が使われるのも、このころからだという。こうした流れのなかで、バッハが敬けんな宗教音楽家としてまつりあげられ、スカトロジーの大好きなあのアマデウスが神童モーツァルトに変身し、ベートーベンが「苦悩の人」として神格化され伝説が生まれた▼6。
こうしてみると、十九世紀はその前後とくらべてきわめて異質な世紀だったといえよう。〈近代〉が、音楽にかぎらず経済や家族などあらゆる社会領域にわたって確固たる基盤をつくったのがこの世紀であることは、〈脱近代=ポストモダン〉を迎えつつあるといわれる現代にあって、留意しておいてよいことである。
▼1 この問題については、おもに音楽学者によって散発的に研究がすすめられてきたようだが、最近になってマーラー研究家の渡辺裕が『聴衆の誕生――ポストモダン時代の音楽文化』(春秋社一九八九年)においてそれらを集大成している。本節以降の議論は、おもにこの本に依拠しつつ、社会学的考察を加えたものである。
▼2 渡辺裕、前掲書五八-六四ページ。
▼3 前掲書一九-二〇ページ。
▼4 前掲書八-一〇ページ。
▼5 前掲書一四-二二ぺージ。
▼6 作曲家の偶像化については、前掲書二二-五七ぺージ。
18-3 複製技術時代
一九二〇年代
十九世紀的な「近代的聴衆」による「集中的聴取」という音楽とのかかわり方がくずれてくるのは二十世紀初頭、正確には一九二〇年代である。
では、この時代になにがおこったのか。
この時代、じつは自動車・飛行機・冷蔵庫・摩天楼など高度な科学技術がいっせいに開花した時代なのである。そして音楽にとって重要なのは、なかでも「複製技術」の出現である。具体的には、ラジオ放送の開始・蓄音器の発達とくに電気録音技術の完成・自動ピアノ[再生ピアノ=演奏家の演奏をそのまま紙のロールに記録して再生するピアノ]の流行などが二〇年代いっせいに花開く。ちなみに写真・映画の隆盛もこのころからである。
ヴァルター・ベンヤミンは、この時代から本格的にはじまった新しい文化の時代を「複製技術時代」と呼んだ▼1。
複製技術時代の芸術作品
ベンヤミンは、それまでの芸術体験がもっていた特性を「アウラ」(Aura)と呼んだ。「アウラ」とは「一回起性」または「一回性」という意味で、「〈いま〉〈ここ〉でしか体験できないこと」「オリジナルならではのなにものか」といった感じだ。かれは「アウラ」を「どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象」と定義する▼2。いいかえると、アウラは独自性と距離と永続性の三つの次元をもつ。たとえば、ミロのヴィーナスのように、それは他にかえがたいものであり(独自性)、それゆえ身近なものとはなりえない(距離)。しかもそれは時間を超越して人びとの心をうつ(永続性)。
複製技術時代以前の音楽作品の場合、「アウラ」はどのようなものか。ザィデルフェルトはそれをつぎのように説明している。かつて音楽の愛好家が好きな作品に接するチャンスは非常に少なかった。「したがって、音楽を聴きに出かけるということは、気分を浮き浮きさせるような体験(独自性)だったに違いない。そしてその体験は、記憶のなかで、以前聴いた素晴らしい演奏と容易に結びつけられたことだろう(永続性)。さらに、その音楽を本当に知るようになる、つまり心に焼き付けておくための唯一の方法は、楽譜(たいていはピアノ用に編曲されていた)を購入して、あれこれピアノで弾いてみることだけであった(距離)▼3。」
ところが、写真・映画・蓄音器などの複製技術は、絵画・演劇・演奏会のもっていた「アウラ」を完全にうしなわせた。だから、ベンヤミンは、複製技術時代における芸術の特徴は「アウラの喪失」であるとし、もはや芸術作品は礼拝のように鑑賞されないと論じた▼4。
音楽作品の場合、一九二三年に売り上げのピークを迎えるロール式の自動ピアノが、ひとつの複製技術時代の幕を開いた▼5。一方、マイクロフォンによる電気録音技術が一九二四年にベル研究所によって開発され、翌年大手のレーベルからレコードが発売された。またラジオも一九二〇年に民間放送がはじまり、爆発的な人気をえたという▼6。
このような複製技術時代のはじまりとともに音楽の受け手も、もはや十九世紀的な「集中的聴取」をする「近代的聴衆」ではなくなった。音楽はもっと日常的なものになった。ベンヤミンのことばを借りると「散漫な受け手」によって、音楽が消費されるようになったのである▼7。
音楽の変容
渡辺裕の指摘によると、こうした新しい聴き方に当時いち早く敏感に対応した作曲家が、最近ブームになったエリック・サティだった。サティの提唱した「家具の音楽」は、たとえば「県知事の執務室の音楽」とか「音のタイル張り舗道」といったタイトルが示すように、要するにコンサート・ホールで芸術作品として演奏される音楽ではなく、BGMとして日常の環境のなかで耳にする音楽である。しかも、今日のミニマル・ミュージックのように短いモチーフを何回もくりかえすというもので、まったく新しい聴取のあり方を先取りしたものだった▼8。
一方、複製メディアに適合した音楽形態として、このころ隆盛したのが、ブルースやデキシーランド・ジャズ、ささやくように歌うビング・クロスビーなどのいわゆる「ポピュラー音楽」だった。ラジオとレコードによってポピュラー音楽は大衆の人気を博した。これ以降、音楽の生産と消費の構図は一変することになり、わたしたちにとってなじみ深い身近な音楽が豊富にあふれる時代になる。
▼1 ヴァルター・ベンヤミン、高木久雄・高原宏平訳「複製技術時代の芸術作品」ヴァルター・ベンヤミン著作集2『複製技術時代の芸術作品』(晶文社一九七〇年)。
▼2 前掲訳書一六ページ。
▼3 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)六八ページ。
▼4 ベンヤミンの論じた「アウラの衰退・喪失」は、ウェーバーの論じた「カリスマの日常化」とよく似ている。前掲訳書六一-六三ぺージ。ザィデルフェルトは、このなかで「アウラの衰退」を売買行為や商品に拡大して論じている。それによると、小規模生産販売をモットーとするブティックや自然食品販売店、またコックのカリスマ的腕前を売りものにする小さなレストランは、アウラの喪失した消費社会のなかでアウラを回復しようとする試みと位置づけることができるという。前掲書六七-六八ぺージ。
▼5 渡辺裕、前掲書七五-八八ページ。
▼6 このあたりのくわしい事情については、細川周平『レコードの美学』(勁草書房一九九〇年)七七ページ以下参照。
▼7 ベンヤミン、前掲訳書四三-四四ページ。
▼8 渡辺裕、前掲書一〇七-一〇九ページ。
18-4 消費社会における音楽文化
戦後の音楽状況――テクノロジーと若者文化
一九二〇年代における複製芸術の誕生を大きな転機に、音楽の聴かれ方・演奏され方が変わった。大枠としては、これが現代の通奏低音だと考えていいだろう。ただ、その後のめざましいテクノロジーの発達と社会意識の変化によって、音楽のあり方は幾度も変遷を重ねている。ここでは第二次世界大戦後にしぼって概観し、そののちにさらに八○年代日本の音楽状況をくわしくみてみよう。
戦後の音楽状況を語る上で欠かせないファクターがふたつある。テクノロジーの発達と若者文化(ユース・カルチャー)がそれである。
一九二〇年代以降の複製技術時代の音楽にとって技術的な側面は音楽の重要な構成要素になった。戦後の大きな変化としては、五〇年代のテープ録音技術とハイファイステレオ、八○年代のヘッドフォンステレオとビデオとCDが画期的な変化をおよぼした。八〇年代のテクノロジーについては後述するとして、ここではテープ録音技術の影響についてみておこう。発達したテープ録音技術によって、長時間録音が可能になっただけでなく、演奏録音後に自由に切ってはりあわせることもできるようになり、重ねどり(サウンド・オン・サウンド)も可能にした。コンサートの音をオリジナルとする考え方はすでにストコフスキーによって破られてはいたが、この段階で、オリジナルとコピーの区別は完全に無意味になったといってもいいだろう。テープ操作による音楽創造は六〇年代なかごろのビーチ・ボーイズのシングル「グッド・ヴァイブレーション」およびビートルズのLP「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」によって決定的な高みにいたり、ポピュラー音楽に定着することになる。ビートルズがコンサートをしないと宣言した前年の一九六五年、クラシック界でもピアニストのグレン・グールドが「コンサート・ドロップアウト」を宣言し、テープ編集を駆使したスタジオ録音を音楽活動の中心にしている▼1。
若者文化の変遷
さて、テクノロジーとならんで音楽状況を変えた大きな要素は若者文化(ユース・カルチャー)である▼2。とりわけ一九六〇年代の「対抗文化(カウンター・カルチャー)の爆発」が今日の音楽文化の基盤をつくったものとして重要である。
戦後日本の若者文化の流れを大ざっぱに確認しておこう▼3。
(1)一九五〇年代――戦後民主主義や社会主義革命といった理念が絶対的なものとして成立していたので、若者のエネルギーは建設的な方向に向かっていた。→まじめ
(2)一九六〇年代――民主主義や社会主義という理想が、ベトナム戦争や中ソ対立そしてチェコ事件などで神話がくずれる。→反抗
(3)一九七〇年代――連合赤軍事件に象徴される政治的挫折によって「反抗」のエネルギーが消滅する。→シラケ
(4)一九八〇年代――価値の相対化・多様化に対応して、従来の常識にとらわれないフレキシブルな感性。→スキゾ
このうち六〇年代後半は世界的なムーブメントとして大学紛争が多くの大学をゆるがした時代として記憶されているが、従来の中心文化に対抗する文化が異議申し立てし自己主張した重要な転換期だったといえよう。アメリカに即していえば、男性中心文化に対する女性解放運動、白人中心文化に対する黒人の公民権運動、アメリカ帝国主義政策に対するベトナム戦争反対運動などがある。日本でもこれらに呼応する運動がさかんになり、また反公害運動も堰を切ったように大きな潮流になった。そして若者文化が大人の中心文化に対して自己主張――反抗――するのもこの時期である。
六〇年代を通じて日本ではジャズやロックそしてフォークが若者に定着しはじめた。とくにロックは、成立当初「反抗」というメッセージをジャンル自体が色濃くもっていたため、若者の圧倒的な支持をえた。ビートルズやローリングストーンズを皮切りに、つぎつぎと新しいコンセプトをもったグループが聴かれた。このあたりから、若者の表現手段は、文学から音楽にシフトを変えるとともに、当初「反抗文化」として自己主張していた若者文化そのものが、しだいに消費社会の中心的位置に移っていく。そして「音楽化社会」とも呼ぶべき状況が日本に成立することになる▼4。
一九七〇年代音楽の転回
六〇年代がシフト転換期だとすると、七〇年代は音楽の「サウンド志向」への転回期といっていいだろう▼5。
もちろん音楽はサウンドそのものである。しかし、ポピュラー音楽の場合、音楽はことばと密着していることが多かった。しかし、七〇年代の若者たちに支持された音楽は、そうした意味を喪失する方向に転回していき、そのかわりサウンド性(たとえばノリ)を強めていく。たとえば歌謡曲についてみれば、六〇年代までの心情告白型歌詞が、七〇年代の阿久悠の映像的歌詞によって心情的意味をうすめていく。また、六〇年代後半のプロテストソングの場合に重視された公共的なメッセージ性は、七〇年代前半にブームになった「四畳半フォーク」できわめて私生活的なものにかわっていく。このころ、ロックといえば洋楽であり、ロックは英語と決まっていたが、そのころ試みられていた「はっぴいえんど」の日本語ロックが、七〇年代後半ユーミンなどの「ニューミュージック」として開花し、一九七八年にデビューする「サザンオールスターズ」のごろあわせ的歌詞によって完成したとみていいだろう。同時にアレンジの技術も進み、ポピュラー音楽全体の「サウンド志向」が進行した▼6。
一九八○年代日本の音楽状況
〈近代〉という歴史的視野から徐々に焦点をしぼって音楽のあり方について考察してきたが、最後に、わたしたちがともに体験してきたこの十年あまりの音楽状況のいくつかの特質について概観することにしたい。とにかくこの十年あまり――ここでは一九八○年代としておく――に音楽をめぐって生じたことは多く、しかも多様である。複線的変化といってもよい。おそらくこのこと自体が、小川博司のいう「音楽化社会」あるいは「音楽する社会」たるゆえんであろうし、基調としての消費社会の成熟を物語っている。複線的変化のいくつかをひろってみよう。
(1)聴取スタイルの選択肢の拡大――一九七九年に発売された「ウォークマン」とカーステレオの普及と高級化によって、移動しながら選択的に音楽を楽しむことが容易になった▼7。他方で、環境音楽やサウンドスケープ[音の風景]のように、聴くのでなく空間を演出するための音楽も一般的なものになった。CDによって、レコードとはくらべものにならないくらい手軽にあつかえて、しかも高音質のメディアが登場し、またビデオやレーザーディスクによってヴィジュアルな楽しみ方ができるようになった。要するに、聴取の選択肢がぐんと広がったわけである。
(2)参加型音楽行動の増加――パッケージされた音楽をただ聴くのではなく、自分自身が歌い演奏することが格段にふえた。日本がピアノの生産世界一だというとおどろくかもしれないが、世界で年間に生産されるピアノの三割がヤマハとカワイによって生産されている▼8。また「カシオトーン」以後の電子キーボードもイージープレイによって、ピアノの弾けない中年男性を中心にブームになった。そして忘れてはならないのがカラオケブームとバンドブーム(イカ天ブーム)、そして年末恒例の「第九」合唱ブームである。これらさまざまな「プレイ志向」の具体化によって、もはや音楽は「聴く」ものから「する」ものになった▼9。
(3)広告音楽の展開――広告音楽の歴史は一九五一年の民間放送開始とともにはじまるが、当初は広告音楽と流行歌はまったく別の世界をつくっていた。それがしだいに融合し、七〇年代半ばに「イメージソング」として結晶した。つまり「CMソングからイメージソングヘ」という流れである。イメージソングは「ある企業や商品のコンセプトを表現しているが、企業名や商品名が歌詞の中に入っていない曲で、広告音楽として使用され、かつレコードとして市販されている曲」のこと▼10。一九七五年以来の資生堂とカネボウの化粧品広告キャンペーンから盛んになった。一時、歌謡曲のヒットのほとんどがイメージソングだったときもあったが、一九八五年あたりから下火になり、その後は多様化の方向にある。
(4)クラシックブーム――ひとつのピークは、なんといっても一九八七年にニッカのCFに映画「ディーバ」のイメージで出演したキャスリーン・バトルの爆発的人気だった。その前後からウィスキーや高級車のCFにクラシックがヨーロピアンな高級感を付加するのに用いられるようになっていた。なかにはブーニンのアイドル化など日本ならではの現象もあったが、むしろサントリーホールなどのクラシック専門ホールの誕生が、クラシックをオシャレなものに転換したとみることができる。おりしも円高による外タレラッシュで、クラシック界の大物やオペラの引越し公演がさかんにおこなわれた。他方、マニアのなかではマーラー・ブームやオペラ・ブーム、そしてオリジナル楽器演奏ブームがあるが、これにはCDやレーザーディスクなどのデジタル技術によって微妙な音色や演奏の再現が可能になったことが背景としてある▼11。
(5)メディアミックスによるアイドル現象――八〇年代はアイドル復権の時代といわれる。いわゆる「八二年組」のアイドルたち、「おニャン子クラブ」、ジャニーズ系アイドル集団など。かれらは歌手としてだけでなくミスコンやテレビドラマあるいはバラエティ番組・映画など複合的なメディアミックスによって成功した。そして重要なことだが、その過程のなかでアイドルはもはや歌手である必要がなくなってしまった。とりわけ「おニャン子クラブ」は、大量のアイドルを送りだしただけでなく、ヒットチャートを形骸化させ、フジテレビ以外の局への出演拒否と賞レース辞退によって各種歌謡番組と音楽祭を完全に権威失墜させた点で特筆すべき存在になった▼12。
(6)企業の文化戦略としての音楽――従来、新聞社の専売特許だった文化事業も近年になって「メセナ」(mecenat)として企業にもその重要性が認識されつつあるが、音楽については、サントリーホールや東急ブンカムラのように本格的なコンサートホールをつくったり、企業の名前を付したいわゆる「冠コンサート」、財団による振興事業などの形態がある。とくに音楽イベントはスポーツ・イベントとならんで、その広告効果が大きく、八○年代「冠」でない外タレコンサートを探すのに苦労するくらいだ。これは音楽イベントがねらった層にねらったタイミングで的確にアピールできる特質をもっているからである▼13。
さて、音楽化する社会の基本条件として吉井篤子は「先端技術とコマーシャリズムと感性」の三つをあげている▼14。三つの要素がいわば三位一体となって今日の音楽化社会を構成しているということだ。今世紀初頭ウェーバーの指摘した合理化の潮流は非合理的な感性を突出させながら、なおも進展しているように思われる。
▼1 テープ録音技術とステレオについては、細川周平、前掲書八六-一〇七ページ。グールドについてはかれ自身がいくつも文章を書いているが、その音楽史的評価については、渡辺裕、前掲書一三七-一四六ページ。グールドのメディア論は、つぎの本にまとめられている。ティム・ペイジ編、野水瑞穂訳『グレン・グールド著作集2パフォーマンスとメディア』(みすず書房一九九〇年)。とくに「レコーディングの将来」を参照されたい。
▼2 「青年文化」とも訳される。
▼3 稲増龍夫『アイドル工学』(筑摩書房一九八九年)七一ー七三ページによる。
▼4 小川博司『音楽する社会』(勁草書房一九八八年)三六ページ以下。
▼5 前掲書「2サウンド志向」。
▼6 以上、小川博司、前掲書による。
▼7 このふたつについてのくわしい分析として、細川周平『ウォータマンの修辞学』(朝日出版社一九八一年)。また、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)「2オーディオ・メカのミクロコスモス」。
▼8 桧山陸郎『楽器産業』(音楽之友社一九九〇年)二〇五ページ。
▼9 吉井篤子「現代人の音楽生活」林進・小川博司・吉井篤子『消費社会の広告と音楽――イメージ志向の感性文化』(有斐閣一九八四年)一六八-一七三ぺージ。
▼10 小川博司「イメージソング現象の分析」前掲書六〇ページ。なお、この本の「I広告音楽の展開」のなかで小川博司は広告音楽の歴史と分析について詳細に論じている。
▼11 長木征二「あなたはブーニンを覚えていますか?」『エイティーズ[八○年代全検証]――いま、何がおきているか』(河出書房新社一九九〇年)参照。くわしくは、渡辺裕、前掲書一七六ページ以下参照。
▼12 以上、高護・榊ひろと「おめでとう、さようなら」前掲書による。なお、アイドル現象については、稲増龍夫、前掲書と小川博司、前掲書が社会学的にくわしく分析している。
▼13 吉井篤子「企業の文化戦略としての音楽」林進・小川博司・吉井篤子、前掲書一八七-二二四ページ。
▼14 吉井篤子「現代人の音楽生活」前掲書一七七ページ。
増補
音楽社会学入門
文化研究が社会学の研究対象に浮上して久しい。けれども、マスコミ論や若者論の本をのぞくと、八〇年代までの社会学教科書で音楽に一章をさいたものはほとんどないはずである。しかし、現代文化を考える上で音楽を議論に乗せることはむしろふつうのことになっている。日本の社会学(者)がそれを不得意にしてきただけなのだ。
その意味では、長らく音楽社会学についてのやさしい入門書が待たれていた。九〇年代になってようやく、北川純子『音のうち・そと』(勁草書房一九九三年)が登場して、音楽社会学にも「最初に読んでほしい本」ができた。短いものだが、音楽社会学の歴史と理論が整理されている。この中で北川は、ハワード・ベッカー『アウトサイダーズ』村上直之訳(新泉社一九七八年)を音楽家集団の研究例として指摘しているが、なるほどこれも音楽社会学の研究対象である。それなら、D・サドナウ『鍵盤を駆ける手――社会学者による現象学的ジャズ・ピアノ入門』徳丸吉彦・村田公一・卜田隆嗣訳(新曜社一九九三年)も音楽社会学への重要な貢献といえよう。
本編の音楽文化論で私が構成の枠組みとして準拠した渡辺裕の聴衆論は、その後、増補版がでている[渡辺裕『聴衆の誕生――ポスト・モダン時代の音楽文化【新装増補】』(春秋社一九九六年)]。渡辺は最近、これまで音楽で使われてきた「機械」に着目して、渡辺裕『音楽機械劇場』(新書館一九九七年)を書いている。これは音楽メディアの社会史ともいうべきジャンルの存在を示唆するものであり、メディアをあえて「機械」と呼んでいるように、それらの多くは今日の視点から見るとあまり「あたりまえのメディア」らしくないのである。この分野の社会史的アプローチの可能性を感じさせる。
クラシック系にくらべてポップ系は研究伝統も浅く、オタク的な「好きもの分析」や評論はそこそこできても、社会学的な分析となると相当むずかしいように思う。未開拓のテーマや手法も多い。三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』(音楽之友社一九九〇年)は、高水準の研究に何が必要かを示唆してくれるアンソロジー。音楽学という括りの本だが、内容的には社会学への言及が随所に見られ、音楽社会学へ向かわざるをえない素材であることを感じさせる。
九〇年代日本の音楽状況
日本の音楽状況については、第一人者の小川博司が『メディア時代の音楽と社会』(音楽之友社一九九三年)を書いている。これは『音楽する社会』の続編で、八〇年代末から九〇年代初頭の音楽状況についての論考がおさめられている。
ポップ系では、宮台真司ほか『ポップ・コミュニケーション全書――カルトからカラオケまでニッポン「新」現象を解明する』(PARCO出版一九九二年)に、カラオケなどの研究がある。宮台真司・石原英樹・大塚明子『サブカルチャー神話解体――少女・音楽・マンガ・性の30年とコミュニケーションの現在』(パルコ出版一九九三年)の「音楽コミュニケーションの現在」の章にも詳細な調査に基づいた議論がある。ただし文化的蓄積のない若い世代には難解だろう。
八〇年代の音楽は、ヘッドフォンステレオやカラオケがハイファイ・オーディオの延長からではなく自動車文化の流れから出て一世を風靡したのを典型として、概して非音楽的要因が音楽文化を左右した。イメージソングによって非音楽系企業が音楽のメインストリームを構築したり、冠コンサートのように音楽活動をバックアップしたりするのも同様の傾向だったといえよう。
音楽文化の動きが「音楽の論理」なり「音楽の生理」によって動くのでなく、それ以外の外在的な要素によって動くというこの現代的傾向は、九〇年代になっても続いている。いや、むしろ加速しているといった方がいいかもしれない。
たとえば、CDミリオンセラー続出の新傾向がある。一九九一年に二曲の三百万枚突破シングルが出現して、一九九四年にはミリオンセラーが一気に十九曲も出現する。これはそれまでなかったことであり、しかも、かつてミリオンセラーともなれば社会現象になったのと対照的に、九〇年代は中高年がその曲やアーチストをほとんど知らないうちにミリオンセラーになり消えていく。つまり、若い層「だけに」集中してヒットしたのである。注目すべきは、そのほとんどの曲がテレビ局とのタイアップだったことだ。高度なマーケティング技術に基づいて企画され、テレビを主軸にキャンペーンされた音楽。このタイアップ依存は、音楽番組ですらなくテレビドラマという非音楽メディアが引っ張る形になっている。八〇年代はあきらかに音楽嗜好の多様化が見られたのに、九〇年代は逆に収縮しているというほかない。
それにしても、映像主体のキャンペーンがこれだけ功を奏するとなると、ターゲットにされている今の若者が「ほんとうに音楽が好きなのか」と疑問をもたざるをえない。携帯電話やPHSの普及によってカラオケやCDの売れ行きが落ちたというごく最近の傾向も考えあわせると、要するに「仲間」を自分につなぎ止める手段として音楽が利用されたにすぎないのではないかといえそうである。しかし、それを批判的に見る考え方自体もまた、音楽に対する態度のひとつにしかすぎないのであろう。
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4月 12017

社会学感覚14現代組織論

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社会学感覚
14 現代組織論
14-1 組織の原理としてのビューロクラシー
よそよそしい組織という経験
集団論であつかうのは「人と人とのつながり」だ。「つながり」といってもいろいろあって、しかも重なりあっているが、本書ではその代表的なものとして組織と家族について考え、これによって現代社会において避けることのできない「人と人とのつながりの〈多層性〉」に関する認識を深めていきたいと思う。
さて、最近のことだが、はじめて大病院の外来に行って、かねてからうわさに聞いていた「三時間待ち三分診療」なるものを体験した。その三時間のあいだ、つぎつぎに患者がさばかれていくのをみながら「ここはさながら工場だ」と思ったものだ。
ようやく順番がまわってきたとき、わたしの前に診療を受け終わったお年寄りの女性に中年の看護婦がテキパキと指示を与えていた。「これから○○へ行って△△検査をしてください。そして□□をもって××してください。それから……」その看護婦はじつにみごとによどみなく一気にいい終えると、くるっと背を向けて急いで診療室に戻ろうとした。わたしは弾丸のように確実なそのことばの連射に感心してしまった。さすがプロだなあ。しかし、つぎの瞬間、それまでじっと話を聞いていたお年寄りは「あの……」と、か細い声で看護婦を追った。そしてこういったのである。「このあとどうすれば……」と。
からだの不調に悩む老女と、患者の治療に貢献したいと願う看護婦――ふたりの女性が大病院外来という組織の構図におかれるとき、コミュニケーションはもののみごとに分断されてしまう。そして、わたしたちが日々経験する〈組織〉とは、じっさいこのようなことである。
わたしたちが保育園や幼稚園に入ったときから小中高大学(あるいは看護学校・専門学校)と、ほとんどの教育は学校組織のなかで経験される。そして、それらの教育が終わってからは、ほとんどの人が、やはりなんらかの組織(行政組織・企業組織など)のなかで働くことになる。組織労働の割合が増加の一途をたどっている今日、これは男性にとっても女性にとっても共通の経験といっていいだろう▼1。そして、老後や引退後は、福祉施設や病院などに関わることが多くなる。このように誕生から死まで、わたしたちは重要な場面を組織のなかで生きるのである。
つまり、現代都市社会においては、かつて家族や親族そして地域社会が担っていた位置を組織が占めるようになっている。したがって、組織について科学的に考えることは今や現代人の必須課題である。
しかし、わたしたちは組織について十分理解しているだろうか。たとえば、小中高校教育において主として学んできたのは「遅刻しない」とか「校則にしたがう」とか「教師や上級生を尊重する」といった〈組織への適応〉であって、そのさい組織そのものについては自明視されている。これは企業や施設についても同様で、通常そのような組織経験が教えてくれるのも結局〈組織への適応〉である。具体的な組織経験が組織そのものの考察にすすむことがあるのは、個人が管理する側になったときだけである。企業組織や経営に関するほとんどのビジネス書がもっぱら管理者の視点から書かれているのはその反映である。
その意味で、組織について科学的に考察することは、社会生活経験のこの主要舞台について、自分の具体的経験とは異なる視点から反省する契機となるはずで、明識を高めるためにもぜひ必要なことだと思う。
組織とはなにか
人と人とがつながりをもつ形式には、家族・親族・コミュニティ・組織・ネットワーク・交換などさまざまなものがある。組織はこうした〈つながり〉のひとつにすぎない。だから、人が集まればすぐ組織ができるのではない。人が集まってさしあたりできるのは「集団」(group)である。集団のなかで、とくにつぎのような特徴をもつものを「組織」(organization)と呼ぶ。
(1)特定の明確な目標をもつこと
(2)目標を実現するために、地位と役割の分化がすすんでいること
(3)その結果、非人格的な主体としてみなされること
第一に、明確な目標をもつことは、組織の存立基盤が、目標達成のための協働にあることを示している。組織とは目標達成のための協働の形式である。第二に、組織は役割のシステムである。組織を具体的に構成しているのは生身の人間であるが、組織の見地からみると、組織の直接の構成要素は役割であり、その凝固した形式としての地位である。第三に、組織は複合的な主体である。あえて「複合的」というのは、組織そのものが主体とみなされるだけでなく、組織内のさまざまな部署もまたそれなりの主体として存在するし、当然ひとりひとりの構成員も主体だからである。
集団一般にも役割と地位の分化はあるが、たぶんに不明確で曖昧かつ流動的で、しかも特定の個人と密着している。たとえば、集団の原初的段階の例として、こどもの遊び仲間を考えてもらえばいい。ここでも「リーダー」[ガキ大将]や「子分」や「お調子者」といった役割が自然発生的に分化してくる。しかし、そうした役割はひとりひとりの個性と密接に関連しており、しかも流動的である。それに対して、組織の方は、役割が人為的に編成され、地位として明確化・固定され、特定の人物と切り離されている。しかも、個人と役割-地位の関係は人事による任命という手続きを必要とし、徹底的に人為的・意図的である。こうなって、ようやく組織と呼ばれるものになる。組織というのは、だから程度概念であり――ここでジンメルのいい方を借りると――わたしたちは〈組織〉ではなく〈組織化〉について語るべきなのだ。
ビューロクラシーとはなにか
では、組織を形づくっている基本原理はなんだろうか。近代社会における、ありとあらゆる大規模組織に、程度の差はあれ、かならずみられる組織原理、すなわち行政機構・企業・労働組合・政党・医療機関・教育機関・宗教団体などを形づくるもの――それは「ビューロクラシー」[官僚制](bureaucracy)である。
マックス・ウェーバーの分析を参考にいくつかの特徴を列挙してみよう▼2。
(1)非人格性[即物性]――個人的感情や情緒などの非合理的な要素をいっさい排除する。
(2)専門人――その直接的な担い手は専門人であり、これは専門的な訓練を受けて事務処理をおこなう人間のこと。専門教育と登用試験がポイントとなる。
(3)規則・手続き・文書による処理――計算可能性が高く(予測しやすい)能率的・合理的である。
テーラー・システム
このようなビューロクラシーの原理は、二十世紀になって、さまざまな組織にもちこまれた。そのひとつの展開形態として位置づけておきたいのは「テーラー・システム」(Taylor system)である。これは工場組織の展開例である。
テーラー・システムは、工場内の工程のすべての手順を細かく分解し、最良の効率をみつけだして、だれもが――つまり熟練労働者でなくても――かんたんにできるように科学的かつ計画的にセッティングする「工場の哲学」であり「科学的管理法」である▼3。
支配の一形式としてのビューロクラシー
組織におかれた人間の行動は、管理者によって定められた規則に準拠したリジッドな役割行動となる。それは一種の非人格性を帯びる。近代組織特有のこの組織原理を今世紀初めにウェーバーは「官僚制的支配」と名づけた。それはもっとも合理的で計算可能性の高い能率的な〈支配〉である。〈支配〉といっても人びとを暴力的に屈服させることではない。それはなんらかの形で人びとの自発的服従がえられるチャンス[可能性]をさしている。つまり組織における役割行動とは一種の〈自発的服従〉なのである。近代組織の構造原理としてのビューロクラシーを〈支配〉の一形式とみたところにウェーバーの感覚の鋭敏さがあった▼4。
このような〈自発的服従〉がもっとも典型的に経験されるのは病院や学校のような〈施設〉である。とりわけ、監獄や入院病棟や老人ホームなど個人の生活を丸がかえでつつみこんでしまうような施設である。社会学ではこれを「全制的施設」(total institution)と呼んでいる▼5。このような施設に収容された者は、それまでのアイデンティティを根こそぎ剥ぎとられ全面的に管理される。「囚人らしさ」「患者らしさ」「老人らしさ」――押しつけがましい役割が個人を拘束する。それに対して個人は抵抗を試み、多くの者がやがて〈自発的服従〉にいたる。そして忘れてならないのは、管理する側もまた管理者として強く拘束されていることだ▼6。
極端な全制的施設とまでいかなくても、工場や学校や企業でも、組織には大なり小なり〈管理〉対〈自律〉の構図があらわれるものだ。組織には、協働してなにかを成し遂げるという側面とともに、他方で一部の人びとが他の人びとを支配するという側面をもっている。組織は人と人とをつなげる構造原理である。本来の主役はあくまで人間である。しかし、ひとたび組織が立ち上がると、今度は人がワキにまわることになる。人間とお金の関係のように、主体と媒介の関係が転倒してあらわれてくるわけである。すでに説明したように、これを「物象化」という▼7。
高度の物象化水準にある組織の場合、主体はもはや人間ではない。主体は物神化した組織形態すなわち〈法人〉であり、人びとは〈規律〉という匿名の支配代理人に〈自発的服従〉を強いられる。子どもは学校に、労働者は工場と企業に、病人は病院に、障害者は施設に、エリートは官庁に――あたかも社会全体がテーラー・システムを採用したひとつの工場であるかのように、人間が選別され、ふりわけられ、組織の断片としてそれぞれの生を生きる。
冒頭の大病院の外来にみられるように、そこで働く看護婦が組織の〈規律〉――たとえばテキパキと業務をこなし効率的に患者を誘導するといった組織の期待――に忠実であろうとすればするほど、〈規律〉の外部にいる老女とコミュニケートできなくなってしまう。それはまさに、ゆたかなコミュニケーションの世界がシステムの論理によって侵食されつつある光景なのである▼8。
ウェーバーはビューロクラシーの進行に悲観的だった。「ひとたび完全に実現されると、官僚制は最も打ち壊し難い社会組織の一つになる」とかれはみていた▼9。すでにふれた「意味喪失」である▼10。有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」論文の最後で、かれはつぎのことばを引いて警告している。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう▼11。」この警告は、抵抗を忘れた組織人の安住する現在の組織社会にじつによくあてはまる。
▼1 ちなみに、就労人口に占める組織労働の割合は、一九六〇年ごろはおよそ二分の一だったのが、一九八〇年には三分の二にふえている。とりわけ女性の労働現場が劇的に変化した。15-2参照。
▼2 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)。マックス・ウェーバー、阿閉吉男・脇圭平訳『官僚制』(恒星社厚生閣一九八七年)。ただし本書では三つのモメントに集約させた。
▼3 桜井哲夫『「近代」の意味――制度としての学校・工場』(NHKブックス一九八四年)第二章参照。また、辻勝次『仕事の社会学』(世界思想社一九八○年)IIIにくわしい解説がある。
▼4 「官僚制的支配」については、19-1参照。
▼5 E・ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム――施設被収容者の日常世界』(誠信書房一九八四年)。
▼6 前掲書。安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書房一九九〇年)。
▼7 2-4参照。
▼8 ハバーマスは近代社会においては〈システムの論理〉が〈生活世界の論理〉を侵食しているとし、その意味ではもはや階級闘争ではなく「生活世界の植民地化」への抵抗運動が要請されるという。ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケイション的行為の理論』(未来社一九八五-八七年)。7-1参照。
▼9 M・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の社会学I』(創文社一九六〇年)一一五ページ。
▼10 3-4参照。
▼11 マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年〉三六六ページ。なお、ここで「心情のない享楽人」と訳されている部分は、むしろ「信念のない享楽人」というべきだろう。
14-2 組織内集団のダイナミズム
インフォーマル・グループ
官僚制とテーラー・システムがこれほどまでに普及したのは、ひとえに合理的かつ能率的とされたからである。しかし、ほんとうに合理的かつ能率的かというと、ちょっと疑問だ。なぜか。それは、組織を具体的に担っているのが、ほかならぬ人間だからである。人間は機械ではない。組織が人間を歯車のように組みこもうとしても、人間はもっとずるがしこく、したたかである。
なんらかの目的を核にして人と人とがつながりをもち、フォーマルには組織系統図どおりに人びとが配置されていたとしても、人と人とのつながりは、現実にはさまざまなインフォーマルな集団となって、自然発生的なダイナミズムを組織内にもたらす。どんなに硬い組織であっても、いや、むしろ硬い組織であればかならず、そのなかにもうひとつのいわば「裏の組織」ができあがる。いいかえると、組織というものは、いつも二重三重に存在するものなのだ。それを「フォーマルな組織」(formal organization)に対して「インフォーマル・グループ」(informal group)という。
たとえば、学校や工場において生徒や労働者のあいだに自然に発生する、仲間意識によってつながれた集団は、往々にして組織のメンバーのモラール(morale)[志気・やる気]を強く左右し、形式上は合理化されているはずの組織を、非合理な〈感情の論理〉のダイナミズムに巻きこむ。
派閥・ネポティズム・共謀関係
組織内のもっとも典型的なインフォーマル・グループは「派閥」である。学閥をはじめ、主流派-反主流派-中立派といったものなど、大組織に派閥はつきものだ。かつてジンメルが「党派形成」として克明に分析したように、統一的な集団はしだいに党派に分かれ、やがて党派が他の党派との関係で動くようになり、はじめには対立の存在しなかった党派間に人為的に対立がつくりだされ、闘争が生じる▼1。
派閥とならんで問題となるのが「ネポティズム」(nepotism)である。ネポティズムとは、組織のなかで血縁関係にある者を特別あつかいすること。タレントやスポーツ選手や政治家の世界で「二世」が話題になる昨今だが、企業組織でもけっこう多いことは周知の通りである。
派閥にせよ、ネポティズムにせよ、日本の組織をみるかぎり、その実質的影響力は非常に大きいといわねばならない。その最たる例が自民党だろう。組織上の頂点にいる総裁よりも、ときとして派閥の長老の方が政策決定上の発言力が大きいとなると、組織系統図は手続き確保の機能しか果たしていないのではないかと疑いたくなる。その意味で自民党は良かれあしかれ日本社会の縮図にはちがいない▼2。
こうした組織内部のインフォーマルな人のつながりが組織の構造を複雑にしているわけだが、その一方で、組織外部のインフォーマルな人のつながりが組織の運営そのものを左右することがある。たとえば、フォーマルな組織としては対抗関係にあったり、あるいは〈監督する-される〉関係にあっても、それぞれのメンバーが実質的に共謀関係を構築して、独自の秩序をつくりだす場合がそれである。建設業界の「談合」は前者の典型例であり、監督省庁と業界の癒着は後者の例である。
一九六〇年代から七〇年代にかけて続発した大型薬害事件――サリドマイド・スモン・クロロキン事件など――は、まさに厚生省官僚と製薬業界のインフォーマルな共謀関係が直接の原因となって生じたものだった。「天下り」が法的には禁止されているにもかかわらず、「柔軟に」運用されることによって、大量の高級官僚が関係業界に再就職し、監督官庁と業界をつないでいる。高級官僚は在職中から再就職を意識して強力な監督指導ができない構造になっている▼3。一九九一年、日本の経済界をゆるがしている一連の証券業界・銀行業界の不法行為もこの文脈でとらえることができる。
さて、これまでのべてきたフォーマル-インフォーマルな人のつながりが二重三重に組織を侵食するとき、その内部にいる個人の行動もまた多層的に規定されることになる。一方では「会社人間」あるいは「ワーカホリック」がいる。いまや日本企業の文化となった感のある「サービス残業」や有給休暇の未消化などは、労働者としての当然の権利をかれらが〈自発的に〉放棄せざるをえない状況を物語っている。他方、ひとたび転勤拒否や内部告発などに関わって、離脱や抵抗の態度を表面化させてしまうと、フォーマル-インフォーマルにわたってすさまじい制裁が待っている▼4。
フォーマルには、賃金カット・クビ・左遷・配置転換などがあり、日常的にはそれらはすべて人事考課となって露骨にあらわれる▼5。インフォーマルには、仲間はずれ、いやがらせ・嘲笑・いじめなどの制裁がある▼6。インフォーマル・グループの場合、インフォーマルな掟・暗黙の了解・先例の尊重などの規則そのものがみえにくいだけに、外部者(管理者もふくめて)に気づかれることは少ない。
準拠集団(リファレンス・グループ)
たとえば職場のなかで、あるいは学校のなかで、あるいは病院のなかで、個人が出会う集団は主として二種類ある。「フォーマルな組織」と「インフォーマル・グループ」である。これらは集団のありようからいえば、まったく性質の異なるものだが、じつは共通点もある。それは、いずれも個人が所属している集団であるということだ。両者をまとめて「所属集団」(membership group)という。
たとえば、自分が生まれ育った家族や現在働いている職場やサークルなどの仲間集団のように、自分が所属している集団に、人は、自分を関連づけ、一体化し、一定の態度をつくりあげることが多い。このような働きをもつ集団を「準拠集団」(reference group)という。
なぜ、わざわざ所属集団と準拠集団を概念的に仕分けるかというと、単純な社会では所属集団がそのまま準拠集団になるのだが、現代社会ではかならずしも所属集団が準拠集団になるとはかぎらないからである。職場に即していえば、上昇志向の強い人はフォーマルな組織あるいは管理職たちのインフォーマル・グループを準拠集団にするかもしれないし、無関心派はまったく別の組織や集団を準拠集団にしているかもしれない。ある組織・ある集団に所属しているからといって、現代人は所属していない集団を準拠集団としうるのだ。「いろいろ」というのが現代社会の特徴である。
▼1 5-3参照。
▼2 この点については、居安正『自民党――この不思議な政党』(講談社現代新書一九八四年)。
▼3 22-2参照。
▼4 「制裁」のことを「サンクション」(sanction)という。ただし「サンクション」は否定的なことだけではなく、報償や名誉のような肯定的な報いの両面をふくむ広い概念である。
▼5 熊沢誠『日本的経営の明暗』(筑摩書房一九八九年)「II査定される従業員――人事考課の論理と作用」参照。
▼6 熊沢誠、前掲書「I労務管理の惰力――〈東芝府中人権裁判〉分析」参照。
14-3 組織文化と日本的集団主義
日本的経営
コンティンジェンシー理論によると、組織がうまく機能するかどうかは環境との適合関係しだいだという▼1。「組織の時代」ともいわれる二十世紀――資本主義もファシズムも社会主義も、いずれも組織の巨大化と物神性に支えられていた。まずファシズムがやぶれ、つぎに社会主義がやぶれていったその歴史は、結局環境に適応できなかった組織が淘汰された過程でもある。この世界史的な淘汰の過程で最終的に生き残りつつあるのが日本の企業組織であることはいうまでもない。そこで世界的に注目され、かつまた日本の経営者たちが自画自賛するのが、いわゆる「日本的経営」(Japanese-style management)である。
「日本的経営」とは、日本の伝統的な企業経営のスタイルのことだ。尾高邦雄によると、それは以下のような人事労務慣行の体系を内蔵している▼2。
(1)終身雇用の慣行
(2)丸抱え的な一括採用
(3)平均的な会社人間をつくる定型訓練
(4)ジェネラリストを育成する職場遍歴
(5)年功による処遇と地位の序列
(6)競争の抑制と人の和の尊重
(7)稟議(りんぎ)制度
(8)おみこし経営と集団責任体制
(9)権威主義的であるとともに民主的、参画的な組織
(10)私生活にまで及ぶ従業員福祉への温情主義的配慮
江戸時代中期の商家からはじまった伝統的な人事労務慣行が近代組織にもちこまれ、しだいに修正され、戦後完成したものだが、これが企業組織をメンバーにとっての一種の運命共同体――かつての「家」や「村」のような――にしていくことこなる。その結果、雇用の安定性・人事の柔軟性・従業員の会社一体感の育成といったメリットを生むとともに、(1)従業員の依頼心の助長と自主創造の精神の抑制(2)雇用における差別待遇と自由な横断的労働市場形成への障害(3)エスカレーター・システムの弊害と中高年齢層人事の停滞(4)従業員の働く喜びと働きがいの喪失といったデメリットも同時にもたらしてきた▼3。
日本的経営の本質としての集団主義文化
いまだに自画自賛的「日本的経営」神話がマスコミの世界や経済界で生きているのがふしぎなくらいである。それにしても、第一に海外進出した日本企業があいついで「日本的経営」を現地に〈適用〉しようとして逆に〈適応〉をよぎなくされている事実▼4、第二に「日本的経営」は一部の大企業の正社員だけにあてはまるもので、中小企業の社員や大企業の非常勤・パータイム労働者などにはあてはまらないことに留意すると、「日本的経営」を普遍的なことと考えることはできない。むしろそれを支えている文化的な価値観に着目すべきだろう。すなわち、企業をはじめとする日本の組織は一貫して集団主義的文化――いわゆる「日本的集団主義」――をもっている。
たとえば、稟議制度ひとつとっても、その真の機能は別のところにあるように思われる。稟議制度とは、末端か中間の職員が稟議書を起案し、それを関係部署にまわし上位者の決裁をえるという手続きのことだ。一見民主的かつ草の根的にみえるが、じっさいには起案者は上層部の意向を受けて作文を担当するにすぎないことが多い。結局責任の所在のはっきりしない集団主義的な意思決定のしくみとなってしまっている。それがいいか悪いかは場合によってちがってくる▼5。さしあたり重要なのは日本の組織がこのような集団主義的な意志決定の仕方をあたりまえのように意味あることとしてきたことだ。このように「日本的経営」の本質は、日本の組織に根強く存在している集団主義的な組織文化にある。
日本的集団主義の特質
「集団主義」とは、集団や組織を自分たちの運命共同体としてとらえ、その全体的秩序の存続と繁栄を、内部の個人の能力発揮や個人的欲求の充足よりも重要視する態度のことである▼7。
一言でいえば〈全体優先〉ということになるが、全体主義とちがうところは、所属集団を優先することを媒介にして自分たちの欲求を充たしていくという発想が強いことだ。濱口恵俊によると、「日本的『集団主義』とは、各成員が仕事をする上で互いに職分を超えて協力し合い、そのことを通して、組織目標の達成をはかると同時に、自己の生活上の欲求を満たし、集団レベルでの福祉を確保しようとする姿勢を指していよう。そこでは『個人』と『集団』との相利共生(symbiosis)が目指され、かつ成員間での協調性(人の和)が重視される▼8。」
企業にかぎらず日本のあらゆる組織の基調に流れてきたのは、こうした集団主義だったと考えていいだろう。たとえば、「でる杭は打たれる」――最近は「でる杭はひっこぬかれる」ともいわれる――傾向もこの線でとらえることができるし、また、契約型の欧米組織に対して日本の組織は所属型だといわれるのも、その一環である▼9。前節で確認したように、フォーマルな組織よりインフォーマル・グループの方が実質的な運営能力をもっていることも同様である。
「CI」(コーポレイト・アイデンティティ)や「企業文化」がさかんに叫ばれている昨今だが、じっさいの組織文化は以上のようなところに根をもっていることを忘れてはならない▼10。
▼1 コンティンジェンシー理論については、加護野忠男「コンティンジェンシー理論」安田三郎・塩原勉・富永健一・吉田民人編『基礎社会学第III巻社会集団』(東洋経済新報社一九八一年)。
▼2 尾高邦雄『日本的経営――その神話と現実』(中公新書一九八四年)一一四-一一五ページ。便宜上、番号をふった。
▼3 前掲書、第一○章・一一章。とくに日本的経営の実質については、熊沢誠、前掲書を参照されたい。
▼4 前掲書。
▼5 稟議制度を肯定的にとらえたものとして、山田雄一『稟議と根回し――日本の組織風土』(講談社現代新書一九八五年)。否定的にとらえたものとして、加藤秀俊『人生にとって組織とはなにか』(中公新書一九九〇年)。後者は稟議制度を「忖度(そんたく)の論理」の一例としてとりあげている。「忖度」とは「他人の気持ちや願望を推量して、それにあわせて行動すること」である。一四三ぺージ-一四九ページ。また間宏によると、企業の変動期にはトップ・ダウン方式、安定期には稟議制度のようなボトム・アップ方式が多用されるという。また後者は企業情報の漏洩の可能性があることも指摘している。間宏『経営社会学――現代企業の理解のために』(有斐閣一九八九年〉一五九-一六〇ページ。
▼6 尾高邦雄、前掲書。濱ロ恵俊・公文俊平編『日本的集団主義一その真価を問う』(有斐閣選書一九八二年)。
▼7 尾高邦雄、前掲書六〇ページによる。
▼8 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼9 濱口恵俊・公文俊平編、前掲書一七ページ。
▼10 「日本型組織」の原型を「家元制度」に求め、詳細に論じたものとして、浜口恵俊『「日本らしさ」の再発見』(講談社学術文庫一九八八年)がある。このなかで浜口は、巷にあふれた粗雑な日本人論と一線を画した、緻密な議論を展開している。
14-4 組織の犯罪と集合的無責任
組織体犯罪
この「組織の時代」にあって個人が個人としてできることはたかが知れている。悪いことだって個人が犯す分には限界がある。しかし、組織人がその正当な職務として遂行することのなかには、とてつもない〈犯罪〉が存在することがある。いわゆる「企業犯罪」である。
しかし、一口に「犯罪」といっても、現行刑法では「犯罪」はあくまで個人が犯すものとされていて、法人という主体を想定していないから、組織そのものは刑法上の犯罪に問われにくい。そこで社会学では「企業逸脱」と呼んでいる。この場合の「逸脱」とは、人びとがそれを非難するような行為のことであり、あくまで相対的なものである▼1。また、企業以外の組織もふくめて「組織体犯罪」という呼び方もある。こちらの方は、暴力団などの「組織犯罪」とちがって、合法的な組織がその活動のなかでひきおこす不法行為あるいは法侵犯をいう▼2。
さきほど少しふれた薬害問題は、いずれも被害者になんの落ち度もなく、他方の製薬会社や国[厚生省]などの加害者・監督側には、事前に回避できる能力とチャンスがあり、意図的あるいは慣行的にそれをしなかったために、数多くの人が犠牲者となった。たとえば、スモン[キノホルム]事件では一万一千人以上の人が重度におよぶ障害を負わされた。傷害事件としてみると、これはたいへんな犯罪だと思うが、その結果を招いた人びとはいずれおとらぬエリートばかりである。しかも、かれらは組織の職務としてそれを遂行したのであって、とくに個人の利益を望んだのではない▼3。その意味では、組織が行為主体なのである。
ところが、トップ・ダウン方式のアメリカと異なり、日本の場合は稟議制・根まわし・暗黙の了解といった一連の組織文化が意思決定上の責任をぼかす機能を果たしているために、犯罪であることが確定しても、罪は末端の現場責任者に帰せられてしまって、上層部に波及しないことが多い。結局、中間管理職や末端の構成員だけが悪いクジをひくことになる。その意味では、組織そのものがひとつの責任の主体として法的に裁かれるような法体系が整備されるべきだろう。
集合的無責任の生成――旧国鉄組織の場合
しかし、その一方で、組織を行為主体とみなすことには落とし穴があることも忘れてはならない。それは組織をひとつのブラックボックスにみてしまう危険性である。組織の犯罪が明るみにでたさいにマスコミがよくやる一方的非難は、たしかに正義ではあるかもしれないが、それも一種の組織の物神化である。組織内の複雑な意思決定システムを分析的にみていかなければ、特定の組織を百万回バッシングしても、企業逸脱・組織体犯罪はなくならないだろう。
船橋晴俊は名古屋を中心とする新幹線公害問題の研究のなかで、深刻な被害が生じているにもかかわらず、なぜ国鉄・政府・国会・裁判所が問題を長期間にわたって放置しているのかを組織社会学的に分析している。ここでは旧国鉄についてみてみよう▼4。
もっとも下層の三つの部署すなわち岐阜工事局新幹線環境対策室・新幹線総局名古屋環境管理室・新幹線総局名古屋電気所は被害住民との直接的接触の頻繁な部署だが、これらはいずれもきわめて限定された権限しかもたされていないため、本社の基本方針にそって実務をおこなうのみである。たとえば新幹線総局名古屋電気所はテレビ障害問題を担当していたが、その誠意は住民にも高く評価されたという。しかし、その誠意ある全面解決はもともと受信障害問題に限定されている。
では、中層にあたる環境保全部と法務課はどうか。環境保全部は公害問題解決のための政策立案を担当する中心主体的部局である。しかし、その任務は低いコストで紛争を鎮静化させることにあるために、余分なコストを使用してまで住民本位にイニシアティブを発揮することはない。また法務課は「法廷でいかにしたら自分たちが負けないか」との狭い問題設定の範囲でしか行動しない。
では、上層の主体である総裁と理事会はどうか。トップレベルにあるとはいえ、多数の重要問題の処理に忙殺され、よほどの緊急性のないかぎり結局ミドルレベルの部局の意思決定を形式的に追認する構造になっている。
このように、国鉄組織内部の意思決定のメカニズムにおいて、減速・地下化・大幅な緩衝地帯という根本的対策をイニシアティブをもって推進する主体が閉塞してしまっているのである。その結果として、国鉄の「冷淡さ」「消極性」「硬直性」「問題解決能力の低さ」が生成してくるというわけだ。国鉄なる主体が明確な意思をもって住民運動をはねつけているのではなく、「累積された事なかれ主義」の結果なのである。
このように巨大組織では(1)各部署の権限に限界があるために権限外およびボーダーライン上のことに対しては消極的になり、(2)個人の保身や個々の部署の利害を守るためにマクロな革新をきらう傾向が強い。また(3)上層部は巨大な権限をもつが、情報処理能力の限界があるため、個々の細目については中層部が実質的に決定することになる。しかし中層部にとってマクロな革新は荷が重すぎるとしてイニシアティブはとらない。したがって、(4)制度上の革新や政策形成の決断は、組織にとってかなりの緊急性が生じたときにかぎられる。この「緊急性」はあくまで組織にとっての緊急性であって、住民運動やマスコミなどが世論や監督官庁を大きく動かし、組織の存立の危機と認識されたときにかぎられてしまう。
船橋晴俊の以上の分析から、旧国鉄において「集合的無責任」が醸しだされるメカニズムがみえてくる。今日もっぱら企業経営の視点でのみ語られることの多い組織論であるが、このあたりの問題の分析こそ、これからの組織論――社会学では組織社会学と呼ぶ――の課題ではなかろうか。
▼1宝月誠編『薬害の社会学――薬と人間のアイロニー』(世界思想社一九八六年)。くわしくは22-2参照。
▼2 「法侵犯」という概念については、板倉宏『現代型犯罪と刑法の論点』(学陽書房一九九〇年)。
▼3 宝月誠編、前掲書。
▼4 以下は、船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美『新幹線公害――高速文明の社会問題』(有斐閣一九八五年)「IV国鉄はなぜ問題を放置しているのか」を要約したものである。
14-5 ネットワークと自己組織性
ネットワーク組織論
融通がきかず個人や小グループの自発性をそこないがちな従来の制度化された大組織のあり方に多くの人びとが疑問をもち、新しい「もうひとつの」(オルターナティヴ)組織のありようを模索している。
たとえば、ヴェンチャー企業が従来型の硬い官僚制的組織をとっていたのでは、つぎつぎに新たな経営環境をつくりだすことなどできないだろう。また、市民運動や「新しい社会運動」と呼ばれる一連の運動組織において、ひとりひとりの個人の、主体的参加を望めないような組織では、従来の労働組合の前衛指導型運動がたどった道へいたることは目にみえている。いずれにせよ、変革主体の創造性とダイナミズムを生かしながら実効性をもつ新しい組織原理が求められている。
こうした組織構想のなかで近年さかんに注目されているのが、「ネットワーク組織論」である▼1。
今井賢一・金子郁容によると、ネットワーク組織論のかなめは〈場面情報の重視による関係形成〉にある。「場面情報」とは、現場にかかわっている当事者だけがもちうる〈動いている情報〉のことだ。これを重視することによって、むしろ他の領域への適用可能性が高まって新しい連結が生まれるというのである。「神は細部に宿る」の論理である。従来の官僚制型組織は場面情報を主観的なものとして軽視して中央の抽象的な情報を中心に運営されてきた。社会主義経済の非効率性もここに原因がある。これらに対して、ネットワーク組織は、個人の全人格的な活動によって――つまり歯車としての個人ではなく――自発的なつながりを形成し、自他の境界の引きなおしをふくむ自己更新をおこない、多様なコンテクストをつくりだす〈解釈システムとしての組織〉をめざしている。
ここにあるのは、明確な目標をもち、ハイアラーキーに編成されたポジション群に配置された個人の役割行動によって、それを効率的に遂行するといった、おなじみのあの組織ではなく、個人が自発的かつ自律的に活動することによって結果的にあらわれるような〈ネットワーク多様体〉である▼2。
自己組織性
アンチ・ハイアラーキーでありアンチ・コントロールを意識したネットワークの組織のような新しい組織原理は〈自己組織性〉(self-organity)である。これは、環境に決定されるのでもなく、環境に適応するのでもなく、「自己が自己のメカニズムに依拠して自己を変化させること」である▼3。
もう少しくわしく説明しよう。組織についての考え方は、ほぼ三つの段階に分けることができる。第一に「機械モデル」の段階。ビューロクラシーの理念型はほぼこれに対応する。あらかじめ指定したことは確実にできるけれども、そうでないことにはまったく対処できないような融通のきかない機械のイメージである。つぎにでてきたのは「環境適応モデル」。はじめにプログラムした環境がいつまでもつづくわけがない。そこで、まわりの環境にあわせて組織そのものが変わっていく、そういう融通のきく組織のあり方である。日本の大企業は今日おおむね環境適応型といっていいだろう。また、コンティンジェンシー理論も基本的に環境適応を重視する理論である。それに対して「自己組織モデル」は、環境という外部要因によって組織が変容してゆくのではなく、組織内部の自生的要因によって組織そのものが変容してゆくというイメージだ。
〈自己組織性〉原理が巨大な現代組織をどこまで脱構築できるか――組織論の構想力が試されるのはこれからである▼4。
▼1 今井賢一・金子郁容『ネットワーク組織論』(岩波書店一九八八年)。
▼2 以上、前掲書による。
▼3 今田高俊『モダンの脱構築――産業社会のゆくえ』(中公新書一九八七年)五五ページ以下。
▼4 本章は既発表の「社会学からみた”組織”ア・ラ・カルト」『第三文明』一九九一年一〇月号を改稿したものである。
増補
組織社会学の概説書
社会学の組織論がどのような問題に関心を寄せ、どのように解こうとするのかを知りたいときには、宮本孝二・森下伸也・君塚大学編『組織とネットワークの社会学』(新曜社一九九四年)が適当だろう。若手社会学者が恩師の定年退官を記念して編んだ論文集だが、現代組織論の入門書としても使えるよう編集されている。
日本の組織
九〇年代になって、戦後の日本社会をリードしてきた官僚組織や企業組織の反社会的行動の問題がクローズアップされている。とくに検察が組織のトップクラスの人物を逮捕し始めたことによって、慣行として放置されてきた巨大組織の反社会的行動が社会問題化した。すでに本編において「ビューロクラシー」「インフォーマル・グループ」「日本的集団主義」「集合的無責任」といった概念を使用して重点的に説明しておいたが、その後、多くの文献が刊行されているので紹介しておこう。
まず、日本の企業社会のあり方を「法人資本主義」ととらえ、人びとの「会社本位主義」を批判的に分析する奥村宏の一連の仕事が重要である。奥村宏『[改訂版]法人資本主義――[会社本位]の体系』(朝日文庫一九九一年)。これに先行する仕事として、奥村宏『新版 法人資本主義の構造』(現代教養文庫一九九一年)がある。これらの続編が、奥村宏『会社本位主義は崩れるか』(岩波新書一九九二年)。現代教養文庫には奥村の著作をはじめとして多くの日本企業論がある。
新しい研究ではないものの、日本の企業組織を議論する上で欠かすことのできない研究の翻訳として、ロナルド・P・ドーア『イギリスの工場・日本の工場――労使関係の比較社会学(上・下)』山之内靖・永易浩一訳(ちくま学芸文庫一九九三年)が文庫化された。「一九九〇年版へのあとがき」が加えられている。
近年の企業犯罪については、神山敏雄『会社「性悪説」――会社犯罪の生け贄にならないために』(光文社一九九七年)が事例をよく整理している。新しい本だが、残念ながら刊行後にも次々に事例となる事件が増えている。
この種の議論は従来「建前論」と見なされることが多かったが、海外の読者のために日本の組織構造を解説した、カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本/権力構造の謎(上・下)』篠原勝訳(ハヤカワ文庫一九九四年)と、日本人読者のために書き下ろされた、カレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)が大きな社会的注目を浴びたことで様子が変わった。社会学的には「荒削りな内容」と見る評価があるかもしれないが、本来は日本の社会学者が書いてしかるべき内容ではなかったかと思う。
ちなみにウォルフレン自身は社会学に対して批判的であり、みずからをジャーナリストであり政治理論家と規定している。ただし、かれが批判する「社会学者」とは村上泰亮や舛添要一のことであって、いささか筋違いの感もある[カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本の知識人へ』西岡公・篠原勝・中村保男訳(窓社一九九五年)]。なお、この点については矢澤修次郎が問題にしている[関曠野編『ウォルフレンを読む』(窓社一九九六年)]。
ウォルフレンの批判の矛先は、とくに中央官庁の官僚に向けられていたが、九〇年代にあいついだ社会問題の過程で厚生省・大蔵省・建設省・農林水産省などの反社会的な行為や不作為が表面化し、じっさい収賄容疑などで高級官僚の逮捕などがあり、日本の官僚組織のあり方が政治的イシューになっている。これはたんに永田町と霞ヶ関の問題ではなく、猪瀬直樹『日本国の研究』(文藝春秋社一九九七年)の指摘するように、虎ノ門に集中している特殊法人にまで注意を向ける必要がある。
社会学的にこれらの問題をどう捉え直すかという問題が残されているが、その選択肢のひとつは「ホワイトカラーの犯罪」という古典的な概念に立ち戻ることであろう。ヒントを与えてくれる社会学書として、ジェームス・コールマン『犯罪エリート』板倉宏監訳(シュプリンガー東京一九九六年)がある。
談合については、社会学ではないけれども、武田晴人『談合の経済学』(集英社一九九四年)が日本的調整システムの歴史と機能について詳細に論じているので、「談合の社会学」を考える上で参考になる。株の損失補填問題や総会屋への利益供与事件もそうであるが、こういう問題をたんに社会的公正の視点から批判するだけでなく、その社会的機能と逆機能を歴史的に検証し、その上で対抗構想を練るべきであろう。図書館の経営学や経済学の棚をさらってみるとわかるように、この種の分析は相当に手薄である。組織社会学や産業社会学の可能性は大きいと思う。
「もんじゅ」と動燃の組織問題
一九九五年十二月八日高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故が発生した。高速増殖炉は夢のようなエネルギー装置として推進されてきた巨大プロジェクトだが、かねてより指摘されてきたように、ナトリウムのとりあつかいがむずかしく、この分野の先進国においても断念する国が相次いでいただけに、起こるべき事故が起きたといえる。十二月二十一日、動燃は科学技術庁の立ち入り検査を受けた。これは動燃がナトリウム漏れ事故の肝心な映像をはぶいて編集した映像資料しか提出しなかったための措置だった。動燃では日常的に「事故」を「事象」と呼び換える点をはじめとして、現場の当事者たちが、情報公開の理念とはまったく異なるコンセプトで動いていることが明白になった。この一連のプロセスについては、読売新聞科学部『ドキュメント「もんじゅ」事故』(ミオシン出版一九九六年)が詳しい。
システムの信頼
原発問題が示しているのは一種の「システムの信頼」問題である。今回の事件のように、動燃側が「誤解を与える」との理由でいともかんたんに情報の操作的提示をしてしまうと、もっともゆらぐのが「信頼」。この種の事件では、当事者や利害関係者が「騒ぎすぎ」と感じることが多かったようだが、それでは、現代社会において「信頼」がいかに重要な構成要件であるかの社会学的認識が欠けているといわざるをえない。薬害エイズ事件についても同様である。  問題を抽象化しすぎて捉えているとの疑念を抱かれるのを覚悟して(社会学者はしばしばそう批判されることがある)次の本を掲げておこう。ニクラス・ルーマン『信頼――社会的な複雑性の縮減』大庭健・正村俊之訳(勁草書房一九九〇年)。「信頼」については次の本の方がわかりやすいかもしれない。アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)。
情報開示と信頼
最後に、情報公開の問題について一言。情報というのは、ふたつの性質をもっている。ひとつは一部の人たちに独占されやすいということ、もうひとつは操作されやすいということだ。  それがたいせつな情報や知識であればあるほど、それは権力や権限をもつ人のところに集中していく。その人たちが、たとえ情報を独占するつもりがなくても、その人たちがあえて公開しようとしないかぎり、その情報や知識は独占されてしまうことになって、一般の市民には隠されてしまう。しかも、情報は操作するのがかんたんだ。もんじゅの事故を「比較的小さな事象」ということは、それ自体うそではないにしても、すでに評価をくわえて加工されてしまっている。まして、映像資料の場合はその一部だけを公表することによって、たやすく人びとの印象を操作できる。映像は一般に客観的とみなされるので、それがある瞬間のある場面を意識的にきりとったものであるという点であくまでも主観的なものであることが忘れられやすいからである。
要するに、情報というのはあえて公開する意志がないと、いともかんたんに独占され操作されてしまう。つまり、それを知った人が何もしないかぎり、結果的にそうなってしまう。ここがきちんとわかっていない組織がこの日本には多すぎる。「事なかれ」では情報公開は実現しない。組織の中の人が、民主的な社会に生きる市民として「公開への意志」をもって組織内で自律的に行動することが、情報公開を実現するわけで、それが結果的に組織に対する「信頼」を生むことになるのではないか。
ネットワーク分析
本編では新しい組織原理としてネットワーク組織の可能性にふれたが、それとは別に「ネットワーク」概念を駆使して集団や組織における行為を分析する新しい社会学的分析方法が注目されている。それがネットワーク分析である。ネットワーク分析は、行為者間の関係構造をネットワークと捉えて、それを主に数理的に処理して関係構造を分析する手法である。安田雪『ネットワーク分析――何が行為を決定するか』(新曜社一九九七年)が刊行されて、入門者にも近づきやすくなった。これを読むと、ネットワーク分析がかなり汎用性の高い分析方法であることがわかる。
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4月 12017

社会学感覚11 マス・コミュニケーション論

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社会学感覚
11 マス・コミュニケーション論
11-1 コミュニケーション・メディア
メディアとはなにか
コミュニケーションにはなんらかのメディアが不可欠である。メディア(media)は「媒介するもの」の意味で「媒体」と訳される。
たとえば、対話においては話しことばが主要なメディアであり、ノンヴァーバルな側面に注目すると、人間の身体がコミュニケーションのメディアである。しかし、現代人は自分の身体をメディアとしてのみコミュニケートするわけではない。さまざまな人工的・技術的な手段を媒介にして複雑なコミュニケーションを展開する。それはたとえば楽器であり新聞であり雑誌でありテレビでありラジオであり電話でありマンガや写真やパソコン通信であったりする。
これらのメディアはそれぞれ独自の特性をもっており、それがコミュニケーションの内容を規定する。たとえば、同じ友人との対話でも、喫茶店でのおしゃべりと深夜の電話でのおしゃべりがおのずとちがったものになるように、また大学教授の講義が同じ教授の書いたテキストとは相当異なる印象をあたえるように、メディア特性という「形式」がしばしばコミュニケーションの「内容」を規定する。その意味で、マーシャル・マクルーハンのいうように「メディアはメッセージ」なのである▼1。
メディア特性
いくつかの代表的なコミュニケーション・メディアの特性をおもに日本のメディア状況のなかで概観してみよう▼2。
(1)書籍――グーテンベルクの発明した印刷技術にもとづく活字メディア。基本的に多品種・少生産であり、それが受容される過程である読書行為[多くは黙読]」はプライベートにおこなわれる。「読書とは、文字から読み取る意味を読者がイメージとして具体化し、そのイメージに自ら反応する行為」である▼3。したがって読者には一定のリテラシー[知識や想像力や能動性]が要求される一方、内容は一般的なものからごく特殊なもの・高度なものまで乗せることができる。
(2)新聞――定期的[毎日]かつ大量に提供され、世論形成と密接な関係をもつ公共性の高い活字メディア。もともと党派性・政治性の強いメディアであったが、商業性との関連で現在は「客観報道主義」を掲げる。一般に信頼性[メディアとしての権威]は高い。一種の情報パッケージとして、いつでも接触できる。経済性にすぐれ、宅配制によって確実に読者に到達する。また、ななめ読みや見出しの効果によって短時間に内容を把握できる一覧性にもすぐれている。広告以外のすべての紙面が原則的にジャーナリズムを目的とする。
(3)映画――コンサートのように観覧の時間と空間が限定され、劇場で集合的かつ集中的に鑑賞される映像メディア。その意味で非日常性をともなう。芸術性・訴求力にすぐれるが、テレビやビデオといったメディアに乗せられた場合は「日常化」をまぬかれない。
(4)ラジオ――かつての高い公共的性格が弱まりプライベートな性格を強めつつある放送メディア。純粋に音声だけなので仕事場や自動車・若者の個室などで〈ながら〉的に聴取されることが多い。目下多局化が進行中のFMは、高い音質によって音楽文化の成熟と密接に連動している。
(5)テレビ――日本では「視聴率一パーセント百万人」といわれるほど多数の受け手が存在する放送メディア。高度な技術と資本が必要で、しかも国家による統制が強い。日本人のメディア接触率のトップ。視聴についての特殊なリテラシーを要求されない。視聴覚を駆使し反復することによって視聴者に強いインパクトをあたえることが可能。速報性と臨場性にすぐれる。
(6)電話――音声による日常的な双方向メディア。もっぱら音声によるために、電話コミュニケーションはどちらかがかならずしゃべっていなければならない。これは掟のようなもので、その点で電話は「一瞬たりとも沈黙を許さないメディア▼4」である。また日常的な実用的双方向メディアという点で、今後のコミュニケーションのあり方を考える上でもっとも重視すべきモデルは、新聞でもテレビでもなく、おそらく電話だと思われる。というのも、一九八五年の電電公社の民営化による電気通信の自由化によって本格的な「ニューメディア」時代が到来し、双方向コミュニケーションが身近になったからである。
(7)情報通信ネットワーク――すでに企業組織などの中間的コミュニケーションにおいて重要な役割を担っている電子通信メディア。本質的に双方向的であり、事実上〈送り手-受け手〉図式は妥当しない。〈ホスト-端末〉というべきか。当然「コンピュータ」と「情報」がこのメディアのキーワードとなる▼5。
メディア特性というものはもともと歴史的なものであり、ハードウェアによって一義的に決まるわけではない。他のメディアとの関係もそのメディア特性を規定することを忘れてはならない。たとえば、ラジオがプライベートなメディアとしての特性をもちはじめたのはテレビの普及のためだった▼6。そして現在では今度はテレビがビデオソフト・テレビゲーム・CATVなどによってブラウン管を占領されつつあり、テレビ局の用意した既成の番組を一家団らんで観るといった構図がくずれつつあるのは周知の事実である。また、かつては緊急の知らせに使われた電報は、現在慶弔専用メディアといってよい使用状況にある。
わたしたちは日常生活においてこのようなメディア特性をあまり意識しないで利用しているが、キャンペーンや広告にたずさわる人びとはメディア特性に対してきわめて慎重に考慮している。たとえば、高感度な若者を対象にするときは民放FMを使い、ある特定の興味をもつ人びとを対象にするときは専門性の高い雑誌を使うとか、企業理念を詳しく伝えたいときは信頼性の高い新聞に全面広告を掲載するとか、一般世帯向け商品であれば複数メディアで集中的に広告する「メディアミックス」という技法を採用するといったぐあいだ。
マス・コミュニケーションの特質
一般に「マスコミ」と呼ばれるマス・コミュニケーション(mass communication)とは、書籍・新聞・雑誌・CD・映画・ラジオ・テレビ・ビデオなどのマス・メディアを媒介したコミュニケーションのことである。
マス・メディアと総称しても、活字メディア・音声メディア・映像メディアと内実はさまざまである。しかし、それらにはおおよそつぎのような質的な特殊性――パーソナル・コミュニケーションならびに中間的コミュニケーションとの質的な差異――がともなうという点で共通点がある。
(1)特殊かつ複雑な技術と法的規制が介在するため、コミュニケーションの始発者[送り手]は、個人ではなく、専門的にこれをおこなう特定の組織であること。
(2)他方、受け手(audience)となるのは、不特定多数で匿名的かつ非組織的な「大衆」(mass)である。一定の代価・契約・装置といった基本条件を備えさすれば、原則的にだれでも受け手となることができる公開性をもつ。
(3)送り手と受け手の役割は固定されており、原則的に役割交換されることはない。このため、そこでおこなわれるコミュニケーションはその本質である相互作用性が後景に退き、一方向的となる。
(4)コミュニケーションの内容は、使用価値・交換価値をもつ「商品」として流通する。そのさい、送り手は商品の「生産者」であり、受け手は商品の「消費者」である。
マスコミ研究の諸分野
マス・コミュニケーションを研究する分野を通例「マスコミ論」と呼ぶ。これは大きく分けると「新聞」「放送」「出版」「広告」のメディア別に研究されることが多い。その一方で、マス・コミュニケーション過程では〈送り手-受け手〉図式が明確なために、送り手に関する研究と受け手に関する研究とにも分けることができる。前者を「伝達過程論」、後者を「受容過程論」という▼7。本章では、オーディエンスとしてのわたしたち自身の姿を認識するために受容過程論を中心に説明しよう。伝達過程論については「ジャーナリズム論」として次章で説明することにする。
▼1 マーシャル・マクルーハン、後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理――メディアの理解』(竹内書房新社一九六七年)。この本は最近別の翻訳でも読めるようになった。栗原裕・河本伸聖訳『メディア論』(みすず書房一九八七年)。マクルーハンは六〇年代後半ブームになったことがあるものの、その後しばらく注目されなかった。ところが最近になってメディアそのもののもつ効果に注目する研究がさかんになり、先駆的な業績として再評価されている。
▼2 マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論(新曜社一九八五年)第一章参照。とくに二四-二五ページの表に注目。マクルーハンの課題意識を受けて現代的なメディア論を展開したものとして、渡辺潤『メディアのミクロ社会学』(筑摩書房一九八九年)。電話・オーディオ・写真・テレビ・ペン・活字をとりあげている。現代のメディア状況をとらえるうえで多くの示唆をあたえてくれる。
▼3 渡辺潤、前掲書一八五ページ。
▼4 渡辺潤、前掲書四一ページ。なお渡辺は電話が疑似的性関係をつくりだすことも指摘していて興味深い。
▼5 この分野については多くのビジネス書が洪水のようにあふれていて戸惑うが、社会学の見地からこの分野をコミュニケーション論として展開した信頼しうる研究として、新睦人『情報社会をみる眼――コンピュータ革命のゆくえ』(有斐閣一九八三年)。
▼6 この点については室井尚『メディアの戦争機械――文化のインターフェース』(新曜社一九八八年)が興味ある考え方を提示している。「VIインターフェースの時代」を参照。
▼7 マスコミ論についての入門書は多いが、もっとも網羅的で信頼性の高いものとして、竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』(有斐閣一九八二年)。また、マクウェール、前掲訳書もスタンダードなもの。
11-2 マス・メディアの影響
マス・メディアの影響は絶大か?
マスコミ論の大問題は「マス・メディアの影響」の問題である。マス・コミュニケーションは〈送り手-受け手〉の役割が固定した一方向的なコミュニケーションである。それだけに送り手と受け手のあいだの非対称的関係の実態が問題となるわけである。
この問題についての社会学的研究はかれこれ七十年以上つづけられているが、じつはその結論はこれまで二転三転してきた。そのおもな原因は、第一にマス・メディアの発達が著しいスピードで進んだことである。二十世紀は「マス・メディアの時代」である。レコードが大量生産されラジオ放送が開始されテレビが生まれたのは他ならぬ二十世紀である。研究はその足跡を後追いするのに精一杯だった。第二に、マス・コミュニケーションにおいて送り手の存在は明確だが、受け手の方はあまりに大量かつ多様であり、これを科学的に観察・調査するのはたいへんにむずかしいからである。なによりも費用がかかる。それにドラスティックな結論がなかなかえられないのである。
というわけで「マス・メディアの影響」は自明なようにみえて、じつはなかなかの難問なのであるが、そのおおよその結論はメディア状況に応じて、つぎのように変化してきた。
(1)強力効果説→(2)限定効果説→(3)複合影響説
強力効果説[弾丸理論・皮下注射効果モデル]
わたしたちはマス・メディアの影響は絶大であると考える。これは「常識」である。なぜならわたしたちはマス・メディアがなければ世界のできごとばかりでなく身近な地域のできごとさえ知ることができないからである。裏を返すと、わたしたちはそれほど無力な存在なのだ。
ラジオ放送が本格的に始まった一九二〇年代以来のマスコミ研究者も、その研究の初期においてそう考えた。マス・メディアの放つメッセージがピストルの弾のように人びとの心を直撃するというイメージでマス・メディアの影響を過大にとらえた。そのような考え方を「弾丸理論」(bullet theory)という。またマス・メディアの発するメッセージが直接に個人の内面に注入されるというイメージから「皮下注射効果モデル」(hypodermic effect model)とも呼ばれる。
このような強力効果説には明確な社会的背景があった。
(1)一九三三年ドイツでヒトラーのナチスが政権をとり、ラジオ・新聞・映画といった当時のマス・メディアを完全に掌握してしまうことによって、大衆の支持を確立させた。ヒトラーは当初からマス・メディアを巧みに利用していた▼1。一方、ルーズヴェルトも一九三〇年代に「炉辺談話」としてラジオを政治的に利用し一定の効果を上げていた。
(2)オーソン・ウェルズが一九三八年一〇月三〇日にCBSラジオのドラマのなかで「火星人がアメリカに侵略し光線であたりを焼き払いながらニューヨークに向かっている」と放送した。これを本当のニュースとまちがえた推定約百万人の人びとが神に祈ったり家族を助けに走ったり救急車や警察を呼んだりしてパニックになったという▼2。
(3)第二次大戦中には戦意高揚のためアメリカでもプロパガンダ[政治宣伝]がマス・メディアを駆使してさかんにおこなわれた。なかでも一九四三年九月二一日朝八時から次の日の午前二時まで、戦時国債キャンペーンのため人気女性歌手ケイト・スミスを使ってラジオのマラソン放送がおこなわれた。その結果、たった一日に三九〇〇万ドルという並外れた額の戦時国債を売り上げた▼3。
これらの歴史的事例はことごとくマス・メディアの巨大な力を証明するかのように立ちあらわれたのだった。
のちにこの考え方を修正することになるエリフ・カッツとポール・F・ラザースフェルドは、このような強力効果説の基本前提をなす論点が二点あると指摘している。第一に、マス・メディアから流れでるメッセージを受け取る人びとは何百万というバラバラな原子としてのマス=大衆であるという仮定。第二に、あらゆるメッセージが直接的かつ強力な刺激となって個々の人間に無媒介な反応をひきおこすという仮定である▼4。これは今日でも一般の人びとの常識的なマスコミ観の根底にある想定であるが、このような素朴な認識から、一方でマス・メディアを原子爆弾にたとえる見方もでてくるし――だから法律できびしく規制しなければならないという意見になる――他方で民主主義の輝ける未来を約束するものと賛美する見方もでてくることになる。
ところが、一九四〇年のアメリカ大統領選挙におけるマス・メディアの影響について実証的に調査をしてみると、強力効果説の基本前提はどうもあやしいということになってきた。つまり、受け手の人びとはバラバラな大衆でもないし、マス・メディアの発するメッセージをそのまま受け入れたりしないという結果がえられたのである。こうして素朴な強力効果説はみごとにくつがえされてしまう▼5。
限定効果説[パーソナル・インフルエンス論]
一九四〇年代なかごろから一九六〇年代あたりまで、マスコミ研究は一般常識から離れ「限定効果モデル」(limited effects model)をとるようになる。強力効果説がもっぱら観察にもとづいていたのに対して、限定効果説は大規模な実証的調査研究にもとづいていた。
限定効果説の重要な論点はつぎの三点である▼6。
(1)マス・コミュニケーションの影響は絶大なものではなく限定的な効果しかない。
(2)というのは、マス・コミュニケーションは受け手に対する効果の必要十分な要因として作用するのではなく、じっさいにはさまざまな「媒介的要因」の連鎖のなかで機能するからである。
(3)マス・コミュニケーションは、受け手の意見や態度を「変改」(conversion)させるよりは、むしろ既存の意見や態度を「補強」(reinforcement)する傾向がある▼7。
ここで重要なのは、さまざまな「媒介的要因」の再発見である。そのおもなものはつぎの三点である。
(1)選択的受容
人はだれでも、自分に都合の悪い話は聞かないようにするものだ。よしんば聞いたとしても、自分に都合のよいように解釈する。また、都合のよいことはいつまでも覚えているものだ。これはマス・コミュニケーションについても当てはまる。
説得以前の受け手の状態――たとえば性・年齢・学歴・職業・意見・態度・知的水準・信念・感情・趣味・関心など――を「先有傾向」(predispositions)というが、マス・コミュニケーションにおいて受け手は自分の先有傾向にとって好意的あるいは同質のコミュニケーション内容にふれようとする傾向がある。これを「選択的接触」(selective exposure)という。よくいわれることだが、商品の広告を一番よく注意してみている人は広告されている商品をすでに買った人である。喫煙者は肺ガンと喫煙の密接な関係について書かれた記事を読もうとしないものだ。この選択的メカニズムは「接触」だけでなく「認知」「記憶」についても働いている。これらをまとめて「選択的受容」という。これがあるためにマス・メディアの思惑はしばしばはずれるのである。
(2)準拠集団
受け手の先有傾向を規定する大きな要素は、個人が自分を関連づけている集団の規範である。個人の意見・態度・信念・関心といったことがらは、じつはそのような集団の規範にもとづいていることが多い。このように個人の態度や判断の基準となる集団を「準拠集団」(reference group)という▼8。
たとえば、ボーイスカウト活動を批判したニュースに接した少年たちのうち、ボーイスカウトを準拠集団とする少年たちはますます積極的に活動するようになったという。つまりメディアの意図とまったく逆の効果――これを「ブーメラン効果」という――になったのである▼9。一方、そうでもない少年たちには効果的に作用したという。「ボーイスカウト」の部分を自分のコミットしている特定の学校や企業や政党や宗教団体に換えてみるとわかるように、準拠集団はマス・コミュニケーションの選択的受容の基準を提供する。
(3)コミュニケーションの二段階の流れ
マス・メディアからのコミュニケーションはいきなり社会の成員を直撃するのではない。じっさいには、まずオピニオン・リーダー(opinion leader)に流れ、そしてかれらから、比較的活動的でない人びと[追随者(followers)]へ流れることが多い。オピニオン・リーダーとは、マス・メディアをより多く利用し、社交性が高く、他人に影響力をもったり、情報源やガイドとしての役割をもっているという自覚をもつ人びとのことで、マス・コミュニケーションの中継機能を果たす。投票・流行・買い物・映画など分野によってそれぞれ異なるオピニオン・リーダーが存在する。オピニオン・リーダーは情報や影響をあたえるだけでなく、みずから積極的に情報を求め、影響を受けようとする。
このさいオピニオン・リーダーから追随者への影響を「パーソナル・インフルエンス」(personal influence)というが、人びとの意見を変える力をもっているのはマス・メディアではなく、じつはオピニオン・リーダーのパーソナル・インフルエーンスなのである▼10。
以上のような媒介的要因の再発見によって「弾丸理論」は崩れ、より複雑なメカニズムが立ちあらわれた。この転換はつぎのように考えることができる。第一に、「受け手」といっても結局「社会」にほかならないということの再発見。第二に、マス・メディアの影響の「結果」とみえた現象は、じつは受け手側ですでに醸成されてきた先有傾向をマス・メディアが「補強」したものにすぎないとみなせること。つまり原因と結果が逆だったと考えることもできるわけだ。
複合影響説
限定効果説が学界で定着し終えた一九六〇年代は、同時にメディアの転換期でもあった。いうまでもなくテレビの普及がそれである。これによってマス・コミュニケーション状況が大きく変わった。それにともなって限定効果説への違和感も高まり、さまざまな異論が生じてきた。その結果、一九七〇年代なかごろあたりから、マス・メディアの影響についての学界の潮流はふたたび一転することになる。それをここでは「複合影響説」と総称することにする▼11。
複合影響説は基本的にマス・メディアの影響力を大きくとらえる。その点で初期の単純な強力効果説と軌を一にするけれども、もとのさやへもどったと考えるべきではない。むしろ、それは強力効果説と限定効果説に共通していた理論的単純志向を実証的かつ理論的に修正し相対化する洗練のプロセスととらえるべきだ。この観点から複合影響説のいくつかの研究をみてみよう▼12。
(1)ニュースの広がりのJ曲線(J-curve)
ニュースで報道された事件には広がり方の異なる三つのタイプがある。a重要性は低いが、少数の人びとには大きな意義をもつ事件。b一般の人びとが重要と認める事件。c緊急かつ重要かつ劇的な事件。類型1のような事件は、利害関心のある特定の人びとが選択的にマス・メディアから知覚し、とりわけ注目しなかったその他の人びとにパーソナル・コミュニケーションによって普及する。コミュニケーションの二段階の流れ理論が該当するわけだ。ところが、通常のニュースである類型2のような事件では、人びとはマス・メディアから情報をえてしまうと、あえて他の人に伝えたりしない。それだけの理由に乏しいからである。しかし、ケネディ暗殺事件(一九六三年)のような類型3の事件になると、メディアから情報をえた人びとも積極的に他の人びとに伝えようとする。その結果、劇的な事件ほどメディアよりもパーソナル・コミュニケーションによって知る人が多くなるという現象が生じるのである。じっさいにニュースであつかわれた事件について、ヨコ軸に事件を知った人びとの割合をとり、タテ軸にメディア以外から知った人びとの割合をとって位置づけてみると直線にはならないでJの字のようなカーブを描く。このように「二段階の流れ」は類型1と類型3には当てはまっても類型2には当てはまらないことになる。類型2は通常のニュースと考えられるから、一般に人びとはマス・メディアから直接事件を知るのである。
(2)予防接種効果(priming effect)
まったく新しい論点についてはマス・メディアは大きな能力をもつ。のちに接触するマス・コミュニケーションの先有傾向となる。また、あるニュースの受け取られ方は、直前に流されたニュースによって左右される。
(3)普及過程研究(diffusion process)
新しいアイデアを採用する過程において、早期採用者はマス・メディアのインパクトを強く受けるが、後期採用者はとくにその意思決定の終盤でパーソナル・コミュニケーションによって強く影響される。
(4)議題設定機能(agenda-setting function)
マス・メディアが政治の過程で独自の機能を果たしていることは周知の事実である。しかし、その機能が受け手を自民党支持者から社会党支持者に突如「転向」させるといったことでないのは、限定効果説の主張するところである。マス・メディアが独自の――しかも強力な――機能をもっているのは、「どう考えるべきか」ではなくて「なにを考えるべきか」に関してなのである。マス・メディアは「今なにが問題なのか」という争点=議題を設定することについては強力な影響力をもつ。そしてマス・メディアの強調の大小が人びとに問題の重要性を認知させる▼13。
(5)沈黙のらせん(spiral of silence)
多くの人びとは孤立をおそれて、意見を表明するさいに、どれが多数意見・優勢意見かを確認する。もし自分の意見が少数派・劣勢であれば、孤立を避けるために意見表明は控えてしまう。逆に多数派・優勢意見であると、意見表明の積極性が増す。そのさい、多数派か少数派か・優勢か劣勢かの判断の基準となるのがマス・メディアである。マス・メディアが特定の意見を多数派・優勢意見として提示することによって、反対意見は表明されにくくなり、そのため反対意見はますます少数派として認知されることになる。多数派はますます多数に、少数派はますます少数になる。「らせん」とはこのような相乗的累積的増幅過程をさす。マス・メディアがこのように「意見の風土」を形成するのに大きな力をもっているのは、遍在性・累積性・共振性をもっているために受け手の選択的メカニズムがうまく作用しないからである▼14。
(6)文化規範説(cultural norms theory)/培養分析(cultivation analysis)
人びとは、なにが正常でなにが認められていないかについて、映画やテレビ・ドラマなどのマス・メディアを参照する。といっても、ある特定の作品が直接影響をあたえるわけではない。マス・メディアは長期的かつ累積的かつ非意図的に人びとに行動の基準を提供するのである。その意味で、基本的に役割の学習過程である社会化に対してマス・メディアは一定の影響をおよぼしていると考えられる。一般にテレビのえがく世界は現実とは異なる相対的に独自の世界であるが、それらが徐々に人びとに共有されている価値観や観念を〈培養〉する。
視点の転換
これまで〈強力効果説→限定効果説→複合影響説〉という学説上の変化をみてきた。この変化のなかには、テレビの普及といったメディア側の要因だけでなく、いくつかの視点の転換が起こっている。
第一に、「意図的効果」から「非意図的影響」への転換がある。一般に「効果」の概念は送り手の意図がいかにうまく達成されるかという観点をふくんでいる。しかし、これはマス・コミュニケーションのさまざまな活動のうちのひとつの形式にすぎない。これまで研究者はプロパガンダやキャンペーンなどの「説得的コミュニケーション」にとらわれすぎていたようだ。強力効果説も限定効果説も、プロパガンダや説得的コミュニケーションが受け手の態度にどのような影響をあたえるかというきわめて限定的な研究――これを「キャンペーン効果」という――を「マスコミ研究」全般ととりちがえていたふしがある▼15。
第二に、「短期的」効果から「長期的・累積的」影響への転換である。強力効果説にせよ限定効果説にせよ、受け手の意見と態度の短期的変容に焦点をしぼりすぎていた。タイムスパンがきわめて短かった▼16。しかし、近年になって累積的効果が顕在化する段階を迎えたこともあり、より長期的・累積的な影響が問題となってきた。文化規範説や培養分析はその一例である。
第三に、受け手の「態度変容」から「認知」への転換である。キャンペーン効果の場合、そのキャンペーンによって人びとの態度や意見がどう変わったかに焦点が当てられていた。そのためメディアの影響力が過小評価される結果になったわけだが、議題設定機能理論にはっきり示されているように、マス・メディアは環境認知に関しては非常に大きな力をもっている。認知的側面に着目することでマス・メディアの影響の実態がより鮮明に浮かび上がってきた。
このように、マス.メディアの影響は研究が進むにつれ、ますます複合的なものとして立ちあらわれる。しかし、注意しなければならないのは、この複合性の主たる源泉は、すでにみてきたように、マス・メディアの側にあるというより、むしろ受け手の側にある。どう受け取ったか――ここでもコミュニケーションを最終的に決定するのは送り手ではなく受け手なのである。
▼1 この点については、ヒトラーの腹心の部下で宣伝大臣のゲッベルスに焦点をあてた平井正『ゲッベルス――メディア時代の政治宣伝』(中公新書一九九一年)がくわしい。
▼2 キャントリル、斉藤耕二・菊池章夫訳『火星からの侵入』(川島書店一九七一年)。
▼3 ロバート・K・マートン、柳井道夫訳『大衆説得――マス・コミュニケーションの社会心理学』(桜楓社一九七三年)。
▼4 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、竹内郁郎訳『パーソナル・インフルエンス――オピニオン・リーダーと人びとの意思決定』(培風館一九六五年)四ページ。
▼5 B・ベレルソン、P・F・ラザースフェルド、H・ゴーデット、有吉広介監訳『ピープルズ・チョイス』(芦書房一九八七年)。
▼6 限定効果説の総まとめとして、J・T・クラッパー、NHK放送学研究室訳『マス・コミュニケーションの効果』(日本放送協会一九六六年)。
▼7 「変改」ということばは、いささか奇異に思われるかもしれない。「転換」「変換」「切り換え」とも訳されることばだが、ここではむしろ「転向」とか「改宗」の意味である。たとえば共和党支持者がマス・メディアとの接触によって突然民主党支持者に転向するということはあまりないということだ。
▼8 準拠集団の特性については14-2参照。
▼9 ブーメラン効果については、ロバート・K・マートン、森東吾・森好夫・金沢実・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』(みすず書房一九六一年)四七四ページ以下参照。
▼10 E・カッツ、P・F・ラザースフェルド、前掲訳書。
▼11 エリーザベト・ノエル-ノイマンの問題提起以来、この新たな諸潮流を「強力効果説への回帰」と呼ぶことが多いが、本書ではあえて「複合影響説」と呼ぶことにする。その理由については後論参照。E.Noell-Neumann,Return to the Concept of Powerful Mass Media,in:Studies of Broadcasting 24.
▼12 効果研究の変遷と個々の理論については次の文献を参照した。D・マクウェール、S・ウィンダール、山中正剛・黒田勇訳『コミュニケーション・モデルズ――マス・コミ研究のために』(松籟社一九八六年)。マクウェール、竹内郁郎・三上俊治・竹下俊郎・水野博介訳『マス・コミュニケーションの理論』第七章。竹内郁郎・児島和人編『現代マス・コミュニケーション論――全体像の科学的理解をめざして』第三・第八章。林進編『コミュニケーション論』(有斐閣一九八八年)第四章。
▼13 たとえば、中曽根首相時代の一九八七年に売上税が世論を二分した。のちに消費税として成立する売上税はこのときは結局成立しなかったが、かわりに防衛費GNP1%突破が実行された。マス・メディアはこのとき――賛成であろうが反対であろうが――売上税が問題だということに集中していた。その間隙をぬってのできごとだった。あのときの中曽根首相はマス・メディアの議題設定機能に助けられた(あるいは利用した?)といえるだろう。なお、近年悪評高いリゾート法もこのとき実質的審議なしに成立したもの。この事例は「総ジャーナリズム状況」とも関係があり、12-2を参照のこと。
▼14 沈黙のらせん理論についても邦訳がでている。ノエル-ノイマン、池田謙一訳『世論形成過程の社会心理学-沈黙の螺旋理論』(ブレーン出版一九八八年)。
▼15 これには「だれが、なにを、だれに、どのチャンネルで、どのような効果をもって」という有名なラスウェル図式が「マスメディアの影響」という広範な問題領域を狭めてしまったことが理由として考えられる。H・D・ラスウェル「社会におけるコミュニケーションの構造と機能」シュラム編、学習院大学社会学研究室訳『マス・コミュニケーション』(東京創元社一九六八年)。
▼16 一九六〇年の段階でクラッパーはつぎのようにのべていた。「長期的な態度変化においてマス・コミュニケーションが演ずる役割についての客観的な研究は皆無である」と。クラッパー、前掲訳書二〇ページ。
11-3 受け手の能動性
コミュニケーションの脱物象化のために
わたしたちは「マス・メディアの影響」というと、ついメディアの側に立って考えてしまう。なぜかオーディエンスとしての視点に立てない。しかも、マス・メディアの影響力を高くみつもる一方で、自分たち受け手を無力な存在と考えてしまいがちだ。これはマス・コミュニケーションを物象化されたレベルでとらえる結果、マス・メディアを物神化してしまうことによるのであろう。それは、わたしたちがお金にならないことは価値がないと考えたり、目の前の生身の人間を役割のマリオネットとしてしかみれなかったりするのと同様である。
その意味で、ここで少し発想を転換して、〈マス・メディアが人びとになにをなすのか〉ではなく、〈人びとがマス・メディアでなにをなすのか〉について考えることにしよう。このように「送り手」の立場よりも「受け手」の立場で考えることは、脱物象化のためにも有効なことである▼1。
マス・メディアの〈利用と満足〉
マスコミ研究の一分野として「〈利用と満足〉研究」(uses and gratifications study)というのがある。これは文字通り、受け手がマス・メディアをどのように利用し、どのような満足をえているかを研究する分野である。つまり、受け手を中心にマス・コミュニケーションを分析しようとするわけだ。前節の議論とは出発点がまるでちがう。この研究系譜によると、受け手はマス・メディア[おもにテレビ]を利用することによってつぎのような充足をえているという▼2。
(1)気晴らし
a日常生活のさまざまな制約からの逃避
b解決しなければならない諸問題の重荷からの逃避
c情緒的な解放(泣いたり笑ったりしてスッキリする)
(2)人間関係
a交友関係(メディア内の登場人物との疑似的な社会関係)
b社会的効用(家族や仲間などといっしょに楽しんだり、メディアの内容について話したりする)
(3)自己確認
a個人についての準拠(自分の状況・性格・生活について番組内容に照らし合わせて自己確認する)
b現実の探究(身近な問題の対処の仕方を学ぶ)
c価値の強化(自分の考え方などが正しいということを番組内容にみつけて確認する)
(4)環境の監視 (自分にとって間接的な公共的世界のできごとを知る)
たとえば、クイズ番組の場合、「家族で」みることに意義を感じたり、知識が増えることに満足したり、出演回答者より自分の方が物知りだということを誇示することに喜びをみいだしたり、純粋に没入して興奮したり、とにかく騒々しい人の声がしていればそれでいいというケースなど、じつにさまざまな理由から人びとは番組をみるのである。キャスターと接していたくてニュース番組をみる受け手もいれば、ドラマから異性との処し方を学習する受け手もいるということだ。
つまり、受けとられ方のヴァリエーションは受け手しだいなのであって、送り手の意図とは無関係ではありえないにせよ原則的には分離している。受け手はメディアからの内容を利用するが、その現実的内容を決定するのは――つまりコミュニケヨーションの意味を決めるのは――受け手側の事情なのである▼3。前章でくわしく論じたコミュニケーションの偶発的な性格は、マス・コミュニケーションについてもいえる。
〈受け手の能動性〉対〈メディアの影響〉
マクウェールにならって〈コミュニケーションの始発者としての受け手〉〈コミュニケーションの始発点としての受容行動〉を強調しておこう▼4。しかし、かといって、マス・メディアの複合的影響が再認識される時代に、むやみに受け手を万能視するのも楽観的にすぎるだろう。では、どのように考えればいいのだろうか。
コミュニケーション論で確認したように、受け手は受動的で二次的な存在ではない。能動的にコミュニケーションの意味を構成する積極的な存在である。受け手の解釈作業なしにコミュニケーションは成立しない。したがって、マス・コミュニケーションにおいてもまた、意味を確定するのは受け手の解釈実践である。マス・メディアの提示する内容は、あくまでも受け手の文脈で理解される。これが議論の出発点である。
このような受け手に対して、マス・メディアが受け手の意見や態度を急に変えさせたり、新しい意見や行動をそっくり注入することはできない。しかし、江原由美子によると、マス・メディアは、あるひとつの〈要請〉をほぼ確実に受け手に実行させることができるという。それはほかでもない、受け手自身の「解釈作業」である▼5。「マス・メディアヘの不断の接触は、その事自体において、マス・メディアのメッセージの『解釈作業』という実践を要請するのである。この『解釈作業』は『受け手』自身の実践でありながら、それがコミュニケーション行為であるというまさにその点において、社会的規範性を帯びる。[中略]マス・メディアの影響力とは、この『受け手』の『解釈作業』という実践を不断に『呼込む』ことにおいてもっとも直接的かつ最大の力を行使する。それは個々のマス・メディアのメッセージが『受け手』に行使している影響力というよりも、マス・メディア総体とその歴史的積重なりが『受け手』の『解釈能力』に与えている影響として考えるべきである。この『受け手』の『解釈能力』の水準の変動は、『受け手』の世界認識の形を変え、その『生活世界』の構造を変化させる▼6。」
江原由美子は、このような観点から、メディアの側が受け手の解釈作業をひきだし、そのひきだされた解釈作業の解釈図式[スキーム]が受け手に強力な影響をあたえるというロジックを、テレビCMの分析から見いだしている。たしかに、この視点からすれば、〈積極的にマス・メディアの意味を構築している受け手像〉と、〈マス・メディアによって影響を受けている受け手像〉は矛盾しなくなる▼7。
そもそも人間の行為は社会的真空状態のなかでおこなわれるわけではない。かならず既存の社会構造のなかでなされる。人間はそれを一種の〈資源〉として利用しながら行為をおこなうと同時に、それらを一種の〈環境〉として反応=リアクションする。すでにかんたんにふれておいた〈構造の二重性〉である▼8。たとえば人間が役割の担い手であると同時に、役割が人間の行為の媒体であるのと同じロジックで、マス・コミュニケーションが受け手にとって解釈作業を強制する〈環境〉として作用すると同時に、受け手はマス・コミュニケーションを〈資源〉として積極的かつ主体的に利用する。
一方でマス・メディアの物神化についての悲観的なメディア観に抗し、他方で受け手の自由を楽観視し現状を肯定する情報行動論に抗するには、このような構図で理解するのが適切であるとわたしは考える。
▼1 物象化と脱物象化については2-4参照。
▼2 デニス・マクウェール、ジョイ・G・ブラムラー、ジョン・R・ブラウン「テレビ視聴者――視点の再検討」デニス・マクウェール編著、時野谷浩訳『マス・メディアの受け手分析』(誠信書房一九七九年)。なお、以下は詳細な受け手調査にもとづいて類型化されたものである。対象となった番組はホームドラマ・クイズ・ニュース・冒険ドラマである。
▼3 だからこそメディア側の人びとは受け手の「利用と満足」の実態を調査する必要に迫られる。視聴率に対する「視聴質」をさぐる試みもそのひとつである。たとえば、日本における比較的初期の研究として『番組特性(充足タイプ)調査実用化研究――充足タイプ調査は視聴率調査をどのように補完するか』(日本民間放送連盟放送研究所一九七七年)。
▼4 デニス・マクウェール、山中正剛監訳、武市英雄・松木修二郎・山田實・山中速人訳『コミュニケーションの社会学――その理論と今日的状況』(川島書店一九七九年)一九ページ。
▼5 江原由美子「『受け手』の解釈作業とマス・メディアの影響力」『新聞学評論』三七号(一九八八年)。
▼6 前掲論文六二-六三ぺージ。
▼7 前掲論文五三ページ。なお、理論的立場は異なるものの、「『主体性の契機』という受け手の選択性の存在そのものがかえって依存を強めるという正フィードバック構造」という池田謙一の指摘もこの文脈で理解することができる。池田謙一「『限定効果論』と『利用と満足研究』の今日的展開をめざして――情報行動論の観点から」『新聞学評論』三七号(一九八八年)四二ページ。
▼8 3-1ならびに9-4参照。
増補
メディア論
本編ではメディア論についてほとんど言及できなかった。本来なら一章を別個にあてるべきであったろう。
この分野はもともと学際的な領域であり、マスコミの現場出身者による研究も多く、必ずしも社会学的でない場合が多い。その中にあって「メディアの社会学」の基本テキストとして社会学的かつ新鮮な構成でつくられているものとして、吉見俊哉・水越伸『メディア論』(放送大学教育振興会一九九七年)。社会学的メディア論の仕切り直し的テキストである。基本的なデータを整理したものとしては、山本明・藤竹暁編『図説 日本のマス・コミュニケーション(第三版)』(NHKブックス一九九四年)がある。
とくに九〇年代のメディア論で注目すべきなのは、電話研究が一気に進んだことだ。この先駆けになった研究が、吉見俊哉・若林幹夫・水越伸『メディアとしての電話』(弘文堂一九九二年)。また、近年インターネット以上に急激な普及を遂げた携帯電話やPHSについては、富田英典・藤本憲一・岡田朋之・松田美佐・高広伯彦『ポケベル・ケータイ主義!』(ジャストシステム一九九七年)が先駆をきっている。
■歴史社会学的なメディア論
社会学によるメディア論のひとつの新潮流は、社会史的にメディアの歴史を記述するという手法である。この歴史社会学的手法は他の研究領域でもさかんにおこなわれているが、その一例として、桜井哲夫『TV 魔法のメディア』(ちくま新書一九九四年)がおもしろい。いつの世も新しいメディアは嫌われるのだ。吉見俊哉『「声」の資本主義――電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(講談社選書メチエ一九九五年)と水越伸『メディアの生成――アメリカ・ラジオの動態史』(同文舘出版一九九三年)も歴史社会学的なメディア論。
これら歴史社会学(社会史)的研究の眼目は、歴史化することで自明性が壊れるということにある。歴史ほど意外性をもつものはない。とくにメディア・コミュニケーションが国民国家を形成してきた側面に光が当てられているところに注目してほしい。この視角は、逆に、衛星放送やインターネットなどの新しいメディアが国民国家の枠組みと摩擦を起こしている現状を考える上で重要である。
この分野の出発点となっている古典的研究はふたつある。ウォルター・J・オング『声の文化と文字の文化』桜井直文・林正寛・糟谷啓介訳(藤原書店一九九一年)。ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版一九九七年)。しばしば引き合いに出されるメディア論の新しい古典である。
マス・メディアの複合影響説
近年の複合影響説(一般には「新・強力効果説」と呼ばれている)については、田崎篤郎・児島和人編著『マス・コミュニケーション効果研究の展開』(北樹出版一九九二年)がコンパクトなテキスト。受け手論として最新の研究状況に基づいた論文集として、児島和人『マス・コミュニケーション受容理論の展開』(東京大学出版会一九九三年)。一歩突っ込んで調べるときはこちらを参照されたい。
翻訳もいくつかでている。沈黙の螺旋については、Elisabeth Noelle-Neumann『沈黙の螺旋理論――世論形成過程の社会心理学〈改訂版〉』池田謙一・安野智子訳(ブレーン出版一九九七年)。議題設定機能については、マックスウェル・マコームズ、エドナ・アインセィデル、デービッド・ウィーバー『ニュース・メディアと世論』大石裕訳(関西大学出版部一九九四年)。なお、培養分析やその対抗理論については、佐々木輝美『メディアと暴力』(勁草書房一九九六年)がよく整理してくれている。
この文脈の議論は、電磁波の人体への影響の問題と同じく「科学的に」結論を出すのがむずかしい。「沈黙の螺旋」理論や「第三者効果」理論が示唆するように、人びとがマス・メディアの影響力を大きいと思っていること自体が、マス・メディアの影響力を大きくしてしまうという側面もあり、こうした循環的構図に対して「科学的に」つまり行動科学的に結論を出せるものなのかどうか。社会学的な吟味が必要な段階に来ていると思う。
情報操作
マス・メディアの操作性については多くの議論がある。集中豪雨的な報道の過ぎ去ったあとでマスコミ不信が募り、「あれは作為的なキャンペーンではなかったのか」と考える人も多いと思う。オウムの人びとが陰謀説を信じたように、私たちもまた陰謀説にとりつかれている。
しかし、数多くのメディアが競ってニュースを伝えている現在の状況の中で、情報操作が意図通りに成就するとは考えにくい。けれども時間を短く区切って、それが成功することはありうる。湾岸戦争のさいにホワイトハウスがやったように。佐々木伸『ホワイトハウスとメディア』(中公新書一九九二年)はホワイトハウスの歴代政権のメディア・コントロールを調べたもの。
このほかにも、川上和久『情報操作のトリック――その歴史と方法』(講談社現代新書一九九四年)、渡辺武達『テレビ――「やらせ」と「情報操作」』(三省堂選書一九九五年)、渡辺武達『メディア・トリックの社会学――テレビは「真実」を伝えているか』(世界思想社一九九五年)がメディアの作為的な側面に焦点を当てて説明している。この論点で議論すると、つい安直な陰謀説に傾いてしまうので、上記の本をよく吟味してから議論するようにしたい。
メディア・リテラシー
九〇年代になってマスコミ研究者のあいだで急速に議論されるようになったのが「メディア・リテラシー」である。最近の大学教育で「情報リテラシー」「リテラシー教育」といえばパソコンを操作すること自体が目標になった自動車教習所的な教育をさすが、ここでいうリテラシーはもっと高度な段階をさしている。鈴木みどり編『メディア・リテラシーを学ぶ人のために』(世界思想社一九九七年)によれば「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創りだす力」(八ページ)である。つまり、これまで受け手としてマス・メディアに屈してきた人びとが能動的なコミュニケーション主体として成熟することを意味しているのである。
この分野の基本書は、カナダ・オンタリオ州教育省編『メディア・リテラシー――マスメディアを読み解く』FCT(市民のテレビの会)訳(リベルタ出版一九九二年)。音楽メディアをふくめた、たいへん視野の広いメディア論になっている。オンタリオでは国語の授業の三分の一が「メディア・リテラシー」の授業にあてられており、これはそのオフィシャルな教科書である。
渡辺武達『メディア・リテラシー――情報を正しく読み解くための智恵』(ダイヤモンド社一九九七年)は、おもに月刊誌『マスコミ市民』に掲載された論考をまとめたもの。著者は九〇年代ジャーナリズム論でもっとも注目すべき研究者だが、この本もジャーナリズム論的なリテラシーを論じている。コンパクトな入門書としては、メディアリテラシー研究会(市川克美・音好宏・見城武秀・後藤繁榮・藤本浩・水越伸)『メディアリテラシー――メディアと市民をつなぐ回路』NIPPORO文庫(日本放送労働組合一九九七年)もある[ただし現時点では直販]。
「社会学的」ということにこだわるなら、D・K・デビス、S・J・バラン『マス・コミュニケーションの空間――批判的研究のパースペクティブ』山中正剛ほか訳(松籟社一九九四年)が読みやすく、視野も広い。原書のタイトルは『マス・コミュニケーションと日常生活』で、受け手のメディア利用をより自覚的にさせることをねらっている。その意味ではメディア・リテラシーに関するテキストといえるだろう。
じっさいに新聞の読み方をごく初歩的なところから説明したものとして、岸本重陳『新聞の読みかた』(岩波ジュニア新書一九九二年)と熊田亘『新聞の読み方上達法』(ほるぷ出版一九九四年)が格段にやさしく、教材としても使いやすい。いずれも高校生向けで、大学生ならさらっと読めるだろう。
もう一冊。現在のメディア・リテラシーを考える上でポイントとなるのは新聞でもパソコンでもない。それはテレビ・ニュースではないだろうか。その見方をやさしく教えてくれる邦語文献がほしいところだが、なぜか手薄なテーマになっているようだ。「日経の読み方」や「パソコンの使い方」の本が山ほど存在するのに、これは奇妙なことである。とりあえず翻訳書では、ニール・ポストマン『TVニュース 七つの大罪――なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか』石川好監修・田口惠美子訳(クレスト社一九九五年)が、わかりやすくテレビ・ニュースの「からくり」を説明してくれている。これなら高校生でも読めるだろう。
ネットワーク・コミュニケーション
パソコン通信やインターネットによるコミュニケーションを「ネットワーク・コミュニケーション」と呼ぶ。英語圏ではComputer Mediated Communicationと呼び、略してCMCといい慣わされている。英語圏では膨大な「CMCの社会学」が発表されているが、日本でも九〇年代中頃から急速に増えている。
パソコン通信については、森岡正博『意識通信――ドリーム・ナヴィゲイターの誕生』(筑摩書房一九九三年)。川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治『電子ネットワーキングの社会心理――コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』(誠信書房一九九三年)。宮田加久子『電子メディア社会』(誠信書房一九九三年)。『意識通信』は豊富なアイデアに満ちた読み物。後二者は標準的な手法で調査した研究書。
インターネット
同じCMCではあるが、インターネットはパソコン通信とかなり様相が異なる。パソコン通信がコントロールされた「組織」だとすると、インターネットは「社会」に相当するからである。インターネットには目下さまざまな問題が生起しつつあり、解決のむずかしいものも多いが、統制主体の不在(あるいは多数性)が問題の核心に存在する。
インターネットの歴史については、古瀬幸広・廣瀬克哉『インターネットが変える世界』(岩波新書一九九六年)が基本書。イリイチとの思想的関連についてなど興味深い記述が多い。マイケル・ハウベン、ロンダ・ハウベン『ネティズン――インターネット、ユースネットの歴史と社会的インパクト』井上博樹・小林統訳(中央公論社一九九七年)も同様の歴史記述。ネットに関わる人びとが現にどう考えているかに重点をおいたもので、膨大な発言の引用が特徴。このマイケル・ハウベンが「ネティズン」の命名者といわれている[公文俊平編著『ネティズンの時代』(NTT出版一九九六年)]。
インターネットの実態については、クリフォード・ストール『インターネットはからっぽの洞窟』倉骨彰訳(草思社一九九七年)が有名だが、ただし、あざとい邦訳タイトルがマスコミ受けして「からっぽの洞窟説」がマスコミ界で一人歩きした感がある。しかし、ストールのインターネットに対する態度は両義的で、もっと含蓄のあるものだ。
インターネットによって具体的に私たちの目の前に現出した状況をつくってきた人たちの思想をひもとく必要もある。ブッシュやエンゲルバートやネルソンといった、パソコン文化の構想者たちの基本論文が、西垣通編著訳『思想としてのパソコン』(NTT出版一九九七年)におさめられている。こうした設計思想のもつ社会学的意味を考えたい。
佐藤俊樹『ノイマンの夢・近代の欲望――情報化社会を解体する』(講談社選書メチエ一九九六年)は、「新しいメディアが社会を変える」といった技術決定論が産業社会に内属する必然的なディスクールであることを徹底的に論じている。従来のマクルーハン的なメディア論と一線を画した社会学書で、インターネットについて考える上でも参考になる。この分野についてあくまでも社会学的に考えたい人は必読。
インターネットと市民性
ネティズンが持ち出される文脈にはふたつある。ひとつはコミュニティ志向。ネットワーク上に事実上のコミュニティが形成されて、しばしば「弱い紐帯の力」が作動する事実に着目するとき、そこに古典的なシティズンシップの発動を見ることができる[野村一夫『インターネット市民スタイル【知的作法編】』(論創社一九九七年)]。
もうひとつは市民運動志向である。インターネットはこれまで限定されたコミュニケーション能力しかもたなかった運動主体に格段に低コストなビッグ・メディアを提供することになった。直接的な対人関係に限定されていた従来のネットワーキングが、社会圏や生活圏を異にする人びとにまで届く可能性がでてきた[栗原幸夫・小倉利丸編『市民運動のためのインターネット――民衆的ネットワークの理論と活用法』(社会評論社一九九六年)。民衆のメディア連絡会編『市民メディア入門』(創風社出版一九九六年)]。
これらは文化構築の問題というべきで、それ自体は何も内容を指定しないインターネットが、ある種の市民文化形成のメディアとして利用される点は社会構想論的に興味深い。むしろ昨今取りざたされることの多いインターネット上の悪質な行為の方が当たり前すぎて新奇性はないと思う。犯罪は正常な社会現象なのだから。そもそもインターネットは、国家のような統制主体のない無法地帯である。無法地帯に倫理を持ち出してもしかたない。倫理なき人びとを規制するのは文化と経済である。それを意識的に構築する人びとや組織の活動に注目したい。
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4月 12017

社会学感覚6同時代の社会問題に関わる

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
6 同時代の社会問題に関わる
6-1 実践的志向
全体的認識と実践的志向
第四章で説明したように、社会学の初発的動機は「社会をまるごと理解したい」という全体的認識への志向にあった。しかし、注意しなければならないのは、それがたんに理論的抽象性をめざすものではなかったということだ。
社会学の名づけの親であるオーギュスト・コントは、社会主義運動家として名高いサン・シモンの弟子だった。コントは宇宙論的スケールで社会学を構想した人だったが、その思いはむしろ実証的精神による社会の再組織にこそあった。「予見するために見る」(voir pour prevoir)というかれのスローガンは、これを端的に示したものである。
同じ十八世紀半ば、若きマルクスもジャーナリズムと共産主義運動に深く関わりながら、真の人間解放をめざす実践的関心から研究を進めていた。人間の真の解放のために変革すべきものはなにか。それは宗教でもなく政治でもない。現実の人間の生活そのものだというのがかれの唯物史観の示す方向だった。こうして中期後期のマルクスの実践的課題はもっぱら「市民社会の解剖学」に向けられることになったのである。
このように理論的に社会を全体的に認識しようとする初期の社会理論は、密接に実践的志向と連動していた。
社会問題への理論的歴史的関心
ジンメル、ウェーバー、デュルケムの「世紀の転換期」の世代は、むしろこうした直接的な実践的志向に対して冷淡だった。かれらのエネルギーと才能はもっぱら「学としての社会学」の確立に向けられた。しかし、かれらの研究がアカデミズムに徹したものだというためには、むしろアカデミズムの概念を変えなければならないだろう。
デュルケムは一八九七年に『自殺論――社会学研究』を公にした。自殺がプライベートな病気と考えられていた時代にあって、かれはそれがれっきとした「社会の問題」であることを明晰に証明した。また「正常と異常」に関する議論を通じて「異常」という現象が社会的なものであることを説得的に提示したのもかれだった。その理論的帰結のひとつである「犯罪は社会の正常な現象である」という斬新なテーゼは今日の社会問題をあつかう上でも重要な観点であるが、これは当時ヒステリックな反対をアカデミズム内外にひきおこすことになった。
一方、ジンメルも従来の社会科学がタブーとしてきた人間的現象や低級なテーマとみなされて放置されてきた諸問題を積極的に論じた。そもそも宗教がそうであったし、流行や党派形成やコケットリー[媚態]や都市生活者のメンタリティもそうだった。たとえばかれが一九〇〇年の『貨幣の哲学』であつかっていたのが、個人の自由の問題であり殺人賠償金であり浪費であり売春であり倦怠であり生活のリズムだったことは、ジンメルが直接的な実践的志向から一線を画しながらも、同時代の社会に生起するさまざまな現実へのなみなみならぬ知的関心をものがたっている▼1。
また、もともと社会政策的な関心からその学問的生涯を始めたウェーバーは政治的実践志向を強くもっていた人で、じっさい多くの政治問題にも関わった。しかし、こと社会学研究に関しては「価値自由」(Wertfreiheit)という立場を提唱することによって、かれもまた直接的な実践的志向と一線を画した▼2。政策的な観点とも運動的な観点とも距離をとることはむずかしいことだが、社会学の確立はこれなしにはありえなかった。
このように三人の共通点は、ともに先行世代のもつ理論と実践のロマンティックな混交に対して反発したことである。認識が生活実践上の要請として存在することを十分承知した上で、かれらは社会におけるさまざまな諸問題を、熱い革命家や功利的な政治家からとりもどし、冷徹な観察と理論科学的な手続きにゆだねることを要求したのである。
実験室としての都市
ヨーロッパでこのような知的革新がなされていたとき、草創期のアメリカ社会学では、まだ実践的関心が理論的認識から区別されていなかった。「社会学が初めてアメリカ合衆国に入ってきた時、それは、社会改良運動に近かった」「初期の大学における社会学の教育課程は、さまざまな改良運動に関心を持ったプロテスタントの牧師たちによってなされることが多かった」というラザースフェルドの指摘はそれをものがたっている▼3。
二十世紀初頭になって、ジンメルらの新しい社会学の影響をうけた世代が中心になり、アメリカにも新しい流れができる。第三章でくわしく紹介したシカゴ学派がそれである。かれらは現前の都市社会をひとつの社会学的実験室とみて、つぎつぎに族生するさまざまな都市問題のただなかに身を呈した。そのおもに参与観察的な踏査による研究は、それまでの社会改良・社会政策・社会変革の実践的意図をもった研究とはやはり一線を画すものだった。共感的でありながら同化せず、実践的でありながら知的合理性につらぬかれていた。
このように社会学における理論と実践の関係は単純ではない。ただいえるのはエートスとしての実践的志向が、自律した理論的認識への希求を牽引してきたということだ。したがって「同時代の社会問題に関わる」といっても、社会学者の努力はもっぱら「見る」ことに徹する観照=理論的実践という醒めたスタイルへ向けられてきた。だから、実業界や実務担当者にとって社会学は「すぐ役に立たない」科学であり、運動家や革命家からは「ブルジョア的アカデミズム」と非難されてきた。原則的に社会学はただ警鐘を鳴らすだけである。これを限界とみるか戦略とみるかの判断は、それを学ぶ人にゆだねられている。
政策的関心・臨床的関心・運動的関心
ここで社会科学一般において理論と実践がどのように関連づけられているかについてかんたんにふれておきたい。
すでに第一章の「社会のトリック、社会学のトリック」の項で説明したように、社会についての理論的認識はなんらかの形で研究対象たる社会そのものへと還流することになる。社会の理論的認識それ自体が社会の営みの一環なのである。
このような認識にたつと、社会の科学には立場によってさまざまな実践的関心のあることも納得できると思う。そのおもなものはつぎの三種である。
(1)政策的関心――政府と行政など統制者サイドの観点から社会問題を研究し、その成果を具体的な政策に生かす。失業問題・労働問題・都市問題・過疎問題・移民問題・民族問題などはおもに政策的関心から研究される。都市計画や社会工学などはもっぱらこの種の関心にもとづいている。
(2)臨床的関心――非行・犯罪・教育問題・老人問題・家族病理・アル中・精神病理などの社会病理現象を科学的に診断し、治療と問題解決の方途をさぐる。医学の応用部門としての臨床医学のように、個々の具体的な問題に対する臨床的な処方箋をエキスパート[専門家もしくは専門職]に提供する。
(3)運動的関心――統制者サイドでも専門家サイドでもなく社会運動の主体の立場から社会問題を科学的に設定し分析する。公害告発運動・環境保護運動・教育改革運動・差別解放運動・権利要求運動・女性解放運動・消費者運動など、おもに社会的弱者=民衆の立場から問題提起する。
このように実践的関心といってもさまざまであり、しかもそれによって「なにが社会問題であるか」微妙に――ときには大きく――ちがってくるし、「実践」の内容も主体[担い手]もちがってくるわけである。現状の社会学でも三種の実践的関心がいりみだれていて、とくにどれが主流とはいえない状況にある。もちろん、こうした実践的関心から遠く距離をとった研究も多い。これからの社会学がこれらの実践的関心とどのような関係にあるべきか、また社会学を学ぶ人は社会学からどのような可能性をくみとれるかを念頭におきながら、社会問題の定義について考察していきたいと思う。
▼1 ジンメル、居安正訳『貨幣の哲学(綜合篇)』(白水社一九七八年)。
▼2 ウェーバー「社会学・経済学における『価値自由』の意味」出口勇蔵・松井秀親・中村貞二訳『完訳世界の大思想1ウェーバー社会科学論集』(河出書房新社一九八二年)。
▼3 P・F・ラザースフェルド、J・G・レイツ、A・K・パサネラ、斉藤吉雄監訳『応用社会学――調査研究と政策実践』(恒星社厚生閣一九八九年)二-三ぺージ。
6-2 社会問題とはなにか
社会問題論のキーコンセプト
そもそも社会問題(social problems)とはなんだろうか。
社会問題についての理論を社会問題論と呼ぶことにすると、社会問題論には多様な考え方がある。このうち二十世紀にあいついで登場し流行した考え方をキーワードごとに整理してみよう。
(1)社会病理――社会は生物有機体のようなものだとする社会有機体説にもとづいて、生物の病気にあたるものを社会病理現象とする。一九二〇年代アメリカ社会学に流行し、やがて一般化した概念。これにもとづいて社会の病理現象を研究する部門を社会病理学(social pathology)という。
(2)アノミー(anomie)――「こうなりたい」「こうしたい」という人びとの欲求が異常に肥大化し、その欲求を満たすために必要な充足手段とのあいだにバランスが失われてしまうことによる無規制状態のこと。デュルケムの「アノミー的自殺」概念に由来する。
(3)社会解体(social disorganization)――習俗や慣習によって社会がその成員を統制できない状態になること。とくに新興都市に典型的にみられたため一九二〇年代から三〇年代あたりにシカゴ学派などによって使用された概念。スラムやギャング団のように社会全般の道徳的秩序と異なる独自の集団や地域が問題となる。
(4)逆機能(dysfunction)――社会システムの維持存続に貢献すべき部分要素が、その機能を適切に果たしていないか逆に脅かす作用をしていること。一九五〇年代から機能主義の一般化にともなって使われるようになった。たとえば、もっとも合理的とされる官僚制組織が「規則万能主義」「ことなかれ主義」「なわばり主義」に陥って硬直化した側面をみせるとき「官僚制の逆機能」という使い方をする。
(5)逸脱(deviance)――社会の規範が想定するスタンダードからはずれた行動をとること。「同調」と対概念になる。「逸脱行動」(deviant behavior)という使い方をする。「異常」や「病理」よりもこちらの方がより中立的であり、最近の社会学でよく使われる。
(6)レイベリング(labeling)[社会的反作用(social reaction)]――社会集団は、それを犯せば逸脱となるような規則をつくり、これを特定の人びとに適用してアウトサイダーのラベルを貼る。そして貼られた人・行為・集団が「逸脱」として問題化されるという考え方。機能主義理論に対抗する考え方として一九六〇年代以降広く使用されるようになった。
いずれも現在なお現役のとらえ方であり、さまざまに組み合わされて用いられることも多いので、あえてバラして整理してみた。わたし自身は「レイベリング」というとらえ方にひかれてきたが、「アノミー」や「逆機能」といった概念の方がとらえやすい問題[たとえば自殺]もあって捨てがたい。また「逸脱」は行為をあらわすのに適しているが、ウェーバーのいう意味喪失の問題やマルクスの物象化の問題のような社会全体の問題をあらわすときには適当ではない。これらについてはマルクスの「疎外」概念をつけくわえるといいかもしれない。「社会病理」概念はかねてよりそのイデオロギー性が批判されてきたが▼1、日本では特定のフィールドをもつ研究者や実務者によって今なお支持されつづけているようだ▼2。
ともあれ以上の諸概念は相互に重なりあう面もあり、またくいちがう面もあるが、社会学感覚の点からいえば複眼的であるにこしたことはないだろう。さしあたって社会問題の定義をあらかじめせばめておくメリットはないからだ。
社会問題と価値判断
さて「なにが社会問題か」となると、じつはむずかしい問題がひかえている。
たとえば「社会病理」というときには一定の「正常な」状態が想定されていなければならない。「逸脱」も一定の基準や社会的ルールを想定しなければ、そこからはずれたかどうかわからないはずである。「社会解体」も既存の社会秩序を基準にして判断される事態であり、それがじつは「社会変動」の一局面にすぎないとする見方もありうるし、「解体」地域を自律的なサブカルチャーとして認知することも可能である。その意味で「なにが社会問題か」の判定は、なんらかの価値判断をふくむのである。
問題は当然のことながら、このような価値判断が絶対的なものではないということだ。偏見にもとづくものかもしれないし、イデオロギー的かもしれない。かつては、主流だったかもしれないが、現在では少数派かもしれない。支配者にとっては妥当かもしれないが、民衆にとっては抑圧的かもしれない。その国では一般的でも、その国のある地域では特殊かもしれない。また世代や宗教によってもさまざまである。その例をいくつかみることにしよう。
たとえば家族病理というカテゴリーがある。これは家族成員間の不和や葛藤・家出・離婚・別居・単身家族・老人介護問題・家庭内暴力などを「病理」とみなす考え方である。たとえば「片親家族」は、かつて「欠損家族」「問題家族」と呼ばれ、病理的なものに位置づけられてきた。しかし、このさいなにを家族病理とみなすかは「家族はどうあるべきか」という価値観すなわち「結婚生活はどうあるべきか」「離婚は破綻か解決か」「親と子の理想的な関係は」といった家族観によって大きく左右されるのであって、家族病理の定義にとって問題なのは、むしろ「健全家族」の概念なのである。このように、社会問題の定義そのものがじつは文化現象であり、あくまでも相対的なものだとの基本認識から始める必要がある▼3。
視点の闘争
じっさい社会問題の定義は多面的な様相を呈している。たとえば最近のマンガの性描写は、その多くの読者にとってはごくナチュラルなものだが、一方には、それを「有害図書」として告発する母親たちのグループがあり、摘発する警察がある。じつはその告発自体が表現の自由を制限する点で問題たりえるのだが、ふつう告発側にその認識はない。両者の利害対立が社会問題の定義にそのまま反映している例である。
また時代によって定義の異なる場合も多い。たとえば教育界における体罰は学校教育法で明確に違法行為とされているが、現実に社会問題化したのは比較的最近のことである。かつて教師と親たちはともに体罰を許容する点で共通していたが、近年それがくずれ、さらに第三者の観察によって実態が一般に認識されてきたことによって社会問題となった。学校教育問題はおおむねこの道筋を通っている。また老人問題はいうまでもなく年をとることが問題ではなく、かつて老人の扶養介護を担ってきた家族がもはやその役割を負えなくなってきたから社会問題となってきた。だから、老人をめぐる社会環境の変化が、問題の定義を変えたのである。
喫煙問題は法律的には二十才未満に生じるが、現実には高校を卒業すれば問題にされない。しかし、肺ガンとの関連を示す科学的データがでて以降、副流煙が社会問題化し、嫌煙運動が高まり、職場や公共機関での分煙化がすすみつつある。つまり、タバコも法律も変わらないが社会問題の定義が変わったわけである。同性愛差別の問題もこれに似ているが方向は反対だ。六〇年代アメリカにおける反差別運動によって同性愛者への差別はやわらいだかにみえたが、八〇年代のエイズの衝撃からふたたび不当な差別が強まり深刻な社会問題になった。この場合、同性愛が問題とされたが、同時にかれらへの差別が社会問題なのである。
このように価値観の対立が深刻な結果をおよぼす例はほかにもある。「エホバの証人」信者の輸血拒否問題はその典型である。これは医療関係者からすれば患者の死をともなう大問題であるが、当事者にとっては生と死に関する宗教的信条にもとづくものであり、むしろそれが医療現場で尊重されないことが問題となった▼4。
これらは「だれが社会問題の判定者か」という問題にも密接につながっている。当事者か、一般の人びとか、行政サイドの統制者か、それとも第三者の観察者か。また問題を告発するのはジャーナリズムか、世論か、社会学者のような専門家か。このように社会問題を考える上では〈視点の闘争〉といった状態にまきこまれるのを覚悟しなければならない。
公式的見解
「視点の闘争」に関していくつかの主要なファクターをとりあげておきたい。
まず第一に指摘しておきたいことは、これまで多くの社会問題は公権力によって定義されてきたということだ。つまり社会問題は中央政府によって政策的関心から認知され定義された問題であることが多い。失業・貧困・都市・移民・犯罪・非行などの問題は政府や行政当局が政策をおこなう上で、そのつど定義してきたものである。したがって、そこにはかならず「公式的見解」(official conception)がふくまれている▼5。これはすでに一定の価値判断を前提している。つまり、あるものごとが公式的見解通りにうまくはたらかないことが「問題」だとする行政当局者や管理実行者[役人・法律家・教師・警官など]の視点――道徳や意識――をすでにふくんでいる。そのためオフィシャルに定義された「社会問題」の枠組では、ほんとうの当事者――つまり「問題」とされた人びと――の視点がぬけおちることになりがちである。
すでにふれたシカゴ学派の数々のモノグラフは、そうした公式的見解からはみえてこない社会の側面にアプローチしようとする社会学のエートスが愚直に実行されたものだったといえよう。つまり「一般市民」から問題とされている人びとの意味的世界を理解しようという一種の「インサイダー主義」が全面に押しだされたものだった。この点についてバーガーは法律家と社会学者を対照させてつぎのようにのべている。「法律家の関心は、状況の公式的見解とでも言うべきものに向けられている。これに対して、社会学者はしばしばまったく非公式的な見解を取り扱う。法律家にとって本質的な事は、法律がある特定のタイプの犯罪者をどのように見るのかを理解することである。社会学者にとっては、犯罪者が法律をどのように見ているかという事も、それに劣らず重要である▼6。」大新聞が標榜するような「客観中立」などありえないという現実的認識に立つかぎり、社会学はこのように多面的かつ相対主義的に問題の全体性をとらえることによって〈明識〉としての科学性を確保しなければならないだろう。
状態ではなくプロセスとしての社会問題
ある種の行為や集団がもともと「悪」「異常」「有害」「病理」「逸脱」であるという前提から出発できないことが、社会学的社会問題論独特の出発点をなす。
社会問題は結局、人びとがどのように意味づけるかによって変わってくる。この点についてはデュルケムの古典的なつぎのテーゼがすでに社会学の出発点を明確に語っている。「われわれはある行為、それが犯罪だから非難するのではない。われわれが非難するから犯罪なのである▼7。」この徹底的にプラグマティックな――別のいい方をすれば即物的な――思想こそ社会学特有の発想法である。
この発想法から一般化すると「社会問題とは、人びとが社会問題と考えるものである」という定義にたちいたる。これはつまり社会問題の主観的定義そのものも研究対象となるということだ。要するに、社会問題をある客観的な状態ととらえるのではなく、ある客観的状態とそれについての主観的定義をめぐる人びとの一連の活動のプロセスとしてとらえるのである▼8。
ある状態が社会問題かどうかは、ある程度はその社会の常識や通念によって判定される。その意味で人びとのもっている常識や通念――これらは世論として実体化される――は重要である。しかし常識には限界があることを忘れてはならない。いってみれば、常識はひきさかれている。これは第一に、同じ社会状態がある人びとには社会問題として、一方、他の人びとには快適な事態として定義されるという事態をさす。第二に、社会のメンバーが平等に判定するわけでなく、どうしても権威と権力の戦略的地位をしめる人びとの判断が高いウェイトをもつということだ。その意味で常識のもつ権力性も考慮しなければならない。第三に、人びとがありのまま事態を認識し、自己の利害に忠実な判断を下すとはかぎらないということ。ハバーマスの「システムによる生活世界の植民地化」の展望が示すように、人びとはしばしば自己欺瞞におちいる▼9。現実の社会問題に関わるとき、社会学が見極めねばならないのは、このプロセスである。
触媒機能を果たすもの――社会運動・ジャーナリズム・科学
ある状態が社会問題になるプロセスで重要なファクターとなるのは、公式的見解と常識ばかりではない。世論形成という形で重要な触媒のはたらきをするものがほかにもある。社会運動とジャーナリズムそして科学である。
社会運動(social movement)は主として私的トラブルと公共のイシューを結合するところがら生じる。たとえば、差別を受けている人びと・騒音に悩まされている人びと・不当な労働条件ではたらいている人びと・自由を束縛されている人びとなどが、自分の身に生じた私的なトラブルを、自分自身の行為の結果ではなく社会のしくみの結果として認識し、これを改善しようとする努力から始まる。また環境保護運動のように直接的に自己の利益を守るためではなく、社会正義や政治理念・倫理的要請から生じる場合も多い。いずれにせよ社会運動は現代の社会問題の主役級の役割を果たすようになっている。
ジャーナリズムの役割も同様である。世論形成上の強力な機能はもちろん、長期的には社会意識を大きく左右する。とくにジャーナリズムは日々のニュース・ヴァリューの判定を通じて「今なにが問題とすべきテーマか」を定義する点で非常に強い影響力をもつことがわかっている▼10。
ジャッジの役割をするのが科学である。自然科学は公害認定などのさい決定的な役割を果たすし、政治学・法律学・経済学などの制度化された社会科学は、社会問題を判定する上で一種の正当化機能を担う▼11。
▼1 そのもっとも古典的なものとして、ライト・ミルズ、青井和夫訳「社会病理学者の職業的イデオロギー」I・L・ホロビッツ編、青井和夫・本間康平監訳『権力・政治・民衆』(みすず書房一九七一年)所収。
▼2 この概念への支持の強さは一九八五年に日本社会病理学会が設立されたことにみることができる。その活動は毎年『現代の社会病理』(垣内出版)として出版されており、社会病理学の立場への問い直しがさかんになされている。
▼3 仲村祥一『生きられる文化の社会学』(世界思想社一九八八年)III「文化としての社会問題」参照。
▼4 この問題を正面から社会学に分折した論考として、市野川容孝「死の位相――信仰は医療に優越するか」吉田民人編『社会学の理論でとく現代のしくみ』(新曜社一九九一年)がある。ルポルタージュとして、大泉実成『説得――エホバの証人と輸血拒否事件』(講談社文庫一九九二年)。
▼5 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)四六ページ。
▼6 前掲訳書四六ページ。
▼7 デュルケーム、田原音和訳『社会分業論』(青木書店一九七一年)八二ページ。ただし命題風に訳しなおた。
▼8 さらに一歩ふみこんで、社会問題を「ある状態についてクレイムを申し立てる個人や集団の活動」すなわち「クレイム申し立て活動」(claims-making activity)として定式化しなおす興味深い試みがある。J・I・キツセ、M・B・スペクター、村上直之・中河伸俊・鮎川潤・森俊太訳『社会問題の構築――ラベリング理論をこえて』(マルジュ社一九九〇年)。
▼9 7-1参照。
▼10 11-2参照。
▼11 以上のことがらは、第二二章で具体的に展開しておいたので参照されたい。
6-3 時代診断の学としての社会学
社会学の役割――潜在的社会問題の発見
では、社会学はこのプロセスのなかでいかなる役割を担いうるのか。ロバート・K・マートンはこれを「潜在的社会問題の発見」に求めている▼1。
たとえば、百数十人の犠牲者をだした航空機事故は大きく報道され、徹底的に分析される。ところが毎日同じ数の犠牲者を間断なくだしつづけている自動車事故がこれだけのあつかいをうけることは少ない。後者は統計してはじめてわかる事態であり、可視性にとぼしい。これは国外の数万人の死者よりも国内の数十人の死者の方が人びとに衝撃をあたえることがあるのと同様だ。このことは「人間の悲劇の客観的な重要性」と「この悲劇に対する人びとの知覚」に不均衡があることを示している▼2。
このため、一方には社会の一定の人びとが望ましくないと判断する社会状態があり、他方、そのさまざまな結果が知られるようになってはじめて望ましくないと判断される社会状態が存在する。前者を「顕在的社会問題」といい、後者を「潜在的社会問題」という▼3。社会学はこの潜在的社会問題を顕在化させる役割を果たさなければならないというのがマートンの見解である。
しかし、わたしたちは社会問題についての社会学の役割について過大評価しないようにしなければならないとマートンは戒めてもいる。「行為のありうべき結果に関する新しい客観的知識を得たからといって、ひとはただちにこの知識に照らして行動するとは限らないし、社会学の素養をもったからといって、ひとは賢明になり思慮分別をもつようになるとは限らない。しかし、社会学的な研究によって潜在的な社会問題の実体を次から次へと暴露し、また顕在的な社会問題を究明することによって、ひとは自分たちの集合的な行為や制度化された行為の所産をますます説明することができるようになるのである▼4。」社会学が提供する知的自由とはこのようなことではないかとわたしは思う。
社会学的時代診断
社会学の歴史のなかで通奏低音のようにたえず演奏を牽引してきた実践的志向は以上のような社会問題論として大きく花開いたといえる。じっさい社会学の各研究領域のなかで社会問題に関するものは質量ともに充実しているし、これからますますその傾向は強まるだろう。
社会問題論としての社会学は、この章のはじめにあげた三つの実践的関心――政策的関心・臨床的関心・運動的関心――のそれぞれについて、〈分析〉〈診断〉〈反省〉の役割をになうものとして位置づけることができる。問題解決のための具体的な〈政策〉と〈治療〉と〈運動〉とは一線を画しながらも、知的誠実性によって現状を〈分析〉し〈診断〉し〈反省〉する知識を提供できるということだ。これこそ社会学研究の実践的課題であるといえる。そしてこうしてえられた社会学的知識が、それを学ぶ者によって間接的に〈政策〉〈治療〉〈運動〉といった問題解決のための諸実践に生かされればいいのだ。
カール・マンハイムは「社会学的時代診断」(soziologische Zeit-diagnostik)ということばで社会学のこの役割=実践的課題を表現した。ただしマートンとちがってマンハイムは同時代に対して評価的態度で臨み「戦闘的民主主義」の立場から「民主的計画」という社会計画構想を展望するところまで踏み込んだのだが。
社会学において「現代社会論」といわれる分野もこれとほぼ同じ動機をうけついでいるといえよう。「現代社会論」とは大衆社会論・産業社会論・脱産業社会論・情報化社会論・管理社会論・消費社会論などのように、特定の特殊現代的傾向をとりあげることによって現代社会の時代診断を試み将来的展望を模索する社会理論のことをいう。これらは時事的な問題と密着して「時評」や「論壇」の枠で論じられる一方、行政・企業・専門家の利害遂行に利用されることもあって、科学と思想――これには経営思想などもふくまれる――の狭間に位置することになる。研究者のなかにはこのような価値判断的な領域に足をつっこむのを邪道とみるむきもあるが、知識人として積極的に発言することによって科学的知識を社会に生かそうとする行動的知識人も多い。読者としては批判的に吟味することが必要となるゆえんである。
ロマンティシズムをこえて
さて、同時代の社会間題に関わるさいに生じる問題は、このような価値判断の評価だけではない。もう少し感情的な問題もある。
社会運動の当事者とそれを報じるジャーナリズムは、問題がヴィヴィッドであればあるほど「道徳的十字軍」として一種のロマンティシズムへ走ることがしばしばある。それは社会学も同じだ。ロマンティシズムは往々にして認識をくもらせるばかりか、自己欺瞞・自己満足をまねく。
かつてアメリカの逸脱行動論の第一人者であるハワード・ベッカーが「われわれはだれの側に立つのか」という問題提起をしたことがある。かれによると、社会問題を研究するさい社会学者は結局だれかの観点に立たざるをえないのだから、みずからの党派性を自覚すべきだという。そして権力者の側でなくその反対の極の「負け犬」(underdog)の立場にある人びとの観点に立つべきだと主張した。社会問題の構図でいえば、エリートではなく逸脱者・被害者・弱者の側だ▼5。
これは本書の立場にも近いものだが、ベッカーはいたずらに共感するのではなく客観性をたもつために「感情中立性」を強調した。そのために「動物園管理者のロマンティシズム」に陥る危険性があるとの批判を受け、論争になった。研究調査と称して「負け犬」となった人びとの周辺をかぎまわってその成果を標本のように展示する姿勢は、たしかに動物園管理者や昆虫採集マニアによく似ている。
このようなロマンティシズムは、人間としての苦しみに対する共感にともなうもので、その意味ではかならずしも放棄すべきものではないけれども、社会問題の認識のさいにそれを十分自覚し反省し明示していかないと、科学としての存在意義がなくなってしまう。このあたりがジャーナリズムと一線を画すところである。
そのためには、被害者および政策担当者などの立場にたつ当事者主義をこえる部分がなければならない。これは「まやかしのユートピア主義をさける」ためにも必要なことだ▼6。以前にのべた「インサイダー主義」だけでなく「アウトサイダー主義」もあわせもつことが要請される。
両義性の緊張に耐えること
これはつまり、ものごとを両義性においてとらえるということだ。両義性[アンビヴァレンス(anbivalence)]とは、あるものごとが同時に相反する意味や価値をもつことをいう。善であると同時に悪、危機であると同時に創造、周辺であると同時に中心、秩序であると同時に暴力、主体であると同時に客体――ことに社会的事象はこのような両義性にみちているのである。両義性をみつめ、両義性に耐えることこそ社会学が得意としてきたことである。
以上これまで社会学の問題としていろいろ論じてきたけれども、これらはたんに社会学の問題ではなく、近代社会に生きる者の知的問題であると受けとめてほしい。読者が社会学をめぐる議論を通過するなかで、読者自身が社会学的発想法を生活感覚としてもつことができれば幸いである。
▼1 マートン、森東吾訳「社会問題と社会学理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)。
▼2 前掲訳書四三〇ページ。
▼3 前掲訳書四二七-四二八ぺージ。
▼4 前掲訳書四二七ページ。
▼5 H.S.Becker,Whose side are we on ?, in: Social Problems14,1967.
▼6 マートン、前掲訳書四二九ページ。
増補
社会構築主義
社会問題の基礎理論として九〇年代の社会学を席巻したのが構築主義(constructionism)である。構築主義という分析視角の核心は、社会問題を「なんらかの想定された状態について苦情を述べ、クレイムを申し立てる個人やグループの活動」と定義するところにある。「ある状態を根絶し、改善し、あるいはそれ以外のかたちで改変する必要があると主張する活動の組織化が、社会問題の発生を条件づける」と考えるわけである[J・I・キツセ、M・B・スペクター『社会問題の構築――ラベリング理論をこえて』村上直之・中河伸俊・鮎川潤・森俊太訳(マルジュ社一九九〇年)一一九ページ]。
構築主義は、ある状態が最初から「問題」と考えないし「客観的に」問題だと定義することもできないとする。それは「問題」と定義するクレイム申し立て活動があって初めて「問題」になると考える。たとえば喫煙問題は、アメリカの反喫煙運動による「悪の創出」過程とそれに対する喫煙擁護勢力との「問題の定義」をめぐるせめぎあいの社会史として記述されるべきものである[ロナルド・トロイヤー、ジェラルド・マークル『タバコの社会学――紫煙をめぐる攻防戦』中河伸俊・鮎川潤訳(世界思想社一九九二年)]。
社会問題論におけるこの視角は今日では「社会構築主義」(social constructionism)として各領域の経験的研究に広く採用されている。家族社会学では家族について語られる言説によって当の家族が構築されるとの視点による研究がある[ジェイバー・グブリアム、ジェイムズ・ホルスタイン『家族とは何か――その言説と現実』中河伸俊・湯川純幸・鮎川潤訳(新曜社一九九七年)]。
また、近年の日本の教育社会学でも構築主義による研究がさかんである。たとえば次の三冊。今津孝次郎・樋田大二郎編『教育言説をどう読むか――教育を語ることばのしくみとはたらき』(新曜社一九九七年)。上野加代子『児童虐待の社会学』(世界思想社一九九六年)。朝倉景樹『登校拒否のエスノグラフィー』(彩流社一九九五年)。このあたりの具体的な方法論については、北澤毅・古賀正義編著『〈社会〉を読み解く技法――質的調査法への招待』(福村出版一九九七年)が論じている。
医療社会学においても医学的知識を社会的に偶発的(contingent)であり社会的に構築されるものと考える研究が紹介され始めている。たとえば、クロディーヌ・エルズリッシュ、ジャニーズ・ピエレ『〈病人〉の誕生』小倉孝誠訳(藤原書店一九九二年)。医療研究の場合は、フーコーの先駆的研究や反精神医学運動の影響が大きいので、必ずしもキツセたちの社会問題論とはつながりがない。
社会問題論のこれらの動向については、徳岡秀雄『社会病理を考える』(世界思想社一九九七年)が概観を与えてくれる。このあたりに興味をお持ちの方は、この本から入るといいだろう。
■社会学的時代診断
本編6―3では「時代診断の学としての社会学」について説明した。社会学を出発点にして具体的なできごとを分析し、価値判断を加えて批評する行為は、科学としての社会学のありようと矛盾しないどころか、むしろそれこそ社会学のエートスだと私は考えている。けれども、そうした活動は大学制度という基盤に立つアカデミズムの世界ではリスクを伴う行為でもある。ステレオタイプなウェーバー解釈のことばを使うと「没価値的」で「禁欲主義的」なスタイルの研究に専心していないと大学世界では評価されないのである。また、時事的な問題はどうしても予想を含むことになる。競馬予想と同様、それは的中するしないにかかわらず、すぐに結果がわかってしまう。それだけに実力が要求される仕事なのである。
その意味で、一九九〇年代の橋爪大三郎と宮台真司の活躍にはすばらしいものがある。ふたりの真骨頂は新聞や雑誌に書かれた鮮度のよいものにあると思うが、ここでは単行本化された主要なものをあげておこう。
橋爪大三郎『現代思想はいま何を考えればよいのか』(勁草書房一九九一年)。橋爪大三郎『民主主義は最高の政治制度である』(現代書館一九九二年)。橋爪大三郎『橋爪大三郎の社会学講義』(夏目書房一九九五年)。橋爪大三郎『橋爪大三郎の社会学講義2』(夏目書房一九九七年)。宮台真司『制服少女たちの選択』(講談社一九九四年)。宮台真司『終わりなき日常を生きろ』(筑摩書房一九九五年)。宮台真司『世紀末の作法――終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』(メディアファクトリー一九九七年)。宮台真司『まぼろしの郊外――成熟社会を生きる若者たちの行方』(朝日新聞社一九九七年)。宮台真司『透明な存在の不透明な悪意』(春秋社一九九七年)。
どちらかというと橋爪は政治批評の作法に則っているところがあり、必ずしも社会学的な議論に持ち込もうとはしないようだ。それに対して宮台のエッセイは「社会学では」というフレーズがあたかもそれが作法とでもいうようにでてくる点で、社会学を使うという意欲が感じられる。私自身が若いときには、そういう応用的説明をまるで聴いたことがなく、たいへんいらいらしたものだったが――そしてそれが本書執筆のエートスにもなったのだが――そういう思いが満たされるのはたしかである。
一九六〇年代の日高六郎や清水幾多郎のように、社会学者が論壇で発言し、言論界をリードする時代もあった。それを批判的に見る社会学者が多いのはたしかだが、経済学者や政治評論家や文芸批評家などが中途半端に社会学風の議論をふりまわすのを見るにつけ(そしてそれをウォルフレンのような人が「社会学者はこうだから」と批判するのを見るにつけ)、社会学者の出番はまだまだあると思う。
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4月 12017

社会学感覚3行為の意味を理解する

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
3 行為の意味を理解する
3-1 歴史的世界の形成者としての人間
行為の集積としての社会
わたしたちが好んで歴史小説を読み、大河ドラマを視聴するのは、〈人間が歴史をつくる〉ことのおもしろさにひかれてのことである。ただし、日本人好みのドラマの多くは、歴史的英雄たちのくりひろげる抽象化され虚構化されたドラマである。それにくらべると、現実の方が数段ドラマティックである。一九八九年からあいついで大きな潮流になった中国・東欧・ソ連の変革運動は、それぞれ独自の運命をたどりつつあるが、いずれにせよ〈人間が歴史をつくる〉という実感を、ながらくアパシー状態にある日本人にも味あわせてくれた。名もない民衆がみずからの生理に忠実に異議申し立ての運動をおこない、ときには大きな犠牲を払いつつ自分たちの社会を変えていく現実のドラマがここにある。わたしたちがこの歴史的瞬間を映しだすニュースに見入るのは、それがまぎれもなくアクチュアルだからだろう。
こうした歴史的事件のダイナミズムにくらべると、わたしたちのふだんのなにげない行動がはっきりと目にみえない形で社会のあり方や文化現象の数々を生みだしているという現実はあまりドラマティックではない。これもやはり〈人間が歴史をつくる〉ことにはちがいないのだが、わたしたちにはあまり実感がもてない。しかし、前章でのべたように、日常生活の中で自明性を帯びてあたかもモノのように存在するさまざまな社会制度――貨幣・資本・神・法・官僚制・国家など――は、もとをただせば人間たちの社会的行為の歴史的集積にはちがいないのだ。社会を構成するのは人間の行為であり、社会は人間がつくる――このことをまず確認しておきたい。
社会的現実の構成
ところが話はそれで終わらない。たとえば、流行の先端をゆき流行をつくりだしている業界の人びとでさえ、最新の流行は規制力をもつものとして認識されているように、あるいは主体的に参加したデモ行動がエスカレートして暴動化してしまいひとりひとりを感情的に巻き込んでしまうように、人間が社会をつくるといっても電化製品のように「つくる」わけではない。このあたりの事情を社会学史では、ふたりの巨匠を対比して「デュルケムとウェーバー問題」という形で定式化することがある▼1。
エミール・デュルケムは「事実、社会的なものは人間によってのみ実現されるのであり、人間の活動の一所産にほかならない」としながらも▼2、法・道徳・宗教教義・金融制度・集会の群衆行動・流行などの「社会的事実」――かれはこれを「制度」ともいう――が、個人にとって外在的であり、個人を拘束・強制することを強調した。これには理由があって、十九世紀末の当時に「社会は人間の心のなかにある」といった心理学主義が横行していたからである。そのためデュルケムは終始、「社会的事実」のもつこの独自な性格を強調しつづけた▼3。
他方、マックス・ウェーバーは、社会の構成単位が人間の行為であると主張し、国家や協同組合や封建制などといった概念さえ個々人の行為へ還元してとらえなければならないとした。社会はあくまで人間の行為が具象化したものであると考えるからだ。だから、人びとが国家に志向するのをやめた瞬間、もう国家は存在しなくなるだろうとさえ明言する▼4。旧ソ連における連邦と共和国の関係の破綻――そして「ソ連」の崩壊――を知っているわたしたちにとって、これはシニカルをこえてきわめてリアルに響く見識である。
たしかにふたりの巨匠のいうことには実感がともなう。わたしたちはさまざまな社会制度を絶対的なモノと感じることもあれば、所詮、人間がつくりあげたものだとも感じる。では、どのように考えていけばよいのか。
バーガーらはこのデュルケム型の観点とウェーバー型の観点を調停して「社会的存在の客観性を人間の主観性との関係において把える」ことを提唱し、社会は客観的現実であると同時に主観的現実でもある、その二重性を同時におさえていく必要をうったえた▼5。人間の行為がモノのように強固な世界をつくりだすのはいかにして可能かという大問題に対して、バーガーらの答はつぎのように要約される。「社会は人間の産物である。社会は客観的な現実である。人間は社会の産物である▼6。」めぐりめぐる三つの関連がここに示されている。かれらのこの命題をかりておおよその構図をえがいてみよう▼7。
(1)社会は人間の産物である――欲求や特定の意図を共同生活のなかで実現しようとする人間たちのさまざまな行為が類型的に集積されることによって、社会関係.社会集団・社会制度・社会構造が結晶化する。
(2)社会は客観的な現実である――結晶化した社会的現実が客体化して、個人にとって外在的で拘束的かつ強制的な社会的事実に転化する。この段階で、人間がそれらをつくっているということがみえなくなる物象化が生じる。
(3)人間は社会の産物である――人間はまず子どもとして社会から教育を受け、さらに大人になっても社会的現実との交渉のなかでアイデンティティを形成する。このプロセスのなかで〈客観的現実としての社会〉が個人の意識に投げかえされ、〈主観的現実としての社会〉を構成する。
これらは時間の順番ではなく、あくまでも同時に存在する三つの契機である。要するに、社会は人間によって創造されるが、逆にまた人間を創造するのであり、人間は社会形成を媒介にみずからをつくりだす。
人間と社会をこのようにとらえることを「弁証法」という。人間と社会の弁証法的把握の古典例として、マルクスの「社会そのものが人間を人間として生産するのと同じように、社会は人間によって生産されている」という一節をあげることができる▼8。この問題関心は「個人と社会」という社会学の古典的問題として論じられてきた。最新の社会理論のなかでは、アンソニー・ギデンスの構造化論における「構造の二重性」概念や、方向性は異なるがピエール・ブルデューなどにもその展開例をみることができる▼9。
社会をこのような人間の主体的な行為の集積としてとらえるという発想は、まさに社会学が独自に発想し苦慮しつつ理論的基盤をきずいてきた重要な伝統である。社会学はこの点で、よそよそしいモノとしてわたしたちに立ちはだかる社会を、わたしたち人間の側に取り戻そうとする科学なのである。
▼1 わかりやすい比較としては、R・ベンディックス「社会学の二つの伝統」R・ベンディックス、G・ロート、柳父圀近訳『学問と党派性――マックス・ウェーバー論考』(みすず書房一九七五年)。
▼2 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)七六ページ。また「第二版への序文」では「諸個人のみが社会における能動的な要素であるというのは確かである」とものべている。前掲訳書二〇ページ。
▼3 デュルケムの代表的な定義を示しておこう。「社会的事実とは、固定されていると否とを問わず、個人のうえに外部的な拘束をおよぼすことができ、さらにいえば、固有の存在をもちながら所与の社会の範囲内に一般的にひろがり、その個人的な表現物からは独立しているいっさいの行為様式のことである。」前掲訳書六九ページ。
▼4 マックス・ウェーバー、海老原明夫・中野敏男訳『理解社会学のカテゴリー』(未来社一九九〇年)三八ページ。『社会学の基礎概念』第一節第九項と第三節参照。最後にあげた節ではつぎのようにのべている。「たとえば、『国家』というものは、ある種の、有意味的に方向づけられた社会的行為が経過するというチャンスが消滅するやいなや、社会学的には『存在する』のを止める。」マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)四〇ページ。これと同様の見解はジンメルにもみられる。かれはいう、「われわれが国家や法や制度や流行などの本質的特徴や発展について触れるさいに、それらをあたかも統一的な実在であるかのように取り扱うということは、一つの方法上の救済策にすぎない」と。大鐘武訳編『ジンメル初期社会学論集』(恒星社厚生閣一九八六年)三〇ページ。
▼5 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーク、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)九七ぺージ。
▼6 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常生活の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一〇五ページ。
▼7 前掲訳書。
▼8 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)一三三ページ。
▼9 「構造の二重性」についてギデンスはつぎのようにのべている。「構造は実践の再生産の媒体であるとともに帰結でもある。構造は行為主体と社会的実践の構成のなかに同時に入り込んでおり、この構成を生成する契機のなかに『存在』するのである。」アンソニー・ギデンス、友枝敏雄・今田高俊・森重雄訳『社会理論の最前線』(ハーベスト社一九八九年)五ページ。ブルデューについては、インタヴュー構成によってわかりやすく語られた本が訳されているので、そちらを参照のこと。ピエール・ブルデュー、石崎晴己訳『構造と実践――ブルデュー自身によるブルデュー』(新評論一九八八年)。
3-2 動機を理解すること
動機の理解
歴史的社会の形成者として人間をとらえるという発想からでてくることは、社会を解明するためには、それをこれまで支えてきた・または現に支えている人びとの〈意味の世界〉にまでメスをいれる必要があるということだ。
人間が動物と決定的にちがうところは、人間が徹頭徹尾〈意味の世界〉に生きていることだ。わたしたちがなにか行動をおこすとき、意識するとしないとにかかわらず、なにか理由があるはずである。なにか目的を達成するためかもしれないし、自分たちの正義や思想や信仰にしたがって活動しているのかもしれないし、その場の感情や気分による気まぐれなふるまいかもしれない、また、身についた習慣によるなにげないしぐさかもしれない。セックスや食事をふくめて人間の行動は動物のようにただ本能にもとづくものではない。このような行為の理由は、人間独自の意味的現象に関わる。人間は〈意味の世界〉に生きている唯一の動物として行為している。
このような行為の理由のことを社会学では「主観的意味」(subjektiver Sinn)とか「動機」(Motiv)と呼んでいる。これもウェーバーの用語である。
たとえば「大学への進学志望者が多くなった」というデータがあっても、なぜそうなったかを分析する場合、ひとりひとりの個人がどんな動機で進学したいと考えているのか、またそう考える社会的背景や経済事情・文化環境を理解しなければならないだろう。当事者があげる理由としては「勉強してリッチな生活をするため」「弁護士や建築士など特定の職業につく資格をえるため」といった目的に即したものもあるだろうし、「みんなが行くから」とか「行かないとカッコ悪いから」「親がうるさいから」といった模倣的なものや社会的圧力[プレッシャー]によるものもあるだろう。また「まだ働きたくないから」という執行猶予的な動機も大いに考えられる。ことによると「なりゆきで」といった主体性のない理由をあげる人もいるかもしれない。行為の主観的意味もしくは動機を理解することは、いわば〈心のひだ〉に入り込んでいくわけで、「なりゆきで」という理由に典型的にあらわれているように、行為者自身がかならずしも自分の動機を正確につかんでいるとはかぎらない。自分という存在は多くの人にとってブラックボックスになっているからである。
動機とはなにか
また動機については別の問題もある。動機というと、警察の取り調べで追及されるあの「動機」を思い浮かべる人がいるかもしれない。たとえば少年が非行に走る動機としてよく取りざたされるものに「授業がわからない」とか「学校がおもしろくない」というのがある。だから「教師が悪い」「学校が悪い」と管理教育批判が始まるわけだが、そのような理由は警察や行政当局などの統制者側に理解しやすい形での表明にすぎないという▼1。それはむしろ非行の結果であって、社会が非行と呼ぶ一連の行動をみちびきだしている特定の「主観的意味」をかならずしもあらわしてはいない。意識調査やアンケートをして安直にきめつけることの危険性はここにある。
この点について若干補足しておこう。アメリカの社会学者ライト・ミルズによれば、通常わたしたちが「動機」と呼ぶものは、行為の原動力となる内的状態というよりは、人びとが自分や他人の行為を解釈し説明するための類型的なボキャブラリーだという。たとえば「あれはジェラシィのためだ」とか「金もうけだ」とか「自分のプライドを守るためだ」とか「性的な欲望を満たすため」「家族のため」というように。わたしたちは社会のなかのパターン化された〈動機のリスト〉を共有していて、自分の行為を弁明したり正当化したりするときに、それら既成のボキャブラリーのなかから適当なもの――相手が納得しやすいもの――をみつくろって相手に提示する。また他人の行為についても同様にして納得したり詮索したりする。だから「適切な動機」とは「問う人を満足させる動機」にほかならない。まさに「動機とは合言葉である。」したがって「『ほんとうの』動機」を解明することは予想以上にむずかしいことなのである▼2。
状況の定義
行為者の主観的意味を理解する上で重要な問題は、行為者自身が現実をどのように認識しているか・意味づけしているか・定義しているかである。それによって同じような状況でも具体的な行為がちがってくるからである。行為者が現実をどう意味づけているかを社会学では「状況の定義」(definition of situations)と呼ぶ。これはアメリカの社会学者ウィリアム・I・トマスの概念である。主観的意味の世界を理解しようとすれば、当然、行為者の状況の定義を解明しなければならない。
たとえば、犯罪・非行・不登校・高校中退などの社会現象の場合、当事者が現実をどのように意味づけているかが決定的に重要な要素である。しかも、かれらの状況の定義は、取り締まり・管理・指導する側の状況の定義とかみあわず、しばしば根本的に決裂している。したがって、統制者側の視点で当事者たちの行為を理解することはじっさいには不可能なはずだが、これを不用意にもちこむことは科学的分析にとってとても危険な誘惑となる。これは企業犯罪や政治犯罪にかかわるエリートたちの状況の定義が一般市民の状況の定義と著しく異なるのとまったく同じ構図であり、一般市民の視点からかれらを断罪しても、問題はなんら解明されないのである。いずれにせよ、あくまで当事者の主観的意味に迫らなければならない。
また、当事者による状況の定義づけを重視していけば、ある行為をしないのもれっきとした行為としてみえてくる。たとえば、精神薄弱や肢体不自由な児童のための教育施設である養護学校を拒否する親の行為も、かつては行政側の意味づけとはまったく異なる状況の定義――たとえば「ここに通うことは、いわゆる〈ふつう〉の子でなくなることだ」という定義づけ――にもとづいていた▼3。同じように生活保護を受けることで「〈ふつう〉の市民」でなくなってしまうと考えて、本来は権利である生活保護を受けない高齢者もいた▼4。また日本では精神科を受診すること自体が「精神病」のレッテルを貼られかねないので、重篤にいたるまで放置することが多く、そのため回復が困難になることも多いという。
▼1 佐藤郁也『暴走族のエスノグラフィー――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜杜一九八四年)による。また、同様のことを「プロ教師の会」の諏訪哲二ものべている。「私たちが何らかの行動をしたり態度をとったりするとき、そこに『ことば化される意識』で捉えられる理由や根拠があることなど、なかなかありはしない。それと同様に、非行生徒自身もどうして自分が『非行』をしてしまったかよくわかっていないのだ。それを無理矢理ことばでしゃべらせようとすれば、『勉強がわかんなかったから』とか『今朝親とケンカしてムシャクシャしたから』というような、いかにも教師が納得してしまうようなことばが出てくるだけである。」諏訪哲二『反動的!学校、この民主主義パラダイス』(JICC出版局一九九〇年)六六ページ。
▼2 ライト・ミルズ、田中義久訳「状況化された行為と動機の語彙」I・L.ホロビッツ編、青井和夫・本間康平監訳『権力・政治・民衆』(みすず書房一九七一年)。ガース、ミルズ、古城利明・杉森創吉訳『性格と社会構造――社会制度の心理学』(青木書店一九七〇年)の「V動機づけの社会学」参照。
▼3 最近では、健常者と共学させることが教育方法としてすぐれているという考え方で養護学校もしくは特殊学級を拒否するケースが増えているようだ。この考え方を「ノーマライゼイション」といい、高齢者や障害者を施設へ隔離・分断することを拒否する思想である。
▼4 生活保護申請の手続きに町内の生活委員が関与するため、結果的に生活保護を申請したことが地域の人に知られてしまう。このことが申請をためらわせる大きな要因になっていた。
3-3 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
「プロ倫」とは
すでにふれてきたように、さまざまな社会的事実を人間の行為にまで還元してその主観的意味[動機]を探るべきだと提唱した代表的な社会学者がマックス・ウェーバーだった。「理解社会学」(verstehende Soziologie)と呼ばれるウェーバーの社会学構想については省略するとして、ここではかれの壮大な具体的事例研究を紹介してそれにかえよう。第二章で紹介した『宗教社会学論集』(全三巻)におさめられている「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」――通称「プロ倫」という――がそれである▼1。
(1)問題提起――ウェーバーが「プロ倫」を書きはじめた一九〇四年あたりの初発的な問題関心は、近代資本主義の根源の探究にあった。これはのちの一九一九年に『宗教社会学論集』のために改訂されるが、そのときウェーバーの問題関心は、近代資本主義だけでなくそれをふくむ西欧の壮大な合理化過程に拡大され、その人間的な起動力の解明を構想するものとなっていた。いずれにしても「プロ倫」であつかうテーマは明確である。すなわち「インド・中国・イスラムなど高い文明をもっていた文化圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界にのみ近代資本主義が成立したか?」である。
(2)資本主義と近代資本主義――ウェーバーによると資本主義は中国にもインドにもバビロンにも古典古代にも中世にも存在した。高利貸し・軍需品調達業者・徴税請負業者・大商人・大金融業者たちの「資本主義」である。しかし、これらと西ヨーロッパおよびアメリカの「近代資本主義」――より正確には「近代の合理的・経営的資本主義」――とは決定的に異なっていた。後者は簿記を土台として営まれる合理的な産業経営の上になりたつ利潤追求の営みであり、これは大量現象としては西欧近代にのみ発生したものだったのである。
(3)資本主義の精神――近代資本主義を推進させた原動力をウェーバーは「資本主義の精神」と呼ぶ。かれは論文改訂後「行為への実践的起動力」という意味で「エートス」ということばを使っている▼2。ウェーバーが「資本主義の精神」の典型的事例として掲げるのは有名なベンジャミン・フランクリンの処世訓、俗にいう「時は金なり」である。「時間は貨幣だ」「信用は貨幣だ」「貨幣は繁殖し子を生むものだ」といったことを忘れるなと説くフランクリンのことばの特徴は、「信用のできる立派な人という理想、とりわけ自分の資本を増加させることを自己目的と考えるのが各人の義務だという思想」である▼3。そこで表明されているのが「資本主義のエートス」であるとウェーバーはいう。「『資本主義』は中国にも、インドにも、バビロンにも、また古代にも中世にも存在した。しかし、後に見るように、そうした『資本主義』にはいま述べたような独自のエートスが欠けていたのだ▼4。」このように、正当な利潤を天職として組織的かつ合理的に追求する信念にほかならない「資本主義の精神」が、たんに経営者だけでなく労働者にもひとしく分有されていることが近代資本主義の大前提なのだ▼5。「あたかも労働が絶対的な自己目的――《Beruf》「天職」――であるかのように励むという心情が一般に必要となるからだ。しかし、こうした心情は、決して、人間が生まれつきもっているものではない▼6。」というのも伝統主義的な生活態度であれば、人は習慣としてきた生活をつづけ、それに必要なものを手にいれることだけを願うにすぎない。この伝統主義を突破させたものはなにか。それをウェーバーは長年の宗教教育に求める。宗教といってもキリスト教全般ではない。宗教改革以降のプロテスタンティズムのそれである。
(4)禁欲的プロテスタンティズム――プロテスタンティズムは一六世紀ルターの宗教改革の影響で生まれ、西ヨーロッパおよびアメリカで盛んになった反カトリック教会の諸派のことである。聖書を徹底的に重視する点で、ローマ・カトリック教会およびロシア正教会と異なる。英語圏ではピューリタニズムとも呼ばれる。このプロテスタンティズムと「資本主義の精神」とをつなぐのは「禁欲」という概念である。だから、ウェーバーは正確には「禁欲的プロテスタンティズム」と呼ぶ。この禁欲的プロテスタンティズムの原点となっているのはカルヴィニズムの「恩恵による選びの教説」つまり予定説である。カルヴァンによるこのきわめてラディカルな思想によると、神は永遠の生命をあたえた人間をすでに選び、他の人間は永遠の死滅に予定したという。だれが永遠の生命に予定されているかは神のみぞ知る。しかも人間がそれを変えることは絶対不可能だと。これによって人びとは救済の道をいっさい絶たれることになる。聖書も助けえない、教会も助けえない、神さえも助けえない。「人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在する」と考えるこの悲壮な教説は、人びとを絶対的な孤独と不安へ陥らせた。ウェーバーは「個々人のかつてみない内面的孤独の感情」とこれを表現する▼7。
(5)天職――こうしてプロテスタントにとって自分が神から選ばれているか否かが最大の問題となったとき、かれらに残された道はたったひとつだった。まず「誰もが自分は選ばれているのだとあくまでも考えて、すべての疑惑を悪魔の誘惑として斥ける」つまり自己確信をもつこと。そして自己確信を獲得するために「絶え間ない職業労働」にいそしむことである。なぜ職業労働かというと、ルターが聖書翻訳のさい「天職」(Beruf)概念を導入して以来、プロテスタントにとって世俗の職業は神が各人に与えた使命であり、職業労働につとめることがイコール「神の栄光をます」こととされていたからだ。こうして切実な宗教的不安を解消しようとする強烈なエネルギーが職業労働に向けられることになった。
(6)世俗内禁欲――もうけることが目的ではなく、ひたすら神の意志に合わせてみずからを職業人=天職人として自己形成する行為としての職業労働を中心とした生活。欲望や快楽や気まぐれや怠惰にしたがう自然のままの生活ではこれは実現できない。禁欲的に日常の生活をすみずみまでコントロールしなければならない。こうして、かつてはカトリックの修道院のなかでのみなされていた禁欲的生活が、今度は世俗内でおこなわれるようになった。これを「世俗内禁欲」という。「来世を目指しつつ世俗の内部で行われる生活態度の合理化、これこそが禁欲的プロテスタンティズムの天職観念が作り出したものだったのだ▼8。」
(7)近代資本主義――世俗内禁欲にもとづく積極的かつ合理的な職業活動は、皮肉にも小商品生産者を結果的にもうけさせることになった。なぜなら、かれらは利益の少ない一定の低価格で良い商品を規則正しく販売し正直な取引をしたからだ。これがおなじみの顧客をつかむことになったのだ。こうしてえられた富は天職の結果なのだから神の恩恵として認められた。しかし、かれらは貴族的消費を嫌悪していたから、この富は必然的に投資に向けられることになる。こうして期せずして資本が形成され、合理的産業経営の機構組織がつくりあげられた。このあたりのメンタリティが「資本主義の精神」にほかならない。資本主義の離陸もここからはじまる。ところが、ひとたび資本が形成され、合理的機構がつくられると、今度はそれらが利潤を要求し、合理的な経営をしなければならなくなってくる。それまで内面的な宗教倫理によってなされてきたことが、「資本主義の精神」を経て、やがて経済的強制にとってかわる。こうしてわたしたちのよく知っている鋼鉄のような近代資本主義となる。ウェーバーは最後につぎのようにのべている。「ピュウリタンは天職人たらんと欲した――われわれは天職人たらざるをえない。というのは、禁欲は修道士の小部屋から職業生活のただ中に移されて、世俗内的道徳を支配しはじめるとともに、こんどは、非有機的・機械的生産の技術的・経済的条件に結びつけられた近代的経済秩序の、あの強力な秩序界[コスモス]を作り上げるのに力を貸すことになったからだ。そして、この秩序界は現在、圧倒的な力をもって、その機構の中に入りこんでくる一切の諸個人――直接経済的営利にたずさわる人びとだけでなく――の生活のスタイルを決定しているし、おそらく将来も、化石化した燃料の最後の一片が燃えつきるまで決定しつづけるだろう▼9。」
理念と利害
以上のようなウェーバーの説はきわめてセンセーショナルなもので、当時大論争を呼び起こした。その理由は大きくわけてふたつあった。ひとつはその逆説性だ。一般の常識では、まず「もうけたい」という営利本能があって、そこから活発な職業活動をへて資本形成にいたると考える。ところが、ウェーバーの理論はその逆をいく。もうけることを罪悪として嫌っていたもっとも禁欲的な人びとが宗教的な動機から職業労働に励むことで資本形成への道を歩みだし、結果的に経済的合理主義を生みだしたというのだから。これは当時の常識に対してかなり意表をついていた。
第二に史的唯物論との対決という論点があった。ウェーバーは史的唯物論の基本的な考え方――「存在が意識を規定する」つまり物質的利害=経済がいっさいの歴史を左右する――をある程度は認めつつも、その限界点をつく。それは理念の果たす歴史的役割の重要性についてである。この点を明確にのべた有名なフレーズを紹介しておこう。「人間の行為を直接に支配するものは、利害(物質的ならびに観念的な)であって理念ではない。しかし、『理念』によってつくりだされた『世界像』は、きわめてしばしば転轍手として軌道を決定し、そしてその軌道の上を利害のダイナミズムが人間の行為を押し進めてきたのである▼10。」「転轍手」とは線路のポイント切り替え装置のことだ。つまり、理念という転轍手が、人間の行為という列車の進む方向を決める役割を果たすことがあるというわけだ。「プロ倫」はまさにその一事例なのである。
しかし、かといって「資本主義の精神」が宗教改革の一定の影響の結末としてのみ発生しえたとか、また、経済制度としての資本主義はもっぱら宗教改革の産物だなどと主張しているわけではない▼11。かれ自身があちこちで強調しているように、「プロ倫」で提示したのは複合的な因果連鎖のひとくさりにすぎない。
方法としての「理解」
主観的な〈意味の世界〉がまさにブレイクスルー[突破]となるプロセスをスリリングにえがいた「プロ倫」は、人間の意味世界の探求を媒介に歴史的社会の潮流を探る画期的な研究だった。この点で「プロ倫」が理解社会学の具体的展開事例であることを再度確認しておきたい。
結局社会現象が自然現象とちがうところは、人間の主観的意味に深く規定されていることである。たとえば台風の進路のような自然現象は、外的に観察できるさまざまな気象条件から解明されるにとどまる。それに対して、社会現象の方は外的観察に加えて、行為者の主観的意味を理解することによってより因果関係が明瞭に説明できる可能性がうまれる。その意味で「理解」の方法は社会学にとって独自の分析装置となるものである▼12。
そのさい、主観的意味は単独に存在するものではなく、広い社会的文脈に位置づけられなければならない。これを「意味連関」という。理解社会学では意味連関を知的に理解することが〈説明〉になる。「プロ倫」でいえば「自分は天国に行けるかどうか」という禁欲的プロテスタントたちの孤独な不安が「主観的意味」にあたり、そういう心理を導いた天職観念などがさしあたりの「意味連関」に相当する。また世俗内での禁欲的生活という行為は、中世キリスト教の修道院制度における世俗外禁欲にその淵源をもち、その源泉はさらに古代ユダヤ教の預言にまでさかのぼりうる。こうした歴史的な意味連関をたどらなければ、その主観的意味は十分説明できないというわけである。
以上のかんたんな紹介からも、理解社会学がたんなる心理学ではないことがわかると思う。生理的本能や身体的環境を絶対視してその関数としてしか人間の心理をみようとしない非歴史的な心理学主義への傾斜の誘惑はたえず存在するけれども、これに抗することが理解社会学に課せられたもうひとつの使命でもある。
▼1 ウェーバーについての研究論文では「倫理」論文と呼ばれることが多い。訳書は、マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫一九八九年)。旧訳を全面的に改訳した新版。格段に読みやすくなって知的スリルをかんたんに味わえるようになった。解説も初心者向きに徹して秀逸。これから社会学を勉強する人は幸せである。なお、研究者によって「ウェーバー」と表記される場合と「ヴェーバー」と表記される場合とがある。本書ではおもに社会学系の慣用にしたがって「ウェーバー」に統一した。
▼2 マックス・ヴェーバー、大塚久雄・生松敬三訳『宗教社会学論選』(みすず書房一九七二年)三四ページ。
▼3 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』四三ページ。
▼4 前掲訳書四五ページ。
▼5 前掲訳書七二ぺージ。
▼6 前掲訳書六七ページ。なお、ここで「心情」と訳されているGesinnungは、むしろ「信念」と訳されるべき概念である。阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)および岡澤憲一郎『マックス・ウェーバーとエートス』(文化書房博文社一九九〇年)参照。
▼7 前掲訳書一五六ページ。
▼8 前掲訳書二八七ページ。なお、ここで「世俗」と訳されるWeltは「現世」の意味でもあるので、「現世内禁欲」とも訳される。以下の記述における「世俗」も同様。
▼9 前掲訳書三六五ページ。
▼10 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書五八ページ。
▼11 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三五ページ。
▼12 1-3参照。
3-4 「文化の悲劇」と「意味喪失」
行為の主観的意味と客観的結果
巨大な組織や強力な権力、国家をこえてゆきわたる資本主義のような社会体制を考えると、個人ひとりひとりはずいぶんちっぽけな存在に思える。事実、それらは個人の力ではどうしようもなく大きな力をもっている。わたしたちはそれについ圧倒されてしまう。しかし、それらを現実につくりだし、かつ支えつづけているのは、まぎれもなく個人個人の思いをこめた行為なのだ。社会的事実・社会現象をいったん人間の行為にまでさかのぼって、そこに働いている〈意味の世界〉を理解すること――すでに確認したように、これが社会学独自の有力な方法である。
とはいうものの、これはけっこうむずかしい作業である。というのは、人びとの主観的意味とそれがもたらす客観的結果とがしばしばくいちがうからである。
「プロ倫」でも、プロテスタントたちは社会を資本主義的に改造するために禁欲的に職業活動に励んだのではなかった。ただひたすら魂の救済を望んでいただけである。かれらの、主観的意味とは別に、その行為の集積が資本の蓄積をもたらし、他のさまざまなファクターと複合することによって、強力な自律性をもった資本主義という巨大な経済システムを離陸させる結果となったのである。つまりそれは「意図せざる結果」だった▼1。
「軸の転回」と「文化の悲劇」
社会形成のプロセスにとって「意図せざる結果」はつきものだ。なぜなら、そこにはかならず「軸の転回」(Achsendrehung)と呼ばれる現象が生じるからである。「軸の転回」とは、もともとの目的や意図などの内容をふくんだ生の全体から、しだいに形式が分離し、やがて自律性をもつようになることだ。これ自体は社会形成の必然的なプロセスである▼2。
たとえば、「生きるため」という実践的目的の知識から自己目的的な学問=科学が生じるように、生活全体に融合していた美的要素や遊びから芸術やゲームといった活動が自立するように、また諸個人の活動を相互に規制しあう調整から法が自立するように、そして経済の純粋な手段としての貨幣が今度は絶対目的としての貨幣に転換するように、もともと目的を達成するために生じた媒介手段が、自己目的をもった自律的世界へと転回してしまうことである。
問題なのは、この「軸の転回」が「文化の悲劇」と呼ばれる事態と表裏一体だということだ。
よく手作りの市民運動が大きくなりすぎて「こんなはずじゃなかった」ということがある。また個人経営の会社が大資本の株式会社に成長したために、創業者とその経営理念がじっさいの経営から排除されることも少なくない▼3。「文化の悲劇」とはこのような逆転現象をもっとマクロにとらえた概念である▼4。
「文化の悲劇」のもっとも典型的な事例は、原子力であり、公害であり、戦争である。こうした直接的な悲劇性とともに、官僚制や法の非人格性といった、システムの自律性の結果としての「文化の悲劇」も重要である。トップでさえ思うようにならない巨大組織や社会体制の問題が、現代社会のさまざまなひずみを生みだしている事実は、周知のことである。
ウェーバーの意味喪失問題
このような見方はウェーバーにも共通している。いや、むしろウェーバーはこのようなジンメルの洞察をニーチェの哲学とともにうけついだのだというべきであろう。それはたとえばつぎのような発言にはっきりあらわれている。「はじめ偉大な世界観から出発した結合体が、事実上ますますもとの世界観から離れていくような機構となる、そういうことがあります。こうした事態は、よくいわれるようなあの『悲劇』、すなわち、現実のなかに理念を実現しようとする企てがいつも落ちこむところの一般的な『悲劇』にまったく近いことがらです▼5。」このあたりの事情はアーサー・ミッツマンによってつぎのように明確に表現されている。「非常に立場の近い友人ゲオルク・ジンメルは、『主観的』精神に対する『客観的』精神の不可避的な勝利という考え、すなわち、創る人間に対して創られた物が勝利を収めるという考えをウェーバーに与え、ウェーバーはそれを彼の社会学の中で見事に使いこなした。たしかに、ウェーバーの業績は、政治的宗教的なイデオロギーおよび制度の歴史に対するジンメルの洞察を多くの点においていっそう掘り下げて応用したものと解しうるであろう。――すなわち物象化の社会学▼6。」
ウェーバーがジンメルの「文化の悲劇」概念をうけつぐなかでつけくわえた強調点のひとつに「意味喪失問題」がある。ウェーバーはいう。「『文化』なるものはすべて、自然的生活の有機的循環から人間が抜け出ていくことであって、そしてまさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく▼7」と。
その典型的事例がほかならぬ近代科学である。科学は「われわれはなにをなすべきか、いかにわれわれは生きるべきか」というトルストイ的問いに対してなにも答えない。これらは問題外とされる。これについてウェーバーは近代医学を例にあげている。医学は著しい発達をとげた。しかし、その前提には生命の保持という単純な前提があるのみで、生きる意味も死ぬ意味も問題外である。一般に自然科学は、もし人生を技術的に支配したいと思うならばわれわれはどうすべきであるか、という問いにたいしてはわれわれに答えてくれる。しかし、そもそもそれが技術的に支配されるべきかどうか、またそのことをわれわれが欲するかどうか、ということ、さらにまたそうすることがなにか特別の意義をもつかどうかということ、――こうしたことについてはなんらの解決をも与えず、あるいはむしろこれをその当然の前提とするのである▼8。」「生の質」や「死」を排除してきた従来の医学に対する批判と反省が今日の医療現場において噴出していることを思うと、ウェーバーの指摘は現代に響くものをもっている▼9。
ところで「プロ倫」の末尾の方でウェーバーはつぎの有名な一節を残している。それをみてこの節を終えることにしよう。「将来この鉄の檻の中に住むものは誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現われるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも――そのどちらでもなくて――一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にも分からない。それはそれとして、こうした文化発展の最後に現われる『末人たち』》letzte Menschen 《にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。『精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう』と。――▼10」近代社会の物象化傾向に対するペシミスティックな展望をここにみることができる。
▼1 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書一三四ページ。
▼2 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)七八ぺージ-八一ページ。
▼3 このような「悲劇」についてはジョージ・オーウェルの強烈な批評眼による寓話的小説『動物農場』を読んで考えてほしい。高畠文夫訳『動物農場』(角川文庫一九七二年)。なおオーウェルという作家自体もたいへんおもしろい存在でかれの生き方と思想そのものが良質の社会学的テキストだと思う。この訳書に付せられた五〇ページにおよぶ訳者の解説はもっとも安価なオーウェル伝記であり、これでオーウェルについて入門してもらいたい。
▼4 ゲオルク・ジンメル、阿閉吉男訳「文化の概念と悲劇」阿閉吉男編訳『文化論』(文化書房博文社一九八七年)。
▼5 ドイツ社会学会第一同大会におけるウェーバーの「会務報告」。マックス・ウェーバー、中村貞二訳「ドイツ社会学会の立場と課題」完訳世界の大思想1『ウェーバー社会科学論集』(河出書房新社一九八二年)二二七-二二八ぺージ。
▼6 A・ミッツマン、安藤英治訳『鉄の檻――マックス・ウェーバー 一つの人間劇』(創文社一九七五年)一六四ページ。ただし、訳文中「ジムメル」とあるのを「ジンメル」に改めた。
▼7 マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』前掲訳書一五八-九ぺージ。この点についてはユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸・フーブリヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の理論(上)』第二章第四節(1)「同時代診断の二つの契機――意味喪失と自由喪失」参照。
▼8 マックス・ウェーバー、尾高邦雄訳『職業としての学問』(改訳版・岩波文庫一九八〇年)四五ページ。タイトルの「職業」とはBeruf「天職」のこと。本書はウェーバーが一九一七年におこなった講演。『職業としての政治』とともに社会系学生の必読書。このふたつの講演についてくわしく解説したものとして、W・シュルフター、米沢和彦・嘉目克彦訳『現世支配の合理主義――マックス・ヴェーバー研究』(未来社一九八四年)第二章がある。講演のおこなわれた年についてもこの論文に準拠した。
▼9 医療については第二三章でくわしく検討する。ここではさしあたりウェーバーの抽象化されたことばを具体的に理解してもらうために医療現場の実態をえがいたルポルタージュを紹介しておく。保阪正康『日本の医療――バラ色の高齢化社会は崩壊するか…』(朝日ソノラマ一九八九年)。
▼10 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』前掲訳書三六六ページ。なお、ここで引用されている「心情のない享楽人」も、すでにのべたように「信念のない享楽人」と理解すべきである。
3-5 コミュニケーション過程としての社会
社会のラングとパロール
ウェーバーがこのような壮大なスケールで理解社会学的研究を試みていたとき、ジンメルは日々の微細な活動に注目する形で社会を人間的意味の世界としてときほどこうとしていた。
ジンメルによると、社会とは本質的には「諸個人間の心的相互作用」だという。これが反復的になされ、さらに緊密化して恒久的な枠組や組織――これを「社会形象」という――へと結晶化するのである。肉体にたとえると、社会形象は心臓・肺・肝臓.胃などにあたる。資本や国家や宗教のような制度とか社会的事実のことである。ところが、ひとたび結晶化した社会形象においても、この心的相互作用は脈拍のようにたえず運動しつづけており、それによってそれぞれの社会形象に統一性と弾力性をあたえている。それは臓器だけでは生命にならず血がかよっていなければ生きられないのと同じである。
したがって、社会にはふたつの相があるといえる。第一に社会形象に結晶化する相。第二に社会形象をいきづかせている働きの相。ジンメルは後者の側面を「生起としての社会」と呼んで重要視した最初の社会学者である。
これを別のメタファーで説明しなおしてみよう。まず、社会は言語のようなものだと思ってほしい。ソシュール以来の言語学によると、言語活動[ランガージュ]はラング(lang)とパロール(parol)のふたつの側面をもっている。ラングは言語活動の制度的な側面であり、パロールは特定の話者によって発せられた具体音の連続――すなわち「語られたことば」つまり「おしゃべり」――である。ラングは言語のあるべき規範、パロールは個人個人によるその具体的な運用といっていいだろう。ラングを共有しているからこそ個々のパロールが成立する。他方、個々のパロールが結果的に規範としてのラングを実現し、ときにはラングを変容させる。これがラングとパロールの関係である。
社会にもラングとパロールの相がある。つまり、ラングの側面とは物象化傾向をもつ〈客観的現実としての社会〉だ。こちらの方ばかりをみつめているとウェーバーのようにペシミスティックになってしまうが、社会には別の局面も存在している。それがパロールの相だ。こちらの方は流動的なダイナミズムにみちている。ジンメルはそれをつぎのように表現する。「ひとびとがたがいに目をかわしたり、たがいにねたみあったり、たがいに手紙を出しあうかそれとも昼食をともにしたり、たがいにすべての、はっきりした利害を離れて同情的にふれあうかそれとも反目してふれあったり、利他的行為にたいする感謝からさらに離れがたい結合が生まれたり、他人に道をたずねたり、たがいに装いをこらして着飾ったりすること――これらの例はすべてまったく偶然に選び出したものであるけれども、数多くの、人から人へとおこなわれる関係である▼1。」ジンメルはそれらが結晶化して組織や制度などの社会的事実になることもあるし、ならないときでも「なお諸個人を結びあわせる永遠の流動であり、脈拍である」とする。社会といっても実在するのはこのような諸個人間の相互作用であり、モノのような「実体」ではなく「生起」だという。これが社会生活に強靱さ・弾力性・多様性・統一性をあたえているのだという▼2。だからこそ「人間のあいだの微細な関係、つまりはしなやかな糸を発見すること」が社会学の重要な課題となる▼3。
まとめてみよう。「人間が社会をつくる」といっても、これにはふたつの側面があるということだ。
(1)ラングの局面――社会形象
(2)パロールの局面――生起としての社会
ジンメル以降の社会学には、このような社会のパロールの局面を重視する系譜がある。その系譜においては、「生起としての社会」のかわりに、主として「生活世界」(Lebenswelt,life-world)という概念がもちいられてきた。総じて「日常生活における意味の世界」と考えてもらえばいい。前掲引用文においてジンメルは比喩的に「脈拍」と呼んでいる。この局面では微視的なコミュニケーションのプロセスが問題として浮上する。
都市社会におけるさまざまな意味世界
個人間のコミュニケーションの微視的世界に最初に注目したのはジンメルだが、それはやがて二十世紀初頭シカゴ大学に集まった社会学者たちによって実証的に展開されることになり、一九六〇年代以降ふたたびアメリカ社会学の大きな潮流にさえなった。そのような研究のなかからいくつか紹介しよう▼4。
たとえば、さきほど「状況の定義」概念の提唱者として紹介したトマスは、ポーランド出身のフローリアン・W・ズナニエツキと協力して、膨大な第一次資料をふくむ『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(全五巻)を公にしている。これは二十世紀初頭のアメリカで社会問題になっていた移民問題を、そのひとつの構成員だったポーランド農民に焦点を当てて、かれらの生活世界を解明しようとしたものである。そのさいトマスらが使った手法は、移民新聞などに広告をだして、ありったけの第一次資料つまり農民たちの日記・手紙・生活史をつづった詳細な手記・新聞記事・法廷記録・クラブの活動記録などを収集し、そこにあらわれているさまざまな生活世界を解読することだった。このようなあらかじめデザインされていない主観的な資料群のことを「ヒューマン・ドキュメント」(human document)という。これは統計調査や社会福祉的な行政調査などではくみとれないヴィヴィッドかつ繊細な意味世界を発見するためにとられた大胆な手法だった。以後この調査は、シカゴ大学の研究者によってさかんになされた社会調査の出発点となり、大きな影響をおよぼすことになる▼5。
トマスはシカゴ大学社会学科にいた。ここはアメリカで最初に社会学部が創設されたところであり、アメリカ社会学の水準を押し上げたそうそうたる研究者が集まっていた。なかでも注目されるべき人物としてロバート・E・パークがいる。かれは五十歳近くになってシカゴ大学に招かれる以前に、ジャーナリストとして活躍したのち、ドイツ留学を経て、ながらく黒人解放運動にさずさわってきた人物だった。「都市は、人間性と社会過程を、もっとも有効かつ有利に研究しうる実験室である」というかれの有名なことばは今日でも都市社会学の出発点となっているが、この考え方によると、社会学者は書斎ではなく街にでなければ実のある研究はできないということになる▼6。こうしてパークの弟子たちは続々とシカゴの街なかに深く分け入っていった。その成果をいくつかひろってみよう。
ネルス・アンダーソンの『ホボ――ホームレスの社会学』(一九二二年)――日雇いの渡り労働者や浮浪者の世界を克明にえがく▼7。
フレデリック・M・スラッシャーの『ギャング――シカゴにおける一三一三人のギャングの研究』(一九二七年)――膨大な少年ギャングを七年ごしに観察しかれらの集団内の役割構造[「リーダー」「企画指導者」「おどけた少年」「弱虫」「自慢家」「身代わり」など]や居住地の分布を分析。
ルイス・ワースの『ゲットー』(一九二八年)――ゲットーとは自然発生的にできたユダヤ人地区のこと。そこにおけるユダヤ人の生活制度を分析した▼8。
クリフォード・R・ショウの『ジャック・ローラ――非行少年自身による話』(一九三〇年)――ポーランド系の一非行少年との六年ごしのつきあいのなかで、かれ自身による五万字の生活史の記録をつくってもらい非行の遍歴過程を詳細に分析。ジャック・ローラーとは「かっぱらい」のこと。その続編として『非行歴の自然史』(一九三一年)『非行の仲間』(一九三八年)▼9。
P・G・クレッシーの『タクシー・ダンスホール――商業的娯楽と都市生活の社会学的研究』(一九三二年)――時間ぎめで客の男に雇われるダンサーたちと客とのやりとりをえがく。
エドウィン・H・サザーランド『プロの窃盗犯』(一九三七年)――盗みのプロは、危険を避け、もみ消しなどの戦術を駆使することによって刑罰を回避する。そして、回避できるほど仲間内の地位が上がる。金と安全性をめぐる窃盗のプロたちの成熟した文化を記述▼10。
これらは一九二〇年代から一九三〇年代にかけてなされたおもな調査研究――正確には「モノグラフ」と呼ばれるもので、調査方法が民族誌的であることから「エスノグラフィー」とも呼ばれる――である。いずれも研究対象の集団のなかにみずから入っていって、人びとの微細かつ繊細な人間関係のありようや内的な感情や知識を理解しようとするところに共通の目標があった。
たとえばアンダーソンがパークの指導のもとにまとめた『ホボ――ホームレスの社会学』は、安ホテルや下宿に滞在するいわゆる住所不定のホーレスの調査である。日本でいえば山谷か西成愛隣地区というところだ。当時のシカゴには数万人のホームレスがいたという。そこで生活したり一時的に滞在するホームレスたちの世界は、じつは単純でもなければ、悲惨なものでもなければ、無秩序なものでもない。そこには複雑な階層があり、社会的序列があり、厳格な掟があった。たとえば、かれらのあいだではなにか仕事をしている者の方がランクが高いのだが、それよりも移動性の高い者(各地を渡り歩く者)の方がパイオニア精神があるとして、より高いランクがあたえられたという。また、人びとの関係は民主的で人種差別はほとんど存在せず、夜中にみんなが寝ている最中に他人の物を奪うことをきびしく禁じた掟が厳格に守られているといったことをくわしく報告している▼11。
参与観察
『ホボ』に始まるシカゴ学派のモノグラフの大きな特徴は、集団固有の意味世界そのものが対象に入っていることと、それを発見するための「非統制的参与観察」の手法である。「非統制的」とは、実験のように観察者が人為的に条件をコントロールしないということだ。参与観察は集団の内側からの把握をめざし、観察される人びとの内的意味世界へ立ち入るのに有効な調査方法である。
これがほとんどルポルタージュと同じ手法であることに注目してほしい。たとえば『ホボ』のアンダーソンが調査にあたって師匠のパークから受けた助言は「新聞記者のように、君が見、聞き、そして知ったことだけを書きとめよ」というものだったという▼12。この場合、社会学はジャーナリズムとほとんど同義である。
さて、このようなスタイルの研究はその後もくりかえしあらわれている。有名なものではウィリアム・F・ホワイトの『ストリート・コーナー・ソサエティ――イタリア人スラムの社会構造』(一九四三年)がある。これは当時二十代のホワイトが、ボストンのコーナヴィルというイタリア系移民のスラムに住み、「ドック」という青年を中心とする若者グループ(早い話がチンピラやくざ)の行動と意識を、生活場面をともにすることによって、ヴィヴィッドにえがいた参与観察調査の古典である▼13。
また、ハワード・S・ベッカーの『アウトサイダーズ――逸脱社会学の研究』(一九六三年ただし所収の一連の論文は五十年代に書かれている)では、シカゴ大学在学中からプロのジャズ・ピアニストとして働いていたベッカーが、ミュージシャンたちとのさまざまなつきあいのなかで参与観察をつづけ、その閉鎖集団独特の文化と意識をえがくとともに、マリファナ・ユーザーたちがどのような「学習」過程を経てそうなっていくかを分析した▼14。
以上のようなシカゴ学派の伝統はひとたび後景に退いたものの、その後かなり洗練された形で再演され、社会学者にふたたび大きなインパクトをあたえることになる。アーヴィング・ゴッフマンの『アサイラム』(一九六一年)がそれである。〈アサイラム〉とは、ここでは収容所のことを指す。つまり、ここで対象となっているのは、病院や精神病院・老人ホーム・刑務所・寄宿舎などのように個人の生活を丸抱えでつつみこむ施設――これを「全制的施設」と呼ぶ――にくらす人びとである。かれはこの研究にあたり病院で一年間参与観察をつづけた。そのあたりの事情についてかれはこう書いている。「聖エリザベス病院での実地調査をするに当って私が直接の目的としたのは、入院患者の社会的世界について、それが患者によって主観的に体験されているままに、知りたい、ということであった。私は、余儀なくレクリエーションならびに地域生活の研究者であるとふれこみ、体育指導主任の助手という役割をつとめることになった。私は、職員との交際をさけ、また鍵ももち歩かず、終日患者と一緒に時を過ごした。[中略]当時も現在も変わらない私の信念は、どんな人びとの集団も――それが囚人であれ、未開人であれ、飛行士であれ、また患者であれ――その人びと独自の生活[様式]を発展させること、そして一度接してみればその生活は有意味で・理にかなっており・正常であるということ、また、このような世界を知る良い方法は、その世界の人びとが毎日反復経験せざるを得ぬ些細な偶発的出来事をその人びとの仲間になって自ら体験してみること、というものである▼15。」ごらんの通り、これまで紹介してきたシカゴ学派の社会学的エートスがここで鮮明に語られている。
ところで、このような試みはアメリカ社会学に限定されるわけではない。フランスのエドガル・モランは、パリ近郊の都市オルレアンで生じた女性誘拐のうわさを分析したモノグラフ『オルレアンのうわさ』(一九六九年)で一種のエスノグラフィーの手法をもちいている。うわさの存在を知ったモランはすぐさまチームを引き連れてオルレアンに向かい、調査者としてではなく、まったくの市民としてさまざまな種類の人たちにインタヴューする。それらを総合することによって、じっさいには事実無根だったうわさの背後にある偏見や不安などの意識をみごとに浮かび上がらせた▼16。
生活史法
シカゴ学派のモノグラフのもうひとつの方法的特徴は「生活史法」だ。トマスとズナニエツキの『ポーランド農民』やショウの『ジャック・ローラー』で中心的役割をしていた手法である。要するに、対象となる人びとに個人史(自伝)を作成してもらうか、あるいはインタヴューによって再構成し、それを他のさまざまなデータと照合しつつ分析するのである。『ポーランド農民』では二七歳の青年が三百ページもの個人史を書いているし、『ジャック・ローラー』では五万字の手記を数年かけて書いてもらっている。
日本では中野卓による一連の研究があるが、ここでは短いものをひとつ紹介するにとどめよう。見田宗介のセンシティブな論文「まなざしの地獄」である▼17。
この論文が学ぼうとするのはN・Nというひとりの青年である。かれは青森の中学をでて集団就職の一員として東京に上京して以来、都市のさまざまな〈まなざしの地獄〉を体験する結果、いっさいの希望をうしない、十九歳のとき、都心の盛り場をさまよううちに、あるきっかけからガードマンを射殺し、つづいて三件の射殺事件をおこしてしまう。見田はN・Nの生活史上の経験の〈意味〉をたんねんにほりおこし、一連の事件へといたる階梯を共感的に分析するのである。
以上紹介してきた参与観察や生活史法によるモノグラフは、調査方法としてはソフトな手法であり、その分、妥当性や信頼性に欠ける面もあるが、社会現象の人間的意味を知るためには必要なことである。しかし、現代日本では社会学者によるこうした研究はそれほど多くない。むしろ社会派といわれるルポライターやフリーランスのジャーナリストによって精力的におこなわれているのが現状である。その意味では、このようなジャーナリズムと社会学の協力が今後ますます重要なものになってくると思われる▼18。
▼1 ジンメル『社会学の根本問題――個人と社会』前掲訳書二四ページ。
▼2 前掲訳書二四ページ。別の論文では「生まれたばかりの状態」「日々刻々にあらわれるような状態」とも表現している。ジンメル『社会分化論 社会学』前掲訳書一九六ページ。
▼3 前掲訳書一九七ページ。
▼4 本項で紹介するシカゴ学派の文献については直接参照できなかったものもあるので以下の研究書を参照した。秋元律郎『都市社会学の源流――シカゴ・ソシオロジーの復権』(有斐閣一九八九年)。宝月誠・中道實・田中滋・中野正大『社会調査』(有斐閣一九八九年)。宝月誠「社会過程論としての社会学」新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)第三章。宝月誠『逸脱論の研究――レイベリング論から社会的相互作用論へ』(恒星社厚生閣一九九〇年)。G・イーストホープ、川合隆男・霜野寿亮監訳『社会調査方法史』(慶應通信一九七九年)。
▼5 W・I・トマス、F・W・ズナニエツキ、桜井厚訳『生活史の社会学――ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』(御茶の水書房一九八三年)。
▼6 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明編訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼7 東京市社会局訳編『ホボ――無宿者に関する社会学的研究』(東京市社会局一九三〇年)[部分訳・磯村英一訳]があるということだが入手は困難。
▼8 L・ワース、今野敏彦訳『ゲット――ユダヤ人と疎外社会』(マルジュ社一九八一年)。
▼9 本書の翻訳はないが、宝月誠によるくわしい紹介と分析がある。前掲『逸脱論の研究』第四章「逸脱者のキャリア分析――『ジャック・ローラー』の解釈の試み」。
▼10 C・コンウェル、E・サザーランド、佐藤郁哉訳『詐欺師コンウェル――禁酒法時代のアンダーワールド』(新曜社一九八六年)。
▼11 宝月誠「社会過程論としての社会学」前掲書による。
▼12 秋元律郎、前掲書一八八ぺージ。
▼13 寺谷弘壬訳『ストリート・コーナー・ソサイエティ』(垣内出版一九七九年)。
▼14 村上直之訳『アウトサイダーズ――ラベリング理論とはなにか』(新泉社一九七八年)。
▼15 ゴッフマン、石黒毅訳『アサイラム』(誠信書房一九八四年)i-iiページ。
▼16 エドガール・モラン、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』(みすず書房一九七三年)。くわしくは13-1参照。このあたりになると現代日本のわたしたちが読んでもピンとくるが、やはり日本のものの方がとりつきやすいだろう。その点、佐藤郁哉の『暴走族のエスノグラフィ――モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜社一九八四年)が内容的に身近ですこぶるおもしろい。これを読むと社会学とジャーナリズム(とくにルポルタージュ)のちがいもよくわかると思う。
▼17 見田宗介「まなざしの地獄」『現代社会の社会意識』(弘文堂一九七九年)。これはつぎの本にも再録されている。見田宗介・山本泰・佐藤健二編『リーディングス日本の社会学12文化と社会意識』(東京大学出版会一九八五年)。
▼18 ジャーナリズムと社会学の中間領域に言及したものとして古典的なのはカール・マンハイムの「現代学」だろう。それに関してかれはこうのべている。「われわれは喜んで、この社会的ルポルタージュ――場合によってはその偶像崇拝をも――引きうけたい。ここには新しい生の感情の極めて価値ある萌芽が脈打っており、それを社会的好奇心から社会的理解へと深めることはわれわれにとり重要である。」マンハイム、朝倉恵俊訳「社会学の現代的課題」『マンハイム全集3社会学の課題』(潮出版社一九七六年)二九八ぺージ。なお、本書の「あとがき」に私見をのべたので参照されたい。
増補
ウェーバー再入門
社会学書の出版がきわめて困難だった時期にも出版業界では「ウェーバーだけは売れる」といわれてきた。ウェーバーは社会科学全般にかかわる巨匠であり、したがって需要も多いのである。その分、出版点数も多く、何を読めばいいか戸惑うかもしれない。最近出版された概説書では次のコンパクトな一冊を薦めておきたい。
山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書一九九七年)は、ウェーバーにおける近代との緊張関係を『古代農業事情』を主軸に据えることによって明確に構図を提示したもの。緊張関係としかいいようのないウェーバーの人生の「救済」のありかを示している。ただし、かなり高度であり「ウェーバー再入門」とも呼ぶべき書である。
他方、ウェーバー自身の主要作品の翻訳も入手しやすくなった。マックス・ヴェーバー『古代ユダヤ教(全三冊)』内田芳明訳(岩波文庫一九九六年)はそのひとつ。
■意図せざる結果
3―4の「『文化の悲劇』と『意味喪失』」で紹介した「意図せざる結果」については、本編二四ページに紹介したマートンの『社会理論と社会構造』を参照してほしい。とくに「予言の自己成就」論文が重要である。
この論点をモデル・スペキュレーションを用いてやさしく解説したテキストとして、小林淳一・木村邦博編著『考える社会学』(ミネルヴァ書房一九九一年)がある。社会現象のパラドックスがよくわかる現代的なテキストである。数理社会学入門としても読めるが、タイトル通り、社会学の「考える」側面をていねいに説いた本。
■ルポルタージュを読む
一般にジャーナリズムとして取り上げられるのは報道機関の活動である。しかし、組織ジャーナリストだけがジャーナリズムの送り手ではない。個人ジャーナリストも有力な担い手である。たとえばオウム問題をいち早く取材し続けていたのは著名な報道機関ではなく、個人ジャーナリストだったことを想起しよう。世の中には報道機関が取材も報道もしない事実がいっぱいある。それらの事実は重要でないから報道されないのではなく、報道機関側の組織上の都合によって報道されないのである。そのため、ジャーナリズムの最前線は日本の場合、フリーのジャーナリストによって担われることが多い。組織ジャーナリストはたいてい後追いである。
九四ページでかんたんに紹介したように、個人ジャーナリストによるルポルタージュ(広くはノンフィクション)を読むことは、社会学的にも意味があることだと思う。もちろん、社会学的に見て分析は甘いかもしれないが、素材そのもののディテールを知るということと、問題意識の醸成に役立つ。
ここでリストを追加するのは困難である。それだけで一冊の本になる。じっさいに本になってしまったのが、柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋一九九七年)。ノンフィクションの膨大なリストと解説がある。ノンフィクションをよく読む人は必携のガイドブック。とくに柳田がノンフィクションの原点を当事者の手記に見ている点に注目したい。事実の存在を最初に発見するのは、いつも当事者なのである。その声に気づき、耳にを傾ける感受性こそが、ジャーナリストの資質を左右するのだ。それは社会学も同じであり、フィールドワーク調査の原点でもある。
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SOCIUS.JPドメインへの初出 8/4(Sun), 2002  最終更新日:4/1(Sat), 2017
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