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4月 192017

健康の批判理論序説

健康の批判理論序説
野村一夫
“Knowledge is a deadly friend…”(King Krimson)
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
二 社会構築主義の導入——理論的核心
三 問題領域の拡大——研究対象
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
五 健康言説批判——方法論的戦略
参考文献
一 健康と病いの社会学——理論的系譜
■本稿の目的
医療と社会の関係を問う社会学的研究は長らく「医療社会学」(medical sociology, sociology of medicine)と呼ばれてきた。これについては、進藤雄三による詳細なレビューがある(進藤雄三 1990)。これによってアメリカで急成長した医療社会学の全体像が一気に明らかになった。ところが、その後、八〇年代末から九〇年代にかけて、医療と社会をめぐる社会学的研究は大きく変化した。とくにイギリスとオーストラリアの研究者が活発に研究成果を発表することで、アメリカ種の医療社会学とはニュアンスを異にする、それ自体ひとつの新潮流とも言えるような研究系譜が形成されるにいたったのである。それは通常「健康と病いの社会学」(sociology of health and illness)と総称されている。この一見変哲のない名称のもとにパブリッシュされつつある一連の研究は、しかし、名称から受ける印象のように穏健でもなければ安全でもない。それはむしろ「健康の批判理論」(critical theory of health)と呼ぶべきラディカルさをもつ研究運動であり、その周辺の研究系譜との連接関係を深めることで、強力な理論潮流になりつつある。本稿の目的は、そのラディカルさを中心に、この「健康と病いの社会学」の研究動向のアウトラインをひとまず総論的に理解することである。
まず、この最初の章において、「健康と病いの社会学」とその周辺の研究動向を整理して、理論的系譜をあきらかにしたい。第二章において、「健康の批判理論」と私が総称する一連の研究の理論的特徴を「健康と病いの社会学」に即して明確に示したい。第三章では、研究対象としてどのようなテーマが俎上にあげられるのかをリストアップして、「健康の批判理論」の問題領域を示したい。第四章では、その理論的特徴が、現在まで日本でおこなわれてきたような医療の社会科学的研究のメインストリームに対する有力な対抗軸に位置づけられるものであることを論じて、研究のスタンスについて語りたい。最後の章では、「健康の批判理論」の方法論的戦略を提示したい。そのさいキーワードとなるのは「健康言説」という、私たちが新たに考案した造語である。経験的研究をなすさいの手がかりを明示して、今後展開予定の研究活動の序説としたい。
■機能主義から社会構築主義へ
さて、二〇世紀後半のアメリカで急速に発達した医療社会学と、本稿で取り上げる「健康と病いの社会学」との関係はどうなっているのか。両者は対抗するものなのか、継承関係にあるのか。まずこの点から確認していこう。
デボラ・ラプトンは「健康と病いの社会学」へいたる「医療と社会」研究の理論的変遷を三段階に整理している(Lupton 1994:6-13)。三段階とは、機能主義、政治経済学(マルクス主義)、社会構築主義である。
それによると、まず、機能主義的アプローチ(functionalist approach)では、医師などの医療専門家が日々の業務を遂行するプロセスや、個人が病気に対処する仕方に興味をもつ。この場合、病気は潜在的な社会的逸脱状態と見なされ、医療専門家の役割は、かつて教会が果たしたように、正常と逸脱を区別する力を用いて社会統制の不可欠な制度あるいは社会の道徳的管理者としてふるまうことだとされる。この機能主義的アプローチの指導的理論家はもちろんタルコット・パーソンズである。かれの理論は五〇年代から六〇年代にかけて大きな影響力をもったが、医療社会学への影響は非常に大きかった。
これに対抗する批判勢力として出てきたのが政治経済学的視角(political economy perspective)である。資本主義経済体制の本質に対するマルクス主義的批判がその理論的核心にある。これは七〇年代から八〇年代にかけて支配的な知的運動だった。この観点からすると、真の健康とは、たんに身体的情緒的安寧ではなく、満足するに足るハイレベルの生活を維持するのに必要な資源(これには物質的なものもあれば非物質的なものもある)にアクセスできること、そしてそれらを統制できることにある。この見方からすれば、健康の基軸的構成要素は「闘争」(struggle)以外の何者でもない。
この系譜の研究の中で近代医療の文化的危機を批判する一連の研究の代表格が医療化論である。このテーゼの源泉はエリオット・フリードソンであり、これをイバン・イリイチやアーヴィング・ケネス・ゾラが展開することで、強力な潮流を形成した。この系譜は、医学的知識を哲学的に分析することよりも、一見中立的に見えてじつは支配階級の利害に奉仕するものとして医学的知識をあつかうことが多い。しかし、その批判は矛盾していることもある。医療は過剰に拡張主義的であると批判される(医療化論)とともに排外主義的であるとも批判され、病気は収奪によって引き起こされると見なされるとともに医学的支配によっても引き起こされる(医原病)と見なされる。
第三の理論的立場が、ポスト構造主義と第二波フェミニズムとフーコーの影響のもとに注目された社会構築主義(social constructionism)である。社会構築主義は、もともと社会学理論にあったものだが、上記の諸潮流との関連において修正されたものが「健康と病いの社会学」で有力になっていった。ラプトンのこの本をふくめて九〇年代に次々公刊された「健康と病いの社会学」の研究書はほぼこの立場で書かれている。
社会構築主義が焦点を当てるのは、生物医学(biomedicine)の社会的側面であり、医学ならびに素人の医学的知識の発達であり、さまざまな医療行為である。この立場から見ると、医学的知識というものは、洗練された良き知識に向かって上乗せされるように進歩するものではなく、社会史的状況の中で生起し不断に再交渉されるような、一連の相対的構築物ということになる。
この三段階はおおむね妥当な見方であるが、異論がないわけではない。たとえば、ウータ・ゲルハルトは『病いの諸概念』を次のような構成で整理している(Gerhardt 1989)。
(1)構造機能主義パラダイム——社会的役割としての病いと動機づけられた逸脱
(2)相互作用論パラダイム——専門家による構築としての病い
(3)現象学的パラダイム——間主観的に構築された現実としての病い
(4)闘争理論パラダイム——資源の不足とイデオロギー構築物としての病い
ゲルハルト自身は「批判理論としての役割分析」という著作によってデビューした、批判理論ないし政治経済学ないし闘争理論というディシプリンに立つ研究者であるので、ラプトンとは順序がちがってくるが、(2)と(3)をあわせて社会構築主義に対応すると考えてよいだろう。ゲルハルトのこの研究についてはさらに精読すべき論点がふくまれていると思われるが、さしあたり問題になりそうなのは、相互作用論パラダイムによる医療社会学の取り扱いであろう。ラプトンはこのあたりを無視しているように見えるが、アンセルム・ストラウスたちの研究がシンボリック相互作用論の視角からなされている点から考えると、現象学的パラダイムと親和的であり、社会構築主義に接していると位置づけられよう。
■他の理論系譜との相互連関
「健康と病いの社会学」は単独で発展したのではなく、健康と社会に関する他の研究分野と密接に相互連関して発展したものである。ラプトンが指摘するのは次の四つの学問運動である(Lupton 1994:13-19)。
第一に、医療人類学(medical anthropology)。医療人類学は「健康と病いの社会学」と密着した学問分野で、両者を分離するのが困難なくらいである。伝統的に医療人類学は「病気の解釈とその生きられた経験」に関心をもつ。病気とは、自然と社会と文化とが同時にそれでもっておしゃべりするコミュニケーションの一形式であり、諸器官の言語である。
第二に、歴史学的次元(historical dimension)。ラプトンがこう呼ぶのは、いわゆる社会史研究のことである。歴史学的研究は、西洋の生物医学の慣習が、他の文化ないし他の時代の医療システムより科学的であるとも客観的であるともいえないことを示す。
第三に、カルチュラル・スタディーズ(cultural studies)。たいていの社会科学者は医療を文化的産物と見ないで、文化に外在する科学的知識の客観的実体と見がちであるから、カルチュラル・スタディーズが生物医学や公衆衛生の制度と実践を分析するのに採用されることはめったになかった。しかし、たとえばマス・メディアがさまざまな場面で医療や病気にかかわる出来事を描写することが、この領域に対する人びと(そこには専門家やメディア関係者や行政関係者もふくまれる)の理解に大きく影響することはあきらかであり、カルチュラル・スタディーズがこの分野に有効なのははっきりしている。
第四に、言語論的転回(linguistic turn)。近年注目されているのが、社会秩序と現実感を構築し維持するという言語の役割である。ソシュールから始まったこの視点はロラン・バルトによって大衆文化の分析装置として発展し、やがて記号論者たちが個人を「かれらの文化によって語られた」存在と考えることを節目に大きく変化した。
以上ラプトンが指摘する四つの研究系譜は、社会構築主義に立つ「健康と病いの社会学」の基本論点とそれぞれ呼応するものをもっている。医療人類学は、空間的比較を促すことで近代化論的まなざしを脱し、非西洋医療の正当性問題に気づかせる。また、素人の病気観の文化的意味を尊重する知的態度をもたらす。それに対して社会史研究は、時間的比較をうながすことで、西洋医療の歴史的偶発性(なりゆきしだいでは他のものにもなりえたかもしれない可能性)を再発見させ、近代医学が客観的知識であるという信仰を破壊する。カルチュラル・スタディーズと言説分析は、文化の批判的検討を通じて、現代文化の構築物として医療関連現象を理解することをうながした。このさい人文学的手法による分析の有効性も強調されてよい。とくに表象や言説の解釈からアプローチする手法は経験的研究に対して大きな影響を与えた。
このように「健康と病いの社会学」は、隣接し随伴する上記の研究動向に即しながら発展してきた。これらは不即不離なもので、ひと続きのものと考えたほうが実際的である。しかし、これらをあわせた適切な総称がないのが現状で、そこで本研究ではこれらを「健康の批判理論」と総称して取り扱うことを提案したいと思う。そこには共通の理論的視角・問題領域・研究スタンス・方法論的戦略が存在すると考えられるからであり、総じて医療研究の大きな転換を提示していると考えるからである。以下、章ごとに論点を分けて考察していこう。
二 社会構築主義の導入——理論的核心
■社会構築主義とは何か
「健康の批判理論」の批判性は政治的スタンスに由来するものではない。それは理論社会学的徹底によるラディカルさというべきだろう。その理論的中核にあるのが社会構築主義である。逆にいうと、「健康の批判理論」とは、「健康と病気に関連する問題領域についての社会構築主義的分析理論」なのである。
社会構築主義はもともと現象学的社会学の文脈で知識社会学理論として定式化され、大きな影響力をもった視角であるが、のちに社会問題論に導入されて「レイベリング理論に替わる新理論」として大きな波紋を呼んだ考え方である(Spector and Kitsuse 1977=1992; 中河 1999)。その意味では典型的な社会学主義の一形態と見なすことができる。けれども、社会学以外の知的運動の中で広範な影響力をもったのは、フーコーの一連の歴史研究であり、それに呼応する前述の学問運動の方だった。そのために、今日ではこの経緯が言及されることは少なく、社会心理学者のヴィヴィアン・バーの『社会構築主義への招待』(Burr 1995=1997)においても、キツセらの構築主義的社会問題論への言及はない。これは医療社会学系でも同様であり、その点で社会構築主義自体は社会学プロパーのものとは理解されていないようである。
たとえばヴィヴィアン・バーは社会構築主義を次のように文化や知識を理解する見方であるとしている(Burr 1995=1997:4-7)。
(1)自明の知識への批判的スタンス
世界が存在すると見える、その見え方の前提を疑う。なぜなら、人間が世界を把握するさいに使用するカテゴリーが必ずしも実在する区分を示すものではないからだ。
(2)歴史的および文化的な特殊性
世界を理解する仕方・カテゴリー・概念は歴史的かつ文化的に特殊なものであり、相対的なものであるという認識を徹底する。
(3)知識は社会過程によって支えられている
世界についての知識は、人びとが互いに協力して構築する。具体的には日常的な相互作用によって構築する。したがって、人びとが相互作用において日常的に使用する「ことば」が重要な意味をもつ。
(4)知識と社会的行為は相伴う
世界を特定の「ことば」で理解することは、それ自体ひとつの社会的行為であり、ある種の社会的行為を支持したり排除したりする行為である。つまり知識は社会的行為なのである。
この視点から特定の社会現象を研究するさいに戦略的に重要になるのは、人びとが日常世界においてものごとを理解する仕方であり、そのさいに重要な役割を果たす「ことば」である。社会構築主義では、このような「ことば」を「言説」(discourses)と呼び、その調査研究を「言説分析」(discourse analysis)と呼んでいる。社会構築主義から見れば、世界は言説によって構築されており、歴史的・文化的に規定された特定の言説によって人びとは世界を理解するのであるから、その言説の自明性を疑い、歴史的由来を調査し、文化的布置をあきらかにすることが、その言説の指示する現象の科学的理解につながるのである。
バーの解説は、さまざまな社会領域に適用され、わけがわからなくなりつつある社会構築主義の共通因数について、あらためて説明しなおしたものとして参考になる。しかし、社会学理論との関係と、医療社会学との関係とをもう少し明確に把握しなければならない。
■社会構築主義と医療社会学
社会構築主義と医療社会学の関連をあつかった初期のレビューとしてはマイケル・バリーの「社会構築主義と医療社会学の発展」(Bury 1986)がある。この時点では、構築主義的医療研究のマニフェスト的著作となった、ピーター・ライトとアンドリュー・トレチャー編集による『医学的知識の問題——医療の社会的構築の検証』(Wright and Treacher 1982)がすでに刊行されており、ここに掲載された論文とそれらの著者たちが、バリーのレビューの主要な対象になっている。
バリーは社会構築主義の主要な構成要素を次の五点に求めている(Bury 1986:140-147)。
第一に、生物医学的現実を「問題化する」こと。社会構築主義では医学的知識そのものが問題性を帯びていると考える。その結果、生物医学的現実も自明ではないと考える。
第二に、医学はさまざまな社会関係を媒介すること。医学はその実践においてのみならず、その知識においてもさまざまな社会関係を媒介する。ある経験の領域を「医学的」と呼ぶことは、決定的かつ強力な形と意味を与えるがゆえに、その経験領域を社会生活の他の領域に対して重要な関係の中におくことなのである。そのため構築主義者は、医学と医学的カテゴリーが特定の社会集団と実践を活発にかみあわせる仕方を提示しようとしてきた。
第三に、医学と技術の中立性への疑問。つまり、技術的領域は中立的とは見なせないということである。私たちはものごとを技術的な事柄とそうでない事柄とを分けて議論するが、構築主義者はその区別そのもの自体が問題をはらんでいると考える。この点では技術のイデオロギー性を説いたユルゲン・ハーバーマスらの批判理論と直接呼応するものがある。
第四に、自然もまた社会的に構築されること。したがって「発見」を廃止すること。さまざまな疾病のカテゴリーは中立的かつ合理的な方法の適用による自然現象の発見を合図すると見なすべきではない。逆にいうと、疾病の発見へのクレームはそれ自体社会的出来事であり、それらを社会的文脈におくのだ。この観点からすると、医学も科学もあくまでも社会内部のシンボリック・システムであり、社会外部の自律的領域ではないということになる。医学と科学が居場所にしている技術的・科学的世界は、本質的に「言説の様式」であり「生活世界」である。それらは歴史的かつ社会的な実践から分離され得ないものなのである。「科学とは社会関係である」というのが構築主義の命題である。
第五に、医療の進歩に疑問符をつけること。つまり医学の歴史においてしばしば物語られる直線的プロセスは廃棄されるべきである。あらゆるものごとが別のありようも可能であったことを忘れてはならない。
以上のバリーの行論からわかるように、かれは「批判的アプローチ」と「構築主義的アプローチ」を仕分けながら、その具体的な論点については両者を連続的なものと見ている。これはラプトンが「政治経済学的視角」と「社会構築主義」とを区別しているのと少し異なる。この点については学説史的に詳細な検討が必要だが、焦点になるのは二点あると思う。ひとつは「政治経済学的視角」の始発点にいるエリオット・フリードソンの位置づけであろう。もうひとつは構築主義の徹底の度合いである。サラ・ネトゥルトンの見解は、フリードソンは医学的実践(医学的知識の適用)の社会性は問題にしたけれども、医学的知識そのものの社会性の問題には挑戦しなかったという評価である(Nettleton 1995:19)。マルクス主義そのものには一九世紀的な自然科学信仰があり、技術の中立性の科学論的否定までには行き及ばないのが実態である。おそらくここが分水嶺であろう。ちなみにユルゲン・ハーバーマスがマルクス主義を超えているのは主としてこの論点である。
なるほど社会問題に構築主義を持ち込むことにはさほど違和感がない。しかし、医療行為(medical practice)に関しては適用できても、医学的知識(medical knowledge)そのものにそれを持ち込むことにはかなりな飛躍が必要である。しかし、それでこそ「健康の批判理論」なのである。
■さまざまな社会構築主義
ただ、ここには複雑な問題もある。フィル・ブラウンが「名前づけと枠づけ」という論文で指摘するように、医療社会学に適用された社会構築主義的アプローチには三つのヴァージョンがあるのに、それらがしばしば混同されているのである(Brown [1995]1996:93)。
ブラウンによると、第一のヴァージョンはスペクターとキツセの共著『社会問題の構築』(Spector and Kitsuse 1977=1992)によるものである。かれらの社会問題論はもっぱら人びとの社会的定義づけ過程に焦点を定めたものであり、現実的条件でもって社会問題を定義するという伝統的なやり方と一線を画した。すなわち「社会問題は、なんらかの想定された状態について苦情を述べ、クレイムを申し立てる個人やグループの活動であると定義される。」(Spector and Kitsuse 1977=1992:119)これは、所与の計測可能な実体として社会問題をあつかう伝統的な実証主義の見方に対抗して、見えにくい日常的相互作用と意思決定の世界を見えるようにする試みだった。これはアメリカ流の社会構築主義といえよう。
第二のヴァージョンはヨーロッパのポストモダン理論のものである。その源泉はミシェル・フーコーである。ヨーロッパの社会構築主義は、知識の創造を示すために言語とシンボルを脱構築することであり、状況のうつろいやすく不確かなリアリティを説明するところに独特の特質がある。
第三のヴァージョンは、科学社会学に関係が深い。これを「行為する科学」(science in action)の視角という。それによると、科学的事実の生産というものは、公的な場所に自分たちの業績をプロモートしようとする科学者たちの努力と結合した、実験室の単調な生活をしている科学者たちによって相互に考え出された行為の結果であるという。
ブラウンは以上の三種の社会構築主義を区別した上で、バリーをはじめとする医療社会学者たちが社会構築主義を上記の三種を混合した非常に広い意味で使用していると批判するのである。これでは「社会的構築」という用語に対する独自の所有権を主張できないではないかというのである。
それに対してブラウン自身が対置するのは、シンボリック相互作用論と構造的政治経済学的アプローチの総合したものである。そのさい決定的に重要なのは、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」を区別することである。
「医学的知識の社会的構築」は専門家の態度の起源とかれらの診断をあつかう。それは、支配的な生物医学の枠組と同時代の道徳と倫理的見解にもとづいて理解する仕方をあつかい、医療供給者の社会化、ヘルス・ケア・システムの専門家的・制度的実践、そしてそれを包み込む社会の社会構造をあつかう。ここでは診断そのものが問題になり、構造的接近が優勢になる。医学的知識の構築についての学問は、専門家の昇進や家父長的態度や帝国主義的労働市場需要のような社会的ファクターをふくむことになる。それに対して「病気の社会的構築」は素人の病気体験をあつかう。ここでは個人・ダイアド・集団の各レベルを取り扱うのでシンボリック相互作用論が優勢になる(Brown [1995]1996:96-97)。
■病いの社会的構築
ブラウンのいうように、「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」とはリンクしているにしても基本的には別の問題である。この点については、以前から医療人類学でしばしば指摘されてきたことであるので、そちらの方で確認しておこう。
たとえば、アーサー・クラインマンは、台湾での調査に基づく著作の中で概略次のように述べている(Kleinmann 1980=1992:79)。疾病(disease)とは生物学的プロセスと心理的プロセスの両方あるいは一方の機能不全をさす。それに対して、病い(illness)は知覚された疾病の心理社会的な体験のされ方や意味づけをさす。したがって、病いには疾病に対する二次的反応がふくまれる。つまり、病いには、症状や役割遂行の減退に対する注意、知覚、感情的反応、認知、評価のプロセスがふくまれ、家族や社会的ネットワーク内部でのコミュニケーションや相互作用もふくまれる。「要するに、病いとは疾病に対する反応である。疾病をコントロールするとともに、疾病を意味あるものにつくりあげ、説明を与えようとする反応である。」(Kleinmann 1980=1992:79)
ちなみに一九八〇年時点でのクラインマン自身は、疾病の構築についてはそれほど突っ込んだ議論はしていないが、両者とも実在ではなく説明モデルであることに注意を促している点で構築主義と呼応する議論をしていた。
要するに「医学的知識の社会的構築」は疾病の構築にかかわることであり、「病気の社会的構築」は病いにかかわることであるといえよう。そして、それぞれが社会的に構築されるものであるというのが社会構築主義の基本主張である。ブラウンによると、この社会構築主義によってこそ、三つのレベルにおける健康と病いを連結でき、その社会的意味を理解できるという。三つのレベルとは次のようなものである(Brown [1995]1996:97)。
(1)ミクロレベル(自己意識、個人行為、対人コミュニケーション)
(2)メゾレベル(病院、医学教育)
(3)マクロレベル(国民の健康状態、ヘルス・ケア・システムの構造と政治経済、国家保健政策)
ブラウンの主張があえて「第四の社会構築主義」というべきものであるかということはひとまず措くとして、社会構築主義に少なくとも三つの理論的源泉があるということ、そして「医学的知識の社会的構築」と「病気の社会的構築」の両方を射程に入れて、ミクロ・メゾ・マクロの三レベルをリンクさせて考察すること、そのさいには相互作用論と政治経済学的接近があわせて有効であること——本稿でも、この線で「健康の批判理論」を考えてみたいと思う。
三 問題領域の拡大——研究対象
■問題領域の概要
以上、「健康と病いの社会学」とその周辺研究をふくめて「健康の批判理論」としてアウトラインを眺めてきた。その理論的支柱は社会構築主義である。この視点から何が具体的に問題になるのか。この章では「健康の批判理論」が射程に入れるべき主要な問題群を整理しておきたい。このさい、まず、比較的網羅的に問題領域を押さえていると思われるピーター・E・S・フロイントとメレディス・B・マクガイアの『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』(Freund and McGuire 1999)で問題領域の概要をつかみ、そののちにラプトンとネトゥルトンの議論を参考にしてポイントを理解したい。
『健康・病い・社会的身体——批判社会学(第三版)』は本稿執筆時点では最新の「健康と病いの社会学」の概説書である。ストレス学説に準拠していることなど、やや総花的で、構築主義も徹底しないところがあるが、アンソロジーではないので、バランスよく研究業績がまとめて紹介されている。章ごとにテーマを抜き出してみよう。
(1)健康・病い・身体についての社会学的視角
身体の社会的構築。身体観の社会的構築。健康と病いの社会学において権力作用は中心的なものであること。
(2)だれが病気になり傷つけられ死ぬのか
社会疫学の課題と方法論上の問題点。二〇世紀の平均余命の変化。医学の進歩という神話。第三世界の罹患率と死亡率。エイズの疫学。罹患率と死亡率の変数としての年齢・ジェンダー・人種・エスニシティ・社会階級。これらは権力の社会的分配に関連している。
(3)健康と病いの物質的基礎
社会政治的ファクターと文化が、われわれの物理的環境・われわれの資源(たとえば食物)・われわれの身体を構築する。飢餓、食習慣、事故、労働災害、環境汚染、喫煙。
(4)精神・身体・社会
シンボリックかつ社会的なファクターが身体に及ぼす影響。ストレス。
(5)社会組織・健康・病い
社会支援の質と批判的評価。社会的不平等と社会支援の関係。演劇論的ストレス。社会的相互作用における感情の役割。
(6)病気の社会的意味
逸脱としての病い。逸脱の医療化。道徳的権威の医療化。社会統制。シンボルとしての身体。病気は社会秩序にかかわることがらであること。
(7)病いの体験
病いと自己。素人の健康概念。素人の病いの理解。病いに気づくこと。痛みと心理社会的次元。慢性病と障害。障害者の自己意識とマイノリティ的地位と社会運動。
(8)健康と助けを求めること
自己治療。隠れたヘルス・ケア・システムとしてのホーム・ケアと相互補助。民間療法。宗教的な癒し。
(9)医学的知識の社会的構築
疾患の「発見」。社会的産物としての科学。医学的「問題」の創造と否認。医療化・脱医療化・専門家の利害。企業の利害。疾患と身体の物象化。専門家支配。生物医学の前提。
(10)近代生物医学の知識と実践
専門家支配と情報操作。不確実性と統制。専門家支配のミクロ政治学。医師と患者の関係。病人を症例に変換する。患者の非人格化。近代医学の終焉。道徳のジレンマと社会政策。
(11)ヘルス・ケア・システムにおける階層と権力
受療者。医師の供給源。ナースの供給源。その他の専門職と労働者。
(12)ヘルス・ケアにおける経済的利害と権力
保険の問題。さまざまなヘルス・ケア組織。病院経営。さまざまな医療産業。社会政策と人権。
このようなテーマ・リストは多様な組み換えの可能なものである。ひとつの事例として参考にしたい。この中には機能主義段階の医療社会学でも十分問題として取り上げられているものもあり、公衆衛生学的なテーマもふくまれている。とくに「健康の批判理論」として重要な問題領域はどこなのか。すでに確認した「医学的知識の社会的構築」以外の問題領域について、この分野の第一線で活躍するラプトンとネトゥルトンが強調する論点を手短に整理してみよう(Lupton 1994; Nettleton 1995)。
■健康と病いをめぐる素人の生活世界
従来の医療社会学の焦点は、病気と専門家にあった。つまり医師たちが病気に立ち向かう仕方を主軸に据えて、そこに患者たちがどう適応していくか(あるいは適応すべきか)を規範的に研究してきた。これに対して「健康の批判理論」は、健康と素人(lay)に焦点を当てる。つまり素人の視点に定位して見える生活世界のあれこれ(もちろんそこには病いもあるが、そうでない状態もふくまれる)が問題となる。医学と素人の視点とを同位対立の地平において捉えるのが、社会構築主義のラディカルなところである。一方で医学的知識の文化的構築性を暴き、他方で素人の病気や健康への態度と経験の自律性を浮き彫りにするのである。
そのさいポイントとなるのは「素人の健康観はたんなる医学的知識の薄められたヴァージョンではない」(Nettleton 1995:37)ということである。この論点はすでにフリードソン以来、批判的接近を試みる医療社会学者にはおなじみのものである。
健康に光を当てると、人びとが健康をどのような定義において用いているか、そのライフスタイルと消費文化との関係はどのようなものか、人びとにとってリスクはどのようなものとして捉えられ、それが人びとにどのようなリスク回避行動をとらせているかが問題となる。たとえば喫煙に対する態度やエイズに対する態度などがテーマになる(Nettleton 1995:Chap.3)。
他方、病気に光を当てると、人びとが病気と病者役割(sick role)をどのように解釈し、正当化していくか、そして慢性疾患と障害のある身体を媒介にどのようなコミュニケーションが生起し、どのように語られていくか、それに対処する戦略をどのように編み出していくかがテーマとなる(Nettleton 1995:Chap.4)。また、人びとにとって病いの体験は道徳的問題でもある。なぜそのようなことになったかを人びとは「失敗」や「報い」として道徳的に説明しがちである。そのあたりもテーマとなる。
■素人と専門家の相互作用
病いに見舞われたと感じた人びとは病院を訪ねて、医師やナースなどの医療の専門家たちと出会う。この出会いは対等な出会いではないがゆえに、特殊な性質を帯びる。この「素人と専門家の相互作用」の問題は「健康の批判理論」にとって批判的に取り組まなければならない重要な問題領域である。
ネトゥルトンによれば、そこには次のような問題がある(Nettleton 1995:131−132)。第一に、素人と専門家の関係は、より広い文脈での社会関係や、ジェンダーや人種や階級といった構造的不平等を反映するとともに強化するということ。第二に、この関係は社会統制と社会規制の中心的次元を形づくること。第三に、専門家はしばしば患者の見解をまともに取り上げることを拒絶する。そして患者の見解というものが同時代のヘルス・ケアの深刻な限界と見なされてきたこと。第四に、相互作用の質がヘルス・ケアの成果に影響を与えてきたことである。
この領域は長らく医療社会学で「医師−患者関係」として研究されてきたが、理論的立場によって大きく見方が変わる。機能主義は合意モデルを基準に論じ、政治経済学(マルクス主義)は闘争モデルを用いて、医学的権力に対する患者側の抵抗を強調する。「コンプライアンスの悪い患者」を病院スタッフがそれぞれどのように見ているかが問われる。また、シンボリック相互作用論やエスノメソドロジーによるミクロな相互交渉場面の研究もさかんである。
それから忘れてはならないのが、専門家は病院にいるとは限らないということだ。民間医療のヒーラー(healer)がいる。そこでは「癒し」と総称される、しばしば近代医療システムとは異質の出会いと相互作用がある。ここは従来から医療人類学の実績のある領域であるが、「健康の批判理論」の現場はもはや病院だけではないのである。
■文化的表象の分析
医学・病い・疾患・身体に関するさまざまな言説・メタファー・図像は、高級文化においてであれ大衆文化においてであれ、これらの現象についての知識の社会的構築に深くかかわっている。ラプトンはこの点を強調する(Lupton 1994:chap.3)。高級文化において疾患と死がどのように表現されているか、そして大衆文化において医学や病いや死がどのように表象されているかの研究は、伝統的な医療社会学ではないがしろにされてきたところである。しかし、ガンやエイズはメタファーとしても社会に圧倒的な影響を与えたし、「ガンと闘う」「エイズを撲滅する」といった軍事的な言説そのものが、それぞれに関係する生物学的事実の解釈や医学の研究開発の方向性に影響し、関係者の社会関係をも深く規定してきたのである。
このテーマに関する図像研究としては、サンダー・L・ギルマンの仕事が日本ですでに紹介されている(Gilman 1995=1996)。図像は、どれが正しく美しく健康なのか、どれが狂っていて醜く病んでいるのかというステレオタイプな基準をリテラシーを越えて再生産する。とりわけメディア上に流通する言説と図像の分析が重要であり、カルチュラル・スタディーズの隆盛の中で、そのような研究が一気に浮上している。
もちろん以上の他にも重要な問題がある。健康状態と社会的不平等すなわち健康の配置の問題も大いに議論されている。とくにジェンダーの問題がフェミニズム側から次々に提起されている。保健政策批判もある。それらについては機会を改めて詳説することにしよう。とりいそぎ確認しなければならないのは、これらの問題群を「健康の批判理論」が強調して研究テーマとして取り上げるのはなぜか、つまり基本的な研究スタンスの問題である。
四 公衆衛生学的医療社会学との比較——対抗軸
■生物医学モデルへの挑戦
じつは社会学的社会問題論の文脈では、社会構築主義はすでに過去のものだという雰囲気がある。流行思想としての社会構築主義は所詮、そういうものなのだろう。しかし社会構築主義は日本では未だ徹底して追究されていないのではないか。とりわけ健康と病気の社会領域については。
生物医学に依拠した医療システムに構築主義的なまなざしを向けることは、医学部に設置された公衆衛生学といった場所では未だに困難なことのようだ。たとえば日本のアカデミズムにおいて重要なステイタスを与えられていると思われる公衆衛生学研究者による『健康観の転換——新しい健康理論の展開』(園田・川田 1995)には、生物医学とそれに基づく現代医療の神話的構築性に対して社会学的に距離化しようというスタンスがまったく感じられない。それどころか、健康主義を社会全般に拡大しようとする、ほとんどニューエイジ系の宗教的教義への傾斜さえうかがえるほどである。
日本の公衆衛生志向の医療研究の社会学性がその程度の底の浅いものであるといえばそれまでだが、それにしても、社会構築主義による医療的世界への分析はむしろ始まったばかりなのである。
では、従来的な医療社会学とのちがいは何だろうか。最大のちがいは生物医学に対する知的態度である。
ライトとトレッチャーは社会構築主義以前の医療社会学との比較を理念型的に整理している(Wright and Treacher 1982:3-5)。
第一に、医学の同定あるいは医学的知識は何の困難も引き起こさなかったという仮説。それによると、医学とは医師とその補助労働者のなしたことであるのは自明であり、医学的知識はたんに、医学校で伝授されたか、専門家の雑誌と教科書によって普及したものにすぎない。第二に、近代医学的知識は、近代科学の発見に基づいていて効果があるがゆえに独特のものであるという仮説。第三に、疾病は、医師による分離と指摘に先行し独立に存在する自然物であるという仮説。第四に、社会と医学的知識とは独立した自律的領域であるという仮説。
社会構築主義以前の医療社会学(たとえば公衆衛生学的な研究)の前提了解が以上のようなものであったとすると、すでに「医学的知識の社会的構築」として述べたように、これに対して社会構築主義的医療社会学は、異を唱えるわけである。いわば近代医療絶対主義神話の社会学的解体である。生物医学のイデオロギー的後方支援としての公衆衛生学との異質性はあきらかだろう。
■医療神話の歴史的批判
「健康の批判理論」のさしあたりの対抗軸は、医療神話とも呼ぶべき科学信仰であり、それに基づいて編成される専門家支配の実態である。日本でもこの種の研究は一部で始まっており、たとえば『医療神話の社会学』(佐藤・黒田 1998)では、「近代医学は抗生物質によって、人間を悩ませた多くの感染症を克服してきた」といったような、現代医療を正当化する二〇の神話について丹念に神話解体している。ただし、ここにおさめられた論文は必ずしも社会構築主義に立ったものではなく、多くは歴史的アプローチによるものである。
当然もうひとつの神話解体も必要だ。それは民間医療にまつわるさまざまな神話である。近代医学への不満は一般の人びとにおいてむしろ普通のことである。しかし、だからといって近代医学を批判する「代替医療」(alternative medicine)が無条件で推奨できるわけではない。代替医療神話が現代的に変奏されている事態に対しても、批判的なまなざしで分析する必要がある。たとえば佐藤純一は代替医療が単純な二分法を絶対化して「人間的」な側に自らをおくことで正当化しようとすることを指摘している(佐藤・黒田 1998:242-244)。なお、アメリカの代替医療の歴史についてはロバート・C・フラーの『オルタナティブ・メディスン』が詳しい(Fuller 1989=1992)。
さらに、こうした医療神話が消費社会というコンテキストでこそ生き生きと語られ、説得力をもち、具体的な行動へと水路づけるといった構図にも注意を払う必要がある。
■ヘルス・プロモーション
公衆衛生学的医療社会学との対比がもっとも明確になるのは「健康のために」語られるさまざまな言説に対するスタンスである。試金石はヘルス・プロモーションに対するスタンスである。
「健康のために」語られるさまざまな言説を私は「健康言説」と呼んでいるが、ヘルス・プロモーションの言説はその代表的なものであり、その点では公衆衛生学的医療社会学自体も健康言説なのである(池田ほか 1998:23-24)。
サラ・ネトゥルトンとロビン・バントンはヘルス・プロモーションに対する研究スタンスを四類型にまとめている(Nettleton and Bunton 1995)。まず第一の軸は「社会政策」か「社会学的分析」かというもの。第二の軸は「医療についての社会学」か「医療のための社会学」かという有名なストラウス以来の二分法である「についての」対「のための」という二分法。これを使って「健康の批判理論」を位置づけてみよう。
第一に「ヘルス・プロモーションのための社会政策」(social policy for health promotion)では保健公共政策の説明・分析・評価をおこなう。第二に「ヘルス・プロモーションのための社会学的分析」(sociological analyses for health promotion)ではプロモーション技術の発達・評価・洗練をおこなう。第三に「ヘルス・プロモーションについての社会政策」(social policy of health promotion)では政策のイデオロギー的基礎の研究をおこなう。第四に「ヘルス・プロモーションについての社会学的分析」(sociological analyses of health promotion)ではヘルス・プロモーション自体の批判をおこなう。一口に批判的評価といっても、このようにスタンスは多様である。たとえば日本でおこなわれてきたほとんどすべての「医療と社会」研究は第一から第三に分類できるはずである。それに対して「健康の批判理論」は第四の類型に相当する。
第四類型のヘルス・プロモーション批判の基礎視角としては、たとえばどのようなものがあるのだろうか。さしあたり思い及ぶのが「健康という義務」(imperative of health)という視角である。これはラプトンがフーコーから採ったもので、彼女は公衆衛生とヘルス・プロモーションについての著作タイトルにこのフレーズを使用している。それによると、健康はたんなる疾病の不在ではなく、もはや一種の道徳的命令ではないかというのである(Lupton 1995)。健康が道徳にずれ込むことで、道徳は身体性に還元されることになる。重層的なコミュニケーションの産物としての社会秩序ではなく、有無を言わさない身体秩序に道徳という社会原理が従属するということだ。健康言説の本質はまさにここにある。
たとえば「成人病」を「生活習慣病」に呼びかえて人びとの健康増進を図ろうとする近年の厚生省のキャンペーンについて佐藤純一は次のように分析している(池田ほか 1999:8-29)。「生活習慣病」はもともと厚生省の行政用語であった「成人病」を「生活習慣」と「予防」を軸に再構成したものであり、厚生省・臨床医学・社会医学の三者の思惑の合致したところに構築された政治的産物である。「生活習慣病」言説は「病気と習慣が関係ある」とするだけではない。それは「病気を引き起こす習慣」と「病気を避ける習慣」をも指示する。このさい健康習慣として指定された要素はまったく恣意的なものであり、言説構築者の古典的な道徳主義がそのまま投影される。そして「病気になったのは、その個人の生活習慣によるのであり、それゆえ病気の責任もその個人にある」という個人責任論が正当化されるのである。その結果、露骨な「犠牲者非難」(victim blaming)がおこなわれ、国家が責任をとるべき外部環境要因がそっくり隠蔽される。
このように、一見もっともらしい国家の保健政策のロジックは、「これって健康にいいんだよ」という食卓の会話にまで浸透し、その結果、まわりまわって人びとの病気体験そのものを道徳的ジレンマにしてしまう。つまり、たんに健康と病気が問題なのではない。それらに言及する言説の総体が現代社会において果たしている構築的役割への懐疑的認識が必要なのである。つまり、それは「批判」でなければならないのだ。
五 健康言説批判——方法論的戦略
■健康は言説である
最後に、「健康の批判理論」の方法論的戦略について確認しておきたい。
そもそも「健康と病いに関する批判社会学的研究」とでもいえばよいものを、あえて「健康の批判理論」と総称するのは、なぜか。それは第一に病気よりも健康という広範な領域に焦点があたらざるを得ない現代的状況が存在するからであり、第二にもはや社会学というディシプリンにこだわる必要がほとんどないと考えられるからだ。社会構築主義は社会学の占有物ではないのであるから。ちなみにコンラッドは「健康と病いの批判的視角」(critical perspectives on health and illness)という言い方をしている(Conrad 1997:4)。私はそれでもよいとは思うものの、短く総称するさいには、あえて「健康の批判理論」という括り方をしたい。その突破口は「健康は言説である」という構築主義的命題として集約的に表現できると考えているからである。突破口は「健康」の方にある。
そもそも健康は「非問題系」すなわち「問題状況の欠如」である(池田ほか 1998)。それゆえ健康は「問題」となる病気や障害などの事態(すでに発生しているにせよ、たんに予想されるだけにせよ)に対して、あくまで「語られるもの」であって、実体があるわけではない。「健康のために」と語りつづけられることで「健康な身体」は社会的に構築される。したがって実在するのはあくまで「健康言説」だけなのである。つまり、健康は言説である。「言説としての健康」ではないのだ。
■健康が語られるとき
現代社会において健康が語られるとき、それがコミュニケーションにおける正当性を満たす言説となるのは、問題系としてのリスク要因が導入されたときである。「健康に対するリスク要因」(health risk)のリストが提示される。このリストにはもちろん病気がふくまれているが、それだけではない。リスクは、朝食を食べないことからオゾン層の破壊にいたるまで無制限に拡大可能な社会的構築物である。そのリストは恣意的であり、それゆえ本質的に政治的でもある。
リスク概念の拡大はそのまま健康概念の脱領域化につながる。つまり、健康はあらゆる生活領域に深くかかわる価値として遍在するようになる。そして、個々のリスク要因が言説としての説得力をもてばもつほど、健康概念は物象化され神格化されるのである。この物象化された層における健康言説がヘルシズムなのであり、それはひとつの宗教的システムというべきである。健康は世俗化された現代の新しい神となる。
リスク回避を名目とするライフスタイルへの道徳的干渉が始まる。フーコーが描き、身体の社会学がそれを引き継いで研究してきたもの、すなわち人びとの身体を貫徹する権力作用の諸相である。「からだにいい」「ナチュラル」「無添加」「スポーティ」「衛生」「清潔」「元気が一番」といった耳障りのよいクリーシェから、「お肌のダメージ」「死の恐怖」「後の祭」といった恫喝に近いクリーシェまで、さまざまな言説が「健康的な生活習慣」を道徳的に正当化し、そうでないものを非難し排除する。そして個人の責任が問われてゆくのである。
こうして「健康な生活とは、健康について語り、健康に好ましいと語られた生活習慣を実行している生活のことである」という自己言及システムが成立する。「健康の批判理論」の理論的課題は、このような健康言説の自己言及的な言説宇宙(universe of discourse)の構造を批判的に解明することである。
この言説宇宙を構築するエージェントはさまざまである。それは科学者であり、マス・メディアであり、政府機関であり、社会運動である。そのエージェントの集合に対してジョナサン・ゲイブは「リスク産業」という用語さえ使っている(Gabe 1995)。公衆衛生的言説も栄養学的言説も、みのもんたの名調子や霊芝実演販売講師の巧妙な口上も、それに対して「買ってはいけない」とする対抗言説も、これら「リスク産業」によって組織的に生産された、いわば消費社会の産物なのである。
■批判的言説分析の可能性
以上のような仮説を手がかりに「健康の批判理論」は、健康言説の力を見極めていかなければならない。言説の類型もさまざまであり、語られ方そのものの多様性にも注意しなければならない。この作業を経験的な手法で実証するのが「言説分析」(discourse analysis)である。ただし、漠然と「言説分析」と呼ぶと、言語学において「談話分析」と訳されて会話の分析技法として紹介されているものもふくまれるので、これらと区別する必要がある。もちろん、問診の分析や医療スタッフ間のコミュニケーションの分析、そして健康に関する人びとの会話を分析するさいには有効な方法であるが、メディアや専門家や政府機関をエージェントとする言説を分析対象とすることの多い「健康の批判理論」と親和性の高い手法として考えられるのは、なかでも「批判的言説分析」(critical discourse analysis)と呼ばれるものである。
批判的言説分析は言説分析のひとつで、すでにジェンダー研究では成果をあげつつあるようである(斉藤 1998; 中村 1995)。ただし、これ自体は定型的な手法をさすものではなく、一定の理論を前提した(それゆえ現状では適用対象がある程度限定されている)分析方法である。具体的場面では他の言説分析の手法を応用する。
フェアクラフとヴォダックによると、批判的言説分析では、話したり書いたりする言語使用を言説と呼び、それを社会的実践の一形式と見る。かれらによると批判的言説分析は八つの理論および方法の原理に基づいているという(Fairclogh and Wodak 1997)。
(1)批判的言説分析は社会問題に力を注ぐ。
(2)権力関係は遍在している。
(3)言説は社会と文化を構築する。
(4)言説はイデオロギー的作業をおこなう。
(5)言説は歴史的である。
(6)テキストと社会とのリンクは媒介的である。
(7)言説分析は解釈的かつ説明的である。
(8)言説は社会的行為の一形式である。
ここで確認できるのは批判的言説分析が社会構築主義ときわめて親和性の高い分析方法であることである。現在はジェンダーやエスニシティなどに好んで応用されているようであるが、健康関連領域においても応用可能性は高いといえそうだ。
■まとめ
これまで見てきたように、「健康と病いの社会学」を中核とする社会構築主義的研究は、従来の公衆衛生学的な医療社会学に対して、「健康の批判理論」として総称できるだけの理論的共通点をもつ。中核には社会構築主義があり、方法論的には言説分析をとる。
「健康の批判理論」とは、この近代社会を柔らかく支配する(その結果として人びとの自発的服従が生じる)「納得の構図」を明晰に分析して批判する反省社会学的営為である。それは「健康な社会」を築くための理論でもなく、まして「健康増進」のための研究でもない。健康を自己言及的構成要素とする現代社会の構造分析である。目的は批判、批判それ自体である。
参考文献
文献の指示法と表記については日本社会学会編集委員会「社会学評論スタイルガイド」(http://www.kyy.saitama-u.ac.jp/‾fukuoka/JSRstyle.html)にほぼ準拠した。ただし、本稿が縦書きであることを考慮して句読点などを一部改変した。
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池田光穂・佐藤純一・野村一夫・寺岡伸悟・佐藤哲彦, 1999, 『日本の広告における健康言説の構築分析』平成10年度吉田秀雄記念事業財団研究助成報告書.
Kleinmann, Arthur, 1980, Patients and Healers in the Context of Culture: An Exploration of the Borderland between Anthropology, Medicine, and Psychiatry, Berkeley: University of California Press. (=1992, 大橋英寿・遠山宜哉・作道信介・川村邦光訳『臨床人類学——文化のなかの病者と治療者』弘文堂)
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中河伸俊, 1999, 『社会問題の社会学——構築主義アプローチの新展開』世界思想社.
中村桃子, 1995, 『ことばとフェミニズム』勁草書房.
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斉藤正美, 1998, 「クリティカル・ディスコース・アナリシス——ニュースの知/権力を読み解く方法論—新聞の『ウーマン・リブ運動』(一九七〇)を事例として」『マス・コミュニケーション研究』52, 88-103.
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園田恭一・川田智恵子編, 1995, 『健康観の転換——新しい健康理論の展開』東京大学出版会.
Spector, Malcolm and John Kitsuse, 1977, Constructing Social Problems, Menlo Park CA:Cummings. (=1992, 村上直之・中河伸俊・鮎川潤・森俊太訳『社会問題の構築——ラベリング理論をこえて』マルジュ社)
Wright, Peter and Andrew Treacher eds., 1982, The Problem of Medical Knowledge: Examining the Social Construction of Medicine, Edinburgh: Edinburgh University Press.
(のむら・かずお 社会学 http://socius.org)
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英文タイトル
An Introduction to Critical Theory of Health
Kazuo Nomura
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4月 12017

社会学感覚 国際社会学

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
国際社会学
増補
国際社会学入門
もはや国民国家だけを基本単位として社会を構想することはできない。エスニシティ、ナショナリズム、グローバリゼーション、NGOなど、さまざまな単位のさまざまな主体のありようをきちんと分析し、グローバルに構想することが求められている。国際社会学はそのような分野として九〇年代に提唱された社会学の新分野である。
従来、国際社会を研究するのは国際関係論とエリア・スタデイ(地域研究)だった。後者は必ずしも「国際」であるとは限らないから、じっさいには国際関係論がその主導的位置を占めてきた。この国際関係論を構成していたのは国際政治学と国際経済学である。その学問的系譜については、中嶋嶺雄『国際関係論――同時代への羅針盤』(中公新書一九九二年)のコンパクトで要領を得た解説を参照してほしい。百瀬宏『国際関係学』(東京大学出版会一九九三年)も基本書。
冷戦終結後、この国際関係論に新たに加わったのが国際社会学である。梶田孝道編『国際社会学――国家を超える現象をどうとらえるか[第2版]』(名古屋大学出版会一九九六年)と、梶田孝道『国際社会学』(放送大学教育振興会一九九五年)が基本書。馬場伸也『アイデンティティの国際政治学』(東京大学出版会一九八〇年)は、政治学と銘打っているが、国際社会学の先駆的な研究である。
冷戦後の国際社会
冷戦終結後は国際関係論自体が社会学化している。冷戦時代は国民国家間関係で説明できた国際社会も、その社会学的な様相を顕在化させてきたからである。冷戦後の国際社会については、次のような本から入るといいだろう。高橋和夫『三訂版 現代の国際政治――冷戦を越えて』(放送大学教育振興会一九九五年)。鴨武彦『世界政治をどう見るか』(岩波新書一九九三年)。武者小路公秀『転換期の国際政治』(岩波新書一九九六年)。高坂正尭『平和と危機の構造――ポスト冷戦の国際政治』(NHKライブラリー一九九五年)。
この分野については現代史の知識が欠かせないが、通史としては、正村公宏『現代史』(筑摩書房一九九五年)。これなら一冊ですむ。
社会主義と資本主義
九〇年代の国際社会が今日このようにあるのは、ひとつは社会主義の崩壊によるものである。この崩壊過程については前項の文献に詳しい。
今問いなおされているのは「社会主義とは何だったのか」という問いである。桜井哲夫『社会主義の終焉――マルクス主義と現代』(講談社学術文庫一九九七年)は、社会主義の本質がマルクス主義ではなくサン-シモン主義でありメシアニズム(救世主信仰)だという視角から、詳しく社会主義の生成展開過程を描いたもの。イデオロギーのベールでこれまでよく見えなかった姿が見えてくるのだが、桜井はその主犯が知識人だと批判している。
他方、社会主義が崩壊したのは資本主義の勝利なのか。I・ウォーラーステイン『アフター・リベラリズム――近代世界システムを支えたイデオロギーの終焉』松岡利道訳(藤原書房一九九七年)は、そうではないと主張する。
いささか意表を突くこの二著は社会学者ならではの見方が発揮されたものといえそうだ。
民族問題と宗教問題
国際社会がその社会学的様相を顕在化させてきた、その代表的な要素が民族と宗教である。入門的な概説書として、浅井信雄『民族世界地図』(新潮文庫一九九七年)と、石川純一『宗教世界地図』(新潮文庫一九九七年)がコンパクトでやさしい。山内昌之『民族問題入門』(中公文庫一九九六年)はこの分野の第一人者によるトータルな解説。国際関係論ではなく「民族関係論」の必要な状況になっているがよくわかる。
ナショナリズム
ナショナリズムについての捉え方も大きく変わった。その転換点をなす研究が、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石隆・白石さや訳(リブロポート一九八七年)である。アンダーソンは、国民(nation)を「イメージとして心に描かれた想像の政治共同体」であるとする。それは想像されたものであり、限界づけられたものであり、主権的なものであり、ひとつの共同体として想像されたものだとする。なお、この訳書ののち増補されたNTT出版版が出ている。ベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さや・白石隆訳(NTT出版一九九七年)。
アンダーソンの問題意識を受けて、明治期の日本における「国民」の創出をメディア史的に描いたものとして、奥武則『スキャンダルの明治――国民を創るためのレッスン』(ちくま新書一九九七年)がある。「万朝報」という新聞が担った「制度としてのスキャンダル」が、国民国家の形成に大きく貢献したという意外な側面からのアプローチである。このラインを延長して考えると、現代社会における再国民化のメディアは、オリンピックやワールドカップなどの国際スポーツ大会ということになろう。ここにスポーツ社会学の重要課題がありそうだ。たとえば、J・リーヴァー『サッカー狂の社会学――ブラジルの社会とスポーツ』亀山佳明・西山けい子訳(世界思想社一九九六年)。
EUと脱国家
馬場伸也が国際関係論に導入したアイデンティティ概念は、近年さらにリアリティを増している。とくに注目に値するのがEUの脱国家的な広域圏構築の試みだ。梶田孝道『統合と分裂のヨーロッパ――EC・国家・民族』(岩波新書一九九三年)によると、ECの諸地域においてアイデンティティの多様化が生じており、これが新しい国際社会を構想するさいのポイントになるのではないかという。梶田はこれを「フレクシブル・アイデンティティ」と呼ぶのだが、「カタルーリャ人」であり「スペイン人」であり「ヨーロッパ人」であるというようなアイデンティティのあり方は、民族間紛争を緩和しやすいという。かえって国民国家というひとつの水準に収斂するとき民族対立が激化しやすいのである。国家の上位概念だった「ソビエト連邦」が崩壊して各国が国民国家としての独立性を高めたとたんに民族紛争が顕在化したのもそのためである。
グローバリゼーション
日本ではお役所を中心に何かと「国際化」が叫ばれているが、それはグローバリゼーションのたんなる一局面にすぎないことに注意しよう。
アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』松尾精文・小幡正敏訳(而立書房一九九三年)は、グローバリゼーションが近代固有の必然的現象であると論じた論考。それに対して、R・ロバートソン『グローバリゼーション――地球文化の社会理論』阿部美哉訳(東京大学出版会一九九七年)は近代以前からグローバリゼーションは進行しており、しかもそのさい宗教の役割が大きいと論じている。ロバートソンによると、グローバリゼーションとは「世界の縮小」のことであり、「ひとつの全体としての世界」という意識の拡大である。
オリエンタリズム
地球社会という視点から世界を見るのはかんたんなことではない。ふつうは自分のローカルな居場所から外部世界を眺めるのである。そのとき手がかりになるのは、外部世界について語られた言説である。その言説に沿って私たちは外部を見る。したがって言説に語られたものごとだけが見え、語られないことは見えてこないのである。エドワード・W・サイード『オリエンタリズム(上・下)』板垣雄三・杉田英明監修、今沢紀子訳(平凡社一九九三年)が出発点にしているのは、このようなフーコー的な仮説である。
サイードの提起した問題圏は、まさにグローバリゼーションによってもたらされた逆説的な現象であり、『オリエンタリズム』は現代思想に大きな影響を与えることになった。姜尚中(カン・サンジュン)『オリエンタリズムの彼方へ――近代文化批判』(岩波書店一九九六年)は、その社会学的な展開。
地図としての社会
あえて国際社会学の文献リストに加えたいのが、若林幹夫『地図の想像力』(講談社選書メチエ一九九五年)。地図もまた外部世界を語る言説であったことに気づかせてくれる社会学書。地図と社会の錯綜した関係に光を当てる。
世界市民社会の構想
ディテールもたいせつだが、大きなヴイジョンについて考えることもたいせつだ。ヒントになる本として、ユルゲン・ハーバーマス『未来としての過去――ハーバーマスは語る』河上倫逸・小黒孝友訳(未来社一九九二年)と、坂本義和『相対化の時代』(岩波新書一九九七年)をあげておこう。坂本は平和研究の第一人者。
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4月 12017

社会学感覚22ジェンダー論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
22 ジェンダー論
増補
女と男について考え始める
当初の計画ではジェンダー論の章も予定していたのだが、たまたま執筆順序があとになったため紙数調整の犠牲になってしまった。しかし、ジェンダーは権力行使の日常的かつ最大規模の現場である。ジェンダーへの言及なき権力論は、それ自体、権力作用の罠に陥っているというべきだろう。
セックスが生物学的に定義された性であるの対して、ジェンダーは社会的に定義された性のこと。私たちは「女であること」あるいは「男であること」をとかく生物学的な性を基準に議論することが多いが、じつは議題になっているのは生物学的な性ではなくて社会的な性である。そこをきちんと立て分けないと混乱する。しかも、生物学的な性は、しばしば偏見的主張の絶対的正当性としてもちだされてしまうことが多くて、ろくなことがない。理性的な議論にはじゃまな道具立てなのである(それを社会学者は「イデオロギー装置」と呼ぶ)。
何より考え始めるのがたいせつだ。熊田亘『女と男――男も考える性差別の現在』(ほるぷ出版一九九一年)は、おそらく高校生向けに書かれたものだが、社会学的な見識のあふれたわかりやすい入門書。全体が二十時間分の授業の形式で「です・ます」調で書かれている。「文化・スポーツのなかの性差別」「『性』のモノ化と究極の性差別」「結婚と家族をめぐって」「職場における性差別」「世界の中の日本の女性・男性」の五部構成で、ジェンダーについての主な論点が網羅されている。
社会学者によるものでは、この分野を一気に日本の読書界と論壇上に押し上げた上野千鶴子の一連の著作をすすめたい。なかでも、上野千鶴子『ミッドナイトコール』(朝日文庫一九九三年)は、朝日新聞夕刊に連載されたエッセイで、フェミニズム以後の社会学者の忌憚ない心情が吐露されていて入りやすい。深読みもできるし、触発されるところも多い[本書四八ページ脚注10参照]。
ジェンダーの社会学[総論]
この分野ではここ十数年に多くの本が出版されている。フェミニズムについては最新のアンソロジーが二組もあり、それぞれ文献情報が充実しているので、まず、これらをチェックするといいだろう。加藤秀一・坂本佳鶴恵・瀬地山角編『フェミニズム・コレクション(全三巻)』(勁草書房一九九三年)。井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編、天野正子編集協力『日本のフェミニズム(全七冊・別冊一)』(岩波書店一九九四―一九九五年)。
論争的な議論になりがちな領域なだけに、きちんとデータを確認した上での議論が必要だが、そのための一冊が、井上輝子・江原由美子編『女性のデータブック(第二版)』(有斐閣一九九五年)。見開きワンテーマで構成され、パラパラめくっていくだけでもいろいろ発見がある。たとえば、新聞社内で女性の記者は二・五パーセントしかいないとか、女性の賃金は男性の半分であるといった現実を見ると、何かと「逆差別だ」といいたがる中年男性の現実認識がいかに科学的でないか、よくわかる。
フェミニズムの争点
フェミニズムについて概観を与えてくれるものとして、江原由美子・金井淑子編『フェミニズム』(新曜社一九九七年)。フェミニズムといってもいろいろあるのだ。
フェミニズムには争点も多い。江原由美子編『フェミニズムの主張』(勁草書房一九九二年)と、江原由美子編『性の商品化――フェミニズムの主張2』(勁草書房一九九二年)は、フェミニズムの争点を明確にして議論したもの。
江原由実子『装置としての性支配』(勁草書房一九九五年)は論文集で、読みやすいエッセイもふくまれているが、とくに一九九一年以降の上野千鶴子との論争(九〇年代上野・江原論争)についての考察が大きなテーマになっている。ごくかんたんにいうと、この論争は、「労働」を重視する上野のマルクス主義的立場に対して、「身体」(社会的身体)を重視する江原のラディカル・フェミニズムという構図をもっている。一口でフェミニズムといっても、じつにさまざまな考え方が存在している。それを知ることも必要である。
男性学
女性論が隆盛して男性論も始まった。男性には男性なりの「抑圧」ももちろんあるわけで、「男らしさ」への疑念も論じられるようになった。渡辺恒夫『脱男性の時代』(勁草書房一九八六年)は、日本におけるその先駆け的存在で、アンドロジナスがキーワード。岩波版の『日本のフェミニズム』シリーズでも別巻に『男性学』が用意されている。
小浜逸郎『男はどこにいるのか』(ちくま文庫一九九五年)は、フェミニズムの言説に対抗するスタンスが前面に出た評論で、男性としての綿密な自己分析などがあり、社会学の議論とは少しずれるが、議論を鍛えるのによいテキストだと思う。この文脈では、M・コマロフスキー『男らしさのジレンマ――性別役割の変化にとまどう大学生の悩み』池上千寿子・福井浅子訳(家政教育社一九八四年)が、正統派役割理論による調査研究。男らしさ研究の古典である。
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4月 12017

社会学感覚19自発的服従論

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
19 自発的服従論
19-1 服従の可能性としての支配
権力論の課題
これから三回にわたって説明する権力論というテーマ群をつらぬく観点は「権力は身近な生活の場に宿っている」ということだ。わたしたちは、ふつう「権力」ということばで国家権力およびその周辺を思い浮かべる。強大で絶対的な国家権力、それが常識的な連想だろう。しかし、ここでもまた常識的思考には落とし穴がある。このあたりを浮き彫りにしていきたい。
まず、『資本論』の片隅におかれた注のなかでマルクスがつぶやくように書きつけた一節をみていただきたい。「およそこのような反省規定というものは奇妙なものである。この人が王であるのは、ただ、他の人びとが彼に対して臣下としてふるまうからでしかない。ところが、彼らは、反対に、かれが王だから自分たちは臣下なのだとおもうのである▼1。」つまり、権力者は権力をもつから権力者なのではなく、人びとが自発的に服従するからこそ権力者なのだ。そしてこの権力の〈秘密〉に、服従する人びとは気がつかない。このロジックこそ、ここで権力論として自発的服従をあつかう最大の理由である。
ジンメルの「上位-下位関係」論
ジンメルは、たんなる人の集まりが、ある一定の〈社会〉へとつむぎあげられていくプロセスを「社会化」と呼んだが、その社会化の形式を研究するのが形式社会学だった。それは、社会の共通形式の文法学あるいは幾何学にあたるものだが、そんな形式のひとつとして「支配」をあげている。正確にいうと「上位-下位関係」平たくいうと「上下関係」である▼2。
これについてジンメルが示唆することはふたつある。
ひとつは、人間が社会を形成するとき「支配関係なしの社会」あるいは「権力なしの社会」は、まずありえないということだ。「ある」といいきる考え方はイデオロギーであり、現実から遊離している点でユートピアである。科学的には、権力による支配は避けられないということから出発するのが正しい。
第二に、要するに「支配は相互作用」だということ。つまり、支配者からの一方的な影響だけではなく、服従者からも支配者になんらかの影響をあたえているというのである。そして、支配が成立するには、かならず服従者の自発性と協力がいるという▼3。
ウェーバーの支配社会学
このアイデアを豊富な歴史的事例に適用し、膨大な支配社会学をつくりあげたのがウェーバーである。まず、有名なウェーバーの定義をみておこう。
「支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである▼4。」
この場合も服従者の「服従意欲」が重要視されている。つまり、ある支配形態を人びとが正当なものとして納得して受け入れてはじめてその支配形態は安定する。逆に、人びとがそれを正当なものだと感じなくなるようであれば、それは長続きすることはない。だから支配ということが成り立つのは、原則的には、支配される人たちが、支配されることを承認する場合だけである。
では、人びとはどういう場合に、その支配形態を正当なものとして承認し服従するのだろうか。
それをウェーバーは「支配の正当性[根拠]」と呼び、歴史的にほぼ三つのタイプが存在するとのべている▼5。
(1)非人格的で合理的規則にもとづく「合法的支配」そのもっとも純粋な形としての「官僚制」――人びとはその合法的な地位ゆえに服従し、行政幹部は法的な権限をもつ。
(2)伝統の神聖さにもとづく「伝統的支配」――人びとはその伝統的な権威ゆえに服従し、行政幹部は特権をもつ。
(3)個人の非日常的資質にもとづく「カリスマ的支配」――人びとはその個人的な資質ゆえに服従し、行政幹部は使命をもつ。
こういう類型を「理念型」ということはすでにのべた▼6。一種のモデルのようなものだ。現実の歴史的支配形態は、これらの複合体として考察できる。歴史上多いパターンは「カリスマから伝統」「カリスマから合法」であり、近代西欧では、もっぱら合法的支配に向かっていった。これも合理化である。
いずれにせよ、カリスマ的支配が支配の原型であるとウェーバーは考えた。というのは、そこではなんの強制力もなく人びとはみずからの意志で自発的に服従しているからだ。これが支配の原型である。
この支配という関係は、なにも国家にかぎるわけではない。集団や村落、政党や宗教団体そして学校など、あらゆる社会関係にみられる。現代国家は当然「合法的支配」であり、人びとは手続き上の正しさに対して服従し、納税などの義務を果たすのだ。これは現代の企業や学校にもいえることである。一方、ワンマン的なヴェンチャー企業や宗教団体そして一部の政治団体などには、カリスマ的支配とみられるものもある。カリスマは潜在的に社会変革的機能をもつから、体制側の支配者から脅威とみなされ、しばしば理由もなく排除の対象となることも多い。
自発的服従
いずれにしても、支配についてジンメルとウェーバーがともに強調するのが「服従者の服従意欲」である。支配というのは服従のチャンス[可能性]である。服従には理由がなくてはならない。正当な根拠があって、それを認める人びとが支配という関係に入るわけである。
わたしたちは「支配」とか「上下関係」とかいうと、つい「暴力」とか「強制」といったことばを連想してしまうが、社会学的には別のことがらである。「支配」や「上下関係」が、暴力や強制をともなう一方的な関係であるという「常識的な」考え方に対して、大方の社会学者は否定的である▼7。ともあれ、したがう方にある程度の自由がなければ支配関係は成立しないのだ。服従者の自由度がある程度高くなければ、社会学的な意味での支配は成立しない。その意味で、社会学は「右」でもなければ「左」でもない。「右」も「左」も「上」にこだわっている。社会学は胸を張って「下だ」と答えよう。
さて、納得=合意の仕方として「カリスマ的」「合法的」「伝統的」の三つがあるとしても、しかし、支配が成立するのは、現実には真の合意にもとづいた場合だけとはかぎらないはずである。じっさい、なんらかの操作がなされることによって、あたかも合意が成立したかのような状態になる場合も多い。要するに、相手をだまして服従させるわけだ。「世論操作」などと呼ばれるケースがこれである。現代社会における権力を考える上で、じつはこの点はたいへん重要である。節をあらためて論じることにしよう。
▼1 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論1』(国民文庫一九七二年)一一一ぺージ。
▼2 5-3参照。
▼3 ジンメル、居安正訳『社会分化論社会学』(青木書店一九七〇年)。この点については、阿閉吉男『ジンメル社会学の方法』(御茶の水書房一九七九年)。
▼4 マックス・ウェーバー、阿閉吉男・内藤莞爾訳『社会学の基礎概念』(恒星社厚生閣一九八七年)八二ページ。
▼5 マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社一九七〇年)一〇ページ以下。
▼6 5-2参照。
▼7 近年の理論のなかで一例をあげると、ニクラス・ルーマン、長岡克行訳『権力』(勁草書房一九八六年)。
19-2 歪められたコミュニケーション
歪められたコミュニケーションの三形態
さて、権力が正当性をもつと人びとからみなされる場合、みなされ方として、ふたつの場合が考えられる。ひとつは、人びとが開かれたコミュニケーションによって、平等かつ自由に自分自身の態度と行動を選択できる状況のもとで、正当と認める場合。ふたつめは、人びとが歪曲されたコミュニケーションによって、正当と認める場合である。前者は理念として現代社会に存在しているものの、めざすべき目標以上のものとはいえないだろう。じっさいには、大なり小なり歪められたコミュニケーションの場のなかで正当性が認められているにすぎない。
クラウス・ミューラーは、歪められたコミュニケーションの三つの主要形態について論じている。それは以下の三つである▼1。
(1)強制指導型コミュニケーション
(2)環境制約型コミュニケーション
(3)管理抑制型コミュニケーション
ミューラーにしたがって、少しくわしくみていこう。
強制指導型コミュニケーション
これは「言語やコミュニケーションの内容を規定しようとする政府の政策から生まれてくる」コミュニケーションのことである▼2。全体主義的社会によくみられる形であり、ナチス・ドイツや戦後の東欧の社会主義諸国などでよく観察された。
たとえば、ナチスは政権をとった直後の一九三三年、高校生にファシズムのイデオロギーやナチスの歴史的任務についてのコースの履修を義務づけるとともに、いっさいのマス・メディアを宣伝省の統制下においた。そのさい、ナチスのねらいは、さまざまのできごとについて政府と同じ評価を人びとにさせることだった。そのために、たんにイデオロギーを学習させるにとどまらず、ひとつひとつのことばの使い方まで統制しようとした。その結果、学術論文や国語事典・百科事典までも政府によって改訂され、ことばの再定義と新たな造語がなされた。たとえば「労働奉仕」について、以前は「強制労働の項を参照せよ」とあったのが「ナチス民族共同体のための偉大な教育制度」と書き改められた。また「創造力」という語義をつけられていた「知性」の項は「本能とは区別された批判的で反逆的・破壊的な特性を指す言葉」に変更された。さらに「憎しみ」の項は「憎しみも正義の側について言われる場合には肯定的な意味を持つ」と説明され、「北方人種の英雄的な憎しみは、ユダヤ人の臆病な憎しみと鋭く対立する」といった露骨な例文が添えられるにいたっている▼3。
このように、ナチスはことばそのものの再定義を徹底してやった。また新造語も多い。ナチス・ドイツの場合、これが一二年間も維持され、それが悲惨な結果を正当化するのに貢献することになる。そして、これとまったく同じことが戦後の社会主義諸国でも再演されつづけた。スターリンもまた、言語を変革闘争の武器と考えていたからである▼4。
しかし、これはヒトゴトではない。戦車を「特車」といいかえる「自衛隊」という軍隊をもつ日本社会にも、これはある程度あてはまることである▼5。
環境制約型コミュニケーション
これは「個人や集団の政治的コミュニケーションに携わる能力が制約されている場合のコミュニケーション」のことである▼6。先進諸国では、こちらが主流であろう。平たくいえば、自分の生まれ育った環境によって言語の運用が制限されるということであり、あからさまな政治的干渉による歪みではない。
家庭での社会化のパターンとそこで用いられる限定的な言語コードのために、ものごとの本質を認知したり、自分たちの利害を表明したりすることができないことがしばしばある。とくに下層階級は、これまでの歴史をみても、自分たちの悲惨な状態を明確に表明できず、むしろ権力の有力な支持層になっていることが多い。労働運動にしてもそれを明確に表現したのはマルクスやエンゲルスのような中産階級出身者であるし、日本の「一揆」も武士や僧侶によって指導されたものだ。
この文脈で問題となるのは、社会化のエージェント(担い手)たる家族・階級・学校・マスメディアである。これらが人びとの言語能力を規定する。言語は、各自のおかれている環境を解読する能力を限定する。その結果、自分たちの利害をうまく表現するだけの言語コードをもたない人びとは、結果的に現状維持的で保守的な権力支持層になりやすいという▼7。
管理抑制型コミュニケーション
第三の類型は「自分たちの利益を優先させようとして、私的集団や政府機関が、公的コミュニケーションに手を加えたり、制限を加えたりすることができた場合のコミュニケーション」である▼8。政府や民間企業による情報操作や情報非公開がこれにあたる。また、権力の正当性に関わる重要な問題を表面にださないために、権力の維持存続にあまり影響のない別の問題をキャンペーンするという方法もしばしば使われる。
このような方法によって人びとの知識が限定される。するとどうなるか。「政治決定や政策形成のなかで考慮されているさまざまな事実や論拠を知らなければ、人びとは政府の行為、特に日常生活とは関連がないと思われるような政府の行為を評価するのをためらうようになる▼9。」その結果、多くの人びとが政治的コミュニケーションに参加することをやめてしまう。
民主主義的な権力形成のために必要なこと
ミューラーが問題にする三つのタイプの歪められたコミュニケーションの場のなかで、支配の正当性があたかも妥当であるかのように成立する。この場合、それが意図的か非意図的かはあまり問題ではないだろう。それを区別することはきわめて困難であり、区別することによってえられるものも少ない。社会のしくみ・メカニズムとして科学的に認識することから、すべては始まるのだ。
さて、歪められたコミュニケーションを少しでも開かれたものにするには、なにが必要だろうか。いろいろな方向が考えられるだろうが、わたしはつぎの三点が決定的に重要だと考える。
(1)教育における社会科学
(2)行政における情報公開
(3)マス・メディアにおけるジャーナリズム
結局、これらがわたしたちにもたらしてくれるのは、〈反省能力〉であり、それによって可能になる〈社会の反省的コミュニケーション〉である。しかし、現代日本において、これらはいずれも不完全なまま放置されているのが現状である▼10。
▼1 クラウス・ミューラー、辻村明・松村健生訳『政治と言語』(東京創元社一九七八年)。
▼2 前掲訳書三〇ページ。
▼3 前掲訳書三六ページ以下参照。
▼4 前掲訳書五〇ページ以下参照。なお、この点については、ジョージ・オーウェルの古典的SF『一九八四年』(ハヤカワ文庫一九七二年)が必読。この本では「ニュースピーク」として登場する。
▼5 この点については、グレン・フック『軍事化から非軍事化へ――平和研究の視座に立って』(御茶の水書房一九八六年)第二章「軍事化と言語」が、「侵略」を「進出」といいかえさせたり、日本を「ハリネズミ」(鈴木首相)「不沈空母」(中曽根首相)にたとえたり「核アレルギー」(佐藤首相)という病気のメタファーを使用することによってえられる政治的効果について綿密に分析している。
▼6 ミューラー、前掲訳書三〇ページ。
▼7 以上、前掲訳書六一ページ以下による。環境制約型もまたヒトゴトではない。現代日本の大学生の多くは、評論系の文章を読んだり作文したりすることを著しく苦手としている。多くの学生の読書作文能力は、ほぼ高一水準にとどまっている。これは、高二から本格的に始まる受験勉強体制の学習環境のなかで、この分野についての意欲も実際的訓練もないまま放置された必然的な結果である。七〇年代以降の保守化傾向も、この文脈でとらえることができる。
▼8 前掲訳書三〇ページ。
▼9 前掲訳書一一六ページ。
▼10 (1)については1-4で、(2)(3)については第一二章ですでに論じておいた。とくにジャーナリズムの問題に関しては、野村一夫「社会学的反省の理論としてのジャーナリズム論」『新聞学評論』三六号(一九八七年)。
19-3 権力作用論
暴力的悪としての権力
長いあいだ権力に関する議論を支配してきたマルクス主義的権力観にはふたつの前提事項があった。第一に「権力イコール悪者/民衆イコール正義」の善悪図式、第二に「権力イコール暴力」図式である。
しかし、ときには権力が正義であり、民衆が悪者である可能性もあるわけで、それは見る人の位置によってさまざまでありうる。いずれにしても権力論に「正義-悪者」というコードをもちだすこと自体、あまり科学的ではない。また、後者の図式にしても、歴史的に多くの権力が暴力をともなっていたことは事実であるが、それらは人びとの自発的服従をえられていないのであるから、それはコストのかかるわりに脆弱な権力といわざるをえない。歪められたコミュニケーションの場においてであれ、人びとの合意と納得がえられないかぎり、それは砂上の楼閣なのである。
社会学ではジンメルやウェーバー以来、このようなステレオタイプから離脱した権力論を構築してきたが、おおかたの議論を変えるまでにはいたっていなかった。ところが、社会学とは出自の異なる領域から、マルクス主義的権力観とはまったく異質な権力論がでてきて、それがまたたくまに権力論の土俵を変えてしまった。それがフランスの思想家ミシェル・フーコーの権力作用論だった。
「見られる権力」から「見る権力」ヘ
一九七五年の『監獄の誕生』の冒頭で、フーコーは刑罰のやり方が十九世紀になってガラリと変わると指摘する。かんたんにいえば「華々しい身体刑から地味な監禁刑へ」の転換である▼1。
フーコーの示す事例によると、一七五七年に国王殺害者であるダミアンは、公衆の目の前で、熱したやっとこで懲らしめられたのち、火で焼かれ、鉛や油などの灼熱の溶解物を浴びせられ、四つざきにされたという。ところが、一八三八年の「パリ少年感化院」でなされる刑は、起床から就寝にいたるまで逐一こまかく管理された〈監禁〉である。
この刑罰の変化は、権力のあり方の変化をはっきりと物語る。
つまり、まさに華々しい祭式である身体刑は、受刑者の身体を傷つけることによって権力の存在をみせびらかすのを目的としていた。この場合の権力は「目に見える権力」「見られる権力」である。それに対して監禁刑の方は、権力は姿をあらわさないで、ただ監視する地味な「見る権力」「まなざす権力」逆にいうと「見えない権力」である。この「見えない権力」は、服従者を監視する施設をつくることによって人びとの精神に働きかける。支配の技法は「調教」であり「規律」「訓練」となる。
この変化は単に刑罰にだけ現れているのではない。この新しい権力とその技術は工場や学校や病院という形式のなかに現れる。
この「見えない権力」が押し進めるのは「規格化」である。規格化は五つの操作からなる▼2。
(1)比較――人びとの個別の行動・成績・品行を比較・区分する。
(2)差異化――全体的な基準を平均もしくは最適条件として尊重し、個々人を差異化する。
(3)階層秩序化――個々人の能力や性質を量として測定しランクをつける。
(4)同質化――規格に適合するよう束縛して同質化する。
(5)排除――規格外のモノは排除する。
このような規格化を押し進める新しいタイプの権力が十九世紀に誕生し、監獄・工場・学校・病院という施設として制度化される。フーコーによると、現在わたしたちがいるのは、このような「規律社会」である。
みえない権力・微視的権力・関係的権力
フーコーが示す権力像は、匿名的で関係的で、社会のいたるところに網の目のように遍在している微細な権力である。いわば社会に内在する権力である。近代以前の権力とのちがいを対比すると――
従来の権力――実体/支配者/マクロ/抑圧的/否定的
新しい権力――関係/匿名/ミクロ/産出的/肯定的
もう少しくわしくみることにしよう。フーコーは、つぎのように新しい権力を説明している▼3。
(1)権力とは、手に入れたり奪ったり分割したりするようなものではない。「権力は、無数の点を出発点として、不平等かつ可動的な勝負(ゲーム)の中で行使される。」
(2)権力関係は、経済や知識や性などに対して外在的な位置にあるものではなくそれらに内在する。
(3)「権力は下からくる。」
(4)「一連の目標と目的なしに行使される権力はない。しかしそれは、権力が個人である主体=主観の選択あるいは決定に由来することを意味しない。権力の合理性を司る司令部のようなものを求めるのはやめよう。」
(5)「権力のある所には抵抗があること、そして、それにもかかわらず、というかむしろまさにその故に、抵抗は権力に対して外側に位するものでは決してないということ。人は必然的に権力の『中に』いて、権力から『逃れる』ことはなく、権力に対する絶対的外部というものはない。」
フーコーの権力概念は、ステレオタイプな権力概念と真っ向から対立するものである。それはむしろ「権力関係」「権力作用」「力」と訳されてよいことがらである。本書では「権力作用」という訳語をあてたいと思う▼4。
権力作用論の意義
ここで、有名なウェーバーの概念定義に立ちかえってみよう。かれは『社会学の基礎概念』のなかでつぎのように定義する。「権力(Macht)は、社会関係のなかで抵抗に逆らっても自己の意志を貫徹するおのおののチャンス――このチャンスが何にもとづこうとも――を意味する。支配(Herrschaft)とは、一定の内容をもつ命令に一定の人々が服従するチャンスのことをいうべきである。規律(Disziplin)とは、習熟した定位によって一定の多くの人々が迅速に、自動的に、かつ方式的に命令に服従するチャンスのことをいうべきである▼5。」これをみると、フーコーの権力作用論は、すでにのべたジンメルやウェーバーの支配社会学が主張していた「自発的服従」の連続線上にあると考えていいだろう。とくにウェーバーが「規律」の概念で考えていたこと、そして「プロ倫」で描きだしたプロテスタントたちの生活はまさに権力作用論の原型である▼6。
この系譜の権力論において問題となるのは、だれが権力をもっているかではなくて、むしろその技術的側面である。フーコーは、近年の「女を支配する男の権力への、子を支配する親の権力への、精神病を支配する精神医学への、人口を支配する医学への、人々の生き方を支配する管理体制への抵抗」についてふれ、「これらの闘争における主目標とは、『しかじかの』権力制度なり集団なりエリートなり階級というよりも、権力の技法であり形式なのだ」とする。「この権力形式は、個人を類別する日常生活に直接関わり、個人の個別性を刻印し、アイデンティティを与え、自分にもまた他人からもそれと認められなければならない真理の法を強いる▼7。」重要なのはここである。
ところで、現代の日本社会において、このような権力技法について考える意味はどこにあるだろうか。
まず、いえることは「権力は身近な生活の場に宿っている」ということである。「日常生活の具体的な社会的場面において作用している微細な力=権力作用は『痕跡を残さない権力』すなわち行為者の自発的な行為を巻き込む権力。それは社会構造自体にはらまれた権力であり、特定の個人の意図には還元できない権力作用である▼8。」このような権力作用がなにをわたしたちの社会にもたらすのか。このあたりをこれから探ってみたいと思う。
▼1 ミシェル・フーコー、田村淑訳『監獄の誕生――監視と処罰』(新潮社一九七七年)。
▼2 前掲訳書一八六ページ。
▼3 ミシェル・フーコー、渡辺守章訳『性の歴史I知への意志』(新潮社一九八六年)一二一-一二四ページ。
▼4 フーコーの権力作用論の全容については、桑田禮彰・福井憲彦・山本哲士編『ミシェル・フーコー1926-1984』(新評論一九八四年)が理解しやすい。社会学者による、より包括的なフーコー入門解説としては、内田隆三『ミシェル・フーコー』(講談社現代新書一九九〇年)。
▼5 マックス・ウェーバー『社会学の基礎概念』前掲訳書八二ページ。
▼6 従来、ウェーバーの権力論というと「権力」の概念定義にふくまれた「抵抗に逆らっても」というところばかりがひとり歩きしていたように思うが、ウェーバーの主眼はむしろ「規律」にあるとわたしは考えている。
▼7 ミシェル・フーコー、渥海和久訳「主体と権力」『思想』一九八四年四月号、二三七-二三八ぺージ。
▼8 江原由美子『フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)三二ページ。
増補
日本社会における自発的服従の現実
非常に大ざっぱな言い方をすると、ウェーバー流の伝統的な社会学的権力論も、フーコー流の新しい権力作用論も、注意を喚起しているのはともに「人びとの自発的服従」という事態である。それは「社会秩序」とほぼ同義の事態であり、それを「上から」ではなく「下から」把握しようとするとき「自発的服従」概念が理論的意義をもつのである。この論点については、野村一夫『リフレクション――社会学的な感受性へ』(文化書房博文社一九九四年)第四章「権力作用論の視圏」で詳しく論じておいた。具体例に即したものでは、熊沢誠『新編 民主主義は工場の門前で立ちすくむ』(現代教養文庫一九九三年)。
読書界で大きな反響をもたらしたカレル・ヴァン・ウォルフレン『人間を幸福にしない日本というシステム』篠原勝訳(毎日新聞社一九九四年)も、同様の見地からの問題提起といえるだろう。社会学では、栗原彬『人生のドラマトゥルギー』(岩波書店一九九五年)が日本人の「心の習慣」を批判的に問いなおしている。
都市と権力
本書では地域研究の系列を扱わないので、その結果、都市社会学がまったく無視されている。「あとがき」にも述べたように、これが本書の欠陥である。ところが、カステルの登場以降、都市社会学に一種の権力論的転回ともいうべき潮流がでてきており、居直ってばかりもいられなくなった。独自の権力論として注目されたのが、藤田弘夫『都市の論理――権力はなぜ都市を必要とするか』(中公新書一九九三年)。権力の「調達」「保障」の機能の重要性を喚起して議論を呼んだ研究書をやさしく説明した新書である。
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4月 12017

社会学感覚15現代家族論

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社会学感覚
15 現代家族論
15-1 家族機能の変容――伝統家族と現代家族
伝統家族の機能
家族は社会に対して、また個人に対して、さまざまな働きをしている。そうした働きのことを「機能」(function)という。「機能」は、意図してそういう働きをしていることでなく、結果的にそういう働きをしてしまっていることをさす。現代家族論にさいして、家族が結果的に果たしている機能にはどんなものがあるか、ということから始めよう▼1。
世界的視野からみると、家族には、大きくわけて五つの機能があるといわれてきた。
(1)性的機能――結婚という制度は、その範囲内において性を許容するとともに婚外の性を禁止する機能を果たす。これによって性的な秩序が維持されるとともに、子どもを産むことによって、社会の新しい成員を補充する。
(2)社会化機能――家族は子どもを育てて、社会に適応できる人間に教育する機能をもつ。子どもは家族のなかで人間性を形成し、文化を内面化して、社会に適応する能力を身につけていく。
(3)経済機能――共同生活の単位としての家族は生産と消費の単位として機能する。
(4)情緒安定機能――家族がともに住む空間は、外部世界から一線をひいたプライベートな場として定義され、安らぎの場・憩いの場として機能する。
(5)福祉機能[保健医療機能]――家族は家族成員のうちで働くことのできない病人や老人を扶養・援助する働きをする。
これらは伝統的な家族には大なり小なり観察される機能である。ところが、このような家族機能を現代家族にそのままあてはめるとなると、大きな問題につきあたることになる。
現代家族における家族機能の縮小
たとえば、性的機能についてみれば、結婚以外の性に対する統制力がゆるんだため、婚前交渉や不倫などのように性的関係がかならずしも夫婦だけの特権的なことでなくなったし、少産化傾向や後述するディンクスに示されるように、子どもを産むことが家族の必要条件ではなくなってきた。子どもの社会化についても、もはや社会化のエージェントは学校や塾・スポーツクラブそしてマス・メディアヘと主軸が移動しつつある。また経済機能も、第一次産業中心の時代にもっていた生産の場としての機能はほぼ喪失したといっていいだろう。生活維持の責任を家族が負う形で、いまはかろうじて消費の単位であるにすぎない。
ゲマインシャフトとしての家族
こうした変化のなかで、経済機能のように家族にとってかならずしも本質的でない機能は外部に排出されるが、情緒安定機能や福祉機能のように家族でなければ果たせない専門的な機能の重要性は増すという考え方がでてきた▼2。これは、たとえば多くの人が「安らぎの場」として家族を位置づけ、老後は家族とともにすごしたいと考えている社会意識状態にほぼ対応している。
社会学でも一九六〇年代まではそう考えることが多かった。古くはフェルディナンド・テンニエスの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』が家族の超歴史的かつ通文化的な本質を〈ゲマインシャフト〉に求めている。ゲマインシャフトとは「信頼にみちた親密な水いらずの共同生活」のことだ▼3。テンニエスは「家族生活は、ゲマインシャフト的生活様式の普遍的な基礎である」としていた▼4。また、クーリーは家族をフェイス・トゥ・フェイスの親密な結びつきと協力を中心とする「第一次集団」(primary group)に位置づけ、家族の社会化機能を重視した▼5。そしてパーソンズは社会化機能と情緒安定機能――かれのことばでは「子どもの社会化」と「成人のパーソナリティの安定化」――に家族の本来的機能をみた▼6。このような考え方は〈ゲマインシャフトとしての家族〉論と総称すべきものであり、多分に理想的局面――より正確にはイデオロギー的局面――をもっていた。
ところが、この考え方は現在いくつかの現実的局面から挑戦を受けている。第一の局面は共働きによる家族役割構造の変化であり、第二の局面は高齢化によってつくりだされる福祉構造の変化であり、第三の局面はライフスタイル意識による家族形態の多様化である。この三つの局面をぬきにして現代家族を語ることはできない。結論からいうと、この三局面は〈ゲマインシャフトとしての家族〉が現代において幻想あるいは幻影であることを鮮明に提示しているのである。本章ではここに論点をしぼって、家族についての常識的知識を洗い直すことにしたい。
▼1 家族機能についてのスタンダードな説明として、森岡清美・望月嵩『新しい家族社会学』(培風館一九八三年)一九章参照。
▼2 前掲書。
▼3 F・テンニエス、杉之原寿一訳『ゲマイシャフトとゲゼルシャフト――純粋社会学の基本概念』(岩波文庫一九五七年)(上)三五ページ。
▼4 前掲訳書(下)二〇二ぺージ。
▼5 C・F・クーリー、大橋幸・菊池美代志訳『社会組織論』(青木書店一九七〇年)。
▼6 パーソンズ、ベイルズ、橋爪貞雄ほか訳『核家族と子どもの社会化』(黎明書房一九七〇-七一年)。
15-2 家族の役割構造――共働きによる構造変動
性別役割分担
家族の役割構造の基本となっているのは、「男は仕事、女は家庭」「夫は外、妻は内」という性別役割分担である。たとえばある調査によると、九割近くの家庭が「生活費を得る」のを夫(父親)の役割としているのに対して、掃除洗濯・食事のしたく・食事のあと片づけ・家計管理・日常の買い物は、ほぼ九割の家庭が妻(母親)の役割になっている。また、子どものしつけと勉強・親の世話・近所づきあい・親戚づきあいがもっぱら夫の役割という家庭は一割以下である▼1。
性別役割分担はあたかも封建時代の遺物のように論じられることが多いが、日本の場合、「男は仕事、女は家庭」式の性別役割分担が一般化したのは、ちょうど高度経済成長が本格的にはじまった一九六〇年あたりからのことである。家事労働だけに携わるいわゆる「専業主婦」が一般化したのも同じころと考えてよい。もちろん一部の上流・中流の家庭ではずっと早く性別役割分担は存在していたが、多くの一般庶民は農業を中心とする職住一体の生活をしており、ともに家業に従事していた。広い意味での「共働き」だったわけだ。性別役割分担はいわば近代の産物であり、これを日本古来の伝統とみなす考え方は一種のイデオロギーなのである▼2。
六〇年代に〈腰かけ就職→退職・結婚→主婦として出産・育児〉という女性の生活史のスタイルが確立するが、このころから育児を終えた既婚女性の職場進出がさかんになる。いわゆる「M字型就労」のはじまりである。つまり〈腰かけ就職→退職・結婚→主婦として出産・育児→パートタイム〉というパターンである▼3。そして現在、少なく見積もっても八〇〇万組をこえる共働き家族が存在し、これに農業や商工自営をふくめると一五〇〇万組以上の共働き家族が日本に存在する▼4。
この場合の「共働き」は、伝統的な意味での共働きではなく、妻の賃労働者化をともなう共働きのことである。この意味での共働き家族の圧倒的な増加によって、家族のあり方が大きく変わりつつある。
新・性別役割分担と女性の二重役割
共働きの目下の主流パターンは〈夫定職・妻パートタイム〉である。出産と育児が一段落したのち妻がパートタイムとして再就職する形だ。なぜパートタイムかというと、夫の了解をえるさい「家庭内のことをおろそかにしない」という条件をつけられているからである。家事と子どもの世話を専業主婦なみにこなそうとするとフルタイムではむりなケースが多いのである▼5。
この場合の問題点は、家庭の責任は妻が負うという前提に夫も妻も立っていることだ。つまり、夫と妻が対等に家庭責任を負担するものだという認識が希薄なのである▼6。こうして「男は仕事、女は家庭と仕事」という「新・性別役割分担」が成立する。つまり、妻は賃労働者の役割と家事労働者の役割というふたつの役割を同時に背負い込むことになる。
この場合、二重役割を抱えた妻は微妙に役割葛藤を回避するとはいえ▼7、パートタイムではなくフルタイムの労働者として共働きする場合、役割葛藤を起こすのは時間の問題である。というのは、現状において共働き家族の夫は意識面では性別分担に否定的だが、じっさいの家事参加となると、妻が無職の夫とたいして差がないからである▼8。「わかってはいるんだけどカラダが動かない」夫がまだまだ多いということだ。
女性が家庭責任を果たしつつ職業労働者としても責任を果たすべきだという二重役割=二重負担=二重責任が、多くの働く女性を苦しめてきた。ただでさえ二重役割をこなすのにたいへんな思いをしているのに、彼女たちは、職場と家庭の両方から「無責任だ」などと非難されつづけてきた。この不当な状況に対して異議申し立てしようとしたのが、ほかならぬ六〇年代から七〇年代にかけて台頭した女性解放運動すなわちフェミニズムだった▼9。
問題はあきらかに「女性のみが家庭責任をもつ」という考え方にある。すでに実生活にそぐわない性別役割分担意識を変え「男も女もすべての労働者が二重役割・二重労働を行うべき位置にあるのだという認識を確立させていく方向にしかない。女性が家庭責任を放棄するのではなく、男性にも家庭責任を強く要求する必要がある」ゆえんである▼10。
今後、女性の高学歴化と専門職化にともなって、共働きは確実に家族の役割構造を変えることになると予想される。共働きによって家族の再編がうながされつつあるわけだ。
▼1 総理府広報室「家族・家庭に関する世論調査」一九八六年全国調査。湯沢雍彦編『図説現代日本の家族問題』(NHKブックス一九八七年)八一ページによる。
▼2 上野千鶴子『家父長制と資本制――マルクス主義フェミニズムの地平』(岩波書店一九九〇年)。たとえば一九七ページ。要するに、産業界の性別役割分業に対応して家族内の性別役割分担が確立したと考えてよい。
▼3 鹿島敬はこれを「日本型『職』生活」と呼んでいる。鹿島敬『男と女変わる力学――家庭・企業・社会』(岩波新書一九八九年)一三一ぺージ以下。
▼4 布施晶子『新しい家族の創造――「母親」と「婦人労働者」のはざまで』(青木書店一九八四年)四-八ぺージ。なお、この本の巻末には「共働き家族研究文献抄録」がおさめられている。
▼5 鹿島敬、前掲書。これにくわえて税制上の配偶者特別控除(一九九一年時点で非課税限度額の合計は百万円)への考慮が大きく響いている。菅原眞理子は「税制は本来家族のあり方に対して中立的であるべきだが、この配偶者特別控除は女性を家庭中心に生活するよう奨励するものである」とのべ「既婚の女性は一人前の労働者ではなく家計補助者であると位置づける制度」としている。菅原眞理子『新・家族の時代』(中公新書一九八七年)一〇八ぺージ。
▼6 鹿島敬、前掲書一三二ぺージ。
▼7 上野千鶴子、前掲書二一七ページ以下。
▼8 長津美代子「共働きは性役割にどう影響するか――日本の場合」湯沢雍彦・阪井敏郎編『現代の性差と性役割――性別と家族の社会学』(培風館一九八二年)七七ページ。雇用職業総合研究所の調査によると、共働き家庭での家事の九〇パーセント以上を妻が担当しているという。これは先進諸国ではまったく異例のことである。湯沢雍彦編、前掲書九二ページ。
▼9 江原由美子「性別分業論は成立するか――これからの女と男」『フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)一七七-一七八ぺージによる。
▼10 前掲書一七九ページ。なお、少年犯罪・家庭内暴力・校内暴力・登校拒否などの増加の原因を共働きの母親に帰す議論や報道が八〇年代あいついだが、母親の就労が子どものトラブルの直接の原因とみる見方は、社会学の多くの調査研究によって否定されている。その大方の結論は「子どものパーソナリティに及ぼされる影響は、母親が就業しているかどうかではなくて、いかなる質の世話が子どもに与えられているかという問題であること」だという。布施晶子、前掲書三〇-三四ページ。
15-3 家族による看護と介護
家族における老人の介護担当者
共働きとならんで、将来ますます現代家族の大きな問題になるのは老人の介護である。一般に六五才以上を高齢者と呼ぶが、二〇二〇年ごろには八○才代の超高齢者――六○代の「ヤング・オールド」に対して「オールド・オールド」といわれる――が主流になってくる。これらの人びとを家族が介護できるかという問題だ。
これまでじっさいに老人の世話をしてきたのは、もっぱら女性だった。ねたきり老人の介護のじつに八九パーセントが女性によってなされている▼1。「粗大ゴミ」「濡れ落ち葉」という的確な表現で知られる樋口恵子の表現をかりると「女は老いを三度生きる。親の老い、夫の老い、自分自身の老い」それゆえ「老人問題は女性問題」なのである。
ところが、これまで介護の主軸になってきた嫁・妻・娘も共働きなどでずっと家庭にいるわけではない。六〇年代に一気に小規模化した日本の家族は、もはや福祉機能=保健医療機能を果たしえなくなっている。しかも、その家族は地域から遊離し孤立してしまっているために、家族の保健医療機能の点からみると、現代の家族はきわめて不安定かつ脆弱である。
ここから政府や財界のノスタルジックな大家族待望論がでてくる。たとえば「夕べの食卓で孫を抱き、親子三代の家族が共に住むことが、お年寄りにとってもかけがえのない喜びであると思うのであります。……明るい健康な青少年も、節度ある家庭の団らんから巣立ちます」とする一九八二年の中曽根元首相の施政方針演説などはその典型である▼2。介護サービスはきわめてコストのかかる社会資本であり、しかも教育とちがって生産にほとんど寄与しない。そのために社会資本整備の問題が家族というプライベートな問題に解消され、そのなかでの解決を要請するという構図になっている。しかし、これはもはやプライベートな問題ではなく、社会のあり方そのものを変えていくしかない問題だ。
対策の方向性
社会のなにを変える必要があるか。方向性として考えられるのは、さしあたりつぎの三つである▼3。第一に、家族内の性別役割分担を見直し、固定された性役割からの解放を意識面と実践面の両面でおこなうこと。とりわけ夫が家事・育児・介護の担い手であるという自覚をもち実践することが必要だ。つまり、男女の役割分担の相互乗り入れの方向である。第二に、性別役割分担を個々の家族に強いてきた男性型企業文化を再編成する方向。すでにサービス業で多く実施されている看護休暇・フレックスタイムの導入、そして女性・男性を問わず有給の育児休暇・看護休暇を認めていくことも必要だ。総じて労働時間の短縮が求められる。第三に、地域に看護・介護サービス体制を確立すること。現状では老人ホームや医療施設の充実が急務であるが、なによりもそこで働くホームヘルパーや看護職の待遇改善が急がれなければ深刻な事態になることは目にみえている。
▼1 湯沢雍彦編、前掲書一五六ぺージ。
▼2 布施晶子、前掲書二三一ページによる。
▼3 鹿嶋敬、前掲書一九八ぺージ以下と、金城清子『家族という関係』(岩波新書一九八五年)一八六ページ以下による。
15-4 多様に開かれた家族
家族の比較社会学/歴史社会学
家事を女性の当然の仕事と考えたり、老人の世話は家族ですべきだと思うことは自由だが、そのことが結果的に女性に一方的責任を押しつけることになっているという認識までくもらせてはならないだろう。そして、その前提にある家族観に対して科学的な反省をくわえることも市民としてとてもたいせつなことだ。
わたしたちが「家族とはなにか」「家族はどうあるべきか」という問いに接して考える家族像は、一見普遍的なものにみえて、じつはきわめて歴史的な産物である。それを最初に明らかにしたのはフランスの歴史社会学者[社会史研究者]のフィリップ・アリエスだった。アリエスは、わたしたちが自明なものと考えている「子ども時代」がじつは十七世紀末以降に成立したものであり、子どもをイノセントな存在として愛情を注がなければならないとする考え方も近代の産物であることを実証した▼1。この研究以来、わたしたちが普遍的なものとして想定している家族のあり方が歴史的にも文化的にもきわめて特殊な近代特有のものだということ、したがってそれは正確には「近代家族」(modern family)と呼ぶべきものだということがしだいに明らかになっている。
「近代家族」の理念型
落合恵美子によると、「近代家族」は、つぎのような特徴をもつという▼2。
(1)家内領域と公共領域の分離――そもそも家族がプライベートな領域として成立したのは近代になってから。近代市場の成立とともに、市場に参加者である個人を供給する装置として分離して位置づけられるようになった。
(2)家族成員相互の強い情緒的関係――家族成員は強い情緒的なきずなで結ばれている。家族愛が特権的に優先されるのは近代家族特有の現象。その始発点に位置する恋愛結婚もまた近代の産物である。これを「近代ロマンチックラブ・イデオロギー」という▼3。
(3)子供中心主義――家族のもっとも基本的な機能は子どもの社会化にあるとする考え方。
(4)男は公共領域・女は家内領域という性別分業――家族成員は性別により異なる役割をもつ。とりわけ家事労働は家族愛のあらわれとしてとらえられる。
(5)家族の集団性の強化――家族は開かれたネットワークであることをやめて集団としてのまとまりを強める。
(6)社交の衰退――家族は公共領域からひきこもる。
(7)非親族の排除――家族は親族から構成されるとする。非血縁者の排除は近代家族特有の現象。
(8)核家族――家族の基本型は核家族である。
以上のような家族像を普遍的なもの・規範的なものと錯覚すると、離婚の増加や共働きなどの現象が「家族崩壊」にみえてしまう。しかし、これらの現象はむしろ「脱〈近代家族〉化」ととらえた方が理にかなっている▼4。つまり〈近代家族〉がスタンダードとなった時代は終わりつつある。新しい家族への過渡的段階として現代家族をとらえるべきだろう。
ライフスタイルとしての家族
今日ひとりひとりの個人が、それぞれのライフスタイル・生き方をいろいろ選択できるようになりつつある。そうなると、家族の形だけでなく、結婚の形や、男女の関係、個人の生き方も多様化していくことになるだろうし、すでにそうなりつつある。たとえば、つぎのような家族の形もそうめずらしくない。
一時的に別居する家族[単身赴任家族]
通い婚・週末結婚・長距離結婚[職の少ない大学研究者などに多い]
ニュー・シングル[一人家族とか非婚と呼ばれる。シングルといっても、異性の友人がいたり、親と同居したりしている]
子どもをもたない共働き夫婦[DINKS=double income no kids]
離婚による母子家庭・父子家庭[片親家族・単親家庭]
娘の家族と同居する三世代家族[マスオさん現象]
婚姻届を出さないで夫婦別姓を貫く家族[事実婚・別姓結婚]
ステップ・ファミリー[継(まま)家族と訳される。離婚者どうしの子連れ再婚]
このようなさまざまな家族の形が社会のあちらこちらでみられるようになった。いわば〈選択されるライフスタイルとしての家族〉である。その結果、わたしたちは、家族を〈近代家族〉の型にはめてとらえることがもはやできなくなっている▼5。とくに看護職や教職やジャーナリズムに携わる人には、この点を強調しておこう。
最後に、ひとつの方向性を示すものとして、菅原眞理子のことばを引用して終わりたい。「役割分業によって部品化してしまう夫や妻ではなく、弾力的に互いの役割をカバーする適応力をもつこと、血縁で結ばれ同居している家族の間でだけ扶養や援助や感情的サポートを分かちあうのではなく、外部の個人や機関に支えられ、また支えあうネットワークをつくること、そのためには、家庭を社会から隔離するのではなく開かれた場とし、男性も女性も、人間としてトータルな能力をもつことなどが、これからの家族の活性化について不可欠である▼6。」
▼1 フィリップ・アリエス、杉山光信・杉山恵美子訳『〈子供〉の誕生――アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』(みすず書房一九八〇年)。
▼2 落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)一八ぺージ以下ならびに一五五ページ以下。あわせて金井淑子編『ワードマップ家族』(新曜社一九八八年)も参照した。なお、この本は現代家族について考える上で手ごろな新感覚の入門書。
▼3 上野千鶴子の要領のいい説明をかりると「未婚の男女が恋愛に陥り互いに結婚の約束をする。そして婚礼の床で二人は結ばれる。ついでに言うならこのセックスは再生産(生殖)に結びつくものでなければならないから、この夫婦の結びつきから嫡子が生まれ、二人は幸福な父と母になる。――こういうプロセスが『自然』だとする考え方のこと」上野千鶴子「ロマンチックラブ・イデオロギーの解体」『〈私〉探しゲーム――欲望私民社会論』(筑摩書房一九八七年)一四九-一五〇ページ。ミシェル・フーコーはこれが〈愛-性-結婚〉の三位一体をつくりだしたことを実証した。ミシェル・フーコー、渡辺守章訳『性の歴史I――知への意志』(新潮社一九八六年)。
▼4 落合恵美子、前掲書二二-二三ページ。
▼5 家族を集団ととらえることは自明な常識となっているが、このことから疑って考えてみなければならない。たとえば、一九七〇年代以降の東南アジア研究によると、東南アジア[とくにマレーの農村社会]では家族のあり方がかならずしも集団としてのまとまりをもたず、また特定の家族イデオロギーをもたないため、家族の概念が、出生や結婚のさいに各個人が自分を中心に認知する〈関係の集積〉ともいうべきものになっているという。家族の境界がきわめてルーズなのである。これを「家族圏」という。北原淳編『東南アジアの社会学――家族・農村・都市』(世界思想社一九八九年)二三-二六ページ。
▼6 菅原眞理子、前掲書一一ページ。なお、新しい家族のあり方についての実感のこもったエッセイとして、宮迫千鶴『ハイブリットな子供たち――脱近代の家族論』(河出文庫一九九一年)がある。
増補
家族社会学再入門
森岡清美・望月嵩『新しい家族社会学(四訂版)』(培風館一九九七年)は、データ中心のスタンダード・テキスト。公務員試験などでは必須。データ集としては、湯沢雍彦編『図説 家族問題の現在』(NHKブックス一九九五年)。現代家族に関する最新データを百のテーマに整理した定番データ集の新版。百テーマが見開きになっており、左が解説、右が図表という構成になっている。コンパクトな本だが、あらゆる家族問題が多角的な視点で網羅されている。たとえばゼミの討論資料としても使いやすい本。
それに対して、フェミニズムやエスノメソドロジーなど最新理論を通過した新しい世代の家族社会学としては、山田昌弘『近代家族のゆくえ――家族と愛情のパラドックス』(新曜社一九九四年)。他とくらべると理論志向が強く、考えさせてくれる。
また、落合恵美子『21世紀家族へ――家族の戦後体制の見かた・超えかた』(ゆうひかく選書一九九四年)は、歴史社会学的(社会史的)あるいは変動論的な視点から日本の近代家族について解説したテキスト。「です・ます」調の語り口で、通読しやすいが、「目からウロコ」的な解釈がいろいろある。
結婚の社会学
山田昌弘『結婚の社会学――未婚化・晩婚化はつづくのか』(丸善ライブラリー一九九六年)。結婚難の実態を赤裸々に分析した現代社会学らしい結婚論。ハイパーガミー(女子上昇婚)の厳然たる事実と経済状態とのからみによって、「経済力が高い父親をもつ女性」と「経済力が低い男性」の結婚が困難になるしくみがわかりやすく説明されている。経済階層と男女の差と「魅力の階層」という論点には、たいへん説得力がある。
働く女性
竹信三恵子『日本株式会社の女たち』(朝日新聞社一九九四年)は、働く女性たちの現状を徹底的な取材で描いた力作。著者は新聞記者だが、新聞記者にありがちなその場しのぎの分析ではなく、社会学的によく練り上げられた見識が全編を貫いている。実感のない人(とくに男性)は、まずはここから読んでほしい。
高齢化
日本の高齢化が特殊なのは、それが高速に進んでいることである。この「高速高齢化社会」の到来によって何が生じるか、また、どういう社会を構想すべきなのか。このマクロな視点で高齢化を論じた、金子勇『高齢社会・何がどう変わるか』(講談社現代新書一九九五年)がでて、ようやく推薦できる一書ができた。「高齢化は役割縮小過程である」との観点からの政策提言には社会学的見識を感じる。
なお、よりコンパクトに概要を知りたいときは、金子勇・長谷川公一『マクロ社会学――社会変動と時代診断の科学』(新曜社一九九三年)におさめられた金子の「高齢化」の章が便利である。
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4月 12017

社会学感覚8自我論/アイデンティティ論

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社会学感覚
8 自我論/アイデンティティ論
8-1 「わたくしといふ現象」
『春と修羅』序詩に学ぶ
社会のなかの人間について考えてみたい。つまり「われわれはいったい何者なのか」「わたしはだれ?」「わたしはなぜわたしなのか」という根源的な問いについてである。いうまでもなく、これは哲学・思想・宗教・文学などで追求されてきた問題だ。社会学では、この問題群を「自我論」もしくは「アイデンティティ論」と呼ぶ。社会学の議論は、もちろん哲学や文学などでなされてきた議論と無関係ではありえず、むしろそれらと呼応するものである。そこで、ここでは見田宗介にならって宮沢賢治の思索からこの問題領域へ分け入ることにしたい▼1。
一九二四年に自費出版された『春と修羅』という詩集――賢治はこれを「心象スケッチ」と呼んでいた――の冒頭に「序」という名の詩がおかれている。これは詩集のために新たに書かれた序文のようなものであり、通称「序詩」と呼ばれる。それはつぎのように書きだされている▼2。
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
この連は、賢治が「自分[自我]とはなにか」について考察している部分である。そもそもこの序詩は、賢治が友人への手紙のなかで「私はあの無謀な『春と修羅』に於て、序文の考を主張し、歴史や宗教の位置を全く返還しようと企画し、これを基骨としたさまざまの生活を発表して、誰かに見て貰ひたいと愚かにも考へたのです」とのべているように、かなり熟考されたものであり、多様な分析に耐えうる質の高さをもっている▼3。したがって、これを仏教的文脈・自然科学的文脈・文学的文脈において解釈することが可能であるように、自我論として解釈することもできるはずだ。そこで「自分とはなにか」についての賢治の明識を五つの社会学的命題群にときほどいてみよう▼4。
「わたくし」とはなにか
(1)自我は現象である――この詩は「わたくしといふ現象」ということばで始まっている。わたしたちは、ふだん「自分というもの」「自我というもの」をあたかもひとつの自明なものとして実体化しがちである。しかし、それは正確にいうならば「自分ということ」「自我ということ」なのであって、実体のない一連の「現象」なのである。よく読めばわかるように、ここで賢治は「わたくし」が「電燈」であるとはいっていない。「照明」だといっている。しかも「(ひかりはたもちその電燈は失はれ)」とまで念を入れている。これも自我の実体的把握をしりぞけた表現である。また「透明な幽霊」という表現も非実体的現象であることを強調する。
(2)自我は流動的である――ここでは自分を「ひとつの青い照明」にたとえているわけだが、それは確としてともっているわけではなく非常にあやういものとしてイメージされている。「仮定された」とか「いかにもたしかにともりつづける」というフレーズがそれであるし、「青い」との表現もそれを暗示する。これは自分が自分でありつづけることが――「ひとつの」はそれを表示している――いかに偶発的(contingent)なことか、そして自分の感じている自我が結局ひとつの虚構にすぎないことへの予感を意味する。現象としての自我は、一見固定的なものにみえて、じつは本質的に流動的なのである。
(3)自我は関係である――「風景やみんなといつしよに/せはしくせはしく明滅しながら」という部分の「風景」とは自然環境のこと、「みんな」とは他者でありひいては社会のことだ。自我はけっして自立・自存しているわけではない。それはエコロジカルなシステムの一関数であり、他者との交渉によって大きく左右される変数である。これは有機および因果「交流電燈」であるとというときの「交流」にも関連する。「交流電燈」は、ともりつづけているわけではなく、一秒間に数十回点滅しているだけである。ここではそういう科学的意味と、もうひとつの意味が加わっている。人や環境との相互作用という意味での「交流」――すなわちコミュニケーションである。自我は「交流」の産物であり「交流」そのものである。また「交流」はたんに現在の「交流」だけではなく過去の歴史との「交流」でもある。「あらゆる透明な幽霊」という表現は、過去の「風景やみんな」との「交流」の歴史をさすと考えられる。
(4)自我は複合体である――「あらゆる透明な幽霊の複合体」の「複合体」にも注目したい。これはまず関係としての自我把握に呼応してでてくる当然の帰結であろう。「わたくし」はかろうじて「ひとつ」をたもっているものの、じっさいには複数的な構成体であるということ、したがって「統一体」「融合体」などと呼ぶことはできない。
(5)自我は矛盾である――自我が複合体だとすると、当然のことながら、人間と自然とのせめぎあい、そして他者と他者のせめぎあいそのものが、複合体としての自我に入りこんでくることになる。見田宗介によると「賢治の明晰の特質は、それが世界へと向けられているばかりでなく、さらに徹底して自己自身へも向けられていることにあった。そしてこの自己自身へと向けられた明晰はまた、自己をくりかえし矛盾として客観化すると同時に、この矛盾を痛みとして主体化する運動でもあった。このように自己を客観化し、かつ主体化するダイナミズムの帰結こそ、〈修羅〉の自意識に他ならなかった▼5。」
「わたくし」=自我が流動的な現象であり、自然と他者の関数であり、それゆえ矛盾を内部にかかえこんだ複合体であるということ。このような考え方は、自分自身を実体化してとらえて疑わない日常的な常識がたんなる幻想・幻影にすぎないことを明晰に照らしだしている点でもすぐれているし、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」という近代主義的な素朴かつ単純な思想をはるかに超出した、哲学的には「現象学的思考」といっていい考え方である。まさに二十世紀的思考である。自分自身を規定してしまっているものがなにかを鋭い感性で冷静に分析する、その明晰さと痛みへの感受において、社会学はとてもかなわないという気がする▼6。
▼1 見田宗介『宮沢賢治――存在の祭りの中へ』岩波書店一九八四年)。文学作品と社会学感覚の関係についてはすでに1-3において言及しておいた。この本は全体が自我論にあてられているので、興味ある方は一読されたい。なお以下では記述を集約するために一編の詩のみを素材にする。
▼2 宮沢賢治全集[ちくま文庫版]第一巻一五ページ。ただしここに引用した部分は第一連のみである。
▼3 小倉豊文「『春と修羅』初版について」天沢退二郎編『宮澤賢治研究叢書3「春と修羅」研究I』(學藝書林一九八九年)一七〇ページによる。
▼4 見田宗介、前掲書第一章「自我という罪」における分析を参考にしつつ、わたしなりに整理しなおした。なお見田にとって、ここで提示するような自我論は四象限のほんの最初の一象限にすぎない。また精神科医福島章による『宮沢賢治――こころの軌跡』(講談社学術文庫一九八五年)のパトグラフィ[病跡学]による分析も参照した。この二冊はイマジネイティヴではあるが、文学的記述特有のあいまいさから免れている点で賢治論のなかでも異彩をはなつ。
▼5 見田、前掲書一一一ページ。
▼6 序詩第一連はあくまでも受動的な相で自我をとらえたものにすぎない。賢治の射程はもっとそのさきに延びているのだけれども、それは本書の枠をこえている。前掲の諸研究を参照。
8-2 自我の社会性
鏡に映った自我
自我についておおよそのイメージを共有することができた今、わたしたちは賢治の明識をさらに社会学的地平へとひきよせてみなければならない。
そもそもデカルト的な自我は不可侵性と神秘性をもっていた。また自然的態度において、それはなによりも自明な存在だった。「われ思う、ゆえにわれあり」という命題はまさにそのことをさしている。すなわち、この世界のあらゆることを疑ってみよう、でもどうしても疑うことのできないものがある、それは疑っている当の自分自身である。このような自我観を「独我論」という。これはきわめて特殊近代的な思考である。したがって、近代社会に生きるわたしたちの日常的思考ももっぱら独我論にもとづいている。
しかし、人間と社会に関する知的考察が進むにつれて、独我論の理論的限界があきらかになってきた。それは二十世紀初頭からであるが、ひとあし先に独我論からの脱却を果たしたのはマルクスだった。かれは一八四五年ブリュッセルに移住し、そこでエンゲルスとの本格的な共同作業を始めたのだが、そのころノートに走り書きされた「フォイエルバッハに関するテーゼ」のなかでつぎのようにのべた。「人間的なものとは、その現実性においては、社会的諸関係の総体である▼1。」フォイエルバッハはドイツの哲学者、テーゼは命題のこと、ここでいう「総体」とはアンサンブル(Ensemble)のことである。またマルクスは『資本論』では、つぎのようにものべている。「人間は鏡をもってこの世に生まれてくるのでもなければ、私は私である、というフィヒテ流の哲学者として生まれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。人間ペテロは、彼と同等なものとしての人間パウロに関係することによって、はじめて人間としての自分自身に関係するのである▼2。」このようにマルクスは人間を社会性と関係性においてとらえていた。まず人間がいるのではなく、まず対他者的な関係があって人は人になる。「最初に関係ありき」なのである▼3。
マルクスは十九世紀の人間だが、このような考え方は二十世紀的思考と呼んでいいだろう。二十世紀初頭に量子力学と相対性理論があいついでニュートン以来の物理的世界像を書き換えたように、人間像についても大きな転換が二十世紀前半にあいついで試みられることになる。マルクスはその前兆であり、社会学と社会心理学は、まさに二十世紀的思考の産物だった。
アメリカの社会学者チャールズ・H・クーリーは一九〇二年の本のなかでさきのマルクスと同じようなアイデアを定式化している。すなわち、かれは「お互いがお互いにとって鏡であり、その前を通る人を映している」として、このような自我のありかたを「鏡に映った自我」(looking-glass self)と呼んだ。要するに、他者という鏡に照らして自分を見る、ということだ。これによって自己認識が可能となり、自我が形成される。あらかじめ自我があって他者と関わるということではなく、他者と関わり他者の鏡に映った自分を認識することによって自我が形成されるわけである。クーリーによると、このような自我は三つの側面からなる。第一に他者が自分に対してもつイメージ、第二に他者が自分に対してもつ評価、第三にこれらに対する自分の感情[自負や屈辱など]である▼4。
自分というものは、たしかに個人的なリアリティではあるけれども、その本質は他者という鏡によって規定されており、具体的には対人関係を通して形成される。第一章で説明した「本源的社会性の公準」が自我にもあてはまる。自分についてのイメージ――自画像=自我像――は絶対的なものではなく、本質的に関係的かつ社会的なことがらなのである。
自我の多面性
さて、問題なのは鏡としての「他者」である。社会学や哲学などでは「他人」といわず「他者」というのだが、自分が何者であるかは自分が勝手にきめることではなく、すでに他者との関係である程度きまってくるものなのである。したがって、他者によって、「自分は何者か」という自分自身の定義もいろいろ変わってくることになる。
たとえば、わたしたちは教師に対しては学生として自分を定義する。親に対しては子供として、店員に対しては客として、医者に対しては患者として、先輩に対しては後輩として、著者に対しては読者として、外国人に対しては日本人として、身障者に対しては健常者として自分を定義する。「自分は□□だ」という自覚を「自己定義」と呼ぶことにすると、これらの自己定義がほとんど例外なくなんらかの相手――あくまでも自分と区別しなければならない相手――として想定していることに気づくと思う。
「そもそも自分は何者か」という問いに答えようと思えば、自分を他者からみるとどうみえるのか、他者に対して自分はどういう立場なのかを考えなければならなくなる。これはそのつどかかわりあう他者によって自己の定義を取り替えているからである。極端ないい方をすると、人は直接間接に関わりあいのある他者の数だけ自我をもっている。自我は多面的性格をもともともっているのだ。
自我の主体性
では人間の自我はまったく他者ひいては社会によって規定しつくされてしまっているのかというと、そうではない。シカゴ学派の強力な理論的源流となったジョージ・H・ミードは心理学者ウィリアム・ジェイムズの概念を受け継いで、自我にはふたつの局面があるとした▼5。ひとつは「客我」(me)、もうひとつは「主我」(I)である。meとIという表現は「知られるわたし」と「知るわたし」に由来する。客我meは、他者の自分に対するイメージや期待をそのまま受けいれた自我の側面である。〈わが内なる社会〉といってよい側面で、ミードはこれを「他者の態度の組織化されたセット」とのべている▼6。
ところが、人間は他者の態度や期待をそのまま受けいれるロボットではない。かならず客我に対して自然発生的な反応が自我の内部に生じる。ミードはそれを主我と呼ぼうというのだ。反応といっても動物のように単純な「刺激-反応」図式でとらえられるものではない。それだけに主我は複雑な様相をしめす▼7。
まず主我は、思いつき・願望・感情・気分といった本人だけが特別な通路をもつ主観的な世界である。たとえば「気がすすまない」とか「ひらめいたぞ!」といった状態だ。生物学的衝動や本能・生理学的状態などは社会が制御できない、偶発的・非合理的な部分である。
第二に、主我は、個性的修正をあらわす。ユニークさ・個性的な彩り・感性・個人差といったことがらであり、型どおりでない局面である。
第三に、主我は、客我に対して働きかけ、新たなものを生みだす創発性の側面でもある。主我は自我の創造性をあらわす。人間は社会によって内面まで一方的に強制され拘束されるのではなく、そこから新しいものを生む。すなわち主我とは自己実現・自由・自発性・自律的抵抗などが生じる基盤であり源泉である。これはとくに人間が問題状況に直面したとき、それを乗り越えさせる能力となる。
要するにミードによると、自我とは「主我と客我の対話のプロセス」である。しかも、他者との関係を大前提として成立し、本質的に社会的な過程である。しかし、まるっきり社会に絡みとられているのではない。自我は、社会を取り込む能力と、社会に個性的に反応する能力の二つが備わっているダイナミックな過程――社会性と個性のダイナミズム――なのである。
▼1 カール・マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」これはエンゲルス、松村一人訳『フォイエルバッハ論』(岩波文庫一九六〇年)に付録として収められている。
▼2 カール・マルクス、岡崎次郎訳『資本論(1)』(国民文庫一九七二年)一〇二ぺージ。
▼3 これを「関係の第一次性」という。廣松渉『マルクス主義の地平』(講談社学術文庫一九九一年)。廣松渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書一九九〇年)は初心者向けにコンパクトに説明したもの。
▼4 C.H.Cooley,Human Nature and the Social Order,1902,P.184.
▼5 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。ミードを中心とした自我論の研究としては、船津衛『自我の社会理論』(恒星社厚生閣一九八三年)および船津衛『ミード自我論の研究』(恒星社厚生閣一九八九年)。
▼6 ミード、前掲訳書一八七ページ。
▼7 以下の記述については、船津衛、前掲の二書を参照した。
8-3 アイデンティティ
「わたしはわたしだ」という思い
電話をかけられた人の「どちらさまですか」という問いに、話し手があっさりと「わたしだ」と答えることがある。これは暗に「声で判断しろ」といっているようなもので、傲慢かつ受け手依存的な答だが、けっこう通じるものである。しかし、これは当人のごくかぎられた親密な活動領域にのみ妥当することで、当然のことながら答になっていない。けれども、このささいな場面にかいまみることができるのは「わたしはわたしだ」という強烈な思いである。この「わたしはわたしだ」という感覚を一般に「アイデンティティ」(identity)という▼1。
賢治がみぬいていたように、自我が多数の他者との関係から構成されるかぎり、自我は社会における矛盾を内部にかかえこまざるをえない。その矛盾するさまざまな自我像のなかから、なるべく矛盾の少ないものを選択し、あるいは受け入れて、ある程度の統一性をつくりあげてゆく。これが「アイデンティティ」である。強いて定義すると「自分はいつも同じ自分である」という確信や実感のことだ。
すでにのべたように、本質的に自我は多面的かつ流動的な現象である。しかし、われわれには、とりとめもなく推移してゆくものと思えないのは、近代社会においては自我に一貫性をもたらそうとする内外の圧力がはたらくからだ。外的には〈ある程度〉の人格的一貫性を求める社会の期待が存在する。自分の一貫性に強く固執するのは「かたくな」とみられるし、状況ごとにまったく異なる人格になってしまうのも信頼性をうしなうか、ときには「精神病」とみなされる。ある程度の許容範囲でなければ社会との摩擦が生じてしまう。他方、個人にも内的緊張を回避しようとする力が働く。
アイデンティティ・クライシス
精神分析の研究者であるロナルド・D・レインによると「自己のアイデンティティ、とは、自分が何者であるかを、自分に語って聞かせる説話[ストーリー]である▼2。」つまり自分を納得させる一種の物語だというのである。しかし、これには他者の承認が必要だ。つまり、アイデンティティを維持するためには、自分の主張するアイデンティティをたえず承認し肯定してくれる他者がいなければならない。レインのことばを借りると「〈アイデンティティ〉にはすべて、他者が必要である。誰か他者との関係において、また関係を通して、自己というアイデンティティは現実化されるのである▼3。」つまり、ある程度統一された自我の感覚すなわちアイデンティティは、ふたつの大きな要素から成り立っている。公式風に表現すると――
アイデンティティ=自己定義+他者による承認
だから、アイデンティティというものは、他者との社会関係が明確で、自己定義と他者による定義とが相互に矛盾の少ないものであれば安定するだろうし、人は自己定義を承認してくれるような他者をえらぶものだ。反対に、他者との関係が曖昧だったり、他者による定義が自分にとって好ましくないものだったりするとアイデンティティは不安定なものになる。その結果として一種の心理的危機におちいることがある。これを「アイデンティティ・クライシス」(identity crisis)という。
たとえば、エリート公務員やエリート会社員の場合を考えてみよう。かれがエリートとして人びとから承認され、重要な仕事をまかされ、部下から尊敬されていたとしても、それはあくまで企業組織という社会的文脈において妥当することであって、かりにかれが汚職事件で逮捕される事態になったり、派閥抗争にやぶれたり、病気や事故によって不慮の現役引退を余儀なくされたりすると、エリートとしてのアイデンティティはもう他者から承認されないことになる。警察の取り調べ室や出向先の子会社や病院の大部屋のなかで、エリートとしての優秀性を主張してもむだなことであるばかりか、むしろ反発さえ買うことになるだろう。このようにアイデンティティは特定の社会的文脈においてのみ承認される。だから、そのような文脈をはなれるときアイデンティティ・クライシスが生じ「自分はほんとうはどういう人間なのか」がわからなくなる。かりに本人以外だれも認めてくれないアイデンティティにしがみついていると、人は「精神病者」とみなすかもしれない。少なくとも「境界事例」とみなされかねない▼4。
モラトリアムとしての青年期
さて、一般にアイデンティティ・クライシスは青年期に集中していると考えられている。よく若い人は「自分は多重人格だ」「人によって自分がころころ変わる」「自分がどんな人間なのかわからない」「そんな自分がこわい」などという。これは自我がしだいに形成され多面的な自画像=自我像を自覚する段階になったことを示している。すでに自我について説明したように、これは理にかなったことである。青年期はこのような多面的自我を統合していくプロセスにあたる。とりわけ「子ども」としてのアイデンティティから「大人」としてのアイデンティティヘの移行が重要な課題となる。
じつは〈青年期〉は近代社会特有の現象である。伝統社会には幼少の「子ども」と「大人」の区別があるだけで、その過渡期としての青年期はない。伝統社会では、成年式という通過儀礼によって一挙に子どもから大人にアイデンティティの転換が自他ともに達成された▼5。日本では「元服」がこれにあたる。ところが近代社会においては、この移行は長期化する。十代から二十代にかけての十数年間がその移行期間とみなされる。子供でもなく大人でもない中途半端なアイデンティティをかかえたこの時期を「モラトリアム」(moratorium)――訳すと「執行猶予期間」――という。大学生は典型的なモラトリアムである。モラトリアムのあいだ、青年は試行錯誤をくりかえしつつ自我を統合し成熟させる。そのあいだ、社会は青年に義務を免除し融通をきかせる。有名な「モラトリアム症候群」は、このようなアイデンティティ・クライシスを乗り越えるのに失敗した結果、ノイローゼや精神病にいたった臨床例のことをさす▼6。
社会的弱者とアイデンティティ
今日では一般的に用いられるアイデンティティ概念は、エリック・H・エリクソンという精神分析系の研究者が『幼児期と社会』(一九五〇年)のなかで臨床的関心から導入したものだ▼7。しかし、これが精神分析や心理学はもちろん社会学や政治学などに大きな影響をあたえることになる。なぜかというと、この概念は最初、一九六〇年代アメリカの公民権運動や学生の異議申し立て運動のなかで支持されたからである▼8。「自分をみうしなう」社会状況のなかで「自分をみいだす」精いっぱいの努力をしようとする人たちによってこの概念は社会的に支持された▼9。その意味で、アイデンティティ概念は、もともとアイデンティティ・クライシス概念と密着しているといっていいし、私的なことがらだけではなく集合的なことがらでもあるのだ。
おそらく順風満帆なエリートや成功者にとってアイデンティティは問題にならない。不本意な状況にいる人たちにとってこそ、それは深刻な間題となる。たとえば、女性・老人・病人・障害者・被害者・被差別者・社会的弱者といった人たちにとってアイデンティティの問題は、それが危機にあるだけに切実だ。このあたりについては後論でくりかえし論じることになるだろう。
▼1 アイデンティティは「同一性」「自己同一性」「身分証明」「存在証明」などと訳されるが、うまい訳語がないので、ふつうカタカナで表記される。
▼2 R・D・レイン、志貴春彦・笠原嘉訳『自己と他者』(みすず書房一九七五年)一一〇ページ。この本は分裂病の治療体験に基づくアイデンティティ論。病理的限界事例は、しばしば本質的考察への近道である。
▼3 前掲訳書九四ページ。
▼4 ここでの文脈に近いものとして、木村敏の一連の仕事が参考になる。『人と人とのあいだの病理』(河合文化研究所一九八七年)。予備校での講演記録でわかりやすい。河合ブックレットシリーズ。
▼5 通過儀礼とは、人間が成長の過程で別の状態・集団に移行するときにおこなわれる儀礼のことをいう。成年式・結婚式・葬式など。
▼6 このあたりについては小此木啓吾の一連の啓蒙書を参照されたい。『モラトリアム人間の時代』(中公文庫一九八一年)はこのことばを一気に日本に普及させたベストセラー。かれの多数の著作を集大成したものとして『現代人の心理構造』(NHKブックス一九八六年)がコンパクトで便利。
▼7 E・H・エリクソン、仁科弥生訳『幼児期と社会』(全二巻/みすず書房一九七七-八〇年)。
▼8 公民権運動は、アメリカ南部における合法的な黒人差別を撤廃し法的平等を勝ちとろうとした社会運動。六十年代に全米的運動となる。
▼9 栗原彬によると、エリクソンの『幼児期と社会』が六十年代のアメリカ南部の監獄にたんさんころがっていたという。栗原彬『政治の詩学=眼の手法』(新曜社一九八三年)四九ページ。
増補
集団的アイデンティティ
「自分は何者か」を問う、その状況のひとつにエスニシティがある。エスニシティとは、言語や生活様式や宗教を基準に分類された人間集団の特性をさす概念である。人種と同様、先祖が同一であるという同類意識をふくんでいるが、人種概念が身体的・生物学的特性によって人間を分類するのと対照的に、エスニシティは基本的に文化的なものであり、社会学的かつ政治的な要素を強くふくむ。たとえばそれは政治的につくられるものでもあるのだ。
国際社会において、エスニシティの問題はますます重要なものになっている。しかし、それはたんに海外の問題ではなく、身近な国内的テーマでもある。在日韓国・朝鮮人を中心とする在日定住外国人のケースがそれである。
福岡安則『在日韓国・朝鮮人――若い世代のアイデンティティ』(中公新書一九九三年)は、「在日三世」を中心とする日本育ちの若い世代に焦点をあてて聞き取り調査をしたもの。手法としてはベラーらの『心の習慣』に似ているが、前半部に「在日」の問題の構図と歴史がコンパクトにまとめられている。後半には四タイプのアイデンティティ像が具体的に描かれている。
同じ在日外国人でも在日中国人のケースは在日韓国・朝鮮人と歴史的な共通点も多いが、また少し様子がちがうようだ[永野武『在日中国人――歴史とアイデンティティ』(明石書店一九九四年)]。けれども、ひとついえることは、在日定住外国人の視点から見てはじめて「日本人」という概念への「信仰」が現代日本社会に存在することが自覚できるということだ。
しかし、その内実はそれほど単純ではない。杉本良夫、ロス・マオア『日本人論の方程式』(ちくま学芸文庫一九九五年)は、日本人論のイデオロギー的機能を社会学的に解読した本。同種の研究としては、吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学――現代日本のアイデンティティの行方』(名古屋大学出版会一九九七年)。日本人論を自民族独自論という文化ナショナリズムの一形態として分析した研究である。日本人論の消費のされ方に着目した、この分野の先端部をゆく基本書である。これを読むと「日本人って、日本人論の好きな人たちのことさ」といった言説は言えなくなる。
また、奥井智之『日本問題――「奇跡」から「脅威」へ』(中公新書一九九四年)は、戦後のおもな日本社会論を概観的に位置づけたもの。やはり日本人論と問題領域がかなり重なってくるのでブックガイドとして参考になるだろう。
人間は「自分が何者であるか」を確認するために、しばしば集団的なカテゴリーに自分をあてはめる。そのカテゴリーの内側に「仲間」がおり、外側に「敵」「よそもの」が位置づけられる。集団的アイデンティティという概念はもともと集団力学的な概念であると考えた方がよいかもしれない。
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4月 12017

社会学感覚7社会とはなにか、社会学とはなにか

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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社会学感覚
7 社会とはなにか、社会学とはなにか
7-1 社会概念+社会学構想のセット
社会概念と社会学構想
前章まで長々と社会学の発想法について説明してきた。そのなかで「そもそも社会とはなんなのか」という問題と「では社会学はどうあるべきか」という構想についても必要に応じてそのつどふれてきた。前者は従来「社会本質論」と呼ばれてきた。後者は「社会学の構成問題」と呼ぶべきだろうが、ここではたんに「社会学構想」としておこう。このふたつの問題を今度は系統的に――発想法別ではなく社会学史的に――整理しなおしてみよう。
じつは社会概念と社会学構想は密接に連結している。というのは、社会学がどうあるべきかは社会概念によって規定されるし、逆に社会学構想によって社会概念のとりあつかいも異なってくるからである。そこで本節では「社会とはなにか、社会学とはなにか」ということを一組のテーマとしてまとめることにする▼1。
社会学史の六つの段階
「社会とはなにか」を考えつづけてきた社会学の歴史をながめてみると、ほぼ六つのエポックメーキングな段階に整理できる。
(1)「総合社会学」十九世紀後半のヨーロッパ
(2)「世紀の転換期の社会学」すなわち「形式社会学」「理解社会学」「実証主義」一八九〇-一九二〇年のヨーロッパ
(3)「シカゴ学派」二十世紀前半とくに一九二〇年代のアメリカ
(4)「批判理論」「知識社会学」一九三〇年前後のヨーロッパ
(5)「社会学的機能主義」第二次大戦後のアメリカ
(6)現代社会学 一九七〇年代以降
第一期は「初期社会学」というべきだろう。この時期に社会学という科学のおおよその形と名前ができあがったのだが、理論的にはすでに過去の遺物といっていいだろう。残っているのはそのエートスだけだ。理論的にまだ現役なのは第二期からである。百年ほど前から始まる「世紀の転換期」の三大理論は、ふたつの世界大戦とそのあいだのファシズムの台頭によって研究が寸断されてしまった。それらの理論的意義が本格的に研究されはじめたのは比較的最近のことである。しかし、このヨーロッパ社会学は、二十世紀初頭シカゴ大学に集まった研究者たちに影響をあたえ、アメリカ社会学の新しい局面をつくりだすことになる。その後ファシズムの台頭による社会学者の亡命や死亡によって、社会学の中心地は実質的にアメリカに移る。第二次世界大戦直後も元気なのはアメリカだけで、理論面でも調査の面でもアメリカ社会学全盛の時代を迎える。そして「機能主義」のスローガンのもとに社会学にもひとつのスタンダードな理論が成立するかにみえた。しかし、六〇年代から始まった機能主義批判と新しい理論のあいつぐ成立によって、社会学は群雄割拠すなわち多元的パラダイムの時代に入った。そしてこの状態は現代もなおつづいている▼2。
では、これから各段階の代表的な社会学者の社会概念と社会学構想を一覧してみよう。
(1)「総合社会学」
コントとスペンサーにとって社会とは、宇宙・自然・人間の系列上に存在する全体としてひとつの有機体である。それは有機体として一定の秩序をもち、有機体として進化するとされる。これに対応して、社会学は宇宙論的理論科学であり、全体的かつ総合的認識の科学でなければならない。社会有機体説にたち、その進化に即した知識を提供するという実践的志向をもつ▼3。
(2)「世紀の転換期の社会学」
または「一八九〇年から一九二〇年世代」と呼ぶのが適当と思われる▼4。二十世紀の社会学の基礎を築いたのがこの世代である。その理論的立場は――かれらの社会学のすべてではないことを前提した上で代表的な学説をとりだすと――ジンメルの「形式社会学」、ウェーバーの「理解社会学」、デュルケムの「実証主義」が重要である。
ジンメルにとって社会とは個人と個人の相互交渉すなわち「心的相互作用」である。社会概念は内容と形式のふたつの側面に区別できる。社会の内容(関心・目的・動機)的側面を広義の社会とし一般の社会科学がこれをあつかう。一方、社会の形式を狭義の社会としてこれを社会学があつかうとする。これが「形式社会学」構想である▼5。
ウェーバーにとって社会とは諸個人の社会的行為の集積である。社会学は行為者が主観的に自分の行為に結びつけた意味すなわち「主観的意味」を理解する科学として定立される。これが「理解社会学」である▼6。
デュルケムにとって社会とは社会的事実であり、これは個人に対して外在的かつ拘束的な「外的拘束力」をもつ。社会学はこの社会的事実を「モノとして」考察する実証主義的な科学でなければならないとした。「実証主義」とは、かんたんにいえば、自然科学の方法を社会にも適用する立場であり、経験的事実に徹するという決意である▼7。
(3)「シカゴ学派」社会心理学/都市社会学
二十世紀前半のアメリカ社会学の中心はシカゴ学派にあった。これは社会心理学的な系譜と都市社会学的な系譜のふたつにわけられる。
社会心理学の流れとしてはクーリーとミードが代表的。ふたりにとって社会とはコミュニケーションであり、個人も社会も結局同じことのふたつのあらわれにすぎないとみる。社会学[もしくは社会心理学]はこのような個人と社会の相互依存の ダイナミックな過程を分析する科学とされる▼8。
他方、都市社会学の流れとしてはパークとその教え子たちが代表的。かれらにとって社会とはすなわち都市にほかならず、「実験室としての都市」を自然史的過程において観察する人間生態学が社会学の中心をなし、都市に生きる生々しい人間の行動の経験的調査研究を社会学の課題とした▼9。
(4)「批判理論」「知識社会学」
フランクフルト学派とマンハイムが重要。前者はマルクスの資本主義分析と階級論を、後者はイデオロギー論を批判的に摂取して、文化批判の理論として社会学を構想した。かれらによって、教条的なロシア型マルクス主義とまったく異なるマルクスの思想像が社会学的思考の中心部にひきいれられた▼10。
(5)社会学的機能主義
好対照なふたりの代表者がいる。パーソンズとマートンである。
パーソンズはシステム論の立場から社会システムを複数の行為者間の相互作用のシステムととらえ、システムを構成する部分要素と全体との関係を機能概念と呼んで、この機能分析を社会学の課題とした▼11。
他方マートンは、大仰な大理論を拒否し、あくまでも経験的な調査研究と社会学理論とを有機的に結合した「中範囲の理論」でなければならないとした▼12。
(6)現代社会学
さまざまなパラダイムが棲み分けているので、代表者をとりだすのがむずかしいが、先端的な仕事をしている社会理論家としてドイツのハバーマスをあげておこう。
ハバーマスは社会を「システム」と「生活世界」(lebenswelt)のふたつの層から成り立つとする。「システム」は巨大な自動制御の組織であり、「生活世界」は対話的なコミュニケーションによって構成される体験的な生活領域である。現代社会は「生活世界」が「システム」によって浸食された段階であるとハバーマスはみる。社会学は全体社会の理論としてこの現代社会を解明できる唯一の科学であるとされる▼13。
▼1 以下きわめて図式的なまとめをしたが、こうした整理はステレオタイプなものにならざるをえないことに留意願いたい。そのかわり、各社会学者の代表的な著作の邦訳書のうち比較的読みやすいものと入門書を示しておくので、興味のある場合は一読をおすすめしたい。
▼2 社会学の歴史についてもっとくわしく知りたい場合は以下のものが参考になる。まず安価で入手しやすいものとして、新睦人・大村英昭・宝月誠・中野正大・中野秀一郎『社会学のあゆみ』(有斐閣新書一九七九年)。新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートII――新しい社会学の展開』(有斐閣新書一九八四年)。二冊で一組。一般にはこれで十分。もっと本格的に取り組みたい場合は「社会学の系譜」シリーズのつぎの三冊。中久郎編『社会学の基礎理論』(世界思想社一九八七年)。中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』(世界思想社一九八六年)。中久郎編『現代社会の諸理論』(世界思想社一九九〇年)。
▼3 世界の名著『コント/スペンサー』(中央公論社一九七〇年)。清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書一九七八年)。
▼4 この呼び方はアンソニー・ギデンスによる。宮島喬ほか訳『社会理論の現代像――デュルケム、ウェーバー、解釈学、エスノメソドロジー』(みすず書房一九八六年)一四ページ以下参照。
▼5 G・ジンメル、阿閉吉男訳『社会学の根本問題――個人と社会』(現代教養文庫一九六六年)。阿閉吉男編『ジンメル社会学入門』(有斐閣新書一九七九年)。
▼6 この理解社会学については『社会学の基礎概念』という有名な論文があるがたいへんむずかしいので、むしろこちらから読む方がいいだろう。ウェーバー、脇圭平訳『職業としての政治』(岩波文庫一九八○年)。
▼7 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)。
▼8 ミード、稲葉三千男・滝沢正樹・中野収訳『精神・自我・社会――社会的行動主義者の立場から』(青木書店一九七三年)。
▼9 ロバート・E・パーク、町村敬志・好井裕明訳『実験室としての都市――パーク社会学論文選』(御茶の水書房一九八六年)。
▼10 世界の名著『マンハイム/オルテガ』(中央公論社一九七一年)。
▼11 タルコット・パーソンズ、倉田和四生訳『社会システム概論』(晃洋書房一九七八年)。
▼12 マートン、森好夫訳「中範囲の理論」『社会理論と機能分析』(青木書店一九六九年)所収。
▼13 ユルゲン・ハーバーマス、河上倫逸ほか訳『コミュニケーション的行為の理論(上中下)』(未来社一九八五-八七年)。
7-2 社会についてのメタファー
複合概念としての社会概念
そもそも社会とはなにか。おそらくこれまで小中高校のどの先生もこれを問うことなく、したがってこれに答えることもなく、生徒もそのような問いの存在に気づくことのないまま、「社会」について勉強したということになっている。これこそ十二年間にわたる社会科教育における最大のタブーなのである。
社会の本質――すなわち社会がなんであってなんでないかという問題は、もともと検証不可能な問題である。その概念を使うとなにがみえてくるかといったプラグマィックな可能性で判定する以外にない。したがって、社会概念を性急に結論づけるよりも、社会概念を本来的に複合的なものとして考えていった方が現実的である。
では、社会概念はどのよう複合的か。それを今度は、さまざまな社会理論家たちが用いてきたか暗黙の前提にしてきたメタファー[比喩]にみることにしよう。
秩序としての社会
社会は直接目にみえるものではない。みえるのはごく一部だし、それも人間の行動だけである。その意味で社会は抽象的な存在なのである。だからこそ、なにか目にみえるものにイメージしようとするのは当然の流れだ。
まず「社会は機械のようなものである」――以下「のようなもの」は省略――という社会観がある。いわゆる社会工学の前提にあるのがこれだ。社会工学専攻の人にはおこられるかもしれないが、はっきりいって社会学以前の発想である。ただ技術的意義はあるかもしれない。歯車で連結している部品の結合体のイメージがもとになっているが、ただし機械といっても、かつてのように時計的なモノではなく、最近はサーモスタットのような自己調整システム・自己制御装置のイメージで使われるようになった。ポストモダン論者のいう「戦争機械」などはそれである。とはいうものの「逸脱行動の生成メカニズム」などと、けっこう社会学者も機械のメタファーを愛用しているのも事実である。
社会のもつ自己維持活動に注目すると「社会は生物有機体である」という社会観になる。社会学でもそのごく初期から最近の機能主義・システム論にいたるまで、社会を生物有機体になぞらえるやり方は多かった。とくに生物のもつ環境適応機能や生理学的均衡[ホメオスタシス]は社会秩序を説明するのにたいへん都合がいいのである。
また「社会は建築である」というイメージも社会理論を「組み立てる」上でよく利用される。古くはマルクスの唯物史観の公式が「上部構造」と「土台」という建築イメージによっていたし、今日あたりまえのように用いられる「社会構造」概念も建築のイメージにもとづいている。最近ではバーガーとルックマンの共著『現実の社会的構成』のように〈コンストラクション〉というメタファーを用いて社会理論を展開することが多くなった。
機械にせよ生物にせよ建築にせよ、具体的に目に映ずるものにたとえると、どうしても実体的で一定の秩序をもつものとして社会をとらえることになりやすい。わかりやすい反面、危険である。
プロセスとしての社会
秩序ではなく動的なプロセスとしてイメージできればいいわけだが、それは意外にむずかしく抽象的な概念をキーワードにするほかにない。このようなものとして「社会は闘争である」「社会は交換である」「社会はコミュニケーションである」といったテーゼがある。これらは「のようなもの」という意味ではないから、もはやメタファーではない。しかし、いずれも具体的かつ身近な経験からイメージを喚起してくれる点でメタファーの機能を果たしているといえよう。
言語としての社会/劇場としての社会
以上のように社会に関するメタファーはどれも「帯に短したすきに長し」の感があるが、最近注目されている「社会は記号である」「社会は言語である」「社会は劇場である」というメタファーは比較的短所も少ない。
社会を記号になぞらえるのは、記号という現象が「意味されるもの」と「意味するもの」の二重性をもつことにもとづいている。つまり「インクのシミ」がある特定の「意味」をあらわすという二重性である。しかもこの二重性が一対一に厳密に対応するのでなく、ある程度のずれとうつろいやすさをもっていることろもまた社会のありようとよく似ている。
言語のメタファーも同様である。これはアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが「規則に支配された創造性」というテーマで指摘していることだが、人間の言語活動は文法規則にしたがっておこなわれるにもかかわらず、新しい文を無限につくりだしていくことができる。社会も同じだ。文法は規範・道徳・制度などの社会構造にあたり、文は個人の諸行為にあたる。このようにとらえると、社会という鉄の檻のなかに閉じこめられた人間というイメージではなく、社会の構造を〈資源〉として利用する自由で主体的な人間像――あるいはその可能性――をえがくことができるし、そのような諸個人によって逆に社会が変わっていく側面もみえてくる。
「社会は劇場である」というメタファーもこの延長線上にある。メタファーとしてはシェイクスピア以来の古典的なものであり、一歩まちがえると「人生劇場」のような古色蒼然たるものになってしまうけれども……。社会が劇場だというのは、あらかじめしつらえられた舞台装置と台本が一種の約束ごととして設定されていて俳優としての個人も観客としての個人も一応それらに準拠して演技・観劇することによって進行することにもとづいている。ところが現実には、社会にせよ演劇にせよ、約束ごとの世界を維持するよう人びとが共謀してはじめて成立するあやうい世界なのだ。だから台本通りに演じられるあやつり人形劇ではなく、演出・失敗・侵犯・離脱・秘密・かんちがい・儀礼・権力などさまざまなファクターが舞台で交錯するダイナミックな即興劇のイメージだ。社会学では、この側面に着目する導入部として劇場のメタファーをもちだすことが多い。そこでえがかれるのは演劇ではなく、むしろ〈ドラマトゥルギー〉である。
7-3 社会学と民主主義
パラダイム並立の歴史的事情
社会学論を締めくくるにあたり、社会学の歴史的事情について、ごくかんたんにふれておこう。
第一期「総合社会学」をのぞくと、すべて現役のパラダイム[思考の枠組]である。社会学の場合、新しいパラダイムが出現したからといって古いパラダイムが有効性を失っていくわけではない。そこが物理学などの自然科学との大きなちがいであるが、これは一九三〇年代のファシズムによる研究系譜の断絶という歴史的事情が大きく関係している。あらゆる社会と同様、科学も歴史的社会にあるかぎり直線的に進歩するわけではない。このあたりの歴史的事情を確認しておくことも大切なことである。
(1)マルクス初期草稿・中期草稿の発見
マルクスが有名な『共産党宣言』を公にしたのは一八四八年、『資本論』第一巻を出版したのは一八六七年である。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての「マルクス主義」は当然これらの出版物を中心に構成された。しかし、マルクスの中核的思想をこれらのパンフレットや出版物だけから読みとるのはむずかしく、社会主義運動の進展とあいまって誤解されたり教条化されたりすることが多かった。その思想的格闘の足跡をたどることができるようになったのは一九三二年に『経済学・哲学草稿』といわれる初期のノートが公表され、一九三九-四一年に『経済学批判要綱』といわれる中期の草稿――『資本論』の準備ノート――が公表されてからである。これらについての研究によってマルクスの思想の全体像がようやくわかるようになり、それまで流通してきたマルクス像がずいぶん歪んでいたことが学術上あきらかになった。とくに社会学にとって社会理論にふみこんだ『経哲草稿』と『要綱』の意義は大きく、それによって社会学にとってマルクスの理論的意義が格段に大きくなった。とくに一九六〇年代以降さかんになった新たなマルクス研究によって『資本論』など周知の著作の読み方が大きく変わり、その影響は現代の社会理論にもおよんでいる。活動時期からいうとマルクスは「総合社会学」に相当するわけだが、マルクス像の変遷に応じていつの時代も現役の社会理論として光彩を放ちつづける結果となったのである。
(2)「世紀の転換期の社会学」受容の問題
社会学の水準を一躍高めた「世紀の転換期の社会学」は、つぎの世代に正しく受け継がれ展開されなかった。まず、ジンメルはユダヤ人であることがわざわいして晩年まで正教授になれなかったし、ウェーバーは中期に神経症をわずらったため、大学教授として系統的に後継者を育成することがほとんどなかった。社会学に対する二人の大きな影響力はおもに講義と著作によって生じたものだった。これがかれらの社会学理論の全体像を限定的なものにした▼1。
社会学草創期としては例外的存在であるデュルケム学派も、一時は少壮の研究者をあつめ壮観たる陣容を誇ったものの、第二次世界大戦によって戦線と収容所で多くの命をうしない、失速せざるをえなかった▼2。
(3)ユダヤ系社会学者の追放と亡命
そもそもユダヤ人社会学者には独創的な巨匠が多い。マルクスもジンメルもデュルケムもユダヤ系だった。ユダヤ人はヨーロッパ社会ではマージナルな位置におかれていたから結果的に社会の「自明性を疑う」ことになるからだろうか。「世紀の転換期」も反ユダヤ主義が横行した時代だったのだが、さらに一九三〇年代ナチスの台頭と政権奪取によって多くのユダヤ人知識人が公職から排除されイギリスやアメリカなどに亡命をよぎなくされた。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ベンヤミンといったそうそうたる陣容を見せつつあった「フランクフルト学派」の人たち、またアメリカの社会調査研究の礎をきずいたラザースフェルド、文化社会学のマンハイムやクラカウアー、そしてアメリカにおける現象学的社会学の祖となったシュッツといった人たちがそうである。ベンヤミンのように亡命を試みる途中で死を選ばざるをえなかった人もいた▼3。
(4)社会主義社会の社会学
一方、社会主義社会も社会学を嫌った。古くは一九三八年にブハーリンがスターリンによって粛清[銃殺]されている。ブハーリンはロシア革命の主役クラスの革命家であり、『史的唯物論――マルクス主義社会学の一般的教科書』などでマルクス主義と社会学を大胆に結合した社会学者でもあった。じつはレーニンは初期にマルクス主義理論を「科学的社会学」とさえ評していたが、ロシア革命後は社会学をもっぱら非歴史的かつ非弁証法的なブルジョア社会理論とみなしていた。ブハーリンがスターリンとの権力闘争に敗北して以降、ブハーリンが史的唯物論にあたえた「社会学」ということばはアンチ革命主義理論のレッテルとして使われることも多かった。スターリン時代は社会学にとっても冬の時代だったわけだ▼4。中華人民共和国も革命直後から社会学と人口学を禁止した。これは一九七九年までつづいた。また東欧ではマルクス=レーニン主義の教条化にともなって自説の変節にいたったルカーチの例もある。しかしソ連および東欧諸国では史的唯物論の硬直化を打破するためであろうか、「スターリン批判」後の一九五〇年代後半にようやく社会学が解禁になり、経験的調査研究がなされるようになった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領のライサ夫人は、この戦後社会学復権後の第一世代にあたる。
民主主義と社会学の選択的親和性
これまで社会学史上の曲折を見てきたが、社会学はその社会の中心的価値をも相対化する――自明性を疑う!――一種の知的ラディカリズムを内包しているため、社会の保守層とその政権から疎まれやすいといえそうだ。バーガー夫妻はこの点をはっきりと指摘している。「社会学は、批判的な知的情報を社会に応用するものとして、デモクラシー――すなわち、社会的紛争と社会問題を暴力に基づくのではなく合理的な説得の手段によって解決しようという前提を基礎とする政治形態――にもっともなじむ学問である。非民主主義的体制は、『右翼』的であろうが『左翼』的であろうが、本能的に社会学を嫌悪する傾向がある。これに対して、社会学は逆に、政治体制が民主的な思想と一定の現実的関係をもつところで、最もよくその発展をとげてきたのである▼5。」わたしはこのことをウェーバーにならって「民主主義と社会学の選択的親和性」と呼んでみたい気がする▼6。社会学が自由に研究され学ばれる社会に、たまたまわたしたちが生きていることを、まずはかみしめなければならない。
各論の構成
ここで本書の基本構成とその基本的な論点を示しておこう。
(1)社会学論――社会学の特徴的な発想法を社会学的作品世界に即して説明し、社会をみる目を複眼にする。総論編にあたる。
(2)人間論――個人の自我・アイデンティティが他者との関係の産物であることを提示し、人間の社会性と自由の関係を考える。
(3)コミュニケーション論――コミュニケーションを、送り手ではなく受け手の第一次性においてとらえなおす。
(4)集団論――人と人とのつながりが多層性をもつことを組織と家族について考察する。
(5)文化論――記号消費時代の文化現象の合理性と非合理性について具体的に考えなおす。
(6)権力論――国家権力中心の権力観から脱し、権力が身近な生活の場に宿っていることを、社会的弱者の視点から概観する。
(7)社会問題論――だれにとって「問題」なのかを中心に、とくに医療現場と関連の深いテーマを題材に考える。
ところで、社会学が抽象的な議論に走り、生身の人間の生活する社会の実態から遠くかけ離れてしまう傾向に対して、「社会なき社会学」という批判が発せられることがある。「社会なき社会学」はまだ罪がないといえようが、「社会学なき社会」の方は、少なくとも二〇世紀の歴史をみるかぎり、あまり望ましいものではない。そうした社会にしないために必要なことを読者が自分なりに考え始めるきっかけになるならば、社会学も〈思想的意義をもつ科学〉として存在意義をもつことになろう。
▼1 アルノルト・ツィンゲルレ、井上博二・大鐘武・岡澤憲一郎・栗原淑江・野村一夫訳『マックス・ウェーバー――影響と受容』(恒星社厚生閣一九八五年)。
▼2 このあたりの事情については、内藤莞爾『フランス社会史研究――デュルケム学派とマルセル・モース』(恒星社厚生閣一九八八年)参照。
▼3 二十世紀前半の亡命知識人の詳細についてはマーティン・ジェイのドキュメンタリーなふたつの研究が群を抜いている。荒川幾男訳『弁証法的想像力』(みすず書房『九七五年)。今村仁司・藤澤賢一郎・竹村喜一郎・笹田直人訳『永遠の亡命者たち――知識人の移住と思想の運命』(新曜社一九八九年)。またルイス・A・コーザー、荒川幾男訳『亡命知識人とアメリカ――その影響とその経験』(岩波書店一九八八年)とくに「III社会学と社会思想」。
▼4 佐野勝隆・石川晃弘「ブハーリン『史的唯物論』解説」ブハーリン『史的唯物論』(青木書店一九七四年)。
▼5 P・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学習研究社一九七九年)四〇八ぺージ。
▼6 これは日本の社会学史にもそのまま該当する。戦前の日本では「社会主義」と混同されたり、日本の土着的構造にとって外来の概念である「社会」を研究対象とすることから「非日本的な」学問とみられ、ずいぶん肩身のせまい思いをしたという。社会学を専攻しているという理由で縁談を断わられたという話もあるくらいだ。まして「労働」とか「階級」などの研究は不可能だったという。この状況ががらっと変わったのは戦争が終わってからだった。尾高邦雄「デュルケームとジンメル――近代社会学の建設者たち」世界の名著『デュルケーム/ジンメル』(中央公論社一九八〇年)所収。
増補
近代社会と社会科学
社会学が「近代社会の自己意識」ともいうべき存在であることはよく知られている。しかし、その具体的内実が社会学史の教科書にきちんと描かれてこなかったのではないか。これまでは一種の社会学中心史観ともいうべきものによって社会学史が描かれてきた。しかし、ほんとうに知る必要があるのは、社会科学全体の歴史のなかで社会学が独自の分岐線を描いたという事情ではないだろうか。ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会『社会科学をひらく』山田鋭夫訳(藤原書店一九九六年)を読むと、そう感じる。詳しくは、ウォーラーステイン『脱=社会科学――一九世紀パラダイムの限界』本多健吉・高橋章監訳(藤原書店一九九三年)に展開されているが、『社会科学をひらく』の方が簡潔で、その分、構図を理解しやすい。
このような社会科学史は、従来の(そして現在の)大学のカリキュラムの空白地帯をなしているので、ぜひ押さえておいてほしい。「社会とはなにか、社会学とはなにか」という問いに対するひとつの信頼しうる解答ではないかと私は考えている(もちろん問いの適切さについての評価もふくめて)。
言説としての社会
7―2で整理した「社会についてのメタファー」について若干補足しておこう。
たとえばヴァーチャル・リアリティということばが拡大使用されるようになった背景を考えると、そこには、これまでの素朴な現実感覚つまり「現実へのゆるぎない確信」がゆらいでいるという認識がある。
このような認識は社会学では広く共有されており、それが一連の「日常生活の社会学」を支えてきた。それが最近では具体的なイシューについて社会史的に現実構成過程を説明しようとする構築主義的な分析の隆盛につながっている。
構築主義では、社会的現実を構築するのは個々の言説(語られたことば)である。言説が人びとの意識や観念の枠組みをあたえ、行動を一定の方向に導き、社会的現実を構築し、言説のリアリティを補強する。構築主義は社会的現実の虚構性を強調するのでなく、むしろそうした現実のリアリティを構築する人間たちの活動に照明を当てるものである。このような見地から社会学独自の視角を解説したテキストとして、磯部卓三・片桐雅隆編『フィクションとしての社会――社会学の再構成』(世界思想社一九九六年)がある。
社会学概説書
社会学論の最後にあたり、広範囲を網羅した概説書および講座物を三点あげておこう。
まず先述の、アンソニー・ギデンズ『社会学(改訂新版)』松尾精文ほか訳(而立書房一九九三年)。脱社会学的な動向をすべてきちんと押さえた社会学教科書の新しいスタンダード。刊行後も熱心に改訂が施されている。
日本の社会学者によるものでは「岩波講座 現代社会学(全二六巻 別巻一)」(岩波書店一九九五―九七年)。ただし、あまりに多数の執筆者がいるために系統的な内容構成にはなっていない。しかし、社会学のテーマの多様さを実感したり、視点の置き所を探るのによい講座であり、読者に親切な設計になっている。いずれにせよ現状の日本社会学の雰囲気を反映したもの。
本編の社会学論で説明したような、理論的かつ方法論的な議論については「岩波講座 社会科学の方法(全一二巻)」(岩波書店一九九三―九四年)が役立つ。経済学や国際学の動向も社会学と密接につながっていることを理解するのに適した理論派の講座。こういうことは社会科学全体の文脈のなかで考えるべきだろう。「社会科学の社会学化」の潮流も実感できる。
上記三点について残念なのは索引がないことだ。むしろこれは昨今の日本の出版界の傾向というべきだろうが。
このほかに研究対象の特殊性によって社会学を定義するオーソドックスな概説書としては富永健一の一連の著作がある。最近のものでは、富永健一『社会学講義――人と社会の学』(中公新書一九九五年)と、富永健一『近代化の理論――近代化における西洋と東洋』(講談社学術文庫一九九六年)がある。後者はたんに近代化論をまとめた本ではなく、社会学の基礎理論との緊密な連結を意識して組み立てられている。その意味では「社会学とは何か」という問いに対する真摯な解答書と見ることもできる。
最後に、雑誌感覚の編集で社会学を解説した入門書を。AERAMook『社会学がわかる。』(朝日新聞社一九九六年)である。週刊誌の別冊らしいつくりで、社会学者という「人」がはっきり見えるのが最大の特徴。進学を決めるさいの目安になるかもしれない。このシリーズの宗教学・マスコミ学・国際関係学なども社会学系をふくんでいる。
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4月 12017

社会学感覚2日常生活の自明性を疑う

Socius  ソキウス   著作+制作 野村一夫

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現在地 ソキウス(トップ)>社会学感覚
社会学感覚
2 日常生活の自明性を疑う
2-1 自明な世界としての日常生活
発想法としての社会学感覚
本章から第六章にかけて社会学のおもな発想法を紹介しよう。これらはじっさいの研究の現場では精密な概念定義と複雑な理論構成をともなって論じられるのがつねであるが、ここではそのような水準ではなく、まず第一に、一般の生活者――当然のことながら社会学者も特定の専門領域をはずれると同じく〈ただの生活者〉である――が社会のなかで経験するその地平でとらえなおし、その発想法のもつ意味を考えてみたい。またその一方で、社会学のさまざまな作品世界に接することによって、それらを通奏低音のように牽引する社会学感覚の一端にふれてみることも目的のひとつである。社会学の重要な見識や名言はなるべく本文を引用するようにしたからよく味わってもらいたい。以下の五章は社会学史ではないが、社会学的発想を中軸に再編成した社会学の古典的知識在庫である。
本書でとりあげる発想法は、つぎの五点である。
(1)日常生活の自明性を疑う
(2)行為の意味を理解する
(3)社会現象を総合的に認識する
(4)社会現象における共通形式を抽出する
(5)同時代の社会問題に関わる
これらは、社会をみるための複眼レンズのようなものだ。もはや社会学だけの専売特許とはいえなくなっているものもあるかもしれない。それだけにこうした思考の回路をもつことは重要なことである▼1。
日常生活の自明性
程度の差はあるかもしれないが、わたしたちは毎日毎週の生活のなかで同じようなことをくりかえしている。日常生活(everyday life)とは「くりかえし」である。英語でいう routine がそれである。毎日毎日きまりきったことをくりかえすことによってわたしたちは日常生活をあたりまえのことと考えている。いや、考えてもいない。ルーティーン化した行動には自覚的意識や知的判断の欠けていることが多い。だからこそ「日常」なのである。
たとえば、主婦が食事の用意をしたり掃除や洗濯をする。子どもが朝早く学校に行く。お金で好きなモノを買う。あいさつをする。子どもを叱る。ニュースをみる。会社の上司に頭を下げる。盛り場に集まる。うわさをする。合格祈願に行く…。これらのことをするとき、わたしたちはいちいち「なぜだろう」と考えたり「どうして」と悩んだりはしない。ごくあたりまえのことだからだ。これを「日常生活の自明性」という。
日常生活者のこのような状態を、現象学的社会学では「自然的態度」(natural attitude)と呼び、これに対応する自明性をもった知識を「常識的知識」(common-sense-knowledge)と呼ぶ。わたしたちはこの「常識的知識」にしたがって、なかば無意識のうちに――自然的態度――ルーティーン化した日常生活という「自明な世界」(world-taken-for-granted)を生きているのだ▼2。
危機――日常性の崩壊
ところが、日常生活がひとたび崩れてしまうと、わたしたちはたちまち立ち往生してしまう。たとえば、新しく学校や団体・会社に入ったとき。家族または自分が病気になったり事故にあったとき。両親または自分が離婚するとき。田舎から都会に出てきたとき。逆に東京から地方へ引っ越したとき。海外へ赴任したとき。または海外から帰国したとき。災害や経済や政治によってパニックになったとき。戦争――文字どおり「非常時」――になったとき。一般にこのような状態を「危機」と呼ぶが、そんなときにはじめてそれまでの日常生活がじつに複雑なメカニズムからなりたち、しかもいかに疑問の多いものであったかを思い知るものである。たとえば、パートで働きにでた主婦は、それまで家族のこまごまとした家事を無償で引き受けていることを疑問に思つだろうし、なぜ母親だけが夫や子供の「召使い」であることを期待され要求されるのかあらためて不思議に思うだろう。また、海外帰国子女[年間一万人]・高校中退者[年間十二万人]・不登校者[年間五万人]にとって、朝早く学校に行くことはもはやあたりまえのことではない。それは試練であり脅威であるかもしれないし、無意味なことかもしれない。
宗教的構図
要するに、わたしたちは日常生活のさまざまのしくみを正確に「知っている」のではなく、漠然と「信じている」だけなのだ。「男はソト、女はウチ」といった家族内の性別役割分担も、子どもが家事を分担しないことも、「学校に行かなくちゃ」という義務感も、日常生活の自明性におおわれた「常識的知識」である。
現象学的社会学の代表的存在であるピーター・L・バーガーは、そのような日常生活・自明性・常識といったものが本質的に宗教的な構造をもつといっている。かれはそれを「信憑性構造」(plausibility structure)と呼んでいるが、これは、人びとが共通に思いこんでしまうことでその現実が自明なものとして正当化され、その結果人びとの疑問を封じ込めてしまう働きのことである。「いかにもたしからしい」と思える日常生活の現実の本質は一種の約束事の世界だということだ▼3。
また、フランスの哲学者で記号論の第一人者ロラン・バルトは「神話作用」という概念でこの事態を表現している。神話という表現は今日では広く一般に普及し、たとえば「土地神話」のような使い方をされるまでになっているが、注意しなければならないのは、かれのいう「神話」がたんなる比喩でないことである。語の正確な意味において――つまり宗教的構造の一環としての――「神話」なのである▼4。ふつう「神話」というと、無文字社会の世界観をかたりつぐ非合理な現象と考えられがちだが、それが社会にまとまりをあたえるのと同じように、原始宗教とは無縁な現代社会においてもさまざまな神話的構造が日常生活の秩序をひそかにささえているのである。
クリーシェ/ステレオタイプ
日常生活の神話的な自明性はさまざまな形をとってあらわれる。アントン・C・ザィデルフェルトはそのような表現形態のひとつとして「クリーシェ」(cliche)をあげている▼5。
クリーシェとは型にはまった陳腐な表現のことである。一般には、長いあいだにわたって乱用されることによって独創性・創意・衝撃力を失ってしまった通俗的でつきなみな思想や観念を表す文・いいまわしをさす。もともと印刷所の鋳型のことであり、日本語で「判で押したようだ」というときの「判」にあたる。英語でいう「ステレオタイプ」(stereotype)である▼6。基本的にはことばをさすが、身ぶりや行為などの身体的表現もクリーシェたりうるし、美術・文学・演劇・音楽作品などもクリーシェであることが多い。政治家の乱発する「自由と民主主義」とか革命家のいう「弁証法」、ドラマにおける「悲しい道化役」とか「実らぬ恋」とか「ほのぼのとした家族」など、あまりに使いまわされすぎて本来もっていた新鮮味や深い意味が失われてしまったもののことである。ザィデルフェルトによると、わたしたちはクリーシェやステレオタイプにどっぶりつかることで日々を型どおりにたどっているということになる。
▼1 これらはわたしが社会学のエッセンスと考える発想法であり、そのため第八章以下の各テーマに即した分析のなかでもしばしば再確認することになるはずである。したがって、抽象的な部分があるために、もし通読が困難と感じたら第八章以下へ飛んで、しかるのちにここに戻ってくるようにしてもさしっかえない。
▼2 「常識的知識」は「日常知」とも訳される。同種の概念として他に「日常的思考」(thinking as usual)や「通念」(lay-belief)がある。用語はいずれもアルフレッド・シュッツのものだが、わかりやすい解説としては、むしろP・L・バーガー、B・バーガー、安江孝司・鎌田彰仁・樋口祐子訳『バーガー社会学』(学研一九七九年)を参照されたい。なお、本書において随所で使用される「常識」とは、ここでいう「常識的知識」のことである。
▼3 ピーター・L・バーガー、薗田稔訳『聖なる天蓋――神聖世界の社会学』(新曜社一九七九年)。
▼4 ロラン・バルト、篠沢秀夫訳『神話作用』(現代思潮社一九六七年)。なお、この本に収められた「レッスルする世界」は、プロレス論の古典として知られている。
▼5 A・C・ザィデルフェルト、那須壽訳『クリーシェ――意味と機能の相剋』(筑摩書房一九八六年)。
▼6 「ステレオタイプ」はかつて「紋切り型」と訳されていたが、最近はこのまま使うことが多い。これも固定観念にはまった意識形態をさす。くわしくは20-1参照。
2-2 異邦人のように
常識を疑う
このような自明性におおわれた日常生活をあえてカッコでくくり、常識となっている知識や考え方・価値観を徹底的に疑ってみる――これが社会学の第一の発想法である。「カッコでくくる」というのは、絶対的なものとみなさないで相対化することである。「疑ってみる」というのは、反対するということではなく、それがどのようなプロセスから立ち上がってくるかを理論的に考察することである。
たとえばつぎのような常識的知識もしくは通念を疑ったことはあるだろうか。「子供の世話や食事のしたくは妻[母親]の仕事である」「会社のお茶くみは若い女性の仕事である」「結婚したら夫の姓になる」「若いってすばらしい」「犯罪者は悪い人間だ」「マスコミの力は絶大だ」「選抜試験はもっとも平等な制度である」「差別されるのはなにか理由があるからだ」「糖尿病やガンにかかった人は病人だから働けない」「宗教は非合理的だ」「火のないところに煙はたたないのだから、うわさのいうようになにかあるにちがいない」「文部省検定済教科書は正しい」「厚生省の許可した薬だから安全だ」「科学技術は中立だ」「専門家のいうことは信じられる」――まだまだあげられそうな気がするが、この辺にしておこう。
おそらく「そうじゃないのかもしれないけど、それでいいんじゃない」「あんまり考えたことないなあ」という人がけっこう多いと思う。たとえばあなたが、これまでまずまずの成績でやってきて、その結果なんとか大学に合格した若くて健康でわれながら素直で明るい男性だとすればとくに、これらはその程度の自明な――つまり「とやかくいう必要のない」――ことに感じられるだろう。あるいはまた「とりあえず今の自分とは関係ないことだ」と思ってしまう。じつはこれが常識的知識とかステレオタイプとかクリーシェと呼んできたもののもつ自明性・神話作用・信憑性構造の具体的な姿なのである。
裏返してみる
ためしに〈裏〉を想像してみることだ。
たとえば「若いってすばらしい」という価値観の〈裏〉にあるのは「老いるのはみっともないことだ」「老人はみじめだ」ということだ。現代の日本社会が老いの意味を見失った社会であることは、マーケティングのターゲットとしてメディアや資本からちやほやされている大学生や若者には認識しにくいことである。
また「犯罪者は悪い人間だ」という通念も、日々流されるニュースやワイドショーなどでことさらに強調されているが、では犯罪を犯していない人はみな良い人間だということになるわけでもなく、「悪い人間」がかならず犯罪を犯すわけでもない。そもそも「犯罪者」とは何者なのかから考えなければならない。たとえば、平和で民主主義的な社会のなかで反戦と自由を唱えるのはやさしい。ところが、戦争のように社会全体が「非常時」のとき、反戦と自由を主張する平和運動家・兵役拒否者・政治活動家は「犯罪者」である。現にこの日本でも戦争終結の一九四五年まで多くの信念をもった人びとが治安維持法によって逮捕されて弾圧を受けた。他方、平和なときでもマイノリティや「前科者」や「片親家族の子弟」「一般市民」やその子弟よりも逸脱[正常でない]のレッテルを貼られやすく、そのなかから容疑者が摘発されやすい▼1。その一方で政治家や官僚・大企業のエリートたちによる組織的な「巨悪」は、いともかんたんにみのがされてきた。
「結婚すると夫の姓になる」というのも、逆に「結婚すると妻の姓になる」と換えてみると、その社会的な意味がわかる。とくに男性はこのような問題に対してきわめて鈍感で、しかも多くは無自覚なまま放置されているように思う。結婚によって九割以上のカップルが夫の姓に統一するという現状とそれを支持する法律は、世界のなかでも特殊な現象であり、日本の歴史においてもけっして「ふつう」のことではない▼2。
異邦人の眼で見る
日常生活の自明性に対して距離をおき反省的にとらえる良い方法は「異邦人の眼で見る」ことだ。異邦人(stranger,der Fremde)は「よそ者」とか「異人」とも訳されることばだ。外国人や共同体の外からやってきた者はもちろん「異邦人」であるし、子ども・狂人・逸脱者・犯罪者などのように社会の中心的文化を受け入れていない者あるいは新人などをさすと考えてほしい▼3。
異邦人ないしよそ者は共同体・集団・社会の中心的価値観をもたないため、しばしば常識・クリーシェ・ステレオタイプに対抗する視点を提供する。よそ者は本質的に、人びとがあたりまえとみなしているほとんどすべてのことに疑問符をつけざるをえない存在なのだ▼4。その結果、異邦人は自明性におおわれた日常生活から、そのもともともっていた原理的な意味を人びとに気づかせる力をもつ。ザィデルフェルトはこれを「よそ者[異邦人]の解釈学的効果」と呼んでいる。かつて異邦人が予言能力をもつ聖なる者とされることが多かったのはこのためである▼5。
「異邦人の眼で見る」ことはいわゆる「異文化間コミュニケーション」(intercultural communication)を自分たちの社会や集団に適用することである。通常、異文化間コミュニケーションという概念は、キリスト教圏の人がイスラム教圏の人に出会うといった状況に対して用いられる。しかし、わたしたちが新入生として・新人として・新会員として未知の組織や集団に加入するとき経験するめまいのような当惑はまさしくカルチャー・ショックであって、異文化間コミュニケーションのはじまりを意味しているのだ▼6。
ジンメルは一九一八年の『生の直観』のなかで、自分が一定の境界線にしきられた世界にいることを知っているのは、その境界線の外部を知る者だけだとのべている。そして、貴族の私生児として生まれ長年地下牢に幽閉されていたといわれるカスパル・ハウザーの例をあげている。かれは幽閉から解かれて壁を外からみることができるようになるまで自分がそれまで牢に入れられていることを知らなかったというのだ▼7。わたしたちもカスパルとおなじであることを自覚する必要がある。そしてごく身近な壁の外にでるだけではなく、自分が超越したと思った壁のさらに外側にあるもっと高い壁の外に立つこと――もちろん知的な意味で――が必要なゆえんである。
その意味で社会学者そして社会学を学ぶ者もまた、自分たちの社会を研究するために、また自分たち自身を知るために社会の外側=外部に立たなければならない。これは一種の「知的亡命」である。これについてバーガーは「社会学的発見という経験は、地理的移動を伴わない『カルチャー・ショック』である」とのべたことがある▼8。人類学では文字通りみずからが旅行者として――つまり異邦人として――多くの場合未開社会を訪れ、そこであたりまえのようにおこなわれている日常生活のあれこれを〈新鮮なこと〉として驚きとともに記録していくわけだが、社会学者はそれと同じことを自分たちの社会に対しておこなうということだ。第一章のなかで「隣人をミツバチかニホンザルのように観察することはある」とのべたのもこのようなことである。
距離化する
自明性の外部に視点をとるというのはきわめて知的なことである。知的というのはなにも学問することにかぎらない。日々の生活実践のなかでわたしたちはこのようなことをすでに経験している。それは「距離をおく」あるいは「距離化する」という表現であらわすことができるだろう。これまで本章の前半では論旨の展開上、あたかも人びとが日常生活の自明性の檻のなかでまったく無反省にルーティーン[いつものこと]をくりかえしているかのように記述してきた。しかし、じっさいに現代人が日常生活という自明な世界のなかにすっかり埋没しているわけではない。現代人は自分にあてがわれた役割や仕事をそれなりにこなしながらも、ときにはシラケ、ときには自嘲し、ときにはふざけ、ときには逆らったりする。つまり日常生活の実践そのもののなかに「距離化」がふくまれている。生活のあらゆる局面に無反省に順応する者もいないし、またあらゆる局面を意識する者もいない。そしてこれが「近代」というものである▼9。
だから問題は、これをトータリティのあるものにし、さらに学的認識にまで高めていくことである。
たとえば、自分が男であること・女であることを「デートでなぜ男がおごり女がおごられるのか」といった身近な場面だけで考えるのではなく、それぞれがどういう育てられ方をしてきたか、またそれを可能にした家族のあり方・学校教育のあり方、そして男と女に対する企業のあり方・労働組合のあり方・マスコミや広告のあつかい方、さらに過去・現在だけでなく将来の老いのあり方、はたまた政治のあり方や運動のあり方、セックスのあり方、女性をめぐる学問のあり方、生産と消費のあり方……〈いま、ここ〉という時空間の狭い壁をこえて、はるかな広い視野へ旅立つこと――ここまできてはじめて「男らしさ女らしさ」の呪縛を解く可能性が生まれる▼10。そして「日常生活の自明性を疑う」ことが社会学感覚にまで結実するのもこの段階である。
社会学を独立科学として確立させようと考えた草創期の社会学者たちは一様にこの壁を意識せざるをえなかった。たとえばフランスにはじめて社会学の講座を確立したエミール・デュルケムは一八九五年の『社会学的方法の規準』第一版の序文でつぎのようにのべている。「人は社会的事実を科学的に取り扱うことにほとんど習熟していないので、この書物のなかに記されている若干の命題は、読者を驚かせることになるかもしれない。しかし、いやしくも社会についての一科学が存在するとすれば、それは、種々の伝統的偏見のたんなる敷衍にとどまるべきではなく、一般の眼に映じるのとは異なった仕方でものを見るようにさせることを予期しなければならない。というのは、およそ科学の目的は発見をなすことにあり、しかも、いっさいの発見は、多かれ少なかれ通念にさからい、これを戸惑わせるものであるからである▼11。」したがって読者は一般の通念による第一印象に警戒をおこたらないようにしてほしいとデュルケムは要望する。これは当時すでにかれの研究が世間のステレオタイプな常識的知識によって誤解され非難されていたからであるが、現時点からみるときわめて「常識的」に思えるデュルケムでさえこれだけ警戒せざるをえなかったのだから推して知るべしである。
ブレヒトの異化効果
社会学のこの発想法は劇作家ヘルベルト・ブレヒトが「叙事詩的演劇」の名のもとにやろうとしたことと似ているかもしれない。舞台と観客の一体化を基礎にして楽しまれていた従来の演劇に疑問をもったブレヒトは、恐怖や同情や錯覚を観客にあたえる「感情同化の原理」――たとえば「お涙頂戴」といったような――ではなく「異化の原理」にもとづく新しい演劇のあり方を模索した。
ブレヒトによれば、異化(Verfremdung)とは「まずその出来事ないしは性格から当然なもの、既知のもの、明白なものを取り去って、それに対する驚きや好奇心をつくりだすことである▼12。」「こうした多くの人びとにとっての既定の事実が、多くの人びとにとってすべて疑わしいものに見えるようにするには、偉大なガリレイが振子運動を始めたシャンデリアを観察した際のあの異邦人の目をやしなわねばならない。この振子運動が、思いも及ばぬもの、自分には理解できぬものとしてガリレイを驚かし、そのおかげで、その法則を発見することができたのだ▼13。」
佐藤毅によると、ブレヒトがあえて異化効果を主張した背景には、ヒトラーひきいるナチズムが「感情同化の原理」にもとづく演出的政治技術を駆使して大きな成功をおさめていたという歴史的事実があったという。ナチズム台頭と時期を同じくして演劇活動していたブレヒトにとって、ドイツの民衆が「感情同化」によって支配の論理にからみとられつつあることががまんならなかった。だから「余りにも親しみ慣れてしまったものにハッとおどろかすような遠い鏡をさしかける」異化の目的は「観客が社会的立場にたって有効な批判を行えるようにすること」だった。つまり、異化とは「自己をふくむ自然と社会を批判的に対象化する方法」なのである▼14。
ブレヒトはさらにこんなこともいっている。「異化するというのは、だから歴史化することでもある。つまり諸々の出来事や人物を、歴史的なものとして、移り変わるものとして表現することである▼15。」ここでいう「歴史化」とは、ものごとを絶対的なものとして受け取るのではなく、社会的産物として対象化し社会的過程にあるものとして相対的に理解することである。なんらかの歴史的事情のなかでたまたま生じたにすぎないのに、あたかも自明なことであるかのように感じられるものごとを、それがでてきたもとの歴史のなかにもどしてやるわけだ。ここで話はがぜん歴史社会学的スケールに広がってくる。
▼1 徳岡秀雄『社会病理の分析視角――ラベリング論・再考』(東京大学出版会一九八七年)とくに第四章「『欠損』家族は非行原因か」にくわしい分析がある。
▼2 この項でのべた逆説的な思考法と社会学の深い関係については、森下伸也・君塚大学・宮本孝二『パラドックスの社会学』(新曜社一九八九年)が徹底していて秀逸。ここでも参照した。また、これよりちょっとむずかしいが、石川実・大村英昭・中野正大・宝月誠『日常世界の虚と実――アイロニーの社会学』(有斐閣選書一九八三年)も充実している。
▼3 異邦人・よそ者・異人については、ユダヤ人差別のためながらく大学の正教授になれなかったジンメルと、ユダヤ人であるためナチスによって占領されたオーストリアからフランスを経てアメリカに亡命せざるをえなかったシュッツの古典的研究が有名である。G・ジンメル、居安正訳『秘密の社会学』(世界思想社一九七九年)所収の「余所者について」。A・シュッツ、中野卓監修・桜井厚訳『現象学的社会学の応用』(御茶の水書房一九八〇年)所収の「他所者」。異人の問題を社会の根源の問題として徹底的に考察した新しい研究として、赤坂憲雄『異人論序説』(砂子屋書房一九八五年)がある。
▼4 シュッツ、前掲訳書一〇ページ。
▼5 ザィデルフェルト、前掲訳書二一〇ページ。
▼6 異文化間コミュニケーションについては、K・S・シタラム、御堂岡潔訳『異文化間コミュニケーション――欧米中心主義からの脱却』(東京創元社一九八五年)。10-3参照。
▼7 ゲオルク・ジンメル、茅野良男訳『生の哲学』[ジンメル著作集9](白水社一九七七年)一二ページ。カスパル・ハウザーの数奇な生涯については、A・V・フォイエルバッハ、西村克彦訳『カスパー・ハウザー』(福武文庫一九九一年)。
▼8 P・L・バーガー、水野節夫・村山研一訳『社会学への招待』(思索社一九七九年)三七ページ。この本は「日常生活の自明性を疑う」立場から書かれた現代社会学入門の基本書。
▼9 S・コーエン、L・テイラー、石黒毅訳『離脱の試み――日常生活への抵抗』(法政大学出版局一九八四年)第二章参照。かれらのいうように、この点がバーガーらの現象学的社会学と基本認識の異なるところである。
▼10 近代社会における「男らしさ」「女らしさ」のありように対して、このような形で距離化しようとする一連の思想運動を「フェミニズム」という。近年のフェミニズム運動に対して社会学的思考は決定的に重要な役割を果たしてきた。代表的な研究として、上野千鶴子『女は世界を救えるか』(勁草書房一九八六年)、『女という快楽』(勁草書房一九八六年)、『家父長制と資本制』(岩波書店一九九〇年)。江原由美子『女性解放という思想』(勁草書房一九八五年)、フェミニズムと権力作用』(勁草書房一九八八年)。落合恵美子『近代家族とフェミニズム』(勁草書房一九八九年)。
▼11 デュルケム、宮島喬訳『社会学的方法の規準』(岩波文庫一九七八年)一五ページ。本書は社会学の代表的な古典。この種のものとしては読みやすく理解しやすい。
▼12 ブレヒト「実験的演劇について」千田是也訳編『今日の世界は演劇によって再現できるか――ブレヒト演劇論集(白水社一九六二年)一二三ページ。
▼13 ブレヒト「演劇のための小思考原理」前掲訳書二七九ページ。
▼14 佐藤毅『現代コミュニケーション論』(青木書店一九七六年)一七一ぺージ。佐藤はブレヒトの異化論がたんに演劇論にとどまらない理論的意義をもつことを、とくにコミュニケーション論の文脈で早くから注目し独自に展開を試みている社会学者。なおここでは佐藤毅「異化論構築のための試み」『新聞研究』一九七八年一〇号五四-五七ぺージも参照した。また、異化効果の演劇論としての位置づけについては、千田是也『演劇入門』(岩波新書一九六六年)。
▼15 ブレヒト、前掲訳書一二三-一二四ページ。
2-3 歴史的時空間のなかへ
比較社会学/歴史社会学
歴史的に調べてみると、今あたりまえのことが、じつは近代特有の特殊な現象だったりする。たとえば、家族というものは夫婦と子供の血縁を中心にして愛情の絆によって結ばれているのが〈ふつう〉だというのが「常識」である。しかしこの「常識」が人類社会の長い歴史のなかではきわめて特殊な近代特有の現象であるといえばどう思うだろうか。極端ないい方をすれば「家族愛」も「庇護されるべき子供」も「核家族」もみんな特殊近代型の家族形態――近代家族――にすぎない。普遍的でもなければ絶対的なものでもない▼1。
二十世紀初頭のドイツで活躍したマックス・ウェーバーは、つぎのような問いを立てた。「インド・日本・中国・イスラムなど高い文明圏がいくつもあったのに、なぜ西欧世界でのみ近代資本主義が成立したか?」この場合、問題を立てる段階ですでに鋭い明識がはたらいているのだが、それについてはおいおいふれることにして、この問いに対してウェーバーがどのような準備をして臨んだかを、かれの死後編集された『宗教社会学論集』にみてみよう▼2。
序言
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
プロテスタンティズムの宗派と資本主義の精神
世界宗教の経済倫理――比較宗教社会学試論
序論
I儒教と道教
中間考察――宗教的現世拒否の段階と方向に関する理論
IIヒンズー教と仏教
III古代ユダヤ教
付論 パリサイ人
このうちウェーバーは一九〇四年から一九〇六年にかけてプロテスタンティズムに関するふたつの論文を発表し、残りを一九一一年から死の一九二〇年にかけて書きついでいる。これだけでも全三巻千数百ページにわたる大作であるが、ウェーバーはさらに原始キリスト教・中世キリスト教・イスラム教についての研究をまとめるつもりだったという▼3。
とりあえずここで注目しておきたいのは、かれのきわめて壮大な比較社会学的構想力だ。西欧の資本主義の起源を調べるのなら、近代ヨーロッパの経済の歴史をたどるだけでも十分だと考えるのがふつうだろう。現にウェーバーとともに生きた経済学者たちの仕事はそうだった。ところが、かれは宗教とくにプロテスタンティズムに着目し、それと近代資本主義との関係を分析した。しかもかれはそれにとどまらずさらに「他の大きな世界宗教ではなぜ西欧のようなことが生じなかったのか」と〈裏〉を考え膨大な分析作業に取り組んだ。この作業はまた新たな構想と知見をうみだしたのだが、残念なことに急性肺炎による死がそれをさまたげてしまった。
ウェーバーのこの仕事の意義については、このあと何回もふれるつもりだ。ここではただひとつのことだけを確認しておこう。
文化相対主義
ウェーバーのこのようなスケールの大きなパースペクティヴにひとたび立つや、わたしたちは文化相対主義の地平にたちいたる。
人類学者青木保によると、文化相対主義は七つの特徴をもつという▼4。
(1)西欧文化中心主義に対する対抗的な概念として文化の多様性を主張する。
(2)文化はどれほど小規模の単位のものであっても、自律していて独自の価値を有している。
(3)人間の行動や事物の価値は、それの属する文化のコンテキストに即して理解され、評価されるべきである。
(4)人間と社会に対する平等主義的アプローチ。
(5)文化と文化の間に格差はなく、人種や民族の間にも能力や価値の差はない。
(6)文化と人間の価値判断に絶対的基準は存在しない。
(7)何よりも異文化・他者に対して寛容であること。
このような知的態度を欧米社会の人間がもつのは予想以上にむずかしいことである。それをいともかんたんに突破したウェーバーの知的誠実性には驚嘆せざるをえない。それに対して、日本のような非西欧社会に育った者は格別の抵抗もなしに、このような知的態度を受け入れることができる。たとえばクジラやイルカで欧米諸国から一方的に悪者あつかいされた経験はすべての日本人にこのような文化相対主義の必要を感じさせてきたはずである。しかし、アジアの話・日本国内の話となるとどうもそうはいかないらしい。在日外国人とりわけアジア人に対する特殊な感覚、そして国内の少数派集団の独特な文化への無理解――身体障害者・新宗教・非行犯罪・日雇い労働者・少数民族・慢性疾患患者・精神障害者の生活や文化への無理解――などが存在する。社会学の発想からすれば、文化相対主義は歴史的世界のみならず身近な国内に対しても適用されるべき知的態度であることも確認しておきたい▼5。
▼1 くわしくは15-4参照。本書では、ほかにも「歴史化」の方法によって、自明な相貌で立ちあらわれる日常的現象をあつかっている。第一一章・第一七章・第一八章などを参照。
▼2 Max Weber,Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie,1920-21.『宗教社会学論集』全三巻目次。
▼3 ウェーバーに関しては、おびただしい数の研究書が出版されている。ここでは特徴のある三冊の本を紹介しておこう。ディルク・ケスラー、森岡弘通訳『マックス・ウェーバー――その思想と全体像』(三一書房一九八一年)。R・コリンズ、寺田篤弘・中西茂行訳『マックス・ウェーバーを解く』(新泉社一九八八年)。前者は正確な文献資料にもとづくきわめて信頼性の高い研究でマックス・ウェーバー事典として使える。一方後者はウェーバーの人と思想の全体像を思いきりよくまとめたユニークな入門書でわかりやすい。さらに安価なものでは、徳永恂編『マックス・ウェーバー――著作と思想』(有斐閣新書一九七九年)。いずれも音楽社会学まできちんと網羅しているのが強み。なお、やや高度だが均整のとれたスタンダードなものとして、阿閉吉男『ウェーバー社会学の視圏』(勁草書房一九七六年)。
▼4 青木保『文化の否定性』(中央公論社一九八八年)二一ページ。なおこの本は文化相対主義そのものではなく、むしろ最近の欧米の反文化相対主義の動向についての考察であり、日米構造協議のようなことが迫られるその知的背景をさぐったもの。
▼5 新しいタイプの比較社会学として真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』(筑摩書房一九七七年)がおもしろい。最近ちくま文庫に入った。
2-4 日常生活批判へ――物象化と脱物象化
貨幣・神・国家
日常生活は堅い社会的な殻にすっぽりおおわれている。たとえば貨幣がそうである。ただの紙にすぎない国の通貨をわたしたちはあたかも価値があるかのようにあつかう。千円札なら千円、一万円札には一万円と、貨幣に価値がともなうのは自明なことで、たとえそれをただの紙っぺらだと笑ってみせても、それをゴミ箱に捨てることはできない。国家も同じである。こんな一票で国なんて変わりっこないさと棄権することはできても、やはり税金は納めなければならないし、犯罪を犯すと裁判にかけられ監獄に収容される。それを拒否することは困難である。また宗教もこの上なく堅い殻である。日本にいるとわからないが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教といった一神教の世界で、神に逆らうことは死を意味するほどきついことである。
フランスの社会学者エミール・デュルケムは以上のような個人にとって外的で拘束性をもつ「社会的事実」(faits sociaux)もしくは「制度」(institution)が強制力(coercition)をもっていることをつぎのように指摘している。「もちろん、私がみずからの意志ですすんで同調するときには、この強制はまったく、あるいはほとんど感じられず、したがって用をなさない。しかし、だからといって、強制がこれらの事実の内在的な特質であることを依然としてやめるわけではないのだ。その証拠に、私がこれに抵抗しようとするや否や、強制は事実となってあらわれる。私が法の規則をやぶろうとすれば、規則は私に反作用し、もし時間に間に合えば私の行動を阻止し、もし行為がすでに完了していて、しかも回復可能な場合には、それを無効とし、かつ正常な形式に復しめる。あるいはまた、それ以外ではもはや行為の回復が不能であるときには、つぐないとしてこれを処罰する。」また「服装において自分の国や階級の慣習をまったく無視するならば、私のまねく嘲笑や人びとがいだく反感は、より緩和したかたちでながら、いわゆる刑罰に類した効果をもたらす。」このように、社会的事実の強制力や圧力は、それに抵抗する場合に顕在化する▼1。
他方、人間は「お金のため」「国のため」「神のため」ならばなんでもやってしまう。「お金のため」に恥ずかしいこともするし「国のため」に戦争という名の殺人までする。そして「神のため」には自分の死すらいとわない。こういう人間の歴史をわたしたちはおろかなことと一笑してすますわけにはいかない。それはわたしたちが「会社のため」「自分の名誉のため」「家族のため」なにをするかわからないのとまったく同じことだからだ。社会の自明性とは、かくも堅い殻なのである。
存立構造論という問い
近代社会の経済的な自明性に対して終始一貫して社会科学的にとりくんだ最初の人はおそらくカール・マルクスである。かれはすでに二十代に書かれた『経済学・哲学草稿』[通称『経哲草稿』]において、当時の経済学[国民経済学]が私有財産という事実を自明なものとして前提することから出発してその物質的な法則をさまざまな公式でもってとらえているために、ちっともその法則を「概念的に把握」しないと批判している▼2。「概念的に把握する」(begreifen)と訳されるこのことばは自明性の根底を科学的に解明することを意味する。この問題関心は後年かれの代表作となる『資本論』に複合的な形で結実するのだが、つぎの有名な記述はマルクスが自明性を疑うというモチーフをもちつづけたことを明確に物語っている。すなわち「商品は、見たばかりでは自明的な平凡な物であるように見える。これを分析してみると、商品はきわめて気むずかしい物であって、形而上学的な小理屈と神学的偏屈にみちたものであることがわかる▼3。」そしてマルクスによると、これは商品だけにとどまらない。資本から利子が生まれ、土地から地代が生まれ、労働から労賃が生まれるということ自体が、生産当事者にとって自然なことのように感じる「日常生活の宗教」(Religion des Alltagslebens)だというのだ▼4。マルクスは、国民経済学が前提的事実としてきた自明性の殻のなりたちを根底から解明しようという明確な意図をもっていたわけである。
社会学者真木悠介はマルクスのこの課題意識を「存立構造論」と呼び、一般の社会科学の「法則構造論」と区別する。「社会構造の『法則的』な認識に先立つ問いとしての、社会の存立構造論の課題は、現代社会の客観的な構造を構成するさまざまな社会的物象形態を、その存在の真理としての諸関係、諸過程にまで流動化することをとおして、これらを歴史的総体の諸契機として把握しなおすことにある▼5。」つまり、こういうことだ。たとえば貨幣が一定の価値をもつという事実は、商品と商品の関係に基礎をもっている。そのさらに根底にあるのは商品と商品を交換する人間の行為である。この「交換」という人と人との関係が、結果的にあたかも貨幣に価値が内在しているかのように現象するのだ。このように、人と人との関係がモノとモノの関係としてあらわれたり、モノ自体の属性としてあらわれることを「物象化」(Versachlichung=事物のようになること)という。存立構造論とは物象化のメカニズムを解明することにほかならない。
社会学的反省――脱物象化の知的可能性
マルクスの存立構造論的な問題関心は、その運動上の後継者たちよりも、むしろその対抗科学としての色彩の強かった社会学の方により多く受け継がれている。これは皮肉なことだが、ここではマルクスの後継者たちの党派的で硬直した教条から明識は生まれないとだけいっておこう。
さて、物象化はたんに経済領域だけの現象ではない。真木は『資本論』の記述をヒントにして、物象化は経済形態(商品・貨幣・資本など)だけでなく、組織形態(公権力・国家・官僚制など)にも意識形態(宗教・理念・科学・芸術など)にもあると指摘している▼6。
バーガーも同じように、神々によって創造された世界を反映する小宇宙として社会をとらえる宗教的な信念などは物象化の結果であると指摘している。「たとえば結婚は神の創造行為の模倣として物象化されることもあれば、自然の法則によって課された普遍的命令として物象化されることもあり、あるいはまた生物学的ないし心理学的な力の必然的結果として、そしてまたこの問題に関しては、社会体系の機能的要件として、物象化されたりすることもある。こうした物象化現象のすべてに共通するのは、それらが遂行されつつある人間の創造行為としての結婚を理解不可能にしてしまう、ということだ▼7。」前にふれた「神話作用」も、このような物象化によって倒錯してしまった意識であることが、ここからわかるだろう。
では、このような物象化的錯視から逃れる方法はあるのか。バーガーらは脱物象化の一般例として三つの場合をあげる▼8。
(1)自明視されていた世界の崩壊を必然的に伴う社会構造の全面的崩壊。
(2)文化接触によるカルチャー・ショック。
(3)社会的にマージナルな位置にある個人や集団。
これらについてはすでに2-1と2-2などでふれてきた。これら非日常的な状況をのぞいた日常生活では、自明性の深部に存在する物象化現象は露出しにくい。それは日常生活者の知的怠慢のせいではない。物象化された意識がそれを阻んでいるのである。このように自己反省の回路が閉ざされた物象化された意識をひらく知的営為――これを〈社会学的反省〉と呼んでいいだろう――として、つまり〈明識の科学〉として、社会学は存在意義をもつのである。
▼1 デュルケム『社会学的方法の規準』前掲訳書五一-五七ページ。この点については19-3参照。
▼2 マルクス、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫一九六四年)八四-八五ページ。
▼3 マルクス、エンゲルス編、向坂逸郎訳『資本論(一)』(岩波文庫一九六九年)一二九ページ。
▼4 『資本論(九)』(岩波文庫一九七〇年)三二ページ。いわゆる「三位一体定式」の個所。
▼5 真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房一九七七年)一五ページ。
▼6 真木悠介、前掲書五一-六一ぺージ。
▼7 P・L・バーガー、T・ルックマン、山口節郎訳『日常世界の構成――アイデンティティと社会の弁証法』(新曜社一九七七年)一五四ページ。
▼8 ピーター・バーガー、スタンリー・プルバーグ、山口節郎訳「物象化と意識の社会学的批判」現象学研究会編集『現象学研究2』(せりか書房一九七四年)一一二―一一四ページ。
増補
脱常識の社会学
社会学の「自明性を疑う」伝統は、主にユダヤ系の社会学者・ネオマルクス主義・フランクフルト学派・現象学的社会学・文化相対主義・人類学などによって供給され刺激され続けてきた。この伝統の理論的意義をわかりやすく説いたのが、ランドル・コリンズ『脱常識の社会学――社会の読み方入門』井上俊・磯部卓三訳(岩波書店一九九二年)。何をやっても知的冒険にならざるをえない社会学研究、そのリスクの源泉について考えるヒントを与えてくれる。
現象学的社会学の確立者として二〇世紀社会学の古典的巨匠となったアルフレッド・シュッツの理論的可能性については、西原和久編著『現象学的社会学の展開』(青土社一九九一年)を参照してほしい。
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