大学の総メディア化とは何か:大学の情報メディアは5つに分けるべきだ

 以下の文章は平成28年度國學院大學「特色ある教育研究」に採用された経済学部の「すべてクラウドによる授業の作品化」の最終報告書(全280ページ)の結論部分である。関係者はよく読んで議論していただきたい。

大学の総メディア化とは何か

大学の情報メディアは5つに分けるべきだ

野村 一夫(研究代表者)

大学の総メディア化

 中間考察クロニクルに整理したように、本プロジェクトは1冊1冊作るたびに新しい挑戦をしてきた。まず縦書きにするというのが編集上とても難しい。苦労があったとしたら、ほとんどが縦書きにするための編集上のノウハウに関するものであった。横書きであれば、数日で版下はできあがることも検証した。トッパンエディナビは学生でも操作できることもわかった。それでずいぶん助かった。
 ノムラゼミラジオ計画も技術的にはほとんど苦労しなかった。機材はiPhoneアプリ、公開はFacebookページで済んでしまったからである。問題はどのようなコンテンツに学生を巻き込んでいくか、それが学生にとってどのようなトレーニングになるかということである。
 授業を安全に見える化するメリットの基本は、縦横につながる学生と教員のあいだで作品を共有するということである。作品共有から大学の物語の苗床集団が縦横に育っていくということである。大学の物語を作るのは、他でもない学生たちであるから。
 本報告書の最後に確認したいことは、そのプラットフォームをどのように整備していくかという問題である。
 これらを総括して「大学の総メディア化」と呼ぶことにする。総メディア化は、しばしば勘違いされているように大学が「発信者になる」ことではない。大学が「中継ぎに徹する」という意味である。大学が高等教育機関と定義される以上、発信者になるのは学生と教員である。ここには大きな発想の転換があるので注意されたい。これには研究と教育のあり方を問う根本的な問題が関連してくるが、本稿では最後にこの問題について基本的な考え方を書いておきたい。
 本プロジェクト自体は、高等教育における「教育のメディア」について実地に検証をおこなうものである。私個人として強い関心があるのは、まさに「教育のメディア」だけである。ところが、じっさいには「教育のメディア」は教室の整備をして終わりというものではない。総じて「大学の情報メディア」についての本研究プロジェクトの結論を提示しておきたい。

大学のメディアはどうなっているか

 大学の情報メディアは、理念によって5つに分割すべきである。
(1)広報のメディア
(2)研究のメディア
(3)教育のメディア
(4)入試のメディア
(5)事務のメディア
 これらを分離する理由を明確にしておこう。
 広報のメディアは、大学のプレゼンスを広く知ってもらうためのものである。しかし、日常的にはグッド・ニューズ・オンリー・システムになる。大学にとって都合の悪いことは出せない。この場合「大学にとって」ということが大きな論点になる。つまり、その場合の「大学」とは何を指しているのか。それが特定の部署の都合のいいように御旗として使用されることの多さに私自身は辟易している。たとえば「大学にとって不名誉」という判断は、そうかんたんになされるべきではない。たとえば学生の不祥事が「大学にとって不名誉」かどうかは、全学の学生部委員会の慎重な議論によって定義されるのである。ところが広報のメディアに関しては、広報課とその周辺で「バッド・ニュース」として先行して判断されてしまう。広報はそういう原理で動くものである。とくに古い広報はそうなのである。最近の広報は「バッド・ニュース」も伝える工夫をするようになっているが、ネットの対応のように、そう単純ではない。
 研究のメディアは、研究内容と成果物を広く公開するものである。理念的に言えば、リポジトリのようにオンラインで世界中からアクセス可能でなければならない。完全な公開性をめざすなら多言語対応である必要がある。Googleなどの翻訳サービスは約100カ国語に対応しているが、これを活用すれば、ほんとうの世界への発信になる。それによって外国の研究者との交流も始まる。日本語だけでは不十分である。せめて論文のスタイルを世界標準に揃えておくことが前提であろう。私が編集長をしている『國學院経済学』では『シカゴ・スタイル』に準拠するように変更したばかりである。スタイルが世界標準であれば、機械翻訳であっても、ある程度のことは伝わる。
 教育のメディアについては、これまで十分に議論されてきたとは思わない。教育学系のメディア実践の論文はたくさん生産されているが、高等教育レベルのものでヒントになるものはほとんどない。たいていそれは教室内でのコミュニケーションにとどまって、しかも、あとに何も残らない。
教育のメディアの特徴は「教育現場を安全に公開すること」と「学生の成果物を安全に公開すること」の2つである。なぜ公開が必要なのかというと、関係者における成果物の共有が必要だからである。たとえば学生が提出したレポートを読むのは担当教員だけである。学生の友だちが何を書いたかも共有されない。情報共有のスタイルとしては、教員を中心とする扇型になる。全体を掌握しているのは教員のみとなる。これだと学生間でレポートについて語り合うチャンスはほとんどない。だから口頭発表が必須である。しかし、次の年にはつながらないから、また1からやり直しになる。それでは授業としての成長がない。「これしとけば、いいんじゃね」みたいな先輩の言葉を鵜呑みにして縮小再生産になることが多い。これは良くない。年々、学生たちの成果物がレベルアップしていかないと高等教育とは言えない。先輩たちを乗り越えていく仕掛けが必要だ。そのために継承が必要なのである。
 入試のメディアは、厳格に運用されなければならない。入試情報とウェブ出願のメディアとして別個に運用されるべきである。センター試験が終了することが決まって、これからAO入試が多角的に分岐していく。そのさいに情報端末でデータベースを活用して小論文を書くといったものも出てくる。そのときに使うセキュアなシステムが必要である。つまり入試のメディアの仕事は「入試広報」だけでなくなるのである。すでにウェブ出願は当たり前のことになっている。次は入試そのものに使用できるメディアが必要になる。その準備はできているだろうか。
 事務のメディアは、基本的に厳格に管理されている。問題なのは、情報共有の仕方である。エクセルやワードで文書作成して、それをメールに添付して共有するというやり方は安全ではない。ファイルをアップロードしたりダウンロードしたりする方法はレガシーなものである。転送に転送をされた場合、ファイルの行方がわからなくなる。だれがそのファイルを共有しているのか、改訂したのか、最終ヴァージョンはどれなのか、といったことが誰にもわからない。これは情報のガバナンスができてないということである。職員のシステムは教員の心配することではないと考えられているが、じっさいには教員も膨大な事務作業をおこなっている。教務・入試・自己点検などはセキュアな情報システムが必要になるはずだが、基本的に使えるのは授業用のシステムだけである。

教育のメディアの要件

 教育のメディアとして確保しなければならない要件は安全性である。
 では、安全とは何か。メディアは何がいいのか。どのように運用するか。教員の資質をどのようにアップデートするか。中間考察クロニクルでそれぞれのオケージョンに即して書いておいたが、いくつかの論点を列挙しておきたい。
(1)印刷媒体は有効である。手触りのある本にすると、書類とともに破棄されることなく本棚に残る。授業の経験そのものに価値があるのと同時に、授業の作品化とくに印刷媒体にすることの価値は大きい。
(2)学生のコンテンツをむやみに公開することはリスキーである。学生は「学びのプロセスにある人」であるから、すでにあるコンテンツに学ぶのは当然のことである。それを授業においてレポートにして提出されたものには,公開にふさわしくないものがある。引用や出典が明確にさせれば解決するから、そう指導するにしても、個人情報を含めて全面公開というわけにはいかない。したがって、一般公開用のブログやサイトでは難しい。
(3)ソリューションとして本プロジェクトで実地検証したのが、クラウドによる編集システムとオンデマンド印刷の組み合わせであった。「トッパン・エディトリアルナビ」はクラウド上でページものを編集できる国内ではほとんど唯一のシステムである。縦書きとなると、ここの独擅場ではないかと思う。もともと出版社向けのクラウドサービスであったものの、電子書籍用に使用されることがほとんどで、私たちの『女子経済学入門』が最初の印刷本だったとのことである。現時点では判型が文庫と新書に限定されているのは、そういうものを大量に出す出版社を想定して作られているからである。これをオンデマンド印刷と組み合わせてみたのが本プロジェクトの創案である。
(4)予算の問題については、あれこれ工夫した。トッパンとしてはエディナビについて大学と契約するのは初めてで、最初は従来の出版社用の見積もりであった。しかし、大学はベストセラーを狙っているわけではないので、それだと割高になってしまう。全学的対応であれば、それでもかなり安く済むが、一研究プロジェクトとしては荷が重い。そこでページ単価で契約することを提案し、研究開発機構もトッパンも合意してもらえた。本プロジェクトは全部で十二万ページとして契約した。これだと予定通りに行かなくても、他の本の部数を増やして調整すればいい。授業はなまものなので、予定通りに行くとは限らないから。
(5)コンテンツの配付範囲をコントロールしながら関係者のあいだにコンテンツ共有する仕組みを本プロジェクトでは「メゾメディア」と名づけた。メゾメディアの有力候補がトッパン・エディナビによる編集とオンデマンド印刷の組み合わせであった。では、それだけでいいのか。ネットでメゾメディアはできないのか。と考えて、計画にはなかったネット活用を始めた。それがネットラジオである。これは「渋谷のラジオ」にゼミ生がレギュラー出演していて話を聴いて気づいた。ラジオだと顔が見えない。それだと身内以外にも公開できる。ファイルの流出を防げるサービスを探したところ、Facebookページが最適だと判断して「ノムラゼミラジオ計画」を作ってみた。学生とラジオトークも続けている。ゼミ論の予告などもしているし、学生に何かシリーズをやれと指示しているが、ゼミ論とメディア制作で手一杯のまま就職活動に突入したので休止している。これは継続する価値があると思う。Facebookページでは別に基礎演習Bのコンテンツも公開した。またラジオトークのようなレッスンもしてみた。それぞれ名刺をクラウドで作成して学生たちに配付した。
ノムラゼミラジオ計画 https://www.facebook.com/shibuyaeast/
国学院大学経済学部経営学科1年2組 http://econorium.tokyo

提案

 以上の5つの情報メディアの管理権限は、それぞれのトップが持つべきである。トップが直接管理できないときは、トップ直属のオペレーターが指示通りにおこなえばよい。大学のメディアは5つの理念と活動によってそれぞれ独立かつ自律的に運用されるべきである。混在させたシステムは、邪悪になりがちである。なぜ邪悪になるかというと、情報システムとメディアの管理者が,ユーザーと内容に関するヘゲモニーを持つからである。管理者権限は、ふつう人が漠然と想像しているものよりも、はるかに強力である。それはほぼビッグブラザー並である。職位は高くなくても事実上の最高権力をこっそりと行使できる。しかし、それにもかかわらず5つのメディア領域の原理とルールはまるで異なるのである。教育のメディアを広報のメディアの原理で運用されたら、万事ことなかれになるにちがいない。何もできないように設定にするのが無難ということになる。それでは教育のメディアとして機能しない。
 現状の管理態勢から5メディア態勢に移行する最もかんたんな方法は「すべてクラウド」にすることである。クラウドでは、暗号化と2段階認証は必須であり、しかも活動のすべてが記録される。日常的な管理は劇的にかんたんになり、コンテンツに集中できるし、サポートする余裕ができる。システムのアップデートはクラウド側でおこなわれるので、こちらは必要ない。端末は高性能パソコンである必要はなく、数万円のハードディスクなしのパソコンで可能である。安いパソコンであれば、2年周期ぐらいでリプレイスでき、リスキーな古いパソコンとOSの排除がかんたんになる。クラウドはマルチプラットフォームだから、スマートフォンでも作業ができる。
 組織のガバナンスとしては、情報メディア担当理事を置くべきであろう。情報メディアの管理を課レベルに任せるべきではない。みずほ銀行の大規模なシステムトラブルでは、現場のことが上層部に伝わらず見切り発車をしてしまったことが構造的な要因であった。対策としてなされたのは情報システム担当取締役を設置することだった。たんに実務に長けた人ではなく、情報メディアに関する技術・法務・理論・政治に見識のある人とチームを組んで効果的に制御できる態勢を整えることが重要である。

最後に

「すべてクラウド」でどこまでやれるかについてはここ3年間ずっとやってみた。学生はわりとスムーズに対応してくれる。設備も装備もそれほどいらない。本プロジェクトで得られた知見はまだまだあるが、熟すのに少し時間が必要である。しかるべきメディアで詳しく説明したいと思う。
 本プロジェクトの立ち上げにさいして共同研究者として名乗りを上げていただいた経済学部教務委員会の先生方と許諾をいただいた学部執行部および全学教務委員会に感謝したい。研究開発推進機構のみなさん、とりわけIさんには終始お世話になった。深く感謝したい。出版社向けに開発された革新的なクラウド技術を教育機関に提供してくださり、たえずサポートをしていただいた凸版印刷株式会社のスタッフのみなさんに深く感謝したい。そして、この過酷なプロジェクトに参加し、思い通りの成果物を提出してくれたゼミやクラスの学生たち全員に感謝したい。
 本研究は「平成二十八年度國學院大學特色ある教育研究」に採択されたものである。謹んで國學院大學に感謝したい。
二〇一七年四月六日 研究代表者 野村一夫(経済学部教授)
R707FF【あつとまあく】kokugakuin.ac.jp